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2020年1月24日 (金)

ストラヴィンスキー 「プルチネッラ」 アバド指揮

Azumayama-33

水仙の花。
こちらはニホンズイセン。
家のまわりや、いつも行く吾妻山にもたくさん群生してます。
ヒガンバナ科とのことで、球根から育ちます。

その球根を、放り投げておくだけで自生し、どんどん育って今時分に花を咲かせます。

なんといっても香りがよろしい。

Pulcinella-abbado

  ストラヴィンスキー バレエ「プルチネッラ」

    Ms:テレサ・ベルガンサ
    T: ライランド・デイヴィス
    Br:ジョン・シャーリー・クワァーク

  クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

       (1978.3,5 @ヘンリー・ウッドホール、ロンドン)

アバドは、ロンドン響時代に、3大バレエを録音しましたが、順番で言うとペトルーシュカで完成させる前に「プルチネッラ」を取り上げました。
組曲版でなく、独唱も加わった全曲版であったところがアバドらしいこだわりといえます。
これら4つのバレエ作品に、あと同じくバレエ「カルタ遊び」に、ヴァイオリン協奏曲が、アバドが残したストラヴィンスキーの正規録音です。
あと非正規ですが、若き日の演奏「オイディプス王」もありまして、密かに聴いてますのでいずれ機会があれば取り上げたいと思ってます。
 この「オイディプス」はアバド向きの作品に思うのですが、ベルリンかルツェルンでも取り上げてもおかしくなかったです。
それと「カルタ遊び」も、ロッシーニなどのパロディにあふれていて、これもまた、70年代のアバドが取り上げるにふさわしい作品だったりします。

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ディアギレフの依頼により1919年に作曲。
ペルゴレージの作品を中心に、ガッロ、チェレーリ、パリソッティなどの前古典派作品の大オーケストラ版への編曲、ということでの依頼だったが、ストラヴィンスキーの造り上げた音楽は、すっきりとした小ぶりな編成による、コンチェルトグロッソ的な作品で、各楽器がソロで活躍し、加えて3人の歌手も要するユニークなものでした。
 序曲(シンフォニア)と8場、18曲からなる音楽で、自身で選んだ8つの曲からなる組曲版の方が今ではよく演奏される。
1920年の初演では、アンセルメが指揮をとり、舞台美術と衣装はパブロ・ピカソ。

ちょっと探したら、舞台のスケッチと、それを再現した実際の舞台の写真を見ることができました。

Picasso

Pultinera

プルチネッラは、ナポリが発祥の地で、ナポリ近郊の町に実在した農民プッチョ・ダニエッロさんがモデルで、道化師さんのことで、ナポリの化身ともいわれるそうな。
長い帽子、だぼだぼの服に黒い仮面がトレードマーク。
明るく楽しく、誰からも愛される人懐っこい人気もので、ナポリの街には、プルチネッラの像や人形やらであふれているそうです。

このプルチネッラを主役のナポリの民衆劇を素材にしたこのバレエの筋も楽しいものです。
色男でもあるプルチネッラは、超人気もので、女たちにモテまくり。
恋人のピンピネルラも嫉妬。
街の若者たちは、ねたんだ挙句、殺してしまうが、身代わりを立てて助かるプルチネッラ。
その身代わりさんも、無事安全。
最後は、舞台は女性の気を引こうとした偽のプルチネッラだらけになって大騒ぎ。
最後は本物のプルチネッラとピンピネッラは仲直りして結婚、そして若者たちも女の子たちと結婚でハッピーエンド。

EMIのマリナーの全曲盤にバレエをつけた映像作品をネット視聴してみました。
これがまた面白いのなんのって。

Pulcinera-marrner

みんな可愛い。
いっぱい出てくるプルチネッラのダンスが愉快で、マネしてみたら身体じゅう痛くなった。
脱力系で、ひとりが棒で人形を操る3人羽織みたいな感じで、舞台中プルチネッラばっかり(笑)
カトちゃんのヒゲダンスを思い出しちまった・・・

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軽やかで、プルチネッラの鼻歌までも聴こえてきそうなアバドのストラヴィンスキー。
ロンドン響から、最高のロッシーニサウンドを引き出したように、センスばっちりの生き生きとしたプルチネッラは、このオーケストラとの演奏でこそできたものでしょう。
もっと羽目をはずしてもよさそうなところも、アバドならではの気品すら漂う上質ぶり。
いにしえの音楽が、ストラヴィンスキーによって鮮やかにリフレッシュされた感も満載で、ペルゴレージの音楽を愛したアバドのイタリアの歌心もここにはあります。
ともかく、しなやかによく歌う、そして、オペラのようなラルゴはまさに絶品。
 歌うといえば、ふたりの男声英国歌手はうまいもんだし、ベルガンサの知的だけどほのかな色気すらにじませる歌唱が素敵であります。
アバドとベルガンサのカルメンの翌年の録音であります。
アバドと1歳違いのベルガンサは、まだ健在のようで、アバドのことが大好きだったベルガンサさんには、ずっと元気でいて欲しいです!

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レコードジャケットは、ピーター・ワンドリーというドイツ人アーティストのものです。
絵画からデザイン、彫刻など広範に手掛けたアーティストで、ロックやクラシックも好み、バレエにも造詣が深かったようです。
アバドのストラヴィンスキーは、全部この方の作品で、こうして並べてみると、シンメトリー感と色彩感、そして舞台をほうふつとさせる雰囲気がよく出てます。
 DGは、ワンドリーにいくつもジャケットを依頼してまして、バレンボイムのベルリオーズシリーズや、スタインバーグとボストン響のレコードもあります。

P9216770Harusai-abbadoPet-abbado

レコードジャケットは、大きいし見栄えもあるので、インテリアにもなりました。
曲を聴くときに、ジャケットをスピーカーの上に立てかけて、それを眺めながら聴いたものです。
このアバドのストラヴィンスキーや、アバドのマーラーの羽のジャケットなど、ほんと絵になりました。
洋楽系などは、壁に飾ったりもしてましたよ。
 CDでは、いまでは、ちょっと無理な大人な世界かもしれません。

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コメント

続けざまに失礼いたします。以前もお伝えしましたが'04年を境に実演に出向いていないとの件、最後に出掛けたのがその年の7月、初台でのテレサ・ベルガンサのフェアウェルリサイタルだったのです。

実はその数日前に亡き母が突然の病を得て入院し、ずっと付き添っていたので諦めていたのですが、小康状態を保っていた母が「大丈夫だから聴いてらっしゃい」と云ってくれたので赴きました。

当方は高校時代にイエペスとの「中世~ルネサンスのスペインの歌」を聴いて以来の大ファンで、来日公演はほぼ皆勤で'83年は銀座ヤマハでのサイン会にも馳せ参じたのですが、実はドミンゴのファンだった母も何かのTVで観てベルガンサに興味を示したので'97年王子ホールに同道しました。そのこともあり、許してくれたのでしょうが。

まだまだ引退は惜しまれる感が強かったのですが、恐らくご本人が去り際を弁えておられたのでしょう。数年後某音大でマスタークラスを開催したとの報道もありましたが。当方はその後在宅でシングル介護を十一年ほど続け、母を送った後も心身共に疲れ果てて今日に至っている有り様です。

「プルチネッラ」もLP初出から愛聴していました。「カルメン」も航空便の輸入盤を入手したのですが、サイン会に持参した素敵なポートレートの独テルデック盤モーツァルト&ロッシーニの二枚組アリア集ともども一昨年の断捨離で手元に無いのが悔やまれます。

また吉田秀和氏の評ですが、ベルガンサのカルメンは「粋ではあるが怖くないカルメン」であると。全曲盤でもアバドの絶妙なサポートあればこその、そういったカルメン像が実現したのだと感じます。あと、やはりアバド指揮の「セビリア~」の映像など観るにつけ、オペラの舞台でのベルガンサにも接したかったなあと。

何度も聴いたリサイタルでとりわけ印象的だったのは「オルフェオ~」の「我エウリディーチェを喪えり」と、まるで正反対のオッフェンバック「ラ・ぺリコール」の「酔いどれの唄」でした。特に後者は終演後こちらまでそのまま千鳥足で近くのバーに駆け込んだほど(笑)。

長々と個人的な想い出含め、失礼しました…。

投稿: Edipo Re | 2020年1月25日 (土) 06時29分

「さまよえるクラヲタ人」さま。いつも楽しませていただいてます。ストラヴィンスキーの「オイディプス王」は1995年5月にアバドはベルリン・フィルで取り上げていて、確かWOWOWで映像が放送されたはずです。YouTube で楽しめます。

投稿: | 2020年1月25日 (土) 20時41分

Edipo Reさん、こんにちは。
ベルガンサ愛を語っていただきました、ありがとうございます。
イエペスとのレコードは、聴くことはなかったのですが、あのステキなジャケットはよく覚えてます。
総じて、ベルガンサの音盤は、彼女が美人だったこともあって、絵になるものが多いですね。
 アバドとのカルメンは、ふたりの考えが完全一致したうえでの上演と録音で、あの時期に残されたのがほんとに幸いなことだと思ってます。
 オルフェオとペリコールのリサイタルでのお話し、いかにもベルガンサらしいですね。
彼女のお姿が目に浮かぶようで、一度もその生の声を聴かなかったことが悔やまれます。
 すてきなエピソード等、ありがとうございます。

投稿: yokochan | 2020年1月27日 (月) 08時48分

1995年のベルリンでの演奏、とのこと、情報ありがとうございます。
と思って、昔の手書きの録画リストを繰ってみましたところ、wowowでの放送を録画しておりました。
がさばるVHSテープを昨年大量処分したなかに、入っていたかもです・・・

youtubeも発見しました。
オイディプス特集ですね!

投稿: yokochan | 2020年1月27日 (月) 08時53分

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