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2021年5月30日 (日)

ケルテス指揮 ウィーンフィル

Shinagawa 

とてもすがすがしい1枚が撮れました。

休日の公園のひとこま、奥に東京タワー、品川です。

Shinagawa-2

この公園の奥には、すてきなバラ園がありました。

黄色いバラ、好きです。

Mozart-2529-kertez

  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K550

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1972.11 @ウィーン)

イシュトヴァン・ケルテスとウィーンフィルの懐かしき名演を取り上げます。

ケルテスのモーツァルトは定評あり、オペラやアリア集の録音もありますが、交響曲は6曲で、そのいずれもが爽やかで柔軟かつ、ゆったりとした気分にさせてくれる佳演であります。
25番もともに、短調の厳しさや寂しさは少なめで、音楽的に純なところがいいのです。

ケルテスは、1929年生まれで、1973年に43歳で亡くなってます。
よくよくご存じのとおり、イスラエルフィルに客演中、テルアヴィブの海岸で遊泳中に溺死してしまった。
いまもし、もしも存命だったら91歳。

ケルテスと同年生まれの現存の指揮者を調べてみますと。
ドホナーニと引退したハイティンクがいます。
そして1927生まれのブロムシュテットの元気な姿には、ほんとに感謝したいです。

亡くなってしまった、同年もしくは同世代指揮者は、プレヴィン、レーグナー、アーノンクール、スヴェトラーノフ、コシュラー、マゼール、クライバー、マズア、デイヴィス、ロジェストヴェンスキーと枚挙にいとまがありません。
アバドは1933年、小澤は1935年、メータは1936年。
こんな風に見てみてみると、ケルテスの世代の指揮者たちが、いかに充実していたかよくわかりますし、もしも、あの死がなければ、とほんとうに惜しい気持ちになります。

ベーム、カラヤン、バーンスタイン、ショルティなどの大巨匠世代の次の世代の指揮者たち。
当然のことに、70年代が始まる直前からクラシック音楽に目覚めて聴いてきた自分のような世代にとって、彼らの世代は、当時は次世代を担う若者指揮者とされ、自分が歳を経るとともに活躍の度合いを増して、世界の重要ポストにその名を占めるようになっていった様子をつぶさに見てました。
つくづく、自分も歳をとったものだと感慨深く思いますが・・・

Schubert-kertsz-1

  シューベルト 交響曲第5番 変ロ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1970.4 @ウィーン)

これぞ、理想的なシューベルトのひとつ、とも思われる歌心とやさしさにあふれた演奏。
CD初期のデッカから出た変なジャケットだけど、よく見ると悪くないww
 ウィーンフィルと交響曲全集を録音してますが、なんとまだ未入手。
これを機会に揃えましょう。
やや劇的に傾いた7年前の録音の未完成と、愉悦感のある5番の対比が面白いが、モーツァルトの40番を愛したとされるシューベルト。
ト短調の3楽章がウィーンフィルの魅力的な音色もあいまって、軽やかかつ透明感も感じるのが素敵なところ。
60年代初めの、やや力こぶの入った指揮から、70年代、40歳になったケルテスが長足の進歩をしているのを感じた次第。

ハンガリーのブタペストに生まれ、まずはヴァイオリンから。
24歳で指揮者のキャリアをスタートさせ、ハンガリー国内で活躍、オペラも多く手掛けるが、国民が政府に立ち上がったことを契機に起きたソ連軍の侵攻~ハンガリー動乱で、西側に亡命。
 アウグスブルク歌劇場の指揮者となり、すぐさま総監督に指名され、徐々に脚光を浴びるケルテス。
現代の指揮者たちと違い、劇場からたたき上げていくスタイルでした。
そして生まれるウィーンフィルとの出会いは、かの「新世界」の録音で、1960年。

ここから怒涛のキャリアアップが開始です。
ザルツブルク音楽祭、イッセルシュテットのいたハンブルク、アンセルメの健在だったスイス・ロマンド、カルベルトのバンベルクなどでも絶賛。
さらに、ロンドン響への客演も好評でドヴォルザークの録音が開始され、65年には首席指揮者に就任。
そのまえ、64年には、ケルン歌劇場の総監督にもなってます。
さらにバンベルク響の首席に。

活躍の場は、ケルンとバンベルクを中心にウィーンとロンドン。
そして、68年にロンドンを辞すると、アメリカでも活動開始し、シカゴではラヴィニア音楽祭を任されます。
こうしてみると、ハンガリーを出て、40歳まで怒涛の活躍と、ポスト就任の嵐、それからデッカがいかに推していたかがわかります。

Brahms-3-kertesz

  ブラームス 交響曲第3番 ヘ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1973.2 @ウィーン)

1972年から、モーツァルトとともに、ブラームスの交響曲の録音が始まりました。
ケルテスのみずみずしい音楽作りが一番味わえるのが3番の演奏ではないかと思います。
2楽章なんて、ずっと聴いていたい爽やかでありつつ、ロマンあふれる演奏で、ジャケットの背景にあるような新緑のなかで聴くようなすてきなブラームスに思いますね。
2番はこのときは録音されず、64年の演奏を再発するかたちで全集が完成しました。
73年3月の録音の直後、ケルテスの死が待っていたからです・・・・・
ハイドンの主題による変奏曲は、指揮者なしでウィーンフィルの団員のみで録音されたのも有名なおはなしです。

ケルテスの死の顛末は、今年1月に亡くなった岡村喬夫さんの著作「ヒゲのおたまじゃくし世界を泳ぐ」に詳細が書かれてますが未読です。
イスラエルフィルに客演中のケルテス、その演目のメインはハイドンの「ネルソンミサ」で、都合12回の演奏会が予定された。(CD化あり)
4回が終了したある日、泳ぐことが大好きだったケルテスは、歌手たちを誘って、ホテル前の海岸に海水浴に出ます。
歌手たちは、岡村さん、ルチア・ポップ、イルゼ・グラマツキの3人。
階段を降りて砂浜に、しかし、あとで気が付いた看板には、この海岸はホテルの責任範囲外と書かれていて、とても見つかりにくいところにあったと。
女性陣は、浜辺で帽子をかぶって見学、いきなり飛びこんだケルテスは、岡村さんに早く来いよと誘い、岡村さんは躊躇しながらも海に入りますが、ケルテスの姿はどんどん遠くに。
波は高く荒れていて、岡村さんは必死の思いでたどり着いて助けを求め、レスキューたちが瀕死のケルテスを救いだしましたが・・・・

演奏会は指揮者を変えて継続したそうですが、ポップは泣き崩れて歌えそうにない状態。
しかし、演奏会が始まるとシャキッとして見事に歌い終えた、さすがはプロと岡村さんの本にはあるそうです。
涙ながらにケルテス婦人のもとに報告に行った話とか、ケルテスの最後を知ることができる貴重な著作のようです。

  ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」

    イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1961 @ウィーン)

Dvorak-kertesz-1Dvorak-kertesz-2

言わずと知れた「新世界」の名盤のひとつ。
32歳の若きケルテスの力みなぎる指揮に、名門ウィーンフィルが全力で応えた気合の入った演奏。
5年後のロンドン響との再録は、繰り返しも行い、ちょっと落ち着いた雰囲気を感じますが、ここに聴かれる演奏は、いい意味で若くてきりっとした潔さがあります。
思い切り演奏してるウィーンフィルもこの時代のウィーンフィルの音色満載で、デッカの生々しい録音も手伝って、あのショルティのリングにも通じるウィーンフィルを楽しめます。

Dvorak-kertesz-3

わたしが小学生だったとき、クリスマスプレゼントで初めて買ってもらったレコードが、この1枚です。
あと同時に、カラヤンの田園。
この2枚が、わたくしの初レコードで、記念すべき1枚でもありました。
平塚のレコード屋さんで、クラシックはそんなに多くはなかったのに、よくぞこのケルテス盤がそこにあって、よくぞ自分は選んだものです。
こちらは初出のオリジナルジャケットでなく、68年あたりにシリーズ化された、ウィーンフィルハーモニー・フェスティバルというシリーズの再発ものです。
半世紀以上も前の新世界体験、いまでも自分の耳のすりこみ演奏ですし、何度聴いても、爽快な思いにさせてくれる1枚であります。

歴史のタラればですが、もしもケルテスが存命だったら。
・セルのあとのクリーヴランド管弦楽団を託された~ハンガリー系だから相性抜群で、さらなるドヴォルザークの名演を残したかも。
・ウィーンとの蜜月は継続し、ウィーン国立歌劇場の音楽監督になり、モーツァルトやドイツオペラ、ベルカント系までも極めたかも。
 
Dvorak-kertesz-4  

 あとウィーンフィルとはベートーヴェン全集も録音されたかも。
 1972年秋のウィーンフィルの定期オープニングは、ケルテス指揮で、ブレンデルを迎えて、ベートーヴェンの4番の交響曲と「皇帝」が演奏された。ブレンデルとの全集なんかもほんと聴いてみたかった。

・カラヤンの跡目として、ベルリンの候補者のひとりになっていたかも。
・西側の一員として、自由国家となったハンガリーにも復帰して、自国の作曲家の名演をたくさんのこしたかも
・ワーグナーを果たして指揮したかどうか、バイロイトに登場したかどうか
・ブルックナーは4番を残したが、マーラーの交響曲は指揮しただろうか

こんな風に妄想し、想像することも音楽を聴く楽しみのひとつではあります。

Shinagawa-3

品川の公園には、こんなイングリッシュな光景も展開してました。

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コメント

yokochan様と自分は同世代なので、当然ケルテスの存在は知っていました。アルバイトで貯めたお金で、初のブラームス交響曲全集もケルテス。
ただ、再生装置が十分ではなかったためか、ケルテスの指揮の魅力が伝わってこなかった…。LPからCDの移行期に手持ちの30㎝は全部処分し、その後ケルテスの存在ははるか彼方の霧の中に埋没していました。
それが、車中で聴いたドヴォ9を聴き、「誰?凄いじゃない!」と思ったらケルテス。
折しも、マゼールやケンペの再発見があり、あの世代の指揮者の演奏に触れて、ドヴォ9のCD、そしてブラームスの全集を再び購入(中古で)。そしたら…。
口があんぐりふさがらない。若くして亡くなったその才能の凄さに感嘆しました。
ホント、もっと長生きしていたなら、どんなに素晴らしい演奏を届けてくれたのか、想像もつきません。

投稿: ianis | 2021年5月31日 (月) 18時39分

ianisさん、まいどです。
ケルテスのモーツァルトを久しぶりに聴いて感嘆し、この記事につながりました。
40番もいいですが、35番もことさらに気持ちのいい演奏で、わたしはモントゥー盤を思い起こしました。
 ケルテスは知的でありながら、情の音楽もつくる、そのバランス感覚が素晴らしい指揮者だと思いました。
オペラ録音が少なかったのが残念です。
マゼール、ケンペ、ほんとにそう、わたしも再確認です。
あとサー・コリンも加えたいと思います。
 ロンドン響とのレスピーギも是非お聴きください。

投稿: yokochan | 2021年6月 1日 (火) 08時44分

また失礼致します。ケルテス/VPOの「新世界」、やはり大昔に知人から全曲スコア付の国内盤をプレゼントされました。同時にやはりスコア付のイ・ムジチのアイネ・クライネなども。どちらも先年の断捨離で今いずこですが。VPOとのモーツァルトも追悼盤で出たのを即購入で。どちらかと云えばK.183と201を良く聴いた記憶が。ブラームスも含めてどれも'70年代の秀演と思います。

秘かな愛聴盤がLSOとのコダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」全曲です。名優ピーター・ユスティノフの語りも愉快な名盤です。LPはやはり手元に無いのですがCDはしっかり保有してます。あの不幸に見舞われなければどれほどの大きな存在になったことか…。

投稿: Edipo Re | 2021年6月 1日 (火) 16時14分

Edipo Reさん、こんにちは。
ロンドンレコードやフィリップスは、楽譜付きのレコードをよく出していたようですね。
いまでは、ネットをちょいとたたくだけで閲覧できますが、やはり手で譜面をめくるという喜びははるかに勝ります。
 ご指摘のモーツァルト、25と29番は、ケルテスとマリナーが一番好きです。

そしてコダーイですね。
組曲版にしたものは購入しましたが、全曲盤は聴いたことがありません。
名探偵ポアロのユスティノフさんの語りですか。
興味ありますね。
 しかし、そうですね、ケルテスの死は、われわれコレクターにも惜しんでもあまりあることですね。
放送音源とか、復刻を望みたいです。

投稿: yokochan | 2021年6月 2日 (水) 08時17分

ケルテスとヴィーンフィルだと、モーツァルトの29,33番がとても好きでした。フリッチャイと並んで、早逝したため、たらればを考えてしまう1人ですね。ヴィーン国立歌劇場音楽監督、カラヤンの後釜、冷戦終結後はハンガリーにも客演は想像してしまいます。レパートリーがどこまで広がるかは未知数ながら、NY移住からフランスものやガーシュイン、チャールズ・アイブズまで拡げようとしたマーラーのような例もありますし。

投稿: Kasshini | 2021年7月10日 (土) 15時14分

Kasshiniさん、こんにちは。
フリッチャイも含め、早逝組のもしものタラレバは、ほんと妄想にかられますね。
どちらもハンガリー系でしたし。
そんなに大物ではありませんでしたが、ヴィオッティもオペラの録音が次々に出てくるようになった50歳の逝去でした。
しかし、息子ヴィオッティがいま脚光を浴びていて、彼は後期ロマン派を得意にしてますので、父親とはまた違った才能を見せてくれそうです。

投稿: yokochan | 2021年7月12日 (月) 17時57分

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