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2020年5月30日 (土)

オペラストリーミング大会の軌跡 ⑥

Img_0323

5月29日、東京の空にブルーインパルスが飛びました。

医療従事者のみなさんへの感謝をこめて!

2周しましたが、あっという間にやってきて、1週目は見逃し。
2周目をかろうじてスマホ撮影。

ずっと内向きだったここ数か月。
空を見上げることの喜びを、だれしも皆さん感じたことだろうよ思います。
東京だけでなく、基地周辺では、コスト度外視で各地でやってほしいな。

で、まだまだやってます、オペラの毎日。

Igor

 ボロディン 「イーゴリ公」 MET  5月4日

「イーゴリ公」MET 2014
ヘヴィーだった。
ハイティンクの映像で刷り込まれた伝統解釈とまったく違う。
いや、別の作品と言っていい。
もともと、ボロディンのオリジナルの筆は完全に残されてなく、五人組諸氏が書き添え完成したものを習慣的に上演していたものと思えば、これはこれで成り立つ読み込み
 。

チェルニアコフ演出にまたもやられた感じ。
ロシアのイーゴリ公が戦争をしかけ、拉致られた相手は共産圏風。
映像の多用で、さんざんに描かれた公の敗戦の様子と、その反動と後悔がラストの指導者としての民衆が望んだ立場の放棄と、自らの手で人々と復興していこうという民主的な姿が描かれる。

 この落としどころがあるから、保守的なMETも、こうした曲の大幅な解釈変更も受け入れたのかも。
最後は涙ぐむことも可能な演出に驚きだ。
 アブドゥラザコフの深々としたバスが凄すぎ!
あとダイナミックなラチヴェリシュヴェリに、美しいウクライナのディーカさん、気にいったし。


Wozzeck_20200530203601

 ベルク 「ヴォツェック」 ネーデルランド・オペラ 5月5日

「ヴォツェック」ネザーランドオペラ2017
ベルクの本編が始まるまで、超長い前置きがあり、子供たちが演じるダンスや、そこからはじかれたヴォツェックの息子が疎外されるシーンはやりすぎ。
医師の実験のもと、妄想と狂気に歩んでいくヴォツェックだけど、箱庭的な細部へのこだわりが失敗かな。

 息子が最後に水槽に人体部位を投げ込みながら、ヴォツェックが絶えていくさまもなんだかなぁ~
この場面での宿命的な甘味な音楽が台無しだよ。
場面展開のうまさは認めるけど、ベルクの音楽との乖離を感じたな。
 豊満なウェストブロックと、狂気な感じのマルトマンがよかった。
でもありがとう蘭国。


Pg-borgnya

 ブリテン 「ピーター・グライムズ」 ボローニャ歌劇場 5月5日

「ピーター・グライムズ」ボローニャ2017
イタリアの劇場のブリテン。
メインキャストは英米。
なにかやらねば的な、映像挿入など、中途半端な感じもあるけど、よけいなことはしてなかった。
普通にPGを観劇できる。
気の毒な少年に同情と悲しみを誘うが、ブリテンの思いも一部そこにあったと認識。


社会からはじかれ、疎外感一杯の主人公は、ヴォツェックに同じで、対人を拒絶する少年もその感じを引き継いでいる。
そして取り巻きや、村人が犯人あぶり出しに狂奔し熱狂していく。
最後は、何事もなかったかのような日常が来るが、どの場面も、新国のデッカー演出に及ばないと思った。
辛い結末・・


ボローニャ劇場のありがたい配信は、S席あたりからの定点カメラ。
ときおりアップになる。
劇場では、本来こんな見え方で、昨今の映画的なビジュアルはないけど、これはこれでよし。
でも音がちょっと・・・


Onegin-wien

 チャイコフスキー 「エウゲニ・オネーギン」 ウィーン  5月6日

「エウゲニ・オネーギン」ウィーン2019
2008年、東京オペラの森との共同制作。
日本では当時、小澤征爾の指揮で、今回が初見。
氷と降りしきる雪で表出された、ブルーでクールな舞台。
スマートすぎて、ロシアの憂鬱、なんでやねん的なご無体ぶりは弱め。
しかし、なんたってウィーンのオケがいい。


歌手たちはロシアの若手、いずれも初の方々だけど、かの国の層の厚さを実感。
ピンハウセヴィチ(?)のオネーギンは今後よくなりそうで、タチャーナのレベッカさんもよろし。
しかしまあ、どんな演出でも、オネーギンの空気読めない身勝手ぶりは特筆ものだが、最後はどれも因果応報で寂しいぼっちに
 。

Puritani

 ベルリーニ 「清教徒」 ウィーン 5月7日

「清教徒」ウィーン2015
ベッリーニはノルマしか知らない、苦手なベルカント系だけど、各ハウスの配信を観ることができて徐々に克服。
 ウィーンの「清教徒」は音楽が旋律満載でよろし。
しかし、美しいとこもあるけど暗い舞台に、解せない日本刀や和風鎧帷子。
イングランドの史実感をあえてなしに。


しかしまあ、なんといいましょうか、狂ったり、正気になったり、このあたりのオペラの主人公は忙しい。
見たくないものから逃げるんじゃなくて、本気で、あなたは誰?になっちゃう設定。
 この演出、原作のハッピーエンドを回避し、最後はトリスタン的なあの世で・・・になってたのがそこだけ驚き。


33歳でなくなったベッリーニが、もう少し存命であったなら、ヴェルディとワーグナーより10歳若いので、どのように彼らに影響を与えたろうか。
また、そのベッリーニも、さらにどんなオペラを書いたのだろうか・・・
気になる音楽史のひとこま。


Wertel-wien

 マスネ 「ウェルテル」 ウィーン 5月8日

「ウェルテル」ウィーン 2017
見てみれば、手持ちのガランチャの歌うDVDと同じ演出。
ウェルテルの登場は、まるでカウフマンかと思った。
バリトンのデジエがタイトルロールで、マスネが残したバリトン版での上演。
前半はよかった、でも、オシアンの歌はやっぱりテノールの熱烈・逼迫感がないとな。


本場のフランス語、わからないけど、デジエとコッホ、どちらも流麗で美しく聴ける。
60年代頃の時代設定も、クリスマスツリーとか郷愁を誘うようで悲しい。
 CDで聴くと感じないけど、4幕でなかなか死なないウェルテルが、映像だともどかしく感じて、これまた虚しい。
美しい舞台に音楽でした。


Capuriccio-met

 R・シュトラウス 「カプリッチョ」 MET  5月8日

「カプリッチョ」MET 2011
DVDになってる英国のコックスの演出で初見。
具象的で豪華な舞台、時代設定は18世紀から、シュトラウスの時代ぐらいに。
最後のオペラ、作曲者の到達した明朗なる澄み切った世界が魅力の音楽。
それを損なわない、ユーモアも兼ね備えた美しい舞台。


マジで弾いてた(と思う)フレミングさん、言語含めてムーディに流されるけど、ビジュアルが伴うと説得力抜群。
6人の主要登場人物たちが、それぞれの芸術上の立場で思いを発し、行動するので慣れないと混乱するオペラ。
しかし、最後のマドレーヌの言葉と音楽、どっちが大事、悩む姿に収斂される。

この演出では、どちらでもない、文学者・音楽家、いずれも選べない彼女が、どちらかを選んだかに見せるところがまた、秀逸に感じました。
オペラに勤しむ上流階級を揶揄する執事たちや、影の存在のプロンクターたちにも光をあてるシュトラウスの凄腕をうまく描くシーンも見事。
でも結論は不明・・的な


Bohem-met

 プッチーニ 「ラ・ボエーム」 MET 5月9日

「ラ・ボーエム」MET 1977
今日のオペラストリーミング、まずはお約束的な70年代のメットの舞台。
いにしえの映像に感じますが、わたくしにはちょっと前。
フレーニ没し、同年代のスコットさんのミミを、パヴァロッティとともに堪能。
ずっとお元気で、お健やかに!


Fire-engel

 プロコフィエフ 「炎の天使」 バイエルン州立歌劇場 5月9日

「炎の天使」バイエルン 2015
こたびの各地のストリーミング配信で、いくつものプロコフィエフのオペラを観劇し、一挙にファンになった自分。
最後のダメ押しは、これ!
まずは、大好きだった暴力的甘味な第3交響曲が、ほぼほぼ鳴る。
これでもう、音楽的には陶酔境とこみ上げる興奮の坩堝!


5つ星ホテル→ベッドの下から貞子かい→占い師のこっくりさん的な→本屋・魔法師→妄想の恋敵→悪魔の居酒屋→地獄のような磔刑イエスの修道院→残された二人はいかに・・・
ホテルの一室を舞台に、二人の主人公を狂気と荒廃へと変えていく手法はお見事!
最初、あんなに綺麗なお部屋だったのに。


出ずっぱりのヒロインのスヅダレヴァの没頭的な強靭な歌と演技。
神経質な旅人から、ヒロインとともに狂気の旅をするニキティンのすさまじいまでの姿と巧みな歌唱。
アレなコナーズの悪魔くんもいい。
息子ユロフスキも魔的なピット姿だった!
プロコのオペラ、あと戦争と平和を見たいぞ!


Bruggen

 オペラ疲れを癒す日曜の1曲。
リコーダー奏者だった若き日のブリュッヘン。
「涙のパヴァーヌ」
16世紀ファン・エイクの作品。
ダウランドの「あふれよ、わが涙・・」による変奏曲で、リコーダー1本。
無垢なるシンプルすぎる音楽がしみる。
故皆川先生もレコ芸で絶賛した1枚
はよコロナ消えてくれい!


Pariaccio

 マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」

 レオンカヴァッロ 「パリアッチョ」   MET 5月11日

「カヴァ・パリ」MET 2015 ルイージ指揮
どうにも、カヴァが苦手になった、作品からすると道化師の方がかなり緻密だし、出来栄えがよろし。
マスカーニは、血なまぐさいヴェリスモより、抒情・田園志向。
レオンカヴァッロは劇作家でもあり、多面的。
そんなことを思いつつ観劇したマウヴィカー演出。


両作を歌ったアルバレスは、前半はセーブぎみ、カニオでは大爆発でナイス。
サントゥツァのウェストブロックは厳しいな、でもネッダのラチェッテはぽっちゃりカワイイ。
ガニーゼのアルフィオ&トニオはカンタービレとは程遠いが破壊的で面白い。
暗めのカヴァ、カラフルなパリアッチョ。


ルイージの熱い指揮ぶりと、豊かな歌心は素晴らしい。
2006年に新国で、ルイージのカヴァパリを観てました。
1976年のドミンゴのNHKイタリアオペラはテレビ観戦。
チケット売場のおばさんに、シモンとチレーアしか買わない自分に、「兄さん、ドミンゴはいいの?」と言われたこと、よく覚えてる(笑)


War-peace-1

 プロコフィエフ 「戦争と平和」 マリンスキー劇場 5月12日

「戦争と平和」マリンスキー劇場 2003(たぶん)
二日かけて観劇。
長いといいながら、ワーグナーほどじゃないことに気が付く。
プロコフィエフ後期のオペラで、政治的な側面もありつつ変化多いその作風が反映。
トルストイの大小説に、ほぼ忠実なオペラ。
前半が平和なロシアの権謀術策な恋愛模様。


後半は戦争の現場、とそのアフターで、このあたりの急展開は急ぎすぎで、お国の政策に従った無難な落しどころに。
叙事的な大物語にプロコフィエフの音楽は実にさまになってる。
前半と後半でその音楽ががらりと変わる。
交響曲でいえば、5番以降の音楽な感じで、メロディアスであり、スマートクール。

 メットとの共同制作で、なんといってもゲルギエフの献身的な指揮が素晴らしい。
いまでは考えられないゲルギー。
超若いネトレプコのナターシャがすてき。
小説は若き日に断念、BBCのドラマを昨年全部観て、「戦争と平和」を刷り込ませた。
 人物多すぎのややこしい物語を把握してからの観劇が必須。


War-peace-2

BBCのドラマ(2015)は実によくできてて、そのときの人物たちのイメージ通りが、そのずっと以前のオペラに。
トルストイが描いたそのままといえるのかも。
ドラマでのリリー・ジェームズの演じたナターシャがすごく可愛かったんだわ。


Shiodome

 まぶしい陽光の季節になりました。

あのくウィルスは、気温の上昇と湿度で弱まるとされるが、まだ感染は止まらず。
2週間前の自分が、どこで何をしてたかを、しっかり記録し記憶しておくことが肝要かも・・・・

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