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2019年10月

2019年10月27日 (日)

マーラー祝祭オーケストラ 定期演奏会

Mahler-festival-orchestra_20191027192601

日曜午後、こんな素敵なプログラムの演奏会があるのを発見し、思い立ってミューザ川崎へ。

新ウィーン楽派の3人の作品のみ。

わたくしの大好物ともいえる作品3作です。

マーラー祝祭オーケストラは、2001年に指揮者の井上喜惟氏の提案のもと結成されたアマチュアオーケストラで、国際マーラー協会からも承認を得ている団体。
毎年の演奏会で、すでにマーラーの全交響曲を演奏しつくし、今回は、マーラーに関わり、その後のウィーン楽壇の礎をを築いた3人の作曲家、新ウィーン楽派の3人に作品を取り上げたものです。

Mahler-fsetorche

 ウェーベルン  パッサカリア (1908)

 ベルク            ヴァイオリン協奏曲 (1935)


     Vn:久保田 巧

 シェーンベルク 交響詩「ペレアスとメリザンド」(1902~3)

  井上 喜惟 指揮 マーラー祝祭オーケストラ

        (2019.10.27 @ミューザ川崎 コンサートホール)

正直言って寂しい観客の入りで、開演15分前に行って全席自由の当日券でしたが、ふだん、ミューザではなかなか体験できない良席を、両隣を気にすることなく独占し、音楽にのみりこみ、堪能することができました。

マーラーの名は冠してはいても、やはりこうした演目では、なかなか集客は難しいもの。
しかも、川崎の地でもあり、この日は、川崎名物のハロウィンパレードが同時刻に開催。

しかし、そんなの関係ないわたくしは、うきうき気分のミューザ川崎でありました。

ウェーベルンの作品1は、ウェーベルン唯一の大オーケストラによる後期ロマン派臭ただよう10分あまりの作品です。
長さ的に、コンサートの冒頭にもってこられる確率が高くて、これまでのコンサート履歴でも、ほとんどがスタートの演目でした。
しかし、いずれも、オーケストラも聴き手も、あったまる前の状態で、流れるように過ぎてしまうという難点がありまして、今回もまったく同じ状況に感じました。
なにものこりません。
1974年のシェーンベルク生誕100年の年にかかわり、翌年にかけてFMで放送されたアバドとウィーンフィルの演奏が、わたくしの、絶対的な完全・完璧なるデフォルメ演奏であります。
これが耳にある限り、どんな演奏も相当な演奏でないとアカンのですが、今回、この曲のキモもひとつ、曲の終結部の方で、ホルンがオーケストラの中で残り、残影のような響きを聴かせるところ、ここはとてもよかったです。

ベルクのヴァイオリン協奏曲。
この曲が、本日のいちばんの聴きもので、豊かな技巧に裏打ちされ、繊細でリリカルなヴァイオリンを聴かせてくれた久保田さんが素晴らしかった。
本来はデリケートでもあり、バッハのカンタータの旋律も伴う求心的な作品。
主役のヴァイオリンの求道的なソロに、大規模なオーケストラは、ときに咆哮し、打楽器も炸裂するが、このあたりの制御があまり効いておらず、久保田さんのヴァイオリンを覆い隠してしまった場面も多々あり。
ここは、指揮者の問題でもありつつ、全体を聴きながら演奏して欲しいオーケストラにも求めたいところかも。
交響曲のように演奏しては、オペラ作曲家のベルクの作品の魅力は減じてしまうのだから。。。
 でも、曲の最後の方、浄化されたサウンドをミューザの空間を久保田さんのヴァイオリンが満たし、夢見心地のわたくし、死の先の平安を見せていただいたような気がしますよ・・・・
 久保田さんのドレス、ウィーンの同時代を思わせる、パープルとホワイトの素敵なものでした!!

シェーンベルクのペレアスとメリザンド
20日前に、ここミューザで聴いた「グレの歌」とほぼ同時期の、後期ロマン派の作風にあふれるロマンティック極まりない音楽。
ここでも、トリスタンの半音階的手法が用いられ、音楽は当然に男女の物語りだから、濃厚濃密サウンドが展開。
 4管編成の大オーケストラが舞台上にならび、圧倒的なサウンドが繰り広げられ、この作品では、ときおり現れる、各奏者のソロ演奏がキモともなるが、いずれも見事なもので、前半プロとの奏者の編成の違いも判明もしたわけだが、木管、それとトロンボーンセクションとホルン群がここでは素晴らしかった。
単一楽章で、その中に、登場人物たちのモティーフを混ぜあわせながら、それぞれの場面を描き分けるには、指揮者の手腕が試されるところだが、本日はなにも言うまい。
 緊張感を途切れさせず、このはてしない難曲を演奏しきったオーケストラを讃えたいです!

演奏効果や、奏者の出番は考えずに、この素晴らしい演目の順番を、自分的には、前半後半、逆にするのも一手かも、とも。

 1、シェーンベルク ペレアス
 2、ウェーベルン  パッサカリア
 4、ベルク     ヴァイオリン協奏曲

作曲年代順にもなるし、オーケストラと聴衆の集中度と熱の入り方という意味での順番で。。

 次の、このコンビの演奏会は、来年5月に、マーラーが戻ってきて3番です。
蘭子さんのメゾで♡

コンサートの時間帯とかぶるようにして、川崎駅の反対側では、有名となった「川崎ハロウィン・パレード」が行われましたようで、駅へ向かう途上、可愛い仮装の子供たちと、吸血鬼やおっかない妖精さんや、悪魔さんたちにも出会いましたとさ・・・・

わたくしは、やっぱり、世紀末音楽の方が好き・・・・・

(10/30に渋谷でコンサートの予定あり、一日前だから大丈夫でしょうかねぇ)

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2019年10月24日 (木)

シューベルト 「楽興の時」 グルダ

Klimt-schubert

グスタフ・クリムトの作、「ピアノを弾くシューベルト」。

1899年の作品。

クリムトといえば、世紀末ウィーンにあって、マーラーと1歳違いだし、アルマとも関係があったし、ウィーン分離派を結成し、エゴン・シーレやココシュカなどとも関連した美術家であった。

マーラーや、シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、ツェムリンスキーなどのレコードジャケットには、クリムトたちの絵が使われることも多いのは、同時代を生き、同じウィーンの世紀末の空気を吸った音楽家たちだから。

この「シューベルト」の肖像を中心とする油絵は、多くの音楽ファンのCD棚のなかにある、「カルロス・クライバーの未完成」のジャケットであるということで、ご存じかもしれません。
私は、レコード時代に買って、スピーカーの上に飾ったりして、ナイーブなシューベルトの横顔を見ながらその音楽を楽しんだものです。

Kleiber_20191023214501

ところが、この絵の原本は、作曲家たちに貼ったと同じような、退廃芸術家というレッテルをクリムトも浴びてしまったものだから、ナチスによって多くの作品が没収・収蔵されてしまい、終戦間際の連合軍の攻撃の際に、ナチス自らが放った火災によって消失してしまったとのことである。

 わたくしの、唯一のウィーン旅行は1989年、東側体制の崩壊間近の年でして、ともかくこの絵が欲しくて、市内の楽譜・音楽関連書籍の「ドブリンガー」に出向き、絵葉書でしたが入手しました。

さて、クリムトが描いたシューベルトは、なんの曲を弾いているんだろう

今日は、それをテーマに、シューベルトのピアノ作品を選んでみました。

Schubert-gulda-ch

  シューベルト 「楽興の時」D780 op94

    フリードリヒ・グルダ

      (1963.09 @ジュネーヴ)

この絵を見ながら考えました。
ソナタだと重すぎるし、形式がしっかりしているので、シューベルトとはいえ、無理がある。
奥の難しそうなお顔の紳士だけなら、ソナタやさすらい人幻想曲でもいいけど、女性たちの三様の服装やお顔からすると、より多様性に富んだ曲の方がいい。
目を閉じて聴き入る方、楽譜かなにかに見入る方、そして、正面を向いて、シューベルトを見つめるというよりも、描き手のクリムトを見つめるかのような方。
即興曲だと、幻想味が強すぎるし、曲によっては深みが強すぎる、ということで、より自由で明るい「楽興の時」が一番のお似合いということで、この作品にしました。

正面を見据える女性は、実在のモデルがいて、クリムトの愛人だったそうな。
2006年作の映画「クリムト」を見たことがありますが、そこで描かれていたのは、奔放にすぎるクリムトの女性遍歴で、そこにはふんだんに、ヌードも現れて、ついつい目が奪われがち(笑)になったが、登場人物が女性も、ほかの同時代人もそっくりで、エゴン・シーレなんてうりふたつ。しかし、奔放さと発想の奇抜さばかりが目立つような映画の作り方で、クリムトの内面や、ウィーンの先鋭さなどはあまり感じさせてくれなかったように記憶してます。

いずれにせよ、女性を描くことでは天才的だったクリムトが、当時のモードを纏った、ここで登場させた3人を眺めながら聴く「楽興の時」。
それはとても楽しく、かつ、シューベルトなのに、ウィーンの世紀末に想いを馳せてしまう、そんな思いにさせてくれました。

市井の人々と音楽。
音楽は、権力者や金持ち・貴族たちのものばかりでない、という存在であることを示した存在がシューベルト以降の作曲家たち。
市民たちが築きあげた爛熟した文化・芸術のウィーン世紀末の、意外な結束点は、元をたどるとシューベルトにあったかもしれません。
 ちなみに、ジョナサン・ノットのシューベルトの交響曲のCDのジャケットは、このクリムト。
ノットのマーラーのジャケットは、ココシュカでありました。

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薄命のシューベルトの、比較的晩年の作品で、数年かけて作曲した6つの小品を「楽興の時」としてまとめたもの。
「Moments Musicaux」というフランス語タイトルになっていて、友人でもあった、出版商のライデスドルフの発案とも言われている。

6曲ともに、とてもさりげなく、構えることなく聴ける音楽だけど、いずれもが曲想がまったく異なり、詩的でありつつ、自由奔放な曲想にあふれていて、演奏の仕方によっては深淵なる世界を見せることもできるし、平易なメロディでもあることから、弾き方によっては、家庭的な日常の音楽とも聴いてとれる。
 NHKAMの「音楽の泉」のテーマ曲として、長年親しまれてきたのが、3曲目のアレグロ・モデラート。
6曲の中間に、こんな風にリズミカルで優しい音楽を置きつつ、ほかは、瞑想感すら与える、ただごとでない雰囲気も醸し出すことができる、そんなシューベルトの「死の淵」をもが、ここにはあるのではないかと思ってしまう。

でも、繰り返しますが、そんな想いが脳裏を過りつつも、シューベルティアーデで仲間と楽しむ作曲者の姿もここにはあり、クリムトが描いた幻影のようなシューベルトの姿も、ここにはあるのかもしれません。

そう、楽興のおもむくまま、聴くがいいのです。

コンサートホール・レコードの会員だったころの1枚。
CD化されたものには、即興曲が抜けていて残念ですが、響き少な目のリアルなピアノサウンズが、グルダの唸り声とともに、耳元で直接響きます。
そう、ウィーン生まれのグルダの、まろやかかつ、自由なシューベルト。
目の前で弾いているような感じの演奏であり、録音です。

Sesetion2

1989年のウィーン旅行のときに、ゼセッション=分離派会館に行きました。

ユーゲント・シュティール様式に満たされた建物。

クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」を見たことが忘れられません。

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2019年10月20日 (日)

ツェムリンスキー 「こびと」 アルブレヒト&コンロン指揮

Mishima-walk-5

こちらも、三島スカイウォークの吊り花。

怪しい色合いの薔薇は、造花です。

美しいけれど、美しい偽物。

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 ツェムリンスキー 歌劇「王女の誕生日」

スペインの王女、クララ:インガ・ニールセン
待女、ギーター:ベアトリーチェ・ハルダス
こびと:ケネス・リーゲル
待従、ドン・エストバン:ディーター・ヴェラー
3人の女中:チェリル・ステューダー、オリーブ・フレドリックス
      マリアンネ・ヒルスティ

 ゲルト・アルブレヒト指揮 ベルリン放送交響楽団
              リアス室内合唱団

      (1984 @ベルリン)

Zemlinsky-dr-zwerg-conlon

 ツェムリンスキー 歌劇「こびと」

スペインの王女、クララ:マリー・ドゥンレーヴィー
待女、ギータ:スーザン・アンソニー
こびと:ロドリック・ディクソン
待従、ドン・エストバン:ジェイムス・ジョンソン
3人の女中:メロディ・ムーア、ローレーン・マクニー
      エリザベス・ビショップ

 ジェイムズ・コンロン指揮 ロサンゼルス・オペラ・オーケストラ
              ロサンゼルス・オペラ合唱団

      (2008.03 @ロサンゼルス・オペラ)

音盤と映像のふたつ。

アルブレヒトとコンロン、ともに、ツェムリンスキーの紹介と録音に力を入れた指揮者ふたり。

前回のブログで、シュレーカーの「王女の誕生日」を取り上げ、その作品の経緯や原作について書きました。
すぐれた台本作家でもあったシュレーカーが、オスカー・ワイルドの同名の童話に感化され、新しいオペラの台本をツェムリンスキーに提供しましたが、気が変わって、自らがオペラ化したくなり、その了承をツェムリンスキーに求めた。
シュレーカーのこのオペラ作品は、1918年に「烙印された人々」となる。
 シュレーカーは、代案として違う作品の台本化を提案したものの、ツェムリンスキーは受け入れることが出来ず、どうしても、「王女の誕生日」をオペラ化したくて、シュレーカーの「烙印」から遅れること4年、1922年にゲオルグ・クラーレンの台本により、同名のオペラとして完成され、クレンペラーの指揮で初演された。
 
ツェムリンスキーが、どうしてこの原案にこだわったのか。
これも有名な話ですが、ツェムリンスキーは、想いを寄せていた、アルマ・マーラーに王女を、そして背も低くてあまりいい男とは言えない自分を「こびと」にみたたて考えていたということ。
 そう、アルマこそ、当時のウィーンのファムファタルだったのです。
ただ、彼女は自身がすぐれた芸術家でもあり、そして男性から豊かな芸術性を引き出す才能もあった点でかけがえのない存在。

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音盤と映像盤、ふたつで、タイトルが違います。
84年頃に録音されたアルブレヒト盤は、この作品の世界初録音で、1981年にドレーゼンの演出でハンブルクで蘇演されたバージョンによるもの。
当時のCD1枚に収まるようにとの考えもあったか否か、カット短縮版となっていて、待女のギータの役回りが減らされ、劇の最後も王女の言葉で終了するようになってます。
 この作品の初演の地、ケルンで完全版で上演したのが、1996年のコンロンの指揮によるものでして、EMIにレコーディングもなされました。
さらに、2000年代に入ってロサンゼルスで再びコンロンが上演したものが、映像のDVDなのです。

作曲時期の1922年は、「フィレンツェの悲劇」と「抒情交響曲」の間ぐらい。
その音楽は、甘味でかつ爛熟した響きを背景に、飽和的な音の洪水になる寸前の危うさをはらんでいて、とても危険だけど、触ったら壊れてしまいそうな繊細さと抒情味にもあふれていて極めて魅力的です。

CDとDVDとの音楽の相違点をつぶさに検証することは、素人の私にはできませんでしたが、アルブレヒトの指揮は、こうした作品の紹介と普及に心血を注いだ指揮者ならではの情熱とともに、ツェムリンスキーのクールな音楽を客観的に聴かせていて、素晴らしいと思いました。
東西分裂中のベルリンの機能的な放送オーケストラも巧いものです。
 K・リーゲルの没頭的な歌唱もいい。
80年代、マーラーや後期ロマン派系の音楽になくてはならない、このテノール、バーンスタインや小澤征爾との録音も多い。
そして、ニールセンの白痴美的お姫様も怖いくらいに美しい。。。
あと、ブレイク前のスチューダーが女中役で出ているのも年代を感じさせます。

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ツェムリンスキーが「こびと」で、オスカー・ワイルドの原作童話と変えたところは、王女が原作では12歳だが、オペラでは18歳。
「こびと」は、森で見つかられ、森の親父は厄介払いして清々としたとあるが、ここでは、トルコからの貢ぎ物として王女の誕生日にプレゼントされ、彼は歌うたいということになっている。
それから、待女のギータが、とてもいい人で、こびとに同情的。
王女に想いを寄せるこびとの、いつか裏切られるだろうということを案じて、いまからでも遅くないから帰りなさいとまで言ってあげる。
アルブレヒトの短縮版では、最後は、王女の、「次は心のないおもちゃにしてね」「さ、ダンスに戻りましょう」という残酷な言葉で終わりになるが、オリジナル版は、王女があっけらかんと去ったあと、同情を寄せる待女ギータに、こびとは、薔薇を・・・と瀕死の声でつぶやき、ギータがその白い薔薇を手向けてあげるところで、急転のフォルテによる幕切れとなります。

それにしても、ツェムリンスキーの音楽は妖しいまでに美しい。
色で言えば、銀色に感じる。
王女から、白い薔薇を投げられて、その想いをどんどんエスカレートさせていく「こびと」のモノローグ。
そして、王女との少しばかりの二重唱。
鏡を見てしまった慟哭の想いと、いや違うんだ、まだ王女は自分のことを・・・と想いつつショックで苦しみながら死んでいく「こびと」。
これらのシーンの音楽は、絶品ともいえるキレイさと切なさに満ちている。

みずからを、アルマにあしらわれる惨めな男に読み替えて作曲をしたツェムリンスキーの想いが、なんだかいじらしく感じられる。
そう、映像で見ると、ほんとに気の毒で、涙を誘ってしまうのでありました・・・・

Zwerg

いずれも、あまり名前の知らない歌手たちですが、みんな役になり切ってまして、80分のドラマに思い切り入り込むことができました。
ドイツのオーケストラからすると、音色が明るすぎる感はありますが、そこはさすがにコンロン。
ツェムリンスキーやシュレーカーも含めて、こうした時代の音楽がほんとに好きなんだな、と指揮姿を見ていてもわかります。
写実的な演出ですが、ベラスケスの絵画そのものでもあって見ごたえがありました。

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この夏に、フランスの放送局がネット配信した、リール歌劇場での「こびと」の上演を録音して楽しみましたが、今回それがyutubeにも優秀な映像でもってUPされていたましたので、こちらも観劇しました。
シンプルな演出で、こびとは、ナイキのスポーツウェアにチープなジーンズ、王女や廷臣たちは、ちょっと未来風な白いドレス。
まさに小柄な、マティアス・ヴィダルのタイトルロールが、実に素晴らしい。
リリカルで同情心も誘うその歌は、今回の音盤や映像よりも、ずっと上かと。。
あと可愛いジェニファー・クーシェの王女も、ビジュアル的にもよし、歌もよしでした。

 さらに、発見したのは、この夏、バイロイトの「タンホイザー」でブレイクしたトビアス・クラッツアーが5月にベルリン・ドイツ・オペラで演出したもののトレイラーがありました。
ほぼツェムリンスキーの風貌の主人公、そして、タンホイザーでもオスカルで登場した役者の方も出演してます。
いずれ、商品化されるものと思われますが、10年の隔たりはあるにしても、保守的なアメリカといまのドイツの演出の違いは大きすぎるほど。
オペラの世界には、現在ではNG用語や存在自体がまずいものがたくさんあるし、私も気にせず書いてしまってますが、なかなか難しい問題ではあります・・・・



ツェムリンスキーのオペラ、全8作中、まだこれで3作目の記事。

あと6作、しかし、そのうち2作は未入手。

「ザレマ」      1895年
「昔あるとき」    1899年
「夢見るゲールゲ」  1906年
「馬子にも衣裳」   1910年
「フィレンツェの悲劇」1916年
「こびと」      1922年
「白墨の輪」     1932年
「カンダウレス王」  1936年

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2019年10月18日 (金)

シュレーカー 「王女の誕生日」組曲 ファレッタ指揮

Mishima-walk-1

三島市にある、三島スカイウォークのイベントスペース。

この道の駅的な観光スポットのウリは、400mの長いつり橋で、そこから見える景色は絶景とのこと。

とのこと、というのは、一度も渡ったことがないからです。
高いところ苦手だし、行くといつも風が強いし、なんたって、渡るのに一人税別1,000円もかかるし、犬や赤ちゃんも専用のカート500円が必要とのことで、あんまり何度も渡る人はいません・・・

しかし、これらの吊り花は、とてもきれいです。

Schreker-birthday-of-the-infanta-1

  シュレーカー 「王女の誕生日」組曲

 ジョアン・ファレッタ指揮 ベルリン放送交響楽団

       (2017.06.17~23 @ベルリン)

フランツ・シュレーカー(1878~1934)に関しましては、これまでオペラを中心に幾度も書いてきましたので、その人となりも含めまして、下段や右バーの「シュレーカー」タグをご照覧ください。

マーラーの後の世代、R・シュトラウスの一回り下、ツェムリンスキーやシェーンベルクと同世代で、指揮者としても活躍し、「グレの歌」の初演者でもあります。
作曲家としては、オペラの作家と言ってよく、台本からすべて自身で制作するというマルチな劇作家でありました。
当時は、シュトラウスや、後年のコルンゴルトなどと人気を分かち合う売れっ子オペラ作者だったのですが、ここでもやはりユダヤの出自ということが災いし、晩年は脳梗塞を罹患し失意のうちに亡くなってます。
 同じ、退廃音楽のレッテルを下されたコルンゴルトが、いまヴァイオリン協奏曲と「死の都」を中心に、多く聴かれるようになったの対し、シュレーカーは音源こそ、そこそこに出てきてはいるものの、まだまだ日の当たらない作曲家であることは間違いありません。
コルンゴルトのような明快かつ甘味なメロディラインを持つ音楽でなく、当時の東西のさまざまな作曲家の作風や技法を緻密に研究し、影響を受けつつ取り入れたその音楽は、斬新さもあるし、旧弊な様子もあるし、はたまた表現主義の先端でもあるし、ドビュッシーやディーリアスといった印象や感覚から来る音楽の作風すらも感じさせます。
そうした、ある意味、とりとめのなさが不明快さにつながり、とっつき悪さも感じさせるんだと思います。

わたくしは、そんなシュレーカーの音楽の、多様さと、そしてオペラにおける素材選びの奇矯さが好きなのであります。
そして、そのオペラたちも、ある程度パターンがあって、親しんでしまうと、とても分かりやすさにあふれていることに気が付きます。

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オペラではない、シュレーカーの劇音楽を。

「王女の誕生日」は、1908年に上演された同名の劇の付随音楽であります。

このパントマイム劇は、クリムトが主催していたウィーンクンストシャウでの上演で、そのときのダンスのプリマは、モダンバレエの祖である、グレーテ・ヴィーゼンタールで、彼女は妹とともに舞台に立ち、その音楽は彼女によってシュレーカーに依頼された。
シュレーカーは、室内オーケストラ用に35分ぐらいの12編からなる音楽を付けたが、のちに、それを拡大して長作のフル編成のオーケストラ作品に仕立て直そうとしたものの、それは実現せず、同じ3管編成の大オーケストラ向けに曲を少なくして、10曲からなる組曲を作り直したのが、いま聴かれるこの作品であります。

原作は、かのオスカー・ワイルドで、「幸福な王子」と「石榴の家」という9編からなる童話集のなかの同名の「王女の誕生日」の物語から採られたもので、シュレーカーは、この童話からインスパイアされて、ツェムリンスキーのためにオペラの台本を準備したが、結局は自らが気に入ってしまい、ツェムリンスキーに了承を得て、自作の台本にオペラを作曲することとなる。
それが、「烙印された人々」となるわけであります。
 一方のツェムリンスキーも、この物語の筋立てには、大いに共感したものだから、オペラにしたいという想いを捨てきれず、「こびと(Der Zwerg)」という作品になって結実した。

シュレーカーの「烙印された人々」は、せむしの醜男が主人公で、それにからむのが、心臓に病を持つ女、性力絶倫男、腐敗政治家・退廃市民などなど、ちょっと特異な方々の物語で、現在では、とても考えにくい設定なのであります。
 そして、「王女の誕生日」も同じく、醜いこびとが題材。

「物語はスペイン。せむしのこびとが遊んでいると、宮廷の廷臣たちに捕らえられてしまい、王女の誕生日プレゼントとして、宮廷に綺麗な服を着せられて差し出されてしまう。得意になって踊るこびとに、人々は笑って喝采を送り、いつしかこびとは、もっと彼女のことが知りたい、そして、王女に愛されていると思い込むようになる。あるとき、宮廷で鏡の部屋に迷い込んだこびとは、姿見に映った自分の姿をみて、そしてそれが自分であることを悟って叫び声をあげて悶絶して死んでしまう。王女は、『今度、おもちゃを持ってくるときは、心のないものにして!』と言い放ち・・・幕」

残酷な物語であります。

ワイルドは、スペインのベラスケスの絵画「女官たち(ラス・メニーナス)」に感化され、この物語を書いたとされます。
その絵が、今回のCDのジャケットになっているわけです。
たしかに、右端にそういう人物がいますし、王女とおぼしき少女は笑みも表情もないところが怖いです。
ワイルドといえば、「サロメ」でありますね。
ファム・ファタールという男をダメにしてしまう謎にあふれた魔性の女、ルルも、マリーもそうですが、シュレーカーのオペラにも不可思議なヒロインたちは続出します。

こんな残酷な物語なのに、この組曲の音楽は平易で、奇矯さはひとつもありません。
「烙印」の主題もそこここに出てきます。
ここから物語の筋を読み解くことができないほどです。
冒頭の第1曲が、いちばんよくって、この旋律はクセになります。

全体としては、短い曲の集積ながら、童話的なお伽噺感に満ちていて、宮廷内の微笑みすら感じさせます。
ある意味、物語の筋と、このシュレーカーの音楽のギャップが恐ろしいところでもありますが・・・・
きっと舞台で、前衛的なダンスなどを付けでもしたら、さらにそら恐ろしく、哀しいものになるんでしょう。。。。

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アメリカのベテラン女性指揮者ファレッタさんは、バッファローフィルを中心に、アメリカ各地と英国・ドイツで活躍してますが、コアなレパートリーを持っていて、シュレーカー作品にも、そのわかりやすい解釈で適性があると思います。
この組曲の前に、のちに「烙印された人々」の前奏曲へとなる「あるドラマへの前奏曲」が収録されているのも、その関連性において秀逸です。
最後には、初期のまさにロマン交響曲的な「ロマンティックな組曲」も収められてます。
 オーケストラは、旧東系のベルリン放送交響楽団。

つぎに取り上げるツェムリンスキーの「こびと」のオーケストラは、西側の旧ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ響)なところが面白いです。

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シューレーカーのオペラ(記事ありはリンクあります)

 「Flammen」 炎  1901年

 「De Freme Klang」 はるかな響き  1912年

 「Das Spielwerk und Prinzessin 」 音楽箱と王女 1913年
 
 「Die Gezeichenten」 烙印された人々  1918年

 「Der Schatzgraber」 宝さがし 1920

 「Irrelohe」   狂える焔   1924年

 「Christophorus oder Die Vision einer Oper 」 
         クリストフォス、あるいはオペラの幻想 1924


 「Der singende Teufel」 歌う悪魔   1927年

  「Der Schmied von Gent」 ヘントの鍛冶屋 1929年

 「Memnon」メムノン~未完   1933年

Mishima-walk-3

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2019年10月 7日 (月)

シェーンベルク 「グレの歌」 ノット指揮 東京交響楽団

Musa-3

久しぶりの音楽会に、久しぶりのミューザ川崎。

もとより大好きな愛する作品、「グレの歌」に期待に胸躍らせ、ホールへ向かう。

今年、東京は、「グレ」戦争が起こり、大野&都響、カンブルラン&読響、そしてノット&東響と3つの「グレの歌」がしのぎを削ったわけだった。
いずれもチケットが入手できず、2回公演のあった東響にこうして滑りこむことができました。

Gurre-1

ホール入り口には、「グレの歌」の物語をモティーフとしたインスタレーション。
ミューザのジュニアスタッフさんたちの力作だそうです。

左手から順に、物語が進行します。
第1部~ヴァルデマール王とトーヴェ、第一部の最後~山鳩の歌、第2部~ヴァルデマール王の神への非難と第3部の狩、右端は、夜明けの浄化か愛の成就か・・・

このように、長大な難曲を、物語を通して追い、理解するのも一手ではあります。

が、しかし、シェーンベルクの音楽をオペラのように物語だけから入ると、よけいにこの作品の本質を逃してしまうかもしれない。
デンマークのヤコプセンの「サボテンの花ひらく」という未完の長編から、同名の「グレの歌」という詩の独訳に、そのまま作曲されたもの。
もともとが詩であるので、物語的な展開は無理や矛盾もあるので、ストーリーは二の次にして、シェーンベルクの壮麗な音楽を無心に聴くことが一番大切かと。

Gurre-2

  シェーンベルク  「グレの歌」

 ヴァルデマール:トルステン・ケルル   トーヴェ:ドロテア・レシュマン
 山鳩 :オッカ・フォン・デア・ダムラウ 農夫:アルベルト・ドーメン
 道化クラウス:ノルベルト・エルンスト  語り:サー・トーマス・アレン

   ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
               東響コーラス
         コンサートマスター:水谷 晃
         合唱指揮     :冨平 恭平

      (2019.10.06 @ミューザ川崎シンフォニーホール)

山鳩は、当初、藤村美穂子さんだったが、ダムラウに交代。
それでも、この豪華なメンバーは、世界一流。
だって、バイロイトのウォータンを歌ってきたドーメンが農夫、オペラから引退したとはいえ、数々の名舞台・名録音を残した、サー・トーマスが、後半のちょこっと役に、という贅沢さ。

ノットの自在な指揮、それに応え、完璧に着いてゆく東京交響楽団の高性能ぶり。
CDで聴くと、その大音響による音割れや、ご近所迷惑という心配事を抱えることにいなるが、ライブではそんな思いは皆無で、思い切り没頭できる喜び。

そして、さらに理解できた、シェーンベルクのこの巨大な作品の骨格と仕組み。

全体は、ワーグナーに強いリスペクトを抱くシェーンベルクが、トリスタンやほかの劇作も思わせるような巨大な枠組みを構築。
1901年と1911年に完成された作品。
そして、第1部は、ヴァルデマールとトーヴェの逢瀬。
トーヴェのいる城へとかけ寄せるヴァルデマールの切迫の想いは、さながらトリスタンの2幕だが、あのようなネットリとした濃厚さは、意外となくて、シェーンベルクの音楽は、緊迫感とロマンのみに感じる。
トリスタン的であるとともに、9つの男女が交互に詩的に歌う歌曲集ともとれ、「大地の歌」とツェムリンスキーの「抒情交響曲」の先達。
 第2部は、闘いを鼓舞するような「ヴァルキューレ」的な章。
 その勢いは第3部にも続き、王のご一行の狩り軍団は、人々を恐れおののかせる。
この荒々しい狩りは、古来、北欧やドイツ北部では、夜の恐怖の象徴でもあり、ヴァルデマールが狩りのために、兵士たちに号令をかけ、それに男声合唱が応じるさまは、まさに、「神々の黄昏」のハーゲンとギービヒ家の男たちの絵そのものだ。
登場する農民は、アルベリヒ、道化はミーメを思い起こさせる。

こんな3つの部分を、流れの良さとともに、舞台の幅の制約もあったかもしれないが、その場に応じて、曲中でも歌手たちを都度出入りをさせた。
このことで、3つの場面が鮮やかに色分けされたと思うし、途中休憩を1部の終わりで取ったのもその点に大いに寄与した結果となったと思う。
映像で観たカンブルランと読響では、休憩は、2部の終わりに、歌手たちは前後で出ずっぱり。
こうした対比も面白いものです。

それから、今回大いに感じ入ったのは、大音響ばかりでない、室内楽的な響き。
弦の分奏も数々あって、その点でもワーグナーを踏襲するものとも思ったが、歌手に弦の各パートがソロを奏でて巧みに絡んだり、えもいわれぬアンサンブルを楚々と聴かせたりする場面が、いずれも素晴らしくて、ノットの眼のゆき届いた指揮のもと、奏者の皆さんが、気持ちを込めて、ほんとに素敵に演奏しているのを目の当たりにすることができました。

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この日のピークは、1部の終わりにある、トーヴェの死を予見し描く間奏曲と、それに続く「山鳩の歌」。
それと輝かしい最終の合唱のふたつ。
この間奏曲、とりわけ大好きなものだから、聴いていて、わたくしは、コンサートではめったにないことですが、恍惚とした心境に陥り、完全なる陶酔の世界へと誘われたのでした。
ノットの指揮は、即興的ともとれるくらいに、のめり込んで指揮をしていたように感じ、それに応じた東響の音のうねりを、わたくしは、まともに受け止め、先の陶酔境へとなったのでありました。
 続く、山鳩の歌は、ダムラウの明晰かつ、すさまじい集中力をしめした力感のある切実な歌に、これまた痺れ、涙したのでした。

そして、最後の昇りくる朝日の合唱。
そのまえ、間奏曲のピッコロ軍団の近未来の響きに、前半作曲から10年を経て、無調も極めたシェーンベルクの音楽の冴えを感じ、この無情かつ虚無的な展開は、やがて来る朝日による、ずべての開放と救いの前のカオスであり、このあたりのノットの慎重な描き方は素晴らしかった。
そのあとの、サー・トーマスの酸いも甘いも嚙み分けたかのような、味わいのある語りに溜飲を下げ、さらに、そのあとにやってくる合唱を交えた途方もない高揚感は、もうホール全体を輝かしく満たし、きっと誰しもが、ずっと長くこの曲を聴いてきて、やっと最後の閃光を見出した、との思いに至ったものと思います。
指揮者、オーケストラ、合唱、そしてわれわれ聴衆が、ここに至って完全に一体化しました。
わたくしも、わなわなと滲む涙で舞台がかすむ。

前半の夜の光彩から、最後の朝の光彩へ!
愛と死、そして、夜と朝。
シェーンベルクの音楽は、前向きかつ明るい音楽であることを認識させてくれたのも、このノット&東響の演奏のおかげであります。

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先に触れた、ダムラウと、アレン。
そして何よりも驚き、素晴らしかったのが、レシュマンのトーヴェ。
モーツァルト歌手としての認識しかなかったが、最近では役柄も広げているようで、これなら素敵なジークリンデも歌えそうだと思った。
凛々としたそのソプラノは、大編成のオーケストラをものともせず、その響きに乗るようにしてホール全体に響き渡らしていて圧巻だった。
「金の杯を干し・・・」と、間奏曲の魅惑の旋律に乗り歌うところでは、震えが来てきまいました。
 対する相方、ケルルは、第1部では、声がオーケストラにかき消されてしまい、存分にそのバリトン的な魅力ある声を響かせることができなかった。
わたくしの、初の「グレの歌」体験でも、同じようにテノールはまったくオーケストラに埋没してましたので、これはもう、曲がすごすぎだから、というしかないのでしょうか。
ライブ録音がなされていたので、今後出る音源に期待しましょう。
ケルルの名誉のためにも、まだ痩せていた頃に、「カルメン」と「死の都」を聴いてますが、ちゃんと声は届いてました。

もったいないようなドーメンの農夫。
アバドのトリスタンで、クルヴェナールを聴いて以来で、まだまだ健在。
あと、まさにミーメが似合そうなエルンストさんの性格テノールぶりも見事。

合唱も力感と精度、ともによかったです。

残念なのは、2階左側の拍手が数人早すぎたこと。
ノットさんも、あーーって感じで見てました。

でもですよ、そんなことは些細なことにすぎないように思えた、この日の「グレの歌」は、完璧かつ感動的な演奏でした。
楽員が引いても、歌手と指揮者は何度も大きな拍手でコールに応えてました。
こんなときでも、英国紳士のトーマス・アレン卿はユーモアたっぷりで、観客に小学生ぐらいの女の子を見つけて、ナイスってやってたし、スマホでノットさんを撮ったり、聴衆を撮ったりしてました。

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シェーンベルクの言葉。
「ロマンティックを持たぬ作曲家には、基本的に、人間としての本質が欠けているのである」

「浄夜」を書いたあと、この様式でずっと作曲をすればいいのに、と世間はシェーンベルクに対して思った。
その後のシェーンベルクの様式の変化に、「浄夜」しか知らない人は、驚愕した。
しかし、シェーンベルクの本質は変わらなかった。
ただ、シェーンベルクは、音楽の発展のために、自分の理念を開発する義務があると思って作曲をしていた。
無調や、十二音の音楽に足を踏み入れても、シェーンベルクの想いは「ロマンティックであること」だったのだと。

10年を経て完成した「グレの歌」こそ、シェーンベルクのロマンティックの源泉であると、確信した演奏会です。

Musa-2

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2019年10月 4日 (金)

R・シュトラウス ツァラトゥストラはかく語り ロンバール指揮

Takeshiba-1

ある日の竹芝桟橋の夕暮れ。

大島あたりを往復する高速船が基地へ帰還するところ。

遠くはお台場に、羽田に降り立つ飛行機も見える。

Zara-lombard

     R・シュトラウス 交響詩「ツァラトゥストラはかく語り」

   アラン・ロンバール指揮 ストラスブール・フィルハーモニー

                (1973 @ストラスブール)

自分にとって、また懐かしい1枚を。
新しい演奏もいいけれど、こうして我が青春時代を飾った演奏を、歳を経て聴いてみるのも、音楽を聴く喜びのひとつ。
とかいいながら、いつもそんな聴き方をしているわけですが。

アラン・ロンバールは、今年79歳になるフランスの指揮者。
かなり若い頃から指揮者デビューして、20代にはEMIよりオペラ録音デビュー。
そして、私たちにとって、いちばん親しみがあるのは、ストラスブール・フィルの指揮者となり、エラートとの共同で、多くの録音が日本でも発売されるようになったこと。

70~80年代にかけてのストラスブール、そのあとはボルドー、そしてスイス・イタリア語管へ。
だんだん、尻すぼみになってしまったそのキャリア。
いまはどうしているのでしょう。
結局、ストラスブール時代が、ロンバールがいちばん輝いていた。
画像検索をすると、かなりふくよかになってしまったが、ビジュアル的にも、スマートでかっこよかったストラスブール時代だ。

Lombard

フランスのオーケストラということで、瀟洒でおしゃれな響きを期待するけれど、どっこい違います。
ご承知の通り、ライン川を挟んでドイツとの国境を有する都市として、交通の要衝の地。
ドイツ語では、シュトラスブルクということになります。
かつてより、独領となったり、仏領となったりと、歴史上も重要な街なのでありました。

大指揮者ミュンシュもこの地に生まれ、当時はドイツだったので、ドイツ人。
しかし、のちにフランスに帰化してフランス人となります。
ドイツ音楽にも精通したミュンシュこそ、ストラスブールの街の性格そのものだと思ったりもします。
ボストン響に君臨したミュンシュですから、ストラスブールとボストンは、姉妹都市にもなってます。

ロンバールとストラスブールフィルのR・シュトラウス。
浮ついたところのない、正攻法の堂々とした演奏です。
もちろん、現在のより高度なオーケストラや録音による切れ味のいい、精度の高い演奏からすると、緩い部分は多々あります。
しかし、押さえるところはきっちり表現し尽くしているし、一点の曇りのない、明晰な演奏であるというのも、わたくしにはシュトラウスの明朗なる音楽を聴く、必須の要件を満たしていると思われます。
 ブラスとティンパニをはじめとした打楽器のバリっ冴えわたる響きも魅力的。
ただ弦は、やや落ちるといった感じかな。

当時はもうアルコーア版による「カルメン」録音が主流となりつつあった70年代初め、ロンバールは、ストラスブールでクレスパンそタイトルロールにしたその演奏では、従来のギロー版を採用していたように記憶します。
フランスの地方都市であった当時のストラスブールにあって、レーベルも含めて、ちょっと保守的であったのかもしれません。
ヴェルディのレクイエムや、オッフェンバックのラ・ペリコール、グノーのファウストなど、70年代ならではのストラスブールでの録音。
いまこそ、聴いてみたいと思います。

そんな想いを抱かせるような、久方ぶりのロンバール&ストラスブールのツァラトゥストラなのでした。

過去記事

「ロンバールの幻想交響曲」


Takeshiba-2

竹芝桟橋からレインボーブリッジを望む。

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