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2022年11月

2022年11月19日 (土)

R・シュトラウス 「サロメ」 グリゴリアン、ノット&東響

Salome-1

ジョナサン・ノットと東京交響楽団によるコンサート・オペラ、R・シュトラウス・シリーズ第1弾。
「サロメ」を聴いてきました。
コロナ前に、モーツァルトのダ・ポンテ三部作も同じく手掛けたコンビ。
衣装は通常のドレスで、椅子を据えただけで、簡潔な演技でオーケストラの前や後で歌う形式。
演出監修は、サー・トーマス・アレンです。

なんたって、いま、サロメを歌い演じたら世界一とも思われるアスミク・グリゴリアンの日本デビューでもありました。
ミューザとサントリー、どちらに行こうかと悩んだが自身のスケジュールからミューザに。
ほんとは両方とも聴きたかった。

 R・シュトラウス 楽劇「サロメ」

   サロメ:アスミク・グリゴリアン      
   ヘロデ:ミカエル・ヴェイニウス
   ヘロディアス:ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー    
   ヨカナーン:トマス・トマッソン
   ナラボート:岸浪 愛学 ヘロディアスの小姓:杉山 由紀
     ユダヤ人:升島 唯博      ユダヤ人:吉田 連
   ユダヤ人:高柳 圭   ユダヤ人:新津 耕平
   ユダヤ人:松井 永太郎  カッパドキア人:高田 智士
   ナザレ人:大川 博    ナザレ人:岸波 愛学      
   兵士  :大川 博    兵士  :狩野 賢一

  ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団

    演出監修:サー・トーマス・アレン

     (2022.11.18 @ミューザ川崎シンフォニーホール)

100分間、金縛りあったように、まんじりとせずに聴き入り、そしてステージでのグリコリアンに釘付けとなりました。
黒いタイトなドレスをまとったグレゴリアンのサロメ。
椅子に腰かけながら歌う場面がなくても舞台の進行のなかでも放つ存在感。
それは気品をまといつつ、または不安を覚えるようでもあり、足を組みつつ尊大であったりと歌わなくてもサロメを演じてました。
そしてひとたび声を発すれば、ホールを圧し、ホールの隅々までに届く強靭さを示す。
登場してナラボートにすがりつつ欲求を満たさんとする少女のサロメも、ヨカナーンを見て欲望の虜になっていくサロメも、ここでは恋をしたような恋情も感じさせた、こんなサロメの揺れ動きを歌でもって見事に表出。
ビビりまくりの義父へダンスの報酬を要求する「ヨカナーンの首を」という数度の返答も、たくみに歌いわけ、最後通告ではしびれるほどに強く、有無を言わせぬ強烈さがあった。
そしてもちろん、最後の長大なモノローグでは繊細なまでにヨカナーンへの恋情を切々と歌い、しかも熱狂の虜となってしまったように、狂える達成感を歌い上げてみてホール全体を熱く、熱くしてしまった!
強大なほどの声のレンジを感じさせ、どんなにノットがオーケストラを煽っても、それをも超えて響いてくるグリコリアンの声。
強さと繊細さ、声による巧みな表現能力。
ここまでやられちゃうと、受け取る側も疲弊してしまう。
そんなにまですごかったグリコリアン様でした。

2018年のザルツブルグ音楽祭でのサロメを視聴して彼女の特異な才能と美貌に魅入られた次第。
その後、さかのぼって「エウゲニ・オネーギン」のタチァーナ、「エレクトラ」のクリソテミス、「イエヌーファ」「オランダ人」のゼンタ、「賭博者」のポリーナ、「三部作」の3人のヒロインなどを聴いてきた。
やはり、一途な思いの役柄が得意なようで、感情移入が巧みな彼女ならではの歌と演技が、いずれも素晴らしいと思った。
リトアニア出身でご亭主はロシア出身の演出家ヴァシリー・バルハトフ 。
初来日の彼女、日本を好きになっていただいたようで、彼女のサイトを見てみたら「I Love Japan」と書かれていて、抹茶アイスの写真などが添えられてました。
カーテンコールでも、人をたてつつ、でしゃばらず、ステージマナーの所作もステキな彼女でした。

グリゴリアンとジュネーヴで共演歴のあるノット監督率いる東京交響楽団。
日本のオケがこんなに輝かしく、分厚い音と繊細な音色でもって、シュトラウスの万華鏡のような変幻自在の音楽を巧みに表出できるなんて!
ノットの指揮する東響もほんとに素晴らしかった。
歌手たちと事前に細密に打ち合わせてのことだろうが、しかしこの日のノットは思い切りオケを鳴らしていた。
それに負けない歌手たちだろうと踏んでのことだろうし、上に響くバランスのいいミューザのホールの特性も頭にいれてのことだろう。
サントリーでの公演はまた違ったアプローチをするかもしれない。
ピットの中では見ることのできない巨大編成のオーケストラが、分奏したり、打楽器がそんなところで、とか、ともかくコンサート形式のオペラでのビジュアルの喜びも堪能。
スコアで確認したい、ヨカナーンの首を落とすところは、オケ団員が床を踏んで鳴らしていた。

驚きの太っちょヘルデン、ヴェイニウス。
大きなお腹にもかかわらず、思いのほかスマートですっきりとした明快なヘルデン。
すっとこどっこいぶりは薄めだけれど、この必死なヘロデの声は思いのほか力強く耳に届いた。
ワーグナー諸役を持ち役にしているようで、新国あたりでうまく起用したらいいかと思った。

トマッソンのヨカナーンは、P席の横で、オケの上、斜め右で歌った。
ここからの声がホールを圧するすごさで、ブリリアント。
そう輝かしいヨカナーンだった。
オケのステージに降りると、グレゴリアンの声は通るのに、トマッソン氏の声がオケに混濁してしまうこともあった。
聴く位置にもよるかもしれないが、それだけグリコリアンの声がすごかった。
トマッソンは、バレンボイム・ベルリン・チェルニアコフ「パルジファル」でユニークな心優しいバーコード頭のクリングゾルを歌ってます。

バウムガルトナー、たぶん初聴きですが、この人の声もよく耳に届き、凛とした真っ直ぐな声のメゾでした。
ワーグナー諸役ではフリッカとオルトルートを得意役としているようで、こうした歌手はほんとに貴重だし、好きですね!

がんばった日本の歌手たち。
直前にナザレ人からナラボートにまわった岸浪さん、リリカルなお声だったけど、ナラボートの必死さをよく歌ってましたし、ほかの諸役、いずれも安心して聴けるレヴェルです。
こうしたみなさんが、日本のオペラをしっかり支えてくださり、日本各地でクラシック音楽を広めてくださる。
裾野は広く、レヴェルはともかく高いと認識です。

トーマス・アレン卿の演技指導は、ともかく的確で余剰な動きなしで、音楽を阻害しないもの。
ヨカナーンをともかく遠くに置き、手の届かない存在に見せつつ、サロメが興味深々になると手が触れるくらいまでに近づける。
こうした空間の活用はうまいし、各人が椅子に座りながらも何気に表情や演技で歌以外でも参画しているのも、コンサートオペラが無味乾燥にならずに息づいて受け止められることで演出が関与する意味合いがあるというもの。
アレン卿、カーテンコールでグリコリアンに促されて出てきて、ダンスをするなど、相変わらずお茶目でした。

サロメをヘロデが断罪したあと、急転直下のエンディングとなりますが、その瞬間ホールの照明は落とされ、一瞬の暗闇となりました。
最後にも驚愕の感銘が。

Salome-5

アレン卿に、グリコリアン、きっとのノット監督の人脈でしょう。
ほんとにありがたいことです。
2023年5月は「エレクトラ」が予定されてます。

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ミューザは音がいい。

この日、東海道線で事故があり、ミューザの最寄り駅の川崎駅では各線の混乱が生じた。

あと一本あとだったらたどり着かなかった。

このコンサートも10分遅れでスタート。

ともかく久しぶりの演奏会だし、無事に聴けたし、とんでもなく素晴らしい「サロメ」を堪能しました。

過去記事

 「サロメ」 視聴しまくり、聴きどころ、見どころ

 「サロメ」 二期会公演

 「サロメ」 新国立劇場

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2022年11月13日 (日)

ホルスト 「惑星」 マリナー指揮

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ある日の西の空の三日月。

実家に移動して来て、窓の外は毎日空が見渡せます。

Moon-1

徒歩7分の海に出れば相模湾で、シーズンオフには人っ子ひとりいない静かな海を独占できる。

移転して1年も経たないうちに、都会の空は遠い存在となってしまった。

コンサートなんておっくうで、帰りのことを考えると嫌になっちゃう。

Holst-marriner

     ホルスト 「惑星」

 サー・ネヴィル・マリナー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

      (1977. 6.22~24  @コンセルトヘボウ)

懐かしい1枚を。

みんな物故してしまった私の好きな指揮者4人衆のひとり、マリナー卿。
92歳、現役真っ最中で亡くなって、もう6年。
ただでさえ膨大な数のマリナーのレコーディング、まだまだ聴いていない録音もたくさんありますし、愛聴盤でも当ブログで取り上げていない録音もいくつもあります。
聴いていない代表は、ハイドンのネイムズシンフォニーとモーツァルトの交響曲、セレナーデ集など。
あと、愛聴盤の代表が、この「惑星」でした。

大学時代に発売されて聴きたくてしょうがなかったけれど、学生時代ギリギリに、なんとエルガーのエニグマと2枚組で限定発売された。
それこそ、飛びつくように大学の生協で購入し、評判だったその録音の良さに、若き自分は狂喜乱舞した。

ハイティンクですっかり馴染んでいたコンセルトヘボウのオーケストラの音色と、コンセルトヘボウのホールの響きが、フィリップスの超優秀な録音でもって、しかも大好きな「惑星」が月夜が窓から見渡せる部屋の自分の安い装置から、素晴らしい音で鳴り響いたのでありました。

いつも書いていることですが、アナログ時代最盛期の70年代後半のフィリップス録音はすべてが素晴らしいと思う。
コンセルトヘボウ、ボストン、ロンドン、ロッテルダム、スイス、いずれの録音会場でもクオリティの高い録音がなされていた時期。

レコード発売時のレコ芸の若林駿介さんの録音評をいまでも覚えてます。
打楽器の音が強すぎるが残響が豊かで音に艶がある・・・的な内容だったと記憶します。
CD化されたこのアナログ録音ですが、まさにそうで、加えて刺激的な強音を感じさせないで、オケの音のダイナミックな強さを体感させてくれる、いまでも素晴らしい録音だと思います。

マリナーの指揮、相変わらず丁寧で不器用なまでに指揮棒を振り分けているのがわかる丁寧な指揮。
作品が実によく書けているから、フルオーケストラ演目を指揮し始めたころのマリナーの素っ気なさもかえって新鮮に感じるし、むしろ演出過多の演奏よりずっと客観的な惑星っぽい。
イギリスのオケでも聴いてみたかったけど、ここでのコンセルトヘボとの驚きの組み合わせは成功としかいいようがないです。
分厚い響きに暖かな音色は、当時、金管に木管に名手ぞろいの奏者たちの巧みな演奏も加わり、誠に心地よく素晴らしいものです。

マリナーの「惑星」は1976年に東京フィルに来演したおりに、NHKFMで放送され体験済みでした。
日本のオケに初登場の50代になったばかりのマリナーさん。
この当時は、マリナーといえばアカデミーという具合に自身が創設した室内オーケストラでの活動をメインにしつつ、ロンドンのフルオーケストラなどへの客演を初めていた時期で、東フィルもいいところに目を付けたなと思ったものです。
 その後のマリナーのフルオーケストラへの進出と躍進ぶりは、もうここに記すまでもないでしょうあ。
いま思えば、ベルリンフィルとウィーンフィルからは呼ばれなかった(はず)。
これもまたマリナーたるゆえん。

マリアーの清涼感あふれる上品で美しい「惑星」。
秋の日に、懐かしい思いとともに聴きました。

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失敗した皆既月食の写真。

Planets

おまけ

「惑星」ジャケット選手権

わたくしの偏見でもって選んだ惑星のナイスなジャケット。
左上から時計回りに、①プレヴィンLSO、②メータLAPO、③ショルティLPO、④バーンスタインNYPO、⑤マリナーACO、⑥ハイティンクLPO、⑦小沢BSO、⑧ノリントンSRSO、⑨プレヴィンRPO、⑩ラトルPO

レコードだと大判なので、音楽を聴くとき、スピーカーのうえに立てて聴くと、雰囲気もとてもあがりました。

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2022年11月 9日 (水)

ベルリオーズ レクイエム プレヴィン指揮

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9月の彼岸にはピークを迎える彼岸花。

毎年、同じ場所に、同じ時期にちゃんと朱にそまって開花する。

立冬を過ぎたいま、いまさらの写真ですが赤が怖いほどに美しいので。

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  ベルリオーズ  レクイエム op.5

 アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン・フィルハーモニック
              ロンドン・フィルハーモニック合唱団

      T:ロバート・ティア

            (1980.4 @ウォルサムストウ)

ベルリオーズ(1803~1869)の34歳、1837年の作品。

フランス革命後40年を経て、復古を繰り返した帝政・王制のなかで最後の王制を敷いた王様、ルイ=フィリップ1世。
その治世1830~48年の間、暗殺未遂事件が起きてしまい犠牲者が出てしまった。
その犠牲者追悼のためフランス政府は慰霊祭を計画し、その音楽を若きベルリオーズに委嘱した。
このレクイエムはそのときに作曲されたもの。
しかしながら、この追悼式は政治色が強く、王制が復興してしまったことへの市民感情を紛らわす意図もあった。
結局、慰霊祭の規模が縮小されたり、若い作曲家がなんぞや的なこともあり、演奏は流れてしまう。
しかし、同年アフリカ戦線アルジェリアでダンレモンという将軍が戦士し、その追悼でという名目をとりつけ初演にこぎつけることができた。
そんな経緯を経て生まれたレクイエム。

シンバル10、ティンパニ10人、大太鼓4、バンダ4組・・・・、という途方もなくバカらしい巨大な編成がオリジナルのこのレクイエム。

①レクイエム・キリエ → ② 1 怒りの日 → 2 ミゼレーレ 
 → 3 レクス・トリメンダ →
 4 怒りの日 → 5 ラクリモーサ 
③奉献唱 1ドミネ・イエズス  2 ホステイアス

④サンクトゥス  ⑤アニュス・デイ 

ベルリオーズのことだから、そしてその巨大な編成から、さぞかしすさまじい大音響なんだろう、とやたらと期待しつつFM放送を録音したのが小澤&ベルリン・フィルのライブで、いまをさること高校生の頃。
小澤さんは、70年代、ダイナミックな指揮ぶりでもって、こうした巨大な編成や長丁場の作品を暗譜でもってわかりやすく指揮することで、欧米諸国でも引っ張りだこだった。
いま思えば、そんな巧みなスキルを持ったスマートな指揮者ってあまりなくて、とくにアメリカでバーンスタインに次ぐ存在として重宝されたのも理解できること。

巨大で大音響のとんでもない作品だと思い込んでいた。
(過去記事の引用)ティンパニとラッパが鳴り渡るトゥーバ・ミルムのド迫力はすさまじいもので、カセットテープでは音がびり付いてしまい、どうしようもなかった。
そんな大音響の場面は、全曲の中のごく一部だともわかった。
 このレクイエムは、抒情と優しさに満ちた美しい音楽なのだと、何度もそのカセットテープを聴いて思うようになった。

CD時代になって、スピーカーの破綻を気にせずに、ボリュームを上げ下げしながら気にして聴くことがなくなった。
その組み合わせとレーベルの珍しさからずっと聴きたかった「ミュンシュ&バイエルン放送、シュライヤー」のDG盤をまず購入。
剛毅さと歌心を併せ持ったこの名盤は、いまもってこの曲の最高の演奏だ!
その後、バーンスタインの巨大な演奏も聴いた。
コンサートでは、ゲルギエフが日本のオケを振った演奏も聴き、大音響よりは抒情に傾いたスタイリッシュな演奏に驚いた。

CD時代初期に、ロンドン響を巣立ったプレヴィンが驚きのロンドン・フィルとの録音を行った。
ロンドン・フィルが各レーベルで引っ張りだこだったハイティンク時代末期。
ロイヤルフィルに行く前のプレヴィンとの一期一会的な録音がこのベルリオーズだった。

教会での演奏を想定してかかれたレクイエムであることを、しっかりと感じさせる響きの豊かさ。
でも決してムーディじゃありません。
祈りの音楽としてある、このベルリオーズのレクイエムの立ち位置を意識させる真摯な演奏。
ベルリオーズの本質、巨大サウンドではなく、それは全体の一部で、本来は歌に溢れた抒情味。
そんなベルリオーズの姿を見せてくれるプレヴィンは、この巨大な曲でも優しい微笑みを感じさせてくれる。
ロンドン・フィルの金管のマイルドな響きが、刺激的でなく優しく聴こえ、ロンドンのオケ付合唱団でも当時ぴか一の存在だったフィルハーモニー合唱団も暖かくふくよかな歌声だ。
 ティアーのテノールはやや知的に過ぎるかな。
でもこの声を聴いて、あのティアーの顔を思い出してしまうくらいに、ロバート・ティアはイギリスのテノールの顔だった。

ラストのアニュス・デイにおける平和、平安に満ちる安らぎと終末感は数あるレクイエムのなかでもベルリオーズは随一かもしれない。
カンプラに遡り、フォーレ、デュリュフレにいたるフランス系のレクイエムの流れのなかに、しっかりベルリオーズもあることをいまさら認識しました。

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ベルリオーズのレクイエム、ほんとに美しく抒情的な音楽だと思った。

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