カテゴリー「飯守泰次郎」の記事

2014年2月23日 (日)

神奈川フィルハーモニー第296回定期演奏会 飯守泰次郎指揮

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観覧車の時計は、終演後の時間を指してますが、土曜の午後のコンサートが終了。

冷たい空気、気持ちがいい青空。

清々しい気分で、ホールを後にしました。

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  ワーグナー  「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

  ブルックナー 交響曲第7番 ホ長調 (ノヴァーク版)

      飯守 泰次郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

            (2014.2.22@みなとみらいホール)

これはある意味、絶対的・定番のプログラム。

独墺系オーケストラや指揮者の来日公演でもよく見るプログラムで、ときに、ブルックナーが、マーラーの5番だったりします。

いずれにしても、わたくしの大好物演目が、飯守先生の指揮と神奈川フィルで聴けた幸せを、本日もまだじんわりと噛みしめております。

飯守さんの「トリスタン」は、ずっと昔から、ことあるごとに聴き続けております。
名古屋フィルの指揮者時代に、おりから名古屋単身赴任中だったので聴いたほぼ全曲のコンサート形式上演。
シティフィルとの全曲上演。
都響とのライブCDの「前奏曲と愛の死」。

そのいずれも、今回の神奈川フィルとの演奏とで、まったくブレがなく、その印象は同じ。

一番古い記憶は、70年代半ば、飯守さんが、バイロイトで活動しているころ、N響に登場したときも、「トリスタン」だった。
8分の6拍子の前奏曲を、丹念に6つで振り分けていたのをおぼえてます。

克明・着実が、飯守さんのワーグナー。
スコアを信じて、音楽だけの力で持って、盛りあがってゆく前奏曲の自然なうねり。
1本の半音階トリスタン動機が、じわじわと変化しつつ、各楽器に橋渡しされてゆく。
ライブでオーケストラを俯瞰しつつ聴く「トリスタン」の喜び。
官能のうねりが、フォルティシモで最高潮に達し、カタストロフのように引き潮で音が引いてゆく83小節目。
飯守さんの「トリスタン」は、ここが真骨頂。
勢いで雪崩打つような演奏が多いなか、ここは、神戸さんのティンパニの一撃のあと、一音一音を際立たせるようにしっかり下降。
CDでも、ほかのライブでも、飯守さんはいつもこうだ。

「愛の死」もじっくりと丁寧に仕上げることで、大いなる感銘の渦を引き起こしてました。
わたしは、胸がつまってきて、思わず涙が出ちゃいました。

神奈川フィルの美音と、飯守さんの克明サウンドが、素晴らしいワーグナーとなりました。

続くブルックナーも安定的な佇まいと、自然の息吹と、音楽そのものの魅力を感じる名演です。

息の長い旋律と、執拗なまでのリズムの刻み。
ブルックナーに必須の要素はすべて盛り込まれ、個々にも美しい景色はたくさんありましたが、全体の見通しをガシッと掴んで、この大曲を一気に聴かせてしまった感があります。

でもとりわけ素晴らしかったのは、第2楽章。
悲しみの第1主題、ほんとうに心がこもってて、荘重かつ神々しい。
ワーグナーの姿もそこには見る思いだ。
そして、優しく滋味あふれる第2主題は、さすがの神奈川フィルの弦。
あまりに美しく、そのあとを受ける木管群も抜群に美しい。
ブルックナーの緩除楽章の魅力は、ヨーロッパ・アルプスの野辺を思わせる自然美を感じさせることにあると思います。
この飯守&神奈川フィルの演奏は、まさにそんな光景が眼前に浮かぶような素晴らしいものでした。
 クライマックスで高らかに鳴り渡るシンバルやトライアングルも、突出せず、音楽の流れにしっかり組み込まれた渋いとも感じさせる響きでした。

2楽章ばかりを書いてしまいましたが、どの場面でも、飯守さんは、オーケストラに一音一音をしっかり鳴らさせ、それによって、ホールはドイツ的な克明な響きに満たされたような感がありました。
先月のゲッツェルさんの、輝かしい音色から一転、同じドイツでも、かっちり明確なサウンドを引き出した飯守さん。
 神奈川フィルのフレキシビリティもたいそうなものと感心いたしますが、指揮者でこんなに変わるものか、またその個性と実力のほどを感じました次第です。

ベームやシュタインの跡をたどっているような飯守さん。
新国立劇場での「パルシファル」と「オランダ人」。
さらにシュトラウスやモーツァルトの上演なども期待したいですし、なによりも、神奈川フィルには定期的にやってきて欲しいものです。

演奏終了後、聴衆も、オーケストラからも、飯守さんを讃える拍手が長く続きました。

満足の気分のまま、増えつつある、いつもの仲間に楽団からもお迎えして、コンサートの感度をそのままに、楽しいビール会に席を移して、遅くまで楽しみました。

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いつもおいしい、出来立ての横浜地ビール。

泡までおいしい。

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全部、神奈川産の食材。

神奈川のサウンドに、ビールに肴。

土曜公演は、しばらくないから、こちらのお店もしばらくご無沙汰となります。

来月は、聖響じるしのマーラー6番。

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2014年2月21日 (金)

神奈川フィル定期演奏会 前夜祭 アバドの指揮で

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まだ残雪の残る2月19日の、湯島天神。

「湯島の白梅」といえば、江戸の情緒あふれる街と、こちらの天神さまを思いますが、周辺は、ビルや住宅が立ち並び、こうして背景も、ちょいと無粋なこと極まりないです。

相次ぐ雪で、こちらの梅の開花は足踏み状態。

次回の神奈川フィルハーモニーの定期演奏会は、わたくしの大好物ばかり。

 ワーグナー  「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

 ブルックナー 交響曲第7番 ホ長調

  飯守 泰次郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

         (2014年2月22日 14:00 みなとみらいホール)


神奈川フィルに飯守先生の登場。

しかも、ワーグナーとブルックナーで。

ワーグナー好きとして、飯守さんのワーグナーは、故若杉さんとともに、ずっと聴いてきました。
そして、ついに次期、新国立劇場の音楽監督として就任し、いきなり「パルシファル」や「オランダ人」を指揮。
バイロイトでの穴倉経験も豊富で、ワーグナー家からも一目置かれてきた飯守先生の「トリスタン」と、ワーグナーの死を予見し、期しくも師への告別の楽章となってしまった2楽章を持つ、ブルックナー7番。

今日は、アバドの指揮で予行演習しておきます。

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 ブルックナー 交響曲第7番 ホ長調

  クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                     (1992.3 @ウィーン・ムジークフェライン)

                  ルツェルン音楽祭管弦楽団

                     (2005.8 @ルツェルン)


正規録音(映像)は、このふたつ。
                     
                    

ウィーン時代末期、ベルリンに主体を移したあとの録音は、演奏時間64分で、それでも速めでこだわりの少ない、すっきりと歌う、清々しいブルックナー。
ウィーンフィルの美感を、充分に活かした、ウィーンのブルックナーでもありました。
すみずみまで、よく歌っていて、どこも過不足がないので、演奏時間の割りに、ゆったりと感じます。

そしてルツェルンでは、演奏時間が60分を切る、こだわりの少ない快速版。
ベルリンを卒業してからのアバドは、音楽が凝縮され、テンポも早くなり、音色は常に明るく、そしてなによりも若々しい音楽造りとなった。

すべてのしがらみや、苦しんだ病からも解放されて、音楽する喜びを全身にあらわして指揮するアバドに、彼を慕う演奏家たちは、夢中になって、恐ろしいほどの集中力と、アバドへの献身的な思いでもって答えました。

アバド追悼のシリーズで、ルツェルン時代は、またゆっくりと取りあげることとします。

私家盤の放送録音では、84年のウィーンフィル(ザルツブルク)と、88年のウィーンフィルのふたつがありますが、84年が62分、88年が64分と、ライブならではのタイムの違いが出ておりますことは、面白いことです。

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  ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 前奏曲と愛の死

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                   (2000.11 @ベルリン)


もう何度もブログでは取り上げました、アバドのトリスタン。

ここでもアバドの音楽は明るいです。

シェイプアップされた、ベルリン・フィルのスリムな響きも、カラヤンのずしりと響く豊かな低音のワーグナーとは別次元のものです。

カラヤンのワーグナー自体が、練り上げられた響き重視のスマートなものでしたが、それでもピラミッド的な重層的なオーケストラサウンドがそのベースにありました。
 アバドのワーグナーは、豊かな歌の中に、ワーグナーの響きを明晰さとともに、解放してしまった感があります。
 ここは、こう粘って・・・とか思ってると、一気呵成に駆け抜けたりして、サラリとしたものです。
しかし、前奏曲の持つ熱いうねりと、愛の死の高揚感は、アバドならではの集中力と緊張感にあふれたものです。

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 飯守泰次郎指揮 東京都交響楽団

             (2004.1 @東京文化会館)


ブルックナーは持ってませんが、飯守さんのワーグナーは愛聴盤のひとつです。

全編、オペラティックな雰囲気にあふれ、ことに「トリスタン」は、どっしりと腰を据え、まったくブレのない、正真正銘のドイツのワーグナーを感じます。
カラオケで使えそうなくらいに、愛の死では、オペラの一節のように思います。
CD音源だけで、ワーグナーの音楽への、のめり込み方がハンパなく感じることのできる、すぐれた演奏だと思います。

わたくしは、飯守さんの「トリスタン」は、名古屋と東京で、2度ステージ上演(名古屋は抜粋)を体験してます。

きっと、うなり声も激しく、神奈川フィルから、真正ワーグナーの響きを引き出していただけるものと思います。

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2010年4月 6日 (火)

小山 由美 サントリー音楽賞受賞記念コンサート

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アークヒルズのお隣にある「桜坂」。
福山さまの歌の「桜坂」とは違うみたい。
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ライトアップされ、こんな美しさ。
いまいち画像ですが。

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日本を代表する最高のメゾソプラノ歌手、小山由美さんが、2008年度の活躍を評価され、昨年第40回のサントリー音楽賞を受賞されました。
その記念コンサートでありました。
パンフレットによりますれば、初回が小林道夫さんで、あとは歴代、日本の音楽史が書けそうな方々が受賞されております。
小山さんのご活躍がおおいに評価されての受賞、まさに慶賀の至りでございます。
ワーグナー好きのわたくしですから、ワーグナーやシュトラウスの緒役をレパートリーにする小山さんの舞台はかなり拝見しておりまして、逆にそれらの上演においては、小山さんはいまやなくてはならぬ存在になっているわけ。
これまでの観劇記録をひもとくと、オルトルート、マグダレーネ、フリッカ、クンドリー、ヘロディアス、エミリア・マルティ、ゲシュヴィツ公爵夫人などなど、たくさん接し、いずれもキリリとした歌唱とお姿は舞台を引き締め、牽引する小山さんが極めて印象的でありました。

 ワーグナー 「ワルキューレ」
          ワルキューレの騎行、第2幕~フリッカとウォータンの場面
 
 R・シュトラウス 「カプリッチョ」
          前奏曲、月光の音楽

 ツェムリンスキー 「メーテルリンクの詩による6つの歌曲」

 ワーグナー   「パルシファル」
          前奏曲、第2幕後半

 R・シュトラウス 「献呈」

     Ms:小山 由美

     T: 成田 勝美(パルシファル)

    飯守泰次郎 指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
                           (2010.4.5 @サントリーホール)


実に素晴らしいプログラミング。
この演目を拝見し、小山さんだし、即チケット入手だ。
新国「神々の黄昏」、東京春「パルシファル」と続いてのこのコンサート。
まさに、ワーグナー週間、ワーグナー祭りでございますよ。
何もこんなに集中してやってくれなくてもいいじゃないと、半ば嬉しく、そして苦しい懐中に鞭打ちつつのワーグナー祭。
その仕上げに相応しく、リングとパルシファル、そしてワーグナーに派生したシュトラウスとツェムリンスキーの配合。
まったく見事なまでに、自分の中で完結した連続体験なのだ。
しかも、最後は日本人が達成した最高のワーグナー演奏で締めることができて、こんなにうれしいことはないし、自分のワーグナー鑑賞歴に大きなひとコマを刻むことができた大いなる満足感もひとしお。

ともかく、小山さんの歌とその立居振舞が素晴らしい。

まずはやはり、クンドリー!
数日前にシュスターの強烈なクンドリーを絶賛したばかりだが、テオリンのブリュンヒリデも含めて、その歌唱は強く圧倒的だが、あまりに凄過ぎて、かえって遠い近寄りがたい存在に感じたりもする。
それはいい意味で外国人が自分たちの音楽をむちゃくちゃ高度に歌い演じた姿であって、われわれ日本人からすると憧れの存在であろうか。
でも、小山さんのクンドリーは遠くなく身近な存在であり、シュスターのようにおっかない異次元クンドリーじゃなくて、転びの弱さも感じさせる、極めて人間的で情味溢れるクンドリーでありました。
高音域から低域までを存分に駆け巡らなくてはならない至難の役。
すさまじかったシュスターは、少し荒れて音程も怪しくなったが、小山さんは完璧だし、叫び声のようにはならなかった。
日生劇場で観劇したパルシファルを思いだしながら聴いた。
その時は、3幕ともに味わいを変えてのクンドリー。最後に、洗礼を受けて両手で目を覆って涙するクンドリーに、私も涙ボロボロでありました・・・・。
今回は前半・後半でドレスと髪型を変えての小山さん。
完全にクンドリー入ってました。
ドイツ語の語感の快さ。明晰な発声とほどよい感情移入。きりっとした切れのよさ。
音符に乗せた言葉の重みを感じさせる豊かな歌いこみ。
クンドリーのみならず、小山さんのドイツものは常にこうした感銘を与えてくれる。

 成田さんのパルシファル。
アンフォールタースの決め言葉、サントリーホールを揺るがしました!
安定感あります。カットはあったけど、小山さんとのあうんの演技も堂に入っていて、パルシファルの緊迫した2幕を心から感激しながら聴くことができた!
 もちろん、飯守さん指揮する東京シティフィルの、これぞワーグナーというべきサウンドは、もう何も言葉にすることはできないのであります。
多少の傷はまったくといっていいほど気にならない、そんな音楽の流れのよさと必然に満ちている演奏。

遡って、ワルキューレ。
騎行はともかくとして、馴染み深い小山さんのフリッカ。
気品と気位の高さを感じさせる。
ツェムリンスキーの歌曲を、実演で聴けるのも望外の幸せ。
小山さんの新境地ともいうべき、後期ロマン派こてこての世界は、先のベルクの「ルル」の系譜につながるもの。
思い切りこの系統が好きなもんだから、ハープのグリッサンドにピアノ、チェレスタの味付け、濃厚かつ緩めの音楽。まったくリラックスしてしまう。

この歌曲集は、オッターの蒸留水的な歌で聴いているが、小山さんの脂肪分ゼロのクリアーで透明な歌唱もツェムリンスキーにぴったり。
ここでは飯守&シティフィルは、絶妙のタッチで透明感と濃密感を見事に表現していたのが印象的で、オーケストラ部分だけ聴いていても存分に楽しめたのであります。
 そのオケが、私の大好きな「カプリッチョ」を演奏してくれた。
弦楽6重奏による前奏曲は、飯守さんは椅子に腰掛けて聴いいて、月光の音楽のみ指揮。シティフィルによる「カプリッチョ」は昨秋、日生で聴いて、その素敵な演出でノックアウトされてしまった。
その時の思い出が、次々に思い起こされてきて、素晴らしい月光の音楽では、涙が出てきてしまった。もう勘弁してよ、って心境。
 アンコールに、シュトラウスの歌曲をもってきたのも、小山さんと飯守さん、そして、今回のコンサートの流れを見事に完結する巧みな配分でありました!

素敵なコンサートでした。
盛大な拍手にブラボー、私も一声いきましたよ!
今年のびわ湖でのイゾルデ挑戦、楽しみですね。
トリスタンだらけだけど、なんとか観劇したいものです。

終演後は、ヲタ会理事のおひとりminaminaさんと、ホール近くの居酒屋で、軽く一杯。
長いコンサートだったのですが、やはり締めは飲まなくては。
ちゃんとお互い終電前に帰宅の途につきました!
お疲れさまでした。

Sakurazaka3
数日前の桜坂。
六部咲き花曇り。

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2009年11月 7日 (土)

「ワーグナーの森へ」  飯守泰次郎指揮

1 ノイシュヴァンシュタイン、あ、いや、じゃなくて、国宝「姫路城」でござる。
先週の出張で撮影。
朝7時に散歩しながら近くまで。

城マニアじゃないけれど、そこに城があれば登りたくなるのが人情。
でも朝早かったので断念。

2 姫路駅から、まっすぐの通りの奥にすくっと立つ名城。
姫路の街は、この城が中心となっているようで、車で走ってもそれがよくわかる。
市民の皆さんも、この回りで普通に生活している。

美しいですな。

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夜にも、酔っぱらう前に見てきました。
ドイツ語の外人さんがチラホラ。
どこかのオーケストラですかね。

夜は、新鮮な魚や、姫路おでんを食べたのであります。

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中世の城とくれば、ワーグナー
無理やりのこじつけで、今日は飯守泰次郎先生のワーグナーを聴こう。

飯守さんは、誰しもが認めるワーグナー指揮者。
若い頃、国内では地味ながらも、ヨーロッパでの歌劇場活動が日本人では珍しいカペルマイスター的な存在となっていった。
そしてやはり、ワーグナーの孫、フレーデントに認められ、バイロイトで長く音楽助手を務めたことが大きい。
時代的にみると、ベーム、シュタイン、ブーレーズ、マゼール、ヨッフムなど錚々たる指揮者たちと仕事をしてきてるわけだから。

日本でも、ワーグナー上演は、故若杉さんと並んで一番多いのが、飯守さん。
私もいくつ観劇したかわからない。
マイスタージンガー以外はすべて日本で指揮しているのではないだろうか!

オーケストラ・コンサートでも、ワーグナーを振っては各地で引っ張りだこ状態。
このCDは、2004年に東京都交響楽団に客演したときのライブ録音で、都響へは久しぶりの登場であったという。
そんな久方ぶりの共演なのに、ここで鳴っている音はもう、完璧にワーグナーの音。
ブラインドテストしたら、誰が日本人指揮者とオーケストラだと言い当てることができるだろうか
唯一、飯守さんの盛んな唸り声でばれてしまうけれど。

  ワーグナー 「タンホイザー」序曲
          「ジークフリート牧歌」
          「神々の黄昏」~「ジークフリートのラインの旅」
          「ワルキューレ」~「ワルキューレの騎行」
          「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と「愛の死」

       飯守 泰次郎 指揮 東京都交響楽団
                     (2004.1.15@文化会館)

冒頭のタンホイザーから相当来てます。
旋律の歌わせ方、タメ、ティンパニの一撃等々、決まりまくっている。
慈愛の目線にあふれたジークフリート牧歌は、いじらしいくらいに歌い込んでいて、気持ちのいい朝の目覚めに相応しいと思わせてくれちゃう。
ラインの旅は、独立した曲であるとともに、オペラの中の存在として意識させてくれる。
長大なリングを知悉した指揮者ならではで、複雑なライトモティーフのそれぞれが息づいていて、音楽のあとギービヒ家の連中がまるで登場してくるかのよう。
コンサート指揮者だと、こんな雰囲気豊かな演奏にはならない。
 そして、最高なのがトリスタンですな。
しっかりと腰が座っていて、ブレがまったくない。
無用に煽ることもなく、テンポもいじることなく、それでいて、うねるようにして音楽が盛り上がってゆくのだからもう完璧なのだ。
愛の死は、これをカラオケにしたいくらいの模範的な演奏で、その昇天ぶりは、泣きたくなってしまう。

褒めすぎじゃないかと、お叱りも受けるかもしれないが、散々ワーグナーを聴いてるこの耳がそう聴いたのであります。
オーケストラに求めたいものはあるけど、そんなものを越えて、ここには、ワーグナー音楽の呼吸がしっかりとある。

飯守さんが、バイロイトで指揮をしてくれたら、世界中がびっくりするくらいの素晴らしいワーグナーが鳴り響くのではなかろうか。
若杉さんもそうだったが、飯守さんのワーグナーのオペラ全曲を音源として残すべきと声を大にして言いたい。(シティフィルとのものはあるはず)

Iimori 昔のコンサート・チラシで見つけた若き、飯守さん。
若いねぇ~。

73年だったか、N響でトリスタンを指揮するのをテレビで見たことがあった。
律儀に6拍子を丁寧に振り分けていたのをよく覚えている。

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2008年9月23日 (火)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 東京シティフィル公演

Tristan_iimori_tcpo 東京シティフィル、オーケストラル・オペラ「トリスタンとイゾルデ」を楽しんできた。
指揮は日本が誇る大ワーグナー指揮者、飯守泰次さん。
今回は、会場をティアラ江東に移しての公演で、客席数1200、響きの豊かなこのホールは、これまでの文化会館や日生劇場よりは、ずっとワーグナーに適していたように思う。
第一、歌唱がオーケストラに消されることなくよく聞こえたし、オーケストラの音も芯があって、各楽器のブレンド具合がとても美しい。
このところ、ツェムリンシキーやスクリャービン、アルヴェーンなど、トリスタン後の音楽を聴いていたものだから、そうした作曲家たちが魅せられた本家トリスタンをオーケストラを俯瞰するような形式でじっくり聞きこむことができて、あらためてこの作品の偉大さに感服つかまつった次第。
日本人だけによる全曲上演は、もしかしたら初めてではなかろうか?
もし違っていたら教えてください。
私はかつて、95年、名古屋に単身赴任中に、時の音楽監督飯守さんの指揮で名古屋フィルのトリスタン演奏会形式抜粋を聴いたことがある。主役は岩本明志と渡辺美佐子。その時の記憶はうっすらとしかないが、まだまだ若々しかった飯守さんの指揮ぶりがやたら印象に残っている。
 あれから13年、髪もシルバーになり、ワーグナーにおけるカリスマ性を増して、恰幅のいい豊かで自在な音楽を作り出す巨匠となった飯守さん。
本日の主役は、飯守さん指揮する東京シティフィルだった。
ワーグナーの息の長い旋律と、刻々と移り変わる網の目のように張り巡らされた精妙なライトモティーフ。そんなオーケストレーションの妙を、このコンビは見事なまでに描きだしている。多少の傷はあったものの、そんなことはまったく気にならない。
1幕のイゾルデの長丁場を支える明晰な響き、2幕のブランゲーネの警告の夢幻なまでの美しさ、トリスタンが故郷を語る場面での寂寥感、3幕のトリスタンの渇望と熱狂。
こんな場面におけるオーケストラの素晴らしさ。
2年のブランクをおいて満を持しての「トリスタン」。かなり厳しい練習を積んだであろうし、なによりも飯守=シティフィルというくらいに、長い期間をかけたこのコンビが熟成の時を迎えているのかもしれない。リングの一部を除き、ローエングリン、パルシファルと聴いてきての実感。
フランスものを担当する矢崎さんの存在も大きいものと思う。
演奏終了後、拍手に応える楽員の中には泣いている方もいらっしゃった。
思わずこちらも涙腺が・・・・。
今年聴いた「ワルキューレ」もこのオケがピットに入ればよかったのに。

  トリスタン:成田勝美     イゾルデ:緑川まり
  マルケ王:小鉄和広     ブランゲーネ:福原寿美枝
  クルヴェナール:島村武男  メロート:青栁素晴
  羊飼い :近藤政伸

  飯守泰次郎 指揮 東京シティフィルハーモニー
              東京オペラシンガーズ
                     (9.23@ティアラ江東)

今ワーグナーを歌える日本を代表する歌手が勢ぞろい。
舞台栄えのする成田さん、出だしは体力をセーブしたのか慎重だったが、2幕の二重唱のリリカルな歌いまわし、対して3幕では声を全開してかなり思い切った歌となり、こちらも息を飲んだ。
緑川さん、少し前の出演をキャンセルしていて体調不良がまだ残っているのかもしれない。声の威力は相変わらず目を見張るものの、音程が決まらず、高音が苦しい、というか歌えていなかった。ちょっと気の毒。飯守さんのオケが巧みにバックアップしていた。
 あと、一番良かったのが、福原さんのブランゲーネ。「アリアドネ」の作曲家役で関東でも人気者になってしまった関西二期会の実力者だが、声に存在感が充分あって、その女主人よりも立派に聴こえてしまった。2幕の警告の場が、オケとともに極めて美しかった。
クルヴェナールの島村さん、前回の「パルシファル」のクリングゾルでの道化のような衣装の印象が私的にはまだ拭いきれないが、やや暗めの声によるクルヴェナールは実によかった。クルヴェナールが、トリスタンの傍らに倒れる時、毎度涙をそそられるものだが、演出の都合から、メロートと刺し違え、絶え絶えに倒れたとき、やはりグッときた。
 小鉄さんのマルケ、サルミネンばりの深々とした声に感心したが、ちょっと声が揺れぎみなのが気になったところ。
他の方々も贅沢な役どころで文句なし。水夫さん立派すぎだし。

舞台ぎりぎりにこぼれそうなオーケストラの背景に据えられた小舞台。
そこで、最低限の演技をするが、舞台奥の壁に刻々と変わる静止映像が映し出される。
当初は、ほぅ~と思ったが、何故に惑星の宇宙映像や、たくさんの覗き見お目々の映像は趣味わるすぎ。
でも2幕のグリーンの葉っぱはとてもきれい。
「愛の死」での胎児や宇宙、地球は、愛の死の浄化と救済を意味するのだろうか。
 映像はあってもなくてもよかったような・・・・、それよりも音楽が雄弁なものだから。

次のオーケストラル・オペラは、「オランダ人」「タンホイザー」「マイスタージンガー」のどれだろう。いずれも合唱がたくさん登場するだけに、ホールオペラ上演が難しそう。
いずれ、ティアラ江東で、「リング」連続上演をやってもらいたいものだ!
飯守さんのワーグナー、録音でもしっかり残していって欲しい。

「トリスタンとイゾルデ」過去記事

 大植バイロイト2005
 アバドとベルリン・フィル
 
バーンスタインとバイエルン放送響
 P・シュナイダー、バイロイト2006
 カラヤン、バイロイト1952
 
カラヤンとベルリン・フィル
 ラニクルズとBBC響
 バレンボイムとベルリン国立歌劇場公演
  レヴァインとメトロポリタン ライブビューイング
 パッパーノとコヴェントガーデン
 ビシュコフとパリ・オペラ座公演

おまけ画像=思い出の名古屋
Tristan_iimori_nagoya

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2008年2月23日 (土)

ワーグナー 「ワルキューレ」 二期会公演②

Walkure1_04 二期会ワルキューレ、今回2回目の観劇。
前回と異なるキャストでプレオーダーで取得した、グレードも上げた席(1階8列目)で土曜の午後をワーグナーにすっぽり浸かろうと万端の思い。    

あまりに説明的で、ト書きにない人物の動きに、ちょっと消化不良ぎみだった私。
一度経験したから、なんであんたがそこにの違和感はさほど抱くことなく、普通に受け入れられた。
やはり、リング4部作としてではなく、単発の「ワルキューレ」としての完結感をより出すために、しつこいほどの描写が必要であったのだろう。
ヴォータンが何故、指輪に手を直接出せず、そのためにウェルズング族を生まなくてはならなかったことや、指輪にかけられた愛を断念せざるを得ない宿命などが、単発ではなかなかわかりにくい。
Walkure1_06_2  どうしてヴォータンは愛するジークムントから手を引かざるを得なくなったのか、その点をもっともわかりやすくするためには、結婚をつかさどる女神フリッカを重要な役回りとして扱わざるをえなくなったのであろう。
前回書いたとおり、フリッカが最初から最後まで登場するし、フンディンクまでちょろちょろ出てくる。
 それ以外にもト書きにない、人物や場面がいくつも見られることになったが、これはこれでいいのかもしれないと思った。

ただそれは、ワーグナーが網の目のようにはりめぐらした精妙なライトモティーフを軽視することにもつながった。音楽と劇(舞台)が乖離してしまうことだ。
ワーグナーはしつこいまでに、登場人物や物や感情にまで主題を与えたが、そこに登場しない人物までには何も用意していない。ト書きにない人物や事象は、音楽だけから見れば場違いなのである。
劇の仕立てからすれば、何の矛盾もないことではあるから難しいものだ。

ただ、リングの中で重要な要素、剣や槍といったものが軽々しく扱われていたように思う。ジークムントが危急存亡の嘆きを発し、武器を求めてる場面、剣(ノートゥンク)の主題が高らかに鳴るのに、ノートゥンクは暗闇にむなしくささったままで無視されてしまう。
こうした矛盾がいたるところに散見。
ブリュンヒルデがヴォータンに、その槍で一突きにしてくれ、と歌っても、ヴォータンは手ぶらだったり・・・・・。


前回と異なる場面でいうと、ジークムントの死の場面。
前回は、ヴォータンはジークムントに手を差し延べ、拒絶され、終わったが、今回はそのあとジークムントはヴォータンの胸に倒れこみひしと抱き合う。
これだよ、私の好むお涙シーンのひとつは
ちなみに、きょうの涙ポロリの場面は、①ジークムントの死の告知の場面でのジークムントとブリュンヒルデの感動的なやりとり。(成田さん、横山さん、素晴らしいし、飯守先生の指揮が神々しかった)、②ジークムントの死、③ジークリンデがジークフリートの受胎を告げられ感謝をささげる場面(橋爪さん、素適すぎ)、④ヴォータンの告別、魔の炎の音楽でのオーケストラの圧倒的な盛上り(手を握り締めてしもうたわ)。⑤わかっちゃいたけど、少女ブリュンヒルデが登場してヴォータンに抱きつく、そして小さく手を振るんだもの、やめていただきたいです・・・・(涙)

今日はそこら中で、グスグスと鼻をすする音がしておった。

Walkure1_09 やっぱり、ワルキューレはリング争奪ではなくて、「愛のドラマ」なんだわな。
その愛は、夫婦・父息子・父娘・兄妹・恋人・祖父孫・叔母甥・・・・・。
ゆえに、「ニーベルングの指環」でありながら、リングが不在のドラマでもあるわけだ。
幕間で、二期会関係者に観劇中のある女性が、「あの井戸は、なんざます??」とまともに聞いていた。関係者の方、答えに窮して、「実はプロンクターボックスなんです」・・・・、女性は「はははっ、そうなの。で、何?」、「こちらのパンフレットに演出の意図が書かれておりますので・・・・」などというやり取りが行なわれていたのを盗み聞きしていたワタシ。
 私は、あの井戸は、運命をつかさどるモニュメントで、ここに登場する人物たちを惑わし、導くいわば「リング」ではないかと、想像する次第・・・・・。

     ジークムント:成田勝美     ジークリンデ:橋爪ゆか
    ヴォータン :小森輝彦     ブリュンヒルデ:横山恵子

    フンディンク:長谷川顯     フリッカ  :小山由美
    その他、ワルキューレ

  飯守泰次郎 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
              演出:ジョエル・ローウェルス
                   (2008.2.23 文化会館)

今回の歌手陣も前回にもまして強力で、ほんとうに素晴らしい歌が聴けて超うれしい。
小山さんの、フリッカの圧倒的な存在感と声の表現力、そいて独語の確かさ。
独語でいえば、初めて接した小森さんのヴォータンが言葉と歌が完全に一体化した見事な発声で、声も前回の泉さんにも増して美しい。これからこの人のドイツものがおおいに楽しみ。ヴォータン役の聴かせどころである2幕の長大なモノローグや、告別ではなかなかに味のある歌が聴けたし、フンディンクに蔑みの一撃を加える「Geh!」では、予想に反しソット・ヴォーチェで、むしろ凄みを感じさせてくれた。私は、ホッターやマッキンタイアと同じようなこうした歌い口のほうが好きである。
こちらが小森さんのHP
 そして、感心したのが橋爪さんの没頭感あふれるジークリンデ。前向きな声の力に溢れたすばらしい歌唱に思った。
お馴染みの成田さんのジークムントは順当な出来栄え。
長谷川さんの、安定感抜群のフンディング、頭も衣装も小鉄さんと全然違ってる。
上も下も、名前がとても親しみある、横山さんのブリュンヒルデ、以前シュトラウスの「エジプトのヘレナ」を聴いたときより、声に力強さと存在感が加わり、今後ますます国内のドラマテック・ソプラノの第1人者になるのでは。そして、こちらが横山さんのHP

8人のワルキューレたち、今回よく観察すると、衣装も羽も微妙に異なる。
オッサンとしては、何故かお一人(たぶんヘルムヴィーゲ)、胸の大きく開いた衣装でちょっと違和感が・・・・・。

飯守先生の指揮は、オケの時に空転する熱演(特に金管)はあったものの、相変わらずワーグナーの真髄をとらえて離さない熱演。
とりわけ素晴らしかったのが、ヴォータンの告別における高揚感。
そして、今回痛感したのが、場と場をつなぐ移ろい行く音楽。ワーグナーが巧に書いた主題の移り変わりを実に見事に表現していたように思う。
2幕、ヴォータンとブリュンヒルデの場面から、ジークムンとジークリンデの逃避行の場面に切り替わる音楽の素晴らしさ。鳥肌が立つ思いだった。
今日は、幕が降りきるまでヒヤヒヤしたけれど、拍手は音楽が止んでから。
よかったよかった。

いやぁ、なんだかんだで、すっかり楽しんだワルキューレだった。
今回で10度目の観劇体験。次は、来年、新国だ!

Oyama1 ワーグナーに身も心も浸り、肉が食べたくなった。
違う日になってしまったかのように寒風吹くなか、上野の山を下り、アメ横近くの「肉の大山」へひとり向かい、酒を飲む。
ここは超安くて、肉料理はなんでもある。ステーキ肉のような「牛かつ」や「煮込み」でひとしきり飲んで、東京駅へ出ると、なんと総武本線が大幅遅れ、というか動いてない。
肉食った祟りか、ワーグナーの毒をもっと覚ませともいうのか?
家には11時過ぎにたどりついた・・・・・・。ち~ん。

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2008年2月21日 (木)

ワーグナー 「ワルキューレ」 二期会公演①

Nikikai_walkure 二期会公演、ワーグナーのワルキューレを観劇。
ワルキューレは、演奏会形式を含めてこれで通算9回目。我ながらずいぶん観て聴いてきたもんだ。
どの舞台も、その時代時代、印象深い舞台で
今でもそれぞれ思いだすことができる。

今回の二期会ワルキューレは、タブルキャストで、平日二回と土日の上演。
今日は15時開演、19時40分終幕で、もう少しどうにかならなかったのだろうか?
幕あいの留守番電話対応が大変だった。
自分の仕事管理能力を棚にあげて。
夜8時前にホールを出て、その時間の中途半端なこと。でも今日は「鹿男・・・」もあるし、普通に満員電車に乗って帰宅することにした。


さて、すっかり手のうちに入ったワルキューレ、ローウェルスという演出家がいかなる舞台を見せるか、20年前大活躍だったベテラン大野徹也さんの久方ぶりのジークムントがとうか、飯守先生の自家薬籠中のワーグナーがどうか、などの思いで上野へ。

舞台の様子を本演出が、一般と違う点に絞って書いてみたい。
これから観る方は、お読みにならない方がいいかも・・・・。

 舞台は、黒系のモノトーン、装置はまったくといっていいほどなく、シンプル。
衣装も渋系で、暖色系は一切なし。時代設定
不明。

第1幕
ピットに迫り出したステージに四角の井戸のようなものがあり、1幕では出番のないはずのヴォータンが腰掛けている。
幕が開くとさらに二人。痩せて卑屈そうな様子でヴォータンの足元にいるのはローゲ。もう一人は少女時代のブリュンヒルデらしい。戦乱の亡者のような一行が、舞台奥を行進してゆく。

Walkure2_03 ジークムントが駆け込んできて、ジークリンデと出会うさまをウ゛ォータンは傍観している。
先ほどの四角いコーナーが、時に青に赤に光ったりして、泉の役割や、2幕でヴォータンが沈思するときに眺めたりするモニュメントとなっている
 フンディングは、手下を連れた文字通り虎刈りの俗物で、ジークムントが一人ウェールゼ・・・と悩んでいるとき、舞台の奥のベットで、ジークリンデに圧し掛かったりしてるオッサンになっている。
ジークムントが剣を抜くとき、またもやヴォータンが登場。槍を掲げ、手助けしている。
兄妹の二重唱の場面、出番であるはずのないフリッカが何故か出てきて、汚らわしそうにしている。

第2幕
開幕前から、ジークリンデがまとっていた、白い布が、1幕最後から四角いコーナーに掛けられ、そこに男がうずくまっている。
幕開き、いきなり8人のワルキューレが勇士達を収納している。
このワルキューレたち、本来3幕まで登場するはずもないが、虫のような羽をはやしている。
早くから、フリッカも出ている。
そしてフリッカとヴォータンの長丁場では、執事がいてヴォータンが脱いだ服を片付けたりしているし、二人分のグラスワイン(赤)を運んできたりする。
夫婦のやりとりがかなりリアルで、女性上位の動きでヴォータンはおろおろするばかり。出番なしのフンディンクが私のお願い聞いてとばかりに登場する。
 失意のヴォータンの長大なモノローグ。ヴァルハラに戦士を集め中の段になると、舞台奥が開き、8人のワルキューレたちと、勇士らが登場してごちゃごちゃやってる。
そこに、先のブリュンヒルデ少女もいる。
 兄妹の逃避行、ヴォータンとブリュンヒルデがいる間に、兄妹登場。当然二人には見えない神々の姿・・・。
兄妹ふたりになったあとも、ちゃっかりヴォータンが登場。自分が見えないように魔法をかけたのか、兄妹は動かない。ジークムントの方に未練がましく手をかけ、ジークリンデに至っては槍で突いて殺そうとする。でも思い直し、お腹に手をあて(妊娠を確認し)満足そうに去る。去り際にジークムントの顔あたりに手をかざしてから、ジークムントは正気に戻ったように動きだした。
 ジークリンデが夢の中で狂乱する。奥では、雪が降りしきり、妊婦が辛そうに横切る。
Walkure2_05_2 なんと、フリッカがブリュンヒルデの手を引き、ジークムントの死の告知の場面へ導く。
最初は見えないブリュンヒルデだが、彼女が手をかざすと魔法が解けたかのように見える存在となる。
戦いでは、やはり卑怯にもフンディングは手下二人を連れている。
手下をやっつけたが、フンディングとの戦いでは、ノートゥンクをヴォータンに折られ、ヴォータンに刺されたかのようなジークムント。
間にはいったヴォータンが、思わずジークムントに手をさしのべるが、ジークムントは拒絶する!見た目にもがっかり寂しいヴォータンである。死につつある息子が寄りかかってくるのを受け止めるだけ。
最後の確認にフリッカがまたもや登場して現場確認している。

第3幕
 勇士たちの戦場での戦いで、ワルキューレの騎行がはじまる。
戦士たちを集める戦乙女たち。舞台奥に薄暗い階段があり、勇士たちはそこを昇ってヴァルハラに向かうらしい。
駆け込むブルンヒルデとジークリンデ。このあたりは普通。
ジークリンデが、懐妊の知らせとともに感謝を歌う場面では、金色の照明が舞台右から全員を照らし、感動的な場面。
怒れる父と罰を受ける娘。大きな羽をはやしたワルキューレたちが、いろいろ分割しながらヴォータンとやり取りする。
父の厳罰が決定的となるなか、またもやト書きにない満足そうなフリッカが執事を連れて登場、ブリュンヒルデの背中の羽根を執事が取るのを確認。
父・娘の会話のあと、娘の懇願に負けるが告別の準備をまったくしない父親。
告別の素晴らしい音楽をうけて、なんとジークムントが登場しヴァルハラの階段をゆっくり登りだす。ジークムントは、こちらを振り返り、ブリュンヒルデと目をかわす。
神性を抜く口付けのあと、ひとりブリュンヒルデは舞台奥(多分、山頂)に去る。
去ったと思ったら、緞帳の影から、幼い日のブリュンヒルデ(少女)が駆け出てきて、ヴォータンと楽しく抱き合う??
Walkure2_10 娘の懇願を聞き入れ、山を火で包むが、ブリュンヒルデはいつのまにか、山の頂きに自分一人で勝手にいってしまっている。
火をおこすため、案の定ローゲが登場。この原作にないローゲ役、バレエダンサーだった。神妙な音楽の流れるなか、ローゲは激しく踊りまくる・・・。(あ~ぁ)
ひとしきり踊り、舞台奥のブリュンヒルデコーナーで、彼女が一人勝手に横たわろうとするとき、ローゲはゆっくりと舞台奥に消え、それより早く、ヴォータンは意外なほどあっさりと舞台を去る。魔の炎の音楽が鳴る中、舞台は鳥籠のようなブリュンヒルデの寝床が赤く染まり幕となる。

 
こんな具合の舞台。画像は、classic NEWSから拝借です。
う~む・・・・・ちょっとね~。そりゃ違うだろ・・・・・。
舞台の印象は、土曜の別キャストでの観劇ののちに。

    ジークムント:大野徹也     ジークリンデ:増田 のり子
    ヴォータン :泉 良平     ブリュンヒルデ:桑田葉子
    フンディンク:小鉄 和広     フリッカ  :増田 弥生
    その他、ワルキューレ

  飯守泰次郎 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
              演出:ジョエル・ローウェルス
                       (2008.2.21 文化会館)

なんといっても熟練の飯守さんの指揮がすばらしい。
どこをとっても、音楽が息づいていて、気持がこもっている。
オペラの呼吸を熟知した東フィルならではの、ハズレのない前向き音楽だった。

大野さんの日本人ではありえないロブストな声は、相変わらず健在だった。
見栄えのいい泉さんのヴォータンは、少し軽めながら、その声の美しさに満足。
けなげなジークリンデを演じた増田さん、最初は声がうわずってしまったけれど、立派なブリュンヒルデの桑田さん、存在感あったフリッカの増田さん(何度も何度も舞台登場ごくろうさまでした。)
歌手の皆さんは、立派なものだった。

初日は、皇后様がお見えになったそうだが、幕間のロビーにはそこそこの著名人が見かけられた。かつてのヴォータンのひとり、木村俊光さんもお見かけした。

土曜日に異なるキャストで、もう一度観劇予定。
あのローゲだけは、あんまり見たくないなぁ~。


あっ、それとまたあのぶち壊し拍手ありばかも~ん!!何度言ったらわかるんじゃ!!

それと、全然関係ないけど、アルミンクと新日フィルが「ばらの騎士」をホールオペラ形式でやりますぜ。

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2008年2月13日 (水)

ワーグナー 「妖精」と「ワルキューレ」

今日は寒い~。 
3a_5 Sake_3

このふたつが無性に欲しくなるような日。
やたらに星空がきれいな今宵、帰宅すると「おでん」の夢は破れ、コロッケがおかずの晩ごはん。
でも、文句は言えない、一杯やろうじゃないの。

という訳で、きょうは不本意ながら、コロッケを肴に新潟の酒と芋ロックを飲りながら、ワーグナーを聴いているわけであります。
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そのワーグナーは、歌劇「妖精」。
今週末に日本初演が行なわれる、ワーグナーの現存するオペラ第1作。
こんなにワーグナーを聴いているけど、「オランダ人」以前の3作、「妖精」「恋愛禁制」「リエンツィ」は、リエンツィを除いて正規盤を持ってないし、真剣に聴いたためしがない。
だから、東京オペラプロデュースによる本邦初演を見逃さない手はない。この団体は、かつて恋愛禁制も上演していて、その努力たるや並々ではないと思う。
3幕、2時間30分に及ぶ大作は、ウェーバーの延長にありつつも、後年のロマンテッィツクオペラ3作を先取りしたかのような、ワーグナーらしい響きも満載。でもまだまだ、耳に馴染んでこない。
今日のCDは、自家製CDRで、サヴァリッシュがミュンヘンの総監督時代、ワーグナーの全作品を上演した時のFMライブで、初期3作のエアチェックテープをCD化したもの。
いずれもオルフェオ・レーベルからも発売されていた。
こうして何度も聴いていると、筋はややこしそうだけれど、なかなかの桂曲に思えてくるのは贔屓のしすぎかしら。

Ring_nikikai2_a それから、次週は二期会が「ワルキューレ」を上演する。
ダブルキャストで、それぞれ2回づつ。
それぞれ観にいってしまおうと目論む私。

やはり聴き所は、飯守泰次朗さんの指揮。
若杉さんとならんで、一番信頼できるワーグナー指揮者だ。

日本人指揮者で、国内でリング4部作を指揮した経験のある人は、若杉さん、朝比奈さん、そして飯守さんの3人。

Ring_nikikai_1_4  こちらの画像を拡大してご覧下さい。
二期会のリング上演の経緯であります。
上記の画像とともに、かつてのパンフレットから拝借したもの。

若杉・飯守・大野の3人が登場。
サイクルからしたら、大野ジークフリートだったのかもしれない。
飯守ワルキューレを出すということは、単発と見られ、4部作を取上げる見込みは薄い。新国との関連も強化し、舞台での「飯守リング」を切に望みたいところ!

二期会リング、私は、ジークフリート(若杉83)、ワルキューレ(若杉86)、神々の黄昏(若杉91)、ワルキューレ(大野96)を観劇している。
ラインゴールドがないのが画龍点睛を欠くところ。
飯守シティフィルのリングでは、ワルキューレと神々の黄昏。

歌手では、83年のジークフリート以来、二期会リングを支えてきた大野氏の歌が個人的楽しみ。
演出はどーなんだろ。ローウェルスという若い人。

しばらくシュトラウスだったが、この2週間は、ワーグナー漬けになれる真冬の東京。

ちなみに、飯守さんの公式ホームページが最近立ち上った。
こちらによれば、シティフィルとの「トリスタン」は、9月21日(日)&23日(火)の2回。
成田勝美と緑川まり、であります・・・・。う~む。

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2008年1月25日 (金)

R・シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」 関西二期会新国公演

Ariadne_kansai_nikikai 今年の初オペラは、関西二期会が昨年製作した、R・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」。
新国立劇場の中劇場での上演。私はこちらのホールは初めてだったけど、アリアドネ上演に約1000人のキャパのこのホールはうってつけ。
舞台も近いし、歌手達の声、表情が間近に感じられていい。メインのホールがでっかすぎるんだよな。
今回3列目のほぼ中央の席で、飯守さんがすぐ近くで唸っている。
舞台も隅々まで見渡せて満足だったけど、字幕が舞台の最上部にあって、前列席だと上を仰ぎ見ないと読めない。のけ反るように見てると舞台がお留守になるし、そのまま眠りに入ってしまう危険もある
私は自慢じゃないけど、内容は把握してるから、舞台を中心に、指揮、オケの面々の観察に集中することにした。
この劇場、今後注意しなくちゃ。

まず書きたいのは、シュトラウスの音楽の素晴らしさ。
軽やかで精妙かつ明快。緻密にあまりにも完璧に書かれているのに、そんなことはこれっぽっちも感じさせない。

ホスマンスタールとの充実した仕事もあって、きっとスイスイすらすらと作曲しちゃったんだろな!劇の方の舞台となる地中海的世界を表現するうえで、かつそうした明晰さを出すうえでシュトラウスは大オーケストラではなく、室内編成のオーケストラに音楽をつけた。
しかも、ハープが2台、ピアノ、チェレスタ、ハーモニウムなどをピットに入れるという大胆な試み。
その涼やかさや透明感をもたらす響きは、劇場でこうして聴くと極めて効果的。
こうしたシュトラウスの音楽に私はまたしても陶然として椅子に縛り付けられたようになってしまうわけだ

Ariadne_kansai 舞台は、奇を衒わず、オーソドックスかつ具象的なもので、結論から印象を述べると、大正解ではないかと。
ヨーロッパの先鋭的な解釈からすると、常套的なのかもしれないが、このあたりの作品はまだまだ我々聴衆からすると馴染みがないから、具象的かつト書きに忠実な演出は嬉しいもの。
でもそれ以上に、舞台の美しさに感心した。

序幕の快活な前奏に続いてほどなく幕が開き、そこはウィーンの資産家の邸宅内の広場風のスペース。真中に水のチョロチョロ流れる泉があり、それを中心に奥が邸宅の窓ガラス、そして左右対称に立つ支柱と、小部屋が並ぶ。その部屋の扉から、ツェルビネッタやプリマやテノール歌手が出入する。でも作曲家にあたえられたスペースは部屋でなく剥き出し。始終出てなくてはならなし、序幕の主役でもあるからしょうがない。
この家の主人とお客の食事を給仕する人々がいったり来たりしていてあわただしい。
支柱や建物の建具や装飾は、ウィーンの世紀末風で美しい。

Ariadne_kansai_2 休憩後のアリアドネ劇の舞台も美しかった。
憂いをたっぷり含んだ前奏が鳴るなか、幕が開き、左右は序幕の建物が2階立て構造。
この対称のシンメトリーは、全曲を通じて効果的であった。
数段の階段の奥は、洞窟の岩間があって、青く眩い地中海が波打っている。
その光景を、客席に背を向ける恰好でアリアドネが物憂げにながめている。
実に美しい。
左右の岩間を出入りする色とりどりの3人のニンフ達。
そして、ハルレキンをはじめとする道化たちは、この場に本当に不自然。
でも音楽がそれを見事につなぎとめる。ハルレキンの歌をニンフのひとりエコーが模倣して歌う。この音楽の運びは天才的としか言いようがない!
道化とツェルビネッタの歌とダンスは、深刻なアリアドネ組との対比もうまくできていたし、歌手たちの演技の素晴らしさやダンスにもびっくり。
 そしてバッカスの登場では、岩間から霧が立ち込め、おもむろに、まがまがしい船が登場しバッカスを運んでくる。ちょっと滑稽な雰囲気だが、よく出来た仕掛けだ。
バッカスとアリアドネの二重唱では、夜が訪れ、バッカスの胸にアリアドネが抱かれるあたりから、背景の岩間には星が瞬きはじめる。
やがて情熱的な二重唱が進んでいくと、洞窟の岩は左右に開き、星空はさらに広がる。
左右に残ったバルコニーの2階に作曲家が現れる。これは、この演出の解釈のひとつ。
その脇には、ツェルビネッタが寄り添い、「女は、新しい神(男)が愛を求めてやってきたときは、私達は許すものです・・・」と歌う。
そして、そのバルコニーも左右に後退してゆき、背景は一面の星空。
抱き合うアリアドネとバッカスが、せりあがってゆく。上からは、最初からずっとあった四方に張ったシルクのような布が静かに降りてきて、ふたりを覆って、音楽も静かなエンディングを迎える。

こんな舞台の様子だった。

    アリアドネ:畑田弘美         バッカス:竹田昌弘
    ツェルビネッタ:日紫喜恵美     作曲家:福原寿美枝
    音楽教師:萩原寛明          舞踏教師:北村敏則
    ハルレキン:大谷圭介         エコー  :森原明日香
    ほか・・・

     飯守泰次朗 指揮 関西フィルハーモニー管弦楽団
                 演出:松本重孝
                          (2008.1.25@新国中劇場)

関西での上演で、しっかり練り上げられたチームだけに、まったく隙のない素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれた。
正直、こんなに充実しているとは思いもよらなかった。
飯守さん
の的確かつ情熱的なタクトが、すべてをまとめ上げていた。
こまめに歌手へのキュー出しもおこない、オケに対しても、煽ったり押さえたりと、完全に音楽と舞台の進行を把握した、劇場人としての指揮ぶりだ。
若杉さんと、飯守さんは世界級のオペラ指揮者なのだ。

Ariadne_kansai3_2  関西地場の方々なので、初めて接する歌手も多かったが、その実力にはびっくり。
そのなかで、おおいに気にいったのが、作曲家の福原さんとなんといってもツェルビネッタの日紫喜さん。どちらも完全に役に同質化した歌いぶりで、テクニックも万全。
声を聴いてのワクワク感は、ひさしぶりに味わった。
バッカスの竹田氏は、数年前の飯守パルシファルのタイトルロールで聴いた。
甘口でありながら、歌いだしは力強く、東京二期会の樋口氏に似ているタイプ。
アリアドネの畑田さんは、ちょっと声が苦しかった。でも存在感ある歌手に思う。
ほかの歌手の方々、みなさん過不足なく芸達者だし、歌も立派。

純正日本のシュトラウス上演も、ついにここまでの感ありで、嬉しさもひとしおの新国をあとにしたのは、もう10時。
最後の静かなエンディングも拍手にわずらわされることなく、素晴らしい観客。
あと日曜の上演があるが、チケットは売りきれの様子。
こんな素晴らしい上演が、東京では2000人しか楽しめない。もったない。

関西に負けじと、東京の二期会は6月に、このアリアドネを上演する。
ウェルザー=メストのチューリヒの前任、ワイケルトの指揮も注目だし、日本を代表するシュトラウス歌いの佐々木典子さんと横山恵子さんのアリアドネは注目。
こちらもチケット手配済みなんです!

 アリアドネの過去記事~シュトラウス・オペラ全曲から


      

  



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2005年11月12日 (土)

ワーグナー 「パルシファル」 飯守泰二郎指揮

lastscan 東京シティフィルのパルシファルを聴いてきた。初めての日生劇場で不安だったが、前奏曲では空調の音が気になるものの、歌が入ってからは気にならなくなった。しかし音がデッドで響きが少ない。席が前すぎたのか、弦が奏者ひとりひとりの音で聞こえてしまう。響かないから音が溶け合わないのだろう。床のカーペットや椅子を改修すればかなり違うだろうに。今回この劇場を使ったのは文化会館一回ではチケット売切れるが、日生二回なら良いとなったからか? でも席はかなり空いていたが。もしくは、室内楽的な捉え方として上演する意図なのか?合唱に譜面台を許し、あえてオラトリオ風としたため、小劇場でよかったのか?  ウーム。かつての日本のオペラの歴史を築いてきた劇場とはいえ、他の条件の良いホールはいくらでもあるんだが・・・・・。

演出は西沢敬一で変わったことがない代わり普通でト書きに忠実。本式上演じゃないからこれで良いのだろう。読み替えを伴った変わったことやろうとした演出をこのところ観せられてたから、かえって安心だった。音楽に集中できるからね。  衣装は折衷的なものだったが、花の乙女はもう少し派手にして欲しかったのと、クリングゾルが石川五右衛門か道化師のようなナリで変だったことが気になった。

聖金曜日の場面は私の理想とする描きかたで、往年のバイロイトのような静的で美しいものであった。最後はパルシファルが聖杯を掲げつつ終わるかと思ったら、聖杯を一応皆に捧げたあと、仕舞い込んでしまい背中を向けてしまった。舞台奥のスクリーンの聖堂の上に地球が上書きしてが現され、皆でそれを見つめるうちに幕となった。当然クンドリーは事切れず聖堂の一員となった。

歌手は全員よい。特に小山のクンドリーが素晴らしい。昨年のオルトルートに先月のマグダレーネといい、この人の存在感は全く舞台栄えする。よどみなく響く声で ドラマテックでありかつ繊細でもあった。   福島のアンフォルタスも立派なもので、オーケストラを圧してホールに苦悩の叫びが響き渡った。同様に島村のクリングゾルも声量では負けていないばかりか憎いくらい悪のクリングゾルだった。

心配だった難役グルネマンツの木川田は予想を裏切る好印象で、甘みのある美しいバスでルックスもなりきっていた。 そして若い竹田のパルシファルはなかなかスピントの効いた高音を聴かせてくれる逸材で、「アンフォールタース。。。」の一声は見事に決まり、アンフォルタスの苦悩を体現する悩めるパルシファルを好演した。ローエングリンやジークムント向きのヘルデン・テノールである。ローエングリンで活躍したポール・フライに似ている。先だってのエリックの青柳の方が重いテノールと感じた。どちらも無理せずに、じっくり役を広げていって欲しいもの。日本人のワーグナーもすっかり世界レヴェルになったものである。

 最後に特筆すべきは、飯守泰次朗と東京シティ・フィルだ。日本におけるワーグナーの第一人者の指揮する手兵の毎度感じるやる気と躍動感は、ほかの在京オケでは味わえないものだ。リング、ローエングリン、その他幾多のワーグナー経験と矢崎彦太郎との精妙なフランス音楽の経験から、生き生きとした音楽性が楽員に行き渡っているように感じる。

飯守のワーグナーの実演は名古屋フィル時代からずっと聴いているが、思えばシュタインのバイロイト時代のアシスタントをしていた頃、N響を指揮したトリスタンをテレビで見た覚えがある。まだ大木正興氏が存命で、N響アワーをやっていた時である。 丁寧に拍子を6つに振り分けていたことが印象的で、その冷静さからは今の円熟した熱いワーグナー指揮者の姿は想像できない。

このコンビの来年のワーグナーはどれが来るか? 私は「タンホイザー」と見た。

日曜の午後の公演もさらに充実することであろう。是非お薦め。

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