カテゴリー「ヒコックス」の記事

2015年9月12日 (土)

アルウィン 交響曲第1番 ヒコックス指揮

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絞りの調節に失敗してしまい、チョコレート色のコスモスが、まっ黒になってしまいました。

いつも散策する、このお気に入りの公園は、その一角が、英国庭園風になっていて、ちょっとほったらかしのワイルド系なとこもいい。

Shibapark_2


  アルウィン    交響曲第1番

     
サー・リチャード・ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団

                 (1992.20@トーティング、オールセインツ教会)

ウィリアム・アルウィン(1905~1985)は、ブリテン、ウォルトン、ティペットたちと、同時代の英国作曲家。
 その同時代人たちと比べ、さらに、つい最近まで存命だったことなどを思うと、その作風は、保守的でさえあります。

 そして、同時に、しばしば書くことで恐縮ですが、アルウィンは、英国抒情派の作曲家のひとりでもあります。
わたくしの思う、その抒情派は、ほかに、V・ウィリアムズ、アイアランド、バターワース、フィンジ、ハウェルズ、、モーラン、ラッブラなどです。

こうした田園風な抒情を持ち合わせている一方で、ウォルトンやティペットのようなダイナミックな部分をも持ち合わせていて、なかなかに多彩な側面のある作曲家であります。

さらに、アルウィンは、映画音楽もかなり残していて、劇的、心象的な音楽造りの才能をうかがわせます。
 同じくして、映画音楽とクラシックのジャンルを縦横に行き来した作曲家として、RVW、ブリス、ウォルトンなどが、英国作曲家として思い浮かびますが、今回の1番の交響曲を聴いていると、わたくしは、コルンゴルトを思い起こしてしまいました。
 あふれる歌心と、抒情の煌めき、そして、ダイナミックレンジの広大さと、オーケストラの鳴りのよさ。
そう、コルンゴルトの長大なあの交響曲です。

アルウィンは、フルートの名手でもあり、ロンドン響の首席でもあった時代もありました。
そんなことからか、あらゆる管楽器、そしてもちろん、ヴァイオリンやピアノのための協奏作品を多く残し、同様に、そうした楽器による室内楽作品もいくつか書いてます。

そんな、どちらかといえば、少し規模の小さめの作品たちや、映画音楽を書いていた当初のアルウィンですが、世界大戦後、1950年に、一念発起して、本格交響曲に取り組み、完成させました。
これまでの、作品から、一歩も二歩も踏み出したアルウィンの心境は、のるかそるかぐらいの、チャレンジングなものだったといいます。

バルビローリの指揮するハルレ管により、チェルトナムで初演されたとき、聴衆も、評論家も、大変好意的にこの曲を迎え、バルビローリに至っては、次の2番の交響曲をオーダーするほどの思い入れを持ったのでした。
 45歳のアルウィンは、こうして、本格クラシック作曲家として自他ともに認められ、以降、交響曲を5つ、オペラを二つと、英国音楽に、その足跡を残したのでした。

曲は、それぞれ10分あまりの規模の、正統的な4つの楽章から構成され、全曲で40分。
 やや暗めのアダージョで開始する第1楽章から、最終楽章の爆発的な解放感と明るさは、まさに、暗から明へという、交響曲の伝統にしっかり則っております。

しかし、なかでも、緩徐楽章たる第3楽章が、絶美といっていいほどの存在で、いつまでも、ずっとずっと浸っていたい美的・静的な世界であります。
ともかく、メロウで、そのきれいなことといったら、クリスタルの世界でもあるんです。

中間部が、優しく、抒情的な第1楽章は、ちょっと映画音楽的。
ホルンの咆哮もかっちょええ。
 打楽器大活躍のリズミカルな第2楽章は、スケルツォ的な存在。
そして、あの美の第3楽章があって、終楽章は、明るく輝かしい。
Allegro jubilanteと表記されてます。
これまでの、各楽章を振り返りつつ、コーダは、壮麗かつダイナミックの極みとなり、聴き手に結末感を大いに抱かせつつ、超スペシャルなエンディングとなります。

ヒコックスと、作曲者ゆかりのロンドン響の充実の演奏で。

 アルウィンは、画才にも秀でた人で、シャンドスはそのすべてに彼の描いた風景画を用いておりました。
この1番のジャケットは、「ダルトムーア」と題された素敵な作品。
イングランド南端、花崗岩におおわれ、ケルト臭も満載の神秘的な地が、ダルトムーアです。
行ってみたいものです。

アルウィン 過去記事

 「リラ・アンジェリカ」

 「交響曲第5番」

 「リチャード・ヒコックスを偲んで」

 「オータム・レジェンド」

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2015年7月 3日 (金)

ヴォーン・ウィリアムズ 「ドナ・ノビス・パーチェム」 ヒコックス指揮

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大磯町の高麗山と夕陽。

隣接地、湘南平は、子供の頃の遠足の地でしたが、このあたり一帯は、高句麗からの来訪者が住んでいたり、高麗寺が、家康に保護されたりと、歴史的にもゆかしい場所であります。

なにより、そして、容がいいです。

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  ヴォーン・ウィリアムズ カンタータ「ドナ・ノビス・パーチェム」

                    ~我らに平和を与えたまえ~


     S:イヴォンヌ・ケニー    Br:ブリン・ターフェル

   リチャード・ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団/合唱団

                      (1992.3 @アビーロード・スタジオ)


レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872~1958)は、クラシック音楽のあらゆるジャンルに、万遍なく、その作品を残した作曲家です。
運命の数字の9曲の交響曲に、お馴染みのグリーンスリーブスや、タリスなどの管弦楽作品、協奏作品、室内楽、器楽に、オペラ複数曲、そして歌曲や声楽曲も多数。

ふたつの世界大戦を体験し、その影が、その作品たちにはうかがえることもしばしば。
一方で、そんな陰りなどは、まったく感じさせない、英国の田園風景や自然、そして民謡採取から生まれた懐かしさ感じる音楽も。

RVWの音楽は、もっともっと聴かれていいと思います。

そんな曲のひとつが、今日の声楽作品である、カンタータです。

「ドナ・ノビス・パーチェム」は、バターフィールド合唱協会の委嘱により作曲され、1936年10月に初演。
英国は、大国として、世界に植民地政策を敷いていた時期でもありながら、徐々に、その国力も衰退の色が出てきて、一方で、20年前の敗戦国、ドイツでは、ヒトラーがすでに政権を握り、この年の8月には、「ヒトラーのオリンピック」と言われた、ベルリン・オリンピックが行われております。
 ちなみに、日本では、2・26事件が起きた年でもあります。

そんな不穏な空気が、少しづつ流れつつあった世界。

ヴォーン・ウィリアムズは、このカンタータに、戦争の悲惨さや哀しみ、そして平和を祈る気持ちを、しっかりと込めました。

最初に、言います、自分の気持ち。

「この作品は、ほんとうに、美しく、感動的です。
泣きます、思わず、手を合わせてしまいます・・・。」

6つの部分からなるこのカンタータは、続けて演奏されます。
全体で39分。

ラテン語による典礼文、聖書、そして現代詩が交互に、または混合されて出来上がっている。
それは、まさに、後年のブリテンの「戦争レクイエム」を思わせる構成となっていて、そちらがそうであったように、祈りと悼み、そして戦争の辛さを、われわれに訴えかける力が極めて強く出来上がっていると思う。
 そして、詩の方は、RVWの作品に多くあるように、アメリカの詩人ウォルト・ホイットマン(1819~1892)の作品から取られております。

①「アニュス・デイ」・・・静かに、でも痛切な思いを込めて、ソプラノがアニュス・デイと歌い始め、ドナ・ノビス・パーチェムと、この曲の各章の締めに歌われるタイトルを表出する。
やがて、合唱も同じように静かに入ってきて、さらに悲しみを強く持ちながら強い音の場面となってゆく、ラテン語による第1章。

②「叩け、叩け、太鼓を」・・・・ホイットマン詩、米南北戦争時で、実弟が戦地にあり、それを思って書かれた詩。
RVWは、英国にあって、第一次大戦での思いを、この詩に重ね合わせた。
 この章は、レクイエムにおける、「怒りの日」に相当するような雰囲気で、不吉なラッパから始まり、急に激しい咆哮となり、オルガンも加わってダイナミック。
教会の中での集まり、結婚式、それらの平和な日常生活に、ドアをぶち破って、戦争へ導く太鼓や行進の響きが轟く・・・そんな詩の内容。

③「Reconcliation~和解」・・・・こちらも、ホイットマンの詩。
繊細なヴァイオリンソロにより始まるこの章は、静かで、心に沁みわたる曲調で、RVWの抒情の世界が味わえる、ほんとうに美しい音楽。
バリトンのソロと、エコーのような合唱。
 「青空は美しい、美しいから戦争も、虐殺も、時間が経過すれば、きれいに忘れられる。死と夜の姉妹の手は、たえず優しく、何度も繰り返し、この汚れた世界を洗ってくれる・・・・」

なんて、哀しいんだろ。

人間の編み出す悲惨な戦争や殺し合い、でも、どんなときにも、変わらぬ自然の美しさ。。。。

この美しい章の最後には、また、「Dona nobis percem」が歌われます。

④「二人の老兵のための哀歌」・・・・ホイットマンの詩集「草の葉」から。
この詩に寄せた曲は、1914年に書かれていて、それが転用されている。
そして同年、朋友のホルストも、この詩に、素晴らしい作品を書いてます。
 行進曲調の太鼓、低弦のピチカートに乗って歌われる合唱だけの章。
前章の戦時の太鼓の響きを引き継ぎ、息子に語りかける老兵、月の静かな光のもと、銀色に輝く横顔、それが天国では、明るく輝くだろうと・・・・。
淡々としたなかに、悲しみと、諦念が滲んだ桂章。

⑤「死の天使が、地上に舞い降りた」・・・・・英・仏・露・土で行われたクリミア戦争(1853~6)に反対した、政治家、ジョン・ブライトの反戦の名演説を、バリトン独唱で、無感情に。

 合唱とソプラノで、強い「Dona nobis percem」を挟んで、旧約のエレミア書から。
「われわれは、平和を望んだが、よいことはなかった・・・、民の娘は、いやされることがないのか。」

ここでも、繰り返し、争いの無情さを訴える章。
でも、音楽は、少しずつ、明るい兆しが。。。

⑥「おおいに愛される人々よ、恐れるには及ばない」・・・・安心しなさい、心を強くし、勇気を出しなさい。 旧約ダニエル書から。
後光が差すかのような厳かなバリトンソロで開始。
「わたしは、この場所に栄光を与える・・・」と同じくバリトンソロによる主の宣言、これは、旧約のハガイ書。

次いで、合唱で、ミカ書、レビ記、詩篇、イザヤ書、ルカ伝と、合唱が歌い継いでゆく。
平和・平安を思わせる空気が充満し、じわじわと盛り上がり、高まる感動に乗せて、ついには、栄光をと歌う!
 そして、曲は、最後に、急速に静まり、「Dona nobis percem」が、ソプラノ独唱で繰り返されるなか、合唱が絡み合い、オケは鳴りをひそめ、アカペラで進行する終結部。
 思わず、ここで手を合わせたくなる心の祈り。
Percemを繰り返すソプラノが、静かに消え入り、この天国的に美しい章は消えてゆくように終わり、優しい気持ちにつつまれて、ひとときの心の平安を味わうこととなります・・・・・・・。

でも、すぐに現実に引き戻され、喧騒と情報の渦に引き込まれる、そんな現代人なのです。

 ヒコックスの献身的なまでの感動的な指揮ぶりが、よくわかる名演。
手塩にかけたロンドン響コーラスの見事さ。
英国ソプラノの典型とも呼ぶべき、無垢でピュアなケニーの美しいソプラノ。
後の威圧的な声が想像できない、ピュアなターフェルのバリトン。
素晴らしい曲に、素晴らしい名演だと思います。

ブライデン・トムソン、ボールトの演奏も、いつか聴いてみたいと思ってます。

そして、この作品と似たような構成を持ち、ヨハネに題材を求めた「聖なる市民」が、この音盤にはカップリングされてまして、そちらもいずれ取り上げましょう。

もうひとつ、RVWのオペラも、一作を除き、ほぼコンプリートしましたので、時間はかかりますが、ゆっくりと書いて行きたいと思ってます。
すでに取り上げたお気に入り作品は、「毒のキッス」でして、これまた怖いタイトルにもかかわらず、愛らしいオペラなんですよ。(過去記事→

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2014年11月14日 (金)

スタンフォード 「スターバト・マーテル」 ヒコックス指揮

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こんなちょっとした心遣いが、美しい。

先日、お散歩した泉岳寺の義士たちの墓石に、それぞれにお花が経向けられておりました。

都会にありつつ、一歩中に入ると静かなエリア。
このあたりから、三田にかけては、寺社がたくさんあります。
そして、低層住宅も混在していて、閑静な場所です。

その泉岳寺の山門の真横に、8階建てのマンションの建設が始まってまして、周辺の方々は、景観の観点から、工事と計画の見直しを陳情してます。
建築基準法上、また、条例上も、適法であるため、区では許可範囲なので、どうしようもない状態になってます。

土産物屋さんで、反対署名をして、お話も伺いました。
計画者は、さほどの大手ではないので、なかなか止めることはできないだろう。
上階二つがファミリーで、あとはワンルーム。
せいぜい、3階建てぐらいまで。
彼らは、マスコミに取り上げられるのを一番嫌がっている・・・

都市計画は、時の流れとともに、さらに地域性もそのメッシュをことさらに細かく付与するべきかと。
住民による、審査請求も提出されました。

 参考 守る会  http://sengakuji-mamoru.jimdo.com/

Stanford_atabat_mater

  スタンフォード 「スターバト・マーテル」

    S:イングリット・アットロット  Ms:パメラ・ヘレン・ステファン
    T:ナイジェル・ロブソン     Br:ステファン・ヴァーコー

  サー・リチャード・ヒコックス指揮 BBCフィルハーモニック
                       リーズ・フィルハーモニック合唱団
               
                

                  (1995.11.17@リーズ、タウンホール、ライブ)


チャールズ・スタンフォード(1852~1924)は、アイルランド生まれ、ケンブリッジに学び、そのあと、ドイツ本流のライピチヒとベルリンでもしっかり勉強し、生涯はイングランドで過ごした英系作曲家です。

時代的には、いま、わたくしたちがさかんに聴く、ディーリアス、エルガーやV・ウィリアムズ、ホルストよりも、少し先んじた人で、同じような時期とタイプの人に、パリーとマッケンジーがおります。

また彼らとともに、先人として、英国音楽の礎を、なにげに築いた作曲家でもあるんです。

交響曲を7つのほか、オペラも数作、あらゆるジャンルにその作品を残してますが、いまでは、あまり聴かれることはないですね。
その点は、パリーもおんなじ。

わたくしは、ハンドレーと本場アルスターによる交響曲全集を持ってますが、正直、どの曲がどうのこうのは、言えるほどに聴きこんでません。
数年前に、大友さんが、東響で、3番の「アイリッシュ」をやったときに、感銘を受けました。
 アイルランドのブラームスみたいな印象しかなかったのに、しっかり英国音楽とアイルランドの民謡も活かされた雰囲気に、思いきり見方を変えることとなったのでした。

 今回の、「スターバト・マーテル」も、驚きの出会いでした。

「悲しみの聖母=スターバト・マーテル」、古今東西、多くの作曲家が、このジャンルに、たくさんの名曲を残してまいりました。
ヴィヴァルディ、ペルゴレージ、ロッシーニ、ドヴォルザーク、プーランクらの作品ばかりが、多く聴かれますが、まだまだありました。

スタンフォードのスターバト・マーテルは、ヒロイックなまでにかっこよく、かつ、歌心にあふれていて、夢中になって聴いちゃう45分間なのだ。

1906年の作品。
第一次大戦の10年前、世紀末のムードを漂わせつつも、世の中な、物騒な方向へと突き進んでいく時代。
この曲には、そうした切迫感はありませんが、先に述べたような、音のカッコよさがあって、メロディアスなスタンフォードならではのムードとあいまって、哀しみにくれるヴァージン・マリアの心情を、ちょっと悲劇のヒロインみたいにしたててる感があるのです。

交響カンタータとも、当初は呼ばれましたとおり、5つの部分からなり、1部は、大きなプレリュード。
まるで、交響曲の第1楽章のように、静かに始まり、徐々に盛り上がり、ブラスも活躍するナイスなオーケストラ作品と化します。

次いで、2部は、独唱が静々と歌う、いかにも英国音楽風のジェントルな様相で、極めて美しい。
緩徐楽章といったところ。

3つ目の部分は、オーケストラによる間奏で、短いですが、これもまた、大らかかつ、曲全体のムードを集約したような桂曲であります。

4つ目は、その合唱の出だしと、ソプラノソロが、まるきり、ブラームスのドイツ・レクイエムを思わせます。
その後も、ちょっと甘いムードを醸しながら、抒情的な展開となりますが、歌好きとしては、スタンフォード特有の英国&ドイツムードが、たまらなく美しく感じます。

さて、最後の第5部は、聖母マリアを讃える、解放感あふれる爽快なムードです。
この曲の中で、一番長い部分ですが、合唱が主体で曲は進み、ちょっとの中だるみも感じてしまいますが、最後の浄化されたかのような平安かつ、天国的なムードは、極めて素敵です。

何度も何度も、暇さえあれば流してましたので、その音楽はしっかり耳に刻み込むことができました。

素晴らしさとともに、イマイチ感も同居する、スタンフォードですが、同じようなパリーとともに、やはり、捨て置けない作品が、こうしてあるんです。

ヒコックスが甦演した、スタンフォードゆかりの地、リーズでのライブ録音は、完璧演奏。

それと、この印象的なジャケットの絵画。

英国のFrank Cadogan Cowper(1877~1958)という方の作品。

赤の使い方が印象的なその絵画は、ほかの作品でも際立ってますよ。

英国世紀末画家、調べてみてください。

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2014年11月 7日 (金)

アルウィン 「オータム・レジェンド」 ヒコックス指揮

Autumn_azumayama

秋の吾妻山。

今年は、まだ帰っていませんので、ちょっと前の、今頃の晴天の景色。

秋だけど、季節は、冬に向かってまっしぐら。

ここ数年、秋の出番は少なめで、冬が早く来て、遅くまでのさばる陽気が続いてます。

日本人の心情としては、春と共に、秋を長く味わいたいものです。

Alwyn

  アルウィン 「オータム・レジェンド」~秋の伝説

      コール・アングレと弦楽のための

        コール・アングレ:ニコラス・ダニエル

   サー・リチャード・ヒコックス指揮 シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア

                      (1991.1 @ロンドン)

ウィリアム・アルウィン
(1905~1985)は、ブリテン、ウォルトン、ティペットたちと、同時代の英国作曲家。
ついこの間まで存命したわりには、保守的な作風。
でも、ウォルトンやティペットと同系列に考えるならば、かなりモダーンな雰囲気の音楽が多い。
一方で、RVW,ハゥエルズなどの抒情派にも通じる個性もあります。
 

作曲とともに、フルートも学んで、ロンドン響でエルガーやRVWのもとでフルートを吹いていたこともあるアルウィン。

ロンドンでの活躍を経て、後半生はサフォーク州のカントリーサイド、ブライスバーグで作曲に油絵(このジャケット)に、のびのびと暮らしました。

5曲の交響曲、あらゆる楽器のための協奏曲複数、これもまた多様な楽器による室内楽曲、オペラふたつ、歌曲、映画音楽60と、かなりの多作家。
オペラを是非聴いてみたいものですが、アルウィンの奥さまマリーさんと共同して、残された作品のレコーディングに情熱を注いだシャンドスレーベルですが、ヒコックスの逝去もあって、いまはひとまず終了している様子。

1954年、ブライスバーグの自身のアトリエで、まさに、画家・詩人のロセッティが、そこにあるのを感じつつ、絵筆をとりつつも、先達の絵にインスピレーションを得た、素敵な音楽を作曲しました。

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   ゲイブリエル・ロセッティ「祝福されし乙女」(The Blessed Damozel)

若くして亡くなった乙女が、天の宮殿から、地上の恋人を慕って歌う、そんな内容です。

具体的には、この絵に添えられた、ロセッティの詩の一節がそうです。

 
 Surely she leaned o'ver me-her  hair

      Fell all about me face・・・・

 Nothing: the Autumun fall of leaves

      The whole year sets apace



確かに、彼女は、僕の頭のうえに身を乗り出した

   髪が、僕のあたまのあたりに、はらりと垂れた

 でも、なんでもなかった、秋の落葉だったのかな

  こうして、1年は、すぐに過ぎてしまうんだ


    
この詩は、天の乙女が大半を歌いますが、唯一、地上の青年の独白がありまして、それがこの場面です。

まさに、天上と、地上の絵を耽美的に描いたその絵画は、静謐で抒情的なアルウィンの音楽を聴くと、ぴたりときます。

この詩に、そのまま音楽を付けたのは、まさに、ドビュッシーで、「選ばれし乙女」という声楽作品になりました。

 さて、アルウィンの10分あまりの、あまりに美しい作品。

沈鬱な前半部分は、寂しそうな弦楽のうえに、コール・アングレの物悲しい音色を巧みに活かした楚々とした歌が淡々と続きます。
これを聴いていると、シベリウスの「トゥオネラの白鳥」を思い起こしたりもします。

少しテンポをあげて、音楽は動き出しますが、基調は短調で、それはきっと、早くに別れなくてはならなかった恋人への思いの焦燥感を感じます。

そして、後半が実に素晴らしい。

彼女の長い髪が、頬にふれた、そんな優しい感触を、秋の落葉に対して青年は、とても暖かい気持ちでもって受けとめるのでしょう。
優しく、慰めにあふれた旋律が、弦楽器から始まり、コール・アングレもそれに応えて暖かく応じます。
 やがて、かすかな諦念も感じさせるなか、静かに、静かに音楽は終わります・・・・。

こんな美しい音楽は、是非、ひとり静かに聴いてください。
コンサートでもやって欲しくない、自分のお部屋で聴くのが一番。
できれば、窓の外に、色づいた葉をのぞみながら。

 このCDには、あと、わたくしの愛するもうひとつのアルウィン作品、「リラ・アンジェリカ」が収録されております。

 アルウィン 過去記事

 「リラ・アンジェリカ」

 「交響曲第5番」

 「リチャード・ヒコックスを偲んで」

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2014年10月 9日 (木)

ハウェルズ エレジー ヒコックス指揮

Hagi_higan

もう季節は巡って、過ぎてしまいましたが、彼岸の頃の野辺の様子。

初秋を、彩る、萩と彼岸花でした。

これらの草花に、似合うのが、夜の月や、秋の虫の音色。

月といえば、昨夜(8日)は、月食でした。

雲に覆われながらも、後半を見ることができました。

古来、月食は不吉なものとされますが、大昔の方々からしたら、月がみるみる欠けてしまう、しかも、赤く光るなんて、そりゃ、なにかよくない印と思えたことでしょうね。

それでも、なにごともなく、穏便に日々が過ぎることを祈るばかりです。

次の月食は、来年、2015年4月4日だそうです。
春の月ですよ。

Howells_strings

   ハゥエルズ  エレジー

       
       ~ヴィオラ、弦楽四重奏と弦楽オーケストラのための~

    サー・リチャード・ヒコックス指揮 シティ・オブ・ロンドン・シンフォニエッタ

                    (1992.10 @ロンドン 聖ユダ教会)


今日は、心静かに耳を傾け、ちょっと泣ける音楽を。

ハーバート・ハゥエルズ(1892~1953)は、わたくしの大好きな英国作曲家のひとりです。
シンフォニックな作品や、大規模な作品は、残してませんが、美しい管弦楽作品、声楽曲、器楽曲などに、心に沁みとおるような味わいあふれる音楽を書いた、英国抒情派のひとりです。

その時代を生きた芸術家と同じく、ふたつの大戦を経験し、多くの死にも接して、そして、その死への思いが、彼の音楽の根底に、ときに悲しく、ときに優しく刻まれてているのです。

さらに、40代にして、最愛の息子を今度は病気で亡くしてしまい、ハゥエルズの音楽は、さらにシリアスに、そして宗教的な祈りの要素も加えながら深みを増してゆきます。
傑作「楽園讃歌」は、その代表です。

そのハゥエルズも、若き日々は、英国の田園風景の機微にてらした、緩やかな音楽をしばしば書いておりました。

今日の「エレジー」も、その流れの中にありながらも、友の死を悼んだ作品でもあります。

1917年の作。
遡ること、1910年、ヴォーン・ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」を聴いて、大いに感銘を受けました。
そして、ロイヤル・カレッジ時代の、パーセル・ウァーレンという友が、第1次大戦で亡くなってしまう。
ヴィオラを専攻したその友のことを想って書かれたのが、この「エレジー」です。

10分くらいの作品ですが、全曲にわたって、ヴィオラが、まさに「哀歌」とよぶに相応しい、哀しくも、儚い楚々たるメロディーを奏でます。
そのムードは、さきに感銘を受けた。RVWのタリス幻想曲の古風な佇まいにも似て、静謐でありながら、悲しみをたたえた独特の雰囲気があります。

あまりに動きが少なく、静かに、静かに、音楽が過ぎゆくものですから、最初は何も感じることがなく終わってしまいますが、何度も繰り返し聴くことで、心の中に、哀しみと、癒しの気持ちが芽生えてくるのを感じます。

ハゥエルズの音楽を、多く残してくれた、亡き名匠、ヒコックスの指揮で。

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2014年5月 7日 (水)

クィルター 「虹の終わる場所に」 ヒコックス指揮

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連休も終わり、街は日常に。

でも、頭のなかは、まだお休みっぽかった休み明け。

カレンダー通りのわたくしは、後半に、神奈川の実家に行ってきまして、また、まいどおなじみの、吾妻山と、海へと、それぞれ歩き回ってきました。

この時期の吾妻山は、ツツジが満開を終えたところで、ぎりぎりに、その美しい色合いと香りとを楽しむことができました。

奥に見える山は、大磯の湘南平です。

子供の頃の遠足は、この吾妻山と、向こうの湘南平が定番にございました。

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  クィルター 「Where the Raibow Ends~虹の終わる場所に」組曲

  サー・リチャード・ヒコックス指揮 ノーザン・シンフォニエッタ・オブ・イングランド

                     (1989.5 @クゥエイサイド、ニューカッスル)


ロジャー・クィルター(1877~1953)は、サセックス州ホーヴの生まれの英国作曲家。

あまり、お馴染みではないかもしれません。
彼が、歌曲の分野に多くの作品を残したからかもしれませんが、100曲以上に及ぶクィルターの歌曲は、多彩な作風の宝庫で、英国歌曲の系譜にしっかり名を連ねる彼の面目躍如たる世界なのです。
 明るく、親しみやすく、そしてメロディアスな歌曲たち。
でも、そんな中にも、シリアスで、どきっとするような歌たちも、またたくさんあります。
シェイクスピアの詩による、「来たれ、死よ」などは、まったくもって素晴らしい名品です。

そのクィルターさんが、残した管弦楽作品のひとつが、劇音楽「Where the Raibow Ends」です。

1911年、ロンドンのサヴォイ劇場で上演される、クリフォード・ミルズとレジナルド・オーウェンの作による子供向けの妖精劇とも呼べるような、ファンタジーな舞台作品のために書き下ろした音楽。

劇の内容は不肖ですが、初演以来、ロンドンのクリスマスシーズンには欠かせない舞台となっていったようです。
この音楽のなかから、5曲を選び、組曲としました。

 ① Rainbow Land

 ② Will o'the Wisp

 ③ Rosamund

 ④ Fairy Frolic

 ⑤ Goblin Forest


それぞれ、数分の小曲。
でも、それぞれのタイトルのとおり、とっても優しくって、心なごむ雰囲気にあふれてます。
①などは、英国抒情派ならではの、透明感と、まさに雨上がりの淡い虹のような景色が思い浮かぶようです。
②可愛いワルツに、ちょっと切ない中間部。
子守歌のように、静かで愛らしい③
妖精たちの踊りでしょうか、陽気で快活な④と⑤

こうして、人を優しい気持ちにしてくれる、クィルターのWhere the Raibow Endsでした。

では、いい夢を見るようにいたしましょう。

さらば、おやすみ。

過去記事

 「英国歌曲展14 辻 裕久」

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2013年10月15日 (火)

ホルスト 「サーヴィトリ」 ヒコックス指揮

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前にも出しました、都会のど真ん中、靖国神社の日本庭園。

池にはビルも映ってます。

騒音ゼロ、静かな雰囲気に、気持ちも研ぎ澄まされます。

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   ホルスト  歌劇「サーヴィトリ」

    サーヴィトリ:フェリシティ・パーマー サティアワン:フィリップ・ラングリッジ
    死神:ステファン・ヴァーコー

     リチャード・ヒコックス指揮 シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア
                      ヒコックス・シンガーズ

                         (1983.6 @ロンドン)


グスターヴ・ホルスト(1874~1934)は、前にも書きましたが、生粋の英国人ではなく、父方はスゥエーデン。
ゆえに、グスターヴという北欧風の名前なのです。

そして、ホルストといえば、判で押したように「惑星」なわけですが、作品番号が付いているだけでも、200曲以上の作品があり、その主力は、声楽・合唱作品にあるとみていいと思います。
もちろん、管弦楽作品にも捨てがたい曲がいくつもあって、「エグドン・ヒース」などは、最高に素晴らしい曲だし、数々の組曲作品も捨てがたいです。

主力の声楽作品では、「合唱交響曲」や「雲の使者」などは、わたくしの最も好きな作品ですし、しゃれたパートソングの数々も涼しげで心地よい音楽たちです。

さらに、オペラのジャンルでは、8つの作品(うちひとつは未稿)が残されました。

ホルストは、親友のヴォーン・ウィリアムズとともに、イギリス各地の民謡を収集し、それらは素敵な合唱作品の一部に結実していて、いかにも英国風な趣きがあります。
 一方で、若い日々から、インドのサンスクリット文化にも感化され、東洋風なエキゾシズムにあふれた音楽もいくつも書いている。
「惑星」における占星術的な思想も遠からずこの分野から発したものでありましょう。

そのサンスクリット文学から、叙事詩「マハーバーラタ」に素材を求めたオペラ「Sita」を1906年に完成し、リコルディ社から発刊。
その初演も行われないうちに、今度は「ラーマーヤナ」の中からの一編を抜き出して、次ぎなるオペラを作曲したのが1908年。

それが、「サーヴィトリ」であります。

大きな前作に比べ、こちらはミニオペラで、登場人物も3人。
オーケストラは12人の奏者だけ、合唱は女声によるアカペラのみ。
約32分くらいのコンパクト・オペラです。
ですから、筋立ても大仰なものでなく、寸劇みたいな動きの少ない、かつ内面的なものでもあるんです。

劇の概要

ある森のなか、晩。

前段として、貞淑な王女サーヴィトリが結婚した相手は、スティアワン。
ところが彼の余命は結婚当初すでに1年。
あともう時間のないある晩のこと・・・・・

「死神(マヤ)がサーヴィトリの名を呼び、自分は誰もが必ず通らなくてはならない道であり門であると呼びかける。
サーヴィトリは、ただならない雰囲気に緊張する。
サティアワンは、サーヴィトリの名を口にして讃えるが、不調を訴え、やがて手にした斧も落としてしまい力が抜けてしまい倒れる。
 サーヴィトリは神様に、夫なしには生きていけない、活き返らせて欲しい、さもなくば、自分の命をと懇願する。
神への訴えは、死神マヤをも屈服させ、サティアワンはよみがえる。
死は、人間の活きる夢を統治するのだ、と核心的なことをつぶやき、消え行き、サーヴィトリは汝とともに・・・と最後に歌う。」

というような内容かと。

英語の歌詞はついてますが、これがまたどうにもわからない。
普通のオペラのように、惚れた腫れたの会話じゃなくって、観念的な言葉が並んでて、約しようがない。
なんのことはない内容だけど、ラーマーヤナによれば、サーヴィトリは、「40人の子供を産みます」と宣言。死神も、それはいいね、頑張りなさい、みたいなことを言って奨励するんだけど、サーヴィトリは機転を利かせて、「わたしゃ、サティアワンじゃなくちゃ駄目なのさ」と開き直って、見事活き返させるということになるらしい。
そして、ふたりは、ほんとうに子宝にめぐまれ、サーヴィトリは良妻賢母の代名詞みたいに祀られてるってわけなそうな。

音楽は、かなりに神秘的かつ東洋風で、あっちの世界にも足を踏み入れたみたいな彼岸な雰囲気もまんまんです。
冒頭の死神さんの、無伴奏での歌の怪しげな様子、甘々のサティアワンは、いかにも英国テナーの声にぴたりの役。
無伴奏女声コーラスは、後半になると、サーヴィトリの神との対話や、よみがえりの場面での伴奏となっていて、これがまた清らかかつ、神がかった雰囲気。
惑星の「土星」みたいな老成化したムードも死神の歌には出てくる。

万人向けでは決してありませんが、ホルストの一面を端的に味わえることには違いありません。
カレーは食べたくなりませんが、不思議の国インドを思い描くこともできる作品です。

ホルストは、じつにおもしろい。

3人の英国歌手は完璧にクール。
ときおり唸り声も入る、ヒコックス入魂の指揮です。

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2013年2月12日 (火)

ブリテン 「ポール・バニヤン」 ヒコックス指揮

Shibapark_2

桜は一気に劇的にやってくるけれど、梅はじわじわと、静かに咲き始め、緩やかに甘い香りを漂わせます。

年取ると、梅の風情の方が好きだったりします。

梅見酒という概念はないでしょうかね?

Shibapark_2_2

今日は、ブリテンのオペラ16作中の第1作、「ポール・バニヤン」を取り上げてみます。

二つの幕とプロローグからなるオペレッタと副題されております。

Britten_paul_bunyan

  ブリテン 「ポール・バニヤン」 Op.17

  3匹の野生のガチョウ:パメラ・ヘレン・ステフェン、レー・マーリン・ジョンソン
                リリアン・ワトソン
 ナレーター:ピーター・コールマン・ライト 
 ポール・バニヤンの声:ケネス・クラハム(語り)
 簿記係ジョニー・リンクスリンガー:クルト・ストレイト   
 ポール・バニヤンの娘ティニー:スーザン・グリットン
 腕のいい料理人ホット・ビスケット・スリム:ティモシー・ロビンソン
 ふたりの腕の悪い料理人サム・シャーキー:フランシス・エガートン
       〃         ベン・ベニー   :グレーム・ブロードベント
 職長ヘル・ヘルソン:ジェレミー・ホワイト  
 4つのカブ~アンディ・アンダーソン:ニール・ギレスピー 
  〃 ペート・ペターソン:ニール・グリフィス 
  〃 ジェン・ジェンソン:クリストファー・ラックナー
  〃 クロス・クロスファルソン:ジョナサン・コード
 農夫ジョン・シェアーズ:ロドリック・イール
 西部組合の男:ヘンリー・モス  犬フィド:リリアン・ワトソン
 二匹の猫モペット、パペット:パメラ・ヘレン・ステフェン、レー・マーリン・ジョンソン
 3人の木こり:ジョナサン・フィッシャー、クリストファー・ケイト、ジョン・ウィンフィルド
 その他、ブルース・カルテット、ヘルソンのとりまき・・・・・

  リチャード・ヒコックス指揮 ロイヤル・オペラ管弦楽団/合唱団
    
              

             (1999.4 @ロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場)



                     
ベンジャミン・ブリテン(1913~1976)のオペラ第1作。
16作あるオペラ作品のスタートは、1941年、アメリカ滞在時代。
世はまさに、世界大戦中のこの頃、ブリテンは戦争を心から憎み、反戦忌避でもって、アメリカに滞在し、英国に戻ることをしなかった。
その行為は、のちに良心的兵役拒否として帰国後認められるなど、その生涯を通じた反戦平和の姿勢を浮き彫りにするものでした。

当時、アメリカにやはり滞在駐留していた詩人・作家のウィスタン・ヒュー・オーデンと知り合い、彼の台本によりアメリカ時代に作り上げたのが「ポール・バニヤン」。
オーデンも実は、ブリテンと同じく、あっちの恋愛嗜好だったことは、ここではあまり書く必要はないでしょうし、生涯のおトモだち、ピアーズはすでにお友達状態だったけれど、ここでは登場してなかったことが意味シンですが、これはまた触れるまでもないですね。

「ポール・バニヤン」とは、アメリカの大地のクリエーターとして伝承される存在で、身長8mの巨人の木こりのこと。青い牛ベイブをいつも連れていて、アメリカの山や湖、川も彼が創成したというおとぎ話があるそうな。

ブリテンとオーデンは、アメリカに在住し、その感謝もこめて、そのアメリカが世界に希望を与えるような内容としたオペレッタを作り上げたのであります。
アメリカに人々の心の中にある、自由やフロンティア精神、融和などの感情の象徴のように扱う主人公「ポール・バニヤン」は、実物が出てこずに、語りだけで登場するのです。
そして伝説中の人物としての創造者としてプロローグで生い立ちが語られ、本筋のオペラでは彼と共存する人間たちが自立してゆく様を20世紀を舞台にして描かれております。

時、まさに第二次大戦中、このような陽気なアメリカが生み出されたことは、やはり驚きで、悲壮感漂う日本の当時を考えるとやはり物心両面で上回っていたのだと思わざるをえない。
もちろん日本のように神代の歴史を持たないアメリカの大地創成物語は、かなりおおざっぱで、神話の域には達していないのですが、ともかく明るくてダイナミックな存在であります。

この作品の前、すでに「イリュミナシオン」や「シンフォニア・ダ・レクイエム」をはじめ主な管弦楽・協奏曲作品を完成させていたブリテンは、多彩な音色や響きの管弦楽手法や、詞と歌との巧みな融合など、後年さらに磨きのかかる独特の作風をこの初オペラ作でも十分に見出すことができます。

ここので特徴は、アメリカンテイスト。
冒頭からコープランドを思わせる、そうアメリカの大地の目覚めのような原初的な響きが聴かれます。その後も、こうした雰囲気は、夜は更ける場面、朝が目覚める場面などに感じ取ることができます。
 それと、このオペラの進行役、ナレーターが各処で歌う小粋なバラッドは、ギターとヴァイオリンを背景に、それはもうサウス・アメリカンの雰囲気満点。
さらにブルースもあり、ゴスペルもありです。

もちろん、クールなブリテン・サウンドも満載でして、ハープやピアノの絶妙な使い方、後に虜となる東洋風の音の運びも確認できました。

このように、その音楽はアメリカンでユニークであるとともに、しっかりブリテンの刻印が押されておりまして、3年後の「ピーター・グライムズ」のその合唱=群衆の集中的心理の圧倒的な効果の萌芽を見る思いです。

さらに、ブリテンならではの男声重視。
狂言回しは軽妙なテノール(ナレーター)だけど、陰りを持ち、最後は舞台を引き締めるやくわり簿記係リンクスリンガーは、おそらくピアーズが似合いそうなスッキリ系かつ少しダルなの英国系テノール。
素晴らしいアリアも準備されてます。
あとは、複数の性格テノールにバリトン。
女声は、ポール・バニヤンの娘のソプラノに美しいモノローグが用意されてますが、若い男女のカップルの扱いで、女声のほかの諸役は動物役で、舞台に奥行きを与えるようなロールで、決して主役級でないのです。

Paul_bunyan

プロローグ

森林。古木が生まれてこのかた、ずっとここにとどまっていると歌い、若い木たちは、もうたくさんだ、新しい世界を、と歌う。
そこへ、3匹のガチョウが、もうじき青い月の日に、ポール・バニヤンが生まれるよ、と歌う。
彼は、森に夢と行動する力、大地に新しい生命をもたらすのよ、と。

ナレーターが、ポール・バニヤンの生まれたくだりと、日に6インチ背が伸び、8歳ににしてエンパイアステートと同じ高さになった云々と陽気に歌います。
そしてポール・バニヤンは、青い牛とともに、南に向かって進みます。

第1幕

第1場 森のなか


ポール・バニヤンは、新しいアメリカを作り出すため、かれとともにする開拓者を募集します。
まずヨーロッパ各地に木こりを求め、さっそく木こりたちがやってきて元気に歌う。
そしてボランティアとして農夫も求め、最適の連中が集まります。
そこへ組合の男が電報を持ってきて、それはスゥエーデン王からのもので、自国に最適の伐採主がいると案内がきて、さっそくその人物ヘル・ヘルソンがやってきて加わります。
さらに、料理人ふたりもジョイン。
旅人のインクスリンガーが到着しますが、無報酬と聞くと空腹で一文無しなのに、参加を断って去りますが、ポール・バニヤンは、きっと帰ってくると予見します。
料理人たちは、彼ら人間たちとの友好のため、一匹の犬と二匹の猫を一緒に仲間にすることを提案します。
またあらわれたインスクリンガーは、やはり空腹。簿記係のポストを得ます。

ナレーターが、ポール・バニヤンが自分に見合う妻を探し、結婚し、そして娘ティニーが生まれますが、間もなくティニーの母は亡くなってしまった・・・と歌います。

第2場 キャンプにて

ポール・バニヤンがキャンプを留守にしているあいだに、働き手から料理人たちへの不満が爆発します。毎日、スープと豆ばかり。インクスリンガーは、君たちの料理は素晴らしいがせめて月イチでも違うものをやってくれないかと頼むが、料理人たちは怒って出ていってしまう。
そこへ現れたのがカウボーイの、ホット・ビスケット・スリム。
インクスリンガーは、彼に料理ができるか聞くと、いろんなものが作れるの一言に、即、仲間入り。
 ポール・バニヤンが、傷心の娘とともに帰還。
インクスリンガーは、ひとり、自分の人生は無駄ではないのか・・などと複雑な胸の内を歌います。(この歌はなかなか素晴らしい)
 さらに、ティニーは、母への思いを悲しく歌います(この歌もまた素晴らしいもの)。
そこへ、スリムが出てきて、料理の手伝いをティニーに乞い、彼女も気安く請け出てゆきます。

ポール・バニヤンは、インクスリンガーに、留守中のことを尋ねると、ヘルソンが思いこみすぎることと、あまり良くない仲間といること、何人かの木こりが、仕事に飽きてきて、農業でもやってみたいと思っていると話します。
インクスリンガー、君はどうだの問いに、わたしは全然問題ないですと答えますが、ポール・バニヤンは、わかっているよ、君の気持は、きっと思いがかなうからしばらく待つことだ、と語りは、二人は信頼を交わすようになります。

第2幕

第1場 森からの撤退


ポール・バニヤンは、木こりたちに、自分と一緒に肥沃な土地に向かい、農業に舵をきることを語ります。開発はあらたな状況に入ったと、それは、心から要望する大地なのだと。
森からの撤退にあたり、片づけ部隊としてヘルソンとその4人の仲間を命じます。
その4人は、ヘルソンに、ポール・バニヤンとインクスクリンガーへの反乱を起こすように持ちかけるが、ヘルソンはそれを嫌い彼らを追い出します。
その夜、ヘルソンは、青鷺の声、月、夜のしじま、カブトムシやリスなどの声に悩まされます。それらは、ヘルソンが失敗の道を歩んだとと口々に歌うのです・・・・。
犬のフィドは彼を慰めようとしますが、ヘルソンはフィドを追い払ってしまうし、猫たちは、それを見て、自分たちが犬のように感傷的になれないことを歌います。
 ポール・バニヤンが、ヘルソンに友よ、と声掛けをしますが、錯乱ぎみのヘルソンには聞こえず、飛び出していってしまいます。
 一方、若いティニーとスリムはすっかりいい仲になって愛らしいラブソングを歌ってます。
そして人々のなかに、氷のように冷たくなったヘルソンが運ばれてきます。
人々は、てっきりヘルソンが殺されてしまったと思い、思いきり哀しい葬送の合唱が歌われる。。。。ものの、ヘルソンが、ここはどこ?的に起き上がり、一同は驚愕とともに、大いなる歓喜に包まれます。
ポール・バニヤンとヘルソンの仲直りと一同が一心一体となり、あらたな発見と門出を歌います。なかなかに感動的な音楽です。
そのあとは、またまたナレーターが登場し、軽妙な歌を聴かせます。
 アメリカがどんどん豊かに進化してゆくさまを大はしょりで。
そして季節は冬、ポール・バニヤンともお別れ。クリスマス。

第2場 クリスマス・パーティ

人々は、楽しく大騒ぎ、ご馳走も一杯だ。
インクスクリンガーが場を取り仕切り、いろいろと目出度い報告を。
マンハッタンでのティニーとスリムの結婚、アメリカ連邦の公共工事のプランニングにヘルソンが参加しワシントンで活躍するであろうことなど。みんな大喜び。
そこへ、また組合の男が自転車で電報を運んでくるので、聴衆もここではクスクス笑い。
ハリウッドからインクスクリンガーへの電報、それは映画会社の技術アドバイザーとして招聘だった。舞い上がるインクスクリンガーへ皆が讃え喜びます。
そしてインクスクリンガーは、最後に、私たちのもとを去るポール・バニヤンに、その悲しみを涙をこらえつつ、言葉を求めます。
一同は祈りの歌を口々に歌い、インクスクリンガーの「あなたはいったい誰だったの?」の問いに、ポール・バニヤンは答えます。
「夜が昼になるとき、夢が現実になるとき、わたしは常に共にいる。わたしは道であり、行動である」と。

                     幕

海外WIKIとCDリブレットとを格闘しながら、概略を書いてみました。
多少の齟齬はあしからず。

アメリカのフロンティア精神と友愛、勇気、チャンレンジ魂などを明るく、大きなスタンスでユーモアも交えて捉えた内容といっていいかもしれません。

最後の、ポール・バニヤンのちょっとしたスピーチを掲載しておきます。

  Ever day America's destroyed and recreated,

    America is what you do,

 

    America is I and You

    America is what you choose to make it


戦時滞在で、世話になったアメリカへのブリテンとオーデンのアメリカ讃歌でしょうか。

このあと、ブリテンは英国へ帰国し、復帰するのでありますが、次のオペラは3年後の「ピーター・グライムズ」。
オペレッタから、シリアスな社会派オペラに。
風刺の効いた楽しいオペラは、また少し間をおいて、「アルバート・へニング」として登場します。
その後も、時代寓話やシェイクスピア、キリスト教劇などなど、多面的なオペラを生みだしてゆくブリテンなのでした。

Hicox

今日のCDは、1999年にレア上演されたときのライブ音源。
ヒコックスの情熱が生んだたまもので、舞台の楽しさと聴衆の存在を間近に感じる、まさにライブ感満点の素晴らしい演奏でした。
歌手も、グリットンやコールマン・ライト、K・ストレイトなどなど、実力者揃いで、ほんと楽しかった。
2年ほど聴きこんで、ようやく記事にできました。

ブリテンのオペラシリーズは、あと5つです。

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2012年12月29日 (土)

ディーリアス 「告別の歌」 ヒコックス指揮

Mikimoto_winter

古木を利用した、まるで大海をゆく鯨かシャチのようなモニュメント。

クリスマス期間に撮ったものです。

Mikimoto_winter_2

クリスタルな結晶がとてもうまくできてます。

冷たいけど暖かい。

そして海の波と自然、冬を思わせます。

日本人的な感覚を感じました。

Derius_hichkox

  ディーリアス   「告別の歌」

              ~Songs of Farewell

      リチャード・ヒコックス指揮 ボーンマス交響楽団
                       ボーンマス交響合唱団

                     (1993.2 @プール)


ディーリアス・イヤーだった今年(1862~1934)だが、際立った企画や新譜はなかったように思う。
EMIが、ディーリアスのボックスを出したようだが、ほぼすべて持ってるし、なによりもあんな格安に、自身のレーベルの宝を安売りすることはないだろうに、と思っていた。
しかも、和訳のテキストがなくては、その面白みは半減。

レコード時代末期、ターナーの茫洋たる水彩画をジャケットにしたディーリアス・シリーズがそのもとになっているのですが、そこでは、英国音楽、ことにディーリアスの守護神のような三浦淳史さんの名解説が付されていて、その詩的かつ思い入れの豊かな文章は、いまでも、私のディーリアスを始めとする英国音楽の印象として、忘れがたいものの数々です。

ディーリアスの体系的な録音の流れは、まずはそのEMIに始まって、いまはナクソスとシャンドスのふたつのレーベルのものにある。
ヒコックスの死により途絶えたかにみえたそのシリーズは、アンドリュー・デイヴィスがしっかりと後を継ぎ、実は今年も何種か出ているが、気になりつつも購入はできない状況なんです。
英国系のレーベルの初盤は高額ですからね。

1925年頃から四肢の麻痺や失明に冒されていたディーリアスが、晩年にさしかかった、1930年、弟子のフェンビーの助力もありつつ完成した。
ディーリアスの境遇に感化し、半ばボランティアのように、そして全霊でもってつくしたエリック・フェンビーは、師ディーリアスの口述を受けて、師の思いを音符に残していった。
わたしたちが、ディーリアスの音楽を万遍なく聴けるのはフェンビーあってのものなのです。

ディーリアスが若いときからずっと読み愛した、ホイットマンの「草の葉」をテキストにしております。

以下、手抜きですが、以前の記事をそのまま貼ります。
あの頃も今も、同じ思いですから。

 1.黙って過去をたどっていくことの楽しさよ・・・。

 2.何か大きなクチバシの上にいるかのようにたたずんで。

 3.君たちのところへ渡っていこう。

 4.喜べ、同舟の仲間よ!

 5.さあ、岸辺に別れを・・・・・。

いずれも、静的でしみじみとした雰囲気をたたえ、オーケストラはディーリアスらしい、儚くもいじらしい背景づくり。フォルテやアレグロの場面も少なく、起伏も少ない音楽だが、合唱に励まされるようにして18分あまりの全曲を一気に聴いてしまう。

海が大好きだったディーリアスは、晩年失明し四肢が麻痺しても、海の雰囲気を味わう場所に出かけたらしい。

この曲の主役も実は寄せては帰す「海」ではなかろうか?

終曲の弦の海のうねりのような繰返しの音形が、徐々になだらかになり、その上に、合唱が「Depart・・・・」と歌いつつ静かに曲を閉じる。

ディーリアスが海に心を託した、「人生への告別の歌」であろう。

海の見える窓から、夕日を眺めながら楚々と聴いてみたい。

ヒコックスのかっちりとした音楽造りは、ディーリアスにはどうかと思われたものですが、こうして残された演奏家らは、なによりも合唱・歌に対する愛情と細やかな手作り感を思わせる点で、際立っていると思いました。
もっと多くを聴きたかったヒコックスの指揮です。

今年もあと2日です。

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2012年12月12日 (水)

ディーリアス 「そり乗り」冬の夜 ヒコックス指揮

Shinjyuku2012_a

某所のショーウィンドウ。

早くも30%オフが見えますね。

閉店間際のスーパーの値引きは、それをねらう巧みなオヤジとなりました。

クリスマスシーズンのこんなディスプレイが大好き。

値引き商品をあさる一方、いつまでも夢見るオヤジなのでした。

Delius_hikox

  ディーリアス  そり乗り~冬の夜

 リチャード・ヒコックス指揮 ノーザン・シンフォニア・オブ・イングランド

                (1985.9 ニューカスル・アポン・タイン)


ディーリアスのアニバーサリー(生誕150)だった今年も、あと半月あまりを残すのみとなりました。
相次ぐ寒波で、雪の多い地域はさぞかし大変なことと存じます。
こちら関東も連日寒いです。
手袋に、パッチは必須です。

そんなディーリアス・イヤーも、静かな盛り上がりで、あまり大ごとにならなかったのがうれしい。
英国音楽、ことにディーリアスやフィンジは、ひとり静かに、そぉっと聴くのがよろしい。
かくいう私は、ブログで大宣伝をしちゃってるから何ともいえませんが、きっとここで知ることとなった彼らの音楽は、どんな方でも、静かに楽しんでいただいていると思うんです。
これからも、そんな寄り添うように、心のひだにしみ込むような音楽であり続けて欲しいと思います。
英国系の音楽には、こうした嗜好が多くありまして、やはり島国としてのメリハリある季節感や永年の独立性なども、われわれと同じ志向を感じます。

「そり乗り」は、私が中学生のとき、いまを去ること40年近くむかしに、ディーリアスを知ることになるきっかけとなったビーチャムのレコードによって聴いた曲。
その時の思い出は、本ブログ初期の恥ずかしい記事にしたためてあります。 →こちら

この曲は、そのタイトルにあるように、楽しく、そして明るいです。
冬の遊びの楽しみ、そり遊びは、雪国でないわたしのようなものでも、きっと面白いのだろうなと想像できますが、たぶんそんな想像どおりの音楽。
冒頭、鈴がシャンシャンとなり、ピチカートに乗り、軽快なピッコロがその高鳴る喜びの高揚感を演出し、やがて爆発的な歓喜へと音楽は膨らみます!
6分程度の音楽ですが、中間部ではしみじみとした暖炉端の様子をも思わせるような静かな場面もあります。

誰でも、これは素敵って思える冬の音楽のひとつだと思いますね。

20代の若いディーリアス。
実業家の父親に命じられアメリカのプランテーションで修行したものの、音楽への情熱冷めやらず、懇願して留学したライプチヒでの音楽三昧の日々。
北欧旅行もして取りつかれた彼の地の風物。
そしてライプチヒで知り合ったシンディングやグリーグ。
そんな中で生まれた「そり乗り」です。

北国テイスト満載の素晴らしい音楽です。

御本家ビーチャムではなく、今日は4年前の11月23日に亡くなったヒコックスと、80年代手兵のノーザン・シンフォニアで。
明快で、曇りない冬晴れのようなバリッとした演奏でした。

まだまだ、日々いろんなことの起きる12月。

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