ワーグナー 「タンホイザー」 ゲルギエフ指揮 バイロイト2019
先月の靖国神社「みたま祭り」。
ここ数年、ずっと行ってますが、天候不順にもかかわらず、今年の人出は多かった!
特に、若い人や外国の方が多い。
英霊を弔う本来の場所ですが、こうして、多くの人々で賑わい、楽しむ姿は、これでよいのではないかと思います。
さて、7月の終わりから、欧米各地で音楽祭が始まりました。
なかでも、わたくしの最大の楽しみは、バイロイト音楽祭とPromsです。
いずれも、その音源は優秀な音質でネット配信されますし、映像もちょっと工夫すればリアルタイムに観劇することができます。
さっそく、今年のプリミエ、「タンホイザー」を観ましたので、記事にしてみました。
昨今の演出にあるように、映像も意識した、微に入り細に入り、かなり発信性の高いものだから、まだこれからその受け止めの考えも変わるかもしれませんので、第一印象というところで。
映画のひとコマ?
「オズの魔法使い」?
そんなイメージを想起させるこちらが、「タンホイザー」の序曲からすでに繰り広がられます。
ワーグナー 歌劇「タンホイザー」
領主ヘルマン:ステファン・ミリング タンホイザー:ステファン・グールド
ウォルフラム:マルクス・アイヒェ ヴァルター:ダニエル・ベーレ
ビテロルフ :カイ・スティーフェルマン
ハインリヒ:ヨルゲ・ロドリゲス・ノルトン
ラインマール:ウィルヘルム・シュヴィンハマー
エリーザベト:リゼ・ダヴィットソン ヴェーヌス:エレナ・ツィトコヴァ
牧童:カタリーナ・コンラディ
ル・ガトー・ショコラ:ル・ガトー・ショコラ
オスカル:マンニ・ライデンバッハ
ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
バイロイト祝祭合唱団
合唱指揮:エバーハルト・フリードリヒ
演出:トビアス・クラッツァー
(2019.7.25 バイロイト祝祭劇場)
配役のなかで、誰それ?ってのがあります。
そう、下段のふたり。
ひとりめのショコラちゃんは、ドラァアグ・クィーンで、いわゆる「オネエ」のこと。
そして、オスカルは、映画「ブリキの太鼓」に出てくる小人、発達が止まった大人で、映画では関わった人間がみんな死んでゆくという残虐なキャラクター。
このふたりと、ヴェーヌスがヴェーヌスブルクの住人で、そのヴェーヌスは、パンクファッションをまとったロックな女で、無法者っぽい。
この世界に紛れ込んだタンホイザーは、芸術の世界から放逐された人物で、ピエロの恰好をしていて、マクドナルドのドナルドみたい。
①序曲が始まると、スクリーンに映し出されるのは、ヴァルトブルク城で、そこであのメロディーが奏でられるのだから、一安心って感じ。
その城をドローン撮影で上空から映しながら、やがて現れるのはキャンピングカーで、車には屋根にはウサギのおもちゃが載ってる。
画像はいずれもバイエルン放送局のものを拝借してます。
ドイツ紙の批評によると、故シュルゲンジーフの物議をかもした「パルジファル」演出に映像で出てきた腐れゆくウサギのこと、とありました。
そして車に乗るのは、先の3人組に、ピエロのタンホイザーで、みんな楽しそうで、自由を謳歌している。
しかし、ふとメーターを見ると、ガソリンがエンプティ。食料も尽きて、一行は、バーガーキングのドライブスルー、運転手のヴェーヌスが注文し、タンホイザーはカードを提示、ところがそのカードは偽物で、カードに記された言葉は・・・
一方、残りの二人は駐車場のほかの車からガソリンを盗む、そしてかたっぱしから、ある言葉の書かれたチラシをまいたり貼ったり・・・
「Frei im Wollen Frei Im Thun Frei im Geniessen」
「自由を望み 行動し そして楽しむこと」
こんなスローガンを掲げた、いわば自由と希望を掲げた連中で、ここではアウトローであったり、LGBTであったり、社会の局外者であったりするわけです。
そして、この演出で、何度も出てくるこの言葉こそ、ワーグナーが発したもので、そのワーグナーこそ、タンホイザーとローエングリンの作曲の間ぐらいの時期に、革命に身を投じお尋ね者となり、亡命していたわけである。
ここに視点を置き、ワーグナーとタンホイザーをかぶらせたのではないかと思います。
ヴェーヌスブルク(と思われる場所)にいるときから、タンホイザーは分厚いスコアを持っていて、それを投げつけたりすると、ヴェーヌスが拾ってあげたりと・・。
さて、ガソリン泥棒と無銭飲食をした一行の前に立ちふさがった警備員。
タンホイザーが止めるもむなしく、その警備員をひき殺してしまい、タンホイザーは一気に冷めてしまいふさぎ込んでしまう。
そのあと、車を止めて、バーガー類をほおばる3人組、ニンフたちの合唱は、ラジカセから。
ついに、もうこんな生活やだと言わんばかりに、マリアの名前を叫んで、離脱するタンホイザー。
倒れ込んだ野原に現れたのは牧童ならぬ、自転車に乗った市民。
その導きで、行ったのは、緑の丘の上で、リアルバイロイト祝祭劇場の前庭。
合唱団は、上演を待つ観客で、暑いので、パンフレットをうちわ替わりにして扇いでる。
さて、つぎにあらわれ、ピエロのタンホイザーのかつての仲間の騎士たちは、劇場のスタッフたちで、首から認証カードを下げてる。
ここには、エリーザベトもあらわれ、タンホイザーにビンタを食らわせる。
仲間にもどり、劇場に向かったタンホイザーを追って、車で侵入してきた、自由3人組、脱ぎ捨てられたピエロの衣装を拾って幕!
②1幕の概要を長く書きすぎてしまった。
でも、この1幕でもって、全体の伏線も理解できるし、演出の意図もよく見えるのであえて詳細に。
2幕は、劇場の裏側にカメラが。出を待つエリーザベトは、従来のお姫様の姿で、舞台は、まるきりかつてのウォルフガンク・ワーグナーの伝統的な舞台のパロディーのようで、安心できるもの。
エリーザベトに対するウォルフラムの様子は、あきらかに好意以上のものがにじみ出てる。
一方、スクリーンでは自由3人組が、劇場のバルコニーに登り、例のスローガンを掲示。
さらに劇場内部に潜入する。
ヴェーヌスは、出演間際の女性合唱団員がトイレに入ったのを襲い、しばき上げ、衣装を盗んでなんと、ちょろちょろと合唱団として舞台に登場してしまい、口パクで歌う。
このあたりの、ヴェーヌス役のツィトコワちゃんの、演技のオモシロさやカワユサに笑い。( ´艸`)
一方の、オネエとオスカル組は、劇場内を冒険、歴代指揮者たちの写真が飾られるところで、テーレマンを見て腰を振るショコラ、あとレヴァインにも反応してました( ´艸`)
観客に笑い声も巻き起こったようです。笑えるタンホイザーなんて( ´艸`)
タンホイザーの自爆シーンでは、ヴェーヌスがパンクな本性をあらわし、乱入したほかのふたりと踊りまくり、例の言葉の紙をまき散らす。
大騒乱となったところでの、エリーザベトの感動的な制止のシーン、彼女はなんとリストカットしたあざを振りかざすんだ。
反省と後悔の念のタンホイザー、責める人々、こんな重唱のなか、カタリーナ・ワーグナーがスクリーンで登場、劇場スタッフからの連絡を受けて、彼女は、警察に通報。
パトカーが列をなして、劇場に向かい、警察官が舞台になだれ込む。
ローマへ、の一言とともに、領主ヘルマンの指令をもって、タンホイザーは、警察当局にしょっぴかれる。
残されたヴェーヌスは愕然とし、オスカルは座り込み、ショコラはレインボーの旗をハープにかぶせ抗議。
そう、自由が奪われた2幕の最後のひとまく。
③ローマ巡礼行の音楽が流れる中、タンホイザーがまとっていたピエロの服が残る廃墟のようになったキャンピングカーの前で、オスカルはブリキの太鼓を鍋がわりに缶詰料理を。
そこに着の身着のままの体、お姫そのままのかっこうの空腹のエリーザベトがあらわれ、オスカルと遭遇し、料理を食べさせてもらう。
死にゆくエリーザベトに、人を死に導くオスカルという映画通りの流れ。
未練たらたら、エリーザベトに近づくウォルフラム。
そこへ、巡礼の合唱とともに、やってきたのは、まるで移民たちのよう。。。。。
そこにタンホイザーの姿はなく、エリーザベトは失意のうちに、アリアを歌い、なんと上着を脱いで下着姿に。
その傍らで、ウォルフラムは、ピエロの服と赤いかつらをかぶり、それを見たエリーザベトは喜び、そして車に引き入れ、ふたりは、いたしてしまうシーンが、リアルにえがかれる。
悔悟に暮れて歌うウォルフラムの「夕星の歌」。
タンホイザーになれなかった、自由を謳歌できなかった、いや、タンホイザーなったふりをしたことへの悔恨か。
歌う中、エリーザベトは車を出て、腕の古傷を押さえながら倒れ込み、オスカルがなだめる・・・
舞台は回転し、成功者ショコラとブランド時計の巨大な看板のもと繰り広がられる。
そこへ、移民風に薄汚れ、ビニール袋をもったタンホイザーが。
ウォルフラムは、ビニール袋から、もう年季の入ってしまった分厚い楽譜を恭しく取り出し、ローマ物語での教皇の話のあいだ、その楽譜を抱きしめたり、優しくなでたりする。
ところが、タンホイザーは、その楽譜を取り上げ、まるで教皇に断罪されたのがその楽譜であるかのように、丸めて地面に投げつける。
それをまた広い、大事に抱きかかえるウォルフラム。
最後は文字通り、やぶれかぶれで、ヴェーヌスブルクの音楽が流れ込むなか、ふたたび手にした楽譜を、ビリビリに引きちぎり、それをウォルフラムが必死に押しとどめるが、ついには、火をつけて焼いてしまう。
そして登場のヴェーヌスは、なんと目無し帽をかぶったテロリスト然とした姿。
例の言葉の書かれたプラカードを掲げ、タンホイザーも一緒になって、それを掲げる。
ウォルフラムの、渾身の、それこそ愛情もこもった「エリザベート」の一言と、亡きがらを指さす姿に、タンホイザーも一変。
オスカルに見守られ、車中にあった血に染まったエリザベートをおろして、タンホイザーは彼女とともに横たわり、ウォルフラムは、彼女のお姫様の服を優しくかけてあげる。
見守るヴェーヌスの眼も、これまでと違った表情になった。
スクリーンでは、軽くピエロの化粧の残ったタンホイザーと仲良く車に揺られるエリザベート、ふたりの笑顔を写しつつ、旅の始まりと、終わりのような印象をあたえつつ、幕となる。
幕
幕が閉じると、ブラボーを圧するブーイング。
ともかく、パロディーのきいた演出で、タンホイザーとワーグナーを重ね合わせ、さらには、バイロイトに集う観客、既定の演出や演技者を既存の観念とし、それらとは、真逆の世界に住まう連中を自由を謳歌する人々と位置づけ対立軸に持ち込んだ。
死による浄化も、最後には自由と希望を得る手段のようにも見えかねない。
わたしのような浅い思考力では、演出家クラッツアーの狙いや考えはわかりません。
最初、画像や映像の断片しかみなかったときは、SNSなどで、批判をしたものだが、全編観たことで、その考えは少し変わった。
最初から最後まで、いろんな伏線をひきつつ、一本筋のとおった考え抜かれた演出だと思うようになった。
ただ、そこにLGBTや移民、テロなどの問題を絡めることで、その筋にもややこしさや、政治色が生まれることになった。
あと、スクリーンの多用は、ここまでやると禁じ手のカードを切りすぎた感がある。
舞台で再現できない、ありえへんストーリーをこれではいくらでも作れてしまう。
荒唐無稽な「リング」なんて映画チックにいくらでも制作できちゃうだろう。
そして、実際に歌い、演奏されてる音楽と舞台や映像との齟齬と乖離は、いかんともしがたい。
2幕のエリーザベトの必死の嘆願の感動的シーンは、リストカットの傷を見せられたり、かたわらで繰り広がられるヴェーヌスとタンホイザーの淫らな動きなどを見せつけられ、音楽の力を削いでしまうのだ。
何度も書くが、ワーグナーの音楽は、それだけで、すべてを表現しつくして雄弁なので、ごちゃごちゃいじくりまわさないで欲しい!と
オモシロくて楽しめる演出だったけど、やっぱりイヤだな。
でも、昨年の、環境問題をテーマにしたような「ローエングリン」よりは、よっぽど訴えかけは強いけどね・・・
未消化部分が多いので、またなにか書くかもしれません。
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(楽しそうな一行♪ 運転手はヴェーヌスさ!)
歌手は、こんなめんどくさい演出なのに、歌に演技に、実に素晴らしかった!
なかでも、ヴェーヌスのツィトコワ。
本来は、グバノヴァの予定であったが、彼女の怪我で、急遽ツィトコワが初日に立つことになったという。
小柄な彼女の強い声によるヴェーヌスは、安定していて、先に書いたように、その所作が可愛く、おもしろい。
新国にも以前、よく登場していて、私は以前よりファンなんです。
オクタヴィアン、フリッカ、ブランゲーネを観ました。音源では、ブイヨン公妃も素敵です。
あと、デビューのダビットソンのエリーザベトは、堂々たる声で、まさにプリマドンナ風。
最近のクールでスマートな歌唱ではなく、ちょっと一昔前のなつかしさを感じる一本気な声。
同じく北欧出身の先達たちのように、今後の活躍が予想されます。
あと、アイヒェの友愛と、それこそ複雑な愛情にあふれたウォルフラムをマイルドな声で歌い、揺れ動く優柔不断の演技もサマになってます。
グールドの安定感あるタンホイザーも素晴らしく、このタフで息の長い歌手の存在はありがたいものです。
演出の意図をよく理解して、大きな体で迫真の演技です。
さて、演奏サイドで、唯一、ブーを浴びてたのがゲルギエフ。
聴きなれないところが強調されたり、音を一部引き延ばしたりと、いままで聴いてるタンホイザーとはちょっと違うようにも感じました。
テキパキと流してしまうことの多いゲルギエフのいつもの指揮とも、違う、一部はなかなかの力演に思える場面もありました。
報道では、バイロイトの劇場の独特の響きに苦戦していたとのこともあります。
そして、ザルツブルクとヴェルビエの各音楽祭をかけ持って飛び回っているこの夏のゲルギエフの多忙さで、ろくに練習もできていない、との指摘もあり、リハーサルにも遅れたりとか言われちゃってます。
それに黙ってられないゲルギエフは、反撃し、そんなことはない、ワーグナーの音楽に真摯に取り組んでる、と反発してます。
しかし、どうやら来年はもう登場しないとのうわさも・・・・・
まぁ、こうしていろいろあるのが、バイロイトの、ことさら新演出の楽しみ。
来年は、「リング」の新演出年。
演出は、オーストリアのヴァレンティン・シュヴァルツと、指揮は、日フィルでおなじみのピエタリ・インキネン。
炎夏のヨーロッパ。
バイロイトも猛暑で、このタンホイザー初日には、暑さに対する抗議デモなんてのも行われちゃってます・・・・?
日本では、祭りの季節。
日本の夏です。
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