カテゴリー「小澤征爾」の記事

2018年2月11日 (日)

ラヴェル 「ダフニスとクロエ」 小澤征爾指揮

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海と月。

いまさら1月のスーパームーンの写真ですいません。

こういう光景に、ドビュッシーとかラヴェルの音楽を思い起こしてしまう、音楽好きのサガ。

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  ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

     小澤征爾 指揮 ボストン交響楽団
           タングルウッド音楽祭合唱団

                (1973.10 ボストン)


アバド、メータときて、70年代の若手三羽がらす、小澤さんのラヴェル。

当時の3人の写真、いや、実際に自分の目で見た3人は、とても若くて、とてもアクティブで、指揮姿もダイナミックだった。
でも、3人のうちの二人が病に倒れた。
復帰後の活動は縮小したものの、より深淵な音楽を聴かせてくれるようになった。
でも、亡きアバドも、小澤さんも、痩せて、すっかり変わってしまった。

そんななかで、メータはひとり、大病もせず、ふくよかさは増したものの、風貌からするとあまり変わらない。
カレーのパワーは大きいのだろうか・・・

雑談が過ぎましたが、「小澤のラヴェル」。
1975年、高校生のときに単発で「ボレロ」の1枚が出て、そのあと一気に4枚組の全集が発売されました。
ラヴェル生誕100年の記念の年。
高値のレコードは眺めるだけでしたが、その年、もうひとつの手兵だったサンフランシスコ響を率いて凱旋し、ダフニスとクロエ全曲をメインとする演奏会が文化会館で行われた。
前半がP・ゼルキンとブラームスの2番で、アンコールはピチカートポルカ。
テレビ放送され、食い入るように見たものでした。

あと思い出話しとして、当時、小澤さんのコンサートを聴くために、新日フィルの定期会員になっていて、ラヴェルが多く演奏され、ダフニスも聴いております。
小澤さんの指揮する後ろ姿を見ているだけで、そこに音楽がたっぷり語られているようで、ほれぼれとしていた高校・大学生でした。

小澤さんのラヴェルは、こちらの70年代のものだけで、再録音はなく、その後はオペラしか録音していないので、貴重な存在。

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抜群のオーケストラコントロールで、名門ボストン響から、しなやかで、美しい響きを引き出すとともに、ダイナミックな迫力をも感じさせる若さあふれる演奏。
ボストンの時代が、自分には親しみもあるし、後年の落ち着き過ぎたスマートすぎる演奏よりは、熱さを感じる点で、より本来の小澤らしくで好き。
だって、「燃える小澤の」というのが、当時のレコード会社のキャッチコピーだったんだから。
まだまだミュンシュの残影が残っていたボストン響。
精緻さと豪胆さを兼ね備えていたミュンシュの魂が乗り移ったと言ったら大げさか。
それに加えて、俊敏なカモシカのような、見事な走りっぷり。
「海賊たちの戦い」の場面のド迫力を追い込みは見事だし、なんたって、最後の「全員の踊り」のアップテンポ感は興奮させてくれる。
 こうした熱き場面ばかりでなく、冒頭から宗教的な踊りにかけての盛り上げの美しさ、そして当然のごとく、そして、ボストン響の名技が堪能できる夜明けとパントマイムも端麗。

30~40代の颯爽とした「小澤のラヴェル」、ほかの曲も含めて堪能しました。

小澤さんのボストン就任の前、DGはアバドとボストンと「ダフニス」第2組曲を録音しましたが、そちらの方が落ち着いた演奏に聴こえるところが面白い。
もちろん、アバドも歌にあふれた美しい演奏です。
アバドが亡くなったとき、ボストン響はのメンバーがアバドの思い出を語っている様子が、youtubeで見れます。
アバドのボストン響客演は、そんなに多くはありませんが、80年代まで続き、シューマンの4番や、マーラーの2、3番など、魅力的な演目がありました。
どこかに録音が残っていないものでしょうか。

アバド、没後4年にあわせて、70年代のメータと小澤も聴いてみました。

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2015年3月28日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 小澤征爾 指揮

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一挙に開きました。

春、きたー。

それでも、朝晩は、肌寒く、一進一退ですが、晴れた日の陽気の気持ちよさは、ハンパなく、人間も、動物も、そして花たちも、気持ちよく開放的になります。

こちらは、本日、土曜日の都内、港区の桜。

たくさんの方が、見上げて、写真を撮ってましたよ。

そして、そんなサタデーナイトに、気分よろしく、フロム・ザ・ニュー・ワールド。

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  ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

    小澤 征爾 指揮  サンフランシスコ交響楽団

                    (1975.5 @サンフランシスコ)


いまは、手放してしまいましたが、このジャケット、大好きでした。

サンフランシスコとボストンという、西と東のアメリカのメジャーオケの音楽監督を、同時につとめた小澤さんの若々しい横顔。
 背景は、ゴールデンゲートブリッジ。

サンフランシスコ響を指揮した、アメリカ由来の作品に相応しい、秀逸なジャケットでした。
欧米中心のクラシック音楽の世界にあって、そこに新風を吹かせた、まさに、新世界を切り開いたアジア人が当時の小澤さん。

いまでこそ、世界各地の指揮者や、オーケストラが、あたりまえのように、クラシック音楽の最前線で活躍し、等しく、扱われる世の中となりましたが、そのパイオニア的な存在だった、小澤さんの存在や、役割は、ほんとに大きかったと思う。

語り草となった、その渡欧歴伝や、大演奏家たちとの出会いや交流。

そして、ともかく、海外にポストを持った小澤さんは、登り竜そのものでした。

トロント、サンフランシスコ、ボストンの順に、北米のオーケストラの指揮者に次々となる一方、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドンと、欧州でも定期的に招かれ、もちろん、日本でも、N響との問題を跳ね返すように、日フィルと、解散後の新日フィルで高レヴェルの演奏を繰り広げてました。

この頃の、小澤さんに熱をあげて、さかんに聴いてきたわたくしは、やはり、この頃の小澤さんが一番、輝いていたように思えて、一番好きなんです。

もちろん、その後の、すなわち、ボストン後のウィーンを中心とするヨーロッパでの活躍に、わが邦のサイトウキネンも、高く評価するわけですが、でも、やはり、70~80年ぐらいの小澤さんが、自分は好き。
 兄貴のような存在の小澤さんに、一緒になって、クラシック音楽の道を歩んできたような気がするし、そんな世代だからです。

 そんな思いの存在は、そう、アバドと、メータにも強く感じるところです。

いつものように、前段が長すぎで、メインは短くなりますが、こちらの、サンフランシスコでの「新世界」。
バリッと、乾いた録音のせいもあるけど、ともかく、さわやかで、明るく、からっとしたカリフォルニアサウンドを思わせるような、若々しい演奏なんです。

ジャケットと、その演奏と、その録音が、イメージにおいて、3つかみあったような、爽快感。

ほんと、気持ちいい。

晴天、雲なし、ピュアで、正直、じめじめしてなくて、どこまでもまっすぐ。
行くところ敵なし、ビューティフル・アメリカ&ジャパン。
いまなら、クール・ジャパンで、スシ美味しい~、ニッポンシュサイコー・・・・

こんなふうに、いろんなことを思い、想像しながら、久しぶりに聴きました。

でも、この録音時の頃のサンフランシスコを舞台にした映画があります。

そう、クリント・イーストウッドの「ダーティ・ハリー」シリーズです。

病めるアメリカ、人種の坩堝に、ベトナム戦争の後遺症にありながら、社会がすさんでゆくなか、組織をも無視したアウトロー刑事が、次々に犯罪を断罪してゆく映画シリーズでした。
大学時代、全部見ました。

 あの頃に、小澤さんは、アメリカで活躍したんですね。

小澤さんの、音楽にピュアに取組む、まっすぐぶりや、バーンスタインゆずりの、かっこいい指揮ぶり。
そして、その言動にもあふれる、繊細で、優しい音楽造り。
 アメリカの人々の心を、掴んだのもよくわかります。

そんなこんなを、この爽やかな「新世界」を聴きながら思ったりもしました。

2楽章の「ラルゴ」のしなやかな歌心には、癒されます。
そして、随所に、小澤さんの唸り声が聴かれますが、そのお声は、若く瑞々しい~

いまの仙人の域に達した、高みにある小澤さんに、多大なる敬意を崇敬を表しつつ、わたくしは、かねての自分の導き手であった頃の小澤さんを、懐かしみ、親しみを感じる次第です♪

同時に録音された、「英雄」も、またこの春の日に聴いてみようかな。。。

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2014年12月14日 (日)

チャイコフスキー 「スペードの女王」 小澤征爾指揮

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東京駅、丸の内口のKITTE。

かつての郵政省、東京中央郵便局の、ちょっとレトロなビルは、日本郵便株式会社の手掛ける初の商業施設として、外観は巧みにそのままにして生まれ変わった。

昨年のことであります。

そして、昨冬から始まった、この「ホワイト・ツリー」

日に何度か、ライトアップ・プログラムが実施され、四季を感じさせる、さまざまな色どりに染まります。

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これは、春でしょうね。

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そして、グリーンは、初夏のイメージを受けました。

きらきらですな。

 今日は、ロシアの四季を、いろんな局面で感じさせる、チャイコフスキー。

全部で13作もあった、チャイコフスキーのオペラ。

破棄したり、未完だったものを除いても9作品。

ロシアの土臭さも感じる伝統と、ヨーロッパ的な洗練されたオペラ感。

これらが、たくみに相まったのが、チャイコフスキーのオペラ。

ブログでは、まだこれで、3作ですが、あと1作そろえれば、音源で聴ける作品を全部そろえることができそうです。

ゆっくりですが、それらも記事にしていきたいと思います。

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  チャイコフスキー 「スペードの女王」

 ヘルマン:ウラディミール・アトラントフ  リーザ:ミレルラ・フレーニ

 トムスキー公:セルゲイ・レイフェルクス 侯爵夫人:モーリン・フォレスター

 イェルスキー公:ドミトリ・ホロストフスキー 
 

 
  ポリーナ:カトリーネ・シージンスキー   マーシャ:ドミニク・ラベッル

 家庭教師:ジャニス・タイラー        チェカリンスキー:エルネスト・ガヴァッツィ

 スーリン:ジュリアン・ロデスク         チャップリッキー:デニス・ペテルソン

 ナルーモフ:ジョルジュ・シャミーネ    その他

       小澤 征爾 指揮   ボストン交響楽団
                    タングルウッド祝祭合唱団
                    アメリカ少年合唱団

                      (1991.10.11 @ボストン、NY)


1888年、チャイコフスキーは、弟モデストから、プーシキン原作の「スペードの女王」のオペラ化を打診される。
ただ、チャイコフスキーは、そのとき、オペラ「 チャロデイカ」の創作が終えたことで手いっぱいで、いったんは、その申し出を受けたものの、断りをいれ、弟をがっかりさせた。
相次ぐオペラの作曲よりも、シンフォニックな作品を書きたい気分だったと言ったといいます。
 それが第5交響曲となり、次いで、バレエ「眠りの森の美女」が生まれます。
弟の提案から、1年半後、チャイコフスキーは、俄然、「スペードの女王」の作曲意欲が沸き、1890年に一挙に完成させるのでした。

チャイコフスキーの生涯もあと3年。
病死ではありますが、オペラはあと1作、美しい「イオランタ」が書かれますが、再充実期にあった、チャイコフスキーの名作のひとつが、「スペードの女王」なのです。

3幕、ほぼ3時間を要する大作で、レコード時代は、4枚組で、高価でもあり、なかなか手が出ない作品のひとつでしたね。
CDでも、3CDとなりますが、各幕が1枚づつに収まり、聴きやすくなりました。

日本ではあんまり上演されません。
そもそもロシア・オペラは、本場からの来演ばかりで、新国も独・伊ばかりで、日本人には、どうもロシア語がやっかいなのでしょうか。。

「エフゲニ・オネーギン」の方が、はるかに定番となっておりますが、「スペードの女王」も、そちらと同じく、美しく、親しみやすい旋律や、アリアが、ぎっしり詰まっていて、しかも、オーケストラがとてもよく鳴るように書かれていて、さすがと思わせます。

そして、オネーギンと同じく、情緒不安定のむちゃくちゃな男と、そいつに翻弄されるお嬢様というシテュエーションとなっているところが面白いです。
 激しすぎる性格が及ぼす、身の破滅は、ロシアの社会問題をもえぐる皮相さも持っています。

「スペードの女王」における、おばかさんは、ギャンブルがもとで、人も殺し、恋人の命も、自分の命も失ってしまうという大破滅ぶりなのですが、濃淡あれど、昔から人間の陥りやすい、今では、病気とも認定される依存症のひとつがギャンブルなのです!
ワタクシは、賭け事はいっさいやりません。でも、ワタクシは、酒が・・・・・・。

 暗いロシアの大地と、上流社会と、そうでない人々の対比、華やかなな舞踏会や、こっけいな道化っぽい役柄も出てくる。このあたりは、ロシア系オペラの常套か。
そこに、メロディアスな旋律と、ゴージャスな響きが加わること、それこそがチャイコフスキーのオペラの魅力です。
 素敵なアリアの数々も、思わず口ずさみたくなるものばかり。

あらすじを

 18世紀末 ペテルスブルク

第1幕

 第1場 公園の広場


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 子供たちが遊んでいると、兵隊の真似をした少年たちが行進してきて、子供らも、彼らについて去ってゆく。
ゲルマンの友人、チェカリンスキーとスーリンは、そういえば、最近彼は元気がないね、などと語るところへ、そのゲルマンが、親友のトムスキー公とやってきて、彼は、名も知らぬ高嶺の花、身分違いの女性に恋をしてしまったと絶望的に歌う。

イェレスキー公爵が散歩しながら近づいてきて、婚約をしたそうで、おめでとうなどと皆からいわれ、彼も、まんざらでなく、その相手はそう、ちょうどあちらからやって来るご婦人ですと紹介する。
その女性は、公爵夫人と孫娘のリーザ。
驚きを隠せないゲルマンと、その熱い視線に、不安と困惑を感じるリーザであった。

彼らが去ったあと、トムスキーは、あの老公爵夫人も、若い頃は、美人で、パリでは社交界でモテモテだったと語りはじめる。
でも、彼女は、恋よりは賭け事に夢中で、ある晩、カードで大負けし一文無しに。
彼女に思いがあったある伯爵から、一夜を共にするなら、絶対に負けない3枚のカードの秘密を教えるといわれ、翌日、彼女は、大勝ちする。
その秘密を、彼女は夫と、ある美男子に教えたところ、ある晩、夢に幽霊が出てきて、カードの秘密を知ろうとする男から、きっと災いを受けるであろうと予言を受けた・・・と歌う。

みなは、ゲルマンにどうだ、チャンス到来だとぞと言ってからかう。

 第2場 リーザの部屋

リーザが、友人のポリーナと二重唱。
そして、ポリーナは、リーザに親愛の情を示すロマンスをしっとりと歌うものの、そのムードがあまりに寂しすぎて、次はもっと元気な歌を、ということで家人も出てきて、踊りながらリズミカルな歌となる。
ひとりになったリーザは、婚約した日にもかかわらず、心晴れず、涙を流しつつ、美しいアリアを歌う。
心の中に、あの情熱的な青年の姿が残っているのだ。
そして、バルコニーの下に、そのゲルマンがあらわれ、ピストルを出して、自殺をほのめかして、情熱的に迫る。
そこに、伯爵夫人が物音がしたと、ドアを叩くが、リーザは取り繕い、彼女はゲルマンの熱意に負けて、愛していますと、ついに告白してしまう。

第2幕

 第1場 ある高官の館


 仮面舞踏会。

Qs_2

 賑やかな夜会で、人々は、花火を見に外へ、そして、ゲルマンの友人たちは、あいつも、最近元気になったな、と噂する。
広場には、イェレスキー公とリーザふたり。
悲しそうな彼女に、「あなたを心から愛しています」と、素晴らしいアリアを歌う。
出てゆくふたりと入れ違いに、ゲルマンがリーザからの「大広間でお待ちください」との手紙を手にして入ってくる。
これで、3枚のカードの秘密がわかれば、彼女と逃避行だと興奮する。
そこへ、友人たちが戻ってきて、ゲルマンに「3枚のカード」とささやく。
幻覚と勘違いする困ったゲルマン。

Qs_3

 ここで、劇中劇が行われ、その余興が終ると、リーザは、ゲルマンに、隠し戸の鍵と、自分の部屋に通じる伯爵夫人の寝室の鍵も合わせて渡し、今夜、いらしてくださいとささやく。
リーザとカードの秘密もともに手にできると、喜びまくるゲルマン。

 第2場 伯爵夫人の寝室

 ゲルマンが鍵を開けてやってくるが、そのとき、待女たちと伯爵夫人が戻ってくる。
彼は、すかさず、物陰にかくれる。
リーザも戻ってきて、部屋にはついてこないで、と小間使いを返す。
伯爵夫人は、昔の華やかな舞踏会を懐かしんで歌い、やがて床につく。
そこへ、ゲルマンがそっと近づき、3枚のカードの秘密を教えてくださいと迫るが、あまりのことに、驚いた夫人は声もでない。
急くゲルマンは、思わずピストルを出して脅迫するが、そのとき夫人は、恐怖のあまり、発作を起こし、息を引き取ってしまう・・・・。
物音に、リーザが現れ、私でなく、カードの秘密が目的だったのね、と叫んで泣き伏す。

第3幕

 第1場 兵舎のなか、ゲルマンの寝室


 リーザからの手紙。そこには、「きっと殺意はなかったものと、いまは思っています、今夜、もう一度、運河のところで会ってください」というものだった。
そこへ、不気味な合唱の歌声が幻覚のように聴こえる。
伯爵夫人の葬式の幻影を思い、恐怖にとらわれるなか、窓が開き、そこには、婦人の幽霊があらわれる。。。。
 「あまえのところに来たのは、リーザを救うためだ、カードの秘密は・・・・、3・7・エース」と教えて消える。
 ゲルマンは、狂喜して、その3つのカードを繰り返し言う。

 第2場 運河

 凍てつく夜、リーザが黒い服をまとい、愛する人への複雑な思いを「ああ、心配で疲れきってしまった」と、素晴らしいアリアを歌う。
そこへ、ゲルマンがあわられ、ふたりは熱く抱き合い、ふたりで逃げましょうと歌う。
あなたとならどこへでも、では、どこへと問うリーザに、「賭博場!」と狂ったように答えるゲルマン。
しっかりして、とうながすリーザに耳もかさないゲルマンは、婆さんから、カードの秘密を知ったのだ、「3・7・エース」と叫び、リーザを振り切って、狂ったように賭博場へと向かってしまう。
絶望のリーザは、運河に身を投げてしまう。

 第3場 賭博場

 ゲルマンの友人たちが、人々に交じり、酒を飲みながらカードに興じてるところへ、イェレスキー公がやってきて、恋に破れた男は、カードには強いのだと、婚約を解消したことを話す。
景気づけに、トムスキー伯が小唄を歌う。
 そこに、当たりまくって、誰も相手をしなくなっているゲルマンがやってきて、「人生は賭け」と歌う。
では、わたしがお相手をしようと、イェレスキー公。
カードが配られ、皆はそれを取り囲み見守る。
「エース!」と叫ぶゲルマン。
「君のカードは、スペードの女王!」と言い返すイェレスキー公。
カードを見つめるゲルマンは、カードの中の、スペードの女王が、伯爵夫人の顔にかわり、にやりと笑うのを見て、驚愕する。
 何が欲しい、俺の命か!
こう叫んだゲルマンは、短剣を取り出し、自らの胸を刺す。

Qs_4

 瀕死のゲルマンは、イェレスキー公に許しを乞い、そして、リーザよ、本当に愛している、わたしの天使よ・・・と絶え絶えに言ってこと切れる。
 人々は、彼を許したまえ、そしてその魂に安らぎを・・・・と静かに歌い幕となる。

(画像は、1970年のボリショイ・オペラの引っ越し公演のもの。ロジェストヴェンスキーに、このCDと同じくアトラントフのゲルマン)

                     幕

おそろしあ、げに、恐ろしき、ロシアの熱き血潮。
そして博徒と化した人間が、周りの人々を陥れ、そして自ら破滅するさま。

ロシア的なリアリズムが、ロシア的な自然~さっぱりとした気持ちのいい夏に恋が萌芽し、凍てつく冬に破綻する~との物語の符合でもって、見事に引き出される。

原作もさることながら、チャイコフスキーの劇的極まりない音楽の素晴らしさといったらありません。
抒情と激情の対比、現実離れした幻想と厳しい現実の対比。

主導動機でもって、繰り返される旋律は、いやでも舞台の緊張感を呼び起こす。

「Tri Karty」・・・・「3枚のカード」、この運命のような言葉、このオペラ中、いたるところで、キーワードのように歌われ、ささやかれる。
やたらと耳につきます。
このあたりのチャイコフスキーの音楽の作り方も素晴らしい。

この言葉にもてあそばれ、やがて命を献上するゲルマンでありました。

 オネーギンとともに、このオペラをレパートリーとする小澤さん。
ボストン時代に、こうして素晴らしい録音と歌手でもってレコーディングが残されたのは、本当に幸いなことです。
 明るめの色調のオーケストラは、機能的でありながら、切れ味も抜群。
イキイキとした息吹を吹き込む小澤さんの指揮は、音楽もメリハリが効いて、リズム感も抜群で、かつダイナミック。
そして、チャイコフスキーの抒情も巧みに引き出してます。
 欲を言えば、スマートにすぎ、シンフォニックに過ぎる点か。
そして、どす黒いロシアの憂愁が抜け落ちた感あり。
 そのあたりは、自分的には苦手なので、こうしてヨーロッパ的なロシアものを好むのですが、次は、ロストロポーヴィチやゲルギエフを聴いてみたいと思う。

映像では、ロジェストヴェンスキーの指揮によるパリ上演を見ましたが、演出が風変わり。
精神系の病院が舞台で、ゲルマンは完全に病める人でした。
それはある意味、ギャンブル=依存症という構図が言い得てるようで。

 さて、歌手では、タチャーナも見事に歌うフレーニのリーザが最高です。
優しさと一途さを歌うことでは、ヴェルディやプッチーニの諸役を歌うフレーニに同じ。
人肌を感じる、その暖かい歌声に、冬の寒さもぬくもります。

 対するアトラントフの劇的ぶりは、この演奏の中で、一番ねばっこい歌唱で、ひとり、おそロシアしていて際立ちます。
 ホロフトフスキー、レイフェルクスといった豪華な顔ぶれも素晴らしいです。
それと味のある超ベテラン、フォレスターさん。
死に際の断末魔のだみ声や、幽霊声がちょっと怖い。

 幕切れのセンチメンタルなシーンで流れる、前奏曲や、劇の随所にあらわれる愛の旋律は、泣けるほどにステキなのでありました。

おしまい。

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今日も、寒い。

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2013年11月 4日 (月)

ボロディン 「だったん人の踊り」 小澤征爾指揮

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秋のまっさかりです。

連休も終わり、どこにも行かなかったワタクシは、駅のディスプレイを見て、なごんでおるのです。

リスに、赤とんぼまでいますよ。

でも、このお休みは、日本シリーズがことのほか喜ばしかった。

こうでなくっちゃいけない、そんな結末でしたよ。

日本を明るくする出来事のひとつでしたね。

オレンジ色のファンの方には、来年も申し訳ありませんが、今度はわが方ベイ軍に頑張らせていただきますよ。

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   ボロディン 歌劇「イーゴリ公」~「だったん人の踊り」

     小澤 征爾 指揮 シカゴ交響楽団

                  (1969 @シカゴ)


なんだか忙しくて、土曜の晩以来、音楽も聴く暇なく、月曜の夜遅くになっちまいました。

意図しなかったけれど、ダンス系の音楽を聴いていたことに気付いた(笑)。

短くて、モリモリした曲で、しかもロシアと思って、即コレ。

小澤さんの、44年前の記録から。

CBSとRCAに録音を初めていた小澤さんは、シカゴのラヴィニアで活動するようになって、EMIにシカゴ響と録音を始めた。
CBSには、トロントとニューヨークフィルとロンドンのオケと少しだけ。
RCAには、トロント、ボストンやロンドンのオケと。

ヨーロッパの老舗EMIは、当時、やはりレーベルとしての格の違いがあった。
やがてパリ管との組み合わせも実現し、日本人を喜ばせてくれました。

70年代前半は、そんな小澤さんの活動で、日本では、日フィルとのコンビがフジテレビで見れる時代。

艶やかさと、伸びやかさが身上の生き生きした表情。
ごつさや、威圧感や腹に響く重厚な迫力は、ここにはありません。
しかし、リズム感のよさと、弾みっぷりは、あの当時のレコード界を飾った巨匠たちの演奏スタイルにはなくって、目の覚めるような軽快さとスピード感は、世界の聴き手に新鮮な驚きを与えたに違いありません。
 緩やかな歌い回しもとても上手なものですから、オケが気持ちよく付いていってるのがよくわかります。

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ピチピチで小ざっぱりの小澤さんの音楽は楽しく、聴くわたくしの脳波にも若い刺激を与えてくれますよ。

全曲盤を映像や音でも持ってますが、いまもって聴き通したことのない「イーゴリ公」。
長すぎなのです。
ワーグナーなら、まったく苦にならないけれど・・・。

だからしばらく、いや、この年になったらもう無理かな、全曲制覇。

キエフの大公、イーゴリ公とだったん人たちとの闘いのドラマ。
だったん陣営での、コンチャク・カーンのイーゴリ公へのもてなしは、だったん人たちの男と女のなまめかしさと勇壮さの入り乱れる華やかなものでありました・・・・。とさ。

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2013年1月11日 (金)

チャイコフスキー 「眠りの森の美女」 小澤征爾指揮

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わたくしの郷里の山では、菜の花がもう咲いてます。

この週末からは菜の花祭りも始まります。

正月の3日の山上からの、菜の花ごしの富士です。

寒いけれど、20分の山頂への行程で汗ばみますから、体はポッカポカ。

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冬は菜の花、春は桜、夏秋はコスモス。

最高です。

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  チャイコフスキー バレエ組曲「眠りの森の美女」

       小澤 征爾指揮  パリ管弦楽団

                    (1974.2 @パリ)

新春名曲シリーズは、「眠りの森」でございます。

ということで、次に登場する曲もおのずと種明かしとなってしまう選曲ですが、チャイコフスキーの3大バレエの音楽としては一番地味な存在なところです。

前回告白したとおり、「眠りの森の美女」の全曲は音源も持ってませんし、全部を聴いたことも見たこともありませぬ。

思えば、チャイコフスキー(1840~1893)より長生きしているいまの自分。
というか、53歳という今にしては短命だった。
欧州ではコレラは死を意味する最強の病だったわけで、その点もいまでは思いもよらないことなのですが、その死には、あちらの嗜好とか、チャイコフスキーには不名誉なことばかりの尾ひれがついてしまうのも考えものです。
バレリーナを夢見て、志す少女には、無用の情報かもですが、そんなことはまったく関係なく、チャイコフスキーは天才的だったと思わざるを得ないですね。

ペローの原作に基づく3時間に及ぶこの大作バレエをあっという間に作曲してしまったのは、1889年。
同時代人のブラームスは晩年の枯淡の域に達しており、マーラーは1番を書き終えて指揮者として引っ張りだこ。
もちろん、ロシアの同時代世代では、5人組がいて、彼らは晩年または死を迎えてしまった人たちもいるという環境。
ちなみに日本は明治22年で、近代国家の基礎固め中!

長い全曲盤はこれからも聴くことはないかもしれませんが、5曲からなる組曲版は、これからも折りにふれて聴くことでありましょう。
ともかく旋律にあふれてます。
そして同時期の交響曲第5番との関連性もしっかりと見受けられます。
2曲目のパ・ダクシオンでは、5番の2楽章と終楽章の旋律に同じものが聴けます。

そして、NHKがクラシック番組のテーマ曲にもよくつかうのがこのバレエ組曲。
5曲のうち、3つまでもが使われてますよ。
ワルツ、パ・ダクシオン、パノラマの3つです。
わたくしのようなオールド・ファンには懐かしいものです。

今日は、これまた懐かしの音源、小澤&パリ管ですから。
70年代、小澤さんがもっとも覇気にあふれ、輝いていた時分の録音。
DGとフィリップスに録音するようになっての小澤さんが一番好きだな。
また書きますが、EMIでのパリ録音は音がイマイチで、このフィリップス録音の芯の通った、そしてしっとりとした名録音で、小澤&パリ管という日本人がもっともよろこぶ組み合わせの真髄が発揮されたのですよ。
パリを席巻したハナエ・モリみたいに。

ともかく、どこまでもしなやかで、音符ひとつひとつが弾んで聴こえ、それでいて過剰な歌い回しなどは一切なくって、むしろ淡白でかつ流麗。
パリの輝かしいオーケストラを日本人が、指揮棒一本でもって操るという、それこそ、誇りに思いたくなった当時の懐かしくも嬉しい音源のひとつです。
いまや普通となった日本人指揮者の活躍。
そのあと30年を経て、お隣の国のお馴染みの指揮者がパリを拠点に大活躍。
かの国の愛好家もさぞかし心が高鳴ったことでしょうね。
こうして、クラシック音楽の非本流の国から発するその演奏は、世界を納得させたのです。

それはそうと、100年眠ったオーロラ姫と家族と、宮廷の面々。
100年後の時代のギャップってなかったのでしょうかね。
バレエに疎いので不明ですが、100年を今に置き換えた読み替え演出って面白そうではありませぬか。
オペラ界では間違いなくやることでしょうが、バレエでは如何に。

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2012年12月 7日 (金)

ベートーヴェン 交響曲第9番 小澤征爾指揮

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有楽町駅前の交通会館。

これは、開業47年の由緒ある商業ビルでして、大手町・東京駅から続く再築の波にあって、断固として残さねばならない建物です。
各県のアンテナショップ(とりわけ、北海道!)がたくさん入っていて、そこへ行けば、懐かしい言葉も聞けるような、地域と東京の接合点みたいな場所なんです。

そして、駅前で希少といえば、お隣の新橋駅前の、ニュー新橋ビル。
こちらも43年のツワモノ。そしてサラリーマンの聖地の極み。

都心のこれらのビルは、権利関係は複雑かもしれませんが、絶対に残していって欲しいものです。

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  ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調

    小澤征爾 指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
              アンブロージアン・シンガース
              合唱指揮:ジョン・マッカーシー

     S:マリータ・ネイピア   Ms:アンナ・レイノルズ
     T:ヘルゲ・ブルリオート Bs:カール・リッダーブッシュ
                 
                       (1974.2.ロンドン)


ベートーヴェン交響曲チクルス、最終おおとりは「小澤の第九」です。

ジャケット写真にありますように、小澤さん、39歳の第9は若い。

これより28年を経たサイトウキネンとの第9は、聴いたことがありません。

ワタクシは、アバド、メータ、小澤が世界の若手指揮者三羽ガラスと呼ばれた時代を知る人間です。アバドが一番と確信しつつ、ハイティンクとともに、メータと小澤さんも、好きになって、ともかく聴きました。
EMIから、DG、フィリップスの専属となっての小澤さんの大活躍は、サンフランシスコ、ボストンの手兵の録音が中心となりましたが、合唱が入る規模の大きなものは、ロンドンで録音せざるをえないと言っていた時期がありました。
それは、各レーベル共通で、ロンドンのオケや合唱は規律正しく、腕前も上級、なによりもコストが抑えられるという点で、なくてはならない存在なところもありましたから。

しかも、この録音時は、世界を襲った石油ショックの影響で暖房もままならず、器材は発動機を使ったりの厳しい状況。
レコ芸で録音風景の写真を見たら、みんな厚着で演奏してる。

でも、われらが日本人、小澤さんの熱き指揮に、奏者みんなが一丸となって集中力あふれる熱演をスタジオ録音ながら成し遂げているんです。

70年代は、年末の第9は、日本フィルから新日本フィルへと引き継いで、ずっと小澤さんだった。
わたしも、70年頃から、テレビで長髪の大暴れ指揮者の第9をフジテレビで見ました。
同時に、大晦日には岩城さんがN響で第9。
読響では、若杉さん、4チャンネル。
いやはや贅沢な時代でしたよ。
そして、小澤さんと、朝比奈隆のリング目当てで、新日フィルの定期会員になって、数々の名演に接することができました。
「小澤の第9」は、70年代、何度か接することができました。

ずっと小澤さんの、かっこいい指揮を見つめてましたね。

スコアを完全に暗記していて、奏者への巧みなキュー出しは2楽章では完璧にはまりましたし、なによりも1楽章の熱中ぶりがすごかった。
小澤の第9は、1楽章から人を惹きつけ、独特なうねりに人を巻き込み、一気に終楽章の爆発的な解放感へと持っていってしまう、毎度熱くされてしまうものだった。

今回のベートーヴェン・チクルスは、「穏健」をテーマにしたつもりだったのに、期せずして、熱い小澤の第9を選択してしまった。

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こちらの、ニュー・フィルハーモニアとの演奏は、先にあげた日本でのライブと同様に、集中力に富み、スタジオ録音とは思えぬライブ感と熱狂が味わえるのでした。
数十年ぶりに聴いたこの演奏、レコードで初めて聴いた高校時代のことを思いだしましたよ。
たしか75年の年末だったでしょうか、小澤ライブの興奮を引きづりながら、針を落とした2枚組のレコード。
一気に、異様な集中と興奮のもとに聴き進めました。
早めの展開ながら、実に柔軟かつしなやかな音は、ロンドンのオケゆえに生まれたところもあります。
聴きなれないフレーズや、驚くような内声部の強調とかもあったり、さらに、微妙にテンポを落としてみたりと、今聴いても新鮮極まりない思いを抱きます。
そして合唱の巧さ。
当時、小澤さんは、合唱は、ロンドンのものが最高だと何かで語ってました。
このレコードの4面には、リハーサル風景が収録されていて、その中で、小澤さんが、次の皆さんとの共演は、ベルリオーズの「ファウスト」と言った瞬間、オケとコーラスから喝采が上がっております。
この演奏の素晴らしさに加え、そんな状況を耳にして、日本人魂が舞いあがるのを覚えましたね!

それと、ここで注目は、ソリストのすごさ。
4人ともに、完全なワーグナー歌手!
ブリリオートは、カラヤンが見出したジークフリート。
リッダーブッシュは、カラヤンはともかく、あらゆる指揮者からひっぱりだこのバイロイトの常連バスで、早世が悔やまれる名バス。
レイノルズは英国メゾながら、バイロイトやレコーディングでのワーグナーに欠かせない。
そして、南アフリカ出身のネイピアは、65にして10年前に亡くなってしまったが、ベームやシュタインも登用した名美人ジークリンデです。
この4人が繰り広げる束の間の声の共演の贅沢も、当時の小澤さんの存在の大きさがうかがえます!

そして、うなってますよ、この時からう~うん、うんとね。

作曲開始から足掛け9年。1924年に完成された、ザ第9。
なにも書くことはありません。
1~3楽章の魅力、ことに歳を経たいま、第3楽章の悠久との思える平安の美しさには抗しがたい魅力を感じます。
贅沢な望みですが、いまの小澤さんの指揮で、枯淡の域の3楽章を聴いてみたい。

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怒られちゃうかもしれませんが、小澤さんを聴いたのは、サイトウキネンのブラームスまで。
以降、ボストンを辞めてから、ウィーンの歌劇場のものも含めて、小澤さん離れをしてしまいました。
かつての頃を知っているから。
そしてもしかしたら、自分の聴き方が過去に軸足を置きすぎているからなのか・・・・。

以上、ベートーヴェン・チクルス終わり。

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2012年7月18日 (水)

R=コルサコフ 「シェエラザード」 小澤征爾指揮

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東京湾をゆく内航タンカー。

このクラスは小型船でしょうが、房総の外海あたり、館山沖あたりで見ると、もっと大きな船がたくさん見えます。

遠い船を眺めるのも海の楽しみです。

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若き小澤さん。

  R=コルサコフ  交響組曲「シェエラザード」

    小澤征爾 指揮 シカゴ交響楽団
                 (1969年 シカゴ)

               ボストン交響楽団
                 (1977年 ボストン)


小沢征爾の「シェエラザード」は、アメリカのこれらの録音と、93年のウィーンフィル録音があります。
後者のウィーン録音は実は未聴でして、ウィーンフィルのシェエラザードは、プレヴィンのものが先に出てて、同じフィリップス録音だし、二番煎じのような気がして、ウィーンフィルはプレヴィンでいいや、ということでまったく範疇外でした。
正直、聴いてみたいんですけど・・・・・。
体調を崩された小澤さんですが、そうなる前でも、ここ10年くらいは、オペラや声楽曲を除いて、このようなグラマラスなオーケストラ作品は振らなくなってしまったように思います。

古典系と、シンフォニー、オペラに内面的に充実した声楽作品などばかりのここ数年。

小澤さんは、日本フィルの時代から、私がクラシックを聞きだしたころからのお付き合いで、ずっと今日まで着かず離れずの存在でした。
最初は長髪に、ヒッピー(当時の)みたいなカジュアルな出で立ちに、少しばかりけしからん的な思いを抱いておりましたが、サンフランシスコ響との凱旋公演をテレビで観て、そのカッコよさと、オケと聴衆を虜にしてしまう指揮ぶりと音楽性に一挙に引き込まれてしまいました。
それ以来、第9を聴き、新日フィルの定期会員になりで、数々のライブを聴いてきました。

颯爽とした、そして我々日本人代表みたいな切込隊長としての姿を第一イメージとしていたものですから、小澤さんの演奏は、ダイナミックでリズミカルで華麗なもの・・・・的な、ものとして捉えてしまっておりました。
メジャーレーベルから続々と出る録音も、そんな曲ばかりが選択されたいたからよけいです。

でも、そのイメージは認めつつも、実はほんの一面だったのでありまして、先週末から久しぶりに何度も繰り返し聴いている、ふたつの「シェエラザード」に、小澤さんの繊細かつ、しなやかな音楽造りを認めて、過去音源の見直しを図らねばとの思いにとらわれているのですよ。

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まずは、EMIへのデビュー盤のひとつ(あとオケコン)、シカゴとのもの。
画像は、70年のステレオ芸術のレコード広告。

43年前とは、そしていつも薄っぺらいEMI録音とは思えない芯のある響きを捉えた音のよさに驚く。
天下のシカゴを、物怖じせず、十分にコントロールしつつ、決して突っ走ることのない落ち着いた演奏。このオケを得たなら、もっとゴンゴン・ガンガンやりたくなるところを、叙情的な部分を大事に大事に扱いながら、それらを引き立たせるような劇的部分の取り扱いで、そのダイナミックな箇所も潔くて心地よい。
変な例えですがね、洗濯あとの真っ白いシャツみたいな気持ちのよさなんだな。

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ボストンの指揮者になってからは、DGとフィリップスへの録音。
サンフランシスコ以上の名門の指揮者になってしまった小澤さんは、当時の僕たち(中高生)の憧れと希望の的。
小澤イコール=ボストンでした。
そんな思いで、このコンビの演奏をたくさん聴きました。
ボストンのホールの響きのよさをしっかり掴んだヨーロピアントーンのDGとPHの録音はいずれも素晴らしい。
シカゴや少ないけれど、ニューヨークとの録音と異なるのはボストンとの、予定調和的な同質化。
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それはそれで素晴らしくて、生き生きとした表情やキレのよいリズム、そして持ち前の繊細な歌いまわしなど、小澤さんならでは。
このシェエラザードも実にうまくて、表情も豊かで、味わいも増してます。
アメリカのセレブや上層階級とのお付き合いも増して、洗いたての白いシャツから、ストライプのシャツに着替えたような小澤さん。
いろいろありそうな感じがしたりしますが、これは邪推でしょうか。
 同時期にヨーロッパでの活動も力が入っていった小澤さんです。

とりとめつかなくなりましたが、どちらも、小澤さんの刻印がしっかり刻まれた「シェエラザード」です。
こうして、ますますウィーンの演奏が気になりつけまつる。

しっかし、「シェエラザード」ってよくできてるし、つくづくいい音楽だな。
夏にピッタリだし、夜に一杯傾けながら、あれこれ夢想しながら聴くのって楽しい。

石田コンマス+神奈川フィルで聴きたいぞ。
も一度、現田さん。
もしくは、ゲッツェルでどーでしょうかねぇ。

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2010年8月 6日 (金)

ベルリオーズ レクイエム 小澤征爾指揮

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去年訪問した広島の平和記念公園。
修学旅行生や、外国のお客さんがいつもたくさん。
どんな人間でも、ここへ行ったら無口になり、同じ人間が造り出す戦争の凶器への怒りを感じることになる。

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8月は、日本の戦後のスタートラインの月でもあるが、日本が世界にも例のない悲惨な体験をしてしまった月。
86(ハチロク)、89(ハチキュウ)のことを、もっと世界に声を大にして言うべきとも思うし、一方で、他国になしてきたこともしっかりと認めて、みそぎを続けるという、そんな強いしたたかさも必要で、日本人にはなかなか持ちえない気質かもしれない。
 その点、同じ敗戦国でも、ドイツ人は明快であり続ける国民性で、自己主張とともに、自己批判精神もはっきりしてて豊かだ。
いい悪いがはっきりしてる。

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小澤征爾が、渡仏してコンクールをいくつも突破していったのが50年前。 
 一人の才能ある音楽家として、こいつはいい、と認められた日本人。
師事した名指揮者たちの中にシャルル・ミュンシュがいる。
思えばミュンシュと同じポストをたどり、ベルリオーズやラヴェルを特に若い頃に得意にした小澤さん。
ボストン交響楽団と同時に、パリ管弦楽団をもよく指揮してたので、パリ管の指揮者になることもファンとしては願ったのだけれど、いくつかの録音を残したあとは、パリでの活動はフランス国立管が中心となった小澤さん。
フランスのオケとのベルリオーズも聴きたかったところである。

DGへのベルリオーズ録音がコンプリートされず、RCAやCBSにまたがることになったのは、イマイチ残念。
DGというレーベルは、有力アーティストが名前を連ねていたので、アーティストが録音したいレパートリーも非常に制約を受けると、というようなことを小澤さんはDG専属時代に語っていた。
ちなみに、DGは、そのあと、バレンボイムとパリ管でベルリオーズ全集を企画し、さらにそのあと、レヴァインとベルリンフィルでも企画したが、いずれも未完。

合唱付きの大作を手際よく明晰に聴かせる小澤さんは、ベルリオーズのレクイエムを若いころから得意にしていて、何度も取り上げていたはずだ。
シンバル10、ティンパニ10人、大太鼓4、バンダ4組・・・・、という途方もなくバカらしい巨大な編成を必要とするこのレクイエム。
さぞかしすさまじい大音響なんだろう、とやたらと期待しつつFM放送を録音したのが小澤&ベルリン・フィルのライブで、高校生の頃。
 たしかにティンパニとラッパが鳴り渡るトゥーバ・ミルムのド迫力はすさまじいもので、カセットテープでは音がびり付いてしまい、どうしようもなかったくらい。
でも、そんな大音響の場面は、全曲80分間の中のごく一部。
 このレクイエムは、抒情と優しさに満ちた美しい音楽なのだと、何度もそのカセットテープを聴いて思うようになった。
その後にやはり放送録音した、レヴァインとウィーンフィルのライブでも、ウィーンのしなやかな音色が際立つ優しい音楽として実感。

こうした硬軟の際立つイメージを持ちつつ、正式音源を手にしたのはCD時代になってから。
その珍しい組み合わせとレーベルの珍しさからずっと聴きたかった「ミュンシュ&バイエルン放送、シュライヤー」のDG盤をまず購入。
この剛毅さと歌心を併せ持った名盤は、いずれまた取り上げたいと思う。
 その後、バーンスタイン、プレヴィン、そして今宵聴いた小澤と揃え、演奏会でもゲルギエフと読響の意外なまでに祈りに満ちた名演も聴くことができた。

ベルリオーズのレクイエムが結構好きなのであります。

作品番号5、ベルリオーズ34歳の作品は、その若さがとうてい想像もできないほどの、壮大さと緻密さ、そして教会の大伽藍のもとで聴かれることを想定して書かれた響きの放射。
一方で、心にしっかりと響いてくる祈りの音楽としての立ち位置もしっかり確保されている。
ベルリオーズの本質は、ばかでかい巨大サウンドではなく、抒情味にあると確信できる音楽に思う。

冒頭のレクイエムからキリエの場面では、死に際しての戸惑いや祈りを模索するかのような静かな出だし。
そして、最後のアニュスデイでも、冒頭部分が繰り返されるが、不思議なまでの清涼感が漂い、ティンパニの静かな連打もかつての怒りが遠く過ぎ去って平安が訪れようとする安堵感に満たされて曲を閉じる。

 これらに挟まれて、ディエス・イレ(トゥーバ・ミルム)の爆音、明るいまでの輝かしさを持つみいつの大王、無伴奏の合唱による静かな雰囲気のクエレンス・メ。
ラクリモーサは、涙の日を怒りで迎える趣の強い大音響サウンドを持っている。
オーケストラのリズムの刻みがやたらと印象的で、この作品の中でも好きなか所。
続く奉献唱のドミネ・イエスでは、また静かで抒情的になって木管を中心としたオーケストラの背景が美しい。
終曲にも同じ場面が回顧されるホスティアスは、男声、トロンボーン、フルートによる宗教的な対話のようである。
そして、この曲最大の聞かせどころがサンクトゥスで、テノール独唱が天国的なまでに美しく神を賛美して歌う。これはもうオペラアリアのようである。
続くホザンナのフーガのような壮麗な合唱、そしてまたテノール独唱が回帰し、その後も眩しいくらいに高らかにホザンナが歌われ、最終のアニュスデイに引き継がれる・・・。

小澤さんの演奏は、この作品のこけおどし的な存在から背を向け、ベルリオーズの抒情性が綾なす祈りの音楽という本質に迫った真摯なもので、師であるミュンシュやバーンスタインとも違った独自のベルリオーズとなっていると思う。

  小澤征爾指揮 ボストン交響楽団/ダングルウッド祝祭合唱団
            T:ヴィンソン・コール
                    (1993.10@ボストン)

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2008年9月 3日 (水)

アイヴズ 交響曲第4番 小沢指揮

4 今日のお菓子は、銘菓と呼べるかどうか??
再褐ながら、クリスピー・ドーナツを。
都内に数店オープンしたものだから、新宿や有楽町の行列はさほどではなくなったけど、街や電車で、この箱を持ち歩く方を見かけることはいまだに多い。
首都圏だけなので、出張土産としての人気も高いと聞く。
口に頬張ると、サクサクっと溶けてしまうような食感。たしかにおいしい。
でも、おいしいものには棘がある。
甘すぎの超アメリカーンなスィーツなのだ。
日本に上陸して間もないが、本国アメリカでは70年の歴史がある。
そして健康志向に追いやられ、苦戦中で、FCの中には廃業してゆく先もあるという。
さてさて、日本ではどうなることでしょうか?
味に敏感な繊細な日本人。本国の許しが得られれば、独自の味が開発できるのではないかしら。

Ives4_ozawa 歌入り交響曲。
今日は、アメリカのホリデー・コンポーザー、チャールズ・アイヴズ(1874~1954)の交響曲第4番
1909年から16年にかけてじっくり作曲された。
アイヴズの作風からして、もっと最近の作品のように思うが、マーラーが存命の頃の作品だけに、アイヴズの「趣味」の領域の作曲の腕前に驚きを禁じえない。
趣味とか書いたものの、実際は音楽家だった父親からみっちり教育を施されたほか、大学でも正規に作曲を学んでいる本物。
軍楽隊長だった父の影響は、マーラーさながらに、シリアスな音楽に突然割り込んでくる軍楽隊のマーチや賛美歌、街の喧騒音などの同時進行ぶりに現れている。
 そんな独創性が、絶対に受けないと考えたアイヴズは生計を立てるために保険会社のサラリーマンとなり、高業績を納め、さらに会社まで設立してしまったのは有名なおはなし。
 その合間に作曲をしたから日曜作曲家と呼ばれてしまう。
才能ある人が羨ましい。ワタクシなんぞ、酒飲んでごろんごろんしているだけだもの。

それはさておき、第4交響曲は4楽章形式で、第1と第4に合唱が入るがいずれも賛美歌。この交響曲は、既存の素材の寄せ集めとされるが、その素材は40曲以上ともいわれる。聴いていると、曲想や楽想の違う旋律が現れては消え、消えてはまた現れる。
それが最初は目まぐるしさを感じさせるが、聞き込むと徐々に旋律の出し入れが見えてくるし、いずれもアメリカ風の旋律ばかりなので、親しみやすいことに気付いてくる。
でも、しばらくして聴いてみると、またよそ行きの顔をしていたりするから、アイヴズの音楽はやっかいなのだ。
1楽章は短く、「夜を守る友よ」「はるかに仰ぎ見る」が荘重に歌われる。
2楽章に至って、いよいよ複雑極まる雑多なごった煮音楽が始まる。これを紐解くのは至難の業だし、旋律を追う事は私のような人間にとって不可能に近い。
というよりも、メインの指揮者に、サブを二人要したとされるストコフスキーの初演。
小沢は、これを安々と一人でこなしているところがスゴイ。すごすぎるよ。
3楽章は、別人のような音楽が流れる。フーガの技法で、オルガンも加わり荘重で感動的な旋律が幾重にも重なってゆき、最後はなかなかに感動的な場面となる。
この楽章は、なかなかに素晴らしい。アメリカ・ザ・ビューティフル!
4楽章、冒頭は打楽器と低弦が怪しい雰囲気をかもし出す。
この楽章は、実存に対する宗教的な経験を象徴しているとされるが、最後の方で、その錯綜するオーケストラのリズムに乗せて、合唱がアカペラ風に入ってくるところは、聴く身にとっては、ようやく光明が差したかのような気分が横溢する。

「芸術の作法」は学術的なものや決められた書式から生まれるものでなく、人生経験や日常の中から生まれてくる、というのがアイヴスの考えだったという。
まさに、この交響曲はその言葉どおりの音楽と受け止めていいのかもしれない。
でもまだまだ、私にはわからないところの多いアイヴズであった。

小沢とボストン響、ダングルウッド合唱団の76年の録音は、完璧なまでの演奏。
つーか、他の演奏を聴いたことがない。
同時期のベルリンフィルとのライブ放送を録音して聴いていたが、当時はさっぱりわからないヘンテコ音楽だった。今こそベルリンフィルで聴いてみたい。
 でも、この頃のこのコンビは最良の時期だった。
何よりも気力に満ちていたし、鮮度が抜群に良かった・・・。
M・T・トーマスとシカゴ響のものを一度聴いてみたい。

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2007年3月 8日 (木)

「ロメオとジュリエット」3作 小沢征爾指揮

Romeo_ozawa あの頃は良かった・・・・・。
悔悛とともに、若き日々を思い起こすのもいいものだ。
音楽家も年を重ねて熟成して行くが、年を重ねて逆に面白みが薄れて行く音楽家もいるかもしれない。

ああ、こんなこと書いていいのだろうか!だからやめとく。これ以上は怒られそうだから。

今日は、小沢征爾のサンフランシスコ時代の名録音「ロミオとジュリエット」3作品。

すなわち、「チャイコフスキーの幻想序曲」、「プロコフィエフのバレエ音楽から5曲」、「ベルリオーズの劇的交響曲から愛の情景」、これらを1枚に収めたナイスなCD。
「この企画ずっとあたためていたんですよ。」当時のこのレコードの小沢のキャッチコピーだったように記憶している。
「ロメオ」は「ペレアスとメリザンド」と並んで、多くの作曲家が取上げた原作だ。
小沢もあと、グノーやディーリアスなども取上げたら完璧だったのに・・・・。まあ地味過ぎか。

Ozawa 70年代の小沢は、実に輝いていた。どんどんステップアップしていく様が、われわれ日本人にとって、頼もしくも誇らしく感じた。小沢本人は、それこそ日の丸を背負っていて意気込んでいた訳で、その努力たるや並みのものではなかったろう。

そんな時代の最良の姿が、この「ロメオ3曲」にあふれ出ているように思う。
一気呵成に聞かせるチャイコフスキーは、ティンパニの強打が凄まじく、両家の争いなどはかなりドラマテック。でも味付けがアッサリしていてもたれないのは小沢ならでは。
プロコフィエフでは、弾むような独特のリズム感が素晴らしく、オケも乗せられて熱演。
一番いいと思ったのが、ベルリオーズの清冽な演奏。どこまでも流れるように、なめらかに拡がる歌。でも情熱は失ってはいない。

そう、小沢のベルリオーズは素晴らしい。今こそベルリオーズを再び取上げて欲しいぞ。
1972年、カリフォルニアでのDG録音。

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