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2019年12月 8日 (日)

ヤンソンスを偲んで ②オスロ

Oslo

ヤンソンスを偲ぶシリーズ②

レニングラードを拠点としつつ、1979年にノルウェーのオスロ・フィルの音楽監督に就任。
メジャーでない、ある意味ではローカルなオーケストラの指揮者になって、やりたいことをやる、そしてオケとともに育っていく。

自国や北欧系の指揮者が歴代指揮者で、調べたらブロムシュテットやカムのそのなかにあった。
そんななかでのバルト国系からのヤンソンス。

客演して、すぐさまに人気を博し、マーラーやチャイコフスキーなどに挑戦し、オーケストラとの絆を急速に深めていったようです。

Tchaikovsky-sym6-jansons-1

シャンドスレーベルにオーケストラとともに売り込みをかけ、それが、シャンドスでのチャイコフスー全集につながりました。
個別に全曲をそろえましたが、後期のものより、前半の3つのほうがいい。
なかでも、1番は、さわやかかつ、瑞々しい歌心と、ほどよい爆発力もあって、若さあふれる爽快な快演です。
ティルソン・トーマスと並んで、大好きな「冬の日の幻想」です。

  チャイコフスキー 交響曲第6番 「悲愴」

 マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

           (1984.1.26,27 オスロ)

でも、今回は、追悼の意味合いで「悲愴」を聴きました。
「悲愴」は、後年もずっと指揮をし続けた得意の曲目で、わたくしも、コンセルトヘボウとの来日で2004年に聴いておりますし、バイエルンとの再録音もCDで聞いてます。
40歳のオスロのヤンソンスと、60歳を過ぎたコンセルトヘボウやバイエルンでのヤンソンスの「悲愴」。
後者はずっと彫りが深くなり、痛切さも増した、スタンダードともなりうる「悲愴」ですが、オスロ盤はもっとさらりとした印象で、「悲愴」というタイトルを意識させることのないシンフォニックなスマートな演奏に思います。
43分の快速でもあり、入念に演奏されると辟易してしまう「悲愴」のような名曲のなかでは、私には、少しばかり青臭さの残った「哀しみ」の表出が妙に好ましく感じる好演です。
オケにも北欧オケならではの、澄んだ響きと、少々の野暮ったさがまだあるのもいい感じです。

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   レスピーギ  ローマ三部作

 マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

          (1989,1 1995,1 @オスロ)

ヤンソンス&オスロフィルの新たなコンビは、次はEMIというメジャーレーベルとの専属契約にも成功し、次々と新録音を繰り出すようになりました。
ヤンソンスにとっても、オスロフィルのポストは、コンサート指揮者としてレパートリーの拡充に大いに役立つものだったし、メジャーオケでは挑戦できないこともできたわけですが、そこにレコーディングで世界に発信できるステージをえたことは、ほんとうに大きいことだったと思う。

録音映えするオーケストラ作品の数々を次々に残したこのコンビのCDのなかで、一番好きな1枚が、ローマ三部作です。
オスロフィルが一流オケにも引けをとらない名技性を発揮し、レスピーギの音楽の面白さを素直に引き出したヤンソンスのストレートな指揮も的確であります。
 このコンビのEMI録音、結構そろえて聴きました。
ハルサイ、ドヴォルザーク、シベリウス、展覧会、サン・サーンス、オネゲル、ワーグナーなど、たくさん。
なかでは、ヤンソンスの得意技ともいえるアンコール・ピース集は、ノリノリのこのコンビを象徴する1枚かもです。

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  マーラー 交響曲第9番

 マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

         (2000.12.13 @オスロ)

レニングラードではやれなかったこと、マーラーをヤンソンスはオスロでは存分に指揮することができた。
全作のサイクル演奏をしたし、録音もいくつか残しました。
シャンドスに2番、シマックスに1、7、9番、そして3番も登場するようです。
何故、EMIがこのコンビのマーラーを録音しなかったのか。
晩年のテンシュテットと被ったのも、その要因のひとつかもしれませんし、いまほどの多用化したマーラー演奏の需要にマーケティングが追い付かなかったのかもしれません。

それほどに思うほど、ヤンソンス&オスロのマーラーは、のちのコンセルトヘボウやバイエルンとのマーラーと違う、直球の勝負ぶりがあって面白いのです。
指揮者とオペラ歌手の2世として生まれたマリス・ヤンソンス。
非ロシアでありながら、ガチガチの共産体制のなかで育まれた少年期の音楽体験。
でも、モスクワからは遠いレニングラードは、西側の風も吹きやすく、いろんな風も受けたであろうし、父の指揮者としての姿も、そして引き上げてくれたムラヴィンスキーの指揮も成長とともに、多面的に見ていたことでしょう。

そんな恵まれた環境と裏腹の多面的な環境が、マリスのマーラーへの想いを育んでいったものと思います。

歴代指揮者陣を見るに、そんなにマーラーをやってなかったと想像しますが、もしかしたらマーラーに慣れていなかったオスロフィルは、自分のマーラー像を新鮮に反映させるオーケストラとして最良の存在だったかもしれません。
 こうして出来上がった「9番」は、彼岸の第9ではなく、9番目のマーラーの作品として聴いてみて受け止められます。
オケの精度にはまったく問題なし。
シャンドスのいい意味のひなびたチャイコフスキーの頃とは大違いに、主体性をもってヤンソンスの指揮に応える力強さと強靭なアンサンブルがあります。
2楽章と3楽章が、ヤンソンスがテンポを揺らしながら、効果的な雰囲気をだしつつ、いままで聴いたことないような場面も聴こえて面白いです。
この作品の神髄たる両端楽章の緻密さや深みは、後年のものにはかないません。
でも、ヤンソンスとオスロの共同関係が感じたままのマーラーの第9は、とても新鮮で、淡々と切り込む音楽への埋没ぶりがとても気持ちがよくって、こんなマーラーの第9も日常に聴けるリファレンスとして大いに賛同できるものでした。

Oslo-jansons

オスロフィルでは、ファンの声を募集中です。

ヤンソンスの思い出が書き込めるそうです。

そう、ヤンソンスとともにあった自負では、オスロは負けてはいません。

マーラーの音源の続々の復刻を望みます。

オスロフィルは、ヤンソンスのあと、プレヴィン、サラステときて、いまはヴァシリー・ペトレンコ。
好調ペトレンコのあとは、フィンランド系のクラウス・マケラで、彼は来春4月に都響客演予定で、シベリスとショスタコーヴィチ。
パヌラ門下の、逸材で23歳。
勢いの増す、指揮者の世代交代のなかにあっても、もっとも若い部類を指名したオスロフィル。
ヤンソンスとのコンビのような、麗しい関係を長く築けることを祈ります。

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コメント

こんにちは。ご無沙汰しております。ヤンソンス。亡くなったんですね。私の中では若手指揮者なのです。私も年をとり続けています。チャイコは1番がよろしいとのお話、ありがとうございます。1番と4番ファンの私としては是非とも聴いてみたいと思います。

投稿: モナコ命 | 2019年12月 9日 (月) 13時48分

お久しぶりです。ヤンソンスとオスロフィルの来日公演、90年代初めでしたが、一曲目にウイリアム・テル序曲がありました。冒頭のチェロの奥深い音から始まり、有名な後半部分の行進曲は大盛り上がりで、サントリーホールの観客の大喝采を浴びていました。メインはブラームスの1番の交響曲だったと思いますが、軽々しくも重苦しくもなく、この曲の名演の一つとして記憶に残っています。ヤンソンスは端正な指揮をする人でしたが、時々、大見得を切る指揮振りが今となってはなつかしいです。あと、アンコールが最高で、ビゼーのアルルの女のファランドールでわくわくさせられたことを鮮明に覚えています。(確かオスロ・フィルの時だったと思う。)その後、約30年、いつも名演を聞かせていただきました。心から感謝しています。また書かせていただきます。

投稿: beaver | 2019年12月 9日 (月) 20時17分

モナコ命さん、こちらこそご無沙汰してます。
わたしも、ヤンソンスはいつまでも若いという印象があります。
父アルヴィドをテレビなどで見慣れていたこともあるかもしれません。
いまの時期に聴くのにも、冬の日の幻想、いいですね!

投稿: yokochan | 2019年12月11日 (水) 08時32分

beaverさん、コメントありがとうございます。
オスロとの来日公演を聴かれたとのこと、うらやましいです。
私は、コンセルトヘボウとバイエルン以降でしたので、レニングラード、オスロ、ピッツバーグとの来日を聞き逃したのが、まったく悔やまれます。
 おっしゃるとおり、ヤンソンスはアンコールの王様でした。
オケも聴衆も乗せてしまうヤンソンス、ファランドール、ばらの騎士、悲しいワルツ、ボッケリーニなどなど、彼の定番でしたね!
身近な存在だったので、しばらくヤンソンス・ロスです・・・

投稿: yokochan | 2019年12月11日 (水) 08時38分

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