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2021年3月

2021年3月31日 (水)

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ブロンフマン

Moon

桜の開花の始めの頃と月。

この月も今頃は満月を過ぎ、早かった今年の桜も散り始めている。

夜風も心地よくなり、あの冬が遠くに思い起こされるようになったが、コロナは変わらずか・・

満月に地球が月から受ける重力の影響は、潮の満ち干が大潮になり、地震にも影響があるとかないとか・・・

 心の備えも万全に!

それはさておき、プロコフィエフ。

プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

まだ①の時代やってまして、ピアノ協奏曲です。

Prokofiev

  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op16

    Pf:イェフム・ブロンフマン

  ズビン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニック管弦楽団

       (1993.7 @テルアビブ)

①のロシア時代の作品で、1913年の完成。
22歳の学生時代のプロコフィエフ、同年の自身のピアノによる初演では、そのぶっ飛びぶりに、批判が相次ぎ騒ぎになったそうな。
翌年にロンドンに渡り、ディアギレフに出会ったときも、この作品を聴かせ、さらにオペラ化を考えていた「賭博者」を提案したものの、断られ、ロシアっぽいバレエを書きなさいということで、「アラとロリー」や「道化師」が生まれることになる。

ロシアの原初的な物語や荒々しさを期待していたであろうディアギレフは、この協奏曲をどう聴いたであろうか。
しかしながら、時はまさに、ロシア革命前夜ともいえるストライキだらけのロシア、自身もヨーロッパ各地へ楽旅、さらには後に日本経由でアメリカ行き、こんななかで初稿のスコアは紛失してしまう。
どこで紛失したかは不明だが、10年後の1923年にドイツで記憶を遡ってプロコフィエフ自身がスコアを復元したのが現行版。
紛失オリジナル版が今後出てきたら、と思うとわくわくしますな。

初期作品は、ラフマニノフ調やスクリャービンっぽいところも聴かれるプロコフィエフの音楽ですが、ここでは、いわゆる先鋭化したモダニズムの風情が勝ってます。

4楽章形式で33分ぐらい。

アルペジオをともなった憂愁込めたピアノ、そんなラフマニノフ風なスタート。
その後、テンポを上げて、プロコフィエフらしいギクシャクとした雰囲気となり、ピアノもオーケストラも切れ味を高めていき、威圧的なモットー的な主題が響き渡る。
再び冒頭に回帰。そして、ピアノの長くかつ自由なカデンツァは凄まじい!
速いパッセージで転がるように進む、これまたプロコフィエフらしい、クールでかつ息もつかせぬ急展開。
禍々しい楽章。アラとロリーを思わせる。
即得な奇妙なリズムを伴ったフレーズが出るし、口笛のようなすかした弦がかっこよく、ここ好き。
急速感ある出だし、むちゃくちゃノリノリになれる萌える楽章。
そして、落ち着くと民謡風のメロディを楚々と弾くピアノ。
こうして、なんとなくロシアのムードに浸っていると、勢いを増して、一度聴くと忘れられなくなるモティーフが現れる。
 で、またロシア調に回帰し、懐かしいムードに哀愁を感じる。
でも、オーケストラに例のモティーフが、盛大に出て(ジャジャジャジャ、じゃじゃじゃじゃジャーン)とで、曲は一気に終了に向かう。

いったい何だったんだろう、といつも聴いたあとに思ってしまう、モザイク的な2番の協奏曲。
超絶技巧を要するピアノと、強弱振幅の大きいオーケストラ。
カデンツァがしっかりあり、主役はちゃんとピアノで、オーケストラは引き立て役であるとともに、いくつかの忘れえぬ独特のモティーフを堂々と響かせる。
協奏曲としてのバランス感覚にも優れた2番だと思います。

ブロンフマンの技巧に裏打ちされた豊かなピアノが素晴らしい。
メータの指揮には切れ味をもっと求めたいが、合わせものとしては、ソリストを引き立ててうまいもんです。

エアチェック音源で聴いてる、トリフォノフとティルソン・トーマス&クリーヴランドの方が凄まじくも爽快な演奏。
あと、デニス・コジュヒンとオロスコ・エストラーダ&サンフランシスコも豪快な演奏。

プロコフィエフ・シリーズ、次はいよいよ、「賭博者」。

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2021年3月26日 (金)

レヴァインを偲んでワーグナー&マーラー

Zoujyouji-a

季節は思い切りめぐってきて、関東の南はもう桜が満開。

今年は早すぎて、なんだか知らないが慌ててしまう日々。

ある早い朝に、増上寺の桜を見てきました。

そして、その数日前に、忘れたようにジェイムズ・レヴァインの訃報が飛び込んできました。

Levine-20210309

2021年3月9日に、カリフォルニア州パームストリングスの自宅で死去。
心肺停止で見つかり、死因は不明ながら、長年パーキンソン病を患っていたので、それが要因ではないかと。

バーンスタインやプレヴィンに次いで、アメリカが生み出したスター指揮者で、しかもオペラ指揮者。
でも、ここ2年ぐらいは、名前を出すことも憚られるくらいに、スキャンダルにまみれ全否定されてしまった。

この訃報も、音楽関係団体からは少なめで、スルーしているところがほとんど・・・・・

ホームページに大きく載せているのは、メトロポリタンオペラのみ。
あとは、一時、音楽監督を務めたミュンヘン・フィルがSNSで伝えてるのみ。
それとバイロイト音楽祭のホームページにも、死去の知らせが淡々とのってます。

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ミュンヘンのあと、小沢の後に就任したボストン響のサイトやSNSにはまったくナシ。
ラヴィニア音楽祭などで関係の深かったシカゴ響もまったくなし、フィラデルフィアもなし。
ヨーロッパでも、ウィーンフィルもベルリンフィルも、一切触れてません・・・

このように音楽関係からの扱いは寂しい限りで、アメリカ各紙もさほど記事は多くないですが、ニューヨークタイムズなどは、その生涯と功績、そしてスキャンダルとを詳細に書いてました。
「彼のキャリアは性的不正の申し立てをめぐるスキャンダルで終わった」と書かれてます。
一時代を築いた大音楽家が、最後の最後で、しかも過去のことを掘り返されて、名声に傷がつき、ネグレクトされたあげくに病とともに生涯を終える・・・・

私は、音楽生活をレヴァインの全盛期とともに過ごした部分もあって、こんな終わり方は気の毒だし、不合理だと思う。
1回分の記事を割いて、私が聴いてきたレヴァイン、ワーグナーとマーラーに絞って思いを残しておきたい。

Ring-levine-1

レヴァインの基本はオペラ指揮者であったことと、ピアノの名手でもあったことから、歌と合わせものに特性があったこと。

1971年5月に「トスカ」でメットにデビュー。
この時の歌手が、バンブリーにコレッリですから、大歌手時代を感じさせます。
70年代は、オペラは歌手の時代から指揮者の時代に、その在り方も変わりつつあった頃。
メットの首席には73年、音楽監督には76年になります。
1975年に、メトロポリタンオペラが始めて日本にやってくるとのことで、大いに話題になりまして、その時の指揮者のひとりが、名の知れぬ人で、ジェイムズ・レヴィーンとかパンフレットには書いてあり、高校生だったワタクシは、は?誰?と思ったものです。
結局は来日しなかったのではないかな、たしか。

メットに文字通り君臨したレヴァインは、2018年に解雇されるまで、85のオペラを2552回指揮しております。
最後のメットでのオペラピットは、2017年10月の「魔笛」。
最後のメットの指揮は、2017年12月2日のヴェルディ・レクイエム。
 そのレクイエムの演奏のあと、その晩に、1968年レヴァイン・ナイトと称する秘会で、性的な辱めを受け、長く続いて死のうとまで思った、として4人の男性から訴えられるのでした。
メット側も、調査をして事実認定を取り、レヴァインを解雇、それを不服として任期分を賠償請求したレヴァインの要求額は580万ドル。
日本円で6億ぐらい?
2019年には、メット側が350万ドルを支払うことで和解してます。

 若い頃は、そんなに太ってなかったのに、巨漢になってしまったレヴァイン。
転倒して怪我したり、坐骨神経症にさいなまれていたあげく、パーキンソン病であることも判明。
メットの指揮では、車椅子から乗れる特製の指揮台で、カーテンコールも舞台に上がれず、ピットから歌手たちを賛美する映像が見られるようになりましたし、キャンセルでルイージや、ほかの指揮者に譲ったりの状況でした。

そんなわけで、長いメットでのキャリアの全盛期は、2000年の始めぐらいまでだと思います。

メットとのオペラ録音・映像は、ともかく数々あり、あげきれませんが、私はワーグナー。
DGとの蜜月が生んだ録音と別テイクの映像作品が、「ニーベルングの指環」でありまして、スタジオで真剣に打ち込んだ録音はオーケストラとしても大いに力が入っていて、その充実した歌手たちとともに、精度が極めて高いです。
音色はともかく明るく、ゆったりとした河の流れを感じさせる、大らかな語り口が、ワーグナーの音楽をわかりやすく、説明的に聴かせる。
ドイツの演奏家では、決してできない、シナマスコープ的なワーグナーは痛快でもあり、オモシロすぎでもありました。
 メットでのシェンクの具象的・伝統的演出とともにセットで楽しむべきリングなのかもしれない。
ベーレンスとモリスが素晴らしい。
 レヴァインは、バイロイトでもキルヒナー演出の「リング」を5年間指揮してますが、音楽はそちらの方がさらに雄弁で、つかみが大きい。
自家製CDRで聴いてますが、歌手はメットの方が上、オケはバイロイトの方がいい。

同じことが「パルジファル」にも言えます。
バイロイトで通算10年もパルジファルを指揮した記録を持つレヴァインですが、クナッパーツブッシュばりのゆったりとしたテンポながら、細部まで明快で、曇りないよく歌わせるパルジファルは、バイロイトのワーグナーファンには新鮮に響いたのです。
メットでのCD録音も、リングと同じことが言えますが、わたしにはドミンゴとノーマンがちょっと・・・・

メットでのレヴァインのワーグナー、タンホイザー(2015)、ローエングリン(1986)、トリスタン(1999)、マイスタージンガー(2001、2014)、リング(1989)、ラインの黄金(2010年)、ワルキューレ(2011)、パルジファル(1992)。
これだけ映像作品を持ってますが、いずれも水準は高いです。
演出もオーソドックスで、お金のかけ具合もゴージャスでメットならでは。

あと、オペラでは、若い頃のヴェルディをよく聴きました。
「ジョヴァンナ・ダルコ」「シチリアの晩鐘」「運命の力」「オテロ」ぐらいで、あとは少々食傷気味。
イタリアオペラにおける、レヴァインの生きの良さと活気みなぎる棒さばきは、70年代はクライバーと並ぶような感じでしたよ。

Mahler-levine

レコードで一部そろえた、レヴァインのマーラー。
CD時代に、まとめて他の番号も入手し、エアチェックの「復活」もあるので、あとは「8番」だけでした。

これもまた70年代の、「新時代のマーラー」と呼ばれたレヴァインのマーラー。

オペラを親しみやすく、聴きやすく指揮する手法でもって、ゆったりとした間合いをもって作り上げたマーラー演奏。
バーンスタインの自分の側に引き寄せ自己心情とともに感情を吐露してみせたマーラーと対局にあるような、客観的かつ豊穣なサウンドにもあふれたマーラー。
さきにふれたレヴァインのワーグナーと同じく、旋律線主体にわかりやすく、複雑なスコアを解きほぐしてみた感じで、だれもが親しみを感じ、嫌みを持つことがないだろう。
深刻さは薄目で、これらのビューティフルなマーラーは、これはこれで存在感がある。
加えて、当時、マーラーには積極的だったシカゴ響と、マーラーにはそうでもなかったフィラデルフィアを指揮しているのが大きい。
オケはべらぼうに巧い!
当時、アバドとシカゴのマーラーとともに、アメリカオケにぞっこんだった自分が懐かしく、アメリカという国の途方もない力と自由の精神にほれ込んでいたものです。
 今聞くと、録音のせいか、金管が耳にキツイが、このあたり今後リマスターして欲しいが、難しいでしょうね・・・
ところが、1番と6番を担当したロンドン響も実によろしくて、アメリカオケに負けてないし、レヴァインとの一体感をこちらの方が感じたりもする。しかもロンドンの方が録音がいい。

オペラ以外の指揮の音盤も数々ありますが、ブルックナーとは無縁だったレヴァインです。
ウィーンフィルとのモーツァルトも素敵なものでした。
交響曲もいいが、「ポストホルン」が好き。

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ウィーンフィルから愉悦感にあふれた演奏を労せずして引き出したレヴァイン。

バイロイトとともに、ザルツブルクの常連となり、ウィーンフィルといくつものオペラを上演しました。
「魔笛」「イドメネオ」「ティト」「フィガロ」「ホフマン物語」「モーゼとアロン」などを指揮。
オーケストラコンサートでも常連でしたが、ザルツブルクデビューとなった1975年のロンドン響との「幻想交響曲」を今でも覚えてます。
カセットテープは消してしまったので、あの時の演奏をもう一度聴きたい。(でも難しいだろうな)

 最後に、マーラーの10番の最終場面を鳴らしつつ、レヴァイン追悼記事をここまでにします。

あとはグチです。

Zoujyouji-b

オバマ政権時代から横行しだした、アメリカのキャンセルカルチャー。

歴史の流れを無視したかのように、遡って、あれは間違いとレッテルを押す。
伝統や文化も間違えとして消す。

244年の歴史のアメリカでそれをやると、限りなく該当者が噴出する。
さらには、その前建国前史にまで遡って、しいては黒人差別へと結びつけて、過去の人物を否定していく風潮が激しい。
BLMの名のもと、建国の英雄たちの銅像が倒され、「風と共に去りぬ」まで上映封印、もっともっと拒否られてます。

歴史の経緯でいまある現在と社会、そこに普通に適合してきた、各民族のことをなおざりにしてないか?
多民族国家として大国になったアメリカの本質が揺れ動いているのは、こうした、アメリカを愛し適合してきた多国籍の人々のことを無視して、あんたら虐げられてきたんだよ、とうそぶいた連中がいて、彼らの狙い通りに、アメリカがいまおかしくなってしまったことだと思う。

心の奥底にあるものを、無理やりに引っ張り出してしまうのは、共産主義の常套だろう。
アメリカは完全にやられてしまった。
それに歯向かい、本来の自由で力強いアメリカを目指したトランプは、葬り去られてしまい、操り人形のような大統領が誕生した。

レヴァインの過去のことは、完全なる過ちで、被害者として手をあげた方々には落ち度もないと思います。
しかし、半世紀前のことを芸術の晩年を迎えていた人に、犯罪としてぶつけるのはどうだろうか?
そりゃ、やったものは悪いが、永遠に許されないのか、死んでも名誉は回復できないのか?

人間だれしも、過ちや言いたくない秘密はありますよ。
レヴァインが、白人でなかったら、メットで超長いポストを独占してなかったら、もしかしたらこんなことにはならなかったかも。

そして、なによりも言いたい。
アメリカの現某大統領や、その息子。
C元大統領とか、いろんなセレブたちの、あきらかな忌み嫌うべき風説の数々、それは人道上許されざるをえないものも多々。
それを明かそうとした人々の声が抹殺され、なんたってその連中はのうのうとしている。
どうせやるなら、責めるなら、そうした連中も、過去を暴いて、徹底的に凶弾すべきではないのか!

憧れたアメリカの自由と繁栄、民主主義の先生としての存在が、完全に消え去ったと認識したこの1年だった。
この流れは、日本にも確実に来る。

レヴァインの死に思う、アメリカの終焉。

こんなはずじゃないよ。

アメリカの復活を切に望む!

あわせて日本は日本であって欲しい!

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2021年3月19日 (金)

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」ブーレーズ指揮

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こちらは、桜の花、とおもいきや、すももの花だそうです(たぶん)

桜がいつもたくさん咲く東京タワー近辺なので、よけいにまぎらわしいです。

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こちらは河津桜で、もう今頃は葉桜になってます。

この日は、東日本大震災から10年の日、復興応援のライトアップでした。

忘れようもないあの日のこと、多くの犠牲者の皆様へご冥福をお祈りいたしますとともに、多くのことも学んだ日本人。

きっと起こる次のことにも、心して備えなくてはならないと思います。

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鶴首して待ってた「トリスタン」
さっそく聴いてみました。

前回の記事が、「恋愛禁制」。

下の根の乾かないうちに、もう究極の愛の世界へと誘われるという、ワーグナーの呪縛世界。

「恋愛禁制」は1836年・23歳、「トリスタン」は、1854年・41歳で着想して、1859年・46歳で完成。
ミンナと結婚した年の「恋愛禁制」から、人妻マティルデ・ヴェーゼンドンクとの不倫中の時期にあたり、燃え萌えのワーグナーの「トリスタン」。
困ったもんですが、トリスタンの音楽は聴く人を魅了してはばからない。

Tristan-boukez

  ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」

   トリスタン  :ウォルフガンク・ヴィントガッセン
   イゾルデ   :ビルギッテ・ニルソン
   マルケ王   :ハンス・ホッター
   ブランゲーネ :ヘルタ・テッパー
   クルヴェナール:フランス・アンダーソン
   メロート   :セヴァスティアン・ファイエルジンガー
   舵取り・牧童 :ゲオルク・パスクーダ
   舵手     :ゲルト・ニーンシュテット

    ピエール・ブーレーズ指揮 NHK交響楽団
                 大阪国際フェスティバル合唱団

    演出:ヴィーラント・ワーグナー

      (1967.4.10 @フェスティバルホール、大阪)

1967年にバイロイト史上、初の海外公演ということで、日本はおろか世界でワーグナーファンの話題になった公演が、ついに正規音源化されました。
4月7日の「トリスタン」を皮切りに、4月17日の「ワルキューレ」まで、この10日間に、2作合計8公演を上演するというハードスケジュール。
固定キャストの歌手たちも大変ですが、すべてのピットに入ったN響も今思えばすごいこと。
いまでは、いろんな規約で不可能でしょう。

「トリスタン」のこの配役を見てもため息が出ますが、「ワルキューレ」もすごい、アダム、J・トーマス、デルネッシュ、シリア、G・ホフマン、ニーンシュテットでありますよ。
指揮がブーレーズとシッパースで、さすがに、このときバイロイトで指揮してたベームを呼ぶことはできなかったわけですが、後のN響とのことを考えると、スウィトナーあたりはアリじゃなかったかな。

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まず、聴いてみての感想。

録音が思いのほかに良好。
響きも分離も申し分のないステレオ録音で、音の揺れはゼロ。
ピットから響く低音も豊かで、澄んだヴァイオリンの高弦も美しい。
舞台の歌手たちの声も、混濁なくクリアーで、左右の声の位置や移動も自然。
 当時、NHKの技術が相当だったことと、今回のマスタリングが見事に成功していることを讃えたい。
yotubeには、モノクロモノラルの映像がありますが、同じ日だとすると、この音源はまったく次元が違います。
最後のフライング拍手もカットされてます。

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3回聴きましたが、ブーレーズの指揮は、聴きこむほどに、悪くないなと思うようになりました。
最初は、情もへったくれもない、ためのない飛ばしぶりに、うねりに欠けてるとも思ったのですが、よく考えたら、ブーレーズのワーグナーは、パルジファルもリングも、既成概念からの脱却をその根源にしており、今回のCDの解説書にある公演時のインタビューでも、まぎれもなくそのような発言をしてまして、大いに納得したわけです。
ちなみに、ヴィントガッセン、ニルソンのインタビューも、とても新鮮だったし、彼らの音楽がよく理解できるものだったし、N響の会誌からの記事や、諸井誠さんの当時の感想など、ほんとに、ほんとに貴重だし、興味深いものです。

さて、ブーレーズのテンポは速いのですが、それを感じさせないのは、パルジファルの演奏と同じ。
存外に歌わせるところでは、よく歌い、歌手のいいように付けてるし、1幕のラスト、2幕の二重唱からマルケの踏み込み、3幕のトリスタンのの妄想からイゾルデの到着、この3つのクライマックスの緊迫感とアッチェランドもかけたスリリングな高まりなど、これこそオペラの醍醐味と十分に思わせます。
 あとさすがのブーレーズと思わせるのは、イゾルデやトリスタンの独白に室内楽的なソロ楽器が付いたりする場面では、まさに新ウィーン楽派を思わせるような超緻密なサウンドを聴かせるとこと。
 どろどろした情念や、厚ぼったいサウンドとは無縁のワーグナー。
明確な拍子で隙がなく、冷徹だけど熱い。
これこそブーレーズのワーグナーだし、故ヴィーラント・ワーグナーが戦後、根差してきたワーグナーの在り方。
それを日本はいち早く、大阪で体験していたわけだ。

ブーレーズのバイロイト登場は、1966年のパルジファルから。
その数か月後に、日本でのトリスタン。
その後、トリスタンを劇場で指揮したことがあるか不明ですが、もしかしたらないかも・・・
ブーレーズのバイロイトは、日本から帰った67年夏、68年、70年、そのあと76~80年のリング、2005年、06年のパルジファルの合計11年。
いずれの演出も、大胆で、新機軸を根差したものであることが、ブーレーズがワーグナーを取り上げるときの判断があるのかもしれない。

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歌手では、ヴィントガッセンが圧巻。
最初から最後まで、スタミナを維持しつつ、最後の自己破滅的な爆唱ぶりまで、常に安定感があります。
昔ながらの歌唱と、現在のスタイリッシュな歌唱との橋渡しをしたような存在のヴィントガッセンのすごさを感じます。
このとき、53歳のヴィントガッセンは、1974年に60歳で早逝してしまいました。
高校生だった当時の自分、驚き、悲しんだものです。

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かたやニルソン、こちらも抜群の歌で、いつものニルソンの強くてハリのある声が安心感を持って楽しめます。
もっと繊細できめ細かなイゾルデを、そのあとの歌手たちで、たくさん聴くことができたわけですが、ニルソンの声によるイゾルデと、そしてブリュンヒルデは、わたしにとって唯一無二のものです。
ヴィントガッセンとニルソンがいなかったら、と思うとほんと怖いくらいです。

ホッターの滋味あふれるマルケ王も素晴らしい。
輝きすら感じる神々しさ。
ホッターのマルケ王は、バイロイトでは、調べたら52年、57年、64年の3回だけなので、この日本公演は実に貴重なものだ。
面白いことに、バイロイトでクルヴェナールも歌ってるホッターは器用な歌手でもありました。

あと自分には、バッハ歌いみたいに思い込んでたテッパーのブランゲーネも実によかった。
ストレートな声でイゾルデにかしずく、従順清潔なブランゲーネは素敵。
クルヴェナールは、やや好みでなかった。
懐かしいパスクーダ、あとワルキューレでフンディングを歌ってるニーンシュテットは、8公演全部に出演しているバイロイトの隠れた立役者であります。

最後にN響の獅子奮迅の演奏ぶりを、さらに大きく讃えたい。
ときおり、隙間風も吹くが、ブーレーズの指揮に文字通りくらいついていて、この熱量はたいへんなものだ。
横長のピットは、この公演に合わせて改造されたとありますが、オケの熱演をしっかりとこのCDで感じ取ることができます。
 ただ合唱は頑張ってるけど、発声が日本人的で、「ほーヘーはーヘ」になってる(そりゃそうだが)
あとついでに、ブラボーもまさに日本人的(あたりまえだが)。

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ヴィーラント・ワーグナーの舞台が見れることでも、世界的に貴重な大阪バイロイト。
2つとも、yotubeにありますが、かなり暗く、画質は遥か彼方の世界のものに感じます。
このあたりも、最新の技術で色を施したりしてリフレッシュできないものでしょうかね。
ヴィーラントの演出に関しては、解説書にあるヴィントガッセンの言葉が実に興味深く納得できるものだった。

ヴィーラントは、日本公演の前年の66年夏の音楽祭の頃からミュンヘンの病院に入院していて、10月17日に、49歳で亡くなってしまいました。
かなり前から計画されていた、日本公演は個人的助手であったペーター・レーマンが演出監督を引き継いでます。
このレーマンとホッターが、バイロイトではヴィーラントの意匠を引き継ぎました。

ヴィーラント健在だったら日本にもやってきたことと思うし、49歳の早すぎる死は惜しみてあまりあるものですね。
 愛読書ペネラピ・テュアリングの「新バイロイト」では、ヴィーラントの死の文章の中で、この日本公演のことが少しだけ書かれてます。
「きわめて壮観なヴィーラント・ワーグナーのバイロイト海外遠征が、彼の死後挙行された。もっともそのプランは、むろんずっと前から練られていたのだけれども。1967年4月、バイロイト全メンバーによる日本の大阪フェスティバル訪問がそれである。」
あとはメンバーの羅列で、詳細は触れてませんが、1966年は「悲劇の年」という章のタイトルで、1967年は「一人の舵手にゆだねられたバイロイト」という章名でありました。
さほどに、66~67年は、バイロイトにおける大きな転換期であったわけです。

諸井誠さんの文章によると、チケットは6万円(3万×2、たぶん)で、当時の感覚からいうとものすごく高額です。
サラリーマンの平均月給を調べたら、67年は36,200円でしたよ!
そして会場には、東京からの来阪観客がたくさん見受けられたとあります。
 トリスタンの日本初演は63年のマゼール、ベルリン・ドイツ・オペラですが、本場のバイロイトの歌手とヴィーラントの舞台ということで、いかに熱狂したのかがよくわかります。

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いまでこそ、日本人歌手でトリスタンを上演できるし、外来も含め、多数のワーグナー上演がなされるようになった日本。
54年前のフェスティバルホールでこの舞台に立ち会った人々の、驚きと感動と熱狂ぶりを、このCDを通じて感じます。
当時まだまだ先鋭的であった、「トリスタン」という音楽に対しても身を震わせた、自分にとっての先人たちをリスペクトしたく存じます。
日常茶飯事的に聴いてしまう、ワーグナーの音楽はおろか、日々湯水のように流れてしまう音楽を、もっと心を込めて聴くべし、と自戒の思いすら呼び起こす、そんな半世紀前の画期的な記録の復刻でした。
ありがとう、感謝です。
願わくは、「ワルキューレ」もお願いします。

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葉桜になった河津桜の次は、いよいよソメイヨシノ。

今年は早い、桜の季節。

54年前の大阪の4月は、連日雨だったそうな。

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2021年3月12日 (金)

ワーグナー 「恋愛禁制」 ボルトン指揮

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紅梅とライトアップされた東京タワー。

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もうひとつ、こちらも品種はわかりませんが、一番一般的な白の方。
芝公園にある梅園で、銀世界と呼ばれてます。
江戸時代に新宿あたりにあったものがこちらに移植されたものだそうな。

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主要作での全作サイクルは何度もやってますが、初期3作を含む全作サイクルは2度目の挑戦。
「妖精」に続いて、「恋愛禁制」まいります。
しかも、映像として出てますので喜び勇んで購入。
演出も含め、めっちゃ面白いです。

ワーグナーの完成されたオペラ第2作目。
色恋は禁止、というか、男と女がアレしたら死刑、というとんでもない法律にまつわる、ばかみたいな話の歌劇。

「妖精」を完成させたあと、すぐに「恋愛禁制」の台本と作詞にとりかかり、2年後23歳の若さで完成させたのが1836年。
同年3月に指揮者を務めていたマグデブルグで初演されたので、「妖精」初演がワーグナー没後だったので、自身の作品の初上演だった。
この初演の前、11月に熱愛中だった女優のミンナ・プラーナーと結婚し、うきうき・ラブラブ中だったワーグナーだけど、ミンナはなかなかの浮気性でその後、駆け落ちまでされちゃう。
そんな時期の「恋愛禁制」というタイトルが皮肉にも見えるのが、これもまたワーグナーらしいところ。

シェークスピアの「尺には尺を」という戯曲に基づいて、ワーグナー自身が台本を書いたもので、イタリアのパレルモを舞台にした完全な喜劇作品。
深刻なワーグナーらしからぬ、陽気な雰囲気が横溢するのは、喜劇であることと、舞台が陽光あふれるイタリアであることにもよります。

(以下、以前の自分のブログより一部コピペ)
カスタネットやトライアングルが鳴りまくるその序曲を初めて聴いたとき、なんじゃこれ??的な思いになった。
全曲は、全2幕、2時間30分、CD3枚の大作で、そのすべてが序曲的なハチャムチャイメージではなく、随所に後年のワーグナーらしい響きが聴き取れるのがうれしい。
修道女であったヒロインが修道院で祈るシーンでは、「パルジファル」やメンデルスゾーンの「宗教改革」で流れる「ドレスデン・アーメン」が響いてきて、なかなかに味わい深い。
そんな巧みな仕掛けも、よくよく聴くとたくさんあります。
後年、ワーグナーはこのオペラを「若気のいたりで、恥ずかしい」と言ったとされるが、イタリアオペラやフランスグランドオペラの影響下にあった、前作「妖精」よりも、ずっと進化している。

Liebesverbot

     ワーグナー 歌劇「恋愛禁制」

 登場人物が多くややこしいので整理しときます

総督フリードリヒ  国王外遊中で、王代行を務める。
          恋愛禁止令を発布した傲慢な人物。

若い貴族ルツィオ  禁制に怒る人物。
          ヒロイン・イザベラと恋仲になる。
          
 〃 クラウディオ ルツィオの友人で、イザベラの兄
          女性とイイことして禁制に触れ逮捕される。

 〃 アントニーノ 友達貴族仲間
 〃 アンジェロ     〃

イザベラ       両親を亡くし、修道院に入っている。
           しかし、兄逮捕の報を受け兄を救出にでる。

マリヤナ      修道院で一緒になったイザベラの幼馴染。
          総督フードリヒに捨てられたかつての恋人

ブリゲラ      総督フリードリヒの手先の衛兵隊長
          ウェイトレスのドーレッラに色目を使う

ドーレッラ     ウェイトレスさんで、ルツィオとも関係があった。
          のちイザベラのために働き、ブリゲラの求愛も受け止める

ポンティオ     居酒屋の給仕さんで、のち看守に昇格

ダニエリ      居酒屋の店主

    フリードリヒ:クリストファー・マルトマン     
    ルツィオ  :ペーター・ローダール

    クラウディオ:イルカー・アルジャユィレク  
    アントニーノ:デイヴィッド・アレグレット

    アンジェロ :デイヴィッド・イエルザレム    
    イザベラ  :マヌエラ・ウール

    マリヤナ  :マリア・ミロ    
    ブリゲッラ :アンテ・イエルクニカ

    ドーレッラ :マリア・ヒノヨーサ  
    ポンティオ :フランシスコ・ヴァース

    ダニエリ  :イサーク・ガラン

 アイヴァー・ボルトン指揮 マドリード王立歌劇場管弦楽団
              マドリード王立歌劇場合唱団
        演出:カスパー・ホルテン
         
     (2016.2.19 @テアトロ・レアル、マドリード)

     ※シェイクスピア没後400年記念上演

第1幕

 第1場

Liebesvervot-02

パレルモの歓楽街で、兵士たち(警官)が酒場や遊郭を破壊していて、中から若い貴族たちが逃げ出してくる。
店主と給仕、ウェイトレスが衛兵隊長ブリゲッラに逮捕されて出てくる。
皆でくってかかるが、総督フリードリヒが出した遊興歓楽姦淫禁止令を読み上げられ、唖然とする。
そこへ、クラウディオが、恋人と一緒に寝たばかりに逮捕され、死刑を求告されるとして引ったてられてきて、皆で彼を救う手立てはないかと考える。
クラウディオは、友人のルツィオに修道院にいる妹のイザベラに窮状を伝えて助けて欲しいと言いにいってくれと依頼。

 第2場
修道院の中。
クラウディオの妹イザベラと3年ぶりに会った幼馴染のマリヤナが神に祈りをささげている。。
マリヤナは、かつて貧乏なドイツ人と密かに結婚していたが、彼が王に認められ出世してしまった、それが今のフリードリヒ、と語りイザベラを驚かせる。
そこへ、ルツィオが、兄逮捕&死刑の報をもってやってくる。
しかし、ルツィオはイザベラに一目惚れして、求婚するが、今はそれどころじゃないと、ピシャリ。
イザベラは皆で出てゆく。

Liebesvervot-03

 第3場
法廷。総督がまだやってこないので隊長ブリゲッラは気を効かせて、また下心をもって、勝手に裁判を開始。
ポンティオに追放令が出して、ウェイトレスのドーレッラに禁酒法違反の罪を問うが、彼女のお色気作戦にメロメロに・・・
 その後、総督フリードリヒがやってくるが、アントーニオが現れ、せめて謝肉祭だけは許可して欲しいと誓願するが、フリードリヒは嘆願書を破り捨てる。
 次いでいよいよクラウディオの審理に入るが、若気の過ちという本人の主張を退け、死刑を宣告。
そこへ、イザベラが登場して、お願いの筋これありで、人払いを頼む。
 イザベラはフリードリヒに、ただ一人の肉親の兄を助けて欲しいと訴えるが、フリードリヒは頑として受け入れない。
怒ったイザベラは、恋をしたこともない男だ、と蔑み厳しくあたる。
一方、フリードリヒは、イザベラの美貌に目がくらみ、兄の味わった快楽を共に分かち合うなら許してつかわそう、わたしを楽しませなさい・・・。
と言うものだからイザベラは怒りまくり、皆にこの偽善をばらすと息巻く。
フリードリヒは、わしが愛を語ったと言っても誰も信じないだろうよとずるがしこさを発揮。
 そこで、皆が再登場するが、首尾が思わしくないことに落胆。
イザベラは、これはマリヤナを身代わりにしようというアイデアが浮かび、フリードリヒとの密会を約束する。

第2幕

 第1場
牢獄の中庭。
クラウディオのもとにイザベラが訪れ、兄の命乞いをしたら貞操を求められたと話すと、兄は怒り狂うが、でも生きていたいから是非そうして欲しい、と妹に言うのでイザベラもこれにはあきれ怒る。
そして、フリードリヒとマリヤナに、仮装して謝肉祭に来るようにとの手紙をしたため、ドーレッラに託す。
ルツィオがやってくるが、ドーレッラがかつて付き合っていたことを話し、彼を困らせるが、なんとしてもイザベラは守ると言い、彼女を喜ばせる。
看守になってしまった給仕のポンティオを買収して、兄に出る令状を真っ先にイザベラに渡すようにさせ、準備は整う。
 
第2場
フリードリヒの部屋。
連絡を心待ちにする心情を歌うが、愛と罪にさいなまれるバリトンのモノローグとしては、ワーグナーらしいところ。
そこへ待ちに待った手紙がやってきて、カーニバルに出かければ、イザベラに会えると喜ぶ。
でも法は曲げられない。兄クラウディオの放免状でなく、死刑執行書を書き、自分も今宵、同じ運命になるどろうが構わないと歌う。
隊長ブリゲッラとドーレッラが現れ、二人して仮装して出かけようと示し合わせる。ふたりは急接近したのだ。
 
第3場
パレルモの街の目抜き通り。
人々は禁制を破って謝肉祭に浮かれ騒いでいる。
賑やかな序曲の再現で、ルツィオを中心に浮かれ騒ぐ。
 そこへ隊長ブリゲッラが現れ、謝肉祭は禁止だ、と叫ぶので、人々は不承不承立ち去る。
ブリゲッラはさっそく仮装して、ドーレッラを探しにゆく。

イザベラとマリヤナが現れ、マリヤナを励まし、イザベラは去り、マリヤナも期待を胸にした歌を歌う。
仮装したフリードヒがそわそわと現れ、それと知ったルツィオにからかわれる。
そこへ、マリアナが合図を送り、イザベラと思い込んだフリードリヒはそそくさと付いてゆく。
ルツィオは、これを見てイザベラだと思っているから、これを追いかけようとするが、運悪くドーレッラがやってきて、ブリゲッラと勘違いしてこれを離さない。しかたがなく、接吻をしてごまかし走り去るルツィオ。
 さらに、これを見ていたイザベラはショックを受ける。
ということでまったくややこしい。

ポンペオによって真っ先に兄の令状が届き、なんと死刑執行令だったので、これを見たイザベラは怒り、ルツィオに復讐を頼むが、ルツィオはすっかり誤解しているので乗り気でない。
 そこへ、姦淫の咎で一組の男女が捕えられてくる。
仮面を取れば、男はフリードリヒ、女は自らをその妻と名乗る。

Liebesvervot-06

イザベラは、これまでのいきさつを洗いざらい話し、フリドーリヒが嘘をついたと詰るが、フリードリヒは自分を死刑にしろと開き直る。
 そこで、人々は恋愛禁制の法律はもう破り捨てたから無効だ、と言ってフリードリヒを許す。
クラウディオも登場し、ルツィオもイザベラに謝罪し、修道院に帰ろうとするイザベラは、皆に止められ、かわりにルツィオの胸に飛び込む。
そのとき、国王帰国の知らせが入り、王を迎えようと謝肉祭は大いに盛り上がる。

         

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筋だけ読んだだけでも、ややこしいでしょ。
シェイクスピアの原作もややこしいが、ワーグナーの台本は、まだ未成熟ゆえか、あらゆるものを盛り込みすぎの印象を受けます。

シェイクスピアの「尺には尺を」をWikiしてみましたが、そのタイトルは「マタイ福音書」の一部の章からのものとされます。
マタイ伝7章2項~人を裁くことをやめなさい~
「自分が裁かれないために、人を裁くのをやめなさい。あなたが人を裁く同じ方法であなたは裁かれ、あなたが使う尺(量り)であなたは量られるだろう」

なるほど、まさに総督が出した法令に、自らが引っ掛かり、民衆の前に恥をさらしてしまった。
思えば、よくある話です、だって、人間だもの(笑)

ワーグナーの喜劇、後の円熟期の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の原型をここにとらえることもできます。
総督フリードリヒは、ベックメッサーに通じる、どこか憎めないキャラで嘘と偽善、権威主義の固まりのような人物で、のちにワーグナーが闘うことになる評論筋や反ワーグナーの連中に重ねることもできるかもしれない。
ヘルマン・プライが両方の役柄を歌って新境地を開いたのも懐かしい思い出です。

貴族のクラウディオとルツィオのお友達コンビは、マイスタージンガーのワルターとダーヴィッド。
ちょっと軽薄だけどクラウディオは、ほんとは愛に燃える一本気な男で、ルツィオは謝肉祭では、マイスタージンガーのヨハネ祭で踊り歌うダーヴィッドとまったく同じ役回りを演じる。

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お嬢様エヴァに相当するのは、強いて言えばマリアナですが、この役には夢見心地のアリアが1曲与えられてるだけで、ちょっと人物表現が弱いと感じる。
逆に、イザベラは縦横無尽の活躍で、コロラトゥーラ的なアリアもあるし、聴かせどころがたくさん。
イタリアオペラ的な存在で、ワーグナーの諸役にはあまりないタイプかもしれない。

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歌手はよく頑張ってますが、サヴァリッシュ盤に比べると非力です。
しかし、こと細かな演出に沿って歌うのも大変だったろうとも思う。

マヌエラ・ウールは、歌が少し不安定だけど、この難役をよく歌いました。
どこかで聞いたソプラノだなと思ったら、シュトラウスの「ダナエの愛」で聴いていて、同じ印象をそこで書いてた。
一番有名な歌手がマルトマン、歌とユーモラスな演技は最高でしたし、キモさまでうまく表出。

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テノール二人はまずまず、あとは、ドーレッラを歌ったスペインのソプラノ、ヒノヨーサ(と読むのかな?hinojosa)が色っぽくてお気に入りになりましたよ。
 あとボルトンの指揮するマドリードのオーケストラ、サヴァリッシュのような切れ味はないけど、明るい音色で、この作品を楽しむに不足はないもの。
序曲では、スクリーンにワーグナーの顔が映し出され、音楽に合わせて顔芸をするのがなんともユーモラスでありました。

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このDVDをこれから見ようという方は、以下はネタバレ含みますので読まないで

この映像作品、ともかくカラフルです。
ホルテンの演出舞台は、新国の「死の都」でもってとても関心したけれど、小道具の使い方が毎度うまい。
時代設定を現代にして、スマホをみんなが使いまくり。
取材のマスコミは、テレビカメラも使いつつ、スマホで写真撮りまくりだし、一般人もみんなそう。
愉快だったのは、獄中の兄と妹の会話で、対面じゃなくてスマホ電話での会話。
妹は怒って、スマホ電源をブチっと切るしで。
 あと、謝肉祭の仮装は、みんなワルキューレの世界。
総督は、ルートヴィヒ2世顔負けのワーグナーかぶれ、ミュンヘンのサッカーリーグを応援し、ビアジョッキを愛飲、さらにはマザコンか・・・
こんな風に、ドイツからパレルモに来た傲慢な総督を描いている(ように思う)。
そんな恋愛もまともにできないイタリアから見たドイツ人。
最後は驚きの女首相がルフトハンザで帰国し、ユーロをばらまき、イタリア人たちは金にひれ伏したかのように、カジノへ・・・・

こんなオチをつけるホルテンの演出は、やりすぎには感じず、ワーグナーの音楽のこの時期の単調さを助けるようなオモシロぶりでありました。

Shiba-d

早咲きの河津桜。

うまいこと写真におさまりました。

桜の開花の報も届くようになりました。

いろんなサイクルをやっているので、なかなか進まないワーグナーチクルス、次は「リエンツィ」。

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