カテゴリー「幻想交響曲」の記事

2015年10月 7日 (水)

ベルリオーズ 幻想交響曲 ティチアッティ指揮

1

10月の小便小僧は、もろ、ハロウィーンでした。

本来は、ケルトに由来する季節の変わり目を意識した、収穫祭プラス魔除け的な宗教儀式だったハロウィーン。

かつては、アメリカの物量的な豊かさの象徴的なリッチなお祭り、みたいに自分には映っていて、「奥さまは魔女」とか、ピーナッツの漫画「スヌーピー」で観て、そんなものがあるのか的な遠い事象でした。

しかし、気づけば、わが日本では、そんな由来・起源なんて、まったく関係なく、クリスマスやバレンタインを宗教性とは無縁のカレンダー上の季節のお祭りにしてしまった国柄ですから、毎年、大盛り上がりとなっております。

まぁ、それはそれでいいとして、わたしのようなオッサンは、ただそれを眺めるだけで、お部屋で静かに音楽でも聴いているに限りますな、秋の夜長ですからして。

今年の10月31日は、土曜日ですから、さぞかし賑やかな終末になることでしょうな。

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浜松町の小僧クンも、ほれ、ご覧の通り、かわゆくなってますよ。

ほんと、よく出来てる。

Hamamatsucho_201510_berlioz

  ベルリオーズ  幻想交響曲 op14

         ロビン・ティチアッティ指揮 スコットランド室内管弦楽団

                       (2011.10 @エディンバラ)


今月のツキイチ幻想は、若手ホープ(古い言葉かな)の、英国指揮者・ティチアッティの指揮で。

9月は、忘れてしまい、1ヶ月サボりました。

さて、ティチアッティは、1983年生まれのイタリア系のロンドンっ子で、祖父は、作曲家。
父は弁護士、母は理学療法士、兄はヴァイオリニスト、姉は神学者といった、錚々たる優秀な家系のもとあって、もともとは、正規の指揮の勉強は受けておらず、ヴァイオリンやピアノ、打楽器をユースオケで演奏しつつ、15歳くらいから、指揮も始めたそうな。
 ラトルとC・ディヴィスに学んだのは、その豊かな家系からくる恵まれた環境だったからかもしれませんね。

指揮者としては、2005年にデビュー。
その後、ムーティとスカラ座に迎えられるという栄誉を得て、2007年には、スゥエーデンのイエグレといい都市のオーケストラの首席指揮者に就任。
グラインドボーンのツアー指揮者もつとめ、2010年には、スコットランド室内管の首席、バンベルク響の首席客演、2014年には、ユロフスキのあとを受けて、グラインドボーンオペラの音楽監督に就任してます。

順風満帆の32歳。

客演の状況を見てると、スカラ座、コヴェントガーデン、ゲヴァントハウス、バイエルン放送、ドレスデン、チェコフィル、フィラデルフィアと、まさにすごい。

ですが、この人、その音楽造りも、大胆ななかにも、以外と慎重派にうかがえ、かつてのラトルのように、英国にとどまり、じっくり大勢していくのではないかと、期待も込めつつ思っています。
 いまの世界の指揮界、若返りも急で、オーケストラ地図も欧米ばかりじゃなくなり、有望株は奪い合いとなっているので、ティチアッティ君も、メジャーポストにひっぱり出されてしまうかもしれませんね。。

 さて、その彼の音楽ですが、昨今のトレンドのとおり、古楽奏法もしっかり体得し、ピリオドを適宜用いた解釈から、現代作品まで、幅広いレパートリーを築きつつあります。
同時に、ティチアッティの強みは、オペラが振れること。
実験的な要素も試せて、かつ伝統の強みもあるグラインドボーンのポストは、ますます彼のオペラ解釈を強くすることでしょうし、一方、手兵のスコットランド室内管の機動力と柔軟さが、彼のやりたいことを叶えてくれる環境を築いてくれることでしょう。

2011年、まだ20代だったときのこちらの「幻想」。
ヴィブラートを控え気味に、ツィーツィーっという、この曲にしては耳新しく、新鮮かつ大胆な奏法が各所で目立ち、そうした意味で、いろんな発見もあります。
 だが、思ったよりは、まっとうで、同じピリオドでも、かつてのガーディナーとか、ミンコフスキの方が、もっと大胆だった。

このあたりの中庸さは、実は見通しのよさと、しなやかな旋律の歌わせ方、全体の構成感の豊かさにつながるものとして、わたくしは受け止めました。
アバドからラトル、ハーディングにつながるものを感じます。

全曲で繰り返しを入れて、約53分。
ちょっとゆっくり目ですが、速いところは大胆でスバズバ行きます。
断頭台は揺るぎない歩みですが、切れば血の吹きだすような鮮度の高さと強さがあり。
終結のヴァルプルギスでも、過剰な熱狂に溺れることなく、音楽の生々しさを追求しているようで、明るさすら感じる白日感がありました。
 そして、一番気に入ってるのが、野の情景のしっとりとした抒情的な演奏です。
室内オケということもあり、ほんと瑞々しく、そして美しい景色が広がってます。

今後がますます楽しみなティチアッティ。
すでに、ベルリオーズ・シリーズや、シューマンの交響曲、新世界やブラームスの渋いところ、オペラもいくつも出てまして、われらが、川瀬賢太郎さんとひとつ違いの、この若者の演奏も川瀬君とともに、追いかけてゆく楽しみがひとつ増えました。

最後に、来シーズンの神奈川フィルのオープニングは、川瀬・幻想ですよ
むふふ

過去記事

  「モーツァルト 後宮からの誘拐 Proms2015」

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2015年7月15日 (水)

ベルリオーズ 幻想交響曲 ロンバール指揮

Hamamatsucho201507_a

7月の小便小僧は、夏休みバージョン。

小便も元気いいです。

しかし、梅雨はどこへ行った?暑いよ。

Hamamatsucho201507_b

前も、後ろも、見事なひまわり。

毎度、コスプレ担当のボランティアのみなさまに、感謝。

Berlioz_lombard

  ベルリオーズ  幻想交響曲 op14

   アラン・ロンバール指揮 ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団

                    (1973 @ストラスブール)


ロンバール?、お若い方々には、ご存知ないかも知れませぬね。

70年代半ばに、彗星のようにあらわれた、フランスは、パリ出身のダンディー指揮者なんざぁますよ。

Lombard

1940年生まれ、フランス国内での活動から、1966年のミトロプーロス指揮者コンクール優勝(ちなみに、我らが飯守先生は、このとき4位。わがアバドは、63年優勝)。
その後、バーンスタインの助手をつとめ、アメリカでメトなどで活躍し、オペラ指揮者としての才覚もあらわす。
71年からは、母国ストラスブール・フィルの音楽監督となり、エラートとの契約も成立し、当時、オーケストラ録音にこぎ出したエラートの看板コンビとして、大量の録音を残しました。
 その後は、ボルドー・アキテーヌ管弦楽団、そして、いまは、スイス・イタリア語放送管弦楽団の指揮者として活躍してます。

メジャーに躍り出ることは、いまに至るまでなかったけれど、エラート時代に残した演奏の数々は、当時も今も、フランスのエスプリと、ストラスブールという多面的な顔を持つ街のオーケストラの特色を引き出した点で、大いに評価されていい指揮者だと思います。

ストラスブールは、地政学的な文化面で言うと、ドイツであり、そして、政治的な存在としてはフランスなのです。
ライン川を隔てて、ドイツのケールという街と一体化してます。
さらに、地図で地名を見てみると、フランス内のストラスブール周辺は、ドイツ的な地名ばっかり。
シュトラスブルク、ドイツ語では、そうなるんですね。
EUの街、そして交通の要衝となってます。

ロンバールとストラスブールフィルのコンビは、確か70年代に、日本にも来たと記憶しますし、ロンバールも読響あたりに来演してたと思います。
いまは、太っちょになってしまったロンバールですが、エラート時代の録音の数々は、クライバーや、デビュー当初のレヴァインもかくやと思わせる、新鮮で、イキのいい、ピッチピチの演奏を造り上げる指揮者でした。
しかも、エラートの録音が、また鮮明で実によかった。
ラヴェルやドビュッシーのレコード、FMでエアチェックした幻想や、カルメンなどなど、そのイメージは脳裏に刷り込まれてます。
 レコ芸で、誰かが、ロンバールの指揮に対して、小股の切れあがったナイスな演奏と評しておりましたが、当時は、まさにそんなイメージだったんですよ。

今回、久方ぶりにCDで聴くロンバールの幻想。

快速です。
47分ぐらい(繰り返しなし)。

そして、速さと同時に、勢いと若さがありまして、これはまた意気軒昂とした超前向き演奏と感じましたよ。
爆演系じゃありません。
スピーディで、スマート。細部にこだわらないようでいて、意外や緻密。
指揮者の強い意志も感じる、この疾走感あふれる幻想は、いくつもある幻想のなかでも、ユニークな存在だと思います。
 それは、古豪レーベル復活をかけたエラートの熱意と、ほぼ録音などなかった指揮者とオーケストラの前向きさ。それらが融合した結果のものかと。

ドイツ的なきっちり感と、オペラのオーケストラでもあるストラスブールフィルに、ラテン系だけれども、スマートな側面も持ってるロンバールの、ステキな名コンビの結実です。
 彼らの「幻想」は、掛け値なしに、かっちょよくって、大好きですよ。

CD化されてないものも多いですが、このコンビの音盤は、ラフマニノフのピアノ協奏曲、フランク、R・シュトラウス、新世界、ヴェルレク、カルメン(クレスパン)、ペリコール、ファウスト、コシ、トゥーランドットなどなど、かなりあります。
そこそこ聴いてますので、それらはまたいずれここで。

台風が近づいてます、日本全国、広く用心、そして安心安全でありますよう、お祈り申し上げます。

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2015年5月22日 (金)

ベルリオーズ 幻想交響曲 ミュンシュ指揮

Hamamatscho201105

今月、5月の小便小僧クンの写真を撮り忘れてしまいました。

よって、今年、2015年5月は欠番します。

過去4年間の5月をレヴュー。

まずは、2011年、震災の2カ月後・・・・。

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2012年5月。

Hamamatscho201305

2013年5月。

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2014年5月は、変化して、桃太郎コスプレ!

今年、電車の中からチラ見したら、兜と鯉のぼりしょってました。

そして、ツキイチ幻想。

Much_ber

  ベルリオーズ  幻想交響曲

    シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

                     (1962.@ボストン)


名指揮者シャルル・ミュンシュ(1891~1968)は、ご存知のとおり、ベルリオーズを得意にし、多くの録音も残しましたが、そのミュンシュに若き日に師事した、小澤さんも、ベルリオーズをレパートリーにして、師のボストン響の音楽監督を長く務めたことは、ご存知のとおり。

 ミュンシュの幻想は、いま、5ないしは、6種類の録音が残ってますが、そのうち、代表的な3つのスタジオ録音のみ聴いてます。
パリ管ライブや、ハンガリーの放送録音は、聴いたことありません。

そして、新旧ボストンと、EMIパリ管の中で、とびきり一番の演奏が、ボストン新盤62です。

旧盤は勢いがありますが、録音も含めて荒い。
パリ管盤は、自在さが増したのと、新生オケとのやる気のエモーショナルが、熱く燃えた演奏になっておりますが、EMIの録音が好きじゃない。
そのパリ管より、さらに激してるのが、ボストン62。

おまけに、RCAのボストン録音の中でも、とりわけ素晴らしい音で、とても50年以上前のものとは思えない生々しさと、音の力感、分離のよさが際立ちます。
もともとの演奏がそうだからなのですが、低音のうなりをあげる迫力を、まともに捉えているところも、この録音の素晴らしさです。

しかし、すさまじい迫力。

ミュンシュの指揮の一本義な熱さ、縦割りにキレのいいド迫力サウンドは、聴いていて、人を思いきり夢中にさせてしまう情熱の爆発に、タジタジになってしまう。
 ちょうど、ベイスターズが、曲の途中で、サヨナラ勝ちをしたもんだから、その興奮も乗り移って、自分の中で気分大高揚、すごいことになってしまった、終楽章サバトのシーン。
 息つく間もない一気ぶりに、思わず、笑いがこみ上げてくる。
最後の、途方もない大迫力のエンディングは、パリ管でも、旧盤でもそうですが、かなり音を伸ばします。

そんな迫力シーンばかりでなく、ミュンシュのオシャレなところは、舞踏会のワルツのセンス溢れる歌い回しや、1楽章にあらわれる、恋人の主題の緩急の付け方。
 そして、もうここ数年、この曲で一番好んでる静かな田園風景の、おっとりした中にも、不穏な影を潜ませる味わいの深さ。

ベルリオーズの狂気が、そのままミュンシュの棒に乗り移ってしまったかのような、凄まじさと、熱気と情熱に溢れた演奏。
アメリカ的な派手さやにぎにぎしさに陥っていないのは、ヨーロピアンなボストン響の響きあってのもの。

そうそう、ホールの外の車の音も、ちゃんと聴こえる優秀録音なんですよ。

以上、おしまい。

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2015年3月 6日 (金)

ベルリオーズ 幻想交響曲 バティス指揮

201503_hamamatsucho_a

3月の浜松町駅・小便小僧は、春の火災予防運動に連動して、消防服をまとってます。

顔隠れちゃってまして、かわゆす~

201503_hamamatsucho_b

まいどながら、よく出来てますね。

春先は、風も強く、乾燥してます。

みなさま、火の用心。

熱血注意?

Berlioz

ジャケットが、ちょろっとお花のカラーといい感じですな。

あらためまして、説明しますと、毎月、この小便小僧クンの衣裳替えに合わせまして、月一回の「幻想交響曲」を、いろんな演奏で取り上げてます。

この月イチ大作戦、幻想に飽き足らず、大好きなチャイコフスキーの5番も加え、月替わりでやってます。

   ベルリオーズ  幻想交響曲

     エンリケ・バティス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

                     (1998 @ロンドン)


メキシコの謎の爆演指揮者、エンリケ・バティス(1942年生まれ)は、そこそこ聴いてますが、どうにもよくわからない。
 なにゆえ、爆演かも、さっぱり聴きとれない。

ロンドンのオケとの録音しか聴いてないので、至極まっとうにしか思えない。
メキシコのオケのもの聴かずして・・・と叱られそうですね。

クラシックを聴き始めた69年頃、ロンドンレーベルが売りだした、アルゼンチンの指揮者、カルロス・パイタも爆系と言われましたが、実際はそうでもない感じで、そのパイタとバティスが、どうもイメージ的にかぶってしまって、いまに至るまで変わりません。

 でも、今宵は、ほろ酔いで、バティスの幻想に、のめり込むようにして食い入り、聴きました。
スマートな演奏様式による「幻想」に慣れ親しんだ自分です。
よくよく聴けば、このバティスの幻想、ロンドンのオケとは思えないくらいに、荒々しい響きを引き出してます。
つーか、正直、粗い。

ゆったりと丹念な出だしの1楽章ですが、主部が始まると、怒涛のような勢いの激しい、息もつかせてくれない疾風感あふれる様相を呈し、一気に突き進みます。

ワルツは、すいすいと進むなか、意外と歌心もあって麗しい感じよ。
気持ちいい。
でも、音圧が高いし、強いとこが、この指揮者ならでは。

やる気のなさそうな感じで始まる、野の情景ですが、流れがとてもよくって、ここでも、のびのびと歌うこと、実に気持ちがイイ。

狂ったような、すっとんきょうな、木管。
エンドは、まさに、ストンと落ちちゃう断頭台の4楽章は、おもろすぎ。

さぁさぁ、来るぞと身構える終楽章のヴァルプルギス。
蠢く低弦、よじれるような奇怪な管。
ぶわーーっとくる、音圧は、激しくて、デリカシーもくそもなく、野放図すぎ。
全部フォルテは、正直、疲れるわ。

でも、おもろい。
でも、疲れるし、めんどくさい。

 といことで、いいんだか、なんだか、さっぱりわからない「幻想交響曲」を、酔っ払いが聴いてみました。。。

この演奏、ロイヤルフィルの数年前のものともいう説もアリマス。
メキシコ産のCDですからして・・・・

あっ、テキーラでも飲みながら聴いてみるんだった。

メキシコ産の「1812年」も仕入れましたので、いずれまた。
 

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2015年1月 7日 (水)

ベルリオーズ 幻想交響曲 アバド&LSO

Hamamatsucho_a

新年1月の小便小僧は、このとおり、干支と門松を従えた勇志ですよ。

おしっこの勢いもいいですな!

Hamamatsucho_b

お背中の家紋は、なんでしょうか。

梅の印と見受けますが、どうでしょう。

今年も、いろんなコスプレを期待してますよ。

毎度ながら、ボランティアのみなさま、ごくろうさまです。

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  ベルリオーズ  幻想交響曲

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

        1983.7.31 @ザルツブルク

        1983.9.1  @ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール


今月の月イチは、幻想交響曲。

もうじき、1年。

敬愛するアバドの訃報に接してから。

でも、いまや、全然悲しくない。

いつも、そばにいますよ、わたくしにとってのクラウディオ・アバド。

 今日は、秘蔵のFMライブ録音の自家製CDRで、「アバドの幻想」を聴いてみました。

「アバドの幻想」といえば、シカゴ響との鮮やかな録音が真っ先に浮かびますし、シュールでリアルなジャケットも素晴らしい1枚ですね。

そして、わたくしにとっての、「アバドの幻想」のもうひとつは、ロンドン響との来日公演。

1983年5月の東京文化会館でのものでした。

この時の来日公演は、以前にも書きましたが、3公演を全部聴いて、アバドの一挙手一投足が、いまでも、脳裏に刻まれております。

 文化会館での幻想は、まず、バルトークのマンダリンが疾風怒涛のように演奏され、そして熱き、その幻想、そして、アンコールはブラームスのハンガリー舞曲1番。
ほかの演奏会での、マーラー1番と5番のあとには、アンコールを一切やらなかったことが、いまとなっては、よくわかるアバドの思いです。

 そして、その1983年は、「アバドの幻想イヤー」なのでした。

2月に、シカゴで指揮をしてスタジオ録音。
5月に、ロンドン響と日本公演。
7月に、ロンドン響とザルツブルク音楽祭出演。
9月に、ロンドン響と、ロンドンのプロムスに登場。

夏のロンドン響とのヨーロッパツアーでは、きっと、上記以外の地でも演奏したに違いありません。

 その後の「アバドの幻想」は、2006年のシモン・ボリバル、2008年のルツェルン、2013年のベルリン、ということになります。

後年の熟成した幻想とは異なり、勢いと思いきりのよい解釈において、83年の演奏は、いずれも、アバドならではのしなやかさとともに、爆発的なライブ感。

シカゴのスタジオ録音よりも、より熱く、飛ばしてるのが、7,8月の音楽祭ライブ。

なかでも、ロンドンでのライブは、後半に行くにしたがって、ものすごい熱気で、おそらく、お上品なザルツブルクのお客様よりも、ロンドンの野放図なくらいの若者パワーを、背中に思いきり浴びてしまった演奏の方が、極熱で、ヴァルプルギズの夜の凄まじさは、とんでもなく素晴らしい。
ザルツもすごいけど、ロンドンの方の濃密・熱狂ぶりは、すさまじいです。

 私家盤なので、あんまり激烈に誉めたたえても、みなさま、醒めてしまうかもしれず、もうやめときますが、これらの放送音源が、いつか、正規に日の目を見ることを願いたいです。

Abbado_lso
 

 

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2014年12月18日 (木)

幻想&チャイ5 ヤンソンス

Hamamastucho1

はいはい、お約束の小便小僧サンタさん。

12月は、必ずサンタになりますね。

それでも、このコスプレをされているボランティアの皆さんは、手を抜きません。
毎年違うんです。

Hamamatsuchou201012  Hamamatsucho_201112_c

    2010年                    2011年

Hamamastucho201212  Hamamatsucho201312_a

   2012年                     2013年

ずっと毎月、撮り続けてる小便小僧クン。

そして、毎月、幻想に始まり、いまは、チャイ5も加えて聴いております。

継続は、ときに正直、厳しいときもあり、でも楽しいです。

こうして楽しませていただいているのも、小僧クンに毎月衣裳を合わせていらっしゃる方々あってのこと。

ありがとうございます。

そして、今月は、特別に、「幻想」&「チャイ5」でまいります。

それも、先ごろ来日して、安定の熱くも音楽的な演奏を繰り広げたヤンソンスとバイエルン放送響の録音で。

Berioz_jansons

  ベルリオーズ  幻想交響曲

   マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

            (2003.10ライブ@ガスタイク・ホール、ミュンヘン)


ヤンソンスの幻想は、全部で4つ。

コンセルトヘボウとのEMIスタジオ録音盤(91年48歳)、ベルリン・フィルとのヨーロッパコンサートライブ映像(2001年58歳)、バイエルンとの一般発売なしライブ盤(2003年60歳)、バイエルンとの最新ライブ(2013年70歳)。

4つめのBRクラシックから出た演奏は、まだ聴いてませんで、その存在を最近知ったばかり。
今日、あらためて聴いた2003年盤が素晴らしいものだから、もういいかな、と思って、今回はスルーしましたが、やはり聴いてみたいな。
いずれの機会に。

今回のCDは、以前にもご紹介しましたが、2007年の彼らの来日公演で入手しました。
そしてその前、2005年のこのコンビでの来日では、幻想の実演を聴いております。
 そのときのライブは、凄かった。
オケがノリにのって、ヤンソンスの指揮に、まさにのせられてイケイケどんどんの幻想。
それでも、音楽性は失われずに、磨きぬかれた洗練された音は輝いてました。

その印象とほぼ一緒、そして、少し荒削りにしたような力強さと、一気呵成の若さも感じるのが、2003年のライブ。
ミュンヘンのオケに特有の暖かさをたたえつつも、機能的かつ克明なアンサンブルは、聴いていて爽快そのもの。
 野の情景など、惚れぼれとしてしまう抒情と、半面の急展開の激しさの鮮やかな対比。
興奮すべき、終楽章のエンディングは、もっと激しくやって欲しいという聴き手の気持ちと裏腹に、じっくり鮮明・克明な描き方。
シンフォニーとしての容を巧みに描きだした「幻想」なのです。

Tchaikovsky5_jansons

 チャイコフスキー 交響曲第5番

   マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

             (2009.10ライブ@ガスタイクホール、ミュンヘン)


84年(41歳)の、オスロフィルとの全曲録音の一環と、このバイエルン盤の2種。

レニングラード・フィルとのいくつかの来日公演で、86年に指揮していますが、ヤンソンスのチャイコフスキーで、録音に残されているものは、いずれも、ヨーロッパ仕様のチャイコフスキーだと思います。

ワタクシのエアチェックライブラリーのなかにある、唯一の、ヤンソンス&レニングラードフィルの音源は、ショスタコの5番とチャイコの4番です。
ソ連邦崩壊前の、86年の演奏ですが、これがまたスピーディで、パワフルで、凄まじい。
一度聴いたら、お腹いっぱいの高カロリー演奏ですが、それより前のオスロとの演奏は、もっとあっさり感があるところが面白いです。

親父も指揮したレニングラードだけど、ムラヴィンスキーは来日不能となったものの、当時はまだ健在だったオーケストラ。
やはり、若いヤンソンスは、勢いで行くしかなかったのか。

 その後の、オスロや、ピッツバーグでの度重なる来日を、いずれも聴くことはできませんでしたし、おそらく、チャイ5も指揮したものと思いますが、ロシア的な濃密さとは遠い、機能性に富んだ、そして、ヤンソンスならではの、輝かしく熱い演奏が繰り広げられたはずです。

円熟のヤンソンスが手にした、ふたつの、もっともヨーロッパ的なオーケストラ、コンセルトヘボウとバイエルンは、いずれも、その黄金時代を築き、築きつつありますが、ラトヴィア生まれのヤンソンスが、脱ロシア志向であることは見逃せません。

バルト三国は、一時はソ連でしたが、やはり、ヨーロッパなのだな、と強く認識。

そんなヤンソンスとバイエルンとのチャイコフスキーは、後期の3つの交響曲がライブ録音として残されてますが、それらがいずれも、堂々としつつ、新鮮かつクリアーな明確な演奏なのです。
 オーケストラの優秀さも、随所に感じつつ、ここでは、チャイコフスキーの音楽の歌い回しが、ヤンソンスの感じたまま、奔流のようにして流れでております。
ちょっとしたフレーズにも、ほかの演奏にない、わずかな違いや、個性が、よく聴くとあわらわれまして、45分間、この作品が好きな人間には、飽くことなく、かつ新鮮に感じられる演奏です。
 1楽章が、こんなに素敵に、かっこよく響くのもヤンソンスならではだし、バイエルンの澄み切ったかっこいいサウンドが実に心地よく耳に届きます。
2楽章も、カラヤンのような美意識とは遠いところで、ナチュラルな美しさを保ちつつ、かつ熱いです。
 優美なワルツに、スマート極まりない終楽章。
思わず、指揮棒が欲しくなるような、乗せられちゃうチャイ5に、後半に行くにしたがってなってまいりまして、かつてのように、突っ走ることもなく、堂々と、ごく自然なフィナーレを築きあげることとなります。

普通に、いいなぁ、という名演です。
個性的ではありませんが、高度な名演です。

コンセルトヘボウとも、バイエルンとも、チャイコフスキーの全曲は残して欲しいものです。

ちなみに、次期を更新しなかったコンセルトヘボウは、次はガッティ。
うーーむ。
また、シャイーみたいになるのかなぁ・・・・

オランダの音楽界は、どうも、わかりません。
でも、ハイティンクのあと、コンセルトヘボウは、もう違うオーケストラとなってしまったといっていいかもしれません。

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