カテゴリー「カラヤン」の記事

2017年7月23日 (日)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」 カラヤン指揮

Mitama

7月15日の靖国神社、みたま祭り。

かつては、御霊祭りと書かれていたように記憶するけど、いまは、みたま祭り。

もう何度もここで書いているけど、社会人生活を始めた会社が、靖国神社のすぐそばにあって、新人1年目の夏に、同期で御霊祭りに行ったけれど、その頃は、よくある村の神社の夏祭りみたいで、屋台は各種たくさんあり、おまけに、お化け屋敷とか、明らかに昭和な感じの、ろくろ首などの見世物小屋なんかも。。。

いろんな経緯を経て、屋台・出し物を取りやめて、光の演出のもと、盆踊りや神輿、日本各地の踊りなど、シンプルな祭りが定着し、参拝と祭り参加の方々も、若い人たちに加えて、海外の方々がとても多くなりました。

いろんな思いを心に、しっかり参拝、そしてひとり、祭りを楽しみました。

Dvorak_karajan

ドヴォルザーク  交響曲第9番 ホ短調 「新世界より」

   ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                    (1964.3 @ベルリン、イエスキリスト教会)

このところ、外出をしない場合は、仕事をしながらでも、音楽を流していることが多くなった。
ながら聴きのたぐいだが、それが結構聴けちゃう。

交響曲の歴史をたどろうと、ハイドン前は端折って、そのパパ・ハイドンから始め、そうはいいつつ、全作無理だから、モーツァルトも同じように、後半の作品のみを。
ベートーヴェンに、シューベルトに、ベルリオーズに・・・・、そして、チャイコフスキーにたどり着いたら、思い切って、全作品を、と思い立ち、ネットで聴ける限りの作品を、オペラや器楽・室内もろとも聞き流し倒した!

そして、いまは、ドヴォルザーク中。
初期の交響曲は、なかなかにう~む・・・的だったけど、ふんだんにある室内楽作品やピアノ曲に魅せられた。
あと、声楽作品も素晴らしく、金太郎飴的な感じもあるが、どれもこれも、なみなみとしたメロディにあふれまくっているんだ。
オペラは、その音源自体がなくて、その大半は聴けないが、ルサルカだけじゃないよ、と確信。

後期に入って、新世界にアメリカに、いままでにない聴き方もできた気もする。

 それと、もうひとつ。
カラヤンを再び聴こう、という最近の思いだ。

恥ずかしながら、カラヤンの新世界は、初めて聴いた。
音楽入門の小中学の頃、なんでもかんでもカラヤンばかり。
でも新世界は、ケルテスを買ってしまったから、同じ曲の異演などは買うことができない少年時代だった。
 しかし、いつの日からか、アンチカラヤンに転じた自分。
オペラのカラヤン以外は、ことごとく聴かなくなった。

でも、いまは、60~70年代、DG時代のカラヤンを、当時聴けなかったという想いの裏返しもあり、少しづつ聴き始めたのだ。
カラヤン好きだった少年時代に刷り込みとなった、チャイコフスキー5番も、ほかの番号を、断片的だったベートーヴェンも、まったく手つかずだったブラームスもだ。

で、入手したカラヤンの新世界。

おー、なんてカッコいいんだろ。
この作品の、勇壮さや、郷愁感、爽快感、そんなイメージを、しっかりわしづかみにして、ベルリンフィルの高度な演奏能力を余すことなく開陳してみせた、そんな演奏。
 そんな行き届いた心地よさが、大昔の自分にはもどかしかったのだろうか。

クラシック聴き始めのころへのノスタルジーも、この時代のカラヤンを、やたらと聴いてみたいという想いを後押ししているかもしれない。

でもしかし、いま真摯に聴いてみて、きわめて音楽的で、どの楽器も思い切り鳴りきっているさまは、いまの高規格世界標準化してしまったベルリンフィルと同じではあるものの、まだまだローカルドイツの重厚さを保っていることも実感できた。

第2楽章には、ホロリときてしまった。
コッホが吹いているのかしら、フルートはツェラー、クラリネットはライスター、ホルンはザイフェルトかな・・・・なんて思いながら聴くのも楽しかった。

カラヤン、見直し中、ドヴォルザークのいろんなメロディも、日々駆け巡り中。

Komachu

靖国のあとは、神保町まで下って、ほっぴーなる、お神酒をいただきました(笑)

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2015年5月29日 (金)

「オペラ間奏曲集」 カラヤン指揮

Takt_1

色鮮やかな、イタリアンサラダ。

こちらは、東京都内だけど、湘南野菜だけにこだわったお店。

歯ごたえも楽しめ、野菜の甘みもたっぷりあるんですよ。

Takt_2

メインのお肉は、短角牛の香味ロースト。

柔らかくジューシーなお肉に、頬がとろけそう・・・。

ちょっと前の画像です。

知ってる人は知っている、いまは、こんな美味しい生活をしてませんワタクシです。

でも、たまには、いい。
あとで、調整するという生活のサイクルを身につければね。

Karajan

     「オペラ間奏曲集」  

 
  1.ヴェルディ 「ラ・トラヴィアータ」 第3幕間奏曲

  2.マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」 間奏曲

  3.プッチーニ 「修道女アンジェリカ」 間奏曲

  4.レオンカヴァルロ 「パリアッチ」 間奏曲

  5.ムソルグスキー  「ホヴァンシチナ」 第4幕間奏曲

  6.プッチーニ 「マノン・レスコー」 第3幕間奏曲

  7.F・シュミット 「ノートル・ダム」 間奏曲

  8.マスネ    「タイース」 瞑想曲

  9.ジョルダーノ 「フェドーラ」 第2幕間奏曲

 10.チレーア   「アドリアーナ・ルクヴルール」 第2幕間奏曲

 11.ウォルフ・フェラーリ 「マドンナの宝石」 第3幕間奏曲

 12.マスカニーニ  「友人フリッツ」 間奏曲

   ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1967.9.22 @イエス・キリスト教会)


今宵は、大好物の1枚を。

このジャケットからして懐かしい。

レコード時代、カラヤンのこのカッコいい横顔のジャケットは、ベートーヴェンの第9のゴージャスなジャケットと同じものでした。

そして、久しぶりに聴き直してみて、うめぇ~もんだ、と、思わず膝を叩くことになりました。

カラヤンとベルリンフィルが、もっとも、「カラヤンのベルリン・フィル」だった時代。

DGに大量の録音を、せっせと行っていた60年代。
ザルツブルクで併行上演中だった、リングも、ワルキューレやジークフリートの頃。
そんな大作に混じって、このような小粋なアルバムも、本気モードで録音してたカラヤン。

イタリア・オペラが中心ながら、ロシアとフランスも少し。

オペラ指揮者としてのカラヤンの面目躍如たるこの1枚は、序曲や前奏曲でなく、オペラ劇中の間奏曲=インテルメッツオばかりを集めたところがミソです。

オペラの中で、序曲や前奏曲は、劇全体の雰囲気を先取りした、いわばエッセンス的なものが多いのですが、間奏曲の場合は、劇の中の「つなぎ」「箸休め」的な存在。
そして、ドラマの進行のなかで、全体の話ではなく、直前に起こったこと、または、これからの幕で起こるであろう出来事を暗示したりもする役割を担います。

そんな間奏曲たちを、全力投球でもって演奏した、カラヤンとベルリンフィル。

ともかく、心をくすぐられ、痒いところに手が届くほどに、気が効いてるし、隙もなく完璧で、お上手。
特に、連綿たる旋律が、人工甘味料的な甘さと、怖いほどに美的に、滔々と演奏されるのは、耳の快楽であるとともに、イケナイものを聴いてしまった的な不安をも呼び起こします。
 それほどまでに、凄い魔力を持つこの1枚。

プッチーニ狂としては、そのオケ作品としては、もっとも大好きな「マノン・レスコー」が、世紀末の香りもぷんぷん、退廃的なまでに濃厚で、狂おしいほどの演奏です。
 全曲録音している、お得意の「カヴァ・パリ」も、実に堂に入った演奏で、うなりをあげるベルリンフィルの威力に、完全にお手上げになります。

「タイス」では、かのシュヴァルベの名ソロが、泣けるほどに美しい。
そして、カラヤンのチレーアも、実に貴重で、4幕の前奏曲でなく、2幕の間奏曲を選んだのが実に心ニクイ。
いじらしいほどに、ステキなチレーアの音楽の真髄を味わえるのだ。
この「アドリアーナ」に、「アンジェリカ」、「フェドーラ」は、いずれも大好きなオペラだけに、カラヤン節の一節でも録音が残されたのはうれしい。

しかし、純正なイタリア・オペラのカンタービレからすると、これら「カラヤンのベルリンフィル」の音は、正直、異質です。
あまりに、威力がありすぎて、嵩にかかったように鳴り渡る音の洪水は、しんどいことも事実。
「ノートル・ダム」と「友人フリッツ」にとくに強く、それを感じます・・・・。

ですが、豪華絢爛のエンターテイメント、ときには、こんな美味しいものを、次々にいただくのも、耳の贅沢というものです。

美味しゅうございましたheart01

いまや、姿を変えたベルリンフィルは、次のシェフを選べずに混迷してます。
あらためて、カラヤンの凄さを実感したし、大指揮者の時代、そしてアバドのような名指揮者の時代も、すでに過去のものになった感ありです。

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2014年12月 9日 (火)

チャイコフスキー 3大バレエ組曲 カラヤン指揮

Tokyo_tower4

東京タワーの足元には、毎年、この時期、大きなツリーとテーマを持ったイルミネーションが出現します。

そのテーマは、「くるみ割り人形」

Tokyo_tower7

映画化された「くるみ割り人形」です。

その映画は、3Dで、声優には、旬の有名どころがたくさん出てるみたいですよ。

http://kurumiwari-movie.com/

Tchaikovsky_karajan

  チャイコフスキー 3大バレエ・ハイライツ

      「白鳥の湖」

      「くるみ割り人形」
 

      「眠りの森の美女」

  ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮

           ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                (1961,65 @ウィーン、ゾフィエンザール)


さすがに映画のくるみ割りには、縁がなさそうな自分ですが、こちらは、かつての昔より、聴き親しんでまいりましたね。

「くるみ割り人形」は、全曲もコンパクトだし、全編に渡ってファンタジーの世界だから、軽く聴けちゃうけど、ほかのふたつの全曲を聴くのは、ちょっと構えてしまいます。
なんたって、「眠りの森」の方は、全曲盤すら持っておりませんで。

バレエ観劇もしたことないし、映像でも「くるみ割り」以外は、全部見たことないし。

だから、組曲版は、重宝しますし、CD時代になって、3つ一緒に聴けるのも嬉しい。

中学の音楽の授業で、必ず聴かされる「くるみ割り」ですが、当然にクラ好きのワタクシですから、レコードも持ってました。

それは、当時、まったく画期的だった、驚きの1000円のレコード、日本コロンビアのダイアモンド1000シリーズの中の1枚でした。

1000

ヨーロッパ各地の写真をあしらったジャケットは、70年当時、クラシック音楽の本場へのあこがれも相まって、気分を高揚させるものでしたね。
 レコードですので、「眠りの森」は、入ってませんが、その演奏は、このシリーズで名をあげた(?)、もう一人のワルター、ハンス・ユイゲン・ワルター指揮する、謎のオケ、ハンブルク放送と、プロ・ムジカ管。
プレーヤーを導入して、もう一度、聴いてみたいぞ。

「眠りの森」は、その後、コンサート・ホール・レーベルのマゼールの抜粋盤の一部を入手しました。

Maazel

画像は拾いものですが、これもまた、復刻希望ですな。

でも、くるみ割りとか、白鳥の湖とか、クラヲタになりつつあった、中高生になると、偉そうに小ばかにしてしまう傾向があって、見向きもしなくなりましたね・・・・。

そんな自分が、買ったのが、ロンドン・レーベルがついにカラヤンのデッカ録音を、1300年の廉価盤として限定発売したとき。

これを聴いて、目が覚めるような思いを味わいましたね。

なんたって、安い装置でしたが、それがよく鳴るいい音、いい録音。
そして、思わずのめり込んでしまうような、巧みなカラヤンの歌い口のウマさ、その魔の手にまんまとひっかかってしまったのでした。
あと、なんたって、したたるような、まさにウィーン・フィルの音色。

CDでいま聴いても、同じ感想です。

60年代、ウィーンフィルが、ウィーンフィルであった頃。
ゾフィエンザールでの、カルショウ、G・パリーのコンビが生み出した名録音のひとつ。
同時期に、ショルティのリングが録音されてるわけですよ。
丸みをおびた、暖色系の音色は、ちょっと鄙びた木管や、鋭くない金管とともに耳に優しい。
独特のポルタメントの一味がある、ふるいつきたくなるような弦。
 それらを、カラヤンは、抑えることがなく、ソフトムードでもって活かしているように感じます。
 のちのベルリンでの再録音では、その巧みさが、少し鼻につくようになりますが・・・・

ヴァイオリンソロは、ヨゼフ・シヴォー。チェロは、ブラベックです。

古き良き時代と断言しておきましょう。

 歳を経てもかわらぬウィーンのイメージであります。

3大バレエ組曲ならば、このカラヤン盤と、プレヴィン盤がお気に入りです。

そして出来れば、プレヴィンはウィーンでも録音して欲しかった。

Tokyo_tower3_2

いつまでも、夢見るオジサンです。

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2013年8月 9日 (金)

ヴェルディ レクイエム カラヤン指揮

Gote

クリスチャンだった叔父の墓地にて。

そこに佇むのは、わたくしの母です。

教会の共同墓地ですが、清々しさ漂う安寧の場所に感じました。

無情な雨も清らかに思えます。

人を死を悼む気持ちは、太古の昔から変わらず、亡き方々を偲び、手を合わせるのは、人間としてあたりまえの思いです。

今年もまた、広島、長崎、そして終戦の日と、8月の暑い夏を迎えております。

Verdi_requiem_karajan

  ヴェルディ  レクイエム

   S:ミレルラ・フレーニ    Ms:クリスタ・ルートヴィヒ
   T:カルロ・コスッタ      Bs:ニコライ・ギャウロウ

  ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                       ウィーン楽友協会合唱団

                    (1972.1 @イエス・キリスト教会、ベルリン)


毎年、8月のこの時期に聴く音楽です。

ヴェルディのレクイエム。

そして、ブリテンの戦争レクイエム。

さらに、ここ3年ばかりは、佐村河内守のHIROSHIMA交響曲。

死者を悼み、決してまた歩んではならぬ道を思う。
そして、家族や親類との絆を確認する、正月と並ぶ希少な時期。
子供たちへも伝えて生きたい、日本の夏です。

ヴェルディのレクイエムは、ヴェルディのオペラを初期のものから連続して聴いている自分にとって、そのオペラの延長上に位置する音楽であると同時に、かつては、ヴェルディのオペラをろくに聴かずして、その一番劇的な、ディエス・イレにみに着目して夢中になった初期の受け入れ時期と、ふたつの顔を持ちます。

しかし、歳を経て、ヴェルディの歌心と、オペラへの情念、したたかなまでのオペラというカテゴリーへの挑戦ぶり。
そんな作曲家の姿を知るにつれ、このレクイエムの存在が大きくなり、親しみもさらに増しております。

宗教曲としてのレクイエムに、イタリアのオペラを一身に背負ったヴェルディが持ちこんだ、極めてオペラティックな様相。
これは、そのオペラを聴いてみなければわからなかったこと。
通俗的なまでに有名な、アイーダや椿姫(トラヴィアータ)、リゴレット、トロヴァトーレ・・・ばかりでなく、初期の血のたぎるような作品や、中期の苦み走ったような作品、そして後期の悟りの世界に通じるような悲喜劇。
これらをしっかり把握して聴く、「ヴェルディのレクイエム」の素晴らしさと恐ろしさ。

その旋律は、メロディメーカーのヴェルディならではの、どこまでも続く歌、また歌、という様相で解釈できます。
レクイエムの要素である、人の死を美しく送り出すという概念にぴたりです。

一方の劇的な様相は、数度にわたる「ディエス・イレ」の万人が求める激しさでもって凝縮されております。
しかし、この曲の核心は、ここでもなければ、トゥーバミレムでもなく、全体を共通して流れる歌、それもカンタービレ、歌心でしょう。
禁欲的にあればならぬ、死者のためのミサ曲=レクイエムにあって、歌心というのは、ドイツ系の音楽ではありえないことでしょう。

その本質を、響きを解放させ、その壮麗さでもって、華やかになる直前まで持っていってしまったのが、カラヤンの演奏です。
カラヤンのヴェルレクは幾多ありますが、わたくしはこの音盤以外は知りませぬ。
中学時代に買ったこのレコードは、2枚組で豪華カートンボックスに入っていて、畏れ多い雰囲気でした。
ヴェルディのオペラを同時進行で、NHKのイタリアオペラでもって聴いていった時期。
「トラヴィアータ」「アイーダ」「オテロ」までは聴いていて、このレクイエム。
そのあとは、しばらくしての「シモン・ボッカネグラ」でもって、またヴェルディの印象や、そのレクイエムの印象も変わった。
そんな、1974年頃の出会いでした。

カラヤンのヴェルレクのあと、知った、「アバドのヴェルレク」。
実は、これがいまもって絶対的で、カラヤンの演奏にある上手さを、完全に消去したような真っすぐ感あふれる求心的なヴェルレクだった。
正直いって、「アバドのヴェルレク」に勝る演奏は、わたしにとって、この世にないものと思ってます。
カラヤン盤の「甘味さ」は、いま聴くとちょっと辛いもものがありました。
ギャウロウのコントラスト豊かな歌や、コスッタの美声、ルートヴィヒの少しのヴィブラートも、いまの耳には少し驚きでした。
しかし、90分の完成された油彩画のような鮮やかな大伽藍は、一方では耳のご馳走であり、刺激でもあります。
こんなにまで、完璧に音楽を美的に極め尽くすことの凄さを体感できます。
カラヤンは、あらためてスゴイと思いました。

そして、そんなカラヤンがあってもなくても、ミレッラ・フレーニの歌とその存在は芸術品です。カラヤンなんて関係なくフレーニなところ、素晴らしいのです。
アバド盤とまったく変わらぬフレーニさまです。

過去記事 ヴェルディ「レクイエム」

「アバド&ミラノ・スカラ座」

「バーンスタイン&ロンドン響」

「ジュリーニ&フィルハーモニア」

「リヒター&ミュンヘン・フィル」

「シュナイト&ザールブリュッヘン放送響」

「アバド&ウィーン・フィル」

「バルビローリ&ニューフィルハーモニア」

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2013年5月24日 (金)

ヴェルディ 序曲聴き倒し

Sagar1

わたくしの育った町の海。

ここでは1度引っ越してますが、最初のお家は、もう海辺まですぐ。

いつも海風に揺れる松の木のこずえの音が聴こえたものです。

台風のときは、それは怖かったですよ。いまと違ってすぐ停電しちゃうので蝋燭一家でした。

それはそうと、ここしばらく音楽が忙しい。

毎度書きますが、わたしの人生、最初で最後ともいえるアニヴァーサリー作曲が3人もいる年ですから。
ブリテンは、いずれまた集中することとなりますが、いまはワーグナーとヴェルディ。

ワーグナーの誕生日を22日に迎えたばかりのところへ、24日は、神奈川フィルの演奏会がヴェルディなんですから。

  ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲

        Vn:三浦 文彰

  ヴェルディ   「アイーダ」序曲  「シチリア島の晩鐘」序曲

            「運命の力」序曲  「ナブッコ」序曲

            「ラ・トラヴィアータ」前奏曲

            「アイーダ」凱旋行進曲とバレエ音楽

    現田 茂夫 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

     2013年 5月24日 PM7:00 みなとみらいホール


ちょっと奥手なベートーヴェンの協奏曲。
若い三浦君は超越技巧ばかりでない、なにかをきっと聴かせてくれそう。
わたしのこの曲への苦手意識を解いてくれ!

そして、後半は、聴くわたくしもお得意の、現田さん自家薬籠中のヴェルディ!
悪かろうはずがありません。
輝かしい神奈川フィルの音色もきっと満開になる初夏の夕べ。
しかも、「アイーダ」はシンフォニア(序曲)バージョンをやってくれちゃう。
ほかのオケでは考えられない、すんばらしいプログラムじゃありませんか!

ヴェルディ愛のワタクシ、きっと椅子に座っていられないくらいに興奮してしまうかも。
ブラボーこいちゃうかも。
現田さんに抱きついちゃうかも?

昨日のワーグナー生誕祭に続いてのヴェルディ祭り。
今年上半期のわたくしの音楽生活のひとつのピークであることは間違いありません。

Verdi

以前、「運命の力」序曲をイタリア5大指揮者で聴きまくる記事を書きましたが、こんかいも、それらの音源をベーズにコンサート演目の序曲をそれぞれに聴きまくりました。

 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団
                           (1959)

 クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団
                           (1977年)

 クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                           (1995年)

 リッカルド・ムーティ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団
                           (1993年)

 リッカルド・シャイー指揮ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
                           (1982年)

 ジョゼッペ・シノーポリ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                           (1983年)


イタリア人指揮者たちのこれらの演奏。
正直言って、どれも素晴らしくって、これより上手い演奏、(たとえばカラヤン、)はあるだろうけれど、イタリア人が持つ生来の歌魂がここにはあると思う。
母親のお腹のなかにいるときからきっと聴かされてきたヴェルディの音楽、いや、その母親もオペラの一節を口づさんでいたに違いない歌がそのDNAに完全に血肉化しているゆえの歌心。

お国ものは、ときに停滞やルーティン化を生んでしまうものでありますが、彼ら優秀な指揮者たちは、オペラを指揮する一方で、偉大なコンサート指揮者でもあります。
オペラティックであるとともに、シンフォニックなその切り口は、オペラの幕開きを予見させるとともに、その序曲一曲だけでも完結感にあふれた演奏を行ってまして、こうして連続して次々に聴いても飽きることがないのです。

それぞれに、わたしが感じる特徴を端的に述べると、歌いまくりの熱いヴェルディが意外や若きジュリーニ、シンフォニックななかに歌を解放して見せた高度な演奏のアバドLSO。
オケの機能を活かしきって光彩陸離たる輝かしさを弾き出しつつ、ヴェルディならでは爆発を聴かせるアバドBPO。
遊びが少なく楽譜の力を信じつつ、これまた意外にも味わい深いムーティ。
構えが大きく、一番コンサート映えする勇壮な若きシャイー。
ウィーンの柔らかな音色と鋭い切れ味の指揮とのアンマッチングが面白いシノーポリ。

そして、「運命の力」にはもうひとつ忘れられない演奏が。

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  ヴェルディ 「運命の力」序曲

   ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                          (1974年)


カラヤンのヴェルディ序曲集は実は未聴。
「運命の力」のみ、その少し前に癌撲滅運動チャリティーのレコードで新録されたものを、それこそすり減るほど聴いた。
ドイツ人が、ヴェルディの序曲をこんなに輝かしく、力強く、美しく演奏するんだ!
それが真っ先の驚きで、べらぼうにウマいベルリン・フィルの威力にひれ伏すばかりの高校生でした。
その少し前、ハイティンクとコンセルトヘボウの同曲のレコードがお馴染みとなっていましたが、それは立派な演奏ながら、上には上があるもんだと感嘆することしきりでありました。

もうひとつ、この曲の思い出を。

1975年のウィーンフィルの来日。伝説のベーム公演に往復はがきで何枚も応募したけれど、すべてハズレ。ついでに出したムーティの日本デビュー公演はいとも簡単にアタリ。
ごく普通の名曲のコンサートのアンコールは、「運命の力」。
この鮮やかさと、駿馬のような見事な快走っぷりに、ムーティの本領を見て聴いた。
ともかくカッコいい以外のなにものでもありませんでした。
その演奏会のライブがCD化されたそうな。
嬉しいやらなにやら・・・・。

よし、神奈川フィルのコンサートは、思いっきり楽しむぞーーnote

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2013年4月22日 (月)

ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 カラヤン指揮

Waterras


神田淡路町、すなわち、秋葉原と地下鉄淡路町や新お茶の水、お茶の水が至近のアリアに忽然と立ちあがった、高層住宅、オフィス、商業複合の巨大な建築物。
それが「ワテラス・タワー」。
「Waterras」という英名は、神田川のウォーターフロントだし、テラスを意識した、オープンスペースな空間が取り入れられたゆったりエリア。
億ション系が中心なそうだが、完売に近いらしい、・・・・はぁ。。。

へそまがりなので、この手の空間開発は全然好きじゃないです。
地価がますます上がります。
元来、下町で、この地区に住んでいる方々が難渋します。
商売(仕事)が、地価に完全にリンクされて、実態化から遠ざかり、ますます普通の人々から遠ざかり、東京ブランドを特級化して非庶民化してしまいます。

東京も二分化しつつあり、都心とそうでない地区。

都心以外でも、かねて策定された都市計画アリアがあり、それが時代の流れを無視して実行化しつつあるところもあり、それでもまだ計画実行中のエリアあり・・・、いろいろです。

しかし、なにもない地域からしたら、まさに一極集中です。

さまクラの街歩きは、こんな風に、いつもマイナスイメージを喚起するばかり。

でももう、どうでもいいやあ。

音楽の嗜好も遡り、ますます過去に軸足を求めるばかり。

ところが、過去聴いてた最高と思っていた演奏も、時間の経過とともに疑問符がつき出すという寂しい事象もあります。

Wagner_die_meistersinger_von_nurnbe

  ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

 
 ザックス:テオ・アダム      ポーグナー:カール・リッターブッシュ
 フォーゲルゲザンク:エーベルハルト・ビュヒナー ナハティガル:ホルスト・ルノウ
 コートナー:ゾルタン・ケレメン ベックメッサー:ジェレイント・エヴァンス
 ツォルン:ハンス・ヨアヒム・ロッチュ アイスリンガー:ペーター・ベンツィス
 モーザー:ホルスト・ヒーステルマン オルテル:ヘルマン・クリスティアン・ポルスター
 シュヴァルツ:ハインツ・レー     フォルツ:ジークフリート・フォーゲル
 ヴァルター:ルネ・コロ         エヴァ:ヘレン・ドナース
 ダーヴィット:ペーター・シュライアー マグダレーナ:ルート・ヘッセ     
 夜警:クルト・モル

  ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
                       ドレスデン国立歌劇場合唱団
                         (1970.11@ドレスデン ルカ教会)


もう何度目か不明のワーグナー連続シリーズは、「マイスタージンガー」です。
そしてなにをいまさらの、カラヤン盤。
東西ドイツがびんびんに健在だった頃の1970年。
政治的にはいまの南北朝鮮と同じように憎悪しまくっていたけれど、音楽の交流は豊かだったことに、いまや本当に感謝したいです。
東西交流で生まれた素晴らしい音源も数知れません。

壁崩壊の前にドレスデンとベルリンを中心で録音された魅力の音源の数々は、西側の指揮者たちによってもたらされたものも多い。
なかでも70年代からドレスデンとこぞって共演する指揮者たちが続出。
ベーム、ヨッフム、ケンペ、カラヤン、アバド、小澤、クライバーなどなど。

カラヤンは、ザルツブルクで定期的にドレスデンと共演していて、そちらの音源化も期待できますが、なんといっても、このワーグナーの大作録音がこの組み合わせが一番の成果にあげられます。

Meistersinger_2

高性能のベルリンフィルを何不自由なく使えたのに、わざわざ、東ドイツへ出向き、ローカルな歌劇場のオーケストラを使って録音するなんて・・・・。
当時、中学生で、カラヤン離れを起こしていなかった頃で、カラヤンとベームのワーグナーには憧れにも似た信頼感を持って接し、待ち望んでおりました。
シュターツカペレという呼称がまだついておらず、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団という名称が正式のものとして受け入れられていた時期です。
ほぼ子供のわたくしには、歌劇場のオーケストラというところがどうにもフィルターがかかっていたところで、なんでカラヤンが?という印象でした。
 しかし、そんな稚拙な思いも、レコ芸の評や、ドレスデンのオケをもっと知ることによって吹っ飛び、よくぞカラヤン、やってくれましたとその演奏を実際に耳にしてみて思うようになったのです。
初めてこの全曲を聴いて、もう30年くらいになります。
途中、摘み聴きはありますが、全曲本格聴きは、もしかしたら20年ぶりくらいかも。

当時まだ、ふくよかで、厚みのあるサウンドのなかにマイルド感もたっぷりあったドレスデンのオーケストラの響きは、いま聴くととても懐かしく感じられる。
ことに、第3幕の前奏曲のホルンと金管の夢幻的なまでの美しさ、そこに絡む低弦の底光りするような味わい深さ。
ドイツの深い森から響いてくるような音色をここに体感できます。
さらに、3幕後半、ロマンティック極まりない5重唱から、音楽は祭典の場へ移行していきますが、カラヤン独特のテヌート気味な盛り上げの壮大さと完璧なまでの高揚感の見事さ。

一説によると、当初、指揮者はバルビローリだったが、カラヤンがここでドレスデンにこだわったことが、この音色を聴くとよくわかります。
「マイスタージンガー」は、よく親方たちがその主役だとも、または、ニュルンベルクの街そのものが主役ともいわれますが、ここでは、カラヤン指揮するドレスデンが主役です。

Meistersinger_1


いまでは想像もつかない、オペラのスタジオ録音。しかも東側に2ヶ月間陣取っての録音は贅沢なもので、細部にわたるまで、オーケストラは雄弁かつ緻密に仕上がってます。
実はこのオーケストラの濃密感に、今日は酔いつつも、疲れてしまうという結果にもなったのです。なんという贅沢なことでしょうか。
あっさり気味、没個性的、無国籍のオーケストラ界に当方の耳が変化しつつあるのだ。
昔は、こんな個性のあるオーケストラばかりを普通に聴いてたわけだし、その聴き方も一生懸命だった。

オーケストラ主体とはいいつつも、歌手も顔ぶれも豪華絢爛。
隅々にいたるまで、当時の東西ヨーロッパで活躍していた歌手ばかり。
テオ・アダムの凛々しいザックスを要に、ふんだんなく美声を聴かせるルネ・コロ、あまりに美しい声のリッダーブッシュ、快活な兄さんシュライアー、夜警のちょい役に若かったクルト・モル、ワーグナーを歌うなんて考えられなかった可愛いドナートに、奥行きを与えてくれる名メゾのルート・ヘッセ。
アンサンブルとしても完璧だと思います。

しかし、わたしの耳には、いまはどうしても抵抗のあるのが、ベックメッサーを歌うエヴァンス。歌い口や声による演技が巧いのはわかるけど、あまりに軽薄すぎて調子に乗りすぎ。
最初に聴いたときはそんな風に思わなかったのに。
ワーグナーの喜劇だから、思いきりコミカルに、唯一のいじられ役だから・・・・。
いまは、そんなベックメッサーにも温情がかかり、演出上では、普通の真面目人間だったり、最後は笑い物にならずに、仲間のひとりとして受け入れられたり、もっと腹に一物を持つ人物として・・・などなど、いろんなキャラクターを付与されるようになりました。
録音上で聴く場合でも、その歌唱は過度の演出を交えず、ザックスやヴァルター、親方たちと対等に存在するように聴こえるように。

Meistersinger_4 (カラヤンとエヴァンス)


だからエヴァンスのベックメッサーはやりすぎの過剰歌唱に感じました。
カラヤンのオーケストラも、ここぞとばかり面白おかしく上手く付けるものだから、よけいにそう思ったのです。

もちろんそうは思わない方々もいらっしゃいましょう。
オペラにおける、「笑い」のあり方が、年月とともに変わりつつあると思います。

「リング」の「ジークフリート」の第2幕と第3幕の間に書かれた、ふたつの巨大な傑作、「トリスタン」と「マイスタージンガー」。
半音階とハ長の正反対の性格をもつこのふたつ。
「リング」と「パルシファル」とともに、ワーグナーを愛するものにとって大事な兄弟作品です。
古い録音でも、新しい録音でも、時代の流れを感じながらも、こうして等しく聴くことができる喜び。
そしてオペラ鑑賞の主体は、音源から映像へ主体が変わっても、思い出深いCDやレコードは、わたくしのもっも大事なものなのです。

ただ残るのは、この先何回聴けるか、との不安の思いのみなのであります。

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2013年1月10日 (木)

チャイコフスキー 「白鳥の湖」 カラヤン指揮

Wadakura_1

去年暮れに撮影した皇居の和田倉濠。

ここには白鳥がいつもいて優雅に泳いでます。

この日も、橋のたもとに立って眺めていたら、前方の橋の方から、こちらめがけてスイスイとやってくるじゃありませんか。

そのすぐ後には、どう見ても必死こいて着いてくる可愛い鴨ちゃんが。

Wadakura_2

これがその鴨。

自分も白鳥の仲間と思ってのことでしょうかねぇ。

カワユス

Tchaikovsky_karajan

   チャイコフスキー バレエ組曲「白鳥の湖」

 

  ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                         (1971.1 ベルリン)


新春名曲シリーズは「白鳥の湖」。

バレエ音楽の王様。夢見るような名品。この旋律を知らない人なんて存在しない。

恐るべきことに、ワルツ以外、さまクラ初登場の「白鳥の湖」。

バレエ音楽が苦手なわたくしは、バレエという舞台を生れてこのかた見たことがありませぬ。
映像も、チャイコフスキーの3大バレエや、ロメオもビデオ撮りしてあるものの、最後まで見通したことがありませぬ。
くるみ割りと、ロミオ以外は、音源でもろくに全曲聴いたこのもないこのワタクシが、唯一、映像で最後まで見きったのは、ブリテンの「パゴダの王子」のみというへんてこぶり。

食わず嫌いは、いけませんね。

でも組曲は得意ですよ。

「白鳥の湖」は、ハンス・ユイゲン・ワルターのダイアモンド1000シリーズのレコードが刷り込みで、その後愛聴したのが、カラヤンとウィーンフィルのデッカ盤。
かのワルター盤は、いまはどんな演奏か思いだせないけれど、この曲のなんたるかを知った懐かしい演奏で、一方のカラヤン盤は、ロンドンレーベルがカラヤンを1300円廉価盤化した時のもので、ゴージャス感とウィーンのまろやかさ、デッカの鮮やかな録音がいまでも思い出せる1枚でした。

そしてその後のカラヤンの再録音がDGのこちら。
ベラボーにウマいベルリンフィルが、真剣にこの名曲と対峙してるさまが感動的(?)
オーボエは、ローター・コッホでしょうか。その後の弦によるかの有名な旋律の繰り返しは、
あまりに雄弁。
手抜き一切なしのカラヤン節は、次のワルツでは、テヌートぎみに鼻腔をくすぐる甘さと堂々たる居ずまいに圧倒されます。
昨年亡くなったシュヴァルベのソロが圧巻の情景。
あぁ、なんて美しいんでしょうか。
そして最後のカラヤンとベルリンフィルの威力がこれでもかというくらいに味わえるラストシーンは、映画のクライマックスさながらの大フィナーレ。
これでもかと容赦ないくらいに聴き手を圧倒してしまいますが、そこにあるのはかつて若い頃は、なにををこまでの空虚感でしたが、何十年も音楽を聴いてきたいま、カラヤンの演奏は、味気ない乾燥しきった演奏ばかりの昨今に対するアンチテーゼのように豊かに、雄弁に響き渡るのでした。

前日のカムさんとは格違い。
恐るべしカラヤン&ベルリンフィル。

Wadakura_3

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