« メノッティ 「アマールと夜の訪問者」 | トップページ | ワーグナー 「ワルキューレ」 カラヤン指揮メット »

2019年12月27日 (金)

ペーター・シュライアーを偲んで

Peter-schreier

ペーター・シュライアーが亡くなりました。

ドレスデンにて、享年84歳。

こうしてまた、ずっと親しんできた歌手の一人が去ってしまいました。

親しみやすい、そして朗らかでそのリリックな声は、完全に自分の脳裏に刻まれております。
そんな思いを共にする聞き手も多いのではないでしょうか。

1935年、マインツの生まれ。
オペラ歌手、リート歌手、宗教音楽歌手、いずれにもシュライアーの功績は、舞台にステージに、そして数々の録音に深々と刻まれております

Pwter-schreier-2  

バイエルン放送局の追悼ページには、「福音史家とワーグナー」とあります。
そう、ミュンヘンでは、リヒターやサヴァリッシュのバッハとワーグナーの演奏には、シュライアーはかかせませんでした。

ことしの1月には、テオ・アダムが亡くなってます。
シュライアーよりも年上のアダムでしたが、ふたりともドレスデン聖十字架協会の聖歌隊に所属。
ともにバッハの音楽で育ったところもあります。
そして、ふたりの共演も多かった。

福音史家としての録音はいくつかありますが、「マタイ」でいえば、リヒターとの録音は未聴のまま。
歌いすぎなところの批評を読んでから手を出せずに今日に至る。
抑制の効いたシュライアーらしいマタイといえば、マウエスベルガー盤です。
あとは、リヒターとのカンタータの数々。

  -------------------

わたしには、シュライアーは、「タミーノとダーヴィッド」です。
初めてのシュライアーのレコードは、「ベームのトリスタン」の若い水夫です。
これは正直、この役のすりこみです。
シュライアーの歌が終わると、切迫したオケがきて、ニルソンのイゾルデの一声、そしてルートヴィヒのブランゲーネがきます。
もう、完全に脳内再生できるくらいに聴きこんでる。

 そして、シュライアーは、「ザ・タミーノ」といっても過言ではなかった存在です。

Zauberflote

手持ちの「魔笛」でもスウィトナー、サヴァリッシュ、デイヴィスの3種のものがあります。
思えば、みんな亡くなってしまった指揮者たち。
指揮者の声は残らないけれど、演奏全体として残る。
でも歌手たちの声はずっと耳に、その人の声として残るので寂しさもひとしお。

 シュライアーのダーヴィットは2回聴くことができました。
ここでも、指揮はスウィトナーとサヴァリッシュ。
ベルリン国立歌劇場とバイエルン国立歌劇場の来演におけるものです。
舞台を飛び回る若々しいシュライアーのダーヴィッドは、その芸達者ぶりでもって、マイスタージンガーのステージを引き締めました。
ヴァルターにレクチャーする長丁場の歌、喧嘩に飛び込む無鉄砲ぶり、ザックスとの軽妙なやりとり、歌合戦での見事なダンス・・・
いまでも覚えてます。
そして、ワーグナーが書いたもっとも美しいシーンのひとつ、5重唱の場面。

Meistersinger
             (バイエルン国立歌劇場の来日公演)

日本には何度も訪問してましたが、リートでシュライアーの歌声を聴くことはできませんでした。

「美しき水車屋の娘」は、これもシュライアーの得意な歌曲集でした。
この作品も思えば、シュライアーの歌声が自分にはすりこみ。
レコード時代のオルベルツ盤で親しみましたがCDで探してみたいと思います。
ギター伴奏による水車屋も、シュライアーならではのものでした・・・

Schubert-schreier

歌がいっぱい詰まった、シュライアーのシューベルト、ゲーテ歌曲集を今夜は取り出して聴いてみることとしよう。

年末の朝。目覚めたら一番に接した訃報に、急ぎ思いを残しました。

悲しい逝去の報が続きます。

ペーター・シュライアーさんの魂が、安らかでありますこと、お祈りいたします。

|

« メノッティ 「アマールと夜の訪問者」 | トップページ | ワーグナー 「ワルキューレ」 カラヤン指揮メット »

コメント

ペーターシュライヤー、亡くなったんですか。心せわしい年末に悲しい知らせです。PSと言えばオルベルツとの水車屋です。私もレコードが擦りきれるほど聴いたクチです。CDは不所持。ご指摘のタミーノも最高です。どうしたものかテオアダムとPSの直筆サインのレコードが手元に多数あります。今夜はラゴスニクのギターで水車屋を聴いて一人でお通夜を過ごします。

投稿: モナコ命 | 2019年12月27日 (金) 14時02分

当方もシュライアーの録音で最初に接したのはやはりサヴァリッシュ「魔笛」ベーム「トリスタン」そしてミュンシュによるベルリオーズのレクイエムでした。特に「魔笛」は、最初に買ったオペラ全曲盤でしたので、思い入れはひとしおです。

'83年の元日でしたが教育TVで前年のザルツブルクでのレヴァイン指揮ポネル演出の「魔笛」のオンエアがあり、親類宅から舞い戻ってTVの前に陣取ったのですがお屠蘇の効き過ぎで第1幕途中でダウンしました。まあしっかりベータL750で録画してましたが。指揮、演出に加えシュライアー、コトルバス、グルベローヴァと理想的な舞台だったと。

吉田秀和先生がシュライアーの「水車屋の娘に泣く」という素晴らしい一文を残しておいでですが、当方が泣いた「水車屋の娘」はプライとエンゲルの盤です。大学時代の想い出に繋がる一枚なのですが脱線するので割愛。ただ、年々想い出深い音楽家が多く泉下の人となるのは世の倣いとは言え、心鬱ぐ思いばかりで…。

投稿: Edipo Re | 2019年12月28日 (土) 01時44分

稀代のモーツァルト-テノールであり、最良のエヴァンゲリストで、ありましたね。ヴンダーリヒの急逝の後、この御方が現れて居なかったら、モーツァルトオペラの上演、テノールによるリート演奏は、どうなって居たでしょうか。心より御冥福を祈るのみで、ございます。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年12月29日 (日) 15時51分

モナコ命さん、こんにちは。
あさ一番に、スマホで訃報を発見しびっくりしました。
シュライアー氏の水車屋、CDがなくて、いま無性に聴きたいです。
そしてラゴスニクとのギター版も、FM録音をして楽しんでましたが、いまや聴けず、やはりCDを探している最中でもありました。
年始のアダムさんとともに、旧東ドイツ系の名歌手の逝去は、とても寂しいものがあります♰

投稿: yokochan | 2019年12月30日 (月) 09時31分

Edipo Re さん、こんにちは。
わたくしもミュンシュのベルリオーズは聴いておりまして、シュライアーの貴重なベルリオーズとなりました。

そして、レヴァインの魔笛は、わたしもビデオ録音してみておりましたが、フェルゼンライトシューレの舞台を活用した楽しい演出で動物たちが可愛いのもよく記憶してます。

水車屋は、シュライアーとともに、わたくしはヴンダーリヒのレコードに泣きました。
そしてともに学生時代の思い出につながっております。
 そんな思いでを結びつけていた歌手たちの重なる訃報はまったくもって寂しいものです・・・

投稿: yokochan | 2019年12月30日 (月) 09時41分

覆面吾郎さん、こちらにもありがとうございます。
ご指摘のとおり、シュライアーの存在で絶対的だったのはバッハとモーツァルトだったと思います。
リヒターのカンタータ選集とモーツァルトのタミーノ、フェランド、ドン・オッターヴィオ、ベルモンテはシュライアーなくしては考えられないものであります。
感謝の気持ちで、偲びたいと思います。

投稿: yokochan | 2019年12月30日 (月) 09時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« メノッティ 「アマールと夜の訪問者」 | トップページ | ワーグナー 「ワルキューレ」 カラヤン指揮メット »