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2020年10月 4日 (日)

ロッシーニ 「アルジェのイタリア女」 アバド指揮

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10月1日は、中秋の名月で見事な満月でした。

そして、東京タワーは都民の日とGoToキャンペーンの東京解禁を祝して、グリーンカラーでライトアップ。

秋桜と書いてコスモス。
すっかり秋です。

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音楽のシーズンも真っ盛りと言いたいところですが、コロナの蔓延状況で、各国でオペラやコンサートの開催状況がまったく異なります。
日本は、クラシックは聴衆が熱狂しないたぐいの音楽なので、観客はほぼ従来通りに入れることが可能に。
しかし、予防対策は事細かに取り決められ、この部分では開催側も聴く側も、そして何よりも演奏者側も細心の対応が引き続き必要。
ガイドラインを読むと、細かすぎて、文字が多すぎて、頭が痛くなる。
外来演奏家が来日はできても、2週間の待機があるので、実質無理・・・
ウィーンフィルの11月の来日はどうなるんだろう。

ウィーンの国立歌劇場をはじめ欧州各地の歌劇場は再開したが、メトロポリタンオペラは今シーズンは閉館を決定した。
感染率の高かったニューヨークではあるが、徐々に経済活動も再開してます。
しかし、再び陽性率が上昇との報もあるし、BLM運動などで治安も悪い。
なによりも、世界のスター歌手によって成り立つMETの舞台は、そのスター級歌手たちが渡米できないので、ウリである豪華な舞台が成立しない。
ヨーロッパは専属歌手たちがスター級も含めてしっかり根付いているし、日本も海外勢が来なくてもやっていけるし、観客も超一流を求めていない。
METや他民族国家アメリカの宿命をなんやら感じます。

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  ロッシーニ 歌劇「アルジェのイタリア女」 

    ムスタファ:ルッジェーロ・ライモンディ
    エルヴィラ:パトリシア・パーチェ
             ズルマ  :アンナ・ゴンダ
    ハーリー :アレッサンドロ・コルベッリ
             リンドーロ:フランク・ロパード
    イザベッラ:アグネス・バルツァ
    タッディオ:エンツォ・ダーラ

  クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
               ウィーン国立歌劇場合唱団
            合唱指揮:ヘルムート・フロシャウアー
            チェンバロ:ロナルド・シュナイダー
            音楽助手:イオン・マリン

       (1987.9~10 @ウィーン・コンツェルトハウス)

コロナ期間にネット配信で視聴したロッシーニのオペラは10作。
何度も書くことで恐縮ですが、ベルカント系が苦手だったので、あまり聴いて来なかったロッシーニやドニゼッテイにベルリーニ。
しかし、コロナで見事克服(笑)

「セビリア」と「チェネレントラ」しかこれまで記事にしてなかったロッシーニですが、これからこちらもシリーズ化します。
手始めに、当然にアバド好きとしては、初出時のときから所蔵していた「アルジェのイタリア女」で、1度しか聴いてなかった(汗)

ロッシーニ覚醒一回目なので、ロッシーニのオペラを俯瞰します。

17~18世紀のイタリアオペラの系譜を引き継いだロッシーニ。
その生涯(1792~1868)で、自作の流用も含めて42作のオペラを残したが、オペラ作曲活動においては1808年~1829年まで、16歳から37歳までの期間となっていることは有名なおはなし。
驚くべきは、このほぼ20年間で、若いとも言える作曲家が、オペラセリアからスタートし、オペラブッファも極めて、同時にセリアもさらに深化させ、最後にはグランド・オペラの領域に踏み入れたこと。
ドニゼッテイ、ベルリーニ、そしてヴェルデイへと繋がるイタリアのオペラの流れの19世紀における源流がロッシーニ。

16歳の初オペラはセリアで「デメトリオとポリビオ」。
こちらが初演される前、18歳でのブッファ「婚約手形」が初めての上演された作品となり、その後3作を経て、「絹のはしご」「試金石」といういずれもブッファの快作を発表し、一方でセリアの傑作「タンクレディ」が作曲された。
このとき、ロッシーニは21歳。
オペラ作曲家として、その名声を確立させることになる「アルジェのイタリア女」が同じ年、1813年にヴェネチアで初演される。
「アルジェのイタリア女」と逆のパターンの物語、「イタリアのトルコ人」もこの1年後に続きます。
しかし、ロッシーニはオペラ・ブッファを1810年から1817年までの7年間でしか作曲していない。

1980年代から続いたロッシーニ・ルネッサンスで、いまでは多くのロッシーニのオペラが上演、録音されるようになりましたが、かつての昔は、ロッシーニの3大オペラは、3大ブッファで、「セビリア」「チェネレントラ」「アルジェ」の3作でありました。
 要は18歳から25歳までのあいだに、ロッシーニはオペラ・ブッファを極めつくしたこととなり、オペラから早々に足を洗い、人生の最後にあたって、自分は「オペラ・ブッファのために生まれてきた人間だった」としみじみ語ったというが、たしかにブッファ3作は、作者をしてそう語らせるにたる傑作であります。
 でも繰り返しとなりますが、それ以外の数多くあるロッシーニオペラの魅力、少しづつ観て聴いて、味わってみたいと思います。
(しかし、この歳になって、困ったもんです・・・・)

「アルジェのイタリア女」の作曲は、経営不振に陥っていたヴェネツィアのサン・ベネデット劇場のために、その義侠心から書かれたもので、わずか27日間で仕上げられたというから驚きであります。
初演は1813年5月22日で、その日は奇遇にも、ワーグナーの生まれた日でもありまして、実に興味深い符合です。
当時の東洋趣味からして、モーツァルトの「後宮」やウェーバーの「アブハッサン」にも通じる仕立て。
ともかくナンセンス極まりないドラマで、ありえないくらいのクレヴァーなイタリア女性に、間抜けな太守がメロメロとなり、まんまと騙されてしまうというもので、観る側は何も考えることもなく、ただただ才気煥発なイキイキとしたロッシーニの音楽に酔いしれればいいだけ。

初演以来、ずっと変わらず上演され続けてきたオペラともいえるが、いまの現在、あきらかにイスラムの太守であり、トルコ系でもあるやられ役を、そのままに描くことは演出上なかなか厳しいものと思われます。



ジャン・ピエール・ポネルの演出によるウィーンの舞台。
1990年の上演と思われます。

アバドのプリミエ舞台は、87年と88年で、そのときのアシスタント指揮者、イオン・マリンが90年には指揮してます。
エルヴィラを佐々木典子さんが演じてます。

太守の漆黒の色は、現在ではもっと薄くなり肉襦袢を着るようになってます。

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「セビリア」と「チェネレントラ」はずっと早くから手掛けていたアバドは、スカラ座時代に73年、75年、83年に取り上げてます。
ロンドン響と録音することは、エディンバラで上演しなかったことから実現はしなかったのですが、スカラ座での録音がなされなかったのは、ちょっと残念。
ウィーンフィルのロッシーニは、当時は珍しいことで、歌劇場では始終ロッシーニは演奏していても、それは従来の手垢にまみれたスコアであったはずで、アバドはゼッタ校訂の「セビリア」と「チェネレントラ」と同じく、アツィオ・コルギによる校訂版を使用していて、リハーサルもかなり入念に行われたそうです。
トロンボーンとテインパニを廃し、かわりにピッコロを加えて、軽やかさをより増して、アバドならではの爽やかで透明感あふれるサウンドに一新させました。
ほんとは、ただでさえ味わいのあるウィーンの音色より、ロンドン響のほうが、このあたりよりスッキリ感が出たのではないかと思ったりもしますが、そこはやはりウィーンフィル、色彩感がまぶしく感じられる。
75年のロンドン響との序曲集と、87年のこちらのウィーンフィルとの序曲のみを聴き比べると、味わいの濃いウィーンと、よりニュートラルなロンドン、オーケストラの音色の違いとともに、アバドの音楽造りにスケール感が増しているのもわかるし、クレッシェンドの幅がより広大化しているのも聴いてとれる。
 オペラ本編の方でも、アバドならではのロッシーニ・クレッシェンドの巧みさを満喫することができる。
登場人物たちが、びっくりしたとき、密やかな秘密を持ち語るとき、最弱の繊細なピアニッシモで緊張感すら漂わせる。
そこから巧みにクレッシェンドを導いていっては、寄せては返す波のような見事なロッシーニサウンドを引き出すアバドの手腕。
劇場での経験値を重ねたアバドの進化を、かつてのロンドンでの録音とくらべ感じ取れます。
(一方で、若々しい70年代のアバドのロッシーニにも、愛着を感じ、ブッファのロッシーニの真の姿を聴くことができると思ったりしてます)

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清潔でピュアなイメージのベルガンサにくらべ、バルツァの切れ味も鋭く、テクニックも抜群な歌唱は、このオペラの強い女性イザベッラを見事に歌い演じてます。
一瞬、カルメンっぽくて、ちょっと濃すぎる印象を受けるかもしれないけど、これはこれ、すごいもんです。
イタリア人に愛国を訴える名アリアもまったく見事。
当時、デビューしたてのアメリカのテナー、ロパードも若々しく最高音もしっかり出してる。
ライモンデイもこうしたコミカルな役柄は実にうまくて、むしろ気の毒にさえ思えるイイひとぶりを表出。
アバドのロッシーニになくてはならないブッファ・バリトン、エンツォ・ダーラも相変わらず素晴らしいし、若きコルベッリやP・パーチェも可愛くてよろし。
歌手のレヴェルの高さは、アバドの録音ならではです。

ウィーンでの舞台を、このコロナ禍に、2015年の上演で視聴することができました。
指揮は、故ロペス・コボスで、アブドゥラザコフのムスタファがあきれ返るくらいに素晴らしかった。
これもアバド時代から続くポネル演出のリバイバルで、誇張された人物表現が、現実世界と乖離していることをあえて強調していて、これまたポネルの天才性を感じた次第、ともかく面白かった。

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第1幕
 アルジェの太守ムスタファの宮殿。
妻のエルヴィラをもう飽きたとして、彼女とその待女ズルマを悲しませる。
太守はエルヴィラをお払い箱にして、奴隷として捕まえていたイタリア人リンドーロと結婚させようとする。
そして、配下のハーリーに命じ、イカしたイタリア女を探してこいとする。
 海賊に捕まえられたイザベッラと彼女を密かに好きなタッディオ。
ムスタファは一目見てイザベッラを好きになり、彼女は、これはうまくやらねばと、巧みに取り入ることとなる。
串刺しにしてしまえ、と言われたタッディオを伯父と言って助ける彼女、そして宮殿に行方知れずとなった恋人リンドーロがいることを発見し、お互いにびっくり。
イザベッラはすかさず、頭を働かせて、正妻を追い出して自分を後釜にすえるとは何たること、と非難し、リンドーロを自分の奴隷として差し出すようにムスタファに命じる。
混乱する一同。

第2幕
 イザベッラの機嫌をとるために、タッディオにカイマカンという資格を与えることにするムスタファ。
イザベッラと二人きりになってコーヒーを飲みたいムスタファは、自分が咳をしたら退席せよとタッディオに命じるが、タッディオはそれを無視したあげく、リンドーロも妻エルヴィラもそこにいて、楽しい5重唱となる。
リンドーロとタッディオは、ムスタファにイタリア男の粋な嗜み、秘密結社の儀式を教えるからと、計略にまんまとのせる。
「パッパターチ」と唱えながら、ともかく食って飲んで、快楽にふける、その間になにが起きようと気にしない、ともかく飲んで食って「パッパターチ」。
そうした間に、イザベッラとリンドーロ、ふたりが恋人同士だったと知ってがっかりのタッディオと、囚われのイタリア人たちは、船をしたてて出港することに。
ここに至って、騙されたとしったムスタファ。
もうイタリア女はこりごり・・・・とやっぱりエルヴィラがいい、と仲を取り戻した二人、そして全員でイタリア女の勇気をたたえ、幕。

このオペラを聴くと、しばらく「パッパターチ」が耳から離れなくなります(笑)
ポネルの舞台では、うまそうなパスタをほんとに、もりもり食べてました。

全員の最後の合唱
 「美しいイタリア女がアルジェにやってきて、嫉妬深い男とうぬぼれの強い男に教訓を与えた
  女はその気になれば、誰でもたぶらかしてしまう」
いまどき、問題になりそうな歌詞ではあります・・・・・(笑)

面白いぞロッシーニ🎵

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コメント

昨日、約五週間ぶりに退院致しました。ご心配おかけしました。その代わり塩分制限と禁酒を強く申し渡された次第で。まあ長年の放埒な生活のツケが一気に回ってきたのでしょう。yokochan様もお気をつけ下さい。後遺症としてはナースコールの伝バッハのメヌエットと「ジュ・トゥ・ヴ」くらいでしょうか。あと、アルコール依存症の外来への通院を強く打診されましたが、固辞しました。

連日朝イチでその日ゆかりの音楽家を調べ、YouTubeで聴くのを日常にしておりました。9月16日はマリア・カラスの命日、30日はオイストラフの誕生日という具合に。まあ常日頃から似たことをしていたのですが。ちなみに本日はグレン・グールドの命日で。

当方もロッシーニは「セビリア」「チェネレントラ」止まりでしたが、浮くであろう酒代を未聴の作品に向けられれば良いのですが。ともあれ今後ともよろしくお願いいたします…。

投稿: Edipo Re | 2020年10月 4日 (日) 16時12分

退院おめでとうございます。
厳しい条件も悩ましい後遺症も付いたとのことですが、引き続きご自愛のほどを。

ゆかりの音楽家調べ、日々、そうした音楽視聴の理由付け、いいことですね。
私なんぞ、片寄った聴き方ばかりなので、ある意味無作為にいろんな音楽が聴けるのではないかと思います。

歳を経ることを恐れつつも、拡張しつづけるレパートリー開拓を辞められない自分です。
引き続きよろしくお願いいたします。

投稿: yokochan | 2020年10月 6日 (火) 08時46分

こんばんは。以前にアバドの「フィデリオ」の巻で拙問にお応え頂いた者です。
ポネル演出の「アルジェ」を、2004年の藤原歌劇団公演で観ております。ウィーンからの借用品で、イザベッラはバルツァでした。この時もやや色白のムスタファで肉襦袢着用でした。バルツァのイザベッラは、ややカルメンぽかったり、コロラチュラがエボリに聴こえたりと、まあ、レコードで聴いた刷り込みが強すぎるのですが(あと笑うとヘロディアスとか…)、歌も演技も、そして美貌も流石の貫禄でした。
スカラ座での上演ですが、「セビリャ」「チェネレントゥラ」に続いてベルガンサ出演の予定が、病気休演でV=テッラーニに代わったと記憶しております。エディンバラとの兼合いは分かりませんが、録音されなかったのは、その辺の事情もあるのかと。

Edipo Re様 とても他人事には思えません。私も日頃の不養生が祟り、塩分制限のため栄養士から"麺類の汁半分残しの刑"を言い渡されております。お互いに自愛いたしましょう。

投稿: アキロンの大王 | 2020年10月 6日 (火) 23時56分

アキロンの大王さま、コメントありがとうございます。
バルツァの実際の舞台を観劇された由、うらやましいです。
私は1度だけ、ガラコンサートでチェネレントラとサントッツァのアリアでしたが、技量・声量ともに圧巻でした。

なるほど、スカラ座ではテッラーニが歌ったのですね。
今思えば、テッラーニでもよかったから録音して欲しかったですね、DGの録音チームもすでにスカラ座で再開してましたので。

わたしも相応の年齢に達してますので、通院・検査・薬・自己管理の日々です。
みなさま、季節も進み、引き続きご自愛のほどを。

投稿: yokochan | 2020年10月 8日 (木) 08時24分

こんばんは!
先日アバドファン初心者
としてアバド愛を高らかに?宣言したにょろふきんです。
毎日少しずつ、休みのときには大量に?アバドに浸っています。
一度聞いたものでも聞くたびに発見があり、アバドは奥深いです。基本的に、協奏曲があまり好きではないので、ちょっと苦戦中ですがw
昔、カラヤンのオペラを聞いたとき歌手の際立たせ方がうまいなー、なんて思いましたが、アバドも全く同じですね。同じことを協奏曲系で、思いました。最近のお気に入りはシカゴーミンツのメンデルスゾーンです。
頑張って協奏曲部門も制覇します!
アルジェのイタリア女!
ウィーンでロッシーニってどうんだ?って思っていて、すごく気になっていたので、参考にさせていただきますね。
グッドタイミングです。ありがとうございます。
ところで、昨日ユーチューブの音楽アプリで、Claudio Abbado masterpiecesというグラモフォンレーベルの新譜?を見つけました。まだ発売ではない?(日本では)のかもしれませんが、今までの録音の抜粋版みたいなもので、その中にチャイコのバレエ音楽があって、(眠りの森と白鳥)しかもワルシャワナショナルフィルってなってました。
初心者さんとしては
エー?いつ?録音したの??
現地に行ったの?向こうが西側に来たときに振ったの?
きっと若い時なんでしょうけど、謎だらけです。
私としては(゚ο゚人))
てな、訳で、きっとクラヲタ先生ならご存知かも、と思いまして、最近の近況報告とともに、ご訪問させていただきました、
是非ご教授の程お願いいたします。

投稿: にょろふきん | 2020年10月10日 (土) 19時59分

熱烈なアバディアンなるyokochan様なれば、このディスクの一押し、当然でございましょう。
ただ、このオペラのディスクは、ベルガンサ主演のヴァルヴィーゾ指揮のDecca盤、ヴァレンティーニ・テッラーニ主演&フェッロ指揮のSONY盤も在り、菖蒲か杜若と愚生のようなオペラ好きは、右往左往してしまうのですよね(笑)。

投稿: 覆面吾郎 | 2020年10月10日 (土) 20時03分

すいません、情報修正を。
アバドの公演記録を確認したところ、ベルガンサ休演でテッラーニが初日出演したのは「チェネレントゥラ」のようです。「アルジェ」は初日および前半の公演はベルガンサが、後半の公演をテッラーニが出演しています。テッラーニのスカラ座初日デビューのエピソードと、「アルジェ」の録音がなかったのを、勝手に結び付けて記憶していたようです。

投稿: アキロンの大王 | 2020年10月10日 (土) 20時23分

にょろふきんさん、すんごい情報ありがとうございます。
Claudio Abbado masterpieces、まったく知らない新譜でした。
そして、長くアバドを聴いてきましたが、ワルシャワのオーケストラを指揮したことも、白鳥と眠れる森を指揮したことも知りませんでした!
DGだから本当なのでしょう・・・
いつもお世話になってる、アバド資料館を拝見してみましたが、そちらにも記載はありませんでした。
ネットで検索して、そのさわりを聴いてみましたが、立派なステレオ録音ですが、響きが薄いことから60~70年代のものではないかと思われます。
久々の「謎」に一喜一憂しております(笑)
DGなので、本物と信じ、久々のアバドの新譜を喜びたいと思います。
あらためまして、情報ありがとうございました。

ソリストから好んで指名された協奏曲指揮者としてのアバド。
若きミンツとの数々の共演、わたしもステキな演奏ばかりで好きです。

投稿: yokochan | 2020年10月12日 (月) 08時57分

覆面吾郎さん、ベルガンサとテッラーニの録音、いずれも認識はしておりまして、いずれは聴いておきたいと思ってます。
が、しかし、膨大なロッシーニオペラの数々、手が回りません(笑)

投稿: yokochan | 2020年10月12日 (月) 08時59分

アキロンの大王さま、再度のコメントありがとうございます。
70年代、アバドはスカラ座で、シモンと並んでチェネレントラを何度も何度も取り上げていたので、歌手たちもやりくりが大変だったでしょうね。
そこにあらわれたテッラーニは、今思えば実に大きな存在でした。
早逝が残念でなりません。

投稿: yokochan | 2020年10月12日 (月) 09時06分

Claudio Abbado masterpiecesですが、ユニヴァーサルのyoutubeチャンネルのようで、チャイコの眠りの森と白鳥はロヴィツキの指揮のようです。他はお馴染みのアバドの録音からで、なぜこれらの曲だけが?ですが。

投稿: アキロンの大王 | 2020年10月12日 (月) 20時30分

こんばんは。
アキロンの大王さんの情報、そうなんですね!?
私もいつ頃にどのオケを振って、何の曲を録音して、等、調べて自分なりに順番を決めて聞いてきてるのですが、ワルシャワなんて知らんぞ?ということで、先ず信頼度No.1とおぼしき、yokochanさんに聞いてみようと、ガセネタを提供してしまったようです
(இ﹏இ`。)スミマセン。
でも、一緒に並んでた、ウィーンフィルとのライブ録音(ハイドンとブルックナー)の存在も知らず、聞いてみたいなーって思っていたので、これも実はガセ?
不安に陥ってしまった私です。
(。ŏ﹏ŏ)

投稿: にょろふきん | 2020年10月13日 (火) 21時19分

アキロンの大王さま、重ねての情報ありがとうございます。
そうだったのですか、アバドのアンソロジーにしっかり紛れ込んでたので、すっかり・・・・
そういえば、ロヴィツキのチャイコフスキー、むかし、廉価盤レコードが出てました。

にょろふきんさん、いえいえ気になさらずに。
シカゴでいれたくるみ割り人形が、ますます希少になりました。
どんなオケと関わりがあったか、年代で追うと、意外なオケも振ったりしてて、アバドの足跡がまた偲ばれますね。
フランスのオケや、シカゴ・ボストン以外のアメリカのオケとの共演など、聴いてみたいものです。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2020年10月14日 (水) 08時39分

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