オペラストリーミング大会の軌跡 ⑩
アジサイ真っ盛り。
土壌のPH値で、紫陽花の色合いが変わるといいます。
簡単に言うと、酸性だと青系、アルカリだとピンク系。
リトマス紙に同じであります。
なんかかわいい。
さて、毎日オペラを諸所工夫しながら見てます。
だいたい、ウィーンとメトに集約された感じだし、配信も安定してます。
でも、時に、ウィーンは音が悪かったりします。
ジョルダーノ 「アンドレア・シェニエ」 ウィーン 2018年
カウフマンのヴェリスモ、声の力感と悲劇性が申し分ない。
が、頭抜けるなにか、情熱の輝きがちょっと自分の中で違う。
私にはLPで長く親しんできたデル・モナコ、ライブで聴いた片足を一歩前に出して歌うカレーラスの声が忘れられない。
年輩を迎えた自分の耳の軌道修正も必要かとも思った。
だがベテランのフロンターリの純正イタリア歌唱を聴いても、同じくバスティアニーニと実演で聴いたカプッチッリの声から逃れられない。
そんなオペラなんだ。
デル・モナコとゴッピ絶対のオテロはもっと柔軟に受け入れてるから自分には特別か・・・
カプッチッリのジェラールはガラコンサート。
オケの一番後ろのプルトの女性のおさげ髪を、舞台に出てくるたびに、ちょいとイジるユーモアあふれる仕草が、いまでも脳裏に刻まれてます。
粋なイタリア男でもありました!
伝統解釈のウィーンもいいけど、新国でのアルロー演出もよかったな。
ルルって?
ベルクだれ?
ヴォツェック、なに?
子供のときはわからないことばかり。
いまは、それらを嗜む大人となりました。
ヴェルディ 「オテロ」 MET 2015
まず、セガンの指揮がいい。
活気あふれる鮮度高いオケの響きがピットから立ち上る。
アントネンコのオテロも、自爆への突進ぶりがなかなかのもので、あと最後の高貴な悲劇性が出れば申し分ないかな。
ルジッチは人のいいイメージがありすぎて、悪になりきれない風に見えちゃう。
ご無体なオテロに翻弄されるデスデモーナのヨンチェバのよろしい。
一見、スタイリッシュな舞台だけど、目新しいところもく、ある意味安心のMET。
ワタクシの生涯初のオペラは高校時代の二期会のオテロ。
若杉さんの指揮で、当時、オペラはワーグナー以外は日本語上演だった。
「よっろこーべ~」 「剣を捨て~ろ」「口づけを~」なんて感じで、みんな覚えちゃったし。
その後いくつもオテロは観劇したけど、残念だったのはクライバーを逃したこと。
テレビでクライバーとドミンゴのすさまじさに釘付けになった・・・
エアチェック音源はお宝です。
マスネ 「タイース」 MET 2008
この機会に初視聴。
モッフォとシルズのレコードが出たとき気になってたけど、3枚組だし、おっかない女性のジャケットだったから手が伸びなかった。
それから40年。
長く聴いてるとこんな出会いもある。
実によろしきオペラ。
悪人なし、みんないい感じに機能する登場人物たち。
最後には現実の愛の渇望に負けてしまう、いわば生臭坊主。
対する奔放なタイースは彼の導きで神の道を歩んで昇天するという物語。
あの瞑想曲がこんな場面で鳴る、最後の決め所でもくる。
不覚にも涙ぐんでしまった。
いいオペラだ。
ムーディなフレミングがここでは最高。
ハンプソンもナイスガイだ
チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」 ウィーン 2014
「アドリアーナ・ルクヴルール」ウィーン 2014
METに続いて同じくマクヴィカーの演出。
ネトレプコもよかったし、2017年ウィーンでは彼女が歌ったけど、ゲオルギューのアドリアーナは、隣のきれいなお姉さんてきな親しみを感じるし、儚さもいい感じ。
それ以上にツィトコーワのブイヨン公妃が最高!
ツィトコーワには思いいれあり、新国で、オクタヴィアン、フリッカ、ブランゲーネを観劇。
小柄で、いろんな所作が可愛くて、でも声は力強い。
去年のバイロイトでタンホイザーを食ってしまったヴェーヌスが彼女です。
好きすぎて、こんな画像も作成しました。
チレーアの抒情的・旋律的なオペラは高校時代にNHKイタリアオペラで観劇。
プッチーニ以外のヴェルディの後をいろいろ聴くきっかけになりました。
このオペラの肝は、女性達の恋のさや当てでもあり、でも愛する女性を後押しするミショネの顔で笑って背中で泣く優しいバリトン役があること。
ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」 ウィーン 2016
ムソルグスキー原典版による休憩なし、省エネ時短ボリス。
ボリスの死で幕となる。
かつてはR=コルサコフ版が主流で、華麗な戴冠式とボリスの死がクローズアップされる版だった。
いまは、粗削りで、ロシアの民衆に光をあてたムソルグスキー改定2版がメイン。
2007年プリミエで原典版の選択は面白いが、やや洗練されすぎ。
スーツ姿は旧ソ連の高級幹部みたいな感じ。
偽ドミトリーのグリゴリーに乗る民衆は、ほぼなく、シュイスキー公が幕切れ、次の権力を匂わせる場面があり、変わらぬ権力闘争が継続することを描いていた。
パペのボリス、滑らかな声が最高
でも苦悩は弱めかな。
この演出の前のウィーンのボリスは、1991年のタルコフスキー演出。
そう、83年にロンドンでアバドがタルコフスキーを起用したもので、ウィーンでもアバドの独壇場だった。
94年に引越し公演があり、眼前で暗譜で指揮するアバドの集中力高い姿に釘付けになった。
チャイコフスキー 「イオランタ」 MET 2015
青髭と抱き合わせ上演。
悪人がひとりもいない、愛すべき美しいオペラ。
これほどわかりやすく、幻想的な舞台はないな・・と、ネトレプコ、ベチャーワの声も堪能。
でも、最後にあれ?
父、へそ曲げた?
ん?怖い顔して喜びの輪に不参加で、ラストスポットもあびちゃう。
もやもやを引きづりつつ、青髭へ行ったが、振り返ってわかった。
映像を多用し、それも立体的で美しく、イオランタが絡めとられるような雰囲気。
あと、父が鹿を狩りで仕留め、娘の部屋は鹿さんのレプリカだらけという謎・・・・
ゲルギエフ指揮。
バルトーク 「青髭公の城」 MET 2015
イオランタの後半公演。
こちらも立体的な映像が多様され、登場人物たちがそこに組み込まれる仕組みで、配信映像では効果的だけど、実際の舞台からみた現物はどうだったろう。
城内の移動は無機質なエレベーター映像を絡ませ、それなりの効果はあり。
ピークの第5のドアの場面は、なかなか盛り上がるシーンだし、METらしく金がかかってる。
しかし、おどろおどろしいイメージ画や音の動画の挿入はいかがなものか。
いつも思うけど、作曲者の書いた音楽の力を信じないのだろうか、聴衆をバカにしてるのだろうか。
バルトークの音楽はそのまま鮮烈だよ!
青髭を見て、片方手袋のイオランタの父親に繋がった。
娘の盲目を本人に隠し、溺愛し、愛する彼氏の登場にへそを曲げるチッちゃい男に描く。
青髭は、コレクターのような異常さ際立つ存在。
最後は、完全に取り込まれてしまったユデーット。
鹿、薔薇、森、密閉小部屋、イオランタに共通モティーフ。
R・シュトラウス 「ヨゼフの伝説」 ウィーン 2015
R・シュトラウスの3つあるバレエ音楽のひとつ。
めったに聴くことはできないが、ちょっと古いがノイマイヤー演出のウィーン上演。
なかなか始まらないと思ったら、前半はクープランのクラブサン曲を編曲した部局。
ヨゼフはアルペンとかアリアドネと同じ時期の作品。
安心してください、はいてます。
超大編成のオケを指揮するのは、ミッコ・フランクでウィーンの音色も生かした洗練されたシュトラウスサウンド。
旧約聖書の物語で、サロメと同じく、牧童のヨゼフが、買主の豪商の妻の強引な欲望の対象となり、罪を着せられ、最後は天使と昇天。
実際の旧約聖書では後日談もあるが、このバレエでは、精神と肉体の欲の葛藤で、精神の勝ちで終わり、極妻が破滅する筋立て。
豊饒な旋律をベースに、サロメやエレクトラにも通じる強烈な音楽だ。
若杉さんのCDが世界初全曲録音であることも特筆ものです。
フンパーディンク 「ヘンゼルとグレーテル」 MET 2008
英語版での上演だけど、違和感なし。
壁紙の魔術師リチャード・ジョーンズの描くフォーレスト・ルームは森の怖さも神秘感もうまく出していた。
魔女は故英国テノールのラングリッジでさすがに上手い。
兄妹もナイスなコンビで、特にこの頃、シェファーは可愛い。
NYの有名菓子店のリアルスイーツがマジで美味そう。
しかし、食べ物を粗末にしちゃあかんで。
でもこんがり仕上がった魔女は、みんなで美味しくいただきました・・とさ。
皮肉とユーモアと恐怖のエンディング。
姿からは、童話オペラを指揮してるとは思えないユロフスキの明快なオケもよろし。
すっかり楽しめましたよ。
すっかりもてあそばれる魔女の婆さん・・・
R・シュトラウス 「ナクソスのアリアドネ」 ウィーン 2017
J・テイトが指揮する予定だった公演で、氏の逝去によりシュナイダーが指揮。
さすがの熟練、ふくよかなウィーンの音色と歌手の声を第一にしたオケピットを創出。
2度目のストリーミングで、この度はじっくり鑑賞。
疑問に思った最後の作曲家の登場だが・・・
序劇はパトロン出資でオペラを造っていく人々のドタバタ。
本編は、その人々の作り出す地中海風オペラの本番。
このふたつを、巧みに結び付けた演出意図がよくわかった。
嫌いな同志のテノールとプリマ。
一応、オペラでは壮大な二重唱を歌いつつ、劇場を去るや即決裂(笑)
序劇でのツェルビネッタと作曲家のちょっと気になる関係が、本編オペラで完結する仕組み。
これをメインに仕立てあげた演出かと。
バイロイトのタンホイザー・トリオが万全。
METの可愛いママさんコロラトゥーラ、モーリーさんがステキ!
この秋もティーレマン指揮で再演で、モーリーも再び!
プッチーニ 「西部の娘」 ウィーン 2013
スマートでプッチーニの斬新なオーケストレーションが透けて見えるようなウェルザー・メストの指揮がいい。
西部時代から1970年代のアメリカの炭鉱の町に設定を移した舞台は、とても写実的で面白かった。
そして切実なる銃社会も見せてくれて、今がいまだけに悩ましい・・・
ミニーは、働く男たちのアイドルである以上に精神的支柱で、縛り首寸前の恋人ジョンソンの助命を説いてまわると、簡単に男たちは許しちゃって旅立たせてしまう。
で、カラフルな気球で去るところが、えー、なんでやねん!
ラストシーンの恋敵ジャックのピストル自殺暗示の深い解釈とそぐわない気が・・
嫉妬に狂うコニュチュニーのポリスが実によくて、このオペラによくあるテノール役を食ってしまう事象がここでも。
そんなオペラだけど、カウフマンは適役だし、なんたって体当たり的な鉄火場女を歌い演じたシュティンメが素晴らしい!
METの配信に続いてありがたく視聴しました。
Danke Wien!
METの「西部の娘」2011を振り返り。
さすがのお膝元、日本が「蝶々さん」で一家言あるように、王道の西部劇描写。
ヴォイトのミニーが適役すぎ。
あとなんたって、ジャック・ランスのルチオ・ガッロが役になりきりすぎで、憎々しい存在。
このオペラに限ってはMETに軍配だな!
新国で観たホモキ演出でも、ガッロが最高に輝いてた!
段ボールを1000個も重ねて舞台設定した日本の技術とのコラボ。
東洋での演出もにらんだ、他民族国家の問題点も描いたアメリカのウォールマート風のスーパーが舞台だった。
METやウィーンより、社会派演出。
今後は難しいオペラだな・・・
まだまだ続くよ、梅雨とオペラの日々。
METは7月もストリーミング配信続行。
魅惑のラインナップも発表されワクワクしてる自分。
音楽視聴生活もすっかり変わってしまった。
これが自分の新しい生活様式ということか・・・・・
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