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2023年12月

2023年12月31日 (日)

ラフマニノフ 150周年

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美しい朝焼けのなか、沈む行く満月の早朝。

慌ただしい年末の朝、すてきな景色を望むことができました。

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夜の月は、わたくしの解像度の低いカメラではうまく撮れませんが、周囲が少し明るくなった朝は、きれいに撮れました。

ことしは、生誕150周年を迎えたラフマニノフ(1873~1943)の曲が演奏会で数多く取り上げられました。

といっても日本では、いまだにピアノ協奏曲第2番ばかりで、あとは案外と4番も。
コンクールで活躍して人気者になった同じようなメンバーばかりで2番ばかりの演奏会が、外来オケの演目に必ず組み込まれるのを、醒めた目でみておりましたが・・・
交響曲では2番ということになりますが、完全にオーケストラのレパートリーにのった2番の交響曲は、始終演奏されているので、アニバーサリーでもこちらの感覚が特別感がなくなってしまった感があります。

年末に、これまでさんざん聴いてきた、ラフマニノフの交響曲と協奏曲のマイベストを取り上げてみました。

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  ラフマニノフ 交響曲第1番 ニ短調

 ウラディミール・アシュケナージ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

指揮者としての音楽活動から引退してしまったアシュケナージ。
その名前を聞くことが急速になくなってしまった。
ピアニストとしては大成したけれど、指揮者としてはどうも向き不向きがあり、いまひとつ評価が定まらないなかでの引退。
その指揮者としてのアシュケナージが一番輝いていたのは、80年代前半。
コンセルトヘボウとのラフマニノフは82年の録音。
CD初期に最初に買った1番がよかった。
国内盤の帯には、「祖国を離れたもの同士の熱い共感が波打つ熱演」と書かれていた。
いつもは客観的に終始するアシュケナージの指揮が、ここではまさに熱く、情熱的だった。
オケがコンセルトヘボウであることも、音に温もりと奥行きを与えている。
録音も極上。

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 ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調

  アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

もう、この1枚を外すわけにはいきません。
2番の交響曲を世に知らしめ、人気曲にした功労者は、なんといってもプレヴィン。
3種ある正規録音のなかで、2度目のEMI録音が一番いい。
録音にいまいちさえが欲しいが、そんなことを差し引いても素晴らしい、ラブリーな演奏。
73年、まだプレヴィンの指揮者としての力量をいぶかしむ声のあった時期、その実力とラフマニノフの音楽の持つ魅力を全開にして、多くの聴き手を魅了してしまった1枚。
抒情と憂愁、そしてリズムと熱狂、これらを、迷うことなく思いきり聴かせてくれる。
日本にやってきて、この曲を演奏し、テレビでも観ました。
受験を控えた高校生だった自分、プレヴィンLSOのチケットを予約して、招へい元の事務所に買いにいったものの、慣れない都内で、場所がわからず、半日さまよって、結局断念してしまったことを覚えている。
そのときのプログラムは、プロコフィエフのロメジュリを中心にしたものだった。
プレヴィンに出会うのは、ずっとあと、ウィーンフィルの面々とピアニストでの姿。
さらには、N響への来演のほとんどを聴くことができたが、そのときのラフマニノフ2番では、さすがと思わせる演奏ではあったが、もう少しはやくN響は呼ぶべきだった・・・・という思いでした。

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 ラフマニノフ 交響曲第3番 イ短調

  ロリン・マゼール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

3番の刷り込みが、このマゼール盤。
NHKFMで、ベルリンフィルライブを放送していたころ、マゼールのこの3番も流され、エアチェックした。
同じころ、ヤン・クレンツ指揮のケルン放送での2番が、これがまた超名演で、プレヴィンの演奏をおびやかすくらいに思っていた。
都内で社会人生活を始めたばかりの侘びしい寒い部屋のなかで聴いたふたつのラフマニノフ、ともかく沁みましたねぇ。
 レコードが発売され、即時に買いもとめて、擦り切れるほどに聴いたマゼール盤。
超高性能のベルリンフィルの音は、クールでかつ怜悧、ブルー系の音色に感じ、それがまたちょっと醒めたマゼールの指揮とともにラフマニノフにぴったりだった。
「自分の心に常にあるロシア音楽を、単純率直に作曲した」とラフマニノフ自身が述べているが、マゼールとベルリンフィルの演奏は、そんな様相は希薄で、むしろ都会的ですらあり、音楽はかっこいい。
ロシアの指揮者とオーケストラによるラフマニノフも、欧米系の演奏に慣れた耳にとってはかえって刺激的に感じられおもしろく、また遠い昔のように感じられる。
 あの戦争で聴けなくなったロシアのオケや演奏家、つくづく疎ましい戦争だと思う、アメリカさんよ・・・
このレコードのカップリングは「死の島」で、ジャケットのベックリンの絵画がそのもの。
寄せては返す、ひたひたと迫って来るような曲であり、ベルリンフィルのの高機能ぶりが目覚ましい演奏だった。

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  ラフマニノフ 交響的舞曲

 レナート・スラットキン指揮 デトロイト交響楽団

3つの交響曲、「鐘」とならんで、ラフマニノフの5つの交響曲と呼べるなかのひとつで、最後の作品。
近年、演奏頻度がやたらとあがった曲であります。
例外なく、わたくしも大すきで、今年、特集記事を書きました。
リズムと憂愁の祭典のようなこの曲、やはり指揮者とオケの俊敏さが光る演奏がおもしろい。
スラットキンの2度目の方の録音が好きです。
アメリカのオケらしい輝かしいブラスに、打楽器群の抜群のうまさ、ドライブ感あふれる弦など、聴いていて楽しい。
うわさに聞く、素晴らしいとされるコンドラシン盤を今度は聴いてみようと思う。
先にふれたとおり、ロシア系のラフマニノフをちゃんと聴かなくては・・・

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  ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲

ピアノ協奏曲は、わたしにはアシュケナージの独壇場。
旧盤では、みずみずしい感性と圧倒的な技巧でもって聴き手を驚かせるという新鮮味があった。
まさに70年代ならでは。
プレヴィンの合わせもののうまさが光るし、ここでもオケはビューティフルだ。
このコンビは、こののちのプロコフィエフでも超絶名演を残してくれた。

デジタル時代になって、アシュケナージが歳録音のお伴に選んだのは、これまた奏者たちから共演者として好まれたハイティンク。
デッカへのショスタコーヴィチ録音と同じ時期の演奏で、コンセルトヘボウがデッカ録音で鮮やかさが増して、一方でラフマニノフらしい憂愁サウンドがしっとりと味わうこともできて至福感おぼえる。
ハイティンクの最盛期の最良の録音のひとつでもある。
そしてアシュケナージは、旧盤の若さから、大人のサウンドへと伸長し、恰幅のよさ味わいの深さが増している。
新旧どちらも私には捨てがたい一組。

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アバド好きとしては、いきなりの初ラフマニノフが当時、幻のピアニスト扱いされたベルマンとの共演の3番だった。
遅れてやってきたかのようなベルマンの情熱のピアノにあわせ、アバドも結構歌いまくっている3番。

ルービンシュタインやホロヴィッツのピアノ協奏曲もいまや懐かしい。
昨今の若い奏者のラフマニノフも、オジサン、聴かなくちゃいけませんね。

3つのオペラ、ピアノソナタ、チェロソナタ、前奏曲、歌曲、鐘などなど、今年限りとせず、世界はラフマニノフをずっと聴いて欲しい。
そして、ロシアの音楽家が普通に世界で日本で活躍できるようになりますように。

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2024年は、ブルックナー、スメタナ、フォーレ、シェーンベルク、Fシュミット、アイヴズなどの作曲家がアニヴァーサリー・イヤーを迎えるる。
わたしは、我が道をゆくように、好きな音楽を聴くに限りますな。
とかいいつつ、ブルックナー集めは止まらない。

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2024年こそ良き年を

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2023年12月24日 (日)

パストラーレ

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イエスの降誕を描いたジオラマです。

ルカによる福音書から

【そのころ、皇帝アウグストが全ローマ帝国の住民登録をせよと命じました。 
これは、クレニオがシリヤの総督だった時に行われた最初の住民登録でした。 登録のため、国中の者がそれぞれ先祖の故郷へ帰りました。 
ヨセフは王家の血筋だったので、ガリラヤ地方のナザレから、ダビデ王の出身地ユダヤのベツレヘムまで行かなければなりません。 
 婚約者のマリヤも連れて行きましたが、この時にはもう、マリヤのお腹は目立つほどになっていました。 
 そして、ベツレヘムにいる間に、 マリヤは初めての子を産みました。男の子です。
彼女はその子を布でくるみ、飼葉おけに寝かせました。宿屋が満員で、泊めてもらえなかったからです。

その夜、町はずれの野原では、羊飼いが数人、羊の番をしていました。 
そこへ突然、天使が現れ、主の栄光があたり一面をさっと照らしたのです。これを見た羊飼いたちは恐ろしさのあまり震え上がりました。 
 天使は言いました。「こわがることはありません。これまで聞いたこともない、すばらしい出来事を知らせてあげましょう。
すべての人への喜びの知らせです。 
 今夜、ダビデの町(ベツレヘム)で救い主がお生まれになりました。
この方こそ主キリストです。 
 布にくるまれ、飼葉おけに寝かされている幼子、それが目じるしです。」  
するとたちまち、さらに大ぜいの天使たちが現れ、神をほめたたえました。

 「天では、神に栄光があるように。
  地上では、平和が、
  神に喜ばれる人々にあるように。」

 天使の大軍が天に帰ると、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださった、すばらしい出来事を見てこようではないか」と、互いに言い合いました。 
 羊飼いたちは息せき切って町まで駆けて行き、ようやくヨセフとマリヤとを捜しあてました。飼葉おけには幼子が寝ていました。 
 何もかも天使の言ったとおりです。羊飼いたちはこのことをほかの人に話して聞かせました。 
 それを聞いた人たちはみなひどく驚きましたが、マリヤはこれらのことをすべて心に納めて思い巡らしていました。 
羊飼いたちは、天使が語ったとおり幼子に会えたので、神を賛美しながら帰って行きました。】

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世界には宗教がいくつもあり、人間はその信じる宗教がゆえにいがみあい、戦争も行います。
それが、問題の根本にあり、絶対に理解しあえないことから解決は難しい。
国の線引き、民族の違いなど、いずれも元をただせば宗教に行く着く。

人間を救うはずの宗教。

しかし、われわれ音楽愛好家は信者でがなくとも、キリスト教由縁で生まれた素晴らしい音楽の数々を国境を越えて愛し、楽しむことができる。
いろんな神様に手を合わせてしまう、そして八百万の神に囲まれる日本人ですから、クリスマスや受難節にはイエスを思い、その音楽を聴き教会に思いをはせるのもぜんぜんOKだと思う。

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こちらは可愛い。

東方から参じた博士たちも。

これらはいずれも、銀座の教文館のウィンドウから写したものをご紹介してます。
毎年ありがとうございます。

羊飼いたちが幼子イエスを探しあてるということで、牧歌的な田園詩が「パストラーレ」という楽章やシンフォニアというかたちでクリスマス協奏曲や声楽作品に持つ音楽がいくつもあります。

今夜は、そんな静かで、心落ち着くパストラーレだけを聴きました。

コレッリ クリスマス協奏曲

ヴィヴァルディより25歳年長のコレッリ。
ヴァイオリン奏法においておおいなる足跡を残し、悲劇性に富んだ曲想を多くもちながら、そこには常に高貴なる歌が通っていて、明るさと悲しみが同質化したような音楽
終楽章の後半に置かれた夢見るようなパストラーレ。
牧童たちの静かな感動が伝わるような優しい音楽です。
正統派イ・ムジチのレコードから馴染みましたが、いまでも安心して聴ける演奏。
CD化されたコレギウム・アウレウムも好きでして、古楽奏法でない古楽器演奏スタイルという新しさもあり、いまや古風なスタイルが好き。

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四季のCDの付録に入ってたカラヤンを久しぶりに聴いてみたら、これがまた夢見るような演奏で、かつゴージャスでビューティフルだった。
やたらと気に入って、今宵は3回も聴いてしまった。
レコード屋さんで手にとって眺めていた懐かしいジャケットをネットで拾いました。
カラヤンとベルリンフィルの精鋭は、夏にサンモリッツでこうした合奏作品を録音してましたね。

コレッリ、トレルリ、マンフレデーニ、ロカテッリと4人が呪文のようにセットになったバロック・クリスマスコンチェルト。
コレギウムだけ、その4人じゃなかったのも面白い。

バッハ クリスマス・オラトリオ

6つの祝典的なカンタータを終結させたオラトリオ。
それでもそこはバッハ、福音史家もテノールが歌い、静粛なる降誕とそのあとのクリスマス祝日を明るいなかにも厳粛に音楽にしてる。
そんななかにあるシンフォニアが、厳かななかに、静かで清らかで汚れないひとコマとなってます。
ほんと、心洗われる美しい音楽です。

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厳粛なリヒター、素朴なフレーミヒの演奏が好き、ドイツの地方都市のクリスマスを思わせるシュナイトも好き。
あと以外にも、フィードラーとボストン・ポップスの神妙なる演奏もステキであります。

ヘンデル メサイア

馴染み深い旋律の宝庫、ヘンデルのメサイアは、3つの部がイエスの人生を描いているが、クリスマス当日までは第1部。
4人の名ソロや親しみやすい合唱曲のなかの、箸休めのような存在がパストラル・シンフォニアです。
バッハと違い、ゴージャス感も伴いますが、こちらも静かで厳かな雰囲気がすてきな作品です。

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オーマンディが刷りこみですが、まさにあの時代のアメリカの演奏で好きです。
ロンドン・フィルの渋さもあるリヒター盤、キリリとクールなガーディナー、優しいマリナー盤、みんな好き。

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丸の内、キッテのツリー。

静かでよきクリスマスを。

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2023年12月22日 (金)

チャイコフスキー くるみ割り人形 スラットキン指揮

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クリスマスシーズンになると訪れる銀座の教文館。

毎年ステキな雰囲気あふれる飾り付けがなされ、心洗われます。

右の方にはイエスの降誕のシーンが。
そちらは次に。

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こちらはゴージャスな六本木のカルティエのツリー。

数年年前の自粛時の人けの少ないクリスマスが嘘のように、今年はどちらも、内外の人々も含めて賑やかだ。

LEDの進化と普及で、ますますイルミネーションは多彩になったが、それもこれもわれらが日本人の同胞の発明によるところだ。
ありがたくも楽しませていただく。

そして、クリスマスは心温まる物語もつきもの。

いくつになっても、爺ちゃんになっても大好きな「くるみ割り人形」。

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 チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」

  レナード・スラットキン指揮 セントルイス交響楽団

    (1985.3.26,28 @パウエル・シンフォニーホール)

みんな大好きチャイコフスキーの「くるみ割り人形」。

小学5年か6年に組曲版で小学校の授業で聴きました。
当時もう、クラシックが好きでレコードを集めだしていただけに、音楽の先生のレコードの扱い方がぞんざいで、指紋がついちゃうとか冷や冷やしてましたね~
町のレコード屋で、毎度お世話になったコロンビアのダイアモンド1000シリーズのなかの1枚を購入したが、廉価盤業界のなかの名指揮者ハンス・ユイゲン・ワルター指揮のプロ・ムジカ交響楽団の演奏だった。
今一度聴いてみたい。。。

チャイコフスキーの晩年の傑作群のひとつ。
「眠れる森」、交響曲第5番や「スペードの女王」と「イオランタ」「悲愴」に挟まれた時期である1891年の作曲。

大人から子供まで、みんなが楽しめるバレエとして「白鳥の湖」とともに世界中で上演されているし、コンサートでも全曲版や2幕が、一夜のプログラムや後半のメインとして演奏される。

数々の全曲盤があり、いずれもそのジャケットはメルヘンを感じさせ、とても美しく楽しい。
スラットキン盤のジャケットはネットからの借り物ですが、いかにもアメリカらしくリアルで写実的なもので悪くないです。
チャイコフスキーを得意とするスラットキンがセントルイス時代に、交響曲全曲と3大バレエを一気に録音した。
いつも若くて元気な印象のスラットキンですが、もう79歳になります。
そのスラットキン40歳のときの録音は、最新のものと比べるとやや潤い不足ですが、ホールの残響少なめな、これもジャケットのようなリアルサウンドで、音楽そのものを楽しめる。
全体に速めにキリリと引き締まった演奏で、そのリズム感のよさはスラットキンならではで、クリスマスのワクワク感や、各バレエの弾むような楽しさがとてもよい。
もちろん夢見るようなファンタジーシーンもいいが、このあたりはもうちょっと連綿とやって欲しかったとも思う。
よくも悪くもアメリカらしい、明るくもあっけらかんとした演奏ともいえよう(笑)

スラットキンは日本には何度も来ていてきっと日本びいきなのだろう。
テラークレーベルから高音質CDを連発していたころ、N響にやってきた。
たしか、84年のことだったか、得意のラフマニノフ2番や幻想などが演目で、私は狂喜してエアチェックにいそしみ、その弾むような指揮ぶりもテレビで見て、当時のN響から鮮やかな音を引き出すその指揮ぶりがおおいに気にいったものだ。
音楽監督選出にもその名前があがって、最終的にはデュトワになったのもいまでは懐かしい。
セントルイス(79~96)のあとは、ナショナル響、BBC響、ナッシュビル響、デトロイト響、リヨン管と欧米のオケを歴任したスラットキンですが、いまでもセントルイスでは名誉指揮者のポストにあり、毎シーズン客演しているようだ。
再来年には都響に来てラフマニノフの2番を指揮してくれるから楽しみだ。

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以前の記事の再掲で、私の好きなシーンをいくつか。

       第1幕

①おなじみの序曲とそれに続くワクワク感満載の「クリスマスツリー」の情景。

②祖父ドロッセルマイヤの踊り。こんな楽しいお爺ちゃんになりたい。

③お客さんが帰り、夜。そしていよいよの高揚感。

④冬の松林~チャイコフスキーならではの情景描写

⑤雪片の踊り~こ洒落たワルツ、女声(児童)合唱を入れたところ、天才的

       第2幕

⑥お菓子の国と魔法の城~城を見渡せる高台にいるかのような気分でわくわく

⑦クララと王子~さあさあ、主人公たちの登場ですよって感じ

⑧ディヴェルティスマン~各国のダンスが勢ぞろい、いずれの筆致も神がかり

⑨花のワルツこそ、チャイコフスキーの代名詞か。
  ステキすぎるだろ、このワルツ。

⑩パ・ド・ドゥ~ロマンティックなアダージョで夢見る少女な気分になれるよ、
         こんなオジサンでも。
         そしてタランテラときて、金平糖さんは可愛いチェレスタ
         でもって、急転直下のコーダ
         この展開好き♡

⑪終幕のワルツにアポテオーズ~ドラマチックになりすぎない可愛い終幕
         夢から覚めた夢を見た感じ

ともかく楽しく、メロディアスで何度でも聴いちゃうくるみ割り人形。
楽しいったらありゃしない。

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アメリカ中西部の都市セントルイスは歴史の街でもあります。
ミズーリ川とミシシッピ川にはさまれ、R66とR40も通る、水上と陸上の交通の要衝。
さらには、スポーツでは高名なるカージナルスがあり、野球は大人気で、ヌートバーがいるところ。
人口は周辺のセントルイス都市圏でみると280万人で、巨大企業もたくさん存在。

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ミシシッピ川沿いに立つゲートウェイアーチが有名で、いわゆる絵になるインスタ映えする名所もあります。
典型的なアメリカの大都市のひとつで、名物グルメもアメリカらしく、バーベキューにステーキに、ステーキ肉を刻んでトッピングしたセントルイスピザが有名だとか。

音楽では一般的には、ブルースということになりますが、われわれクラシック愛好家には、セントルイスといえば、オーケストラです。
オーケストラでは、アメリカ第2の古さを有する名門。
1880年の創立で、歴代指揮者で有名どころは、ゴルシュマン、ジェスキント、セムコフ、そしてスラットキンときて、フォンク、ロバートソンと続き、現在はドゥヌーヴが音楽監督として2019年から務めてます。

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セントルイス響の本拠地、パウエル・ホール。
ここで数々の名録音が生まれたが、現在は大規模修繕で閉業中で、2025年に新規開業の予定とか。
アメリカ人指揮者ロバートソンあたりから、録音が途絶え、ドゥヌーヴの録音もひとつも出てないと思う。

スラットキンが指揮者となって、テラーク、EMI、RCAと次々と録音が増え、オーケストラの実力もうなぎ登りとなり、スラットキンのオーケストラビルダーとしての力量も70年代後半から評価されるようになった。
83年だったかと思うが、タイム誌のアメリカのオケランキングで、セントルイス響をいきなりビッグファイブのなかに選出。
このときは世界がどよめきましたし、わたしも、レコ芸のみが情報源でしたがビックリしたもんです。
80年代をピークにセントルイス響の人気や実力もやや下降ぎみ。
いまのこのオケの姿をこの耳で確かめたいものだ。
ネット放送もなく、youtubeでいくつか断片的に聴けるにとどまる状況ですが、ほかのアメリカのオケ、いや世界のオケによくあるように、メンバーにはアジア系の弦楽器奏者が大半を占めてます。
隣国のふたつの国の、教育水準の高さと熱心さは見習わなくてはならないですが、彼らの物怖じしない強さもわが邦にはないものです。

セントルイスを舞台にした映画、邦題は「若草の頃」、Meet Me in St.Luis~セントルイスで会いましょう。
終戦間近の1944年の作品で、ジュデイ・ガーランドの主演。
クリスマスイブに妹に歌うHave Yourself a Merry Little Christmasは、クリスマスソングの定番となり、涙が出るほどにステキだ。

アメリカには夢があった・・・・
正直それはもう過去形です。
かつでは20年遅れぐらいで、アメリカの波が日本にも起きたけれど、いまはもうすぐに来るし、病めるアメリカと同じ波がもう来てる。
悲しいことに、過去を思い出すことで幸せを感じるようになったと思う。

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いや、それじゃだめじゃん、いくつになっても希望や夢を捨てちゃダメだ。

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2023年12月17日 (日)

ガラコンサート in ウィーン @1988

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六本木ヒルズ内の毛利庭園。

ここには通年ハートのモニュメントがあって、恋人たちの撮影スポットになってる。

そんなことには無縁のオジサンは、ここでの背景にできた麻布台ヒルズと東京タワーをいかにきれいに納めるか、だれも映さないで撮るかに全力集中するのであります。

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ヒルズ内のお馬さんのツリー。

ここは毎年JRAのツリーが飾られるのですが、人は少なめ、そのかわりこの先にある欅坂を見とおせる最高の撮影スポットが人だかりとなります。
この日は平日だったのに、とんでもない人で何重にも人が重なっていて、まったく写真も撮れず。
こんなことこれまでなかった。
しかも、7割がたが異国の方。

華やかな都会には月に1度か2度しか行きません。

耳のごちそう、ガラコンサートを聴きましょう。

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     Opera Stars in Concert

              1988年9月4日 ムジークフェライン

①「セヴィリアの理髪師」 トマス・ハンプソン
②     〃      パトリツィア・パーチェ
③     〃      フレデリカ・フォン・シュターデ
             トマス・ハンプソン
④「アルジェのイタリア女」テレサ・ベルガンサ
⑤「愛の妙薬」      アルフレート・クラウス
⑥「アッティラ」     ピエロ・カプッチルリ
⑦「マクベス」      マーラ・ザンピエッリ
⑧「トロヴァトーレ」   カティア・リッチャレッリ
             ピエロ・カプッチルリ
⑨「運命の力」      マリア・キアーラ
⑩「ドン・カルロ」    エヴァ・マルトン
⑪   〃        ジャコモ・アラガル
             クルト・リドゥル
             マーラ・ザンピエッリ

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

①「アンドレア・シェニエ」マテオ・マヌグエッラ
②「フェドーラ」     ニコライ・ゲッダ
③「ラ・ワリー」     カティア・リッチャレッリ
④「マノン・レスコー」  マーラ・ザンピエッリ
⑤「トスカ」       マリア・キアーラ
⑥「エウゲニ・オネーギン」 ニコライ・ゲッダ
⑦    〃        クルト・リドゥル
⑧「サムソンとデリラ」  クリスタ・ルートヴィヒ
⑨「ラ・ペリコール」   テレサ・ベルガンサ
⑩「カルメン」      テレサ・ベルガンサ
⑪  〃         パトリツィア・パ-チェ
⑫「カディスの娘たち」  フレデリカ・フォン・シュターデ
⑬「エロディアート」   トマス・ハンプソン
⑭「ロミオとジュリエット」 アルフレート・クラウス
⑮「ファウスト」      カティア・リッチャレッリ
              アルフレート・クラウス
              クルト・リドゥル

   アントン・グアダーニョ指揮 ORF交響楽団

70~90年代初めにかけて世界中で活躍したキラ星のごとくのオペラ歌手たち。

もう物故してしまった歌手も、引退した歌手も、はたまたいまだに現役の歌手も!

88年のウィーンでのガラコンサートで、かつてはこんな風な超一流歌手によるガラコンサートがよく行われていたと思う。

それにしてもすごいメンバーです。

ここにあと、カバリエとか、スコット、フレーニ、カレーラス、ギャウロウ、ミルンズなどが加わったらそれこそ世界イチでしょう。
ドイツものがあえてないので、3部構成で、ドイツ系の歌手もいれたらさらにすごいことに。

NHKFMの日曜午後のオペラアワーでは、本編のオペラ全曲の余白に、よくこうしたガラコンサートやアリアコンサートの海外ライブを放送していたと思います。
昨今では人気歌手たちをスケジュール的にも押さえることが大変だし、興行的にもかなりの高額チケットとなってしまい採算的にも売り上げ的にも厳しいのではと思います。

よくも悪くも、あのころはよかったということになります。

いまも現役、T・ハンプソンの生きのいいフィガロは大喝采を浴びてます。
そのハンプソンは、フランス物でも的確かつ熱い歌。
アバドもよく起用した、P・パーチェのリリックな声もよし。
蠱惑のヴォイス、シュターデのここでの登場もうれしくて、ドリーブの小粋な歌曲ではその魅力が全開。
心洗われる清廉なるクラウスの声、愛の妙薬も、われわれ日本人には懐かしいファウストもすんばらしい!

あと、なんたってカプッチルリのヴェルディ!!!
ほんもののヴェルディ歌唱ここにあり、リッチャレッリとのルーナ伯爵もすんばらしい!!
そのリッチャレッリの声も、わたくしにはお馴染みの声で、少しの陰りが極めて素敵で、カタラーニにも震える。
同時期に活躍、あまり録音に恵まれなかったキアーラの声も、わたしは好き。
正統派のソプラノ、キアーラの声には華がある。

ザンピエッリは強い声だが、その声に揺れがあるのがちょっと。
マルトンも立派だけど、若さ不足。
とか贅沢なことも感じるのがガラコンサート。

なつかしのニコライ・ゲッダ。
ルートヴィヒの定番のデリラには泣けましたな・・・・
マヌグエッラもいいが、ここではトニオが聴きたかったし、ジェラールならカプッチルリだな。
万能のベルガンサ、ブリリアントなお声と、スマートな歌いまわしで観客を魅惑しちゃってる。
いまも昔もウィーンの重鎮リドゥルに、これまた贅沢なアラガル。

隅から隅まで、もうニンマリし通しの歌の祭典。

これを引き締め、完璧にオペラのひとコマの雰囲気を出してるグアダーニョの指揮。

昨今の知らない人たちばかりの紅白歌合戦なんて興味ありません。
こんなCDばかり、聴いて年を越したいと思いますぞ。

今思えば、バブルの頃、NBSが企画した80年代前半の2度のガラコンサートに行きました。
そのときの日記を探して、いずれ記録に残しておきたい。
フレーニ(風邪でお休みで舞台でお謝っていた)、ボニッゾッリ、カプッチルリ、ギャウロウ、ヴァルツァ、ヤノヴィッツ、リザネック、イェルサレム・・・・・
若かった独身時代の自分。
めちゃくちゃ興奮して、ますますオペラにのめりこんでいったのでした。
懐かしいな。

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2023年12月15日 (金)

コルンゴルト 7つの童話絵 アレクサンダー・フレイ

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大磯の城山公園は紅葉の名所。

海も見えるし、丹沢も富士も見えます。

下に降りて、1号線の向かい側には吉田邸があり、数年前の火事から復旧し、落ち着いた雰囲気の庭園も臨める。

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ほどよい自然に恵まれ、こんななかに身を置くと、ほんとに帰ってきてよかったと思う。

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   コルンゴルト 7つの童話絵 op.3 (1910)

    ピアノ:アレクサンダー・フレイ

   (2000.1 @ポモナ・カレッジ、クレアモント・カリフォルニア州)

コルンゴルト(1897~1957)の13歳のときのピアノ作品。

8、9歳で作曲を始め、作品番号のないピアノ・ソナタ1番とか、パントマイム劇音楽「雪だるま」などは12歳で書いて、それをツェムリンスキーがオーケストレーションをして、シャルクとウィーンフィルが初演するという風にウィーンで神童の名を欲しいままに。
「雪だるま」は8年前に記事にしてました→雪だるま

このジャケットのコルンゴルトはもう少し年長かもしれないものだが、それでも残るあどけなさ。
若書きのピアノ作品を集めたこのCDの冒頭にあるのが7曲のピアノ組曲。
これを聴いて誰しもが13歳の作曲家の作品とは思わないだろう。
しゃれっ気とユーモア、メルヘンな雰囲気にもあふれていて、味わいも深いときた。

ちなみに、わたしの大好きな大作「シンフォニエッタ」は16歳、「死の都」が22歳、「ヘリアーネの奇蹟」が30歳。
1938年41歳でアメリカに渡ったあとの名作ヴァイオリン協奏曲が48歳、交響曲が55歳、それぞれの代表作の作曲年齢です。

ヒトラーのドイツ国首相就任が1933年。
コルンゴルトは33歳で、徐々にユダヤの出自であることや、帝国の芸術への介入という緊張感を感じていた。
ここからが、コルンゴルトの作風を含め、新たなジャンルの開拓などの模索が始まった。

そんな苦難を少年時代の順風満帆な神童時代には思いもしなかったコルンゴルト。
ともかく、ここできく音楽は幸せな音楽というにつきます。

「低地」で有名なオペラ作曲家ダルベールに捧げられたというのも当時としてはすごいこと。
コスモポリタンなダルベールは、オペラを22作も書いたし、リストを師とも仰いだ人で、スコットランド生まれながらウィーンで活躍し、ピアノも堪能で、その弟子の系譜はバックハウスまでたどり着く。
過去記事「低地」

7曲は合計30分の長さで、それぞれのスコアの冒頭には、のちに「ヴィオランタ」と「ヘリアーネの奇蹟」の2つのオペラの台本作家となるミュラーの詩が添えられている。
それらの詩がどんな内容か知りたくもあったがCD解説にもなかったのでここでは割愛。
7つそれぞれのタイトルを以下に。

 ①「魔法にかかった王女」

 ②「王女とエンドウ」

 ③「聖霊の王ルーラー」

 ④「妖精」

 ⑤「妖精の王の舞踏会」

 ⑥「勇敢な小さな仕立て屋さん」

 ⑦「おとぎ話のエピローグ」

たやもないタイトルではあるけれど、そのタイトルの雰囲気がちゃんとかもし出されているのが可愛いところ。
印象派風の響きもあり、マ・メール・ロワ的、むかしむかしあったとさ・・・的な物語感とその完結感もある。
ともかく微笑ましい。
初老の域に達した自分のようなオジサンのナイトキャップにも最適な、コルンゴルト少年の佳作でありました。

このCDには、ステキな「4つのワルツ」と写実的な「ドン・キホーテ」組曲といういずれもともに同時期のピアノ作品が収められてます。
指揮者でもあるフレーの丁寧な共感あふれるピアノは、これでとてもいいと思います。
ピアノ作品では3つのピアノソナタがあり、それらもいずれ取り上げます。

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都会はキラキラしてるけど、ちょっと田舎のわたしのまわりは、静かで渋く落ち着いてますよ。

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2023年12月10日 (日)

デイヴィス ベートーヴェン全集

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短い秋でしたが、花々はありがたく四季を保って咲きました。

手水舎に手向けられたとりどりの菊の花が美しかった。

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比較的、温暖の地にいるものだから、ちょっと走ると日当たりのいい斜面には、みかん畑があり、いま最盛期を迎えてます。

このグリーンとオレンジの色の電車がかつての湘南電車のカラー。
大洋ホエールズのユニフォームもかつてはこのカラーリングだった。

コリン・デイヴィス「Beethoven Odyssey」、12枚のCDを毎日順番に聴きました。

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 ベートーヴェン 交響曲第1番 (1975.12)

                   交響曲第2番 (1975.12)

          交響曲第3番「英雄」(1970.9)

          交響曲第4番 (1975.2)

          交響曲第5番 (1972.12)

          交響曲第6番「田園」 (1974.12)

              交響曲第8番 (1973.3)

     サー・コリン・デイヴィス指揮 BBC交響楽団

          交響曲第7番  (1976.4)

      サー・コリン・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団

          交響曲第9番 (1985.7)

     S:ヘレン・ドナート  Ms:トゥルーデリーゼ・シュミット
     T:クラウス・ケーニヒ Nr:サイモン・エステス

    サー・コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団
                   バイエルン放送合唱団

         交響曲第6番「田園」(1962..4)

         「プロメテウスの創造物」序曲 (1962.4)

         「レオノーレ」序曲第2番 (1962.4)

                          「レオノーレ」序曲第3番  (1976.4)

    サー・コリン・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団

          「エグモント」序曲 (1974.12)

          「コリオラン」序曲 (1970.9)

          「レオノーレ」序曲第1番 (1970.9)

       サー・コリン・デイヴィス指揮 BBC交響楽団

コリン・デイヴィス(1927~2013)のベートーヴェンといえば、ドレスデンとの90年代初頭の交響曲全集があり、世評が高いが、私はそちらはまだ聴いたことがありません。
そのまえに、ロンドンでの選集をなんとかして聴きたかった。
4・8番のみ持っていたが、バイエルンとの第9と併せて、これまで未CD化だったものがすべてまとめられ、さらにはスティーブン・ビショップとのピアノ協奏曲全集も一括して収められた。

レコ芸の熱心な愛読者だった若い頃、デイヴィスが70年代半ば頃から力をつけ、評論でも次々に高評価を得るようになりました。
それらのきっかけは、ボストンとのシベリウス、コンセルトヘボウとのストラヴィンスキー、そしてBBCとのベートーヴェンだったと思う。
そのとき以来、ずっと気になっていたデイヴィスのベートーヴェン、レコード発売を見守って以来45年ぶりに、それこそ番号順に1日ずつ楽しみながら聴き、毎晩至福の時を過ごした。

総じていうと、ベーレーンライター版や古楽的なアプローチとは無縁の70年代当時の、極めて堂々たる正統派ベートーヴェン。
いまや、これが新鮮に聴こえるといういまの時代を生きている自分。
当時の黄ばんでしまったレコ芸を眺めつつも、眼前で鳴っているベートーヴェンは、デイヴィスならではの、ベルリオーズで聴かせてくれたような情熱と知性のバランスのとれた極めて高水準の演奏ばかり。

1967~71年まで首席指揮者だったBBC交響楽団とは長い関係をずっと続けけれど、アンサンブルの整然とした正確さと音色の渋さなど、より上質なロンドン交響楽団と同じぐらいの実力を感じさせる。
「BBC響のベートーヴェン?」と思う方は、だまされたと思って聴いてみて欲しい。
75年にブーレーズとグローヴズに率いられて日本にやってきたとき、NHKFMでそのほとんどを聴くことができたが、そのプログラムの多彩さはいま見ても新鮮だ。
ロンドン響も含めて、そんなフレキシブルなオーケストラのベートーヴェン。

1番はすっきりと、古典の残滓残るなかにも、キリっとした厳しさもある。
2番は、その2楽章の美しさが引立ち、リズム感も抜群で、おおらかさもある。

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素晴らしかったのが3番で、目だったことはしていないが、正攻法の真っ直ぐな演奏でひとつもブレのないところは清々しく感動的でもあった。
以前にも記事にしたことのある4番は、堂々たるその導入部が、3番のあとにある立派な存在だということを意識させてくれる。
転じて5番の剛毅さはデイヴィスらしい重心の低さもあって活力みなぎる演奏で爽快。
ゆったりとした6番は、管楽器のうまさ、音色の良さも堪能でき、美しく清々しい演奏だ。
イギリスの田園風景をこの演奏でもって感じるというのも一興だ。
62年録音の旧盤は、録音が丸っこく感じるが、こちらも雰囲気ある演奏。
デイヴィスは田園がお好きだったようで、晩年にもLSOとプロムスで演奏してました。
そのLSOとの7番は、リズムのよさと、これまたデイヴィスらしい粘りの良さも加味され、克明であるとともに強靭な演奏となった。
転じて小気味よさの引立つ8番、内声部を強調したりして、あれっ?と思わせ、次の第9も感じさせる場面も初めて気が付いた。
2008年に記事にしていたバイエルンとの第9。
今回も感じた3楽章以降のテンポアップ。
でもロンドンのオケのあとに聴くと、不思議とミュンヘンのオケの方が音色が明るく感じてしまう。
1.2楽章がデイヴィスらしい粘りの聴いた名演。
終楽章は歌手のバランスがよろしくなく、エステスの声がワーグナーで聴きすぎたか、オランダ人に聴こえてしまった。

レオノーレ3曲も含め、主要な序曲がすべて聴ける。
これらも誠実かつ熱意あふれる桂演で、のちのバイエルンでの再録音も聴いてみたいと思わせる。

交響曲のなかで、気に入ったのは、3番、5番、6番です。   

70年代のイギリスのオーケストラは、録音の面からいくと、シンフォニーに協奏曲に、オペラにとおおいに重宝され、なんでも屋さんみたいな色のないイメージを与えてしまうことが多かった。
極めて思い切り大雑把にとらえれば、アングロサクソンのイギリス人は、ドイツ人と同根で、ユトレヒト・オランダもそれに近い民族といえる。
イギリスのオーケストラのフレキシビリティの高さは、まさに英国人であるからが故だと思います。
歴史的に大国として、悪しき評価も残ることをたくさんしてきましたが、文明国として先端を走り、音楽においては輸入大国だった。
そんななかで、楚々としつつも輝いていた英国音楽がわたしはずっと好きなのであります。
そして、オーケストラも指揮者も英国は多彩で柔軟な存在なのです。

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故人となったコリン・デイヴィスをとてもよく聴くようになった。
モーツァルトもベルリオーズも、そしてここで聴くベートーヴェンも、みんな誠実な演奏であり、その音楽は堅固で揺るぎない。
硬派で揺るぎない音楽造りだけれど、歌に対する思い入れは強く、声楽作品では流麗で思わぬ透明感もかもしだす。
このセットで聴いた、ミサ・サレムニスは丁寧な仕上げで、極めて美しい演奏だった。
最後は思わず涙ぐんでしまった。

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かつては、スティーブン・ビショップ、いまはスティーブン・コヴァセヴィチの若き日のピアノ協奏曲全集。
こちらも端正で、リリシズムあふれる流麗な演奏で、デイヴィスの寄り添うような優しいオケもすてきなものだ。
いつか5曲をレビューしたい。

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まさに、コンセルトヘボウとにっこりしたくなるグリュミオーとのヴァイオリン協奏曲。
シェリングとハイティンク盤との聴き比べも楽しい、極めて美しき演奏。

1か月にわたって、全部を楽しみながら聴いたデイヴィスのベートーヴェン。
終わってしまってちょっと寂しい。

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2023年12月 2日 (土)

マリア・カラス 生誕100年

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秦野の街と富士山。

西に雲がかかっていないと見れば、富士山を見に行くことが多いです。

これから気温ももっと下がってくれば、よりキリリとした富士の姿が見れるようになるでしょう。

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レコード芸術1978年11月号の表紙。
レコ芸の装丁はそれこそ芸術的に美しかった。

不世出の大歌手、マリア・カラスが12月2日で、生誕100年を迎えます。

1923年にニューヨークで生まれ、1977年9月16日にパリに死す。

53歳という早すぎる死と、短命に終わったけれど、その濃密すぎる歌手生活、そしてひとりの女性としての生き様は、いまだに多くの伝説に飾られてます。

ギリシアからの移民を両親にアメリカで生まれ、アテネでデビュー、その後、ヨーロッパを中心に活躍。
メットとはビングと喧嘩して仲違いしてしまうが、ミラノ、ロンドン、パリといったヨーロッパの都会での活動と生活がカラスはもっとも好きだったんだろうと思う。
正規に残されたスタジオ録音もそれらの都市でのもの。
EMIへのオペラ録音は23作。
それ以外のソロが11枚(たぶん)。
ライブ録音や海賊盤を数えると数多くの記録が残されてますが、いずれもモノラルの時代からステレオ初期のものに限定されてます。

歌手生命の絶頂期がモノラル期ということで、このあたりがもしかするといまの若い聴き手には、すでに遠い存在と感じさせるかもしれません。
生誕100年の日、彼女のソロ録音を集大成したセットを中心に聴いてみました。

カラスの全盛期は、1950年代で、60年代前半40代にはいると、すでに声は下降線をたどってしまった。
1965年、ロンドンでのトスカを最後に舞台生活に終止符を打つ。
それから1973年まで、再起を目指して、有力なトレーナーのもと、発声の改善などに取り組んだ。
1973年には、長崎にやってきてマダム・バタフライ・コンクールの特別審査員や入賞者へのレッスンなどを行う。
1974年には、復活の世界ツアーで、ディ・ステファーノとデュオ・リサイタルの最後の訪問地として来日。
NHKホールでのコンサートはテレビとFMで放送され、高校生だったワタクシも大感激でした。
その一環の札幌でのコンサートが、カラスの最後の演奏会となりました。

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54年録音のプッチーニ集は、セラフィンとフィルハーモニア管の演奏。
プッチーニはカラスの主要レパートリーとして舞台で歌うのはトスカだけだったらしいが、ここで聴くトゥーランドットが鳥肌ものの素晴らしさ。
その強靭な真っ直ぐの声の姫に対し、同じ歌手とは思えないほどに愛おしさを歌い込めたリューも素敵だ。

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そんなカラスには、私は高校生の時に出会った。
現役を退いてしまっていた頃だけれど、「トスカ」の初レコードとして、プレートル盤を購入したのだった。
トスカの音楽そのものにのめり込んでいたし、ベルゴンツィが好きだったし、ゴッピのスカルピアという絶対的な存在も自分には決めてになる演奏だった。
もちろん、レコードで聴くカラスの歌は、女優が立ち、歌う舞台が思い浮かぶかのようなドラマチックかつ迫真にせまるもので、擦り切れるほどに聴いたものだから、カラスの声は完全に自分の脳内にそれこそ刷りこまれてしまった。
今にして思えば64年のこの録音では、もうカラスの声は衰えが正直感じられ、ずっとあとになって聴いた53年のデ・サバータ盤の絶頂期の声と、その比ではないが、自分にはプレートル盤は忘れがたいものであります。
トスカを最大のあたり役のひとつとしたカラス、その舞台ではまさに本物の宝石を装着し、ともかく役柄になりきることに徹し、全身から指の先までまさに、すべてが大女優としての所作であったとされます。
歌に生き恋に生きのアリアは、観衆に背を向け、聖母マリア像にだけ向かって歌ったと、ドナルド・キーンさんの読み物で知りました。
さらにスカルピアを刺す、果物ナイフへの一瞥も、徐々に殺意が帯びるようにその演技を高めていくその演技力も感嘆すべきものだったという。

ともかく、オペラを演出で楽しみ、劇場でも、DVDでも楽しむようになった現代、カラスのような大歌手ほど、それに相応しい存在だったといえます。

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カラスの功績のひとつは、ベルカントオペラの興隆をもたらしたこと。
ベルリーニとドニゼッティ、ロッシーニではイタリアのトルコ人など、これまであまり取り上げられなかったオペラに息を吹き込んだのがカラス。
単なるコロラトゥーラを越えて技巧の先にある登場人物の心理に踏み込んだ深い解釈。
次元の異なるカラスのベルカントオペラは、その後にやってくるサザーランド、シルズ、カバリエなどの後輩の歌唱に引き継がれることになる。
最大のライバルと言われたテバルディは、ベルカントオペラはあまり持ち役にしておらず、レパートリーも実際のところかぶっていないので、劇場でもうまく住み分けができたいたんだろうと思います。
息のながい活動をした大らかで親しみあふれるテバルディに対し、妥協を許さないストイックな活動をして短命に終わったカラス。
どちらも大歌手と呼ぶに相応しいですね。

これまで何度か書いてますが、コロナ渦における大量のオペラストリーミング視聴により、いまさらながら目覚めたベルカントオペラ。
目覚めた耳で、実はまだ「ノルマ」は聴き直していない。
カラスの代表的なオペラだと思いますので、こちらはいつか取り組んで記事にしたいと考えます。
そして、ソロCDのなかのスカラ座でのカラスに収められた1955年録音の「夢遊病の女」の長大なアリア。
セラフィンとスカラ座の雰囲気あふれるオケを背景に、落胆から歓喜の爆発を目が覚めるような歌唱で聴かせてます。
こちらも全曲盤が欲しいところです。

あと、廉価盤になったときに購入した「ルチア」のレコードは60年のロンドンでの再録音。
こちらも学生時代によく聴いたレコードなれど、まだCDでは買い直していない。
狂乱の場をありふれたお決まりのシーンにすることなく、運命に翻弄された女性の儚げな存在としても多面的に歌い上げるカラス。
これもカラスの大ファンだったドナルド・キーンさんの話だけれど、スコットランドが舞台なので、カラスの黒髪ではルチアらしくないということで、赤毛の鬘を装着したという。
そして、その鬘は、マレーネ・デートレヒにもらったものだといいます。

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ヴェルデイの全曲録音はひとつも持っていない体たらくですが、このソロアルバムのなかにある「マクベス」の3つのアリアのシーンが絶品。
58年、レッシーニョ指揮のフィルハーモニアの録音。
しわがれ声というヴェルディの指示とはまったく違う、ピキーンと張りつめた強靭かつ有無を言わせない声。
3つのシーンにおけるマクベス夫人のそれぞれのシテュエーションを見ごとに歌い分けていて、驚異的な思いで今回あらためて聴き直した。
メットで、この役を歌う予定もあったとかで、それが実現して録音でも残されていたら決定的な存在になったと思う。

カルメンも含め、カラスの全曲盤はあまり持っていない自分。
フレーニ、スコットの現役世代とともにオペラを聴いてきた自分には、カラスはひと昔まえの世代となります。

生誕100年の節目に、聴いたカラスの歌。
モノ音源の時代ほどにぶれなく、どの音域でも均一の音色と解像度の高さを感じ、60年代半ばになると、表現が粗くなる局面も感じられた。
しかし、カラスはどこまでもカラス、強い表現意欲をアリアの隅々にまで浸透させ、聴き手を納得させ、しまいにはねじ伏せてしまう強さがあった。
もっともっと、端的に言うと、「歌がめちゃくちゃうまい」のである。
このような歌手はいまはもういないし、いまのような歌劇場のシステムでは生れ得ないだろう。
作られたスター歌手は出るだろうけど、カラスのように、出自、努力、運、声、演技力、ともに克復して大成するような歌手はきっともう出ない。

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1974年にNHKホールで歌ったカラス。
そのときのテレビでの印象を以前のブログで書いてます。
>前年にオープンしたNHKホールという巨大空間で、ピアノ伴奏による、ディ・ステファノとのジョイントコンサートが開かれた。
欧米を経てから、カラスの生涯最後のコンサートが、日本だったことは複雑な気持ちだが、その公演はNHKで放送され、テレビとFMに釘付けだった。
出来栄えがどうのこうのではなく、モニュメント的なコンサートだったが、映像で見たカラスは、その立居振る舞いに大歌手のオーラが出まくっていた。
そして、カラスより、ステファノが現役そこのけの立派な歌だったのも鮮明に覚えている。
この映像と音源は、私の貴重なコレクションとなっている・・・・・・。<

>その翌年、カラスは横浜の県民ホールで「トスカ」の舞台に立つ予定だったが、やはり無理だった。
かわりにカラスに指名されたのが、
モンセラット・カバリエ
皮肉にも、カバリエの巨漢と、見事なソットヴォーチェをわれわれ日本人に強く印象付けた上演だった。<

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日本公演のあと、パリでの生活。

お気に入りのレストランでほどよい量の食事を楽しみ、コーヒーを飲みながらお気に入りの小節を読むのがお決まりだったとか。
そんな姿をパリの人びとは見ていたが、突然に訪れたその死。

映画やドキュメントもたくさんあり、あんまり好きでない女優アンジェリーナ・ジョリーのカラス役による最新映画もある。
いずれも私には興味がない。
セレブというレッテルをはり、その局面にスポットをあてるのだろう。
舞台のカラス、カラスの素晴らしい歌声、たくまぬ努力、そのあたりに正当にひかりを当てて欲しいがいかがなものだろうか。

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あっぱれ富士山!

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