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2024年10月

2024年10月28日 (月)

R・シュトラウス 「影のない女」 二期会公演

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2022年に予定されながら、流行り病の影響で流れた二期会の「影のない女」
クラウドファンディングや関係者の尽力の積み重ねで、ついに上演のはこびに。

その全オペラを楽しみ、愛するわたくし、シュトラウスの初オペラ体験がこの「影のない女」でした。
忘れもしない、ハンブルク国立歌劇場の来日公演。
1984年の5月7日、日本初演の初日から3日後で、このオペラはその2回のみの上演でした。
場所は同じく東京文化会館で、大切にしているチケットを確認したら、1階10列24番。
今回の二期会上演の席は、よく見たらその席のほぼすぐ近く。

40年を経過し、ワタクシも歳を経ましたが、あのときの感動はいまでも鮮やかに覚えてます。
ドホナーニの指揮、皇后:リザネック、皇帝:R・シェンク、乳母:デルネッシュ、バラクの妻:G・ジョーンズ、バラク:ネンドヴィヒ、、こんなキラ星のようなキャストで、その素晴らしい声の饗宴に痺れまくり。
なかでも3幕で、きらめく泉が皇后の顔にあたり、その頬が光るなか、「Ich will nicht・・・」と苦しみつつも発するリザネックに背筋がゾクゾクするような感動を覚えました。

このオペラのひとつの聴きどころ・見どころであるそのシーンは、今回どうなるのか・・・

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  R・シュトラウス 「影のない女」

     皇帝 :伊達 達人         
     皇后 :冨平 安希子

         乳母 :藤井 麻美     
              伝令使:友清 崇
      〃 :高田 智士
      〃 :宮城島 康
     若い男:高柳 圭
         鷹の声:宮地 江奈
     バラク:大沼 徹
     バラクの妻:板波 利加 
             バラクの兄弟:児玉 和弘
                      〃        岩田 健示
         〃     水島 正樹


    アレホ・ペレス指揮 東京交響楽団
             二期会合唱団
  
   演出:ペーター・コンヴィチュニー
   舞台美術:ヨハネス・ライアカー
   照明:グゥイド・ペツォルト
   ドラマトゥルク:ベッティーナ・バルツ

     (2024.10.26 @東京文化会館)

コンヴィチュニーだから、普通の演出じゃなくて、いろんな仕掛けをかましてくるだろうなと思っていたし、これまで観劇してきたコンヴィチュニー演出は4作あり、正直いずれも楽しんだし、面白かった。
また20年前ぐらい、まだ読み替え演出に嫌悪感のあった自分に、その楽しみを植え付けてくれたのもコンヴィチュニー演出なのだ。

しかし、今回はどうしたものだろう。

できるだけ情報をシャットアウトして、公演に挑むのが常であるが、二期会のSNSや出演者たちの「X」が目に入るようになり、気になって公式HPにアクセスして確認してみた。
カットと筋立ての読み替え、場の入替えなどがあらかじめ、あらすじ概要とともに書かれていた。
それを読んだとき、カットがあることに正直がっかりしたし、筋の内容も読んで暗澹たる気分になった。
でも実際の舞台に接すれば、コンヴィチュニー演出のことだ、面白いし納得感もあるに違いないという思いで上野に向かった。

今回のコンヴィチュニーの「影のない女」は、これまで好意的だった私としては、「No」と言っておきたい。
読み替え自体はそれは問題ではなく、でも今回のは好きじゃなかったけれど、やはりシュトラウス&ホフマンスタールの「原作」と「音楽」にあまりに手を入れすぎで、それはもう私には冒涜クラスのものに思われた。
「原作」の最終場面は正直言って取ってつけたようなエンディングで、アリアドネにもそんな風に感じることもあるが、長いオペラをずっと聴いてきて訪れる予定調和の平和は、なによりも安心感や安らぎを与えるのだ。
さらに、私がいつもこのオペラでこの皇后はどう歌うんだろうと注目する「否定」の場面。
あそこを冨平さんの皇后で聴きたかったし、観たかった。
そんな風な楽しみを奪われたと思う観客は多かったのではないだろうか。

忘れないうちに、どこをカットされたか、どうつながれたかを自分でまとめて、こんなの作りました。
クリックすると別画面で拡大表示します。
間違っていたらすいません。
背景は、上野駅で見かけたパンダの絵です。
たぶん夫婦のパンダですwww

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こうなったらユーモアで封じるしかないか。

「影」は北欧伝説によると「多産」の象徴、すなわち「子」を意味し、霊魂の影じたいが肉体とも結びつくとされ、影を売る行為は、魂を売り渡してしまうという意味にも通じる。(ハンブルクオペラのときのパンフから)。
しかし、そんな高尚なところはみじんもなく、二組の夫婦の子をめぐる思いと抗争のみがここにあり。
夫婦は相手を入れ替えたらめでたく子ができてしまった。

子ができなかったのは、夫婦どっちが悪い?
「種のない男」「豊かな畑のない女」どっちだ・・・いやどっちでもなく、なんのことはない、相手を変えたらできちゃった。
こんなインモラルなのありか、会場には中学生ぐらいの女子もいたぞ。

この書き換え構想を担ったドラマトゥルクのベッティーナ・バルツの書いた前置き、二期会HPでも読めます。

このオペラは現実の物語ではなく、象徴的な出来事を描いている。筋の通った物語ではなく、架空の二層の世界で演じられる悪夢のようなエピソードであり、そのルールはどこにも制定されておらず、理解不能である。人物、場所、ルールは、夢の中のように流動的で変化する。
このプロダクションでは、妻が夫に隷属することを賛美し、美化するような筋書きのない終幕のフィナーレを排除し、代わりに元の第2幕のシーンを最後に置く皮肉な場面で終わる。」

まさにこの前置き通りの想定でオペラは進行した。
常套的なカットをいれても3時間の作品が、今回は2時間40分に短縮。

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前の一覧にある通り、最終場面などはまったく演奏されず、幕という枠も排除し、場をばらばらにして交互にしたりして入れ替えてしまった。
夫婦を入れ違えてめでたく子ができたのもつかの間、暴力的な死の横溢するシーンで幕となった。

ちなみに、この演出でのエンディングシーンとなった2幕のラストは、わたくしは最初に影のない女を聴き馴染んだころ、めちゃくちゃ気にいって、初めて聴きエアチェックした75年のベームのザルツブルク上演を何度も聴いて、この激しくもダイナミックなシーンを指揮真似しながら興奮して楽しんだものだ。

しかし、今回の上演では、わたくしは意識することなく、このエンディングで幕が降りた瞬間「ブー」と叫んでいた。

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前段のバルツさんの書いたこの書き換えの意図を読んでみた。
正直、なにいってやがんだ・・という思いです。

「影のない女」の内容を家父長思考賛美、女性蔑視と断じ、「読み替えなしという選択肢はありえなかった。今日のわれわれが、道徳的に納得できる上演は読み替えによってよってのみ可能となる」としている。
「演出する私たちは、当時の男女の関係や問題を反映している芸術的な内容の部分を明らかにするために、このように手を加えることが必要だと考えている。この作品がなぜ、そんな手入れを必要とするほど、救いがたい出来損ないになってしまったかを検討してみたい」と書いている。
なぜに出来損ないなのか?
ホフマンスタールの台本が1911~19年にわたって何度も書き換えられ、「意味不明な童話的要素に満ちた悪趣味な混ぜ物になった。」
この作品は「子を産めない、あるいは産みたくないすべての女を。役立たずで下等な人間のくずと貶めるのが狙いだ」とホフマンスタールを断じている。
被害者はここに登場する作者さえ同情を寄せない女性の3人、加害者(男×2)は文字通り賛美される。
さらにバラクの弟たち、いまでは禁句となった障碍ある3人でさえ、男性であることからバラクの妻を蔑視していると。
こんな風に長々と書かれていて、しまいに、シュトラウスは「音楽と俳優のバランス」と言ったとおり、「歌手でなく俳優」と意識していた。
音楽ばかりでなく「演劇」もみたかったのだとシュトラウスの音楽をいじくったことの弁明をしているように感じた。

好意的にこの解釈を理解した人々からは、子供を産んでも断ざれてしまう女性ふたり、そのエンディングは、いまだに変わらない女性の立ち位置に対する猛烈な皮肉だったと評するだろう。

まあこういった議論がでて、賛否両論を呼ぶこと自体がコンヴィチュニー演出の意図でもあろう。
しかし、今回は、コンヴィチュニーがこのバルツ氏の書き換えた台本に乗ってしまったことは失敗だったと思う。
ここは日本だよ、ドイツじゃないし、男女は大昔から平等だし、ジェンダー指数なんて表面的なウソっぱちだい!
もう一回、この素晴らしいキャストとオケで、ちゃんとした演出で、演奏会形式でもいいからやり直して欲しい。
バラクの日本語のアドリブセリフ「ちゃんと台本通りやろうよ」だよう。

こんなところに不平等を見つけ出し、問題の顕在化をしてみせて、結果としてシュトラウスの素晴らしい音楽の一部を失くしてしまい、それを楽しみにしていた聴き手の心も消沈させてしまった。
始終、日本で上演されていて何度も接するオペラならまだしも、10年に1度クラスの上演機会のオペラで、これをやっちゃオシマイだよという気分です。
繰り返しますが読み替え演出は、わたしはぜんぜんOKだし、今回のピストルドンパチ、立ちんぼ、性描写などもがっかりはしても否定はしません。

舞台の詳しい様子は、今後書く気になったら記憶のある限り補足します。

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出演者の皆様を讃える大きな拍手とブラボー。
幕が降りた瞬間のブーのみで、わたくしは盛大な拍手をいたしました。
演出陣が出てきたらかましてやろうと待ってましたが出て来ず残念でした・・・・

こちらの歌手たちの皆さんについては、賛美しても尽くせない素晴らしさでした。

まず、皇后と乳母のふたり。
冨平さんはエンヒェンもルルもよかったが、今回は、あの演出でありながら、完全に役柄に没頭しての歌と演技。
その歌は涼やかな高音域が安定して美しかったし、音域の広い役柄なので、低い方の声にも哀しみが宿るような神々しさもありました。
二ールントの歌にもにたその歌唱、ドイツ語の発声も素敵でありました。
皇后との声の対比で万全だったのが乳母の藤井さん、明瞭ではっきりしたよく通る声で、一語一語がよく聴こえたし、ユーモラスな演技もその歌とともに印象的。
 バラクの妻役の板波さんの力ある声も際立っていて、バラクの大沼さんとの夫婦漫才のようなやり取りも楽しかったです。
その大沼さんのバラクの人の好さそうな声質の暖かなバリトンも実によかった。
かなフィルのサロメでのヨカナーンは歌う位置で損をしたイメージがあったけれど、背中でも演技するステキな、(うらやましい)役柄でしたねぇ。
 皇帝の伊達さんは、このヒロイックな役柄には軽すぎ・きれいごとすぎるように感じた。
確かに美声でクセのない声は素晴らしいが、今回の演出でのダーティに過ぎる存在もマイナスになってしまったのかもですが、ちょっと残念。
それにしても、なんであんな悪いヤツに仕立ててしまったんだろ・・・・
 伝令を歌った、前のコンヴィチュニー・サロメでヨカナーン役の友清さんを見出したのもうれしかった。
あと登場場面の多かった、まるきり鷹じゃない、可愛い夜鷹(?)となった宮地さんもリリカルなお声がよかったです。

ペレスの指揮する東京交響楽団は、この日ピットでシュトラウスの音楽の神髄を、クソみたいな演出にもかかわらずしっかり聴かせてくれた感謝すべき存在だと思うし、大々絶賛されていい。
ノット監督のもと、シュトラウスオペラを順次演奏してきている経験値や近世の音楽の演奏履歴などを経て、どんな大音響でも混濁せずに聴かせてしまうオケ。
さらに各奏者たちの能動的な演奏姿勢が有機的なサウンドを産み出すというシュトラウスにとってなくてはならない能力も兼ね備える。
ヴァイオリンとチェロ、ふたりのソロも最高でした。
 アルゼンチン出身のオペラ指揮者ペレス氏は、魔弾の射手に次いで2度目ですが、だれることのないスピード感あるテンポ設定と、抒情的な場面では美しく各パートを際立たせるような繊細な音楽造りもありました。
良い指揮者です。

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もやもやする。

ジェイムズ・キングの皇帝を聴き、あの嫌なヤツとなった姿の皇帝をリセットし、聴けなかった皇后の3幕をリザネックとニールントで補完する日曜でした。

最後にもう一言、入りはよくなかったけれど、怒りつつも楽しんだのも事実ですし、二期会さんには、今後も攻めのプロダクションをぜひともお願いします。

追記)
公演前に何種類も聴いた「影のない女」のオーケストラ編幻想曲をあらためて聴いた。
20数分の管弦楽曲ですが、ここでの最後は、オペラと同じく3幕の二組夫婦によるシーンで静かに終わっています。
この曲は、シュトラウス晩年の1846年に、作者自らが選んで編曲した作品です。
シュトラウス晩年の思いも宿っているのではないでしょうか。。。

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2024年10月25日 (金)

R・シュトラウス 「影のない女」交響的幻想曲

Gongenyama-1

秦野の街を見下ろす小高い山から。

弘法山、浅間山、権現山と3連の山、ここから本当は富士山がきれいに見えるのですが、この日は雲に隠れてました。

奥の山々は丹沢山脈です。
こうして山々に囲まれた神奈川県唯一の盆地の町が秦野です。

秦野はミュージシャンや俳優も多数輩出してまして、ルナシーとか、吉田栄作のほか、俳優やスポーツ選手もたくさん。
あとなんといっても、山田和樹も秦野の出身で、いまや世界のヤマカズとなりつつあります。

ちなみに、吉田栄作の実家は、もとは卸屋さんをやっていて、母の実家は隣町でお店をやっていたので、少年時代の吉田栄作も父親に連れられてしょっちゅう卸しに来ていたそうな。

余談が過ぎましたが、二期会の「影のない女」を観劇に行きます。

まいど大胆な解釈で驚かせてくれるコンヴィチュニーの新演出が目玉ですが、事前に発表されたカットや入替、大胆な設定替えなどを確認するにつけ・・・・・
ま、あしたのお楽しみということで。

今週は前夜祭ということで本編そのものを聴く時間はなかったので、オーケストラ編をいろいろ聴きました。

Strauss-tate

  R・シュトラウス 「影のない女」 交響的幻想曲

1917年に完成、1919年に初演のシュトラウスの傑作オペラ「影のない女」。
近年、ヨーロッパでは上演頻度が高くなっていて、その都度、ネットでも聴くことができるので、私のCDと録音ライブラリーも充実の極みとなっております。

1946年にシュトラウス自身の手で、オペラの主要部分やおもなライトモティーフを用いて22分ぐらいの交響的作品が作られました。
こちらの幻想曲も、最近はコンサートで取り上げられることが多くなっていてシュトラウスのもう一つのオーケストラ作品として、たいへん好まれる存在になりつつあります。

第1幕の超カッコいい前奏そのものから開始し、バラク夫妻の優しい旋律に切り替わり、次いで乳母がバラクの妻に見せる黄金やかしずく女たち、若い男の場面となりキラキラする。
かいがいしく働くバラク、そのあとはバラクの優しい愛の歌となり、トロンボーンが歌い、バラクの妻もその思いを今さら知ることになる。
離れ離れのバラク夫妻、声に呼ばれ登っていく、皇帝と皇后も救われ、音楽は感謝と歓喜に包まれる。
ここでは、このオペラのいろんなモティーフがモザイクのように出てきて絡み合うが、さすがの練達のシュトラウスと感じさせる。
やがて、子供たちの声を思わせる柔和な雰囲気がうまく漂いだして、オペラの最後の場面となる。

手持ちの音源

・スウィトナー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1970)
・メータ指揮  ベルリン・フィルハーモニー(1990)
・J.テイト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー(1991)
・シノーポリ指揮 ドレスデン・シュターツカペレ(1995)
・ティーレマン指揮 ウィーンフィルハーモニー(2002)

エアチェック音源

・シュタイン指揮  NHK交響楽団(1987)
・ネルソンス指揮 ケルン放送響(2014)
・ペルトコスキ指揮 フランクフルトhr響(2023)
・ケレム・ハサン指揮 BBCフィルハーモニック(2024)
・ファヴィアン・ガベル指揮 トーンキュンストラ管(2024)
・ウェルザー=メスト指揮 ウィーンフィルハーモニー(2024)

正規音源としては、録音も含めてティーレマンが圧倒的な演奏。
それと美しくしなやかなのがテイトの演奏で、オペラの舞台も感じさせる豊かさがある。
スウィトナーも雰囲気豊かな、まさに晩年の作者とも近かった往年の指揮者ならではの味わいあり

エアチェックでは、シュタインの熱い演奏と、最新のメストとウィーンフィルの豪華な響きが眩い。
今後活躍しそうな若きペルトコスキの演奏も興味深く23歳の青年とは思えない選曲であり、演奏でありました。

曲は、平和に調和のとれたエンディングで静かに終わるが、明日のコンヴィチュニー演出の幕閉めはとんでもないことになるんだそうな・・・

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2024年10月20日 (日)

ディーリアス 人生のミサ エルダー指揮

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今年の秋は夏との境目がないように感じられ、秋らしい日、夏の終わりなどもあまり感じないです。

コスモスや彼岸花といった季節を感じさせる花々も今年は不調で、いつも見に行く場所もあまり咲いてなかったりで・・・

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やはり季節のメリハリがなくなってきてます。

気候変動や温暖化、といった言葉でくくるのはあまり好きではないです。

こうした分析をするのは、いまを生きる、それこそ100~200年単位の人類の考えや思いにすぎず、地球と宇宙はもっとその何億倍の単位で活動しているのだから、安易に気候変動でひとくくりにするのもどうかと思う。

人間は自然の前には無力だし、人間の繁栄のために自然を犠牲にして自然エネルギーなんぞというものを推し進めるのもどうかと思う。

自然を愛した、そして宗教とは無縁の感性の作曲家。ディーリアス(1862~1934)の大作を。
ディーリアスは、今年は没後90年となりました。

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  ディーリアス  人生のミサ

    S:ジェンマ・サマーフィールド
    A:クラウディア・ハックル
    T:ブロウ・マグネス・トーデネス
    Br:ロデリック・ウィリアムス

  サー・マーク・エルダー指揮
     ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
     ベルゲン・フィルハーモニー合唱団
     エドヴァルド・グリーグ・コール
     コレギウム・ムジクム

    (2022.9.26~29 @グリーグホール  ベルゲン)

通算3度目の「人生のミサ」の記事となります。
最初はヒコックス盤の記事、次はビーチャム、デル・マー、グローヴス、さらに同じくヒコックスも取り上げあとヒル盤を残し、入手可能な音盤4種をレビューした記事でした。

そして今回は、この曲の最新のレコーディング、マーク・エルダー盤を入手しました。
予約して入荷待ちをしていたが、遅れに遅れて、鶴首状態でたしか5月の連休以降に届いた。
しかし、なんだかんだで聴いたのは夏が終わる頃になってしまった。
その間、指揮者のマーク・エルダーはPromsで、長年の手兵ハレ管弦楽団と最後の出演をマーラーで果たしてました。
イギリスの名匠となったマーク・エルダーは、2000年から2024年にわたって、ハレ管弦楽団の首席指揮者を務め、オケとまさに一体化した名コンビとなってました。
数々の英国音楽のレコーディングを通じ、バルビローリによって育まれた歴史あるオーケストラの指揮者を77歳にして降りることは、私にはとても残念なことでした。
ちなみに、次のハレ管の指揮者はカーチュン・ウォンです・・・
新しい風は必要なれどねぇ。

マーク・エルダーは、ハレ管を降りたあと、ノルウェーのベルゲン・フィルの首席客演指揮者になっていて、このディーリアスもハレでなく、ベルゲンでの演奏会と同時の録音となったようだ。
高弦の美しさ、しなやかさ、さらには重厚な低音域も北欧のオーケストラならではで、ややデッドな録音ながら、オーケストラの持ち味とディーリアスの音楽とのマッチングのよさも、ここに聴いてとれます。
ドイツで知り合った先輩グリーグ(1843~1907)を敬愛し、そのグリーグからは音楽の才能を高く評価され、実業家として跡継ぎにさせたかった父親を説得したのもグリーグだった。
そしてノルウェーの自然や風物を生涯愛したディーリアスは、そのノルウェーの海やフィヨルド、山々に感化されたかのような音楽を残したわけです。
グリーグの出身地であり、その指揮台にも立ったオーケストラ、ベルゲン・フィルほどディーリアスに相応しいオーケストラは、イギリスのオケを除いては随一の存在かもしれません。

 少し年齢が上の、アンドリュー・デイヴィスがヒコックスやハンドレー、トムソン亡きあと、イギリス音楽の伝道師としての存在を一身に担ってましたが、そのデイヴィスは今年、あまりにも無念の死を迎えてしまった・・・
デイヴィスもベルゲンフィルと素敵なディーリアスを録音しましたが、まさにその跡を継ぐかのような、エルダーの存在です。
それからエルダーは、ほんとは根っからのオペラ指揮者だと思います。
エドワード・ダウンズの弟子でもあり、シドニーのオペラハウス、その後はイングリッシュ・ナショナル・オペラを長く率いて、ワーグナーからヴェルディ、ベルカントオペラやフランスオペラの数々もそのレパートリーにしているくらいです。
 私は忘れもしないのは、1981年にバイロイトに登場し、のちにシュタインの指揮によるものが映像化された「マイスタージンガー」のプリミエを指揮したこと。
当時、その名も知らないイギリスの指揮者が新演出上演に起用されたことに驚き、エアチェックも喜々として実行したものですが、そのテープは消失してしまい、どんな演奏だったかは記憶の彼方であります。
エルダーは、初年のみでそのあとは、シュタインに交代となってしまったことも、エルダーの後年の活躍を見るにつけ、残念なことでした。

規模の大きな歌を伴った作品を、うまくまとめあげる才能は、まさにオペラ指揮者エルダーの力量で、この長大さ作品、しかも旋律も少なめでまさに感覚的なおんふぁくでもあるディーリアスの大作をわかりやすく、各部の対照も鮮やかにして聴かせてくれます。
大きくシャウトするような合唱を伴ったフォルテから、繊細で耳を澄まさなかれば聴き逃してしまうようなオーケストラの細部まで、いずれもくっきりと、しっかりと、そして美しくあるように響きます。
ソロや合唱とのバランスも見事なものでした。
 いまや英国ものでは一番の存在、R・ウィリアムスの明晰で暖かな歌唱がすばらしい。
ノルウェーのテノールトーデネスのイギリスのテノールにも通じる繊細さと明晰があり、澄んだ声のソプラノ、深みのあるメゾもともによろしい。

「人生のミサ」にまた素晴らしい名演が生まれたことがうれしい。
ベルゲンフィルのHPで、この演奏のライブ動画が全編見れます。

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以下はくり返しとなりますが、過去の記事を大きく修正して引用。

4人の独唱、2部合唱を伴なう100分あまりの大作。

 ディーリアスは、世紀末に生きた人だが、英国に生まれたから典型的な英国作曲家と思いがちだが、両親は英国帰化の純粋ドイツ人で、実業家の父のため、フレデリックもアメリカ、そして音楽を志すために、ドイツ、フランスさらには、その風物を愛するがゆえに前述のとおりノルウェーなどとも関係が深く、コスモポリタンな作曲家だった。

その音楽の根幹には、「自然」と「人間」のみが扱われ、宗教とは一切無縁
無神論者だったのである。
この作品も、「ミサ」と題されながらも、その素材は、ニーチェの「ツァラトゥストラ」。

 アールヌーヴォ全盛のパリで有名な画家や作家たちと、放蕩生活をしている頃に「ツァラトゥストラ」に出会い、愛する伴侶となったイェルカ・ローゼンとともに、34歳のディーリアスはその「超人」と「永却回帰」の思想に心酔してしまった。
同じくして、R・シュトラウスがかの有名な交響詩を発表し大成功を収め、ディーリアスもそれを聴き、自分ならもっとこう書きたい・・・、と思った。
1896年のことである。
その後ディーリアスは、ツァラトゥストラを原詩とした「夜の歌」を1898年に作曲。
ドイツにおけるディーリアスの応援団であり、その音楽をドイツに広めた指揮者フィリッツ・カッシーラーが、ディーリアスのために、「ツァラトゥストラ」からドイツ語で原詩を作成し、そのドイツ語にそのまま作曲をしたディーリアス。
作品の完成は1905年で、全曲の初演は1909年、ビーチャムの指揮、その初録音もビーチャムによる。
初演の前、2部だけがミュンヘンで演奏されており、そのときに、もしかしたら前回取り上げたハウゼッガーが聴いていたかもしれない。
そして、カッシーラーはビーチャムにディーリアスの音楽を聴かせたことで、ビーチャムもディーリアスの使途となったといいます。
 
このドイツ語の抜粋版のテキストに付けた音楽の構成は、2部全11曲。

合唱の咆哮こそいくつかあるものの、ツァラトゥストラを歌うバリトン独唱を中心とした独唱と合唱の親密な対話のような静やかな音楽が大半を占める。
日頃親しんだディーリアスの世界がしっかりと息づいていて、大作にひるむ間もなく、すっかり心は解放され、打ち解けてしまう。

第1部

 ①「祈りの意志への呼びかけ」 the power of the human will
 ②「笑いの歌」 スケルツォ 万人に対して笑いと踊りに身をゆだねよ!
 ③「人生の歌」 人生がツァラトストラの前で踊る Now for a dance
 ④「謎」      ツァラトゥストラの悩みと不安
 ⑤「夜の歌」   不気味な夜の雰囲気 満たされない愛

第2部

 ①「山上にて」 静寂の山上でひとり思索にふける 谷間に響くホルン
         ついに人間の真昼時は近い、エネルギーに満ちた合唱
 ②「竪琴の歌」 壮年期の歐歌!
         人生に喜びの意味を悟る
 ③「舞踏歌」   黄昏時、森の中をさまよう 
          牧場で乙女たちが踊り、一緒になり
踊り疲れて夜となる
 ④「牧場の真昼に」 人生の真昼時に達したツァラトゥストラ
           孤独を愛し、幸せに酔っている
           木陰で、羊飼いの笛にまどろむ
 ⑤「歓喜の歌」 人生の黄昏時
           過ぎし日を振りかえり人間の無関心さを嘆く
           <喜びは、なお心の悲しみよりも深い>
 ⑥「喜びへの感謝の歌」
           真夜中の鐘の意味するもの、喜びの歌、
           永遠なる喜びを高らかに歌う!
                      
   (本概略は一部、かつてのレコ芸の三浦先生の記事を参照しました)

「祈りの意志への呼びかけ」での冒頭のシャウトする合唱は強烈
だがしかし、安心してください、すぐに美しいディーリアスの世界が展開。
「笑いの歌」では軽妙な、まさにスケルツォ的な章でバリトンの歌が楽しい
「人生の歌」、ソロがバリトンを中心に春の喜びを歌う。
そこに絡む妖精のような女声合唱のLaLaLaの楽しくも愛らしい踊りの歌
章の最後に歌われるアルトと、マーラーの3番と同じ歌詞の合唱を挟んでのソプラノのソロは、沈みゆく美しさが沁みる
「謎」ではバリトンが自分に問いかける、自分とは・・・男性合唱も加わり、謎を残しつつ不可思議なままに終わる
「夜の歌」における夜の時の止まってしまったかのような音楽はディーリアスならでは。
ここでも合唱とバリトンが歌い継ぐが、静的な雰囲気、感覚を呼び覚ますような遠くで鳴る音楽が、まさにディーリアス。


「山上にて」の序奏は茫洋とした雰囲気にこだまする、ホルンはとても素晴らしく絵画的でもある。
続く活気あふれる壮大な合唱とバリトン以外のソロが真昼を謳歌するように歌う。
「竪琴の歌」はバリトンのソロで、静かな語り口につきる、夜半に聴くと実にじみじみする。
「舞踏歌」では、オーケストラの前奏ともいえる森の情景が美しい
乙女たちの踊りは、女声無歌詞の合唱の軽やかさが時に笑いを伴い涼やかななものだ
バリトンはやめないでと恐れた女性たちに優しく歌いかける(そこが邪なアルベリヒと違いますな)
ディーリアスのバリトンを伴った数々の作品にも通じます。
ハープのグリッサンドがここでは効果的だし、女性たちもまた楽しく応じます。
牧場の昼に」この作品の最美の章かと思う
羊飼いの笛の音は、オーボエとコールアングレで奏され、涙がでるほどに切なく悲しい。
この場面を聴いて心動かされない人がいるだろうか
まどろむツァラトゥストラの心中は、悩みと孤独・・・・。
テノールが物憂い気分で優しく歌い、バリトンは覚醒しようとするが、他の独唱ソロたちに優しく戒められる

「歓喜の歌」の合唱とそのオーケストラ伴奏、ここでは第1部の旋律が回顧され、極めて感動的で徐々にエンディングに向けて準備も整う。
休みなく入る最後の「喜びへの感謝の歌
低弦が豊かに響き、そこにクライマックスに向かうかのような静かなステージが準備されたのを感じる。
バリトンは呼びかける、時は来た、来るんだ一緒に夜へと歩もうと・・、合唱もそれに応じる。
最後に4人の独唱者が高らかに喜びを歌い上げ、合唱は壮大かつ高みに登りつめる。
やがて音楽は静かになっていって胸に染み込むように終わる。

エルガーの「ゲロンティアスの夢」(1900)、マーラー「千人」(1906)、シェーンベルクの「グレの歌」(1911)とともに、わたしの好む、あの世紀末の時代の大好きな声楽を伴った一連の名作のひとつと思います。

ニーチェの「ツァラトゥストラ」を学生時代に文庫版で買って読んだことがあり、前もこの曲を聴く際に引っ張り出して照合してみたが、あのツァラトゥストラの文言をあまり意識することなく、ディーリアスの美しく儚い音楽のみに集中した方がよいかもです。
というか凡人のワタクシにはわかりませぬゆえ・・・

畑中良輔さんの批評で読んだこと。
「人生のミサ」の人生は「生ける命」のような意味で、いわゆる「人生」という人の生の完結論的な意味ではないと。

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2024年10月14日 (月)

ハウゼッガー 自然交響曲 ラシライネン指揮

Oyama

少し前、春先きの丹沢連峰のひとつ、大山。

標高は1,252mで、オオヤマと読みます。

一方、西の鳥取の大山は、ダイセンと読んで標高は、1.729m。

どちらも容が美しく、そして信仰の対象ともなって霊験もあらたか。

Hadano

大山から西に目を転じると、丹沢の山々が連なり、盆地の都市、秦野市があります。

名水百選にも選ばれ、水が美味しい町。

第2東名がしっかり見えますが、なんだかこう見ると邪魔のものとしか思えないのよね。
大動脈としてさらに必要な高速なのでしょうが・・・

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 ジークムント・フォン・ハウゼッガー

   大オーケストラと最終合唱付きの「自然交響曲」

  アリ・ラシライネン指揮 ケルンWDR交響楽団
             WDR放送合唱団

        (2005,6 12~1 @ケルン・フィルハーモニー)

ジークムント・フォン・ハウゼッガー(1872~1948)は、オーストリアのグラーツ生まれの作曲家・指揮者。

その作品はあまり演奏されず、音源も数えるほどしかないが、ハウゼッガーの名前は、むしろ指揮者としてなしたことが注目されたりする。

ブルックナーの第9交響曲の初演は、1896年の作曲者の死後、1903年にフェルディナンド・レーヴェの指揮で、そのレーヴェの改訂版により行われた。
その後、校訂されたいまのノーヴァーク版に近いオーレル版で、1932年に初演したのが、指揮者としてのハウゼッガーだった。
そのときは、レーヴェ版とオーレル版を併行して演奏したという。
さらにハウゼッガーは1935年に、ハースによる原典版の初演も指揮している。
9番の方は、1938年にミュンヘンフィルと録音もしていて、復刻されていて聴くこともできる。
このように、ブルックナーへの原典への真摯な取り組みにみられるように、オーストリア人としての意気のようなものも感じてしまう。
指揮者の門下としてオイゲン・ヨッフムがいたことも興味深いです。

そんなハウゼッガー、父親のフリードリヒ・フォン・ハウゼッガーが高名な音楽学者であり評論家でもあった。
この親子鷹的な同じ関係を見ると、古くはモーツァルトを、同時代にはコルンゴルトを思い起こします。
そして、vonでわかる通り、オーストリアの貴族の家系であることもわかりますが、親父さまは、バッハ、ベートーヴェン、ワーグナー、ショーペンハウアーなどに関する著作も多数あるようで、まさに息子はそのDNAを継いで、重厚長大なワーグナー路線とそのあとに続く後期ロマン派路線を歩んだわけです。

ワーグナーとリスト、そしてブルックナー路線を歩み、しかも時代はナチスのドイツとも符合するオーストリア人。
ヒトラーからの覚えもめでたく、そのプロパガンダにも協力はしたり、音楽者としての要職も得たものの、再三の要求にもかかわらず、ドイツ労働者党(ナチス)への参加だけは絶対に固辞した。
業を煮やした当局は、ハウゼッガーの逮捕までも匂わせ脅したが、それでも拒絶を継続し、最後にはすべての職を辞した。
このあたり、うまくかわしつつも、最後は批判に回った同世代人のシュトラウスとも似ている。
しかし、そのシュトラウスに比べ、難解な音楽ばかりを残したハウゼッガーの名前は、忘れ去られたままなのであります。

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ハウゼッガーと同じころの作曲家

  マーラー      1860~1911
      ディーリアス    1862~1934
  R・シュトラウス   1864~1949
  シリングス     1868~1933
  バントック     1868~1946
  ツェムリンスキー  1871~1942
  ハウゼッガー            1872~1948
  スクリャービン       1872~1915
  V・ウィリアムズ       1872~1958
  ラフマニノフ            1873~1943
  シュレーカー    1873~1934
  シェーンベルク   1874~1951
  F・シュミット          1874~1939
  スーク                     1874~1935
  ブラウンフェルス  1882~1954
  マルクス                  1882~1964
  ウェーベルン    1883~1945
  ベルク       1885~1935
      ハウェルズ     1892~1983

コルンゴルトはもう少しあと。
だいたいこのあたりの作曲家たちが、いまとても演奏されるようになってきている。
マーラーとシュトラウスがひと際人気を集めている存在ではあり、これらの作曲家たちは、みんなワーグナーにつながる。

この同世代の作曲家たちの作品をハウゼッガーは、どの程度実際に耳にしたり、指揮をしたりしていたのか、それを想像するのも楽しい。
いまのところ、ハウゼッガーの代表作である、今回の自然交響曲を聴くと、ここにあげた作曲家たちの名前を思い起こすシーンもいくつかあった。
この曲の海外レビューや、HMVの視聴レビューなどに多いのは、マーラーであり、冒頭のホルンは3番、終楽章の壮大な合唱は2番や千人をそれぞれ思い起こされると書かれたりしている。

ハウゼッガーの「自然交響曲」は1917年の作品。

そして千人交響曲は、1910年に初演。
千人はゲーテのファウストを扱っているが、自然交響曲の終楽章は、ゲーテの詩集「神と世界」からの序文「プロエミオン」が歌詞に使われている。
ゲーテのその詩の原典を調べたけれど、よくわかりませんでしたので想像の部分もありますのでご容赦ください。

マーラーの千人は、声楽を楽器と化した交響曲であり、聖霊と愛の喜びの賛歌で、その喜びに至る経過として、山上の厳しさや孤独、清々しさなどもあります。
ハウゼッガーの自然交響曲は、なんとなく流れも似ていて、というかベートーヴェン以来の苦しみから歓喜へといたる交響曲の流れがしっかりと踏襲されているようにも思う。
またシュトラウスのツァラトゥストラ(1896年)のようなオルガンの効果的な使用や、起承転結の巧さなども類似点ともいえる。

ちなみに、似ている選手権を勝手に述べてしまうと、シェーンベルク「グレの歌」(1911)、ディーリアス「人生のミサ」(1909)、F・シュミット 交響曲、バントック「オマル・ハイヤーム」「ケルト交響曲」、バックス 交響曲・交響詩、ハウェルズ「楽園賛歌」、ホルスト「雲の使者」・・・・・
こんな風に、これまで好んできた音楽たちが想起されたハウゼッガーの「自然交響曲」が、一発で気に入りました。

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連続する4章からなる56分の大作。
オルガンの多数の打楽器、終楽章には合唱も加わる大シンフォニー。

グラーツ生まれのハウゼッガーは、グラーツを囲む周辺の山々を見て育ち、その山々に着想を得ての「自然交響曲」でもあります。

ホルンの勇壮なるソロで始まり、オルガンの重低音が厳かに支える出だし。
そしてトランペットが引き継ぎ、段々とオケも厚くなり、テンポもあげて活気がみなぎるさまの高揚感は、後期ロマン派好きとしてはたまらない瞬間だ。
日差しを浴びた山々が目覚め、活気に帯びるさまを思い起こそう。
歩みを止めて振り返り、静かな場面になるが、そこでの甘味な雰囲気もよろしいし、山々の自然の孤独すらも感じる。
やがてまたスピードをあげて、さらなる歩みを進め、元気も満タン、威勢もよろしく、ティンパニの連打に乗り、最初の主題や静かなときの主題などが複層的に鳴り響いたりして、聴き手を混乱させてしまうのも事実。
だが音楽は、急に静まり夜が近づいてきたことを感じさせる。

休みなく、オルガンが神秘的な雰囲気で鳴り、ティンパニがゆっくりと静かに連打されるなか、ファゴットが哀歌を奏でる。
深刻なムードで各楽器に引き継がれて行き、哀しみのムードが増して、ブラスも加わって深刻の度合いも増す。
ソロヴァイオリンを契機に、安らぎの雰囲気が漂い、弦が優しい旋律を奏で、ハープのグリッサンドやチェレシタも加わり、なかなかいい感じに拡がりを見せる中間部は素敵なものだ。
このまま終わるかと思うとそうはいかない。
ティンパニに冒頭のリズムが回帰してきて、こんどは葬列のような沈鬱な行進調になり、やがてそれが壮絶なまでに盛り上がる。
ここもまた聴かせどころで、この深刻さからすると、マーラーは優しすぎると思うくらいの深刻ぶりと強烈さだ・・・・
葬列の哀しみの去ったあとは、寂寞の雰囲気でオルガンも静かに鳴る

突如始まるスケルツォ的な3楽章は、前章がウソみたいに活力のあふれた、ティンパニも大活躍のかっこいい雰囲気だが、中間部の平和にあふれた田園調の幸福感がまたよい。
チェレスタの使い方とキラキラした雰囲気など、のちのコルンゴルトを感じた。
ずっと若いコルンゴルドは早熟の天才だったので、14歳のときのシンフォニエッタは、1911年の作品だからこの自然交響曲よりは前です。

なだれを打つように突入する4楽章でいきなり合唱の登場。
これまた超カッコいいのだ。
ここに至って、これまでの苦難が解放されたかのような浄化作用と解放感が満ち溢れる仕組みだ。
幾重にも連続する音楽の高まり、寄せては返す高揚感
最後は金管とオルガンの咆哮、ティンパニの痛打で、音楽は崇高な雰囲気とダイナミックな盛り上がりで持って閉じられる。

グーグル先生による翻訳 Proomion

「ご自身を創造された方の御名において!

 創造的な御業において永遠に。
 信仰、信頼、愛、行動、力を
生み出す神の御名において。
 しばし言われるその御名は、本質は常に未知のまま。


 耳が聞こえうる限り、目に見える限り、
 あなたは神に似た見慣れたものしか見つけられない
 そしてあなたの精神の最も高い火の飛行
 すでにたとえもあり、イメージを十分にあるはずだ
 それはあなたを惹きつけ、明るくもあなたを連れ去り、
 あなたが行くところ、道も場所も飾られる
 もう数えたり、時間を計算したりすることはなく
 そして、すべてにわたりその一歩一歩は計り知れない

こうした作品を盛んに演奏し録音しているラシライネン。
WDR響(旧ケルン放送響)という優秀なオーケストラを得て、解像度の高い明快な演奏です。
録音も超優秀ですが、海外盤なのであまりに細かな文字でびっしり書かれたライナーノーツは、難解極まりなく、まったく判読不能。
海外評などを読むと、曲や演奏の良しあしより、この解説の長ったらしさと難解さを指摘しているものも多いのも笑える。
こうした作品こそ、その作者がブレイクするきっかけにもなるので、平明でわかりやすい案内が必要です。

Groer-speikkogel

ハウゼッガーが眺めていたグラーツ周辺の山。

いったいどこだろうとマップ検索。

それっぽかったのがグラーツ南西のグローセル・シュパイクコーゲルという山

標高2,200m、山頂には十字架が立っている。

借り物の画像ですが、周辺も山並みが連なり、さらに悲しいことに風力発電の風車がたくさん・・・

自然を壊す人間なんて、100年前のハウゼッガーは思いもしなかっただろう。

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