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2021年5月

2021年5月30日 (日)

ケルテス指揮 ウィーンフィル

Shinagawa 

とてもすがすがしい1枚が撮れました。

休日の公園のひとこま、奥に東京タワー、品川です。

Shinagawa-2

この公園の奥には、すてきなバラ園がありました。

黄色いバラ、好きです。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K550

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1972.11 @ウィーン)

イシュトヴァン・ケルテスとウィーンフィルの懐かしき名演を取り上げます。

ケルテスのモーツァルトは定評あり、オペラやアリア集の録音もありますが、交響曲は6曲で、そのいずれもが爽やかで柔軟かつ、ゆったりとした気分にさせてくれる佳演であります。
25番もともに、短調の厳しさや寂しさは少なめで、音楽的に純なところがいいのです。

ケルテスは、1929年生まれで、1973年に43歳で亡くなってます。
よくよくご存じのとおり、イスラエルフィルに客演中、テルアヴィブの海岸で遊泳中に溺死してしまった。
いまもし、もしも存命だったら91歳。

ケルテスと同年生まれの現存の指揮者を調べてみますと。
ドホナーニと引退したハイティンクがいます。
そして1927生まれのブロムシュテットの元気な姿には、ほんとに感謝したいです。

亡くなってしまった、同年もしくは同世代指揮者は、プレヴィン、レーグナー、アーノンクール、スヴェトラーノフ、コシュラー、マゼール、クライバー、マズア、デイヴィス、ロジェストヴェンスキーと枚挙にいとまがありません。
アバドは1933年、小澤は1935年、メータは1936年。
こんな風に見てみてみると、ケルテスの世代の指揮者たちが、いかに充実していたかよくわかりますし、もしも、あの死がなければ、とほんとうに惜しい気持ちになります。

ベーム、カラヤン、バーンスタイン、ショルティなどの大巨匠世代の次の世代の指揮者たち。
当然のことに、70年代が始まる直前からクラシック音楽に目覚めて聴いてきた自分のような世代にとって、彼らの世代は、当時は次世代を担う若者指揮者とされ、自分が歳を経るとともに活躍の度合いを増して、世界の重要ポストにその名を占めるようになっていった様子をつぶさに見てました。
つくづく、自分も歳をとったものだと感慨深く思いますが・・・

Schubert-kertsz-1

  シューベルト 交響曲第5番 変ロ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1970.4 @ウィーン)

これぞ、理想的なシューベルトのひとつ、とも思われる歌心とやさしさにあふれた演奏。
CD初期のデッカから出た変なジャケットだけど、よく見ると悪くないww
 ウィーンフィルと交響曲全集を録音してますが、なんとまだ未入手。
これを機会に揃えましょう。
やや劇的に傾いた7年前の録音の未完成と、愉悦感のある5番の対比が面白いが、モーツァルトの40番を愛したとされるシューベルト。
ト短調の3楽章がウィーンフィルの魅力的な音色もあいまって、軽やかかつ透明感も感じるのが素敵なところ。
60年代初めの、やや力こぶの入った指揮から、70年代、40歳になったケルテスが長足の進歩をしているのを感じた次第。

ハンガリーのブタペストに生まれ、まずはヴァイオリンから。
24歳で指揮者のキャリアをスタートさせ、ハンガリー国内で活躍、オペラも多く手掛けるが、国民が政府に立ち上がったことを契機に起きたソ連軍の侵攻~ハンガリー動乱で、西側に亡命。
 アウグスブルク歌劇場の指揮者となり、すぐさま総監督に指名され、徐々に脚光を浴びるケルテス。
現代の指揮者たちと違い、劇場からたたき上げていくスタイルでした。
そして生まれるウィーンフィルとの出会いは、かの「新世界」の録音で、1960年。

ここから怒涛のキャリアアップが開始です。
ザルツブルク音楽祭、イッセルシュテットのいたハンブルク、アンセルメの健在だったスイス・ロマンド、カルベルトのバンベルクなどでも絶賛。
さらに、ロンドン響への客演も好評でドヴォルザークの録音が開始され、65年には首席指揮者に就任。
そのまえ、64年には、ケルン歌劇場の総監督にもなってます。
さらにバンベルク響の首席に。

活躍の場は、ケルンとバンベルクを中心にウィーンとロンドン。
そして、68年にロンドンを辞すると、アメリカでも活動開始し、シカゴではラヴィニア音楽祭を任されます。
こうしてみると、ハンガリーを出て、40歳まで怒涛の活躍と、ポスト就任の嵐、それからデッカがいかに推していたかがわかります。

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  ブラームス 交響曲第3番 ヘ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1973.2 @ウィーン)

1972年から、モーツァルトとともに、ブラームスの交響曲の録音が始まりました。
ケルテスのみずみずしい音楽作りが一番味わえるのが3番の演奏ではないかと思います。
2楽章なんて、ずっと聴いていたい爽やかでありつつ、ロマンあふれる演奏で、ジャケットの背景にあるような新緑のなかで聴くようなすてきなブラームスに思いますね。
2番はこのときは録音されず、64年の演奏を再発するかたちで全集が完成しました。
73年3月の録音の直後、ケルテスの死が待っていたからです・・・・・
ハイドンの主題による変奏曲は、指揮者なしでウィーンフィルの団員のみで録音されたのも有名なおはなしです。

ケルテスの死の顛末は、今年1月に亡くなった岡村喬夫さんの著作「ヒゲのおたまじゃくし世界を泳ぐ」に詳細が書かれてますが未読です。
イスラエルフィルに客演中のケルテス、その演目のメインはハイドンの「ネルソンミサ」で、都合12回の演奏会が予定された。(CD化あり)
4回が終了したある日、泳ぐことが大好きだったケルテスは、歌手たちを誘って、ホテル前の海岸に海水浴に出ます。
歌手たちは、岡村さん、ルチア・ポップ、イルゼ・グラマツキの3人。
階段を降りて砂浜に、しかし、あとで気が付いた看板には、この海岸はホテルの責任範囲外と書かれていて、とても見つかりにくいところにあったと。
女性陣は、浜辺で帽子をかぶって見学、いきなり飛びこんだケルテスは、岡村さんに早く来いよと誘い、岡村さんは躊躇しながらも海に入りますが、ケルテスの姿はどんどん遠くに。
波は高く荒れていて、岡村さんは必死の思いでたどり着いて助けを求め、レスキューたちが瀕死のケルテスを救いだしましたが・・・・

演奏会は指揮者を変えて継続したそうですが、ポップは泣き崩れて歌えそうにない状態。
しかし、演奏会が始まるとシャキッとして見事に歌い終えた、さすがはプロと岡村さんの本にはあるそうです。
涙ながらにケルテス婦人のもとに報告に行った話とか、ケルテスの最後を知ることができる貴重な著作のようです。

  ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」

    イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1961 @ウィーン)

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言わずと知れた「新世界」の名盤のひとつ。
32歳の若きケルテスの力みなぎる指揮に、名門ウィーンフィルが全力で応えた気合の入った演奏。
5年後のロンドン響との再録は、繰り返しも行い、ちょっと落ち着いた雰囲気を感じますが、ここに聴かれる演奏は、いい意味で若くてきりっとした潔さがあります。
思い切り演奏してるウィーンフィルもこの時代のウィーンフィルの音色満載で、デッカの生々しい録音も手伝って、あのショルティのリングにも通じるウィーンフィルを楽しめます。

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わたしが小学生だったとき、クリスマスプレゼントで初めて買ってもらったレコードが、この1枚です。
あと同時に、カラヤンの田園。
この2枚が、わたくしの初レコードで、記念すべき1枚でもありました。
平塚のレコード屋さんで、クラシックはそんなに多くはなかったのに、よくぞこのケルテス盤がそこにあって、よくぞ自分は選んだものです。
こちらは初出のオリジナルジャケットでなく、68年あたりにシリーズ化された、ウィーンフィルハーモニー・フェスティバルというシリーズの再発ものです。
半世紀以上も前の新世界体験、いまでも自分の耳のすりこみ演奏ですし、何度聴いても、爽快な思いにさせてくれる1枚であります。

歴史のタラればですが、もしもケルテスが存命だったら。
・セルのあとのクリーヴランド管弦楽団を託された~ハンガリー系だから相性抜群で、さらなるドヴォルザークの名演を残したかも。
・ウィーンとの蜜月は継続し、ウィーン国立歌劇場の音楽監督になり、モーツァルトやドイツオペラ、ベルカント系までも極めたかも。
 
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 あとウィーンフィルとはベートーヴェン全集も録音されたかも。
 1972年秋のウィーンフィルの定期オープニングは、ケルテス指揮で、ブレンデルを迎えて、ベートーヴェンの4番の交響曲と「皇帝」が演奏された。ブレンデルとの全集なんかもほんと聴いてみたかった。

・カラヤンの跡目として、ベルリンの候補者のひとりになっていたかも。
・西側の一員として、自由国家となったハンガリーにも復帰して、自国の作曲家の名演をたくさんのこしたかも
・ワーグナーを果たして指揮したかどうか、バイロイトに登場したかどうか
・ブルックナーは4番を残したが、マーラーの交響曲は指揮しただろうか

こんな風に妄想し、想像することも音楽を聴く楽しみのひとつではあります。

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品川の公園には、こんなイングリッシュな光景も展開してました。

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2021年5月22日 (土)

ワーグナー ヴェーゼンドンク、ジークフリート牧歌   ダウスゴー指揮

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京都の圓徳院のお庭。

昨年の晩秋に続いて、新緑の季節に行ってまいりました。

娘の結婚式でした。

病禍で延び延びになり、さらに予定日も緊急事態宣言の延長となりましたが、当人たち・両家でやりましょうということに。

静かで、人の少ない京都、しかも貸し切りなので誰一人いない家族だけのお式。

いま思っても涙が出るほどに美しく、心温まるお式で、ひとりの親として生涯忘れえぬものとなりました。

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昨秋は、真っ赤に染まった庭園が、麗しい緑につつまれました。

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 ワーグナー 「さまよえるオランダ人」序曲(初稿版)

       「ヴェーゼンドンク歌曲集」

       「さまよえるオランダ人」序曲(最終版)

       「ジークフリート牧歌」

       「夢」~ヴェーゼンドンク歌曲集より、ヴァイオリン独奏版

       「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲

      S:ニーナ・シュテンメ

      Vn:カタリナ・アンドレアソン

  トーマス・ダウスゴー指揮 スウェーデン室内管弦楽団

            (2012.5,6,8 @エーレブルー・コンサートホール)

デンマーク出身の指揮者ダウスゴーによるワーグナー。
しかも室内オーケストラ。
ダウスゴーは現在、BBCスコテッシュ響とシアトル響のふたつのオーケストラの指揮者ですが、2019年までスウェーデン室内管の音楽監督を22年間つとめ、たくさんの録音を残しました。

そのダウスゴー、プログラム作りがユニークで、実によく考えたられた組み合わせを毎回提供してくれる。
数年前のpromsでも、シベリウスの5番の初稿版と、フィンランド民族音楽をからませた演奏会でネット視聴民であるワタクシをうならせたものです。

先ごろようやく入手したワーグナー作品集もユニーク。
一見、まとまりのない選曲に思えますが、よくよく考えながら聴くと、一本筋が通ってる。

「オランダ人」の序曲の初稿版は、1941年の完成で、全曲はその翌年。
序曲の終結部には、救済の動機はなく、呪われしオランダ人の主題で終了となり、通常の序曲集や全曲盤の多くで聴かれる結末と違い、悲劇臭が増してます。
そのあたりを意識したかのようなダウスゴーの指揮は、荒削りな側面をよく引き出していて、しかも軽快さをも感じさせ、マルシュナーの影響も受けた若きワーグナーの作品であることが実によくわかります。

続く、シュテンメのソロによるヴェーゼンドンク歌曲集は、1857年の作品。
いうまでもなく、マティルデ・ヴェーゼンドンクとの恋愛がもたらした作品で、トリスタンとイゾルデ(1857~1859)と同時期に書かれ、同じモティーフも流れ、トリスタン的なムードが横溢する作品。
シュテンメは力ある声を抑えぎみに、とても丁寧に、音に言葉の意味合いを乗せながらイゾルデ歌手としての実力もあわせて表出している。
同じスウェーデンの大先輩、ニルソンの持つ大らかさも、シュテンメは持ち合わせていて、「夢」など、広大な夢のなかに漂うな雰囲気を味わえました。
 そしてダウスゴーの指揮するスウェーデン室内管がうまい。
ワーグナー自身のオケ編ではないが、室内オケの強みは、透き通るとうな透明感と、新ウィーン楽派に通じるような怪しくも厳しく、透徹したサウンドに酔いしれる。
これは、すばらしいヴェーゼンドンクリーダーだと思う。

次は、ふたたび「オランダ人」序曲。
1860年にパリでの演奏会に際して、この序曲の終結部に21小節分を挿入し、さらにあらたに終曲として23小節分を作曲しなおした。
これがいまにもっぱら聴かれる序曲で、ヴェーゼンドンクを挟んで新旧を聴いてみると、1分あまり長くなったのは当然としても、ハープの導入で、音が豊かに、そしてロマンティックになり、さらには救済の夢見心地な雰囲気はトリスタン的であるとも思えた。
室内オケでの、透明感あふれるワーグナーは素敵なものだ。

そのあとにくる「ジークフリート牧歌」は、1870年のワーグナーの幸せ満ち溢れた時期の作品。
いうまでもなく、コジマの誕生日兼クリスマスのプレゼントで演奏された回廊の音楽。
速めのテンポで、すっきりと見通しよく演奏されてます。
オリジナルの各奏者1人でなく、オーケストラ版だけど、そこはこのコンビ、音が透けてみえるくらいに磨き上げられているし、慈しむような愛情あふれる演奏ではなく、サラッとしたこだわりの少ないスッキリ演奏で、これはこれでとても音楽的だし、夾雑物の一切ない蒸留水みたいで新鮮すぎ。

コジマを音楽で喜ばせた以前、マティルデ・ヴェーゼンドンクにも、ワーグナーは音楽のプレゼントをしました。
歌曲集から、5曲目の「夢」を管弦楽版に編曲(1857年)。
ここでは、ヴァイオリンソロを伴った版で録音されました。
これがまたムーディでありながら、どこか北欧風の小品のようにもなって聴こえましたのも、ヴァイオリンソロだからでしょうか。
歌曲集ではトリスタン色が強かったが、ここでは明るく、幸福感が漂うかのようで。

そして、最後にハ調の「マイスタージンガー」(1867年)がトリをつとめます。
ここにマイスタージンガーが来る必然性は、この明るい和音ではないかと。
室内オケで聴くマイスタージンガーは初めて。
軽やかで、重厚さなんてこれっぽちもないし、ダウスゴー流の快速テンポで、どんどん進む。
低回感なく、さらりとしたワーグナーだけど、各フレーズはしっかり浮き出てきて、しかもよく歌ってるし、その歌たちが実に心地よい。
半世紀以上もワーグナーを聴いてきて、こんなに面白いワーグナーは久しぶり。
エンディングも楽劇のオリジナルどおりに、礼拝堂の合唱に入る直前で、スパっと終わる心地よさ。
わたしには、これもまたあり、もともと巨大なワーグナーのオーケストラだけど、こんな風に、カジュアルに、嫌味なく演奏するのって実は難しいことなのだと思います。
また、これからの時代、大編成オケをピットに密集させるのも難しい局面を迎えました。
先だっての新国のワルキューレがそうだったように、ワーグナーも規模を落として上演するのもありかと。
トリスタンや、パルジファルなどは、そんな上演様式が十分可能ではないかと思います。

ダウスゴー、お気に入りの指揮者です。
次々にその音源を入手中。
マーラーと、ランゴー、チャイコフスキー、ブルックナー、シュトラウスなどを今後予定してます。

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式の準備の間、男性はやることもなく、この歴史的な空間に、ワタクシと息子のふたりだけで10数分。

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秀吉の死後、北政所は、亡夫との思い出深い伏見城の化粧殿と前庭をこの地に移築して、終焉の地としました。

北庭は、ほぼ設営当時のままとされ、開け放った間と庭は、時間が止まったかのような静謐な空間を体感できます。

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丸窓の外の緑も美しい。

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昨年は、このような感じでした。

ともかく秋も初夏も美しいのですが、人気の場所なのでこんな光景になります。

ご住職のお話しを承りましたが、初夏の緑をこそ味わっていただきたいとのことでした。

娘よありがとう、そして幸せに。

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2021年5月14日 (金)

ブリテン 「ねじの回転」 ヒコックス&ハーディング

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三田の坂の上にある三井倶楽部。(さんだ、の三田ではありません)

三井グループの関係者だけが利用できる迎賓館で、明治10年にここに設置。
財閥の巨大さを感じ取れる施設ですが、終戦後は当然のように米軍に利用権を独占された歴史があるという。

この周辺、港区一体には、各国の大使館があってそれぞれの国柄によって警備の度合いもまちまち。
日本にとっての友好国は、おまわりさんが一人もいないし、お国の魅力を伝える掲示物もたくさんあって、異国情緒を味わえる。
そうでない国は・・・・C・K・R云々、げふんごほん。。。。

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その斜め向かいには、かつて、郵政の簡易保険事務センター、昭和初期の旧逓信省貯金局庁舎の瀟洒な建物がありましたが、跡形もありません。
その建物は歴史的な文化遺産とも呼べたかもしれません。
アールデコ調のとてもヨーロピアンな建物で、ここを通るときにはよく眺めたものです。

ここが三井不動産に売却され大型マンションとなるようで。
この坂下にも大型高級マンションが次々に建ってきて、どんどん空が狭くなる東京。

この記事の最後に2008年頃に撮った写真を載せときます。

今日はブリテン(
1913~1976)のオペラ。

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    ブリテン 歌劇「ねじの回転」

アメリカに生まれ、英国で活躍した作家ヘンリー・ジェイムズ(1843~1916)が書いた同名の小説に基づくもの。

「ねじの回転」とは?
ねじは、ひとつの方向に回すことで、閉まるし緩まる。
そう、どちらかの方向に回りだしたら、もう後戻りできずに、ゆっくりでも事は進行してしまう、ある意味止められない、という意味合い。
いい方向にも、悪い方向にも・・・・

無意識の心理学を発見・確立したフロイト以前にそうした意識の流れを小説に取り入れた点で、革新性のある作家とされます。
人物たちの深層にある意識の流れが、とどまることなく、いろんな外形的な出来事の進行を通じて、思いもよらぬ、でもその心理に応じた結果をもたらすというもの。
また、郊外の壮麗な屋敷を舞台とすることから、英国のゴシック・ロマン小説の流れもあり。
以前の記事で、「次は小説も手にとってみよう」とか自分で書いてるけど、結局読んでない怠け者でありました。
今回は映像で2作視聴したので、作品への理解もひとしおでした。

「ねじの回転」は第9作目。
1954年にヴェネチア・ヴィエンナーレでブリテン指揮するイングリッシュ・オペラ・グループによって初演。
楽器持ち替えを含む13名程度の室内楽団と、ソプラノ、ボーイ・ソプラノ、テノールの6人の登場人物だけの室内オペラ。
こうした室内オペラは、これで3作目で、生涯好んだジャンルでもある。
器楽的な編成も含めた、室内編成オペラは、16作のオペラ中10作もあります。
大編成のオペラも、ピーター・グライムズやビリー・バッド、グロリアーナや真夏の夜の夢など、ともかく多彩で魅力的な世界がブリテンのオペラなのであります。

少年と少女、その少年を誘惑する幽霊がテノールで、当然にピーター・ピアーズが念頭。
欲求不満という悩める女家庭教師が主役。
こうしたいかにも的・ブリテン的な内容でありますが、無垢と邪悪との対比と闘い。
ブリテンが生涯貫いたテーマであります。
第2幕の最初に、幽霊組のふたり、クゥイントとジェスル婦人が悪だくみを語りあうシーンがあるのですが、そこで口にする言葉「The Celemony of innocence」。
これを打ち負かしてやるぜ、と話します。
「純粋・無垢な作法」とでも訳せましょうか。
ラストで、クゥイントと少年が直接対決し、それを女教師が必死に守り、少年は打ち勝ちますが、しかし魂は抜かれてしまった。
無垢な世界の敗北なのか、それとも死と引き換えに打ち破って、その魂は清らかに昇天したのか?
オペラでは、リアルに登場する幽霊たちの姿が見えることから、女教師の心理から、少年が死に至るという、ある意味事件性は薄くなっているが、そのあたりにメスを入れる演出も出てくるかもしれない。
「The Celemony of innocence」という言葉は、イェーツの詩から引かれたもの。
「再臨(Second Comming)」という詩で、キリストの循環再臨を詠った。
原作も、ブリテンの解釈も、いろんなものに読める、謎多きオペラかと思いますが、音楽はクールでありながら、かつ優しく、極めて緻密に書かれています。
 繰り返しですが、そのあたりの理解のためにも原作を読まねばなりませんな・・・・

プロローグ
  テノール独唱が、ピアノ伴奏を受けて物語の前段を語る。
 若い女教師が、二人の子供の後見人から、高給を約束しつつ、二人の世話を一切任せ、自分は手を引くことを、募集に応じてから聞かされた。
その後見人は、唯一の親族でかつハンサムだった。
家庭教師は、やる気に溢れて申し出を受け入れる。

第1幕
 郊外の邸宅に家庭教師は着任する。そこには、兄マイルズと妹フローラの二人の子供と、家政婦グロース婦人がいるのみ。子供たちは、カワユク美しく、利発で、家庭教師も気にいる。
うまくいくかと思った数日後、マイルズの学校の校長から、暴力をふるったとして退校処分の手紙が来る。
その後、家庭教師は、屋敷の一角の塔に男の姿を認め、恐怖にかられる。
さらに再びその男を見てしまい、グロース婦人に聞くと、かつての使用人のクイントではないかという。クイントは、マイルズをかわいがりすぎていたこと、前任の女教師ジェスルとも親しくしていたが、凍った道路で転倒して死に、ジェスルも自殺した旨を聞かされる。

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ある日、マイルズは勉強中に不思議な歌を歌う。
夜、マイルズはベッドから出て、塔の元までクイントに惹き付けられる。
一方、フローラは、邸内の湖のほとりから呼ぶジェスルからも呼ばれている。
二人の幽霊から再び戻ることを約束させられたところで、家庭教師と婦人に見つかり戻される

第2幕
 幽霊二人は、生前と同様に、子供たちを手にいれようと、意気投合している。怪しい会話。
日曜の教会、マイルズは、家庭教師にいつになったら学校に戻れるのか?と語るが、家庭教師は、それを挑戦と感じ、孤独感につつまれる。
ジェスルとの直接対決もあったがますます、困惑し、かつ子供たちを守ろうと決意する家庭教師。禁じられていた後見人への手紙を書くことを決心し、書き上げる。
マイルズから、クイントのことを聞き出そうとするが、クイントはマイルズしか聞こえない声で、口止めしたり、手紙を盗むことを指示する。

Turn-03

 ある日、ピアノの練習中のマイルズ。やたらにうまい。
ところが一緒にいたはずのフローラがいない。
大人二人は、クイントのせいと思い、湖畔に探しに走る。そこで遊ぶフローラと遠くにジェスルの姿を認めた家庭教師はフローラを責める。
フローラは、先生なんか大嫌いと言い、家庭教師は大いに落ち込む。
 その夜、フローラはグロース婦人と過ごし、妙なことを口走るフローラに気がつき、家庭教師のいうとおりの異常に気付き、フローラを連れて去る。

Turn-09

 さて、残った家庭教師とマイルズ。大いに決意し、マイルズからすべてを聞きだそうとするが、マイルズは答えない。さらにクイントは、マイルズを呼び苦しめる。
その狭間で苦しむ少年。
つにに、マイルズは「ピーター・クイント、you devil!」と叫び、教師の胸に飛び込む。
「おおマイルズ、救われたわ。もう大丈夫。二人で彼をやっつけたわ!」と家庭教師。
「おおマイルズ、もう終わりだ。お別れだマイルズ。お別れだ・・・・」とクイント。
「マイルズ、マイルズ、どうしたの?どうして答えないの?」・・・・・。
マイルズを抱きかかえる彼女。彼はこときれていた。
彼を静かに降ろし、家庭教師は、かつてマイルズが歌った不思議な歌を寂しく歌う・・・・・。

           幕

各幕ともに、8つの場からなっており、それぞれに短い間奏がついている。
この間奏は、プロローグの後の最初の12音技法による前奏曲の変奏曲になっていて15ある。
各役の没頭的な歌も特徴的で、ことにテノールによって歌われる幽霊と、無垢の少年の対話や対決は背筋が寒くなる雰囲気でヒヤヒヤする。
思わず、少年、ダメだ頑張れと声をあげたくなります。

初めて聴いたとき、少年の死は、かなりショックだった。

Turn-of-screw-hickox

    家庭教師  :リサ・ミルン      
    クゥイント :マーク・パドモア
    ジェスル婦人:カトリーン・ウィン・ダヴィース      
    グローズ婦人:ダイアナ・モンタギュー
    マイルズ  :ニコラス・カービー・ジョンソン        
    フローラ  :キャロライン・ワイズ
    語り      :フィリップ・ラングリッジ

 サー・リチャード・ヒコックス指揮 シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア

                 (2004年制作)

BBCによるシネマ化で、リアル感満載の映像作品。
英国の郊外の少しばかり荒廃した舘が、リアルに舞台になっていて明るい暖色系の色彩は避けるようにして褐色の世界になっている。

Turn-02

水辺のシーンとか、荒涼とした野辺とか、もうほんとに英国音楽好きならたまらない景色もありました。
 でも、怖いんです。
とくに、ジェスル婦人・・・・、歌も演技も、そのお姿もあの世の感じがよく出てる

Turn-04

パドモアのクゥイントは、そんなにおっかなくなくて、いい人に見えるのは、いろんな演奏や映像でパドモアを多く見てきて慣れちゃったからか。
包容力ある家庭教師役のミルンも、そのクリアボイスは、英国音楽にはぴったりと思わせるし、おなじみのベテラン、モンタギューもいい味だしてる。
 ヒコックスの共感あふれるブリテン演奏は、ここでも安定感ある。
子供たちは、演技が本格的なもので、だんだんと、クゥイントとジェスルに取り込まれて行くさまが、とてもよく表出されてるし、歌も素敵。
迫真のラストシーンは、哀しみもひとしおで、舘の中に舞い込んだ枯葉が巻き戻しのようにして、クゥイントとともに去るところなど秀逸な映像でありました。

Turn-of-screw-harding

    家庭教師    :ミレイユ・ドゥランシュ      
    クゥイント :マーリン・ミラー
    ジェスル婦人:マリー・マクラクリン      
    グローズ婦人:ハンナ・シェア
    マイルズ:グレゴリー・モンク        
    フローラ  :ナザン・フィクレット
    語り      :オリヴィエ・デュメ

  ダニエル・ハーディング指揮 マーラー・チェンバー・オーケストラ
       
       演出:リュック・ボンディ
                              
             (2001.7 @エクサン・プロヴァンス音楽祭

シネマと違い、実際の舞台で上演するには、幽霊的な存在のふたりをどう扱うか?
複雑な舘の中の複数の部屋で起きるシーンをどう描きわけるか?
こんな難点を、ボンディの演出では、シンプルすぎるやり方で簡単に解決してしまった感じだ。
全体のカラーは、こちらはブルー系で、幽霊たちもシルバーからブルー。
教師と家政婦さんは黒、子供たちは白。
このあたりもよく考えらえている。
空間を狭く仕切ったり、ときに縦に広く扱ったり、ドアで他空間との仕切りや分断を表現したりと、極めて緊迫感の作り方がうまいと感じた。

Turn-10

若きハーディングの意欲あふれる指揮は、若いオケから切れ味抜群のサウンドを引き出していて、穏当なヒコックス盤に比べ、ヒリヒリするような緊張感を導きだしている。
このあたりは、劇場上演の強みでもあろうか。
それにしても、アバドに似てる。

 古楽のジャンルでも素敵な歌唱をたくさん残してるドゥランシュがブリテンを歌うとは、最初は驚きましたが、彼女は膨大なレパートリーを持ち、ここでも完全に役柄になり切って、期待が不安と恐怖に変わり、やがてうち勝とうとする強い意志を持つ女性へと、まったく見事な演技と歌唱であります。
ドゥランシュの過去記事

Turn-07

クゥイントの不気味さをうまく歌ったミラー氏、美人なマクラクリンのジェスルさんは、その出現がおっかなすぎで、貞子だった・・・
画面奥の方から、にじるようにして登場する恐怖の美人ジェスルさん。
気の毒な雰囲気ありありのグロース婦人。
ヒコックス盤の子供たちに比べると、その迫真性がやや劣るものの、こちらの二人も気の毒さにかけては秀逸。
ラストは、ここでも辛い悲しさだった。

Italy

こちらはイタリア大使館。

ものものしい警備はゼロで、周辺も閑静な雰囲気におおわれてます。

職員の宿舎も隣接してるので、散歩してると、ときおり本場もんのイタリア語を話しながら歩く皆さんに会うこともあります。

六本木方面のロシア大使館でも、職員さんや家族に出くわすことがあり、生ロシア語を聞けますが、声がデカいです・・・

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2021年5月 7日 (金)

ストラヴィンスキー 3大バレエ マゼール指揮

Hills-01

六本木ヒルズ、巨大なお花の親子像が昨年秋から立っております。

左手では、オリンピック・パラリンピックまでのカウントダウン。

何もなければ、ウキウキしたくなる楽しいシーズン。

思い切ってストラヴィンスキーの3大バレエを。

Firebird-maazel

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」

   ロリン・マゼール指揮 フランス国立放送管弦楽団

       (1970.12、1971.3 @パリ)

会員制レコード頒布組織、コンサートホール・ソサエティに中学時代に入ってましたので、マゼールのこのレコードの存在は早くから気になってまして、会報誌の裏を飾るこのジャケットを見たときから聴きたくてたまらなかった。
そう、お小遣いではそんなにたくさん買えなかったもので。
組曲版しかしらなかった時分、全曲版とはどんななんだろ?
このジャケット写真を眺めては想像を巡らせてたものです。
今なら、思ったらすぐにネットを調べるだけですぐに聴けちゃうので、まったくもって隔世の感ありです。

さて、CD化されて聴いたマゼールの「火の鳥」。
70年代初めの果敢さと、表現意欲にあふれた演奏で、エッジが随所に効いていて迷いない自信に満ちてます。
フランス国立菅の前の名前、放送管もうまいので、マゼールの指揮にピタリとついてシャープな音色を聞かせてます。
しかしながら、そこはコンサートホール盤で、60年代のものよりはいいとはいえ、録音がもう少し冴えていたら・・という願望もわきます。
そのせいで、下手くそな演奏にも聴こえる瞬間があったりして気の毒でありますが、しかし、こうした年代物になると、それもまた味わいとして聴くことができる、そんなコンサートホール世代のワタクシでもありました。

Petrushka-maazel

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」

   ロリン・マゼール指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

              Pf:ルース・メンツ

       (1962.3.25~4.30 @テル・アヴィブ)

オリジナルジャケットを探してみたら、いまでは扱いが厳しそうなものでしたが、でもこのバレエの内容そのもののリアル感。
マゼールは、98年にウィーンフィルと再録音をしてますが、そちらは聴いたことがありません。
イスラエルフィルとの録音は、これだけじゃないかしら。
60年代、マゼールはDGとデッカ、EMI、フィリップス、コンサートホールと各レーベルを文字通り股にかけてレコーディングしていましたが、おおまかにみると、DGはベルリンフィル、デッカはウィーンフィル、EMIはフィルハーモニア、フィリップスはベルリン放送、こんな感じの仕分けでしょうか。
30代の指揮者が、このように各レーベルで、欧州各地のオケと録音しまくっていたことで、いかに当時マゼールが寵児だったことがわかります。
ほかに、オペラ指揮者としても、ベルリンドイツオペラやバイロイトもあるんですから。

さて、イスラエルフィルとの「ペトルーシュカ」は、後年の先の火の鳥よりも若々しく、大胆でありました。
音色は原色で、テンポは速く、ともかく速く、ずばずばと進行する。
謝肉祭のワクワク気分も生々しく、その後の頂点では、ものすごい高揚感を与えるかと思いきや、超快速で容赦なく突き抜ける技を見せつけてくれる。この緊迫感は実にスリリングではある。
ラスト、トランペットによるペトルーシュカの亡霊のシーンは、かなりニヒリステックだし、実際に苦しげ感が出ててなんともいえない。
このオリジナルジャケットが似合う、どこかギラギラしながらも、突き放されたような面白い演奏だ。
舞台では絶対に踊れない。

Stravinsky-maazel

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」

   ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1974.3.25~28 @ゾフィエン・ザール、ウィーン)

70年代、まだウィーンフィルがウィーンの街のオーケストラらしく、現在のようにグローバル化していなかった時分の録音。
当時は、ウィーンフィルがついにハルサイか!とびっくりしたもんです。
これもまた、国内盤のルソーの絵画によるジャケットも際立ってまして、思わぬ激烈演奏ぶりに、これまたびっくりしたもんです。
久しぶりに聴いてみて、その印象はこれを聴いた当初とあまり変わらない。
録音は後だが、先に聴いていたアバド盤が高校生の当時、スマートで軽快で最高だと思っていたので、このあえてギクシャクとした原初的なサウンドには、繰り返しまた書きますがびっくりしたもんです。

実家のレコ芸の当時の月評を読み直したら面白いのなんの。
そうU先生であります。
「虚空に差しのべられた断末魔の乙女の手」ってタイトルになってる。
「悪魔のような巨大なスケール」、「断末魔の如き嘆き」、などなどとあり、U語ワールド満載といえよう。
聴き手をくちあんぐりさせた、選ばれた乙女への賛美への突入の11の連打。
マゼールの超激おそ作戦に、U先生も大絶賛で、「この遅さは異常であり、肌が粟立つほどに恐ろしい効果を持つ」と激賞。
♩=120を、♩=60にしたマゼールさん。
68歳になったバイエルン放送響との演奏でも、少し速くなったけどこれやってます。
バイエルン盤の方が大人な感じだけど、25年前のウィーン盤の大胆さには敵わない。
よくよく各楽器、とくに木管とかを聴くと確かに、70年代のウィーンフィルの音だし、ゾフィエン・ザールでのデッカの目覚ましい録音も懐かしくもありがたい。

 「バイエルン放送響とのハルサイ」

 「ハルサイ 70年代乱れ聴き」

マゼールは、やっぱり60~70年代が面白い。
誰も真似できないことを平気でやってたし。

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もう世の中がカオスすぎる。

明るい話しがひとつもない。

でも、マゼールのストラヴィンスキー3大バレエは、面白かったぞ💢

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2021年5月 1日 (土)

チャイコフスキー 後期交響曲 カラヤン指揮

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今年の春は、桜も早かったけど、追いかけるようにツツジも早くて、双方同時に楽しめました。

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4月最初の頃の吾妻山。

色彩鮮やかな一番いい季節です。

思い切った企画で、いくつも録音のあるカラヤンのチャイコフスキーの交響曲をベルリン・フィルに絞って聴いてみましたの巻。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

      (1966.10 @イエス・キリスト教会)

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

                  (1965.9.22,11.8 @イエス・キリスト教会)

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1964.2.11~12  @イエス・キリスト教会)

だいたい5年ぐらいの間隔で、カラヤンはチャイコフスキーの後期3つの交響曲を録音し続けました。
最後は、8年ぐらいの間をあけて、ウィーンフィルと。
晩年はベルリンフィルとの関係に隙間風も吹き、ウィーンとのつながりの方を求めるようになったカラヤン。
ほんとなら、いっそ、最後もベルリンフィルでやって欲しかった。
ウィーン盤は聴いたことがないので、ほかの録音もありますが、3回のベルリンフィルとの演奏を全部聴いてみました。

カラヤン56~58歳の気力充実期の録音。
DG専属として、次々と精力的にそのレパートリーの録音を本格化していた60年代。
データを見ると1年置きに録音。
次のEMI録音は一気に、3度目は1年ぐらいの間で。
当然に、演奏会でも取り上げて練り上げての録音なので、こちらのDG1回目では、チャイコフスキーのオーケストラ作品も同時期に隣接するようにして色々取り上げてます。

もう何度も何度も書いてますが、こちらの5番は、わたくしのチャイコフスキーの5番のすりこみかつ、いちばん好きな演奏のひとつ。
今回、3曲を連続して聴いてみて、やはりこの5番が一番耳になじむ。
しかも久しぶりの5番、カラヤンの若々しさと、流麗さを伴った語り口のうまさに感嘆した。
3つの中では一番古い6番は、このとき、カラヤンとしては4度目の録音だった。
完璧な仕上がりで、細部まで実によく練り上げられているし、ここでも惚れ惚れとするくらいの歌い口でニクイほど。
4番は、力感あふれるダイナミックな印象。
これでもか、とばかりにベルリンフィルの威力を示すが、ちょっとハズしたりしたとこも感じたけどいかに。
この4番の録音は、67年のザルツブルクでの「リング」が「ワルキューレ」で開始される前年で、音楽祭でちょうど発売が間に合うようにその録音がなされていた時期と重なる。
ベルリンフィルがオペラのオーケストラとしても活動開始したときなので、そんなことも思いながら聴いた4番でありました。
 イエス・キリスト教会の響きもDGらしい、豊かな響きをとらえた美しい録音ですが、ちょっと古さも感じたのも事実。
プロデューサー陣に、オットー・ゲルデスやギュンター・ヘルマンスの名前も確認できるのもこの時期ならでは。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1971.9.16~21  @イエス・キリスト教会)

ファンのなかでは、この一挙に録音されたEMI盤の評価が高い。
たしかに、3曲に通じる燃焼度の高さと、勢いは、尋常でなく感じます。
70年代になって、EMIへの録音も復活させたカラヤン。
EMIにはオペラとか本格的な音楽を、DGには少しポピュラーな音楽を、それぞれに振り分けながら録音していく方向のなかのひとつ、3枚組のこの演奏のレコードだった。
レコードアカデミー賞も取ったはずだ。
 しかし、よく言われるように録音が悪い。
DG1回目の方がずっといい。
音が遠くと近くとでで鳴っているように感じ、なんたって強音で混濁するのには閉口だ。
カラヤンのEMI録音が、レコード時代に2枚組3000円で廉価化されたとき、確か大学の生協で買ったと思うが、私は、ワーグナー管弦楽曲集のものと、英雄の生涯とドン・キホーテの2組を購入した。
そのとき、友人は、このチャイコフスキーとブルックナーを買い求めたと記憶するが、お前の選択の方が正しかったというようなことを言ってたと記憶します。
それは、この音のことだったのかもしらん。
5番だけはFM放送のエアチェックを持っていたけど、とりわけ4番がよろしくない。
なんでも、当時流行ったSQ4チャンネルシステムでの録音だったとかで、さらには4番のマスターが損傷しているとか。
 しかし、そんな悪条件を乗り越えてここに聴くカラヤンとベルリンフィルの気迫の演奏はライブ感すら感じるエネルギッシュなもの。
CDとして、ディスキーから発売された5、6番、国内盤で単独に4番を購入。
4番の1楽章と4楽章のラストは、馬鹿らしくなるほどに、あっけらかんとした壮大無比ぶりで、なにもそこまで・・・と思うくらい。
でも正直、ここまで真剣にやっちゃうカラヤンとベルリンフィルに清々しささえ感じちゃう。
 お得意のテヌートがけが引き立つ5番は、DG盤よりも堂々としていて、いくぶん即興性も感じるし、2楽章なんて恥ずかしくなるくらいに連綿として甘い。
記憶にあるエアチェックテープの方が晴れやかで、音もよかったと感じるのは不思議で、CDになって音が悪くなった稀な例なのかもしらん。
威圧的なまでに鳴るティンパニとギラギラのトランペットが妙に分離よく聴こえるフィナーレは、これはこれで面白いが、ちょっと疲れる。
 疲れるというか、あきれるというか、唖然としてしまうのは、6番の3楽章。
ともかく速い、一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブルを、見てみろと言わんばかり。
その強烈な対比が、強弱のレンジを極端に幅広くとった終楽章で見せてくれるところが、これまたニクイ。
 ということで、EMI盤は、カラヤンの個性を恥も外聞もなく堪能できる演奏なのでありました。
これより前のブルックナーとか、数か月後のトリスタンとか、こんなに音は悪くないのに。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

      (1976.12.9~10 @フィルハーモニー、ベルリン)

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

                  (1975.10.22 @フィルハーモニー、ベルリン)

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1976.5.5~7  @フィルハーモニー、ベルリン)

カラヤンとベルリンフィルは、録音会場をイエス・キリスト教会から本拠地のフィルハーモニーザールに移したのは、1973年からで、確かEMIでの「オテロ」であったはず。
DGもフィルハーモニーに移し、ロ短調ミサあたりから。
そこで、かつての録音を次々と再録音を開始する。
チャイコフスキーは、75年と76年の短期間で録音するが、それより前、73年にはカラヤンが主役の演奏映画を残していて、そちらにも通じる演奏かもしれない。(NHKで放送されたものを観てます)
 なんたって、バリっとした録音がこちらはよろしい。ようやく安心できる。
気力充実、よく歌い、テンポも堂々と歩む4番、でも最後はやっぱかっこよすぎる終楽章に唖然。
フィルハーモニーの響きは明るく、ベルリンフィルの音が燦然と輝かしいので、この4番には陰りは少なめだけど、オーケストラを聴く楽しみを充分に与えてくれる。
5番は、おなじみの若々しかった65年盤とは違った意味で、新鮮で、それはホールの音色にもあると思うが、この時期には、カラヤンはベルリンフィルとほぼ一体化していたのではないかと思っている。
映像で見ても、カラヤンの指揮の意のままに、屈強のベルリンフィルがまるで高性能軍団として、ひとつの楽器のようになって見えたものだ。
それと同じ感覚で、カラヤンの奏でる大きな楽器によるチャイコフスキーと感じた5番。
蠱惑的な旋律の歌わせ方で、6番は悲愴なんだ、チャイコフスキーは胸かきむしって浪漫の限りを尽くしたメロディーを書いたんだ、と実感できる1楽章からして、ともかくウマいもんだ。
pが6つの最弱音からのフォルティシモ、カラヤンとベルリンフィルの面目躍如のシーンでありました。
終楽章では、ティンパニを強調し大仰すぎるくらいに悲劇性を醸し出すが、これもまた「悲愴」なのであることを思い起こさせる。

ベートーヴェンの再録音や、ブルックナー、ローエングリンなどを続々と録音していた時期です。
アナログ期のカラヤンのピークの時代かもしれません。

こうして3曲×3を聴いてみて、カラヤンはほんと正直で、自分のやりたいことに真っ直ぐだったことがいまさらながらわかりました。
そして、ベルリンフィルを自分と一体化してしまう経過を10年間の録音のなかにまざまざと感じた。
根っからのオペラ指揮者だからこそできた、思い切りチャイコフスキーに耽溺してしまわせる手口。
ほんと、まいりました。

でもね、ちょっと疲れました。
2日間で、聴きまくった3曲×3=カラヤン
しばらくいいです。
しかしきっと、65年ものの5番は、またすぐに聴くことでしょう。
3曲のなかで、音楽としても、演奏としても、あらためていちばん好きになりました、5番の2楽章。
いい音楽だ。

Azumayama-020

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