カテゴリー「アメリカオケ」の記事

2020年11月15日 (日)

コープランド 市民のためのファンファーレ メータ指揮

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 コープランド 「市民のためのファンファーレ」

   ズビン・メータ指揮 ロスアンゼルス・フィルハーモニック

                           (1977.8 @LA)

ジャケットはマゼールのガーシュインのものなので、ここでは載せません。

昨日、レインボーブリッジを徒歩で走破して、対岸のお台場の海岸を散策してきました。

幸せそうなカップルばかり、あときっと貴重なお休みを楽しむ東南アジア系の若いグループなど。

いずれもみんな笑顔。

 心を鼓舞するような決然としたファンファーレ。

公正と正義!

お台場の自由の女神が持つ銘板には、アメリカの独立とフランス革命の年がそれぞれ刻まれてます。

勝ち取った自由を堅持する誇り高い意志。

負けるなアメリカ。

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自由の女神を後ろから見ると、その先に大きなテレビ局のビルがあります。
アメリカも日本も、マスメディアはその存在意義の大きな過渡期を向かえていると思う。

しかし、メータの明快な指揮、デッカの鮮やかな録音が光る3分間だった♫

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MAGA

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2020年7月18日 (土)

バーンスタイン ウェストサイドストーリー シャーマーホーン指揮

Takeshiba

どんより空と止めどない雨が継続の関東。

日々、こもりっきりなので、ちょっとのやみ間を見つけては歩きまわります。

羽田空港への飛行経路が変更されて、都心上空から空港へ向かう飛行機が眺められるようになりました。

レインボーブリッジの下には、再開した東京湾クルーズ船も見えます。

まだ空いてるけれど、若いカップルさんが楽しそうに乗船待ちしているのを何組も見ましたね(byオジサン)

こちらは日の出桟橋からの運航で、一方、竹芝桟橋からのクルーズ船は、コロナ禍にあって、事業撤退してしまい、船は寂しく停泊したままになってます・・・・・

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 バーンスタイン ウェストサイド・ストーリー

  マリア:ベッツィ・モーリッソン  トニー:マイク・エルドレッド
  アニタ:マリアンネ・クーク    リフ :ロバート・ディーン
  その他多数

 ケネス・シャーマーホーン指揮 ナッシュビル交響楽団

          (2001.9.17~18 @ナッシュビル)

言わずと知れた作品で説明不要。
現代版、といってももう60年以上前の「ロメオとジュリエット」。
ポーランド系とプエルトリコ系のともにアメリカ人のグループ同士の抗争と、それに巻き込まれた恋人たち。

ジェローム・ロビンスの原作に、音楽担当がバーンスタインのミュージカルで、1957年ブロードウエイ初演。
舞台は見たことがないけれど、1961年の映画版は、テレビで何度か観た。
そう、淀川長春さんの解説の「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」の日曜洋画劇場です。
日曜夜の洋画は、けっこう楽しみだった。
大河ドラマが終わって、洋画を見て、23時で、もう月曜日の憂鬱が始まる、そんな毎週の繰り返しだった子供時代。
 余談ですが、亡父がホテル系の仕事だったので、若い頃勤務してた熱海の施設に、淀川さんがよく湯治に来ていて、ネクタイをもらったりして、ちょっと親しくしていたらしい。
水色の水玉のネクタイ、まだ実家のタンスにあります。

Westside

これも実家にあった映画のパンフレット。
ナタリ・ウッドとジョージ・チャキリスのマリアとトニー、憧れました、かっこよかった。
よき時代のアメリカ映画を見て、アメリカってすごいな、的にいつも思ってました。

それがいま、どうでしょう。
この映画は、アメリカの縮図のひとつ、ポーリッシュとプエルトリカンは、ごく一部で、多種多様の人種の他民族・自由と民主の国がアメリカ。
数回前のブログで少し書きましたから、もう触れませんが、大統領選を控えて再選阻止を図る国内はおろか国外勢力の暗躍が、アメリカを混沌に陥れようとしている・・・・

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この作品を、オペラ的に演奏してCD録音した84年のバーンスタインの自演盤は、記事にしたかと思ったらしてなかった。
初出以来、よく聴いたけれど、カレーラスとテ・カナワといった人気歌手たちの声が立派すぎて、バーンスタインも重厚すぎたりで、何度も聴くと疲れるかもしれない。

Bernstein-west-side-story-1

もうひとつ、ワーズワースとロイヤルフィル、ボニーの歌った盤も持ってますが、こちらはスマートでかつ耳当たりのいい心地よいウエストサイド。
ボニーのマリーがステキな1枚ですが、英国風で上品な仕上がり。

そして、今回とりあげたのが、ナッシュビル録音。
ここに聴かれる、アメリカの日常感は、肩ひじ張らず、さらりと聴けるし、シンプルに音楽の良さ、歌の良さ、リズムの良さなどを楽しめる。
あまり知らない歌手たちも、普通でよろしく、オペラ的な歌唱はなく、これなら聴き疲れすることはないかもしれない。
オーケストラについて、どうこう聴きとれるものは、このような作品ではありませんが、テネシー州の州都、ナッシュビルのオーケストラは、ネット配信などで、最近の演奏をいくつか聴いてますが、なかなかの実力です。
 バーンスタインの弟子でもあったシャーマーホーンは劇場経験も豊富で、若い頃、バンドでトランペットを吹いたりしていたこともあり、実に雰囲気豊かな、軽やかな指揮ぶりに思います。

アメリカのオーケストラ巡りシリーズ。
ナッシュビル交響楽団は、1946年の創設で、初代ストリックランドという音楽監督のもとに発展。
ずっと年月を経て、1983年、本盤のケネス・シャーマーホーンが指揮者となってから大躍進して、実力を高めたが、長く続いたシャーマーホーン時代は、2005年の氏の逝去により終了。
そのあとを救ったのが、ビルダーのスラトキンで、ナクソスへの録音も引き継ぎ、2006年の新しいホール完成もスラトキンの指揮でこけら落とし。

Schermerhornsymphonycenter

そのホールが、美麗な、その名もシャーマーホーン・シンフォニー・センター。

2008年から、ニカラグア出身のエルシステマ系の指揮者、ジャンカルロ・ゲレーロで、この指揮者といま蜜月にあって、録音もアメリカ音楽を中心にたくさん出てますし、日本人コンマスとして二人目の岩崎さんが、現在もコンマスを務めてます。

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ナッシュビルは、多くの古い建物や景観条例などがあって、ユニークな建造物が多いようです。
西部のアテネとも呼ばれ、原寸大のパルテノン神殿もあるそうな。

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で、シャーマーホーン・センターの外観もこんな感じで、重厚です。

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アメリカ中南部に位置するテネシー州とその州都ナッシュビル。
月並みながら、Wikiを参照に、街紹介。
周辺の都市圏を併せると、人口190万で、Music Cityと言われるくらいに音楽業界の中心地で、カントリー・ミュージックの聖地みたいな都市。
チェット・アトキンス、グレッグ・オルマン、ジョニー・キャッシュ、グレン・キャンベル、エイミー・ブラント、ドリー・パートン、パット・ブーン、エミルー・ハリス・・・etc
多くの著名なミュージシャンが、この街とゆかりがあります。

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このように、川に囲まれ、さらに位置的に鉄道路線の要でもあったことから、南北戦争当時、ナッシュビルを奪取することが戦争の行方を支配するとされたことから、ここは激戦地となったそうな。
美しい街並みからは、そんなことはいま想像もつかないが、古いものへのリスペクトや、カントリー・ミュージックが興隆したのは、こうした歴史もあることからかもしれません。

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 近年、ナッシュビルは経済的にも急成長して、工業・商業ともに2000年代以降は大進展。
日産の米国会社の本社も当地にあって、ニッサンスタジアムも建造され、フットボール場として街の中心、このオーケストラホールの近くにあります。
ちなみに、メジャーリーグはなくて、マイナーリーグの「ナッシュビル・サウンズ」という、いかにもなチーム名になってる(笑)

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名物料理は、ホットチキンと、この画像に代表される「ミート・アンド・スリー」というもの。
メインの肉料理に、3つのサイドディッシュメニューをそれぞれ選べるもの。
いかにもアメリカっぽいっ!
この歳になると、自分には日本の一汁三菜の方がはるかに良いです(笑)

ナッシュビルの最近の現地ニュースを見てみたら、コロナ感染は延べ16,000人で、死亡者数は151人。
ほかのアメリカの都市に比べたら、そんなに多くはない。
問題のデモも、ここでは大きなものは起きてないが、警戒した市行政は、一時、夜間外出禁止令を出したりしてました。
あと、市長がマスクの着用を執拗に呼びかけていて、マスク不着用者やディスタンスを守らない悪質な連中を見つけて発表するようなこともしてます。
日本のマスク着用や、非土足文化が見直されてますが、マスクはどうしても嫌いなようですな。

もう海外旅行なんて、ずっとずっとできないのではないかと思われます。
そして行けない以上に、来れないのが困る。
今年の外来演奏家は、ほぼ全部無理。
来年も危ぶまれます。

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晴れない話題に後半はなりましたが、ここでもう一度、気持ちいい画像を。

早く青空が見たいな。。。。。

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2020年5月19日 (火)

チャイコフスキー 交響曲第5番 アメリカオケ

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5月の青空に鯉のぼり。

この連休中に、ひと気の少ない東京タワーの足元には、今年もたくさんの鯉のぼりが泳いでました。

東日本大震災の折には、岩手県大船渡市にエールを送るため、「さんまのぼり」も登場。
今年も元気に泳いでました。

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自粛による経済活動の低下で、空も空気も澄んでいて、皮肉なものです・・・・

  チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調

世界のオペラハウスが発信してくれる豊富なオペラ映像に、日々うつつを抜かしてますが、そんな合間に聴き親しんだ名曲をしみじみと、いや、これでもか、とばかりに聴いてみた。
オペラばかり観てると、たまに聴くシンフォニー作品は、メチャクチャ新鮮だった。

全体に古めのものばかり、ステレオ録音前提で、いまは呼ばなくなったアメリカの5大オーケストラで。

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    ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

         (1959.1.25 @フィラデルフィア)

オーマンディの古い方、懐かしいCBS録音。
ジャケット写真は借り物ですが、子供の頃、レコード店でよく手にとって眺めていたのを覚えてる。
2枚組、3,300円のダブルシリーズ。
ずっとあとに、廉価盤になったものを聴いたが、ちょっとキンキンする音だったけど、でもそこに煌めくフィラデルフィアサウンドが、これか、と刷り込まれるような明るい音色があった。
CD化されたものは、もっと落ち着いていて、堂々とした歩みを感じさせる貫禄の演奏に感じた。
後述のセルもバーンスタインもそうだけど、CD化によって、イメージを変えてしまうことが多いのはCBS録音だったりします。
後年のRCA録音は未聴、いずれ聴きたいけど・・・

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  ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

          (1959年10.23 @クリーヴランド)

懐かしいジャケットで、セル&クリーヴランドの芸術だったかで、廉価盤になったときに聴いたもので大学生だった。
マスタリングされたCDを聴いたのは、最近のこと。
これもイメージ一新。
硬派なきっぱり型の演奏はかつて思い通りだけど、思ったより潤いがあり、とても豊かなチャイコフスキーだと見直した。
アゴーギクも効かせ、思わぬ効果も多々生んでるし、最終章の有名なシンバル追加も新鮮なもんだ。
こういうチャイコフスキー5番も実にいい!
セル&クリーヴランドが大阪万博で来日して、今年で50年。
帰国後亡くなってしまったセルの没後50年でもあります。
小学生だった自分、テレビ放送された、シベリウスの2番が大いに気に入って、亡くなった志村けんさんの、アイーンじゃないけど、胸のあたりで左手を水平にして、オーケストラをコントロールするセルの指揮ぶりを真似たりしたものです・・・
なんだか、いろんな思いが渦巻くセル&クリーヴランドのチャイコフスキー5番でした。

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  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

      (1960.5.16 @NY)

このジャケットが好き。
バーンスタインの旧盤は、CBSソニーが出したベストクラシックという自社レーベル音源総動員のシリーズものの1枚で、中学生だった自分は、ワンコインで送ってもらえた「音のカタログ」で、この演奏の4楽章冒頭を何度も聴いたものです。
ここだけ、ともかく、懐かしーーー
 CD化されたものを聴いたのはDGの新盤を聴いたあと。
悠揚たる新録音に比べ、まったく違うと感じてしまう、自由自在なフーダム演奏は、思わずずっこけたり、おいおい待って~とか、聴く側のワタクシが追いかけるようなイメージの演奏。
思いのたけを、思い切りその音楽にぶつけて、そのまま音にしてしまうバーンスタンの凄さをここでも感じる次第です。
でも、やりすぎ、疲れちゃう、のも歳を経た自分には感じさせるもので、後年のDG盤もいまの自分にはそんな風に感じます。

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   サー・ゲオルグ・ショルティ指揮 シカゴ交響楽団

     (1975.5.15 メディナ・テンプル、シカゴ)

これぞ、ショルティ&シカゴと思わせる肉太な演奏。
アバドやジュリーニの指揮でシカゴが好きになり、それとは違う骨太シカゴの音を聴いて驚いた70年代。
このコンビのベートーヴェンの交響曲は、全部集められなかったけど、安い装置が実によく鳴る録音の生々しさもさることながら、音楽そのものを混じり気なく聴かせる真っ直ぐな演奏だった。
そのイメージどおりのストレートなチャイコフスキー。
カラヤン&ベルリンフィルの磨き抜かれた嗜好品のような演奏とはまた違う、高度なオーケストラの機能性の行き着いた到着点のような演奏に感じる。
77年発売当時のレコ芸の広告を載せたのは、ここに書かれたことが、このショルティ盤のイメージそのものだからです。
後年の再録音では、もっと柔和になってしまうが、70年代のこのコンビはすごかった。
シカゴの高性能で完璧なアンサンブルを縦横無尽に、猛獣使いのようにコントロールしつつ、その音楽は実に緻密で豊か。
スコアから外れたことはひとつも行っていない模範演奏。
そう、完璧なる模範演奏なんです。
久しぶりに聴いて、ほんと感動しました。

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  小沢 征爾 指揮 ボストン交響楽団

     (1977.2.16 @ボストン)

われらが小澤さん、ざーさん、@70年代、in ボストン。
これらの簡略言葉で、その演奏の様子を書けてしまう自分ぐらいの世代。
 小澤さんはカッコよかった。
同朋日本人が、アメリカのメジャーオケの指揮者になり、メジャーレーベルの看板指揮者になり、ナイスな録音を次々に繰り出していた70~80年代。
高校時代、下手クソながら、クラブ活動のオーケストラに所属させていただいた。
メンバーたちと箱根に遠足(お膝元だったので)したとき、アメリカ人夫妻がいて、果敢な高校生たちは、どこからいらしたんですか?と声をかけた。
そしたら、ボストン!とお答えになった。
すかさず、ワタクシは、オー、セイジ・オザワ、ボストン・シンフォニーとへなちょこながら発し、ご夫妻は、オールライト!ベリーグッド!と満面の笑みでお答えになりました。
 この時ほど、小澤さんの存在が誇らしいという思いをしたことがありません。

3度の録音のある小澤さんのチャイ5の、真ん中の音源。
シカゴ、ボストン、ベルリンフィルとすごいオケとの録音歴を持つ小澤さん。
果敢な雰囲気だけど、以外に慎重なシカゴ盤、練れに練れた柔軟姿勢、オケが抜群にうまいベルリンフィル盤。
それらに挟まれたボストン盤は、細やかで、目の行き届いた欠点ゼロの美味なる演奏。
無駄なことなく、妙な味付けもなし、流麗ななかに、チャイコフスキーの音楽が爽やかで潤いに満ちたものであることを認識できます。
第2楽章は、後年、侘び寂びにやがて行き着く小澤さんの片りんを感じさせますが、ボストンの音の美しさは例えようもないです。

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こたびの5番聴きまくり、いまの心境や状況からの自分のランキング。

 セル → ショルティ → 小澤 → オーマンディ → バーンスタイン

でも、ところと状況がかわれば、もしかしたらまったく逆になるかも(笑)

アメリカのオーケストラ、5大オケなんてのはもう古くて、ロサンゼルスとサンフランシスコも同等の実力だし、デトロイト、ピッツバーグ、シンシナティ、セントルイス、ダラス、ヒューストン、シアトル、ミネソタ、ナショナル、アトランタ等々、みんな凄腕で、彼らのチャイコフスキーも追いかけたいな・・・・

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美しき5月、とはいかなかったけれど、なんとか切り抜けて来年の鯉の飛翔もみたいと思います。

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2019年7月21日 (日)

バーンスタイン ミサ曲 オールソップ指揮

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ずっと曇り空と雨続きなので、晴れの5月の空と海ですっきり。

この海辺の近くの中学校に通っている頃に、ダイジェストだけど聴いたのが、バーンスタインのミサ。

当時は、あまりに異端すぎて、ロックにすぎて、クラシカルなクラヲタ少年にはその内容には理解も及ばない音楽だった。

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  バーンスタイン  ミサ曲

   司祭:ジュビラント・サイクス

   ボーイソプラノ:アッシャー・エドワード・ウルフマン

  マリン・オールソップ指揮 ボルティモア交響楽団
               モーガン州立大学合唱団
               ピーボディ児童合唱団

         (2008.10.21 ボルティモア)

バーンスタインのミサを取り上げるのは、2011年9月についでこれで2回目。
そのときは、作曲者自身の演奏で。
この記事が、われながらよく書けたし、現在も同じ思いで、付け足すこともないので、一部修正しながら引用します。

「このミサ曲の時代背景。
アメリカは、ニクソン大統領治下、ベトナム戦争中。

少し前は、R・ケネディの暗殺、沖縄返還合意・・・・。

ソ連との両極関係にありながら、悩める大国は、戦争に疲れ病んでいった。

その時代のアメリカを念頭に置きながら聴く、バーンスタインのミサ曲。

もう死語にも匹敵するカテゴリーのミサ曲を、それも指揮者でもある近代の作曲家が真剣に取り組むなんて、しかも、カトリックの音楽をユダヤ人が手掛けるなんて。

交響曲第3番「カディッシュ」は、作曲中に起きてしまったJ・F・ケネディの暗殺を受けて、故ケネディに捧げた。
1968年のことである。

 そして、それと同時に構想を練りつつあったミサ曲は、ケネデイ未亡人ジャックリーヌ・オナシスの依頼により建てられたケネディ・センターのこけら落しとして作曲が進められることとなった。

そして、1971年に出来あがったその曲は、ミサ曲の概念を打ち破る劇場音楽としての上演形式であり、クラシック音楽のカテゴリーに収まりきらない、ロックやブルース、ダンスを取り入れた総合音楽的様相を呈した大作となったわけである。

バーンスタインは、この作品を「歌い手、演奏家(楽器)、ダンサーのための劇場用作品」と称している。

1971年9月8日の初演。


ミサ典礼文をこんな感じで歌い踊り演じちゃうことに、聴衆は冒瀆よりは、新鮮な感動と共感を覚えた。

教会内の厳めしい形式的な秘義を劇場に解放してしまった・・・とでもいえようか。
こんな発想をすることができたバーンスタインの天才性と大胆な進歩性。

曲は、ラテン語によるミサ典礼文を基本に置きながら、そこに英語によるバーンスタイン自身とS・シュワルツによって書かれた台本がからんでくる。

キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュスデイ、これら通常典礼文がしっかりあって、それらは時にロックのようにシャウトして歌われたり、ブルース風だったり、ゴスペルだったり、現代音楽風だったりのバラエティ豊富な展開。

その間に絡んでくるのが、追加された歌唱部分で民衆たる合唱やソロによるものと、ミサ全体を司るCerebrant(司祭)のバリトンによる歌唱。


前半部分は、典礼も挿入部分も主を賛美し、神の栄光を称える

司祭は冒頭、「Sing God a simle song・・・・・」~「神に、シンプルに歌を捧げよ!生のあらんかぎり、主を讃える歌を歌おう・・・・」と実に美しい讃歌を歌う。

この曲、わたしは気にいってまして、カラオケで歌いたいくらい。

中学生の頃に発売されたこのミサ曲の、特別サンプル17cmLPをCBSに応募してもらったが、その冒頭がこれ。
何度も何度も聴きました。変な中学生でした。


しかし、典礼の合間合間に、人々の神への不信や不満が芽生えてきて、「何いってんだ!」とか「早く出てこ~い」なんて好き勝手歌い始める。

不穏な空気が後半はみなぎってくる。

クレド=信仰告白に対しては、「告白すりゃぁ、それでいいってか!」「感じてることは表に出せない、見かけなんて嘘ばかり。ほんとうのもの、主よそれがわからねぇ・・・」と不満をぶつける。


しかし、司祭はそれに対し、「祈りましょう」・・・としか答えることができない

「選べるのだったら、一本の木だってよかったんだ。人間になんてなるんじゃなかった・・」と病んだ発言。

あんたは、またやってくると言ってた。いったいいつ来るのよ!いつまでわたしたちを苦しませているのよ、世の中はひどいことになっているよ・・・」


途中、ベートーヴェンへのオマージュのような章もあって、第九の旋律が流れる。
 

それでも司祭は、「祈りましょう」と、聖体拝領を行ってミサの儀を進める


 次ぐアニュスデイは、通常のミサやレクイエムでは神妙かつ優しい曲調なので、そう思って聴くと、まったく裏切られることになる。

民衆と個人ソロが入り乱れて、不平不満大会となって沈黙する神への怒りへと変貌してゆき、暴徒化してゆく。
音楽も、大音響となって収拾がつかなくなる・・・・・。

そこへ、司祭が「PA・・CEM、Pacem」と叫び、赤葡萄酒に満たされた聖杯を床に叩きつけ、聖杯は大きな音を立てて砕け散る。

「平和、平和を」と叫んだ司祭

これからが、司祭の最大の歌いどころ。15分以上をソロで歌い抜けなくてはならない。

法衣服を脱ぎ、「粉々に砕けてしまった、物事はなんて簡単に壊れてしまうんだ。」と悲しそうに、そして空しく歌う。

「まだ待っているのかい?・・・、 だが君たちは、君たちなんだ、何が君たち歌い手たちに出来たかを、それを歌い、それを祈るんだ・・・・」

司祭は、舞台の下に消えてゆく。

前半に出てきたオーボエの神秘的なソロの音楽を、こんどはフルートソロが静かに奏で、やがて最初はボーイ・ソプラノの少年合唱で、次いで民衆やソロ、そして再び一般人のなりで現れた司祭役も加わって感動的なSecret Songsが始まる。

Lauda」、すなわち、誉め讃えの言葉が繰り返される感動的なエンディングは、マーラーの千人交響曲の神秘の合唱にも似ている。

だが、それと違うところは、「汝に平安あれ」と囁かれ、「全能の父よ、耳を傾けてください、われわれを祝福し、ここに集まったすべての人を祝福してください、アーメン」と静かに歌を閉じ、ナレーターが最後にミサの終了をアナウンスする壮麗さとは無縁の渋い印象的な終わり方だ。

The Mass is ended; go in Peace


不穏な時代にも、いつも人の心にある祈りと平和への思い。

沈黙の神への問いかけは、自分の心への問いかけに等しい。

ある意味、宗教の概念を超えた素晴らしいミサ曲だと思います。」

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初演時のバーンスタイン自身の録音から、48年。

作曲者以外の演奏なんて、考えられないという年月は去り、いま、バーンスタインの作品は幅広く演奏され、録音されるようになった。
このミサ曲にも、いまや、K・ナガノ、K・ヤルヴィ、オールソップ、セガンと、多くの音盤が出ました。
今回聴くオールソップ盤は、手兵のボルティモア交響楽団との演奏会のあと、同じホールで録音されたもので、演奏会の熱気そのままの、意欲と共感に満ちた感動的な演奏になってます。
サイクスの司祭の、繊細でありながら没頭的な歌唱は、かつての初演時のアラン・タイトゥスに迫るもの。
オーケストラも巧いし、雰囲気が豊か。
ほかのメンバーも文句なし。

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オールソップは、数あるバーンスタインの弟子の一人でもあり、タングルウッドでクーセヴィツキー賞を受賞したことがその所以であります。
ここでは、バーンスタインとともに、小澤征爾の薫陶も受けてます。
女性指揮者としては、シモーネ・ヤングとともに、トップを走るオールソップ。
ニューヨーク生まれの彼女、コロラド響に始まって、これまで、ロングアイランドフィル、ボーンマス響、2007年よりのボルティモア響、サンパウロ響、そして、今年から、ウィーン放送交響楽団の指揮者となり、アメリカとヨーロッパで大活躍なのです。

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ウエストサイドストーリーを指揮するオールソップさん。
ナクソスに録音したバーンスタイン音楽もたくさんあって、バーンスタイン愛にあふれてます。

さて、アメリカのオーケストラシリーズの一環でもある今回の記事。

ボルティモア響の歴史は、1916年の市立オケとしてのスタートにさかのぼり、100年ほど。
歴代の指揮者のなかで、有名な方は、アドラー、コミッショーナ、ジンマン、テミルカーノフ、そして、オールソップという流れです。
コミッショーナとジンマンとの演奏には、多くの音源が残されてます。
テミルカーノフの時代は、7年ほどのようですが、録音も見当たらず、どんなコンビだったのでしょう、気になります。
現在は、名誉指揮者となっております。

アメリカのオーケストラのランク付けが、かつてはよくされていて、5大オーケストラとして、シカゴ、クリーヴランド、ボストン、フィラデルフィア、ニューヨークであることは、今でも変わらないかと思います。
それ以外に、エリート・イレブンなんて言われかたの時期もあり、その5つに、ピッツバーグ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、デトロイト、ヒューストン、ミネソタの6つ。
しかし、スラトキンが就任して、セントルイスが大ブレイクし、5大オケに迫る実力を見せた時期もありました。

いまは、どうでしょう。
歴史や、レコード時代からの録音の多さ、大物指揮者との関係などから、5大オーケストラは変わりはないかもしれないが、その他の都市のオーケストラも、5大オケにひけをとらない、人気と実力をつけて、それぞれに街に愛される特徴あるオーケストラとなっていて、ランキングなんて、ばかばかしく思えてきたりもします。
ワシントン、シンシナティ、ダラス、アトランタ、シアトル、バッファロー、そして、ボルティモア響。

手元にあった1986年のレコード芸術に、アメリカのオーケストラ徹底研究とかいう特集があるけれど、ここでは、5大オケだけの特集になっているんです。
いまとは隔世の時代、いまの時代、世界のあらゆるオーケストラが楽しめるのは、ネットの普及と、ナクソスとテラーク、シャンドスレーベルのおかげかもしれません。

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 メリーランド州にあるボルティモアは、人口65万人の都市。
歴史的には、南北戦争の舞台にもなり、国家や星条旗もこの街が発祥という。
そう、アメリカ人にとって、なくてはならぬ街なんです。
海岸線にも近い、パタプスコ川に面した、工業と貿易港で栄えた街でもあります。
だから、この街は、シーフードの街でもあり、とりわけ、カニ料理がおいしいらしい!

Baltimore-2

メジャーリーグは、強豪のオリオールズで、いまはちょっと低迷中みたで、日本人選手もいない様子。
ちなみに、姉妹都市は川崎市。
有名な出身者では、音楽家としてフィリップ・グラスとヒラリ・ハーン。
エドガー・アラン・ポーはボストン生まれながら、ボルティモアが気に入り永住。
さらに、政治家としてボルトンさんも、ボルティモア出身。

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アメリカのオーケストラの指揮者は、メジャーリーグとも交流が必須。
ナイスな、オールソップさん。

行くとこは、この先ないだろうけど、カニを食べて、オリオールズ観て、現地のホールでボルティモア響を聴いてみたい。
バーチャルアメリカ、オーケストラ紀行、次はどこへ。

Sodegaura-2

梅雨明けも、あともう少しだ。

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2018年11月23日 (金)

ショスタコーヴィチ、バーンスタイン  ワシントン

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お台場のアメリカ。

もちろんレプリカですが、ちょっとウィキったところ、アメリカの自由の女神は、独立100年の記念に、フランスが贈ったもの。
さらに、その返礼として、パリ在留のアメリカ人、まさに「パリのアメリカ人」が、パリに建てたものもあります。
 東京のものは、1988のフランス年に展示され、この時は、大の親日家シラク大統領のもとでした。これが好評で、2000年より正式に、お台場に設置されたとのこと。
ほかにも、いろんなところにあるそうな。

いずれにしても、自由と民主主義の象徴なのであります。

アメリカのオーケストラシリーズ。

メジャーの5大オケは、あとまわしにして、それに次ぐエリート・イレブンとか一時いわれたオーケストラを聴いていこうという作戦です。
 これまで、ミネソタ管、デトロイト響、ピッツバーグ響と聴いてきました。

今回はアメリカの中心都市、大統領のおひざ元、ワシントンのオーケストラ、ナショナル交響楽団を。

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 ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 ハ短調 op.65

  ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮 ナショナル交響楽団

             (1991年 ワシントン、ケネディーセンター)


正式名称は、ナショナル交響楽団(The National Symphony Orchestra)で、日本では、ワシントン・ナショナル交響楽団という呼称になってます。
国家とか、お国のオーケストラという意味合いなので、ワシントンをわざわざつけなくてもよろしいかと。
もちろん、民間のオーケストラですが。
ちなみに、ワシントンにあるメジャーリーグのチーム名も、ナショナルズという名称です。

 もともと、国事や、公的な祝祭日用のオーケストラとして1931年に創設。
大統領のオーケストラと呼ばれる由縁です。
キンドラー、ミッチェルと地味な指揮者を経て、このオーケストラがレコードなどで世界的に名前が出てくるようになったのは、アンタル・ドラティが1970年に音楽監督に就任してから。
ここでもオーケストラビルダーとしてのドラティの名がアメリカ楽壇に残されることとなります。
デッカの鮮やかな録音で、チャイコフスキーやワーグナー、アメリカ作品、さらにダラピッコラなんてのもありました。懐かしい。

そして、1977年に、ロストロポーヴィチが音楽監督を引き継ぎます。
当時、大統領は、カーターさんで、共和党から民主党に政権が変わった年。
そんな年、74年にソ連から亡命したロストロポーヴィチが、こともあろうに、大統領のオーケストラと呼ばれるナショナル響の指揮者になる。
 反体制で、言論人を多く擁護してきたロストロポーヴィチを起用するという、アメリカという自由な国の典型的な実例がここにあるわけであります!
その後、78年には、ソ連邦は、ロストロポーヴィチの国籍をはく奪するという対抗処置に出ます・・・

チェリストであり、ピアニストであり、指揮者でもあったロストロポーヴィチ。
自国の作曲家の作品を積極的に指揮して、広めることにも責務を感じていたと思います。

ソ連邦崩壊後、ナショナル響とロンドン響を振り分けて録音したショスタコーヴィチの交響曲全集。
その全部を聴いてませんが、ロストロポーヴィチならではの、濃厚な解釈と、そこここに聴かれるユニークな節回しなど、普段、わたくしが好んで聴く、欧州勢による純音楽的なスコアの解釈による、シンフォニックなショスタコーヴィチと異なるものを感じます。
 この8番も、ナショナル響が、ロストロポーヴィチの解釈にピタリと合わせていて、長大な第1楽章や4楽章のラルゴなど、実に深刻で暗澹たる音色を聴かせます。
一方で、スケルツォや行進曲調の楽章では、オーケストラの個々の奏者の妙技を引き出してますし、はちゃむちゃ感もお見事。

独ソ戦下に書かれた8番。
1943年の作品。
世界は戦争という災禍に覆われてました。

Kenedy

ナショナル響の本拠地、ジョン・F・ケネディ・センター。
1971年、このホールのこけら落としのために作曲されたのが、バーンスタインのミサ曲。

バーンスタインとこのホールとの関係でいうと、もう1曲。
1976年のアメリカ建国200年を記念して作曲された「ソングフェスト」があります。
間に合わずに1年遅れとなりましたが、1977年の10月に、作者がナショナル響を指揮して初演、12月にレコーディングされました。
そう、まさにロストロポーヴィチの音楽監督就任の年でもあります。

Bermstein_song_fest

 バーンスタイン ソングフェスト

 ~6人の歌手とオーケストラのためのアメリカの詩による連作~

  S:クランマ・デイル       Ms:ロザリンド・エリアス
  Ms:ナンシー・ウィリアムズ T:ネイル・ロッセンシャイン
  Br:ジョン・リアードン     Bs:ドナルド・グラム

   レナード・バーンスタイン指揮 ナショナル交響楽団

           (1977.12 ワシントン、ケネディーセンター)

  Ⅰ.賛歌

①冒頭の賛歌 「 一篇の詩を」 フランク・オハラ
 
  Ⅱ.3つのソロ

②「高架線の向こうの駄菓子屋で」ローレンス・フェルリンゲッティ

③「もう一人の自分に」 ユリア・デ・ブルゴス

④「君の言葉に言おう」 ウォルト・ホイットマン

  Ⅲ.3つのアンサンブル

⑤「僕も、アメリカに歌う」 ラングストン・ヒューズ

 「ニグロでいいの」 ジューン・ジョルダン

⑥「大事な愛しい夫へ」 アンネ・ブラッドストリート

⑦「小さな物語」 ガートルード・スタイン

  Ⅳ.6重唱

⑧「もし君に食べるものがなかったら」 e.e. カミングス

  Ⅴ.3つのソロ

⑨「君と一緒に聴いた音楽」 コンラッド・アイケン

⑩「道化師の嘆き」 グレゴリー・コルソ

⑪ソネット「わたしがキッスしたのは?」エドナ・セント・ビンセント・マリー

 Ⅵ.賛歌

⑫締めの賛歌「イズラフェル」 エドガー・アラン・ポー

バーンスタインによって選ばれた、アメリカ建国前の17世紀半ばから、20世紀当時までの300年にわたる自国の詩につけた歌曲集で、それらをソロやアンサンブルでつないで行く巧みな構成。

光と闇もありますが、愛のこと、結婚のこと、日常の生活、個人・みんなの豊かな豊富、創造的な思いなどを歌い継ぎ、作曲時の建国100年という節目に、良きアメリカを包括的に振り返るという内容になってます。
 一方で、ピューリタンとしてやってきた彼らの社会に内包される、黒人、女性、同性愛者、移民などを含むマイノリティの問題も、ここで取り上げているところが、アメリカの良識であり、バーンスタインらしいところです。

曲はとても聴きやすくて、エレキギターや電子オルガンなども含み、多彩な響きがオーケストラから鳴り渡りますが、明るく屈託がない場面や、シリアスなシーンも多々。
バーンスタイン節がそこここにあふれてます。

 最後のポーによる「イズラフェル(天使のひとり)」賛歌の一節

  住みたいものだ イズラフェルのところに
  彼がいる天上に そう、彼もわたしの住む地上では
  あんなにうまく歌うのは無理だ
  地上のメロディを天上と同じようには
  それにひきかえ、私ならもっと大胆な調べがあふれ出てくるのだ
  天にのぼって、私が竪琴を奏でれば


         (かちかち山のたぬき囃子さまの記事より)

理想を高く掲げ、求め続けるアメリカです。

いや、でした、か。

ポリティカルコレクトネスのもと、すべてがフラットに、という観念に縛られすぎ。
過去にも遡って断罪される。

異なる信教の方のために「メリー・クリスマス」も言えない。

そんな堅苦しくなったアメリカに、Make America Great Again! と掲げる大統領が出てきた。

バーンスタインが100歳で存命だったら、いま、どんなアメリカを作曲するんだろう。

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Washington_1_2

ワシントンD.C.

District of Columbia、特別自治区としての称号、コロンビアは、コロンブスのこと。
大統領のお膝元、ワシントンは、ワシントン州の州都。
人口は、60万人ほどだが、周辺首都圏ゾーンとしては、600万人ぐらいの規模となります。

Washington_2

桜並木で有名なポトマック川を背に立つ、ケネディ・センター
その東に目を転じると、ホワイトハウスがあります。
ホワイトハウスを中心に、放射状の街づくり。
地図でも見ても合理的でかつ、美しい。

そして、アメリカの歴史に名を残した人物たちが、街のあちこちに、その名を刻まれている。
自己の建国以来の歴史に、誇りを持ち、それを高らかにしているアメリカという国。
世界の民主主義をリードする覇権国家。
日本の街には、こんなあけすけな名前の付け方の場所はない。

敗戦で尊い永き歴史を一時的に否定されそうになったが、いまや民主主義国家として、アメリカと同盟を組み、ともに自由な理念を世界にリードしていく国となった。

飛躍しすぎましたが、ワシントンの街と地図をつらつら眺めていて思ったことです。

Washington_3

ザ・アメリカのひとこま
観光HPより拝借してます。

クリスマスには、「ハッピー・ホリディ」じゃなくって、「メリー・クリスマス」と言いたいよ。
八百万(やおろず)の神のわがニッポンですからなおさら。

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ナショナル響の指揮者の変遷。

ロストロポーヴィチ(1977~1994)、スラトキン(1996~2008)、I・フィッシャー(2008~2009)、エッシェンバッハ(2010~2016)、J・ノセダ(2017~)

実務的な実力者ばかり。
しかし、みんな録音が少ない・・・・
ノセダは、好評で、2025年まで、その任期を延長してます。

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2018年10月 6日 (土)

「タンホイザー」と「巨人」 ピッツバーグ響

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夜明けの相模湾。

左手は三浦半島。

このところ、雲に覆われる日々ばかりで、せっかく海のある街に帰っても、日の出を拝むことができなかった。

しかし、これはこれで絶景。

自然は怖い牙をむくけれど、静かなときは美しいものだ。

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 ワーグナー  交響組曲「タンホイザー」
            (パリ版に基づくマゼール編)

    ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (1990.12 ハインツホール)

マゼールが、84歳で亡くなってから、もう4年が経つ。
神出鬼没的な存在で、個性的で、ときに鼻につくこともあったけれど、なんだかんだで好きな指揮者でもあった。

その歴任ポストも世界をまたにかけたユニークな渡り方で、ベルリン放送響→ベルリン・ドイツ・オペラ→クリーヴランド管→フィルハーモニア菅(准指揮者)→フランス国立管→ウィーン国立歌劇場→ピッツバーグ響→バイエルン放送響→トスカニーニ・フィル→ミラノ・スカラ座(准指揮者)→ニューヨーク・フィル→ミュンヘン・フィルと、まあすごいことなんです。
日本にも、東響や読響、N響を振りに何度も来てました。

マゼールが一番面白かったのは、ベルリンからクリーヴランドぐらいまでと思ったりもしてます。
あとは、ウィーンで失敗して、ベルリンフィルの座も取れなくて、なんか迷走したりもした時期もあったりで。

そんななかから、ピッバーグ時代の1枚を。
マゼールのピッバーグ時代は、1984年~1996年と、割と長期に渡ってまして、なぜなら、マゼールは名門ピッバーグ大学で学んだほか、ピッバーグ響でもヴァイオリン奏者を務めた経験があるので、街にもオーケストラにも愛着があったわけだ。

ワーグナーのオペラ全曲録音を残すことがなかったのは、とても残念なことですが、抜粋や管弦楽作品は、いくつも残してくれました。
そんななかで、マゼールが手をいれた風変りな作品が「タンホイザー」組曲だ。

序曲から大規模なバッカナールになだれ込むパリ版に忠実な1幕前半。
なかなか堂々たる演奏で、バッカナールもマゼールならではの悩ましさ。
そして曲は、ヴェーヌスとタンホイザーの絡みがネットリと続き、そのままヴェヌスブルクは崩壊し、清廉な野辺へと転じ、騎士たちとの再会で高らかに終わる第1幕。
 2幕は、歌の殿堂の場面は、かなり華やか聴かせ、タンホイザーとエリーザベトの二重唱もしっかりあるが行進曲はおとなしめな印象。
エリーザベトの嘆願をへて、ヴェーヌスへ、としずしずと進むとこで終わり。
 3幕からは巡礼行から始まり、エリーザベトの祈り、しんみり夕星ときて、そのあと怪しいムードでヴェーヌスがやってきて、さらに駆け足で、ローマ語りをすっとばしながらやってからの巡礼たちの合唱、ここは合唱はなんとハミング、そして思わぬ軽やかさで曲を終結。
以外に尻すぼみな感じの構成で、マゼールとしては、みずから編んだのに、前半はマゼールらしいが、後半は、もっとガンガンやって欲しかった的な感じです。
 
 ドイツ的な響きを持つピッバーグ響は、腰の低い低音から、マゼールの紡ぎだす妖艶なサウンドまで、とても能動的に機能してます。うまいです。
 マゼールは、ウィーン国立歌劇場での音楽監督のデビュー演目に、この「タンホイザー」でもって、歌手の不調もあって、大ブーイングを浴びてしまい、さらに、カーテンコールで親指を下にするパフォーマンスをしてしまい、大炎上した、と読んだことがあります。
因縁のある「タンホイザー」を故郷のひとつ、ピッツバーグで、自らの編曲でリベンジしてみた1枚でした。
 ワタクシには、どうも歌がないと、気の抜けたビールのように思えてしまうのであります。
リングのオケ版もそうです。
 それより、マゼールのバイロイトでの「リング」を正規発売してほしいと思います。

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ピッツバーグは、ペンシルバニア州の大都市で、オハイオ川の起点にあることから水辺の街でもあります。

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                           (Southern Airways HPより拝借)

鉄鋼の街として栄えたが、その後の鉄鋼産業の衰退で、次はハイテクや金融、まさにいまのアメリカの主要産業を基軸にした都市となっている。
大学も多く、むかしからの大企業も存続していて、そのひとつがケチャップの「ハインツ」。
ドイツやイギリスの資本の企業も多数。欧州との結びつきが大きい。

都市圏としての人口は240万人で、冬はとても寒そうだ。
野球は、そう、「パイレーツ」ですよ。桑田真澄がいっとき在籍してましたな。

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そして、オーケストラはピッツバーグ交響楽団。
ケチャップのハインツがスポンサーだし、本拠地もずばり、ハインツホール。

1895年の創立。一時、財政難で解散し、再スタートしたときは、クレンペラーも尽力し、そして、このオーケストラの基本を作り上げたのは、フリッツ・ライナー。
ライナーのあとは、スタインバーグが長く腰を据え、ドイツ的な響きを身につけた。
さらに、プレヴィン(76~84年)、マゼール(84~96年)、ヤンソンス(95~04年)、A・デイヴィス、ヤノフスキ、トゥルトリエの3人体制(05~07)、ホーネック(08~)という陣容。
 財政的に豊かなこともあり、そしてこのオーケストラや街や環境もいいのか、名指揮者たちが長く歴任してます。

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                  (ピッバーグ響のHPより拝借)

スタインバーグからマゼールまでは、レコーディングがたくさんあったのに、ヤンソンスとはとてもいい関係だったのに係わらず、ショスタコーヴィチぐらいしか録音がない。
自主製作盤に魅力的なものはあるが、残念なこと。
90年代終わり頃から、アメリカのメジャーオケの録音は、お金がかかりすぎて採算が合わないようになってしまったからか・・・

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  マーラー 交響曲第1番 「巨人」

    マンフレート・ホーネック指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (2017.9.4 @Proms)


現在の指揮者ホーネックは好評で、先ごろ2022年まで、その任期を延長しました。
このコンビのCDは、そこそこ出てますが、高いし(笑)、腐るほど他盤持っている曲目ばかりなので、手が伸びません。
しかし、昨年ロンドンのプロムスの放送で聴いたマーラーは、実に活力みなぎる演奏で、いま聴き返しても、たくさん新鮮なヵ所が続出し、飽きさせることのない名演でした。

これほどの名曲になってしまうと、曲がちゃんとしているので、楽譜通りに演奏すれば、それなりの成果をあげることができるのですが、ホーネックは一音一音を大切に、そしてフレーズにもごくわずかに聴きなれない味付けを施します。
緩急も、かなりつけるのですが、それが自然体なのは、オーケストラ出身の指揮者だからでしょうか、嫌味がありません。

このホーネックの自在な指揮に、ピッバークのオケはピタリとついていきます。
そして金管の巧いこと!弦がしなやかで美しいこと。

いいオーケストラだと思います。
アメリカの香りのするヨーロッパのオケって感じ。
ボストン響にも通じるかな。

マーラーの最後のクライマックスの築きあげ方、じわじわ来ます、そしてタメもうまく決めつつ、底知れぬ大爆発。

ロンドンっ子も大歓声と大絶叫!

アンコールのJ・シュトラウスのポルカもすごいことになっちゃってます。

アメリカ、オーケストラの旅、楽しい~

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薄日に、漕ぎ立つ船あり。

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2018年9月29日 (土)

ラフマニノフ 交響的舞曲 スラトキン指揮

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柿と彼岸花。

秋本番・・・、と言いたいところですが、ややこしい気象が続きますね。

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 ラフマニノフ   交響的舞曲 op45 

    レナート・スラトキン指揮 デトロイト交響楽団

        (2012.2.9~ @デトロイト・オーケストラホール)


3つの楽章を持ち、さながら第4交響曲のような存在の交響的舞曲。
日本では、さほどではないけれど、昨今、海外のオーケストラでさかんに演奏されてます。
ネットで最近聴いただけでも、ヤンソンス、ネルソンス、V・ペトレンコ、女流のカネラキスなど、いくつも。
 2番はもう普遍的な名曲になってしまったけれど、次に来るのが交響的舞曲と3番だと思ってます。

過去記事からの引用となりますが、リズムとメロディの宝庫です。

>作品45aが、このオーケストラ曲に先立って書かれた2台のピアノ版。
ついで、1940年にオーケストレーションされたのが、この作品で、ラフマニノフの文字通り最後の作品となっていて、初演はこの作品を献呈されたオーマンディとフィラデルフィア管弦楽団によって行われている。
ラフマニノフはロシアを去ってのち、晩年はスイスとアメリカを行き来していたらしいが、その終焉の地は、ビヴァリーヒルズだそうな。
1943年に69歳で亡くなっているから、この作風は思えば保守的なものである。

バレエ音楽としても想定していたからから、その舞曲の名が示すとおり、全編弾むようなリズムが漲っていて、そのダイナミズムもふんだんに味わえる。
そして、当然にラフマニノフを聴く喜び、そう、甘味な旋律とうねり、むせぶような情念とメランコリー。
あぁ、ラフマニノフはこうあるべし、ともいえる作品であります。
当時埋もれていた第1交響曲の引用や、毎度、ほんとに毎度おなじみの、ディエス・イレの引用もしっかりある。

ピアノが活躍し、弾むようなリズムが印象的な冒頭から、中間部のサキソフォーンの泣き節が極めて印象的な第1楽章。
 ワルツ形式の第2楽章。最初は手探りで旋律を模索しつつ、徐々にワルツのリズムが姿をあらわし、ついに哀愁に満ちた旋律が全貌をあらわす。
これは一度聴いたら忘れられない。シベリウスの悲しいワルツにも似てるが、このラフマニノフの音楽は、憂愁に満ち満ちていて、もっと根っこが暗く感じる。
悲しい気分の時に、さらに落ちたいときにどうぞ。
 目まぐるしくも激しい音のぶつかり合いが聴かれる終楽章は、ちょっと掴みどころがないかもしれない。スピーディな展開の中に、終結のディエスイレの場面に音楽が収斂してゆき、ダイナミックに音楽を閉じる。<

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2008年からデトロイト響の指揮者をつとめているレナート・スラトキン。
音楽一家の出身のスラトキンは好きで、これまでいろいろ聴いてきたけれど、もう74歳。
セントルイス響をアメリカ五大オーケストラに肉薄するぐらいに引き上げた80年代が、スラトキンの一番輝いていた頃かもしれない。
 ニューオーリンズ響→セントルイス響→ワシントン・ナショナル響→BBC響→ナッシュビル響→リヨン管→デトロイト
こんな変遷だけれど、どこか地味で、一時は、ニューヨークあたりのメジャーに行くのかとも思っていたけれど、思えば実力派ならでは、またビルダー的な存在ならではのポストの歴任かもしれず、いかにもスラトキンらしい。

そして1914年創立のデトロイト交響楽団。
自動車産業の豊かな資本を背景にスタートしたけれど、当初はさえないオーケストラだったらしい。
そこへ着任したのが、フランスからのポール・パレーで、パレー時代にデトロイト響は黄金期を迎えることになり、そのあと、エールリンク、チェッカートと経て、アンタル・ドラティの時代に、第二の黄金期を迎えます。
ドラティのあとは、渋いヘルヴィッヒを経て、ネーメ・ヤルヴィとなって、録音も復活。
そしてスラトキンとなるわけです。
前回取り上げたミネソタ管でも、ドラティがいい仕事をしているわけですし、今後のアメリカオケ特集のなかで、どれだけ登場するか、楽しみです。
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  デトロイトは、ミシガン州にあり、五大湖のエリー湖とヒューロン湖の間あたりに位置し、エリー湖につながるデトロイト川の対岸はカナダであります。
単独では70万人ぐらいの人口ですが、広域都市圏で見ると450万人という大都市。
いうまでもなく、フォードから端を発し、ゼネラル、クライスラーとアメリカの自動車産業の拠点であった都市ですが、アメリカの自動車産業の衰退もあり、人口は減少の傾向にあり、重ねて、治安もあんまりよくないらしい。
野球はデトロイト・タイガース、日本の姉妹都市は豊田市。
タイガースには、一時、野茂や木田が在籍していたし、日本のタイガースとの関係も深い。
こんな風に、工業・自動車で日本につながるデトロイト。

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                                                 (デトロイト響のHPより拝借)

オーケストラホールもなかなかにいい雰囲気の建造物で、こんな画像を眺めながら、デトロイト響の音を聴くのも楽しいものです。
昨年、来日したが聴き逃しました。

リズム感のある音楽を振らせたら、スラトキンは随一の存在だと思う。
デトロイト響の持つ機能性と、音楽を生き生きと、わかりやすく聴かせる指揮者スラトキンとのラフマニノフ。
切れ味もいいし、濃厚になりすぎずに、甘味な歌いまわしも爽やかですらある。
 第二楽章のワルツでは、デトロイトの都会的な夜景を思い、聴くと、なかなかに憂愁を感じさせる切なさがあります。
録音がややデッドで、音が生々しい感じで、少し潤い不足なのが残念だが、オーケストラの抜群の巧さは十分に感じます。

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                                   (Discover Detroit より、ウォーターフロント)
ほかの交響曲3曲、40年前のセントルイス響との演奏に比べ、構えの大きさと深みは増してます。
でも、あちらで聴かれた、熱気と気迫は捨てがたい魅力がありました。

スラトキンとデトロイト、マーラーでも全曲やってくんないかな。。。

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実家の近所の果樹園の柿。

秋の味覚、楽しみ。
台風来ないで!

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2018年9月24日 (月)

ドヴォルザーク 後期3大交響曲 マリナー指揮

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あんなに暑くて、文句ばっかりいってたのに、さすがに、暑さ寒さも彼岸まであります。

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   ドヴォルザーク 交響曲第7番 ニ短調 op70

          交響曲第8番 ト長調 op88

                           
  交響曲第9番「新世界より」 ホ短調 op95

    サー・ネヴィル・マリナー指揮 ミネソタ管弦楽団

              (1981.2、1984.3 ミネソタ)


ネヴィル・マリナーがアメリカのミネソタ管弦楽団の首席指揮者を務めたのは、1979~創立86年で、このフィリップスのドヴォルザーク録音は、その間の蜜月時代に行われたもの。

Minnesota

ミネソタ州ミネアポリスに拠点を置くミネソタ管は、1903年の創立で、ミネアポリス交響楽団としてスタートし、その歴代指揮者も大物ばかり。

オーマンディ、ミトロプーロス、ドラティ、スクロヴァチェスキー、そして、マリナー、あとは、デ・ワールト、大植英次ときて、いまは、オスモ・ヴァンスカが長期にわたってその任にあります。
オーケストラ・ビルダーとして各オーケストラを鍛え上げたドラティと、ミスターSの略称で20年間親しまれた、スクロヴァチェスキー。このふたりが、ミネソタ管の根本を作り上げた指揮者ではないかと思います。
 それ以降は、数は多くはなけれど、メジャーな指揮者とともに、いい録音がいくつも残ってますし、大植英次の名前を知らしめるようになったのもミネソタ管あってのことかもです。

現在のヴァンスカ首席の元では、経営側と楽団側とのゴタゴタを乗り越え、名コンビとして、素晴らしいシベリウスを聴かせてます。(2番しか聴いたことなけれど)
大都会だけど、大きな州のなかには、湖水も点々とするミネソタ州。
アメリカの各オーケストラにも、それぞれ味があります。

ミネアポリスは、隣りのセントポールと合わせた広域都市圏としてみると、人口335万人の大都市圏となります。
メジャーリーグでは、ミネソタ・ツインズがあって、かつて西岡(ロッテ→ツインズ→阪神)が在籍したところ。
あと、プリンスの出身地でもあります。
こんな大都市が、国内にごろごろあるところが、アメリカという大国の巨大さであります。

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ミネソタ管の本拠地、オーケストラ・ホール(左側・グーグルマップより)

ちなみに、ミネソタ管は、2017年より、日本人指揮者の藤本亜希子さんが、副指揮者として活躍していることも、嬉しいことです。

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マリナーは、のちにアカデミーとも再録音をしているが、私は、そちらは未聴です。
ラトルが初来日したフィルハーモニア管に帯同し、8番を演奏したが、その得意とする8番をまず単独で録音し、3年後に、7番と9番を録音して、一挙に後期3大交響曲を完成させたわけです。
 国内盤でも、8番が単独で出て、そのあとは、3曲がセットで出たので、意外と入手しにくかったような印象を持ってます。

CD時代になって聴いた7、9番。
なかなか素敵なジャケットで、そのデザインは、Sylvan Steenbrink というライターで、いかにもアメリカン、といった作品ばかりで、そのサイトはかなり楽しいものでした。

早めのテンポで、こだわりなく、すいすい進む7番
でも、ときに、ティンパニの強打を見せたり、終楽章でたたみ込むような迫力を見せたりと、思わぬメリハリを展開してみせる。
でも、この7番の一番好きな楽章、2楽章のブラームスがボヘミアにやってきたかのような、内声部のほのぼのとした豊かな歌が、マリナー特有のすっきり感でもって、とても爽やかに聴くことができます。

手の内に入った感のある8番は、明るく軽快に、でも、ここはもっと歌って・・・というところも、す~っと流してしまうところもあって、まさにマリナー風。
昨今、あらゆる指揮者が好んで取り上げる8番だけど、力こぶが入り過ぎてダイナミックになりすぎたり、張り切り過ぎたフォルテでうるさく鳴らしたりという演奏もあるが、マリナーには、そんな効果を狙うような様子はさらさらなく、淡々とバランス良く4つの楽章を聴かせる。
あのメロディアスな3楽章も、楚々たる雰囲気で、これはこれでいい、と思わせます。

9番「新世界」は、繰り返しも行いつつ、これまたスッキリと見通しのいい演奏。
名旋律が次々に繰り広げられるなか、以外や新鮮な内声部が聴こえてくるところがマリナーらしい。
アメリカのオーケストラならば、身に沁みつくほどに演奏し慣れたこの曲だから、穏健なマリナーの指揮に、もっとガンガンやりたいと思う楽員もいたであろう。
そんなオーケストラをうまく抑制しつつ、最後の大団円では、オーケストラを解放させるように、かなりダイナミックな終焉を築きます。
そんななかに、8番のように、楚々たるラルゴが、無垢な感じで、高い秋空に映えたりします。

マリナー卿のドヴォルザーク、秋の始まりに相応しい演奏でした。

2年前の10月2日に、マリナー卿は亡くなりました。

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