« シューベルト 交響曲第8番「未完成」 ミュンシュ指揮 | トップページ | アンサンブル ラディアント 第23回定期演奏会 »

2022年4月 3日 (日)

ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲第3番&5番

002_20220402175201

春まっさかり。

桜も関東は終盤で、この週末が最後の見ごろ。

移動してきた実家の庭の春紅葉と桜。

003_20220402175201

寒暖の差が大きく、今年の桜はことさらに美しく感じられました。

不穏な世界も、この桜を愛でて一呼吸して欲しいものです。

今年2022年は、ラルフ・ヴォーン・ウィリアムス(1872~1958)の生誕150年。

あらゆるジャンルに、万遍なく、その作品を残したRVW。
あらがいきれなかった9番までの交響曲に、民謡をもとにしたお馴染みのグリーンスリーブスなどの瀟洒な作品や、タリスなどの管弦楽作品、さまざまな楽器の協奏曲作品、室内楽、器楽に、オペラ7作、そして歌曲や声楽曲も多数。
多作家であり、晩年まで意欲は衰えず作曲を続けた。

その生涯にふたつの世界大戦を体験し、その作品にはその影が大きく落としている。
一方で、そんな陰りなどは、まったく感じさせない、英国の田園風景や自然、そして民謡採取から生まれた懐かしさ感じる音楽もあるし、シネマ的な優れた描写音楽もある。
9曲の交響曲には、そんな多面的なRVWの音楽の姿がしっかり反映されていて、それぞれに分類もできる。

今年、数回に分けてRVWの交響曲をその特徴をおおまかに分類しつつ聴いてみたい。

1回目は、不穏ななかに求めたい自然の優しさを。
しかし、いずれもふたつの大戦にはざまれた作品。

Rvw-34-previn

     ヴォーン・スイリアムズ 田園交響曲(交響曲第3番)

       S:ヘザー・ハーパー

   アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

         (1971.1.8 @キングス・ウェイホール、ロンドン)

    ※ジャケットはあまりにステキなものなので借り物で、私のプレヴィン盤は全曲盤
     以下ふたつ記載も以前書いたものに少し手をいれたもの

1922年に
ボールトの指揮により初演。
全曲がゆったりしたモデラートで書かれた、田園を思い描いた心象風景そのもので、平安を求めるより内面的な音楽でもある。


北フランスにいた1916年頃から構想され、そのカミーユ・コローの風景画のような景色に大いにインスパイアされた。
第1次大戦が、しかしこの平和な交響曲に陰りを帯びさせることとなる。
構想から6年、完成した「田園交響曲」は、確かに平和でなだらかな牧歌的なムードにあふれているが、RVW独特のペンタトニックな旋律は、物悲しい北イングランド風で、戦争の悲しみをも歌いこんだ戦火で命を失った人々へのレクイエムのようでもある。

木管の上下する音形で印象的に始まる茫洋とした出だしの第1楽章。
徐々に霧が晴れてくるかと思うと、また風景はぼんやりと霞んでしまう・・・。

やはり静やかな第2楽章、長いトランペットのソロは、夜明けを切り裂くような悲しいラッパに聴こえるし戦渦のなかの慄きか、はたまたあまりに儚い夢の中に留まりたい思いもあるかのようだ。
唯一元気のある3楽章は、フルートやヴァイオリンソロ、ハープの涼やかな合いの手が美しいが、ダイナミックな舞踏曲の様相となるユニークな楽章。
そして、この曲最大の聴き所の第4楽章。ティンパニのトレモロのなか、ソプラノ・ソロが歌詞を伴なわずに入ってくる。
このミステリアスな雰囲気で始まる繊細で美しい終楽章は、心の襞に染み入る癒しと安らぎの音楽だ。
優しく、おやすみなさい、お眠りなさいと語りかけるような音楽。
最後に再度、ソプラノが歌い、消え入るように「田園交響曲」は終わる静寂が訪れる。

次項の5番とともに、心優しい音楽づくりのプレヴィンにもっとも相応しい3番。
LSOと残した交響曲全集のなかでも、もっとも最後の方の録音で、オケとも関係性でももっとも緊密だったころ。
若いプレヴィンならではの、柔軟かつ歌にこだわる歌いまわしが心地よい、まさにフィーリングに満ちた演奏。

  ヴォーン・スイリアムズ 交響曲第5番

    サー・ジョン・バルビローリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

          (1962 @ロンドン)

   ※CDが引越し荷物に埋もれジャケット画像はありません。
    PCに取り込んだCDを再生しました
    このCDはサージェントのRWVも聴けるすぐれもの

次の戦争1943年という世界大戦まっただ中に、何故にこのような平和で柔和な作品が残されたのだろうか。
この前の不協和音乱れ飛ぶ不穏な4番(1943)と戦後作品とはいえ、闘争心と暗さみ満ちた6番(1947)というシャープでキツイ交響曲にはさまれた第5番が戦中だったことを思うと作曲者の心中を推し量りがたくなるがいかがだろう。

ヴォーン・ウィリアムズは熱心なクリスチャンだった。
オペラに声楽曲に、宗教を背景とした作品も多い。
第5交響曲をじっくり聴いてみると、RVWが戦火の悲惨さを思いつつ、そんななかで、祖国への愛、とりわけ英国の豊かで緩やかな自然、そして自らの宗教観を重ねてみたのではないかと思う。

「アレルヤ」という、キャロルの旋律が随所に何度もなんども出てくる。
イギリスのキャロルのなかで、もっとも知られたフレーズ

荘重で、まさに教会旋法を思わせる第1楽章。
スケルツォの2楽章。民謡調のパッセージが明滅しつつ、とりとめのない雰囲気。
この交響曲の白眉といえる第3楽章の素晴らしさ。
あまりに美しく儚く、切ない音楽。
ここに、純真な祈りの心も読み取れる。
例のアレルヤも何度もくりかえされる。
この楽章だけでも、ときおり聴くことがある。
わたしが死んだら、この楽章をいくつものリクエストの中のひとつとしてかけてほしい。
宗教感・自然観・人間模様がRVWの中で昇華されたかのような素晴らしいシーンなのだから。
いま、世界に一番聴いてもらいたい音楽。
 最後にパッサカリアとして、快活に始まる終楽章も、後半は全曲を振り返りつつ、3楽章をとりわけ思いおこしつつ、浄化されたかのようにして澄み切った雰囲気で曲を閉じるが、この曲の素晴らしさを集大成したような名残惜しい、そして忘れないで欲しいと語りかけてくるような、身にしみいるようなエンディング。
泣けます。

RWVの交響曲の中では一番好きな作品。
近年、一番演奏されているRWVの交響曲だと思う。
バルビローリはRWVの交響曲をボールトのように、すべて演奏しなかった。
残された録音は、2番(ロンドン)、5番、8番だと思う。
もっともバルビローリ向きの5番をEMI にステレオ録音されてよかった。
録音は古びて聴こえるが、バルビローリの一音一音、慈しむような、かつ熱い指揮は、この音楽の持つ祈りの熱さを伝えてやまない。
3楽章には熱き感動が、ラストシーンには切ないまでの祈りがここに聴かれます。

この5番は演奏会でも、プレヴィンとノリントン、いずれもN響の演奏で聴いてます。
いまこそ、RWVの田園と5番を聴くべし時節です。

005

おうちから見える桜。

デスクから首を伸ばすと見えるぜいたく桜。

でも散った花びらを掃除するのはたいへんだし、葉が茂ったあとは、虫ちゃんがやってきます。


004

桜は刹那的に楽しむもので、日本特有の味わいかたも華やかで儚いものです。

001

この週末は冷たい雨で、次週晴れたら桜吹雪です。

|

« シューベルト 交響曲第8番「未完成」 ミュンシュ指揮 | トップページ | アンサンブル ラディアント 第23回定期演奏会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« シューベルト 交響曲第8番「未完成」 ミュンシュ指揮 | トップページ | アンサンブル ラディアント 第23回定期演奏会 »