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2020年8月30日 (日)

ディーリアス 河の上の夏の夜 ヒコックス指揮

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今年の夏のいつものお山の上。

涼しい7月でコスモスが早まり、暑い8月ではやくも枯れ始めてしまった。

なにもかも異例づくしの今年。

さらに安倍総理の辞任にも驚き。
病を抱えつつの長年の執務、お疲れさまでしたと言いたい。
なにごとも身体が大切、健康が大事。

ディーリアスの代表作たちで夏の疲れを癒そう。

Delius_hikox

    ディーリアス

 「そり乗り(冬の夜)」
 「フェニモアとゲルダ」間奏曲
 「春初めてのかっこうを聞いて」
 「河の上の夏の夜」
 「夜明け前の歌」
 「ラ・カリンダ」~「コアンガ」より
 「イルメリン」前奏曲
 「ハッサン」~間奏曲とセレナーデ
 「夏の夜」
 「エアとダンス」

 サー・リチャード・ヒコックス指揮 ノーザン・シンフォニア

       (1985.9 @ニューカッスル・アポン)
    
ディーリアスの音楽ジャンルは、多岐に渡りますが、交響曲がないのがいかにもディーリアスらしいところ。
形式の決まった交響曲という構成に、興味を示さなかったのだろうか。
そして、無宗教だったことから、キリスト教色もなく、むしろ東方やアメリカなどの土着的な風土に興味や共感を示し、そうしたものを音楽に反映させました。

オペラや声楽作品でも、男女の恋愛模様は幸せ感は少なめで、いつも悲しみをたたえているし、別離に光をあてている音楽が多いのもディーリアスならでは。
あとは、ディーリアスならではといえば、なによりも人ではなく、自然がその音楽の対象であり、季節感もそこにはあふれているわけであります。

そんなディーリスの音楽の特徴のエッセンスを味わえる1枚が、このヒコックス盤。
このあとのディーリアスを始めとするヒコックスの英国音楽の数々の録音の初期のものだけに、その選曲は、ビーチャム盤にも似ています。
アーゴレーベルに始まり、EMIへ、そのあとはシャンドスに幾多の録音を残してくれたヒコックスも、亡くなってもう12年となる。
60歳での心臓発作による、その早すぎる死は、いまでも悔やまれてならない。
存命だったら、英国の音楽をほぼ体系的に、すべて録音に残してくれたものと思うので。
シャンドスは、ヒコックスのあとの英国路線を、アンドリュー・デイヴィスとエドワード・ガードナー、サカリ・オラモに託しましたので、聴き手としてはありがたいことではあります。
でも、シャンドスレーベル、最近、お高いんだよなぁ~

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今回のブログタイトルは、「河の上の夏の夜」にしましたが、季節性のみをとらえただけで、理由はありません。

クリスマス時にも聴きたい、楽しいワクワクする音楽「そり乗り」。
秋の黄昏時の薄幸の哀しみあふれた「フェニモアとゲルダ」。
春のはじまりだけど、もの悲しい雰囲気の「春はじめてのかっこう・・」と夏の水辺の音楽「河の上の夏の夜」は姉妹作。
これぞ、ディーリアスの音楽の神髄。
どちらも、かっこうと、虫の声で、季節を描写しますが、それがリアルでなく、そこはかとないのが、どこか日本人的な俳句の世界みたいな感性で、大いに共感できる。
 ディーリアスが住んだ、フランスのグレでは、自宅近くを流れる緩やかな川で、夏はよく舟遊びをしたそうですが、それもまた日本の夏を思わせるけど、でも、いまの熱帯化した日本には、まったく想像もできない風情だな。
こうして、音楽だけでも、季節感を味わえるのは、ディーリアスに感謝しなくちゃならない。

「夜明け前の歌」は、文字通り、自然が目覚める夜明けの音楽で、どこか刹那的にも感じる。
ディーリアスのアメリカ時代への思い出でもある、「ラ・カリンダ」は、楽しい夕暮れ時のダンスで、その独特のリズムと雰囲気はクセになります。
 最初のオペラ、「イルメリン」の前奏曲は北欧のロマンティックな伝説に基づくもので、まさに夢見るような優しい雰囲気にあふれていて、お休み前の曲としても絶好の佳曲。
 エキゾティックな東方劇「ハッサン」からの2曲は、これもまた、儚くも美しい小品で、コンサートなどで、多くの人と一緒に聴くのでなく、ひとり静かに、耳を傾けるに限る。
 ビーチャムの編曲した「夏の夕べ」は、若い頃の作品で、趣き豊かに始まり、思わぬ盛り上がりのフォルテもあるが、グリーグやシベリウスみたいな北欧ムードもあり。
「エアとダンス」は弦楽作品で、これもまたディーリアスらしい、慎み深くも愛らしい曲で好き。

ざっとレビューしましたが、ヒコックスの癖のない、すっきりサウンドは、それぞれの曲の特徴やイメージをしっかりとらえつつ、安心してディーリアスサウンドに身をゆだねることができるものです。
 現在は、ロイヤル・ノーザン・シンフォニアという名称になってますが、この室内オーケストラは、以前はノーザン・シンフォニア・オブ・イングランド。
まさに、イギリス北東部のイングランド、そちらのゲーツヘッドという市を拠点にしていて、現在の音楽監督は、ラルス・フォークトで、首席客演がジュリアン・ラクリン、名誉指揮者がトマス・ツェートマイアーという具合に、本業指揮者でなく、ピアニストやヴァイオリニストであることが面白い。
ネットで、ツェートマイアー指揮するブルックナーの6番を聴いたが、これが驚くべき新鮮な演奏だった。
イギリス各地のオーケストラも、それぞれに特徴があって面白い。

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まだまだ厳しい夏の暑さは続くけれど、暦のうえではとっくに秋。
年々短くなる「春」と「秋」。
ちゃんとした秋が、今年はあって欲しい。
ディーリアスの音楽だけしか、季節を味わったり、偲んだりできなくなってはいけません・・・

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コメント

突然の私事ですが、先週半ば左足の激痛で救急搬送される羽目に。心不全の疑いで未だIMCU(ICUの手前)で検査が続き、落ち着かない日々です。一般病室に移れば窓から隅田川も見えるので「河の上の夏の夜」に想いを馳せることも可能なのですが、さてどうなることやら。まあ三年前同様、スマホで音楽三昧と洒落こむしか手は無いようで…。

投稿: Edipo Re | 2020年8月31日 (月) 13時41分

え!そうだったんですか!
急なこととはいえ、お大事になさってください。
ご本復を心よりお祈り申し上げますとともに、心穏やかに音楽をお楽しめになれますよう、重ねてお祈りいたします。

投稿: yokochan | 2020年9月 2日 (水) 08時55分

まさかの出来事で本人も唖然としている有り様です。腰から上はさして問題がないのてですか大元の原因が心臓ということなので。永年のツケが回って来たのでしょうか…。

時にCAMI(コロムビア・アーティスト)が経営破綻とのこと。我々にとっても功罪半ばという存在でしたが、やはり時の流れを感じずにはいられません。ピーター・ゲルブだけが勝ち逃げしたのかも?

投稿: Edipo Re | 2020年9月 6日 (日) 05時57分

コロナがいろんなものを、というよりも特定の職種や業態をピンポイントで壊してしまったように思います。
ピーター・ゲルブさんもわかりませんよ、なんたってヤバイ都市、NYだし、劇場運営の難しさはますます厳しくなるように思いますし・・・・

繰り返しで恐縮ですが、お大事になさってください。
わたくしも、猛暑で、身体を動かすこともままならず、体重も体調もリバウンド中です・・・

投稿: yokochan | 2020年9月 8日 (火) 08時56分

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