ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」ブーレーズ指揮
こちらは、桜の花、とおもいきや、すももの花だそうです(たぶん)
桜がいつもたくさん咲く東京タワー近辺なので、よけいにまぎらわしいです。
こちらは河津桜で、もう今頃は葉桜になってます。
この日は、東日本大震災から10年の日、復興応援のライトアップでした。
忘れようもないあの日のこと、多くの犠牲者の皆様へご冥福をお祈りいたしますとともに、多くのことも学んだ日本人。
きっと起こる次のことにも、心して備えなくてはならないと思います。
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鶴首して待ってた「トリスタン」
さっそく聴いてみました。
前回の記事が、「恋愛禁制」。
下の根の乾かないうちに、もう究極の愛の世界へと誘われるという、ワーグナーの呪縛世界。
「恋愛禁制」は1836年・23歳、「トリスタン」は、1854年・41歳で着想して、1859年・46歳で完成。
ミンナと結婚した年の「恋愛禁制」から、人妻マティルデ・ヴェーゼンドンクとの不倫中の時期にあたり、燃え萌えのワーグナーの「トリスタン」。
困ったもんですが、トリスタンの音楽は聴く人を魅了してはばからない。
ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」
トリスタン :ウォルフガンク・ヴィントガッセン
イゾルデ :ビルギッテ・ニルソン
マルケ王 :ハンス・ホッター
ブランゲーネ :ヘルタ・テッパー
クルヴェナール:フランス・アンダーソン
メロート :セヴァスティアン・ファイエルジンガー
舵取り・牧童 :ゲオルク・パスクーダ
舵手 :ゲルト・ニーンシュテット
ピエール・ブーレーズ指揮 NHK交響楽団
大阪国際フェスティバル合唱団
演出:ヴィーラント・ワーグナー
(1967.4.10 @フェスティバルホール、大阪)
1967年にバイロイト史上、初の海外公演ということで、日本はおろか世界でワーグナーファンの話題になった公演が、ついに正規音源化されました。
4月7日の「トリスタン」を皮切りに、4月17日の「ワルキューレ」まで、この10日間に、2作合計8公演を上演するというハードスケジュール。
固定キャストの歌手たちも大変ですが、すべてのピットに入ったN響も今思えばすごいこと。
いまでは、いろんな規約で不可能でしょう。
「トリスタン」のこの配役を見てもため息が出ますが、「ワルキューレ」もすごい、アダム、J・トーマス、デルネッシュ、シリア、G・ホフマン、ニーンシュテットでありますよ。
指揮がブーレーズとシッパースで、さすがに、このときバイロイトで指揮してたベームを呼ぶことはできなかったわけですが、後のN響とのことを考えると、スウィトナーあたりはアリじゃなかったかな。
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まず、聴いてみての感想。
録音が思いのほかに良好。
響きも分離も申し分のないステレオ録音で、音の揺れはゼロ。
ピットから響く低音も豊かで、澄んだヴァイオリンの高弦も美しい。
舞台の歌手たちの声も、混濁なくクリアーで、左右の声の位置や移動も自然。
当時、NHKの技術が相当だったことと、今回のマスタリングが見事に成功していることを讃えたい。
yotubeには、モノクロモノラルの映像がありますが、同じ日だとすると、この音源はまったく次元が違います。
最後のフライング拍手もカットされてます。
3回聴きましたが、ブーレーズの指揮は、聴きこむほどに、悪くないなと思うようになりました。
最初は、情もへったくれもない、ためのない飛ばしぶりに、うねりに欠けてるとも思ったのですが、よく考えたら、ブーレーズのワーグナーは、パルジファルもリングも、既成概念からの脱却をその根源にしており、今回のCDの解説書にある公演時のインタビューでも、まぎれもなくそのような発言をしてまして、大いに納得したわけです。
ちなみに、ヴィントガッセン、ニルソンのインタビューも、とても新鮮だったし、彼らの音楽がよく理解できるものだったし、N響の会誌からの記事や、諸井誠さんの当時の感想など、ほんとに、ほんとに貴重だし、興味深いものです。
さて、ブーレーズのテンポは速いのですが、それを感じさせないのは、パルジファルの演奏と同じ。
存外に歌わせるところでは、よく歌い、歌手のいいように付けてるし、1幕のラスト、2幕の二重唱からマルケの踏み込み、3幕のトリスタンのの妄想からイゾルデの到着、この3つのクライマックスの緊迫感とアッチェランドもかけたスリリングな高まりなど、これこそオペラの醍醐味と十分に思わせます。
あとさすがのブーレーズと思わせるのは、イゾルデやトリスタンの独白に室内楽的なソロ楽器が付いたりする場面では、まさに新ウィーン楽派を思わせるような超緻密なサウンドを聴かせるとこと。
どろどろした情念や、厚ぼったいサウンドとは無縁のワーグナー。
明確な拍子で隙がなく、冷徹だけど熱い。
これこそブーレーズのワーグナーだし、故ヴィーラント・ワーグナーが戦後、根差してきたワーグナーの在り方。
それを日本はいち早く、大阪で体験していたわけだ。
ブーレーズのバイロイト登場は、1966年のパルジファルから。
その数か月後に、日本でのトリスタン。
その後、トリスタンを劇場で指揮したことがあるか不明ですが、もしかしたらないかも・・・
ブーレーズのバイロイトは、日本から帰った67年夏、68年、70年、そのあと76~80年のリング、2005年、06年のパルジファルの合計11年。
いずれの演出も、大胆で、新機軸を根差したものであることが、ブーレーズがワーグナーを取り上げるときの判断があるのかもしれない。
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歌手では、ヴィントガッセンが圧巻。
最初から最後まで、スタミナを維持しつつ、最後の自己破滅的な爆唱ぶりまで、常に安定感があります。
昔ながらの歌唱と、現在のスタイリッシュな歌唱との橋渡しをしたような存在のヴィントガッセンのすごさを感じます。
このとき、53歳のヴィントガッセンは、1974年に60歳で早逝してしまいました。
高校生だった当時の自分、驚き、悲しんだものです。
かたやニルソン、こちらも抜群の歌で、いつものニルソンの強くてハリのある声が安心感を持って楽しめます。
もっと繊細できめ細かなイゾルデを、そのあとの歌手たちで、たくさん聴くことができたわけですが、ニルソンの声によるイゾルデと、そしてブリュンヒルデは、わたしにとって唯一無二のものです。
ヴィントガッセンとニルソンがいなかったら、と思うとほんと怖いくらいです。
ホッターの滋味あふれるマルケ王も素晴らしい。
輝きすら感じる神々しさ。
ホッターのマルケ王は、バイロイトでは、調べたら52年、57年、64年の3回だけなので、この日本公演は実に貴重なものだ。
面白いことに、バイロイトでクルヴェナールも歌ってるホッターは器用な歌手でもありました。
あと自分には、バッハ歌いみたいに思い込んでたテッパーのブランゲーネも実によかった。
ストレートな声でイゾルデにかしずく、従順清潔なブランゲーネは素敵。
クルヴェナールは、やや好みでなかった。
懐かしいパスクーダ、あとワルキューレでフンディングを歌ってるニーンシュテットは、8公演全部に出演しているバイロイトの隠れた立役者であります。
最後にN響の獅子奮迅の演奏ぶりを、さらに大きく讃えたい。
ときおり、隙間風も吹くが、ブーレーズの指揮に文字通りくらいついていて、この熱量はたいへんなものだ。
横長のピットは、この公演に合わせて改造されたとありますが、オケの熱演をしっかりとこのCDで感じ取ることができます。
ただ合唱は頑張ってるけど、発声が日本人的で、「ほーヘーはーヘ」になってる(そりゃそうだが)
あとついでに、ブラボーもまさに日本人的(あたりまえだが)。
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ヴィーラント・ワーグナーの舞台が見れることでも、世界的に貴重な大阪バイロイト。
2つとも、yotubeにありますが、かなり暗く、画質は遥か彼方の世界のものに感じます。
このあたりも、最新の技術で色を施したりしてリフレッシュできないものでしょうかね。
ヴィーラントの演出に関しては、解説書にあるヴィントガッセンの言葉が実に興味深く納得できるものだった。
ヴィーラントは、日本公演の前年の66年夏の音楽祭の頃からミュンヘンの病院に入院していて、10月17日に、49歳で亡くなってしまいました。
かなり前から計画されていた、日本公演は個人的助手であったペーター・レーマンが演出監督を引き継いでます。
このレーマンとホッターが、バイロイトではヴィーラントの意匠を引き継ぎました。
ヴィーラント健在だったら日本にもやってきたことと思うし、49歳の早すぎる死は惜しみてあまりあるものですね。
愛読書ペネラピ・テュアリングの「新バイロイト」では、ヴィーラントの死の文章の中で、この日本公演のことが少しだけ書かれてます。
「きわめて壮観なヴィーラント・ワーグナーのバイロイト海外遠征が、彼の死後挙行された。もっともそのプランは、むろんずっと前から練られていたのだけれども。1967年4月、バイロイト全メンバーによる日本の大阪フェスティバル訪問がそれである。」
あとはメンバーの羅列で、詳細は触れてませんが、1966年は「悲劇の年」という章のタイトルで、1967年は「一人の舵手にゆだねられたバイロイト」という章名でありました。
さほどに、66~67年は、バイロイトにおける大きな転換期であったわけです。
諸井誠さんの文章によると、チケットは6万円(3万×2、たぶん)で、当時の感覚からいうとものすごく高額です。
サラリーマンの平均月給を調べたら、67年は36,200円でしたよ!
そして会場には、東京からの来阪観客がたくさん見受けられたとあります。
トリスタンの日本初演は63年のマゼール、ベルリン・ドイツ・オペラですが、本場のバイロイトの歌手とヴィーラントの舞台ということで、いかに熱狂したのかがよくわかります。
いまでこそ、日本人歌手でトリスタンを上演できるし、外来も含め、多数のワーグナー上演がなされるようになった日本。
54年前のフェスティバルホールでこの舞台に立ち会った人々の、驚きと感動と熱狂ぶりを、このCDを通じて感じます。
当時まだまだ先鋭的であった、「トリスタン」という音楽に対しても身を震わせた、自分にとっての先人たちをリスペクトしたく存じます。
日常茶飯事的に聴いてしまう、ワーグナーの音楽はおろか、日々湯水のように流れてしまう音楽を、もっと心を込めて聴くべし、と自戒の思いすら呼び起こす、そんな半世紀前の画期的な記録の復刻でした。
ありがとう、感謝です。
願わくは、「ワルキューレ」もお願いします。
葉桜になった河津桜の次は、いよいよソメイヨシノ。
今年は早い、桜の季節。
54年前の大阪の4月は、連日雨だったそうな。
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