カテゴリー「シベリウス」の記事

2019年2月14日 (木)

シベリウス 弦楽のためのロマンス ヤルヴィ指揮

Hikawa

ちょっと前の梅の花。

赤坂の氷川神社。

いまはきっと満開。

このところ、仕事もふくめて、いろいろと気ぜわしくて、ブログ更新もままならず、さらに音楽をちゃんと聴く環境にもなかった・・・・

そんなとき、短くてもいい、癒される佳品をと思い、思いつくままに引っ張り出した1枚の、メイン曲のその余白。

涙が出てきた。

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  シベリウス 弦楽のためのロマンス op.42


      ネーメ・ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団

           (1982.9.3 エーテボリ)


N・父・ヤルヴィが評価され、本格的に世に出た、BISレーベルからのシベリウス全集の2番の余白に入ってた曲。

テンポよく、スピーディーにすすむメインデッシュの2番よりは、なぜか、この楚々とした5分ぐらいの地味な作品が気に入ってました。

CD初期の、もう35年前の音盤。

週末に実家に帰り、週初めには都内の職場と、無味乾燥な安アパートに帰る日々。

そんな日曜の晩の、寝る前の刹那的なひと時。

これを聴いて、ウィスキーを一杯あおって、床に就く。

そんな若きいっときもありました。

 いまは、いろんな自由は得たけれど、他の縛りや逆行に囲まれた。

なにげなく、聴いた。

無意識に、かつての想いにとらわれ、チョイスした曲。

1番と2番のあいだあたりのこの作品。

切実な様相もありつつ、情熱にもあふれ、そして、悲しみのなかのやさしさを感じる。

さぁ、寝ましょう、という感覚も呼び覚ます、そんな効能あふれる曲でした。

Hikawa_2

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2017年11月11日 (土)

シベリウス 「クレルヴォ」交響曲 東京都交響楽団演奏会

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上野公園のイルミネーション。

コンサート後の、火照った心をクールに沈めてくれる。

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  東京都交響楽団第842回定期演奏会
  フィンランド独立100年記念

   シベリウス 「クレルヴォ交響曲」

          交響詩「フィンランディア」

     Ms:ニーナ・ケイテル

     Br:トゥオマス・プリシオ

  ハンヌ・リントゥ指揮 東京都交響楽団
               フィンランド・ポリテク男声合唱団
               合唱指揮:サーラ・アイッタクンプ

            (2017.11.8 東京文化会館)


シベリウス(1865~1957)の大作、クルルヴォ交響曲は、75分から80分もかかるうえ、フィンランド語による独唱と男声合唱を要することもあり、なかなか演奏機会に恵まれない。

フィンランド国、独立100年の記念行事の一環でもある、大いに意義に満ちたコンサートだったのであります。

簡単に、遠くても、親しみのある親日国フィンランドの歴史をざっくり紐解いてみる。
古代や先史時代はともかくとして、12世紀ごろにフィン人の国が形造られ、同時に隣国の強国スウェーデンとの葛藤も長く続き、やがて18世紀頃からは、ロシアの影響下におかれ、宗主国的な存在となる。
19世紀には、民族独立的な機運が芽生え、やがて1917年、ロシア革命に乗じて真の独立を果たす。

これが100年前。
そのあとも、ドイツ側について、ソ連との戦いになり、敗戦国ともなるが、東西からは巧みに一線を隔す存在になり、大らかな民主主義国家を貫いているが、近年は反ロシア的な動きで、NATO寄りに傾く政策を実施中・・・・とのこと。
前置き長いですが、愛国作曲家シベリウスの音楽を聴くうえで、そんなフィンランドの歴史を頭に置いておくことも肝要かと。

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「クレルヴォ交響曲」は、1891年、26歳のシベリウスがベルリンに留学中に、大叙事詩「カレワラ」のなかのクレルヴォにまつわる物語を素材に書き上げた劇的交響曲。

以前の自分のブログから、その物語の概略をここに引用します。

<戦いの英雄クレルヴォは、黄色い髪に青い眼のハンサムだった。あるとき森で出会った乙女に夢中になってしまい、思わず、こと、いたしてしまう。
ところが、自分の妹であったことがわかり、みずからの命を絶とうとする。
だが母親にいさめられ、思い直し、かつての父の敵を討つべく戦いに挑む。
はれて、戦に勝ち、クレルヴォはかつて妹と会った森の中で自決して果てる・・・。>

北欧の神話は、ともかくエグかったり、ぶっとんでたりしますが、ここでは、同じ北欧神話に素材を求めた「ニーベルングの指環」の結婚の女神フリッカ様が、プンプンとお怒りになる内容となっている。

Ⅰ「イントロダクション」、Ⅱ「クレルヴォの青春」、Ⅲ「クレルヴォと妹」、Ⅳ「クレルヴォ戦いに赴く」、Ⅴ「クレルヴォの死」の5楽章。

でも、物語の表層はそうであっても、そんなイケない色恋は、唯一第3楽章で、独唱によるクレルヴォと乙女の二重唱で表されるが、それもかなりシャープな音楽で、抗う乙女が序徐々にの夢心地に自分を語る部分だけがロマンティック。
妹と知ったクレルヴォが、痛恨の叫びをあげて悲嘆にくれる様は、ほんとに痛切。
スケルツォ的な4楽章が明るい基調なのを除けば、この作品は、全編、悲壮なムードに覆われている。
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こんなシベリウス若き日の渾身の作品を、リントゥの指揮のもと、都響は圧倒的なその力量でもって、弛緩することなく、緊張感にあふれた演奏でもって聴かせてくれた。

冒頭、沈鬱な雰囲気のなか、クレルヴォの主題ともとれる旋律があらわれ、その後の展開がかなり地味なところが、まだまだ若書きともとれ、聴き手もいきなりだれてしまうところ。
しかし、終盤、その主題が決然と出現して褐が入るわけだが、このあたりの起伏のつけ方は、指揮者の腕の見せ所で、あたたまりきらないオーケストラを奮い立たせたように思う。

緩徐楽章的な2楽章は、北欧を感じさせる、いかにもシベリウス的な音楽で、都響の弦の美しさを味わえましたし、展開部でのリズミカルな木管は、これまたシベリウスならではの様相で、曇り空にしばしの明るさが兆したように聞こえます。

曲の中心で、一番長い3楽章では、いよいよ男声合唱と独唱が入る。
フィンランド・ポリテク男声合唱団、サッと立ち上がり、歌い始めると、さらにホールの空気が北欧化。フィンランド語の語感も、意味はさっぱりながら、やっぱりネイティブは違うと思わせます。
クレルヴォと乙女との出会いを歌ったあと、メゾとバリトンの二重唱も交えて展開。
 バリトンのプリシオが、実に素晴らしくて、自分の系譜を語るところでの豊かな声の響きび魅せられたし、この楽章の最後の悲痛の歌声と厳しい感情の吐露では、こちらまで緊張してしまい苦しくなってしまった。
その後のリントゥの大きな指揮ぶりによる劇的なエンディングも痺れたし、聴き手の多くは、ここでほぼ、この演奏と音楽にのめり込むようになったと思う。
 ケイテルさんのメゾは、声質的に、もう少し軽い方がよかったし、若干届きにくいかとも思ったけれど、長いソロと、まるでR・シュトラウスを思い起こさせるような、素敵な木管の背景にも聴き入ることができましたよ。
しかし、合唱のときも、ソロのときも、オーケストラは全員、それを支えつつも、いろんな動きをしていて、大変なものだと思いつつ拝見し、さらに、そのすべてを俯瞰し、統括する指揮者って、ほんと凄いものだな、いまさらながらに思ったりもしました。。

続く戦いへの旅立ちは、これまでの緊張を、ちょっと紐解く明るさがあり、聴き手のわれわれも、牧歌風のなじみやすい旋律にちょっと一息といったところ。
長身のリントゥさんも、指揮台で弾むようにしてました。

終楽章では、ワタクシは痺れっぱなし。
死地を求めるクレルヴォの様子を歌う合唱に、オーケストラは静かに、そして徐々に力を増してゆく、クレルヴォの主題にまつわる旋律を奏でる。
この展開に、私はゾクゾクしてきて、感動に震えました。
 そしてオーケストラのユニゾンで、あの旋律が勇壮にして、忽然と奏されたとき、わたくしはもう、わなわなと震えるほどに。
あとの厳しい、壮絶なエンディングは、もう手に汗握りっぱなしで、合唱に、オーケストラに、そして渾身の指揮棒にと目が離せませんでした!

すべての音が鳴りやんだあと、拍手もおこらず、しばしの静寂。
しかし、そのあと盛大なブラボーと熱い拍手が巻き起こったのは言うまでもありません。

この曲ひとつでも十分なのに、せっかくの本場の男声合唱だから、そして、フィンランド独立を祝うにふさわしい曲、「フィンランディア」が高らかに演奏されました。
都響もタフです!
中間部のフィンランド賛歌を静かに、でも心の底から歌う合唱団のお顔は、どこか彼方を思いながら夢見るように見えて、とても素敵なものでした。

オケが去ったあと、合唱団が順番に舞台を後にしますが、われわれ聴衆は、立ち上がって、最後の一人まで拍手でお送りしました。
彼らも、われわれの思いが伝ったのでしょうか、手を振ってくれましたし、ホールを出るときに、再び出会った彼らも、本当にうれしそうにしてました。

素晴らしい演奏会でした

Bunka

 過去記事

 「デイヴィス&ロンドン響のクレルヴォ」


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2017年2月 4日 (土)

シベリウス 交響詩「タピオラ」 ハンニカイネン指揮

Hijiridai

最近行ってないので、過去の北海道ネタから。

本州では桜が咲いている頃、道内・美瑛あたり、雪が溶け始め、湖水の氷もなくなり始めた。

日本は南北に広い。

昨日あたり、南と北で、50℃も気温が違ったという。

 ここは、美瑛近郊の貯水湖で、車のなかからぱしゃりと撮影したもの。

寒くて、外には出られませんでしたよ。

今回も冬っぽい音楽を。

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      シベリウス 交響詩「タピオラ」 op112

     タウノ・ハンニカイネン指揮 ロンドン交響楽団

                       (1958 @ロンドン)

シベリウス、ほぼ最後の頃の作品。
1925年62歳で、「タピオラ」を仕上げたあと、1930年の最後の作品までは、楚々としたピアノ作品や、小品しか残さず、以来27年間、悠々たる隠遁生活を送った。

そんなシベリウスに、晩年の作品、とレッテルを貼るのはおかしなことだが、でも、そうとでもいいたくなるほどに、行き着いた到達境と、くみとり、尽しがたい味わいと内面の深さを感じることができる。
1年前に書かれた交響曲第7番の、究極の交響曲とも呼べそうな濃縮された音楽の在り方にも、相通じるかもしれない。

フィンランドの大叙事詩「カレワラ」は、シベリウスの音楽のひとつの源泉ともいえるが、この「タピオラ」もそう。

「カレワラ」に出てくる、森の神「タピオ」の領土が「タピオラ」。
ここに、タピオの物語が描かれるわけではなく、シベリウスが愛した、フィンランドの国土を代表とする風物、森をイメージしているわけです。

われわれが、フィンランドに対していだくのは、「森と湖の国」。

まさに、それを感じさせてくれる、神秘的で、かつクールな、ブルー系の音楽なのだ。
ちょっと晦渋な雰囲気も持ち合わせているけれど、何度も、噛みしめるように聴くと、す~っと、北欧の景色が脳裏に浮かんでくるようになる。

何度も繰り返される「森の主題」に、木管で繰り返される「タピオの主題」。
この、ともに寂しい感じの主題が絡み合いながら進行し、最後には、浄化されたような平和な和音にて曲を閉じる。

このあとに、大きな作品を残さなかったのも、このエンディングを聴くとわかるような気がする・・・・。

今日聴いたのは、前世紀末に生まれ、1968年に没したフィンランドの指揮者ハンニカイネンのもの。
少年時代に、日本コロンビアから続々と発売されたダイアモンド1000シリーズのなかの1枚で、そのいかにも北欧の孤独を感じさせる秀逸なジャケットが気になり、店頭で何度も手に取ったけれど、ついぞ買うことのなかった1枚。
 長じて、コンサートホールソサエティからCD化されたものを入手したのは、CD時代になって間もなくだった。

録音は決して、パッとしないけれど、カップリングのヴァイオリン協奏曲とともに、さりがねいなかにも、シベリウスの音楽の語法をしっかりと語りつくしているようなスルメのような演奏で、とても味わい深い。
ロンドン響を使いながらも、すこし褪せた録音が、また鄙びた雰囲気を醸し出していて、ローカル感もあるところもいい。

フィンランド政府の観光局のサイトを見ていたら、シベリウスの旅がしたくなりましたよ。

こちら→http://www.visitfinland.com/ja/kiji/sibelius-no-finland/

 

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2015年10月11日 (日)

神奈川フィルハーモニー第313回定期演奏会  川瀬賢太郎指揮

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暗く立ちこめる曇空の土曜日。

これから聴く、ショスタコーヴィチの音楽を先取りしたような気分で、みなとみらいホールに、この日は、横浜駅から歩いてみました。

またこの日は、横浜ジャズプロムナードという恒例催しが行われていて、街中で、ジャズが流れてましたよ。

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  ショスタコーヴィチ  交響詩「十月革命」 op131

               ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 op77

        Vn:三浦 文彰

  シベリウス       交響曲第5番 変ホ長調 op82

     川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                       (2015.10.10 みなとみらいホール)


ショスタコーヴィチ(1906~1975)没後40年、シベリウス(1865~1957)生誕150年。
ともにアニヴァーサリー作曲家ですが、同時に、ロシア→ソビエト連邦という巨大な国の元、または影響下にあったふたりなのです。
 ショスタコーヴィチは、巧みにその本音を隠しながらときにシニカルに、ときにあきれかえるほど露骨に、体制におもねり、そして批判を繰り返した。
そして、シベリウスは、圧政に対する、民族の誇りと祖国愛を歌い上げた。

そんな二人の音楽の対比を楽しめた素晴らしい演奏会でした。

①「十月革命」、交響曲でいえば、13番と14番の間にあるけれど、その時期のシリアスで内面的な作風とはうってかわって、あっけらかんとした、虚しささえ覚えるプロパガンダチックな音楽。
そんな15分間の音楽をCDではなく、ライブで聴くと、オーケストラの皆さんが、それこそ必死こいて演奏されているのを、そして川瀬さんの颯爽とした指揮ぶりを、拝見してるだけで、妙に興奮してしまいました。
神戸さんのティンパニの炸裂と、平尾さんのスネアの小見味よさを味わえました。
カッコいいし、ダイナミックなので、ちょっと爽快だけど、しかしまぁ、なんてヘンテコな曲でしょうか・・・・面白かったけど。
 思えば、10月革命にまつわる他の作品、2番と12番の交響曲とともに、曲作りは面白いけれど、内容的には、どうも虚無感がつきまとうように感じますね。

②チャイコフスキー、ベートーヴェンに次いで、3度目の三浦さんのヴァイオリン。
いつものとおり、ひがみじゃないけど、前髪が気になる(笑)
 それはそうと、こちらは、かなりシリアスな音楽で、交響曲でいえば、9番と10番の間。
まともに体制側から批判をされた時期、こっそり引っ込めてしまったこの因縁の作品を生で聴くのは初めて。
 夜想曲と題された夢想と沈滞を繰り返す第1楽章から、三浦さんの繊細で透明感あるヴァイオリンは、冴え渡ってます。
つぐ、スケルツォも鮮やかに決まり、オケとの掛け合いも楽しく、聴くわたくしもノリノリでしたよ。
 そして、古風で荘厳なたたずまいすら感じるパッサカリア楽章。
オケの背景も深刻極まりないものです。
 長大・超絶技巧のカデンツァでの、三浦さん。
この若者の集中力と気迫に圧倒されました。
ホールは静まり返り、一挺のヴァイオリンに聴衆の耳は釘付けとなりました。
 そして休むことなく突入するブルレスケには大興奮。
ショスタコの常套手段的な、無窮動ミュージックに完全に飲みこまれてしまいますが、それでも冷静かつ沈着な三浦さんの演奏姿には恐ろしいものがありました。
川瀬さんの指揮ぶりにも熱がこもってきて、怒涛のクライマックスを築き、さすがに前髪掻き乱れつつの三浦ヴァイオリンと息もつかせぬ壮絶エンディングとあいないりました
 ワタクシ、思わず、ブラボーしちゃいましたよ。

相変わらず、ショスタコを聴いたあとは、一体何だったんだろ、的な狐につままれた思いが去就するのですが、ともあれ、三浦さんのヴァイオリンは凄かった!

拍手に応えて、何度も登場するなか、三浦さんは手ぶら、川瀬さんはヴァイオリンを手に、ちゃっかり喝采を受ける茶目っ気のある指揮者に、会場は笑いに包まれました。

③休憩後は、シベリウス。
その田園的・牧歌的な雰囲気は、大好きです。
冒頭のホルン。前半のショスタコとうってかわったその音色と、音楽の雰囲気に、耳が浄化されるような思いです。
救いのないショスタコの聴後感が払拭されました。

あぁ、やっぱりシベリウスはいいわ~

透明感のある神奈川フィルならではの弦と、柔らかな木管、輝かしい金管、それが見事に溶け合ったシベリウス。
北欧の響き、ことに、かの地のオーケストラから感じる、突き抜けるような冷凛とした音とは対局にあるような柔らかなシベリウスに思いました。
日本人が演奏し、日本人が聴く、身近なシベリウス。
そして、神奈川フィルの聴き手にとってはハマのシベリウスでした。
 川瀬さんは、ことにオーケストラを抑え、各ソロが突出することも控えているように感じます。
最後に持ってくる曲としては、華やかな結末に欠けるこの5番を盛りあげるのは、なかなかに難しいこと。
もちろん音楽が創成され、自然豊かな野山を感じさせるようにクレッシェンドしていく第1楽章の鮮やかなエンディングには興奮しました。
そして、6つの途切れ途切れの和音で、最高のクライマックス築くのに、抑えに抑えた川瀬さんの音楽造りは、とても効果的です。
じわじわくるシベリウスの醍醐味を味わわせてくれたように思います。
 そして、間に挟まれた、それこそ田園風の第2楽章は、優しく可愛く、そして楽しい聴きものでした。

来シーズンは、1番と7番を、本場の大御所、親日家のオッコ・カムで聴ける神奈川フィル。
楽しみ極まりなし。

今回も、アフターコンサートは、個人的にお休みして、雨がポツポツし始めたMM21地区を抜けて横浜駅に向かいました。

Bayquater

ハマのシベリウスのあとのベイサイド。なんのこっちゃ。

さぁ、次回はコルンゴルトですよ

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2015年5月19日 (火)

茅ヶ崎交響楽団演奏会 永峰大輔指揮

Chigasaki

暑かった日曜日。

電話ボックスを撮ったワケじゃないけれど、なかなかいい角度でホールを俯瞰することができなかった。

ここは、茅ヶ崎市民文化会館。

都内を発して、茅ヶ崎へ下車し、茅ヶ崎交響楽団を聴いて、電車でちょっとの実家には寄らずに、千葉のお家へトンボ帰りして、用事をすませて、また都内へ戻るという、妙に慌ただしい相模湾・東京湾の旅でした。

でも、とても清々しい演奏会が聴けて、疲れなんて、少しも感じなかった日曜でしたね。

神奈川フィルの前副指揮者の永峰大輔さんが、茅ヶ崎のオケに客演すると聞きおよび、出かけたわけです。

子供時代、ハレの日の買物は、通常は平塚のデパートで、ときおり、藤沢か横浜。
そして、茅ヶ崎は、ディスカウントストアの走りのようなチェーン店、「ダイクマ」が駅近にあったので、釣り好きの父親とよく行ったもので、茅ヶ崎は、わたくしには、加山雄三や、のちのサザンではなく、ダイクマの印象が強いのです。

釣り具も豊富だったけれど、オーディオも妙に充実していて、ダイヤトーンのでっかいスピーカーで、メータ&ロスフィルの「ツァラトストラ」を鳴らしてもらって、堪能したのは中学生だった自分です。
そう、レコードもクラシックは、そこそこ置いてあったのですよ。

そんな音楽との出合いも、茅ヶ崎というと思い起こすこと。

前置きが長くなりましたが、茅ヶ崎で、アマオケとはいえ、本格的なプログラムによるコンサートを味わうとは、当時は思ってもみなかったことですね。

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  ヴェルディ     歌劇「ナブッコ」 序曲

  サン=サーンス  「アルジェリア」組曲

  シベリウス     交響曲第2番 ニ長調

             アンダンテ・フェスティーボ(アンコール)

       永峰 大輔 指揮  茅ヶ崎交響楽団

                    (2015.5.17 @茅ヶ崎市民文化会館)

どうです、なかなか意欲的な曲の並びでしょう。
生誕180年のサン=サーンス、同じく150年のシベリウス。

茅ヶ崎交響楽団は、1983年発足で、今回で63回目の定期演奏会を迎え、地元・茅ヶ崎に根差し積極的な活動をしている団体です。

そして、お馴染みの永峰さんの経歴をここでご案内しますと、洗足学園音大を経て、フランツ・リスト音楽院や、ドイツ北部のメクレンブルク学び、海外各地での経験も豊か。
首都圏・関西圏での活動のなかでは、2012年から務めた神奈川フィルの副指揮者として、多方面での活躍が、印象に新しいところです。
その間、ウクライナ、アトランタ、それぞれの指揮コンクールで、最優秀指揮者に選ばれていて、今後の活躍もますます期待される若手です。

ステージをよく見れば、神奈川フィルのおなじみのメンバーも発見♪

 冒頭にヴェルディの、イケイケ系の序曲を持ってきたのは正解ですね。
ただでさえ固くなりがちなコンサートのスタートに、オケも聴衆も、熱い歌で一気に、緊張もほぐれるというものです。

 次ぐサン=サーンスの曲は、実は初めて聴きました。
「アルジェを目指して」、「ムーア風狂詩曲」、「夕べの幻想 ブリダにて」、「フランス軍隊行進曲」の4曲からなる、まさに南国風かつ南欧風のエキゾチックなムードの曲です。
 この中では、砂漠のオアシスの熱い夜を思わせる、ムーディなヴィオラソロが入る3曲目が、曲も演奏も聴かせました。
最後の威勢のいい行進曲は、フランスの植民政策が背景にあったかの時代を思わせはしますが、ラ・マルセイエーズが寸どまり気味に顔を出して面白かったです。
演奏も、最後は、永峰さんのリズムさばきが見事で、軽快かつ盛り上がった演奏となりました。

後半は、シベリウスの大曲。
1と2楽章をアタッカでつなげて、3・4と連続する楽章との対比と、構成感を巧みに表出しました。
細かなところで、いろんなことは起こりますし、ありますが、ですが、演奏する皆さんの真剣さと、熱い思いが、ジワジワと滲み出てきて、感動を呼んだのが第2楽章。
 前日に聴いたヴァイオリン協奏曲でもそうですが、シベリウスの音楽は、緩徐楽章や静かな場面が、北欧ならではの我慢強さや、熱い信念、厳しい冬との対峙などを感じることが出来て、大好きです。
また、そこには、だれしもが思い描くことのできる、北欧フィンランドの森と湖の光景が、そのまま音になっていることを感じる。
 この楽章で、トランペットのソロが寂しさも感じられ、素敵でした。

そして、思いきり爽快だった終楽章。
みなさん、これまでの練習の成果と、これが最後だという思いからでしょう、気持ちよさそうに弾いてらっしゃるし、永峰さんも、楽員さんの思いをしっかり受けて、解放してゆくような指揮ぶりでした。
音楽には、力強さと、うねりも感じられ圧巻のエンディングです。

 アンコールは、渋いところで、弦楽だけの、これまたじっくりジワジワ感動が来る曲、「アンダンテ・フェスティーボ」。
桂曲・桂演、湘南の地に相応しい、爽やかな風、届きました。

終演後は、この日集まった、We Love神奈川フィルのメンバーとともに、楽屋口に、永峰さんを訪れ、ご挨拶いたしました。

神奈川と、千葉のアマオケも、これから要チェック。
そして、永峰さんとともに、その先代、伊藤翔さんも、神奈フィル・ファミリーとして、その活躍をお祈りするとともに、これからも、聴いて行きましょう。

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2015年5月18日 (月)

神奈川フィルハーモニー第309回定期演奏会  小泉和裕指揮

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16日、土曜のみなとみらいは、曇天でしたが、湿度が高くて、ちょっとむしました。

広場では、横浜出身の音楽ユニット、「コアラモード」が歌ってまして、握手会にたくさんの行列が。
前にも、彼女たちをここで見ましたが、人気も出てきて、人も集まるようになってきましたね。
彼らの曲は、「七色シンフォニー」という可愛い曲で、とても音楽的ですよ。

 さて、この日は、神奈川フィルの定期。

北欧の協奏曲とシンフォニーを聴きます。

Img

   シベリウス   ヴァイオリン協奏曲  ニ短調

             Vn:米元 響子

   ニールセン   交響曲第4番 「不滅」

      小泉 和裕 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                     (2015.5.16 @みなとみらいホール)


ともに、今年生誕150年を迎える北欧のふたりの作曲家、フィンランドのシベリウスと、デンマークのニールセン。
その代表作を同時に味わえる、魅力的なコンサートでした。
ナイスプログラミングですね。

そして、両曲ともに、曲の真髄を堪能することのできた名演だった。

2007年のシュナイトさんとのブラームス以来の、米元さん。
彼女の、決してぶれることのない、強い意志に貫かれたヴァイオリンのひとつひとつの音色が、実に素晴らしい。
強い音から、繊細な弱音まで、音の幅の表出力が鮮やかで、どれひとつとして気持ちのこもっていない音はないように聴きました。

とりわけ、2楽章は、深々(しんしん)として、胸に迫ってくる感動を届けてくれました。
この協奏曲で、一番好きなのは、この楽章なのですが、オーケストラのクールな情熱のパレットを背景に、米元さんのヴァイオリンがしっとりと、そして、だんだんと熱くなってホールに響いてゆくのを、耳をそばだてて聴きました。
そして、不覚にも、涙ぐんでしまいました。
 この楽章で、応援メンバーの仲間Aさんも、ハンカチで涙をぬぐう姿を、わたくしは見逃しませんでしたよ!

この協奏曲では、小泉さんは、譜面を置かず、暗譜で指揮しました。
編成は、さほど大きくはありませんが、オーケストラは、いろんな仕掛けがあったり、リズムが難しかったり、そして大いに幻想的なものですから、以外と難しい曲なのです。
ソロもオーケストラも、小泉さんの指揮は、きっと安心できるものだったでしょうね。

いつも思うけれど、小泉さんは、指揮中、日本の足を絶対に動かさない。
しっかり地に足が着いてます。
そして、米元さんも、しっかり、動くことなく、きれいな立ち姿での演奏でした。

 後半は、ニールセン。
この曲を実演で聴くのは初めてかも。
CDでは、ラトルやベルグルンドが刷り込み。

オーケストラの編成は、ぐっと大きくなり、ティンパニが左右に別れて、二人の奏者が構える。
爆発的な出だしから、神奈川フィルのきらめくサウンドは全開で、次いで出てくる牧歌的な、いかにも北欧らしい場面も、このオーケストラならではの繊細さと優しい音色がぴたりときます。
 ニールセンの6つの交響曲は、それぞれに個性的で面白いけれど、どの曲にも通じるとっつきの悪さ。
晦渋さをも備えもった作品たちなのです。
4つの連続した楽章は、思えば至極古典的な構成で、最後の輝かしい集結に向かって、悲劇色や、緊張、そして柔和さも併せ持つ場面が続出します。

それらの流れを、小泉さんは、しっかりと把握したうえで、オーケストラを統率していた感があり、聴いていて、その流れがとてもよく理解できました。
 CDで聴くと、最後の最後ばかりに耳を奪われてしまい、それまでの経緯や過程が、どっかへいってしまうのですが、この日の演奏は、眼前で展開されるお馴染みのオーケストラの演奏ぶりと、安定の小泉さんの指揮により、曲全体を俯瞰するようにして、詳細な場面の積み上げを楽しむことができました。

深刻な3楽章には深いものを感じ、またバルトークのような響きとも思いました。
戦乱の不安も描かれたこの楽章。
さらに、のちのショスタコーヴィチをも思い起こしました。
その不安を一掃してしまう、ティンパニ協奏曲のような終楽章は、少し眠りに入りそうな観客の方々をも覚醒させる強烈なもの。
神戸さんの鮮やかさは、いつもの通り言うにおよばす、今回は、広響からの岡部さんの来演で、ふたりが張り合うかのような、すさまじいティンパニの殴打を聴かせてくれました。
これには、ホールは湧きましたね。
間髪いれずのブラボーは、フライングぎみでしたが、その思いも分からなくなありません。
 指揮者もオーケストラも、目いっぱいの熱演・秀演でした。

抜けるように美しい響きの神奈川フィルは、北欧音楽にも適性がばっちり。
ニールセンのほかの作品や、シベリウスの全作を、今後も取り上げて欲しいです。

6月は、フランスものと、オール・プッチーニ。
楽しみが止まりません。

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2015年4月19日 (日)

シベリウスの交響曲 お願いランキング

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だいぶ前になりますが、北海道の洞爺湖。

普通の日に通りかかったものですから、人っ子ひとりおりません。

静謐な動きのまったくない光景に、わたくしの頭のなかには、北欧、ことにシベリウス、それから英国の、こちらはディーリアスの音楽が静かに奏でられる思いでした。

今年、生誕150年(1865~1957)の、シベリウスの交響曲のランキング、ちゃちゃっとやっちゃいます。

Onegai_siberius

テレ朝の番組からお借りしたお願い戦士たちの画像に、恐れ多くも、シベリウスさまを。

7つの交響曲、いやその作品のほとんどを、60歳までに書き終えてのちは、沈黙と名声のうちに過ごしたシベリウス。

その残りの生涯に、作曲を継続していたら、いったいどんなに素晴らしい音楽が生まれていたことでしょう。
究極なまでに、凝縮された名作7番のあとの、8番を想像するだけで、震えがきます。

でもしかし、いまのわたくしたちは、7つの交響曲で、完結されたシベリウス像を享受しているわけで、その珠玉の作品たちに、感謝しなくてはなりませんね。

ランキングでは、交響曲を好きな順に、好きな演奏をあげてしまおうという企画です。

  ①交響曲第7番  短くてよろしい・・・じゃなくって、20分に凝縮された濃密さ
              人生、山あり谷あり、ここにそのすべてが圧縮された感あり

         ・バルビローリ&ハレ管の気合いとエモーショナルな熱さ
          唸り声も音楽のうち
          最後のピーク時のホルンが実によろしい

  ②交響曲第4番  暗くたちこめた雲、その中から光る輝きを垣間見るときの感動
              辛く厳しい毎日、人は所詮、孤独。
              でもそんななかに、喜びや輝きを見いだす枯淡の境地
              
         ・ベルグルント&ヘルシンキの言葉少ないなかに音楽が語る演奏
          3楽章のラルゴで、音の断片がだんだんと形をなし、じわじわと
          熱くなっていくところでは、感涙必須

  ③交響曲第5番  明るく牧歌的なれど、随所に北欧の自然の息吹が
              エンディングの面白さもいつも楽しみ、気分爽快

         ・デイヴィス&ボストン響 ヨーロピアンな美しさと、重厚さと軽やかさ
          小澤さん以外の指揮で聴いたボストンの魅力と底力
          端正ながら、これまた一本義の男の指揮、録音も極上
   
  ④交響曲第6番  渋くて、ミステリアス、和音や調性の展開も異世界の感じ
              そこに、ほのかに浮かびあがる北欧の寂しい自然と人間
              ほんとは、もっと順位を上げたいところ
              突き抜けるような弦は、鼻孔を刺激するかのような冷涼感

         ・N・ヤルヴィ&エーテボリ響 同コンビが登場したCD初期
          本場のサウンドに狂喜した。
          さりがなくも、音の節々にシベリウスならでは語感を感じ、
          その音色はクールかつ、暖か。

  ⑤交響曲第1番  チャイコフスキーの流れのなかにある幻想味とロマン
              旋律は、情熱的で、儚く、美しく、そして悲しい。

         ・渡辺暁雄&ヘルシンキ 自分にとって懐かしの演奏
          FM東京の同団のシベリウスチクルスを、カム指揮のものもふくめ
          全部録音し、社会人生活初期の侘びしい生活の夜毎の糧となった
          この曲のよさをわからせてくれた忘れ難い演奏

  ⑥交響曲第3番  シンプル、古典的、楽想が可愛い。
              北欧のさわやかな春、でも、1,2番からの作風からの決裂
              4番への橋渡しを随所に感じ、孤独感も

          ・ザンデルリンク&ベルリン響 克明な刻みが旧ドイツを感じさせる
           木管のソロも美しく、全体の様式美と、意外なまでのしなやかさも 

  ⑦交響曲第2番  一番有名な曲。通ぶってるわけじゃありませんが。
              子供の頃から、もう聴きすぎて、かえって慣れ過ぎて遠くに
              でも、聴けば聴いたで、やたらと感動する
              幻想的な1楽章と、じんわりの2楽章が好き。
            
          ・決められません。。強いてオーマンディか。
           でもやはり、セル&クリーヴランドないしは、コンセルトヘボウか。
           いや、カム&ベルリンフィルも懐かしいし、シュタインもいいよ。
           あとなんて言っても、バルビローリに、濃密バーンスタイン・・・
           もう、どんな演奏でもいいし

ということで、いずれも普遍的な演奏ばかりになってしまいました。

歳を経て、シベリウスの交響曲への嗜好や想いも変わってきました。

この先は、もう変わらないかもしれません。

演奏も、ここにあげたのは大好きな演奏のほんの一例で、CD時代になって、全集が求めやすくなったものだから、全集をそろえて、それぞれの番号を、ときに応じて聴き分けることができてます。
バルビローリ、ザンデルリンク、ヤルヴィ、ベルグルンド、ブロムシュテット、セーゲルシュタム、ラトル、オーマンディ、新旧デイヴィスなどなど。
 ヴァンスカと、サカリ、カラヤンを今後聴かねばと思ってます。

Sibelius_barbi

心の琴線に触れるシベリウスの旅、のこりの人生もともに楽しみたいと思います。  

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2015年4月 7日 (火)

シベリウス ヴァイオリン協奏曲 タスミン・リトル

Ichigaya_1

曇り空の神田川。

飯田橋駅からの眺め。

吉祥寺あたりから、隅田川までを、ところにより細くなりながら流れる神田川は、かつては、江戸城の外堀の一角であったとか。

秋葉原あたりまで行くと、桜の花びらで、流れは埋め尽くされますね。

河川管理の皆さまは、きっとたいへんでしょうが、毎春、こうして、ほのかにピンクに染まる水辺を愛でる喜びは、筆舌に尽くしがたいです。
 うす曇のこの日も、ボートに乗る方が長蛇の列をつくってました。

先週末から、関東は、寒の戻りと、菜種梅雨がやってきて、うららかな春は、ちょっと隠れてしまいました。
 ですが、おかげで、桜もがんばり中。

Ichigaya_2


  シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調

       Vn:タスミン・リトル

  ヴァーノン・ハンドレー指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1991.9@リヴァプール)


元来、イギリスは、シベリウスを得意にする土壌があり、歴代の英国指揮者は、コリンズに始まり、みなさん、交響曲の演奏を、主なるレパートリーにしてきました。
 フィンランドよりは、南に位置しますが、それでも、連合国の最北端と、フィンランド最南端とは、ほぼ同じような緯度にあります。

島と泉に囲まれた神秘の国がフィンランド。
英国も広義にみれば、同じようなことがいえて、まして大陸でなく、孤高な島国で、かつ、いろいろな伝説もある。

気質的な符合も、こうしてあるのかもしれません。

わが国も、独自文化を築いた意味で同様ですし、シベリウスの音楽を、その北国的な自然の描写と合わせて、ごく普通に受け付けられるDNAを持っているような気がします。

 さて、今宵は、純英国産のシベリウス。

ロンドン生まれのヴァイオリニストと指揮者に、リヴァプールのオーケストラ。

シベリウスの協奏曲の演奏で、このところ、一番好きな演奏です。

タスミンこと、タスミン・リトルは、もうベテランですが、彼女が、若い頃から、そのディーリアスの演奏でもって、親しく聴いてきました。
若いころから、いまに至るまで、自国の作品を啓蒙とともに、素晴らしい感度の高さでもって演奏し続けて、かつ録音もたくさん残してきていただいてます。
 英国音楽好きにとって、タスミンの存在は、本当にありがたく、後光が射しているかのような彼女なのです。

英国以外は、EMIに、かなりの録音をしてます。

彼女のヴァイオリンは、快活かつ明るく、屈託がありません。
メニューンに師事した彼女ですが、技能的な部分と、その精神性を受け継ぎつつも、ロンドンっ子らしい、明るさでもって、誰が聴いても嫌味ない、素直な音楽造りが、そこに加わって、いつも、とても素敵なのです。

このシベリウスも、深刻さはなく、清涼かつ、わたくしには、暖かさすら感じ、そして、英国風の生真面目な情熱を感じる演奏に思えるのです。

タスミンのヴァイオリンには、民俗臭や、熱い思いは、あまり感じさせません。
その点で、名演と称されるチョン・キョンファのものと、同じ女性ヴァイオリンでも、まったく違います。
過度な主張はなくとも、タスミンの演奏は、明るい一方、淡々と、シベリウスのお国への思いや、その自然への讃歌を、充分に感じさせてくれます。

 そんな彼女のソロを、しっかり支えるハンドレーさんの指揮も、出すぎず、隠れもせずの、中庸の態勢ながら、ときに克明なサウンドでもって、おっ、と言わせてくれたりもします。
ハンドレーのシベリウスの交響曲、聴いてみたかったですね。
2008年に、惜しくも亡くなってしまいました。
何度もなんども、書きましたが、B・トムソン、V・ハンドレー、R・ヒコックスの3人の指揮者の喪失は、イギリス音楽界の最大の損失であります。

そんなこんなを思いつつ、今年生誕150年のシベリウス、1903年、38歳の作。
北欧に思いを馳せることのできる、幻想的かつ現実的な、ヴァイオリン協奏曲の傑作を聴きました。

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2015年3月 8日 (日)

神奈川フィルハーモニー第307回定期演奏会  広上淳一 指揮

Landmark20150307_a

ランドマークに、一足はやく、「春」やってきました。

河津桜咲いてました。

Landmark20150307_b

この日は、朝から、真冬のような寒さで、しかも、冷たい小雨も舞う曇天。

冷たい曇り空と、春先の桜。

 さぁ、これから聴く、珠玉の北欧音楽の数々に、どこか、ぴたりと符合していて、ホールに向かう足取りも軽くなりました。

Kanaphill201503

  ラーション       田園組曲

  ステンハンマル   2つの感傷的なロマンス

  シベリウス      ヴァイオリンと弦楽のための組曲 Op117

           ヴァイオリン:小林 美樹

               交響詩「タピオラ」 Op112

  グリーグ       「ペール・ギュント」第1組曲、第2組曲

  菅野 祐悟      大河ドラマ「軍師官兵衛」より「天才官兵衛」~アンコール

    広上 淳一 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.3.7 @みなとみらいホール)


ごらんのとおりの北欧音楽ばかりを集めた素敵なプログラム。

神奈川フィル、今シーズン最後の演奏会を指揮するのは、スウェーデンのノールショピング交響楽団の指揮者もかつてつとめた広上さん。

後半は、なじみのある「タピオラ」と「ペール・ギュント」で、前半は、クラヲタである、わたくしですら音源も所有したことない、初聴きの3曲。

でも、それら3つが絶品の曲であり、演奏でした。

 ①スウェーデンのラーション(1908~1986)。
序曲・ロマンス・スケルツォの3つからなる「田園組曲」は、まさに、わたくしたちが思う、すっきりとした透明感あふれる抒情あふれる北欧音楽のイメージそのまま。
静かに始まり、すぐさま快活な曲調になる序曲からして、オケはエンジンがすぐにかかり、明快な響きを引き出す広上さんのもと、のりのりでした。
 次ぐ、ロマンスの美しいこと。
かなフィルの弦楽の魅力を、コンサート開始すぐさま堪能することになります。
いつまでも浸っていたかった、そんな優しい音楽に演奏でしたね。
 フルートが小鳥たちのさえずりのような、合いの手を入れ、とても楽しい、うきうきするようなスケルツォ。
指揮者の楽しい動きを見てると、こちらも、にこにこしてしまう、そんな曲。

 ②こちらもスウェーデンのステンハンマル(1871~1927)
その歌曲を、フォン・オッターの歌でよく聴くステンハンマル。交響作品もいいですが、歌がお得意のこの作曲家らしく、まるで、愛らしいオペラアリアのような、ヴァイオリンソロのために作品です。
若い小林美樹さんの、柔軟でかつ、伸びやかなヴァイオリンにも魅惑されます。
 春の野辺に座って、去りし冬を思うような曲調の第1曲目。
艶のあるヴァイオリンです。
 哀愁溢れるメロディが、メンデルスゾーンのようにソロにもオケにも充満していた第2曲目は、どこか古典的な佇まいを感じ、とても麗しかったですね。

 ③おなじみ、フィンランドのシベリウス(1865~1957)の「ヴァイオリンと弦楽のための組曲」は、その作品番号のとおりに、作曲活動を緩めてしまう時期の直前のころ、すなわち、最後期の曲。
発表すらされなかったこの曲の初演は、1990年。
 さすがに、聴き親しんだシベリウスサウンドが、短い曲ですが、随所にあふれていて、安心感と、小品の名手であるこの作曲家の腕前に感心しました。
 3つの部分が、それぞれにまったく異なる顔を持ってます。
「田園風景」「春の宵」「夏に」のタイトルどおりの曲調で、いずれも、優しく、平易で、メロディアスでした。
美樹さんの、たおやかなヴァイオリンは、この曲でもぴたりとはまります。
とりわけ、もうじき訪れるであろう、春の宵のぬくもりと、甘い花の香りを感じさせる美しい2曲目は、とても、弦楽もソロもともに魅力的。
さらに、弦楽のピチカートにのって、細やかかつ、技巧的な名技性を発揮した3曲目も楽しく、盛り上がりました!

 以上の、前半、桂曲を聴けた喜びに、ホールの聴衆もほっこりいたしました。

 後半は、厳しい北欧の一面をみせつけるシャープな交響詩「タピオラ」。
この曲を、コンサートで聴くのは、もしかしたら初です。
音源の、かっこいい聴かせ上手のカラヤンや、ヤルヴィで聴く北欧系クールかつ熱い演奏
とも、この日のものは、あたりまえですが、異なりました。

 神奈川フィルならではの、華奢だけれど、美しい響き。
少し薄めだけど、スリムな音色が、徐々にホールを満たしてゆく、みなとみらいホールならではの体感。
けぶるような、深い森と湖の光景というよりは、われわれ神奈川県人の思う、神奈川県の海と山の自然と、横浜の街を思いたくなるような、そんなシベリウス。
都会的であり、ローカルでもあるシベリウスを堪能しました。
 どのセクションも、どの楽器も、みんなよく聴こえます。

広上さんの、愉快な(?)指揮姿と、出てくる音楽の齟齬は、面白いものでしたが、神奈フィルのシベリウスは、今年アニヴァーサリーを迎え、交響曲や協奏曲も控えてますので、大いに楽しみです。

 ⑤最後は、ノルウェーのグリーグ(1843~1907)の名曲「ペール・ギュント」。
どこをとっても、みなさん、お馴染みのメロディーやフレーズが満載。
でも、恥ずかしながら、ライブでは、初ペール・ギュント。
山田さんの秀麗なフルートに始まり、小山さんの暖かなオーボエに受け渡される「朝」を聴いて、おじさんのワタクシ、一挙に中学時代の音楽室の一隅にワープ体験しました。
そんな風に、楽しんだ35分間。
思えば、神奈川フィルも、この曲は、学校訪問のときの定番。
味わい深さも、きっと、進化させてますね。
 「オーゼの死」や「ソルヴェイグの歌」では、思わずゾクゾクして、心が震えてしまいました。
名曲・名演とは、このことを言うのですね。
広上さんの、熱のこもった指揮姿は、それは楽員さんを奮い立たせるものでもありましたが、やはり、面白い(笑)
できるだけ、楽員さんたちの熱演だけを拝見しつつ拝聴しました(笑)
 そして、神奈フィルの誇る、打楽器陣の活躍する「魔宮の宮殿」では、大興奮。
 ほんと、楽しく、美しく、充実のペール・ギュントでした♪

何度も、歓声に応えた広上さん。

素敵なスピーチをいただきました。

「日本のオーケストラが、レベルアップしているなか、神奈川フィルも例外でなく、ここ数年の充実ぶりは素晴らしくトップレベルに達した。
将来、日本の指揮界をしょって立つだろう、若い川瀬君(広上さんが師ですね)と、ベテランと若手このオーケストラを称えたい。
東京に近く、地域の皆さまとの触れ合いも大切に、みなさんで大いに盛り上げていただきたい・・・・」
こんなお言葉と、最後に、もう1曲。

 広上さんの、お弟子のおひとりの、菅野氏が担当した「軍師官兵衛」の最終話、官兵衛の死の場面で、彼が人々への感謝の気持ちを覚えつつ亡くなるシーンの音楽とのこと。

この素晴らしいプレゼントに、そして、その感動的な音楽に、わたくしは、目頭が熱くなるのを覚えました・・・・・・。

今シーズンも、これで大団円。

いつにもまして、このオーケストラを愛し、応援してきて、ほんとうに良かったなと思いながら、みなさまに、お疲れ様のご挨拶をしつつ、仲間たちと、ビールを傾けに巷に向かいました。

1

横浜地ビールの、いつもお馴染みのお店。

グラスもリニュール、お料理も、春バージョン。

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春野菜とサーモンのサラダ、カツオと春鯛のお刺身、ハマチのフィッシュ&チップス、カレー風味のチキン、ほうじ茶のゼリー・・・・・。

そして、ビールたくさん。

今回も、お疲れのところ、楽員さんにも、ご参加いただき、楽しいひとときを過ごすことができました。

次の、神奈フィルは、わたくしは、ヴェルディの「オテロ」。

そして、シーズンが変わって、4月は、モーツァルトのホルン協奏曲(豊田実加さん)と、ハイドン「告別」に、シューマン「ライン」で、春の出会いと別れを味わい。

さらに、みなとみらいでは、レスピーギの「ローマ三部作」で大爆発。

春、きますね。

神奈川フィルを聴きに、横浜へ行こうじゃん!
 

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2014年8月22日 (金)

シベリウス 交響曲第3番 ラトル指揮

Azumayama_201408_3

相模湾の遠景に、もくもくとした雲。

四季の境目が年々曖昧になってゆき気がします。

春と秋が短く、夏と冬が長くなってます。

そして、イメージは北欧なので、冬がお似合いだけど、真夏のシベリウスも、こうした景色にはいいかも。

Sibelius_sym3_rattle

  シベリウス 交響曲第3番 ハ長調

   サー・サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団

                     (1985 @バーミンガム)


たまには、帯付きのCD画像を。

これが出た頃は、海外盤は今ほど溢れてなくて、欲しいものは国内盤で買うしかなかった。

CDが世に出た頃は、1枚4,500円もして、それがまた輸入盤の国内仕様みたいなものでした。
そう何枚も買えないから、それこそ何度も何度も同じCDを聴いたものです。

 それが、今現在の激安のCD反乱状態。

安く手に入るのはいいことだけど、音楽の中身そのものまで、お手軽になりすぎては困りもの。
残りの音楽人生、限りある時間ですから、大切に聴いていきたいと、何故かまた思うのでした。

 シベリウスの交響曲の中で、6番と並んで、おとなしい存在の3番。
1907年の作品。
あの2番から5年が経ち、欧州ロマン派的な要素から、一歩も二歩も抜けだし、民族主義的かつ、シンプルな古典的な雰囲気が強くなってます。
 このあとの、晦渋な4番にくらべると、牧歌的・田園的でもあり、ハ長の明るさも調和にあふれてまして、聴きやすい音楽です。

しかし、2楽章、繰り返される北欧的な旋律は、内省的でもあり、4番に通じるものもあります。
弾むような第1楽章は、一度聴いたら忘れられない気持ちよさ。
3楽章形式なので、3つめの終楽章は、このシンプルで可愛い交響曲が、思いきり盛り上がるクライマックスを持ってます。

バーミンガム時代に、30代にしてシベリウスを全曲録音したラトルは、さらにデビュー間もないころに、フィルハーモニアとも5番をロ置く音してます。
ベルリンでもチクルスを行ってますので、いずれ自主制作音源でも出てくるものと思います。

バーミンガムの頃のラトルは、縛られるものもなくて、そのレパートリーも含めて、思うように、やりたい放題一直線って感じだった。
その一方で、若さに似合わない、渋い大人びた音楽造りもする面もあって、面白い存在であり、コンビでありました。
 そんな感じの演奏が、この一連のシベリウスで、リズムのよさと、キレのいい弾みかたは、実に新鮮で、一方で、あっさりとしすぎの踏み込みの弱さもあったりです。
でも、3番は、こんな風な演奏がいいかも。

2018年にベルリンを卒業するラトルは、その時点で63歳。
ベルリンの後の指揮者も気になりますが、まだまだ若いラトルの、その後も気になりますね。
バイエルン、ロンドン、シカゴ・・、妄想は楽しいものです。

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