カテゴリー「ブラームス」の記事

2017年1月20日 (金)

ブラームス ドイツ・レクイエム アバド指揮

Suisen_1

新春の吾妻山は、富士と海と、菜の花と水仙。

中腹あたりに、水仙の群生があり、香しい香りが漂っているのでした。

そして、1月20日。

もう3年、いや、まだ3年。

なんだか、遠い記憶のようになってしまったあの日。

クラウディオ・アバドの命日です。

あのときが、夢の彼方のように感じ、いや、感じたい自分があって、アバドは、兄のようにして、いつまでも、自分の近くにいてくれるような気もしているから、あの日が、なかったようになってるのかもしれない・・・・、自分のなかで。

癒しと、追憶のレクイエムを聴きます。

Brahms_deutsches_requiem_abbado

  ブラームス ドイツ・レクイエム op.45

    ソプラノ:チェリル・ステューダー

    バリトン:アンドレアス・シュミット

 クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                 スウェーデン放送合唱団
                 エリック・エリクソン室内合唱団

              (1992.10 @ベルリン、フィルハーモニー)

ブラームスを愛し、若い頃から、その作品をずっと取り上げていたアバド。

交響曲は2番や4番を、スカラ座時代から、ほかの番号もロンドンや各所で。
協奏曲の各種は、数え切れないほどの名手たちと共演。

そして、声楽作品も、ウィーンやベルリン、ロンドンで。

ドイツ・レクイエムやアルト・ラプソディまでが、通常の指揮者は、取り上げ・録音するけれど、アバドは、合唱作品のほとんどを取上げた。

いま残された録音や、放送音源の数々で聴く「アバドのブラームス」。

ことに、アバドのブラームスの声楽作品は、その端正な佇まいと、紳士的ともいえる慎ましさは、ロマン派にあって、古典派の立ち位置でもあったブラームスの演奏として理想的。

正規音源としては、ベルリンフィルハーモニーでのこちらの92年の録音と、97年のウィーンでの映像があって、どちらも、そうしたブラームスの真髄に迫った名演に思います。

今日はCD。

どうだろう、この精度の高さは。

合唱とオーケストラが、弱音からフォルテの強音まで、どこまでもきれいに、混濁することなく混ざり合い、どの声部の音も、すっきり・くっきり聴こえる。
そして、その音色。
どこをとっても、お馴染みのベルリンフィルの音なんだ。
この音は、変わったと言われたカラヤン時代の音と同じだし、現在のラトルの紡ぎだす洗練さと重厚さの音ともおんなじ。
 全体のトーンは、緻密極まりない合唱団も含めて、明るめだけれど、この明晰な明るさは、カラヤン時代もあったことで、ラテン的な輝きを感じさせる点でも、カラヤンの音とも少し通じるように今宵や感じました。
もちろん、カラヤンのようなゴージャス感はないですよ。

ともかく、明るく、美しく、音がなみなみとあふれるような、アバドの「ドイツ・レクイエム」。

北ドイツでなく、南の方。
アルプスのふもとにあるような、そんなブラームスが好き。

絶頂期だったステューダーと、この当時、声楽作品ではひっぱりだこだったA・シュミットの律義な歌は万全。
欲を言えば、ヘルマン・プライとの共演でも聴いてみたかった。
アバドとプライは、朋友のように、よく共演していたから。
 でも、このとき、まだ存命だったプライだったら、アバドの根ざす、明るさと透明感あるブラームスにはならなかったかも・・・。
プライの人間臭い優しさは、巧さにつながり、色が出てしまったかも・・・・。

アバドは、そのプライと、ロンドン響時代に、このドイツ・レクイエムで共演していて、1983年のこと。
それから、アバドの初「ドイツ・レクイエム」は、同じロンドン響で、77年のこと。
そのときは、ルチア・ポップがソプラノ!

平和と安らぎのなかに終えるドイツ・レクイエムを聴きながら、外は今にも、ちぎれた雲から雪が舞い降りてきそうな寒さ。

日本中寒いです。

いや、世界中、異常に寒く、ことにヨーロッパの寒波はすごいらしい。
凍死者が多数でたり、交通事故が多発したりと大変らしいし、ふだん雪とは無縁な地中海地方やイタリア南部、スペイン南部も大雪・・・・

アバドの眠る、スイス、エンガディン地方もきっと深い雪に見舞われていることでしょう。
しんしんと、そして、あたたかく、クラウディオ兄を包んで欲しい。

1484052032399rhinerhornge0086422709

そして、サンモリッツを有するエンガディン地方、2026年の冬季オリンピック誘致を目論んでる様子。
昨今の、五輪を思うにつけ、静かにしておいていただきたいが・・・・・・・

Suisen_2

クラウディオ・アバド 3回忌に

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2015年11月28日 (土)

神奈川フィルハーモニー第314回定期演奏会  サッシャ・ゲッツェル指揮

Minatomirai

横浜、みなとみらい地区は、今年も華やかなイルミネーションに彩どられる季節となりました。

そして、それに相応しい、ステキで煌びやかなコルンゴルト・サウンドを堪能できました。

Save0174

   ブラームス     ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

          ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

   コルンゴルト    シンフォニエッタ op5

   J・シュトラウス   ポルカ「雷鳴と電光」 ~ アンコール

     サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                   (2015.11.27 @みなとみらいホール)


今シーズン、もっとも楽しみにしていた演奏会のひとつ。

そう、ワタクシは、コルンゴルト・ファンなのであります。

忙しいせいもありますが、この1ヶ月ぐらい、コルンゴルトの音楽以外は聴いてません。

ですから、オピッツという日本贔屓の世界的大家をソリストに迎えるという豪華なブラームスのことは、あんまり眼中になかったという不届きものです・・・・。

ブラームスの2番の協奏曲。
この大曲は、レコード時代からすり減るほどに聴いてきたけれど、演奏会で聴くと、何故か、いつも虚ろに聴いてしまい、途中から覚醒するということが多い。
実は、今回もそうなってしまった。
おまけに、オーケストラがどうもいつもの冴えがなかったように思いましたし、ちょっとした乱れもありました。
大好きな神奈川フィルに対し、ちょっと辛口の評価です。

そんな流れに、ピリッと引き締めが入ったのが、3楽章のチェロ・ソロでした。
ピアノに隠れてしまって、そのお姿が見えませんが、その優しいけれど、しっかりした語り口のチェロの音色は、山本さんと、すぐにわかります。
そう、ここから、わたくしも音楽に集中できたし、演奏もキリッと締ったような思いがしました。
実は、以前聴いた、ポリーニとアバド&ルツェルンの同曲の演奏会でも、前半は冴えず、しかも、あのポリーニがミスを連発するなどでしたが、3楽章でのブルネロのチェロがすべてを救い、その後は迫真の名演となりました。
そもそも、この曲が難しい存在なのでしょうか・・・。

それと、ゲッツェルさんの指揮が、ちょっと飛ばしすぎた場面もあるかもです。
このコンビの適性は、コルンゴルトや、マーラー、シュトラウスあたりにあるのかもしれません。

オーケストラのことが先行しましたが、しかし、オピッツさんのピアノは、抜群の安定感がありました。
まったくぶれがなく、滑らかかつ力強く、でも音には透明感すら漂う無為の域に達した凄さを感じました。
丸みと、強固さ、ともにブラームスに相応しい音色。
お姿どおりのピアノでした。
そして、いつも思うのは、サンタさんみたいだし、シュークリームのオジさんみたいだと(笑)

 さて、後半のコルンゴルト。

神奈川フィル応援のFBページに書きましたが、そこから一部転載します。

 神奈川フィルでコルンゴルトを聴くのは、これで4回目。

   2014年10月 ヴァイオリン協奏曲 (1945)

   2015年 1月 チェロ協奏曲     (1946)

       〃    「シュトラウシアーナ」 (1953)

   2015年11月 シンフォニエッタ   (1913)

ヴァイオリン協奏曲以外は、ゲッツェルさんの指揮。
作曲年代をみてわかるとおり、これまでの3曲は、いずれも、ナチスの台頭により、コルンゴルトがヨーロッパを去り、アメリカに渡り、映画音楽の世界で活躍し、戦後ふたたび、本格クラシックのジャンルの作品に回帰した時期のもの。
 そして、それより遡ること3~40年。

今回の「シンフォニエッタ」は、神童と呼ばれ、ウィーンの寵児としてもてはやされた時期、コルンゴルト16歳のときの音楽なのです。

このように、横断的にコルンゴルトの音楽を1年間で楽しめたことに、まず感謝したいです。

複数の音源で、徹底的に聴きこんで挑んだだけあって、大好きなコルンゴルトに思いきり浸ることができました。

冒頭の「陽気な心のモティーフ」が、4つの楽章それぞれに、いろいろと姿・表情を変えてあらわれるのが、これほど明快にわかったのは、やはりライブで、演奏者を見ながら聴くことによる恩恵でありました。
キラキラのコルンゴルトの音楽を、神奈フィルの奏者の皆さんが、楽しそうに、そして気持ちよく演奏しているのもよくわかりました。
 そしてゲッツェルさんも、この曲を完璧に把握して、いつもながら縦横無尽の指揮ぶり。
それはもう、音楽が楽しくて仕方がない、といった具合でした。
オーケストラから、もっともっとと、音楽をどんどん引き出す、そんな積極果敢の指揮。
この積極的音楽がゲッツェルさんの魅力です。
それが、われわれ聴衆にズバズバと伝わるわけです。

優しく羽毛のような軽やかさも楽しめた第1楽章。
強靱な響きと、文字通り夢見るような中間部の対比をダイナミックに描いた第2楽章。
そして、神奈川フィルならではの繊細さと、音色の美しさを堪能できた魅惑の第3楽章。
この楽章は、わたくし、大好きなんです。
イングリッシュホルンが素敵だったし、第1ヴァイオリンがボーイングを変えて弾く場面も興味深く拝見しました。
 不安と狂喜の交差する、ちょっとややこしい終楽章も、ゲッツェルさんは、しっかりと整理しながら、大いなるクライマックスを築き、華麗なるエンディングとなりました。
軽くひと声、ブラボ進呈しました。

屈託ない若いコルンゴルトの音楽ですが、後年は辛酸をなめ、郷愁をにじませ、その音楽は、ほろ苦さを加えてゆくのでした。

今宵は、甘味で、とろけるような、ウィーンのお菓子をたっぷりといただきました。

ゲッツェル&神奈川フィル、最高っsign03

アンコールは、ウィーンっ子大爆発。

自分的には、コルンゴルトのあとに、ウィーンものを持ってくるんだったら、もうちょっとおとなしめのポルカやマズルカを所望したかったけど、聴衆は沸きにに沸きましたねnote

縦横無尽・上下左右の軽やかなゲッツェルさんの指揮姿は、かのカルロス・クライバーを彷彿とさせました。

Queens_4




| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2015年7月21日 (火)

ブラームス ハンガリー舞曲 アバド指揮

Tetsuya_chiba

文字通りの笑顔。

いろんな民族の顔。

先週の、靖国の御霊祭での、各界著名人たちの筆による提灯のなかから。

いろいろと難しいこともありましょうが、ともかく、世界が平和であってほしいもの。

 でも、そんな思いや笑顔を蹂躙する指導体制にある国が、いくつもあることはたしか。

人々は、「みんな笑顔」で、それぞれの立場で接することができるんだけど、国レヴェルではどうにもならないということ。

19a

世界中のあらゆる民族には、その民族の心や生活に根差した「調べ」が、必ずあります。

クラシック音楽のいいところは、思想信条は抜きにして、そうした音楽たちを、心置きなく楽しめること。

各地の舞曲シリーズをさりげなくやりましたが、最後は、中欧の香り満載の、ブラームスの、ハンガリー舞曲を。

Abbado_brahms


 ブラームス  ハンガリー舞曲 全21曲

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                  (1982,4,6 ウィーン、ゾフィエンザール)


ハンガリー舞曲は、ブラームスのジプシーの民族音楽から素材を得ての編曲で、全部で21曲。

これを一度に聴くと、正直飽きてしまいます。
その時の気分によって、つまみ聴きするか、BGMみたいにして流し聴きするのがいいかも。
そして、それぞれの短さと盛り上がりの効果から、コンサートのアンコールピースとして定番の曲もいくつかあります。
この点も、ブラームスがアドヴァイスしたという、ドヴォルザークのスラヴ舞曲と兄弟のような関係にあります。

若きブラームスが、レメニーというヴァイオリニストとピアノでコンビを組んで、楽旅したおりに、そのレミニーからハンガリー・ジプシーの音楽の魅力を教えられた。
数十年後、ピアノ連弾用のハンガリー舞曲を出版し、さらに、10年後には、第2集を完成させる。
1集目のときに、レメニーから著作権の問題を指摘されるも、ブラームスのこの曲集は、編曲でるということで、うまく折り合いが付いたと言うのも高名なおハナシです。

21曲をオーケストラ編曲したのは、ブラームス以外に、ドヴォルザークも含めて複数いて、その力量にも差があったりして、曲によってはさっぱり印象に残らないものもあったりです。
そんな訳で、全曲試聴は、ちょっと中だるみが伴うのですよ。
編曲の編曲というややこしいおハナシ。

アバドのこちらの全曲録音は、早いテンポで、ずばずばと、軽快に、そして、ウィーンフィルならではの明るく、丸っこい音色も魅力的。
 切れ味よろしく、リズム感も豊か。
郷土色は薄目でも、スマートで軽快なハンガリー舞曲です。
聴いていると、アバドのあのニコニコ笑顔が思い浮かんでくるようです。

ロンドン響との来日でのアンコールは、お得意の1番でした。
ことあるごとに、この1番や5番、6番を演奏してましたね。
 国内盤の初出レコードのこのジャケットが一番好きですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年4月18日 (土)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番 ブレンデル&ハイティンク

Tokyotower201503

落日間もない東京タワー。

まだこの時期は、オレンジ色のライトアップ。

初夏から、白色のライトアップに切り替わります。

何度見ても、このタワーはバランス的にも、とても美しい。

スカイツリーより、数等好きですね。

そして、この暖かなカラーがいい。

暖色系の曲に、演奏。ブラームスを聴きます。

Brendel_2

   ブラームス  ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

        Pf:アルフレート・ブレンデル

   ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1973.12 @コンセルトヘボウ)


ブラームス最充実期のピアノ協奏曲。
1番から22年を経てのシンフォニックな力作ですが、イタリア旅行を挟んでいるところから、かの地の陽光も、この作品の隅々には射していて、第2交響曲と通じるところもあり、わたくには、春の陽気のいい頃に聴く音楽のひとつとなっているんです。

もちろん、3楽章のチェロの独奏を伴う、実に魅力的な場面では、多分に内省的に聴くこともできて、秋の気配も感じることもできます。

そう、ブラームスって、「春と秋」がお似合いnote

ホルンソロで開始される伸びやかで、かつ雄大な第1楽章。
緊迫のなかにも、晴れやかなトリオを持つスケルツォ。
協奏曲に、スケルツォですから、これはもう交響曲の形態です。
そして、チェロのソロが、やたら暖かくて、朗々としていて、そこにピアノとオーボエが加わって、ほんと、ずっとずっと浸っていたくなる絶美の世界、そんな第3楽章。
 うってかわって、軽快で、うきうきと弾むような終楽章。

個性的なピアノ協奏曲です。
いかつく、悩み多き1番より、この2番の方が、数等好きであります。

今日は、これまた、この曲のイメージにぴったりの演奏と録音で。

ソフトで柔和なブレンデルが、ブラームスの柔の部分を思いきり引きだして聴かせてくれる。
ブレンデルの中庸なピアノが、ブラームスにはぴったりだと思います。
後年、アバドとも再録音をしてますが、あちらの円熟のピアノもよいですが、こちらには、春の華やぎのような若さもあります。
 そして、それ以上に素晴らしいのが、ハイティンク&コンセルトヘボウ
73年といえば、日本にやってきた年で、そこでの演奏や、マーラーやブルックナー、ロンドンフィルとのストラヴィンスキーなどが徐々に好評価を得るようになっていた時分です。
 この両者の個性が、渾然一体となったこの名コンビによるブラームスは、まろやかで、響きもたっぷりとしていて、まことに申し分がありません。
少し前の記事で、交響曲第2番を取り上げ、激賞しましたが、こちらもブラームスの理想的な演奏のひとつになっております。
 各ソロもうまくて、味わいがあり、ちょっと鄙びた音色を出してるところなんかたまりません。
録音も、もちろんフィリップスならではの、鮮明さと、重厚さ、そして温もり感たっぷり。

73年12月の録音ですが、この年の5月に、ブレンデルは、ハンス・シュミット=イッセルシュテットと1番を録音しました。
そして、その後に2番ということでしたが、その録音のあと、イッセルシュテットは急逝してしまい、ハイティンクにまわってきたものです。
1番は、たいそうな評判になりましたが、この2番は、静かに出て、いまに至るまで目立たぬ存在に甘んじてます。。。。
1番とともに、リマスターして、再発されんこと、強く望みます。

ハイティンクは、アラウ、ブレンデル、アシュケナージ、アックスと4度もこの協奏曲を録音してます。
そして、アバドも、ポリーニで2回と、ブレンデルで録音しました。
ソリストたちに好まれる指揮者、ということができるでしょうね。

 ちなみに、この曲で一番好きな演奏が、ポリーニ&アバドの旧盤。
そして、今日のこちらに、アシュケナージ&ハイティンク、バックハウス&ベームといったところでしょうか。
 今秋は、神奈川フィルで、オピッツ&ゲッツエルという夢のような演奏が予定されてますnote

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2015年4月 2日 (木)

ブラームス 交響曲第2番 ハイティンク指揮

Shiba_a

一足先に、満開だった、芝増上寺のしだれ桜。

もう、いまは、散ってしまい、寂しい感じになってます。

Shiba_b

ソメイヨシノは、満開で、週の終わりには、雨も降り、きっと散ってしまいます。

本格的な春の訪れは、桜の開花でもって急に始まり、散ってしまうと、初夏への準備に入ります。

うららかな、時候に、ブラ2。

Brahms_sym2_haitink

   ブラームス  交響曲第2番 ニ長調

  ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1973.6 @アムステルダム)


春の陽気に相応しい音楽のひとつが、ブラームスの2番。

明るい長調が基調の、喜びと暖かさにあふれたこの交響曲。

1番と4番よりは、2番と3番の方が、好き。

それは、北と南って感じかな。

でも4曲ともに、等しく名曲ですね、なんだかんだで、しょっちゅう耳にすることになってます。

 ハイティンクは、ブラームスの全集を、コンセルトヘボウ、ボストン、ロンドンと、3度録音してます。
ドレスデンやウィーンとも残して欲しかったところですが、これら3つのブラームス全集は、わたくしには、とても大切なセットです。

ロンドンのものは、録音が、ちょっといまひとつに感じ、ボストンは完璧ですが、どこか余所ゆきな感じで、ほんとのハイティンクの姿じゃない感が、わずかにあり。
そして、コンセルトヘボウのものが、一番に思えるのは、指揮者とオーケストラの均一なまでの関係が、それぞれに補完しあって、見事に結びついているからなのです。

4曲の録音で、一番古い3番は、旋律の扱いに、やや、そっけないところがありますが、オケの暖かなの響きでもって、包まれるようにして救われてます。
1,4番と経て、その音にも気合と充実ぶりを込めるようになったあと、最後に録音された2番にいたって、指揮者とオーケストラが、完全に、渾然一体となり、それがおのずと音楽を語るようになった。

どこがどうの、といった特徴は、取り立ててありません。

でも、この演奏のそこかしこ、隅々にみなぎる親密感は、今日明日で造られたものでなく、まして、優秀な指揮者が、瞬間風速的にいっときの名演を造り上げたようなものでもありません。
 同じ血の流れるもの同士が、長きにわたって育んできた関係の、最良の美しい結実とも呼ぶべきもので、指揮者とオーケストラとの幸せな結びつきが、ここに完結したのでした。

 高校生だったわたくしが、ハイティンク好きになったのは、それより少しまえで、いつも、ぼろくそに批評されてういたこの指揮者のことを、応援し始めたのは、3番の交響曲のレコードを買い、おりから来日した、このコンビの演奏をテレビで観てからでした!

 この2番と、チャイコフスキーの5番のレコードでもって、辛口だった、レコ芸の大木正興さんの評論が、絶賛に切り替わった。
それもまた、当時、喜ばしかったこと。
氏は、アバドのマーラーでも、高評価を下し、わたくしの溜飲を下げていただいたものでした・・・・。

 ともかく、この2番の演奏は、ほんと、素晴らしい。
言うことないから、なにも書きません。
録音もフィリップスのアナログ時代の、最盛期の素晴らしさ。

目をつぶって聴くと、行ったことはないけど、赤い絨毯に敷き詰められた、木質のコンセルトヘボウのあのホールの画像が、脳裏によみがえります。
 そして、同時に、日本の美しい、春と秋の景色にも、ぴたりとくるようです。

ブラ2の、わたくしのマイベストは、アバド&ベルリンフィルの旧盤と、こちらのハイティンク&ACO。そして、非正規ですが、クレー&フランクフルト放送。
ライブでは、なんといっても、シュナイト&神奈川フィルです♪
  

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

2014年9月30日 (火)

ブラームス ルツェルン祝祭管弦楽団

Abbado_lucherne

ルツェルンのカペル橋。

そして、アバドの指揮姿と、ルツェルン祝祭管弦楽団のメンバーたち。

こちらは、2006年来日公演のゴージャスなプログラムから拝領いたしました。

亡きマエストロの創設スタートしたルツェルン祝祭管弦楽団のこの夏の演奏会がNHKで放送されました。

10年間、マーラーとその周辺の音楽をずっと取り上げ続けてきたアバドが、ブラームスのチクルスに取りかかろうとした2014年。

その意思を次いで、同じプログラムを引き継いだのが、アンドリス・ネルソンスでした。

Nelsons_4

  ブラームス   セレナード第2番 イ長調

            アルト・ラプソディ

              Ms:サラ・ミンガルト

            交響曲第2番 ニ長調

   アンドリス・ネルソンス指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
     
                 (2014.8.15.16 @ルツェルン)


いつもとほぼ同じルツェルンのメンバーに、お馴染みのホールの景色。

でも、指揮台には、アバドではなくネルソンス。

寂しいです。

そして、アバドの代役がネルソンスと発表されたときは、正直、がっかりしたものでした。
ハイティンクか、ムーティ、ヤンソンスがいいと、心の中で思っていましたから。

ネルソンスが受けたプログラムが、こちらの開幕コンサートと、ポリーニを独奏者とする、ピアノ協奏曲第1番と交響曲第3番。
おそらく、来年に、残りの協奏曲と交響曲を取り上げて、本来なら、アバド3度目のブラームス全集が完成するはずでしたのに・・・・・。

 期待せずに聴きだしたネルソンスのブラームス。

これがまあ、いいじゃないですか。

全体を覆う大らかさは、このふたつの2番の作品にぴったりの雰囲気で、しかも、音楽の表情がとても生き生きとしいて、聴きなれたこれらの曲が、いま生まれたばかりの新鮮な感覚をもって聴こえてくる。
ネルソンスが、譜面から感じとった音楽が、この優秀なオーケストラから、そのまま出てきているみたい。

素晴らしかったのは、やはり交響曲のほう。
なかなかにたっぷりと鳴らしているものの、音楽は軽やかさを失わずに、音色も明るくて、若々しい。
アバドだったら、さらにもっと軽やかに歌いまくるかもしれなかった2番だけど、2楽章の思わぬ憂愁も悪くはない。かなりしっとりやってます。
 そして、終楽章では、テンポアップの爆発は起こさず、音楽の流れに任せた自然な盛り上がりでもって、見事なフィナーレを築きあげました。

Nelsons_2

気持ちのいい第1楽章に代表されるように、ネルソンスの音楽作りは、息使いが自然で、抒情も劇性もそれぞれに、あるべき姿で表現され、無理がなく、気がつくと、こちらも彼の音楽に乗せられている感があります。

デビュー間もないころは、指揮姿がヤンソンスそっくりの、爆演系かと思いこんでいたら、そうでもなかった。
バイロイトでの「ローエングリン」は、あのヘンな演出だけど、音楽だけを聴くと、極めてまっとうで、美しい限りの演奏でありました。
歌い手や、演奏者も、きっとやりやすいであろうネルソンスの指揮なのです。
 ですから、オペラが非常によろしい。

Nelsons_3

アバド亡き、ルツェルンの指揮台を、大先達の名に恥じぬ名演でもって飾ってくれたネルソンス、堂々の45分でした。

追悼コンサートでのマーラー3番も素晴らしかった。
今年のプロムスの放送で聴いた「戦争レクイエム」も緊張度の極めて高い名演だった。

ボストンでの活躍も、きっと約束されたようなものでしょう。

好調期に入ったと思われるネルソンス。

でも、ルツェルン祝祭管が今後、継続するとして、ネルソンスでは役不足ですな。
来年もブラームスをやるならネルソンス。
もうやらないなら、ハイティンクが短期間継いで、あとは、ラトルかな?

アバドのもとに集まったオーケストラだからどうなのかな?

アバドの薫陶を受けた指揮者や、仲のよかった指揮者たちで、というのもありかな。

天国のマエストロ、にこにこ見守ってるだろうな・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2014年7月12日 (土)

ブラームス ホルン三重奏曲 ティンシャル・スーク

Hirayama

緑のシャワーは定期的に浴びないといけません。

精神的にも、自分の体にも。

もみじの緑を通した日の光はとりわけ美しいのであります。

Brahms_piano_trio_suk

  ブラームス  ホルン三重奏曲 変ホ長調 op40

       ホルン:ズデニェク・ティルシャル

       ヴァイオリン:ヨゼフ・スーク

       ピアノ:ヤン・パネンカ

             (1976.9 @プラハ)


ブラームス32歳の傑作で、1865年の作。

ともかく、かくも渋い音楽を32歳にて書いてしまうブラームス。

そして、誰も思いつかない、めずらしの編成による室内楽。

ホルンとピアノはともかく、ホルンとヴァイオリンっていうとこが。

ホルンを自身もたしなみ、そしてご存知のとおり、交響曲や協奏曲では、その聴かせどころがたっぷりあるのがブラームスの作品。
 ホルン協奏曲やソナタがないのが不思議なくらいですが、このトリオ1曲でもって、その願望がほぼ満たされるくらいに、素晴らしい作品なのです。

高校生のときに、この曲をFMの午後のリサイタルで聴き、録音もし、親しんでましたが、結局レコードで買うことはなくて、大学時代は、コロンビアから出ていたスークトリオを中心とする盤を、レコード店で、その美しいジャケットとともに、憧れをもって眺めていたものでした。
当時は、大らかかつ、伸びやかな第1楽章と、狩猟にかけ行くようなカッコいいホルンの活躍が爽快な終楽章。これらばかりに耳が行っていたと思います。

長じて、CD時代になって、いよいよ購入したこの曲。
ずっと時代を経たいまは、もちろん牧歌的で哀愁も感じさせる1楽章がいちばんすきですが、ブラームスが母の死をも思いつつ書いたとされる、3楽章のアダージョが、極めて心に沁みる存在となってきました。
 ヴァイオリンとホルンが、連綿と、かつ淡々と哀しい思いをおし伏せたかのような旋律をそれぞれに奏で、ピアノがそれらを優しく囲むようにして着いてゆく。
中間部では、その想いが、一瞬高まることが2度ありますが、それも束の間で収まり、音たちは、ここでは多くの場合、寡黙であります。
 ほんとに、渋い音楽。
ヴァルブホルンでなく、ナチュラルホルンを前提にして書かれただけあって、よけいに華やかさが減じられてます。

その渋さを、絹ごしの美しさでもって包みこんで、しっとり感を与えたような演奏が、チェコの音楽家たちの、この盤であります。
同質の音色に、志しももった人たち。
ピアノトリオの方も、さらに素晴らしいです。

こうした音楽や演奏を聴くと、ヨーロッパの美しさと、懐の深さを感じます。

Brahms

そして、懐かしの、このジャケット。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2014年5月31日 (土)

「平井茉莉 ヴァイオリン・リサイタル」

Tsurumi

3年前に開館した、鶴見駅、ほぼ直結の「サルビアホール」。

鶴見区の文化施設として、区民文化センターとしての役割を担う存在でもあります。

都内から東へ向かう、一番近い、ヨコハマという意味合いもあって、市の中心部へ行くよりは、わたしのような、都内ないしは、千葉からのリスナーにとっては、手軽な場所でもあるんです。

鶴見は、ご覧のように、線路が複数、交錯する駅でもあるんですね。

相当な乗降客数の、激しい流れに、右往左往しながらたどりついた、「サルビアホール」なのでした。

Mari_hirai_3

さて、今宵は、神奈川フィルの第1ヴァイオリン奏者として、わたくしたち、かなフィル応援団としても、お馴染みの、平井茉莉さんの、初夏の頃、恒例のリサイタルに行ってまいりました。

なにかとお幸せの彼女、そんな想いや、音楽への情熱が、たっぷり詰まった、素敵なコンサートになりましたよ。
心から楽しかった。

  クライスラー プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ

  シューマン  ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調

  パガニーニ/クライスラー編  ラ・カンパネラ

  
  ブラームス  ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 「雨の歌」

  岩田 匡史  「Mari」

  ブラームス  ヴァイオリン・ソナタ第3番~第4楽章 

            ヴァイオリン:平井 茉莉

            ピアノ    :加納 裕生野

                     (2014.5.30@サルビアホール、鶴見)


前半・後半のメインに、ロマン派のふたつの1番。
そのそれぞれ前に、クライスラーにまつわる技巧派の華やかな作品を配した、よく考えられたプログラム。

すっかり手の内に入ったと聴いたクライスラーとパガニーニ。
特に、のっけからアクセル全開、スパートを掛けたかのような「前奏曲とアレグロ」では、ホール一杯に、その音色を響かせる前向き志向の明るい演奏で、いかにも平井さんらしい。

シューマンのヴァイオリンソナタは、とっつきの悪い作品にいつも思ってて、どことなく彼の疾病による綻びも感じさせる曲だなと感じてました。
でも平井さんの、求心力高い演奏は、この曲にロマンティックな色合いをずいぶんと添えていたように思います。
自分は、クレーメルの辛口の演奏によるCDしか聴いたことがなかったものですから、余計です。
ことに、第2楽章が可愛らしく、シューマンならではの甘い語り口が、平井さんの艶やかなヴァイオリンと加納さんの優しく寄り添うピアノとで、とても麗しく感じられました。
 そして、両端楽章での情熱の奔流とも呼ぶべき熱い演奏ぶり。
オーケストラの一員として、いつもは拝見してる、「茉莉ちゃん」なんですが、ソロで接すると、こんなに明快で、キレのよいヴァイオリンなんだ!といううれしい驚き。
よく鳴るホールも、後押ししていたように感じますね。

Mari_hirai_2


 彼女のMCで紹介された、コンサートの3つの仕掛け。

ひとつめは、こちらのポストカードを頂きました。

何種類かありまして、わたくしは、これ。

まさに、このカードのとおりのお二人でしたよ。

そして、五月雨の季節を迎えるまえの、ブラームスって感じで、素敵でしょ。

ふたつめは、お花。

エントランスにも、お二人の髪にも、そして譜めくりの女の子の髪にも、淡いパステル系のお花が。
みなさん、いい仕事してらっしゃる。

 そして、後半のブラームス。

まさに、しっとりと、女性らしい情感にあふれた演奏に、会場は聴き入りました。

シューマンとブラームス、こうも違うものなのだね、と、あらためて実感。

成熟したブラームスの音楽を、若い平井さんが感じたまま、そして、この曲に大切な、気品をもよく導きだしてました。
彼女なりに歩んできた、傍から拝見するに、きっと、思いきりの一生懸命の毎日。
そんな中の一日を、立ち止ってみたかのような心情あふれるブラームス。
きっと、これから、まだまだ進化して、この先、もっと大人のブラームスを聴かせてくれるのではないでしょうか。
そのときもまた、楽しみなのであります。

神奈川フィルの若い常任指揮者もそうですし、どんどん増える若い奏者のみなさん。
聴き手のこちらは、どんどん歳を重ねてしまうけれど、そうした若い方々の演奏を聴き、元気をいただき、そして、その成長を見守ってゆくというのも、音楽を享受するひとつの楽しみであります。

そんな、暖かな気持ちを、きっとみなさんもたれたでしょう、素敵なアンコール曲。
彼女のこと、「Mari」を作曲されたのが、神奈川フィルでお仕事をされてる岩田さんのチャーミングな作品。
この曲が、3つめの仕掛けでした。

最後は、情熱的に、バリっと、ブラームスの3番の終楽章のプレスト。

ご家族とお友達、多くのお客さんの暖かい拍手に囲まれ、素敵な演奏会でした。

平井さん、加納さん、ありがとうございました、若さと元気を頂戴しました。

Mariyukino_20150530



 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2014年4月20日 (日)

神奈川フィルハーモニー第298回定期演奏会 川瀬賢太郎指揮

Minatomirai201404

またしても冷たい雨が。

新シーズンの始まりの、みなとみらいは、肌寒くて、季節が逆戻りしたみたい。

でも、コンサートは、熱かったですよ。

ブラボー飛び交い、拍手はやむことがありませんでした。

Kanapill201404

  バックス    交響詩「ティンタジェル」

  シューマン  ピアノ協奏曲 イ短調

             Pf:伊藤 恵 

  ブラームス  交響曲第1番 ハ短調

    川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                  (
2014.4.18 @みなとみらいホール)

新常任指揮者、1984年生まれの川瀬賢太郎氏のお披露目定期演奏会であります。

3月には、お別れがありましたが、4月は、出会いと新規のスタート。

神奈川フィルの公益財団化後の4月、定期演奏会のバリエーションも増え、さらに崎谷新コンマスや、新加入のメンバーも迎えての4月。

なにかと、おニューな、定期演奏会なのでした。

第1曲目に、バックスをもってくる大胆さ。
自慢じゃないけど、わたくしは、バックス・マニアです。
英国音楽を広範に愛するワタクシ、バックスは、ケルト臭のするファンタジックな作曲家として、そして、海や森、妖精といった自然を感じさせる世界が大好きなのです。

ですが、こんなヲタクを喜ばせはしても、多くの聴き手が、誰?的な反応と、とらえどころのない芒洋感に戸惑われたことと思います。

ですが、音楽会は知った曲、有名曲、人気曲ばかりじゃ面白くありません。
現代曲も含めて、知らない作曲家、知らない曲に触れ合うことも、定期演奏会の楽しみであり、必需のことなのです。
バックスの、この素敵な曲を聴いて、ほかの作品を聴いてみたいと思われたら、それこそ、バックスファンとして本望です。

そして、その演奏は、金管が少し強過ぎると感じたほかは、さすがは神奈川フィルの弦セクションの美しさ。
懐かしさと透明感あふれるバックスならではサウンドと、シャープさが実に素敵なものでした。
川瀬さんも、曲に率直に向き合い、伸びやかな指揮ぶりでした。

 神奈川フィルのシューマンのピアノ協奏曲には、いろいろ思い出がありますが、シューマンといえば伊藤惠さん。
その彼女が、ソリストにやってきた今回は、これまで聴いた神奈フィルシューマンP協のなかで、もう最高。
安定感と安心感が、あふれ出てくるその演奏。
明るい黄緑色の春らしいドレスと、同系色のハンカチをもって、若い川瀬クンを伴って出てきた伊藤さんを拝見した瞬間に溢れる、今宵のシューマンの成功の確信。

確かな打鍵、しなやかな歌い回し、あふれるシューマンへの愛情がとめどなく感じられる。
すみずみまで、一音一音、心がこもっていて、無駄な音はひとつもないように思いました。
オーケストラも、柔らかく、抒情的。
川瀬さんは、柔和な表情を常につくり、ことに、ソロもオケも難しい3楽章では、にこやかな橋渡し的な役柄に撤しておりました。
その終楽章では、少し祖語が生まれたようにも感じましたが、それがまた、この曲の怖いところ。
ともかく、素敵すぎの伊藤惠さんのピアノにございました。

後半は、勝負のブラ1。

ズンズンくるかと思いきや、意外と柔らかな出だし。
低弦から、ほんの少し早く入ったのも、思いのほか新鮮。

誰もが知悉している、これほどの名曲となると、普通じゃいけない。
自分のブラ1を聴いてくれ、という意気込みが欲しい。

この曲から、川瀬氏は、右に左に正面に、自在に指揮しまくり、ときに棒も止めたりとアクティブ。
普通すぎるのも面白くないけど、実は、その動きが、ちょっと、こちらには疲れを催すものだった。
 細部まで、よくよく見つめて、この曲に対する畏敬の想いも感じるのですが、そのこだわりが、いろんなものを拾い過ぎちゃって、かえってモザイクのような、ばらついた印象をわたくしにはあたえたことも事実です。
終楽章の名旋律開始前の、長めのパウゼ、そのあとの抑制したその名旋律の奏で方など、一例をあげればユニークなヶ所も多々。

 ふだん聴こえない内声部を引き立たせて、あれっ、と思うような瞬間も多々ありました。
そのあたりが、今後、しっかり表現として結びついて、音楽の局面と全体像がしっかりと結びついてくることを期待します。
 そして、若い指揮者ですから、ガンガンいって欲しいものです。

終楽章のコラール、それ以降の、熱い中にも、堂々としたエンディングは、オーケストラの地力にも助けられ、おおいなる盛りあがりを見せました。

ちょっと辛口に書きましたが、まだまだスタートだし、なんといっても若い可能性を大いに秘めてる。
オーケストラとの共同作業という見方からしても、大いに楽しみだし、なによりも、神奈川フィルの、わたしたちが好きな美しい音色を、しっかりと引き出してくれそうだし、それをしっかりと守ってくれそうな、川瀬さんなのです。

 そういう安心感を、オーケストラメンバーの笑顔と、聴衆の暖かな拍手に感じました。

これから、一つづつ、指揮者と、このコンビの成長とその成り行きを見守るという、大きな楽しみが生まれました。
 同時に、おなじみの皆さんに加えて、若い奏者も増えてきた神奈川フィル。

伝統を守りつつ、進歩・変化なくしては、オーケストラはいけません。

引き続き、応援してまいります!

2_2

終演後の新シーズンスタートの乾杯式。

初々しい川瀬さん。

楽団理事長のお話のあと、黒岩県知事の巧みなトークや、崎谷コンマスのご挨拶もございまして、おおいに盛り上がりました。

4 5

10時過ぎの、We Love神奈川フィルアフターコンサートは、大忙しでした。

みなさま、お疲れ様でした。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2014年4月17日 (木)

神奈川フィル定期 予行演習 アバド指揮

Azeria_shibaura

桜のあとは、つつじがやってきますな。

連休のイメージもあり、汗ばむ陽気も思い起こすことができます。

四季の巡りも、年々早く感じるようになりましたよ。

神奈川フィルの新シーズンは、新体制でフレッシュ・スタートです。

  バックス    交響詩「ティンタジェル」

  シューマン  ピアノ協奏曲 イ短調

             Pf:伊藤 恵 

  ブラームス  交響曲第1番 ハ短調

    川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

            2014年4月18日 (金) みなとみらいホール


Barbirolli_english

  バックス  交響詩「ティンタジェル」

バックスは、かねてより大好きな作曲家で、何度も書きますが、その独特のケルト臭は、わたくしには、まるで、ピート臭満載のアイラモルトウイスキーを口に含むがごとく感興を引き起こすものです。

1917年に、バックスのピアノ作品のほとんどにインスピレーションを与えた女流ピアニスト、ハリエット・コーエンとともに訪れたイングランド南西部のコーンウォール半島にあるティンタジェルの街。
大西洋を望む、その地の、夏の風のない昼間、崖から見る絶景。  
さらに、そこに位置するティンタジェル城は、遠くローマの時代に端を発するもので、のちにケルト、アーサー王の伝説もある場所です。 絶海の様子や、潮風や潮の匂いすら感じることのできる、魅力的な音楽であるとともに、その城の由来のイメージを音楽に織り込ませています。  

コーンウォールといえば、ワーグナー好きならば、「トリスタン」の故郷として思い浮かびます。
メロートの剣に倒れ、忠臣クルヴェナールによって運ばれた里が、コーンウォール。 海の見える朽ちた城で、トリスタンは海を遠く眺め、イゾルデの到着を恋い焦がれるのです。
 この「トリスタン」のことも、思い浮かべつつ、さらにバックスは、トリスタンの様々な動機と関連づけられる旋律も、この交響詩に織り込んでます。

ですから、この作品は、ティンタジェルの自然、その城の背景にあるアーサー王、そしてトリスタンというふたつのケルトにまつわる要素がからみあった、描写的かつ心象的な交響詩なのです。

手元には、バルビローリ、ダウンズ、トムソン、エルダーのCDがあります。
それぞれに、特徴があって、どれも大好きな演奏。
ゆったりと、コーンウォールの風情を愛でるような演奏のバルビローリは、その歌い口が優しく、少しばかりの憂愁も含んでおります。
 ですが、演奏時間でいうと、バルビローリが約15分なのに、最長はエルダーで17分。
丹念に緻密に描いたそのエルダー盤も、最近、超好き。
あと、男の海、みたいなダイナミックさあふれる、ブライデン・トムソン。
ライブならではの、盛り上がりのよさと、スマート感あるのは最速14分のダウンズ盤。

さて、神奈川フィルはその美音で、わたくしを痺らせてくれるでしょうか!

このコンサートで、一番楽しみな演目なんです。

 (一部、ファンサイトで書いた記事を引用してます)

Schumann_pcon

シューマンのピアノ協奏曲を、アバドは、4回録音してます。

その聴き比べは、かつての こちら→

ブレンデル、ポリーニ、ペライア、ピリスと4人の奏者。
アルゲリッチもアバドで録音して欲しかった。
これほどに、奏者たちからも愛されたアバド。

この4種の中では、ブレンデル盤が一番好きです。

ブレンデルのまろやかなピアノに、アバドとロンドン響が醸し出すヨーロピアンな落ち着きのあるウォームトーン。
ロマン派の音楽っていうイメージ通りの素敵な演奏です。

もちろん、ほかの盤もみんな素晴らしいのですよ。
でも大学時代の思い出とかも加味して、ブレンデル盤には、格別な思い入れがあるのです。

伊藤恵さんを、ソリストに迎えることの、この贅沢シューマン。
神奈川フィルのシューマンには、いろんな思い出がありますね。

Abbado_brahms_1

ブラームスの交響曲第1番は、2度録音。
全集自体を2回。
4つの交響曲で、アバドは2番が一番得意だったし、その音楽性にもあってました。
ついで、4番かな。

1番のイメージは、アバドにはそぐわないかも。

ベルリンフィルの演奏では、重厚さと壮麗なカラヤンにくらべて、輝かしさと自然な流れのよさが際立ち、あの威容あふれるブラ1も、軽やかなのです。
でも、やはりウィーンフィルのものが、この曲への扉を開いてくれたこともあって、懐かしくも、いまだに新鮮な演奏。
70年代初頭のウィーンフィルの美質が満載で、それと一緒になって、嬉々として指揮をしているアバドの姿が思い浮かびます。
明るく、前向きな気分にさせてくれるブラ1。
さんざん聴き尽したブラ1だけど、このユニークな演奏に帰ってきます。

この曲に限らず、神奈川フィルのブラームスにはたくさんお世話になりました。
シュナイト師で聴けた全4曲や、ドイツレクイエム、協奏曲、合唱曲。
ずっとずっと胸に秘めておきたい大切な思い出です。

若い演奏家が果敢にいどむ、ブラ1。
思いきり、輝いて欲しいです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

いぬ | ねこ | アイアランド | アバド | アメリカ音楽 | イギリス音楽 | イタリアオペラ | イタリア音楽 | ウェーベルン | エッシェンバッハ | エルガー | オペラ | カラヤン | クラシック音楽以外 | クレー | コルンゴルト | コンサート | シェーンベルク | シベリウス | シュナイト | シュレーカー | シューベルト | シューマン | ショスタコーヴィチ | ショパン | スーク | チャイコフスキー | チャイ5 | ツェムリンスキー | テノール | ディーリアス | ディーヴァ | ドビュッシー | ドヴォルザーク | ハイティンク | ハウェルズ | バス・バリトン | バックス | バッハ | バルビローリ | バレンボイム | バーンスタイン | ヒコックス | ビートルズ | ピアノ | フィンジ | フォーレ | フランス音楽 | ブラームス | ブリテン | ブルックナー | プッチーニ | プティボン | プレヴィン | ベイスターズ | ベネデッティ | ベルク | ベルリオーズ | ベートーヴェン | ベーム | ホルスト | ポップ | マリナー | マーラー | ミンコフスキ | メータ | モーツァルト | ヤナーチェク | ヤンソンス | ラフマニノフ | ランキング | ラヴェル | ルイージ | レクイエム | レスピーギ | ロシア系音楽 | ローエングリン | ワーグナー | ヴェルディ | ヴォーン・ウィリアムズ | 北欧系音楽 | 古楽全般 | 器楽曲 | 小澤征爾 | 尾高忠明 | 幻想交響曲 | 料理 | 新ウィーン楽派とその周辺 | 旅行・地域 | 日本の音楽 | 日記・コラム・つぶやき | 映画 | 書籍・雑誌 | 東欧系音楽 | 歌入り交響曲 | 現田茂夫 | 神奈川フィル | 第5番 | 若杉 弘 | 趣味 | 音楽 | 飯守泰次郎 | R・シュトラウス