カテゴリー「ベーム」の記事

2018年12月23日 (日)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 ベーム指揮  ウィーン国立歌劇場

Tokyo_tower_tree_1

東京タワーの周辺もクリスマス。

幻想的な雰囲気に撮れました。

クリスマスに対する憧憬の想いは子供もころから変わらない。

そして、その憧憬の想いは、この作品に対しても、ずっと変わらない。

Wagner_tristan_bohem_1_2

ワーグナー  楽劇「トリスタンとイゾルデ」

 トリスタン:ジェス・トーマス      イゾルデ:ビルギット・ニルソン
 マルケ王:マルッティ・タルヴェラ    ブランゲーネ:ルート・ヘッセ
 クルヴェナール:オットー・ヴィーナー メロート:ライト・ブンガー
 牧童 :ペーター・クライン      舵取り:ハラルト・プレーグルホフ
 若い水夫:アントン・デルモータ

  カール・ベーム指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
               ウィーン国立歌劇場合唱団

            演出:アウグスト・エヴァーデインク

              (1967.12.17 ウィーン国立歌劇場)

こんな希少なトリスタンを聴きました。
ニルソンのイゾルデは、たくさん聴けるけれども、J・トーマスのトリスタンなんて、どこにも残されていなくて、ただでさえ正規なオペラ全曲録音の少ないトーマスの録音だからよけいにそうです。

これは、11月に買ってしまった31枚組の「ニルソン・グレイト・ライブ・レコーディングス」のなかのひとつ。

Nilsson_2

ニルソン財団の協力を受けて、各放送局に残るバイロイト、バイエルン、ウィーン、メット、ローマなどの上演ライブ放送をリマスターして正規音源化したものなんです。

このなかには、「トリスタン」は3種あり、サヴァリッシュのバイロイト(57年)、ベームのウィーン(当盤67年)、ベームのオーランジュ音楽祭(73年)がそれぞれ収録。
サヴァリッシュ盤は非正規のものを持ってるけど、音質が向上。
オーランジュ盤は、映像が有名だけれど、ステレオでちゃんとした音源では初。
そして、まったく初のお目見えが、ウィーン国立歌劇場盤だ。

ついでに、このボックスの収録内容は。
バルトーク「青ひげ公の城」 フリッチャイ指揮
ワーグナー「ローエングリン」 ヨッフム指揮バイロイト
ワーグナー「ワルキューレ」 カラヤン指揮 メット
ワーグナー「ジークフリート」3幕2場 スウィトナー指揮バイロイト
ワーグナー「神々の黄昏」自己犠牲 マッケラス指揮 シドニー
ベートーヴェン「フィデリオ」 バーンスタイン指揮 ローマ
プッチーニ「トゥーランドット」 ストコフスキー指揮 メット
R・シュトラウス「サロメ」 ベーム指揮 メット
R・シュトラウス「エレクトラ」 ベーム指揮ウィーン国立歌劇場、メット
R・シュトラウス「影のない女」 サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場

こんな感じで、不世出の大歌手ビルギット・ニルソンの主要なレパートリーを、これまで世に出ることがなかったものや、非正規盤であったものなどをしっかり網羅した大アンソロジーなのであります。
少年時代から、ニルソンのワーグナーにおける声を聴いてきた自分としては、まさに垂涎の一組となりました。

Tokyo_tower_tree_2_2

    --------------------

ウィーン国立歌劇場のベームのトリスタン、67年のプリミエの初日の模様で、音源はモノラル。よく耳を澄ませば、若干のテープヒスも聞こえるが、鮮明な録音で、この作品の視聴にはまったく問題ないが、3幕の一部に欠落があるように思う。
あと2幕の長大な二重唱に、因習的なカットがあって、2幕は66分と短くなっている。
面白いのは、1幕の終わりの方、ステレオのように聴こえること。

 それはともかくとして、オーケストラが完全にウィーンフィルのそれであること。
60年代のよきウィーンフィルの音色であり、しかもベームの指揮であることがうれしい。
ひなびた感じの管の響きは、郷愁と憧れを抱かせるのに十分だし、ベームに大いに煽られて切羽つまった音を出すのもウィーンならではの雰囲気である。
 で、そのベームの指揮。
この当時、62年から始まったヴィーラント演出のバイロイトでの上演が70年までずっと続いていて、ニルソンとヴィントガッセンの二人を主役に据えた、文字通り鉄板的な上演だった。7年間のなかで、65年と、67年はバイロイトでの上演はなかったが、DGの名盤66年盤の翌年のウィーンの記録という意味でも貴重なものだ。
 DG盤と同じく、早めのテンポで、凝縮した響きを求めて過度な感情表現はないものの、歌手と舞台とピットが、ベームの指揮の元に一体化していることを強く感じる。
オペラの中心が指揮者であること。
昨今の演出過剰の舞台での小粒になったオペラ指揮者たちにはない、強力な存在感を、このような録音からも聴き取れるのが、昔の音源の楽しさでもあります。
1幕のマルケ王のもとへの到着、2幕の二重唱、3幕のトリスタンの夢想など、いずれもライブならではの高揚感を味わえ、劇場に居合わせた聴衆はさぞかし興奮したであろうと思います。
録音のせいかもしれませんが、ティンパニの強打もそこかしこで、素晴らしくって、DG盤とはまた違ったピットないの音の魅力を感じる。

そして、最初から最後まで、安定していて、冷たくも凛とした神々しさをたたえるニルソンのイゾルデは、自分にとっては、相変わらず無二の存在を裏付けるものでありました。
イゾルデのあらゆるシーンと歌声は、自分にはすべてニルソンなのです。

 で、この音源の大きな目玉が、J・トーマスのトリスタンにあったわけであります。
2幕に省略があったとはいえ、トーマスのトリスタンを、自分としては初に聴けたのだ。
ワーグナーかシュトラウスか、第九ぐらいしか音源がなかったところに、このトリスタンはまったくの朗報。
知的で気品のあるトーマスの歌声だが、凛々しいトリスタンが媚薬にのって愛の男に転じるさま、そして2幕の美しい二重唱での艶っぽさ。
そして、3幕では、驚きのやぶれっかぶれっぷり!
こんなトーマス聴いたことなかった。
古い時代の肉太のヘルデンとは一線を画すスマートな歌唱でありながら、こうした爆発を聴かせるトーマス。まったくもって素晴らしいトリスタンとなりました。
カラヤンのトリスタンが、ヴィッカースになったのは、これを聴いちゃうと、ほんとに残念だけど、カラヤンはトーマスをジークフリートとして使ったけれど、カラヤンのトリスタンのイメージにはならなかったのだろうか。

バイロイトと同じ、タルヴェラのマルケ王のマイルドな美声は、ここでも聴けます。
あつ、ちょっと古風なヴィーナーと、名わき役のR・ヘッセの歌声も懐かしい喜びでした。

この演奏に名を連ねている歌手も指揮者も演出家も、R・ヘッセを除いては、みんな物故してしまった。
いまの新しい録音による、新しい歌手たちの演奏もいいけれど、わたくしは、こうした過去の演奏の方が落ち着くし、好きだな。
 もちろん、昨今の歌手たちは、べらぼうに巧くなったし、演技もうまいし、ビジュアルもいいんだけれども・・・。

このニルソン大全、喜びを感じつつ、ちょっとづつ聴き進めてますので、また記事にすることもあろうかと思います。
とくに、「影のない女」は素晴らしいし、ちゃんとしたステレオ。
あと、ベームと振り分けたスウィトナーのジークフリートの一部が、これもステレオで聴けます!

Tokyo_tower_tree_3_2

今年もあと1週間。

天皇陛下として最後のお誕生日のお言葉を拝見しました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年2月24日 (土)

高崎保男先生を偲んで

Tamachi_2

最後まで残っていた冬のイルミネーションですが、バレンタインの終わった週末を限りに、こちらも終了してしまいました。

このあたりは、旧薩摩藩の敷地で、幕末の出来事と所縁のある場所。
ビルの立ち並ぶエリアに、ぽつんと、勝海舟と西郷隆盛の会ったところ、などの表示があったりします。

Abbado_requiem

音楽評論家の高崎保男先生が、12月にお亡くなりなっていたそうです。

レコード芸術で、目立たぬように静かに記事になっていました。

故人のご遺志とのこと。

近年、ただでさえ、オペラの新譜が、ことに国内盤ではまったく発売されなくなり、レコ芸オペラ担当の、高崎さんの名評論がまったく読むことができなくなっていた。
しかし、ときおり出るソロCDなどで、今度は高崎先生の名前が見られなくなっていたので、ちょっと心配をしておりました。

そして、この訃報。

静かに去られた高崎先生。

わたくしが生まれて間もないころからずっとレコ芸のオペラ担当をされていらっしゃいました。
わたくしがオペラが好きになったのも、それから、クラウディオ・アバドが大好きになったのも、高崎先生の数々の文章があってのもの。

心に残るいくつかの記事を思いおこすと、今後活躍する指揮者の特集での「アバド」の記事。
オペラ評論での、「アバドのチェネレントラ」「カラヤンのトリスタン」「ベームのリング」「ヴェルデイ、オペラ合唱曲、アバド・スカラ座」「アバドのマクベス」「アバドのシモンボッカネグラ」・・・・数限りなくあります。

オールドファンの域に達しつつあるわたくし。
音楽を活字と共に味わう世代だったかもしれません。
今のように、あふれかえる音源を自由自在に受け止めることのできる時代とはまったく違う世の中だった。
高額だった1枚のレコードを擦り減るように聴き、そしてそれを買うにも、大切な指標となったのが評論家の先生の記事。
自分の想いと、波長のあう方のご意見なら間違いないと思う先生の存在がうれしかった。

そんな高崎先生でした。

同じレコ芸の、今度は巻末の訃報欄に、同じく音楽評論家の岩井宏之さんがお亡くなりなった記事が出てました。
岩井さんも、好きな音楽評論家でした。
やはり、アバドのことを高く評価し、さらには、神奈川フィルの役員もつとめられた方。

時の流れを大きく感じます。

高崎、岩井、両先生に感謝をいたしますとともに、その魂の安らかならんことをお祈りいたします。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年7月 8日 (土)

ワーグナー 「ローエングリン」 ベーム指揮

Kanda

1874年創建、1928年再建の神田教会。

ロマネスク様式の壮麗なる堂内は、東京の喧騒のなかにいることを忘れさせてしまうほどに、静謐な雰囲気。

そして、こうした教会の神聖なるイメージと、その舞台が結びついてるワーグナー作品はというと、「ローエングリン」と「パルジファル」、あと、市民が主役の市井の楽劇「マイスタージンガー」でしょうか。

タイトルロールが、親子で、聖杯守護の騎士であることでの「ローエングリン」と「パルジファル」。
パルジファルでは、聖体拝領の儀が堂内で行われ、まさに堂内が現場となるが、ローエングリンでは、2幕での教会の外側での出来事が描かれる。
教会に向かう幸せな二人に、ちょっかいをかける闇の側の住人。
オルトルートは異教徒だから、教会には入れません。

ということで、「ローエングリン」を。

Wagner_lohengrin

 ワーグナー 「ローエングリン」

   ハインリヒ:マルティ・タルヴェラ   ローエングリン:ジェス・トーマス
   エルザ   :クレア・ワトソン       テルラムント :ワルター・ベリー
   オルトルート:クリスタ・ルートヴィヒ 伝令士 :エーベルハルト・ヴェヒター 
   4人の貴族:クルト・エクヴィルツ、フリッツ・シュペルバウアー
           ヘルベルト・ラクナー、リュボミール・パントチェフ

     カール・ベーム指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
                   ウィーン国立歌劇場合唱団
                           演出:ヴィーラント・ワーグナー

                         (1965.5.16 @ウィーン国立歌劇場)


オルフェオが正規復刻してくれた「ベームのローエングリン」をようやく視聴。

音のあまりよくなかった放送音源からの板起こし盤と比べて、音の揺れも少なくなり、音にも芯が出て、明瞭なサウンドがモノラルながら楽しめるようになった。

バイロイトのように、正規録音スタッフがライブ収録してくれていたらと考えると、欲が沸いてくるが、それでもこの活気あふれる演奏が、ちゃんと聴けることを喜ばなくてはなるまい。

ベームは生前、ローエングリンなんてずっと4拍子で降ってりゃいいんだ、とのたまっていたが、まさに、そうしたシンプルなとらえ方をしつつ、ここでのベームの指揮は、音楽に抜群の生気を注ぎこんでいるように思う。
 ライブで燃えるベーム、ここでも本領発揮。
65年といえば、この夏、ベームは、バイロイトでヴィーラントのリング新演出を指揮。
その前、62年から、バイロイトでトリスタンやマイスタージンガーを指揮して、ヴィーラントと組んできた。
その延長上にあった、ウィーンでのローエングリンでもあった。

この時期に残されたベームのワーグナーのライブ録音と同じく、音楽は緊迫感を保ち、凝縮されたドラマ表現に寄与するように、大いに劇性に富んでいる。
それと、要所要所で見せる、たたみかけるような迫真の推進力をもっていて、1幕の後半と3幕の後半のドラマティックなシーンは、ほんとに素晴らしい。
ほかの指揮者では味わえない、熱いベームのワーグナーの醍醐味がここにある。

歌手たちも豪華。

60年代最高のローエングリン上演の布陣ではなかろうか。

気品あふれるトーマスのローエングリンは、数年前のケンペとの録音より、力強さが増した。
ルートヴィヒとベリーの暗黒面夫婦は、悪かろうはずがない。
実夫婦でもあるこの二人の共演は、数多くあるが、ちょっと弱気な旦那を、きつく締めあげるおっかないカミさんって感じで、「このハ〇ーー!」とか、「違うだろーーー」って聞こえてくるようだ・・・・・・ガクガク、ブルブル。。。。

タルヴェラのハインリヒも、いまとなっては懐かしい歌声で、とてもマイルドでいいし、ヴェヒターの伝令士のカッコよさは、のちのヴァイクルを思わせる。

クレア・ワトソンは美声で、ちょっとお人形さんだけど、この役は、これでいい。

1970年の大阪万博で来日したベルリン・ドイツ・オペラが、7つのオペラを持ってきたけれど、そのなかのひとつが、ヴィーラント演出の「ローエングリン」で、マゼールとヨッフムが交代で指揮をした。
私は、NHKが放送したものをテレビで見た記憶が、かすかにあって、指揮はマゼールだった。
とても神秘的で、きれいな音楽だなぁ~程度の印象で、暗闇で指揮をするマゼールを見つめていて、オペラ本編をそのあと観たかとうかは記憶にない・・・。
 しかし、この時の上演の写真を、数年後にワーグナー狂いとなって、見直して、ローエングリンという作品の視覚的な刷り込みが生じることとなったわけだ。

Lohemgrin_berlin

ウィーンでの、このライブ録音の舞台も、これと似た雰囲気のものではないかと推量し、このCDを聴くのも楽しいものだった。

そして、いまのウィーンでのローエングリンは、ホモキの演出で、指揮は、ネゼ=セガン、タイトルロールはフォークト。
劇場のサイトで、映像が少し見れるが、一瞬、魔弾の射手かと思ったし、建物内で行われる閉鎖空間が息苦しい・・・でも才人、ホモキのことだから、どんな仕掛けがあるのか!

あと、プラハの歌劇場で、カタリーナ・ワーグナーが、父ウォルフガンクが1967年にバイロイトで演出したローエングリンを、6月に、リヴァイバル上演したとの報を見つけた!!


Lohengrin
(プラハ放送局のサイトより)

詳しい情報は、こちらと こちら

ヴィーラントは、バイロイトでは、1度しかローエングリンを演出しておらず、マイスタージンガーとともに、バイロイトで好評だったのが、ウォルフガンクのローエングリン。

情報過多、読み込み過多の演出優位のオペラ上演界にあって、50年前の演出の復刻の試みは何を意味するのだろうか。
自身が、マイスタージンガーで風刺の効いた、当時少し過激な演出をしたカタリーナ。
次のトリスタンでは少し控えめとなり、そして、この復刻。
外部招聘の演出では、今年はポップなコスキーが登場して、大いに騒ぎとなりそう。

揺れ動く、バイロイトの当主だが、実験劇場たる存在で、古きも新しきも、おおいに玉石混合であって欲しい、というのが、いまのワタクシの思いだ。
本物の音楽さえ、保たれていればいい。
音楽の邪魔をしない演出ならいい。
こんな感じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 5日 (月)

モーツァルト セレナード第9番「ポストホルン」 ベーム指揮

M_2_2

丸の内、仲通り、恒例のイルミネーション始まってます。

年々LEDも進化し、明るさを増し、一方で消費電力もますます低減されているとのことが、丸の内のイルミネーションのHPに書かれてます。

社会人になった頃は、このあたりはビルだけの殺伐としたオフィス街だったし、70年代に過激派が起こした大企業を狙ったテロ事件も記憶にあって、あのときはビルのガラス窓も散乱し、死傷者がかなり出た。

ブランド店や飲食店が立ち並ぶ整然としたこの一角を見ると、過去のことが嘘のようだ。

M_1

暖かなウォーム・トーンの装飾。

いまは、これでいい。

これがいい。

Mozart_posthorn

  モーツァルト セレナード第9番「ポストホルン」

   カール・ベーム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

             (1970.5 @ベルリン、イエスキリスト教会)


12月5日は、モーツァルトの命日です。

いまから225年前の今日です。

そんな命日に、喜遊曲なんていうのもなんですが、ともかく最近、音楽に飢えてきたもので、かつての耳タコ的にお馴染みの、このベームの演奏を聴いてみたくて、取上げました。

このベーム盤は、もう10年も前に、このブログでも取上げてました。

大好きなこの曲、マリナーや、レヴァイン、アバドなども聴いてきましたが、あと、有名どころではセルとか、いまや廃盤のデ・ワールトとか、聴いてみたいものもたくさん。
 でも、やっぱり、このベーム盤が、自分には一番で、刷り込み盤なのです。

日本発売は、たしか、1971年の11月か12月。
あの頃は、レコード業界も、クリスマス系の音盤や、第9のアルバムばっかりを繰り出してきて、レコ芸の広告欄も、ヨーロピアンな雰囲気が満載となりました。

そんななかで、群を抜いていたのが、日本グラモフォンとロンドンレコード(キング)。
前者は、DGであり、いまのユニヴァーサルレーベルですよ。

ベームのポストホルンのジャケットは、前褐のとおり、ブルーとグリーンな夜の庭園のもので、ともかく、中学生の子供だった自分の想像力と夢想を大いに刺激するものでした。

そして、そのレコードを手にしたのは、ほどない時期で、茅ヶ崎のダイクマのレコード売り場でした。
カップリングの「セレナータ・ノットゥルナ」と併せて、何度も何度も聴きました。

この曲のイメージが、このベームとベルリンフィルの響きで出来上がってしまいました。

このシンフォニックともいえるセレナードは、喜遊的な側面とともに、どこかほの暗い部分も持ち合わせているけれど、モーツァルトを愛し抜いたベームの厳しくも優しい眼差しは、そのどちらのシーンも、はなはだ音楽的に誇張なく、自然体で表出しつくしてます。

そのある意味厳しさと優しさに、色を添えているのが、ベルリン・フィル。

豊かな広がりを感じさせる能動的なサウンドは、ともかく明るい。
ことに、この曲は、木管たちが大切。

当時のベルリンフィルの名手たちの、ギャラントとも呼べる華やかさと、同時に、お互いに聴きあいつつ繰りひろげる自在な音声空間がもたらす解放感。
聴き手のワタクシは、もう呆けてしまうしかない。
ゴールウェイ、ブラウ、コッホ、トゥーネマンたちでしょうか!

加えて、イエス・キリスト教会の豊かな残響をともなった美しい録音もステキにすぎる。

ウィーンフィルとではどうだったでしょうか・・・。

わたくしには考えにくいほどに、このベルリンフィルの音盤が、愛すべき存在なのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月10日 (日)

モーツァルト 「コジ・ファン・トゥッテ」 ベーム指揮

Tomita_a

もう、ここ千葉では、とっくに見ごろを過ぎてしまいましたが、千葉市富田の都市農業交流センターです。

船橋から東金にかけて、徳川家康が造らせた鷹狩のための道筋。
御成街道(おなりかいどう)をずっと下った千葉市若葉区にある農業公園です。

Tomita_b

紫に、赤に白・・・・こうして細かな花がたくさん集積して、一色に。
マスとしての美しさと、ひと花、ひと花の可憐さ。

明るく、陽気もいい。

さぁ、モーツァルトでも。

Mozart_cosi

  モーツァルト  歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」

      フィオルディリージ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ 
      ドラベッラ:クリスタ・ルートヴィヒ
      フェルナンド:ルイジ・アルバ
      グリエルモ:ヘルマン・プライ
      ドン・アルフォンソ:ヴァルター・ベリー
      デスピーナ:オリヴェラ・ミリャコヴィチ

   カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                ウィーン国立歌劇場合唱団
             演出:ヴァーツラフ・カシュリーク

                         (1969年製作)


モーツァルトの名作オペラ、「コジ・ファン・トウッテ」。

1790年作曲の、ダ・ポンテとのコンビの生み出したブッファで、同じ、ダ・ポンテ3大オペラ(フィガロ、ドン・ジョヴァンニ)の中でも、際立つ個性は少なめながら、アンサンブル・オペラとして、形式上も、ドラマ仕立ても、そして歌手たちのあり方も、シンプルでシンメトリーな構成が美しく完結しております。
 そして、その音楽は、ギャラントで、ロココ調な美質と抒情を有しています。

そんな「コジ」のわたくしにとって理想ともいえる映像作品が、ベームの指揮により、映画版。

Cosi_1

 予算上も、演出上も、いまやなかなかありえない、オペラの映画化。
60~80年代前半ぐらいまでが数は少ないけれど、全盛だったように思います。
その代表が、今回のベーム盤。
カラヤンのカルメン、カヴァ・パリ、ラインゴールド、ベームのサロメ、アリアドネ、レヴァインのトラヴィアータ・・・、いくつも名作が残されました。

そして、自分にとって忘れられない憧れのツールが、かつて存在した、「クラシック・イン・ビデオ」という製品です。

Video_1 Video_2

ポニー・ビデオ(いまのポニー・キャニオン)が、ポニー・クラシックという法人を設立して、家庭向けビデオと、カラヤンを中心とするビデオ映像作品をパックにして販売しておりました。
71年頃だったと思いますが、当時の価格で、38万円!
いまでは、その何倍もの感覚の金員ですよ!
子供心に、欲しくてたまらなかったけれど、そんなもの、一般家庭では、高嶺の花。
毎日、憧れと、想像力ばかりが高まるばかりの少年でありました。

それが、いま、映像作品も簡単に手に入るし、はるかに鮮明で、かつ豊かなサウンドで、いとも簡単に、それらの作品が楽しめる世の中になりました。
ほんと、この分野も隔世の感ありありですね。

Bohm

 さて、モーツァルトのオペラでも、「コジ」をもっとも得意にし、愛したベームですから、その音源も、非正規もいれると、ほんと、たくさんあります。
ですが、代表作は、74年のザルツブルク・ライブと、62年のフィルハーモニアEMI盤、そして、この映像版ということになるでしょうか。

理想的な歌手の顔ぶれは、それぞれの全盛期で、ビジュアルも歌声も言うことナシ。
そして、オーケストラがウィーンフィルで、69年当時のこのウィーンならではの芳醇な音色といったらありません。

Wpo

序曲は、オペラ全体に共通する、白基調のロココ風邸宅が、スタジオ内にしつらえられ、そこに懐かしのウィーンフィルの面々が陣取って、高座にいつもの、ニコリともしないベーム。

コンサートマスターは、ウェラー。その横には、やたらと若いヒンク。
フルートには青年のようなトリップ。オーボエはトレチェクかな。
つくづく、この頃から、ベームやアバドとの来日の頃が、ウィーンフィルにとっても、自分にとっても、いい時代だったな、とつくづく思います。

 オペラ本編は、ゴージャスなリアル衣装に、シンプルだけど、写実的な舞台装置に、本物ばかりの小道具。
鮮明な映像で、それらが実に見ごたえあります。
まさに映画ならではのリアル・カットで、往年の歌手たちの若き日々も、アップに耐えうるものです。

場面の転換ごとに、インターバルがあって、字幕による簡単なト書きや、場面説明があって、オペラの流れが無味乾燥にならず、とてもいい効果をあげております。
 さらに、ときおり、シルエット影絵も挿入され、登場人物たちの心象や、よからぬ妄想(ちょっとエッチだったり・・・笑)をあらわしたりもしてますよ。

ユーモラスな仮面を装着した、背景人物たちも含め、主役の歌手たちの演技は、今風でないことは事実ですが、モーツァルトの音楽の懐の深さは、これこそが、ぴたりと符合するように、ことに、わたくしのような世代の人間には、そう思われます。
同時に、昨今の時代考証を自由に動かし、いろんな意味合いを込めた現代演出にも、モーツァルトの音楽は、しっかりと似合ってしまうところが、すごいところなのですね。

ベームの「コジ」に、必須の歌手。
ヤノヴィッツ、ルートヴィヒ、プライ、ベリーの4人は、もう完璧で、愉悦と軽やかさ、そして軽妙さに加えて、しっとりとしたモーツァルトの品位を歌いだしていて、文句なし。

Cosi_3

ことに、揺れ動く心を、そのクリスタルな美声でもって聴かせるヤノヴィッツは素晴らしいと思います。
 ルートヴィヒもそうですが、声の揺れが気になる、方もいらっしゃるでしょうが、後年のよりも、声はハリがあって若々しくていいですね。

もちろん甘い美声に、しっかりとしたフォルムを持ったルイジ・アルバのモーツァルトは、ロッシーニ以上にステキなものだし、セルビアの名花ミリャコヴィチの狂言回しも楽しいですよ。

Cosi_2

ほのぼのと、モーツァルトのよさ、ウィーンフィルの味わいのよさ、そして往年の耳にすっかり馴染んだ歌手たちのよさ。
そしてベームのオペラの素晴らしさを堪能した土日でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年12月23日 (日)

ベートーヴェン 「フィデリオ」 ベーム指揮

Meroad_2012_1

樅の木の匂いも好きです。

大好きクリスマスツリーです。

1年の一時しか楽しめないのが残念でなりませんよ。

でも今日は、クリスマスとは関係ない音楽を。

Beethoven_bohm1

  ベートーヴェン  歌劇「フィデリオ」

   レオノーレ:グィネス・ジョーンズ フロレスタン:ジェイムズ・キング
   ドン・フェルナンド:マッティ・タルヴェラ ドン・ピツァロ:グスタフ・ナイトリンガー
   ロッコ:ヨーゼフ・グラインドル   マルツェリーネ:オリヴィア・ミランコヴィッチ
   ヤキーノ:ドナルド・グローベ    第一の囚人:バリー・マクダニエル
   第2の囚人:マンフレッド・レェール

    カール・ベーム指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団/合唱団

         演出:グスタフ・ルドルフ・ゼルナー

                  (1969、70 ベルリン)


ベートーヴェン唯一のオペラ「フィデリオ」は、わたくしはどうにも苦手でして、驚くべきことに、その音源をレコード時代からいまに至るまで所有しておりませんでした。
その音源をたどると、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、ベーム、カラヤン、バーンスタイン、ショルティ、ハイティンク、デイヴィス、アバド、ラトル・・・・・綺羅星のごとくの指揮者たちがその録音を、そのときの名歌手たちを起用して残しております。

それらをひとつも持ってません。
これまでは、FM放送のエアチェック音源で聴いてきましたから、曲の隅々まで把握はしております。ベームのバイエルン国立劇場の上演ライブです。

何故?といわれてもなかなか答えられませんが、モーツァルトのオペラにある人間の心の機微を照らし出したような万華鏡のような先天性、ワーグナーの劇的かつ有無をも言わせぬ壮大な総合劇音楽。でもベートーヴェンのオペラには、そうした力が欠けているように常に思ってました。

新国立劇場での上演も体験しましたが、妙に浮ついてしまった演出が歯切れ悪くて、上記の印象をやはり払拭できません。
そこで投入したのが映像によるオペラ映画としてのベーム盤。
購入3年目にして、ようやく視聴いたしました。

1

懐かしいベームの指揮姿、名歌手たち、それもワーグナー・メンバーの見事な歌唱、リアルで余計な解釈のない演出。
これらがわたくしの「フィデリオ」苦手を変えてくれるか?

そう、結果は上々でした。

これならいいかもです。

2

美しいソロや重唱、劇的なアリアなどが引き立つ無難な映像は、40年前のものとは思えないクオリティで、まるで夫婦愛を唱和するかのようなオラトリオのような「フィデリオ」を楽しむ最良の在り方のように思いました。
CDだと台詞が苦痛だし、当時の因習としての番号オペラの繋ぎと場面の居座りの悪さ、そのあたりがテレビドラマを見るようなこの映像作品では緩和して感じたのです。

初版から最終版まで、9年をかけて、3度も造り直した苦心のオペラだけれど、ベートーヴェンはオペラの世界では、革新性も幕開けも切り開くことができなかった。
でも、いまではそれもベートーヴェンと、納得して微笑ましく、このオペラが持つ素敵なアリアや重唱を楽しむとします。
それと、レオノーレ序曲第3番の挿入は、そのあとがあっけない幕切れだけに、かえって劇性を弱めるものとして不要に思えます。

5

でも、この物語はかなり無理とありえない理想とがありますな。
女性が男装して、娘の許嫁にまでされちゃうという無理。
ちょっと触ればバレますがな。
夫を埋める穴掘り作業についてきて、早く手伝えといわれても、なかなかやらないレオノーレ。しかも女性にゃ、そんな重労働はムリだよな。
極めつけは、悪漢ドン・ピツァロが刃を向け、そこに躍り出たレオノーレ。ピストルを手にしていながら、相手は手ごわい悪代官。そこに偶然、というかあまりのタイミングのよさでもって来訪する正義の味方の大臣さま。でも、ここでの緊迫感と鳴り渡るトランペットの劇的な効果。これは実にすばらしいです。
とってつけたような賛美の合唱によるフィナーレ。。。。
でもこれらを受け入れて真摯にベートーヴェンを聴いていこう。

厳しい眼差しのベームが繰り広げる劇的かつ緊張感の高い指揮によって、この映像はピシリと一本筋が通ってます。

4

若いデイム・ジョーンズの声の張りとその清々しさ。
キングのフロレスタンは、数あるヘルデンによるフロレスタンのなかで最高。

3

わたしにとっての「ザ・アルベリヒ」、ナイトリンガーの貴重な映像ははまり役。
グラインドルもタルヴェラも、いずれも懐かしい60年代バイロイトの充実期を担った人たち。

なんだかんで楽みました「フィデリオ」。
晴れて、アバドのCDを購入してみようか!

Meroad_2012_2

 過去記事

  「新国立劇場 上演 2006年」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年4月 1日 (日)

バッハ マタイ受難曲 ベーム指揮

Cloth

まだ梅の咲く頃、某教会にて、外壁にある十字架に日の光があたって輝いておりました。

今年の教会暦では、イエスが十字架に架けられた聖金曜日が4月6日。

復活祭は、4月8日(日)。

キリスト教国、ことにヨーロッパでは復活祭(イースター)は、クリスマスとともに大きな催しでにぎわい、連休も続きます。
キリストの生誕以上に、イエスの受難とその復活は、キリスト教の根源なので当然でありましょう。
海外の宗教的な意味での祭事が、日本では商業的な意味の催事になってしまうことのおかしさ。
それは、いまや中国でも同じみたい。

そして欧米では、各地で、バッハのふたつの受難曲がさかんに演奏されるのもいまこの時期。
われわれ西洋音楽を愛好するものにとって、イエスの十字架上の死を、見つめて考えてみるのに、バッハの受難曲ほど最上の作品はありますまい。

ウィーンでも毎年、受難曲が演奏されております。

Bach_matthuas_bohm

 バッハ  マタイ受難曲

   エヴァンゲリスト、T:フリッツ・ヴンダーリヒ
   イエス:オットー・ヴィーナー   S:ヴィルマ・リップ
   Ms:クリスタ・ルートヴィヒ    ペテロ、Bs:ヴァルター・ベリー
   ピラト:ペーター・ウィンベルガー ユダ:ロベルト・シュプリンガー
   ほか

   カール・ベーム 指揮 ウィーン交響楽団
                 ウィーン学友協会合唱団
                 ウィーン少年合唱団
                   (1962.4.18 ウィーン)


「ベームのマタイ」です。

これを見つけたときはビックリした。

そして、前段で書いた、これはウィーンのマタイ。
フルトヴェングラー、カラヤンもマタイを指揮していたウィーン。
マーラーもきっと演奏していたはず!

あとなんといってもヴンダーリヒが福音史家を歌っているのがベームの指揮と並んで魅力的。
ほかの歌手も当時のドイツ系歌手の最高の布陣で、このメンバーで「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が上演できます。

そして息をこらして聴くこと2時間30分。

少し短めなのは、カットがそこここになされているから。
リブレットを対比しながら確認した省略曲は、ソプラノのアリア「Ich will der mein Herz schenken」、バスのアリア「Gerne will ich mich bequemen」、コラール3つ。
そして、福音書に基づく人々のやりとりの一部。
ベームの考えによるものか、ウィーンの譜面か、通例かは不詳なれど、非常に残念ではあります。

重い足取りを感じさせる冒頭合唱から重厚かつ分厚い響きを感じこそすれ、最初は、普通に演奏しているバッハに思われ、なんのことはないな・・・、と聴いておりました。
そして、いまの編成少なめ、ヴィブラート少なめのバッハ演奏に耳も心も慣れている自分には、圧倒的な質量の響きにも感じます。

しかし、聴くほどに音楽に引き込まれてゆき、その音の物量にもすっかり慣れてしまう。
そしてベームの指揮にだんだんと熱が帯びてくるのがわかる。
正規のライブ音源でもなかなかお目にかかる(お耳に)ことのない、うなり声が目立つようになってくる。
いくつも繰り返されるコラールが、受難の進行によってイエスへの同情と人間への反省を強めてゆくと同時に、そのコラールが徐々に感情移入も強くなってドラマティックになってゆく。
通奏低音をかなり重厚に響かせ、ときに思わぬ強調をすることでも、福音の聖句や、レシタティーヴォを際立たせることになっている。
それとリタルダンドも曲の終結にかなり多用されるように感じます。
ベームの音楽造りには、あまり似合わないと思われるが、これも時代でしょうか、ウィーンの譜面でしょうか。
これもまた、曲の進行とともに、そして劇性を高めるとともに、効果を上げて聴こえるところが面白いところ。
ウィーンの管楽器の音色も、いまでは聴けないまろやかなものです。
こんな風に、ベームのマタイは、ストイックなものかと思ったら、歌手の選択もあわせオペラ的な様相のマタイに思いました。

歌手は、ヴンダーリヒの独り舞台といってもいい。
福音史家とテノール独唱をかね、歌いどころももっとも多い。
当時32歳、でもこのあと4年後に事故で亡くなってしまうこの美声の歌手で、マタイが聴ける喜びはとても大きい。
端正でクリーンな歌声は、福音史家にぴたりとはまるし、ときに思わぬ劇性を漂わせて聴き手を聖書の世界の一員のように巻き込む手腕は天性の嫌みのない清潔な歌唱ゆえ。
ペテロの否認を語るヴンダーリヒには思わず息を飲んでしまう・・・・。

そのあとのルートヴィヒも泣かせてくれます。
「Erbarme dich, mein Gott,」
~憐れみたまえ、わが神よ わたしの苦い涙をお認めください~
これほどに、誰しもの人間の心に宿る弱さを悲しみを持って歌った音楽を知りません。

若々しい、ヤノヴィッツやリップの鈴音のような歌声も魅力的です。

放送録音音源で、当然にモノラルですが、音はしっかりしていて聴きやすいもの。
いずれ、オルフェオあたりが正規に復刻してくれるものと思われます。 

最後の合唱 「Wir setzen uns mit Tranen nieder」
 ~わたしたちは、涙を流してひざまずき、
    お墓のなかのあなたに呼びかけます
   お休みください 安らかにと ~

この素晴らしい合唱が終わると、拍手はなく、おそらく聴衆はそのまま静かに感動を暖めながら帰宅したことでありましょう。
このような音楽には、そうありたいものです。

 マタイ受難曲 過去記事

 「グスタフ・レオンハルト盤」

 「ウィレム・メンゲルベルク盤」

 「ハンス・スワロフスキー盤」

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年2月 4日 (土)

モーツァルト「ポストホルン・セレナード」 ベーム指揮

モーツァルトのポストホルン・セレナードを聴く。この曲に関しては、ベームとベルリン・フィルが一番だ。昨夜、大阪アインザッツでマスターと共感したばかり。そこで聴かせてもらったヘンシェンとアムステルダム・フィルの演奏も管の国オランダらしく美しい演奏で驚き。

Posthorn_bohm 帰宅後、どうしても聴きたくて、ベーム盤を取り出した。やはりイイ。
手持ちのCDジャケットは陳腐だが、高校生の時に買ったレコードジャケットは本当に美しく、このイメージを音楽にもダブらせ引きずってきた。

何といってもベームのかっちりした指揮が良い。
そして、セレナードといいながら、交響曲のような構成感豊かな曲だけに、枠組みをしっかりつけたベームの指揮のもと、ベルリン・フィルが実に堅実な音を聴かせる。
名手たちが思いのほか色彩豊かに歌いまくる。
ベルリン・フィルの管楽器の響きは、私は大好きで、ウィーンのそれとはまた違った美しさをもっている。特に、当時のツェラー、ゴールウェイ、コッホ、ライスター、ピースクといった主席がお互いを聴き合いながら、実にギャラントな雰囲気を響かせている。3・4楽章はもう、うっとりとしてしまう超名演である。
イエス・キリスト教会の響きの豊かな録音もすばらしい。

ウィーン・フィルだったら・・・と思わせない、モーツァルトの名演。
レヴァインが後年ウィーン・フィルと録音しているが、あまりにリアルであっけらかんとしている。指揮者の格の違いであろうし、デジタル録音の初期の頃の潤いのない録音がマイナスになっている。ベームともう一度残して欲しかった。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

その他のカテゴリー

いぬ ねこ アイアランド アバド アメリカ音楽 イギリス音楽 イタリアオペラ イタリア音楽 ウェーベルン エッシェンバッハ エルガー オペラ カラヤン クラシック音楽以外 クリスマス クレー コルンゴルト コンサート シェーンベルク シベリウス シマノフスキ シュナイト シュレーカー シューベルト シューマン ショスタコーヴィチ ショパン スーク チャイコフスキー チャイ5 ツェムリンスキー テノール ディーリアス ディーヴァ トリスタンとイゾルデ ドビュッシー ドヴォルザーク ハイティンク ハウェルズ バス・バリトン バックス バッハ バルビローリ バレンボイム バーンスタイン ヒコックス ビートルズ ピアノ フィンジ フォーレ フランス音楽 ブラームス ブリテン ブルックナー プッチーニ プティボン プレヴィン ベイスターズ ベネデッティ ベルク ベルリオーズ ベートーヴェン ベーム ホルスト ポップ マリナー マーラー ミンコフスキ メータ モーツァルト ヤナーチェク ヤンソンス ラフマニノフ ランキング ラヴェル ルイージ レクイエム レスピーギ ロシア系音楽 ローエングリン ワーグナー ヴェルディ ヴォーン・ウィリアムズ 北欧系音楽 古楽全般 器楽曲 小澤征爾 尾高忠明 幻想交響曲 料理 新ウィーン楽派とその周辺 旅行・地域 日本の音楽 日記・コラム・つぶやき 映画 書籍・雑誌 東欧系音楽 歌入り交響曲 現田茂夫 神奈川フィル 第5番 若杉 弘 趣味 音楽 飯守泰次郎 R・シュトラウス