カテゴリー「アメリカ音楽」の記事

2015年8月 8日 (土)

19世紀アメリカ・ピアノ作品集 越山沙璃

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暮れどきの東京タワー。

この暑い時期の夕暮れは、淡くて、くっきりとした冬の夕焼けとも違って、とても美しいのです。

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ゴットシャルク、マクダウェル、スーザ 19世紀アメリカ・ピアノ作品集

         ピアノ:越山 沙璃


  ゴットシャルク  「バンジョー」
             「プエルト・リコの思い出」

  スーザ       「ワシントン・ポスト」
             「海を越えた握手」

  マクダウェル    『2つの幻想的小品』
                「物語」、「魔女の踊り」

  ゴットシャルク  「アンダルシアの思い出」
             「バナナの木」

  マクダウェル    『忘れられたおとぎ話』
                 「王子の戸外での歌」、「仕立屋と熊」
                 「薔薇の園の美女」、「妖精の国」

  スーザ       「忠誠」
             「星条旗よ永遠なれ」

  マクダウェル    『森のスケッチ』
                 「野ばらに寄す」、「鬼火」、「昔ひそかに会った所で」
                 「秋に」、「インディアンの小屋から」、「睡蓮に寄す」
                 「リーマスおじさんの話から」、「荒れ果てた農園」
                 「草原の小川のほとり」、「日暮れの語らい」

  ゴットシャルク   「ユニオン~国民歌による演奏会用パラフレーズ」

                    (2015.6.15 @岸和田 むくの木ホール)


いつもお世話になってますEINSÄTZ RECORDSさんの、APPLAUDIRレーベル新録音第2弾、アメリカのピアノ音楽を聴きました。

第1弾は、金田仁美さんによるビゼーのピアノ作品集でした。
そして、今回は、19世紀のアメリカのピアノ音楽という、極めてユニークな1枚です。
これには、唸りましたね。
しかも、ピアノを弾いてるのが、関西を中心に活躍するピアニスト、そして、モデルでもある越山沙璃(こしやまさり)さん。

彼女の経歴を、CDからお借りして簡単にご紹介しますと、幼少期をロサンゼルスで過ごしたあと、15歳で、さらに渡米し、カリフォルニア州立大学音楽部にて学び、帰国後は、神戸山手女学院大学音楽部にて、さらなる研鑽を積み、演奏活動とモデル活動の両輪でがんばってます。
CDのジャケットも音楽とマッチングしたお洒落な1枚だし、リブレットには、モデルとしての彼女のお写真も、多数掲載されてますよ。

 さて、一般に、アメリカのクラシック音楽というと、ガーシュインに始まるジャズとの融合や、コーポランドのような土着音楽を取り入れたものなど、ヨーロッパにない、いわゆる「アメリカ音楽」を思い描きますね。
それ以降の、ユニークなアイヴズや、ロマンティシズムに傾いたバーバーやハンソン、そしてシリアス系のシューマンやピストン、バーンスタイン・・・・という系譜が思い浮かびます。
あとは、ミニマルとか、アフリカっぽいものなどが、後続するわけですが。

 しかし、これら20世紀以降に確立した、「アメリカ音楽」としてのカラーリングですが、その前、ヨーロッパそのものの音楽しかなかった18世紀とに、挟まれた19世紀に、脱ヨーロッパの「アメリカ音楽」の創世記に活躍した作曲家も多数いました。
 その時代の代表的な3人が、このCDに収録されている、ゴットシャルク(1829~1869)、スーザ(1854~1932)、マクダウェル(1860~1908)です。

ゴットシャルクは、ニューオーリンズ生まれ、ヨーロッパに渡り、名ピアニストとして名を馳せたあと、帰国後は、中南米から北米にかけて楽旅して、その風物に則した、ピアノ作品を主とした作品を残しました。
カリブの風を思わせる爽やかさや、快活さ、そして、ちょっとアンニュイな、ヨーロピアンな雰囲気、たとえばショパンの顔もちらほらするような、そんなユニークな作品たちでした。
南国風の交響曲や、オーケストラ作品もあるので、いずれ聴いてみたいです。
 この越山さんのCDでは、冒頭と中間と最後がゴットシャルクで締められてます。
その1曲目、「バンジョー」からして、いきなり耳と身体が惹き付けられちゃいました。
技巧的な作品だけれど、バンジョーという陽気な楽器をいかにも思わせる楽しさを感じ、ノリノリですよ。
越山さんの、技量も舌を巻きます。よくぞこんなに指が廻るもんだと♪
だんだんと、クレッシェンドして熱くなってゆく「プエルトリコの思い出」も楽しくも、物悲しいし、南国のショパン風の「アンダルシア」もいい感じです。
こんな多様なゴットシャルクの作風を、越山さんは鮮明に弾きだしてました。
 ちなみに、ゴットシャルクさんは、齢40にて早世してます。

スーザは、いうまでもなく、「マーチ王」として、行進曲ばっかりのイメージが強烈です。
もちろん、「星条旗・・・」は、アメリカの第二国家のような存在になってますが、それらを、作曲者自身の編曲でピアノ作品として、ここに聴くのも、面白いものでした。
元気一杯すぎる、吹奏楽やオケバージョンと違って、弾むリズムが、心地よいスタッカートで引き立ち、気分よろしく、越山さんのはぎれのいい演奏が、実にオツなものなんです。
 スーザは、ワシントン生まれ、ヨーロッパ人の血を持ちながら、アメリカに完全特化した人ですが、行進曲以外にも、オペラレッタも多数あるものの、その音源はまったくありません。。

マクダウェルは、かつて、2曲あるピアノ協奏曲をこちらでとりあげました(→)
 

ニューヨーク生まれで、アイルランドとスコットランドにルーツを持ち、フランスとドイツに学び、このCDの3人のなかでは、一番、ヨーロピアンな雰囲気を持つ人です。
ラフやリストに接し、ヨーロッパ本流の流儀を身に付けたマクダウェルは、帰国後、母国の民謡の採取や研究に勤しみました。
 その結実が、このCDにたくさん収録されている小品たちです。
個々にコメントをすることはできませんが、それらのタイトルを読んだだけで、その作品の持つ、詩的で、ロマンティックな雰囲気を読みとっていただけると思います。
 陽気なスーザのあとに、こちらのマクダウェルを聴くと、そのしっとりとした温和で柔らかな世界に心が和みます。
一転、越山さんのピアノも、女性的で、優しいタッチも美しいです。
親しみにあふれた「忘れられたおとぎ話」、草原や、野辺、河原など、ナチュラルな風景をも心に浮かんでくるような「森のスケッチ」。
 いずれも、ステキで愛らしい作品ばかりで、ピアノを聴く喜びも感じさせてくれる越山さんの演奏です。
 これらの曲を聴いていて、グリーグの抒情組曲や、小品集を思い起こしましたし、イギリスの作曲家、アイアランドのピアノ作品にも相通じる優しい世界を感じました。

このマクダウェルさんも、早世で、馬車にはねられてしまったことが要因で、48歳で亡くなってしまいます。
前にも書きましたが、この方が、もう少し活躍できたら、ハリウッドが迎えたコルンゴルトらの亡命作曲家たちが造り上げた、保守的な後期ロマン派の系統ともつながった可能性があったかもしれません・・・・。

 CD最後におさめられたのが、ラストを飾るゴットシャルクの大曲ですが、アメリカ国歌も扱われ、愛国の志しと、静かな情熱、そして華麗さとが相混ざった桂曲でありました。
1枚のCDで、一夜のコンサートを楽しんだような気分になる、そんな一貫した流れも感じさせるプログラムの妙と、越山さんのアメリカ音楽にかける思いを感じさせる演奏にございます。

まだまだ若い、越山沙璃さん、これらの曲をますます極めて、これからもアメリカ音楽の楽しさをどんどん発信して欲しいと思いましたし、シューマンやショパン、グリーグも聴いてみたいものです。

今年、6月の出来たてホヤホヤの演奏を楽しませていただきました。
雰囲気あふれる録音と、CDの装丁も素敵なものでした。
大阪発のEINSÄTZ RECORDSさんのAPPLAUDIRレーベル、今後の展開が楽しみです。

是非、聴いてみてください

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2015年7月11日 (土)

神奈川フィルハーモニー第311回定期演奏会  川瀬賢太郎指揮

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久しぶりの金曜夜の神奈川フィル定期。

それでも、まだ明るくて、これまた久しぶりのお日様は、西日が眩しいのでした。

県民ホール定期の最愛のプッチーニ、音楽堂のハイドンと、2回欠席してしまい、これまた久しぶりの神奈川フィルです。

今宵は、ドヴォルザークと、アイヴズ。

一見、まったく関係のない二人の作曲家ですが、アメリカというキーのもと、前半に「新世界」、後半にアイヴズの交響曲という、実に秀逸なるプログラム。

若きマエストロ、川瀬さんが、是非とも聴かせたかったというこの組み合わせです。

夕日が沈むように、調和の和音が消えるように終る前半と、賑やかな中に、意表をついて不協和音一発で終る後半。
 これもまた、鮮やかななる対比でございました


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      ドヴォルザーク  交響曲第9番 ホ短調op95 「新世界より」

   アイヴズ      交響曲第2番


           川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.7.10 @みなとみらいホール)


まず、苦言をひとつ。
楽員さんが登場し、いつも拍手でお迎えして、みなさんのご挨拶から始まる恒例の定期。
ホールは静まり、指揮者の登場を待ちうける静寂に聴こえはじめた、ピッ、ピッという時を刻むようなデジタル音。
ん? 私の席の斜め後ろの方からする。
曲が始まっても、いや、最初から最後まで、静かな場面ではずっと気になって仕方がなかった。
 周りの皆さんも等しく苦言を呈してました。
休憩時に、事務局さんを通じて、この件をお話しして、調査していただき、後半には解決したのですが、メトロノームの電子音だったそうな。
ご本人は気がつかなかったのだろうか?また、何故にメトロノームが作動?
まったく論外のこと、多少の雑音は目をつぶるにしても、今回に関しては、とんでもないこととして、猛省を促したい!

 さて、気を取り直して、「新世界」。
先の雑音を耳から取り除くようにして、ステージ上の熱演に集中。

いゃぁ~、こんな本気の「新世界」、久しぶりに聴きました!

聴衆も、オーケストラも、互いに、聴き古し、演奏し尽くした名曲中の名曲。
でも、若き川瀬さんの、情熱溢れる指揮ぶりと、新鮮な切り口が、活力あふれる、まさに、ニュー「新世界」といっていいくらいの名演を築きあげることとなりました。

時間を測ったら46分。1楽章の繰り返しを行ったこともありますが、ともかく丁寧に歌い上げ、細部にも目を凝らした結果、その演奏時間だったのではないかと思います。
 それでいて、意図的であったり、恣意的であったりといった感じは、まったく受けることなく、指揮者の感じたままの感性が素直に、そのまま音になって奔出してくる、といった風情なのです。
 強弱のダイナミクスが豊かなこと~弦がサッと静まり、木管の主旋律がふわっと浮かんできて、この曲ならではのしみじみとした魅力が引き立ちます。
 ヴィオラやチェロの内声部にも気をつかい、ときに浮き上がらせ、思わぬ表情が聴かれることもしばしば。
 そして、なんたって、ラルゴのイングリッシュ・ホルンの、懐かし感は、この音楽のイメージそのもの。ここで、こんなに感激したの久しぶり。
ソロの方も、見事で、演奏後、喝采を浴びてましたね。

 ボヘミアを感じさせた3楽章のトリオは、まさに舞曲で、体も動きそう。
そして、決然と、颯爽と、そして、疾走感も、高揚感もたっぷりあった終楽章。

褒めちぎっちゃいましたが、ともかくナイスな「新世界」だったんです。
楽員さんたちの、夢中の演奏ぶりも印象的でした。

あの不愉快な音も、忘れちまいました。

 休憩後は、アイヴズ。

新世界が1893年。アイヴズの2番が1900年。
その7年の年月が、まったく短く感じた、今回のアメリカ・テーマの聴き比べ。

 生命保険会社のサラリーマン・経営者として、ニュー・ヨークに在住を余議なくされながらも、故郷コネチカットを想い続けたアイヴズ。
マーラーと同じくして、曲中に、故郷で聞いたマーチングバンドや賛美歌、民謡などがごった混ぜになって挿入されるその作風。

ライブで聴くと、オーケストラが何をやってるか、どの奏者がソロを奏しているかがよくわかって、錯綜したアイヴズの音楽が、すっきりと整理されて耳に届きました。
 それも、この曲に熱意をかけた川瀬さんの献身的な指揮ぶりと、神奈川フィルのクリアーで透明感あふれる音色、そして、ベテランと若手の素晴らしいソロがあってのことかも。

ともかく面白かった。
CDで聴くと、1~4楽章は流し聴きしてしまい、終楽章で覚醒する感じなのですが、今回は、5つの楽章が、互いに関連性を持ちつつ、最後の不協和音の一音に向かって積み上げられているのを受け取ることができました。

分厚い弦の響きが楽しめた第1楽章。
何故か、マーラーの6番のフレーズを思い起こしてしまった第2楽章では、リズム感がとても豊かで、川瀬さんのジャンピングも決まってましたよ。
小山さんの奏でるオーボエ、江川さんのフルートに橋渡しされる旋律も可愛い。

緩除楽章たる3楽章の、アメリカの方田舎を思わせる、夕暮れ時のしみじみ感。
山本さんの情感あふれるソロも聴けます。
ほのぼのして、体の余分な力が抜けていく感じでしたね。

次ぐ4楽章は、最初の楽章の回帰では、弦ばかりでなく、フルオケ。
一転して、明るく楽しげな、終楽章。
川瀬さん、弾んでましたぜ。
お馴染みの旋律がちょこちょことと顔をだし、ホルンから、これまた懐かしい調べが。
実加ちゃんの艶のあるホルンを聴いてて、何故か、フンパーデインクの「ヘンゼルとグレーテル」を思い起こしてしまいました。
休みなく、いろんな表情を交えつつ、木管群の巧さも炸裂、金管も分厚く入ってきて、太鼓やスネアも効いてます。
石田さんは、腰を浮かせ、となりの崎谷さんも熱い演奏ぶり。
 そしてですよ、曲はまたしみじみ調に。
フルートのオブリガートを伴いつつ、チェロのふるい付きなるような素敵すぎるソロが。
ずっとずっと聴いて、浸っていたかった山本さんのチェロです。
 そんな気持ちをひきはがすように、曲はずんずんと、お祭り騒ぎに突入し、不協和音一発で終了。

あ~、楽しかった。

お客さんの反応も上々で、みんな集中して熱心に聴いてたし、アイヴズって、こんなに面白いのって、きっと思える曲に、演奏でした。

神奈川フィルの定期は、今回で夏休みに。
サマーミューザでも、アメリカものやるから、平日昼だけど、行こうかな

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2014年11月22日 (土)

東京都交響楽団演奏会 マクリーシュ指揮

Geigeki

東京藝術劇場、ロビーの天井ですよ。

お友達にお声がけいただき、東京都交響楽団の定期演奏会に入ってまいりました。

翌日の、尾高&読響のエルガーは、都合により行けなくなって、がっかりしていたところ、ありがたきことでした。

渋いプログラムでしたが、その豊かなバラエティと、ひとひねりした選定に、とても満足できたコンサートでした。
あらためまして、ありがとうございました。

Tmso_201411

  コープランド    「アパラチアの春」

      
              ~13楽器のためのバレエ(原典版)~

  R・シュトラウス  13管楽器のためのセレナード op7

  メンデルスゾーン 交響曲第5番 「宗教改革」

               (ホグウッド改訂版第2稿)

    ポール・マクリーシュ指揮 東京都交響楽団

       
                     (2014.11.21@東京藝術劇場)


急逝してしまった、クリストファー・ホグウッドに替わって、同じプログラムを引き継いで、日本初来日を果たしのは、同じ英国の古楽系の指揮者、ポール・マクリーシュ。

ホグウッドは、古楽演奏のはしりの頃、その学究と鍵盤も含めた演奏力の高さで、管弦作品を多くとりあげ、革新を築いておりました。

そのふた世代ほど後輩になりますマクリーシュ氏は、すでに定着した古楽演奏のなかでも、声楽を中心とした作品に、あらたな旋風を吹きいれた名手であります。

モンテヴェルディから、ヘンデル、さらに最近は、ベルリオーズやブリテンまでもレパートリーにおさめ、躍進中。
ホグウッドもそうでしたが、最近の古楽系の演奏家たちは、音楽ジャンルの垣根はなく、近現代ものまでも、幅広く演奏するようになりました。

 そんなわけで、ホグウッドが得意にし、またCDにもなっているコープランドは、室内編成のものが原典版で、今回は、大きなホールでの演奏に不安を覚えましたが、都響のトップ奏者たちの精緻なアンサンブルを得て、マクリーシュさんは実に丁寧に、そして透明感豊かな桂演を披露してくれました。

 フルート、クラリネット、ファゴット、ピアノ、第1ヴァイオリン2、第2ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス1の13人編成。

いつも聴く、オケの組曲版は、この原典版のだいたい3分の2ぐらいがチョイスされているといいます。
聴きなれない場面も多くありましたが、総じて、コープランドらしい、平明で、優しく、そして懐かしいムードにあふれてまして、オケ版でもそうですが、わたくしは、この曲を聴くと、西部時代のアメリカの光景を思いうかべてしまいます。
 そんな思いを頭に浮かべながら、この演奏を楽しみました。
長い曲(37分)になりましたが、やはりシェーカー教徒たちの聖歌、「シンプルギフト」の登場を心待ちにしてしまう。
そして、それは、とても豊かに演奏され、こちらの気持ちを、大いにほぐれ、心は、曲とともに静かに解放されていくのでした。

 ここで休憩が入り、今度は、管楽アンサンブルでのR・シュトラウス。
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4。

ホルンを愛したシュトラウスならではの曲でもありますね。
10分ほどの可愛いサイズですが、17歳の若書きにかかわらず、落ち着きと、ほのぼのとした暖かな雰囲気の曲であります。
危なげのない都響のウィンドセクションですな。
合唱の指揮にも長けたマクリーシュさんですから、よくブレンドされた素敵な響きが、この大きなホールを満たしていきます。
清朗かつ清々しい曲に演奏でした。

出を控えた舞台袖から、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が聴こえてきて、思わず笑顔になってしまいました。
お隣と、これは、雰囲気作りねと会話(笑)

そして、「宗教改革」ですよ。
ようやくオーケストラが勢ぞろいで、ティンパニはバロック仕様。
対向配置をとりました。
 そして、目立つのが、トロンボーンとコントラバスの間に陣取った、「セルパン」という楽器。

Serpent

こちらは、都響さんのサイトからお借りしました。
セルパン演奏の第1人者、橋本晋哉さん。
 セルパンは、古楽器のひとつで、グレゴリオ聖歌等、教会での宗教音楽の演奏に、音量補強用に奏されていたといいますが、わたくしは、初めてその存在を知りました。
フランス語で、ヘビっていうらしいですよ~~~(serpent)

メンデルスゾーンは、コラールが高鳴る終楽章に、この楽器を指定して作曲をしておりますが、通常は、チューバだそうな。

こんな、本格的なこだわりに、さらに、メンデルスゾーンが初演前に削除した音符を復元した、ホグウッド校訂版を選択するという珍しさ。

この曲は、どうしても「パルシファル」を思ってしまいます。
「ドレスデン・アーメン」があるから。
その場面が、少なめのヴィブラートで、しなやかに演奏されるのは、とても新鮮な聴きものでした。
マクリーシュ氏は、厳格なピリオド奏法を要求しておらず、響き合う音の競演を自ら楽しむかのような指揮ぶりに思いました。
英国指揮者らしい、中庸さも兼ね備え、スマートかつしなやか。
素敵な2楽章に、ちょっとアンニュイの3楽章もよかったですが、なんといっても、終楽章のコラールには、晴れ渡るような気持ちのいい思いを味わいました。
セルパン氏は、見ていると吹いていますが、全奏のときばかりなので、その存在が音としてははっきり確認できず残念。
 帰宅後、ネットで、橋本さんの解説と音を少し確認できて、なるほどの思い。

見聞を広めることもできた楽しいコンサートでした。

アフターコンサートは、こちらを紹介いただきました。

Opus

「Bar Opus」 音楽好きのマスターが、収集しているレコードをかけてくれます。

選んだのは、サヴァリッシュの「スコッチ」。

こんなレア音源ありまぁす!

もちろん、おつまみも、厳選されたお酒の数々も最高ですよ。

ご案内ありがとうございました。

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2014年9月27日 (土)

バーバー ピアノ・ソナタ 三舩優子

Nakanoshinbashi

ぼろいカメラですが、普通に橋の欄干に固定して、サッと写したら、こんな感じに撮れました。

中野の街から、新宿高層ビルを望む。

川は、神田川でございます♪

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   バーバー  ピアノ・ソナタ 変ホ短調

      ピアノ:三舩 優子

            (2009.8.6 @三芳町文化会館)


サミュエル・バーバー(1910~1981)のピアノソナタ。

初めて聴きました。

アメリカ、保守派のバーバーは、多作家で、交響曲からオペラまで、あらゆるジャンルに、そこそこの数の作品を残しております。

わたくしが、バーバーの音楽を初めて聴いたのは、いまや有名曲となった、ヴァイオリン協奏曲で、EMIが、シリーズ化した「アメリカ・ザ・ビューティフル」という音源シリーズの中の一環で、ハンソンの「ロマンティック交響曲」とカップリングされた、スラトキンの指揮によるものでした。

ハンソンも含め、郷愁と懐かしさを感じさせる作風は、現代を生きた作曲家として、かえって新鮮に思え、バーバーのイメージは、そのように自分のなかで定着していったのです。

その後に聴いてゆく、「弦楽のためのアダージョ」や「ノックスビル」なども、同じ延長線上に捉えました。
しかし、バーバーの音楽は、ノスタルジックな、ビューティフル・アメリカン一色ではなかった。
 交響曲や、他の協奏曲、オペラ「ヴァネッサ」などを聴き進むうちに、ロマンティックで簡明な側面に加え、シリアスで、ちょっと難解、シャープな顔を持ち合わせていることを認識するようになりました。

今回のピアノ・ソナタも、まさにそう。

4つのきっちりした楽章を持つ、古典的なフォルムのソナタで、第1楽章から調性がないようで、不安な雰囲気に気押されるけれど、バーバーらしい、というのもヘンですが、ふたつめの主題が旋律的で、ホッとしたりもします。
 スケルツォに相当する第2楽章は、2分あまりですが、めまぐるしくも可愛い感じ。
そして、深みを感じるアダージョの第3楽章は、かなり深刻な表情で、秋の日に聴くと、とても寂しい気持ちにさせてくれる。
何か、忘れものをしてきたみたいで、気がかりな感じ・・・
 名技性を要求される激しいアレグロの終楽章にも、どこか厳しさが先行し、不安な気分に押される感あり。
フーガ形式で書かれ、しかも複雑なリズムが錯綜し、素人のわたくしなんぞ、よくこんな音楽がばりばり弾けるな、と感心することもしきり。

しかし、どうだろう、ここに聴くバーバーの音楽は。

大好きな、ヴァイオリン協奏曲のノスタルジックなイメージにのみ自身の想いを限定していたにすぎず、交響曲や、ヴァネッサ、そしていま、このソナタを聴いた自分は、バーバーという作曲家を体系的に見直さなくてはならないと痛感してます。
 それは、まるで、バーンスタインの音楽を、キャンディードやミサ曲、交響曲をしっかり聴いて、自身の耳を再修正したことと同じように思う。

1947年、米作曲家同盟設立25周年に書かれた作品。
戦後、そして冷戦への不安など、まだまだ不穏な時代ですね。
この曲は、ホロヴィッツが初演し、そしてレコーディングもあります。
あと、クライバーンも好んだようです。

先日、バーンスタインの「不安の時代」で、共感のこもった見事なピアノを聴かせてくれた、三舩優子さんの、こちらのCD。
会場で買ったものです。
以来、何度も繰り返し聴いてます。
技巧の冴えもさることながら、4つの楽章のメリハリある描き分けと、濁りのない明確なその、ピアノの音に感銘を受けます。
鮮やかな終楽章に耳が行ってしまいがちですが、3楽章の灰色の世界に浮かぶ、ほのかな抒情に、いつものバーバーの顔が見え隠れしたりする、そんな優しい三舩さんのピアノがとても気にいりました。

ピアノ・ソナタ以外にも、バーバーの代表的なピアノ作品がたっぷり収録されてます。
晩年の透徹極まりない「バラード」や、ゆるやかな気持ちにしてくれる組曲「演奏」などなど。
またの機会に取り上げたいと思う桂品です。

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2014年9月21日 (日)

神奈川フィルハーモニー第302回定期演奏会 キンボー・イシイ指揮

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曇り空の涼しい土曜日、9月の神奈川フィル定期は、14時からの開始。

思えば、短時間のプログラムで、その分、たっぷり飲めました(笑)

でも、コンサート終了後は、心がとても暖かくなり、大きな何かに包みこまれたような気持ちにあふれました。

バーンスタインの音楽の包容力と、メッセージ性の強さを痛感したのです。

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  ガーシュイン    「キューバ序曲」

              「パリのアメリカ人」

  バーンスタイン   交響曲第2番「不安の時代」

          Pf:三舩 優子

    キンボー・イシイ 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

               (2014.9.20@みなとみらいホール)

8月は、グラズノフとチャイコフスキーの、真夏のロシアスペシャル。

9月は、ガーシュインとバーンスタインの、初秋のアメリカンプログラム。

いい感じの流れです。

来月は、コルンゴルトとエルガーの、わたくしの最大級のフェイヴァリット作曲家たちのプログラム。そちらは、自作の引用による作品たちと、20世紀中葉の頃の作品というくくり。

こうして、次々に、われわれ聴衆の感覚を刺激してくれるプログラムと、演奏の素晴らしさでもって、感動を与え続けてくれる神奈川フィルです。

3度目の定期登場のキンボー・イシイさん。
アメリカ、ヨーロッパ、日本で活躍中のイシイさんの作りだす音楽は、手堅くも明快、すっきり系で、神奈川フィルとの相性もばっちりでした。

そして、お得意のアメリカものです。

めったに演奏されない「キューバ」序曲は、10分たらずの曲のなかに、キューバン・ミュージックのダンスのリズムが満載の、はじけるような音楽です。
神奈フィル誇る打楽器陣が勢ぞろいして、ボンゴ、マラカス、ギロなどのラテンに相応しい楽器たちが楽しく打ち鳴らされるのは、観て聴いて、ウキウキしてしまうものでした。
惜しむらくは、昼の2時、われわれ聴衆が少し乗りきれなかったことでしょうか。

次の「パリのアメリカ人」とともに、ちょっとアルコールでも入った夜に聴いたりするのがよろしいかと・・・

でも、そんなこといいながら、さすがに神奈川フィル、美しい「パリアメ」でした。
パリアメに美しい・・という表現は、なんですが。
この曲には、明るく楽しい半面、郷愁やちょっとの寂しさも感じるので、こんなきれいで美しい演奏も充分にありなんです。
華奢な弦と、厚すぎない低弦、楽しいソロが満載の木管と金管。
そして、ここでも打楽器の活躍は楽しかった。
 ジーン・ケリーのミュージカル映画「巴里のアメリカ人」を、このガーシュインの曲ゆえ、何度も見たことがありますが、そこに漂うのも、笑いとともに、一抹のさみしさ。
 最後に、ジーン・ケリーが拾う、真っ赤な1輪のバラ・・・、その印象があまりに強いものですから。

そんな残像も、脳裏に浮かぶような、イシイ&神奈フィルのステキな「パリアメ」でした。

 さて、後半は、濃密バーンスタインの音楽。

この曲は、事前によく勉強して、曲のなりたちや背景、構成を頭にいれておかなくては、ただの暗→明の、よくあるピアノつきの交響曲としか受け止めることができません。

かなり以前に、秋山和慶さんがN響を指揮した演奏テレビで見たのが初験。
その後、バーンスタインがベルリン音楽週間で、イスラエルフィルを指揮したもののFM放送を録音し、長くこれを聴いてました。
CDでは、バーンスタインのふたつの自演と、スラトキンの演奏を聴いてます。

ですが、この曲のほんとうの姿、それは、曲の内容の詳細も含めて、これまでロクに知らずにまいりました。
神奈フィルの応援ページで、楽曲案内のお勉強記事を書くこともあって、今回は、相当に聴きこみ、原作のオーデンの詩のこと、CDの英文解説書などじっくり読みこんで、この音楽のなんたるかを手にしてからのコンサート。


 第1部 ①「プロローグ」
      ②「7つの時代」
      ③「7つの段階」

 第2部 ④「追悼歌」
      ⑤「仮面劇」
      ⑥「エピローグ」


こうした2部構成、6つの場面からなる全体が、さらに、第1部を第1楽章、以下、④=第2楽章、⑤=スケルツォ楽章、⑥=終楽章とみなされ、交響曲としての容に収まっている。

こうして緻密に構成された全貌を、しっかりと踏まえて理解させてくれたイシイさんの見通しのよい指揮ぶり。
そして、そこに一糸乱れずついて着いてゆく神奈川フィル。
楽員さんみなさんが、この音楽を感じ取り、バーンスタインの音楽の中に没頭している感が見受けられました。
日々、いろんな曲を演奏し、数日単位で、まったく異なる曲へと切り替えなくてはならない、オーケストラの皆さん。ほんと、尊敬します。
聴き側は、あれこれ言うだけで、ほんと勝手なものです。

そして、さらに素晴らしかった三舩さんの、この曲への打ち込みぶり。
それこそ、瞬間瞬間で変わる楽想や、弾き方のスタイル。
めまぐるしいまでのその進行を、完璧極まりなく手の内にされ、しっかりわれわれにバーンスタインの音楽の面白さを届けてくれました。

第2部の3つの場面の描き分け方も、指揮者・ピアノともに、見事でした。
深刻でヘビーな④、オケの咆哮もシビアで、キリキリしてしまいました。

一点、ジャジーな⑤は、ノリノリでかっこいい
わたしは、体がウキウキ動いちゃいましたよ。
三舩さんの、こういうピアノ最高ですね。
米長さんのコンバスのピチカートもかっこええ。
打楽器群もナイス極まりなし!

そして、来ました終楽章の感動の大団円。
前のブログにも書きましたが、どうしてもユダヤ的な思想が垣間見られるバーンスタインの手口ですが、宗教云々を言う前にそこにある、人間愛。
その讃歌として、この輝かしくも感動的なラストはあるのでしょう。
それを実感できた、素晴らしい演奏ではなかったでしょうか。

終了後、ホールは完全な沈黙の波にのまれました。
静かに、ブラボー一声、献上させていただきました。
聴こえたかな?

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恒例懇親会は、横浜地ビール「驛の食卓」の食卓にて。

午後公演だったので、今回は、お疲れのところ、多くの楽員さんをはじめ、楽団の方にもお越しいただき、さらに、いろんな輪の広がりから、たくさんの皆さまのご参加を頂戴し、新鮮なまさに産直ビールに、神奈川県産の食材の数々の料理を肴に、たいへん楽しいひと時を過ごすことができました。

こんな風に、聴き手と、音楽家のみなさまや、その関係者の方々と親しく触れあうことができること、これもまさに神奈川フィルの魅力ですね

みなさま、お疲れ様でした、お世話になりました。

さぁ、10月は、すごいことになるぞ。

千人、アラベラ、コルンゴルト、エルガー、わたしの大好物ばっかり。
どーしましょう

あっ、新国のパルシファルもあるし・・・・・。
ちゃんと仕事しなくちゃ・・・。

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2014年9月19日 (金)

ガーシュイン&バーンスタイン 神奈川フィル定期前夜祭

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  ガーシュイン    「キューバ序曲」

              「パリのアメリカ人」

  バーンスタイン   交響曲第2番「不安の時代」

          Pf:三舩 優子

    キンボー・イシイ 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

      2014年9月20日 土曜日 14:00 みなとみらいホール


先月のグラズノフ&チャイコフスキーのロシアン・プログラムに続いて、今月は、うってかわって、アメリカン・プログラム。
いい演目でしょ。

イシイさんは、これで定期3度目の登場。
いよいよ本領発揮の曲目たち。
日本、ウィーン、アメリカで学び、米楽壇を中心に活躍する一方、日本各地のオケに客演、そして、ドイツの名門マグデブルグ劇場の指揮者もつとめるオペラ指揮者でもあります。
これまで、のびのびと、大らかな音楽を作りつつも、知的なサウンドも聴かせてくれました。
 そして、イシイさんと同じく、ジュリアードで学んだ三舩さんのピアノ。
複雑な表情を見せるバーンスタインのピアノ協奏曲のような第2交響曲。
ピアニストにとっても難曲だと思います。
三舩さんの、幅広い表現が聴けることでしょうね、楽しみ。

ということで、これらの曲を、手持ち音源で。

Gershwin_maazel

  ガーシュイン 「キューバ序曲」&「パリのアメリカ人」

   ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団


これらの曲の初レコードがこれでした。
「ラプソディ・イン・ブルー」も含めた1枚は、高校~大学時代、すり減るほどに聴いたものです。

録音から誉めるのもなんですが、ともかく、デッカの優秀録音で、音が極めてよかった。
どんな安い装置でも、肉厚に、輝かしく、ゴージャスに鳴りました。
そう、演奏もまさにそうで、セルのクリーヴランドが、マゼールのノリのいい指揮によって、アメリカのバリバリのオーケストラであることを強く認識させてくれました。
 でも、決して崩すことなく、正統クラシックとしての格調をすら感じさせる生真面目ぶりもあるんです。

亡きマゼール、面白い指揮者でした。
「ポーギーとベス」は、まだ未聴ながら、これらガーシュインの演奏は、マゼールの最大の遺産のひとつではないかと思ってます。

これらの曲、もちろん、バーンスタイン、プレヴィンも素晴らしいですな!

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  バーンスタイン 交響曲第2番「不安の時代」

       Pf:ジェームズ・トッコ

    レナート・スラトキン指揮 BBC交響楽団


シリアス・バーンスタインの顔がしっかりうかがわれる3つの交響曲。

「エレミア」に「カディッシュ」いずれもほかのふたつは、ユダヤ色が濃厚で、その内容も同様に濃くて、重い。

これまた中学生のころ、テレビで、バーンスタインのニューヨーク時代の連続テレビ番組を、毎土曜日だったか、見ておりました。
DVDにもなってますが、モノクロの映像で、MCとしてのバーンスタインの才能が炸裂してて、作曲家・指揮者・ピアニストにプラスMC、いや、教育者と呼ぶべきか、そんな風に思える番組でした。

そこでの縦横無尽の明るい指揮ぶりは、お馴染みのジャンプもまじえて、こちらには、楽天的なアメリカーーンとしての、レニーの印象を刻みつけるものばかりでした。

しかし、彼の残した音楽はどうでしょう。

表面的には、「キャンディード」は明るく華美で、「ウェストサイド」はメロディ満載でロマンティック。
でも、「キャンディード」のドラマは荒唐無稽だけど壮大で、感動的な人間ドラマです。
そして、「ウェストサイド」は、現代のロメジュリで、悲劇とそれがもたらす和解と平和。

そんな風に、バーンスタインの音楽には、大きな人間愛に満ち溢れているのです。
それを表出するために、宗教観や、シリアスな世界観を経ることになるのだと思います。

晩年に、その指揮する音楽は、とかく粘着的になり、テンポも遅くなっていったバーンスタインですが、自身が思うところの「愛」を必死に模索していたのではないかと。

曲の内容につきましては、神奈川フィルの応援フェイスブックに書きましたので、そちらのリンクを貼って、この場はしのぎたいと思います。
記事の一番下に貼っておきます。

バーンスタインの自作は、かつては、それこそ自演のものしか聴くことができなかった。
それが、いまや、そのシリアスな作品たちが、大いに評価されるようになり、「バーンスタイン指揮」というカテゴリーを離れて、客観的な解釈による他の指揮者によるものが、聴かれるようになりました。
このようにして、レニーの作品は、広く認知されていくのでしょうね。
 同時代人、ベンジャミン・ブリテンの音楽にも、まったく同じことが言えます。
そういえば、ブリテンも、作曲家・指揮者・ピアニストでした。
おまけに、○モという共通項も。
もちろん、レニーは、両刀使いでしたが・・・・・・。

最後に、格調が低くなりました。

スラトキンとBBCの演奏は、ほどよく熱くて、ほどよく冷静なところが実にいいです。
ふたつある自演盤も、もちろん聴いてますが、ちょっと疲れちゃうかも。

https://www.facebook.com/notes/we-love-%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB-%E7%AC%AC302%E5%9B%9E%E5%AE%9A%E6%9C%9F%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%8B%89%E5%BC%B7-%EF%BC%93%E6%99%82%E9%99%90%E7%9B%AE-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC%EF%BC%92%E7%95%AA%E4%B8%8D%E5%AE%89%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3/746982172004946



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2013年12月18日 (水)

バーバー ヴァイオリン協奏曲 スターン

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汐留のイルミネーション。

このあたりが開発されて、大企業のビルが乱立するようになって、もう10年。

新橋までは行くけど、その先の汐留にまで足を伸ばすことは、あまりありませんでした。

へっぽこ人生ですから、こんな吹き抜けがふんだんにあって、高層エレベーターでオフィスまで駆け上がるような、カッコいい仕事はしたことありません。
ただただ、高い高級そうなガラス張りのビルを、下から仰ぎみるだけ。
そんなことには、縁もなく、人生を終えて行くことでしょう。

このあたりや、都心のオフィス街を、カツカツと靴音を立てて闊歩する、サラリーマン諸氏や、OLさま方たちを、眩しく見るのみですよ。

人生、それぞれ。 

わたくしには、そんなかっこいいステージはありませんが、自分の幸せと、自分の道を、信じて歩くのみです。

Baber

      バーバー  ヴァイオリン協奏曲

            Vn:アイザック・スターン

   レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

                        (1964.4 @マンハッタンセンター、NY)


アメリカの作曲家、サミュエル・バーバー(1910~1981)のヴァイオリン協奏曲。

マーラーの没した1年前に生まれ、世の中がデジタルになった時代まで生きた、作曲家。

自分はオジサンだから、バーバーが亡くなったときも覚えてます。
(なんたって、ショスタコやブリテンの死も覚えてるんですから、ジジイですよね)

亡くなった当時は、唯一の有名曲、「弦楽のためのアダージョ」が盛んにかかりました。

当時で聴けるバーバーといえば、その曲と、「悪口学校」、「ヴァネッサ」、チェロ協奏曲に、このヴァイオリン協奏曲。

いまもそんなに、バーバー受容は音楽界で変わってないように思うけど、交響曲や歌曲が聴かれるようになった。
なかでも「ノックスビル1915夏」は、スラトキンがN響でやったり、プレヴィンやMTTが録音したりで、隠れた名曲として記憶に刻まれるようになりました。

そして、しつこいようですが、わたくしの3大ヴァイオリン協奏曲のひとつが、このバーバー。
ベルク・コルンゴルト・バーバー=BKBなのです。
そして、僅差でエルガーとディーリアスを入れると5大ヴァイオリン協奏曲。
あくまで、「わたくしが好き」という概念ですので。

>1940年の作品。
日本は戦時への道をひた走り、国民は徐々に統制のもとに置かれつつあった時分に、バーバーはこんなにロマンテックな音楽を作っていた。
 文化の豊かさの違いか、日本は暗い押し付け文化しか残されなかった。
私的初演のヴァイオリンは学生、指揮はライナー。
本格初演は1941年、ヴァイオリンはスポールディング(なんとスポーツ用品のあの人)とオーマンディという豪華版。<  ~過去記事より~

3楽章の伝統的な急緩急の構成でありますが、バーバー独特の、アメリカン・ノスタルジーに全編満たされております。

ロマンティックなことでは、コルンゴルトと遜色ありませんし、ゆったりと甘味な1楽章、夢見つような2楽章、無窮動的な3楽章。
そんな楽章のそれぞれの色合いも、とても似てます。
 しかし、コルンゴルトは、後ろ髪惹かれるような憧れと悔恨を感じるのに対し、バーバーは、あくまでも明るいアメリカの大地に根差したかのようなノスタルジーです。
それを強く感じるのです。
だれもが正しいと思い、清廉潔白で、陰りはナシ。
コルンゴルトの思いにあった過去(ヨーロッパ)、バーバーの思いにあった今と黎明期の美しき希望に満ちた過去(アメリカ)。

そんな風に思って聴く、ふたりのヴァイオリン協奏曲。

涙がでるほどに、美しく、愛らしく、哀しい。

ベルクは、また違う存在。
もっと緻密で、複雑で、雰囲気的じゃなくって、特定の思いに満たされている。

3曲の比較になってしまいました。

バーバーのこの曲を聴くと、ほっと一息、とても安心できます。

冒頭の、大らかで、ゆったりとふぅ~と呼吸したくなるような、それこそ、呼吸の良い音楽です。
そして泣ける2楽章。
泣きのオーボエ、次ぐヴァイオリンソロ、オケとソロが連綿たる旋律を紡いでいくさまは、もう視線は遠くに飛んで、いつしか、ぼやけてしまいます。
短くて元気良すぎる3楽章が、あっけないですが、それはそれ、不思議と、前の素敵なふたつの楽章にぴったりと合ってます。

いかにもスターンらしい、大らかさと男気の優しさ。
素晴らしいヴァイオリンに、バーンスタインの気持ちのこもった指揮。

第9は行けなかったけれど、こうして今宵も、緩やかな気分で過ごせたのは、バーバーのおかげです。

(コルンゴルトの次は、これですよ、神奈フィル様)

Shiodome_2

いま、外は冷たい雨ですが、夜半には雪になるのでしょうか。

過去記事

「スラトキンのハンソン」

「シャハム&プレヴィン」

「J・ベル&ジンマン」

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2013年10月29日 (火)

バーンスタイン 「ウェストサイド・ストーリー」シンフォニックダンス

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横浜のハード・ロックカフェとランドマーク。

絵になりますな。

成田のイオンにも、ハードロックカフェはありましたが閉店しちゃいました。

確かに、成田のイオンSCは、外人さん多し、空港や駅から直通バスもあるんですが、どちらかというと外人さんの客層は、住んでる・働いている人系で、われわれと同じく、外食にあまりお金をかけずに、中食といって、お惣菜やお弁当を買って、お家で楽しむタイプ。

そして、空港に着いた皆さんは、東京方面へいちもくさんに行ってしまいます。
難しいものですな。

横浜や大阪、福岡、名古屋は東京と違う日本を、北海道は、さらにまた世界の中でも特異な自然を主張できる。
ほかの地域を、いかに魅力あるものにするか、知恵です。

あら、ワタクシ、今日は何を言ってるんざましょう。

ハードロックカフェからアメリカへ、そしてバーンスタインへと妄想が飛んでたのに・・・。

Bernstein_gershwin_lapo

 バーンスタイン  「ウェストサイド・ストーリー」~シンフォニックダンス

   レナード・バーンスタイン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック

                       (1982.@ロサンゼルス)


このジャケット、むかしから好きなんです。

ニューヨークの摩天楼は、わたくしのような世代にあっては、富と繁栄の象徴。
ことにその夜景の素晴らしさは、アメリカという国が夢のように思えて、やることなすこと、羨ましく思えるくらいで、東京の街には高層ビルは霞が関と新宿の一部にしかなかったから。

奥様は魔女に代表される、アメリカンな家電満載の快適生活も憧れの世界。

日本の家電はそれを追い越し、世界を席巻し、そしていまは敗北し、近隣のお国にお株を奪われた。
思えば、経済と市場の主役の循環であります。
政治も含めたアメリカの後退ぶりは、もうラップしてやってきている日本の姿だけど、日本人の不屈の精神と、気持ちの細やかさ、精緻なものへのこだわりは、きっと世界のどこも真似できないものでしょう。

2番手か3番手ぐらいで、世界をドイツとともに支える国であり続けるものと思いますよ、わが日本は。

そして1番は、やはりアメリカ。

バーンスタインという人間ひとりとってもそう思う。

この人の指揮する音楽は、ときに時代錯誤的な場面もいまやあり、没頭感が強すぎますが、それでもその説得力はとんでもなく強い。
 そして、この人の書いた音楽は、全人間的に普遍のものでありました。
ユダヤ教的な濃密さを伴うものもありますが、バーンスタインの音楽の根底にある、優しさ=LOVE&PIECEは、私たちが絶対に持ち続けなくてはならない概念で、その楽天的なまでの表出ぶりには永遠に敬意を評さなくてはなりません。

一方で、深刻でとっつきの悪い作品たちもたくさんあるバーンスタイン。
今後体系的に、その音楽を探求すべきかと思います。

ウェストサイドのオーケストラピース版は、コンサートでもとても映える曲です。

マンハッタンで起きるロミオとジュリエットの物語。

作者とロスフィル盤は、わたしのCDの中でも両手で指折れるくらいの時期に買った、ごく初期の1枚。
まだ3800円とか、4000円の時代ですよ。
しかも、ドイツグラモフォンから、ロサンゼルスフィル。
ウィーンやロンドンのヨーロッパ録音でなく、アメリカでのDG録音。
目の覚めるくらいに、素晴らしい録音。

メインのガーシュインとともに、何度聴いたかわかりません。
わたしにとって、永遠の名盤です。
若々しい表現はロスフィルならではで、老練な作者との抜群のコラボレーションです。

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  レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

                  (1961.3 @NY)


これぞ、この曲のオリジン。
ほやほやの本場演奏。

いま聴けば、粗いし、勢いが良すぎる。

けれど、喜びも悲しみも、爆発も、すべてがハイテンション。
このナイスな感情表出こそ、アメリカの最盛期。
わたしたちが、憧れた「ザ・アメリカ」。
その憧れも、なに恥じることなく、バーンスタインのもの、まっすぐストレート。

笑って、喜んで、怒って、拳を振り上げ、正義を振りかざし、そして失意し、悲しむ。

そんな感情をむき出しに、堂々としてる眩しい曲に演奏だ。

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  マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

                  (1993.9 @ヘンリーウッドホール、ロンドン)


作者没して、この曲を普遍的に演奏する・・・と思いきや、思いきり、小又が切れあがり、リズムも、キッレ切れで、かっこよすぎる演奏がすぐさまに、しかもDGに録音された。

このCDは、わたしの大好きなF・フォン・シュターデがアリアと舟歌で登場しているものだから、95年に発売時すぐさま買いました。
ハンプソンも歌うそちらも大いに気に入りましたが、余白に入ったこの名曲。
このMTTの演奏が抜群に素晴らしかった。

リズミカルな小澤&SFSOよりも、はるかにキレがある。
20分のなかに、しっかりドラマを築いてる。
しんみりとしたエンディングが、作者の没頭した濃厚さよりは、さっぱりとしているところもよい。

いまや、数々の演奏で聴けるシンフォニックダンス。

まだまだこれから、いろんな演奏が登場することでしょう。

バーンスタインも、演奏で楽しむ時代になってます!

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2013年4月 3日 (水)

ジョン・ウィリアムズ ヴァイオリン協奏曲 ペスカーノフ&スラトキン

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新幹線が西に向かって走り抜け、上ではお台場・豊洲方面は向かうゆりかもめ線。

東京ばかりが、日本の中心となってゆく。

これでいいのだろうか。

4月を迎え、真新しい着なれぬスーツを着た若者もやたらと目立つ。
彼らは、まだまだ社会人として、その空間に溶け込めず、ルーティンと化した画一化された先輩社会人たちの行動様式からは浮くばかりだ。
その初々しい毒されぬ新鮮さも5月頃には姿を消してしまい、ビジネス街はまたいつもの景色に戻るのです。

そんなことに反骨する若者はもういません。

面白みのない風景ばかりになってしまったけれど、清新な気持ちだけは持ち続けていて欲しいし、そうありたいもの。

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   ジョン・ウィリアムズ  ヴァイオリン協奏曲

      Vn:、マーク・ペスカーノフ

   レナード・スラトキン指揮 ロンドン交響楽団

                    (1981.ロンドン)

あの「スターウォーズ」を始めとする映画音楽の大作曲家、ジョン・ウィリアムズ(1932~)の本格クラシカル作品のひとつ、ヴァイオリン協奏曲。

J・ウィリアムズの映画音楽担当作品は、あのタイトルを羅列することさえ無意味なくらいに、アメリカの映画のビッグネームはほぼすべてが彼の作品。
最近作では、「リンカーン」もJ・ウィリアムズの音楽のようです。

指揮者としても、A・フィードラー後のボストン・ポップスを大いに盛り上げ、CD音源もたくさん残したことはみなさんご存知のとおり。

こちらのヴァイオリン協奏曲は、1974年に作曲を始め、1976年10月に完成されています。
その間の映画音楽作品は、「タワーリング・インフェルノ」「ジョーズ」「ミッドウェイ」。
さらに翌年から、「未知との遭遇」「スターウォーズ」「スーパーマン」と大ヒット作が続きます。
そんなある意味、J・ウィリアムズの映画音楽の最充実期が花開く頃に、併行して、このようなシリアスな本格ヴァイオリン・コンチェルトが書かれていたことを知ることは驚きです。
1974年に、J・ウィリアムズは、妻で歌手&女優だったバーバラ・リュイックを病気で亡くしてしまいます。バーバラ43歳の若さでした。
その妻への思い出もこめて、この協奏曲は書かれました。

ちなみに、ふたりの間には3人の子供がいて、末弟のジョセフは、アメリカン・ロックのグループ「TOTO」のボーカリスト兼作曲家の歴代のひとりです。
彼はまだ50代の若さですから、今後いかなる活躍を見せるか楽しみではあります。

J・ウィリアムズが泣き妻に寄せた思いは、この協奏曲の第2楽章に聴いてとれるような気がします。
急・緩・急の伝統的な協奏曲のスタイルを持つこのヴァイオリン・コンチェルトですが、映画音楽の天才的なクリエーターとしてのJ・ウィリアムズの馴染みのいい、親しみやすさとストレートなまでのわかりやすさは、ここではなりをひそめていて、1楽章から難解な雰囲気でしかめっ面をしたこの作者の別の一面を見る思いなのだ。
終始、厳しい表情は崩さず、シェーンベルクのような分析的な音楽にも感じて、最初は辟易としてしまった。

第2楽章は、同じシリアスな要素は持ちながらも、内向的で、亡き妻への思いが静々と淡々と語られるようで、なかなかに聴かせます。
その主要主題はメロディアスで美しいのです。
しかし、中間部ではまた尖がった曲調となるところが本格派としての意思を感じるJ・ウィリアムズの筆致です。

3楽章のプレストは、無窮動的な速いパッセージに覆われるカッコいい展開とそのサウンドです。
演奏会ではなかなかに盛り上がりを見せることでしょう。

34分あまりを要する、なかなかの大作です。
聴いていて、先輩のバーバー、そしてなによりも、ハリウッドの先達、コルンゴルトのヴァイオリン・コンチェルトをも強く感じさせる音楽であることに思いを寄せるようになりました。
少しばかり強面ですが、ロマンティック・アメリカ音楽の系譜をしっかりと受け継いでいる音楽なのでした。

そして忘れてはならないのが、このCDのプロデュースはエーリヒ・コルンゴルトの息子、ジョージ・コルンゴルトによってなされているということです。
父とともにアメリカにわたり、ハリウッドで、おもに父の作品の録音プロデューサーとして活躍しましたが、1987年に59歳で亡くなってしまいました。

この曲の初演者である、ペスカーノフは、D・デレイとI・スターンに学んだ人で、1981年にスラトキン指揮するセントルイス響とともに初演奏を行いました。
その後にロンドンで行われたのがこちらの演奏です。
大衆性からは遠い作品ではありますが、こうして立派な演奏が残されていて、ほおっておくにはもったいない現代、いまあるヴァイオリン協奏曲のひとつだと思います。

併録のフルート協奏曲は、さらにシャープな、そして武満とブリテンっぽいクールサウンドでした。

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2012年6月 7日 (木)

I wish it so ドーン・アップショー

Rugne_1

琥珀色に身も心も酔ってしまった、ワタクシさまよえるクラヲタ。

久方ぶりに大阪へ。

今回は1泊のみだったので、大阪の音楽仲間の方々には声掛けできませんで残念でした。

ミナミで飲みました。

こちらは3軒目の、「PUBBAR IVROGNE」というバーでして、アイラモルトのボウモア。

なんば駅にも近い4丁目エリアは、かつてはちょっと怪しい雰囲気だったと聞きますがね、いまは個性的な、それも小さなお店が並ぶグルメエリアみたい。
どの店も、お客さんで一杯。

Upshaw

     I wish it so

          ドーン・アップショー  ソプラノ

        マイケル・スターン   ピアノ

わたしのお気に入りの1枚。

アメリカのソプラノ、ドーン・アップショーが歌う、アメリカのブロードウェイ・ソングブック。

アップショーは、ジンマン指揮するグレツキの「悲歌のシンフォニー」でブレイクしたリリックソプラノで、モーツァルトのスーブレット系の諸役やR・シュトラウスなどでメットを中心に活躍。
多彩で器用な彼女は、ミュージカルやジャズ、現代音楽も歌いこなすんです。

「I wish it so」は、マルク・ブリッツスタイン(1905~1964)が音楽を担当したミュージカル「JUNO」の中の1曲。
戦時のアイルランド、ダブリンに生きた働きもののジュノーの物語。
旦那はワークレスの飲んだくれで、彼女は家族をかいがいしく支えてゆく。

「そうだといいのに・・・・」

毎日、忙しくて、ずっとこんなだわ。心休むときもない、そしてベットにもぐり込むだけ・・・。
もうおかしくなりそう・・・。
そうなればいいに。。。。それは今夜、いや明日かも・・・。

少し哀しくも、どこか希望がある、とっても愛らしくも美しい曲なんです。

アップショーのクセのないクリアボイスはとっても可愛いのです。

疲れて、寝る前に、琥珀色の液体をくゆらせながら聴くのに最高の音楽なんです。

Rugne_2

個性的なバーがふたつ並んでました。

youtubeに、このアップショーの歌がありましたからどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=VDpNJgu7aWE&feature=related

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