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2022年10月30日 (日)

プロコフィエフ 「賭博者」 バレンボイム指揮

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壮絶なる夕焼け。

こうした燃えるような、焼けるようなダイナミックかつ濃厚な夕焼け大好きです。

自宅からの夕焼けであります。

プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ再開。

いまさらながら、プロコフィエフの生まれた場所を調べてみたら、もっか話題のウクライナ、ドネツク州のソンツォフカという村だった。
ウクライナ→ロシア→ソ連→ウクライナ(→)ドネツク
こんな風に変遷を繰り返す場所で、ムリ無理に親ロシアの共和国として独立承認させてしまったばかり。
でも西側からしたら、ウクライナです。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918) 27歳まで
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922) 31歳まで
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933) 42歳まで
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953) 62歳没
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

年代順にプロコフィエフの音楽を聴いていこうという遠大なシリーズ。

まだ①のロシア時代で、この時代のモダニスト的な先鋭ぶりが実に面白いところだ。

コロナ禍における引きこもり生活で、海外から日々流されたオペラストリーミングの数々のなかで、ばっちり目覚めてしまったのがプロコフィエフのオペラ。
そんななかで、一番ピピっときたのが「賭博者」でありました。


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  プロコフィエフ 「賭博者」

①のロシア時代の作品で、1916年の完成。
1909年18歳のプロコフィエフは、ドストエフスキーの自伝ともいうべき「賭博者」を読んで、その内容に魅せられた。
1915年にロンドンに渡り、ディアギレフに出会ったときも、オペラ化を考えていた「賭博者」を提案したものの、断られ、ロシアっぽいバレエを書きなさいということで、「アラとロリー」や「道化師」が生まれることになる。

イギリス音楽好きとしてはなじみ深い指揮者で、当時キーロフ劇場にいたアルバート・コーツから、あらためて「賭博者」のオペラ化をすすめられ着手したのがディアギレフに断られたすぐあとで1916年にはスケッチが、翌17年には全曲が完成。
これまで天才的に評価され成功を重ねてきたプロコフィエフだが、すんなりと初演にはいかなかった。
1918年キーロフ劇場での初演は、おりからの2月革命の影響で歌手たちが、プロコフィエフの難解なスコアをろくに練習ができず難しすぎると訴え、さらには劇場も暴動などを恐れキャンセルされてしまう。
さらにはその年の5月、プロコフィエフはロシアを出ることを決断し、シベリア鉄道で日本経由でアメリカへと向かう。
「賭博者」のスコアは、キーロフ劇場に残されたままで・・・

ロシアを離れて9年、革命10周年を契機に、プロコフィエフはソ連に演奏旅行のため一時帰国するが、多忙な演奏会の合間にブレイクしていた若きショスタコーヴィチのピアノ演奏に接し感嘆している。
そして、朋友であった演出家メイエルホリドの提案で、「賭博者」の改定に乗り出した。
ヨーロッパに拠点のあったプロコフィエフが次にソ連に一時帰国をしたのが1929年で、2年前の帰国ではさほど感じなかったスターリン体制の息苦しさを体感することになる。
第1次5か年計画の挙国一致の機運が文化・芸術の分野にも波及しはじてており、反モダン・反ジャズ・反西欧・反古典を標ぼうする「RAPM」(ロシア・プロレタリア音楽同盟)という組織が音楽界を牛耳る動きを示していた。
メイエルホリドはプロコフィエフに事前に、こうした環境下にあると危機感を手紙で送っていたが、プロコフィエフは楽天的にとらえていたようだ。
プロコフィエフの2度目の帰国は、RAPMの連中にとって、やっかいな人物の登場と捉えられ、キーロフ劇場での「賭博者」の初演に横やりをいれて、中止にしてしまう。
この2稿版での初演は、ベルギーのモネ劇場でフランス語訳で同年に初演され大成功をおさめ、2年間のロングランとなったそうだ。
ソ連での上演は遅れること1963年、ロジェストヴェンスキーの指揮でのことだった。
いま上演される「賭博者」は、この第2稿によるものがほとんどで、初稿は2001年に同じくロジェストヴェンスキーによってなされていてCD化もされているが入手難の様子。

 プロコフィエフ 「賭博者」

   アレクセイ:ミッシャ・ディディク
   ポリーナ :クリスティーネ・オポライス
   将軍   :ウラディーミ・オグノヴェンコ
   バブレンカ(お婆様):ステファニア・トツィスカ
   公爵   :シュテファン・リューガマー
   アストレー氏:ヴィクトール・ルート

   ブランシェ:シルヴィア・デ・ラ・ムエラ
   ニルスキー王子:ギアン・ルカ・パゾリーニ
   ブルメールハイム男爵:アレッサンドロ・パリアーガ
   ポタピッチ:プラメン・クンピコフ
   カジノ責任者:グレプ・ニコルスキー

  ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団

                ベルリン国立歌劇場合唱団

   演出:ディミトリー・チェルニアコフ

         (2008.9.5 @ベルリン国立歌劇場)

場所:架空のヨーロッパのリゾート 、ルーレッテンバーグ

時間: 1860年代

1

グランドホテルの庭で、将軍の家族の家庭教師であるアレクセイは、侯爵に借金をしている将軍の姪であるポリーナに会う。
アレクセイはポリーナを愛しており、宝石を資金にしてギャンブルをするという彼女の指示を実行し、お金を失ってしまう。
将軍は、若いブランシュに夢中で、侯爵、そしてイギリス人のアストリー氏と一緒。
彼の損失について尋ねられたとき、アレクセイは自分の貯金を失ったと言い、収入がそこそこある人はギャンブルをするべきではないと叱られるが、アレクセイは、辛辣にお金を節約するという考えを見下したように言う。
アストリー氏はめずらしく思いアレクセイをお茶に招待する。
その後、将軍はモスクワの叔母バブレンカ(ポリーナの祖母です)から電報を受け取ります。
 ポリーナは、侯爵への借金を返せないことに不満を感じている。
ポリーナはアレクセイに彼の愛を証明し、公園に座っているドイツの男爵夫人をバカにすることによって、彼が本当に彼女のために何かをするかどうかを確認するように要求。
アレクセイは男爵夫妻を小ばかにした行動をとり、男爵の怒りを買ってしまう。

2

ホテルのロビーで、将軍はアレクセイの行動を非難。
アレクセイは悔い改めず、将軍は彼を家庭教師として解雇のうえ、スキャンダルの流出を防ぐために侯爵の助けを得ようとします。
ブランシュは以前に男爵に融資を求めていましたが、それは男爵夫人を動揺させた経緯があり、男爵夫妻の社会的地位が高いため、将軍は必死となる。バブレンカから遺産の分け前を受け取るまで、将軍はブランシュにプロポーズできない。
アレクセイは、ポリーナが自分の相続分を受け取ると、侯爵が彼女を引き渡そうとするだろうと考え始めます。

侯爵は将軍に代わって現れ、アレクセイの行動を和らげようとします。
アレクセイは、侯爵が小学生のように振る舞うのをやめるように要求するポリーナからのメモを作成したので侯爵を軽蔑し、怒って去る。
侯爵は将軍とブランシュに、アレクセイを追い払うのにに成功したと告げる。

将軍はバブレンカの死ぬことを予見し喜ぶが、その直後、彼女が健康でホテルに到着、彼女の声が聞こえた。
彼女はアレクセイとポリーナに愛情を込めて挨拶しますが、すぐに将軍たちを見抜き冷たくあしらい、お前には遺産はあげないと言いのける。
彼女は病気を克服したのでスパで休んでギャンブルをする予定なのだ。

3

カジノでバブレンカ は、ルーレット で 負け続ける。
将軍は意気消沈し、ブランシュとのチャンスが減るのを恐れおののく。
侯爵がバブレンカがどれだけ失ったかを話した後、将軍は警察を召喚することを提案しますが、侯爵は彼を思いとどまらせる。
アレクセイが到着し、将軍と侯爵はバブレンカのギャンブルでの損失を食い止めるために彼の助けを求める。
次に、ブランシュの別の潜在的な求婚者であるニルスキー王子が到着し、将軍はバブレンカを失うことをさらに恐れる。
ブランシェはニルスキーと一緒に出発しまう。
アレクセイは、バブレンカが経済的損失を被った後、ポリーナの家族がどうなるのかと思い悩む。
バブレンカは資金を使い果たし、モスクワに帰りたがっている。
バブレンカはポリーナに一緒に来るように頼むが断る。
将軍はバブレンカを嘆き悲しみわめく。

4

ホテルの部屋で、アレクセイは侯爵からの手紙を持っているポリーナを見つける。
侯爵は抵当に入れた将軍の財産を売却すると言い、ポリーナのために5万を許し、侯爵は彼らの関係が終わったと見なすと書いてきた。
ポリーナは、これが彼女に対する侮辱として強く感じており、侯爵の顔に50,000の金を投げつけたいと激しく言う。
アレクセイは、ポリーナが彼に助けを求めたことを非常に喜ぶ。

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カジノに駆けつけたアレクセイは、幸運に恵まれ、20回連続で勝ち、銀行を破綻させてしまう。
常連客はアレクセイの勝ちに勝つすごさについて興奮。
アレクセイは勝利のあと大金を得て自分の部屋に戻りますが、ディーラーや他のギャンブラーの声が聞こえ続けます。
彼を待っていたポリーナに、侯爵に返済するための資金を彼女に提供する。
彼女はこれを拒否し、自分の体と引き換えにお金を受け取ることを主張し、彼が本当に彼女を愛しているかどうか尋ね、ふたりは情熱的に抱き合う。
ところがポリーナは自分の行動を即時に後悔し、アレクセイがお金を渡すと、彼女はそれを彼の顔に投げ返しそれを使い果たす。
走り去るポリーナ、残されたアレクセイは、カジノでの彼の成功を狂気のように思い出したたずむ・・・・・

            

原作者ドストエフスキーもルーレットで多額の負債を負い、自作の版権を担保に借金をすることになるほどだった。
このオペラもほぼドストエフスキーの原作に忠実な内容となっているようだ。
温泉保養地で繰り広がられる色恋ギャンブル沙汰。
多くの映像作品も見たが、出演者はみんな酒とタバコは手放さず、放蕩の限りだ。
これもまたロシア人の姿か。
わかっちゃいるが、とことん行く、止まらない。
しかし、最後は「愛情と金は引き換えにはならない」のだ。
そこで救われるが、女心はわからない。

ここにつけた若きプロコフィエフの音楽は、洗練さとともに、禍々しさと激しさも満載で、リズム感とスピード感あふれる音楽には、その繰り返し的な効果もふくめ、聴く側に表現は不適切ながら中毒症状にも似た快感を与えてくれる。
とくに、4幕のカジノシーンは、その切迫した音楽が賭博に興じる主人公やギャンブル客の興奮を熱狂的に見事に描いている。
アリアなどは一切なく、全編がレシタティーボで出来てるような音楽劇であります。
冒頭に奏される旋律が、このオペラのキモとなっていて、陶酔的で、最後のクライマックスでいい感じに出てきて惹きつけられること受け合いだ。
そして、いまでも通じる内容でもあるので、設定を置き換える演出も、ここぞとばかりに取り組み甲斐いのあるオペラである。

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チェルニアコフの演出は、こうした作品では抜群の切れ味を示す。
ホテルのロビーを真ん中に据え、左にはアレクセイの部屋、右は客室、真ん中は通路になっていて、その奥はガラスの回転ドアがある。
ジャケットのゲームマシンに興じるねーちゃんは、この通路でカジノシーンで登場するもの。
そのカジノ会場は、ホテルのロビーだったところが、キンキラになって、タバコの煙がもくもくする気密性の高い部屋へと変貌する。
こうした舞台装置もチェルニアコフは毎度自分で考えて制作しているので、だいたいパターン化してくるが、先のベルリン・リングではお金もかかったろうが、最高に緻密な舞台ができあがっていた。

登場人物たちは、完全にドラマの主人公のようで、その所作はオペラの舞台で演じているのでなく、映画の登場人物のようですらある。
心理描写にたけた演出家らしく、事細かにその所作にも意味あいがつけられているし、その動きが現代人であるわれわれの日々の生活の延長みたいにも感じる。
さらに歌わない登場人物も多くいて、主人公たちの背景でそれぞれが会話したりしている姿もずっとあって、これがまた全体のフレームのなかでリアル感を打ち出すことになっている。
「孤独のグルメ」で主人公の背景で、ほかの客が食べたり話したりするのが映っているけど、まさにあんな感じでリアルなんです。
カジノシーンの緊張と没頭感は人々の巧みな心理描写を背景にした動きで見事に表出。
4つの演出で舞台映像を観たが、カジノシーンはこのチェルニアコフが一番見事だった。

しかし、リングのときも書きましたが、そのオペラの全体像をしっかり把握したうえでないと、理解が追い付かないのも事実。
かなりのお勉強も必要でした。
ということで同時に、ゲルギエフのマリンスキー劇場での上演も観てますが、こちらは抽象的だけど簡潔なのでわかりやすい。
しかし、なにもなさすぎて、スカスカに感じてしまうのも寂しいものだ。

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歌手たちはいずれも素晴らしく、アレクセイを得意役とするディディクの渾身の演技に歌は文句のつけようがない。
そして悲劇的な役柄を歌わせては抜群のオポライスのシリアスな歌声は、女優のようなその美貌とともに魅せられる。
オグノヴェンコの将軍さまも、ユーモラスさとともに、頑迷さをよく歌いこんだバスだった。
懐かしいトツィスカの傍若無人も面白く、相変わらずド迫力の声でユニークなものだ。

ベルリンでバレンボイムは、驚きのレパートリーを築いたが、そのひとつがプロコフィエフ。
「賭博者」とともに、「修道院での婚約」も上演しているし、R・コルサコフの「皇帝の花嫁」、ムソルグスキー「ボリスゴドゥノフ」らのロシアものを、いずれもチェルニアコフと組んでいて、いかにバレンボイムがこの演出家を気に入ってるかがわかる。
そのバレンボイムの指揮、オーケストラもウマいもので、プロコフィエフの音楽を重厚かつダイナミックに描いてみせた。
さばさばと流れてしまうゲルギエフよりは、メリハリもあっていいと思った。

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正規録音では唯一のゲルギエフ盤。
1996年の録音で、キーロフ劇場でのロシアオペラ録音を精力的に行っていた時期の記録。
まず音がよくて、プロコフィエフが若い頃から精緻な音楽を書いていたことがよくわかる。
一気呵成に聴かせてしまう勢いがあり、劇場の雰囲気も豊かだが、ロシアでの演奏であればもっとがっつりと逞しく図太くあってもよかった。
スタイリッシュにすぎるかも。
 映像でも視聴、歌手ではビジュアルも歌も素敵なカゾノフスカヤのポリーナがいい。
アレクセイのガルージンが力強くクセもある声だが、見た目がオッサンにすぎるので、ディディクに比べるとキツイ。

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1974年のボリショイ劇場でのライブでステレオ非正規盤。
非正規にしてはリブレットも充実していて変な話だけど本物っぽい。
指揮はラザレフで、録音はさえないが、オケの響きは太くとくに金管もロシアっぽく力強い。
全般にゲルギエフよりもはるかにロシアしてる演奏で、狂気の塩梅もよろしい。
70年代のソ連を代表する歌手たち、この頃はロシアオペラの来演はボリショイ劇場だったから、きっと日本にもやっきたはずのメンバー。
マスレンニコフのアレクセイが破滅的にすごい。

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2017年のウィーン国立歌劇場上演。
コロナ禍の世界のオペラ劇場のストリーミング大会の恩恵を受けて視聴。
これより前のベルリンでのチェルニアコフの映像もベルリンのストリーミングで見ていたけれど、このウィーンの上演でこの作品のドラマと音楽を把握できた次第。
 アレクセイはベルリンと同じディディクで、年月を経てさらに歌唱に磨きがかかり、ギャンブルへの取り憑かれ具合も増して威力を増した。
ポリーナは親しみを持てるロシアのエレーナ・カセーヴァで、わたくし彼女が好きなんですが、西側での活動を継続してるみたいで安心した。
バブリンカには、かつてのブリュンヒルデ、おなじみのリンダ・ワトソンが演じていて味わいが深いです。
指揮はシモーネ・ヤングで、これがまたいい。
シモーネ女史はウィーンでの近代オペラの指揮を一手に引き受けていて、ピットないでの生き生きとした指揮姿はウィーンフィルでも散見されるメンバーを夢中にさせるナイスなものです。
音楽もキレがよく、すみずみまで明快です。
強いて言えば、どす黒さのなく健康的すぎることでしょうか。
その演奏が寄り添ったのがカロリーネ・グルーバーの演出で、ドラマの本質は変えず、多彩な表現で個々の人物や出来事に意味付けを行う。
穏当ながら大胆な解釈もあり、ラストシーンでは驚きがあった。
カジノシーンでは、アレクセイは悪魔に変身する途上で、人間の心を人々が集団的に失っていく様が回転する回り舞台でよく表現されている。
グルーバーとヤングのコンビは、真夏の夜の夢でも傑作を生みだしてるし、わたしも二期会のルルでその演出を体感したばかり。
 DVD期待、いきなりチェルニアコフでなく、ゲルギエフでもなく、こちらから鑑賞するのがいいかもしれない。
ウィーンのプロコフィエフは甘くて酸っぱいのだ。

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2019年にリトアニア国立歌劇場で上演された映像を期間限定で観ることができた。
これがチェルニアコフばりの上下左右を巧みにつかった空間活用演出で、時代設定も現代そのもので、いまに生きる「賭博者」そのもの。
演出家はヴァシリー・バルハトフという30代のロシア人で、その夫人はなんと、いまをときめくアスミク・グリコリアン。
その彼女がポリーナを演じていて、これまた深みのある演技と強い声で持って舞台をけん引している。
しかし、それ以上の演出家のアイデアが秀逸で、リゾートホテルをドイツの廉価なホステルに変え、そこに集うカジュアルな平服を着た人々へと設定を変えた。
ホテルのロビーはコインランドリーに格下げとなり、舞台はそこからスタートするしEUをもじったような政治的な主張もはいる。
ポリーナは子連れで、もしかしたら姪っ子かもしれないが、この女の子の所作が可愛くてときに舞台をさらってしまう。
分割された空間=部屋を見事に生かして、キッチンの様子やテレビでゲームに興じる女の子、マックのPCでネットサーフィンをするアレクセイなど、実に今風でリアル。
バブリンカはモスクワ旅行から帰ってきた風で、みんなに安いスーベニアを配っていて、そのすべてが細かすぎでよく出来ていて笑える。
驚くべきはカジノが、オンライン化されていて、世界中のいろんなユーザーと同時対戦をして勝ち抜くことになり、そのメンバーたちの悲喜こもごもが拡大されたスマホ画面に映し出されること。
アレクセイが勝った証左は、PCで確認というまさにリアル現代。

アレクセイのドミトリー・ゴロフニンもカジュアルな身のこなしがナイスな歌手でロシア臭のないスマートぶり。
ラストシーンも斬新。
モデスタフ・ピトレナスという若いリトアニアの指揮者も才気煥発な感じで実によろしい。
バルト三国は、非ロシアであり、ロシアのエッセンスももったヨーロッパの国々だ。
ロシアの演奏家を聴けなくなったいま、この三国は救いだ。
リトアニアの賭博者、めちゃおもしろかった。

 というわけで、すっかりプロコフィエフの音楽にやられちまっている状況で、夢のなかでも賭博者鳴ってますぜ、やばいよ。

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もう夢、見ませんように。

秋の夕景は美しい。

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2021年3月31日 (水)

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ブロンフマン

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桜の開花の始めの頃と月。

この月も今頃は満月を過ぎ、早かった今年の桜も散り始めている。

夜風も心地よくなり、あの冬が遠くに思い起こされるようになったが、コロナは変わらずか・・

満月に地球が月から受ける重力の影響は、潮の満ち干が大潮になり、地震にも影響があるとかないとか・・・

 心の備えも万全に!

それはさておき、プロコフィエフ。

プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

まだ①の時代やってまして、ピアノ協奏曲です。

Prokofiev

  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op16

    Pf:イェフム・ブロンフマン

  ズビン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニック管弦楽団

       (1993.7 @テルアビブ)

①のロシア時代の作品で、1913年の完成。
22歳の学生時代のプロコフィエフ、同年の自身のピアノによる初演では、そのぶっ飛びぶりに、批判が相次ぎ騒ぎになったそうな。
翌年にロンドンに渡り、ディアギレフに出会ったときも、この作品を聴かせ、さらにオペラ化を考えていた「賭博者」を提案したものの、断られ、ロシアっぽいバレエを書きなさいということで、「アラとロリー」や「道化師」が生まれることになる。

ロシアの原初的な物語や荒々しさを期待していたであろうディアギレフは、この協奏曲をどう聴いたであろうか。
しかしながら、時はまさに、ロシア革命前夜ともいえるストライキだらけのロシア、自身もヨーロッパ各地へ楽旅、さらには後に日本経由でアメリカ行き、こんななかで初稿のスコアは紛失してしまう。
どこで紛失したかは不明だが、10年後の1923年にドイツで記憶を遡ってプロコフィエフ自身がスコアを復元したのが現行版。
紛失オリジナル版が今後出てきたら、と思うとわくわくしますな。

初期作品は、ラフマニノフ調やスクリャービンっぽいところも聴かれるプロコフィエフの音楽ですが、ここでは、いわゆる先鋭化したモダニズムの風情が勝ってます。

4楽章形式で33分ぐらい。

アルペジオをともなった憂愁込めたピアノ、そんなラフマニノフ風なスタート。
その後、テンポを上げて、プロコフィエフらしいギクシャクとした雰囲気となり、ピアノもオーケストラも切れ味を高めていき、威圧的なモットー的な主題が響き渡る。
再び冒頭に回帰。そして、ピアノの長くかつ自由なカデンツァは凄まじい!
速いパッセージで転がるように進む、これまたプロコフィエフらしい、クールでかつ息もつかせぬ急展開。
禍々しい楽章。アラとロリーを思わせる。
即得な奇妙なリズムを伴ったフレーズが出るし、口笛のようなすかした弦がかっこよく、ここ好き。
急速感ある出だし、むちゃくちゃノリノリになれる萌える楽章。
そして、落ち着くと民謡風のメロディを楚々と弾くピアノ。
こうして、なんとなくロシアのムードに浸っていると、勢いを増して、一度聴くと忘れられなくなるモティーフが現れる。
 で、またロシア調に回帰し、懐かしいムードに哀愁を感じる。
でも、オーケストラに例のモティーフが、盛大に出て(ジャジャジャジャ、じゃじゃじゃじゃジャーン)とで、曲は一気に終了に向かう。

いったい何だったんだろう、といつも聴いたあとに思ってしまう、モザイク的な2番の協奏曲。
超絶技巧を要するピアノと、強弱振幅の大きいオーケストラ。
カデンツァがしっかりあり、主役はちゃんとピアノで、オーケストラは引き立て役であるとともに、いくつかの忘れえぬ独特のモティーフを堂々と響かせる。
協奏曲としてのバランス感覚にも優れた2番だと思います。

ブロンフマンの技巧に裏打ちされた豊かなピアノが素晴らしい。
メータの指揮には切れ味をもっと求めたいが、合わせものとしては、ソリストを引き立ててうまいもんです。

エアチェック音源で聴いてる、トリフォノフとティルソン・トーマス&クリーヴランドの方が凄まじくも爽快な演奏。
あと、デニス・コジュヒンとオロスコ・エストラーダ&サンフランシスコも豪快な演奏。

プロコフィエフ・シリーズ、次はいよいよ、「賭博者」。

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2021年1月29日 (金)

プロコフィエフ スキタイ組曲「アラとロリー」アバド指揮

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こう見えても「牛」さんです。

今年ほど、その年の干支が何であるか?あまり意識しない年はないと思う。

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なにもかも、世界中がおかしくなってしまった。

それでも、4丁目交差点の和光は、こうして2021年を演出してくれました。

プロコフィエフシリーズ、そして今日は怒りを込めて野卑に。

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プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

①の時代から。

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  プロコフィエフ 「スキタイ組曲」~アラとロリー op.20

    クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

        (1977.2.22 @シンフォニーホール、シカゴ)

1914年、音楽院を卒業したプロコフィエフは、ロンドンでディアギレフに出会い、新作の委嘱を受け、手掛けるべく準備していたオペラ「賭博者」を提案するが断られる。
第2のストラヴィンスキーとして期待していたディアギレフは、「ロシアのおとぎ話か、原始的なものを」という提案をし、バレエ「アラとロリー」に取り掛かり、仕上げたピアノスコアで、ディアギレフに聞かせたものの、お気にめさず、別な素材にしてほしいとされる。
ディアギレフのバレエ・リュスでの作品は、こうして流れてしまい、プロコフィエフは出来た「アラとロリー」のなかから気に入った素材を集めてオーケストレーションし、1915年「スキタイ組曲」として完成させた。
 バレエ・リュスのために同時に書いたバレエ作品は、「道化師」op21で、1916年に完成。
しかし、その後、ロシア革命やアメリカ亡命などで、「道化師」の初演は1921年まで待たねばならなかったようだ。

  →「アバドの道化師」

 1.ヴェレスとアラの崇拝
 2.邪教の神、そして悪の精の踊り
 3.夜
 4.ローリーの輝かしい出発と日の出

スキタイ人は、有史以前に黒海周辺に暮らしていた世界史上初の遊牧騎馬民族で、その歴史を紐解くと世界を股にかけていて、なかなかに面白い。
この物語は、
「スキタイ人の偶像崇拝神、太陽神ヴェレスの姫アラ。
彼女に邪な愛を抱き、さまざまな霊をしかけたりと、ちょっかいを出し、脅かす続ける邪教神チュジボーグ。
そして、若い戦士ローリーは、彼女を苦境から救いだし、やがてアラと愛し合い結ばれる」という古きスラヴの伝説に基づくもの。

「春の祭典」を聴いて、自分もそれっぽい作風のものを書いてみようという思いが念頭にあったプロコフィエフ。
立派に、バーバリステックしてます!
1916年1月29日のマリンスキー劇場での初演は大騒ぎになったとか。

1.冒頭から激しく荒れまくる狂暴極まりない音楽。
ヴェレスへの帰依、憑依といいますか、もう狂っとるで。
静まると、なんとも怪しげなミステリアスな世界へ、こちらはアラを表すものだそうな。

2.そして来ますよ、キターっ!
邪教の神さんが、地下より悪霊召喚だ!
原始的でもあり、暴力的でもあり、かつまた超かっちょええ!
短いけど、ハルサイも真っ青の世界で、禍々しい世界にひたりましょうぞ!

3.一転、静かな夜想曲タッチの「夜」の音楽。
こちらも負けじおとらじの怪しげタッチな音楽。
夜陰にまぎれて、アラーを襲う邪教神チュジボーグだが、涼しげなチェレスタやハープによって表される月光を浴びて退散。

4.今度は、月の光から、日の出の明るい光景で、妙に明るくもあり、なんだか飄々としても感じるクルクル回るような音楽だ。
邪教神の成敗に向かうロリーと、闘いの様子。
そして、なんだかあっけないくらいに打ち負かしたようで、あたりを眩しい光線が徐々に照らしていくさまは、怪しさも満載。
光線のような輝かしい唐突な盛り上がりとエンディングは、スクリャービンの「法悦の詩」の終結に似たり。

ということで、にぎやかな22分間です。
夜中には絶対聴けない、ある程度音量を上げないと、ダイナミックレンジの幅が大きすぎて聴き取れない。

こんな音楽を、アバドは喜々として指揮しているように感じる。
全然、刺激的な音楽には聴こえない。
羽毛のように軽やかかつ、ナイフのように鋭利で、でもしっかり歌うスタイル。
あのスタイリッシュな一連のストラヴィンスキーシリーズにも通じる。
おまけに、ここではシカゴの強靭なアンサンブルが最高潮に寄与していて、オケはべらぼうにうまい。
ホールの乾いた響きをうまくとらえたDGの録音も、レコード時代から最高によかった。

この年の2月、同時期に、アバドとシカゴは、ポリーニを迎えて、あの名盤、バルトークの協奏曲を録音してます。
70年代から90年初期まで続いたアバドとシカゴの蜜月関係。
先ごろ、ハイドンのコンチェルタンテのライブが復刻されたが、シカゴ響のライブラリーに音源があれば、どんどん出して欲しいな。

Wakou-03

荒ぶるプロコフィエフの初期の音楽を、スタイリッシュなアバドの指揮で聴きました。

次のプロコフィエフは、ピアノ協奏曲2番か、「賭博者」であります。

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2020年12月 4日 (金)

プロコフィエフ マッダレーナ ロジェストヴェンスキー指揮

Numata-02

 紅葉はも終わってしまったけど、月も一緒に荒涼とした雰囲気の写真が撮れました。

毎年、この時期は、親類のお墓参りを兼ねて老母と姉と姪たちとで群馬に行くことになってます。

今年は、GoToのおかげで、どちらのお宿も満杯で、姉の手配で、ありがたくもようやく1室取ることができた。

それにしてもコロナ、正しく恐れ、正しく予防しようと思う。

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プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「火の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

今日は、①から、作品番号13のオペラ、「マッダレーナ」。

1911年、プロコフィエフ20歳のときの作品。
wikiの助けを借りて調べてみると、プロコフィエフは、1900年、9歳にして早くもオペラを書いてます。
さらに、10歳、12歳、16歳で、それぞれ1作づつ。
よって10代までに、未完のものも含めて4つのオペラを作曲してます。
それらは作品番号はなく、スコアも残されてるかどうか、いまのところ調べた限りではわかりませんでした。
早熟な天才プロコフィエフなのでした。

Prokofiev-maddalema

  プロコフィエフ 歌劇「マッダレーナ」 op.13

    マッダレーナ:エミリア・イワノワ
    ジェナーロ:アレクセイ・マルティノフ
    ステニオ:セルゲイ・ヤコヴェンコ
    ゲンマ :N.コプタノワ
    ロメオ :ヴィクトル・ルミャンツッェフ

   ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
        ソビエト国立文化省交響楽団
    ヴァレリー・ポリャンスキー指揮
        ソヴィエト国立文化省室内合唱団

      (1986年 @モスクワ)

1幕4場の短めの作品で、同名のBaron Levinなる人の劇作品が原作。
15世紀、ヴェネツィアを舞台とする三角関係のもつれからくる殺人を描いた、ある意味、古典的な悲劇の筋立て。
 ヒロインのソプラノに、色男のテノールに、敵役のバリトン。
そう、おなじような仕立てが、「カヴァ(1890)、パリ(1892)」、プッチーニの「外套」(1916)、ツェムリンスキーの「フィレンツェの悲劇」(1917)、あとちょっと違うけど、コルンゴルトの「ヴィオランタ」(1915)。
ロシア版のヴェリスモオペラといっていいかもしれない。
 いずれも世紀末、刹那的なドラマに人々が気持ちを持っていかれる時期を象徴しているのだろうか。

プロコフィエフの「マッダレーナ」は前述のとおり、1911年で、この年は、マーラーの亡くなった年でもありました。

CDの解説書を参考にして、以下まとめてみました。

サンクトペテルブルク音楽院の作曲科は、3年前に卒業、引き続き、ピアノ科と指揮科に籍を置いていたプロコフィエフ。
「マッダレーナ」を短期間で完成させたものの、オーケストレーションは、4つの場のうち1場までしか完成させておらず、併行して、上演してもらえる機会をさぐることになったが、勉学中の立場のため、なかなかうまくいかなかった。
 モスクワの自由劇場が興味を示してくれたが、なんとその劇場は倒産。
のちの1914年、ロンドンでディアギレフに会い、この作品のことや、「賭博者」のオペラ化などを提案したが、ディアギレフはオペラ自体に興味を示さなかった・・・。
 さらに1916年、プライベートなオペラハウスで上演計画もあったが、それもダメに。
その後も、朋友、ミャスコフスキーの尽力で上演機会を探られたものの、結局は作曲者自身もふくめて、忘却のなかに、埋もれてしまった「マッダレーナ」なのでした。

この埋没してしまったオペラを、復活させたのが、英国指揮者のエドワード・ダウンズ。
ダウンズは劇的なその最期が話題になったりもしましたが、ロシア音楽、ことにプロコフィエフの第一人者。
ヴェルディとワーグナーも得意にした渋い名匠でした。
 そう、70年頃、江藤俊哉さんのバックで、ベートーヴェンとかメン・チャイとか指揮してた記憶があります。
そのダウンズが、2~4場の未完のオーケストレーションを、同時期のピアノ協奏曲第1番や「賭博者」のスタイルを参考にしながら完成させました。
1979年、BBCの企画で演奏され、3月にイギリスとソ連で同日放送。
1981年にはグラーツで、1982年にはセントルイスで上演されてます。
そして、プロコフィエフの録音にかけては、バレエ音楽中心にかなり実績のあるロジェストヴェンスキーが、デジタル時代になって録音したのが、今回のメロディアレーベルの1枚です。

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E・ダウンズが英訳したリブレットを参照に簡単なあらすじを

ヴェべチアの運河が見下ろせる芸術家(画家)ジェナーロの部屋で、夕暮れ時。
マッダレーナは窓辺で夕焼けの絶景を眺めて、気分はいいわ、でも血のような紫にそまった空を見て、少し罪悪感を感じぞっとする。
ゴンドラから、友人のジェンマとロミオが声をかけるが、マッダレーナは、ジェナーロの帰りを待っているの、と断る。
 そこに待ち望んだジェナーロが、勢いよろしく帰ってきて、マッダレーナに思いのたけを熱く歌し、やがて二重唱となる。
ふたりでお熱くなっているところに、ドアをノックする音がして、マッダレーナは慌てて隠れる。
ジェナーロの友人ステニオが思い詰めてやってきたのだ。
ステニオは、誰かいたの?君の奥さんかい?と聞くと、ジェナーロは、そうだよ、と答えます。
幸せかい?、うんそうさ、お互い愛しあってるのさ、やりとりする男ふたり。
 さて、心の秘密を聞かせようというステニオ、出会った女性に夢中になりすぎて、嫉妬で苦しいんだと思いを語る。
その彼女の名前や家族は?とジェナーロは聞くが、それがわからないんだ、突然やってきて、名前も、何も問うなと言うんだ。
かれこれ3か月余り、彼女のことが心の中を占めてしまい、どうしていいんだかわからない、と夢中で語るステニオ。 
 そのとき、カーテンが揺れるのに気が付いたステニオ、そして、そこにマッダレーナがいることに驚愕するステニオであった。
ジェナーロは、僕の妻であるマッダレーナだよ、と語るが、ステニオは違う、俺がさっきいった女性が彼女なんだ、と混乱する。
この蛇のような狡猾な女、ジェナーロに言い聞かせ、ジェナーロも混乱に陥り、いったいなにが本当なのかと?
マッダレーナは、ステニオにあなたは約束を破った!もう金輪際、あんたなんて知らないと言い放ち、ジェナーロには、わたしはあなたの妻なのよと言うが、男二人は、とんでもない女だと責める。
それでも、ジェナーロに切々と訴えるので、彼も心を変え、ステニオは騙されるんじゃないといさめる。
そしてマッダレーナは、ジェナーロに彼を殺して!といい、ついにジェナーロはステニオをナイフで刺し殺してしまう。
あ、やっちまったと一瞬の悔恨を残し、すかさず、自分にもナイフを突き立ててしまう。
息も絶え絶えに、マッダレーナに、先に行って神様の前で待ってるからとこと切れる・・・・
 ひとりのこったマッダレーナ、ジェナーロの亡骸に、わたしゃ行かないよ、ひとりになれた、自由だわ、と清々とした様子。
もし、どちらかが生き返ったら、どっちを選ぶ?いいえ、わたしは両方愛していたかもと呟き、窓の外に向かって、「人殺しーー!わたしのジェナーロが、知らない男に殺されたーーー」と叫び、急転直下で

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もうね、あっという間の50分間に、男ふたりが死んじゃって、悪い女が何事もなかったかのように次の生活に向かおうとする。
youtubeに、ロシアの黒海近く、ロストフ・ダ・ヌーという都市の劇場での上演動画があがってます。
音やカメラアングルは悪いですが、このオペラの概要はつかめると思います。
この演出では、黒子がでてきて、最後、マッダレーナは地に沈んでいってしまうような演出がなされてました。
コジ・ファン・トゥッテとドンジョヴァンニみたいな内容といえば、それまでですが、20歳の青年にしては、ずいぶんと血なまぐさい痴情のオペラを書いたものです。

クールな前奏曲や、ゴンドラの歌の旅情、ジェナーロの熱い思いを歌ったモノローグなど、なかなかいいです。
でも、このオペラで一番いいところは、ステニオの長いモノローグで、プロコフィエフらしい、狂気につつまれ、どんどんと深みにはまってゆく熱のようなものを帯びた部分です。
ロシア特有の、もうどうにもとまらない的な自暴自棄の音楽です。
ピアノ協奏曲や賭博者を思わせるような旋律や雰囲気もイメージされます。
 これに対し、ヒロインのマッダレーナには、目立った聴かせどころが少ないように思いました。

ロジェストヴェンスキーが、この作品の録音を残してくれたのはありがたいです。
歌手たちも素晴らしくステニオのヤコヴェンコが実によろしい。
作品としては、まだまだ未成熟ながら、プロコフィエフらしい輝きを随所に確認できる「マッダレーナ」でした。
きっと、今後もめったに上演されることはないでしょう。
しかし、ミニサイズの作品だから、コロナ社会にあっては、ざっくりと上演しやすいかもです。

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初冬の北関東は実に寒かったです。

街はクリスマスのイルミネーションが始まってますが、イルミ好きの男としては、ことしはどうも気分がのりません。

コロナとのお付き合いは、人類にとって長いものとなりそうです。

わたしは、籠って音楽三昧と行きたいところですが、それだけでは生きていけませんや。。。。

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2020年10月28日 (水)

プロコフィエフ ピアノソナタ/ピアノ協奏曲第1番

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浅草ビュー。

もう何年になるだろう、このビールを模したビルと、となりのう〇〇的なモニュメント。
そこに8年前にスカイツリーが加わって、隅田川と浅草のビュースポットとなりました。

このまえ、久方ぶりに浅草散歩をしてきました。
そう、ほぼ日本人で、混雑もなくゆったりの浅草でした。

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プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「火の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

今日は、①から、それも作品番号の初期のピアノ作品から。
母親にピアノを仕込まれ、幼少期から作曲をするようになり、その母が譜面に起こした作品は、プロコフィエフ5歳のとき!

ピアノの練習をするときに、2オクターブ上げて対旋律を加えて引くように母から教えられたことが、プロコフィエフはピアノによる音楽表現の原点。
音楽院時代以降の作品番号1(18歳)の前に、2つの交響曲、未完も含む4つのオペラ、複数のピアノ作品を手掛けているという早熟さ。
これらの作品は、ほとんど聴くことができないけれど、気になる存在です。

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  プロコフィエフ ピアノソナタ第1番 ヘ短調 op.1

      イェフム・ブロンフマン

        (1991.9.17 @BMGスタジオ、ニューヨーク)

1907年、18歳のときの作品で、これまでに手掛けたピアノ作品からの引用などで作曲。
2年後に単一楽章にスリム化して8分ぐらいの作品とした。
メロディアスで情熱的でもあり、まだロマン派的な装いもある。
スクリャービンの初期の頃のようなショパンな感じもするし、ラフマニノフのような濃厚な歌いまわしも感じる。
しかし、情熱的ななかにも覚めた眼差しを感じるのは、やはりプロコフィエフらしいところ。
 5年後の2番目のソナタでは、別人のようなリズム感あふれたプロコフィエフが登場するのが驚き。

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  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 変ニ長調 op.10

      エウゲニー・キーシン

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1993.9 @フィルハーモニー、ベルリン)

1912年、2番目のソナタの前、サンクトペテルスブルク音楽院在学中の作曲で、同年に初演。
1914年の卒業試験で、協奏曲を1曲弾くという規定に対し、自分の作品、この1番の協奏曲を大胆にも披露して、院長だったグラズノフを呆れさせてしまったエピソードがある。
この1番、適度に短くて(17分ぐらいで、連続して演奏される3つの部分を持つ単一楽章形式)、スタイリッシュな感じが好きで、以前よりよく聴いていた。
それというのも、ここにあげたキーシンとアバドのCDをもう何年も前から聴いてきたもので。
3番ばかりが聴かれるプロコフィエフの協奏曲にあって、その3番と1番をカップリングにしたアバドのプロコフィエフ愛を感じるから。
キーシンの技巧の冴えと輝かしい音色もさることながら、アバド指揮するベルリンフィルの圧倒的なうまさ。
切れ味鋭く、クールでブルーな響きがプロコフィエフにぴったり。
もう完全に後年のプロコフィエフの顔をしている、このカッコいい1番の協奏曲を、こんなにスリリングに聴かせる演奏はないです。
同じ年、1993年にアバドはベルリンで、ソリストにガブリロフを迎えて演奏会で取り上げてます。
こちらのライブもエアチェック音源として持ってますが、そちらの方がさらにすごい。
ガブリロフのソロも、最後のクライマックスの超メカニカルぶりがすんばらしいし、アバドの追い込みぶりもすごい。
 ほかの演奏もいくつか聴いてますが、ピアノはともかく、アバドで慣れちゃうとオーケストラがいずれも、もっさりしていて感度不足に感じるんです。。。

この1番の協奏曲、プロコフィエフの一大特徴である「トッカータ調」も聴かれる佳作。
好き。

Asakusa-01  

隅田川とスカイツリー。
かっこいい水上船もパシャリと写りました。

若いサラリーマン時代、ここから出るお座敷船で、顧客を招いてよく宴会をやりました。
お相手は、お客様だから、ご接待のつもりが、逆に飲まされることおびただしい。
逃げ場のない船上、いまの若い方々には想像もできない苦行。
酒に弱い連中は死んでました・・・・・

でも楽しかった昭和の浅草なのでありました。
プロコフィエフも最高!
次はオペラ行きます。

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2020年9月20日 (日)

プロコフィエフ 交響曲第1番、第2番

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浜松町のJRと並行する橋からパシャリ。

左手の茶色いビルは歴史ある貿易センタービルで、モノレール駅も直結していて国内の空の窓口的な存在でもありました。
これが、来年あたりから解体が始まります。

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右手の工事中のビルが、貿易センタービルの後ろにあたる場所に建設中の貿易センタービル南館。

早くもこうして駅通路とつながってました。

コロナでも、都心部は着々といろんな建設が止まることなく進行してまして、たまに行くとびっくりすることがあります。
新橋駅の駅ナカとか、有楽町のガード下の進化とか、たくさん。
でも、東京ばかり。
コロナで、一極集中は徐々に収まっていくのではないかと思ってますが・・・・

さて、コロナで自分のなかで目覚めた「プロコフィエフ」。
なんで今さら感もありますが、親しいようで、どこか遠かったプロコフィエフの音楽。
作風のいろんな変遷があり、ロシア革命とソ連の体制の影響を受けざるをえなかった点で、ショスタコーヴィチと同じ。
でもシンフォニストとしては、明らかにショスタコーヴィチの方がポスト・マーラー的な存在として大きな存在。
しかし、交響曲以外のプロコフィエフのもうひとつの、いやそれ以上の存在としての劇場音楽作家としての顔。
それを知りえたのがコロナ禍のオペラストリーミング大会。
8作あるオペラだけでも、その半分を観劇できまし、バレエも同様。
ドラマの仕立ても面白さもさることながら、感覚的に訴えてくるその音楽が抒情と力強さにあふれていることも再認識。

交響曲シリーズとオペラシリーズをスタートします。

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 プロコフィエフ(1891~1953)の61年の、いまでは短いともいえる生涯は、亡命と遍歴の歴史でもあります。

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「火の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

プロコフィエフの場合、こうした時代の変遷で、その音楽をとらえてみるのも面白いし、実にわかりやすい。
モダニストとしてならしたロシア時代、欧米やアジアの素材も取り入れつつ、さらに原色的なロシアテイストもにじませ、やはり故国への想いもにじませた亡命時代。
憧れた故国に帰ると、そこは本音と建て前の世界で生き残らなくてはならなかった。
体制に寄った音楽と皮相な音楽の壮大なマッチングはクールでさえある。

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  プロコフィエフ 古典交響曲(交響曲第1番)ニ長調 op25

 サー・ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団

    (1973.5 @キングスウェイホール)画像は借り物です

シンプルで、まさに古典の顔をした「古典交響曲」。
こんなお手頃で聴きやすい交響曲を聴いて、「ピーターと狼」のプロコフィエフっていいなぁ、なんて思って、次の2番の交響曲を聴くとぶったまげることとなる。
そう、第1交響曲が異質なのだ。
子供時代から作曲していたが、サンクトペテルブルク音楽院を経て、すでにモダニスト然とした作風を得ており、21歳のピアノ協奏曲第1番(1912)、22歳の協奏曲第2番(1913)は、なかなかのぶっ飛びぶりであり、そのあと荒々しい「スキタイ組曲」もある。

そして、1917年、26歳で亡命前に「古典交響曲」を作曲する。
ということで、あえて「古典」という18世紀スタイルに身を固めた交響曲を作曲したプロコフィエフは、逆にスゴイくせ者だということになります。
事実、この曲でプロコフィエフを語られるのを、作曲者は嫌ったらしい(笑)

ということで、お馴染みのこの清々しい交響曲をマリナーとアカデミーの小俣のきれあがったような気持ちいい演奏で。
このレコードがロンドンレーベルから出た時は、ビゼーの交響曲とのカップリングで、「マリナーのハ調の交響曲」という宣伝文句で発売され、ジャケットも可愛い女の子の洋画だった。なつかしー
 3楽章が、のちの「ロメオとジュリエット」の1幕、客人たちの入場で使われていて、それを聴くのも楽しいもので、なんだかんだでプロコフィエフは、この作品が好きだったんじゃないかと思う。
古典の姿をまとったモダニスト的な作風は、斬新なリズムとスピード感などに現れてます。

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  プロコフィエフ 交響曲第2番 ニ短調 op40

 小澤 征爾 指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1990.1 @イエスキリスト教会、ベルリン)

第2番は1925年、34歳の作品。
亡命後、アメリカと欧州を行き来しつつ活動していたプロコフィエフは、結婚も決め、南ドイツの街に移住。
その後、パリに移住したその前後に書かれたであろう第2交響曲は、先に書いた通り、ぶっ飛びの攻撃性と実験性を持つ曲。
初めて聞いたときは、それこそビックリしたと同時に、さっぱり訳がわからなくて、つかみどころもなく、単なる実験作じゃんか・・・との印象で終わりにしていた。

このところの、プロコフィエフ熱でもって聴き直すと、これはこれでプロコフィエフの音楽の面白さが凝縮されたユニークな存在として、オペラにも通じる作品であると思うようになってきた。
そのオペラとは、「賭博者」と「火の天使」。
不協和音と、クセになる快感を呼び起こすオスティナート効果、甘い旋律の切なさとクールさ。
37分ぐらいの長さだけど、楽章はふたつ。
全編フォルテの激しい1楽章、ピアノが導入され熱狂したように弾きまくり、金管は咆哮し、弦はキュウキューと弓をこすり付けるようにしてかき鳴らす。
目まぐるしいけれど、この狂おしさが面白くて好き。
「春の祭典」の12年後。
プロコフィエフはロシア時代に、ディアギレフとも出会い、「アラとロリー」(スキタイ組曲)を1916年に作曲している。

忽然と終わる1楽章に続く、長い第2楽章は、抒情的でしなやかなメロディで開始され、どこかホッとすることとなる。
しかし、油断は禁物、スケルツォ的な野卑な部分が突然顔を出して、安住の気持ちをかき乱す。
と思ってるとまた抒情的な雰囲気が、ミステリアスな雰囲気でもって回帰し、さらにややこしい。
そう、よくよく聴くと変奏曲形式になっている。
6つの変奏を聴き分けるまでには至っていないし、よっぽど聴きこまなくてはそこまでにはなれません。
トランペットがピロピロと鳴ったり、弦と木管がキンキンしたりで、面白い場面も続出しつつ、素朴な変奏主題も鳴っている。
終わりの方は暴力的になり、ちぎっては投げの音の爆弾になりますが、突如、冒頭の抒情主題が回帰し、やれやれという風になりますが、そのままあっけなく終わってしまう。
 おいおい、もっと先ないのか~い?って気分にさせられること甚だしい(笑)

ソナタ形式のフォルテだらけの1楽章。
変奏曲形式のとりとめない2楽章。
プロコフィエフ自身が「鉄と鋼でできた作品」としたが、この交響曲っぽくない交響曲が、いずれにせよ実験的な作品であることには違いない、、、です。
 このある意味ナイスな作品が、後年、体制下の影響か、改訂の筆を入れようとしましたが、途中で終了。
それでよかったと思われます。

小澤さんの音楽の整理能力と、巧みなオーケストラコントロールは、超優秀なベルリンフィルを得て、水を得た魚のようにピッチピチの鮮烈な演奏に反映されてます。
野卑さはないけれど、このやっかいな作品をすごく聴きやすくしてくれたと思います。

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浜松町から汐留には線路沿いの遊歩道ですぐに行けます。

文化放送のビルの隙間から東京タワー。

暑さもひと段落、歩き回るのにいい季節となりました。

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2019年12月21日 (土)

プロコフィエフ バレエ音楽「シンデレラ」 プレヴィン指揮

Ebisu-b

恵比寿ガーデンプレイス。

毎冬見に行ってます。

Ebisu-c  

バカラシャンデリア、豪奢なものです。

大きなツリーと、このシャンデリアをつなぐ坂道にはイルミネーション。

Ebisu-a

そして、いちばん先には、ロブションのシャトーレストラン。

これらは見るだけは無料です(笑)

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  プロコフィエフ バレエ音楽「シンデレラ」

 アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

       (1983.4 @アビーロードスタジオ、ロンドン)
       ※ジャケット画像はネットからの借り物です

先ごろのヤンソンスの急逝も驚き、悲しみましたが、今年は、アンドレ・プレヴィンも亡くなってしまいました。
2月28日がその命日となりました。
クラシック音楽界では、あと、J・ノーマン、ギーレン、ツェンダーなどの逝去も伝えられ、時代の流れをいやでも感じさせる年でもありました。
そこそこ長く、クラシック音楽を聴いてきているけど、思えば自分も古めの聴き手になったものだと感じます。

そんな自分でも、ようやく全曲聴いて、大いに気にいった作品が今宵のバレエ音楽。

プレヴィンはロシア系のバレエ音楽を得意にして、録音も多く残しましたが、不思議とストラヴィンスキーは手掛けなかった。
プレヴィンの火の鳥とか、ペトルーシュカはあってもおかしくないのに・・・・

マゼール盤と並んで、その全曲盤が最高峰と思っているプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」。
もうひとつのプロコフィエフのバレエ音楽は、気にはなってたけど、曲じたい聴いたことがないし、シンデレラってのもいまさらなぁ~と思ってました。
 そんなとき、ニューヨークフィルに客演したユロフスキの演奏をネットで聴いたのです。
抜粋版によるものでしたが、あたりまえのことですが、プロコフィエフらしいサウンドが満載で、聴き親しんだ交響曲のようでもあり、かっこいいワルツなんて眩暈がしそうなほどいい感じだし、曲の途中で、シンデレラに時間を継げる時計の音がパコパコなるところなんて、あ~、おもしれ~って感じで大いに気に入ったのでした。
そして、プレヴィンの2CD組の盤を購入しました。

全50曲で1時間52分、ともかく何度も聴きまして、耳にすっかり馴染ませました。
そして仕上げに、実際のバレエの舞台をネット鑑賞しました。
ほんとに便利な時代です。
バレエ音痴のわたくしですが、そうしてみてほんとに思ったのは、バレエダンサーの皆さんがほんとスゴイってこと。
とくにプリマとなるとずっと出ずっぱりで、あの運動量。
オペラ歌手は歌い演じるけれども、踊り演じるということの大変さと、活動期間も限られることなどにも想いを馳せたりもしましたね。
 そして、オーケストラピットの指揮者のこと。
オペラの舞台とはまた違う、舞台の進行を考えながら、ダンサーたちの動きも見ながらの指揮は、やはりオペラに通じつつも違うものがあるように思った次第。

 あとはなによりも、プロコフィエフの音楽がとてもよく書けていること。
誰もが知る、ペローの「シンデレラ」物語を、そのままい音楽にしたともいえる。
プロコフィエフの言葉。
「わたしは、音楽を通して、異なる人物、すなわち、可愛らしい物思いにふけったシンデレラと、気の弱い父親、意地悪な継母、利己的な姉たち、情熱的な若い王子を、観客が彼らの喜びや悲しみをともにせざるをえないような方法で伝えようと試みた。」

 まさに、作曲者の言う通り、バレエの舞台には、その素晴らしい音楽にぴったりの誰もが知るわかりやすい物語が展開されるのでした。
あとバレエには、オペラの演出のように、読み解きが必要となるような演出はあるのでしょうか・・
映像で観たのは、まずチューリヒバレエのもので指揮はフェドセーエフ。
亡くなったのは、父でなく母。姉たちは男性でオネエ、家もダンススタジオのようだったし、仙女さんはシンデレラ贔屓の先生。
あと面白いところ多数。
最後のエンディングでは、幸せそうに歩む王子とシンデレラの後ろから、ちゃっかり・こっそり姉ふたりが着いていっちゃうというもの。
洒落たエンディングで、思わず微笑んでしまった。
 そのあと、伝統的な舞台もいくつか観たけれど、物語に忠実で美しいけれど、先のチューリヒほどの面白さはないように感じた自分。
でも、ちょっとバレエにはまりそうな予感が・・・・・

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「ロミオとジュリエット」から9年後の完成で、1944年の作品。
まさに独ソ戦の真っただ中で、その翌年には、憎っくきソ連は日本に侵攻してくるのでしたが・・
安定した音楽活動期にあったプロコフィエフは、もっと大衆に愛される音楽をと思い、キーロフ劇場からの依頼もあって、1941年に「シンデレラ」に取り組む。
完成までのブランク期間は、文字通り、戦争によるもの。

 第1幕 シンデレラと姉たち、そして舞踏会へ
 第2幕 城内の舞踏会
 第3幕 舞踏会の翌朝、シンデレラを探す王子とハッピーエンド

1幕 序奏からしてプロコフィエフ節満載。
全編にわたって顔を出す旋律はシンデレラのモティーフらしい。
プロコフィエフの音楽の特徴を端的にあらわしていて、今回、シンデレラを何度も聴いて痛感したこと。
それは、シャープで澄みわたる高域に、響きわたる歌う低域。
そんなプロコフィエフサウンドを求めて、オペラにもチャレンジしてみたいし、交響曲やピアノソナタで、その作風の変遷を追ってみたいと思う。
 ユーモラスな継母・姉たちの音楽、仙女さんの主導する四季に応じたダンス、そしてシンデレラの憂愁と舞踏会への出発。
時限爆弾ともいうえべき、時計の警告の描き方その1.

2幕 リズムと各種ダンスの祭典
舞踏会の前座、そして到着した、意地悪姉さんたちの踊りと彼女たちのなにかと面白い所作が、ちゃんと音楽化されてるおかしみ。
野放図でありながら、憂愁とシニカルさもたたえたワルツが素晴らしく好きで、ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」を思わせるステキさ!

お決まりの各国のダンスに、いまでは言葉にしちゃいけないような人々のダンスに、民族臭ただようムード、そして姉さんたちの滑稽さも忘れてはいない。
プロコフィエフの旧作から、「オレンジの恋」のあのモティーフが出てくるのもおもしろい。
 そんななかで、静まりかえって、雰囲気が神妙になってしまう、シンデレラの登場。
ここでも、ワルツが始まり、全体を独特なムードにしてしまい、各種ダンスのあと、王子とシンデレラのパドゥ・ドゥーでは、とてもロマンテックな音楽が・・・チェロの甘い音色に、木管の合いの手が美しい。
 うごめく低音が、ここでもしっかりプロコフィエフサウンドを紡いでる。
2人が引いたあとの、またあのワルツ、でも今度は時間切れの切迫したウッドブロックと金管の警告。
ここが面白いところで、オケのおどろおどろしい響きも聴きもので、さぁ、無事にシンデレラは城から逃げ出し、王子は彼女の片方の靴を見つけだすところで、2幕終了。

3幕 翌朝の恋にトチ狂った王子さん
三回ある王子率いる、シンデレラ捜索隊の切羽つまったギャロップは、舞台せましと飛び回る。
音楽も、思わず、指揮してしまいたくなるような躍動感にあふれてる。
3度の候補者巡りには、スパニッシュ、アジアンと異国ムード満載で、これまたバレエのお約束か。
三度目はシンデレラの目覚めで、昨夜の思い出と諦念を思わせる音楽。
しかして王子は、シンデレラの家を探しあてるが、姉たち、継母も靴があわず、ついにシンデレラに・・・
見事なまでに美しいサプライスをえがいたプロコフィエフの音楽。
あとは、妖精さんの音楽のように、フォルテはなく、優しい、優しい、夢のゆうな音楽となる。
でも、先に書いたように、高域と低域の歌のやり取りはここでもしっかりあって、とっても感動的な音楽シーンを作り上げている。
 センチメンタルな終末的なエンディングでは、チェレスタが伴うことで、このステキな童話の、めでたしめでたしの終結を盛り上げます。

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ロンドン響、退任後、ロイヤルフィルの指揮者として帰ってくるまえの頃の録音。
LSOでよかった、と思います。
お互いの結びつきがまだ強かった頃、まだまだ一挙手一投足が同じころで、アバド時代ともかぶるころです。
そのニュートラルな響きが万能で、どんな曲でも、しっかり演奏できてしまうコンビにあって、このプロコフィエフは文句のつけようのない演奏。
あのエレガントなプレヴィンの指揮ぶりが、このバレエに込められたプロコフィエフの想いを、見事に表出していると思います。

今回、この曲の音盤で調べたら、ロジェストヴェンスキーのものと、アシュケナージの指揮のものがあるようです。
ソ連時代の演奏と、亡命者としてピアニストがアメリカのオケを降ったもの、このふたつに興味深々でありますっ!!

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2019年1月20日 (日)

アバドのプロコフィエフ

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日の入り直後、浮かんだ雲が夕日を浴びて美しかった。

そして、クラウディオ・アバドが天に召されて早くも5年。

あの日の朝、ネットで海外ニュースをぼんやりと見ていて、飛び込んできたアバドの訃報。

呆然として、しばらく何も手につかなかった。

でも、ときおり思い出したように出てくる発掘音源が、心から楽しみだし、残された豊富な音源や映像に囲まれているのも、思えばファンとしては幸せなことなのかもしれない。

この日に、アバドの得意としたプロコフィエフをいろいろ聴いてみた。

Prokoviev_abbado

「ロメオとジュリエット」「道化師」 抜粋  ロンドン交響楽団 66年

ピアノ協奏曲第3番 マルタ・アルゲリッチ ベルリンフィル  67年

「古典交響曲」、交響曲第3番       ロンドン交響楽団 69年

「キージェ中尉」「スキタイ組曲」      シカゴ交響楽団  77年

「アレクサンドル・ネフスキー」        ロンドン交響楽団 79年

タイボルトの死               ECユースオケ  79年

ヴァイオリン協奏曲第1番・2番  ミンツ シカゴ交響楽団  83年

「ピーターと狼」「古典交響曲」ほか    ヨーロッパ室内管  86年

ピアノ協奏曲第1番・3番   キーシン  ベルリンフィル    93年

「ロメオとジュリエット」抜粋      ベルリンフィル    96年

 (あと映像として、シモン・ボリバルとのスキタイ、ピーターと狼
    ワンとルツェルンでピアノ協奏曲第3番)

アバドの録音したプロコフィエフは、以上だと思います。

こうしてみると、やはり、「ロミオ」が一番お得意で、あとは協奏曲。

でも、本当にアバドらしいのは、「アレクサンドル・ネフスキー」と交響曲第3番。

Prokofiev_alexander

「アレクサンドル・ネフスキー」、もともとは、エイゼンシュタインの依頼による映画音楽からチョイスした壮大な声楽作品。
ダイナミックで写実的な場面は、迫力満点で、アバドは、気脈の通じ合ったロンドン響と緻密かつ明快盛大な音楽を作り出している。
 しかし、この作品のもうひとつの一面、圧制に苦しむ民衆と、その開放、このあたりをよく描いていて、ムソルグスキーを愛したアバドの着眼点は、ここにあると思わせる、そんな「ネフスキー」の演奏になってます。
そして、録音が抜群によろしい。
 
 そして、ユニークなのが、交響曲第3番
若い頃から、プロコフィエフの交響曲ならこの3番のみを演奏してきたアバド。
西側の指揮者で、この3番に刮目した初の指揮者ではないでしょうか。
 2番とともに、アヴァンギャルドな作風も有しつつ、ロシアの憂愁や、甘味な旋律もあふれる、何気に素晴らしい作品で、バレエ音楽にも近い。
これをアバドは、イタリア人の明るい目線でもって、歌でもって答え、快活に演奏してしまった。
プロコフィエフの特徴である、クールなリリシズムを、アバドほど巧みに描きだす指揮者ないなかった。

Prokofiev

画像は借り物ですが、アバドのDGデビュー盤は、朋友アルゲリッチとの、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番とラヴェル。
ともに、両曲一番の名演だと、いまもって思ってます。
67年の録音ですが、この年、さらにベルリンフィルとは、ブラームスのセレナーデ2番などを入れてまして、カラヤン以外の録音は当時はとても珍しかったはず。
当の名器ベルリンフィルも嬉々として演奏している感があり、ノリノリです。
そしてアバドのスマートな指揮に、アルゲリッチの情熱的なピアノが見事な反応を起こして、チョーかっこいいプロコの3番が仕上がりました。
のちの慎重すぎのキーシンとのもの、さらには、アクロバティックな空疎なY・ワンのものより、ソリストとの組み合わせで、この一番古いものが好きです。

協奏曲で、シェロモ・ミンツとのヴァイオリン協奏曲
こちらも、今度は曲が、とくに2番が深いだけに、さらにシカゴがオケなだけに、演奏の充実度が高いです。アバドの緻密なバックがあって、ミンツの美音が光っている印象。
受ける印象は、冷たい空に浮かぶ怜悧な三日月みたいな感じの美しさ。

さらにシカゴの高性能ぶりをまざまざと見せつけてくれる見本のような、「キージェとスキタイ」。
このふたつの組曲の理想的な演奏がアバド盤でしょう。
切れ味するどく、どこもかしこもエッジが効いていて、リズム感も抜群、聴いていて、爽快かつ胸のすくような快感を覚えます。
さらに、この1枚もまた、録音がよい!

「ピーターと狼」は、各国の著名人たちがそれぞれに声を担当して各地で発売されたが、日本では、アバド自身が選んだ坂東玉三郎。
しかし、私の持っている外盤は、カレーラスで、スペイン語だったりします。
鋭敏な演奏で、面白いのですが、この音盤でステキなのは、その余白に収められた「ヘブライ序曲」と「軍隊行進曲」だったりします。
アバドらしい凝った企画です。

Abbado_prokofiev_romeojuliet

アバドのメジャーレーベルデビューが、デッカへの「ロミオとジュリエット」
組曲から、9曲を抜き出したロンドン響との演奏。
デッカの生々しい録音が今でも鮮度高いですし、アバドの堂々としてゆるぎない指揮ぶりもデビュー盤とは思えない充実ぶりを感じさせます。
音色は明るく、地中海的ですらあります。
そして、ここでも抜群のリズム感が光ります。

79年に、ザルツブルク音楽祭で、若いECのオケとの演奏会のアンコールに「タイボルトの死」を演奏。
この鮮烈かつ、血の出るような熱気あふれる演奏はライブで燃えるアバドならでは。

そして、デビュー盤から30年後、お互いにベストコンビとなったベルリンフィルとの録音は、今度は組曲からではなく、全曲版全52曲から、アバドが選び出し、曲順も変えた20曲の抜粋版。
以前に書いたこの音盤の記事と、今聴いても思いは変わらないで、ここに再褐しておきます。

<繊細な歌う絶妙のピアニシモから、分厚いフォルティッシモまで、広大なダイナミックレンジを持つ鮮烈な演奏。
威圧的にならず、明るいまでのオーケストラの鳴りっぷりのよさが味わえるのも、見通しいい音楽造りをするアバドならでは。
 有名な「モンタギュー家とキャピレット家」や「決闘」「タイボルトの死」などでは、オーケストラの目のさめるようなものすごいアンサンブルと、アバドの弾けるようなリズムさばきに興奮を覚える。
 一方、恋人たちの場面での明るいロマンティシズム、ジュリエットの葬式~死の場面での荘重で静謐極まりないレクイエムのような透明感、それぞれにアバドの持ち味。>

最後におかれた2曲~悲痛極まりないジュリエットの葬儀、それから、リリシズムをたたえたジュリエットの死をふたたび聴いて、5年目の想い出をここに閉じることといたしましょう。

Ume_2

波立つ相模湾と、遠く、箱根の山に沈む夕日。

「ジュリエットの死」、美しすぎて泣けてきた。

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2015年6月 6日 (土)

プロコフィエフ 「ピーターと狼」 ハイティンク指揮

Shibaneko_1

呼べばやってくる、某公園のおなじみの、にゃんにゃん。

親しみもありつつ、ツンデレで、逞しい一面も。

いろんな人に可愛がられる公園のにゃんこでした。

Peter

   プロコフィエフ   「ピーターと狼」

       語り:ヘルマン・プライ

 ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

               (1969.9 @アムステルダム)


プロコフィエフ(1891~1953)の生没年を見ると、そんなに昔の人じゃないですね。
帝政ロシア時代に生まれ、26歳のときに、ロシア革命を経験し、一時亡命はするも、ソ連邦時代には、同邦を代表する作曲家としていろんな縛りの中に生きた人だし、一方で、世界各地を巡って、ソ連邦の作曲家としての顔を売り込むという、ある意味、自由な日々も送れた、そんなプロコフィエフさん。

ちなみに、日本の明治・大正・昭和をも全部、きっと知っていたはずのプロコフィエフさん。
日清戦争(1894)、日露戦争(1894)を経て、列強の仲間入りしてゆく日本との関係も深いですな。
日本滞在中に、和のリズムや旋律に感化されていることも、嬉しい出来事です。

そして、われわれ日本人が、学校の音楽の授業で、必ず聴いた音楽を書きました。
「ピーターと狼」。

いまは、どうかわかりませんが、わたくしは、習いましたよ。

日本語のナレーションは、坂本九。
演奏は、カラヤンのフィルハーモニア盤だったような記憶がありますよ。
なんたって、小学生だったから、もう半世紀くらい前ですよ。

作風が色々変化したプロコフィエフ、1936年、「ロメオとジュリエット」と同じ年の作品。
モダニズムや、激烈な音楽造りから脱して、メロディもしっかりあって、抒情と鋭さも兼ね備えたシャープな作風を取るようになりました。
 親しみやすさと、平易さ、そして、たくみな描写でもって、ナレーションの語るその場面が目に浮かぶほどのリアリティさ。

子供のときは、狼が出てきて、ヒヤヒヤしたし、こずるいネコが憎らしく思い、そして、狼が捕まって、みんなで行進する場面では、晴れやかな気持ちになったものです。

 でも、プチクラヲタ・チャイルドだった自分、廉価盤時代でも、こうした曲には手を出しませんでしたが、フォンタナから出てた、ハイティンク盤が、ハイティンク好きとしては、気になってましたね。

そして、CDを最近購入。
国内レコードでは、ナレーションは、樫山文江さん。
そして、外盤では、なんと、バリトンのヘルマン・プライなのでした。

この、深くて暖かみのあるバリトン声によるナレーションが、とても包容力と親しみに溢れていて、素敵なのですよ。
 そして、それに、完璧なまでに符合しているのが、ハイティンク指揮するコンセルトヘボウの、いつものあの、あったかサウンドに、フィリップスの明晰ウォームトーン。
ことに、この手の曲は、分離がよくなくては話しにならないが、ここでは、ごく自然な、ソロ楽器の捉え方と、劇に合わせたステレオサンドが、とても素晴らしいのですよ。

こうした曲の場合、指揮者が素晴らしいとか、解釈がどうの、とははなはだそぐわないのですが、ここでは、ハイティンクとコンセルトヘボウならでは、ということと、プライの声が、いつものプライらしいですよ、ということにとどめておきましょうかね。

ねこさんも、ピーターの飼い猫として、登場しますが、楽器はクラリネットということで、そのイメージは、そろり、そろりとした動きが、いかにも、ですな。

カラヤン、バーンスタイン、ベーム、小澤、アバド・・・、幾多の大指揮者も録音してきた、「ピーターと狼」。
みなさまも、たまには、いかがですか?
その際は、ナレーターで演奏を選ぶのもひと手ですよ。

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2012年10月23日 (火)

プロコフィエフ バレエ組曲「道化師」 アバド指揮

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都内北区赤羽の名店「まるます家」。

ここは、AM9:00~PM10:00という営業時間で、酒から、豊富なおつまみから、定食、ご飯ものまで、オールタイムで楽しめちゃうワンダーランドですよ。

ネット上ではとんでもなくいろんな情報が出てます。

Marumasu3

先日、川口でお客さんとPM5時からしこたま飲んで。
(生ビール1、熱燗4、生酒1、焼酎1)

そのあとひとり、都内方面に戻る途中、急に思い立ち、赤羽に途中下車。

PM7時30分。
この時点で、もうそうとう酔ってます。

そして、なんと行列に並んで、「まるます家」さんでしたよ。

「ごめん、こんな席で」と通された急ごしらえの席は、どうしてどうして、カウンターじゃなかったけれど、劇団ひとり居酒屋にしてはもったいないお席。

でも、初挑戦の店で、「何します?」と急に言われても、酔ってるし、メニューは壁に貼ってある紙が遠くて読めないし・・・・・、で、思いついたのが、「うなぎ」。
そしたら、「ないない、ない!」って怒られちゃった。
で、気を取り直して、出てきた言葉が「チュウハイ、やまかけ」と、何故か「イカ納豆」。

で、こうなりまして、おんなじようなのばっかりのパワーアップ商材ばかり。

アタクシ、決してそんなつもりじゃぁ・・・・・。

このあと、おばちゃんがやたらと丁寧に・・・・。

Marumasu5

こうなりゃ、やけくそっ、とばかりに、遠目に見えたメニュー札から、「メンチカツ」をオーダー。
これはしかし、マジにうまかったぜ。

ライスもらおうとおもったけど、ガマンしてやったぜぇ。

チュウハイ飲んで、ネバネバ系ツルツル流し込んで、メンチカツだぜぇ。

この店、お酒は3杯までの決まりがあるので、このあたりでオバチャンとお別れ。

これで、よく覚えてないけど、2000円チョイ。

「すいませんぇ~ん、こんな席で申し訳ありませ~ん、またいらしてね」

な~んて、言われちまったぜ、おい。

このあと、へろへろのワタクシ、駅のパン屋さんに突入して、ベーコンエピやソーセージフランスや、アップルパイや、グラタンパンなどを購入したようで、さらに田町駅に降りて、駅前のベンチに座ってそのパンを食って、コンビニで北川景子のアイス「パリッテ」を買って、食べてやったぜ。

朝起きたら、記憶はないけど、そんな残骸をいくつも発見して、悲しかったぜぇ。

はぁ。

Prokoviev_abbado

     プロコフィエフ バレエ組曲「道化師」から

    クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

            (1966.10 @キングスウェイホール、ロンドン)


飲むとひとり道化師のようなワタクシ。

音楽にも「道化師」とタイトルされた作品はいくつもありますが、やはりオペラやバレエに多い。
一番は、レオンカヴァッロのオペラ、それとヴェルディの「リゴレット」もそうでしょう。
いずれも、お笑いを宿命とする男の悲哀と涙の悲劇で、優しい仮面の裏の激情を描いてます。
それと、最近また復刻したカバレフスキーのナイスなオーケストラ組曲「道化師」。
これはいいです。メロディがヒロイックでかっこいいです。
あとは、プロコフィエフのバレエ音楽「道化師」です。
 こちらは、「ロミオ」や「シンデレラ」に押されて、人気の点で少し落ちるかもしれません。

「アラとロリー」に続く、プロコフィエフ2作目のバレエ作品は、1915年で、作者24歳。
例によってディアギレフのバレエ・ルッスからの依頼によるもの。
第一次大戦により初演もされることなく、またディギレフからの要請で大きく手を加え、1921年にパリで初演されている。
さらにその後、バレエ組曲として自身の手で編まれたのがこちらの組曲で、全部で12曲のうち、アバドは9曲を選んで録音している。
この作曲から初演までの6年間の間に、プロコフィエフは、ロシア革命の難を逃れ、アメリカ亡命を決意し、シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断し、航路、福井の敦賀にやってきて、そのあと日本各地を旅することとなります。
 わたしたち日本人が、ときにプロコフィエフの音楽に感じる親しみは、こんな経緯で採取された日本のメロディがどこか根底に使われてたりするからでありますね。

内容は、細かくは不明ながら、「7人の道化師を騙した道化師の物語」とサブタイトルがつけられているとおり、ひとりの道化師が、仲間の7人の道化師を騙して金をくすめとり、その7人が道化師を殺してやろうと繰り広げる物語・・・のようであります。
この音楽は、けっして豊かでも、面白くもありませんが、やはりなんといっても、プロコフィエフならではの弾むリズムと、抒情性、興奮呼び覚ますバーバリズムに、早くもあふれているところが魅力なところです。
後半の争いの場面や終幕の踊りでのダイナミックで、野生的な雰囲気は面白いです・
それと、この頃通じていたストラヴィンスキーとの交流の影響とも思われる場面が、道化師たちの妻の死の場面で、「ペトルーシュカ」を完全に思わせるミステリアスぶり。
舞台で観たら、きっと面白いのでしょう。

アバド、34歳の指揮。

1966年は、レコーディングでは、ほぼデビューの年で、ウィーンフィルのベートーヴェンに次ぐ録音と記憶します。
青臭さが一切なく、当時も機能性抜群だったロンドン響を縦横に指揮しつつ、堂々たる演奏になってます。
リズム感、旋律の歌わせ方のしなやかぶり、強靭なまでのカンタービレ、切れ味の鋭さ・・・・、どれをとっても、いまのアバドと遜色なく、こうした曲では、アバドはまったく変わりない俊馬ぶりなのでした。眩しいですよ、音が。
 
オリジナルカップリングの。「ロミオ」組曲は、後年のベルリン盤とも違った推進力が。
3番とのカップリングだった第1交響曲も清々しい、軽快な演奏に思います。

イタリア人は、プロコフィエフが得意なんです!

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