カテゴリー「音楽」の記事

2016年3月18日 (金)

J・シュトラウス 「酒・女・歌」 シューリヒト・ボスコフスキー・グシュルバウアー

Hirayama

もう散ってしまった今時分の河津桜。

ピンクが濃くて、桃の花みたい。

なんか官能的でもあります。

背景が青空じゃなくて、これが暗い夜空だったりして、しかも、暖かい晩だったりしたら。

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  J・シュトラウス ワルツ「酒・女・歌」 op333

    
       カール・シューリヒト指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団

                            (1963.4 @ウィーン)

       ウィリー・ボスコフスキー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                            (1965.10 @ウィーン)

       テオドール・グシュルバウアー指揮 NHK交響楽団

                            (1988.1  @NHKホール)


3つの演奏を聴いてみました。

処分整理のなか、ふと見つけたビデオ起こしのDVD。
N響アワーのなかでの、懐かしいグシュルバウアーの指揮ぶり。

ウィーン生まれ、ウィーン少年合唱団出身のグシュルバウアーだけど、ウィーンの楽壇とは少し距離があって、ドイツやフランスでのポストしか持てなかった。
よくいわれるけど、オーストリア系、それもウィーンっ子は、指揮者の場合、ウィーンでの活躍がなかなか約束されないということ。

そんなグシュルバウアーも、もうすぐ77歳。
巨匠の域に達した姿を是非聴いてみたい。
柔和な指揮ぶりのなかに、思いのほか強い意欲を込める。
そんなグシュルバウアーが妙に好き。
ロンドンフィルを指揮したウィンナワルツ集の音源もありますな。

Guschurbaeuer


J・シュトラウス(1825~1899)の44歳、壮年期の作品。
恋多きシュトラウスの甘くも、晴れやかなワルツ。

酒・女・歌。。。何が悪い、楽しいじゃないか!

そんな風な想いを明るく、あっけらかんとして歌いこんだ曲。

どちらかというと、人生を楽しく過ごすためのツールとして、まず音楽があって、そこには美味しい酒と食がつきもの。
そしてなによりも、愛する女性がそこに共にあって欲しい、という、そんな日々を謳歌したいというワルツ。
いいなぁ、享楽的で。

いまのわたくしに欠けている3要素+MとTとH。

はて何でしょうな。

このステキなワルツを初めて知ったのは、シューリヒトの指揮。
コンサートホールのレコードでした。
前奏をカットして、簡潔に、シンプルに、でも、とてつもなく粋に、小唄のように演奏した達人の極意。

 ウィーン出身の人たちが、意外や、すっきり、あっさり、スタイリッシュな演奏に向かう。
そんな典型が、ウィリー・ボスコフスキー。
ヴァイオリン片手に、ニューイヤーコンサートの顔となったボスコフスキーだけど、その音楽は、しなやかでありつつ、とても現代的だった。
思えば、W・ウェラーも、いま活躍するホーネックも、みんな淡麗系。
濃厚なウィーンの味と裏腹に。

面白い傾向だと思います。

さてはて、3種の「酒・女・歌」を聴きつつ酩酊中。

あと2週間で、いろんな節目を築きたい。

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2015年12月26日 (土)

ヘンデル 「メサイア」 オーマンディ指揮

Kitte_a

東京駅丸の内口の商業施設KITTE。

毎冬恒例のWHITE KITTE。

色が変化して、四季を演出。

きれいなものです。

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春夏秋冬を想って並べてみました。

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  ヘンデル  オラトリオ「メサイア」

    S:アイリーン・ファーレル    A:マーサ・リプトン

    T:デイヴィス・カニングハイム B:ウィリアム・ワーフィールド

   ユージン・オーマンディ指揮  フィラデルフィア管弦楽団
                      モルモン・タバナクル合唱団
              合唱指揮:リチャード・P・コンディ
              トランペット:ギルバート・ジョンソン

                      (1958,59 @フィラデルフィア)


ヘンデルの「メサイア」は、なにも、クリスマス・シーズンだけの音楽じゃない。

日本では、この時期に演奏され、聴かれることが多いけれど。

しかし、メサイア・救世主・イエス・キリストの生誕と、その栄光と、死と、その復活を描いた、このヘンデル作品は、思えば、聖書の物語をこと急ぎ過ぎ。

でも、2時間半ぐらいの物語に、イエスの生涯を凝縮しようとしたら、こんな感じになるのでしょうね。
オラトリオというカテゴリーにおいては、オペラと声楽曲の間に位置する、宗教的な作品ということになるのですから、宗教的に疎い日本人には、本来、なかなか取りつきにくいジャンルなのですね。

しかし、そこは、ヘンデル。
しかも、英語の原曲だし、高名なる「ハレルヤ」があるのですから、晴れの日好き、クリスマスのキラキラ好きな日本人には、大いに受けるわけです。

英語圏の国々には、等しく浸透していますね。
英国とアメリカ。そして、クリスマス好きの日本。
ドイツ語圏では、独語バージョンや、モーツァルト編があるにしても、どうでしょうかね。
まして、フランス、イタリア、ラテン系の国々では、この作品、あんまり聴かれないのではないでしょうか。

 アメリカの文化にあこがれた子供時代。

テレビでは、奥さまは魔女とか、ディズニーランド、ルーシーショーなどが土日に放映され、子供心に、アメリカの先進性に、すっかり心を奪われたものでした。
 その思いは、いまも基本で引きずっていると思います。
クリスマス時期における振る舞いとか、アメリカ発の風物への妄信などなどね・・・

 それと音楽では、クラシック音楽に目覚めた時期に、当時、二分してた流れが、カラヤンとバーンスタイン。
すなわち、ヨーロッパ本流と、アメリカ勢力との対抗軸。
DG・EMIとCBS・RCAですよ。
湯水のように毎月、発売される、ヨーロッパ発とアメリカ発のレコードは、いまでは信じがたいほどに勢いがありました。

そんななかの思いでの「メサイア」といえば、オーマンディ盤。

中学1年のことでしたか。
クリスマスも近い頃に、FMで聴いた「メサイア」は、もしかしたらリヒターの旧盤、すなわち独語バージョンによるものだったと思います。
ハイドンより前の、バロック音楽をほとんど聴いていなかったワタクシには、実に新鮮に響いたヘンデルのこの曲。
 すぐさま、レコードが欲しくなり、調べましたが、ほとんどが3枚組で高額なものばかり。
ところが、CBSソニーが出していた、ダブルシリーズというものがあって、主に、オーマンディの指揮による演奏が、2枚組で、2500円という破格値で、そのシリーズに、この「メサイア」があったのです。
 クリスマスプレゼントとして、父親に銀座のヤマハで買ってきてもらって、それこそ毎日、すり減るほどに聴きまくったのでした。

Messiah_ormandy

 安い装置でも、実によく鳴るし、子供心にも、豪華な演奏であることがわかりました。
あと、合唱も歌手も、アメリカっぽくて、ドイツ系の歌唱とはかなり異なることも。
でも、ともかく、この演奏がとても気に入りました。
そして、お気に入りの番号を抜き出しながら聴くようにも。

①前奏曲→Comfort me 、Every valley テノール→And the glory 合唱→And he shall purify 合唱→Behold a virjin アルト・合唱→For unto us a Child is born 合唱→パストラル→He shall feed his flock アルト→His yoke is easy 合唱→②He was despised アルト→And with his stripes 合唱→All we like sheep 合唱→Thou Shalt break テノール→Halleuja 合唱→③I know that mey redeemer ソプラノ→The trumpet shall sound バス→Worthy is the Lamb 合唱

こんな感じの流れで自分なりの抜粋で。

 そして、今年、CD化された当盤を米アマゾンにて見つけて購入。
数十年ぶりに聴く、オーメンディの「メサイア」。
大昔のあの感覚がよみがえった。

ゴージャスなフィラデルフィア・サウンドはそのままに、一方で、大らかでありながらも、オーソドックスな解釈で、意外なまでの落ち着きを感じました。
CD化されて、少しキンキンしてた響きが抑制されたからでしょうか。
とても美しいオーケストラです。
それと、レコードでは、耳に突き刺さるように突出していた、トランペットソロが、実はとんでもなく名人芸で、とても音楽的なこともわかった。さすがに名の知れた名手。

あと、合唱がちょっと荒っぽいのと、怪しいのとが紛れ込んでる感があります。
レコード時代には気にならなかった、声の揺れや、ヴィブラートが独唱陣に感じるのも、時代の流れのなかで、自分の受け止めや、耳が変化してきたからなのでしょう。
 それでも、二人の女声陣は、とても聴き応えのある歌いぶりです。

懐かしさとともに、年齢の積み重ねを、しみじみと感じることとなった、オーマンディの「メサイア」でした。

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2015年6月23日 (火)

ベルリンフィル次期首席にペトレンコ

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祝福も込めて、夏でもこんなステキなイルミネーションのプリンスホテルと東京タワー。

5月始めに決定打が出ずに、1年以内にと、先送りとなったベルリン・フィルの次期首席指揮者選考。

ところが、思いのほか早く、決着をみることとなりました。

じっくり検討してると、他の楽団に、有力者を持ってかれてしまうし、現ポストを延長してしまう指揮者も出るからでしょうか。

Petorenko

決定されたのは、キリル・ペトレンコ。

その報に、昨日接し、正直驚きましたね。

ティーレマンと、ネルソンスに絞られた感があり、この1年の客演指揮者も含めた中から選ぶものとばかり思ってました。

ペトレンコは、ここ数年、ベルリンフィルに客演が続いていて、その人柄も含め、音楽造りに賛同を得ていたようですが、5月の選考会の直近の演奏会をキャンセルしてしまい、レースから脱落かとも思われてました。

しかし、いまは、実にいい選択ではなかったかと納得してます。

①まず、42歳と若いこと。
ベルリンフィルは、若くて清新な血が常に必要に思うから。
フルトヴェングラー、カラヤンの伝統を持ちつつ、アバドとラトルによってもたらされた新風を引き継ぐのは、やはり若い力です。

②オペラの実力者であること。
西シベリアに生まれ、オーストリアに移住したあとは、オペラの下積みから叩きあげたカペルマイスター的な育ち方をしたペトレンコ。
マイニンゲンの劇場、ベルリン・コーミュシュ・オーパーから、バイエルン州立歌劇場の音楽監督へと、着実にステップアップして、ついには、バイロイト音楽祭で「リング」新演出を、一昨年から手掛けている。
ベルリンフィルは、オペラ指揮者であることも肝要。

③近現代ものに強み
マーラーを始めととする後期ロマン派以降の音楽が得意。
ベートーヴェンやブラームスは未知数
まだ、若いから、オーケストラと手を携えて、王道のプログラムを極めて欲しい。

④メジャーレーベルと未契約
DGかワーナーか、どこのレーベルが獲得するか。
わたくしは、どことも契約せずに、我が道を行く式になりそうな予感。
自主レーベルを運営する楽団としても、商業色のないシェフはありがたいかも。
 バイロイトは、今年で降板してしまうけれど、このたびの祝報で、録画とライブ録音もされるのではないかと推察。

まだ就任まで3年ありますが、こうして、あれこれ妄想してますよ。

今日は、ペトレンコの音源をいくつかツマミ聴きしてみました。

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スークの「人生の実り」「冬の夕べの物語」「夏の物語」。
コーミシュオーパーのオーケストラから、スークの緻密な世紀末サウンドを見事に引き出してます。

2013年と14年のバイロイト・リングから
ネット放送を録音したもので。
音楽が浮き足立つことなく、実に堂々としてるし、歌手が歌いやすいと思われる間の創出。
そして、沸き立つオペラティックな感興。
躍動感と、颯爽とした音楽の進行に、全体を見通す構成力。
ちょっと硬いけど、初めてリングを指揮した人とは思えない初年度。
2年目の方が、もっといい。

しかし、大指揮者の時代は遠く去り、名指揮者も次々に世を去り、大物不足は否めない。
でも、こうして、若い指揮者たちが次々に台頭してきて、名門オーケストラが、それをしっかりすくいあげて、新陳代謝を繰り返してゆく。
さらに、かつての名門に加え、わが日本も含め、オーケストラとオペラ界は、世界中がつながり、実力がアップ。
オケも指揮者も、国籍関係なし。
そんな音楽界になりましたなnote

過去記事

「スーク 人生の実り」

「スーク 夏の物語」

「バイロイト ニーベルングの指環 2013」

「バイロイト ニーベルングの指環 2014」

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2014年8月20日 (水)

メンデルスゾーン 交響曲第1番 ヘンゲルブロック指揮

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この夏は、富士山がよく見えました。

低気圧の影響で風が強く、雲もかかってましたが、ふだんの夏だと、気温の上昇で遠景は霞んでしまって、まったく見えないのです。

毎日、風が強いのも、今年の夏の特徴かも。

Hengelbrock

   メンデルスゾーン 交響曲第1番 ハ短調

  トーマス・ヘンゲルブロック指揮 北ドイツ放送交響楽団

                 (2011.3 @コングレスハレ、リューベック)


残暑に負けないように、さわやかな音楽を続けて聴きます。

1825年、15歳のメンデルスゾーンの作品は、そんな若書きとは思えないくらいに充実した内容の交響曲であります。

4つの楽章できっちりと古典の流れを汲みつつ、自在さもあって、そこここに、初々しいロマンの萌芽が見受けられます。

この曲の作曲時点では、ベートーヴェンの第9のさなか。
ただし、1924年初演の第9を、メンデルスゾーンが、当時の情報網からして知っているとは思えませぬ。
 シューベルトは、「未完成」ぐらいまでの時点。
ウェーバーは、あらかたのオペラを書き終わり、最後の「オベロン」にとりかかっていた頃。

こんな風に俯瞰してみるとよくわかるメンデルスゾーンの立ち位置。

完全に、初期ロマン派の存在。
でも、もう少し視点を広げてみれば、古典派の末裔、かつ、純正ロマン派の狭間の存在のメンデルスゾーンが見えてきます。

その存在すべてを馥郁たる、たっぷりとしたロマン主義で解釈すると、交響曲は、サヴァリッシュやハイティンクの演奏が理想的。
軸足を、少し戻して、1番という作品の立ち位置を考えた場合に成り立つのが、今宵の演奏、ヘンゲルブロックの指揮によるもの。

この演奏は素晴らしい。

はつらつとした活力と、伸びやかな歌心。
それらを、現代楽器によるピリオド奏法により、完璧に導きだしてます。
豊かなスピード感と、鮮やかな歌い回し、キレのいいリズム。
 疾風怒涛的な終楽章は、こんな軽やかかつ、ビンビンの演奏で聴くと、ブラボー多発注意報が発令されそうです。

われわれにとって、ハンブルクの北ドイツ放送響は、ヴァントとの厳格なブルックナーの演奏のイメージが強くて、いまの首席指揮者、ヘンゲルブロックの指揮ぶりが、どうなのか、CBSということもあって、今後も、まったくわからない、そんな状況にあります。

でも、あの北ドイツのオケを、古楽奏法もいとわない、極めて柔軟な演奏スタイルに変えてしまったすごさ。
ピリオド奏法の陥りがちな、貧血ぎみのせわしさとは無縁のふくよかさと、柔らかさがここにはありますよ。
だから伸びやかなメンデルスゾーンにも、ピリオドがOKなのでした。

古楽の演奏から、現代音楽まで。
驚くべき広大なレパートリーと、それぞれに応じた演奏スタイルの選択。
これからの指揮者のあり方の、ある意味先端を走るヘンゲルブロックなんです。

オペラにおいてもヘンゲルさんは、無敵で、バロックから、ワーグナーまでを手掛けてます。
バイロイトに、早くも呼ばれ、新演出の「タンホイザー」を指揮したのは2年前。
鮮烈だけれども、ドラマと歌を大切にした、ごくまっとうな指揮でしたが、1年で降板。
 そうです、クソみたいなへんてこ演出では、指揮できませんよね。

まだ記事にしてませんが、一昨年あたりから思っていた、バイロイトの陳腐化と、普通のドイツの劇場へのなりさがりっぷり。
レコ芸の海外評でも、我が意を得たり的なことが書かれてました。

くそ演出では、いい音楽を奏でることができませんよ、まったく。
そのあたりは、また、夏の終わりに。

ヘンゲルブロックは、ドイツの期待の星だと確信します。
ティーレマンとは、まったく異なる個性ゆえに。

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2014年7月22日 (火)

フランク 交響曲 ニ短調

Hibiya

内堀通り、祝田橋あたりから、日比谷濠を。

お濠の水面の青空がきれいな、実は梅雨入りまえの写真でした。

西から、徐々に梅雨明けしてきて、本日は関東甲信越地方。

しとしと雨はなくなり、短期集中の豪雨が多かった。

嫌な降り方でしたな。

そして、暑い暑いを連発する厳しい夏があと2ヶ月もあります。

しんどいけど、がんばりましょう。

今日は、フランクの交響曲を。

この曲、好きなんですよ。
CD屋さん行くと、必ずチェックする作品でもあります。
最近は、そうでもないけど、結構集めましたよ。
全部で、22種類。

そんな中から、選択したのが2枚のナクソス盤。


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  フランク  交響曲 ニ短調

 ギュンター・ノイホルト指揮 ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団 

                        (1988.7@アントワープ)

 
 
 ロベルト・ベンツィ指揮 アーネム・フィルハーモニー管弦楽団

                        (1995.6@アルンヘム)


ナクソスレーベルの面白さは、まったく見向きもされない作曲家や作品にもまんべんなく目を向け、貴重な録音を継続してくれているところ。
 それに加えて、メジャーではない演奏家や団体も次々に登場させてくるところ。

ナクソスから録音デビューし、メジャーレーベルや自主制作も行うようになったオーケストラもあります。

このフランクの交響曲の2種の演奏は、ベルギーとオランダのオーケストラなところが気にいって、もうだいぶ以前に購入したものです。
 フランク(1822~1890)は、ベルギーのリエージュ生まれ。

Frank

フランダースフィルのあるアントワープ(アントウェルペン)と、オランダのアルンヘム、そして生地リエージュとの位置関係は、こんな感じです。

フランスでもなく、ドイツでもない、ベルギーとオランダは、ルクセンブルクと合わせて、ベネルクス三国と、世界史で習ったわけですが、文化的にもとても近いものがあると思います。
ただ、どちらかというと、ベルギーはフランス寄りで、オランダはドイツ寄りかな。

でも、どちらの国のオーケストラも、いかにもヨーロッパ的で、華やかさよりは、中間色の豊かな、くすんだ音色のイメージがあります。

ですから、フランクその人のイメージともぴったり。

ナクソスさん、やりますな。

フランダースフィルは、ヘレヴェッヘが指揮者となって録音も増え、来日もこなして、メジャー級の実力を発揮してますが、この録音は、オーストリアのノイホルトが指揮者時代のもの。
実に渋い演奏です。
霧がかかったような教会のある中世の街並みを思わせるような渋い響き。
フランク好きとしては、ゾクゾクしてくる第1楽章の始まりです。
録音も、ちょっとパリっとしてないところが、逆にまたいい感じです。
2楽章のイングリッシュホルンも、ほどよい渋さで聴かせます。
パリ管のようなあの艶やかな音色は聴くことができませんが、このフランダースの管の音色はとてもいいですね。
3楽章もさらりと流しつつ、淡々としてます。
ノイホルトさん、意外とテンポもよく、スタイリッシュな指揮ぶりなんです。
 そういえば、この指揮者は、激安リングの人でしたな。

そして、フランダースフィルは、いま、エド・デ・ワールトが音楽監督。
ワールトが若い頃にコンセルトヘボウと入れたフランクは、廃盤久しいですが、このオケで是非再録音してもらいたいですね。

 さて、もう1枚は、アルンヘム。
アーネムと呼んだほうがいいのでしょうか?
この録音当時は、まったく無名のオケだった。
そのあと、コバケンとジークハルトの録音によって、その素晴らしさと実力が知られるようになったオケです。
たっぷりとした厚みと、ふくよかさを感じるオーケストラです。
 ノイホルト盤よりも3分も長い演奏。
ベンツィは、若い頃は天才指揮者とか呼ばれていたけれど、ポストや録音に恵まれず、むしろ珍しい作品やオペラの録音に珍重されるタイプでした。
器用なんでしょうね。
このフランクは、かなり入念な指揮ぶりに感じます。
強弱のバランスに細心の注意が感じられ、音楽の表情はとても豊かで、いろんな音が聴こえます。
こざっぱりしたノイホルト盤と、大きく違う印象を受けますが、カラヤンほどのウマさはありません。
 辛口白ワインのノイホルト盤に対し、濃口の赤ワインを出されてしまい、少し戸惑ってしまうベンツィ盤。
まぁ、これはこれで面白い演奏ではありますね。
なにより、オーケストラがいいです。

このようにして、オーケストラを通じて、各国の各街々を地図でみたり、画像でみたりするのも、実に楽しいことです。

フランク交響曲・過去記事

 「バレンボイム&パリ管」

 「バルビローリ&チェコ・フィル」

 「コンドラシン&バイエルン放送響」

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2013年12月27日 (金)

BEATLES in CLASSICS ベルりンフィルの12人のチェリスト

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おもちゃのお家。

それぞれに明かりが灯って可愛いものだ。

横浜ベイクォーターの大きなツリーの足元ですよ。

寒波来襲、寒い日が続きそうです。

雪も多くて、厳しい年末年始となりそうです。

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   The Beatles In Classics

    1.Yellow Submarine         2.Let it Be

    3.Something                   4.The Fool on The Hill

    5.Help                           6.Yesterday

    7.Michelle                      8.A Hard Day's Night

    9.Norwegian Wood        10.Here, There and Everywhere

   11.Can't Buy Me Love    12.Hey Jude

       ベルリン・フィルの12人のチェリストたち

                           (1982)


言わずとしれた、天下のベルリンフィルのチェロ奏者たち、12人のアンサンブルです。

1972年の結成ですから、もう40年超ということになります。

カラヤンの治世からずっと、ひとつのオーケストラの中のアンサンブルとしては異例のことかもしれません。
しかも、今も昔も、ギンギンのヴィルトォーソぶり。
それでいて、繊細で、艶やかで、緻密。

メンバーは40年を経て、すべて入れ替わっているけれど、きっと、指揮者の交代による、ベルリンフィル本体の音色の変化に合わせて進化し続けていることでしょう。

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このCD録音時のメンバーをCDジャケットから。

カラヤン時代の終わりごろ。
当時の映像などでもお馴染みの顔ぶれで、なんだか懐かしい。

ビートルズ・ナンバーが12曲、これでもかというくらいに、ブリリアントに、そしてクラシカルに演奏されてまして、聴いてて、これほんとにみんなチェロかい?と思ってしまいます。

編曲が、ちょっと硬くて、もう少し、くだけてていいのかなとも思いましたが、これはこれで、むしろ新鮮なのです。

これをカラオケにして、ビートルズを歌っちゃうと、わたしなら、オペラアリアみたいになってしまうことでしょう。
今度、車の中の密室で、やってみよっと。

というわけで、個別にどうこうコメントはいたしませんが、ポールも来日して、ビートルズイヤーともなった今年、この懐かしいCDを聴いてみて、とても気分がよろしいです。

彼らのHPにあった映像から、東日本大震災の追悼演奏。

ヴェルディの「聖歌4篇」から、「アヴェ・マリア」です。

心のこもった美しさ、泣けます。

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2013年11月12日 (火)

テレマン 「ハンブルクの潮の満干」 ピケット指揮

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芝浦運河の一部です。

このあたりは海岸でした。

海水浴場になっていたらしい。

信じがたい都会のひとコマ、江戸時代は、この海辺を見ながら東海道中。

Telemann

 テレマン 管弦楽組曲「ハンブルクの潮の満干」~水の音楽

    フィリップ・ピケット指揮 ニュー・ロンドン・コンソート
         
                     (1996 @ロンドン)


テレマン(1681~1767)って、よくよくその生没年を見たら86歳まで長生きしたんですね。
どうりで、その作品数はやたらと多いに、オールジャンルに渡ってます。
でも、地味な存在なのです。

バッハやヘンデルとまったくの同時代人であることで、彼らがあまりにメジャーなものだから、かえって日が当たらない印象を残してきてしまった。
でも、昨今は広く聴かれるようになりましたね。

一番の有名どころでは、ターフェル・ムジーク(食卓の音楽)、トランペット協奏曲、そして今日の管弦楽組曲。
あら、いまウィキしましたら、この方、作品数ダントツで、ギネス保持者じゃないですか!
消失・未発見を含めて4000曲。
とんでもない数です。
テレマンの音楽全集を作るレーベルがあったら、それこそギネス級ですな。

バッハやヘンデルのドイツ的な厳格な音楽にくらべると、テレマンは、もう少し華があって、ある意味でフランス風のギャラントな香りもします。
そのあたりがまた、数の多さとともに、ドイツでメジャーになれなかったところでしょうか。っ声楽作品やオペラなど、バッハになかったジャンルを一度聴いてみたいと思ってます。

テレマンの水上の音楽とも呼ばれるこの組曲は、1723年のハンブルクの海上保安庁設立100年に際して書かれたものらしいです。
エルベ河口の歴史ある港湾都市の古を偲ぶようにして聴くことのできる、たおやかで、優美さも感じる序曲と9つの組曲です。

 序曲
 1.サラバンド「まどろむテティス」  2.ブーレー「目ざめるテティス」
 3.ルール「恋するネプチューン」  4.カヴォット「戯れるナイヤードたち」
 5.道化芝居「ふざけるトリトン」    6.「暴れるエオリス」
 7.メヌエット「好まれる西風」     8.ジーグ「潮の満干」
 9.カナリー「陽気な舟人たち」


こんな感じの曲たちで、急緩急の序曲が10分あまりで、ほかは1~2分の楽しい小曲たちです。(恋するフォーチュンクッキーは入ってません~笑)

オーボエ、リコーダー、フルート、弦楽4部、ファゴットを加えた通奏低音による構成。
各曲で編成も変わり、曲もさまざまな各国の舞曲で、その多彩さはなかなかのもので、聴いていて無条件に楽しく、あれこれ考える必要もございません。
そこがいいとこ。

Teleman

かつて、中学生のときに、コンサートホール・レーベルからこの曲やトランペット協奏曲を組み合わせたレコードが出ていて、何故か購入しました。
バロック音楽そのものが珍しくて、無性に欲していた時分でした。
当然に現代楽器によるもので、パリの楽団のものでした。
のんびりとした、ちょっと田舎くさい演奏だったように記憶してます。

で、いまは、古楽器による、キビキビとしたピリオド演奏となります。
印象が全然違う。
陰りはまったくなく、すべてに光があたっていて明るいことこのうえなし。
通奏低音で鳴っているテオルボの音色も典雅なものです。

いまではこうなのでしょう。
一方で、わたしは、大昔、それこそ純な時期に聴いた、モコモコとしたバロック音楽も、どこか懐かしく、それこそ「いびつな真珠」をこそ、そこに感じたりもするのでした・・・・。
しみじみ。

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2013年10月 2日 (水)

リスト ピアノ協奏曲第2番 ベルマン

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芝増上寺を大門方面から。

東京タワーは近づくにつれ、先の方しか見えなくなります。

早朝の図は、これまた荘重なのでありました。

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  リスト  ピアノ協奏曲第2番 イ長調

      Pf:ラザール・ベルマン

   カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ウィーン交響楽団

                   (1976.6 @ウィーン)


リスト(1811~1886)は、ハンガリー生まれ、ドイツ・オーストリアに活躍した人でしたが、その生涯の詳細を細かに知る人はあまりいないのではないでしょうか。
わたくしも、そのひとりでありますが、わたくしの場合、リヒャルト・ワーグナーとの関連性においてリストを捉えることが多いので、ますます、作曲家としてのその存在をあまり知らないということになるんです。

肖像や写真を見ると、痩せていてスマートでお洒落な紳士。
神経質そうで、どこか近寄りがたいオーラを放っている。
でもビジュアル的には、とてもイイ男で、ちんちくりんのワーグナーとは全然違う。
そのワーグナーとは、娘コジマの強引な再婚相手であり、義理の父であるとともに、ワーグナーの最大の理解者。
ワーグナーより2年早く生まれた義父リストは、婿より3年長生きする。
年上で長生きもしたうえに、むしろ名声をどんどん高めていったワーグナーと親子関係にあったリストは、その個性的で超絶的な技巧をようするピアノ作品の数々の生みの親であるとともに、ワーグナー作品が生まれたバックボーンを支えた偉大な功績者なのであります。
具体的に、ローエングリンの初演を受け持ち、リングも相談にのり、なによりも娘コジマの親として。

交響詩というスタイルを編み出したのもリストの大いなる功績ですが、ふたつあるピアノ協奏曲も、従来の協奏曲の枠にとらわれない独創的な、いわば交響詩的な作品であります。

切れ目なく単一楽章として演奏されますが、こまかくは6つの部分に分かれてます。
極めてロマンティックで、感傷に濡れそぼったような場面も続出しますが、1番のような明確さと外へ向かう外向的なエネルギーには不足します。
しかし、ロマン派が円熟し、幻想味満点の内省と華やかさの入り混じる曲調は、聴けば聴くほどに魅力的です。
22分ほどの曲ですが、1番とともに、聴くときの気分によっては、それ以上にロマンティックな思いに浸らせてくれる音楽です。

1930年ロシア生まれ、76年当時、忽然と姿をあらわし、幻級のピアニストと称されたラザール・ベルマンの演奏でこそ、前世期をも感じさせもするグランドなピアノ。
ベルマンより年上だけど、ヨーロッパの伝統を頑固に身に付けたジュリーニとの共演。
当時の手兵ウィーン響が、ベルマンの復古調のピアノに併せて、録音のせいか丸みをおびて、マイルドでいにしえのサウンドに聴こえる。
ロンドンのオケでやったらもっとバリッとした音になったかもしれない。
でも、この時代のジュリーニのウィーンとシカゴでの活躍は目覚ましいものだった。

ベートーヴェンからリスト、ピアノの世界でも、そんなに遠くないような気がしますし、ある意味、どちらも幻想的なシンフォニストだったと思います。

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2013年8月12日 (月)

メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」 ムーティ指揮

Minatomirai_2

連日の猛暑と、局所的な豪雨。

お見舞い申し上げます。

土曜の横浜、この日も暑かった。

こちら、屋形舟の出発地では、まさにお客さんが乗り込むところで、橋の上を歩いたら、天ぷらを揚げる香ばしい、いい匂いがしてましたよ。

何故か、イタリア、南国特集中。

Mendelssohn_muti

 
  メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」

    リッカルド・ムーティ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

                       (1976.7,9 アビーロードスタジオ)


メンデルスゾーン(1809~1847)の1833年がオリジナル、その後の改訂を受けて1838年の作品が「イタリア」交響曲。

順番で言うと5つの交響曲の3番目で、ひとつ繰り上がります。
この曲の場合、後の改訂版の初演が他より後だったり、それも不満だったメンデルスゾーンが出版を引っ込めてしまったから、余計に番号が前後した。

この明るくて、快活で、でもちょっと寂しいイタリア交響曲のどこが不満だったのでしょう、フェリックスさん。
そんなに早死にしなかったら、どんなイタリア交響曲に仕上げていたことでしょうか。

そう思いながら聴く、このような聴き古した名曲も、また新鮮に聴こえてきます。

この曲、明朗なイ長調で始まるけれど、哀愁を帯びた2楽章や、サルタレッロのリズミカルな終楽章は短調のプレストです。
ほの暗いスコットランド交響曲の方が、最後の解放感では、より明るく感じたりもするところが面白いところです。

この曲は、先輩アバドが、その若き日の録音で軽やかにすっきりと演奏してしまったのに対し、ムーティは、ナポリ生まれの熱血漢というイメージをまったく感じさせない、流麗でなめらかな演奏となっております。
ムーティをクレンペラーの後任として選出した、当時のニューが付いていた頃のフィルハーモニア管は、思えば極めて大胆な決断を行ったものです。
 このオーケストラの持つ弦の柔らかさと緻密なアンサンブル、マイルドな金管といった個性はカラヤン以来の特徴でしたが、ムーティは在任期間、それらに磨きをかけ、さらに敏感なまでのリズム感と強靭なカンタービレを持ち込んで、素晴らしい成果を残したものと思います。
 のちのフィラデルフィアとの演奏の数々も、オケの優秀さと、音そのもののエネルギー感において、素晴らしいものもありますが、私的には、ウィーンフィルとの初来日を聴いたあの頃の機敏かつエネルギッシュなムーティが好き。
フィルハーモニア時代のムーティの大胆さと、歌心あふれる演奏に、それを重ねあわせて聴くことも可能でして、この頃の録音を一番好んで聴いております。

そういう意味では、このイタリアは、ムーティとしては、少しおとなしめ。
メンデルスゾーンが悩んだ、イタリアらしさの表出を、わたしは、この演奏の2楽章の連綿と歌い上げる、オペラの一節のような表情に聴きとる思いがしました。
この楽章に関しては、ムーティのこの若き日の演奏が鮮度一番。
今日、無防備に聴いたら、思わず涙ぐんでしまいました。

こんな聴き方も、たまにはイタリア交響曲、ありですよね。

今は、大閣下となったマエストロ・ムーティ。
いつまでも強靭な音楽造りをして、お元気でいて欲しいです!

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2013年4月 7日 (日)

マタイ受難曲と某交響曲

Zojyouji_4

東京タワーと桜を写しだす手水舎。

静謐で時間が止まったように感じます。

日本人でよかったな、と思うこの感性。きっと同感いただけると思います。

金曜の早朝、寝付かれず、なにげに見たメールは20年来の仕事仲間の訃報でした。

冷や水を浴びせられたかのような衝撃でした。

会社を辞めると、その会社内だけの付き合いだった人、取引先でも、会社の名前あっての付き合いだった人。
こんなにはっきりすることはありません。
でも、彼はまったく違いました。
変わらぬお付き合いを継続した仲間でした。

一緒に各地に出張して酒も飲みまくりましたね。

仙台では飲み過ぎて、酔いすぎて上着をまるきり裏返しで着てしまい、それで街に出ていこうとするものだから、大慌てでとどめました。内ポケットが丸出しで財布取りほうだいですから。

新潟の六日町には、豪雪のなかを何度か行きました。車で向かったとき、超大盛りのへぎそばを食べ、カーステレオでかけられた音楽は「マタイ受難曲」の最後の合唱。
彼はまじめで超かたい人なのでしたが、まさかクラシック音楽を聴くとはこのときまで知りませんでした。そして、さらにディープ・パープルやツェッペリンも。

多くの方から信頼を寄せられる生真面目かつ完璧な仕事ぶり。
姉歯事件以来、構造計算もできる彼はコストも安いためひっぱりだこで、超多忙。
そして仕事に没頭するようになり、いつしか体に変調をきたしていたのでしょう。

徹夜仕事のなか、仮眠をしながら眠るように亡くなりました。
付けっぱなしのPCは、仕事の途中でした。

Richter

 亡くなった彼が選んだマタイは、なんとショルティ盤。

「われら涙流しつつひざまずき」は、そのショルテイ盤はいまや遠くに聴こえる印象にすぎませんが、かっちりとマスの響きがする強い演奏だったように記憶します。

いま聴く演奏は、わたくしにとって、そして多くの方々にとって絶対的な存在であったリヒターの58年の録音。

痛切で、厳しく突き放されるような演奏でありながら、人を包み込むような大きさを持ったリヒターのこの演奏の最後の合唱は、癒しとともに、やはり人間を問い詰めるような問題意識をはらんだものに聴こえます。

永遠に素晴らしい「リヒターのマタイ」。

昨日、灰になってしまった彼にも届くといいです。

Samuragochi_sym1

この曲を紹介できず、聴かすことができなかったのが残念です。

 交響曲第1番「HIROSHIMA」。

いまこうして、弔いとして、この闘いと平安にあふれる劇的な交響曲を聴くことも充分ありだと思います。

すっかりなじんだこの交響曲。

聴くシテュエーションごとに、ありがたい効能があるように思えるようになってきました。

今日は、ことさらに、第2楽章のトロンボーンによる無常なるコラールが心に沁みました。
そして、いつものように、終楽章の光明に、心に光が射し、広がります。

この曲の存在は、このようにして、われわれの中にしっかりと根付き、なくてはならない音楽になった感があります。
ほんとうに、ありがたい、感謝すべき交響曲です。

あわせまして、仲間のご冥福をここにお祈りいたします。

※本記事は、執筆当時のままにつき、事実と異なる内容が多く含まれております。

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