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2019年10月18日 (金)

シュレーカー 「王女の誕生日」組曲 ファレッタ指揮

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三島市にある、三島スカイウォークのイベントスペース。

この道の駅的な観光スポットのウリは、400mの長いつり橋で、そこから見える景色は絶景とのこと。

とのこと、というのは、一度も渡ったことがないからです。
高いところ苦手だし、行くといつも風が強いし、なんたって、渡るのに一人税別1,000円もかかるし、犬や赤ちゃんも専用のカート500円が必要とのことで、あんまり何度も渡る人はいません・・・

しかし、これらの吊り花は、とてもきれいです。

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  シュレーカー 「王女の誕生日」組曲

 ジョアン・ファレッタ指揮 ベルリン放送交響楽団

       (2017.06.17~23 @ベルリン)

フランツ・シュレーカー(1878~1934)に関しましては、これまでオペラを中心に幾度も書いてきましたので、その人となりも含めまして、下段や右バーの「シュレーカー」タグをご照覧ください。

マーラーの後の世代、R・シュトラウスの一回り下、ツェムリンスキーやシェーンベルクと同世代で、指揮者としても活躍し、「グレの歌」の初演者でもあります。
作曲家としては、オペラの作家と言ってよく、台本からすべて自身で制作するというマルチな劇作家でありました。
当時は、シュトラウスや、後年のコルンゴルトなどと人気を分かち合う売れっ子オペラ作者だったのですが、ここでもやはりユダヤの出自ということが災いし、晩年は脳梗塞を罹患し失意のうちに亡くなってます。
 同じ、退廃音楽のレッテルを下されたコルンゴルトが、いまヴァイオリン協奏曲と「死の都」を中心に、多く聴かれるようになったの対し、シュレーカーは音源こそ、そこそこに出てきてはいるものの、まだまだ日の当たらない作曲家であることは間違いありません。
コルンゴルトのような明快かつ甘味なメロディラインを持つ音楽でなく、当時の東西のさまざまな作曲家の作風や技法を緻密に研究し、影響を受けつつ取り入れたその音楽は、斬新さもあるし、旧弊な様子もあるし、はたまた表現主義の先端でもあるし、ドビュッシーやディーリアスといった印象や感覚から来る音楽の作風すらも感じさせます。
そうした、ある意味、とりとめのなさが不明快さにつながり、とっつき悪さも感じさせるんだと思います。

わたくしは、そんなシュレーカーの音楽の、多様さと、そしてオペラにおける素材選びの奇矯さが好きなのであります。
そして、そのオペラたちも、ある程度パターンがあって、親しんでしまうと、とても分かりやすさにあふれていることに気が付きます。

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オペラではない、シュレーカーの劇音楽を。

「王女の誕生日」は、1908年に上演された同名の劇の付随音楽であります。

このパントマイム劇は、クリムトが主催していたウィーンクンストシャウでの上演で、そのときのダンスのプリマは、モダンバレエの祖である、グレーテ・ヴィーゼンタールで、彼女は妹とともに舞台に立ち、その音楽は彼女によってシュレーカーに依頼された。
シュレーカーは、室内オーケストラ用に35分ぐらいの12編からなる音楽を付けたが、のちに、それを拡大して長作のフル編成のオーケストラ作品に仕立て直そうとしたものの、それは実現せず、同じ3管編成の大オーケストラ向けに曲を少なくして、10曲からなる組曲を作り直したのが、いま聴かれるこの作品であります。

原作は、かのオスカー・ワイルドで、「幸福な王子」と「石榴の家」という9編からなる童話集のなかの同名の「王女の誕生日」の物語から採られたもので、シュレーカーは、この童話からインスパイアされて、ツェムリンスキーのためにオペラの台本を準備したが、結局は自らが気に入ってしまい、ツェムリンスキーに了承を得て、自作の台本にオペラを作曲することとなる。
それが、「烙印された人々」となるわけであります。
 一方のツェムリンスキーも、この物語の筋立てには、大いに共感したものだから、オペラにしたいという想いを捨てきれず、「こびと(Der Zwerg)」という作品になって結実した。

シュレーカーの「烙印された人々」は、せむしの醜男が主人公で、それにからむのが、心臓に病を持つ女、性力絶倫男、腐敗政治家・退廃市民などなど、ちょっと特異な方々の物語で、現在では、とても考えにくい設定なのであります。
 そして、「王女の誕生日」も同じく、醜いこびとが題材。

「物語はスペイン。せむしのこびとが遊んでいると、宮廷の廷臣たちに捕らえられてしまい、王女の誕生日プレゼントとして、宮廷に綺麗な服を着せられて差し出されてしまう。得意になって踊るこびとに、人々は笑って喝采を送り、いつしかこびとは、もっと彼女のことが知りたい、そして、王女に愛されていると思い込むようになる。あるとき、宮廷で鏡の部屋に迷い込んだこびとは、姿見に映った自分の姿をみて、そしてそれが自分であることを悟って叫び声をあげて悶絶して死んでしまう。王女は、『今度、おもちゃを持ってくるときは、心のないものにして!』と言い放ち・・・幕」

残酷な物語であります。

ワイルドは、スペインのベラスケスの絵画「女官たち(ラス・メニーナス)」に感化され、この物語を書いたとされます。
その絵が、今回のCDのジャケットになっているわけです。
たしかに、右端にそういう人物がいますし、王女とおぼしき少女は笑みも表情もないところが怖いです。
ワイルドといえば、「サロメ」でありますね。
ファム・ファタールという男をダメにしてしまう謎にあふれた魔性の女、ルルも、マリーもそうですが、シュレーカーのオペラにも不可思議なヒロインたちは続出します。

こんな残酷な物語なのに、この組曲の音楽は平易で、奇矯さはひとつもありません。
「烙印」の主題もそこここに出てきます。
ここから物語の筋を読み解くことができないほどです。
冒頭の第1曲が、いちばんよくって、この旋律はクセになります。

全体としては、短い曲の集積ながら、童話的なお伽噺感に満ちていて、宮廷内の微笑みすら感じさせます。
ある意味、物語の筋と、このシュレーカーの音楽のギャップが恐ろしいところでもありますが・・・・
きっと舞台で、前衛的なダンスなどを付けでもしたら、さらにそら恐ろしく、哀しいものになるんでしょう。。。。

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アメリカのベテラン女性指揮者ファレッタさんは、バッファローフィルを中心に、アメリカ各地と英国・ドイツで活躍してますが、コアなレパートリーを持っていて、シュレーカー作品にも、そのわかりやすい解釈で適性があると思います。
この組曲の前に、のちに「烙印された人々」の前奏曲へとなる「あるドラマへの前奏曲」が収録されているのも、その関連性において秀逸です。
最後には、初期のまさにロマン交響曲的な「ロマンティックな組曲」も収められてます。
 オーケストラは、旧東系のベルリン放送交響楽団。

つぎに取り上げるツェムリンスキーの「こびと」のオーケストラは、西側の旧ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ響)なところが面白いです。

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シューレーカーのオペラ(記事ありはリンクあります)

 「Flammen」 炎  1901年

 「De Freme Klang」 はるかな響き  1912年

 「Das Spielwerk und Prinzessin 」 音楽箱と王女 1913年
 
 「Die Gezeichenten」 烙印された人々  1918年

 「Der Schatzgraber」 宝さがし 1920

 「Irrelohe」   狂える焔   1924年

 「Christophorus oder Die Vision einer Oper 」 
         クリストフォス、あるいはオペラの幻想 1924


 「Der singende Teufel」 歌う悪魔   1927年

  「Der Schmied von Gent」 ヘントの鍛冶屋 1929年

 「Memnon」メムノン~未完   1933年

Mishima-walk-3

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