カテゴリー「ポップ」の記事

2012年2月23日 (木)

シノーポリ 「ルー・サロメ」 

Matsuya

もうとっくに終わってしまいましたが、銀座松屋のビルごとイルミネーション。

携帯電話とのコラボで、街中に現れた美しい光景ではありました。

ビルごと広告。

当然に電気代もかかるわけで、先の東電の電気料金値上げで、こうした広告媒体や生産・設備業界、いやあらゆる業種は冷や水を浴びせられた状態。

ゆえに、照明では、LEDへの変換は拍車がかかってます。

震災からもうじき1年。

その前までは考えられなかった事態が日本を覆い、価値観を含むすべての事象が時間の差こそあれ変わりつつあります。

あげればキリがありません。

政治・復興・東電・原発・放射能・円高・環境・異常気象・自然災害・雇用・年金・格差・高齢化・石油・自然エナルギー・資源・領土・維新・がれき・TPP・食・消費税・・・・・、まだまだありますよね。

考えただけでおかしくなりそう。
昔はこんなことなかったのに。
もっとシンプルだったのに。

Sinopolli_lou_salome

ジュゼッペ・シノーポリ(1946~2001)の「ルー・サロメ」。

作曲家シノーポリが作ったオペラです。

そのオペラの中から自身がチョイスして編んだ2編からなる組曲を聴きます。

シノーポリの作品で音源として聴けるものは限られているけれど、いったいどれくらい残したのでしょうね。
バーンスタインやブーレーズ、プレヴィン、マデルナらと並ぶ、現代作曲家兼指揮者でありました。
こちらの分野でも、早世が悔やまれるシノーポリ。
1981年にバイエルン国立歌劇場で初演されている

そして、今日、ここにこの作品を取り上げたのには、訳があります。

このオペラの主人公、「ルー・サロメ」は、実在の高名なる女性で、運命の女=「ファム・ファタール」と呼ばれる女のひとりなのです。

前回記事が、ベルクの「ルル」。
男を皆、虜にしてしまい、破滅に追いやった魔性のルル。

今回の女性は、その名も「ルイーズ・フォン・ザロメ」(1861~1937)。
そうまさに「サロメ」の名を奇しくも持った女性。
ロシア系ユダヤ人でドイツに活躍した作家・エッセイイスト・セラピスト。
以下、CD解説書(喜多尾道冬氏)を参照します。

「ルーが誰かある男と情熱的に接すると、9カ月後にはその男は一冊の本を生んだ」
そんなことがいわれたルー・サロメは、奔放でルルみたいなところもありつつ、その男性の才能を的確に見抜き、それを見事開花させる、「あげまん」系の女性だったのだ。

以下、関係した男子を箇条書きにしてみようではないか。

①ヘンドリック・ギロート・・・・少女時代に出会った牧師。信仰に悩んだルーの師になったが、ルーに魅せられ結婚を申し込むが、ルーはがっかり。

②ニーチェ・・・・あのニーチェ。これまたルーに惚れこみ結婚を申し込んだが拒絶。
その反動で、「ツァラトストラ」を書く。

③パウル・レー・・・ニーチェの友。こちらはルーも気に入り同棲。
しかし、後に、ルーが結婚すると自殺してしまう。

④フリードリヒ・アンドレアース・・・・ペルシア系の血筋の東洋学者。
ルーに激しく求愛し、結婚にこぎつけるがセックス・レスの仲に死ぬまで終始。
自殺未遂も試みちゃうヒト。

⑤ヴェーデキント・・・・そうです、この人です。ベルクの「ルル」の原作「地霊」を書いた人。
これまたルーに拒絶され、ルーをモデルとしたとされる「地霊」を書いた。

⑥リルケ・・・・高名なる詩人のあの人。お付き合いがちゃんとできたラッキーなリルケ。
でも歳の差あり、母のように接したルーからリルケちゃんは離れていった。

⑦フロイト・・・・この人まで出てきちゃうのか。
しかし、彼と彼女は、サイコの分野での同門で学習仲間となった。

どうです、このすごいメンバーたち。

時代的には、マーラーや新ウィーン系の人がいてもおかしくないが、音楽家が登場せず、文学・哲学・詩・心理学といった分野に彼女があったことがわかりますな。

音楽、そして美術系の同様な生き様をした「あげまん」は、アルマ・マーラーでございますよ!

前段が長すぎましたが、このルーという女性を知らずしては聴くことができないシノーポリ作品なのです。
このオペラは、彼女の人生を箇条書きにしたような男性たちの作品を扱ったりすることで、浮き彫りにしている作品。
劇的であると同時に、思索的、哲学的でもあるようだ。
第1組曲は、アンドレアスが自殺未遂をした後あたりから、お気に入りのレーとのとのやり取りと、レーが立ち去る場面をチョイス。
第2組曲では、ルーの死の場面と回想の部分を。

調性と無調の間を揺れ動く不安な雰囲気と、緊張感に満ちた極めて劇的ドラマティックな迫力サウンド、そしてマーラーのように、いきなりワルツや軍楽隊が登場してしまう多面的複雑心理背景音楽。
そして、多くの場面で、その印象はベルクの響きを感じさせる。
わたしには、とても魅力的な音楽に感じられます。
どんなオペラか、一度観てみたいものです。

   ルー・サロメ:ルチア・ポップ    パウル・レー:ホセ・カレーラス

    ジュゼッぺ・シノーポリ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
                      (1983、87年 @シュトゥットガルト)


ポップの暖かくも少しばかり不思議ちゃん風の歌唱が魅力的。
カレーラスは融通聴かない生真面目さが出てます。

亡くなって10年以上が経過し、シノーポリの指揮と作品が少しばかり薄れてきた感あり。
忘れてはいけません。

Lou_salome

この人が、「ルー・サロメ」。

なんだかなぁ・・・・。

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2011年12月 9日 (金)

R・シュトラウス 歌曲集 ルチア・ポップ

Ginza3_2 

銀座のマロニエゲートにあったツリー。

ブルーのイルミネーションが好きなんです、ワタクシ。

炎もそうだけど、青い方がその情熱(火力)はクリアーで強いんです。

R_strauss_popp

R・シュトラウスの歌曲集を、魅力あふれるルチア・ポップの歌声で。

愛らしいポップのブルーな素敵なジャケット。

1993年11月16日に惜しくも早世してしまったポップは、いまでも、わたしたち日本人の耳に、そして心に、その暖かな声でもって生き続けているのです。

初期にはコロラトゥーラ、その後リリック、そして晩年にはスピントがかかってきて、ドラマテックな役柄までも歌うようになったから、モーツァルトとR・シュトラウスが彼女の声の本領。
ポップのシュトラウスの最高の1枚は、オペラ・アリア集で、そこに聴くマドレーヌ(カプリッチョ)は絶品で、晩年に持ち役になったマルシャリンも味わえ、アラベラではズデンカから成長したお姉さんのポップが味わえる。
そこで指揮しているのが、ホルスト・シュタイン。
さらに、ミュンヘンで活躍したことからサヴァリッシュとの共演も多く、N響お馴染みの指揮者たちとの接点からも、わたしたちには親しみあるポップなのです。

今日の歌曲集でピアノを弾いているのも、名手サヴァリッシュ
最高のシュトラウス指揮者であるサヴァリッシュは、また最高のシュトラウスの歌曲や室内楽等の伴奏者である。
一音一音が明快明晰で、軽やかでありつつ、鋭敏なピアノ。
完璧極まりない伴奏ピアノ。

サヴァリッシュの描き出すシュトラウスの曇りないパレットにのって、生き生きと気持ちよさそうに歌っているポップのチャーミングな歌声に、聴くわれわれも思わず、リラックスして体の力が抜けて行く思い。
明朗快活なシュトラウスの音楽にぴったりと寄り添うような歌は、ひとつの理想ではあります。
暗い陰りの部分は少しばかり後退して感じるのは、ポップの声だからゆえに、無理からぬこと。でも、この甘やかな声に眼を閉じて浸って、深まりゆく夜を過ごすのも彼女の歌を聴く最高の喜び。

  1.8つの歌 「献呈」「なにも」「夜」「ダリア」「忍耐」
       「もの言わぬものたち」「いぬさふらん」「万霊節」

  2.3つの愛の歌 「赤いばら」「目ざめたばら」「出会い」

  3.「高鳴る胸」 
  4.「帰郷」 
  5.「白いジャスミン」
  6.「子守歌」
  7.「わが子に」
  8.「ひそやかな歌」
  9.「ひそかな歌」
 10.「悪いお天気」
 11.「15ペニヒで」
 12.「父が言いました」

      ソプラノ:ルチア・ポップ

      ピアノ :ウォルフガンク・サヴァリッシュ

                (1984.9 @Kloster seeon)


有名な「献呈」が冒頭から歌われ、とりわけ素晴らしい感銘を受けます。
恋人への想いと、想うことの苦しみ、でもそれを教えてくれたことへの感謝を捧げる若い心情の歌。
シュトラウス18歳の作品ならではの瑞々しい抒情の発露を、ポップはふるいつきたくなるような優しさと甘さでもって歌ってくれる。

夜のしじまを、そしてその夜が輝きあるものをじわじわと奪ってゆくさまを淡々と静かに歌う「夜」・・・、しんみりといい曲で、親密なポップの声。

「万霊節」・・・、これも18歳の作品。そうとは思えない早熟の才。深すぎ。
亡くなった恋人の墓に詣で、語りかける男性の心情。
男声で聴くべきが理想かもしれないけれど、ポップの少し諦念も匂わせた歌は、彼女のマルシャリンをも思わせました。

楽しい雰囲気の「出会い」は、同じポップが歌う、マーラーの角笛歌曲集を思い起こしてしまうもの。

昼は彷徨ったが、夜になり恋人のもとへ帰る思いを歌った「帰郷」では、しみじみとしたピアノ伴奏がよろしく、静かな語り口も素敵なものでした。

それとこれも有名な「子守歌」。官能に傾くすれすれのポップらしい甘味ながらも親密な歌い口は、シュトラウスのお得意の家族愛を歌った曲の本質をついていると思う。
お休み前に、聴くのに最適の曲であり、ポップの歌にございます。
それと対になったようにカップリングされた、我が子を歌ったものもいい歌です。

悪天候によせて、あれこれ想いを巡らしたという内容の、ワルツ風のリズムに乗った、いかにもシュトラウスらしいイマジネーション豊かな「悪いお天気」もお気に入り。

有名な曲とそうでもない曲も、ポップならではの暖かく、豊かな感情をたたえた歌唱で、これからもずっとずっと繰り返し楽しめる1枚です。

ルチア・ポップのものを手始めに、これからR・シュトラウスの歌曲を毎週、何枚か聴いてゆくこととします。

Itosia

こちらは、レッドとゴールド、そしてスプーンまで。

ITOCIAにて。

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2010年4月 9日 (金)

モーツァルト 「エクスルラーテ・ユビラーテ」 ルチア・ポップ

Ninomiya3
桜の花は、青い空にこそまた映えますな。
今年は、春に3日の晴れなし、の言葉通り、晴れが続かず、花曇りだったり、気温が低かったりで桜を愛でるのもちょっとタイミングが悪かったりすると大変だった。
先週末に神奈川の実家に帰り、晴れの土曜に家の前にある山桜を観賞。
毎年、ちゃんと咲く花々。
人間にはいろいろあっても自然は、たいしたもんです。

Popp_hendel
今日4月8日は、花祭り=お釈迦さまの誕生日。
そして、一日遅れだけど、おめでとうを申し上げたい方もいらっしゃますshine

そんな晩に、明るく、喜ばしいモーツァルトの音楽を。
「エクスルラーテ・ユビラーテ、かつては「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」と呼ばれたモテット。
モーツァルト17歳の作品で、私にはオペラのように聴こえる、喜悦の心情を吐露した歌に満ちあふれた音楽。
復活を経て、イエスを生んだ聖母マリアを称える音楽。
第2部のアリアが、イ長調のモーツァルトらしく伸びやかで穏やか。ここ好きです。
あとは何と言っても、「アレルヤ」。
歌詞がその賛美の言葉ひとつ。
小学生の時に、テレビで観た「オーケストラの少女」。
ストコフスキーの指揮で喜々として歌う女の子の笑顔が忘れられない。
なんという人だったかしら・・・。

ルチア・ポップの1967年の録音。
デビュー間もない、まだコロラトゥーラだった頃のポップの歌声は、少しおっとりとたおやか。素直で、明るく、ともかく気持ちがよいモーツァルト。
オーケストラも含めて、昨今の俊敏なる歌や演奏からすると、ちょっと緩やかに感じるけれど、でもこれがいい。
永年親しんで、耳になじんだ心地よさに、いつしか微笑みを浮かべて聴き入ってしまうのであった。
オーケストラは、ジョージ・フィッシャー指揮のイギリス室内管弦楽団。

Ninomiya4
桜のそばには、桃の花も咲いておりましたよ。
白とピンク。
こちらは、一転寒かった日曜日。

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2009年12月31日 (木)

R・シュトラウス 「最後の4つの歌」 ルチア・ポップ

A 2009年も最後の一日。

日本でも有数の観光立地、横浜の大桟橋の付け根あたり。

長方形のモニュメントが、とてもいいアクセントとなってる。

B 少し位置を桟橋の方へかえて。

あの観覧車ができたとき、YES89の横浜博だった。
移転はしているが、20年前。
消費税が導入された年だったし、そい言えば、わたしゃ、新婚さんだったわい。

まだまだ若いわたしだった。

無為に年輪を重ねて、また新しい年を迎えてしまう。

誰にもやってくる暦(こよみ)。

でも悪化するばかりの社会環境。
よい年は、特定の人々にしかやってこない、ここ数年。
あと数時間で、また違う暦が巡ってくるけれど、また新年の記事を起こす自分も含めて、節目には新たな気分を醸し出したいものである。

そりゃそうと、昨日の歌謡曲の方の「レコード大賞」がなんで、新国立劇場でやってんだ?
NHKホールはともかく、中劇場だけど、オペラ愛好家の殿堂なのに・・・・・・。
ま、いいか・・・・。

Pop_r_strauss ここ数年、大みそかには、この曲。
R・シュトラウス「最後の4つの歌」。

ただでさえ好きなR・シュトラウスの音楽の中にあって、15のオペラとともに、オーケストラ作品以上に愛する歌曲集がこの音楽。

R・シュトラウス(1864~1949)最晩年の作品であるが、歌曲を大量に作曲したシュトラウスとしては、実に20年ぶりくらいの純粋歌曲集なのであった。
その間、わたしにとってのシュトラウスの黄金時代のオペラ創作期が続いたわけである。

毎年書いてるかもしれないけど、ともかく美しく、キレイな4つの歌曲は、大オーケストラを伴いながら、リリカルなソプラノを要するシュトラウスの辞世の音楽でもあるのだ。
 前向きかつ、気真面目なシュトラウスは、死を前にこの歌曲をものしたわけでもなく、85歳で亡くなりはしたものの、まだまだ、音楽にたいする情熱は持ちあわせていて、あとほんの数年生きてさえしてくれたならば、オペラがもうひとつ出来上がったかもしれない。

しかし、「最後の4つの歌」ほど、美しく繊細で、聴く人の心の提琴にふれる音楽はないだろう。
数々のソプラノが、レパートリーとし、録音も数々行われているけれど、やはりある程度の場数を踏んだ歌手が、その人生を映し出すかのように、しっとりと歌いこんだものがいい。

われわれが愛したソプラノ、ルチア・ポップは2度、正規に録音している。
1度目は82年、43歳の壮年期のこちらの録音。
2度目は93年、54歳、彼女最後の年の録音。

この録音歴を見て深い思いにとらわれざるを得ない。

60年代から録音活動の豊富な彼女。
70年代後半から80年代前半にかけて、その声もリリカルなスーブレット・ロールから、リリコそしてスピントへと変貌をとげていった。
80年代後半以降は、ゾフィーからマルシャリン、ズデンカからアラベラ、スザンナから伯爵夫人へ、ステップアップ。
そうした声の移り変わりを、これらふたつの録音で味わえるのだ。

どちらも好きなポップだけど、今日は1回目の録音。
テンシュテットロンドン・フィルの蜜月時代。
一連のマーラー録音の最中であったと思われる。
濃密感は適度でありながら、抒情と透明感に心を配ったテンシュテットの指揮。
 優しく、人の心にひたひたと浸透するかのような印象深いポップの歌声とともに、最高のシュトラウス演奏であります。

ともに、いまは亡き音楽の導き手たち。
かれらを召してしまうなんて、神様はほんと残酷だ。

1.「春」(ヘッセ)
2.「9月」(ヘッセ)
3.「眠りにつくとき」(ヘッセ)
4.「夕映えに」(アイヒェンドルフ)


「夕映えに」の最後に、あたかも夕空に鳥たちが飛び立ってゆくかのような音楽を聴くとき、諦念とともに、明日も、きっとくる希望も見出すことができる。
前向きに、前向きにいきましょう

シュトラウスの書いたあまりに素晴らしい音楽には言葉もありませんconfident

この曲を初めて聴いたのは、1975年だった。
FM放送された、ハーウッドとシュタイン&ウィーン響のもので、いまは消失してしまったが、ハーウッドの美声とウィーンの独特の響きを引き出すシュタイン。
すごく聴いてみたい。
それと同時期に聴いたのが、マティスと夫君のクレーのN響ライブ。
昔のことばかりですんません。
 ごく最近聴いて、素晴らしかったのが、F・ロットとシノーポリ&ウィーンフィルのライブ。
この気品あふれる凛とした「4つの最後の歌」は、最近聴いたなかでは出色のもの。
ほかのカップリング曲とともに、近々ご紹介します。
これは「爆演堂」さんで扱っております。

さて、みなさま、1年間どうもお世話になりました。
数時間後の、2010年も、どうぞよろしくお願いいたしますと申し上げますとともに、いつも、ご覧いただき感謝感激の次第でございます。

ではでは、twozerozeronineはここまでということで。

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2009年9月23日 (水)

プッチーニ 「修道女アンジェリカ」 パタネ指揮

Higan_1彼岸花

以前にも書いたけど、「曼珠沙華」とも言うユリ科の花。

食べると毒性があって、ゆえに昔の人は、稲や墓を地中の動物から守るために、田圃の畦道やお墓の周りに植えたという。

たしかに、そうした場所には彼岸花がたくさん咲いているし、いかにも日本の秋の光景の一部として心象風景ともなっている。
こうしてたくさん咲いているのを見ると美しいけど、その一本を見ると少し不気味でもあります。

Angelica_patane プッチーニの最充実期に書かれたオペラ「三部作」は、全10作あるうちの9番目。
ダンテの神曲からヒントを得て、「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3つをオペラの基本素材にしようとして、その題材を探し求めた。

そのうち、「煉獄篇」にあたる「修道女アンジェリカ」をフォルツァーノが書き下ろしの台本を書きあげ、いつもは注文の極めて多いプッチーニはすぐに気に入って書き上げた。
「外套」「ジャンニ・スキッキ」が三部作をなす他の2作。

良家に生まれたアンジェリカが、不義の子を宿し、そして産み、修道院に入り慎ましい信仰生活を送るが、常に子供のことが忘れられない。
そこへ、伯母にあたる公爵夫人がやってきて妹への財産分与のサインを求め、ついでアンジェリカの子供が亡くなったことを告げる。
「母もなく・・・」という名アリアを歌い泣き崩れるアンジェリカ。
キリスト教界にあっては許されない自決を選び、聖母マリアに許しを乞う。
断末魔にあるアンジェリカに、神秘的な光に包まれマリアが彼女の子供を伴って現れ、子供を差し出す。そこににじり寄るアンジェリカは幸福に包まれつつ息を引き取る・・・・。

涙もろいわたくしは、こうして簡単あらすじを書いていても、もう涙ぐんできてしまう。
このプッチーニ好みの儚い運命の女性に、ルチア・ポップが録音を残してくれたことは、彼女のファン、そしてプッチーニ好きにとって感謝すべきことかもしれない。
 リリカルで繊細な歌声を伴いながら、強い意志をもった女性をも歌いださなくてはならない難しい役柄。きれいに歌うだけならやさしいことかもしれないが、我が子を思い、憎き公爵夫人に食い下がる強さを両立させるとなると、フレーニやドマス、リッチャレルリが素晴らしく、サザーランドやテバルディとなるとちょっと強すぎるかもしれない。
 そして、ルチア・ポップは聴きようによっては歌いすぎに感じるかもしれないが、その一途な姿がいつものあのチャーミングな声のポップによって歌われるのだから、ファンにとっては堪らない魅力なのだ。
嘆息ひとつとってもまさにポップ。
亡き坊やを思って歌う「母もなく」の名アリアなどもう、涙なくしては聴けません・・・weep
その後の最美の間奏曲、自決、神秘的なマリアの出現とプッチーニ最高の音楽が、歌心あふれるパタネの指揮によって素晴らしく演奏される。

 アンジェリカ:ルチア・ポップ   公爵夫人:マリヤナ・リポヴシェク
 修道院長:マルガ・シムル    修道女長:ダイアン・ジェニングス
 ジェアノヴィエッファ:マリア・ガブリエッラ・フェローニ

  ジュセッペ・パタネ 指揮 バイエルン放送管弦楽団/合唱団
                           (87年録音)

ヴェリスモ風の「外套」、宗教秘蹟の「アンジェリカ」、軽妙なブッフォの「ジャンニ・スキッキ」、プッチーニの天才が見事にはじけた3部作をまとめて聴くことによって得られる感動はまた格別だけど、それぞれ性格の違う3つを別々に聴いても完結性がしっかりあって充実の1時間が楽しめる。
ドラマテックなばかりでない静的なプッチーニも是非とも聴いていただきたい。

過去記事

 「外套 パッパーノ指揮」
 「修道女アンジェリカ パッパーノ指揮」
 「ジャンニ・スキッキ パッパーノ指揮」
 「三部作上演」

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2009年8月28日 (金)

バッハ カンタータBVW51「全地よ、神にむかいて歓呼せよ」 ルチア・ポップ

Tokyo_tower_20090828 今日の東京タワー。
8月の金・土は、2時間だけこんな風にライトアップされている。
ダイヤモンドヴェールだそうな。
9月もまた趣向をこらしたヴェールをまとうという。

毎日大変だけど、美しいものには心が和みます。

Popp_bach 今日は、ルチア・ポップの歌う、バッハのカンタータ BWV51「全地よ、神にむかいて歓呼せよ」を聴こう。
こうして久しぶりにバッハのカンタータを聴くと、心が洗われ、清々しい気分になる。

かつて、リヒターの選集やヴィンシャーマン、ガーディナーなどで、数あるカンタータをそこそこ集めて聴いたものだが、ここ数年すっかりご無沙汰をしてしまっている。
演奏のスタイルも変わりつつあり、古楽奏法もすっかり定着し、まったく当たり前のこととなった今、アナログ的な演奏によるバッハが妙にまた新鮮に聴こえる。
そして歌うのが、最愛のルチア・ポップとあってはなおさら。
優しく、ぬくもりあふれるポップの歌声は、受難曲あたりだとかえってその親しみある声が少し浮き上がってしまうように感じるのだが、このソプラノのためのカンタータは歌わせどころがふんだんにあるので、バッハの音楽を味わうとともに、ポップの歌声も味わうというところで、とても楽しめる。

三位一体節後第15日曜日用のカンタータとして、1730年9月17日に演奏されたと言われるが、それも諸説あってはっきりしないという。
しかし、バッハの書いた音楽は真実の音として今のわれわれの耳に、心にしっかり届いている。
トランペットも活躍するこの曲、一見華やかだが、そう聞こえるのは最初と最後のアリア。
ソプラノの目覚ましい技巧とトランペットが、心を沸き立たせてくれる素晴らしいアリアだが、中間のレシタティーボとアリアはバッハ特有の、音楽に祈りが昇華したような清らかな曲で、朝のさわやかな祈りの気分に満たされている。

      いと高き者よ、汝の慈しみを
     いまよりのち朝ごとに新たにしたまえ

            S:ルチア・ポップ
            Tr:ドーン・ラインハルト

    マリウス・フールベルク指揮 アムステルダム室内管弦楽団

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2009年8月 4日 (火)

グリーグ 「ペール・ギュント」 ポップ&マリナー

Hamanako浜名湖です。
少し前、車で名古屋出張を敢行したときの帰り。
浜名湖SAからの眺め。
夕焼けスポットだそうな。
何度も書いてますが、日の沈む夕焼けが大好き。
海に、山に、平野に。

Grieg_peer_gynt_marriner

グリーグ「ペール・ギュント」全曲を聴く。
イプセンの劇作品に付けられた劇音楽は全23曲。
そこから8曲が選ばれ、第1と第2の組曲が編まれたというわけ。

この組曲版、中学校の音楽の授業で初聴き。
それもこれも「朝」が一番印象的だった。
いかにも朝のすがすがしい始まりを告げるような音楽は、大人も子供も大好きかもしれない。

長じて大人になって聴くと、ソプラノのついた「ソルヴェイグの歌」が心に染み入るようになり、歌を聴くには、組曲よりは全曲盤を好むようになった。

        ソプラノ:ルチア・ポップ
   
 サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールス
                     アンブロジアン・シンガーズ

放浪家、いや北欧の海の男たちは冒険家というのだろうか、そのペール・ギュントを待ちわびるソルヴェイグの心情を歌った名品は、まさに名曲の名曲たる由縁の音楽。
私にとって「ペール・ギュント」の中で燦然と輝く名品。
それが、このCDでは、ルチア・ポップの歌で聴けるわけだ。
ポップの純粋無垢の歌声が、この曲ほど切なく聴こえるものはない。
いつも誉めてばかりのルチア・ポップ。このグリーグも素敵にすぎる。

全部で12曲が選ばれたこちらのマリナー盤。
完全全曲では語りが必要だったり、曲の精度が少し落ちたりなので、まずは順当な選曲。
オケの清涼感とさりげないクールさは、マリナー&アカデミーの真骨頂。
ソルヴェイグの歌は全戯曲で3曲あるが、そのうち終曲にあてられたものは、ペール・ギュントの最後の旅、そう、ソルヴェイグの膝にだかれて死んでゆく。
まさに子守唄。
深淵ではないけれど、優しく、さりげなくも愛おしい音楽であります。

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2009年7月29日 (水)

「ドイツの子供のうた」 ルチア・ポップ

Skycloud_1 日曜日、晴れた空を見上げたらこんなだった。
都会にいると、めったに空を見上げることがなくなった。
私の実家や今住む家はそこそこ田舎なので、窓からこんな空が眺められる。

こんな雲を大人はぼぅ~っと見てるだけだけど、子供はいろんなイマジネーションを働かせちゃう。

Skycloud_2 数秒後には、もう姿を変えてしまう。

雲を眺めて音楽にした作曲家・・・、ドビュッシーにホルスト、あと誰がいたかしら?

Popp_deutschen_kinderundwiegenliede ブラティラヴァの名花、ルチア・ポップの歌を聴きましょう。
いまさらながらに、その早すぎる死は惜しまれますが、いくつも残されたその音源を通して、彼女の伸びやかでイヤ味のまったくない歌声は私たちをいつまでも魅了してやまない。

オルフェオレーベルに83年に録音した「ドイツの子供の歌」。
ドイツの童謡とも言ってもいい、やさしくも懐かしい歌が23曲も収められていて、疲れた体や耳に心地よいことこのうえない。
 童謡といっても日本で思う童謡とはちょっと違う。
解説にもあるが、民謡やフォークソング、そして子守唄のような子供から大人まで楽しめる、そして口ずさめる歌、といったジャンル。
「ブンブンブン蜂が飛ぶ」や「霞か雲か」のようにあまりにも耳に親しい単純なる歌から、ブラームスの子守唄のような本格クラシカルまで、次から次へと歌われ、最後には心安らかにお休みなさい、の心境になります。
お休みまえのひと時にうってつけ。
でもいくつかの子守唄の歌詞には、おっかない内容のものやシニカルなものもあったりして、大人の子守唄としても受けとめることもできるかも・・・。

ここで聴くポップ、天が与えたかのような愛らしい歌声は清純無垢そのもの。
加えて、本格的な伴奏(ミュンヘンの器楽アンサンブル)がなかなか雰囲気豊かで聴かせるし、ギターやツィターもちょろりんと登場して、こりゃ南アルプスの世界も味わえちゃう。

オジサンのわたくしも、これでいい夢が見れようというもの。
いい夢見ろよ。

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2008年11月30日 (日)

モーツァルト 歌劇「魔笛」 ハイティンク指揮

Disney2008_2 ディズニーランドは、今年開業25年。
もう四半世紀になるのか・・・・。
造られたものとはいえ、人々を夢の世界へと誘ってくれる別世界。
ディズニーランド開設を控えた2年前、その運営企業のオリエンタルランドが、新卒採用を大幅に募集した。
まさに、私の卒業年度で、就職先に選ぶ知り合いも何人かいたが、みんなちょっと変わり者だったりした。
自分はまったくそんな思いはなく、手堅い先を選んだつもりが・・・・・・。
人生は、わからないものである。

そんな夢破れたオヤジにも、束の間の時間、お伽の世界を開いてくれる。
息子が友達同士で行ってきた。そのお土産の袋だけでも、ウレシイ。

Mozart_zauberflote_haitink












休日はオペラ。
こちらもお伽話でまいりましょうか。

モーツァルト「魔笛」。
セリア、ブッファ、ジングシュピールと体系化されるモーツァルトのオペラは、それぞれに神がかりなまでの世界に達しているが、やはりブッフォのダ・ポンテ3作が群を抜いている。
 その次が、ジングシュピールの「魔笛」とセリアの「ティトゥス」「イドメネオ」といったところか・・。

晩年のこのオペラは、「ティトゥス」、最後のピアノ協奏曲や弦楽五重奏、そしてレクイエムと同時期のものながら、それらの澄み切った透徹した世界から比べると、ちょっと違うように感じる。
ジングシュピールという性格もさりながら、劇場興行主シカネーダーの何でもあり的な台本のせいでもあるようだ。
善と悪との対立、生真面目な恋愛、喜劇的な恋愛、親子の問題、そして忘れてならないのは、フリーメイソンが目的とした倫理的な概念をも導入していること。
だから、いろんなものを盛り込みすぎて、その多様性ゆえに、ダ・ポンテ三部作のような人間の心に踏み込んだ求心力が薄れているように思う。
 善・悪を明確にしすぎたためか、夜の女王は、パミーナの母親でありながら、復讐にこだわったがゆえに葬りさられてしまう。(もちろん、ザラストロは、敵を許すということを諭したのだが)物語的には、恋愛が成就したのに、母親がいなくなってしまって可哀そうなパミーナなのである。
 ついでに言えば、若い二人の火と水の試練は、フリーメイソンの儀式であろうか。
今でも存在するこの結社は、秘密結社でも怪しげな存在でもなく、ダ・ヴィンチやゲーテ、ハイドンも、歴代アメリカ大統領も、日本の経営者も、ともかくいろんな方々がそのメンバーであった。日本にもしっかりと存在していて、芝公園のほうにあるらしい。
興味ある方はこちら。徳川時代から続くその歴史は読んでおもしろい。

 ザラストロ:ロラント・ブラハト           タミーノ:ジークフリート・イェルサレム
 パミーナ :ルチア・ポップ             夜の女王:エディタ・グルベローヴァ
 パパゲーノ:ウォルフガンク・ブレンデル パパゲーナ:ブリギッテ・リントナー
 モノスタトス:ハインツ・ツェドニク          弁者 :ノーマン・ベイリー
 第1の僧侶:ヴァルデマール・クメント   第2の僧侶:エーリヒ・クンツ
 第3の僧侶:アンドレ・フォン・マットーニ 第1の武士:ペーター・ホフマン
 第2の武士:オーゲ・ハウクラント      第1の待女:マリリン・リチャードソン
 第2の待女:ドリス・ゾッフェル       第3の待女:オルトルン・ウェンケル
 3人の童子:テルツ少年合唱団員

      ベルナルト・ハイティンク指揮 バイエルン放送交響楽団
                        バイエルン放送合唱団
                                                フルート:アンドラース・アドリヤン
                          (81年ミュンヘン)

フリーメイソンのトライアングルを意識してか、3人セットが多い。
そして、どうでしょう、この素晴らしい配役。
味わい深いキャストの妙に、ため息が出てしまう。
EMIやデッカは、こんな布陣をレコード録音に平気で行っていた。
ギャラの問題なんて頭になく、後世に残す録音のため(と思いたい)。
同じEMIのケンペの「アリアドネ」を思い起こすような素晴らしいメンバーだ。
贅沢にも、武士の一人が、ペーター・ホフマンですよ。
81年といえば、バイロイトでローエングリンを歌っていた第一線級の歌手なのだから。
ショルティの1回目の魔笛でも、こうしたマジックがあった。
69年の録音だが、二人の武士は、ルネ・コロとハンス・ゾーティンなのだから!
そしてホフマンは期待に違わず、目の覚めるような声を聴かせてくれちゃう。
この頃はまだすこしもっさり気味のイェルサレムの声とは大違い。
かつて、ハンブルク・オペラの来日公演では、この役は同じヘルデンのロベルト・シェンクだっが、シュンクの太い声が耳にビンビンと響いて痛いほどだった。

僧侶に往年の名歌手、クメントクンツ。弁者は、オランダ人やウォータンを歌うワーグナー歌手の英国歌手ベイリー、待女たちも第一級の彼女たち。
婆さんがパパゲーノに歳を聞かれて答える17歳、それと同じ年のリントナーを起用したが、アイデア以上に素敵なパパゲーナでにんまり。
 主役級たちの個々の歌は、当然に素晴らしいもので、ポップの人を惹きつけてやまない素敵な声によるパミーナは、同役で最高のものではないかと思うが、ちょっと大人の声になりすぎているのが気になるは贅沢か。
グルベローヴァの完璧でありながら、冷徹にならない夜の女王も文句なし。
ブラハト、イェルサレム、ブレンデルの3人は、良いけれど、競合のほかの諸盤の同役たちには敵わない・・・・。
男性陣の私の理想の配役は、モル、コロ、プライの3人であります。
カラヤンがザルツブルクで74年だけ上演した魔笛の配役が良かった。
コロ、プライ、マティス、グリスト、グルベローヴァ、ファン・ダム・・・すごいでしょ!

さて、ハイティンクの指揮はふっくらとしたマイルドな響きのモーツァルトを聴かせていて、堂々たるテンポを取り趣きに溢れている。ただし、それがドラマを語るまでは至っておらず、個々には極めて立派な音楽が鳴り渡っているのだが、シンフォニックな耳のご馳走で終わってしまうもどかしさがある。
でも当時は、これがハイティンクの個性で、その後コヴェントガーデンでの音楽監督経験を充分に積んで、オペラにおいても巨匠ぶりを発揮するようになる。
ここでは、バイエルンのオケの素晴らしさが、指揮をしっかりと支えている。
いつも書くけれど、バイエルンのオペラと放送のオケは、南ドイツ風の温かさと機能性を併せ持った素晴らしい存在なのだ。

私のライブラリーにある「魔笛」は、ベーム、スゥイトナー、サヴァリッシュ、ハイティンク、アバドで、永く狙ってきたショルティの旧盤が安くなったから、ぼちぼち聴いてみたいと思っております。名盤揃いの魔笛、皆さんの愛聴盤は?

Disney2008_a いつも謎に思っていること。
ディズニーランドの照明はいつ、どれくらいで交換しているのだろうか?

着ぐるみは、臭くないのだろうか?

ミッキーに入っているのは、男か女か?

ミッキーは何人いるのか?

夢が壊れちゃうから、誰も答えられない問題なのだ。

      

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2008年10月26日 (日)

R・シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」 クライバー指揮

Rosenkavalier_kleiber 昨日HMVで、購入したホヤホヤのCD。
そして、今日、封を切るのももどかしいくらいに、ワクワクしながらCDを取り出しトレーにセット。

拍手が始まり、その拍手が鳴り終わる前に指揮棒が振り下ろされ、湧き上がるような上気したホルンの第一声が響き渡る・・・・・。

あぁ、なんて素晴らしいんだろう。
その場に居合わせたら、もうそれだけで涙が出てしまうかもしれない。

ついに出ました。カルロス・クライバーR・シュトラウス「ばらの騎士」正規ライブ!!!
「ばらの騎士」ばかり、何度も登場させて辟易とされている方もいらっしゃいましょうが、ここは、カルロスに免じてご容赦のほどを。ちなみに、今回でオケ版も含めて9本目の記事。

何がすごいかって、まず、カルロスのオペラ・ライブは映像を除いては初めてということ。
それも、ミュンヘンで毎年のように指揮していた名物「ばらの騎士」。
それから、映像で残されたカルロスのばら騎士は、79年のミュンヘン、94年のウィーンとあるが、今回の73年といえば、そのクライバーが鮮烈なデビュー作「魔弾の射手」を録音した年である。その翌年には、ウィーンフィルとの「第5」録音や、バイロイトでの「トリスタン」などが控えていて、ともかくクライバーの登場が音楽ファンを狂気させていた時期なのである。
 加えて、亡き名バス、リッダーブッシュのオックスが聴けることも大きい。
さらに、録音の鮮明さ。ライブ感溢れる立派すぎるステレオ録音。

 元帥夫人 :クレーア・ワトソン   オクタヴィアン:ブリギッテ・ファスベンダー
 ゾフィー  :ルチア・ポップ     オックス男爵:カール・リッダーブッシュ
 ファーニナル:ベンノ・クッシェ    マリアンネ:アンネリー・ヴァース
 ヴァルツァッキ:デイヴィット・ソー アンニーナ:マルガレーテ・ベンツェ
 警官  :アルブレヒト・ペーター  家令   :ゲオルク・パスクーダ
 テノール歌手:ゲルハルト・ウンガー

   カルロス・クライバー 指揮 バイエルン国立歌劇場管弦楽団
                   バイエルン国立歌劇場合唱団
                演出:オット・シェンク
                         (73.7 @ミュンヘン)

72年にプリミエを迎えたシュンクの伝統的なプロダクションは、79年の映像でも確認できる。74年には、クライバーの初来日として、日本でも上演された。
この年の公演、私はまだ高校生になったばかりでオペラ観劇デビューにはまだ2年を待たなくてはならなかった。(サヴァリッシュのワルキューレやドンジョヴァンニも最高のキャストで上演されたのに・・・・)

先に書いたとおり、冒頭から音楽はいきいきと弾むようにオーケストラピットから湧き出てくるようで、耳にすっかり馴染んだシュトラウスの音楽に鮮やかな彩りを与えているかのようだ。奔流のように溢れては劇場に飛び散るような音たちに、私は聞き惚れるばかり。
 各所に散りばめられたワルツのふんわりと柔らかな肌ざわりと、豊かな歌心に抜群のリズム感。あまりに有名なオックスのご機嫌印のワルツで、こんなに体を一緒に動かしたくなってしまうことってかつてないこと・・・。
 そして、1幕後半のマルシャリンの独白の聞かせどころ、あまりの儚い美しさに茫然と聞き惚れ、目頭が熱くなった。時計の音を刻む場面の冷凛とした雰囲気なども息を飲むほど。
2幕の騎士を待ちわびる時めく音楽の高まり、そして、ついに騎士登場の場面のさらなる最高潮。姿も声もオクタヴィアンになりきったファスベンダーの颯爽とした姿が目に浮かぶ。映像はなくても、あのお姿が脳裏に焼き付いている。
 銀のばら贈呈の場面の陶酔的な美しさ(ルチア・ポップ!!!)、その後に再び歌われる二人の束の間の愛の二重唱の息苦しいまでの素晴らしさ(私はイタリア2人組に見つかるまでの、この場面がたまらなく好き)。
2幕も3幕も、拍手とかぶりながら指揮棒を振り下ろすクライバー。
曖昧で錯綜する複雑なオーケストラの3幕冒頭。見事なアンサンブルで応えるシュターツオーパーのオケ。毎度このオーケストラは放送響と並んでその暖か味ある音色がいい。
相当な練習を積んだことであろう、ユーモアも溢れる自在なカルロスの指揮のもと完璧。
オックスが大騒ぎで賑やかに出ていったあと、シュトラウスの精妙な筆使いの冴え渡る最高の大団円を迎えると、音楽も徐々に様変わりしてゆく。
三者三様の心持ちを支える素晴らしいオーケストラ。時におののくように、時に期待と、そして別れの寂しさを堪えるように。
舞台を左から右に、そうゾフィーのところへ移動するマルシャリンのドレスの絹ずれの音がいやでも舞台の情景を思い起させ、そしてこれから始まるあまりに美しい3重唱に胸が締め付けられる思いがする。

 あの人を正しい愛し方で愛そうと思っていた・・・、まさかこんなに早くその日が・・

マルシャリンが静かに歌いだすとき、私の涙はダム決壊状態に。
この場面、クライバーが導きだす、ホルンの強奏と豊麗かつ甘味な響きに陶酔するばかり。若い二人の鈴音のような二重唱に続き、急転直下のこ洒落た結末に息つく間もない。

Rosen_kleiber  まったくもって素晴らしいキャストの中にあって、リッダーブッシュのオックスが期待通りに素晴らしい。当時、舞台に録音にひっぱりだこだったこの不世出のバス歌手は、美声に加えて豊かな声量とタフなスタミナを兼ね備えた完璧な人だった。
オックスの一応貴族の出自を思わせる気品と、いやらしい品のなさ、この両方を幅広い歌唱力をもって見事に歌っている。そして声の威力にも唖然とする。
リッダーブッシュ、最高のザックス歌手という私の思いに加えて、モルとともに、最高のオックス歌手といいいたい。
 映像と同じファスベンダーポップのコンビには、もう何もいうことはありませぬよ。
声の相性とミックスの具合がえも言えず天国的であります・・・・。
ワトソンについては、ちょっと評価しずらいところ。少し古めかしい場面もあるが、とてもデリケートで入念な歌で、耳をそばだてさせる魅力がある。
先にあげた心震わせる最後の3重唱の素晴らしさ。ファーニナルと登場し、「Ja,Ja」と歌う声の儚さは何ともいえない。

ジャケットは、クライバーの書き込みのある「ばらの騎士」の総譜。
2幕で、ゾフィーがペルシャのばら油を一滴垂らした銀のばらの香りをかいだところ。

   まるで、天国からの あいさつのよう
  香りが強すぎて 耐えられないくらい
  胸がきゅんと引っ張られるよう・・・

カルロスの子息マルコ・クライバー氏の書いたCDの解説の表題、「天国からのあいさつ」とある。

    "Ist wie ein Gruβ von Himmel"

Kleiber スロヴェニアにあるカルロス・クライバーのお墓。
2004年7月13日が命日。
もう4年になる、いやまだ4年か・・・、
追悼音源があまり出ないこともあってか、もっと月日がたってしまった感もある。

そして、今日、あまりに素晴らしい「ばらの騎士」を聴くことが出来た。
オルフェオには、この先も貴重な放送音源の正規発売に頑張って欲しい

 「ばらの騎士」の過去記事

  新国立劇場        シュナイダー指揮
  チューリヒ歌劇場     ウェルザー・メスト指揮
  ドレスデン国立歌劇場  ルイージ指揮
  
神奈川県民ホール(琵琶湖) 沼尻竜典指揮
  新日本フィル公演      アルミンク指揮
  
  
ドホナーニ指揮のCD&4つの舞台のレビュー
  バーンスタイン指揮のCD
  ヴァルヴィーゾ指揮のCD(抜粋)
  プレヴィン指揮の組曲版CD

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