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2021年11月

2021年11月23日 (火)

ハイテインクを偲んで ⑥ オペラ

Gryndebourne-2

グラインドボーン音楽祭のTOPは、このように美しい追悼ページになりました。

ハイティンクは、ロンドンフィルの首席指揮者だったので、おのずとグライドボーンのピットにも入るようになりました。
初登場は、1972年で、「後宮からの誘拐」で、以来毎年指揮するようになり、1978年には音楽監督となり88年までの任期をつとめました。
アーカイブを調べてみたら、1972年から1994年まで、20のオペラを指揮してます。
古い順に、「後宮、魔笛、レイクス・プログレス、ペレアスとメリザンド、ドン・ジョヴァンニ、コジ・ファン・トウッテ、フィデリオ、ばらの騎士、真夏の夜の夢、3つのオレンジの恋、イドメネオ、フィガロの結婚、アラベラ、カルメン、アルバート・ヘリング、シモン・ボッカネグラ、椿姫、カプリッチョ、ファルスタッフ」
これらのなかで、録音や映像作品で残されたものの多数あります。

グラインドボーンで上演し、同じ夏にPlomsでもコンサート形式で取り上げる。
このようにして、コンサートばかり指揮していたハイティンクは、一気にオペラのレパートリーを拡充することとなりました。
実績を積みつつあったハイティンクは、1977年には、コヴェントガーデン・ロイヤルオペラハウスにも登場します。

この1977年には、KBEを拝命しました。

Haitink-roh-1

コヴェントガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウスの追悼SNS。

1987年まで、コリン・デイヴィスが16年の長きにわたり音楽監督を務めたロイヤル・オペラは、後任探しに躍起になっていた頃、待てよ、近くにいるじゃないか、マエストロが!、ということでハイティンクに白羽の矢が立って即就任。
1987~2002年の15年間の音楽監督としての任期。
その前も1977年から通算で27のオペラを指揮しました。
2002年、退任時にはCH勲章(コンパニオン・オブ・オーナー)を受勲。

ROHのアーカイブを調べてみたら、ちょっと驚きの演目もあるし、バレエも指揮してました。
77年の「ドン・ジョヴァンニ、ローエングリン、仮面舞踏会、ドン・カルロ、ピーター・グライムズ、アラベラ、ばらの騎士、フィガロの結婚、パルジファル、ラインの黄金、トロヴァトーレ、ワルキューレ、イーゴリ公、ジークフリート、神々の黄昏、影のない女、利口な女狐の物語、ニュルンベルクのマイスタージンガー、カーチャカヴァノヴァ、シモン・ボッカネグラ、真夏の結婚(ティペット)、修道院での婚約(プロコフィエフ)、ファルスタッフ、トリスタンとイゾルデ、スペードの女王、イエヌーファ」
バレエとしては、ストラヴィンスキー3大バレエ、ロミオとジュリエット
あと、ヴェルディのレクイエム、戦争レクイエム

モーツァルトが主体だったグライドボーンから、ROHに移ってからは、ワーグナーやシュトラウス、ヴェルディを広く取り上げるようになり、重要なレパートリーとしていきました。
リングは個別に、年度ごとにとりあげ、その後、リングサイクルを3度やってます。
ワーグナーでは、タンホイザーを指揮してないのが面白いところ。

ハイティンクは、ロイヤル・オペラでの活動で、「オペラもコンサートもこなせる指揮者という、私の理想としてきた音楽家の姿にやっと到達できたと思います。」と発言してます。

①モーツァルト

Mozart-haitink

伝統あるグライドボーンのブリテッシュモーツァルトを引き継いだハイティンク。
ドン・ジョヴァンニ(1984)、フィガロとコジ(1987)、魔笛(1981)の4作のほかに、イドメネオも映像ではありますが、正規録音はされませんでした。
魔笛はバイエルンで、ダ・ポンテ三部作はロンドン・フィル。
グライドボーンでは、魔笛を3年ほど取り上げてますが、コヴェントガーデンでは指揮してません。
魔笛は録音の前後に集中して上演してます。
オケの魅力、ドリームキャストということも手伝って、ハイティンクのモーツァルトといえば、魔笛ということになってます。
ふくよか音楽造りが、ここではよくマッチしてるし、清潔感あふれる魔笛です。

しかし、ほんとうはダ・ポンテ三部作の方が素晴らしいと思ったりもしてます。
端正にすぎる音楽づくりが、面白みに欠け、愉悦感がないとの指摘もたしかにありますが、そこにこそ、ハイティンクの生真面目さがあっていいんだと思うのです。
モーツァルトの描いた人間ドラマがこうした静かな、あまり多くを語らない演奏から浮かび上がって来る。
歌手も含めてドン・ジョヴァンニが一番優れている。
ザルツブルクでは、ベルリンフィルやウィーンフィルとも、モーツァルトのオペラを指揮しているので、それらの音源化も期待したいところ。

②ワーグナー

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ハイティンクの初ワーグナー指揮は、1977年のコヴェントガーデンにおける「ローエングリン」で、タイトルロールはルネ・コロです。
そして、パルジファル、リング、マイスタージンガー、トリスタンと順次取り上げましたが、オランダ人とタンホイザーは、そのアーカイブには見つかりませんでした。
タンホイザーは、バイエルンで録音しているので、オランダ人以外はすべて指揮していたことになります。
コンセルトヘボウのアーカイブで調べてもオランダ人は序曲のみ。
オランダ人であるハイティンクが、世界を股にかけて活躍していながら、さまよえるオランダ人を指揮しなかった、というのもなんやら意味深ではあります。

録音として残された最大の成果は、バイエルン放送響とのリングでしょう。
先の、オーケストラもオペラもこなせる指揮者、という発言は、コヴェントガーデンでもリングを通し上演し、ミュンヘンでも黄昏の録音を終えた頃のものですので、やはりリングの演奏を成し遂げたということは、大きな最後の一歩だったということがわかります。

ハイティンクは、こうも言ってます。
録音したリングは、全部通して聴いて欲しいと。
そう、4作のうち、どれが優れているか、あそこがいまいちとかでなく、4部作通して、ひとつの巨大な作品として聴くことにハイティンクのリングの意義があると思います。
ストーリーテーラ的なドラマ重視の演奏ではありません。
レヴァインのようにライトモティーフをそれらしくシネマチックの引き立てる演奏でもない、ベームのような劇場の熱気を感じさせるような演奏でもない、大歌手時代の巨大な録音芸術であるショルテイの壮大な演奏でもありませんし、ましてブーレーズの知的で青白いけど熱い演奏でもない・・・
緻密で室内楽的なカラヤンともちょっと違うが、でもカラヤンの目指したものにも近いかもしれない。
 ハイティンクのリングは、4部作をひとつの作品として大づかみにして、4作を個々の関連性をもとに解釈し、ワーグナーの音楽を徹底的に忠実に、完璧に磨き上げ再現することを目指したものと思う。
その完璧さは、面白くなさもはらんでますが、ドラマテックな演奏なら他にもたくさんある。

ワーグナーの刺激的でない演奏の仕方で、全体音色の暖かさあり、こうして磨きあげられた音はともかく美しい。
高性能だが常に有機的な響きを失わないオーケストラがあってこそ引き出せたものだと思う。
変な言い方だが、ブルックナーやマーラーの長大な作品を念入りに演奏するのと同じようにリングを指揮した感じだ。
 デッカの向こうをはって、レーベルとしての威信をかけたEMIのプロジェクト。
ミュンヘンの録音スタッフを使ったことが功を奏し、録音も素晴らしいが、効果音までデッカの真似をすべきでなかったとも思う。
黄昏の録音の様子をハイティンクがインタビューで語るのを読んだことがあるが、まるまる3週間、ミュンヘンにとどまりオケ、歌手ともども、ほかの用事に駆り出されることもなく集中できたらしい。
同じオケ、歌手、スタッフでやることができて、4作品のお互いの連鎖がしっかり伝えることができた、とも語ってました。

久方ぶりに、通しで聴きましたが、流れのなかで歌手の凸凹も目だってしまうことも。
以前は気にならなかったけど、エヴァ・マルトンのブリュンヒルデをずっと聴くことが辛かった・・・・

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ハイティンクのワーグナーの正規盤は、タンホイザー@BRSO(85)、マイスタージンガー@ROH(97)、パルジファル@チューリヒ(07)の3作。
それこそシンフォニックなスタジオ録音のタンホイザーは、リングと同質の演奏だと思うけど、上演のライブであるマイスタージンガーとパルジファルは、劇場空間において、ハイティンクが感興にあふれた自在な指揮を行うこともわかる秀逸な演奏。
マイスタージンガーでは、後半に向かうにつれ、音楽が熱くなり、聴衆の興奮も極度に高まってます。
パルジファルでは、淡々としたなかにも、誠実な音楽造りが深遠な音楽へと結びついていて感動的。
両作品とも、コヴェントガーデンで何度も取り上げてます。
さらにロイヤルオペラを2002年のトリスタンを最期に、退任後はオペラはもう指揮しないかも・・・とされながら、2007年に、再登場してパルジファルを指揮して、さらに同年のチューリヒでの同作の上演となりました。
さらに、同年には、パリでペレアスも上演してます。
パルジファルとペレアスを2007年に取り上げたハイティンク、作品の本質をも見抜いていたと思います。

コヴェントガーデンのアーカイブには、ローエングリンとかトリスタンはないものだろうか・・・・

③R・シュトラウス

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R・シュトラウスのオペラは、正規では、ダフネ@BRSO(82)、アラベラ@グラインドボーン(84)、ばらの騎士@SKD(90)の3作。
シュトラウスのオーケストラ作品の指揮を極めたハイティンクは、オペラでもシュトラウスを取り上げました。

ハイティンクの指揮したシュトラウスは、これら3作のほか、「影のない女」と「カプリッチョ」があります。
こうしてみてみると、サロメとエレクトラは指揮しておりませんで、刺激的な作品でなく、品格あふれる作品を好んで取り上げたことがわかります。
透明感あふれる地中海サウンドには、ちょっと重心の低い演奏のダフネだけれど、明るい機能的なオーケストラをえて、充実しきったシュトラウスの緻密な筆致と美しさをしっかり確認させてくれる演奏。

カプリッチョも聴いてみたい。
「影のない女」ROH(92)は、海外ネット配信を録音することができた。
歌手も粒そろいで、ハイティンク向きの魔笛のような御伽噺的なオペラだけに、スケール豊かに、そして愛情たっぷりに聴かせてくれる。
ここでもライブゆえに、後半に向かうほど、音楽は熱くなり、最期の皇后のシーンは極めて感動的。

④ブリテン

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グラインドボーンの指揮者を務めると、ブリテンのオペラもおのずと指揮することになります。
ハイティンクのブリテンもいずれも素晴らしかったし、清潔な音楽の作り方がブリテンの知的な作品にもぴったりだった。

真夏の夜の夢@グラインドボーン(81)、アルバート・ヘリング@グラインドボーン(85)、ピーター・グライムズ@ROH(92)の3作。
ほかのオペラは指揮していないようです。
3つとも作品ともに大好きなのですが、なかでも真夏の夜は、ピーター・ホールの描いたシェイクスピア的な世界に、ハイティンクの生真面目な音楽造りがとてもマッチしていて、ユーモアよりも幽玄さを感じさせる点でも、作品の幻想的な側面をよく捉えていて秀逸だと思います。
上質な笑いと皮肉の世界を描いたアルバート・ヘリング、シリアスな内容をシンフォニックに捉え、充実の間奏曲でもってつむいだピーター・グライムズ。

ブリテン以外にも、ハイティンクは近代オペラをかなり指揮してます。
ヤナーチェク、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ティペットなどなど。
もっと聴いてみたいですね。

⑤ヴェルディ

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ヴェルディも生真面目なハイティンク向きのオペラだったと思います。
ただ、正規には、ファルスタッフ‘@グラインドボーン、ROH(88,99)、ドン・カルロ@ROH(85、96)の2作品のみ。
わたしは、ファルスタッフは未視聴で、ドン・カルロのCDのみ。
85年の映像作品は、何故か偶然、ジュネーヴのホテルのテレビで見ました。
ふたつのドン・カルロは、いずれも5幕版によるもので、情熱的な歌は少なめなれど、気品あふれる上質な音楽造りは安心して聴けるもの。
でも、ワーグナーとヴェルディは違う。
ここで、こうもっと・・・と思うシーンもある。
しかし、そこがまたハイティンクらしいところ、弦を中心に、低音をベースにした音たちの重なり合うオーケストラの充実ぶりがヴェルディにおいて味わえるのも楽しいものです。
歌手たちにイタリア系の人がいないのも、このドン・カルロをユニークなものにしてます。

まだ聴いてない、ファルスタッフを今後視聴する楽しみがある。
ハイティンクの指揮したヴェルディは、レクイエム、トロヴァトーレ、椿姫、シモン・ボッカネグラ、仮面舞踏会。
なかでも、シモンは録音したがっていたようです。

ハイティンクのイタリア・オペラ、ロッシーニは自分には合わないとしてましたし、ほかのベルカント系は取りあげなかぅた。
プッチーニも指揮することのなかったハイティンクですが、とても好きな作曲家だし、蝶々夫人だけは取り上げてみたいと発言しておりました。

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オペラのハイティンク、高評価を得ることが少なかったですが、残された音源たちは、丁寧に作られた音楽優先の聞き飽きない演奏ばかり。
まだ聴いてないものもありますが、今後も折りに触れ聴いていきたいものです。

1ヶ月も続けたハイティンクの追悼特集。
このへんで終わりにしたいと思います。

Rco

コンセルトヘボウには半旗とハイティンク追悼の幕。

わたしには、やはりハイティンクはコンセルトヘボウ。
コンセルトヘボウは、ハイティンクであります。

真摯な音楽家だったハイティンク、どんなに巨匠として尊敬されても、最期まで謙虚な音楽づくりに徹した芸術家でした。

あらためまして、ありがとうハイティンクさん。
その魂が永遠に安らかならんこと、お祈りいたします。

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2021年11月14日 (日)

ハイティンクを偲んで ⑤ SKD、CSO、BRSO、LSO

Haitink-skd-a

ドレスデン・シュターツカペレのホームページのハイティンク追悼サイト。

2001年1月のシノーポリの急逝を受けて、オーケストラからの熱いコールを受けて首席指揮者に就任。

このときのハイティンクの言動が、いかにもハイティンクらしい。

シノーポリが亡くなり、その年のコンサートの予定が一挙に指揮者不在のものとなってしまった。
楽団の指揮者・コンサート担当の長は、ハイティンクに書面でいくつかの演奏会の依頼をした。
ハイティンクは、オーケストラが大変なことに陥っていることを知り、長年の付き合いもあったので快く引き受けた。
そうしたら、もう少しお願いできませんか?という依頼がさらにきて、もう少しならということで引き受けて、それらの演奏会を終了した。
そのとき、オーケストラには父親が必要です、あなたになっていただけませんか?という依頼が今度はきた。
ハイティンクは父親というには、歳をとりすぎているお爺さんですよ、それでよかれば引き受けますよ、と謙虚に話した。
ただし、冠はいらないので、「指揮者」ということでお願いしますとハイティンクは念を押した。
しかし、最終的には「首席指揮者」となったんだ、と話している。
2~3年の任期で、オーケストラが次の首席指揮者を見つけるまで、という橋渡しとして、という言葉も残している。

こうした謙虚な姿勢が、各オーケストラから愛され、乞われる存在になったんだと思います。

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  ブラームス   交響曲第1番

  ブルックナー  交響曲第6番

    (2002.9、2003.11、@ゼンパー・オーパー、ドレスデン)

ブラームスの1番が、ブラームス1番らしく聴かれた堂々たる演奏。
2006年にこのCDを開封して聴いて、すぐに記事にした自分のblogが懐かしい。
ブラームスもいいが、ウェーバーのオベロン序曲もロマンあふれる素晴らしさだ。

ブルックナーは8番もこのコンビは残してくれたが、ここでは、爽快でありながら、後期の作品へのそれこそ橋渡し以上の存在であることをわからせてくれる6番をあげたい。
バイエルン放送響を指揮した80年ごろのエアチェック音源が、この曲の良さをわからせてくれた明るい演奏でもあったように記憶する。

R・シュトラウスも残して欲しかったものです。
オペラでは、「ばらの騎士」と「フィデリオ」のふたつ。
ゼンパーオーパーでオケピットには立たなかったのでしょうか。
オケとオペラのアーカイブは調べられませんでした。

Skd-2004

 2004年の来日公演で、ブルックナーの8番を聴くことができました。
このときのプログラムは、「ジュピター」と「英雄の生涯」、ウェーベルン「パッサカリア」とハイドン86番にブラームス1番。
そしてブルックナーでした。

当時はまだblogを始めてなかったので、そのときの備忘録から。

「演奏はもうまったくのすばらしさで、表現の言葉を知りません。
オーケストラのまろやかな響きに身を任せているとドイツの森に抱かれているかのような気持ちでした。
ことにホルンを始めとする金管はどんなに強奏しても、美しく鳴り響きます。
静寂のサントリーホールに響き渡るドイツの深遠な音をご想像ください。涙が出ました。
ハイティンクはオーケストラのメンバーが去った後も、聴衆のさかんな拍手にひとり何度か登場し、最後はスコアを閉じ、閉じたスコアを高く掲げました。
人柄がにじみ出た、実にいい光景でした。 感動です。」(2004年5月21日 サントリーホール)

ずっと心に残しておきたい、大切な体験でした。

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Haitink-cso-1

シカゴ交響楽団のホームページの追悼記事より

ハイティンクのシカゴ登場は、1976年で、そのときの曲目は、ショスタコーヴィチの4番!
ショスタコーヴィチの全集に取り掛かるころの、いかにもハイティンクらしい演目。
いらい、ずっと客演を続けていた。

ドレスデンのときと同じように、シカゴでも正規に音楽監督が決まるまでの中継ぎ的な存在として首席指揮者となりました。
バレンボイムがごたごたした感じで退任し、そのあとが決まらず、首席客演としてブーレーズが活躍。
そして2006年に、ハイティンクを首席に、ブーレーズを名誉指揮者として、次の音楽監督が決定するまでの間の暫定政権が決定。
音楽監督的な立場になると、オーケストラの運営面、指揮者選択など、指揮活動以外の多くの業務が課せられることを、コンセルトヘボウでさんざん体感してきたハイティンクは、ましてアメリカでのことなので、プリンシパルとして年に6~7週シカゴに行くという内容になりました。

それでも、このコンビはこれまた相性もよく、同じころに発足したオーケストラの独自レーベルからのCDがいずれも高音質・最高水準の演奏ということで絶賛続きでありました。
ワタクシも、ほぼ全部揃えました。
ブルックナー7番、マーラー1、2、3、6番、ショスタコーヴィチ4番、英雄の生涯、ダフニス。

Mahler3-haitinkShostakovich-sym4-haitinkcso

  マーラー   交響曲第3番

      Ms:ミシェル・デ・ヤング

  ショスタコーヴィチ 交響曲第4番

     (2006.10、2007.10 @オーケストラホール、シカゴ)

このブログでもベタほめした2枚。
ともにオーケストラの超優秀さと、ハイティンクの悠揚たる巨視的な指揮。
101分たっぷり使ったマーラーは、少しもだれることなく隅々まで丁寧な仕上がりで、柔和なマーラーは3番のイメージにぴったり。
それと6番は、より剛毅な演奏である。

ショスタコの4番のハイティンクの再録音。
楽譜の忠実な再現ではあるが、そこは円熟のハイティンクと最強のシカゴで、音の彫りは深くなり、とりとめない構成が、立派な骨組みの大交響曲となって響く。
ハイティンクは4番が得意で、ベルリンフィルとのライブもCD化して欲しいと思う。

Cso-2009

2009年に来日したハイティンクとシカゴ響。
マーラーの6番と、英雄の生涯のふたつの演奏会を聴きました。

演目は、ドレスデンの時と同じ「ジュピター」と「英雄の生涯」、ハイドン「時計」とブルックナー7番、そしてマーラー。
ショルティとシカゴのマーラー5番を文化会館で聴いたときもぶったまげましたが、このときのマーラーはもっとぶっ飛びました。
サントリーホールで、最前列のチェロの下、ハイティンクは斜め左にすぐの指揮台に。
詳細は、そのときのブログを確認ください。
チェロばっかりで、ほかの楽器がうまく聴こえないのではないかと不安でしたが、そんなことはまったくなく、見事にブレンドされた素晴らしいマーラーサウンドで、下から見上げると、ときおりオケを睥睨するハイテインクの眼力をも確認することができました。
圧倒的な音塊の連続とそのピラミッド感。細部が緻密なまでに完璧で、リズムの刻みが100人のメンバーの隅々にまで行き渡って完璧なまでに縦線がそろっている。じわじわと盛り上がりつつ、とてつもないクライマックスを築きあげる。
いったい、どこが最高潮のクライマックスなのだろうか? (ブログより)

ふっくらと柔和な、微笑みさえ覚えるような素敵なモーツァルト。
もっと、ゴリゴリした巨大な演奏になるかと思ったらまったく違った、清冽で清らかなジュピター。
年輪を重ねた音楽家の紡ぐ人生譚に、尊敬の念の眼差しを持ったシカゴの猛者たちが心服しつつ演奏しているのもわかった。
英雄の生涯もスペクトル感もありつつ、曲の後半訪れる人生の夕映えのようなシーンに感動がとまらなかった。
曲を終えて、静寂のなか、ハイティンクはさりげなくタクトを降ろし、指揮台に指揮棒を置いた。
そのコトリという音さえも、静寂のホールに響いた。

マーラーの6番は、アバドとルツェルン祝祭管で、人生最大級の感動を。
このハイテインクで、ずっと追い続けた演奏家の円熟の極み、そしてスーパーオケの力を。
聖響&神奈フィルで、震災翌日の異様なテンションのなかで・・・
いずれも壮絶な思いでとなる体験をしてます。
もう演奏会では聴かないかも・・・・・

シカゴ交響楽団は、演奏会アーカイブもしっかりしていて、そのいくつかはネットでも公開されてます。
いつかそこから正規音源が出ることも期待されます。

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Haitink-brso-1

バイエルン放送交響楽団もハイティンクと馴染み深いオーケストラでした。

コンセルトハボウと指揮者のつながりもあって、なんだか姉妹関係にあるように思ったりもしてます。
ヨッフムとヤンソンスはともに首席指揮者だったし、コリン・デイヴィスもコンセルトハボウをよく指揮してました。
ハイテインクがいつ頃からバイエルンを指揮し始めたか、記録がなくて今回はわかりませんでしたが、70年代初め頃だろうと思います。

上のほうでも書きましたが、バイエルン放送局ということもあり、その演奏会はよくNHKで放送されていたので、ハイティンクとのコンビはいくつか聴いた覚えもあるし、ブルックナーの6番もカセットテープで残ってます。

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正規の録音は、1981年の「魔笛」が初(たぶん)で、グライドボーンでロンドンフィルとダ・ポンテ三部作をEMIに録音した後に「魔笛」ではバイエルンを起用したものです。
グライドボーンでもpromsでも「魔笛」は指揮してますので、LPOやコヴェントガーデンでなかったのは、綺羅星のスター歌手を集めやすかったのがミュンヘンだったということもあるんでしょう。
結果は上々、ハイティンクのつくりだす、ふくよかなモーツァルトは、オーケストラの暖かな音色も加えて上質の魔笛となりました。
バイエルンとは、このあとオペラの録音が続きまして、「ダフネ」(82年)、「タンホイザー」(85年)、「ニーベルングの指環」(88~91)という、いまとなっては貴重な成果が残されました。
EMIには、もっと頑張ってもらって、ワーグナーとシュトラウスのほかの諸オペラを録音して欲しかったものです。

Brahms-haitink-1Beethoven-9-haitink-brso

  ブラームス アルト・ラプソディ、埋葬の歌
        運命の女神の歌、哀悼の歌

    A:アルフレータ・ホジソン

      バイエルン放送合唱団

           (1981.11 @ヘラクレスザール、ミュンヘン)

  ベートーヴェン 交響曲第9番

    S:サリー・マシューズ Ms:ゲルヒルト・ロンベルガー
    T:マーク・パドモア  Br:ジェラルド・フィンリー

      バイエルン放送合唱団

         (2019.2.23 @ガスタイクホール、ミュンヘン)

ハイティンクとバイエルン、初期の録音、ブラームスの声楽作品集は、その渋いこと渋いこと。
いぶし銀の音楽であり、その演奏は、まろやかな円熟味をおびた心に優しく響く演奏。
ボストン響との再録音もあり、そちらと聴き比べるのもよい。
しかし、哀しくもなる、儚くもなる、しんみりしてしまうほどに沁みる。。。。

指揮者引退の年の第9。
ゆったりとしたテンポを取りつつも、大きな歩みで風格ただよう名演。
ソロも素晴らしく、彼らも合唱もオケも、動きの少ないハイテインクの指揮棒と眼差しに集中している(映像で視聴済み)。
3楽章の澄み切った演奏には泣ける。
終楽章、なにも華やかでなく、淡々としつつも堂々たる終結。
拍手は起こらない。
こんな静寂の第9のエンディングがあるとは。

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観客はスタンディングオベーションでハイテインクを讃える。
このあと2019年4月にルツェルンで、ブルックナーの6番を指揮して、バイエルン放送響とはお別れということになりました。

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ロンドン交響楽団との共演はそんなに昔でなく、1989年。

ブラームスやベートーヴェンのチクルスを演奏会で行い、同時に自社LSOレーベルからも次々に発売し、ハイティンクがロンドンに居宅を構えるのも幸いして、急速に親密になっていきました。
もともとロンドン・フィルと長く関係を築き上げましたが、ロンドン響とも強く結びつきました。

ちなみに、ハイテインクはpromsには、1966年にデビューしてますが、そのときの曲目がブルックナーの7番、オーケストラはBBC交響楽団です。
以来、毎年のように招かれ、ときにコンセルトハボウやウィーンフィル、ヨーロッパ室内管などと客演してますが、ロンドンのオーケストラとは、先のBBC、ロンドンフィル、フィルハーモニア、コヴェントガーデン、ずっとあとにロンドン響という具合に、ロイヤルフィル以外は全部指揮しております。

残念ながらLSOレーベルのハイティンクのCDは、ブラームスの一部しかもってません。
なぜかって、理由はありませんが、CD購入欲が低迷していた時期だからだと思います。

Brams-sym1-haitink1Brams-sym2-haitink1

   ブラームス 交響曲第1番、2番

     (2003.5 @バービカン、ロンドン)

ハイティンク3度目のブラームス全集。
しかしながら、1番と2番しかもってません。
ここに聴く演奏は、若々しさと、一筆書きのような自在さと柔軟さ。
ライブならではの勢いもあって、あの落ち着き払っていた渋めのボストン響との演奏よりも力強い。
きっと、ベートーヴェンのその延長にあるような同時期の録音だと思います。
 LSOとは、ほかにブルックナー4番、9番、アルプス交響曲などがありますので、これからゆっくり聴いていきたいと思います。
2015年のこのコンビの来日も、行こうと思いつつも行けなかった・・・・

ネットでは、ロンドン響のアーカイブがたくさん公開されてます。
手持ちの音源は、マーラーの3,4,9番、ブルックナー4番(2種)、ショスタコ8番などがあります。

引退の年の2019年3月、ハイティンク90歳の記念演奏会も録音できました。
プログラムは、フェルナーのピアノでモーツァルトの22番と、ブルックナー4番。
1965年のコンセルトハボウとの録音から54年という半世紀超。
年月の積み重ねは、演奏時間では一面的ですが、63分から73分という長さにも見て取れるが、老成することの美しさも感じるし、2019年の一連の演奏の数々は、引退を決意したハイティンクの夕映えのような静かな美しさもあるように思う。

2019.2月 BRSO 第9、3月 LSO ブルックナー4番、4月 BRSO ブルックナー6番
5月 BPO ブルックナー7番、6月 オランダ放送フィル ブルックナー7番
8月30日ザルツブルク、9月6日Ploms、9月6日ルツェルン、VPO ブルックナー7番
もう少しあるかもしれませんが、2019年のハイティンクです。

Haitink-lso-201903

ロンドン響との最後の演奏会。

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長い企画となりました、オペラ編を最後に残して、他の共演オーケストラを端折って書きます。

・オランダ放送フィルハーモニー

  ハイテインクの指揮デビューと初ポストのオケ
  ファウストの劫罰が突如発売され驚いたものだ
  面白味は少ないが、真摯なベルリオーズが聴ける。
  引退の年、こちらにも客演してブルックナー7番を指揮  

・フィルハーモニア管弦楽団

  エルガーの2曲と、ウォルトンの交響曲第1番
  アシュケナージとのラフマニの一部

・フランス国立管弦楽団

  最初はパリ管、そのあとはフランス国立菅を多く指揮するようになりました
  マーラーの5番、6番のCD。
  ネットでも動画含めたくさんあります。

・ニューヨーク・フィルハーモニック

  正規音源はありませんが、1976年から2016年まで32回客演。
  いまは有料化してしまいましたが、フリーで解放していたライブ音源。
  マーラー9番とドンキホーテを録音できました。
  2016年のそのマーラーがなかなかのものです。
  コンセルトハボウともに、マーラーと所縁のあるNYPO
  こちらも正規音源化を期待

・ECユースオケ、ヨーロッパ室内管、ルツェルン祝祭管、モーツァルト管

  クラウディオ・アバドの創設した若いオケだったり、スーパーオケ。
  アバドとともに支え、またアバド亡きあとを支え、
  楽団を救ったのがハイティンク。
  いつも世界のオーケストラの急場を救うハイティンクでした。
  人柄ですね。

Haitink-eco

  所蔵音源としては、ヨーロッパ室内管とのブラームス4番
  ファウストとベルクのヴァイオリン協奏曲。
  あとなんたって、ルツェルンとのブルックナー8番はお宝です。

Haitink-lucerne

2019年9月6日、ウィーンフィルとのルツェルンでの最後の演奏会。

あと1稿、ハイティンク追悼、オペラ編で終わります。

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2021年11月10日 (水)

ハイティンクを偲んで ④ VPO、BPO、BSO

Hatink-vpo

ハイティンク最後の指揮は、2019年9月6日。
ルツェルン音楽祭で、ウィーンフィルとベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(アックス)とブルックナーの7番。

ウィーンフィルとの付き合いも長く、1972年2月が初回で、そのときもメインはブルックナーの5番。
ウィーンフィルのアーカイブを見ると、ハイティンクは111回のコンサートを指揮しております。

ウィーンフィルのもつ柔らかい暖色系の音色は、コンセルトヘボウで育ったふくよかハイティンクの音楽造りと相性は抜群だった。

このコンビの初録音は、幻想交響曲で、こちらは1979年4月のデッカへの録音でアナログ末期。

Berlioz-haitink

オーケストラの個性を優先し、そこに乗りつつも、重心の低いがっちりした枠組をつくりあげ、柔らかな弦主体の歌心をその上に載せる。
そんなハイティンクの個性が、優美なウィーンフィルと見事に結びついた「幻想」。
ウィンナワルツのような2楽章、ウィーンの管の音色の素晴らしさ満載で、かつ弦楽器の延々と続く伸びやかな歌が素適な3楽章が、時を重ねた自分にはしっくりくる音楽と感じる。

Brahms-deutsches-requiem-haiteink-3

  ブラームス ドイツ・レクイエム

    S:グンドゥラ・ヤノヴィッツ

    Br:トム・クラウセ

       (1980.3 @ムジークフェライン)

これぞ、ハイティンクの追悼に、そして、ハイティンクとウィーンフィルのコンビの美点がたくさんつまった演奏。
同じウィーンフィルでもカラヤンの何度目かの演奏などは、耽美的にすぎて怖いものがあるが、ハイティンクの指揮は美的な造形などには目もくれずに、ブラームスの音楽そのものをじっくり、純音楽的に
音にしてみせた。
そこに構えの大きさと、指揮者とオーケストラ相互の信頼感も加わり、なんとも大人の演奏に感じる。
オーケストラと合唱のバランスと音の溶けあいもすばらしく、オペラでも場を重ねた成果が出ているんだと思う。
2枚組のレコードで発売されたとき、「運命の歌」とカップリングされていたが、CD化ではそれがなくて、聴いてみたいと思ってる。
このレコードは、評論家諸氏に絶賛され、このあたりからハイティンクの評価が高まったが、ワタクシは違いますぜ、とあの頃ずっと思ってた。

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  ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」

       (1985.2 @ムジークフェライン)

ウィーンフィルとのブルックナー全曲録音に挑んだハイティンク。
最初は4番で、ベームに続いて、4番をウィーンフィルの音色で聴ける幸せを味わったものだ。
コンセルトハボウとの若き日の演奏と比べたら、ゆったりとした大河のごとく、大らかな演奏となっていて、曲の最大公約数的なものもぃsつかりつかんでいて、安定感抜群。
厳しさや、透徹感は弱めだけれど、ムジークフェラインで聴くがごとく、自分の部屋でゆったりと、橙色に暮れていく夕空を見ながら聴くと遥かなるヨーロッパが見えてくる・・・・
 ハイティンクとウィーンフィルのブルックナーは、3,4,5,8番で打ち止めとなりました。
ベルリンフィルとのマーラーも同じ憂き目にあい、その後、フィリップスレーベルはユニバーサルミュージックの一部となり、やがてデッカ傘下となって、レーベルも終了してしまった・・・・・

ハイティンクのフィリップスレーベルへの録音のジャケットにデッカマークは似合いません・・・・・
今後は、ウィーンフィルのライブ音源の掘り起こしに期待。

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ウィーンと同様、ベルリンフィルでも長く指揮台に招かれ続けたのがハイティンク。
ウィーンよりも早く、1964年にデビューし、ウィーンフィル以上の200回以上のコンサートを指揮してます。
ウィーンフィルとブルックナーの7番を最後に指揮したように、ベルリンフィルとも2019年5月に同じ曲を指揮しまして、これがベルリンフィルとの最後の演奏会。

カラヤンが他の指揮者の客演も監視してたし(たぶん)、録音なんてできなかったし、レーベルの垣根もあった。
ゆえに、ハイティンクとベルリンフィルの録音はずっと後になって実現し、1987年から始まったマーラーチクルスで、1番が最初。
喜び勇んで即購入し、まず、フィリップス録音で聴く鮮やかな音に驚いたものだ。
DGが、マスとしての音塊をまずとらえるような音だったの対し、フィリップスは音の広がりを巧みに捉えたもので、ともにフィルハーモニーザールの見事な音響を再現したものと感じた。
そして、ハイティンクの指揮の意外なほどの若々しさは、同時期のアバドの手垢のつかない無垢なマーラーとも違う大人の演奏にも感じ、変なたとえだけど、色でいえば、「青」、ブルーを感じたものだ。
いま、聴きなおしても、そうしたイメージは変わらない。

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  マーラー 交響曲第1番「巨人」、第5番

      (1987.4、88.5 @フィルハーモニー)

5番の音楽としての素晴らしさをこの演奏で体感しました。
同時にオーケストラの優秀さと、ハイティンクの指揮へのリスペクトも強く感じる演奏。

1989年7月にカラヤンは亡くなり、その年の10月に、オーケストラ楽員による芸術監督選抜の総選挙がありました。
以前、アバド追悼の記事で詳細を書きましたので、抜粋して引用します。

予備選で選択された指揮者が13人
 「アバド、バレンボイム、バーンスタイン、ハイティンク、ヤンソンス
     クライバー、
クーベリック、レヴァイン、メータ、ムーティ
   小澤、ラトル」
(abc順)

・13人を8人に絞り込む投票を行う。
 「バーンスタイン、ハイティンク、クライバー、レヴァイン
   マゼール、ムーティ、メータ、ラトル」


  この時点で、アバドはもれています・・・・

・受諾の意思なしの「バーンスタイン、クライバー、メータ」除外

辞退者が出た場合は、最初の選出者を再度交えて投票とのルール!
 この10人の指揮者に対して、楽員たちが、その思うところを、推薦演説。

・再度の投票で選択された6人
 「アバド、ハイティンク、レヴァイン、マゼール、ムーティ、ラトル」
 ここで、いままで後手に回っていた、アバドを押す声が次々に高まる。

・2回目選出投票で3人
 「アバド、ハイティンク、マゼール」

・3回目選出投票で2人
 「アバド、ハイティンク」

・最終投票→打診→OK 「アバド」に決定

こうして、ハイティンクはカラヤンのあとのベルリンフィルの指揮者になる最終候補者でした。
アバドもハイティンクも大好きな指揮者だったので、わたしにとっては結果オーライ。
これほどまでに、ハイティンクは楽員から大きく評価され、愛されていました。

ちなみに、ベルリンフィルの指揮者が決まったその翌月、1989年11月9日には、ベルリンの壁が崩壊しました。
日本でも、この年は昭和天皇が崩御され、平成が始まり、ついでに消費税も始まった年でした。
ついでに、わたしも結婚した年で、初の欧州旅行にまいりした。
世界も日本も、自分もターニングポイントの年です。

Haitink-bpo_20211110082801

 ハイティンクは、その後、ベルリンフィルの名誉団員となりました。
しかし、ベルリンフィルとのマーラーは、1993年の「復活」を最後に、1~7番までで途絶えることとなりました。
ウィーンフィルの稿でも書いたとおりです。

このコンビは、あとはストラヴィンスキーの3大バレエ(未聴)と、EMIへの「青髭公の城」、自主レーベルでの、ブルックナー4,5番、マーラー9番、映像でのヨーロッパコンサートなどになります。
こちらも、ふんだんにあるアーカイブから正規音源化を期待しておきます。

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Hatink-bso-2

ボストン交響楽団の追悼SNS。
ネルソンスの哀悼の言葉もつづられていました。

ボストン響への登場は1971年2月で、メインは「英雄の生涯」。
2018年5月の客演(ブラームス2番まで、289回も指揮台に立ってます。
1995年からは首席客演指揮者、2004年には名誉指揮者となりました。

コンセルトヘボウとロンドンフィルを除くと、一番結びつきの強いオーケストラだったといえます。
ヨーロッパのオケに近い音色を持ち、RCAレーベル専属から脱し、DGやフィリップスが録音を始めたことあたりも、ハイティンクが常連指揮者になっていった要員だと思います。
さらに小澤征爾にはない、ドイツ的なものも求められたのではないかと。

しかしながら、正規録音が少ないのが残念です。
ブラームスの交響曲とピアノ協奏曲、ラヴェルの管弦楽曲集のふたつの全集しかないものですから。
R・シュトラウスやチャイコフスキー、ドビュッシーも録音して欲しかったものです。
とかいいながら、そのラヴェルはまだ全部聴けてませんので、今後の自分のお楽しみです。

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  ブラームス 交響曲第4番

     (1992.4 @ボストン・シンフォニーホール)

馥郁たる、香り高いブラームス全集(90~94年録音)となったなかでも、落ち着いた古雅な雰囲気に満ち満ちている4番の演奏が好き。
ボストン響の響きと、各奏者たちのソロにおける腕前など、コンセルトハボウとはまた違ったオーケストラの個性を引き出していると思う。
ついでにまたもやここで、フィリップスのボストンシンフォニーホールの音を的確にとらえた録音の素晴らしさも讃えたい。
ウィーン、ベルリン、ボストンと録音にも恵まれたハイティンクの名盤たち、これからも大切に聴いていきたいし、まだ聴いてない音源を集める楽しみも残されてます。

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長い企画となってしまいましたハイティンク追悼シリーズ。

いかに世界のオーケストラに愛されていたか、あと数回書きますので、しばしおつきあいください。

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2021年11月 3日 (水)

ベルナルト・ハイティンクを偲んで ③ LPO

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ハイティンクは、コンセルトヘボウと兼務して、1967年から1979年まで、ロンドン・フィルハーモニーの首席指揮者をつとめました。
ロンドンのオケのなかで、一番オペラを演奏していたロンドンフィルが、オケピットにはいるグライドボーン音楽祭の音楽監督を、それと並行するように、1977年から1988年まで掛け持ちましたので、ロンドンフィルとの蜜月は1988年までと言えるでしょう。

ビーチャムが創設し、ボールト、スタインバーグ、プリッチャードと経てきた、この英国的なノーブルなオーケストラを、オランダ出身のハイティンクが受け継ぎ、フィリップスレーベルへの録音も本格化した。
コンセルトヘボウでのレパートリーをそのままロンドンフィルでも演奏し、レコーディングでは、本格交響曲をコンセルトヘボウで、管弦楽曲をロンドンフィルで、というような振り分けだった。
しかし、ロンドンフィルとの関係も密になるにつけ、コンサートと並行して、交響曲、そしてグライドボーンでのオペラを録音するようになり、そのレパートリーも格段に広くなった。

アムステルダムとロンドンを往復するハイティンク、たしかレコ芸の記事だったか、ハイティンクの二都物語とされるようになりました。

ロンドンのオーケストラは、英国音楽ファンでもあるので、いずれも好きですが、ロンドンフィルはハイティンクのおかげもあって、一時、一番好きなロンドンオケでありました。
実際、ハイティンク時代がこのオーケストラの黄金期かと思います。
70年代後半、このオーケストラは、各レーベルでひっぱりだこで、ヨッフム、のちに首席となるショルティとテンシュテット、ジュリーニ、ロストロポーヴィチ、サヴァリッシュらとたくさんの録音を残してます。
コンセルトヘボウと同じくらいにロンドンフィルを愛したハイティンクの思い出の音源を以下羅列します。

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  リスト 交響詩 全集

    (1969~71年 @ロンドン)

レコード時代に「前奏曲」の入った1枚を、CD時代にはWシリーズの2巻、すなわち4枚のCDにわたるリストの交響詩全曲の初録音です。
ブルックナーやマーラーの全曲録音をしつつ、リストの全集なんて、誰も手掛けなかったことをなしたハイティンク、そしてフィリップスレーベルのすごさ。
コンセルトヘボウでも聴いてみたかった感はありますが、ロンドンフィルのいくぶん、くすんだ響きが実に効果的に機能している。
有名な交響詩以外も、この演奏で聴くと、どこかで聴いたような懐かしさを覚える。
リストの曲って、ワーグナーとブルックナーの要素が満載なので、そんな気分になるのだろうか。
シンフォニックな硬いくらいの演奏で、しかも曲も演奏も渋いこと極まりないが、これがハイティンクとロンドンフィルの最初の頃の個性だったのかも。
大向こうをうならせるような仕掛けや、演出は一切なしで、楽譜の再現のみをそっけないくらいに高水準の演奏でもってやってみた感じ。
しかし、何度聴いても、覚えきれないリストの交響詩であります。
 ブレンデルとのピアノ協奏曲も、交響詩の余勢をかって録音されました。これも名演。
フィリップスレーベルのロンドンでの録音も重厚かつ明晰でよい。

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   ホルスト 組曲「惑星」

         (1970.3 @ウェンブリー、タウンホール ロンドン)

     R・コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」

        Vn:ロドニー・フレンド

       (1972.1 @ウォルサムストウ、ロンドン)

管弦楽曲の名曲ふたつ。

ロンドンフィルの十八番に乗ったかたちで、ハイティンクの惑星。
オーケストラピースとしての面白さゼロ、惑星ブームは、こののちにメータの録音でやってくるが、その前のハイティンクは重厚な造りで、格調高く、紳士的な英国音楽としての尊厳を持って指揮しているようだ。
惑星ごとの標題的な演奏ぶりでないので、木星のあの有名になったフレーズもいがいにあっさり。
火星の攻撃性も少なめだけど、オルガンがどっしりとなるのは、このハイティンク盤が随一かも。
そして、歳を経て、金星の抒情の煌めき、土星の憂鬱さと暗澹さのなかにある深刻さ、このあたりがハイテインク盤は実にいいと思うようになった。

シェエラザード、こちらもストーリーテラー的な面白い、絢爛豪華な演奏じゃない。(過去blogより転載)
誠実に譜面どおりに音楽を再現してみせた結果が、落ち着いたたたずまいの、ノーブルかつ渋めの「シェエラザード」となりました。
ことに、第3曲「若い王子と王女」は、ロンドンフィルの弦の美しい響きをあらためて体感できる。
このときのコンサートマスター、ロドニー・フレンドのソロが、しとやかかつ繊細で美しいヴァイオリンを聴かせます。
フレンドさんは、のちにニューヨークフィルのコンサートマスターに引き抜かれますが、ロンドンフィルの黄金時代は、このフレンドがいたハイティンクの頃だと確信してます。

コンセルトヘボウでも聴きたかった「惑星」と「シェエラザード」

Haitink-stravinsky-firebirdHaitink-stravinsky-petrouchka-lpoHaitink-stravinsky-le-sacre-du-printemps

  ストラヴィンスキー 三大バレエ

     (1973 @ウォルサムストウ、ロンドン)

ハイティンクとロンドン・フィルの評価を確定付けた録音が、ストラヴィンスキーの3大バレエ。

ハイティンクの「ストラヴィンスキー三大バレエ」は、90年頃の、ベルリンフィルとのものは実は未聴。
レパートリーが広く、どんな曲でも器用にこなすことができるハイティンクにとって、ストラヴィンスキーは、若い時から、お手の物で、コンセルトヘボウでも、30代の若き「火の鳥」の組曲版が残されてます。
当時の手兵のひとつロンドンフィルとも絆が深くなり、こちらの演奏は、思わぬほどの若々しさと俊敏さにあふれ、ダイナミックで、表現力の幅が大きく、それでいて仕上がりの美しい、完璧な演奏になってます。
LPOのノーブルなサウンドは、コンセルトヘボウと同質な厚みと暖かさを持っていて、ハイティンクとの幸せなコンビの絶頂期と思わせます。
全体の色調は、渋色の暖色系。
品がよすぎると言われるかもしれないが、ハルサイなんて、暴れるとこは適度に荒れていて、リズム感も抜群であります。

英国・蘭国紳士がじっくりと誠実にハルサイに取組み、一筆書きのように見事な書体で聴くものをうならせてくれる演奏。
この演奏はマジで素晴らしいと思う!(過去記事より)

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  エルガー エニグマ変奏曲

    (1973.5 @ロンドンたぶんウォルサムストウ)
    (1986.8   @ロイヤル・アルバートホール

こちらも、オケの十八番の作品。
44歳のハイティンクと57歳のハイティンク。
演奏時間も、30分と32分で、この差は恰幅のよさと、丁寧な歌いまわしの差に出ています。
旧盤は、コンセルトヘボウでとの「ドン・ファン」とのカップリングで、これが出た時、レコ芸では、ふたつのオケを振り分けた、ハイティンクの頭の良さが云々というような妙な評論でした。
むろん、推薦盤にはならず、準推薦で、手放しの評価でなかったです。
CD化されたときは、「英雄の生涯」との組み合わせで、こちらの方が曲のイメージにあった選曲だし、CDならではできたことですね。
ふたつのエニグマ、どちらも好きです。
より渋いのは旧盤のほうで、各変奏曲を特徴づけたり、イメージを際立たせることなく淡々としてますが、全体感で見て味わうと、一陣の風が爽やかに吹き抜けるような爽快な演奏に感じます。
新盤は、冒頭のテーマからして、よく歌わせていて、そっけない旧盤との違いは歴然で、ニムロッドのじわじわ感も新盤の方に軍配があがります。
でもホールの違いか、新盤の方が音が明るく、くすんだ雰囲気の旧盤の方も捨てがたい魅力を感じます。

Bbethoven-lpoBeethoven_brendel_haitink

  ベートーヴェン 交響曲全集

     (1974~76 @ワトフォード、タウンホール)

          ピアノ協奏曲全集

       Pf:アルフレート・ブレンデル

     (1975~77 @ウォルサムストウ)

そして出ました、ハイティンクとロンドン・フィルのひとつの完成形ともいえるベートーヴェン。
協奏曲も含めたベートーヴェンチクルスを演奏会で取り上げつつ録音。
ブレンデルのピアノともどもに、同質化した、いぶし銀的なベートーヴェン。
たっぷりとしたオーケストラの鳴らし方、コンセルトヘボウにも負けていない豊かさが、ロンドン・フィルにもあり、隅々までよく響いているし、音の立派さに圧倒される。
中庸の美も、ここに極まれりの感あり。
奇数番号も偶数も、どちらも自然で、ベートーヴェン演奏の理想的なものではないかと思うし、なによりも安心して聴ける。
コンセルトハボウとの再録とともに、大切なロンドン・フィル盤。
アラウ、ブレンデル、ペライア、シフと4人のピアニストたちとベートーヴェンを録音したハイティンク。
ほかのピアニストとの演奏、全部は聴いてませんが、交響曲の演奏と同じように堂々としつつ、リリシズムにもあふれたブレンデル盤が一番好き。

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  メンデルスゾーン 交響曲第1、3、4、5番

       (1978~79 @ロンドン)

シャイーの2番「賛歌」以外のメンデルスゾーンを担当することとなったハイティンク。
これら4曲が、シャイーの勢いと早春賦が青臭く感じられてしまうほどだった大人の落ち着きあるメンデルスゾーンとなったハイティンク盤。
これらのメンデルスゾーンは、コンセルトヘボウじゃなくて、ロンドン・フィルであったことが、当時あたりまえに感じられたし、聴く側もロンドン・フィルであることを納得して聴いたものだった。
若々しい情熱ある1番、まさに、スコッチのいぶし銀3番、すこしもイタリアンじゃない堂々とした4番、ロマンとゴシック感あふれる正統派的、清らかな5番。
サヴァリッシュ、アバド、ともにメンデルスゾーンはイギリスのオーケストラだった。

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  ショスタコーヴィチ 交響曲第1~4番、7、9、10、15番

そして、ショスタコーヴィチの交響曲全集を目指して最初の相手はロンドン・フィル。
LPOとは、1977年から1981年まで、その81年からはコンセルトヘボウにシフト。

シンフォニストとしてのショスタコーヴィチ、最初はマーラーの延長のようにして、ハイティンクの10番や4番、15番を聴いたものだ。
譜面の忠実な再現にこだわるという点で、最初はロンドン・フィルのニュートラルな音色がハイティンクのショスタコーヴィチには、結果的には必要だったのかも。
79年録音の7番「レニングラード」あたりからアクセルがかかり、あの1楽章の行進曲のような繰り返しが、ちっともこけおどし風にならず、堂々たる音楽となっていて、聴いた当時、しびれるような快感を覚えたものだ。
デジタル期に入っての1番と9番の、ふたつの小型シンフォニーでも、構えの大きな隙のない完璧な音楽づくりに、ショスタコーヴィチの若書きの作品が大人の作品に、諧謔の第9が8番と10番の間にある作品であって、強い意志を持った音楽であることを、それぞれに感じさせる演奏になった。
コンセルトハボウにチェンジしてからのハイティンクのショスタコーヴィチは、シリアスな作品が残されただけあって、オケの重厚さと濃密さが生かされた演奏になることとなった。
 あと、デッカでの録音はキングスウェイホールとなり、フィリップスレーベルの渋いサウンドから、ちょっと明るめのサウンドに変わった。

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  ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲全集

    (1984~2000 @アビーロードスタジオほか)

円熟のハイティンクにうってつけと思ってたV・ウィリアムズ。
今度はEMIレーベルに16年の年月をかけて録音してくれました。
もちろん、オーケストラはロンドン・フィル。
録音順は、最初は「南極」や「ロンドン」「海」など、標題的な交響曲から始まり、やがてRVWならではの、抒情と幽玄さあふれる作品や、不協和音の横溢する戦時を意識した作品、そしてペンタトニックなムードあふれる曲をとりあげ、ついに多彩な交響曲9曲を完成させました。
弦主体に重厚な音の重なり合い、そこにふくよかな響きと、指揮者とオケの持ち味である渋い色調をのせた理想的なRVW。
今回、抒情的な3番(パストラル)と5番を聴いて、じんわりと感動が高まり、ハイティンクがもうこの世にいないと思ったら泣けてきた。

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Mozart

  モーツァルト ダ・ポンテ三部作(1984~87録音)

グライドボーン音楽祭の音楽監督に並行して就任したハイティンクは、これまでのオペラ経験の不足を一気に解消すべく、ここで幅広いレパートリーをこなして、急速にオペラ指揮者としても大きな存在となりました。
その中核はモーツァルトで、3部作と魔笛は繰り返し取り上げ、同時にPromsでも何度もコンサート形式で上演。
EMIに録音したこれらの演奏は、伝統あるブリティッシュ・モーツァルトの典型で、品格と劇性と笑いのバランスのとれた安定感あるものです。
未CD化のモーツァルト序曲集、映像でも多くあるロンドンフィルとのオペラ。
ハイティンク追悼特集の最後、オペラのハイティンクで取り上げたいと思います。

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