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2023年5月

2023年5月29日 (月)

モーツァルト 五重奏曲 K452 プレヴィン

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もう散ってしまったが、モッコウバラ。

細かい花びらがびっしり、枝垂れるように咲く春~初夏のお花です。

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モーツァルト ピアノと木管のための五重奏曲 変ホ長調 K.452

    ピアノ:アンドレ・プレヴィン

    オーボエ:ゲルハルト・トゥレチェク

    クラリネット:ペーター・シュミードル

    ホルン:フォルカー・アルトマン

    バスーン:フリードリヒ・ファルトル

                        (1985.4 @ウィーン)

シュトラウスに独占された耳を洗い流してリセットさせてくれる音楽。

やはりモーツァルトはいい。

あれこれ、頭を使うことも、詮索・研究することもいらない。

心のままに聴くことができる音楽、それがモーツァルト。

音楽の神様は偉大だ、ワーグナーやシュトラウスのような音楽も、バッハやモーツァルトのような音楽も、多様な作曲家たちも世につかわせて下さった。
いつになく、そんな風にも思いながら、このよどみない、清潔な音楽を聴いた。

1784年の作品で、ピアノ協奏曲の16番と17番に挟まれた曲。
サロンでもてはやされたモーツァルト、協奏曲的な要素を持ち込み、ピアノと管楽器との絡み合いの妙を楽しませてくれる音楽。
変ホ長調というくったくのない、深刻さもない、まったくもって明るく、のびやかな作品でありました。

3つの楽章で、冒頭は、ラルゴのまるで緩徐楽章のような前奏があって、これはピアノソナタに木管の伴奏がついたかのような印象。
あとの主部の穢れない無垢なる音楽はステキだ。
2楽章では、ピアノをともなった、木管楽器のそれぞれの魅力と持ち味が堪能できる。
朝ごはんを食べながら聴くと、実に幸せな気持ちになれる。
ピアノ協奏曲の3楽章のようなロンド形式の清潔な終楽章。

プレヴィンのマイルドなピアノに、ウィーンのまろやかな木管。
聴いていて目に浮かんでくる、ウィーンフィルの奏者たちのあの音色がここに。
それと混然一体となった、同質の音楽性を持ったプレヴィン。

音楽家プレヴィンの優しい本質がうかがえる演奏でありました。
ありがとうプレヴィン、ありがとうモーツァルト、そしてありがとうウィーン。

なんかね、これ聴いてて、ウィーンに行きたくなりました。
もうこの歳になったら無理だろうけど。

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2023年5月23日 (火)

R・シュトラウス 「エレクトラ」

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今年の花の巡りはとても早くて、ここ南関東ではツツジは連休前には咲き乱れて終わってしまいました。

加えて、真夏のような暑さも連休明けからあったりして、はやくもぐったり。

爽やかなな晩春~初夏の趣きはなくなってしまった。

Azelea-02

でも、今年のツツジの色は濃く、鮮やかだった。

3月から、先だってのノット&東響の実演まで、「エレクトラ」を数々聴きまくりました。

Elektra-01_20230520151101

本blog2度目のシュトラウスのオペラ全曲シリーズ。
4作目の「エレクトラ」。
シュトラウス44歳、1908年の完成。
「サロメ」と連続して書かれ、オーケストラ作品では、「家庭交響曲」と「アルプス交響曲」の間にある。

ギリシア三大悲劇詩人ソフォクレスの「エレクトラ」を演劇化したホフマンスタールの台本によるもので、ここからホフマンスタールとの完璧なるコラボが生まれ、名作を次々と編み出すことになる。
サロメは旧約聖書、エレクトラはギリシア悲劇、ともに不貞の肉親が絡み、殺害もある。

モーツァルトの「イドメネオ」に出てくる、いつも怒っているのが「エレクトラ」は同じ人物。
ミケーネ王である父アガメムノンを、その妻クリテムネストラと不倫を結んだエギストらに殺された、長女エレクトラが父の敵を討つという復讐劇と。
気が弱く女性的な妹クリソテミスと、復讐の実行犯になる姿を隠してを帰還する弟オレスト、エキセントリックで夢見心地のエレクトラ3姉弟の対比も鮮やか。
サロメより舞台に出ずっぱりで、しかもよりドラマテックな強い声を要すエレクトラ役はオペラの難役のひとつでしょう。

サロメより不協和音や激しい響きに満ちていて、甘い旋律や、陶酔感に満ちた響きも次々に現れるから、ワーグナーの延長、さらにはマーラーやシェーンベルクなどを聴き慣れた現代の聴き手からすると聴きにくい音楽ではない。

116名の巨大な編成を要するオーケストラは、サロメに続いて当時、いろんな比喩やカリカチュアを生んでいる。

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サロメに続いて似たような題材をあえて選択したシュトラウスは、明朗・晴朗なギリシャの世界ではないものをここに描きたかった。
緻密な作風はさらに進化し、ライトモティーフも複雑極まりなく、ときに音楽はエキセントリックで禍々しく、強烈極まりない。
一方で、情熱的な高揚感はサロメの比でなく、その意味ではシュトラウスの音楽のなかで最高に熱いものだと思う。
ここしばらく、エレクトラを聴きまくり、その思いはとどめになったノット&東響の演奏会で決定的となりました。

 シュトラウスは、ワーグナーを信望しつつ、その作風はワーグナーと違う次元に、このエレクトラで立ったと語っている。
不協和音の多用と無調に至るすれすれの音楽。
さらには歌唱も、まるでオーケストラの一員のようにレシタティーボ的に存在しなくてはならないし、一方オーケストラと対比しつつ、装飾的な存在とオーケストラの伴奏を受ける際立つ存在となるように書かれている。
 だから、シュトラウスは、サロメとエレクトラは、メンデルスゾーンの妖精の音楽のように軽やかに演奏しなくてはならないと、若い指揮者に向けて極めて実現の難しい金言を残している。
この言葉を実際の演奏で実現したのは、ミトロプーロスとベーム、サヴァリッシュ、アバド、そしてウェルザー・メストだと思います。

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ソフォクレスの原作悲劇にある、このオペラの前段のなかには、オペラで触れられてないこともあります。

クリテムネストラには前夫がいて、その美貌にほれ込んだアガメンノンにより前夫は戦死に追い込まれる。
さらに長男も復讐を恐れたアガメンノンに殺害される。
母クリテムネストラとその夫アガメンノンの従弟エギストは、かねてより不倫関係だった。
クリテムネストラにはほかに娘もいたが、アガメンノンの戦争必勝祈願の生贄にされてしまう。
こうしたくだりが、クリテムネストラがアガメンノンを憎悪して、ことに及んだ動機でもある・・・・

こうしたエピソード活かした舞台が、2020年のザルツブルク、ワリコフスキ演出だと思う。
オペラが始まるまえ、クリテムネストラ滔々と怒りを込めて語るシーンがある。

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「エレクトラ」は1幕ものですが、7つの場面からなりたってます。
さらにこの7つは、大きな単一楽章とみることで、シンメトリー的なシンフォニックな存在として、起承転結の4つの楽章としても捉えることができます。
このあたりは以前読んだ、金子健志さんのプログラムノートの受け売りです。

Ⅰ ①待女たちによる前段の説明、プロローグ
  ②エレクトラの父への思い、回想、仇討ちの決意
  ③エレクトラとクリソテミスと対話

Ⅱ ④生贄の行進、クリテムネストラとエレクトラの対話、
   母の悩み、
エレクトラの夢判断と母娘の決裂

Ⅲ ⑤オレストの訃報とエレクトラの決意
   クリソテミスへのダメだし

  ⑥エレクトラとオレストの邂逅

Ⅳ ⑦クリテムネストラ、エギストの殺害、姉妹の勝利
   エレクトラの歓喜の踊り

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【聴きどころ】

待女たちはクリテムネストラの配下だから、エレクトラをくさすわけだが、なかにひとり、エレクトラを讃える待女がいる。
その同情あふれる歌とオーケストラの音色の変化を確認。

有名な「Allein」で始まる長大なモノローグ。
だれも、いない、ひとりっきりだ・・・
この楽劇の全貌をこのシーンが要約している。
アガメンノーーン、父の殺害の回顧と妹弟と3人でこの恨みを晴らして、最後は勝利の踊りをしましょうぞ!

姉と妹の性格の違いの際立つシーン。
なんといっても、クリソテミスが子供を産んで普通の女性として暮らしたい、という歌唱シーンがすばらしすぎで大好き。

禍々しい生贄行進の音楽。ベームの映像を観ると、リアルすぎてキモイが・・・
クリテムネストラは呪いや魔除けの宝飾をたくさんつけていて、音楽もそんな雰囲気を醸し出し、さすがシュトラウス。
苦悩のクリテムネストラの独白~エレクトラが相談に応じ、徐々に核心に迫る~エレクトラはついに殺害されるだろうと予告
この3つシーンの流れにおける音楽の推移もまったく見事で、心理描写にぴったりと付随していて、音楽は新ウィーン楽派の領域にも通じたものを感じる。
エレクトラの爆発はここでも強烈だ。(それに反比例する弟の死を聞いた母の不気味な高笑い)

意図的にまかれたオレストの訃報に、いよいよ自分たちでやらねばと妹に迫るエレクトラは、決心できない妹に呪われよ!と絶叫。
どのシーンでも最後には怒って、すごんでしまうが、ほんと歌手はたいへんだ。

オレストとの再会は、その名を3度呼ぶが、いずれもその表現が変わる。
強かったエレクトラが女性らしさも見せるステキなシーンだ。
ロマンティックな音楽は、のちのシュトラウスのオペラの前触れで、ばらの騎士やアリアドネ、アラベラにも通じるものと思う。

クリテムネストラは今度は笑いでなく、断末魔の叫びを2発!
サロメのヘロデ王のような、すっとこどっこいじゃないけれど、なにもしらないエギストはやはり間抜けな存在として、妙に軽いタッチの音楽になっていて、殺られちゃうのに気の毒なくらい。
性格テノールからヘルデンまでがエギストを歌うが、もう少し聞かせどころが欲しかったと思うのは私だけ?
しかし、この場面の音楽は「ばらの騎士」のオクタヴィアンとオックスのやり取りを想起させたりもする。

 同時に起きた政権転覆の騒ぎに、姉妹は興奮。
その歓喜の爆発を維持しつつ、オーケストラはエレクトラの踊りで熱狂的となり、これまた聴き手は、シュトラウス・サウンドを聴く喜びの頂点を味わうことになる!
最後は楽劇冒頭のアガメンノンの動機が投げつけられるようにして愕然と終了!
サロメと同じく、急転直下のエンディングのかっこよさ!

【CD編】

①ショルテイ&ウィーンフィル(1966~7)

Elektra-solti

 カルショウのプロデュース、リングのあとにエレクトラ。
 さらにこの翌年からばらの騎士を録音。
 サロメよりも、いっそう切れ味と爆発力の増したショルテイ。
 ウィーンフィルの音色は刺激臭なく見事に緩和。
 サロメと同じく、ニルソンの声で刷りこまれたエレクトラ。
 怜悧たる声とレンジの広さ、安定感など、ニルソンの代表的な録音だろう。
 ジャケットも怖いが、これが刷りこみイメージに。
 ニルソン、コリアー、レズニック、シュトルツェ、クラウセ

②ベーム&ドレスデン(1960)
 エレクトラを生涯、指揮し続けたベーム。
 録音はさすがに古くなったが、刺激的な表現はなく音楽的で純度高い。
 ドレスデンの古風な音色も悪くない。
 さらに素晴らしいのがボルクの声。
 少しも古めかしくなく、いまでも全然新鮮だし。
 alleinの登場時から漂う大女優のような品もある雰囲気は好き。
 マデイラの妹は可愛い、画像調べたら美人すぎてびっくりした。
 ボルク、マデイラ、シエヒ、ウール、Fディースカウ

③ベーム&ウィーン国立歌劇場(1967)
 モントリオール万博へのウィーンの引っ越し公演のライブ。
 大阪万博の3年前、やはり外来の音楽イベントはたくさんあった様子。
 モノラルだし、舞台の声の音像は遠い。
 そんな状態でもニルソンの強靭な声はよく通って聴こえる。
 ライブならではで、燃えるベームも最終場面では興奮状態に陥る。
 ニルソン、リザネック、レズニック、ウール、ニーンシュテット

④ベーム&メトロポリタン(1971)
 メトにたびたび来演していたベーム。
   アーカイブ見てたら1957年にドン・ジョヴァンニでMETデビュー。
 78年まで、毎年のように客演して様々なオペラを指揮してます。
 マイスタージンガーやローエングリンも、ヴォツェックも普通にやってる。
 驚きはオテロまで振ってる。
 こちらはモノながら録音もよく、歌手もオケも実によく聞き取れる。
 金管はアメリカンで、明るく野放図だがベームも思い切り鳴らしている。
 ここでもニルソンの声は際立ち、オケを圧してしまうその声がよくわかる。
 リザネックの優しいクリテムネストラもよくて理想的。
 マデイラがクリソテミスなのも豪華。
 まさにMETならでは。
 ニルソン、リザネック、マデイラ、ナギー、ステュワート

⑤小澤征爾&ボストン響(1998)
 われらが小澤さんのボストン時代の代表作のひとつ。
 エレクトラを得意にした小澤さん、新日フィルで1986年に聴きました。
 その後も、オペラの森、ウィーン時代もシュターツオパーで上演してる。
 オケがさすがに巧いのとライブだが、録音の良さにも安心感あり。
 重さや刺激臭少なめ、ついでに毒気なしの洗練されたシュトラウスサウンド。
 さすがに小澤さん。
 ベーレンスの烈女というより、意志を持ったひとりの女性といった表現。
 新鮮でユニークで聴き疲れない。
 ルートヴィヒの存在感も貴重な録音。
 ベーレンス、セクンデ、ルートヴィヒ、ウルフング、ヒュンニネン

⑥バレンボイム&ベルリン・シュターツオパー(1995)
 バレンボイムの演奏には、強烈さはなし。
 オーケストラの響きは見事にコントロールされ、耳に心地よく明るい。
 かつても克明なベルリン・シュターツカペレの姿はもうない。
 95年には、新鋭だった歌手ばかりだが、その後大成していったメンバー。
 ポラスキのタイトルロール、マークのクリソテミス。
 シュトルクマンのオレストと、さらにボータのエギストらがそれにあたる。
 バイロイトで活躍した故ヴォトリヒまでちょい役で登場。
 みんな素晴らしい。そして要が、マイアーのクリテムネストラのすごさ。
 (過去記事より)

⑦シノーポリ&ウィーンフィル(1995)
 
Elektra-sinopoli
 
 ウィーンフィルの絶叫しない音色を自在に操る。
 そして見事なまでのクライマックスと熱狂を導き出す。
 エギストが現れてからの後半の盛上げ方なんぞ素晴らしいの一言につきる。
 義父・母が逝ってしまってからの熱狂と、最後の強烈なエンディング!! 
 ウィーンフィル最高。
 スターを揃えたキャストに文句なし。
 圧倒的なパワーとキレのよさを聴かせるマークのエレクトラ。
 同様にドラマテックだが、優しい声の持主ヴォイト
 このアメリカン巨大コンビは、ちょいと聴きもの。
 さらに、マッチョな
レミーのエギストも、シリアスすぎて怖いくらい。
 シュヴァルツイェルサレムの唯一ドイツ・コンビ。
 生真面目に歌っていて、不可思議ないやらしさが出ているように思う。


【録音篇】

①スウィトナー&ベルリン国立歌劇場(1967)
 youtubeから発掘、音悪くない。
 旧東側のベルリンサウンド、スウィトナーの顔が浮かぶ
 スティーガー、ドヴォルジャコヴァ、メードル、スウォルク、グルーバー

②シュタイン&ウィーン国立歌劇場(1977)
 ウィーンでの日常の上演のひとコマ。
 ベームのようなシュタインの熱い指揮。
 80年に日本に持ってきたW・ワーグナーのプロダクションか。
 シュレーダーファイネン、ジョーンズ、ルートヴィヒ、バイラー、アダム
 配役が素敵だ。

③ウェルザー・メスト&クリーヴランド(2004)
 快速メストの20年前のエレクトラ。
 優秀なオーケストラを得て、解像度も抜群でスコアも浮き彫りに
 クリーヴランドのシェフも長く、コンサートオペラも毎年。
 ブリューワー、ガスティーーン、パーマー、ローヴェ、ヘルト

④マゼール&ニューヨークフィル(2008)
 youtubeからの贈り物。
 NYPOが音源を無償で解放していた時期のものか?
 テンション高し、粘り多し、おもろい。
 さすがはマゼールで、オケも抜群に巧く、CD化希望。
 ポラスキ、シュヴァンネヴィルムス、ヘンシェル
 マージソン、トーヴェイ

⑤ネルソンス&ロイヤルオペラ(2013)
 ダイナミズムを活かし、局面の各所では大見えを切るネルソンス!
 構えの大きさ、腰の低いところでの重厚さはシュトラウスの明澄さ不足。
 なれど、音楽の迫真さと引き込む力は強し。
 ガーキーの同役を聴いた一号。
 強烈さはあるも、発声が好きになれなかった。
 ガーキー、ピエチョンカ、シュスター、ディディク、ペテルソン

⑥ビシュコフ&BBCso(2014)
 
Goerke

 プロムスでのコンサート形式。
 テンション高し、ビシュコフとBBCの相性よし、観衆の反応よし。
 ガーキーもめちゃ拍手を浴びていて、アルバートホールをうならせた。
 パワーに依存し、やはり喉を揺らすような声が時おりでる。
 効果のための表現と、自分には感じたアメリカン的なわかりやすい歌唱。
 ガーキー、バークミン。パーマー、クーンツェル、ロイター

⑦サロネン&メトロポリタン(2016)
 映像分に同じく、そちらでコメント

⑧ビシュコフ&ウィーン国立歌劇場(2020)
 
 Elektra-wien

 2015年に始まったラウフェンベルクの演出。
 コロナ禍のストリーミングで視聴したが、演出は好きになれない。
  エレベーターで上下する地下に押しこめられたエレクトラ。
 上階の連中との対比。
 エギストの殺害はエレベーター内で丸見え。
 殺害されたクリソテミスが血みどろでエレベーターを上下する。
 こんな気分悪い演出は、2020年に取下げられた。
 いまはアバドのときのクプファー演出がウィーンのエレクトラ。
 ここでもウィーンフィルの魅力。
 ビシュコフのまっしぐらな指揮もよし。
 ガーキーもウィーンで成功、パワー頼みだけど、細やかな歌唱も目立つ。
 過剰な表現は収まりつつあることを確認できた。
 ガーキー、シモーネ・シュナイダー、マイヤー、フォレ、エルンスト

⑨ウェルザー・メスト指揮ウィーンフィル(2020)
 映像分に同じく、そちらでコメント

【映像篇】 

①ベーム&ウィーンフィル(1981)

Elektra-bohm

 ベームの白鳥の歌はエレクトラだった。
 シネマとしてのG・フリードリヒ演出は、最大公約数を描いたもの。
 亡くなる直前のベームの指揮は、優秀な音質にして出して欲しい。
 最後の演奏が、なぜにウィーンとエレクトラだったかを音で確認したい。
 リザネック、リゲンツァ、ヴァルナイ、FD、バイラー
 リザネックの迫真の歌唱と演技。
 みんな大好き、音源少ないリゲンツァの動く姿。 
 超レジェンドのヴァルナイの禍々しさと、バイラーの老いたヘルデン。
 ぎらぎら・びんびんのFD。
 なにもかも貴重な記録なエレクトラ。

②アバド&ウィーン国立歌劇場(1989)
 
Elektra_abbado

 アバドの唯一のシュトラウスオペラとなった。
 オケを抑えて音量も色彩もあえて控えめにしたアバド。
 それに対するウィーンの観客の評価は、クプファー演出とともに厳しかった。
 アバドらしい演奏だし、音源だけでの復刻もして欲しい。
 95年のベルリンフィルとの演奏も出て来ないものかな。
 アガメンノンの顔らしきものを舞台にしたクプファー演出は暗い。
 歌手は豪華だが、ベルリンのときのポラスキで聴きたい。
 マルトン、ステューダー、ファスベンダー、グルントヘーパー、キング
 ステューダーが断然すばらしい。

③ガッティ&ウィーンフィル(2010)
 ここでもウィーンフィル、ウィーンフィルだらけなのだ。
 ガッティの適度に荒れて、力強さとスマートさもある指揮がいい。
 顔のドアップばかりで、全体像のつかみにくい映像にフラストレーション。
 みんな顔がすごいんだよ。
 とくにテオリンさま。
 そのテオリン、言葉が不明瞭だが、やはり威力は満点。
 ここでもマイヤーが味がある。
 レーンホフの演出は、いつものようにダークな感じで、得意の白塗りも。
 ラストのクリテムネストラの宙づり遺体には興ざめだな。
 テオリン、ウェストブロック、マイヤー、ガンビル、パペ
 
④サロネン&メトロポリタン(2016)
 
Elektra-met-2

 サロネンのクールかつ激熱なオーケストラが素晴らしい。
 故シェローの演出は、ビジュアル的には渋く静的な感じ。
 極めて演劇的で、個々の歌手たちに求められる演技力。
 指一本に至るまで厳しい指導があったものと思われる。
 悪の権化みたいな母と、娘エレクトラの母娘の情も。

 これを表出した秀逸な解釈。
 他の多くの出演者も、みんな演者として細かに機能してる感じ。
 バイロイトのリングで革命的な演出をなしたシェローの行き着いた先。
 それはもしかしたら、歌舞伎や能の世界かもしらん、しらんけど。
 マイヤーさんと、シュティンメさんが素敵すぎました。
 ピエチョンカ、ウルリヒ、オーウェンス

⑤ウェルザー・メスト&ウィーンフィル(2020)

Elektra-most

 ワリコフスキの驚きの演出、しかし納得感あり。
 生贄感を漂わせる実験病棟のような空間が舞台。
 そこで足を清め、殺菌したりするような足湯が中央に。
 エレクトラは花柄ワンピース、妹はピンク皮のミニスカスーツ
 ちょっと病んでる感じの姉に、不満で一杯、積極的な妹
 姉と妹が、その行動も、ともに入れ替わっている。
 義理父は本気で殺され、実母は足を清め、丁寧に弔う。
 実行犯を見た弟は、頭を叩かれおかしくなってしまう・・・
 いやはや、驚きの演出だった。
  でもね、ホフマンスタールとシュトラウスはそこは採用しなかった。
 そこを持ちこんだことは賛否あるし、ここまで手を突っ込んでいいのか
 そんな風にも思うが・・・でも新鮮ではあった。

Elektra-salz

 メストとウィーンフィルの俊敏で繊細なオケ。
 ストゥーンディテの没頭感あるエレクトラ。
 歌も演技も本物、オケを突き抜けるグリゴリアン。
 エグいけど、母親らしいバウムガルトナー。
 ローレンツ、ウェルトンの男声もよい

⑥ノット&スイス・ロマンド(2022)
 ジュネーヴ大劇場のピットに入るスイス・ロマンド。
 おのずとその首席もピットに立つ。
 ノットはジュネーヴで実際の上演をしてから東京に来る
 今年12月には「ばらの騎士」が予定されている。
 ここでのノットの指揮は、かなり抑制的だったが、テンポは速い。
 だが、緊張感や迫力は東響の方が上だ。

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 ウルリヒ・ラッシュという人のヘンテコな演出というか装置。
 土星のような巨大な輪っかが常に回っていて、歌手はそこで歌う。
 命綱もついていて、正直歌手はたいへんだと思う。
 黒づくめのダーティな舞台でわけわからなかった。
 ちゃんとした舞台でやって欲しかったいい歌手たち。
 スウェーデンのブリンベリはよきドラマティックソプラノ。
 ミンコフスキのオランダ人でゼンタを歌ってる。
 ヤクビアク、バウムガルトナーの女声もよい。
 ロウレンツ、シェミレディの男声は渋い。

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2022年2月の上演。

今年2023年の春には「パルジファル」をやったみたいです。

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たくさんのエレクトラを視聴し、歩いていてもエレクトラの色んな旋律が頭をめぐるようになりました。
この作品から2年後には「ばらの騎士」が生まれるなんて、信じられないと以前は思っていたけれど、こんだけエレクトラを聴くと、各処にばら騎士の萌芽を確認することもできました。

再びシュトラウスのオペラの私の作成した一覧を。
われながら、時おり見返しては視聴の参考にしてる。
わかること、それはホフマンスタールは偉大だったし、最高のコンビだったということ。

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次のシュトラウスは、もう何度も登場、「ばらの騎士」です。

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2023年5月14日 (日)

R・シュトラウス 「エレクトラ」ノット&東響

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ジョナサン・ノットと東京交響楽団のシュトラウス・オペラシリーズ第2弾、「エレクトラ」。

サロメの時と同じく、2公演の一夜目、ミューザ川崎にて観劇。

翌々日のサントリーホールは完売とのこと。

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 R・シュトラウス 楽劇「エレクトラ」

    エレクトラ:クリスティーン・ガーキー
    クリソテミス:シネイド・キャンベル=ウォレス
    クリテムネストラ:ハンナ・シュヴァルツ
    エギスト:フランク・ファン・アーケン
    オレスト:ジェームス・アトキンソン
        オレストの養育者:山下 浩司
    若い召使 :伊達 達人
    老いた召使:鹿野 由之
    監視の女  :増田 のり子
    第1の待女:金子 美香
    第2の待女:谷口 睦美
    第3の待女:池田 香織
    第4の待女:高橋 絵里
    第5の待女:田崎 尚美

  ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
              二期会合唱団

    演出監修:サー・トーマス・アレン

       (2023.5.12 @ミューザ川崎シンフォニーホール

前作サロメに比べると、日本では格段に上演頻度が下がるエレクトラ。
サロメ以上に、オーケストラメンバーを要してさらに大編成となり、歌手陣も女声ばかり、多くなった。
加えて、劇中の肉親への殺害シーンがあるので、似た筋建てのサロメよりはより残虐になってしまった。

エレクトラの日本初演は、1980年のウィーン国立歌劇場の来演。
そのあと、1986年の小澤征爾指揮で新日フィルのコンサート形式上演、1995年のシノーポリとドレスデンのコンサート形式。
若杉弘&都響(1997)、デュトワ&N響(2003)とコンサート形式演奏が続き、2004年の新国立劇場、2005年の小澤のオペラの森上演。
16年ぶり演奏が、このたびのノット&東響です。
こうしてみると、8回の演奏機会のうち、舞台上演は日本では3度だけなのですね。
今回、最高の演奏を聴くことができて、舞台にぜひとも接したいと思う次第です。
ちなみに、わたくし、小澤さんの新日での演奏を聴いてまして、簡単な舞台を据えての日本語訳上演だったと記憶しますが、小澤さんの抑えに抑えた抑制された指揮ぶりが思い起こせます。

このたびのエレクトラ、なんといってもいまエレクトラ歌手としては、世界一とも言われるクリスティーン・ガーキー。
その圧倒的な声と歌唱に驚かされ、会場の聴衆のまさに息をのむような瞬間が続出しました。
連続する7つの場面の、最初の待女たちによる物語の前段以外、ずっと舞台に立ち続け、歌い続けなくてはならないエレクトラ。
咆哮するオーケストラに対峙するように、その上をいくように声をホールに響かせなくてはならない難役、しかもオーケストラはピットでなく、舞台の上。
昨年のグリゴリアンのサロメもオケに負けない声を飛ばす能力にあふれていたが、ガーキーのエレクトラはまさに、パワーそのもの。
エレクトラが決意を歌い上げたり、母を攻めたり、妹に復讐を迫ったり、弟と歓喜を分かち合ったり、最後には念願成就で爆発したりと、都合5回もエレクトラには絶唱部分があり、それらがみんな鳥肌ものの歌唱だったのがガーキーさんだ。
ガーキーのエレクトラは、海外の放送をいくつも聴いており、2013、2014、2020年のものがある。
これらと比べ、さらにはメットでのブリュンヒルデも含め、私は彼女の発声、とくに喉の奥を揺らすような独特のビブラートがあまり好きではなかった。
その特徴は、ルネ・フレミングにも通じていた雰囲気だ。
しかし、実演を聴いて、ガーキーの声からそうした揺らしは霧消したように感じ、声はよりストレートになったやに感じましたがいかに。
アメリカンな体形の彼女だけれど、その眼力を伴った演技もなかなかで、トーマス・アレン卿のシンプルで的確な演出に味わいを添えてました。
ちなみに、ガーキーさん、滞在中に千葉の震度5の地震を体験してしまい恐怖を味わってしまった様子。
彼女のSNSでは「WHOOP WHOOP WHOOP EARTHQUAKE」と驚愕されてました!

ダークグリーンのドレスのエレクトラ、それに対比して鮮やかなレッドのドレスの妹。
クリソテミスのキャンベル=ウォレスの素晴らしい声にも驚いた。
まっすぐな声で、こちらも耳にビンビン届くし、情熱的な表現も申し分なく、この役の女性らしさもいじらしく、平凡な生活を送りたいと願う場面では感動のあまり涙ぐんでしまった。
このあたりのシュトラウスの音楽は実に見事なものだ。
彼女のジークリンデあたりを聴いてみたい。

レジェンド級のメゾ、ハンナ・シュヴァルツのクリテムネストラは、79歳という年齢を感じさせない彼女の健在ぶりに舌を巻き、逆に苦悩に沈む姿を淡々と歌い、その味わい深さは忘れがたいものとなった。
憎々しい役柄だけど、母の姿も見せなくてはならないが、老いた母の娘の言葉にすがる様子は素晴らしく、ガーキーとの静かな対話が感動的。
シュヴァルツさんは、数々のフリッカ役、ブランゲーネ、アバドとのマーラーなど、いずれも私も若き日々から聴いてきた歌手。
これだけでも忘れがたい一夜になったと思ってる。

ヘロデ王にも通じる素っ頓狂なロール、エギストだけれど、もっと歌ってもらいたいと思ったのがファン・アーケンの声。
トリスタンもレパートリーに持つアーケンさん、バイロイトでタンホイザーを歌っていたようで、調べたら私も録音して持ってました。
エギストの断末魔は、コンサート舞台だと、袖から出たり入ったりでやや滑稽だったがしょうがないですね、すぐに死んでしまう風に書かれてないので。

若いアトキンソンのオレスト、美声だけれど、オケにやや埋もれがちだった。
この声で、英国歌曲などを静かに味わいたいものです。

5人の待女に、日本のオペラ界の実績あるスターが勢ぞろいした贅沢ぶり。
禍々しいオペラのプロローグが引き締まりましたし、エレクトラに唯一同情的な第5の待女の存在も、これでよくわかりました。
いろんなオペラで必ず接しているのは、男声陣も同じくで、安心感ありました。

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ノットと巨大編成の東京交響楽団。
サロメ以上の大音響を一点の曇りもなく、クリアーの聴かせることでは抜群。
場をつなぐ、いくつかのシーンでは、リミッター解除ともいう感じで、ガンガン鳴らしてまして、これまさにシュトラウスサウンドを聴く喜びを恍惚ととにに味わいました。
一方、緻密で精妙だったのがエレクトラとクリテムネストラとの会話で、シュヴァルツの老練な歌いぶりに合わせたもので、耳がそば立ちましたね。
あと、感情的な爆発のシーンも思い切りオーケストラを歌わせ、そのピークのひとつ、姉と弟の邂逅のシーンでの陶酔感は鳥肌ものでした。
コンマスのひとり、ニキティンさんを第2ヴァイオリントップに据えたことも、ソロや分奏が多くあるシュトラウスのスコアを反映してのもので、オケがいろんなことをしているのを見つつ、歌手と字幕を目まぐるしく見渡すことに忙しさと快感を覚えました。
ヴィオラが2度ほどヴァイオリンを持ち換えで弾くシーンがあると事前に読んでいたが、実はそれはわかりませんでした。
ちょっと気になる。

ということで、このコンサートに備え、昨年のサロメいらい、手持ちのエレクトラ音源と映像20種以上をずっと確認してました。
そのあたりの仕上げを次回はしようと考えてます。
しばらく、頭の中がエレクトラだらけとなります。

次のシュトラウスシリーズは、何になるのかな?
無難に順番的に「ばらの騎士」か?
いきなり、「影のない女」を期待したいがいかに。



大喝采のミューザの模様。
youtubeに動画をあげました。

満員の東海道線に乗り帰宅。
乾いた喉をビールで潤し、狂暴なまでに空いたお腹をラーメンで満たし、エレクトラをまた聴きました。

Elektra-03

若い頃なら終演後は、街へ繰り出し一杯やったものですが、もう若くない自分はもうこれで十分。
耳もお腹もご馳走さまでした。

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