« 2022年4月 | トップページ | 2022年6月 »

2022年5月

2022年5月28日 (土)

シューベルト 「美しき水車小屋の娘」 シュライヤー

01_20220526091001

春から初夏にかけての野辺は、少し荒れ気味だけれど、こうした野放図な自然さがあるから美しい。

グリーンでブルーな感じが好き。

Schubert-schone-mullerin-schreier

  シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」

     テノール:ペーター・シュライヤー

     ハンマークラヴィア:シュテフェン・ツェール

         (1980.2 @ウィーン)

31歳で亡くなったシューベルト(1797~1828)、同様に詩人のヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827)も33歳になる数日前に世を去っている。
活動時期もかぶるこの二人、実際に相まみえたことはないようだが、ほぼ一体化したミューラーの連作詩とシューベルトの歌曲集には、主人公の粉ひき職人を目指す「ぼく」と相棒の「小川」に「水車小屋」、そして愛する「娘」といった主人公たちに加え、「田園」「水」「花」「緑」といったモティーフたちが、極めて叙事的に描かれているように思う。

ベートーヴェンの田園は牧歌的であり、自然と語る風情があるが、シューベルトの水車小屋はドラマであり、自然と人間が一体化してしまい、死すらともにしてしまう。
ゲーテのヴェルテルが、当時の若者に与えた影響は大きかったと言われるが、水車小屋の詩と音楽に感じる「死の影」というものは、いまの現代人の感性からしたら、とても推し量ることのできないものでもある。

元気に意気揚々と旅に出た若者が、恋をして、嫉妬をして、自暴自棄になり、やがて絶望して静かに死を選ぶ。
こんなストーリーのなかで、わたくしが好きな7曲目「いらだち」と、悲しいけれど18曲目「しおれた花」。
恋をして舞い上がった心持ちで、何度も「Dein ist mein Herz」わが心はきみのものと歌うところが好き。
こんどは、辞世の句を訥々と歌うかのように、しおれ、色褪せた花たちを歌う、この寂しさも好き。
ともにこの歌曲の二面の心情であり、シューベルトの音楽の神髄を感じさせると思います。

ペーター・シュライヤーは、これら2篇を選んで聴いただけでも、そのお馴染みの声でもってわれわれを惹き付けてやみません。
2年半前に亡くなってしまったシュライヤーには、水車小屋の録音は4種あります。(たぶん)
最初がオルベルツ(71年)、ついでギターのラゴスニック(73年)、ついでハンマークラヴィアのツェール(80年)、最後はアンドラーシュ・シフ(89年)

シューベルト当時の市井の仲間内で、さりげなく手持ちの楽器を伴奏にして歌ったかのようなギター版。
NHKテレビで放送もされたのでよく覚えてますが、シュライヤーはギターの横で座って、語りかけるようにして歌ってました。
次は、シューベルト当時のピアノ、いまでいえば古楽器ともいえるハンマークラヴィアと録音したのが本日のCD。
ピアノのような多彩な音色でなく、朴訥かつ地味な色合いで響きも少なめで、滑らかさはなくギクシャクして聴こえる。
でもどこか懐かしいレトロな感じは、かつて日本のどこでもあったような田んぼやあぜ道、おたまじゃくしがいるような小川をどこか思い起こしてしまった。
実際に子供時代は、そんな田園や野辺で遊んだものだ。
想像の広がりも甚だしいが、水車小屋のピアノをハンマークラヴィアで聴くというのも、そんなオツな感じだったのです。

70年代までのシュライヤーは、清潔で端正な歌いまわしで、劇的な要素というのは過度ではなかったが、70年代後半からオペラでもミーメやローゲを歌うようになって表現の幅が大きくなりました。
でも、ここで聴くシュライヤーの声は70年代の録音で聴き親しんだ優しく、誠実な歌に変わりはない。
ドイツ語を聴くという語感を味わう美しさもここにはある。

02_20220526091001

雨上がりの新緑と青空が窓の外に見えます。

こうして聴いた、この時期ならではの「美しさ水車小屋の娘」、目にも耳にも優しいものでした。

| | コメント (2)

2022年5月21日 (土)

ヘンデル オラトリオ「復活」 ミンコフスキ指揮

D_20220510214901

5月の始めは五月晴れにめぐまれ、吾妻山の満開のつつじも実に大空に映えておりました。

E_20220510214901

この時期、蜂さんも、つつじの甘い香りに誘われ、活動全開で、ことに熊蜂はフレンドリーなくらいに近寄ってくるし、羽音も元気!

すべてのものが活気づくこれからの季節です。

受難節のあとは復活。

遅ればせながら、マタイのあとを引き継ぐような、キリストの復活をモティーフにしたヘンデルのオラトリオを。

Resurrezione

  ヘンデル オラトリオ「復活」HWV47

    天使:アンニク・マシィス
    マグダラのマリア:ジェニファー・スミス
    クロパのマリア:リンダ・マグィレ
    ヨハネ:ジョン・マーク・エインズリー
    悪魔ルシファー:ローラン・ナウリ

  マルク・ミンコフスキ指揮 ルーブル宮音楽隊

           (1995.4 @サル・ワグラム、パリ)

ヘンデル2番目のオラトリオ。
のちの「メサイア」の最後の場面の復活をさらに描いたこの作品は、イタリア時代の初年、初のオラトリオ「時と悟りの勝利」に次いで、ヘンデル21歳の1706年に作曲を始め、1708年4月にローマのルスポリ宮殿で初演されている。
その初演の指揮は、かのコレルリであります。
台本は2部に分かれており、磔刑の後の2日目と3日目の間の出来事を描いている。

ヘンデルの初期作でもあるこの復活オラトリオは、新鮮さと活力をもった作品で、復活という喜びの爆発にあふれた若々しい音楽だと思います。

ローマで教皇がオペラ禁止令を出したため、オラトリオの形式に隠れながらも、オペラ的なドラマを伴っていて、ある意味神聖なオペラともみなされる。
闇と光の双方の登場人物の戦いで、その描写は独唱者によってなされ、ソロイストを伴ったオペラ・オラトリオ的な存在になっているので、なおさらにオペラ風。
36年後の「メサイア」に比べると、スケール感と出来栄えの緻密さにおいて比較にはならないが、繰り返しますが、その若やぎと輝かしさはとても魅力的で、このあと書かれるオペラ「アグリッピーナ」にも旋律が使われていることから、同オペラを昨年聴きまくったワタクシですから、とても親しみを覚えたりもした次第です。

解説書によると、ヘンデルはローマカトリック教会に改宗させるという試みに抵抗したが、その音楽はスカルラッティやアントニオ・カルダーラなどのイタリア作曲家のスタイルの影響は見られるといいます。
もう1つの影響としての楽器編成で、おそらく約21のヴァイオリン、4つのビオラ、ビオラダガンバ、5つのチェロ、5つのコントラバス、4つのオーボエ(リコーダーとフルートでも2倍)、2つのトランペット、オルボで構成された当時にしては大きな編成、とありました。

2つの部分で構成され、イタリア語で書かれたテクストは五人の登場人物のアリアとレチタティーヴォ、ふたつの部分の最後の合唱からなります。

超自然的な領域では、悪魔くんのルシファーはイエスの死の功績は何なのかと要求しますが、より積極的な天使はそれが人類へのあふれる愛から自ら選んだ犠牲であると主張する。
ルシファーは最終的に敗北を認めなければならず、第2部では地獄の黒い穴の最深部に自ら落ちゆき敗北となります。

これにからませる地上の人間界では、マグダラのマリアとクロパのマリアがイエスの死を悼み、第1部では復活が迫っている聖ヨハネに説得され安心を保ちます。
墓がすでに空となっているのを確認したふたりのマリアの前に、天使があらわれ、人々に告げよと伝えるが、マリアたちはイエスを実際に見なければとその姿を探す。
ヨハネは、聖母マリアから息子イエスが自分のもとにあらわれたことを聴いたとクロパのマリアに伝え、さらにマグダラのマリアは、復活したイエスを実際に見たと語る。
ここで、3人はイエスの復活を確信し、賛美する。

ざっと、このような2時間あまりの復活劇です。

繰り返しますが、復活の喜びは音楽面でも耐えがたく出ており、ルシファーでさえ、いい人に聴こえます。
実際に舞台にかけたとしたら、しかしこの筋立てでは陳腐化はまぬがれないかも・・・

悪魔さんと、天使さまの会話はおもろいですよ(笑)

アルフィーフレーベルにヘンデル作品ばかりか、グルック、ラモー、リュリまでも集中して録音していたミンコフスキの指揮は、冴えまくり切れ味抜群。
そしてこの音楽の若々しさも見事に表出し、当時きっとこんな風に響いたであろう驚きと説得力にあふれていて見事。
いまでこそ、こうした演奏スタイルはあたりまえとなったので、これがオーセンティック。
さらなる先を求める演奏は、研究成果や発見作業が出尽くしてのちに、また現れるかもしれないが、わたくしは、もうこれで十分。
極めて音楽的であり、奇抜さはもういらないと思うバロック期の理想的演奏スタイルです。

お馴染みナウリのルシファーが美声でいい人すぎるが、悪を感じさせない最初のアリアなんて聞き惚れちゃいます。
これもまた耳に親しんだエインズリーのヨハネ、ジェニファー・スミスのマグダラのマリアも素敵なもので、節度あるイギリス系の歌唱は安心できます。
ヘンデルの与えたアリアがリズミカルだし、ノリがいいものだから、ルシファーが聴きごたえがあり、天使さんはほんのりしすぎて聴こえるのがやや残念かな。
でも、ブロックフレーテと中音の通奏低音を伴った天使の歌は、暖かくほんわかとします。

メサイアと連続して聴くもよし、バッハの受難曲のあと、厳しさに疲れたあとのお口直しに聴くもよし、ヘンデルの「復活」、いい曲です。

A_20220521213101

梅雨前から雨の多いこのところの関東。

貴重な晴れ間とツツジが美しかった連休。

B_20220521213101

つつじの色合いは、あでやかですな。

| | コメント (0)

2022年5月14日 (土)

テレサ・ベルガンサを偲んで

Berganza-1

スペインの名花と呼ばれた、テレサ・ベルガンサが亡くなりました。

2022年5月13日、マドリード近郊にて、89歳でした。

こちらの画像は、スペイン政府の国立舞台芸術音楽研究所のツィートを拝借しました。

オペラでは、モーツァルトとロッシーニ歌いとしてメゾでありながらケルビーノ、ロジーナ、チェネレントラなどの決定盤的な録音を残したことだけでも偉大な存在です。
アバドのファンとしては、若き日のアバドのロッシーニには、ベルガンサの存在はなくてはならないものでした。

Image_20220514111901

装飾過多のロッシーニ演奏に一石を投じたアバドの初オペラ録音は、躍動感とともに透明感としなやかさにあふれたものでした。
そこにピタリと波長を合わせたかのようなベルガンサの清潔かつ、ほんのり感じる色香ある歌唱。
久々に聴きなおしても、すっきりした気分になれる歌唱にオケでした。
セビリアのロジーナも同じくして70年代のロッシーニ演奏の最高峰だと思う。
ベルガンサにはデッカへの旧録音もあり、まだろくに聴いたことがないので、そのヴァルビーゾ盤を手当てしたいと思います。

Bizet_carmen_2

新しいカルメン像を打ち立てたベルガンサは、初のカルメン録音にもアバドを選びました。
当初、ショルティ&パリ管と録音すると噂されましたが、ベルガンサが体調を崩したとかで、ロンドンでトロヤノスとの録音になったことはご存知のとおりです。
このブログでも何度も書いてますが、DGがアムネスティのために豪華アーティストによるオペラアリア集を出しましたが、そこでベルガンサは、クーベリック&バイエルンとハバネラを歌い、これが初カルメンとなりました。
豪華絢爛の出演者たちの綺羅星の歌唱のなかにあって、ベルガンサのカルメンは実に香り高い歌声で、当時、カラスやホーンなどの強いカルメンしか知らなかった時分には、実に新鮮なものに聴こえましたね。
同様にクーベリックの鮮烈な指揮も印象的でした。
 そして、ほどなく登場したアバドとの全曲盤。
アバドとの共通認識のもとに生まれた「ベルガンサのカルメン」は、レコ芸では「カルメン像の修正」と評された。
自分の過去記事~「カルメンの既成概念からの解放。
先にわたしが書き連ねた運命の女カルメンは、ベルガンサが歌うと、もっと女性的で明るくハツラツと息づくひとりの女。
そして、宿命の死へと淡々と運ばれてゆく女。」

Berganza-dg

Berganza-decca

DGとデッカの追悼ツィート。

イエペスとのスペイン歌曲や、ファリャ、コジなど、まだまだ聴いていないベルガンサの歌はたくさんあります。
亡き名歌手を偲びつつ、それらを揃えていく楽しみも残されてます。

Berganza-2

テレサ・ベルガンサさんの、魂が安らかなること、お祈りしたいと存じます。

| | コメント (4)

« 2022年4月 | トップページ | 2022年6月 »