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2022年7月

2022年7月30日 (土)

ワーグナー トリスタンとイゾルデ ポシュナー指揮バイロイト2022

Marunouchi-1

ある日のビルとビルの間から見た青空、そして街路樹の緑がうまく取り囲むようにしてうまく撮れた。

半世紀前なら、こんなお洒落で自然豊かな通りではなかった丸の内の中通り。

7月25日にプリミエを迎えたバイロイト音楽祭。

「トリスタンとイゾルデ」の舞台画像をみて、自分が写した写真を思い起こした次第。

画像はすべてバイエルン放送より拝借してます。

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  ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」

    トリスタン:ステファン・グールド
    イゾルデ :キャサリーネ・フォスター
    マルケ王 :ゲオルグ・ツェッペンフェルト
    クルヴェナール:マルカス・アイフェ
    ブランゲーネ :エカテリーナ・グバノヴァ
    メロート :オラフール・シグルダルソン
    牧童   :ヨルゲ・ロドリゲス・ノルトン
    舵手   :ライムント・ノルテ
    若い水夫 :シャボンガ・マキンゴ

  マルクス・ポシュナー指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
               バイロイト祝祭合唱団
      合唱指揮:エバーハルト・フリードリヒ

      演出:ロラント・シュヴァーブ
      装置:ピエロ・ヴィンチグエッラ
      衣装:ガブリエーレ・ルップレヒト

          (2022.7.25 @バイロイト)

バイエルン放送協会により、ネット同時放送がされ、すぐさまにストリーミング配信もされたので、即日に効くことができました。

音質の良さは、申すまでもなく、ドイツの放送局のネット配信はどこも質が高く、ひとつも乱れることなく聴くことができる。

まいどのことですが、こうして毎夏、バイロイトの音をすぐさまに聴くことのできる幸せは、昔だったら考えられないこと。

コロナ禍により、2年前、新演出上演される予定だった「リング」が中止となり、昨年もコロナで準備も整わず順延。
もともと予定されていた「トリスタンとイゾルデ」と、延期になった「リング」通し上演が今年2022年の目玉となりました。
このふたつの大きな作品を新演出しようとカタリーナ総裁をはじめ決意できたのは、パンデミックの温床となってしまう合唱団の登場が少なめだっただからとか。

それでも一波乱あり、リングのインキネンはコロナで出演不可となり、トリスタンの指揮予定のマイスターがリングに。
急きょ、穴の開いたトリスタンを指揮したのがポシュナーでしたので、今年は新演出への注目と、2回のリハーサルで挑んだポシュナーの指揮に注目が集まりました。

ミュンヘン生まれのポシュナーはドイツとオーストリアを中心に、多くのオーケストラとオペラハウスで活躍してきた指揮者で、アーヘンの歌劇場、スイス・イタリア語放送オケ、リンツ・ブルックナー管などのポストを歴任。
地味だけど、手堅い実力者で、パルジファルと使徒の饗宴を組み合わせたCDや、全集進行中のブルックナーの一部を聴いたことがある。

前奏曲が始まると、最初は燃焼不足ながら、すぐにいい感じになってきて、自分的にはいい速度を保ちつつ、余剰なタメは少なめ、適度なうねりも効果的で、幕が開いて水夫、そしてイゾルデが歌いだすと、オーケストラの音たちは舞台上のドラマ・歌手の歌と均一化して一体化して全3幕、最後までだれるところが一切なく、息も切らさず集中して聴くことができた。
テンポも走りすぎることなく、適切だし、ここはというときの爆発力も備えていて万全。
オーケストラだけでも、今回のトリスタンは、わたしは成功だと思う。
このよきトリスタンが、今年は2回しか上演されないのももったいないと思う。

40度近くになったドイツの猛暑のなか、歌手たちは体調管理も大変だったであろう。
主役級で、一番安心して聴けて安定してたのがツェッペンフェルトのマルケ。
この美しくも深く、滋味深い声は、年々よくなると思う。
いまや最高のマルケであり、グルネマンツだ。

アイフェの友愛あふれるクルヴェナールも、このバリトンにあった役柄だけに素晴らしく聴けた。
今年は、トリスタンとタンホイザーでグールドとのコンビだ。
クルヴェナールの死は、なかなかに泣かせました・・・

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カストルフのリングでブリュンヒルデをすべて歌ったイギリスのフォスターも、かつてのグィネス・ジョーンズに次ぐブリテッシュワーグナーソプラノとして、わたしの好きな歌手で、イゾルデに回った今年も、疲れを見せぬ安定した歌唱でした。
彼女のTwitterをフォローしたら、気軽に返してくれて、どこでいま何を歌っているかがわかり、身近な存在となりました。
今年のイゾルデの舞台写真をみたら、なんだか前首相メルケルさんに似てるな・・と思ったり。

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対するグールドの八面六臂の活躍ぶり。
トリスタンを2回、タンホイザーを4回、黄昏のジークフリートを3回!
今年60歳になったグールド、その疲れを知らぬ力強さと親しみやすさを持った声は今年も健在で、このタフマンにバイロイトは本当に救われていると思う。
しかし、贅沢な欲をいえば、聴き慣れすぎて、トリスタンの声には、若々しさをともなった、孤独と気品をさらに求めたい気も。

グバノヴァのブランゲーネも悪くなくて、フォスターとの声の対比と、イゾルデの反面的な存在意義も、よく出ていた。

ほかの端役諸氏は、年々知らない名前が連ねるようになった。
そしてなかなかの多国籍ぶり。

歌もオケも、充実のトリスタン、ちょっと褒めすぎかな。

しかし、驚くべきことに、「愛の死」がまだ鳴り終わってないのに、聴衆からは拍手が巻き起こってしまった・・・・・・

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ブーイングのない新演出って、もう何年振りだろうか。
1幕からブラボーが飛び交い、終幕は前段に述べた通りのありさま。

それだけ、よけいなことをしなかった、シュヴァーブ演出は、写真だけ見るとなかなかに美しく幻想的な「トリスタン」で、聴衆は思わず、こんなの待ってましたとばかりに熱狂したのでしょうか。

写真だけで批評はできませんが、いくつかの断片や、ニュース映像、ドイツ各紙の反応などを見ると、いずれも好評で、「星・波・色」の3要素を巧みに使い悲劇でなく、また分断でもなく、愛のある未来を描いたようだ。

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最初の3幕の画像にあるリングのようなものは、最初から据えられていて、2幕では、恋人たちはここに水が満たされて飲まれてしまう。
恋人たちを上からのぞき込む若い男女、イゾルデの愛の死の後には、年老いた男女の恋人がこれを見守る・・・といった風なことを読みました。
なんか、美しいと思う。
コロナで世界中の人々の心は荒んでしまった。
リングは、嫌な予感もしなくもないが、いまオペラの演出は、妙にこねくり回し、解釈を施すより、心に響くもの、そんな愛のあるもの、ワーグナーの音楽に満ち溢れるものにして欲しいものだ。

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これは、メロートの刃を見立てたネオン管が降りてきて・・・という2幕のシーン。

暑いけど、とんでもなく暑いけど、ワーグナーは最高だ💓

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今年のバイロイトでは、スタッフか関係者で、性被害だが差別だかが行われたとかなんとかでもめたらしい。

世界はほんと、そんなことばかりだし、告発や被害仕立てもSNSであっというまに拡散し炎上する。
もう、そうしたようなことも飽きたし、やめて欲しい。
静かに過ごしたいし、目にもしたくない。

バイロイト音楽祭の終盤は、ネルソンスによりオーケストラコンサートが2回あり、ここでは、オランダ人、タンホイザー、トリスタンの断片が演奏されるが、歌手はフォークトとフォスター。
フォークトのトリスタン(2幕)が聴ける。

来年のバイロイトは、パルジファルの新演出が、カサドの指揮、カレヤのタイトルロールで。
タンホイザーの指揮に、ふたりめの女性指揮者ナタリー・シュトゥッツマン。
シュトゥッマンは、歌手から指揮者となり、こんどはアトランタ響の首席にもなることが発表され、各オペラハウスでもその活躍が著しい。
はやくも、来年も楽しみなバイロイト。

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2022年7月20日 (水)

ワーグナーの夏、音楽祭の夏、はじまる

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平塚市の大磯町との境目にある「湘南平」。

5月でしたが、ほぼ半世紀ぶりに行きました。

戦時中には、B29をねらう高射砲が据えられたが、平塚大空襲のときに爆破されてしまった。

いまでは、恋人たちが、ここに鍵を結ぶ平和なデートスポットになっていて覚醒の感があります。

子供時代、わたしの住む隣町にも防空壕が多くあり、怖いけどもぐったりしたものですが、これは予測された米軍の相模湾上陸に備えてのものだと大人になってわかり、身震いがしました。

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目を東京方面に転じると、江の島と三浦半島が見えます。

手前は烏帽子岩に、平塚港。

天候不順なれど、夏来たり、そして国内外に音楽祭の季節。

悲しみと不安のなかにありますが、音楽界は平常運転で、夏がめぐってきました。

ヨーロッパ各地は現在、記録的な猛暑にみまわれ、イギリスでは40度を記録・・・

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夏の音楽祭といえば、わたしにはバイロイト

初めて買ったワーグナーのレコードが、突如として現れた「ベームのリング」。
そのときの予約特典が、2枚組のハイライト盤で左の画像。
そのあと、フィリップス社が既存の名盤、サヴァリッシュのオランダ人、タンホイザー、クナッパーツブッシュのパルジファルをセットにして発売。
そのときのサンプラー廉価盤が右の画像。
このとき、はじめて世評高い孤高の名盤とされた「クナのパルジファル」に接し、さわりだけだったけど、神々しい感銘を受けたものです。

こうして、ともかく私のワーグナーはバイロイトあってのもので、年末に放送されるNHKの放送を必死に録音し、あの劇場のサウンドを脳裏に刻み付けてきました。
年末でなくとも、リアルタイムでバイロイトの現地の音や映像がすぐさまに確認できるようになった現在。
コロナで変則的な上映が続いたここ2年、今年はフルスペックで予定通りの上演になるかと思いきや・・・・

2022年の上演作品は、新作が「トリスタンとイゾルデ」と「リング」、再演が「オランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」ということで、新演出が2本と前期ロマンテックオペラ3作が揃って上演されるという珍しい年となりました。

2020年に予定されたプリミエから2年経過してとうとう上演される、ヴァレンティン・シュヴァルツ演出による「リング」。
指揮者のインキネンがコロナにかかり、オーケストラとのリハーサルがろくに出来ずに降板。
つくづくインキネンはついてない。
代わりに、トリスタンを指揮する予定のコルネリウス・マイスターがリングの任に当たることに。
マイスターは、シュトットガルト歌劇場の音楽監督として、リングを手掛けており、同劇場のサイトで、ピアノを弾きながら楽曲解説を行うマイスター氏を確認しましたが、わかりやすい解説と明快なピアノ演奏に驚きましたね。
読響の首席客演時代はパッとしなかったみたいですが、劇場叩き上げ的な指揮者として、シュタイン、シュナイダー、コバーなどと同じく、バイロイトを支える職人指揮者のようになって欲しいものです。

リングに移ったマイスターの代わりにトリスタンの指揮者に選出されたのは、マルクス・ポシュナー。
ポシュナーはミュンヘン出身で、現在リンツ・ブルックナー管の指揮者で、全曲録音も進行中。
ブルックナーの専門家みたいにしか思われてないけど、手持ちCDで、アーヘンの劇場との録音で、パルジファルと使徒の愛餐がありました。
はたして、いかなるトリスタンを聴かせてくれましょうか。

指揮者では、オランダ人はリニフ、タンホイザーはコバー、ローエングリンはティーレマンと盤石。

歌手は、変動多くて、ウォータンとオランダ人を歌う予定のルントグレンが降りて、前者はシリンスとコニチュニーに、オランダ人はおなじみのマイヤーに。
 ステファン・グールドがかつてのヴィントガッセン級の八面六臂の大活躍で、トリスタン、ジークフリート(黄昏)、タンホイザーを歌うタフマンに。
あと、フォークトは、ジークムントとローエングリン。
シャガーがジークフリートに。
 イゾルデを長く担当したテオリンがブリュンヒルデ、前のリングのブリュンヒルデを歌ったフォスターがイゾルデ、と言う具合にステキなクロスも楽しみ。

演出はどうなんでしょうね。
こんな風に、始まる前から妄想たくましくして記事が書けるのもバイロイトの楽しみです♬

Proms2022

バイロイトと並んで、わたくしの夏を飾る音楽祭がイギリスの「Proms」

約2か月間にわたって、ロンドンの巨大なロイヤル・アルバート・ホールで催されるフレンドリーな音楽祭。

イギリス全土のBBC局をつなぐので、ロンドン以外の各地の面白いコンサートを、極東の日本でも居ながらにしてネット空間で楽しむことができる。

でも主流はアルバートホールでの演奏会で、今年、わたくしがチェックしたものは、「オラモ&BBCのヴェルレク」がファーストコンサート。
大活躍のウィルソンの英国音楽の数々、セシル・スマイスのオペラ「漂流者たち」をティチアーティのグラインドボーンメンバーで。
ヤマカズ&バーミンガムで、スマイスとラフマニフ2番。
エルダー卿とハレで、プッチーニ外套、ロイヤルフィルによる日本人作曲家の一日、ダウスゴーのニールセンシリーズ、ラトル&LSOの復活、ガードナーのゲロ夢、ペトレンコ&BPOのマーラー7番、シフによるベートーヴェン後期ソナタ、セガン&フィラ管のエロイカ、バーバー、プライス、スタセフスカヤのラストナイト。

10月末には、スタセフスカヤ&BBCで、proms2022Japanが開催されます。
プログラムは自分的にはイマイチだけど、ニッキーがやってくるので、行きたいな。

promsは、BBCのネット放送で、すべてストリーミング再生可能です。

オラモ&BBCのヴェルディのレクイエムを早くも聴きました。
タイミングがタイミングなだけに、深刻な面持ちで聴きましたが、極めて純音楽的でカチっとした演奏。
ただ歌唱陣は自分には今ひとつ。
ソプラノ歌手がドラマテックさはよいとしても、言語不明瞭な感じで不安定で、ムーディだった。

こんなこと言ってはサイトの存続すら危うくなりますが、Promsの今年の画像ひとつとっても、ここにうかがわれるのは、「多様性」。
BBCはアメリカの各局と並んで、こうしたジェンダー的なことに、そうとうにこだわりぶりを見せてます。
極東の小さな町で、世界につながったネット放送を聴く自分が偉そうなことは言えませんが、半世紀以上音楽を聴いてきた自分の耳を信じたいと思った。
なにが優先されるのか、なにが大切なのか・・・・
私は、とんでもないことに言及しているかもしれません。

Salzburg

相変わらず豪華ザルツブルグ音楽祭

フルシャ指揮のカーチャ・カバノヴァ(コスキー演出)、アルティノグリュー指揮のアイーダ、クルレンツィスの青髭公、ヴィラソン演出(?)のセビリアの理髪師、メスト&グレゴリアンのプッチーニ三部作、マルヴィッツの魔笛、ルスティオーニ指揮のルチアなどなど。
どれも映像付きで観たい聴きたい。

オーケストラ演奏会も豪奢ですので、オーストリア放送のネット配信がどれだけあるか楽しみではあります。

Exp


現在開催中でもうじき終わっちゃうのがエクスアン・プロヴァンス音楽祭

サロネンの舞台付きマーラー復活、サロメ、イドメネオ(日本人スタッフ)、ロッシーニのモーゼとファラオ、ポッペアとオルフェオのモンテヴェルディ2作、ノルマ、ベルリオーズ版オルフェオとエウリディーチェ

夏の後半はルツェルン音楽祭
アバドから引き継いだシャイーは、今年はラフマニノフ2番とマーラー1番。
フルシャがこのところ、ルツェルンでドヴォルザークをシリーズ化して、今年は新世界。

Bregenz

湖上の祭典、ブレゲンツ音楽祭では、ウィーン交響楽団が主役。
蝶々夫人、ジョルダーノの珍しいオペラ「シベリア」、ハイドンのアルミーダ。
湖上の蝶々さん、なんかステキそうですが、ここの演出はいつもぶっ飛んでるからな。
演出はホモキだから、まあ大丈夫か、見たいな。

アメリカへ渡ると、ダングルウッド
ボストン響とネルソンスの指揮が主体ですが、毎年、オペラをコンサート形式で取り上げます。
今年は、ドン・ジョヴァンニ。
ネルソンスがふんだんに聴けるのがこの音楽祭前半で、ハルサイ、ガーシュイン、ラフマニノフ3番など、いずれもネット配信されます。
録音も抜群にいいのが、ボストン響やタングルウッドのライブの楽しみです。

日本ではサマーミューザ
聴きに行きたいけど、突然行くパターンにしないと、ほんとに行けない昨今のパターン。

Bayreutherfestspiele2022

悲しい事件はあったけど、暑さに負けるな、コロナなんて〇〇っくらえ、仕事も頑張れ。夏は音楽祭だ、ワーグナーだ!

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2022年7月 8日 (金)

ヴェルディ レクイエム アバド指揮

20220620

6月の終わりの頃のある日の夕焼け。

壮絶にすぎて、ドラマテックにすぎて、なにか起きやしないかと不安な思いを抱いた。

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  ヴェルディ  レクイエム

 S:カティア・リッチャレッリ Ms:シャーリー・ヴァーレット

 T:プラシド・ドミンゴ    Bs:ニコライ・ギャウロウ

   クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団

                ミラノ・スカラ座合唱団

         合唱指揮:ロマーノ・ガンドルフィ

           (1979.6、80.1,2  @ミラノ)

悲しみと怒りの日に、ヴェルディのレクイエムを、最愛の演奏で聴く。

怒りの日にばかり焦点が向きますが、ヴェルディのレクイエムは、死者を悼む、まさにレクイエム。
残されたひとたちへの哀歌であり、悲しみへよりそう優しい音楽。

今日の日こそ、ラクリモーサが心締め付けられるほどに響く。

アバドの誠実な指揮、豊かな歌心が、こんなときこそ泣けるほどに美しく一途でした。

日本にとってきわめて大きな喪失が本日あった。

まだ受け入れられない。

その喪失感は、世界のメディアや指導者たちの言葉を聞けばわかる。

大きな存在を失った日本は、そして大きな岐路に立たされることになった。

そのことを、しばらくしたら、国民とメディアは気が付くと思う。

「反」の人は、結構です、ずっと騙されていてください。
マスコミや「反」のひとが植え付けた悪のイメージが元凶だと思う!

安倍さん、日本を守っていただきありがとうございました。

その魂が永遠でありますこと、心よりお祈り申し上げます。
そして、天から、日本を守ってください。

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2022年7月 6日 (水)

ロッシーニ 序曲 アバド指揮

Hirastuka

七夕の準備の進む平塚市。

繁華街の公園では、園児たち、小学生たちの七夕のぼりが鮮やかに展示されてます。

今週末には、3年ぶりの本格七夕まつりが開催。
コロナで待ち望んでいた仙台ともリンクした平塚の伝統あるお祭り。

子供時代は毎年狂喜乱舞したお祭りで、両親へのわがままも、ことさらに通る贅沢な瞬間でした。

暑すぎのアバド生誕週間でしたが、その後、台風までも参戦し、天候は急転直下の日々。

すっきり、晴れやか気分にさせてくれるアバドのロッシーニ序曲集を聴く。

ヨーロッパ室内管との演奏は今回あえてスルーして、ロンドン響とのものを、曲もセリアでなく、ブッファを選んで聴きました。

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 ロッシーニ 「アルジェのイタリア女」序曲

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

         (1975.2 @ロンドン)

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 ロッシーニ 「イタリアのトルコ人」 序曲

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

         (1978.05 @キングスウェイホール、ロンドン)

アバドが70年代に、年をあまりおかずに録音したロッシーニの序曲集。

わたくし的には、最初のDG盤がジャケットもステキで、思い入れが強いのですが、全6曲中、セビリアとチェネレントラが全曲盤からの使いまわしというところがやや残念なところで、あえて再録して欲しかったな、と。

しかし、75年の2月は、あの「春の祭典」が録音された同時期にあたるものです。
ロッシーニを軽やかに指揮するがごとく、ハルサイをもいとも簡単に俊敏に演奏してしまったアバドとロンドン響。
名門ロンドン響の腕っこき奏者たちがアバドに夢中になってしまった。
そんな颯爽としたアバドの指揮ぶりが、ここに聴かれて、いま40年以上も経っても爽快このうえなし。

78年に、RCAレーベルに入れたロッシーニとヴェルディの序曲集も、大学生になった自分は学校の生協で購入して、来る日も来る日も聴きました。
セミラーミデとウィリアムテルという巨大セリアの序曲をここに選んだように、スケール感を増した演奏ぶりで、キングスウェイホールの厚い響きもセリア系序曲やヴェルデイの音楽には相応しいものでした。
でも、ブッファ系の軽やかさは相変わらずで、セビリアの理髪師にいたっては、そのまま流用した「イギリスの女王エリザベッタ」の序曲を選曲するというこだわりぶりで、しかも相変わらずのすっきり感とノリの良さ。
ロッシーニの音楽に、生真面目に取り組み、ユーモアよりは歌い口の美しさと軽やかさ、透けるようなシルキーな響きをもたらしたアバドの真骨頂がここに聴かれます。

ロンドン響とのこの2枚に比べると、ヨーロッパ室内管との録音は、より自在になり、テンポも快速で、若い手兵とロッシーニの音楽をひたすら楽しんでいる風情があります。
より晩年に、マーラー・チェンバーとかモーツァルト管とやってくれたらいったい・・・・そんな思いもよぎるアバドの鮮度高いロッシーニでした。

1813年、21歳のときの「アルジェのイタリア女」では、イタリア女に惚れこんだアルジェの太守を滑稽に描いた、当時大人気のトルコ風なエキゾチックなお笑いオペラ。
そして、こんどは、その逆パターンを1年後に作曲。
ここでは、トルコの王子がイタリアに乗り込んで引き起こす色恋沙汰。

アバドは、「アルジェ」はレパートリーにしていたが、トルコ人は指揮しなかった。
ほかには「セビリア」「チェネレントラ」「ランスへの旅」と全4作のみ。
ヴェルディとともに、もう少し、ロッシーニのオペラも残して欲しかったと思いますね。

七夕の日に、爽快なアバドのロッシーニを。

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