カテゴリー「ドヴォルザーク」の記事

2017年4月22日 (土)

読売日本交響楽団名曲シリーズ サッシャ・ゲッツェル指揮

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   読売日本交響楽団 第601回 名曲シリー

 ウェーバー     歌劇「魔弾の射手」序曲

 グリーグ       ピアノ協奏曲 イ短調

 ショパン      ノクターン第20番 嬰ハ短調~アンコール

        Pf:ユリアンナ・アヴデーエワ

 ドヴォルザーク  交響曲第7番 ニ短調

   サッシャ・ゲッツェル指揮 読売日本交響楽団

                (2017.4.21 @東京芸術劇場)


半年ぶり以上の、オーケストラコンサート。
そう、このようにして、徐々に、以前のようにはなりませぬが、音楽生活へ復帰中のさまよえるクラヲタなのでした。

なんたって、聴きたかったゲッツェルさん。

神奈川フィルの首席客演指揮者として3年の任期を、先シーズン終了し、最後の年は、わたくしがお休みをしてしまったので聴けなかったものの、めくるめくコルンゴルトや、ブルックナー、ベートーヴェンなどで、魅惑され尽くした指揮者。

日本が大好きになってくれた。
こうして、神奈川フィル以外にも客演してくれるようになり、ゲッツェルさんの素晴らしさを多くの方に知っていただきたい。
 ボルサン・イスタンブールフィルの芸術監督として、さらに、最近は、ウィーン国立歌劇場の常連として多忙になりつつあり、日本でのポストは当面難しいでしょう。
こうして、単発でも、客演してくれるのがうれしい。
 11月は、紀尾井ホール、来年1月はN響にも登場するみたい!

さて、独・北欧・中東欧のロマン派音楽を集めたプログラム。
アンコールにも、その流れはしっかり通っていて、それぞれのお国・民族テイストも感じさせる演目なところがいい配分。
 そして、序曲→コンチェルト→交響曲、というコンサートの王道も、ここにはあります。

ゲッツェルさん、お得意のオペラの序曲からスタート。
お互いに、まだ暖まりきれない感じのなか、柔らかな響きを意識しつつ、音楽はとてもしなやかだった。
カルロス・クライバーなみに、キビキビ行くかと思ったら、ゆったりめに、大きく歌わせることに傾注。
「魔弾の射手」じゃなくて、「オベロン」の方が、ゲッツェルさんにはよかったかも・・・。

2010年、ショパン・コンクールの覇者アヴデーエワさん。
遠目にも、なかなかの美人さんです。
そして、その華奢なお姿にも係わらず、音のダイナミックレンジは広く、音色は豊かでした。
ことに、弱音の美しさ。
オーケストラも充分に押さえつつ、彼女のキレイなピアニシモの背景を紡ぎだしていたのが、第2楽章。
この楽章が、自分的にはこの演奏の白眉だった。
北欧の抒情が、巨大なホールのなかに浮き立つような、そんなクリアかつ清らかなピアノ。
1楽章も3楽章も、静かな部分が好きだし、そこがまた、彼女のピアノと、抑制されたゲッツェルさん指揮するオーケストラのステキなところだった。

 アンコールも、息をのむほどに、美しく切ないショパンでしたね。
メランコリーの極みだけど、ベタつかず、明晰です。
オケの片隅に座って聴き入るゲッツェルさんのお姿もナイスですよ。
 
 さて後半のドヴォルザーク。
この渋いけれど、メロディメーカーとしてのドヴォルザークならではの、懐かしい豊富な旋律がこぼれだすように、ホールにあふれるさまが、眼前に繰り広げられ、魅惑されっぱなしの40分だった。

読響のダイナミックなサウンドも、芸術劇場の巨大な空間をたっぷり満たしているのがよくわかる。
ゲッツェルさんの指揮は、そんなオーケストラの能力を自発的に解放してしまう、そんな魅力を秘めている。
神奈川フィルでは、オケの力を100%引き出し、神奈フィルならではの美音のフルコースを展開して見せた。

以前は、跳躍すら見せていた躍動的なゲッツェルさんの指揮だけど、華麗でキレのよい動きはそのままに、より内面に切り込むような、より表情の豊かな指揮ぶりになってきたように思う。
そう、この曲でも、私は第2楽章の美しさと、歌謡性に息を飲みました。
牧歌的なボヘミアの森が、新緑のウィーンの森になったと思わせるような、まろやかさと、すがすがしさと、愛らしい歌の歌わせ方。

 こうして4つの楽章が、しっかりとした構成感を感じさせるようにカッチリ演奏され、さらに3楽章から、終楽章へは、アタッカで休みなく突入して、より劇性を強める効果を生んでいて、この渋い交響曲を隈どり豊かに聴かせる工夫もなされてました。

読響との初顔合わせ、メンバーのなかには、神奈川フィルからのお顔もちらほら。
もちろん、元神奈川フィルのお方も。

明後日には、かつてのゲッツェルさんのホームグランド、みなとみらいホールで、同じプログラムが。
その日の方が、きっと、もっと素晴らしくなることでしょう。

終演後は、神奈川フィル応援メンバーの数人と久しぶりにお会いし、あとは喧騒の池袋の街へ。
しかし、金曜の夜はどこも満杯で、放浪のあげく、ホールの真横でメキシカンしました。
ヨーロッパしたかったけど、メキシカンって(笑)

Mexico

しかし、アボガド率高いな。
チーズフライにも入ってるし。

あ、あと、美人さんのアヴデーエワさんのHPで、ショパンの24の前奏曲全曲の映像が観れますよ。

http://www.avdeevapiano.com/index.php/videos.html
それと、SNS大好きなゲッツェルさんのHP

http://www.saschagoetzel.com/

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2016年2月18日 (木)

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ジャンドロン

Suisen

立ち姿も、その芳しい香りも美しい水仙。

いろんな花言葉がありますが、その学名「ナルシサス」は、ギリシア神話に出てくる、ナルキッソスに由来することは、以前にもここで書いたとおり。

そう、ナルシストです。

自分の美しい姿を小川の水面に見て、恋してしまうという、あれです。

ですから、自己愛とか、うぬぼれ、といった花言葉もあるみたいです。
別に、自分が一番好きなのは、あたりまえだと思いますけど、加減はありますな。

Dovrak

    ドヴォルザーク  チェロ協奏曲 ロ短調

        チェロ:モーリス・ジャンドロン

   ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                         (1969.11 ロンドン)


懐かしいイメージの常にある、ドヴォルザークのチェロ協奏曲。

そして、自分にとって、いつか聴いてみたいと、子供のときから思っていた演奏。

その想いをずっと抱きながらも、40年の年月を経て、聴いたのが数年前。

音楽鑑賞の遍歴って、わたしのような世代の人間には、もしかしたら、きっとそんなものだろうと思う。

ともかく、レコードが高かったし、貴重な時代。
情報源は、レコ芸かステ芸、ステレオサウンドの活字しかなかったし、音楽をレコードと生演奏以外から享受するには、ラジオ放送とNHKしかなかった。

いまの若いリスナーには、信じられないほどに不自由だったから、常に、音楽に飢えていた。
あの頃の情熱たるや、いまでは、言葉にできないくらいの熱いもので、ああした想いを、いま、若い人たちが理解できるとはとうてい思えない。

おっさんのたわいごとです。

でも、心配することはないね。

さりげなく、スマホやPCで音楽を、どんなシテュエーションでに聴くことができるって、音楽が日常になくてはならない証しでしょう。
クラシック音楽も、まさに、そんな享受の仕方のなかあって、もしかしたら、ワタクシのようなおじさん世代よりも、より大衆化しているのかもしれない・・・

 前置きが長くなりましたが、フランスの名チェリスト、モーリス・ジャンドロンの弾くドヴォコン。
1971年、ハイティンクの音盤のカタログを入手して、マーラーやブルックナーといった未知のレコードばかりが載ってるなか、このジャンドロンをソリストとするドヴォコンのジャケットがあって、当時、かねてより、定盤のロストロ・カラヤンの例の音盤を、擦り切れるほどに聴いていたものだから、そうじゃない演奏って、どんなんだろうと、興味深々だった。

その後に訪れた、ハイティンク・フェイバリットに押され、ともかく聴きたかったけれど、機会のなかったこの演奏。

 がっかりと、なっとくの双方を味わいましたが、何度も聴きこむうちに、魅惑的な演奏に思えるようになりました。

まず、がっかりが、修正できない部分は、ハイティンクの指揮。
フレーズの最後のあっけないぶった切り。
この時期の、コンセルトヘボウとの録音でも、ときおり感じる淡泊さは、ふくよかなオケの音色で助けられていたけれど、ロンドンフィルは、ノーマルで反応が良すぎるものだから、その印象は性急に感じられることもしばし。
 ハイティンクが、LPOを、RCO化してしまうのは、もう少しして後。

 そして、肝心のジャンドロンのチェロ。

ともかく、明るくて明晰。
誰をも惹き付けてしまう、オープンな表情付けのなかに、南フランス風の情熱と、爽やかさの両輪を聴くことができる。
ともかく流れがよろしくって、ジャンドロンのチェロは、流線形を描くがごとく、ゆるやかに、でも、情熱的に響くのでした。

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2015年7月19日 (日)

ドヴォルザーク スラヴ舞曲 ハイティンク指揮

Yasukuni

靖国神社の御霊祭に行ってきました。

東京地区のお盆は、7月のこの時期。

それに合わせて、行われる都会の夏祭りなのですが、本来は、靖国に眠る英霊への慰霊を込めた、いわゆる慰霊祭。
このたくさんの提灯にも、個人や、戦没者の遺族、同期の会などの名前が刻まれてます。

今年から、境内・参道には、出店もなくなり、より慰霊の念の強まる厳かな雰囲気が。

もちろん、遅い時間に行ったので、このような感じでしたが、もう少し早いと、盆踊りが、写真の先にある、大村益次郎さんの像の下の特設ステージで行われてましたし、日によっては、青森ねぶたとか、歌謡ショーとかもにぎやかに行われています。

前にも書きましたが、社会人1年生のとき、当時の会社が、九段下にあったものですから、当時は、よくこのお祭りに行ったものでした。
当時は、おどろおどろしい見世物小屋とか、お化け屋敷なんかも出てて、完全なお祭り状態。
祭、本来の意味を考えるうえでも、今回の出店中止の処置やよかったのではないかと。

浴衣を着た若者や、欧米中心の外国人など、ほんとに多かったですし、わたくしも何人ものシャッターを押しましたよ。

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  ドヴォルザーク  スラヴ舞曲第1集 第1番~8番 op46

   ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                        (1959~68 @アムステルダム)


ハイティンクの若き頃の録音。

ハイティンクはドヴォルザークには、そんなに積極的ではなくて、交響曲は7番と8番、その折りのカップリングとして作品46のスラヴ舞曲。
あとは、ジャンドロンとチェロ協奏曲。
これぐらいしかないです。
「新世界」を振らない~ハイティンクの七不思議のひとつです。

以下、過去記事より~
「先輩ブラームスの勧めもあって、ドヴォルザークは、ピアノ連弾用のボヘミアの舞曲集を作曲することとなるが、それは同時に、ブラームスのハンガリー舞曲でひと儲けした楽譜商ジムロック社にとって、二匹目柳の下のドジョウなのでした。
 8曲の作品46のこちらのスラヴ舞曲集は大成功をえて、文字通りドヴォルザークの本格出世作となり、即座にオーケストレーションもされました。

8年後には、作品72の二番目の曲集も作曲され、全16曲のスラヴ舞曲は、ボヘミアの息吹きを感じさせるばかりでなく、スロヴァキア、ウクライナ、ポーランドなどのスラヴ諸国の民族音楽の集大成のような舞曲集となっております。

コンサートのアンコール曲でも、この曲集のなかの多くが定番となってます。」

全曲録音も多くて、セルやクーベリック、ノイマンらの往年の東欧系指揮者によるものを聴く機会がどうしても多いです。
そんな中で、妙に好きだったのが、この堂々たるハイティンクの演奏。
高校時代に、ハイティンクのファンになりましたが、その時の来日を機に発売されたいくつかのレコード。
その中にあったのが、ハイティンクとコンセルトヘボウの管弦楽曲名演集で、全部で8曲。
スラブ舞曲の第1番が、そこには収録されてまして、正直重々しくて、当時効き慣れてたセルのリズム感あふれる演奏との違いに驚いたものでした。

そして、後年、ハンガリー舞曲とカップリングされて、まとめられた作品46の8曲の廉価CDを入手し、その年代の違いによる録音の質感の違いはあるものの、当初の1番を聴いた重厚感あふれるイメージに包まれていて、さすがはこのコンビと唸らせるものでした。
 さらに聴き重ねるごとに、このオーケストラの持つ、独特の色気のようなものも感じるようになりました。
 ことに4番ヘ長調あたりであらわれる、各種楽器のソロの色香に。
独奏ヴァイオリンは名手、クレバースでしょうか。
 6番ニ長調の軽やかさと、思わぬ自在さは、当時、ぼんくらのように批評していた評論家諸氏は、何を聴いていたのでしょうか。
 やはり、ブルックナーやマーラーなどの大曲ばかりを、60年代から録音しまくっていたハイティンクは、それらがまだ完全認知されていない時代に先行していたために、まともに聴く人がいなかったから、その評価が遅きに失したのでしょう。
後年、スケールが大きくなり、オーケストラの結びつきも強まり、他のオーケストラでも、遜色なく名演を残すようになったハイティンクは、若いころから変わりなく、ハイティンクでした。

8番のダンス音楽として熱気をはらんだ雰囲気と、恰幅のいい悠然たる響きを伴った演奏を聴いて、つくづくそう思います。
ともかく立派でありつつ、洗練された軽やかさも。
そんな印象が、この曲集の最初から最後まで貫いてまし、毎度の褒め言葉は、フィリップス録音の素晴らしさ。

廉価CDのカップリングのブラームスのハンガリー舞曲は、後年、80年に10曲録音されたもので、こちらも最高ですよ、立派すぎるのが難点(笑)。

ともに、民族的であるよりは、ヨーロピアンな香りの舞曲集の演奏でありました。

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2015年7月11日 (土)

神奈川フィルハーモニー第311回定期演奏会  川瀬賢太郎指揮

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久しぶりの金曜夜の神奈川フィル定期。

それでも、まだ明るくて、これまた久しぶりのお日様は、西日が眩しいのでした。

県民ホール定期の最愛のプッチーニ、音楽堂のハイドンと、2回欠席してしまい、これまた久しぶりの神奈川フィルです。

今宵は、ドヴォルザークと、アイヴズ。

一見、まったく関係のない二人の作曲家ですが、アメリカというキーのもと、前半に「新世界」、後半にアイヴズの交響曲という、実に秀逸なるプログラム。

若きマエストロ、川瀬さんが、是非とも聴かせたかったというこの組み合わせです。

夕日が沈むように、調和の和音が消えるように終る前半と、賑やかな中に、意表をついて不協和音一発で終る後半。
 これもまた、鮮やかななる対比でございましたnote


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      ドヴォルザーク  交響曲第9番 ホ短調op95 「新世界より」

   アイヴズ      交響曲第2番


           川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.7.10 @みなとみらいホール)


まず、苦言をひとつ。
楽員さんが登場し、いつも拍手でお迎えして、みなさんのご挨拶から始まる恒例の定期。
ホールは静まり、指揮者の登場を待ちうける静寂に聴こえはじめた、ピッ、ピッという時を刻むようなデジタル音。
ん? 私の席の斜め後ろの方からする。
曲が始まっても、いや、最初から最後まで、静かな場面ではずっと気になって仕方がなかった。
 周りの皆さんも等しく苦言を呈してました。
休憩時に、事務局さんを通じて、この件をお話しして、調査していただき、後半には解決したのですが、メトロノームの電子音だったそうな。
ご本人は気がつかなかったのだろうか?また、何故にメトロノームが作動?
まったく論外のこと、多少の雑音は目をつぶるにしても、今回に関しては、とんでもないこととして、猛省を促したい!

 さて、気を取り直して、「新世界」。
先の雑音を耳から取り除くようにして、ステージ上の熱演に集中。

いゃぁ~、こんな本気の「新世界」、久しぶりに聴きました!

聴衆も、オーケストラも、互いに、聴き古し、演奏し尽くした名曲中の名曲。
でも、若き川瀬さんの、情熱溢れる指揮ぶりと、新鮮な切り口が、活力あふれる、まさに、ニュー「新世界」といっていいくらいの名演を築きあげることとなりました。

時間を測ったら46分。1楽章の繰り返しを行ったこともありますが、ともかく丁寧に歌い上げ、細部にも目を凝らした結果、その演奏時間だったのではないかと思います。
 それでいて、意図的であったり、恣意的であったりといった感じは、まったく受けることなく、指揮者の感じたままの感性が素直に、そのまま音になって奔出してくる、といった風情なのです。
 強弱のダイナミクスが豊かなこと~弦がサッと静まり、木管の主旋律がふわっと浮かんできて、この曲ならではのしみじみとした魅力が引き立ちます。
 ヴィオラやチェロの内声部にも気をつかい、ときに浮き上がらせ、思わぬ表情が聴かれることもしばしば。
 そして、なんたって、ラルゴのイングリッシュ・ホルンの、懐かし感は、この音楽のイメージそのもの。ここで、こんなに感激したの久しぶり。
ソロの方も、見事で、演奏後、喝采を浴びてましたね。

 ボヘミアを感じさせた3楽章のトリオは、まさに舞曲で、体も動きそう。
そして、決然と、颯爽と、そして、疾走感も、高揚感もたっぷりあった終楽章。

褒めちぎっちゃいましたが、ともかくナイスな「新世界」だったんです。
楽員さんたちの、夢中の演奏ぶりも印象的でした。

あの不愉快な音も、忘れちまいました。

 休憩後は、アイヴズ。

新世界が1893年。アイヴズの2番が1900年。
その7年の年月が、まったく短く感じた、今回のアメリカ・テーマの聴き比べ。

 生命保険会社のサラリーマン・経営者として、ニュー・ヨークに在住を余議なくされながらも、故郷コネチカットを想い続けたアイヴズ。
マーラーと同じくして、曲中に、故郷で聞いたマーチングバンドや賛美歌、民謡などがごった混ぜになって挿入されるその作風。

ライブで聴くと、オーケストラが何をやってるか、どの奏者がソロを奏しているかがよくわかって、錯綜したアイヴズの音楽が、すっきりと整理されて耳に届きました。
 それも、この曲に熱意をかけた川瀬さんの献身的な指揮ぶりと、神奈川フィルのクリアーで透明感あふれる音色、そして、ベテランと若手の素晴らしいソロがあってのことかも。

ともかく面白かった。
CDで聴くと、1~4楽章は流し聴きしてしまい、終楽章で覚醒する感じなのですが、今回は、5つの楽章が、互いに関連性を持ちつつ、最後の不協和音の一音に向かって積み上げられているのを受け取ることができました。

分厚い弦の響きが楽しめた第1楽章。
何故か、マーラーの6番のフレーズを思い起こしてしまった第2楽章では、リズム感がとても豊かで、川瀬さんのジャンピングも決まってましたよ。
小山さんの奏でるオーボエ、江川さんのフルートに橋渡しされる旋律も可愛い。

緩除楽章たる3楽章の、アメリカの方田舎を思わせる、夕暮れ時のしみじみ感。
山本さんの情感あふれるソロも聴けます。
ほのぼのして、体の余分な力が抜けていく感じでしたね。

次ぐ4楽章は、最初の楽章の回帰では、弦ばかりでなく、フルオケ。
一転して、明るく楽しげな、終楽章。
川瀬さん、弾んでましたぜ。
お馴染みの旋律がちょこちょことと顔をだし、ホルンから、これまた懐かしい調べが。
実加ちゃんの艶のあるホルンを聴いてて、何故か、フンパーデインクの「ヘンゼルとグレーテル」を思い起こしてしまいました。
休みなく、いろんな表情を交えつつ、木管群の巧さも炸裂、金管も分厚く入ってきて、太鼓やスネアも効いてます。
石田さんは、腰を浮かせ、となりの崎谷さんも熱い演奏ぶり。
 そしてですよ、曲はまたしみじみ調に。
フルートのオブリガートを伴いつつ、チェロのふるい付きなるような素敵すぎるソロが。
ずっとずっと聴いて、浸っていたかった山本さんのチェロです。
 そんな気持ちをひきはがすように、曲はずんずんと、お祭り騒ぎに突入し、不協和音一発で終了。

あ~、楽しかった。

お客さんの反応も上々で、みんな集中して熱心に聴いてたし、アイヴズって、こんなに面白いのって、きっと思える曲に、演奏でした。

神奈川フィルの定期は、今回で夏休みに。
サマーミューザでも、アメリカものやるから、平日昼だけど、行こうかなnote

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2015年3月28日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 小澤征爾 指揮

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一挙に開きました。

春、きたー。

それでも、朝晩は、肌寒く、一進一退ですが、晴れた日の陽気の気持ちよさは、ハンパなく、人間も、動物も、そして花たちも、気持ちよく開放的になります。

こちらは、本日、土曜日の都内、港区の桜。

たくさんの方が、見上げて、写真を撮ってましたよ。

そして、そんなサタデーナイトに、気分よろしく、フロム・ザ・ニュー・ワールド。

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  ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

    小澤 征爾 指揮  サンフランシスコ交響楽団

                    (1975.5 @サンフランシスコ)


いまは、手放してしまいましたが、このジャケット、大好きでした。

サンフランシスコとボストンという、西と東のアメリカのメジャーオケの音楽監督を、同時につとめた小澤さんの若々しい横顔。
 背景は、ゴールデンゲートブリッジ。

サンフランシスコ響を指揮した、アメリカ由来の作品に相応しい、秀逸なジャケットでした。
欧米中心のクラシック音楽の世界にあって、そこに新風を吹かせた、まさに、新世界を切り開いたアジア人が当時の小澤さん。

いまでこそ、世界各地の指揮者や、オーケストラが、あたりまえのように、クラシック音楽の最前線で活躍し、等しく、扱われる世の中となりましたが、そのパイオニア的な存在だった、小澤さんの存在や、役割は、ほんとに大きかったと思う。

語り草となった、その渡欧歴伝や、大演奏家たちとの出会いや交流。

そして、ともかく、海外にポストを持った小澤さんは、登り竜そのものでした。

トロント、サンフランシスコ、ボストンの順に、北米のオーケストラの指揮者に次々となる一方、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドンと、欧州でも定期的に招かれ、もちろん、日本でも、N響との問題を跳ね返すように、日フィルと、解散後の新日フィルで高レヴェルの演奏を繰り広げてました。

この頃の、小澤さんに熱をあげて、さかんに聴いてきたわたくしは、やはり、この頃の小澤さんが一番、輝いていたように思えて、一番好きなんです。

もちろん、その後の、すなわち、ボストン後のウィーンを中心とするヨーロッパでの活躍に、わが邦のサイトウキネンも、高く評価するわけですが、でも、やはり、70~80年ぐらいの小澤さんが、自分は好き。
 兄貴のような存在の小澤さんに、一緒になって、クラシック音楽の道を歩んできたような気がするし、そんな世代だからです。

 そんな思いの存在は、そう、アバドと、メータにも強く感じるところです。

いつものように、前段が長すぎで、メインは短くなりますが、こちらの、サンフランシスコでの「新世界」。
バリッと、乾いた録音のせいもあるけど、ともかく、さわやかで、明るく、からっとしたカリフォルニアサウンドを思わせるような、若々しい演奏なんです。

ジャケットと、その演奏と、その録音が、イメージにおいて、3つかみあったような、爽快感。

ほんと、気持ちいい。

晴天、雲なし、ピュアで、正直、じめじめしてなくて、どこまでもまっすぐ。
行くところ敵なし、ビューティフル・アメリカ&ジャパン。
いまなら、クール・ジャパンで、スシ美味しい~、ニッポンシュサイコー・・・・

こんなふうに、いろんなことを思い、想像しながら、久しぶりに聴きました。

でも、この録音時の頃のサンフランシスコを舞台にした映画があります。

そう、クリント・イーストウッドの「ダーティ・ハリー」シリーズです。

病めるアメリカ、人種の坩堝に、ベトナム戦争の後遺症にありながら、社会がすさんでゆくなか、組織をも無視したアウトロー刑事が、次々に犯罪を断罪してゆく映画シリーズでした。
大学時代、全部見ました。

 あの頃に、小澤さんは、アメリカで活躍したんですね。

小澤さんの、音楽にピュアに取組む、まっすぐぶりや、バーンスタインゆずりの、かっこいい指揮ぶり。
そして、その言動にもあふれる、繊細で、優しい音楽造り。
 アメリカの人々の心を、掴んだのもよくわかります。

そんなこんなを、この爽やかな「新世界」を聴きながら思ったりもしました。

2楽章の「ラルゴ」のしなやかな歌心には、癒されます。
そして、随所に、小澤さんの唸り声が聴かれますが、そのお声は、若く瑞々しい~

いまの仙人の域に達した、高みにある小澤さんに、多大なる敬意を崇敬を表しつつ、わたくしは、かねての自分の導き手であった頃の小澤さんを、懐かしみ、親しみを感じる次第です♪

同時に録音された、「英雄」も、またこの春の日に聴いてみようかな。。。

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2015年3月 1日 (日)

ドヴォルザーク 序曲「自然の中で」 スゥイトナー指揮

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よい天気、久しぶりの浅草。

この日は、そして、久しぶりのクラヲタ会。

1年ぶりくらいでしょうか。

クラシック好きの皆さんで、かつ酒好きブロガーさんたちの愉快なつどい。

不定期に行いますので、みなさまのご参加、是非にもお待ちしております。

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浅草で、まだ日の高いうちから飲むには、そう、ホッピー横町、またの名を、もつ煮通り。

あまりに混雑した、通勤電車なみの、雷門から仲見世通りを避けて、左通路を、それでも、人をかき分けつつ伝法院通りへ。

そして、右折すれば、そこは、ラテン系のチョー明るい飲みすけの聖地。

今回は、「鈴芳」さん。

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定番の、辛口の煮込みに、焼き鳥ざんす。

この人気店も、トイレ渋滞が起きるほど。

でも、なにを食べても美味しいし、ちゃきちゃき。

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この画像は、いわゆる、替えを中外(なかそと)交互に頼みつつの、いわゆるホッピーですが、こちらのお店のウリは、ホッピー・マシンで、生ビールのようにして、供される生ホッピーざますよ。

これが、口当たり滑らかでもって、けっこう、いけちゃう。


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ホッピー通りをあとに、改修なった浅草寺へ、みんなでお参り。

大吉引き当てた方もいらっしゃいますよ!

よるの浅草寺も、巧みなライトアップでもって、とっても美しい。

ナイスな感じでしたよ。

右むけば、スカイツリー、左むけば五重の塔。

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そして、次の店は、浅草もんじゃですよう。

お店の人が、しっかりやってくれました。

ありがとう、お店のヒト。

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まだ飲む、次々焼く。

イベリコちゃんも焼く。

みんな会話が止まらない。

ワーグナーに、ブルックナー、マーラーに、ポーランド音楽に、シューマンはなにが一番かに、ショパンに、ブラームスに、らぶりーほもおに、なんたってバッハ!

ホッピー通りで、もつや、競馬中継みながら馬刺し食って、マタイが最高、でもヨハネもいいね、いやロ短調だ、あぁ、ゴールドベルクだし、無伴奏だし・・・・的な会話をしてる連中はどこにもいやしませんぜ。

クラヲタ最高。

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そんなヲタク会の、デザートは、あんこ系のもんじゃ。

餅に、シロップにあんこ、きなこ。

これ、じつは、むちゃくちゃうまかった。

なんだかんだで、もんじゃ、5種ぐらい食べちゃった。

そして、リーズナブル。

観光地だから、その真髄は、もしかしたらなかなか尽せないかもしれないけれど、知るほどディープ、路地にこそ味わいのある浅草を、これからも楽しみたいものです。

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日曜は、おうちの用事で忙しい、さまよえるオジサン。

今宵は、短めのドヴォルザークの桂品をば。

8番と9番のあいだぐらい、1891年の作は、「謝肉祭」と「オテロ」とともに、序曲三部作をなす「自然の中で」。

ドヴォルザークらしい、ほのぼの、のほほん系のこの作品の根底は、やはり、ボヘミアのナチュラル感。。
 人間の営みの「謝肉祭」、人間のサガの「オテロ」、そして、自然の当作品。

でも、「オテロ」においても、自然を感じさせる、ドヴォルザークの優しさと可愛さは、とても愛おしい。

昨晩は、ちょっと飲みすぎましたが、ほんと、癒される、気持ちいい音楽です。

クラヲタ飲食会、次回は、こちらや、SNS系でも告知いたしますので、是非みなさま。

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2014年8月19日 (火)

ドヴォルザーク 弦楽セレナード マリナー指揮

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盆休みに実家のいつもの山。

いつもほどじゃない、コスモスは、まだ、ほんの少し。

でも、背景も含め、この色の配分は素晴らしいな。

相模湾も青くて、この日は、真鶴半島まで、しっかり見渡せましたよ。

反対側では烏帽子岩もよく見えました。

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  ドヴォルザーク  弦楽セレナード ホ長調

   サー・ネヴィル・マリナー指揮 

           アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ

                  (1981.6 @ヘンリーウッドホール)


ドヴォルザークの34歳のときの若い名作。

このステキな曲を、思えば、本ブログではこれまで一度も取り上げていなかった。

レコード時代より、チャイコフスキーの弦楽セレナードとの組み合わせでもって、1枚のレコードとされることが多くて、当然に、ドヴォルザークはB面でした。

チャイコフスキーの同作とともに、旋律にあふれた、明るくて魅力的なセレナード。

まさにメロディメーカーとして、双璧のふたりの作曲家は、わたくし、双方ともに大好きですよ。
鼻歌まじりに、ひょいひょいと、あふれ出、湧きだす自身の創作の泉から、ついばんで、すぐさま作品に結晶してしまう天性の才。
 

 チャイコフスキーは、春の感じだけど、ドヴォルザークのそれは、秋のイメージ。

セレナードのジャンルに大きな二つの作品を残したブラームスをまるでなぞるようなドヴォルザークの作品ですが、弦と管と、明確に二分してます。

ブラームス・チャイコフスキー・ドヴォルザーク、独・露・東欧というエリアの違いは明確ですが、ともに、メロディストだった点で共通だし、世紀末の前、19世紀の本流の最後の輝きのような3人なのですね。

 1875年の作品のこちら。
若い日々は、民族臭ぷんぷんで、しかも、構成にこだわるきっちり型で、何度聴いても、さっぱりの交響曲を書いていたけど、3番以降(1873年)、ちょっと変わった感じをいだくのです。

5つの楽章すべてが、どこかで聴いたことがある・・・的な、懐かしい印象を抱かせてくれるこの作品。
ごく自然に民族感情を語り、抒情と情熱の感情を見事に表出。
一方で、5つの楽章のバランスがとても見事で、ソナタ形式のものがないにも係わらず、30分の演奏時間の内容は、とても充実。

1楽章の出だしからして引き込まれますが、その同じフレーズが、終楽章において再現され、曲を閉めるあたり、まったく素晴らしく、一遍のオペラのようです。
 2楽章の喜々としたワルツに、緩やかでほのぼの、美音満載の4楽章が素晴らしい。

つくづく、いい曲です。

サー・ネヴィルは、ロンドンレーベルに、チャイコとともに60年代に録音してますが、こちらは、落ち着いた深みある録音を得てのデジタル時代初期の演奏。
さすがのフィリップス録音。
すっきり、さわやか、マリナー・イメージをそのままに、艶やかなサウンドと、しっとりとした落ち着きを、巧みに導きだしてます。
素晴らしい演奏に録音。
この若々しさこそ、マリナー節でしょう。

最長老の指揮者となったサー・ネヴィル。
音友見たら、来年のPMFに来日するようです。

いつまでも、われわれ聴き手を爽快な音楽で包んで欲しいです、マリナーさま

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2014年8月 2日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 プレヴィン指揮

Shibaura2

芝浦から浜松町方面を望む。

休日ですので、オフィスビルの明かりは、ほとんどなく、マンションの明かりはちらほらあります。

江戸時代までは、ここは海。
運河がその名残であります。

Dvorak_sym9_previn

    ドヴォルザーク  交響曲第9番「新世界より」

   アンドレ・プレヴィン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1990.4.30 @ロイスホール、UCLA)


いわゆる「新世界」であります。

Fromが付いているから、「新世界より」とか、「から」とかになります。

そして、俗に言う、第9と呼ぶ方はまずはおりません。

とかなんとか書いてますが、これほどの有名曲になると、もうなにも書くことはありません。

 この曲は、自分には、年末から正月にかけてのイメージがあって、何故かというと、小学生のときの、初レコードがこの曲でありまして、それは、親からのありがたいクリスマスプレゼントだったのです。

ケルテスとウィーンフィルの「新世界」と、カラヤンの「田園」、この2枚。

毎日毎日、その2枚のレコードしかありませんから、飽くことなく聴き続けた少年のワタクシ。
各種溢れかえる、音源は、いまやネットからのものも加わり、一度流しておしまい。
レコードをあれほど、大切に聴いた自分が、遠い存在のように感じます。

そんな思いもふまえて、ブログをやることの効能は、1枚のCDをじっくりと聴くという行為、そのものにも直結するということです。

さてさて、真夏の新世界、今宵は、アンドレ・プレヴィンのロスフィル時代の演奏で。

ジュリーニという大物がヨーロッパに去ったあとのロスフィルには、プレヴィンがやってきました。
1985年から89年の4年間ですが、ロスフィルの明るいサウンドには、プレヴィンはまさにお似合いで、ジュリーニ退任のあと、士気の落ちたこのオーケストラを、プレヴィンは見事立ち直らせて、フィリップスやテラークに多くの録音を残し、日本にもやってきました。

1楽章の繰り返しはなしで、演奏タイムは約41分。
そのわりに、テンポがゆったりめに感じるのは、プレヴィンらしく、丁寧にやさしく、音楽の隅々にいたるまで目を光らせているからでして、どこにも急いたところはなく、おっとりとした温和な演奏なのです。

懐かしさや、かっこいい旋律満載の超名曲ですが、こんな風な普通の温厚新世界があってもいいと思います。
 旋律の歌わせ方も、いかにも優しいプレヴィンですよ。
聴き慣れた旋律の数々も、どこか新鮮に聴こえます。
埋もれてしまう各声部も、浮かび上がってきて、そちらも新鮮。
 そして、第2楽章ラルゴのしみじみ演奏には泣かされました。
ことに、中間部の哀切あふれる歌い回しは、そうくるかって感じでたまりません。

聴き古した名曲も、いろんな発見を与えてくれる演奏で聴くのもまたいいことであります。

最近、プレヴィンの活動が聞かれないけど、もう85歳。
いつまでも元気にいて欲しいと思いますね。

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2014年5月17日 (土)

神奈川フィルハーモニー第299回定期演奏会 現田茂夫指揮

Minatomirai20140516

来月をピークに、日も長くなってきましたね。

金曜は、遠来の客人が飛行機で飛ぶ前に、打ち合わせも兼ねて、夕方にちょっと一杯(実際は3杯)。

電車に乗って、しっかり睡眠で、気が付くと関内。

そこから、ハマスタを覗いて、主が今日はいないことを確認して、ぶらぶらと、みなとみらいホールへ。

5月の定期演奏会は、こうして始まりました。

Kanaphll_201405

   團 伊玖磨     交響組曲「アラビア紀行」

   モーツァルト    ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K218

                 Vn:崎谷 直人

   ドヴォルザーク  交響曲第7番 ニ短調

     現田 茂夫 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                 (2014.5.16@みなとみらいホール)



5月の新緑の季節には、いつも現田さんが帰ってくる。
去年はヴェルディ、一昨年はワーグナー、そして今年はドヴォルザークがメイン。

この曲の配列をみて、当初は、短めのプロだな、早めに終わりそうだから、たくさん飲めるぞ・・・、なんて思っていた自分。

ところが、いざ終わってみると、21時30分。
「アラビア紀行」を甘く見過ぎていました。
まさに、親方たちをさげすんではならぬ、のザックスいわく、神奈川所縁の團先生をあなどってはならぬ、という思いに満たされました。

團先生は、今年生誕90年で、一夜明けた本日5月17日が御命日。
「夕鶴」「ひかりごけ」などのオペラを何度も指揮している現田さんは、團作品のプロフェッショナル。
2006年1月に、この「アラビア」と、「シェエラザード」というエキゾチックプログラムをやってますが、この少しあとから神奈フィルを聴きだしたので、わたくしは、初「アラビア」でした。

①「回教寺」、②「河」、③「遊牧民」、④「遺跡」、⑤「祭礼風舞曲」

5つの部分からなる、演奏時間38分の大曲。

打楽器、鍵盤楽器も勢ぞろいの、ゴージャス極まりない、まさにオール東洋といった感じの各曲で、これまたゴージャス好きの現田さんにぴったり。

  
それぞれ面白かったけれど、悠久を感じさせ、オーボエ3女性が活躍の②「河」と、バルトーク風のミステリアスな④「遺跡」では、ヴァイオリンの分奏が見ていて不思議。
そして、お祭り⑤「祭礼風舞曲」は、聴いてる、こちとらも体をゆすぶりたくなる感じで、むしろ「和テイスト」の原初的なリズムに快感。
最後に、①冒頭の部分(たぶん)が回顧されて、盛大に終了。

面白かったです。
このコンビで、團シリーズなんぞ、ナクソス録音して欲しいですね。

2曲目は、がらりと変わってモーツァルト。

新コンマス、崎谷さんのソロ。若いけれど、豊富な経験と輝かしい経歴の崎谷さん。
室内楽に秀でる、期待のコンマスなんです。

最初は硬かったけれど、暖かい仲間のバックに囲まれ、すぐにほぐれて、リラックスして曲に溶け込むようにして演奏する崎谷さん。
その語り口は、とても自然で、音色は、繊細でピュア。
1楽章の技巧的な場面では、アグレッシブさも。
そしてどんな静かな場面でも、一音一音がホールにしっかり響いていて、明快そのものでした。
ヨアヒム作のカデンツァが、こんなに立派に、しかもモーツァルトの本作に溶けあってるのも、実に気持ちのいいものだ。
ということで、文句なしの崎谷さん、神奈フィル・ソロデビューでした。
 現田さん指揮するオーケストラは、音をしっかり抑え、ソロをマイルドに取り巻くような優しいバックでした。こんな、ソット・ヴォーチェ・モーツァルトも悪くない。

そして、耳にさらに優しく届いたのが、アンコールのハイドンの四重奏。
モーツァルトとばかり思いつつ聴いてしまいましたが、いい曲、いい演奏、そしてそれを微笑みながら聴いているわれわれ聴衆に、オーケストラの皆さんでした。

後半は、ドヴォルザークで、時計は8時45分。

8・9番は、聴けば確かにいいと思うけれど、ふだん聴くには、5~7番かな。
メロディアスな旋律が、次々に飛び出してくるドヴィルザーク・サウンド満載の曲なんです。
これもまた、現田さん向きの作品でありまして、さらに、神奈川フィル本来のキラキラ系の美音を、さりげなく、くすぐるようにして引き出す指揮者ですから、悪かろうはずがありません。
コクや深み、民族臭、そのあたりとは無縁かもしれませんが、ワタクシは、こんな輝かしい神奈川フィルの音が好きだったんです。
指揮棒を持たなくなった現田さんは、その分、音楽に細やかな表情がついてきたような気がします。
先にあげた、懐かしくも親しいいくつものきれいなフレーズを、こんな風に気持ちよく聴けたのも久しぶりでした。
ことに第2楽章は、絶品でした。
ボヘミアの情景ならぬ、日本の田舎の田園風景を思って聴いたのですから。
素敵なスケルツォのあと、アタッカで始めた終楽章の勇壮な盛り上げも巧みなもので、ティンパニの神戸さんの一撃も見事に決まったフィナーレなのでした。

若い奏者のみなさんも、しっかり馴染んで、お互いが知り尽くした指揮者とオーケストラ。
聴くわれわれも、すっかり馴染んだ自宅でくつろぐ感があって、ほんとうにほのぼのとした気持ちになりました。

次は10月の「千人の交響曲」がこのコンビ。

そして次回300回記念定期は、若いシェフ、川瀬さんの「復活」です。

来週も音楽堂で、宮本さんの指揮で、ハイドンとビゼーにズッキーことファゴットの鈴木さんでモーツァルト。

まいど、こんなに近くに感じて、楽しませてくれるオーケストラはありませんぜ。

神奈川フィルを聴きに、みなさんも横浜へGO!

Seiryumon_20140516

先月も忙しかったけれど、今回も短時間集中飲食懇親会。

楽団から、中崎さんにもお越しいただき、久しぶりの台湾料理のお店。

ビールおいしい。

Seiryumon_20140516a

具だくさんのチャーハンはいつも美味しかったけど、今回は、あんかけチャーハンでしたよ。
エビ・カニ、たっぷり。

これもまた、コンサートの楽しみ。

みんなで、さっきのコンサートのことや、神奈川フィルのこと、世間のことなどなど、語って飲むんです。

こちらにも、どうぞ、みなさまお越しくださいませ。  

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2014年5月15日 (木)

神奈川フィル定期演奏会 予行演習

Ninomiya

モッコウバラと、フジの花。

いい取り合わせの色あいでしょう。

実家とお隣のお庭から。

5月ならではの光景です。

  神奈川フィルハーモニー第299回定期演奏会

 
 團 伊玖磨     交響組曲「アラビア紀行」

 モーツァルト    ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K218

                Vn:崎谷 直人

 ドヴォルザーク  交響曲第7番 ニ短調

  現田 茂夫 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          2014年5月16日(金) 19:00 みなとみらいホール


神奈川フィルの5月の定期は、このところ、いつも名誉指揮者の現田さん。

いつもながらに、面白いプログラムを出してきます。

1曲目は、まったくの未知作品、團伊玖磨の「アラビア紀行」という、オリエンタリズム満載の予感の曲。
この曲について書かれたものもなく、初見で挑みます。
團伊玖磨は、今年、生誕90年。
そして、演奏会の16日が、13回目の命日の前日にあたります。
 團さんを、桂冠芸術顧問として冠する、ゆかり深い神奈川フィルと、多くの作品を手掛け、得意とする現田さん。
どんな曲に、演奏になりますか、楽しみです。

2曲目は、モーツァルトの協奏曲を、4月から正式就任した第1コンサートマスターの崎谷さんのソロで。
ソリストに、自ら結成したウェールズ四重奏団にと、豊富な経歴を持つ崎谷さんのしなやかで、緻密な演奏が、明るく朗らかななモーツァルトをどう聴かせてくれますか。

Mozart_vlncon1

今日は、パールマンとレヴァイン、そしてウィーンフィルの明るく伸びやかな演奏を聴いてみました。
グリュミオーでもよかったけれど、このコンビのチャーミングな演奏の方が、親密感があって明日に向けて、相応しいと思ったから。
 冒頭の「セレナータ・ノットゥルナのような軍隊風の元気のいい出だしの雰囲気は、ほんのいっとき。
あとは、明るく優美、華麗さもまじえて、心浮き立つような音楽。

Dvorak_3_7_a

ドヴォルザークの7番は、8番や9番に隠れてしまいがちだけれど、こちらも、メロディアスで、魅力たっぷりの名曲にございます。

ロンドンのフィルハーモニー協会からの委嘱作で、ブラームスの3番を聴いたあとに、奮発して意気込んで書いただけに、すみずみまで、充実しております。
ブラームス的ということは決してなくて、ボヘミアの香りと風光が、そこここに立ち昇るのを感じます。

特に、わたくしは、抒情的でほのぼのとした第2楽章が大好きであります。
これまで、バルビローリセルの演奏を記事にしております。

今日は、ウィーンフィルつながりで、チョン・ミュンフン盤を。
ハツラツとしていて、リズムの刻みもよい、ミュンフンの指揮は、ウィーンフィルからマイルドな音色とともに、キレの良い音の響きも引き出しました。
最近、あまり聴かなくなっちゃったけれど、90年代が一番よかったような・・・・。

現田さんと、旧知の神奈川フィルは、きっと素敵なドヴォルザークサウンドを聴かせてくれると確信してます!

ちなみに、6月は定期演奏会300回。
マーラー「復活」キターーッです。

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