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2021年12月

2021年12月30日 (木)

わたしの5大ヴァイオリン協奏曲

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東京駅丸の内、仲通りのイルミネーション。

とある日曜日に行ったものだから、通りは人であふれてました。

冬のイルミネーションは、空気が澄んでいてとても美しく映えます。

勝手に5大ヴァイオリン協奏曲。

一般的には、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキーが4大ヴァイオリン協奏曲。

ここでは、私が好きなヴァイオリン協奏曲ということでご了解ください。

順不同、過去記事の引用多数お許しください。

①コルンゴルト(1897~1957)

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   ニコラ・ベネデッティ

 キリル・カラヴィッツ指揮 ボーンマス交響楽団

        (2012.4.6 @サウザンプトン)

好きすぎて困ってるのがコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。
順不同とか言いながら、これは、一番好き、自分のナンバーワンコンチェルトです。
若き頃はモーツァルトの再来とまで言われながら、後半生は不遇を囲い、亡くなってのちは、まったく顧みられることのなかったコルンゴルト。
そして、いまや「死の都」は頻繁に上演される演目になり、なによりもこのヴァイオリン協奏曲も、ヴァイオリニストたちのなくてはならぬレパートリーとして、コンサートでもよく取り上げられ、録音も多く行われるようになりました。
1945年、ナチスがもう消え去ったあとに亡命先のアメリカで作曲。
アルマ・マーラーに献呈。
1947年、ハイフェッツによる初演。
しかし、その初演はあまり芳しい結果でなく、ヨーロッパ復帰を根差したコルンゴルトの思いにも水を差す結果に。
濃厚甘味な曲でありながら、健康的で明るい様相も持ち、かつノスタルジックな望郷の思いもそこにのせる。
 11種のCD、10種の録音音源持ってました。
若々しい表情でよく歌い上げたベネデッティの演奏。
銀幕を飾った音楽を集めた1枚で、トータルに素晴らしいのでこちらを選択。
ムター、D・ホープ、シャハムなどの演奏もステキだ!

②ベルク(1885~1935

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   イザベル・ファウスト

 クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

     (2010.12 @マンツォーニ劇場、ボローニャ)

ベルクのヴァイオリン協奏曲も、このところコンサートで人気の曲。
マーラーの交響曲との相性もよく、5番あたりと組み合わせてよく演奏されてる。
1935年、「ルル」の作曲中、ヴァイオリニストのクラスナーから協奏曲作曲の依嘱を受け、2カ月後のアルマ・マーラーとグロピウスの娘マノンの19歳の死がきっかけもあって生まれた協奏曲。
ベルク自身の白鳥の歌となったレクイエムとしてのベルクのヴァイオリン協奏曲。
甘味さもありつつ、バッハへの回帰と傾倒を示した終末浄化思想は、この曲の魅力をまるで、オペラのような雄弁さでもって伝えてやまないものと思う。
 音楽の本質にずばり切り込むファウストの意欲あふれるヴァイオリンと、モーツァルトを中心に古典系の音楽をピリオドで演奏することで、透明感を高めていったアバドとモーツァルト管の描き出すベルクは、生と死を通じたバッハの世界へも誘ってくれる。
 10種のCD、12種の録音音源。


③バーバー(1910~1981

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   エルマー・オリヴェイラ

  レナート・スラトキン指揮 セントルイス交響楽団

     (1986.4 @セントルイス)

1940年の作品。
戦争前、バーバーはこんなにロマンテックな音楽を作っていた。
私的初演のヴァイオリンは学生、指揮はライナー。
本格初演は1941年、ヴァイオリンはスポールディング(なんとスポーツ用品のあの人)とオーマンディ。
3楽章の伝統的な急緩急の構成でありますが、バーバー独特の、アメリカン・ノスタルジーに全編満たされている。
 幸せな家族の夕べの団らんのような素敵な第1楽章。

第2楽章の、遠くを望み、目を細めてしまいそうな哀感は、歳を経て、庭に佇み、夕闇に染まってゆく空を眺めるにたるような切ないくらいの抒情的な音楽。
無窮動的な性急かつ短編的な3楽章がきて、あっけないほどに終わってしまう。
この3楽章の浮いた存在は、バーバーのこの協奏曲を聴く時の謎のひとつだが、保守的なばかりでない無調への窓口をもかいま見せる作者の心意気を感じる次第。
 ハンソンのロマンティック交響曲とのカップリングで発売された、アメリカ・ザ・ビューティフルというシリーズの1枚。
ポルトガル系アメリカ人のオリヴェイラのヴァイオリンは、その音色がともかく美しく、よく歌うし、技巧も申し分ない。
加えてスラトキンとセントルイスの絶頂期は、アメリカのいま思えば良き時代と重なり、まさにビューティフルな演奏。
 CDは5種、録音音源は8種。 

④シマノフスキ(1882~1937)

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  アラベラ・シュタインバッハー

 マレク・ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団

     (2009.5 @ベルリン)

ポーランドの作曲家シマノフスキの音楽作風はそれぞれの時期に応じて変転し、大きくわけると、3つの作風変化がある。
後期ロマン派風→印象主義・神秘主義風→ポーランド民族主義風
この真ん中の時期の作品がヴァイオリン協奏曲第1番。
ポーランドの哲学者・詩人のタデウシュ・ミチンスキの詩集「5月の夜」という作品に霊感をえた作品で1916年に完成。
 単一楽章で、打楽器多数、ピアノ、チェレスタ、2台のハープを含むフル大編成のオーケストラ編成。
それに対峙するヴァイオリンも超高域からうなりをあげる低音域までを鮮やかに弾きあげ、かつ繊細に表現しなくてはならず、難易度が高い。

鳥のざわめきや鳴き声、透明感と精妙繊細な響きなどドビュッシーやラヴェルに通じるものがあり、ミステリアスで妖しく、かつ甘味な様相は、まさにスクリャービンを思わせるし、東洋的な音階などからは、ロシアのバラキレフやリャードフの雰囲気も感じとることができます。
これらが、混然一体となり、境目なく確たる旋律線もないままに進行する音楽には、もう耳と体をゆだねて浸るしかありません。
 この作品が好きになったのは、ニコラ・ベネデッティとハーディングのCDからだけど、彼女の演奏はコルンゴルトで選んじゃったから、同じ美人さんで、シュタインバッハーとヤノフスキのものを選択。
鮮やかで確かな技巧と美しい音色のヴァイオリンは、万華鏡のようなシマノフスキの音楽を多彩に聴かせてくれます。
 この作品もコンサート登場機会が急上昇中。
CDは3種のみ。録音音源は5種。

⑤ディーリアス(1862~1934)

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    ユーディ・メニューイン

 メレディス・デイヴィス指揮 ロイヤル・フィルハーモニック

   (1976.6 @アビーロードスタジオ)

1916年、グレ・シュール・ロワンにて作者54歳の作品。
 戦火を逃れ、ドイツからロンドンに渡ったディーリアスは、メイ&ビアトリスのヴァイオリンとチェロの姉妹二重奏を聴き感銘を受け、姉妹を前提に、このコンチェルトや二重協奏曲、デュプレで有名なチェロ協奏曲が書かれた。だからイメージは3曲とも、似通っているが、このヴァイオリン協奏曲がいちばん形式的には自由でラプソディーのような雰囲気に満ちているように思う。
単一楽章で、明確な構成を持たず、最初から最後まで、緩やかに、のほほんと時が流れるように、たゆたうようにして過ぎてゆく。
デリック・クックはこの単一楽章を分析して、5つの区分を示し、ディーリアスの構成力を評価したが、わたしはそうした聴き方よりも、感覚的なディーリアスの音楽を自分のなかにある心象風景なども思い起こしながら、身を任せるように聴くのが好き。
フルートとホルン、ヴァイオリンソロでもって、静かに消え入るように終わるヴァイオリン協奏曲。
夢と思い出のなかに音楽が溶け込んでいくかのよう・・・・・
 メニューインとデイヴィスの、いまや伝説級の70年代のEMI録音は、録音も含めて、ジャケットのターナーの絵画のような紗幕のかかったノスタルジーあふれる演奏を聴かせてくれる。
この雰囲気の豊かさは、最新のデジタル録音では味わえないものかもしれないが、だからこそ、タスミン・リトルの新しい録音は是非にも聴かねばならぬと思っている。
CD音源3種、録音音源2種。

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週1か隔週ぐらいのペースでblogを更新しましたが、今年ほど思わぬ訃報が舞い込んでお別れの記事を書いた年はないかもしれません。

来年はどんな年になりますかどうか。
音楽を聴く環境も様変わりし、コンサートに出向く機会も激減。
いくつも仕掛り中のシリーズを順調に継続したいけど、時間があまりなく、風呂敷を広げすぎたかなと反省中。

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2021年12月24日 (金)

クリスマス on ボストン・ポップス

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12月の街には活気が2年ぶりに訪れ、人々のマスクの下には笑顔が戻ってきました。

でも、日本に比べると海外はたいへんなことになってますね。

来年以降の外来演奏家のコンサートは黄色信号のまま。

楽しみにしていた二期会のコンヴィチュニー演出「影のない女」も中止に。。

G-09

キリスト教国でない日本でもクリスマスはこぞってお祝いします。

ワタクシもそのクチです。

クリスマス風の食事をして、クリスマスにまつわる音楽を聴きます。

今年は、ボストン・ポップスの演奏を歴代指揮者で聴いてみました。

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 CHRISMAS PARTY    (録音年代不詳 RCA)

   WHITE CHRISTMAS  (1970 ボストン DG) 

アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス・オーケストラ

ボストン生まれのフィードラーは、亡くなるまで49年間にわたり、ボストン・ポップスの指揮者をつとめました。
RCAレーベルに大量のレコーディングを残し、DGがボストン響の録音を始めた70年には、同時にボストン・ポップスもDGに登場するになりました。
その後はデッカにも録音をするようになり、レーベルによって音の雰囲気も変わるようになり、まさに多彩なボストン・ポップスが味わえるようになりました。

おそらく50年代後半あたりの録音と思われるRCA盤は、まさにアメリカのクリスマス・シーンを感じさせる、むかし、アメリカのテレビ番組などで垣間見たようなアットホームな雰囲気ただようもの。
クリスマス音楽の定番ばかりがおさめられてる。
DG盤にはない、ヘンゼルとグレーテルが入っているのがうれしい
録音のほどよい古さもいい感じだ。

Fiedler

そして、DG盤は録音も格段によくなり、バリっとしたばかりか、明るく爽やか、響きも豊かで、ワクワク感も満載。
RCA盤の定番に加え、ここでは、バッハやモーツァルトが加わったのが、DGたるゆえんでしょうか。
ややムーディだけど、バッハのクリスマス・オラトリオのパストラーレが極めて美しい。
また、CDでは、76年録音のバッハの作品が数曲チョイスされてます。
両盤に共通の、ボストン・ポップスの十八番といってもいい、アンダーソンのそり遊びなんて、抜群の演奏でどちらも最高です。
そして、DG盤の最後を締めくくる、ホワイトクリスマスは、まさに聖夜の響き、静かに、じんわり、感動します。

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    Wie Wish You A Merry Christmas 

 ジョン・ウィリアムス指揮 ボストン・ポップス・オーケストラ

          (1980.12  ボストン)

フィードラーのあと、ボストン・ポップスの指揮者には、スクリーン界の作曲家と思い込んでたジョン・ウィリアムスが迎えられました。
そして録音レーベルも、ボストン響がそうであったように、フィリップスに移動。
J・ウィリアムスの任期は93年までですが、のちにはソニーレーベルにも録音するようになりました。
いつもフィリップス録音をほめちゃうけど、ここでもボストン・ポップスの音は重厚さを増して鮮やかに刷新されたように感じました。
J・ウィリアムスのクリスマスアルバムは、定番のメドレー集クリスマス・フェスティバルをはじめ、クリスマス・キャロルとビリー・メイの作品、ふたつのメドレー集。つまり3つのクリスマス・メロディーを中心に構成されてます。
このあたり、さすがと思わせますね。
あと面白いのは、アイヴズのクリスマス・キャロルが演奏されていること。
いずれも、きっちりした確かな演奏と感じるJ・ウィリアムスの指揮です。

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  Holiday Pops

 キース・ロックハート指揮 ボストン・ポップス・オーケストラ

          (1997.12 ボストン)

1995年からボストン・ポップスの指揮者をつとめるのは、NY生まれのキース・ロックハート。
レーベルもRCAに戻りました。
録音の印象もDGとフィリップスとも違う、落ち着きあるバランスのよい音。
ロックハートは、フィードラー系のライト・クラシックの指揮者かと思いきや、アメリカのメジャーオケは大半指揮してるし、先般もネットでチェコフィルを振ったドヴォザークやヤナーチェク、BBCコンサート管を振ったアーノルドなどを聴いてます。
幅広い活動をしているロックハートのクリスマス・アルバムは、ボストン・ポップスの伝統あるHoliday Traditionalを引き継ぎつつ、新たな目線も加えた新鮮で楽しい1枚です。
歴代が録音していたクリスマス・フェスティバルはここにはなく、ミュージカルから短めのメドレーや、RVWのクリスマス・キャロル幻想曲、ベルリオーズのキリストの幼児から羊飼いの合唱、ビゼーのファランドールなどのクラシック。
もちろん、定番のそり滑りは、ダングルウッドの合唱も加わってナイスなノリの演奏ですが、このCD、全般に落ち着いたラグジュアリーな雰囲気であります。
あと、スノーマンや、ホームアローンといったスクリーンの音楽も。
このホームアローン2は、ニューヨークのゴージャスなホテルやタイムズスクエアのツリーが美しい、感動的なホームコメディ映画でしたが、J・ウィリアムスの曲もあったのですね!
ラストを飾るこの曲、明るくとても前向きな気分にさせてくれる。
しっとりでなく、元気に終わるクリスマスアルバムもまた悪くない。

G-12

これからが本格的な冬を迎える日本。

街は明るい雰囲気だけど、人々は笑顔だけど、でも心のなかは不安がいっぱい、もやもやがいっぱいだと思います。

お願いだから、静かなクリスマスに続いて、静かなお正月を迎えさせて欲しい。

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いまこそ、世界を平和に導いてくれるお方がお出ましにならないものか・・・・

よきクリスマスを🎄

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2021年12月19日 (日)

R・シュトラウス 「サロメ」

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六本木の毛利庭園には、ハート型にうまくねじれたモニュメントが通年あります。

冬の夜景が一番しっくりきます。

遠くに東京タワーは、赤のライトアップ仕様。

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どんな色が施されても、東京タワーはスクッと美しい。

同期生、ワタシも頑張らねば。

そして、頑張って「サロメ」を乱れ聴いた。

R・シュトラウスのblog2度目のオペラ全作シリーズ。

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悩めるヘルデンテノール役を主人公にしたワーグナーの完全な影響下にあった1作目「グンドラム」(1894年)
ジングシュピール的メルヘン劇の「火の欠乏」(1901年)

これら、いまや上演機会の少ない2作に続いて書かれた「サロメ」は、シュトラウスとしても当時、興行収入が大いにあがったオペラで、ガルミッシュに瀟洒なヴィラを建てることもできた。
そして、いまや世界中でこぞって上演される劇場になくてはならぬ演目となりました。

原作のオスカー・ワイルドの戯曲は1891年にパリでフランス語により作成。
ドイツでは、独語訳により1901年に上演されているが、同時期にシュトラウスにオペラ化の提案がありその気になった。
しかし、その台本は採用されず、ラッハマンの原作の独語訳を採用することで1903年より作曲を開始、1905年に完成。
同年、ドレスデン初演され成功を博し、各地で上演されたものの、好ましくない内容として上演禁止にされることもあったという。
前2作以上に、ワーグナー以降のドイツオペラにあって革新的であったのは、優れた文学作品をその題材に選んだことで、しかもその内容が時代の先端をゆくデカダンス=退廃ものであったこと。
そうしたものを、実は人間は見たいのである。
 初演時のサロメ役は、見た目はまったく少女でもなく、しかし、こともあろうに、演出のせいもあったが、自分は品性ある女性、倒錯と不埒さばかり。。と駄々をこね、周りを困らせたらしい。
シュトラウスは、16歳の少女の姿とイゾルデの声のその両方を要求する方が間違っていると、自分のことながら皮肉をこめて語っている。
保守的なウィーンでの初演はずっと遅れて1918年。
マーラーのウィーン時代に、当局より検閲を受け、マーラーはシュトラウスあてに、上演できない旨の手紙をしたためているが、この手紙は投函されず仕舞い。いつかは上演できるとの思いもあったのではとされます。
オーストリア皇室の反対が強く、マーラーと劇場の関係が悪化したのも、そうしたことも理由にあるらしい。

日本初演は、ドレスデンでの世界初演から遅れること57年、1962年です。
調べたら、大阪で、グルリット指揮の東フィル、歌手はゴルツや、ウール、メッテルニヒという本場でも超強力のメンバーで、当時の日本の聴衆はさぞかし驚いたことだろう。
いまでは、日本人歌手のみによる上演も普通になされるようになり、半世紀における演奏技術の進化には目をみはるものがあります。
それは、世界的にみてもおなじことで、サロメを歌う歌手たちは、ビジュアル的にもスリムになり、磨きもかかり、声と演技とに、さまざまなスタイルの女性を歌いあげることも、ますます普通のことになった。

さて、シュトラウスの激しく、劇的で、しかも官能と甘味あふれる音楽。
「私はすでに長い間、東方およびユダヤ的側面を持つ音楽について、実際の東洋的な色彩、灼熱した太陽に不足していることを感じていた。
とくにめずらしいカデンツァで艶のある絹のように多様な色彩を出すような、本当に異国風な和声の必要さを感じた。
モーツァルトがリズムの差による人物描写を天才的な手法で行ったように、ヘロデとナザレ人たちの性格を対比するには、単純なリズムで特徴づけるだけでは不十分だと思った。
鋭い個性的な特徴を与えたいという思いから、多調性を採用した」
シュトラウスのこれらの言葉にあるように、サロメの音楽は色彩的であるとともに、描写的にも、これまで多くの交響詩で鍛え上げられた筆致の冴えが鮮やかなまでに生かされている。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「サロメ」を視聴するにあたり、自分の着目ポイント

①冒頭を飾るナラボートの歌

②井戸から引き出されたヨカナーンとサロメの会話~エスカレートする欲求
 「体が美しい」→「黙れソドムの子」
 「体は醜い、髪が美しい」→「黙れソドムよ」
 「髪の毛は汚らわしい、お前のその口を所望する、接吻させろ」
 (ナラボート、ショックで抗議自殺)

③神々しいヨカナーン
 「お前を助けることができるのは唯一ひとり」
  ガリレア湖にいるイエスを歌う場面
  急に空気感が変わる清涼な雰囲気の音楽
  最後は「お前は呪われよ!」と強烈な最後通告を下す!
  そのときの凄まじい音楽

④ヘロデのすっとこどっこいぶり
 「さあ、サロメよ酒を飲め、そして同じその盃でワシも飲むんだから」
 「あまえの小さい歯で果物に付けた歯形を見るのが好き。
  少しだけ噛みきっておくれ、そしたら残りを食べるんだから、うっしっし」
  嫁にたしなめられつつも、お下劣ぶりはとまらない

⑤ユダヤ人たちの頑迷さと、救世主を待望するナザレ人
  それぞれの性格や、混乱ぶりを音楽で見事に表出

⑥7つのヴェールの踊りへなだれ込む瞬間が好き
  単体で聴いたんじゃ面白くない、流れが肝要
  この「7」という数字には意味合いがあるのだろうか?
  キリスト教社会にある、「7つの大罪」とリンクされているのだろうか

⑦ダンスのあとの、おねだりタイム
 H「見事、見事、褒美を取らすぞ、なにが欲しい?」
 S「銀の鉢へ」
 H「ほうほう、可愛いことを言いようるの、なんじゃ、なにが欲しい?」
 S「ヨカナーンの首」
 H「ぶーーっ、だめだ、だめぇーー」
 妻「ははは、さすがは、わたしの娘」

  ここでのヘロデのリアクションが面白いし、音楽も素っとん狂だ

  これまで観たヘロデびっくりリアクションの金賞は、メット。
  キム・ベグリーの思わず酒を吹く芸人魂あふれる演技

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   (サロメはマッティラ、かなりきめ細かな噴射でございます)

  ヘロデは、ルビー、宝石のありとあらゆるもの、白い孔雀などなど
  代替の品を提案する。
  シュトラウスの音楽の宝石すら音にしてしまう至芸を味わえる。
  提案のたびに、サロメは、「ヨカナーンの首を」と否定。
  
  この「ヨカナーンの首」を所望するサロメの言葉。
  この場面で、全部で「7回」あります。
  ここでも「」が!

  この7つの「ヨカナーンの首」をそれぞれ表現を変えて歌うサロメもいる
  
  「Gib' mir den Kopf den Jochanan!」
  ヨカナーンの首をくれ、という最後の7つめは壮絶
  ここだけでも、聴き比べが楽しい。
  演劇的な要素も多分に求められるようになったオペラ歌手たち。
  かつては考えられない、多様な歌唱を求められるようになったと思う。

⑧サロメのモノローグ

  あらゆるドラマテックソプラノのロールの最高峰級の場面
  聴き手はもう痺れるしかないが、歌手はほんと大変だ。
  愛おしむように、優しく歌い、
  でも官能と歓喜の爆発も歌いこまなくてはならない
  
⑨おまけ ヘロデのひと声

  おい、あの女を殺せー
  「Man töte dieses Weib!」

  ドラマの急転直下の結末を与える、このエキセントリックなひと声も大事
  いろんなヘロデで楽しみたい。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そんなわけで、いろんなサロメや、オーケストラを聴きたくて、新旧いくつもの音源をそろえること8種類。
映像も4種、エアチェック音源は10種も揃えることとなりました。

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①「ショルティ盤」1961年
1961年、そう、日本初演の前年に、「リング」録音のはざまに、カルショウのプロデュースで録音されたもの。
あのリングの延長上にあるような録音で、生々しいリアルサウンドが、キレのいいショルティの剛直な演奏をまともに捉えたもので、ニルソンの強靭な歌声もいまだ色あせない。
しかしながら、ニルソンはすごいけれど、現代のもっとしなやかで、細やかな歌唱からすると強靭にすぎるか。
全般に現在の感覚からすると、やりすぎで重厚長大な感も否めない。
これ単体とすれば、立派すぎて非の打ちようもないのだけれども。

②「ベーム盤」1970年
CD時代になってから聴いたベーム&ハンブルグ歌劇場の70年ライブ。
ライブのベームならでは。
熱いけど、重くなくて、軽やかなところさえある。
長年サロメを指揮してきた勘どころを押さえた自在な指揮ぶりは、感興たくましく、さまざまなサロメの姿を見せてくれる。
それにしても、最期のサロメのモノローグのすさまじいばかりの盛りあがりはいつ聴いてもたまらない。
グィネス・ジョーンズの体当たり的な熱唱も、ベームに負けじおとらずで、私はがんらい、ジョーンズの声が好きなものだから、彼女の声や歌いぶりを批判する批評は相容れません。
70年代はじめ、オルトルート、レオノーレ、オクタヴィアンなど、メゾの領域もふくめた幾多のロールに起用され、指揮者からもひっぱりだこだったジョーンズ。
あわせてヴェルディやプッチーニも積極的に歌ってました。
私は、そんなジョーンズが好きで、ブリュンヒルデ、イゾルデ、バラクの妻、トゥーランドッドなど、みんな好き。
そう、ニルソンにかぶります。

③「スウィトナー盤」1963年
スウィトナーとドレスデンのサロメ。
味わいの深さと、ベームのような軽やかな局面もあり、モーツァルト指揮者だったスウィトナーが偲ばれる。
63年の録音で、前年に日本初演の舞台に立ったゴルツのサロメが、いま聴いても古臭くなく、なかなかに鮮烈なもの。
チョイ役に、アダム、ヨアヒム・ロッチュ、ギュンター・ライプなど、のちに東ドイツを代表する歌手たちの名前があるのが懐かしいが、準主役級はやや古めかしい歌唱も混在。

④「ラインスドルフ盤」1968年
以前にもブログに書いたラインスドルフ盤は、なんといってもカバリエのサロメ。
繊細な歌唱が、少女から妖女までを巧みに歌いこんでいて、まったく違和感はない。
マッチョなミルンズのヨカナーンとか、レズニックのヘロディアスなんかもいいし、キングのナラボートがヒロイックだ。
オペラ万能指揮者のラインスドルフとロンドン響も悪くない、ユニークだけど、普通にサロメが楽しめる。

⑤「ドホナーニ盤」1994年
まず、録音がいい。ショルティ盤がやや古めかしく感じるほどにいいし、ウィーンフィルのよさもばっちりわかる。
ドホナーニの指揮もかつてはドライに感じたが、いまやそうでもなく、ほどよい湿り気があっていい。
あとマルフィターノが、素晴らしい。
表現の幅が、無限大な感じで、少女から妖女までを声で見事に演じ切ってる。
映像もいくつか見たけど、顔もおっかないし、大胆なダンスも。。。
ターフェル立派すぎ、リーゲルのヘロデはナイスです。

⑥「メータ盤」1990年
なんたって、ベルリンフィル唯一のサロメ。
もうね、誰が指揮者でもいいや。
ともかく、いつものベルリンフィルの音がするし、べらぼーにウマいし、ゴージャス。
シンフォニックにすぎるメータの捉え方もあり。
マルトンは声の威力は十分で、少女らしさもあったりして意外、でも大味。
ヴァイクルは柔和すぎだが、ツェドニクのミーメのようなヘロデも素敵なもんだ。
ファスベンダーがヘロディアスという豪華さ

⑦「ベーム盤」1965年
メトロポリタンでのモノラルライブで、ニルソンの圧倒的なサロメ。
ここでも燃えまくるベームの指揮がすごい。
カール・リーブルという懐かしい名前がヘロデ役に。
クナのパルジファルのクンドリー、ダリスがヘロディアス。
ヨカナーンは知らない人

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⑧「シノーポリ盤」1990年
全体にリリカルなシノーポリのサロメ。
デビュー時の煽情的な演奏スタイルはなりを潜め、予想外のしなやかで、美しく、微細な感情移入にあふれたサロメの斬新な姿。
ステューダーの起用も、そんな意図に裏付けられていて、歌手ありきでもあるし、歌手もそんな演奏スタイルに全霊を注いでいる。
少女がそのまま無垢なまま妖しい女性になった感じ。
不安定さもその持ち味のまま、揺れ動くサロメ像を歌ったステューダー。
リザネック、ターフェル、ヒーステルマンも万全。
最近、一番好きなサロメの音盤かもです。

おわかりいただけただろうか、「カラヤン」がないのを。
なぜかこうなりました。
そのうちが、いつかになり、で、年月が経過した結果にすぎません。

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エアチェック編

①「ケンペ&バイエルン国立歌劇場」1973年
 当時のカセットテープから発掘、しかし、冒頭と最後の場面の40分ぐらい。
   むちゃくちゃ熱いケンペの指揮。
 リザネックが伝説級。

②「ホルライザー&ウィーン国立歌劇場、来日公演」1980年
 いまでもウィーンの舞台はこのバルロク演出。
 テレビ観劇もしました。
 リザネックは映像では厳しかったが、さすがの貫禄

③「シュタイン&スイス・ロマンド」1983年
 ジュネーヴ大劇場のライブ。
 シュタインのベームばりの熱気を感じさせる指揮が熱い。
 ミゲネスの芸達者なサロメに、エステスの力感豊かなヨカナーン。
 ロバート・ティアのヘロデに、ナラボートには若きウィンベルイ。

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④「ネルソンス&ボストン」2014年

 演奏会形式、鮮度抜群、切れ味よし、最高水準のオーケストラサウンド。
 バーグミン、ニキティン、シーゲル、ヘンシェル、みんないい。
 これはそのままCD化できる。
 音質も最高。

⑤「ラニクルズ&ベルリン・ドイツ・オペラ」2014年
 プロムスへの客演のライブ。
 ラニクルズの熱さと、BDOの手練れのおりなす充実のライブ。
 シュティンメのサロメがじっくり聴ける。

⑥「ペトレンコ&バイエルン国立歌劇場」2019年
 同時配信の映像も見た。
 複雑な心境になる演出で、最後は全員服毒自殺を・・・
 死んでないヨカナーン・・・
 ペトレンコの最高に鮮烈で、生き生きした、しかも切れ味抜群の早めのテンポで駆け抜けるようなオーケストラ。
 ペーターゼンのスリムでリリカルなサロメは、映像を伴わないと物足りないかも。
 でも、その歌は単体として説得力があり、魔性を感じさせる。
 コッホのやや醜いヨカナーンはいたぶり甲斐もあった。
 Unbenannt5
 そんだけ、ビジュアルを伴ったペーターゼンはすごい!
 演出はワリコフスキー。そのうち映像化されるかも。
 盛大なブーを浴びてます。

⑦「レオ・フセイン&ウィーン放送響」2020年

 テアター・アン・デア・ウィーンのコロナ前の1月のけ込み上演。
 ここでもペーターゼンの絶唱が。
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 奇抜な演出の模様は画像でも確認できる。
 バイエルンがいまだに映像化できないのは、こちらがあるからか?
 ウィーンも100年経って変わったものだ。

⑧「ボーダー&ウィーン国立歌劇場」2020年
 アンデア・ウィーンが斬新な演出で上演した同じ月、1月には、本家の国立歌劇場でもサロメ。
 72年からずっと続いているバルロク演出、ユルゲン・フリムの衣装・舞台。
  クリムト風の世紀末と旧約聖書の物語の融合はいまでも色あせない。
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 美人さん、リンドストロムのサロメが好き。
 北欧出身ならではの硬質さに、繊細な歌いまわし、首おくれ!も迫力あり。
 マイアーの鬼ママもいいし、フォレ、ペコラーロもさすが。
 ただ、前にも書いたが、最後にオケがこけてる・・・・
 同時期に、リンドストロムは、セガンの指揮で影のない女を歌ってまして、そちらもステキ

⑨「ルイージ&ダラス響」2020年
 ダラス響の演奏会形式上演。
 ルイージの明快な指揮に、明るいオケ。
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 リトアニア出身のステューンディテはサロメ、エレクトラで引っ張りだこ
 ザルツブルクでのエレクトラもいい。
 しなやか声の持ち主で、今後、ワーグナーを中心に据え活躍期待。

⑩「シャイー&スカラ座」2021年
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 きっとDVD になるだろうと思うスカラ座上演。
 こういうのは、シャイーはうまい。
 キャストもスカラ座ならではの豪華さ。
 ロシアのスキティナは美人でいま、こちらも引っ張りだこ。
 シーゲル、リンダ・ワトソン、コッホ、リオバ・ブラウンなどなど
 ミキエレットの風変りな演出も見てみたいぞ。
 
映像&舞台編

①「シノーポリ&ベルリン・ドイツ・オペラ」1990年
 昔のVHSテープにて。
 演出は穏健、マルフィターノの、のめり込んだ迫真の演技と歌。
 ダンスではすっぽんぽんに。
 ぼかし必須だ。
 エステスのヨカナーンが凄まじい

②「サマース&メトロポリタン」2008年
 メトにしては、現代風な演出。いまや普通。
 マッティラのビジュアルちょっと無理あるサロメだけど。
 歌は素晴らしい。
 上述のとおりのヘロデのベグリーのすっとこぶりが最高
 ヨカナーンはうしたろう。

③「ガッティ&コンセルトヘボウ」2017年
 演出がわけわからん中途半端っぷり。
 もっとはじけてもいいと思ったけど、そのくせ血みどろなところが苦手
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 スリムな美人ビストレムは、強靭さなしの、しなやか系サロメ。
 いいと思う。
 タトゥーンまみれのニキティンもいい
 なにより、ガッティとコンセルトハボウが硬軟合わせた万能ぶり

④「メスト&ウィーンフィル」2018年 ザルツブルク
 以前より活躍していたアスミク・グレゴリアンを驚きをもって聴いた!
 ショートカットのまさに真白きドレスをまとった少女。
 最初はおどおど、やがて顔色ひとつ変えない冷徹な美少女に変身
 そんな演技と役作りを、歌でも完璧に聴かせる。
 ソットボーチェから、強靭なフォルテまで、広大なレンジと声質七変化!
 まいりました!
  ほかの役柄、意味の分からない演出は彼女の前では無力。
 メストとウィーンフィルは無色透明で、これでよい。

舞台は、まだ2回のみ。
新国のエヴァーディング演出、二期会のコンヴィチュニー演出
過去記事リンクになってます。。

ながながと書きました。
いま、サロメのお気に入りは、ペーターゼンとグリゴリアンでござる。

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  (ペーターゼンのバイエルン、この番号はなに?
   実験動物の遺伝子ID・・・か)
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 (グリゴリアンのサロメ、おっかないサロメのイメージはいにしえに)

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サロメは、シュトラウスのオペラのなかでは苦手な存在だったけれど、こんだけ集中して聴くと、妙に愛着がわいた。
頭の中が、リングとサロメだらけで参った。
しかし、サロメには、ばらの騎士の音楽の要素もあるんだ。
やはりこうして、シュトラウスならではの音楽を、各処に確認することができたし、オペラ初期2作から、ここに至った筋道も確認、同時に、エレクトラもギリシア劇としての視野が次に用意されたことも、ここに認めることができる。

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2021年12月 6日 (月)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ベルリン・ドイツ・オペラ 2021

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東京タワーの横にある「もみじ谷」公園にて。

今年は青空がやたら青くて、いまのところ連日の晴れ。

赤が映えます。

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             (ラインの黄金~ローゲと神々のみなさま)

ベルリン・ドイツ・オペラの新しい「リング」が、昨年から始まって、11月に完了。
RBB(ドイツのネット放送)で、全4部作を高音質で聴くことができた。

ベルリン・ドイツ・オペラのリングといえば、われわれ日本人が通しリングを始めて体験した、ゲッツ・フリードリヒのトンネル・リングが長らく定番として上演されてきました。
それに代わる「リング」
コロナの影響を受けて、「ワルキューレ」のみ2020年、ほかの3作を2021年に相次いで上演して新リングを完成させました。

演出は、人気のステファン・ヘアハイムということもあり、4部作は映像収録され、来年に発売されるそうだ。
お値段次第でポチっとするかもしれないけど、トレーラーを見てなんともいえない気分になるのは、昨今の演出のありがちなこと。
全部見なくちゃわからんが、正直言って、ギャグ満載のリングのパロディ化か・・・・
いや、面白いよ、きっと。。。たぶん・・・・

各役柄にいろんな意味を持たせる手法、それが観劇すれば説得力を持って、劇のなかで大きな流れのなかのパズルのひとつになる。
そうなれば、万々歳なんだけど・・・・ヘアハイム・リングはどうなるだろうか。

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    (ワルキューレ~夫婦喧嘩を見守る群衆、盾もお笑い)

音だけで4部作を聴いての悪印象は、登場人物の歌以外に発する声。
うなり声、叫び声、笑い声、それも下卑たヒヒヒだったり多数・・・、音だけで聴いてると、正直、音楽の感興を阻害することとなる。
で、舞台写真やトレーラーから推察される、それらの声。。
なんで、そんなことまでして、ワーグナーの本来の本質をわざと外して意味付けを行い、解釈をするんだろうか・・・・
アルベリヒと息子のハーゲンのいやらしいヒヒヒはキモイ。
しかも、彼らの顔は、バッドマンのジョーカーそのものだ。
さらに、グンターに変身したジークフリートは、オバQみたいだったww

すいません、つらつらと、ちゃんと全部見て語れってことだけど。

しかし、その演奏面は素晴らしい。
まずもって、長らくベルリン・ドイツ・オペラを率いる、スコットランド出身のドナルド・ラニクルズの指揮が素晴らしい。
ワーグナーやリングを指揮して30年以上、と本人も語るとおり、演出抜きして堂々たるワーグナーを聴かせてくれる。
重厚なれど軽やかで、しかも鮮明で一点の曇りなし。
大きな流れをまず構築しつつ、細部を緻密に積み上げ、壮大かつダイナミックな雄大なワーグナー。
バイロイトでも90年代タンホイザーを指揮、そのころから聴くようになったラニクルズ。
ここで、こう決めて、こう伸ばして、こう、がぁーーっときて、という具合に、ワタクシが思う流れがぴたりと符合して心地いい。
左手に指揮棒、サウスポーのワーグナー指揮者ラニクルズ氏の待望のリングです。
サンフランシスコ・オペラとベルリン・ドイツ・オペラの指揮者であり、英国でもBBC系のオーケストラとの音源多数。
ラニクルズのマーラーやブルックナーも素晴らしいです。

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        (ジークフリート~ミーメさんと主人公)

ベルリン・ドイツ・オペラのオーケストラの巧さも定評のあるところ。
傷も散見されたが、ピットの中の熱気あふれる演奏を堪能。
神々の黄昏の大団円は、ことさらに感動的だった。

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  (神々の黄昏~たぶん自己犠牲のシーン、下着まみれ・・・)

歌手では、なんといっても、シュティンメのブリュンヒルデが、安定感と力強さ、しなやかさで比類ない存在を示してました。
しかしね、ヘアハイムって、下着姿が好きなんだよな、ほかの演出でも。
全編にわたって、その下着姿が氾濫していて、ブリュンヒルデにも容赦ない。
ラインの乙女たちも、あられもない姿で、男とアレしちゃうし、下着姿の群衆が、いたるとこでヤリまくってる・・・・
何だこりゃって感じで、R指定になるよこりゃ・・・

ジークフリートで登場したアメリカのテノール、クレイ・ヒレイ(Clay Hilley)が驚きの歌声。
明るく屈託のない、よく伸びる声は自然児ジークフリートにぴったり。
黄昏では、より厳しさも求めたいところだったが、スタミナも十分で最初から最後まで元気な声。
なかなかの巨漢で、動きがアレなのはしょうがないが・・・

ミーメのチュン・フン?(Ya-Chung Huang)もびっくりの発見。
台湾出身の新星で、のびやかでクリアーボイス。
ベルリン・ドイツ・オペラの専属になったようで、今後の活躍も期待。

ウォータン&さすらい人は、スコットランド出身のパターソンで、このバスバリトンも最近ウォータンを各地で歌っており、パリのジョルダン・リングでもそうだった。
やや軽めで、もう少し力強さも求めたいところだけど細やかな歌いまわしは巧みで、アルベリヒやミーメとの絡みは面白かった。
ただラインの黄金では、オーストラリア出身のデレック・ウェルトンがウォータンで、より若々しい雰囲気。
あえて、ラインの黄金のウォータンを異なる立場で描きたかった演出意図なのかもしれない。

あと印象に残ったのは、アメリカのヨヴァノヴィチのジークムントは豊かな実績を裏付ける力唱だし、ダムラウのヴァルトラウテもシュティンメのブリュンヒルデに負けず劣らずの存在感。
ほかの諸役も初めて聞く名前ばかりだが、いずれもベルリン・ドイツ・オペラの水準の高さを物語る歌唱でありました。


「ラインの黄金」

ウォータン:デレック・ウェルトン ドンナー:ヨエル・アリソン
フロー :アットリオ・グラッサー ローゲ:トマス・ブロンデーレ
フリッカ:アンニカ・シュリヒト  フライア:フルリナ・シュトゥッキ
エルダ :ユデット・クタシ      ファゾルト:アンドリュー・ハリス
ファフナー:トビアス・ケラー   アルベリヒ:マルクス・ブリュック
ミーメ :ヤ-チュン・フン    ウォークリンデ:ヴァレリア・ザヴィンスカヤ
ウェルグンデ:アリアナ・マンガネッロ フロースヒルデ:カリス・トラッカー

                      (2021.6/12)

ジョーカーのアルベリヒは、トランペットを手にしつつ、4部作中、ずっと据えられているピアノの中から即、指環を取り出し、黄金強奪となった。
悪魔くんみたいなローゲは、見た目は悪魔に変身したミッキーマウスか?
やさぐれた神々たちも情けない雰囲気。
聴衆から笑い声もあがる(笑)
でも虹色はきれいだな。



「ワルキューレ
 
ジークムント:ブランドン・ヨヴァノヴィッチ   
ジークリンデ:エリザベス・タイゲ
フンディンク:トビアス・ケラー   ウォータン:イアン・パターソン
フリッカ:アンニカ・シュリヒト   ブリュンヒルデ:ニーナ・シュティンメ

ワルキューレは本物の狼さんが出てるし大丈夫か?
ジークムントはニートみたい。
ピアノから剣を引っこ抜くのは無理筋じゃね?
そうそう、ピアノからみんな登場するね。
ヘアハイムのパルジファルでも、クンドリーは貞子みたいに、穴からせせりあがってきたし。
ジークリンデの感動的な感謝の歌をピアノ伴奏するブリュンヒルデ。
告別シーンはどんなだろ?

見てみたい。



「ジークフリート」

ジークフリート:クレイ・ヒレイ  ミーメ:ヤ-チュン・フン
さすらい人:イアン・パターソン アルベリヒ:ヨルダン・シャナハン
ファフナー:トビアス・ケラー  エルダ:ユデット・クタシ
ブリュンヒルデ:ニーナ・シュティンメ      
森の小鳥:ドルトムント少年合唱団員

          (2021.11.12)

ほぼワーグナーそっくりのミーメ。
ピアノから楽譜を誕生させる楽器職人かい。
それにしてもジークフリートがでかい、小柄なミーメの3倍もあるよ。
大蛇ファフナーが秀逸で、牙がラッパになってるし、そこからファフナーは引っ張り出される。
巻き付けた白い布をジークフリートにくるくるされて、時代劇の悪代官みたいに、あれぇーー、とばかりに、ほれはれほれはれ、されてしまいステテコ姿にされたあげく刺されちゃう。
しかし、大きな疑問は、鳥の声を少年に歌い演じさせたこと。
苦し気だし不安しか感じない。
さらに血まみれで横たわってたし・・・・まさかジークフリートに・・ってか??
ハッピーエンドも、主役の二人以外に、下着男女が乱れまくり、やりまくり・・・・・

なんだかんだで、観てみたいww



「神々の黄昏」

ジークフリート:クレイ・ヒレイ  ブリュンヒルデ:ニーナ・シュティンメ
グンター:トマス・レーマン   
ハーゲン:アルベルト・パッセンドルファー
アルベリヒ:ヨルダン・シャナハン グルトルーネ:アイレ・アスゾニ       
ワルトラウテ:オッカ・フォン・デア・ダムラウ・     
第1のノルン:アンナ・ラプコフスカヤ      
第2のノルン:カリス・タッカー     第3のノルン:アイレ・アスゾニ   
ウォークリンデ:ミーチョット・マレッロ 
ウエルグンデ:カリス・タッカー  フロースヒルデ:アンナ・ラプコフスカヤ

             (2021.10.17)

ノルンたちはスキンヘッド、どうでもいいけど、下着マンたちのひらひらはどうにかならんのか?(笑)
元気にピアノを弾くブリュンヒルデ。
ギービヒ家はリッチマンのおうち。
最初は普通の人だったハーゲン、夢に父親が現れてからジョーカー顔に変貌。
ラインの乙女もスキン化してしまうのか?
ラストシーンも下着衆ぞろぞろ、手のひらピラピラ鬱陶しい。

いやはや、やっぱり全部観てみたいww

聴衆の反応のyutubeもあり、歌手と指揮者にはブラボーの嵐。
演出家ご一行が出てくると、ブーが飛んでました。

でも、さすがはドイツ、コロナがまだ蔓延してるのに、リングをやってしまう。
そして、聴衆も演出はアレ?で批判しつつも、ワーグナーを求める心情止み難しで、演奏と音楽には大熱狂。
行かなかったけど、日本でも2年越しのマイスタージンガーが上演された。
世界中、やはり、ワーグナーがなければ生きていけないのだ。

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しかし、35年前に観劇した「トンネル・リング」が懐かしい。
同時期に、二期会による日本人リングも観劇していたが、そちらは新バイロイト風の抽象的な舞台だっただけに、具象的な動きで表現意欲も強かったトンネル・リングは当時の自分には驚異的ですらありました。
映像で親しんだ、シェローのリングや、クプファーのリングも、いまや懐かしの領域に。
いずれも現代の演出からしたら穏健の域にあるが、でもそのメッセージ力は、なんでもありのいまのものからしたら、ずっとずっと強かったと思う。

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晩秋から初冬を抜かして、本物の冬がしっかりときました。

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