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2023年4月14日 (金)

R・シュトラウス 「平和の日」 二期会公演

Shibuya-01

日曜の午後の渋谷。

信号が変わるたびに、この群集が渡る光景、駅へ向かう人以外はいったいどこへ?

わたしのいまいる小さな町の人口ぐらいの人数がここにあるくらいだ。

学生時代を過ごしたワタクシの昭和の渋谷は、もう見る影もない。

隅々まで知っていたのに、迷子になってしまう。

人をかき分けて、この日はオーチャードホールへ。
最愛の作曲家シュトラウスのオペラを観劇に、苦難をもろともせずに向かう。

この多くの人々は、平和と自由を享受し、危機と、もしかしたら来るかもしれない苦難という言葉は知らないようだ。

Friedenstag2023

       R・シュトラウス 「平和の日」

  司令官:小森 輝彦  マリア :渡邊 仁美
  衛兵 :大塚 博章  狙撃兵 :岸浪 愛学
      砲兵 :野村 光洋  マスケット銃兵:高崎 翔平
  ラッパ手:清水 宏樹 仕官  :杉浦 隆大
  前線の仕官:岩田 建志 ピエモンテ人:山本 耕平
  ホルシュタイン人 包囲軍司令官:狩野 賢一
  市長 :持齋 寛匡  司教  :寺西 一真
  女性の市民:中野 亜維里

 準・メルクル 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
           二期会合唱団
       合唱指揮:大島 義彰
       舞台構成:太田 麻衣子
       (カヴァー マリア:冨平 安希子)

         (2023.4.9 @Bunkamura オーチャードホール)

日本初演、アジア圏初演、2日目に観劇してきました。

舞台にあがったオーケストラの前に、簡易な装置を据えたセミステージ上演。

わたしにとって、シュトラウスはヨハンでなくてリヒャルト、そしてリヒャルトはオペラ作曲家です。

15作あるオペラの12作目。
主要な管弦楽作品はとっくに書き終えていて、オペラ以外では、かの明朗なるオーボエ協奏曲や二重協奏曲、メタモルフォーゼンなどが残されているのみ。
オペラでは、タイトルとは裏腹な、言葉の洪水のような「無口な女」の半年あと、1936年6月の作曲が「平和の日」。
本作以降が「ダフネ」(1937)、「ダナエの愛」(1940)、「カプリッチョ」(1941)となります。

このシュトラウス作品の流れで「平和の日」を捉えてみると感じるのは、シュトラウスらしからぬ表層感といきなりの平和賛歌の唐突感。

もう15年も前の弊ブログ記事で、作品の成り立ちやドラマはご確認いただけましたら幸いです。

「平和の日 シノーポリ盤」

CD1枚サイズのオペラを本格舞台で上演するにはコスト的にも大変。
シュトラウスが想定した「ダフネ」とのダブルビルトも集客的にも難しい。
ということで、今回の二期会セミステージ上演はその点でまず大成功。

そして独語上演では歴史と伝統のある二期会の公演、スタッフも協力者もすべてにおいてシュトラウス演奏に適材適所の安心の布陣。
舞台奥に紗幕的なスクリーンを配置し、そこにドラマの進行にあわせてイメージ動画が流れる。
30年戦争当時の神聖ローマ帝国らしき地図や、戦端の模様、教会の鐘など、音楽とドラマに巧みにリンクしていてわかりやすかった。
ただ最後の地球は、正直、新味に乏しく、各国の平和の文字であふれるところもうーーむ、という感じだった。
思えば、地球で平和裏に終わる演出は、これまでいくつ見てきただろうか。
パルジファル、キャンディードなどが記憶にあり。

その紗幕の向こうに合唱が配置。
びっしり並んだオーケストラを指揮する準・メルクル氏に、歌手たちはその指揮者に背を向けて歌うわけで、オペラ上演と真反対。
舞台袖上部に指揮者を映すモニターが据えられていたし、メルクルさんは、巧みに歌手たちに見やすいように、そして的確に指揮しておりまして関心しました。

手持ちのCDはいずれも海外盤なので、今回字幕付きでじっくり堪能できたのは、ほんとにありがたかった。
これまでちょっと曖昧だった部分がすっきり解決、みたいな感じ。
市長などが司令官を訪れ、市民の疲弊の説明と講和を進めるが、頑なな司令官は午後に決定を知らせると話す。
その午後に教会の鐘が打ち鳴らされるわけだけど、宗教をひとつの理由とした戦渦で、久しく鐘は鳴ることがなく、それを司令官の意志と思った市長や市民たち、そんな平和の誤解がよく理解できた。
 頑迷な司令官はそんなの知らない、敵司令官の訪問にも頑なな態度を崩さなかった。
このあたりのいきさつが、今回とてもよく理解できた。
 あと司令官夫妻の二重唱では、熱烈な愛の二重唱だと思い込んでいたけれど、お互いの思いのすれ違う言葉の応酬だった。
それでもマリアのモノローグから、夫妻の二重唱、そのあとのオーケストラの間奏など、まさにシュトラウスの音楽の醍醐味を痺れるような感銘とともに味わうことができました。

フィデリオや第9みたいだと思いつつ、合唱幻想曲をも想起してしまう、そんな歓喜の爆発エンディングは、衣装をコンサートスタイルに変えた登場人物たちが舞台前面に並び立ち、割と前列だったワタクシは、思い切り皆さんの力のこもった力唱のシャワーを浴びることになり、興奮にも包まれたのでした。

1975年の若杉弘さんの指揮する「オテロ」が、わたくしの初オペラで、初二期会でした。
以来、二期会のオペラは多く観劇してきましたが、日本初演の上演も多数経験できました。
なかでも、「ジークフリート」「神々の黄昏(日本人初演)」は自分的に誇るべき体験でしたし、シュトラウスも多くの日本初演を二期会で体験できました。
そして今回の「平和の日」も忘れえぬモニュメントとなりそうです。

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ウォータンやシェーン博士など、いくつもの上演で聴いてきた小森さん。
やはり素晴らしい。
ドイツ語がまず美しいのと、歌としての自然さがまったく違和感なくなめらか。
独白的な場面も、めちゃくちゃ説得力があって、渋い演技とともに堅物の司令官の姿を見事に描ききってました。

あと驚きは渡邊さんのマリアで、あの長大なモノローグを情熱的に見事に歌ってのけて、女声好きのシュトラウスの残した聴かせどころを大いなる共感とともに表現してました。
この場面では、後期のシュトラウスの透明感と諦念のような作風も感じるので、思わず涙ぐんでしまった。
今後の二期会のシュトラウス上演に渡邊さんと、今回カヴァーに入っていた富安さんは欠かせない存在となりそうです。
あのモノローグをいま聴きながら書いてますが、いろんな要素が詰まってますね。

大塚さんの衛兵、深いバスは、かなり前にグルネマンツを聴いたことを思い出しました。
ほかの諸役も、二期会のオペラでお馴染みの方ばかりですが、よくよくおひとりひとり見て聴いていると、なんと難しい歌唱なのかと痛感。
シュトラウスの楽譜は、きっと歌手も楽器もおんなじ扱いで、高難度で、よくぞこんなの暗譜して歌えるなと感心してしまうことしきり。
これら諸役で、案外の決め手役は、イタリア歌手としてのピエモンテ人で、ドイツ人のなかにあるイタリア人的な輝きと明るさが特異な役柄。
しかも今回は、演出で司令官の意図を察して行動する役柄だけど、つねにその行動に不安と疑問を持っている。
ルルでのアルヴァ役が記憶にある山本さん、いい声響かせてました。

先に触れたオペラ指揮者としてのメルクルさんの手練れぶり。
「ダナエの愛」を聴き逃したのは痛恨ですが、新国のリング以来のメルクルさんでした。
なによりも大編成のオーケストラを過不足なく響かせつつ、歌手の声もホールに明瞭に届けなくてはならない。
その意味で、オーケストラをコントロールしながらも、斬新なシュトラウスサウンドを堪能させてくれた。
もっと大胆に、豪放にやることもできたかもしれないが、東フィルから繊細かつスマートな音響を引き出してました。
久々の東フィルも実にうまい!

二期会の積極的なネットでの広報や、専門家や出演者による解説など、事前のお勉強にとても役立ちました。
加えて最後にお願い、というか提案。
このような珍しいオペラはリブレットの理解が必須で、国内盤もないなか、海外盤に頼らざるをえない。
広瀬大介さんの素晴らしい翻訳は、当日販売するとか、有料配信するとかできないものか。
有名オペラ以外は、こうした手段も取って欲しいと思います。

Shibuya-04

1月末に営業終了した東急百貨店。
連結するBunkamuraも、このオペラ上演翌日より、一体再開発のため長期休館となりました。
オーチャードホールは、日曜のみ開館するようですが、1989年のオープニングを思い出します。
シノーポリ率いるバイロイト音楽祭の引っ越し公演でこけら落とし。
結婚したばかりで余裕のなかった当時のワタクシ、泣く泣くこの上演は見送りましたことも懐かしい思い出です。

変貌に次ぐ変貌をとげる渋谷の街。
「私の昭和の渋谷」は遠い過去のものになってしまった。
地下に潜ると迷子になってしまうし、地上も景色が変わってしまわからない。
途切れることのない人の流れに戸惑うワタクシ、まさに「さまよえるオジサン」でした。

昼食を取ろうにもラーメン屋や行列店ばかり。
外人さんだらけ。
大人の残された空間のようなお寿司屋さんをみつけ、すべりこんで一息つきました。

Shibuya-02

人ごみに流されたあとの一杯は極上でございました。

Shibuya-03

お手頃ランチ握りも極上。

静かな店内をひとたび外へ出るとまたあの雑踏。

東京一極集中は、日本にとってほんとによろしくないな。

でもオペラは楽しい。

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コメント

ご無沙汰しております。小田原在住のKENです。

広瀬大介さんは、オペラ対訳×分析ハンドブックという素晴らしい著書を出しておられます(活字がちょっと小さいのが玉に瑕ですが)。第1巻は「サロメ」でしたが、発行元の木村様に聞いたところ、次は「エレクトラ」で、ギリギリ東響のミューザ川崎公演当日の会場販売には間に合うようです(既にご存じの情報でしたら失礼)。

閑話休題、コロナ禍もようやく終息の方向であり、コンサートもほぼ正常化したようです。素敵なコンサートライフを楽しまれますように(今日は東響サントリー定期、明日は東京春祭「トスカ」に行ってまいります)。

投稿: KEN | 2023年4月15日 (土) 07時42分

KENさん、こんにちは、ご返信遅れてしまいました。
広瀬さんのサロメ本、本屋さんで手にしましたが、ご指摘のとおり、活字が小さくて、わたしのような世代には厳しいものがありました。。。
エレクトラに関する続編も準備されていることは承知しておりましたが、願わくは、あまり上演されない、グンドラムや火の欠乏も分析本を残して欲しいもので、ゆくゆくは全15作も、と思ったりもしてます。
 弊ブログでも2度目の全作品を聴くシリーズをやってますが、時間がなく、エレクトラの順番で足踏みをしております(笑)

春になってからのコンサートラッシュは、もう往時に戻ったことを確信させてくれますね。
海外も同様です。
トスカでは、ターフェル氏が絶賛されている様子、うらやましいです。

投稿: yokochan | 2023年4月22日 (土) 09時01分

お久しぶりです。Rシュトラウスの平和の日ですか。初めて知ったオペラです。加齢と共にまだ聴いたことのない曲を新たに聴き始めるという冒険ができなくなってきました。よこちゃん様、尊敬です。
ここで警告です。オペラ終了後に冷たいビールとボタンエビの寿司を飲食することは法律で禁止されています。「幸せの独占禁止に関する基本法」に定められています^^

投稿: モナコ命 | 2023年5月20日 (土) 17時19分

ワーグナー以降のオペラ、とくにシュトラウスや新ウィーン楽派、退廃系など、なんでも食いつきます。
でも、ワタクシももう歳です。
食べても消化できません、ブログも書く気力も弱まりつつあります。
ゆえに、もう最後だろうと思うと目いっぱい書きます。
 そして、罪を告白します。
独占法を犯してしまいました。
これ以外にも、中トロとか、鰆とか、イカとかたくさんやっちまいました。
でも、透明な米の水だけはやらなかったこと、これだけでも減刑のほど、よろしく申し上げます。

投稿: yokochan | 2023年5月24日 (水) 09時26分

「幸せの独占禁止法」には罰則がありません。
もちろん無罪です^_^
私もよこちゃん様にならって音楽活動をしました。蓄音機用の土台を作りました。床から10センチ程だけ高さがアップしたら、音質&音量が劇的に素晴らしくなったんです。LPレコードの環境も改善しました。プレーヤーの針をステレオ用とSP用の両方を新品に交換しました。こちらも劇的にグレードアップしました。よこちゃん様の精力的な活動の足元にも及びませんが、できる範囲で私の日々を活性化しています。

投稿: モナコ命 | 2023年5月29日 (月) 20時48分

モナコ命さん、こんにちは。
無罪放免、ありがたくお受けいたします。
ホッとしましたww

音楽活動、まずは装置からですね。
私のほうは、ちまちましたPCオーディオですので、臨場感があまりになさすぎて、拝読してとてもうらやましく思いました。
ワタクシも眠っているアンプとCDプレーヤーを接続してみることからスタートしたいと思います。
今朝はモーツァルトを清々しく聴きました。

投稿: yokochan | 2023年5月30日 (火) 09時01分

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