カテゴリー「ウェーベルン」の記事

2016年6月26日 (日)

シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク アバド指揮

Ajisai_shiba

関東は、梅雨まっさかり。

そして、ほぼ3ヶ月ぶりの投稿となりました。

幾多の皆さまから、暖かく、そしてご配慮にあふれたコメントを頂戴しながら、まったくご

返信も、反応もしなかったこと、ここに、あらためまして、お詫び申し上げます。

 ともかく、辛く、厳しい日々は、ブログ休止時と変わりなく続いてます。

しかも、予想もしなかったところから、いろんな矢が飛んできたりもします。

やぶれかぶれの感情は、そこから生まれ、音楽なんて、聴くゆとりも、受け入れる感情もありません。

そんな3ヶ月。

 しかし、でも、めぐってきた、「クラウディオ・アバドの誕生日」

存命ならば、今年は、この26日が、83回目。

そんな日に、アバドが生涯愛した、新ウィーン楽派の3人の作曲家を、いずれもウィーンフィルの演奏で聴きます。

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  シェーンベルク  「グレの歌」から 間奏曲、山鳩の歌

長大なグレの歌、全部を聴けないから、この作品のエッセンスとも呼ぶべき、中ほどにある場面を。
1900年に作曲を始め、第3部だけが、オーケストレーションが大幅に遅れ、最終完成は、1911年。
1913年に、シュレーカーの指揮によって初演。

後期ロマン派真っ盛りの作品ながら、最終完成形のときのシェーンベルクは、無調の領域に踏み込んでいたところがおもしろい。
1912年には、ピエロリュネールを生み出している。

むせかえるような甘味で濃厚な間奏曲、無常感あふれる死と悲しみの心情の山鳩の歌。
アバドのしなやかな感性と、ウィーンフィルの味わいが融合して、何度聴いても心の底からのめり込んでしまう。
久々に、音楽に夢中になりました。

アバドのこのライブ録音は、1992年。
88年には、マーラーユーゲントとECユースオケとで、何度も演奏していた。
そして、最後のルツェルンとなった、2013年に、この間奏曲と山鳩を取り上げた。
この最後の演奏が、掛け値なしの超絶名演で、まさに陶酔境に誘ってくれるかのような、わたくしにとってとても大切な演奏となってます。

Abbado_lu

ルツェルンでの最後のアバド。

Abbado_webern_3

  ウェーベルン  パッサカリア

ウェーベルンの作品番号1のこの曲は、1908年の作。

シェーンベルクの弟子になったのが、1904年頃で、グレの歌の流れを組むかのような、これまた濃厚な後期ロマン派的な音楽であり、グレの歌にも増して、トリスタン的でもある。

パッサカリアという古風ないでたちの形式に、ウェーベルンが込めた緻密さとシンプルさが、やがて、大きなうねりを伴って、巨大な大河のようなクライマックスとカタストロフ。

この濃密な10分間を、アバドは、豊かな歌心でもって静寂と強音の鮮やかな対比を見せてくれる。
むせぶようなホルンの効果は、これはまさにウィーンフィルでないと聴けない。

1974年、シェーンベルク生誕100年の年、ウィーンでは、新ウィーン楽派の音楽が数々演奏されたが、そのとき、アバドは、ウィーンフィルとこのパッサカリアや、5つの小品を取り上げ、NHKFMでも放送され、わたくしはエアチェックして、何度も何度も聴いたものだ。
 その音源は、いまも手元にあって、あらためて聴いてみても、若々しい感性が燃えたぎり、ウィーンフィルも、今とはまったく違う、ローカルな音色でもって、それに応じているところが素晴らしい。

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  ベルク  交響的組曲 「ルル」

新ウィーン楽派の3人のなかで、一番若く、そして一番早く死を迎えてしまったベルク。

ウェーベルンと同じく、1904年に、シェーンベルクの弟子となり、以降、ずっとウィーンで暮らすことになるベルクだが、ユダヤの出自であった師がアメリカにのがれたのに対し、ベルクはユダヤではない代わりに、その音楽が退廃音楽であるとして、ナチス政権成立後は、その活動にかなりの制約を受けることとなった。

そんななかで、生まれたのが「ルル」。
破天荒な青年時代を送り、ぜんそくに悩まされ、病弱であったベルクは、文学好きということもあって、オペラの素材には、生々しい死がからむ、いわばヴェリスモ的な内容を選択した。
それが「ヴォツェック」であり、「ルル」である。
さらに、晩年の不倫も、「ルル」の背景にはあるともされる。

人生の落後者のような軍人と、魔性の女、ファム・ファタール。
それらが、悲しみとともに描かれているところが、ベルクの優しさであり、彼独自の問題提起の素晴らしさ。

ことに、「ルル」の音楽の運命的なまでに美しく、無情なところは、聴けば聴くほどに、悲しみを覚える。
自分の苦境に照らし合わせることで、さらにその思いは増し、ますます辛く感じた。
そんな自分のルルの聴き方が、また甘味に思えたりするのだ。

「ルル」は、1928~35年にかけての作品。
間があいているのは、アルマの娘マリーの死に接し、かのヴァイオリン協奏曲を書いたためで、ベルクは3幕の途中で亡くなり、未完のエンディングを持つ「ルル」となった。

アバドは、ベルクも若い頃からさかんに指揮していて、70年のロンドン響との作品集に続き、ウィーン時代の94年に、ウィーンフィルといくつもの録音を残している。
ニュートラルなロンドン盤もいいが、やはり、より濃密で、ムジークフェラインの丸みのある響きも捉えたウィーン盤の方が素晴らしい。

ロンド→オスティナート→ルルの歌→変奏曲→アダージョ

オペラの場面をシンフォニックにつないだ組曲に、アバドは、オペラの雰囲気も感じさせる迫真性と抒情をしのばせた。
「ヴォツェック」は何度も指揮したのに、「ルル」は、ついに劇場では振ることがなかった。
ウィーン国立歌劇場時代、上演予定であったが、辞めてしまったため、その計画を実現しなかったから、この組曲盤は、アバド好きにとっては貴重なのであります。

さてさて、暑いです。

まだ梅雨だけど、そぼ降る雨はなくて、晴れか土砂降りみたいな日本。
熊本の地震もあったし、大きな地震への不安は尽きない

ばかな都知事や辞めたけど、疑惑は消えないし、消化不良のまま参院選と、まもなく都知事選が始まる。
矛盾だらけの政治に社会。
 そして、海外へ眼を転ずれば、どこか某国が、偉そうに軍船で領海侵入を繰り返し、虎視眈々と長期計画で持って、ねらってきているし、さらに英国のEU離脱が、世界規模でもって、政治経済に影響を与える流れが進行中。

今後もトピックは、まだまだ続出するでしょうが、ブログ休止してた間に、こんないろんなことが起きてしまう2016年。
「ルル」の原作ではありませんが、「パンドラの箱」が次々に開いてしまうのか・・・・

しばらく、また消えますが、もう事件事故災害は勘弁してください、神様。。。

それでは、また、いつか。

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2013年1月23日 (水)

新ウィーン楽派による「J・シュトラウス」

Akabane1

ちょっと華やか、でもこの駅前を発し、ちょっと行くと、そこそこの場末感としみじみとした庶民感覚がしっかりと味わえる、ここは北区赤羽。

最近、お気に入りの街です。

広くはないけど、ぜんぶあり、ぜんぶ心地よく人懐こい。

Akabane2

よく見れば、AKABANE、軽くうかがえばAKB。

ナイスじゃございませぬか。

今日は、シェーンベルクを中心とする新ウィーン楽派の面々による、ウィーンの彼らのちょっと前のトレンド、先達のJ・シュトラウスのワルツの編曲バージョン作品を。

神奈川フィルの定期公演の演目のお勉強の流れで。

  ニコライ  「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲

  ハイドン   トランペット協奏曲

           Tr:三澤 徹

  ブラームス=シェーンベルク編 ピアノ四重奏曲第1番

    下野 竜也 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

 2013年1月25日 (金) 19:00 みなとみらいホール

Strauss_schoenberg

  J・シュトラウス 「皇帝円舞曲」 シェーンベルク編曲

            「南国のばら」  シェーンベルク編曲

            「酒、女、歌」   アルバン・ベルク編曲

            「宝石のワルツ」 ウェーベルン編曲

      ボストン交響楽団 室内アンサンブル

                      (1978 ボストン)


あまりに有名な喜遊感たっぷりのウィンナ・ワルツの名曲の数々は、わたしたち日本人には、NHKが放送してくれるきらびやかな黄金のムジークフェラインでの映像とともに、甘く切ない休日音楽としてすりこまれ、認識されているかと思います。

そのワルツを、約40年ほど活躍期があとのウィーンの次ぎの世代がサロン風な親密な音楽にしたてあげたのがこれらの編曲バージョン。

シェーンベルクはアマチュアから発し、ツェムリンスキーの強力な後押しを経て、「浄夜」や「グレの歌」で成功を勝ち得たものの、ウィーンではなにかとユダヤの出自が足を引っ張るものとなった。
真正ユダヤ教も隠し、プロテスタントしてふるまいつつも、かくなる不遇。

一方で、ベルリンではキャバレー・ソングで小金を稼ぐこともしたが、でもやがてRシュトラウスに認められたりして、音楽界の中央に出るようになり、私的な音楽レッスンで知り合ったウェーベルンとベルクとは完全に意気投合し師弟の間柄となる。
1904年のことだが、彼らの連動作業は、1920年代、J・シュトラウスのワルツの室内楽化で三者三様の成果をもたらすこととなりました。

さらにそれぞれ、弟子は先生の作品を、先生はバッハやブラームスといった偉大なドイツの先達を、ウェーベルンはさらにバッハを極め、ベルクは同時代のシュレーカーを、といった具合に各自が驚きの編曲の成果を出しているところが、この新ウィーン楽派の類い稀な存在であります。

上記のように、この音盤に収められたそれぞれは、J・シュトラウスの原曲が1880~90年代ということで、彼らの編曲バージョンとは30~40年ほど経た頃あいのもの。
第一次大戦後、次の戦争前のある意味怪しい爛熟期にあり、マーラー後、シェーンベルクと一派たちは無調から12音へと変転の頃。
日本は、大正時代の上向き文化吸収時代でありました。

3人の個性は、さほど明確ではありませんが、ピアノやアルモニウム、打楽器の多用が目立ち、妙に不安感をつのるのがシェーンベルク編。
優しくマイルドで、原作に響きが忠実、かつロマンティックなベルク版。
室内楽的で精緻な細やかさを持ち繊細かつ透明感あふれるウェーベルン。

当時のコンマス。シルヴァーシュタインが中心のベラボーにうまいボストン響のアンサンブルのこの演奏は、まったく素晴らしくって、味わいと機能性とにかけてません。
DGの名作のひとつです。

あとアルバン・ベルクSQがこれらに自在な演奏を残してますが、それはまた別の機会に。

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2012年10月13日 (土)

神奈川フィルハーモニー 第284回定期演奏会 イシイ=エトウ指揮

Minatomirai

いつもと違った場所からパシャリと1枚。

あの先で、これより神奈川フィルの10月定期公演ですよ。

Kanaphill_201210

      ブラームス   ヴァイオリン協奏曲

                「ヴェニスの謝肉祭」(アンコール)

           Vn:シン・ヒョンス

      ウェーベルン  小管弦楽のための交響曲

      J・シュトラウス 「皇帝円舞曲」

      ラヴェル     「ラ・ヴァルス」

   キンボー・イシイ=エトウ指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団


                 (2012.10.12 みなとみらいホール)

「マーラーとその時代、爛熟ウィーンへの旅」のお題に基づいた、不可思議兼よく考え抜かれたプログラム。
一昨年のちょうど10月、コープランドや新世界で神奈フィルとの相性ばっちりの素敵な演奏を聴かせてくれたナイスガイ、エトウさんイシイさんの指揮に期待が高まりました。

・・・ですが、終わってみると、あれ? こんなはずじゃ?

という印象が正直なところ。
どうしちゃったんだろ、調子が悪そうで、キレがなく、オケともしっくりこないままに、「ラ・ヴァルス」をむかえ、そして最後はさすがに勢いで華々しく終了されてしまった感じ。

ブラームスの協奏曲から、ヴァイオリンのシン・ヒョンス嬢に気圧されていた感あり。
若い彼女、チョン・キョンファやサラ・チャンらの先輩たちとも違った個性・・・・との触れ込みだったけれど、超絶技巧を駆使したアンコールも含め、どうしてどうして、自己主張たっぷりのかの国ならではのパッション系のヴァイオリンでありました。
繊細さ、力強さ、歌いぶり、いずれも強調され、これでもかというばかりに圧倒的。
スゴイなぁ、と感心しながら聴くことしばし。
でもチャイコフスキーならともかく、これはブラームスだよなぁ。
うむ、豊かな才能は、これから年月を経てどう音楽をとらえ、開花してゆくのでしょうか。
いまのところは、わたしの思うブラームスとは遠いところにあるブラームスでした。
でも、第2楽章のオーケストラはふくよかで美しかった。
 

コンマスの石田氏にピチカートを強要(?)し、それが弦楽アンサンブルに伝播しつつ、目もくらむ技巧でもって、ひょいひょいと弾いた「ヴェニスの謝肉祭」。
すっかり圧倒されましたよ。
これこそ、スゴイのひとこと。

20分の休憩をはさんで、後半に期待。

いきなりウェーベルンの不思議世界につれていかれてしまい、緻密な時間空間を10分間息を殺すようにして楽しみました。
ブーレーズの冷徹な演奏のCDに慣れてしまっていたものですから、ちょっと緩くは感じましたが、こうした曲を取り上げてくれたことは実にうれしい。
コンサートには、こうした刺激も必要ですからね。
 ただ、曲の配列からして、ちょっと異質すぎましたかね。
後半は、フルオケの曲ばかりにして、オーケストラの温度を高めていったほうがよかったかも。
同じウェーベルンなら「パッサカリア」とか、ベルクの「3つの小品」とか。

「皇帝円舞曲」は、異次元に持っていかれたこちらの耳を補正できぬまま、どこか余所行き風に聴こえてしまったのは、こちらのせいかしら?
いや、神奈川フィルならもっと美音の爆発があってもいいはず、と思いつつ終わってしまった10分間。

うーむ、ラヴェルに期待だな、とぎっしり勢ぞろいのフル神奈フィル。
でもラヴェルならではの精緻さ・精妙さがちょっと足りなくて、イシイさんとエトウさんの指揮姿とオーケストラの音に乖離が感じられる。やっぱり体調でも悪いのか、と思ってしまう。
でも、ラヴェルの巧みな音楽は、そんな思いを最後は見事に吹っ飛ばして、ゴージャスなエンディングを華麗に迎えてしまうのでした。
そして、ここに至って、さすがは神奈川フィル!と溜飲を下げるワタクシでした。

忙しすぎの神奈川フィルの皆さん、今回は文句言ってしまいすいません。
聴く側にも夏の疲れが出てますし、次回は満員御礼の「皇帝」と「ヘルデン・レーベン」をバッチリ聴かせていただきます。

演奏終了後、退職されるファゴットの境野さんへの花束贈呈セレモニーがありました。
石田コンマスは、こんな厳粛なムードでも笑いをとってしまうんですね(笑)。
境野さん、お疲れ様でした。

そして、アフターコンサートは、新メンバーも交えて、終電まで飲みまくり。
こちらもお疲れ様でした。

Minatomirai2

こちらは、日付が変わった桜木町駅前。

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2012年10月11日 (木)

神奈川フィル定期演奏会 前夜祭

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池の縁に立っただけで群がる鯉たち。

黒いのもいますが、色合い的に目立ちませんね。

こんな鯉より、群れずに、静かに佇む姿の方がよいですな。

でも、鮮やかなもんです。

明日は、神奈川フィルハーモニー10月定期演奏会

  ブラームス   ヴァイオリン協奏曲

         Vn:シン・ヒョンス

  ウェーベルン  小管弦楽のための交響曲

  J・シュトラウス 「皇帝円舞曲」

  ラヴェル     「ラ・ヴァルス」

   キンボー・イシイ=エトウ指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団


  2012年10月12日(金) 19:00 みなとみらいホール

「マーラーとその時代、爛熟ウィーンへの旅」が今シーズンのお題。

J・シュトラウス(1825~1899)、ブラームス(1833~1897)、ラヴェル(1875~1937)、ウェーベルン(1883~1945)の4人。
ワルツ王もブラームスも以外ながら、思えば世紀末を生きた作曲家。
間にマーラー(1860~1911)をはさんで、シーズンテーマに合致し、どうしても玄人好みになりそうなテーマの中で、一見とりとめないながらも、有名曲もうまく配分した巧みなプログラムです。

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ブラームスの協奏曲は、韓国女流のシン・ヒョンスさん。
若い美人ですぞ
女流先輩、キョン・ファ・チョンやサラ・チャンとの違いを確かめたいです。
で、ムローヴァは、女性演奏家にある情熱の発露はどちらかというと控えめで、クールで知的なアプローチが先行するタイプです。
アバド(当時噂のふたり・・・)とベルリンフィルの明晰で確固たるバックを得て、まっすぐピュアなブラームスのサントリーホールライブです。

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12音技法に則った、ウェーベルン後期様式の名作、交響曲op21は、録音も少なめ。
難解なれど、何度も何度も聴いてゆくと、静的かつ空間美を持った音の配列に魅せられるようになってくる。
聴いてると、何もおこらないけれど、実は時間の経過を音にした10分間を過ごしてしまった自分に気がつく。
ブーレーズの冷静かつ冷徹な指揮が切れ味鋭いナイフみたいだ。
1度目のCBSへのウェーベルン全集には、この曲は入ってなかった(はず)。

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ここで、J・シュトラウスのウィンナ・ワルツが演奏されてしまうことの大胆さ。
思えば、新ウィーン楽派とブラームスとシュトラウスって、大いに結びつきがあります。
12音を聴いて、その真反対の調性全開の曲とはまた刺激的なプログラム。
聴きても、演奏側も、ともに気が抜けません。
そして、今宵はウィーンとは遠いアメリカのメジャーオケのゴージャスだけど、以外に渋い演奏で。
オーマンディとフィラデルフィアの演奏は、色気や遊びは少なめだけど、とても音楽的で音楽そのもの素材のよさを味わうことができる。時としてケバいところは録音のせいかとおも思います。
旧オーストリア・ハンガリー帝国出身指揮者とアメリカンオケとの組み合わせ。

Ravel_bernstein

ラヴェルのラヴァルスがここにあるのは、ウィーンのワルツつながり。
コンサートの大団円を迎えるに相応しいゴージャス演目。
華奢できらびやかな音色のオケ、神奈川フィルのラヴェルは最高なんですよ、みなさん。
絶対、絶対に、めくるめく音色の洪水とトロける甘味なる雫に全面降伏してしまうであろう明日のワタクシ。
おフランスの本場オケ(フランス国立管)とアメリカンな指揮者バーンスタインの組み合わせ。ときに粘っこい指揮者にしっかりついてゆくオーケストラだけど、最後の猛烈なる向こう見ずな追い込みには、ほとほと興奮させられます。
この曲は、ほんと、大好きでして、アバド、ブーレーズ(NYPO)、プレヴィン(VPO,LSO)、ハイティンク(ACO)、小澤、メータ等々、もちろんアンセルメ、クリュイタンス、マルティノン・・・・。往年系の演奏ばかりを好みます。

明日の指揮者は、注目の日系指揮者です。
ドイツのオペラハウスでの活躍も目立ち、準・メルクルのような存在になって欲しいと願うイシイさん&エトウさんなんです。

まだ間に合います、明日12日、横浜へ、神奈川フィルへ是非。

「神奈川フィル全演目レビューの過去記事」

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2012年9月17日 (月)

神奈川フィル定期演奏会 後夜祭

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悪化する中国の治安。

そんなところに、神奈川フィルが行ってどうにかなってしまったら私たちファンは困ってしまうことになりました。
早く、まともな文化交流くらいができるように戻って欲しいものですが、しばらく無理でしょうな。

日曜の晩に、暴徒のニュースとバイオハザードの群がるゾ○○をチャンネル変えながら見ていたら、どっちも同じに見えてきてしまった・・・・。

そんな悪夢はいまは置いといて、神奈川フィル定期での演目を聴いて、3人の作曲家に興味をお持ちの皆さんに、「聴いてみるならこんな曲」をご案内。

Abbado_webern_3

  ウェーベルン オーケストラのための5つの小品

           オーケストラのためのパッサカリア


演奏会で聴いた6つの小品と対のなすような作品。
6つの小品が「動」ならば、5つの小品は「静」。
5分あまりの演奏時間の中に、時間が凝縮されたようで、なにも起こらない5分間だけど、とてもその5分間が大切に思えてくるような濃密な瞬間を味わえる音楽。
アバドが初来日したとき、評論家先生たちは、ベートーヴェンやブラームスは酷評したけれど、この曲を静寂で歌うように演奏したアバドに驚嘆した。

それと作品番号1のパッサカリアは、初期作品だけに、後期ロマン派臭プンプンの濃厚ロマンティシズムあふれる音楽。
こちらも10分に満たない演奏時間だけれど、内容は濃い。
マーラーとツェムリンスキーの流れの中にあるこの曲は、やはりウィーンフィルで聴くのが一番。ホルンの響き、泣けます。
神奈川フィルで聴きたい曲、上位に位置します。
かつて、ジュリーニとウィーン響の来日公演で聴きました。

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  R・シュトラウス  ホルン協奏曲第1番

2番を聴いたら、やはり1番。
こちらも朗々たるホルンが屈託なく響き渡る名曲ですよ。
このザイフェルト&メータ盤は、アルプス交響曲とのカップリングで、アルペンホルンのジャケットがいかにも、この曲にもお似合いです。
一般には1番の方が有名ですが、2番が楽しめたら絶対にこちらもお薦め。

Strauss_concerto_kempe

  R・シュトラウス  オーボエ協奏曲

シュトラウスの協奏曲で、一番すぐれた作品。
ホルンの2番と同じく晩年の作品で、こちらも澄み切った明るい基調で、オーボエソロはよどみなく常に吹き続け、歌い続ける難役です。
まるで、オペラのようなこの協奏曲は、しみじみと達観した雰囲気も漂います。

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  R・シュトラウス 歌劇「カプリッチョ」~「月光の音楽」

シュトラウス最後のオペラの、それもヒロインの最後のモノローグの前に演奏される絶美の間奏曲。
ホルンのソロが紡ぎ出す透明感あふれる豊饒かつ繊細な音色。
銀色の雫が舞い降りてきそうな夕暮れの音楽。
わたしの好きなオペラの中でも、上位にくる「カプリッチョ」の神がかり的に美しい、「月光の音楽」とそのあとの伯爵令嬢マドレーヌのモノローグ。
この曲も是非にも、神奈川フィルで聴いてみたい

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   ブラームス   ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調

第2交響曲はニ長調で、かつ全楽章が長調の明るく、優しさにあふれた交響曲でした。
次月のプログラムにのるヴァイオリン協奏曲もニ長調だけど、こちらは気品というか高貴さが先にたち、交響曲の持つ優しい微笑みとはまた違う魅力があります。
 というわけで、第2交響曲のあとは、ほぼ同じ頃に書かれたピアノ協奏曲第2番はいかがでしょうか。
4つの楽章を持つシンフォニックな協奏曲。季節で言えば、「ブラームスの秋」のイメージよりは、春、それも5月ぐらいの好天がお似合いのうららかで、明るく幸せな音楽です。
これもまた神奈川フィルで是非お願い。

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麦酒を背景に、土曜日のアフターコンサートの料理の数々。
地産地消、神奈川県内の素材を多く使ったお料理はとてもおいしかったです。
そして、こちらで醸造もされているビールも
ちょっと飲みすぎました。

  横浜ビール「驛の食卓」

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2012年9月16日 (日)

神奈川フィルハーモニー 第283回定期演奏会 伊藤翔指揮

Minatomirai

まだまだ暑い土曜日の昼のコンサート。

都内でも、魅力的なコンサートやオペラもたくさんのこの日。

本格シーズンのスタートです。

そして、神奈川フィルから巣立つ若い指揮者を眩しい想いで、聴くことができました。

Kanaphill_201209

   ウェーベルン  オーケストラのための6つの小品

  R・シュトラウス ホルン協奏曲第2番

  スラヴィッキー  ソロ・ホルンのための音楽~第3楽章
                           (アンコール)

       Hr:プジェミスル・ヴォイタ

  ブラームス   交響曲第2番

   
       伊藤 翔 指揮 神奈川フィルハモニー管弦楽団

              (2012.9.15
 みなとみらいホール)

伊藤翔さん、というか翔クンと呼んだ方が、神奈川フィルを聴いてきたファンとしては、親しみがあります。
ウィーンに学び、著名指揮者に師事、今年3月まで神奈川フィルの副指揮者をつとめるかたわら、昨年は、ルトフスワフスキ指揮者コンクールで2位受賞した、1982年生まれの若い翔クンです。

神奈川フィル定期デビューは、実に堂々と、そして爽やかなものでした。

「マーラーとその時代、爛熟ウィーンへの旅」が今シーズンのお題。
昨シーズンのマーラー特集を汲んでの内容。

今回は、シーズン当初にブラームスのハイドン変奏曲から、ウェーベルンへと曲目変更がありました。
これまた、実に見識高いもので、次回も再びウェーベルンは実に嬉しい。
精緻で、緻密な構成のウェーベルンの音楽は、ライブで聴くと静寂のピアニッシモがとりわけ美しく感じられ、オケの皆さんとともに、われわれ聴き手も、その緊張感を共有できる。
この日の「6つの小品」は、音楽の中にある静寂の間と、音色の美しさ、ピアニッシモから最強フォルテまでの鮮やかな対比。
多分に慎重な出だしだったけれど、そのあたりが見事に決まっておりました。

次いで、チェコ出身のヴォイタ氏のホルン。伊藤氏より若くて、はるかに大きいヴォイタ君は、83年生まれ。
ベルリン・コンツェルトハウス管(旧ベルリン響)のソロから、今秋はベルリン・シュターツカペレのソロに転じる、若き注目株。
若書きの1番の方ばかりを聴いてしまう傾向があったが、こうしてじっくりと、後年の2番を聴いてみると、シュトラウス晩年の澄み切った心境の作風の刻印を随処に聴くことができました。
まず、なによりも、いい曲だなぁ、と思わせる演奏。
さりげなく演奏しているけれど、実は難易度がむちゃくちゃ高い。
大きい人だから、ホルンがおもちゃみたいに見えちゃうし、あんまりにもスイスイすらすら吹くもんだから、唖然としている暇もない。
これ誉めてるんです。こんだけ余裕を持って演奏されるとヒヤヒヤせずに、曲に没頭できます。そして何より、確かな技巧もさることながら、その音色の美しさに感嘆。マイルドで輝かしいそのホルンは、R・シュトラウスにぴったり。
このホルンで、アルペン交響曲や月光の音楽を是非聴いてみたい。
 で、神奈フィルの煌めくシュトラウス・トーンは、この曲でも健在。
ことに第2楽章の緩やかで、優しい旋律は、前回定期の「インテルメッツォ」や「家庭交響曲」とも相通じるほのぼのと達観した名品でした。
若いオーボエの佐藤君、見事でした。
 ソロと指揮者の二人の大小コンビはとても相性よく感じましたね。

さて後半のブラームスの2番。
心持ち早めの運びで1楽章。わたしの好みは、もう少しゆったり目。
この楽章では、オケももっと心地よく歌わせた方がよかったかも。
でも、新芽の息吹を感じるようなフレッシュな表情のブラームスは悪くないぞ。
木管とピチカートの終結部では、安心して夢見るような気分に浸ることができましたよ。
 思いのほか渋く、じっくりとまとめた第2楽章は、堪えた寂しさと若々しい抒情が交錯する素晴らしい演奏でした。
さらに、鈴木さんが戻ってきた3楽章の優しいオーボエを中心とした木管と弦の掛け合いの妙は、神奈フィルの音色の美しさを堪能できました。
 終楽章へは、トゥティで突入して欲しかったけれど、爆発は最後のお楽しみで、淡々と着実な歩み。もっとギラギラと爆走するかと思ったら、好漢翔クンは、浮足立つことなく、大人のブラームスを目指してまとめ上げている。
しかし、歓喜爆発のエンディングでは、テンポもみるみる上げて、これまで押さえ気味だった金管も全開となって、ホール一杯に喜びが響き渡る晴々しい旅立ちを飾る終結となりました。
もちろん、大ブラボーの拍手喝さいでございました。

指揮者を讃える、オーケストラのみなさんの暖かい足踏みと拍手もとても印象的。好ましい指揮者の門出。
気持ちのいい、素敵なコンサートを聴くことができました。

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これもまたお楽しみ。アフターコンサートは、応援メンバーに楽団のおふたりをお迎えして、横浜地麦酒、「驛の食卓」で。
こちらの常連さんのメンバーのお骨折りで、目もくらむ料理の数々、そして劇ウマの各種ビールをたくさんたくさん飲んで食べて、音楽を語りました。

来季は構想中とのことですが、客席も日に日に埋まるように見え、ブルーダル基金も右肩あがり。
中国公演の延期は、情勢を鑑み残念なことですが、神奈川フィルの明るい展望がうかがえるような、初々しいコンサートを楽しむことができ、元気をもらったようで感謝の気持ちで一杯です。

Moheat

2軒目突入。ガイジンさんもたくさんいるバーで、モヒート

本日を締めくくる爽やかな一杯でした。

でも、調子に乗り過ぎ、電車は途中までとなりました・・・・・。

みなさま、お疲れさまでした。

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2012年9月14日 (金)

神奈川フィル定期演奏会 前夜祭 

Rainbow

先週の日曜日、急な雨が降って、慌ただしく上がったあと、虹が広がりました。

しかも、虹、ダブルで

バーでは、いつもウィスキー、ダブルで、と唱えますが、虹ダブルはより嬉しいですね。

9月15日は、神奈川フィルハーモニーのシーズン後半の幕開け定期演奏会。

 ウェーベルン  オーケストラのための6つの小品

  R・シュトラウス ホルン協奏曲第2番

       Hr:プシェミスル・ヴォイタ

  ブラームス   交響曲第2番

   
       伊藤 翔 指揮 神奈川フィルハモニー管弦楽団

  2012年 9月15日(土) 14:00 みなとみらいホール


暑い日中、早めに会場に着いて、汗を覚まさないと、精緻なウェーベルンが台無しになってしまうかも。

8月より、湿気も手伝って、やたらと暑いです。

この2か月間、隣国との雲行き怪しい動向には、日々、目を離せなくなってしまった。

神奈川フィルの日中国交正常化40周年の記念公演も、招聘元の広東省人民対外友好協会から昨今の情勢から安全面確保の観点から延期の要請があり、楽団側も受け入れたとのこと、本日発表ありました。

近隣二ヶ国との繋がりも強い横浜ですが、どうも複雑な心境です。

さてと、明日のコンサート演目に関しましては、4月に聴きどころを含めCD再現コンサートを行いました。

→ウェーベルン、R・シュトラウス、ブラームス 9月神奈川フィル定期

前夜祭として、先と違う演奏で、練習しておきたいと思います。

大きな聴きどころとしては、前副指揮者の伊藤翔さんの本格定期デビュー。

それと、これまた若いチェコのホルン奏者、バレンボイムのベルリンシュターツオーパーの主席ヴォイタのソロです。

Boulez_webern

  ウェーベルン オーケストラのための6つの小品

     ピエール・ブーレーズ指揮 ロンドン交響楽団


マーラー後、ツェムリンスキーをはさんでの新ウィーン楽派は、シェーンベルクを師とするウェーベルンとベルクの3人で構成される世紀末トリオ。

ウェーベルンは作品は少ないものの、その当時の前衛的な手法において、一頭抜きん出ていて、後世、ブーレーズやケージに至るまで影響を及ぼしているとされます。

前にも書きましたが「精緻で研ぎ澄まされた緊張感」あふれるその音楽。
中間部の大フォルティッシモを頂点にした母の死を想っての怪しく光る美しい音楽です。

あまり深く考えず、その音色の変化を体で受け止められたらいいと思います。

Brain_rstrauss

  R・シュトラウス  ホルン協奏曲第2番

        Hr:デニス・ブレイン

    ウォルフガンク・サヴァリッシュ指揮フィルハーモニア管弦楽団


2曲あるシュトラウスのホルン協奏曲。
父親がホルン奏者だったし、モーツァルトと同じように、息子の出世も大いに気にかけた父親。
息子は、オケ作品を書いても、ホルンが図抜けて活躍する作品が多かったりします。
18歳の若書きの1番から60年後、オペラもすべて書き終えた晩年の2番の協奏曲。

生涯、その明朗快活な作風が変わらなかったシュトラウスならではの、おおらかかつ歌にあふれた音楽です。
1番と同じく、スイスの山々にこだまするような朗々とした1楽章。
第2楽章は、シュトラウスの家庭交響曲やこれまでのオペラの一節を思わせるような、平和な雰囲気でホノボノ。
終楽章は、古典的なロンドフィナーレで、きっとヴォイタ氏の超絶技巧が冴え渡り、大盛り上がりとなることでしょう。
それとオーケストラの皆さんも、一聴、シンプルで古典風に聴こえるものの、実は奏者泣かせな曲だという情報もございました。
シュトラウストーンを持った神奈フィルの伴奏も楽しみですよ。

ブリリアントで神々しいブレインと、若きサヴァリッシュの共演は素晴らしいです。

Brahmas_sym

   ブラームス 交響曲第2番

    クラウディオ・アバド指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団


アバドの1回目の70年録音の2番は、わたくしが一番好きなブラ2の演奏。
ともかく、歌いに歌う。
音色は明るく、でも構成は豊かで、俊敏でかつ若々しい。
シュナイト翁の南ドイツ風の明るさとも違って、アルプスの山をひと超えちゃって、イタリア側から見た晴朗なブラームス。
揺るぎない私のブラ2ナンバーワンの音源です。

伊藤翔君の若い感性は、神奈川フィルとともに、どんなブラ2を聴かせてくれるのでしょうか。
1楽章の繰り返しは?
第2主題はどんなに美しく鳴らすでしょう。
そして1楽章の素敵な終わり方も聴きどころです。
少しかげりのある2楽章は、どんな憂愁を漂わせるでしょうか。
可愛い3楽章では、神奈フィルの管と弦の掛け合いが聴きもの。
そして、終楽章の若さの爆発は、みなとみらいホールにどう響きわたるでしょう。

とても楽しみです。

ブラームスの2番は、歳とともに、好きになってきました。3番もそうです。
そのブラ2で好きな演奏を列挙しちゃうと、新旧アバド、B・クレー、ハイティンク(ACO)、スゥイトナー、ベーム(VPO)、バルビローリ、シュタイン、ヤンソンス(RCO)、カラヤン(60’)・・・などなどたくさんあります。

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2012年9月 7日 (金)

ウェーベルン 6声のリチェルカーレ ブーレーズ指揮

Senouji_mita

高層ビルを望みつつ、江戸時代よりの由緒ある寺社。

こちらは、港区三田の寺社院が密集する坂の多いアリアです。

幽霊坂、暗闇坂、蛇坂、大きなところでは魚藍坂。

なんでも、江戸城開闢いらい、城周辺より移転してきた寺社群だそうです。

都会の中でのコントラストが東京=江戸ならではです。

Boulez_webern

   ウェーベルン (バッハ)

        「音楽の捧げもの」〜6声のリチェルカーレ


     ピエール・ブーレーズ指揮 ロンドン交響楽団


このジャンルになると、圧倒的にブーレーズのおハコです。

思えば、ブーレーズがいなかったら、新ウィーン楽派や、バルトーク、ストラヴィンスキーなども、いまみたいに、ふんだんに聴くことができなかったかも。

60年代後半に作られた、ブーレーズのウェーベルン全集。
DGに、ベルリンフィルを中心とした二回目の全集を録音はしたが、そして収録曲が微妙に異なるものの、1回目のエッジの効いた鋭い、そして問題意識に富んだ全集は、レコード録音芸術史上に名を残す名盤なことは衆目の一致するところであります。

ウェーベルンは63歳の生涯だが、短命ベルク(50歳)とともに、師シェーンベルク一門にあり、そしてともに、その作品数は限られております。
シェーンベルクが、後期ロマン派風の甘味なる音楽からスタートし、無調、表現主義、十二音と進んで行ったのと、ほぼ同じ足跡を歩みます。
がしかし、その作曲ジャンルは、室内的な作品や合唱作品が多く、管弦楽作品は、いまならCD1枚に収まるぐらいのものしか残さなかった。
ブーレーズの監修全集も、CD3枚。

大作はなく、ミニアチュア的、独創的な短編が多くて、それら緻密極まりない音楽が後世に与えた影響ははかりしれないものがあります。
こちらのブーレーズも、その作曲家としての音楽は大いに影響を受けてます。
武満徹を代表として、日本人作曲家の多くもそうかもしれません。

そして、ウェーベルンの音楽の源流は、ほかの新ウィーン楽派作曲家たちと同じく、ブラームスとマーラーの、そう伝統と世紀末音楽との流れを汲むウィーンの本流なのです。

バッハの「音楽の捧げもの」は、自由な発想で演奏できる柔軟な形態でありながら、やはりバッハゆえに厳格で孤高の側面も持っている名品。
その一部であるリチェルカーレを、ウェーベルンは、大オーケストラの作品に編曲。

原作以上に、透き通った響きを醸しだし、次々に現れる明滅するようなオケの各楽器が浮かんでは消えて、やがて、フルオーケストラの響きに収斂してゆくさまは、ウェーベルンのオリジナル作品として、しっかり受け止めながら聴いている自分を最後は見出すものだ。

ジャズの領域までにも許容範囲のあるバッハの音楽の素晴らしさと、ウェーベルンの透徹した音楽造りが結びついた、これまた名品にございます。

ブーレーズの演奏は、のちのベルリン盤よりは、こちらのロンドンでのものの方が好き。
あとは、歌と色があるアバドとウィーンフィルも!

そして、神奈川フィルでは、次週から2定期連続でウェーベルンが聴けます。
新ウィーン楽派の音楽のライブは、なかなか聴く機会もありません。
横浜へ是非!

  ウェーベルン  オーケストラのための6つの小品

  R・シュトラウス ホルン協奏曲第2番

       Hr:プシェミスル・ヴォイタ

  ブラームス   交響曲第2番
   
       伊藤 翔 指揮 神奈川フィルハモニー管弦楽団

  2012年 9月15日(土) 14:00 みなとみらいホール


明日も、新ウィーン楽派いきます。

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2011年5月28日 (土)

ウェーベルン 「夏風の中で」 ヤンソンス指揮

Azuma_skygreen

このところのわたくしのトレンドは、早起き。
朝7時くらいの、とある小山の山中にて。

というか、夜中に目が覚めて眠れなくなるのが多いので早く寝て、朝早くに、いつもの山に出かけたんです。

緑が眩しいですよ。

先週の土曜日の神奈川の実家近くにて。

この先の山の頂きで、海と富士山を望み、かなり癒されましたぞ。
その画像は、またいずれ。

Azuma_skygreen_2

鳥居にかかる「もみじ」の緑も清々しい。

一週間後の土曜日も、早く目が覚めてしまった。
台風の影響モロでして、雨の一日になりそう。
先週のおてんとうさまが懐かしく、爽やかな暑さも恋しい。
梅雨に入ってしまいました。

Jansons_siberius_britten_webern

このところ、世紀末ウィーンやその後の音楽を続けております。
神奈川フィルのマーラー・チクルス、その最後にして最大の演目、第9が視野にあるものだから、その前後の音楽シーンを確認してます。

そして、台風来ちゃってますが、夏の音楽を。

ウェーベルン(1883~1945)の「夏風の中で」。

夏風とかいうと、日本のうだるような夏の熱風を思うけれど、ここでいう夏風は、ドイツ・オーストリアのアルプスにほど近いあたりの、夏に吹く一陣の爽やかな風、といったイメージ。

「Im Sommerwind」大オーケストラのための牧歌

Bruno Willeの詩を読んで・・・とも副題されております。
ブルーノ・ヴィレ(ワイル??)の「Juniper Tree」という作品だそうで、その内容は調べきれませんでした。
お金持ちの家に生まれたウェーベルンは、別荘にてその詩を読み、そして同世代のオランダの画家Mondorianの抽象画に移行する前のナチュラルな風景画にインスパイアされたともいいます。
 どんな絵だろうと調べた。
ウェーベルンのこの「夏風」(1904)以前のモンドリアンの作品がなかなか見つからなかったけれど、推察するのこんな感じでしょうかね。

Mondrian2


ウェーベルンの作品番号1は、「パッサカリア」だけれど、それ以前の番号なしの作品も多くあって、その中のひとつがこちら。
1902年にウィーンに旅行し、そこでマーラーの「復活」に心動かされ、ついにはかの地で学ぶことになり、1904年にシェーンベルクに師事するころに書かれたのが「夏風の中で」。
作品番号なしは、生前、出版されなかったから、この曲の初演も1960年代に入ってから。
ブーレーズの1回目のCBSへの全集には収録されておりません。

のちの表現主義的な作風を経て、無調・十二音と進んでゆく緻密でシャープなウェーベルンからすると、この音楽は、ずっとロマンティックで、後期ロマン派の流れに位置した聴きやすいもの。
マーラーの抒情的で牧歌風な様相と、R・シュトラウスばり爛熟大オーケストラサウンドの両方が味わえる。
初夏に聴くに相応しい、爽快で心と頭に気持ちいい風が吹き抜けるような桂品にございます。

いろいろ出てますが、今日は、ヤンソンスバイエルン放送響の南アルプスの草原のような演奏で。

気温も上がらず、雨が続きます。
全国のみなさま、くれぐれも、夏風邪などをおひきになりませぬよう。

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2009年10月23日 (金)

ウェーベルン オーケストラのためのパッサカリア アバド指揮

Makhari 千葉市の幕張副都心

高速で帰宅中にパシャリ。
お月さんもいい感じで撮れました。

昔は高層ビルといえば、霞が関ビル。
そのあと、新宿の副都心が開発され、いまや都内は高層ビル・高層マンションだらけ。

そして首都圏の3都市~横浜、千葉、さいたま、にも副都心ができましたな。
いずれも、ビジネスと商業、住居のバランスが取れた街。
こういう光景は結構好きであります。
幕張の自慢は、商業系。
イオンの本社、カルフール、コストコ、三井アウトレット、あと少し上れば、ららぽーとにIKEA

Abbado_webern

今週は、私のフェイバリット4人指揮者を取り上げていて、最後は「にゃんこ」を挟んで、クラウディオ・アバドであります。

アバドとの付き合いは、もう何度もここに書いてきたけど、長いのです。
1972年にボストン響とのスクリャービン&チャイコフスキーを聴いて打ちのめされて以来37年間。
ずっとアバドを聴いてきた。
クーセヴィッツスキー・コンクールで優勝したアバドの楽壇デビューは1959年だが、スワロフスキー門下として同門で朋友のメータと同じくウィーンとの縁が大きい。
その後、ミトロプーロス指揮者コンクールではコシュラーと優勝を分け合い、バーンスタインのもとでも学んだ。
そして、カラヤンに認められザルツブルク音楽祭に伝説的なデビューを飾るのが67年のこと。マーラーの「復活」がその曲目。
故郷のスカラ座の指揮者となり、ウィーン・フィル、ロンドン響、シカゴ響(首席客演)、ウィーン国立歌劇場、ベルリン・フィル、ルツェルンという超一流ポストを歴任したことは、みなさんご存じのとおり。
カラヤンと同じような、こんなすごい地位を昇りつめていくなんて、最初は予想もできなったこと。
でもアバドは権謀術策を尽くしたりしてこんな地位を掴んでいった訳ではさらさらなく、オケやハウスから請われるようにして自然のなりゆきでなっていった。
野望や嫉妬とは無縁のアバドは、平気でその地位を投げ出してしまう。

音楽することだけを純粋に考えているそんなアバド。
その最大の功績は、若手演奏家の育成。
ECユースオケ、ヨーロッパ室内管、マーラー・ユーゲント・オケ、マーラー・チェンバー、モーツァルト・オケなどなど。

かつては考えられない新時代の指揮者と呼べるのではなかろうか。
オペラハウスから叩き上げて実績をつけて地位を築いてゆくのが昔の指揮者のあり方。
ベームもカラヤンも、カルロスもそう。
アバド以降の指揮者たちは、コンクールで名をあげてからオペラに入って行くパターンとなったが、名門の出アバドは、労せずして根っからのオペラ指揮者でもあった。

好きなものだから、一度こうしたことを書いておきたかったアバド。
ウィーンの街とは切っても切れないから、マーラーや新ウィーン楽派は超得意。

ウィーンフィルとの蜜月時代に、新ウィーン楽派の3人の作品が録音されたことは、本当にありがたくも貴重なこと。
アバドの精緻なウェーベルンは、若い頃から絶品で、73年にウィーン・フィルと初来日したおり、ベートーヴェンやブラームスに混じって、ウェーベルンの5つの小品を演奏したが、これまた評論家筋からはけちょんけちょん。
オケに乗ってるだけ、振ってるだけと。
ただ、ウェーベルンだけは絶賛された。
弱音で歌うという、当時としては考えらないリリシズムをウェーベルンの音楽でやってのけたのだから。
74年のシェーンベルク・イヤー(100歳)に、アバドはウェーベルンをたくさん指揮していて、FMで「パッサカリア」が放送された。
これがまあ、あきれ返るほどの歌に満ち溢れた美しい演奏で、むせかえるほどのウィーンフィルの美音も放送録音ながら、はなはだ素晴らしく捉えられていた。
今でも私の大切な音源のひとつである。

そして、正規録音は90年。
若い情熱は、より自在な音色の配列に重きを置くようになってクールさが増したし、再弱音から強音までのダイナミクスの幅がきわめて大きい。
ウェーベルンの習作期最後のこの作品は、後期ロマン派の香りが色濃いが、トリスタンやマーラー、ツェムリンスキーの流れをしっかり汲んでいる一方、緻密な対位法や休止の効果的な使用など、のちのウェーベルンの顔もしっかり刻まれている。
本当のアバドらしさは、「5つの小品」や「6つの小品」、「変奏曲」などに出ていると思うが、
今宵は濃密なパッサカリアを聴きたかった。
最後のクライマックスの頂点で、ホルンがこの曲の重要な楽想のひとつをオーケストラの上に、一本奏でて、それが残像のように残るのだが、この場面、ウィーンフィルならではの美しさで、諸盤のなかで、アバドが最高だと思う。

この曲も夜の音楽であります。

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