カテゴリー「ブラームス」の記事

2018年6月 9日 (土)

ブラームス ドイツ・レクイエム シュナイト指揮

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日比谷公園の中庭。

色濃い新緑が美しく、今年、早かった紫陽花も、この品種はちょうど見ごろ。

日本が梅雨に入る前、5月28日、ハンス=マルティン・シュナイトさんが亡くなりました。

享年87歳。

2009年に引退してドイツで静かにお過ごしだった。

神奈川フィルの音楽監督としてのシュナイトさんをたくさん聴くことができたことは、私の音楽生活のなかでも、とりわけ大きなものを占めるものです。

その神奈川フィルとの音源は、また機会をあらめて取り上げることとして、今回は追悼の気持ちをこめて、ドイツ・レクイエムを。

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  ブラームス  「ドイツ・レクイエム」 op.45

      S:平松 英子    Br:河野 克典

  ハンス=マルティン・シュナイト指揮 シュナイト・バッハ管弦楽団
                        シュナイト・バッハ合唱団
            コンサート・マスター:荒井 英治

                     (1999.10.28 東京芸術劇場)

   S:平松 英子    Br:トーマス・バウアー

  ハンス=マルティン・シュナイト指揮 シュナイト・バッハ管弦楽団
                        シュナイト・バッハ合唱団
            コンサート・マスター:石田 泰尚
            協力:神奈川フィルハーモニー

                     (2008.4.25 東京オペラシティ)


ふたつのシュナイトさんのドイツレクイエム。
このうち、2008年の演奏会は、私も聴きました。
さらに、2007年の神奈川フィルの定期演奏会における、この曲の演奏会も聴くことが出来ました。

1997年に、東京フィルハーモニーのメンバーと協力のもと、設立されたシュナイト・バッハ管弦楽団。
毎年、日本にやってきて、この楽団と、バッハ、ヘンデル、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーンと、独墺系の声楽作品を指揮。
 同時に、神奈川フィルへの客演も2001年頃からスタートさせ、年間2プログラムを指揮。そして、2007年から9年までは、音楽監督として在任。
思えば、音楽監督時代の3年間しか、私は聴くことができなかった。
もったいないことをしたものです。

幼少より聖トーマス教会の合唱団でスタートし、バッハの神髄を身につけ、さらには、カール・リヒターの急逝のあとの、ミュンヘン・バッハ管弦楽団の指揮者となった本物のドイツの宗教音楽の大家。
そればかりでなく、バイエルン国立歌劇場、ベルリン国立歌劇場、ヴッパタール劇場では総監督も、といった具合に、オペラ指揮者としても活躍をしていた。
以前に、幣ブログでも書きましたが、ヴッパタールでは、「ニーベルングの指環」も手掛けているんだ。

ドイツ音楽の伝統を受け継いだシュナイトさんの日本への思いは、暖かく、そして、日本人への見方もある意味的確だった。
いろんなもので読んだことの集約ですが、仏教が中心ではあるが、八百万の神がいる日本では、日本人はキリスト教もそのなかの一つ的なところもあって、宗教音楽への一次的なフィルターがなくまっさら、ゆえに指導のしがいがあった。
最後の演奏会で、シュナイトさんが語られました、世界は争いが絶えないが、日本人の仏教の心が平和を実現するのではないか。。。という言葉が印象に残る。
 そんな風に、日本を愛してくれたシュナイトさん。

氏の音楽には、「歌」と「祈り」が必ずその基本としてありました。
きれいなピアニシモにもこだわり、そこにも歌心が。
そして南ドイツ人らしい、明るい音色を好みました。
そして、指揮する後ろ姿には、いつも祈っているような、そんな印象が。

   ---------------

ルター訳の聖書からの聖句を用いたブラームスの「ドイツ・レクイエム」に、ルター派のシュナイトさんはとりわけ大きなシンパシーを感じていました。

99年の演奏と、08年の演奏、真摯な音楽への取り組みと、言葉ひとつひとつを大切に、そしてその意味をよくよく歌いこむ丁寧さ、さらに全体の明るい基調など、ともに共通したすばらしさです。
ただし、ふたつの演奏で、大きく違うのは、演奏時間。
99年(68分43秒)、08年(75分31秒)。
わたしの聴いた3年間は、シュナイトさんのとるテンポは、いずれも遅めで、この2つの演奏タイムを見ても、後年の演奏スタイルであったわけだが、年を経て、テンポが遅くなることは多くの指揮者にあること。
しかし、シュナイトさんの音楽は、掘り下げが、より入念に、より緻密になり、結果として、音のひとつひとつが、祈りの中に凝縮されるような感じが、いつもしていました。

99年盤は、全体に覇気もあり、張り詰めたような厳しさがあるが、08年盤の方は、合唱とオーケストラの精度がさらに向上。ホールの違いもあって、録音も素晴らしい。
そして、聴いていて音楽と自分の呼吸感が、次第に同化していって、いつしか清らかな気分に満ち溢れる、そんな感動に包まれるのが08年のシュナイトさんの優しいまなざしの「ドイツ・レクイエム」。

日本を、横浜を愛してくれてありがとうございました。
シュナイトさんの魂が永遠でありますこと、お祈りいたします。

演奏会観劇記録

神奈川フィル

「ブラームス ドイツ・レクイエム」
「ブラームス ヴァイオリン協奏曲、交響曲第2番」
「ブリテン シンプルシンフォニー、プルチネルラ、ベートーヴェン1番」
「ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲、ブラームス 交響曲第4番」
「未完成、4つの最後の歌、死と変容」
「ハイドン 熊 、田園交響曲」
「ブルックナー ミサ曲第3番」
「ブラームス セレナード第2番 、シューマン 交響曲第2番」
「ブラームス 交響曲第3番 、ヒンデミット 画家マティス」
「ブラームス 二重協奏曲 、交響曲第1番」
「ブラームス 悲劇的序曲、哀悼の歌、運命の歌、ブルックナー テ・デウム」
「ブラームス ハイドン変奏曲 シューマン チェロ協奏曲 ライン」
「シューマン マンフレッド、ピアノ協奏曲、交響曲第4番」

その他のオーケストラ

「魔笛、トルコ風、シューベルト 交響曲第9番」 仙台フィル
「ブラームス ヴァイオリン協奏曲、田園」 札幌交響楽団
「ブルックナー 交響曲第7番」 ジャパン・アカデミーフィル
「ドイツ・レクイエム」 シュナイト・バッハ管弦楽団
「ヨハネ受難曲」 コーロ・ヌオーヴォ
「ミサ曲 ロ短調」 シュナイト・バッハ管弦楽団

どのコンサートも、ひとつひとつが忘れがたい演奏。
神奈川フィルには、私が聴けなかったものが10回以上。

わたくしにも、神奈川フィルにも、ひとつの時代でした。

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2017年12月15日 (金)

ドヴォルザーク、マルティヌー、ブラームス フルシャ指揮 東京都交響楽団

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ヤクブ・フルシャ指揮する、東京都交響楽団の定期演奏会を聴いてまいりました。

 東京都交響楽団 第844回定期演奏会

  ドヴォルザーク  序曲「オセロ」

  マルティヌー    交響曲第2番

  ブラームス     交響曲第2番 ニ長調 

    ヤクブ・フルシャ 指揮 東京都交響楽団

            (2017.12.11 @東京文化会館)


前半がボヘミア、後半が独墺。
ブラームスとマルティヌー、そしてスークと集中的に取り組んできたフルシャの、首席客演指揮者としての最後のシリーズ。
この回とは別に、マルティヌーとブラームスのそれぞれ1番の交響曲が演奏されて、首席客演のポストの退任となります。

ここ数年、見る間に躍進したフルシャ。
バンベルク響の首席に加え、チェコフィルの首席客演への就任、フィルハーモニア菅にも客演ポストを持っている多忙な指揮者になりました。
ビエロフラーヴェク亡きチェコの音楽界をリードしてゆくことになるでしょう。

さて、渋いドヴォルザークの序曲。
3部作の序曲のひとつ、「オセロ」は、3つの中では一番地味ながら、美しい「自然のなかで」と同じ旋律も出てくるし、じっくり聴けば、いかにもドヴォルザークらしい、優しいメロディにもあふれていて、とても素敵な曲だ。
フルシャの情のこもった指揮に、都響の豊かなサウンド、それに文化会館の木質の響きが加わって、ほのぼの感と、終結部の切れ味のいいエンディングとが、ともにばっちり。
中間部にさらりと出てくる弦の懐かしい旋律に、思わず涙腺が刺激されました。

マルティヌーは、CDでは聴いてはいるが、実演でじっくり聴くのは初めて。(以前に神奈川フィルのゲネプロで4番)
ブラームスの1番と2番の関係にもたとえられるマルティヌーの1番と2番。
CDで聴いているといつも思う、錯綜するややこしさをマルティヌーの音楽に感じていたが、こうしてライブで聴いてみると、この2番の特徴である牧歌的な明るさとともに、マルティヌーが、各楽器をいくつものグループに分けたり、くっつけたりして、いろんなことが同時にそれぞれ進行していくさまが、とてもよくわかって、ほんとうにおもしろかった。
そして、マルティヌーの音楽が、決してモダンでも現代風でもなく、4つの楽章にしっかりと構成された伝統的な交響曲であること、そしてアメリカ亡命先での生涯の活動であったものの、やはりマルティヌーの音楽はチェコのものであること、そんなこともよくわかりました。
 マルティヌー協会の会長もつとめるフルシャの適格な指揮ぶりが、安定してました。
そして、マルティヌーの音楽に、きらきらした色彩も感じ取ることができたのも指揮者の腕前でしょうか。
第二楽章がことに美しく、ときに不安をも感じるほどの楽想の表現もよかったです。
にぎやかな終楽章も楽しくて、ブラボーも飛び交ったのも頷けるノリのよい演奏でした。

 後半は、おなじみのブラームス。
前半は、あまり親しみの少ない音楽だったの比べ、ブラームスの、それも伸びやかな2番ですから、冒頭から会場の雰囲気の和み方が違うように思いました。
 演奏もまさにそのとおりで、オーケストラもほんとうに気持ちよさそうに、体を揺らしながら、ブラームスをたっぷりと奏でております。
その演奏ぶりを、まったく邪魔することなく、オケを信頼して、そして解放してしまったかのような大らかな指揮のフルシャでした。
1楽章の繰り返しもしっかり行いつつ、インテンポでじっくりと仕上げられたブラームス。
忙しい12月に、そして、少し憂鬱な月曜日の締めくくりを、晴れやかな気分にしてくれた喜びに満ちた終楽章で、今度は聴き手みんなの心を明るく解き放ってくれた演奏でした。
 気持ちいい~

大きな拍手は鳴りやむことなく、そして楽員を称えるフルシャさん、次の会にはおそらく降り番なのでしょうか、コンマスの四方さんに敬意を込めて両頬にキッス。
退任の感謝のご挨拶、とても微笑ましく、そしてとても紳士的でした。

素敵な演奏会をありがとうございました。

帰りに、上野駅のパンダフルクリスマスをばパシャリとしました。

Pandatree

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2017年1月20日 (金)

ブラームス ドイツ・レクイエム アバド指揮

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新春の吾妻山は、富士と海と、菜の花と水仙。

中腹あたりに、水仙の群生があり、香しい香りが漂っているのでした。

そして、1月20日。

もう3年、いや、まだ3年。

なんだか、遠い記憶のようになってしまったあの日。

クラウディオ・アバドの命日です。

あのときが、夢の彼方のように感じ、いや、感じたい自分があって、アバドは、兄のようにして、いつまでも、自分の近くにいてくれるような気もしているから、あの日が、なかったようになってるのかもしれない・・・・、自分のなかで。

癒しと、追憶のレクイエムを聴きます。

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  ブラームス ドイツ・レクイエム op.45

    ソプラノ:チェリル・ステューダー

    バリトン:アンドレアス・シュミット

 クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                 スウェーデン放送合唱団
                 エリック・エリクソン室内合唱団

              (1992.10 @ベルリン、フィルハーモニー)

ブラームスを愛し、若い頃から、その作品をずっと取り上げていたアバド。

交響曲は2番や4番を、スカラ座時代から、ほかの番号もロンドンや各所で。
協奏曲の各種は、数え切れないほどの名手たちと共演。

そして、声楽作品も、ウィーンやベルリン、ロンドンで。

ドイツ・レクイエムやアルト・ラプソディまでが、通常の指揮者は、取り上げ・録音するけれど、アバドは、合唱作品のほとんどを取上げた。

いま残された録音や、放送音源の数々で聴く「アバドのブラームス」。

ことに、アバドのブラームスの声楽作品は、その端正な佇まいと、紳士的ともいえる慎ましさは、ロマン派にあって、古典派の立ち位置でもあったブラームスの演奏として理想的。

正規音源としては、ベルリンフィルハーモニーでのこちらの92年の録音と、97年のウィーンでの映像があって、どちらも、そうしたブラームスの真髄に迫った名演に思います。

今日はCD。

どうだろう、この精度の高さは。

合唱とオーケストラが、弱音からフォルテの強音まで、どこまでもきれいに、混濁することなく混ざり合い、どの声部の音も、すっきり・くっきり聴こえる。
そして、その音色。
どこをとっても、お馴染みのベルリンフィルの音なんだ。
この音は、変わったと言われたカラヤン時代の音と同じだし、現在のラトルの紡ぎだす洗練さと重厚さの音ともおんなじ。
 全体のトーンは、緻密極まりない合唱団も含めて、明るめだけれど、この明晰な明るさは、カラヤン時代もあったことで、ラテン的な輝きを感じさせる点でも、カラヤンの音とも少し通じるように今宵や感じました。
もちろん、カラヤンのようなゴージャス感はないですよ。

ともかく、明るく、美しく、音がなみなみとあふれるような、アバドの「ドイツ・レクイエム」。

北ドイツでなく、南の方。
アルプスのふもとにあるような、そんなブラームスが好き。

絶頂期だったステューダーと、この当時、声楽作品ではひっぱりだこだったA・シュミットの律義な歌は万全。
欲を言えば、ヘルマン・プライとの共演でも聴いてみたかった。
アバドとプライは、朋友のように、よく共演していたから。
 でも、このとき、まだ存命だったプライだったら、アバドの根ざす、明るさと透明感あるブラームスにはならなかったかも・・・。
プライの人間臭い優しさは、巧さにつながり、色が出てしまったかも・・・・。

アバドは、そのプライと、ロンドン響時代に、このドイツ・レクイエムで共演していて、1983年のこと。
それから、アバドの初「ドイツ・レクイエム」は、同じロンドン響で、77年のこと。
そのときは、ルチア・ポップがソプラノ!

平和と安らぎのなかに終えるドイツ・レクイエムを聴きながら、外は今にも、ちぎれた雲から雪が舞い降りてきそうな寒さ。

日本中寒いです。

いや、世界中、異常に寒く、ことにヨーロッパの寒波はすごいらしい。
凍死者が多数でたり、交通事故が多発したりと大変らしいし、ふだん雪とは無縁な地中海地方やイタリア南部、スペイン南部も大雪・・・・

アバドの眠る、スイス、エンガディン地方もきっと深い雪に見舞われていることでしょう。
しんしんと、そして、あたたかく、クラウディオ兄を包んで欲しい。

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そして、サンモリッツを有するエンガディン地方、2026年の冬季オリンピック誘致を目論んでる様子。
昨今の、五輪を思うにつけ、静かにしておいていただきたいが・・・・・・・

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クラウディオ・アバド 3回忌に

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2015年11月28日 (土)

神奈川フィルハーモニー第314回定期演奏会  サッシャ・ゲッツェル指揮

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横浜、みなとみらい地区は、今年も華やかなイルミネーションに彩どられる季節となりました。

そして、それに相応しい、ステキで煌びやかなコルンゴルト・サウンドを堪能できました。

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   ブラームス     ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

          ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

   コルンゴルト    シンフォニエッタ op5

   J・シュトラウス   ポルカ「雷鳴と電光」 ~ アンコール

     サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                   (2015.11.27 @みなとみらいホール)


今シーズン、もっとも楽しみにしていた演奏会のひとつ。

そう、ワタクシは、コルンゴルト・ファンなのであります。

忙しいせいもありますが、この1ヶ月ぐらい、コルンゴルトの音楽以外は聴いてません。

ですから、オピッツという日本贔屓の世界的大家をソリストに迎えるという豪華なブラームスのことは、あんまり眼中になかったという不届きものです・・・・。

ブラームスの2番の協奏曲。
この大曲は、レコード時代からすり減るほどに聴いてきたけれど、演奏会で聴くと、何故か、いつも虚ろに聴いてしまい、途中から覚醒するということが多い。
実は、今回もそうなってしまった。
おまけに、オーケストラがどうもいつもの冴えがなかったように思いましたし、ちょっとした乱れもありました。
大好きな神奈川フィルに対し、ちょっと辛口の評価です。

そんな流れに、ピリッと引き締めが入ったのが、3楽章のチェロ・ソロでした。
ピアノに隠れてしまって、そのお姿が見えませんが、その優しいけれど、しっかりした語り口のチェロの音色は、山本さんと、すぐにわかります。
そう、ここから、わたくしも音楽に集中できたし、演奏もキリッと締ったような思いがしました。
実は、以前聴いた、ポリーニとアバド&ルツェルンの同曲の演奏会でも、前半は冴えず、しかも、あのポリーニがミスを連発するなどでしたが、3楽章でのブルネロのチェロがすべてを救い、その後は迫真の名演となりました。
そもそも、この曲が難しい存在なのでしょうか・・・。

それと、ゲッツェルさんの指揮が、ちょっと飛ばしすぎた場面もあるかもです。
このコンビの適性は、コルンゴルトや、マーラー、シュトラウスあたりにあるのかもしれません。

オーケストラのことが先行しましたが、しかし、オピッツさんのピアノは、抜群の安定感がありました。
まったくぶれがなく、滑らかかつ力強く、でも音には透明感すら漂う無為の域に達した凄さを感じました。
丸みと、強固さ、ともにブラームスに相応しい音色。
お姿どおりのピアノでした。
そして、いつも思うのは、サンタさんみたいだし、シュークリームのオジさんみたいだと(笑)

 さて、後半のコルンゴルト。

神奈川フィル応援のFBページに書きましたが、そこから一部転載します。

 神奈川フィルでコルンゴルトを聴くのは、これで4回目。

   2014年10月 ヴァイオリン協奏曲 (1945)

   2015年 1月 チェロ協奏曲     (1946)

       〃    「シュトラウシアーナ」 (1953)

   2015年11月 シンフォニエッタ   (1913)

ヴァイオリン協奏曲以外は、ゲッツェルさんの指揮。
作曲年代をみてわかるとおり、これまでの3曲は、いずれも、ナチスの台頭により、コルンゴルトがヨーロッパを去り、アメリカに渡り、映画音楽の世界で活躍し、戦後ふたたび、本格クラシックのジャンルの作品に回帰した時期のもの。
 そして、それより遡ること3~40年。

今回の「シンフォニエッタ」は、神童と呼ばれ、ウィーンの寵児としてもてはやされた時期、コルンゴルト16歳のときの音楽なのです。

このように、横断的にコルンゴルトの音楽を1年間で楽しめたことに、まず感謝したいです。

複数の音源で、徹底的に聴きこんで挑んだだけあって、大好きなコルンゴルトに思いきり浸ることができました。

冒頭の「陽気な心のモティーフ」が、4つの楽章それぞれに、いろいろと姿・表情を変えてあらわれるのが、これほど明快にわかったのは、やはりライブで、演奏者を見ながら聴くことによる恩恵でありました。
キラキラのコルンゴルトの音楽を、神奈フィルの奏者の皆さんが、楽しそうに、そして気持ちよく演奏しているのもよくわかりました。
 そしてゲッツェルさんも、この曲を完璧に把握して、いつもながら縦横無尽の指揮ぶり。
それはもう、音楽が楽しくて仕方がない、といった具合でした。
オーケストラから、もっともっとと、音楽をどんどん引き出す、そんな積極果敢の指揮。
この積極的音楽がゲッツェルさんの魅力です。
それが、われわれ聴衆にズバズバと伝わるわけです。

優しく羽毛のような軽やかさも楽しめた第1楽章。
強靱な響きと、文字通り夢見るような中間部の対比をダイナミックに描いた第2楽章。
そして、神奈川フィルならではの繊細さと、音色の美しさを堪能できた魅惑の第3楽章。
この楽章は、わたくし、大好きなんです。
イングリッシュホルンが素敵だったし、第1ヴァイオリンがボーイングを変えて弾く場面も興味深く拝見しました。
 不安と狂喜の交差する、ちょっとややこしい終楽章も、ゲッツェルさんは、しっかりと整理しながら、大いなるクライマックスを築き、華麗なるエンディングとなりました。
軽くひと声、ブラボ進呈しました。

屈託ない若いコルンゴルトの音楽ですが、後年は辛酸をなめ、郷愁をにじませ、その音楽は、ほろ苦さを加えてゆくのでした。

今宵は、甘味で、とろけるような、ウィーンのお菓子をたっぷりといただきました。

ゲッツェル&神奈川フィル、最高っsign03

アンコールは、ウィーンっ子大爆発。

自分的には、コルンゴルトのあとに、ウィーンものを持ってくるんだったら、もうちょっとおとなしめのポルカやマズルカを所望したかったけど、聴衆は沸きにに沸きましたねnote

縦横無尽・上下左右の軽やかなゲッツェルさんの指揮姿は、かのカルロス・クライバーを彷彿とさせました。

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2015年7月21日 (火)

ブラームス ハンガリー舞曲 アバド指揮

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文字通りの笑顔。

いろんな民族の顔。

先週の、靖国の御霊祭での、各界著名人たちの筆による提灯のなかから。

いろいろと難しいこともありましょうが、ともかく、世界が平和であってほしいもの。

 でも、そんな思いや笑顔を蹂躙する指導体制にある国が、いくつもあることはたしか。

人々は、「みんな笑顔」で、それぞれの立場で接することができるんだけど、国レヴェルではどうにもならないということ。

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世界中のあらゆる民族には、その民族の心や生活に根差した「調べ」が、必ずあります。

クラシック音楽のいいところは、思想信条は抜きにして、そうした音楽たちを、心置きなく楽しめること。

各地の舞曲シリーズをさりげなくやりましたが、最後は、中欧の香り満載の、ブラームスの、ハンガリー舞曲を。

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 ブラームス  ハンガリー舞曲 全21曲

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                  (1982,4,6 ウィーン、ゾフィエンザール)


ハンガリー舞曲は、ブラームスのジプシーの民族音楽から素材を得ての編曲で、全部で21曲。

これを一度に聴くと、正直飽きてしまいます。
その時の気分によって、つまみ聴きするか、BGMみたいにして流し聴きするのがいいかも。
そして、それぞれの短さと盛り上がりの効果から、コンサートのアンコールピースとして定番の曲もいくつかあります。
この点も、ブラームスがアドヴァイスしたという、ドヴォルザークのスラヴ舞曲と兄弟のような関係にあります。

若きブラームスが、レメニーというヴァイオリニストとピアノでコンビを組んで、楽旅したおりに、そのレミニーからハンガリー・ジプシーの音楽の魅力を教えられた。
数十年後、ピアノ連弾用のハンガリー舞曲を出版し、さらに、10年後には、第2集を完成させる。
1集目のときに、レメニーから著作権の問題を指摘されるも、ブラームスのこの曲集は、編曲でるということで、うまく折り合いが付いたと言うのも高名なおハナシです。

21曲をオーケストラ編曲したのは、ブラームス以外に、ドヴォルザークも含めて複数いて、その力量にも差があったりして、曲によってはさっぱり印象に残らないものもあったりです。
そんな訳で、全曲試聴は、ちょっと中だるみが伴うのですよ。
編曲の編曲というややこしいおハナシ。

アバドのこちらの全曲録音は、早いテンポで、ずばずばと、軽快に、そして、ウィーンフィルならではの明るく、丸っこい音色も魅力的。
 切れ味よろしく、リズム感も豊か。
郷土色は薄目でも、スマートで軽快なハンガリー舞曲です。
聴いていると、アバドのあのニコニコ笑顔が思い浮かんでくるようです。

ロンドン響との来日でのアンコールは、お得意の1番でした。
ことあるごとに、この1番や5番、6番を演奏してましたね。
 国内盤の初出レコードのこのジャケットが一番好きですな。

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2015年4月18日 (土)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番 ブレンデル&ハイティンク

Tokyotower201503

落日間もない東京タワー。

まだこの時期は、オレンジ色のライトアップ。

初夏から、白色のライトアップに切り替わります。

何度見ても、このタワーはバランス的にも、とても美しい。

スカイツリーより、数等好きですね。

そして、この暖かなカラーがいい。

暖色系の曲に、演奏。ブラームスを聴きます。

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   ブラームス  ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

        Pf:アルフレート・ブレンデル

   ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1973.12 @コンセルトヘボウ)


ブラームス最充実期のピアノ協奏曲。
1番から22年を経てのシンフォニックな力作ですが、イタリア旅行を挟んでいるところから、かの地の陽光も、この作品の隅々には射していて、第2交響曲と通じるところもあり、わたくには、春の陽気のいい頃に聴く音楽のひとつとなっているんです。

もちろん、3楽章のチェロの独奏を伴う、実に魅力的な場面では、多分に内省的に聴くこともできて、秋の気配も感じることもできます。

そう、ブラームスって、「春と秋」がお似合いnote

ホルンソロで開始される伸びやかで、かつ雄大な第1楽章。
緊迫のなかにも、晴れやかなトリオを持つスケルツォ。
協奏曲に、スケルツォですから、これはもう交響曲の形態です。
そして、チェロのソロが、やたら暖かくて、朗々としていて、そこにピアノとオーボエが加わって、ほんと、ずっとずっと浸っていたくなる絶美の世界、そんな第3楽章。
 うってかわって、軽快で、うきうきと弾むような終楽章。

個性的なピアノ協奏曲です。
いかつく、悩み多き1番より、この2番の方が、数等好きであります。

今日は、これまた、この曲のイメージにぴったりの演奏と録音で。

ソフトで柔和なブレンデルが、ブラームスの柔の部分を思いきり引きだして聴かせてくれる。
ブレンデルの中庸なピアノが、ブラームスにはぴったりだと思います。
後年、アバドとも再録音をしてますが、あちらの円熟のピアノもよいですが、こちらには、春の華やぎのような若さもあります。
 そして、それ以上に素晴らしいのが、ハイティンク&コンセルトヘボウ
73年といえば、日本にやってきた年で、そこでの演奏や、マーラーやブルックナー、ロンドンフィルとのストラヴィンスキーなどが徐々に好評価を得るようになっていた時分です。
 この両者の個性が、渾然一体となったこの名コンビによるブラームスは、まろやかで、響きもたっぷりとしていて、まことに申し分がありません。
少し前の記事で、交響曲第2番を取り上げ、激賞しましたが、こちらもブラームスの理想的な演奏のひとつになっております。
 各ソロもうまくて、味わいがあり、ちょっと鄙びた音色を出してるところなんかたまりません。
録音も、もちろんフィリップスならではの、鮮明さと、重厚さ、そして温もり感たっぷり。

73年12月の録音ですが、この年の5月に、ブレンデルは、ハンス・シュミット=イッセルシュテットと1番を録音しました。
そして、その後に2番ということでしたが、その録音のあと、イッセルシュテットは急逝してしまい、ハイティンクにまわってきたものです。
1番は、たいそうな評判になりましたが、この2番は、静かに出て、いまに至るまで目立たぬ存在に甘んじてます。。。。
1番とともに、リマスターして、再発されんこと、強く望みます。

ハイティンクは、アラウ、ブレンデル、アシュケナージ、アックスと4度もこの協奏曲を録音してます。
そして、アバドも、ポリーニで2回と、ブレンデルで録音しました。
ソリストたちに好まれる指揮者、ということができるでしょうね。

 ちなみに、この曲で一番好きな演奏が、ポリーニ&アバドの旧盤。
そして、今日のこちらに、アシュケナージ&ハイティンク、バックハウス&ベームといったところでしょうか。
 今秋は、神奈川フィルで、オピッツ&ゲッツエルという夢のような演奏が予定されてますnote

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2015年4月 2日 (木)

ブラームス 交響曲第2番 ハイティンク指揮

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一足先に、満開だった、芝増上寺のしだれ桜。

もう、いまは、散ってしまい、寂しい感じになってます。

Shiba_b

ソメイヨシノは、満開で、週の終わりには、雨も降り、きっと散ってしまいます。

本格的な春の訪れは、桜の開花でもって急に始まり、散ってしまうと、初夏への準備に入ります。

うららかな、時候に、ブラ2。

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   ブラームス  交響曲第2番 ニ長調

  ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1973.6 @アムステルダム)


春の陽気に相応しい音楽のひとつが、ブラームスの2番。

明るい長調が基調の、喜びと暖かさにあふれたこの交響曲。

1番と4番よりは、2番と3番の方が、好き。

それは、北と南って感じかな。

でも4曲ともに、等しく名曲ですね、なんだかんだで、しょっちゅう耳にすることになってます。

 ハイティンクは、ブラームスの全集を、コンセルトヘボウ、ボストン、ロンドンと、3度録音してます。
ドレスデンやウィーンとも残して欲しかったところですが、これら3つのブラームス全集は、わたくしには、とても大切なセットです。

ロンドンのものは、録音が、ちょっといまひとつに感じ、ボストンは完璧ですが、どこか余所ゆきな感じで、ほんとのハイティンクの姿じゃない感が、わずかにあり。
そして、コンセルトヘボウのものが、一番に思えるのは、指揮者とオーケストラの均一なまでの関係が、それぞれに補完しあって、見事に結びついているからなのです。

4曲の録音で、一番古い3番は、旋律の扱いに、やや、そっけないところがありますが、オケの暖かなの響きでもって、包まれるようにして救われてます。
1,4番と経て、その音にも気合と充実ぶりを込めるようになったあと、最後に録音された2番にいたって、指揮者とオーケストラが、完全に、渾然一体となり、それがおのずと音楽を語るようになった。

どこがどうの、といった特徴は、取り立ててありません。

でも、この演奏のそこかしこ、隅々にみなぎる親密感は、今日明日で造られたものでなく、まして、優秀な指揮者が、瞬間風速的にいっときの名演を造り上げたようなものでもありません。
 同じ血の流れるもの同士が、長きにわたって育んできた関係の、最良の美しい結実とも呼ぶべきもので、指揮者とオーケストラとの幸せな結びつきが、ここに完結したのでした。

 高校生だったわたくしが、ハイティンク好きになったのは、それより少しまえで、いつも、ぼろくそに批評されてういたこの指揮者のことを、応援し始めたのは、3番の交響曲のレコードを買い、おりから来日した、このコンビの演奏をテレビで観てからでした!

 この2番と、チャイコフスキーの5番のレコードでもって、辛口だった、レコ芸の大木正興さんの評論が、絶賛に切り替わった。
それもまた、当時、喜ばしかったこと。
氏は、アバドのマーラーでも、高評価を下し、わたくしの溜飲を下げていただいたものでした・・・・。

 ともかく、この2番の演奏は、ほんと、素晴らしい。
言うことないから、なにも書きません。
録音もフィリップスのアナログ時代の、最盛期の素晴らしさ。

目をつぶって聴くと、行ったことはないけど、赤い絨毯に敷き詰められた、木質のコンセルトヘボウのあのホールの画像が、脳裏によみがえります。
 そして、同時に、日本の美しい、春と秋の景色にも、ぴたりとくるようです。

ブラ2の、わたくしのマイベストは、アバド&ベルリンフィルの旧盤と、こちらのハイティンク&ACO。そして、非正規ですが、クレー&フランクフルト放送。
ライブでは、なんといっても、シュナイト&神奈川フィルです♪
  

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2014年9月30日 (火)

ブラームス ルツェルン祝祭管弦楽団

Abbado_lucherne

ルツェルンのカペル橋。

そして、アバドの指揮姿と、ルツェルン祝祭管弦楽団のメンバーたち。

こちらは、2006年来日公演のゴージャスなプログラムから拝領いたしました。

亡きマエストロの創設スタートしたルツェルン祝祭管弦楽団のこの夏の演奏会がNHKで放送されました。

10年間、マーラーとその周辺の音楽をずっと取り上げ続けてきたアバドが、ブラームスのチクルスに取りかかろうとした2014年。

その意思を次いで、同じプログラムを引き継いだのが、アンドリス・ネルソンスでした。

Nelsons_4

  ブラームス   セレナード第2番 イ長調

            アルト・ラプソディ

              Ms:サラ・ミンガルト

            交響曲第2番 ニ長調

   アンドリス・ネルソンス指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
     
                 (2014.8.15.16 @ルツェルン)


いつもとほぼ同じルツェルンのメンバーに、お馴染みのホールの景色。

でも、指揮台には、アバドではなくネルソンス。

寂しいです。

そして、アバドの代役がネルソンスと発表されたときは、正直、がっかりしたものでした。
ハイティンクか、ムーティ、ヤンソンスがいいと、心の中で思っていましたから。

ネルソンスが受けたプログラムが、こちらの開幕コンサートと、ポリーニを独奏者とする、ピアノ協奏曲第1番と交響曲第3番。
おそらく、来年に、残りの協奏曲と交響曲を取り上げて、本来なら、アバド3度目のブラームス全集が完成するはずでしたのに・・・・・。

 期待せずに聴きだしたネルソンスのブラームス。

これがまあ、いいじゃないですか。

全体を覆う大らかさは、このふたつの2番の作品にぴったりの雰囲気で、しかも、音楽の表情がとても生き生きとしいて、聴きなれたこれらの曲が、いま生まれたばかりの新鮮な感覚をもって聴こえてくる。
ネルソンスが、譜面から感じとった音楽が、この優秀なオーケストラから、そのまま出てきているみたい。

素晴らしかったのは、やはり交響曲のほう。
なかなかにたっぷりと鳴らしているものの、音楽は軽やかさを失わずに、音色も明るくて、若々しい。
アバドだったら、さらにもっと軽やかに歌いまくるかもしれなかった2番だけど、2楽章の思わぬ憂愁も悪くはない。かなりしっとりやってます。
 そして、終楽章では、テンポアップの爆発は起こさず、音楽の流れに任せた自然な盛り上がりでもって、見事なフィナーレを築きあげました。

Nelsons_2

気持ちのいい第1楽章に代表されるように、ネルソンスの音楽作りは、息使いが自然で、抒情も劇性もそれぞれに、あるべき姿で表現され、無理がなく、気がつくと、こちらも彼の音楽に乗せられている感があります。

デビュー間もないころは、指揮姿がヤンソンスそっくりの、爆演系かと思いこんでいたら、そうでもなかった。
バイロイトでの「ローエングリン」は、あのヘンな演出だけど、音楽だけを聴くと、極めてまっとうで、美しい限りの演奏でありました。
歌い手や、演奏者も、きっとやりやすいであろうネルソンスの指揮なのです。
 ですから、オペラが非常によろしい。

Nelsons_3

アバド亡き、ルツェルンの指揮台を、大先達の名に恥じぬ名演でもって飾ってくれたネルソンス、堂々の45分でした。

追悼コンサートでのマーラー3番も素晴らしかった。
今年のプロムスの放送で聴いた「戦争レクイエム」も緊張度の極めて高い名演だった。

ボストンでの活躍も、きっと約束されたようなものでしょう。

好調期に入ったと思われるネルソンス。

でも、ルツェルン祝祭管が今後、継続するとして、ネルソンスでは役不足ですな。
来年もブラームスをやるならネルソンス。
もうやらないなら、ハイティンクが短期間継いで、あとは、ラトルかな?

アバドのもとに集まったオーケストラだからどうなのかな?

アバドの薫陶を受けた指揮者や、仲のよかった指揮者たちで、というのもありかな。

天国のマエストロ、にこにこ見守ってるだろうな・・・

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2014年7月12日 (土)

ブラームス ホルン三重奏曲 ティンシャル・スーク

Hirayama

緑のシャワーは定期的に浴びないといけません。

精神的にも、自分の体にも。

もみじの緑を通した日の光はとりわけ美しいのであります。

Brahms_piano_trio_suk

  ブラームス  ホルン三重奏曲 変ホ長調 op40

       ホルン:ズデニェク・ティルシャル

       ヴァイオリン:ヨゼフ・スーク

       ピアノ:ヤン・パネンカ

             (1976.9 @プラハ)


ブラームス32歳の傑作で、1865年の作。

ともかく、かくも渋い音楽を32歳にて書いてしまうブラームス。

そして、誰も思いつかない、めずらしの編成による室内楽。

ホルンとピアノはともかく、ホルンとヴァイオリンっていうとこが。

ホルンを自身もたしなみ、そしてご存知のとおり、交響曲や協奏曲では、その聴かせどころがたっぷりあるのがブラームスの作品。
 ホルン協奏曲やソナタがないのが不思議なくらいですが、このトリオ1曲でもって、その願望がほぼ満たされるくらいに、素晴らしい作品なのです。

高校生のときに、この曲をFMの午後のリサイタルで聴き、録音もし、親しんでましたが、結局レコードで買うことはなくて、大学時代は、コロンビアから出ていたスークトリオを中心とする盤を、レコード店で、その美しいジャケットとともに、憧れをもって眺めていたものでした。
当時は、大らかかつ、伸びやかな第1楽章と、狩猟にかけ行くようなカッコいいホルンの活躍が爽快な終楽章。これらばかりに耳が行っていたと思います。

長じて、CD時代になって、いよいよ購入したこの曲。
ずっと時代を経たいまは、もちろん牧歌的で哀愁も感じさせる1楽章がいちばんすきですが、ブラームスが母の死をも思いつつ書いたとされる、3楽章のアダージョが、極めて心に沁みる存在となってきました。
 ヴァイオリンとホルンが、連綿と、かつ淡々と哀しい思いをおし伏せたかのような旋律をそれぞれに奏で、ピアノがそれらを優しく囲むようにして着いてゆく。
中間部では、その想いが、一瞬高まることが2度ありますが、それも束の間で収まり、音たちは、ここでは多くの場合、寡黙であります。
 ほんとに、渋い音楽。
ヴァルブホルンでなく、ナチュラルホルンを前提にして書かれただけあって、よけいに華やかさが減じられてます。

その渋さを、絹ごしの美しさでもって包みこんで、しっとり感を与えたような演奏が、チェコの音楽家たちの、この盤であります。
同質の音色に、志しももった人たち。
ピアノトリオの方も、さらに素晴らしいです。

こうした音楽や演奏を聴くと、ヨーロッパの美しさと、懐の深さを感じます。

Brahms

そして、懐かしの、このジャケット。

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2014年5月31日 (土)

「平井茉莉 ヴァイオリン・リサイタル」

Tsurumi

3年前に開館した、鶴見駅、ほぼ直結の「サルビアホール」。

鶴見区の文化施設として、区民文化センターとしての役割を担う存在でもあります。

都内から東へ向かう、一番近い、ヨコハマという意味合いもあって、市の中心部へ行くよりは、わたしのような、都内ないしは、千葉からのリスナーにとっては、手軽な場所でもあるんです。

鶴見は、ご覧のように、線路が複数、交錯する駅でもあるんですね。

相当な乗降客数の、激しい流れに、右往左往しながらたどりついた、「サルビアホール」なのでした。

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さて、今宵は、神奈川フィルの第1ヴァイオリン奏者として、わたくしたち、かなフィル応援団としても、お馴染みの、平井茉莉さんの、初夏の頃、恒例のリサイタルに行ってまいりました。

なにかとお幸せの彼女、そんな想いや、音楽への情熱が、たっぷり詰まった、素敵なコンサートになりましたよ。
心から楽しかった。

  クライスラー プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ

  シューマン  ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調

  パガニーニ/クライスラー編  ラ・カンパネラ

  
  ブラームス  ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 「雨の歌」

  岩田 匡史  「Mari」

  ブラームス  ヴァイオリン・ソナタ第3番~第4楽章 

            ヴァイオリン:平井 茉莉

            ピアノ    :加納 裕生野

                     (2014.5.30@サルビアホール、鶴見)


前半・後半のメインに、ロマン派のふたつの1番。
そのそれぞれ前に、クライスラーにまつわる技巧派の華やかな作品を配した、よく考えられたプログラム。

すっかり手の内に入ったと聴いたクライスラーとパガニーニ。
特に、のっけからアクセル全開、スパートを掛けたかのような「前奏曲とアレグロ」では、ホール一杯に、その音色を響かせる前向き志向の明るい演奏で、いかにも平井さんらしい。

シューマンのヴァイオリンソナタは、とっつきの悪い作品にいつも思ってて、どことなく彼の疾病による綻びも感じさせる曲だなと感じてました。
でも平井さんの、求心力高い演奏は、この曲にロマンティックな色合いをずいぶんと添えていたように思います。
自分は、クレーメルの辛口の演奏によるCDしか聴いたことがなかったものですから、余計です。
ことに、第2楽章が可愛らしく、シューマンならではの甘い語り口が、平井さんの艶やかなヴァイオリンと加納さんの優しく寄り添うピアノとで、とても麗しく感じられました。
 そして、両端楽章での情熱の奔流とも呼ぶべき熱い演奏ぶり。
オーケストラの一員として、いつもは拝見してる、「茉莉ちゃん」なんですが、ソロで接すると、こんなに明快で、キレのよいヴァイオリンなんだ!といううれしい驚き。
よく鳴るホールも、後押ししていたように感じますね。

Mari_hirai_2


 彼女のMCで紹介された、コンサートの3つの仕掛け。

ひとつめは、こちらのポストカードを頂きました。

何種類かありまして、わたくしは、これ。

まさに、このカードのとおりのお二人でしたよ。

そして、五月雨の季節を迎えるまえの、ブラームスって感じで、素敵でしょ。

ふたつめは、お花。

エントランスにも、お二人の髪にも、そして譜めくりの女の子の髪にも、淡いパステル系のお花が。
みなさん、いい仕事してらっしゃる。

 そして、後半のブラームス。

まさに、しっとりと、女性らしい情感にあふれた演奏に、会場は聴き入りました。

シューマンとブラームス、こうも違うものなのだね、と、あらためて実感。

成熟したブラームスの音楽を、若い平井さんが感じたまま、そして、この曲に大切な、気品をもよく導きだしてました。
彼女なりに歩んできた、傍から拝見するに、きっと、思いきりの一生懸命の毎日。
そんな中の一日を、立ち止ってみたかのような心情あふれるブラームス。
きっと、これから、まだまだ進化して、この先、もっと大人のブラームスを聴かせてくれるのではないでしょうか。
そのときもまた、楽しみなのであります。

神奈川フィルの若い常任指揮者もそうですし、どんどん増える若い奏者のみなさん。
聴き手のこちらは、どんどん歳を重ねてしまうけれど、そうした若い方々の演奏を聴き、元気をいただき、そして、その成長を見守ってゆくというのも、音楽を享受するひとつの楽しみであります。

そんな、暖かな気持ちを、きっとみなさんもたれたでしょう、素敵なアンコール曲。
彼女のこと、「Mari」を作曲されたのが、神奈川フィルでお仕事をされてる岩田さんのチャーミングな作品。
この曲が、3つめの仕掛けでした。

最後は、情熱的に、バリっと、ブラームスの3番の終楽章のプレスト。

ご家族とお友達、多くのお客さんの暖かい拍手に囲まれ、素敵な演奏会でした。

平井さん、加納さん、ありがとうございました、若さと元気を頂戴しました。

Mariyukino_20150530



 

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