R・シュトラウス 「エレクトラ」ノット&東響
ジョナサン・ノットと東京交響楽団のシュトラウス・オペラシリーズ第2弾、「エレクトラ」。
サロメの時と同じく、2公演の一夜目、ミューザ川崎にて観劇。
翌々日のサントリーホールは完売とのこと。
R・シュトラウス 楽劇「エレクトラ」
エレクトラ:クリスティーン・ガーキー
クリソテミス:シネイド・キャンベル=ウォレス
クリテムネストラ:ハンナ・シュヴァルツ
エギスト:フランク・ファン・アーケン
オレスト:ジェームス・アトキンソン
オレストの養育者:山下 浩司
若い召使 :伊達 達人
老いた召使:鹿野 由之
監視の女 :増田 のり子
第1の待女:金子 美香
第2の待女:谷口 睦美
第3の待女:池田 香織
第4の待女:高橋 絵里
第5の待女:田崎 尚美
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
二期会合唱団
演出監修:サー・トーマス・アレン
(2023.5.12 @ミューザ川崎シンフォニーホール)
前作サロメに比べると、日本では格段に上演頻度が下がるエレクトラ。
サロメ以上に、オーケストラメンバーを要してさらに大編成となり、歌手陣も女声ばかり、多くなった。
加えて、劇中の肉親への殺害シーンがあるので、似た筋建てのサロメよりはより残虐になってしまった。
エレクトラの日本初演は、1980年のウィーン国立歌劇場の来演。
そのあと、1986年の小澤征爾指揮で新日フィルのコンサート形式上演、1995年のシノーポリとドレスデンのコンサート形式。
若杉弘&都響(1997)、デュトワ&N響(2003)とコンサート形式演奏が続き、2004年の新国立劇場、2005年の小澤のオペラの森上演。
16年ぶり演奏が、このたびのノット&東響です。
こうしてみると、8回の演奏機会のうち、舞台上演は日本では3度だけなのですね。
今回、最高の演奏を聴くことができて、舞台にぜひとも接したいと思う次第です。
ちなみに、わたくし、小澤さんの新日での演奏を聴いてまして、簡単な舞台を据えての日本語訳上演だったと記憶しますが、小澤さんの抑えに抑えた抑制された指揮ぶりが思い起こせます。
このたびのエレクトラ、なんといってもいまエレクトラ歌手としては、世界一とも言われるクリスティーン・ガーキー。
その圧倒的な声と歌唱に驚かされ、会場の聴衆のまさに息をのむような瞬間が続出しました。
連続する7つの場面の、最初の待女たちによる物語の前段以外、ずっと舞台に立ち続け、歌い続けなくてはならないエレクトラ。
咆哮するオーケストラに対峙するように、その上をいくように声をホールに響かせなくてはならない難役、しかもオーケストラはピットでなく、舞台の上。
昨年のグリゴリアンのサロメもオケに負けない声を飛ばす能力にあふれていたが、ガーキーのエレクトラはまさに、パワーそのもの。
エレクトラが決意を歌い上げたり、母を攻めたり、妹に復讐を迫ったり、弟と歓喜を分かち合ったり、最後には念願成就で爆発したりと、都合5回もエレクトラには絶唱部分があり、それらがみんな鳥肌ものの歌唱だったのがガーキーさんだ。
ガーキーのエレクトラは、海外の放送をいくつも聴いており、2013、2014、2020年のものがある。
これらと比べ、さらにはメットでのブリュンヒルデも含め、私は彼女の発声、とくに喉の奥を揺らすような独特のビブラートがあまり好きではなかった。
その特徴は、ルネ・フレミングにも通じていた雰囲気だ。
しかし、実演を聴いて、ガーキーの声からそうした揺らしは霧消したように感じ、声はよりストレートになったやに感じましたがいかに。
アメリカンな体形の彼女だけれど、その眼力を伴った演技もなかなかで、トーマス・アレン卿のシンプルで的確な演出に味わいを添えてました。
ちなみに、ガーキーさん、滞在中に千葉の震度5の地震を体験してしまい恐怖を味わってしまった様子。
彼女のSNSでは「WHOOP WHOOP WHOOP EARTHQUAKE」と驚愕されてました!
ダークグリーンのドレスのエレクトラ、それに対比して鮮やかなレッドのドレスの妹。
クリソテミスのキャンベル=ウォレスの素晴らしい声にも驚いた。
まっすぐな声で、こちらも耳にビンビン届くし、情熱的な表現も申し分なく、この役の女性らしさもいじらしく、平凡な生活を送りたいと願う場面では感動のあまり涙ぐんでしまった。
このあたりのシュトラウスの音楽は実に見事なものだ。
彼女のジークリンデあたりを聴いてみたい。
レジェンド級のメゾ、ハンナ・シュヴァルツのクリテムネストラは、79歳という年齢を感じさせない彼女の健在ぶりに舌を巻き、逆に苦悩に沈む姿を淡々と歌い、その味わい深さは忘れがたいものとなった。
憎々しい役柄だけど、母の姿も見せなくてはならないが、老いた母の娘の言葉にすがる様子は素晴らしく、ガーキーとの静かな対話が感動的。
シュヴァルツさんは、数々のフリッカ役、ブランゲーネ、アバドとのマーラーなど、いずれも私も若き日々から聴いてきた歌手。
これだけでも忘れがたい一夜になったと思ってる。
ヘロデ王にも通じる素っ頓狂なロール、エギストだけれど、もっと歌ってもらいたいと思ったのがファン・アーケンの声。
トリスタンもレパートリーに持つアーケンさん、バイロイトでタンホイザーを歌っていたようで、調べたら私も録音して持ってました。
エギストの断末魔は、コンサート舞台だと、袖から出たり入ったりでやや滑稽だったがしょうがないですね、すぐに死んでしまう風に書かれてないので。
若いアトキンソンのオレスト、美声だけれど、オケにやや埋もれがちだった。
この声で、英国歌曲などを静かに味わいたいものです。
5人の待女に、日本のオペラ界の実績あるスターが勢ぞろいした贅沢ぶり。
禍々しいオペラのプロローグが引き締まりましたし、エレクトラに唯一同情的な第5の待女の存在も、これでよくわかりました。
いろんなオペラで必ず接しているのは、男声陣も同じくで、安心感ありました。
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ノットと巨大編成の東京交響楽団。
サロメ以上の大音響を一点の曇りもなく、クリアーの聴かせることでは抜群。
場をつなぐ、いくつかのシーンでは、リミッター解除ともいう感じで、ガンガン鳴らしてまして、これまさにシュトラウスサウンドを聴く喜びを恍惚ととにに味わいました。
一方、緻密で精妙だったのがエレクトラとクリテムネストラとの会話で、シュヴァルツの老練な歌いぶりに合わせたもので、耳がそば立ちましたね。
あと、感情的な爆発のシーンも思い切りオーケストラを歌わせ、そのピークのひとつ、姉と弟の邂逅のシーンでの陶酔感は鳥肌ものでした。
コンマスのひとり、ニキティンさんを第2ヴァイオリントップに据えたことも、ソロや分奏が多くあるシュトラウスのスコアを反映してのもので、オケがいろんなことをしているのを見つつ、歌手と字幕を目まぐるしく見渡すことに忙しさと快感を覚えました。
ヴィオラが2度ほどヴァイオリンを持ち換えで弾くシーンがあると事前に読んでいたが、実はそれはわかりませんでした。
ちょっと気になる。
ということで、このコンサートに備え、昨年のサロメいらい、手持ちのエレクトラ音源と映像20種以上をずっと確認してました。
そのあたりの仕上げを次回はしようと考えてます。
しばらく、頭の中がエレクトラだらけとなります。
次のシュトラウスシリーズは、何になるのかな?
無難に順番的に「ばらの騎士」か?
いきなり、「影のない女」を期待したいがいかに。
大喝采のミューザの模様。
youtubeに動画をあげました。
満員の東海道線に乗り帰宅。
乾いた喉をビールで潤し、狂暴なまでに空いたお腹をラーメンで満たし、エレクトラをまた聴きました。
若い頃なら終演後は、街へ繰り出し一杯やったものですが、もう若くない自分はもうこれで十分。
耳もお腹もご馳走さまでした。
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コメント
サントリーど聴きました。
凄かった、無暗に言葉にできない演奏(と歌唱)とはこのことだと思います。
おそらくサントリーでは同一曲目2日目のノットの常で、1回目のミューザよりクールで制御を効かせていたと思いますが、それがかえってシュトラウスのスコアの内実と共鳴し、より完璧なドラマを表現できたのでは?と思いました。
yokochanさんが「苦手な声質」だと述べておられたガーキー、意外にストレートで輪郭の明確なもの。そして、5回の絶叫(?)などは東響の大編成などものともしない圧倒的な声!ホント、驚嘆しました。アスミクのよくとおる声とは違う、まさに超弩級の声に大興奮!!
音楽は違うけれど、全盛期のブリュンヒルデを歌った大歌手たちもこうだったんだろうなぁと思ったりもして・・・。
ともかく、リゲティ偏愛で現代音楽のスペシャリストだと思われていたノットのオペラ指揮者としての図抜けた力量(そして歌手たちを連れてくるプロデュース力)を考えると、ノットが新国立劇場の音楽監督になってくれたらなぁとイケない妄想さえしてしまいました。
投稿: IANIS | 2023年5月14日 (日) 21時59分
IANISさん、まいどです。
1週間が経過しましたが、まだ頭のなかには、ノットと東響の剛毅でたくましい音、歌手たちのプロ魂あふれる歌唱が渦巻いております。
サントリーでの様子もありがとうございます。
両日聴いてもいいくらいな名演でした。
あと、ガーキーは10年前のエレクトラ音源と比較して、やはり歌い方に変化があったと思いますし、わたしの苦手なところは、まったく解消してました。
いまこそ、記録に残して欲しいと思います。
ブリュンヒルデとトゥーランドットも録音して欲しいです。
ノットの新国監督、まったくもって賛成です。
ジュネーヴ大劇場での活躍も、シュトラウスシリーズを先んじて上演していて、変な演出の昨年のエレクトラに続いて、年末にはばらの騎士を上演するようです。
今年は、パルジファルもやってたようですし、ジュネーヴと東響を常にリンクして欲しいですね。
ちなみに、マーラーは残念ながら所要あり、断念・無念です・・・・
投稿: yokochan | 2023年5月19日 (金) 09時54分