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2023年11月

2023年11月25日 (土)

ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 ②

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大磯の砂浜から見た伊豆大島。

島影くっきり、三原山も見えます。

伊豆半島や房総半島から見たらもっと近くに見えますが、近くの海から、こんな至近に見える不思議な感覚。

島というのは、昔から謎めいたイメージを持っていて、とくに大島は近いので若い頃、2度ほど行ったことがありますが、地質の違いや生々しい火山の様子など、とてもミステリアスに思っていた。
あと、小説や映画の世界ではあるが、呪いのビデオの貞子の生まれ故郷というのも、なんとなくミステリアス感を増長させるものだった。
貞子といえば、メトロポリタンオペラのパルジファル演出では、花の乙女がみんな貞子風になっていたのもなんとも言えないものだったし、バイロイトのパルジファルでも、ヘアハイム演出ではクンドリーが井戸みたいなところから出てくる設定だった・・・

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沖にいる人々を超拡大してみた。

洋上の人々、すごいですね、わたしなんか絶対にムリ。

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               エヴァーデンク演出 1971 バイロイト

さまよえるオランダ人、自分的まとめ「その2」は音源篇。

ハイネの作品「フォン・シュナーベレヴォプスキー氏の回想記 」のなかから、「さすらいのオランダ人」という部分にインスパイアされ、1939年にドイツからイギリスへの航路で、嵐にみまわれこのオペラの着想を得た。
この台本をパリのオペラ座に持ち込んだものの、作曲の依頼はされず、草案だけが買い取られ、金に困っていたワーグナーはやむなく引き下がった。
その草案を使って別の台本が作られ、ピエール・ルイ・ディーチュという作曲家が「幽霊船」というタイトルでオペラ化してしまった。
ワーグナーは「リエンツィ」のすぐあと、1841年にパリで完成させ、当地での上演を願ったがうまくいかず。1843年にドレスデンで初演し、ほぼ成功。
この時の初版は、全曲通しで、序曲と最終に救済による清らかなendingがなく、荒々しくドラマを閉じるもの。
物語も現行のノルウェーでなく、スコットランドで、役柄も名前が違う。
初稿版ではゼンタのアリアは高域が駆使されるイ短調で作曲されているが、ドレスデン初演の際には歌手の力量もあったことから、低めのト短調に直されたり、幕間が設けられたりと、早くも改訂がなされている。
20年後、1860年には、いま多く聴かれる救済シーン付きへの改訂を行っている。
トリスタンを完成させたあとだけに、死による愛の成就という考えへの思いもあったのかもしれないし、パリでのタンホイザー上演にむけて、効果のあがるパリ版を用意していたことも遠因としてあるかもしれないですね。

「オランダ人」はいつもなにげに聴いてるけれど、ワーグナーも手を入れてるし、いま普通版になってるものは、それらを総合したもの(ワインガルトナー編)によるもので、ほんとの初稿版が10年前にミンコフスキで録音されたように、いくつかの版が共存するようになりそうだ。
昨今の上演では、初版のエンディングを採用し様々な解釈を施しやすい演出が主体ともなっているが、序曲だけでは、やはり救済付きのエンディングの方が演奏効果としては1枚上ということになるだろう。

しかしながら、救済シーンありのト書きは、いまいろんな演出を観てきたうえで読むと荒唐無稽にすぎ、工夫のしようもないことがわかります。
「ゼンタがオランダ人の船が出奔すると海に身を投げる・・・同時にオランダ船も砕けて海に沈んでしまう。静まった海のかなた、昇ってゆく太陽の眩い光のなか、ゼンタとオランダ人の浄化された姿があらわれ、互いに手を取り合って天に昇る様子が見える」

手持ちの音源は12種にとどまり、重要録音も未捕獲で残されていることが今更にわかった。

【正規音源】

①ライナー&メトロポリタン 1950年
 良質なモノラル録音で、気品あふれるホッターのオランダ人が聴ける。
 ヴァルナイやスヴァンホルムなど豪華な顔ぶれ。
 ライナーの切れ味するどいスピード感ある指揮もよい。

②カイルベルト&バイロイト 1955年

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 リングと同じく、音質は立派なステレオ録音でよし。
 粗削りな一方、スマートさも兼ね備えた案外モダンなカイルベルトの指揮。
 最高のオランダ人ともいえる悲劇的なウーデの声。
 ヴァルナイ、ウェーバーなどの当時絶頂歌手も素晴らしい

③コンヴィチュニー&ベルリン国立歌劇場 1960年

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 重厚なかつてのドイツのオーケストラの音がする。
 知性的なインテリオランダ人のFDは貴重。
 G・フリック、ショック、ヴンダーリヒなど男声がすばらしい。
 コンヴィチュニーはワーグナー指揮者だったことがよくわかる

④サヴァリッシュ&バイロイト 1961年 救済なしバージョン

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 いまでも清新なスタイリッシュな若きサヴァリッシュの指揮。
 シリアの心ここにあらず的な忘我なゼンタがいい。
 クラスのオランダ人が美声で、早逝の悔やまれるバスとつくづく思う。
 男性陣が強力だし、合唱もすごいがずれちゃうくらいにライブ感満載

⑤クレンペラー&ニュー・フィルハーモニア 1968年 救済なし変化球
 3幕版による厳しくも剛直な演奏で、イギリスのオケとは思えない。
 アダムのオランダ人が極めて高水準でドイツ語が美しい。
 シリアもここでも凄まじい。

⑥ベーム&バイロイト 1971年

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 ライブで燃えるベームならではの熱く、劇場の雰囲気満点のオランダ人。
 ピッツ指導の合唱も、ついでに足踏みも迫力満点。
 G・ジョーンズの体当たり的な熱唱、スチュアートの気高い声も好き。
 当時大活躍のリッダーブッシュのダーラントもいまや貴重。
   ジャケットもオランダ人大賞を進呈したいくらい。
 69~71年の3年間のみ終わったエヴァーディンク演出のオランダ人。
 ヴァルビーゾが指揮を受け持った年も正規化して欲しい。
 マッキンタイアやR・コロも聴けるので。

⑦ショルティ&シカゴ 1976年

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 すさまじいまでのオケの威力は、剛毅なショルティの指揮でひと際すごい。
 ただ、あまりにあっけらかんとしすぎて陰影に乏しいとも感じる。
 N・ベイリーの英国調オランダ人が思いのほか素晴らしい。
 マルトンの声は若く少女風、なんたってコロが立派すぎるエリックだ。

⑧カラヤン&ベルリンフィル 1981~3年

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 鉄壁のオケ、シカゴと双璧だが、オペラティックな雰囲気では勝る。
 後期作品のように演奏したカラヤンの豪奢な指揮は素晴らしい。
 素晴らしすぎ、うますぎてそう何度も聴けない。
 美声だらけの歌手も、何度も聴けない気分にさせる。
 唯一、P・ホフマンが指揮者の呪縛からはみ出ていて実によい。

⑨ドホナーニ&ウィーンフィル 1991年

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 やはりウィーンフィルがいい、ホルンがいい、管がみんないい。
 ドホナーニのヨーロピアンな劇場感覚の指揮もウィーンで引立つ。
 先ごろ亡くなったR・ヘイルの美声でかつヒロイックなオランダ人が好き。 
 暖かなベーレンスの声で歌われるゼンタは、オランダ人に恋した女性。
 ふたりのコンビがよろしいドホナーニ盤。
 録音が最高にいい。

⑩バレンボイム&ベルリン国立歌劇場 2001年 救済なしバージョン

 初稿版を採用した集中力あふれるバレンボイムの指揮とオケの充実ぶり。
 コンヴィチュニーと比べるとよりインターナショナルな音色。
 シュトルックマン、イーグレン、ともにいまひとつ。
 ザイフェルトのエリックがすばらしい。

⑪ヤノフスキ&ベルリン放送響 2010年

 ワーグナー主要7作を一気に録音したヤノフスキ。
 いまや名匠の名を欲しいままにしているが、地味ながらも明晰極まりない演奏
 録音の抜群の良さもあり、解像度高い演奏で、完璧さが不満になるという。
 ドーメンのほの暗いオランダ人、メルベトのストレートボイス。
 スミスの強い声のエリック、サルミネンのお馴染みの声。
 総じて歌手はこの盤が一番安定している。

⑫ミンコフスキ&ルーブル宮 2013年 救済なし初稿

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 初稿版を忠実に再現した初録音。
 過剰な表現は抑え、歯切れよく、テキパキと進めるミンコフスキ。
 スコアが透けてみえるようで新鮮、カラヤンやティーレマンとは対極にある。
 10年前の録音だが、いまや第1線に立つ歌手を選んだ慧眼も評価したい。
 ニキティン、ブリンベリ、カレス、カトラーなど。
 
 4枚組で、素材を買われたディーチュの「幽霊船」も収録されている。
 おどろおどろさは皆無で、むしろ明るく、明らかにフランスな感じ。
 ヒロインがコロラトゥーラなんだから、ワーグナーとは異質な世界。
 ワーグナー初期作の「妖精」の方がずっと立派。
 しかし、ミンコフスキは凄いですね、こんなこと企画してくれた。

「未聴のオランダ人」
 クナッパーツブッシュ、フリッチャイ、ドラティ、シノーポリ
 レヴァイン、ネルソンス、ヴァイル(初稿)

【エアチェック音源】

①D・ラッセル・デイヴィス&バイロイト 1980年
 映像化されたネルソンよりも攻撃的でよろしい

②シュナイダー&バイロイト 1982年
 このあと、リングで脚光を浴びるシュナイダー

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③ネルソン&バイロイト 1984,85年
 映像と同じ年のライブ ネルソンはソ連出身で西側に亡命。
 ソ連時代にクレーメルとの録音もあり、ドイツではオペラで活躍
 私もハンブルオペラ来演でローエングリンを観劇。
 早逝が惜しまれる指揮者。

④シノーポリ&バイロイト 1990~93年

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 タンホイザーに続くシノーポリのバイロイト
 ヴィヴィッドなオランダ人で音楽が明快そのもの
 安定した4年間、ヴァイクルも年とともによくなる

⑤シュタイン&N響 1995年 演奏会形式
 シュタインには日本でもっとワーグナーをやって欲しかった。
 新国がもっと早く出来ていれば・・・と思いますね

⑥シュナイダー&バイロイト 1999年
 シノーポリのあとを引き継いだのはここでもシュナイダー
 オランダ人もタイトスに変った。
 このときのディーター・ドルン演出映像もなにもないね

⑦MT・トーマス&サンフランシスコ響 2003年
 なぜかNHKFMで放送されたサンフランシスコライブ
 これが実によろしいが、全体にアメリカンな雰囲気も

⑥小澤征爾&ウィーン国立歌劇場 2003年
 小澤さんらしいまとまりのいいオランダ人
 アクがなさすぎがかえって好き

⑦マレク・アルブレヒト&バイロイト 2003~6年

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 いま聴いても悪くないアルブレヒトの爽快な指揮
 歌手は小粒だが、4年間のいいプロダクションだった。
 こちらのグート演出も記録少なめ、見たかったな

⑧ティーレマン&バイロイト 2012~14年
 映像篇で酷評した演出なれど、オケは素晴らしい
 音だけは安心して聴けるプロダクション

⑨アクセル・コバー&バイロイト 2015,16年
 ティーレマンのあとはコバー、演奏時間も5分短縮
 シュタイン、シュナイダーのように重宝される本格実務派
 歌手も一新され新鮮だった

⑩ゲルギエフ&メトロポリタン 2020年

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 メトを出禁になる直前のゲルギエフ
 ラストのハープを伴う救済シーンをねっとり仕上げてます
 メトの新演出、昇天シーンもきっとあったろう。
 シネコンでもやったが触手が動かず

⑪リニフ&バイロイト 2021~23年

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 映像篇でもほめたリニフさん、いいです。
 オランダ人が毎年変り、21年のマイヤー、23年のフォレ
 いずれもよかったし、グリゴリアンのあとのタイゲもいい
 芸達者のフォレでもう一度映像化して欲しい

【舞台】

①サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場 1992年

 演出:ギールケ、モリス、ヴァラディ、ロータリング、ザイフェルト
 優れた歌手たち、キビキビしたサヴァリッシュの指揮、オケのよさ
 しかし、変な演出だった。
 海賊船の船乗りたちが歩くとピンクの足跡が付くのが記憶にあり

②デ・ワールト指揮 読響 2005年

 演出:渡辺和子、多田羅迪夫、ヨハンソン、長谷川顯'、青柳素晴
 演出はビジネスマンに仕立てたオランダ人と夢想のゼンタで救済なし
 いまではお馴染みの展開だが、当時はブーイングが飛んだ
 デ・ワールトの指揮がすばらしかったな

③ボーダー指揮 東響 2007年

 演出:シュテークマン、ウーシタロ、カンペ、松井浩、ヴォトリヒ
 伝統的な普通の安心できる演出、日本人好みかも
 世界第一線の歌手がすばらしかった。
 オペラ指揮者ボーダーのツボを押さえたオケもよかった。

以上、2023年時点での「さまよえるクラヲタ人」の「さまよえるオランダ人」の総括終了。

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何気に今月は、ブログ開設18年目の月でありました。
その第1号記事は、下記リンクの一番下段の「エド・デ・ワールトの二期会オランダ人」でした。
いまやオワコンといわれるブログという媒体ですが、途中の中断はあったもののよく継続しているものです。
一番の読者は自分。
あのとき、あんなことがあった、あんな音楽を聴いてたんだと読み返すこともあります。
ボケるまで、キーボードが叩けるまでは続けよう。
次のワーグナーは「タンホイザー」。

オランダ人過去記事一覧

「さまよえるオランダ人 映像篇」

「クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア」

「バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場」

「ティーレマン指揮 バイロイト2012」

「ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団」

「サヴァリッシュ指揮 バイロイト1961」

「ライナー指揮 メトロポリタン歌劇場」

「サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場 DVD」

「ベーム指揮 バイロイト1971」

「コンヴィチュニー指揮 ベルリン国立歌劇場」

「ボーダー指揮 新国立劇場公演」

「ショルティ指揮 シカゴ交響楽団」

「アルブレヒト指揮 バイロイト2005」

「デ・ワールト指揮 読響 二期会公演2005」

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2023年11月16日 (木)

アクセルロット&東京都交響楽団 小田原公演

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真っ暗な中に浮かび上がる小田原城。

夜間はイベントの時以外は、人がまったく行きませんので周辺は真っ暗です。

それでいいと思いますね、街が明るすぎるのです。

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都響が小田原まで来演してくれましたので、喜び勇んで聴いてまいりました。

出色の音響の良さを誇る三の丸ホールは、お城の堀に接していて立地も抜群。

高校時代、私もその舞台に立ったことのある旧市民会館とは、場所も変わり、そのデッドだった昭和の音響もまったく見違えることとなった新ホール。
同じ時期に開館した平塚のひらしんホールと、双方を楽しむ最近の私ですが、どちらもほどよい規模で大好きです。

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  シルヴェストロフ 「沈黙の音楽」(2002年)

  シベリウス    ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47

      イザイ      無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番~1楽章

      Vln:アレクサンドラ・コヌノヴァ

  ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調 op.47

    ジョン・アクセルロッド指揮 東京都交響楽団

        (2023.11.13 @三の丸ホール、小田原)

ウクライナの作曲家シルヴェストロフ(1937~)の小編成の弦楽による「沈黙の音楽」、初めて聴きました。
シルヴェストロフも初ですが、ワルツ、セレナード、セレナードの3曲からなる全編静かな雰囲気の10分あまりの作品。
ともかく美しく、懐かしさも漂う夢想と追憶の音楽で、わたしには武満徹を思い起こす印象でした。
解説を読むと、ソ連時代での作曲開始時は前衛的な作風で、その後70年代以降、調性を伴った穏やかな作品作りに転じたという。
繊細ながら、哀しみの影も感じるデリケートな音楽、時が時だけに、ウクライナを現在逃れている作曲家のいまの音楽も知ってみたいものだと思いましたね。

次のシベリウスも、強国にあらがった愛国者、さらにはショスタコーヴィチも二面性、いやそれ以上の顔を持ちながら体制に追従しつつも抵抗した・・・
そんな3人の作曲家の一夜、すぐれたプログラムかと思いました。

コヌノヴァの技巧と美音に加えてホールを満たす精妙な弱音に酔ったシベリウス。
そのスマートなお姿からは想像できないパワーとともに、どんなピアニシモでもオケに負けずに聴衆の耳にしっかり届けることのできるヴァイオリン。
とりわけ、2楽章は美しかった。
モルドヴァ生まれの彼女も、思えばソ連の支配下にあった国で、ウクライナのお隣。
熱く切々と訴えかけるこの2楽章は、オーケストラのしなやかなサポートを受けて秘めたる情熱の吐露と聴いた。
もちろん、技巧の冴えも抜群で、速いパッセージにおける音程の正確さと、その明快な音の出し方は、オケがフォルテでもしっかり聴こえる。
女性的な所作と、一方でガッツリとオケと対峙する逞しさ、そのあたりも見ていて楽しかった。
 その繊細な音色と超絶技巧、美しいピアニシモは、アンコールのイザイでも特筆ものでありました。

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ホワイエからの景色、この日は期間限定でお城のライトアップもありました。
もう少し遅くまで点灯して欲しかったな・・・

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休憩後のショスタコーヴィチ。
若い頃に聴きすぎて、長じて大人となってからは、どうも醒めてしまった名曲のひとつ。
ともかく大好きになって、中高時代に聴きすぎた。
演奏会では、ヤンソンス&BRSO、ゲルギエフ&キーロフ、マゼール&NYPO、プレヴィン&N響と聴いたものの、いずれもぼんやりと聴いてしまうのでした。
今回は、この曲14年ぶりの実演ということ、さらには地元で都響が聴けるというワクワク感もあってか、やたらと興奮しながら聴いた。
バーンスタインの弟子筋にあたるアクセルロッドの指揮は、ともかく明快。
後から見ていても的確かつ、動きがときおりバーンスタインのように舞うようで楽しい。
しかし、音の圧はなかなか強く、都響が全力を出した時のすごさも実感できたし、フォルテの段階がいくつもあったようにも感じた。

真偽不明の証言や、批判を恐れた超大作4番のあとの、あざとい「成功狙い」の真偽など、そんなややこしいことは抜きにして、演奏としての完成度が極めて高く、ほぼ完璧な出来栄えだった。
指揮台にあがると、すぐに振り始めるし、楽章間の合間も少なめで、全体をアタッカでつなげたような一気通貫の演奏スタイルは、聴き手に緊張を強いるし、それでこそオケも聴衆も集中力が増したというものだろう。

1楽章は意外なほどスラスラと進行し、そのカタストロフ的なクライマックスも難なくすいすいと進行。
しかし、先日、ミッチーの壮絶な4番を聴いた耳には、1楽章の後ろ髪引かれる終結部には、あらためて作品の関連性や、ショスタコーヴィチの常套性なども感じることができた。
絶品だったのは、2楽章で、そのリズム感の冴えはアクセルロッドならではだろう。
ほんとに生き生きしていたし、何度も言いますがちょっと飽きぎみだった5番、この2楽章でなぜか目が覚めた感じです。
痛切な3楽章も、この演奏では爽やかささえ漂う美しさで、分割して弾かれる弦の様子をまんじりとせずに見つめ曲がら聴くのも新鮮だった。
はったりもなにもなく、こけおどし的な大音響に溺れることもなく、純音楽的に自然なクライマックスを築き上げた終楽章。
いつもは醒めてしまう自分も普通に感動したエンディング。

5番は、あれこれ考えず、こうした素直でストレートな演奏がいい。
この指揮者で6番を聴いてみたいと思った。

そして三の丸ホール、素晴らしい音響と確信しました。
次は小田原フィルだけど、都合が・・・・

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景気が悪い、物価高、個人消費の減少でGDPも下降。

そんな日本には、いま、チェコフィル、コンセルトヘボウ、ウィーンフィル、ベルリンフィル、ゲヴァントハウス、NDRエルプフィルがいます、先月はチューリヒトーンハレ、オスロフィルも来てたし、オペラ団もローマとボローニャも。
プログラムによっては触手も動きましたが、過去、さんざん聴いてきたし、いまの自分にはもういいかな・・・という気分です。

都心からほどよく距離があり、でも遠くもなく、そこそこな田舎で過ごして、たまに音楽会に繰り出す。
外来オケの高額チケットに大枚をはたく余裕もございません。
でも、外来オペラがワーグナーとかシュトラウスを持ってきたら・・・・飛びついてしまうんだろうな(笑)

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小田原で一杯やろうとも思ったが、月曜だしあきらめて、またお家に帰って晩酌でプシュっと。

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2023年11月11日 (土)

フィルハーモニック・ソサエティ・東京 演奏会

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11月も中盤に入り、街にはクリスマスのイルミネーションがちらほら散見されるようになりました。

今日のコンサート会場のお隣で見つけたツリーから。

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ミューザ川崎も、急に寒くなった今日の雰囲気に寄り添うような雰囲気。

音楽が大好きな若い方たちのオーケストラを聴いてきました。

学生オーケストラ出身者によって結成されたオーケストラです。

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 J・ウィリアムズ オリンピックファンファーレとテーマ

         「ジュラシック・パーク」よりテーマ

         「スター・ウォーズ」抜粋

 コルンゴルト   シンフォニエッタ op.5

 J・ウィリアムズ  「インディ・ジョーンズ」よりテーマ

   寺岡 清高 指揮 フィルハーモニック・ソサエティ・東京

     (2023.11.11 @ミューザ川崎 シンフォニーホール)

なんてすばらしい、おもしろいプログラムを組んでくれるんだろ!

コルンゴルト愛のわたくしの目当ては「シンフォニエッタ」。
9月のゲッツェル&都響での同曲のコンサートを早々にチケットを買って楽しみにしていたのに、おりからの台風直撃。
逸れたもののの、お近くの方をのぞくと、東海道線利用の自分には平日でリスクが大きく断念しました。

その悲しみのなか、見つけたのがこのコンサート。
小躍りしましたね。
しかし、悪魔は2度微笑む・・・
川崎に向かう電車内、危険を知らせる通知があり川崎駅で電車が止まっていると。
横浜に着いて、しばし停車、この電車は川崎には止まらず、横須賀線内を迂回とアナウンス。
え、えーー
カラスが置き石をして、駅員が撤去と安全確認をしているとのこと。
すぐさま降りて京急へ向かうも、運悪く急行が出たばかりで、次は空港直のノンストップ。
あちゃ~とばかり、東海道線ホームに舞い戻り、なんとか開始5分前に川崎駅。
ぎりぎりで間に合いましたが、同じように遅れた方も多かった。
カラスよ、もう堪忍してよ。

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こんな艱難を制して着席し、鼓舞するようなオリンピックテーマで勇壮に開始。
めっちゃ、気持ちいい~
84年のLAオリンピック、80年のソ連のアフガン侵攻を受けて、モスクワ五輪を西側がボイコット。
それを受けて、ソ連勢・東側がLAは不参加、中国はモスクワ不参加、LAちゃっかり参加という、極めて政治色の濃かったオリンピックだった。
そんな起源のあるオリンピックテーマだけど、いまやこのJウィリアムズ作品は、反省をもとに世界祭典となったオリンピックの普遍的な音楽になりました。
いまもまた、きな臭い世界の動きにあって、わすれちゃいけない音楽の力であります。
若いオーケストラの輝きあふれるサウンドが心地よい。

ジュラシックパークは、映画館で観なかったこともあり、やや世代ギャップがあり。
しっとりしたホルンの開始がいい
ちょっと音楽的に自分には遠かった。
スーパーマンかETをやって欲しかったなww

30分あまりのスターウォーズ組曲は、もうお馴染みのリズムとメロディが続出。
昭和のオジサンの思いは、77年のロードショーを観た学生時代に飛んで行く。
思えばその時の劇場、渋谷東急も今はない。
しかし、ルークの出て来ないエピソードの音楽となると、DVDで観て知った世界となるので、ここでもまた音楽がやや遠い。
オジサンがそんな思いに浸っているとはつゆ知らず、若者たちは、気持ち良さそうに、身体を音楽に合わせつ演奏にのめり込んでいる。
そんな皆さんが眩しかったし、思い切り共感しつつ演奏しているオーケストラの若者がうらやましかった。
エピソードⅣの大団円の音楽は、エンドロールにも似て、めっちゃくちゃ完結感もあってよかった。
寺岡さんの的確な指揮もあり、オーケストラは各奏者ふくめ、すごく巧い!!
ブルーのライトセーバー、もっと大胆に使えばよかったのにww

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後半は、得意のコルンゴルト。
5つのオペラをのぞけば、コルンゴルトのなかでは、ヴァイオリン協奏曲と並んで一番好きな作品。
失意と一発逆転の時代の大規模な交響曲より、ずっと前向きで明るくファンタジーあふれる曲。

1912年15歳のコルンゴルトの、ハリウッドとは正直無縁の時代の音楽。
コルンゴルトはユダヤ系の出自もあり、ナチスから退廃音楽のレッテルを受け、欧州を逃れアメリカに逃れたのは戦中でずっと後年。
この作品は、シュトラウスやマーラー、ツェムリンスキー、シェーンベルク、シュレーカーの流れと同じくするドイツ・オーストリア音楽のワーグナー次の世代としてのもの。
15歳という早熟ぶりもさることながら、大胆な和声と甘味な旋律の織り成す当時の未来型サウンドであったと思います。
ハープ、チェレスタ、鉄琴、ピアノなどの多用がいかに当時珍しかったか。
のちにハリウッドで活躍する下地がすでに出来がっているし、オペラ作曲家としてのドラマの構成力もここでは十分に発揮されている。

Jウィリアムズの音楽のヒントや発見は、このシンフォニエッタにも限りなくあり、ライブで聴く喜びもそこにあり、さらには全曲を通じてあらわれるモットーの発見と確認の楽しみと美しい旋律の味わいもある。

この日の寺岡&PSTの演奏は、細かなことは度外視して、ほぼ完璧でした。
大好きな曲のあまり、1楽章が始まると、もう涙腺が緩み涙ぐんでしまった。
そのあとの素敵なワルツ、若い皆さんが体を揺らしながら気持ちよさそうにコルンゴルトを演奏している姿を見るだけで幸せだった。
 ダイナミックな第2楽章、実はのちのオペラでも、悪だくみ的な場面に出てくるムードだけど、それとの甘い中間部の対比も見事だった。
わたしの大好きな3楽章。
近未来サウンドを先取りした響きに、ロマンスのような甘味な美しい歌にもうメロメロでしたよ、ソロもみんな頑張った。
シュトラウスのように、どこ果てることもなく、次々に変転してゆくフィナーレ。
もう右に左にオーケストラの活躍を見ながら、寺岡さんの冷静確実な指揮ぶりも見つつ、もうワクワクのしどうし。
ずっと続いて欲しかった瞬間は、あっけないほどに結末を迎えてしまうのも、この作品のよさ。
輝かしいなかに、いさぎよいエンディングをむかえ、ワタクシ、「ブラボー」一発献上いたしました。

いやはや、ほんとに素敵な演奏のコルンゴルトでした。
この作品は、手練れのオーケストラでなく、若い感性にあふれたメンバーのオーケストラで、コルンゴルトの音楽を感じながら演奏するのがいい。
それを聴くのはオジサンのワタクシですが、自分のなかの、コルンゴルトやこの曲にまつわる思い出を、若者はさりげねく引き出してくれるような気がしますのでね。

アンコールは、ビオラ奏者たちの下に最初からあって気になっていた黒い布に包まれたものの正体が・・・
指揮者がテンガロンハットをかぶって登場し、ビオラメンバーがそろって取り出してかぶった!
そう「インディ・ジョーンズ」ときました!

元気よく、爽快にミューザのホールをあとにしました!

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クリスマス、イルミ好きの私は、ミューザの隣のビルのツリーも逃しません。

やたら混んでた東海道線で帰宅し、川崎駅周辺で買い求めた食材で乾杯🍺

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PSTの次のコンサートは、来年の2月。
秋山和慶さんの指揮で、モーツァルトの39番に「英雄の生涯」

またよき音楽を聴かせてください!

シンフォニエッタ 過去記事

 「アルベルト指揮 北西ドイツフィル」

 「バーメルト指揮 BBCフィル」

 「ゲッツェル指揮 神奈川フィル」

 「アルブレヒト指揮 ベルリン放送響」

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2023年11月 1日 (水)

井上道義&群馬交響楽団 演奏会

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錦糸町駅からトリフォニーホールへ向かう途中のモニュメントとスカイツリー。

この日は風も少しあって、周辺に多くある焼肉屋さんの香りに満ちていまして、いかにも錦糸町だなぁと思いつつ期待を胸にホールへ。

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ホールに入って見上げると、ほれ、ご覧のとおりミッチー&ドミトリーさんが。

これからショスタコーヴィチの難曲を聴くのだという意欲をかきたてるモニュメント。

Triphony-03

  モーツァルト ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488

  ブラームス  6つの間奏曲~間奏曲第2番 イ長調 op.118-2

              ピアノ:中道 郁代

  ショスタコーヴィチ 交響曲第4番 ハ短調 op.43

         井上 道義 指揮 群馬交響楽団

         (2023.10.29 @すみだトリフォニーホール)

コンサート前、井上マエストロのプレ・トークがあり、前日の高崎での定期演奏会が大成功だったこと、群馬交響楽団はめちゃくちゃ頑張ったし、オケの実力がすごいこと。
ショスタコーヴィチ29歳の天才の作品がマーラーの影響下にあり、パロディーも諸所あること、さらにはこの曲を聴いたら、好きになるか、嫌いになるか、どちらかだと語りました。まさにそう、ほんとそれと思いましたね。
そして、最初のアーデュアのコンチェルトもほんとステキな曲だから聞いてねと。
最後、やばいこと言わないうちに帰りますと笑いのうちに締めました。

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そして清朗かつ深みに満ちたモーツァルト。

ふわっとしたドレスで現れた仲道さん、優しい雰囲気とともに、柔らかな物腰はいつも変わらない。
オーケストラが始まると、それに聴き入り没入していく様子もいつもながらの仲道さん。
開始そうそう、タコ4を聴こうと意気込んでいたこちらは、モーツァルトの柔和な世界に即座に引き込まれ、思わずいいなあ、と密かに呟く。
オケも微笑みを絶やさず楽しんでいる様子も終始見てとれた。
 聴いていて泣きそうになってしまったのはやはり2楽章。
モーツァルトのオペラのアリアの一節のようなこの曲にふさわしく、楚々としながら、情感溢れる仲道さんのピアノ、いつまでもずっと聴いていたいと心から思った。
 ついで飛翔する3楽章、ピチカートに乗った管と会話をするピアノは楽しい鳥たちの囀りのようだか、どこか寂しい秋も感じさせる、そんな音楽に素敵な演奏。

曲を閉じ、井上マエストロと握手した仲道さん、涙ぐんでおられました。
彼女のSNSによると、きっと最後の共演となるかもしれない、感情の高ぶりを吐露されておられました。
聴き手の気持ちにも届いたそんな演奏のあと、同じイ長調のブラームスを弾かれ、静かなる感動もひとしおでした。

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この高まる感情をどうしたらいいのか、アドレナリンが充溢し、ほてった身体がアルコールを求めた。
が、しかし、ここは日曜の錦糸町だ、飲んだらあとが大変・・・
そんな風に持て余した感情を抑えつつ、電車のなかで興奮しつつ帰った夜の東海道線。

そう、めちゃくちゃスゴイ、鋼を鍛えたばかりの、すべてを焦がし尽くしてしまわんわばかりの超熱い鋼鉄サウンドによるショスタコーヴィチを聴いてしまったのだ!
ただでさえハイカロリーの音楽に、群馬交響楽団は全勢力を注いで井上ミッチーの鮮やかな棒さばきに応え、空前の名演をくり広げました。

急転直下、極度の悲喜、怒りと笑い、叫嘆と安堵、不合理性への皮肉、豪放と繊細・・・あらゆる相対する要素が次々にあらわれる音楽。
井上ミッチーの真後ろで、その指揮姿を観て聴いてひと時たりとも目が離せなかった。
ときに踊るように、舞うように、またオーケストラを鼓舞し最大の音塊を求めるような姿、音楽と一緒に沈み悩みこむような姿、そんなミッチーを見ながら、まさにこの音楽が体のなかにあり、完全に音楽を身体で表出していることを感じた。

1楽章、冒頭、打楽器を伴い勇壮な金管が始まってすぐに、もうわたしは鳥肌がたってしまった。
この音楽を浴びたくて1階の良き席を確保したが、トリフォニーホールの音響はこの位置が一番いいと確認できた。
例のフガートはオケがまた見事なもので、それが第1ヴァイオリンから始まり、ほかの弦楽に広がっていく様を目撃できるのもまさにライブならではの醍醐味で、そのあとにくる大打楽器軍の炸裂で興奮はクライマックスに達した。
マエストロの万全でないのではと危惧した体調も全開のようで安心。

両端楽章では指揮棒を持たずに細かな指示を出していたが、2楽章では指揮棒あり。
スケルツォ的なリズム重視の楽章であり、明確なタクトが一糸乱れぬオケを率いていった。
コーダの15番的な打楽器による結末は、これもまた実演で聴くと分離もよく、楽しくもカッコいいものだ。

皮肉にあふれた3楽章、悲愴感あふれる流れから遊び心あるパロディまで、聴く耳を飽きさせないが、これらが流れよく、ちゃんと関連付けられて聴くことができたのも、ミッチーの指揮姿を伴う演奏だからゆえか。
ここでも最後のコラールを伴う大フィナーレに最大の興奮を覚えつつ、もう音楽が終わってしまう・・という焦燥感も抱きつつエンディングをまんじりともせずに聴き、見つめた。
この虚しき結末に、最後、井上マエストロは、指を一本高く掲げたままにして音楽を終えた。
そこで、静止して静寂の間をつくるかと思ったら違った。
ミッチーは、くるりと振り向いて、「どう?」とばかりに、おしまいの挨拶のような仕草をしました。

そう、これぞ、ナゾに満ちた難解な音楽の答えなんだろう。

ホールは大喝采につつまれました。

なんどもお茶目な姿を見せてくれた井上マエストロ。

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最後の共演となる群響の楽員さんと、その熱演とを讃えておりました。

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スコアを差して、こちらも讃えます。

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こんなポーズも決まります。
携帯を構える私たちの方をみて、もっと撮れと促されましたし。

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井上道義さん、来年の引退まで、大曲の指揮がこのあとまだいくつも控えてます。

ますます健康でお元気に。

素晴らしい演奏をありがとうございました。

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帰り道にスカイツリー、楽員さんもいらっしゃいました

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自宅でのアフターコンサートは、焼き鳥弁当でプシュっと一杯。

ショスタコーヴィチの4番、その大音響の影にひそんだアイロニー、15番と相通ずるものを感じました。
同じく、ムツェンスクとの共通項もたくさん。

この日の演奏の音源化を希望します。

交響曲第4番 過去記事

「ネルソンス&ボストン響」

「サロネン&ロサンゼルスフィル」

「ハイティンク&シカゴ響」

「ハイティンク&ロンドンフィル」

「大野和士&新日本フィル」

「ムツェンスクのマクベス夫人 新国立劇場」

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