バッハ 「トッカータとフーガ」 リヒター
新聞で読んだ記事から。
「暴走老人」・・・・分別あってしかるべき老人が、不可解な行動をとって周囲と摩擦を引き起こしたり、暴力行為を引き起こす。
病院の待合室で長く待たされた男性患者がしびれをきらせ暴れる。スーパーのレジで切れて店員に暴力をふるう等など。
新老人と名付け、①ネットや携帯による情報化や時間感覚に適応できない、②個室感覚の延長で公共の場でも自己のテリトリー意識が強くなった、③店舗や公共施設での接客マニュアル化で、明文化されないルールが増えすぎて、それに高齢者がついていけない・・・・(藤原智美氏「暴走老人!」)
こんな事情でキレる老人が増えているとみている。
確かに高齢者でなくとも、いまの日本の社会は息詰まるような無数の圧迫感に覆われていることを誰しも実感しているのではないだろうか。
昔なら、町には対話のある商店があったし、隣近所も力強いコミュニティだった。コンビニやファミレスは便利だけれど、あの紋きり型のマニュアル接客には背筋が寒くなるときがある。
その見知らぬ他人のにこやかな接客が、干渉されずにいいと思う若者が大半だろう。
私もあと数年で、新老人になってゆくのだろうか・・・・。
考えさせる記事を読んだから、今日はちょっと深刻に。
バッハの「トッカータとフーガ」ニ短調は、あまりにも有名だ。でもその出だししか知らない人も多いかもしれない。
作曲の由来はあまり明らかになっていないが、バッハ20代初めの若い頃の作品とされている。
偉大なバッハは、こんなすごい音楽をそんな若さで書いてしまっていたんだ。
何がすごいかって、オルガンというひとつ楽器から、あまりに多彩で奔放な大伽藍のような音楽を作りあげてしまったのだから。
聴きようによっては、ロマンティックであり、100年あとの作品といわれても通用する。
私がこの曲をロマンティックで幻想的と思うのは、中学時代にFMで放送されていた「朗読の時間」でこの曲を初めて知ったから。
朗読の時間は、文字通り、小説をラジオで朗読してしまう訳だけれど、取上げる小説によって、テーマ音楽が毎回違っていた。
そしてこの曲が使われたのが、なんと「不思議の国のアリス」だったんだ!
まだ読んだこともないアリスの不可思議な物語に、時おり挟まれるこのオルガン音楽が絶妙にマッチしていた。若い頃のこうした体験はすり込みとなって、忘れられない思い出となってゆく。
カール・リヒターのオルガンによるこの演奏は1954年の旧録音。DGへの新録音もあるが、その壮麗さにかけては、古いデッカ録音の方が上だ。
スイスはジュネーヴの「ヴィクトリア・ホール」のオルガンを使ったこの録音。
ステレオ最初期のものながら、驚くべき名録音でもある。響きがリアルで、目の前でリヒターがオルガンを弾きまくっているように聴こえる。
オルガンには素人だけれど、1890年頃の作で、アンセルメとスイスロマンドが活躍し、名録音を残したホールの豊かな響きが素晴らしい。
いまでも、名匠ヤノフスキが活躍するスイスロンド管の本拠地でもあるが、1984年に火災に遭い1993年に復興しているという。
オルガンもほぼ新調されたらしいので、50年以上前のこの録音、ますます貴重な1枚となりそうである。
ストイックなまでに厳粛なリヒターだが、オルガンの華麗さも加味してか、スケール豊かな壮大な演奏に思う。
いくつか収められているコラール前奏曲も胸に染み入るような名演で敬虔な思いにとらわれる。
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