ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 ②
大磯の砂浜から見た伊豆大島。
島影くっきり、三原山も見えます。
伊豆半島や房総半島から見たらもっと近くに見えますが、近くの海から、こんな至近に見える不思議な感覚。
島というのは、昔から謎めいたイメージを持っていて、とくに大島は近いので若い頃、2度ほど行ったことがありますが、地質の違いや生々しい火山の様子など、とてもミステリアスに思っていた。
あと、小説や映画の世界ではあるが、呪いのビデオの貞子の生まれ故郷というのも、なんとなくミステリアス感を増長させるものだった。
貞子といえば、メトロポリタンオペラのパルジファル演出では、花の乙女がみんな貞子風になっていたのもなんとも言えないものだったし、バイロイトのパルジファルでも、ヘアハイム演出ではクンドリーが井戸みたいなところから出てくる設定だった・・・
沖にいる人々を超拡大してみた。
洋上の人々、すごいですね、わたしなんか絶対にムリ。
エヴァーデンク演出 1971 バイロイト
さまよえるオランダ人、自分的まとめ「その2」は音源篇。
ハイネの作品「フォン・シュナーベレヴォプスキー氏の回想記 」のなかから、「さすらいのオランダ人」という部分にインスパイアされ、1939年にドイツからイギリスへの航路で、嵐にみまわれこのオペラの着想を得た。
この台本をパリのオペラ座に持ち込んだものの、作曲の依頼はされず、草案だけが買い取られ、金に困っていたワーグナーはやむなく引き下がった。
その草案を使って別の台本が作られ、ピエール・ルイ・ディーチュという作曲家が「幽霊船」というタイトルでオペラ化してしまった。
ワーグナーは「リエンツィ」のすぐあと、1841年にパリで完成させ、当地での上演を願ったがうまくいかず。1843年にドレスデンで初演し、ほぼ成功。
この時の初版は、全曲通しで、序曲と最終に救済による清らかなendingがなく、荒々しくドラマを閉じるもの。
物語も現行のノルウェーでなく、スコットランドで、役柄も名前が違う。
初稿版ではゼンタのアリアは高域が駆使されるイ短調で作曲されているが、ドレスデン初演の際には歌手の力量もあったことから、低めのト短調に直されたり、幕間が設けられたりと、早くも改訂がなされている。
20年後、1860年には、いま多く聴かれる救済シーン付きへの改訂を行っている。
トリスタンを完成させたあとだけに、死による愛の成就という考えへの思いもあったのかもしれないし、パリでのタンホイザー上演にむけて、効果のあがるパリ版を用意していたことも遠因としてあるかもしれないですね。
「オランダ人」はいつもなにげに聴いてるけれど、ワーグナーも手を入れてるし、いま普通版になってるものは、それらを総合したもの(ワインガルトナー編)によるもので、ほんとの初稿版が10年前にミンコフスキで録音されたように、いくつかの版が共存するようになりそうだ。
昨今の上演では、初版のエンディングを採用し様々な解釈を施しやすい演出が主体ともなっているが、序曲だけでは、やはり救済付きのエンディングの方が演奏効果としては1枚上ということになるだろう。
しかしながら、救済シーンありのト書きは、いまいろんな演出を観てきたうえで読むと荒唐無稽にすぎ、工夫のしようもないことがわかります。
「ゼンタがオランダ人の船が出奔すると海に身を投げる・・・同時にオランダ船も砕けて海に沈んでしまう。静まった海のかなた、昇ってゆく太陽の眩い光のなか、ゼンタとオランダ人の浄化された姿があらわれ、互いに手を取り合って天に昇る様子が見える」
手持ちの音源は12種にとどまり、重要録音も未捕獲で残されていることが今更にわかった。
【正規音源】
①ライナー&メトロポリタン 1950年
良質なモノラル録音で、気品あふれるホッターのオランダ人が聴ける。
ヴァルナイやスヴァンホルムなど豪華な顔ぶれ。
ライナーの切れ味するどいスピード感ある指揮もよい。
②カイルベルト&バイロイト 1955年
リングと同じく、音質は立派なステレオ録音でよし。
粗削りな一方、スマートさも兼ね備えた案外モダンなカイルベルトの指揮。
最高のオランダ人ともいえる悲劇的なウーデの声。
ヴァルナイ、ウェーバーなどの当時絶頂歌手も素晴らしい
③コンヴィチュニー&ベルリン国立歌劇場 1960年
重厚なかつてのドイツのオーケストラの音がする。
知性的なインテリオランダ人のFDは貴重。
G・フリック、ショック、ヴンダーリヒなど男声がすばらしい。
コンヴィチュニーはワーグナー指揮者だったことがよくわかる
④サヴァリッシュ&バイロイト 1961年 救済なしバージョン
いまでも清新なスタイリッシュな若きサヴァリッシュの指揮。
シリアの心ここにあらず的な忘我なゼンタがいい。
クラスのオランダ人が美声で、早逝の悔やまれるバスとつくづく思う。
男性陣が強力だし、合唱もすごいがずれちゃうくらいにライブ感満載
⑤クレンペラー&ニュー・フィルハーモニア 1968年 救済なし変化球
3幕版による厳しくも剛直な演奏で、イギリスのオケとは思えない。
アダムのオランダ人が極めて高水準でドイツ語が美しい。
シリアもここでも凄まじい。
⑥ベーム&バイロイト 1971年
ライブで燃えるベームならではの熱く、劇場の雰囲気満点のオランダ人。
ピッツ指導の合唱も、ついでに足踏みも迫力満点。
G・ジョーンズの体当たり的な熱唱、スチュアートの気高い声も好き。
当時大活躍のリッダーブッシュのダーラントもいまや貴重。
ジャケットもオランダ人大賞を進呈したいくらい。
69~71年の3年間のみ終わったエヴァーディンク演出のオランダ人。
ヴァルビーゾが指揮を受け持った年も正規化して欲しい。
マッキンタイアやR・コロも聴けるので。
⑦ショルティ&シカゴ 1976年
すさまじいまでのオケの威力は、剛毅なショルティの指揮でひと際すごい。
ただ、あまりにあっけらかんとしすぎて陰影に乏しいとも感じる。
N・ベイリーの英国調オランダ人が思いのほか素晴らしい。
マルトンの声は若く少女風、なんたってコロが立派すぎるエリックだ。
⑧カラヤン&ベルリンフィル 1981~3年
鉄壁のオケ、シカゴと双璧だが、オペラティックな雰囲気では勝る。
後期作品のように演奏したカラヤンの豪奢な指揮は素晴らしい。
素晴らしすぎ、うますぎてそう何度も聴けない。
美声だらけの歌手も、何度も聴けない気分にさせる。
唯一、P・ホフマンが指揮者の呪縛からはみ出ていて実によい。
⑨ドホナーニ&ウィーンフィル 1991年
やはりウィーンフィルがいい、ホルンがいい、管がみんないい。
ドホナーニのヨーロピアンな劇場感覚の指揮もウィーンで引立つ。
先ごろ亡くなったR・ヘイルの美声でかつヒロイックなオランダ人が好き。
暖かなベーレンスの声で歌われるゼンタは、オランダ人に恋した女性。
ふたりのコンビがよろしいドホナーニ盤。
録音が最高にいい。
⑩バレンボイム&ベルリン国立歌劇場 2001年 救済なしバージョン
初稿版を採用した集中力あふれるバレンボイムの指揮とオケの充実ぶり。
コンヴィチュニーと比べるとよりインターナショナルな音色。
シュトルックマン、イーグレン、ともにいまひとつ。
ザイフェルトのエリックがすばらしい。
⑪ヤノフスキ&ベルリン放送響 2010年
ワーグナー主要7作を一気に録音したヤノフスキ。
いまや名匠の名を欲しいままにしているが、地味ながらも明晰極まりない演奏
録音の抜群の良さもあり、解像度高い演奏で、完璧さが不満になるという。
ドーメンのほの暗いオランダ人、メルベトのストレートボイス。
スミスの強い声のエリック、サルミネンのお馴染みの声。
総じて歌手はこの盤が一番安定している。
⑫ミンコフスキ&ルーブル宮 2013年 救済なし初稿
初稿版を忠実に再現した初録音。
過剰な表現は抑え、歯切れよく、テキパキと進めるミンコフスキ。
スコアが透けてみえるようで新鮮、カラヤンやティーレマンとは対極にある。
10年前の録音だが、いまや第1線に立つ歌手を選んだ慧眼も評価したい。
ニキティン、ブリンベリ、カレス、カトラーなど。
4枚組で、素材を買われたディーチュの「幽霊船」も収録されている。
おどろおどろさは皆無で、むしろ明るく、明らかにフランスな感じ。
ヒロインがコロラトゥーラなんだから、ワーグナーとは異質な世界。
ワーグナー初期作の「妖精」の方がずっと立派。
しかし、ミンコフスキは凄いですね、こんなこと企画してくれた。
「未聴のオランダ人」
クナッパーツブッシュ、フリッチャイ、ドラティ、シノーポリ
レヴァイン、ネルソンス、ヴァイル(初稿)
【エアチェック音源】
①D・ラッセル・デイヴィス&バイロイト 1980年
映像化されたネルソンよりも攻撃的でよろしい
②シュナイダー&バイロイト 1982年
このあと、リングで脚光を浴びるシュナイダー
③ネルソン&バイロイト 1984,85年
映像と同じ年のライブ ネルソンはソ連出身で西側に亡命。
ソ連時代にクレーメルとの録音もあり、ドイツではオペラで活躍
私もハンブルオペラ来演でローエングリンを観劇。
早逝が惜しまれる指揮者。
④シノーポリ&バイロイト 1990~93年
タンホイザーに続くシノーポリのバイロイト
ヴィヴィッドなオランダ人で音楽が明快そのもの
安定した4年間、ヴァイクルも年とともによくなる
⑤シュタイン&N響 1995年 演奏会形式
シュタインには日本でもっとワーグナーをやって欲しかった。
新国がもっと早く出来ていれば・・・と思いますね
⑥シュナイダー&バイロイト 1999年
シノーポリのあとを引き継いだのはここでもシュナイダー
オランダ人もタイトスに変った。
このときのディーター・ドルン演出映像もなにもないね
⑦MT・トーマス&サンフランシスコ響 2003年
なぜかNHKFMで放送されたサンフランシスコライブ
これが実によろしいが、全体にアメリカンな雰囲気も
⑥小澤征爾&ウィーン国立歌劇場 2003年
小澤さんらしいまとまりのいいオランダ人
アクがなさすぎがかえって好き
⑦マレク・アルブレヒト&バイロイト 2003~6年
いま聴いても悪くないアルブレヒトの爽快な指揮
歌手は小粒だが、4年間のいいプロダクションだった。
こちらのグート演出も記録少なめ、見たかったな
⑧ティーレマン&バイロイト 2012~14年
映像篇で酷評した演出なれど、オケは素晴らしい
音だけは安心して聴けるプロダクション
⑨アクセル・コバー&バイロイト 2015,16年
ティーレマンのあとはコバー、演奏時間も5分短縮
シュタイン、シュナイダーのように重宝される本格実務派
歌手も一新され新鮮だった
⑩ゲルギエフ&メトロポリタン 2020年
メトを出禁になる直前のゲルギエフ
ラストのハープを伴う救済シーンをねっとり仕上げてます
メトの新演出、昇天シーンもきっとあったろう。
シネコンでもやったが触手が動かず
⑪リニフ&バイロイト 2021~23年
映像篇でもほめたリニフさん、いいです。
オランダ人が毎年変り、21年のマイヤー、23年のフォレ
いずれもよかったし、グリゴリアンのあとのタイゲもいい
芸達者のフォレでもう一度映像化して欲しい
【舞台】
①サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場 1992年
演出:ギールケ、モリス、ヴァラディ、ロータリング、ザイフェルト
優れた歌手たち、キビキビしたサヴァリッシュの指揮、オケのよさ
しかし、変な演出だった。
海賊船の船乗りたちが歩くとピンクの足跡が付くのが記憶にあり
②デ・ワールト指揮 読響 2005年
演出:渡辺和子、多田羅迪夫、ヨハンソン、長谷川顯'、青柳素晴
演出はビジネスマンに仕立てたオランダ人と夢想のゼンタで救済なし
いまではお馴染みの展開だが、当時はブーイングが飛んだ
デ・ワールトの指揮がすばらしかったな
③ボーダー指揮 東響 2007年
演出:シュテークマン、ウーシタロ、カンペ、松井浩、ヴォトリヒ
伝統的な普通の安心できる演出、日本人好みかも
世界第一線の歌手がすばらしかった。
オペラ指揮者ボーダーのツボを押さえたオケもよかった。
以上、2023年時点での「さまよえるクラヲタ人」の「さまよえるオランダ人」の総括終了。
何気に今月は、ブログ開設18年目の月でありました。
その第1号記事は、下記リンクの一番下段の「エド・デ・ワールトの二期会オランダ人」でした。
いまやオワコンといわれるブログという媒体ですが、途中の中断はあったもののよく継続しているものです。
一番の読者は自分。
あのとき、あんなことがあった、あんな音楽を聴いてたんだと読み返すこともあります。
ボケるまで、キーボードが叩けるまでは続けよう。
次のワーグナーは「タンホイザー」。
オランダ人過去記事一覧
「さまよえるオランダ人 映像篇」
「クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア」
「バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場」
「ティーレマン指揮 バイロイト2012」
「ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団」
「サヴァリッシュ指揮 バイロイト1961」
「ライナー指揮 メトロポリタン歌劇場」
「サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場 DVD」
「ベーム指揮 バイロイト1971」
「コンヴィチュニー指揮 ベルリン国立歌劇場」
「ボーダー指揮 新国立劇場公演」
「ショルティ指揮 シカゴ交響楽団」
「アルブレヒト指揮 バイロイト2005」
「デ・ワールト指揮 読響 二期会公演2005」
最近のコメント