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2022年10月22日 (土)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ティーレマン指揮

Ring-linden

ワーグナーの本場、ドイツはやはりすごかった。

昨年はベルリン・ドイツ・オペラでヘアハイム演出でリング4部作が上演完成し、今年はバイロイトで延期になっていたリングの通し上演がなされ、賛否両論を巻き起こす騒ぎとなりました。
またシュトットガルトでも順番に上演中で、さらにこの10月にはベルリン国立歌劇場でも1週間のうちにリングを通し上演する新演出公演がなされました。
指揮は当然に、この劇場に君臨してきたバレンボイムで、監督になって30年目、11月の80歳の記念上演となるはずでした。
今年の2月頃から体調がすぐれず、キャンセルを繰り返してきたバレンボイムですが、夏に復調を見せたにもかかわらず、医師から深刻な神経疾患ゆえリングの指揮にストップがかかりました。
バレンボイムはこれを機に、今後のこの劇場での指揮もふくめ、指揮活動も見直す発言をしてわれわれを驚かせました。

その代役といってはあまりあるほどの大物ティーレマンが選ばれ、ティーレマンとしては故郷ベルリンの老舗での指揮ということになり、3回のチクルスのうち2回を指揮することとなりました。
のこり1回は、この劇場の副指揮者でバレンボイムの弟子筋でもあるグッガイス。
彼は、ヴァイグレの後任としてフランクフルトオペラの音楽監督となる有望株です。

全4作がネット配信されましたので、すべてを喜々として聴いてみました。

演出はバレンボイムのお気に入りのチェルニアコフで、保守的なイメージの先行するティーレマンもチェルニアコフの才能は高く評価していると表明してました。
その手掛ける演出は、さながら心理劇のような複雑な考察を持ち込んだもので、舞台も人物も完全に設定替えをしてしまう、そんな天才肌のチェルニアコフ。

公開画像とほんの少しのyoutube映像からは、いつものこの演出家らしい閉ざされた空間と、小割りにした左右・上下に連続する部屋、天井の低さを犠牲にしても複層的に階上も利用する巧みさなどを確認できる。
これらの空間が回り舞台のように場面展開とともにクルクルと動いて、登場人物たちが移動したりする。
こうした舞台設定のなかで、人物たちはまるで映画俳優に求められるような、大胆かつ細やかな演技をしつつ歌うわけで、歌手への負担はとても大きいと思う。
 そしてなにより、大胆な読み替えもあることから、本来のドラマと音楽とを知悉していないと途方にくれることになるは、毎度のチェルニアコフ演出の術。

短いトレーラーを見ただけでもワクワクしてしまう面白さ。
これは確実に映像化されるだろう。
観たくてしょうがない。

ドイツの評論を読んでみた。
またちょっと長めのトレーラーも見たので半ば推測の域ですが。
舞台はウォータンが所長をつとめる研究機関で、その名も「ESCHE」と書いてある。
調べたら「トネリコ」の意味だった。
いくつもの部屋は緻密に区割りされていて、実験室、待合室、講堂、体育館、ガラス張りの家、廊下、エレベーター室、檻などなど。

Gott-2

上記はおそらくその平面図で、下のフロアは3人の老いたノルンとブリュンヒルデ、黄色い服はジークリンデが着ていたレガシーだろう。
ともかくすべてが細かいから映像向き。

1960年代から現代までを、研究室を舞台に4つの楽劇で睡眠療法やらストレス療法、心理療法とやらをやっていて、神々たちは支配者と上級の研究者であり、人間や巨人たちは実験体で、地下作業場ではそれに対立するニーベルング族が労働を強いられている。
ジークムントは自閉症ぎみの逃亡者で、ジークリンデもホームレスで同じ症状で突発的行動をとり、フンディングは警官。
ガラス張りの部屋の外や階上からは所長ウォータンが常に動向を監視。
ラインの乙女も、ワルキューレたちもみんな研究所のスタッフ。
ブリュンヒルデを囲う炎はなし。
ジークフリートはアディダスのジョギングスーツを着たやんちゃ坊主だが、これもまた実験体。
おもちゃやレゴを与えられて育ったが、それらを破壊し、火をつける、その行為が剣を鍛える場面とは。。。
ミーメは神経質な老人で、ファフナーは拘束着をつけた野蛮人で係員にジークフリートのところへ連れてこられぶっコロされる。
森の小鳥も白衣のスタッフさんで、ジークフリートを所内をくるくると案内してブリュンヒルデの元へいざなう。
あとわからないのがギービヒ家の立ち位置で、ウォータンは所長を引退しており、あらたなビジネスとして取り組んでいるのがギービヒ家なのだろうか?上級市民風に見える。
ジークフリートはグンターに化けることなく、そのままでブリュンヒルデの前にあらわれるので、これはブリュンヒルデは精神的にもキツイだろう。
ジークフリートは体育館でバスケットボールに興じるなかで、登り旗の先っぽで刺されてしまう。
イジメを受けて死んだジークフリートの周りで後悔する人々。
ここからラストがどういう展開か、ほんとに見てみたいし知りたい。
ひとり生き残るのがブリュンヒルデで、彼女は自己犠牲に殉ずることはない模様。
※ラストシーンはワーグナーが草稿の段階で書いていた結末の台詞を背景にブリュンヒルデが旅立つ様子を描いたようだ。
「わたしは世界の終わりを見た」というものだろう。
実験の失敗、あたらしい人間の創造の失敗・・・・・

黄金なし、剣なし、槍なし、炎なし、ライン川なしのないないずくしの室内リング。
ここまで解釈を施してしまうのがチェルニアコフだし、昨今の演出。
面白いし刺激を受けることにおいては最高の楽しみだろう。
しかし、室内的な空間でワーグナーの壮大なドラマが矮小化されてしまうのも事実だろう。

ベルリンにおいては、昨年のヘアハイム演出よりは上位だとの見方のようですが、さていかに。

画像と動画はすべてベルリン国立歌劇場のサイトからお借りして引用しております。

Alle Bilder und Videos stammen von der Website der Berliner Staatsoper


  ワーグナー 楽劇 四部作「ニーベルングの指環」

   クリスティアン・ティーレマン指揮

    ベルリン国立歌劇場管弦楽団

Rg

 

  「ラインの黄金」

ウォータン:ミヒャエル・フォレ  ドンナー:ラウリ・ファサール
フロー :シャボンガ・マキンゴ  ローゲ:ロランド・ヴィラソン
フリッカ:クラウディア・マーンケ フライア:アンネット・フリテッシュ
エルダ :アンナ・キスユジット    ファゾルト:ミカ・カレス
ファフナー:ペーター・ローゼ   
アルベリヒ:ヨハンネス・マルティン・クレーンツェル
ミーメ :ステファン・リューガメーア   
ウォークリンデ:エヴェリン・ノヴァーク 
ウェルグンデ:ナタリア・スクリッカ 
フロースヒルデ:アンナ・ラプコプスカヤ

                      (2022.10/2)


Wa_20221020092001


 
 

   「ワルキューレ」

ジークムント:ロバート・ワトソン 
ジークリンデ:ヴィダ・ミクネヴィチウテ 
フンディンク:ミカ・カレス    
ウォータン:ミヒャエル・フォレ

フリッカ:クラウディア・マーンケ 
ブリュンヒルデ:アニヤ・カンペ
その他ワルキューレのみなさん

                    (2022.10.3)

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 「ジークフリート」

ジークフリート:アンドレアス・シャガー 
ミーメ:ステファン:リューガメーア
さすらい人:ミヒャエル・フォレ 
アルベリヒ:ヨハンネス・マルティン・クレーンツェル
ファフナー:ピーター・ローゼ  エルダ:アンナ・キスユジット
ブリュンヒルデ:アニヤ・カンペ      
森の小鳥:ヴィクトリア・ランデム

                             (2022.10.6)

Gott

  

  「神々の黄昏」

ジークフリート:アンドレアス・シャガー  ブリュンヒルデ:アニヤ・カンペ
グンター:ラウリ・ファサール       ハーゲン:ミカ・カレス
アルベリヒ:ヨハンネス・マルティン・クレーンツェル 
グルトルーネ:マンディ・フレドリヒ       
ワルトラウテ:ヴィオレッタ・ウルマーナ     
第1のノルン:ノア・ベイナルト      
第2のノルン:クリスティーナ・スタネク 
第3のノルン:アンナ・サミュエル   
ウォークリンデ:エヴェリン・ノヴァーク 
ウエルグンデ:ナタリア・スクリッカ  
フロースヒルデ:アンナ・ラプコプスカヤ
エルダ:アンナ・キスユジット     ウォータン:ミヒャエル・フォレ

                      (2022.10.9)


神々の黄昏でカーテンコールに出てきたチェルニアコフに対し、盛大なブーイングがなされていたけれど、音楽面ではティーレマンのそれこそ壮大な指揮が実に素晴らしいと思った。
聴きながら、腰を低く構え、両腕を開きつつ指揮棒の丸い持ち手を揺らしながらも、堂々としたティーレマンの指揮ぶりが脳裏に浮かんでしようがなかった。
ともかくテンポがじっくりで、揺るがせにしない巨大な音楽が終始鳴り響く。
いろんなモティーフがじっくりと歌われるし、弦楽のいろんな刻みもこんなに克明に弾かれると驚きの効果を生むし、こんな風になってたのかと聴いていて驚くか所もたくさんあった。
それでいて、緻密で細やかな配慮にもことかかず、音楽はときに繊細ですらあった。
若い頃には唐突なパウゼがいかにも不自然だったが、いまや舞台の進行や人物たちの心理にも寄り添うように、ときおり起こすタメはとても音楽的だった。
ワルキューレ2幕のウォータンの、終末を望む強い言葉「Das Ende」を繰り返すが、そこにあったパウゼは、これまで聴いたワルキューレのなかで、一番、最大に長かったし、緊張の瞬間でもあった。

演奏時間が演奏の良しあしではないが、ティーレマンのリング演奏時間の違いは過去演と比較するととても大きい。
ウィーンでのリングを持っていないので、バイロイトでの演奏家から、2008年の正規盤でなく、2006年の手持ちライブで比較。

           2006年      2022年

ラインの黄金    2時間30分     2時間47分 

ワルキューレ    3時間42分     3時間53分

ジークフリート   4時間1分       4時間5分

神々の黄昏     4時間25分     4時間42分

年齢を重ねてテンポが伸びるのはよくあるが、ティーレマンの演奏はより中身が濃くなっていると同時に、音楽の繊細さも増していると思う。
ラインの黄金と黄昏における長大さは、今回のドイツの評でも指摘されていた。
オーケストラもこらえ切れない場面も散見されたが、ティーレマンの指揮にベルリンのオケも聴衆も間違いなく魅了されたことだろう。
バレンボイムのあともありだ!

このティーレマンの指揮に、微に入り細に入りぴたりと符合するように繊細で細やか、そして滑らかな語り口で、きっと演技にも巧みに合わせていたであろうウォータンがフォレ。
この滑らかかつ饒舌なフォレと丁々発止と絡むのが、マイスタージンガーでもいつも共演しているクレーンツェル。
このアルベリヒの巧みさも文句なしで、神々の黄昏ではすっかり老いてしまっているのも歌でよくわかるほどの演技派。

思えば、イゾルデ、クンドリーとシャガーとともに共演し、そこでもバレンボイム&チェルニアコフだったのが、アニヤ・カンペのブリュンヒルデへの挑戦。
背伸びした役柄でもあるが、彼女らしく繊細・細やかな歌い口で、静かなシーンではとても感動的で、父娘の会話などフォレの名唱とともになかなかに感動的だった。
しかし、ジークフリートと黄昏のラストではかなり厳しい局面となってしまった。
 一方の相方のシャガーはジークフリートにもすっかりなじんで、天真爛漫そのもの。
トリスタンの映像でも、今回のジークフリートの映像の一部でも、チェルニアコフの指示だろうけど、ずいぶんとファンキーな動作をしていて笑える。

ハーゲンをはじめ、リングの悪方3役を巧みに歌ったカレスは、声が明るめなバス。
ローゲに果敢に挑戦した新境地打開のヴィラソンさん、声に灰汁が濃すぎて、見た目のげじげじさんも不評だったようだが、私は応援したい。
小柄なリトアニア出身のジークリンデ、ミクネヴィチウテさん、すてきな歌唱だった。
好きなメゾ、マーンケさんのフリッカも安定感あるうまさ。
ジークムントのアメリカ人テノールは、そのお声がアメリカンすぎる歌いまわしで不評、でもわたしは今後よくなると思った。
ミーメのリューガメーアはまさに職人気質の性格テノールで実によろしい。

歌手はやはりリンデン・オーパーなだけにコネクションの豊富さもあり、ドイツ・オペラに比べると充実の極み。

ともかく、歌手のみなさん、たいへんです、お疲れ様です、といいたい。

リンデンオーパー、日本にバレンボイムとなんどもやってきてくれた。
その前、スゥイトナーの時代にも、数限りなく来日してくれた。
ふたりの監督のオペラやオケ公演を幸いにして何度か接することができたが、もしかしたらこの先、ティーレマンとの来演となるのだろうか。
ドレスデンの指揮者が、かつてはコンヴィチュニーやスゥイトナーのようにベルリンでも長く活躍する、そんな先達のなおれのように、ティーレマンも受け継ぐのだろうか。

バイロイト以外のドイツのワーグナーの演奏史はこうして受け継がれていくことに、安堵している。

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