カテゴリー「ワーグナー」の記事

2019年4月21日 (日)

ワーグナー 「パルジファル」 ブーレーズ指揮

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今日、4月21日は、復活祭。
キリスト教社会においては、降誕祭とともに、最大のお祝いの日。

おりしも、ヨーロッパ諸国では、野山には花咲きほこり、春の到来の喜びと冬への決裂を祝います。

イエスの受難と復活、音楽も数多く、特にこのイースターの時期には、受難曲とパルジファルが演奏されます。

わたくしも、例年、聴きます。

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  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

アンフォルタス:トマス・ステュワート  ティトゥレル:カール・リッダーブッシュ
グルネマンツ:フランツ・クラス     パルジファル:ジェイムズ・キング
クリングゾル:ドナルド・マッキンタイア クンドリー:グィネス・ジョーンズ
聖杯守護の騎士:ヘルミン・エッサー、ベンクト・ルントグレン
小姓:エリザベス・シュヴァルツェンベルク、ジークリンデ・ワーグナー
   ドロテア・ジーベルト、ハインツ・ツェドニック
花の乙女:ハンネローレ・ボーデ、マルガリータ・クリアキ
     インガー・パウシティアン、ドロテア・ジーベルト
     ウェンディ・ファイン、ジークリンデ・ワーグナー
アルト独唱:マルガ・ヘフゲン

   ピエール・ブーレーズ指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                バイロイト祝祭合唱団
        合唱指揮:ウィルヘルム・ピッツ
        
        演出:ヴィーラント・ワーグナー

          (1970.7,8 @バイロイト)

ブーレーズのパルジファルを、ほんとに久しぶりに全曲聴きました。
1970年のライブ録音は、たしか、72年にレコード発売されました。
ちょうど、その頃から、年末のNHKFMを通して、ワーグナーの音楽にはまり始めていた中学生だった。

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レコードで5枚組。
当時のオペラを始めとする組物レコードは、豪華な装丁と分厚い解説書とで、手に取るとズシリとくる重さでした。
お小遣いも少なかった中学生だったので、レコード店で、この「ブーレーズのパルジファル」を憧れをもって眺めるしかなかったのです。
しかし、その翌年73年には、「ベームのリング」と「ベームのトリスタン」を入手して嬉々としておりました。

その「ブーレーズのパルジファル」を手に入れたのはCD時代になってから。
レコード発売から15年後の80年代半ばのことでした。
レコード5枚から、CD3枚に。
手にした感じも軽量だった。
時代の流れを感じつつも、今聴いても、ブーレーズのパルジファルは、鮮烈だし、色あせることない新鮮さを持って感動させてくれる。

ご存じのとおり、ともかく速い。
快調に聴くことができるが、でも、速すぎるという印象はまったくなく、パルジファルの音楽の魅力が、あますことなく、すべて押さえられていて、文句ありません。
それどころか、聖金曜日の音楽における抜群の高揚感は、ほかの演奏ではなかな聴くことができないほどで、大いに感動します。

対極の演奏に思われるクナッパーツブッシュにある神秘感や、滔々たる時間の流れと舞台の事象や、歌手の言葉に即して、刻々と変わる音の色合いのようなものは、ブーレーズの演奏にはありません。

オーケストラピットからは、整然とした響きが濁ることなく、明瞭に聴き取れ、明るいトーンの音色は神秘感よりは、現実的な音楽としての捉え方として再現されます。
これを聴くと、ワーグナーのパルジファルの先には、ドビュッシーがあり、ウェーベルンがあることを理解できます。

1951年からずっと続いた新バイロイト様式による、ヴィーラント・ワーグナーの演出は、53年にクレメンス・クラウスが振ったのを例外として、クナッパーツブッシュが常に指揮をしてきた。
1965年は、秋に亡くなってしまうクナッパーツブッシュが腰を痛めたため、クリュイタンスが指揮。
そして、1966年にブーレーズがパルジファルを初指揮するが、バイロイト当主のヴィーラントがクナッパーツブッシュ後の指揮をブーレーズに
ゆだねたのは、ラテン系の目線をワーグナーの音楽に持ち込むためだった。
その66年の音楽祭が始まるころ、ヴィーラント・ワーグナーはすでに体を壊してミュンヘンの病院にあって、実際の舞台を監督できていなかったわけで、そのヴィーラントは同年の10月に亡くなってしまうのです。

このときの演奏評を、愛読書のピネラピ・テュアリングの「新バイロイト」から引用します。
>バイロイト秘蔵のクナッパーツブッシュによるパルジファルに比べて、これ以上に著しく違っているケースをほかに想像することは難しい。ブーレーズのパルジファルは、敏捷で軽く(伝統的な荘重さに対して)、しかも思わず人を信服させてしまうようなものであった。
・・・・過去の演奏記録に比べて、タイミング(演奏時間)の幅広い変動にはびっくりしてしまうが、しかし、それでもブーレーズは見事な演奏を繰り広げた。ブーレーズといえあば、現代音楽が連想されるけれども、彼はパルジファルに対して真の愛情と感覚を持ち、パルジファルのなかに、ワーグナーの作品のみならず、オペラ作品全体を通じての転機を認めている。彼の演奏の仕方は、パルジファルを現代人の世界の中にしっかり定着させるようなやり方であるが、しかいそうかといって、ワーグナーの伝統主義者たちの感情を害するようなものでもないのである。<
51年以来、クナのパルジファルを聴いてきて、実際に66年の舞台に接した方の言葉として、とても意義あるものに思います。

ブーレーズは、66年から68年までの3年間、ヴィーラント演出のパルジファルを指揮しましたが、そのあとを継いだのが、69年のホルスト・シュタインで、70年には再度登場し、今回のCDの録音が残されました。
ちなみに、71年から73年までの3年間は、オイゲン・ヨッフムが指揮をして、そこでヴィーラント・ワーグナーの演出は終了となりました。

ブーレーズは、2005年と6年に、へんてこな演出ながら再登場してパルジファルを指揮しましたが、驚くべきことにその演奏の印象は70年のものとあまり変化しておらず、むしろ少し丸くなったような印象を受けました。
しかし、後述のとおり、さらにテンポが速くなってました。
演出のせいかもしれません。

60年代後半から70年代を通して活躍した歌手たち。
その前の、ヴァルナイやメードル、ニルソン、ヴィントガッセン、ホッターたちの大歌手の時代の次世代。
いずれも、ブーレーズの指揮にもうまく乗りつつ、伝統の上にあるワーグナー歌手たちの足跡にも応じた名歌唱と思います。
とりわけ、J・キングのパルジファルは素晴らしい。
この傷を癒すのは、のモノローグでの最後の一音、「den Schrein」を一番きれいに伸ばすのは、いろいろなパルジファル役を聴いてきたけど、キングが唯一。
声の威力と気品、そして苦悩ぶりも申し分なし。
フランツ・クラス、ステュワート、マッキンタイア、リッダーブッシュ、男声低音陣たちが、そろいもそろって美声なのもこのブーレーズ盤のユニークなところ。
そんななかで、ちょっと異質なのがジョーンズかも。
賛否あるけど、彼女の声は大好きなわたくしですが、この頃は、声のコントロールがまだ不十分で馬力が露呈してしまうところも見受けられる。でも、長いモノローグはボリュームを抑え気味にして聴くとなかなかに魅力的であった。
花の乙女や端役に、のちに大活躍する方や、かつてのベテランの名を見出すのもこの時代の良さでありましょう。

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バイロイトでの演奏タイム

 トスカニーニ             4時間48分
 クナッパーツブッシュ(1962) 4時間19分
 ブーレース        (1970) 3時間48分
 シュタイン        (1969) 4時間01分
 ヨッフム         (1971) 3時間58分
 シュタイン       (1981) 3時間49分
 レヴァイン       (1985) 4時間38分
 ティーレマン     (2001) 4時間20分
 ブーレーズ      (2005) 3時間35分
 A・フィッシャー    (2007) 4時間05分
 ガッティ         (2008) 4時間24分
 F・ジョルダン     (2009) 4時間14分
 ヘンシェル      (2016) 4時間02分  

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何度聴いても、パルジファルはいい、そしてよくできてる。
神聖性をあえて取り外そうとする昨今の演出があるなか、この作品は耳で聴いてこそ安心できるのである。

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 野辺の花、パルジファルは、これを見て、かつて自分を誘惑しようとした花たちがいたと歌う。

この聖金曜日の場面でクンドリー、洗礼を受け、はらはらと涙する。

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春の花は、色とりどりに美しく鮮やか。

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2019年1月12日 (土)

テオ・アダムを偲んで

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バスバリトン歌手のテオ・アダムが亡くなりました。
1926年生まれ、享年92歳、生まれ故郷のドレスデンにて。

またひとり、わたくしのオペラ好き、いや、ワーグナー愛好の気持ちをはぐくんでくれた大歌手が逝ってしまった。

1952年に、マイスタージンガーの親方のひとり、オルテルでバイロイトデビュー以来、1980年のグルネマンツまで、長きにわたりワーグナーの聖地で活躍しました。

初めて買った「リング」のレコードが初出時の、ベーム盤。
1973年の盛夏に発売された、そのLP16枚組は、瞬く間に、少年のわたくしを魅了しました。
そのウォータンが、テオ・アダムで、当時まだ断片的にしか聴いてなかったショルティのホッターよりも早く、ウォータンの全貌をアダムの歌で聴き込み、それが刷り込みとなったのでした。

以来、意識することなく、ドイツ系のオペラや宗教音楽のレコードやCDを買うと、テオ・アダムの名前がそこに必ずと言って入っているのでした。

聴きようによっては、アクの強い声。でもそこには、常に気品と暖かさがあり、その強い声は、まさに神々しいウォータンや、大きな存在としてのザックスや、バッハの一連のカンタータや受難曲などで、まさになくてはならぬ存在でした。

いくつか接したその舞台で、記憶に残るものは、やはり、スウィトナーとベルリン国立歌劇場とのザックスに、ホルライザーとウィーン国立歌劇場とのマルケ王です。

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 今夜は、テオ・アダムの音源から、ウォータンとザックス、マルケ王にグルネマンツ。
それから、シュトラウスから、オックス、ラ・ローシュ、モロズス卿を、さらに、ドレスデン製十字架合唱団にルーツを持つことから、クリスマス・オラトリオやマタイ、カンタータなどのバッハ作品をあれこれ聴いてみることといたします。

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テオ・アダムさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2018年12月23日 (日)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 ベーム指揮  ウィーン国立歌劇場

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東京タワーの周辺もクリスマス。

幻想的な雰囲気に撮れました。

クリスマスに対する憧憬の想いは子供もころから変わらない。

そして、その憧憬の想いは、この作品に対しても、ずっと変わらない。

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ワーグナー  楽劇「トリスタンとイゾルデ」

 トリスタン:ジェス・トーマス      イゾルデ:ビルギット・ニルソン
 マルケ王:マルッティ・タルヴェラ    ブランゲーネ:ルート・ヘッセ
 クルヴェナール:オットー・ヴィーナー メロート:ライト・ブンガー
 牧童 :ペーター・クライン      舵取り:ハラルト・プレーグルホフ
 若い水夫:アントン・デルモータ

  カール・ベーム指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
               ウィーン国立歌劇場合唱団

            演出:アウグスト・エヴァーデインク

              (1967.12.17 ウィーン国立歌劇場)

こんな希少なトリスタンを聴きました。
ニルソンのイゾルデは、たくさん聴けるけれども、J・トーマスのトリスタンなんて、どこにも残されていなくて、ただでさえ正規なオペラ全曲録音の少ないトーマスの録音だからよけいにそうです。

これは、11月に買ってしまった31枚組の「ニルソン・グレイト・ライブ・レコーディングス」のなかのひとつ。

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ニルソン財団の協力を受けて、各放送局に残るバイロイト、バイエルン、ウィーン、メット、ローマなどの上演ライブ放送をリマスターして正規音源化したものなんです。

このなかには、「トリスタン」は3種あり、サヴァリッシュのバイロイト(57年)、ベームのウィーン(当盤67年)、ベームのオーランジュ音楽祭(73年)がそれぞれ収録。
サヴァリッシュ盤は非正規のものを持ってるけど、音質が向上。
オーランジュ盤は、映像が有名だけれど、ステレオでちゃんとした音源では初。
そして、まったく初のお目見えが、ウィーン国立歌劇場盤だ。

ついでに、このボックスの収録内容は。
バルトーク「青ひげ公の城」 フリッチャイ指揮
ワーグナー「ローエングリン」 ヨッフム指揮バイロイト
ワーグナー「ワルキューレ」 カラヤン指揮 メット
ワーグナー「ジークフリート」3幕2場 スウィトナー指揮バイロイト
ワーグナー「神々の黄昏」自己犠牲 マッケラス指揮 シドニー
ベートーヴェン「フィデリオ」 バーンスタイン指揮 ローマ
プッチーニ「トゥーランドット」 ストコフスキー指揮 メット
R・シュトラウス「サロメ」 ベーム指揮 メット
R・シュトラウス「エレクトラ」 ベーム指揮ウィーン国立歌劇場、メット
R・シュトラウス「影のない女」 サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立歌劇場

こんな感じで、不世出の大歌手ビルギット・ニルソンの主要なレパートリーを、これまで世に出ることがなかったものや、非正規盤であったものなどをしっかり網羅した大アンソロジーなのであります。
少年時代から、ニルソンのワーグナーにおける声を聴いてきた自分としては、まさに垂涎の一組となりました。

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ウィーン国立歌劇場のベームのトリスタン、67年のプリミエの初日の模様で、音源はモノラル。よく耳を澄ませば、若干のテープヒスも聞こえるが、鮮明な録音で、この作品の視聴にはまったく問題ないが、3幕の一部に欠落があるように思う。
あと2幕の長大な二重唱に、因習的なカットがあって、2幕は66分と短くなっている。
面白いのは、1幕の終わりの方、ステレオのように聴こえること。

 それはともかくとして、オーケストラが完全にウィーンフィルのそれであること。
60年代のよきウィーンフィルの音色であり、しかもベームの指揮であることがうれしい。
ひなびた感じの管の響きは、郷愁と憧れを抱かせるのに十分だし、ベームに大いに煽られて切羽つまった音を出すのもウィーンならではの雰囲気である。
 で、そのベームの指揮。
この当時、62年から始まったヴィーラント演出のバイロイトでの上演が70年までずっと続いていて、ニルソンとヴィントガッセンの二人を主役に据えた、文字通り鉄板的な上演だった。7年間のなかで、65年と、67年はバイロイトでの上演はなかったが、DGの名盤66年盤の翌年のウィーンの記録という意味でも貴重なものだ。
 DG盤と同じく、早めのテンポで、凝縮した響きを求めて過度な感情表現はないものの、歌手と舞台とピットが、ベームの指揮の元に一体化していることを強く感じる。
オペラの中心が指揮者であること。
昨今の演出過剰の舞台での小粒になったオペラ指揮者たちにはない、強力な存在感を、このような録音からも聴き取れるのが、昔の音源の楽しさでもあります。
1幕のマルケ王のもとへの到着、2幕の二重唱、3幕のトリスタンの夢想など、いずれもライブならではの高揚感を味わえ、劇場に居合わせた聴衆はさぞかし興奮したであろうと思います。
録音のせいかもしれませんが、ティンパニの強打もそこかしこで、素晴らしくって、DG盤とはまた違ったピットないの音の魅力を感じる。

そして、最初から最後まで、安定していて、冷たくも凛とした神々しさをたたえるニルソンのイゾルデは、自分にとっては、相変わらず無二の存在を裏付けるものでありました。
イゾルデのあらゆるシーンと歌声は、自分にはすべてニルソンなのです。

 で、この音源の大きな目玉が、J・トーマスのトリスタンにあったわけであります。
2幕に省略があったとはいえ、トーマスのトリスタンを、自分としては初に聴けたのだ。
ワーグナーかシュトラウスか、第九ぐらいしか音源がなかったところに、このトリスタンはまったくの朗報。
知的で気品のあるトーマスの歌声だが、凛々しいトリスタンが媚薬にのって愛の男に転じるさま、そして2幕の美しい二重唱での艶っぽさ。
そして、3幕では、驚きのやぶれっかぶれっぷり!
こんなトーマス聴いたことなかった。
古い時代の肉太のヘルデンとは一線を画すスマートな歌唱でありながら、こうした爆発を聴かせるトーマス。まったくもって素晴らしいトリスタンとなりました。
カラヤンのトリスタンが、ヴィッカースになったのは、これを聴いちゃうと、ほんとに残念だけど、カラヤンはトーマスをジークフリートとして使ったけれど、カラヤンのトリスタンのイメージにはならなかったのだろうか。

バイロイトと同じ、タルヴェラのマルケ王のマイルドな美声は、ここでも聴けます。
あつ、ちょっと古風なヴィーナーと、名わき役のR・ヘッセの歌声も懐かしい喜びでした。

この演奏に名を連ねている歌手も指揮者も演出家も、R・ヘッセを除いては、みんな物故してしまった。
いまの新しい録音による、新しい歌手たちの演奏もいいけれど、わたくしは、こうした過去の演奏の方が落ち着くし、好きだな。
 もちろん、昨今の歌手たちは、べらぼうに巧くなったし、演技もうまいし、ビジュアルもいいんだけれども・・・。

このニルソン大全、喜びを感じつつ、ちょっとづつ聴き進めてますので、また記事にすることもあろうかと思います。
とくに、「影のない女」は素晴らしいし、ちゃんとしたステレオ。
あと、ベームと振り分けたスウィトナーのジークフリートの一部が、これもステレオで聴けます!

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今年もあと1週間。

天皇陛下として最後のお誕生日のお言葉を拝見しました。

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2018年10月 6日 (土)

「タンホイザー」と「巨人」 ピッツバーグ響

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夜明けの相模湾。

左手は三浦半島。

このところ、雲に覆われる日々ばかりで、せっかく海のある街に帰っても、日の出を拝むことができなかった。

しかし、これはこれで絶景。

自然は怖い牙をむくけれど、静かなときは美しいものだ。

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  ワーグナー  交響組曲「タンホイザー」
            (パリ版に基づくマゼール編)

    ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (1990.12 ハインツホール)

マゼールが、84歳で亡くなってから、もう4年が経つ。
神出鬼没的な存在で、個性的で、ときに鼻につくこともあったけれど、なんだかんだで好きな指揮者でもあった。

その歴任ポストも世界をまたにかけたユニークな渡り方で、ベルリン放送響→ベルリン・ドイツ・オペラ→クリーヴランド管→フィルハーモニア菅(准指揮者)→フランス国立管→ウィーン国立歌劇場→ピッツバーグ響→バイエルン放送響→トスカニーニ・フィル→ミラノ・スカラ座(准指揮者)→ニューヨーク・フィル→ミュンヘン・フィルと、まあすごいことなんです。
日本にも、東響や読響、N響を振りに何度も来てました。

マゼールが一番面白かったのは、ベルリンからクリーヴランドぐらいまでと思ったりもしてます。
あとは、ウィーンで失敗して、ベルリンフィルの座も取れなくて、なんか迷走したりもした時期もあったりで。

そんななかから、ピッバーグ時代の1枚を。
マゼールのピッバーグ時代は、1984年~1996年と、割と長期に渡ってまして、なぜなら、マゼールは名門ピッバーグ大学で学んだほか、ピッバーグ響でもヴァイオリン奏者を務めた経験があるので、街にもオーケストラにも愛着があったわけだ。

ワーグナーのオペラ全曲録音を残すことがなかったのは、とても残念なことですが、抜粋や管弦楽作品は、いくつも残してくれました。
そんななかで、マゼールが手をいれた風変りな作品が「タンホイザー」組曲だ。

序曲から大規模なバッカナールになだれ込むパリ版に忠実な1幕前半。
なかなか堂々たる演奏で、バッカナールもマゼールならではの悩ましさ。
そして曲は、ヴェーヌスとタンホイザーの絡みがネットリと続き、そのままヴェヌスブルクは崩壊し、清廉な野辺へと転じ、騎士たちとの再会で高らかに終わる第1幕。
 2幕は、歌の殿堂の場面は、かなり華やか聴かせ、タンホイザーとエリーザベトの二重唱もしっかりあるが行進曲はおとなしめな印象。
エリーザベトの嘆願をへて、ヴェーヌスへ、としずしずと進むとこで終わり。
 3幕からは巡礼行から始まり、エリーザベトの祈り、しんみり夕星ときて、そのあと怪しいムードでヴェーヌスがやってきて、さらに駆け足で、ローマ語りをすっとばしながらやってからの巡礼たちの合唱、ここは合唱はなんとハミング、そして思わぬ軽やかさで曲を終結。
以外に尻すぼみな感じの構成で、マゼールとしては、みずから編んだのに、前半はマゼールらしいが、後半は、もっとガンガンやって欲しかった的な感じです。
 
 ドイツ的な響きを持つピッバーグ響は、腰の低い低音から、マゼールの紡ぎだす妖艶なサウンドまで、とても能動的に機能してます。うまいです。
 マゼールは、ウィーン国立歌劇場での音楽監督のデビュー演目に、この「タンホイザー」でもって、歌手の不調もあって、大ブーイングを浴びてしまい、さらに、カーテンコールで親指を下にするパフォーマンスをしてしまい、大炎上した、と読んだことがあります。
因縁のある「タンホイザー」を故郷のひとつ、ピッツバーグで、自らの編曲でリベンジしてみた1枚でした。
 ワタクシには、どうも歌がないと、気の抜けたビールのように思えてしまうのであります。
リングのオケ版もそうです。
 それより、マゼールのバイロイトでの「リング」を正規発売してほしいと思います。

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ピッツバーグは、ペンシルバニア州の大都市で、オハイオ川の起点にあることから水辺の街でもあります。

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                           (Southern Airways HPより拝借)

鉄鋼の街として栄えたが、その後の鉄鋼産業の衰退で、次はハイテクや金融、まさにいまのアメリカの主要産業を基軸にした都市となっている。
大学も多く、むかしからの大企業も存続していて、そのひとつがケチャップの「ハインツ」。
ドイツやイギリスの資本の企業も多数。欧州との結びつきが大きい。

都市圏としての人口は240万人で、冬はとても寒そうだ。
野球は、そう、「パイレーツ」ですよ。桑田真澄がいっとき在籍してましたな。

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そして、オーケストラはピッツバーグ交響楽団。
ケチャップのハインツがスポンサーだし、本拠地もずばり、ハインツホール。

1895年の創立。一時、財政難で解散し、再スタートしたときは、クレンペラーも尽力し、そして、このオーケストラの基本を作り上げたのは、フリッツ・ライナー。
ライナーのあとは、スタインバーグが長く腰を据え、ドイツ的な響きを身につけた。
さらに、プレヴィン(76~84年)、マゼール(84~96年)、ヤンソンス(95~04年)、A・デイヴィス、ヤノフスキ、トゥルトリエの3人体制(05~07)、ホーネック(08~)という陣容。
 財政的に豊かなこともあり、そしてこのオーケストラや街や環境もいいのか、名指揮者たちが長く歴任してます。

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                  (ピッバーグ響のHPより拝借)

スタインバーグからマゼールまでは、レコーディングがたくさんあったのに、ヤンソンスとはとてもいい関係だったのに係わらず、ショスタコーヴィチぐらいしか録音がない。
自主製作盤に魅力的なものはあるが、残念なこと。
90年代終わり頃から、アメリカのメジャーオケの録音は、お金がかかりすぎて採算が合わないようになってしまったからか・・・

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Honeck

   マーラー 交響曲第1番 「巨人」

    マンフレート・ホーネック指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (2017.9.4 @Proms)


現在の指揮者ホーネックは好評で、先ごろ2022年まで、その任期を延長しました。
このコンビのCDは、そこそこ出てますが、高いし(笑)、腐るほど他盤持っている曲目ばかりなので、手が伸びません。
しかし、昨年ロンドンのプロムスの放送で聴いたマーラーは、実に活力みなぎる演奏で、いま聴き返しても、たくさん新鮮なヵ所が続出し、飽きさせることのない名演でした。

これほどの名曲になってしまうと、曲がちゃんとしているので、楽譜通りに演奏すれば、それなりの成果をあげることができるのですが、ホーネックは一音一音を大切に、そしてフレーズにもごくわずかに聴きなれない味付けを施します。
緩急も、かなりつけるのですが、それが自然体なのは、オーケストラ出身の指揮者だからでしょうか、嫌味がありません。

このホーネックの自在な指揮に、ピッバークのオケはピタリとついていきます。
そして金管の巧いこと!弦がしなやかで美しいこと。

いいオーケストラだと思います。
アメリカの香りのするヨーロッパのオケって感じ。
ボストン響にも通じるかな。

マーラーの最後のクライマックスの築きあげ方、じわじわ来ます、そしてタメもうまく決めつつ、底知れぬ大爆発。

ロンドンっ子も大歓声と大絶叫!

アンコールのJ・シュトラウスのポルカもすごいことになっちゃってます。

アメリカ、オーケストラの旅、楽しい~

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薄日に、漕ぎ立つ船あり。

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2018年9月 2日 (日)

バイロイト2018 勝手に総括

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夏は気温もあがり、周辺は大気も不安定になるので、富士山はなかなか拝めません。

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右に目を転じると、丹沢・大山は、近いこともあって、くっきり。

8月が終わりましたが、まだまだ暑い。

でも朝晩の涼しい風が心地よい時分ともなりました。

ヨーロッパの夏の音楽祭も、プロムス、ベルリン芸術祭はまだ継続中ですが、バイロイト、ザルツブルクは終了。

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バイロイト音楽祭2018、全作を視聴しましたので、自分勝手に、妄想も込めて総括します。

①「ローエングリン」

今年の新演出演目、すでにプリミエ直後に全曲視聴し、画像のみで想像し、演奏に関してはいくつかコメントもいたしました。
 → ワーグナー 「ローエングリン」 バイロイト&コヴェントガーデン

NHKでもすでに放送されたそうですが、ネット上で、バイエルン放送局が、上演後すぐに公開しましたので、わたくしも即座に観劇することもできましたので、少しばかり感想を書かせていただきます。

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変電所があったり、全体的にブルーであったり、ブリューゲル風の中世の意匠や、羽根
だったりで、現実と夢想の歴史をなぞっているかと、公開されていた画像で想像していたが、実際はかなり違うもので、最近になって出てきた画像が上のオレンジのお部屋のもの。

このお部屋は、夫婦のベッドルーム。
嫌がるエルザを変圧器の碍子のようなところへ巻きつけて、事を迫るローエングリン。
その前は、聖書を仲良く読む夫婦風だったが、イライラを隠せない旦那。
妻は聖書を手放さず、それをとりあげて、ベッドサイドの引き出しにしまってしまう。
それで、ローエングリンはメラメラして電線で緊縛に至るんだ。(演技も本気( ´艸`))
エルザ、めちゃくちゃ嫌がってる・・・

高圧の強力な電力をもたらした有能な電気技師。
テルラムントとの対戦では、まさに子供も喜ぶ空中戦をしたあげく、羽をもぎ取ってしまう。
オルトルートにも、エルザにも、よく見ると蝶やトンボのような柄が衣装に描かれている。
市民は、みんな電気技師の味方で、豊かな生活にうはうは。

驚き、というか、まさかの陳腐な幕切れは・・・
ローエングリンの最後のモノローグ、語るうちに、周辺は暗くなり、市民の持つ明かりもチカチカしてきて電気切れ。
エルザへの形見の品は、非常用電源っぽい。
勝ち誇るオルトルートは、やたらと元気がいい。
失意のうちに、しょんぼり去るローエングリンと引き換えに、出てきたのは、エルザの弟ならぬ、全身緑の葉っぱで出来た森林クンとも呼びたくなるようなゆるキャラ、手には、緑のモニュメントがチカチカ光っている。
 エルザとふたり、姉弟で、誇らしげに勝利とばかり、舞台前面に歩んでくる。

市民も、王も、みんなぶっ倒れてしまい、オルトルートはひとり生き残り、彼女自身は、ここはどこ?状態できょろきょろ。
期せずして、エコじゃない電気屋さんを追い出してしまったから、功労者なんだ。

なんじゃこりゃ。

ローエングリンで、なにも、こんなこと表現するこはねーだろ。
舞台・衣装デザインを担当したラウヒ夫妻が、長年準備してきたもので、アメリカの演出家シャロンは、ここ1年あたりの指名だから、後追いでの共同演出となったはず。

いまさら、自然エネルギーをモティーフにしてくることは、古臭いと思うし、なによりも、ワーグナーのト書きと、歌詞の内容がまったく無視されていて、矛盾だらけ。
自然エネルギーの可否は、この場で語る資格はありませんが、原発をやめたドイツは、風力・太陽光に力を注ぐ一方で、フランスからの電力融通もある実態。
悩めるドイツの社会問題を、芸術に反映させるのは、その表現のひとつの手法だが、あまりに安易にすぎないか。。。
 こうした仕掛けじみた、子供だましのような演出は、1度見て驚けば充分だな。
演出系の3人一緒のカーテンコールには、ブーも飛んでたし。

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ベチャーラのローエングリンと、マイヤーのオルトルートの二人が実に素晴らしい。
ほかの歌手も上々。
ティーレマンの指揮もさすがと思わせるところ多々あるが、テンポ設定が不自然なところが、映像で舞台を確認しながら聴くと感じるところあり。

演出と指揮では、ネズミ・ローエングリンの方が、音楽の読み込みがいい。
あともう一点、ドイツの今の問題は、流入した移民問題。
2000年のユルゲン・フリムのミレニアム・リングの演出でも、すでにトルコからの移民が、リング演出のなかに織り込まれていて、いまや、そこに難民が加わったドイツの病める姿を強く感じるわけだ。
最初は、3K的な仕事を担うつもりの移民が・・・・、もうやめときましょう。

②「パルジファル」

3年目のラウフェンベルク演出。時代設定を替えたカラーリング豊かな舞台に、ちょこちょこと政治色を絡めてくるこの人。

最初から、賞味期限が切れる寸前だった。
だって、中近東に、内戦やテロあたりをシンクロさせたから。
普遍性なし、この手の政治・社会問題はことに流動的だから。
状況は常に変わる。
やめときゃよかったのに。

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ネルソンスに降りられてしまい、堅実なヘンシェルが2年振り、今年からビシュコフが何気にバイロイトデビュー。
カラヤンが後継候補に名前を出してから、もう数うん十年が経つが、ビシュコフは、その見た目の濃さとは裏腹に、以外と堅実かつ、外れのない、職人的な存在になっていった。
このパルジファルも、オーケストラがしっかり鳴っていて、全体の枠組みも誰が聴いても安心できるものだったから、歌手たちも歌いやすかったのでは。
しいて、いえば、何も新たな発見や驚きはなかった、無難すぎることか。

アンドレアス・シャガーの2年目のタイトルロールが、とてもいい。
アンフォールターースの2幕の叫びもばっちり。
今年、グルマンツにまわったグロイスベックも、美声を生かして若々しい雰囲気でよし。
パンクローヴァのクンドリーも凄みを増してるし、マイアーの病的アンフォルタスも素敵。

音源だけでは、歌手が素晴らしかったパルジファル。


③「トリスタンとイゾルデ」

4年目のカタリーナの演出。
舞台は、夢も希望もない、哀れなイゾルデの不倫の顛末、ということで、救われないトリスタンが気の毒、と思いつつ、毎年聴く、素晴らしいグールドのタイトルロール。

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 グールドさん、今年は、ジークムントも歌っていて、忙しい。
最終公演は、そのワルキューレとのからみもあって、パルジファルのシャガーが、トリスタンになったそうな。
ほんと、可愛そうだよ、グールドさん。
歌が立派すぎて、使いまわし。
来年は、こちらのトリスタンに加えて、新演出のタンホイザーも・・・・。

3年目のペトラ・ラングのイゾルデ、だんだんよくなってきた。
高音が、絶叫交じりになってしまうところも、だいぶ解消してきた。
ビジュアル的にオルトルートやブランゲーネのイメージが、いまだにあるも、耳で聴くイゾルデとしては、ほぼよし、次年度に期待。

ぺテルソンとクリスタ・マイアーのブランゲーネ、クルヴェナールは、もう完全なチームワーク的な存在で文句ない。
ルネ・パペの美声のマルケ、いいけど、悪い奴に印象操作されたこの演出では、可愛そう。

ティーレマンは、毎度、安心して聴けるトリスタンだけど、そろそろ違う指揮者でも聴きたい。

④「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

2年目の、バリー・コスキー演出。
映像がないので確認できないが、ちょこちょこ見直しがされた由。
第2幕の冒頭のピクニック場面が芝生でなくなったらしい。
あと巨大な顔のバルーンもよりリアルになった感じ。
このコスキー・マイスタージンガー、かなり芸が細かく、装置も演技も、美に入り細にいるので、シェローのリングのように、だんだんと改善され、成長していくのでは、と期待。

だがしかし、ユダヤ系のコスキーの主張は、楽しい舞台の表にも裏にも、反ユダヤだったワーグナーを皮肉ったり、ユダヤ系の指揮者レヴィをもてあそんだりと多面的。
そこに戦後処理の法廷をリンクさせたりとで、かなり政治色がありすぎで、ややこしいが、要は、ワーグナーの音楽や、その存在にまつわるものを、そこに関わった人物たちをも、マイスタージンガー=名歌手として、一緒くたに、舞台の上に展開してみた、というところだろう。
観客がそれを、どう受け止めるか、それぞれの出自・年代に応じてさまざまでしょう・・。
こんなフリーダムなイメージ発信が、コスキーのマイスタージンガーかも。

 フィリップ・ジョルダンの指揮が、昨年と各段の進化。
演出との完全合意かもしれないが、昨年不自然に思われた、変な「間」やテンポ感がまったくなくなり、全体が緩やかか、のびやか、かつ、俊敏なかたちに収斂した感じ。
舞台の演出サイドも歩み寄り、指揮者も歌手も完全合意した結果での大きな成果と思われます。

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フォーレのザックスの雄弁さと、まろやかな歌いまわし、さらに素晴らしい。
対する、ベックメッサーのクレンツィルの芸達者ぶりも、音源からでもただよってきます。
フォークトの完全に、耳に馴染みのできた騎士ワルターも安心安全。
ダーヴィット、マグダレーネ、ポーグナー、マイスターたち、みんなチーム化して万全。
そこに、久々にエヴァとして登場の、エミリー・マギーさん。
すっかりおなじみ、マギーさん、これもまた耳になじんだ安心感だし、その歌いまわしにレヴェルアップも。(シュヴァンネウィリムスは、気の毒だった・・)

てなわけで、マイスタージンガーの音楽面での安定感が光りました。

⑤「さまよえるオランダ人」

2012年から5年続き、1年空けて、また上演された使い勝手のいい「オランダ人」。
もう見慣れたけれど、グローガーの演出は、わたくしには陳腐なものにか感じない。
ビジネスマン、段ボール、女工さん、扇風機工場・・・、みんな好きじゃない。
「オランダ人」には、宿命と希望、そして愛による救済、といった不変のモティーフを明確に求めたい。

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2年目からずっとゼンタを歌っているメルベトがいい。彼女の必死の歌だけを聴いてると、あの舞台を思い起こさずに済むし。
日本でもウォータンや、いろんな役を歌っているグリムスレイが、今年バイロイトデビューしてオランダ人を歌ったわけだが、アメリカ発のバス・バリトンの系譜、T・ステュワート、R・ヘイル、J・モリスの流れを継いだような、なめらかな美声と馬力を感じ、嬉しくなりました。
他の歌手も長く歌い継いで、万全だし、ライン・ドイツオペラで着実に実績を積んでいる、アクセル・コバーのきびきびとした、実務的な指揮が、実に的確でいい。
シュタインや、シュナイダーの担ってきた堅実なバイロイトの音楽の分野を下支えするような、そんな存在になって欲しい。

⑥「ワルキューレ」

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不評だったカストルフのリングが終了したが、今年は、戦後バイロイト史上初、一作のみを取り出しての上演で、その目玉は、ドミンゴの指揮というもの。
この演目は、3回だけの上演。
バイロイトのライブ放送は、基本、初日のものが聴けるわけだが、その後の2回の上演がどうだったかは不明なれど、ドミンゴの指揮者としての登場、失敗の巻としかいいようがなかった。
 録音していち早く聴いたが、最初は、じっくりとしたテンポに、どこか聴きなれない内声部などの強調等、ユニークな演奏じゃないか、と思いつつ聴いた。
が、しかし、レヴァインばりの大らかテンポなれど、音楽の流れがどうもつながらない。
細かに張り巡らされたライトモティーフが、すんなりスルーされて、意味合いを持たずに通り過ぎてゆくし、逆にメロディにこだわりすぎて、全体を見失うような雰囲気も感じられた。
これでは歌手も、歌い手&演じ手としてもやりにくいだろうな。
カーテンコールでは、ひとりだけブーを浴びていた。
 その後の上演で、よくなったか否かは不明ですが、、

ちょっと辛口にすぎるけれど、オペラ歌手として、最大級の功績を上げ、あらゆるオペラのロールを極めた大芸術家だけれども、いきなりバイロイトでワルキューレを指揮するということはチャレンジの度合いが過ぎたものと思わざるを得ない。
それより、このような企画をした劇場運営局もどうかと、同じく思わざるを得ない。

トリスタンと掛け持ちのグールドのジークムント。立派過ぎて、耳は聴きなれたジークフリートやトリスタンに聴こえてしまう。
カンペのジークリンデが素敵で、フォスターのブリュンヒルデも文句なし。
ウォータンの声は暗すぎ。
あと、二期会の金子美香さんが、グリムゲルデでバイロイトデビューという朗報あり。

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さてされ、現地で観劇もせずに、毎度、こうして言いたい放題、あいすいません、あくまで、個人の意見です。

ネットの恩恵に、最近、ますます感謝してます。
リアルタイムで、その演奏や映像を確認できる。
しかも、年々、技術も向上し、画質・音質ともにかなり高品質だ。
バイエルン放送局は、今年からサラウンド放送を始めた。
これらのコンテンツは、もちろん自分が楽しむものだけに限定されているわけですが、ほんと海外の放送局、とくに、ドイツと英国の局には感謝感謝。
 我が国はというと・・・、いいですもう。

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来年のバイロイト2019の、新演出は「タンホイザー」。
指揮は、ゲルギエフですよ・・・
演出は、38歳のトビアス・クラッツァー(Kratzer)という人。
面白そうだけど、いやな予感に、みた感じ。

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ここでもまたグールド。
タンホイザー復帰という安全策に、売り出し中の若いノルウェーのソプラノ、ダヴィットセンのエリザベト。さらに、マリンスキーからグヴァノバのヴェーヌス。

あと、「ローエングリン」のエルザに、ネトレプコとストヤノーヴァの声がノミネートされていて、他の演目は、「マイスタージンガー」に「トリスタン」「パルジファル」。
ベルリン・コーミッシュオーパーですから、こんなの当たり前ですが、ラモーのオペラを演出したトビアス・クラッツァーの舞台の様子。

早くも、来年のバイロイトに向けて、気持ちが動いてます(笑)

元気でいなくちゃ。

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2018年7月28日 (土)

ワーグナー 「ローエングリン」 バイロイト2018&コヴェントガーデン

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もう日は経ちますが、今年も、靖国神社のみたままつりに行ってきました。

猛暑のなか、今年から屋台も復活し、老若男女・日本人も外人さんも、ほんとにたくさんの人出で、おおいに賑わいました。

そして、同じ時期、本格的な夏の到来とともに、海外では夏の音楽祭の始まりとなります。

ここ数年、ネットで同時配信され、遠い異国の地にあってもすぐさま視聴することができる。

Proms、ザルツブルク、そしてバイロイトが、わたくしの夏の楽しみです。

今年のバイロイトのプリミエは、「ローエングリン」。

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     ワーグナー  歌劇「ローエングリン」

 ローエングリン:ピョートル・ベチャーラ エルザ:アニヤ・ハルテロス
 テルラムント : トマス・コニュチニー オルトルート:ヴァルトラウト・マイヤー
 ハインリヒ :ゲオルク・ゼッペンフェルト 伝令:エギルス・シリンス
 
  クリスティアン・ティーレマン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                       バイロイト祝祭合唱団
           合唱指揮:エーベルハルト・フリードリヒ
           演出:ユーヴァル・シャロン
           舞台・衣装:ネオ・ラウヒ&ローザ・ロイ

                   (2018.07.25 バイロイト)   


当初、発表されていたロベルト・アラーニャが降りてしまい、代わりに起用されたベチャーラ。
ドレスデンでティーレマンとも共演していて、実績もあり、このところ売れっ子テノール。
あと、18年ぶりにバイロイトに帰ってきたマイヤーも注目。
そして、このローエングリンを指揮することで、バイロイトで上演される主要作すべてを手掛けたことになるティーレマン。
もしかしたら、戦後バイロイトで全作コンプリート指揮者は初かも。

こんな風に、なんだかんだいって、バイロイトは毎年、話題にことかかない。

そして耳で聴いた演奏は、なかなか素晴らしいものだった。

まず、ベチャ-ラのタイトルロール。

10年ほど前に、チューリヒ・オペラの来日公演で、ばらの騎士でのテノール歌手を聴いているが、その時の印象ではきれいな声、ぐらいのもので、今回のローエングリンを聴いて、スピンとする、その力強い声とともに、あふれる気品に、かつてのジェス・トーマスを思い起こしてしまった。これからも楽しみな歌手。
 あと、久々のマイヤーさん。
相変わらずの魅力的な中音域に、やや硬質なキリリとした声。
凄みはあるが、憎々しさを覚えないのは、イゾルデの声で聴きなれたせいか。
でも四半世紀前のアバド盤でのマイヤーに比べると、味わいは増しものの、さすがに声の威力は減じた感じだ。
 ハルテロスのエルザは、まずまず。1幕は、ちょっと不調ぎみで、苦しかった。
あとになるほどよかった。
ドイツも猛暑らしくて、歌手たちは体調管理が大変だ。
ハルテロスも、もう13年も前だけど、新国でエヴァを聴いていたが、当時の日記を見てみたら大きな体で、よく声が出ている、なんて書いてて何とも言えない。
来年のエルザは、ネトレプコとの報もあるけど、どうなんだろう。
 テルラムントのコニュチニーと、ゼッペンフェルトのハインリヒは万全の歌いぶり!

ティーレマンの指揮は、快速。
いつも重厚長大なワーグナーを、ゆったりめのテンポで堂々と推し進めるのに。
1幕の前奏曲からしてそう感じるし、3幕の前奏も早い。
演奏タイムは、全幕で3時間22分。
あとで取り上げるネルソンスは、3時間30分、ペーター・シュナイダーが3時間38分。
なにもテンポの速い、遅いが演奏の良し悪しを決めるものではないが、オペラの場合演出や舞台の流れに即した解釈ともなることもありうるから、このあたりは、いずれ観ることができるであろう舞台映像で判断したい。
 ということで、ティーレマンにしては、全体に軽く感じたわけだが、それでも要所要所で、タメを設けたりするところが見事に決まったりするところは、彼らしいところではあります。

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 で、演出。
「青=ブルー」の世界。
青の舞台の画像のいくつかを見て思ったのは、ヴィーラント・ワーグナーのローエングリン。バイロイトを始め、ウィーン、ベルリンでも、東京でもおなじみのあの青。
生誕101年のヴィーラントへのリスペクトか?

 過去記事 →ヴィーラントの青

この舞台のコンセプトは、装置・衣装のラウヒ夫妻が長らく準備してきたものとのことで、演出のロサンゼルス・オペラのシャロンの起用の決定は、その準備以降のこととのことなので、この舞台と演出は3者の完全共作ということのようだ。

画像を見て、毎度想像をめぐらすわけだが、変電所が舞台で、ローエングリンは送り込まれた電気技師。貴族・豪族たちは、ディズニーのお伽の国の人物のようで、羽根が生えてる。それに対し、民衆たちは、バロック調のリアルな衣装で、それぞれが三者三様。
舞台背景もよく見ると絵画的。

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 せっかく電気をもたらしたのに、追われてしまう寂しいローエングリン。
それを見送るエルザの背には、サバイバル電源のようなバックパックが。
う~む、想像はこのあたりまでにして、映像を待ちたいと思います。
 聴衆のブーがほとんどなかったので、穏健な落としどころがあったのでしょうね。

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ワーグナー  歌劇「ローエングリン」

 ローエングリン:クラウス・フローリアン・フォークト
 エルザ:ジェニファー・デイヴィス  テルラムント: トマス・ヨハンネス・マイヤー 
 オルトルート:クリスティン・ゴアーク ハインリヒ :ゲオルク・ゼッペンフェルト 
 伝令:コスタス・スモリギナ
 
  アンドリス・ネルソンス指揮 コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
                     コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団
           演出:デイヴィッド・オールデン

                   (2018.07.01 ロンドン)   


6月から、ロンドンでは、オールデン演出によるプロダクションが上演。
指揮は、バイロイトで実験ネズミのローエングリンを指揮したネルソンス。
そして、いまや世界一ローエングリンを歌っているであろうフォークトを迎え、エルザには、当初、ネルソンスの奥さんのオポライスが予定されていたが、こちらも降板し、アイルランド出身のジェニファー・デイヴィスという若い歌手が起用され、その彼女が一躍スターとなった(らしい)。
そんな上演の様子、音源だけは、BBCのサイトで期間限定ネット配信されてました。

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まず、ここでは、ネルソンスの安定感のある指揮ぶりを称えたい。
ティーレマンよりいいかも。オケの雰囲気は、バイロイトの方が劇場の鳴りも含めて上に感じますが、全体のとらえ方のバランスのよさと個々の場面の緻密な描き分けが、とても見事。歌手も、オーケストラもこんな指揮ならとてもやりやすいのではないでしょうか。
2幕のダークサイドチームたちの暗黒の緊迫感ある場面は見事。
そして、3幕の禁断の問いの場面での切迫感と無常感。
で、最後の大団円は、思いっ切り引っ張って、とてつもない効果を引き出してました。

歌手では、フォークトが完璧。いうことない。
若いジェニファーさん、どちらかというとリリックな声で、エルザやエヴァがお似合いの感じですが、ここぞという場面では、けっこう頑張ってます。
ゴアークというアメリカ人メゾによるオルトルートは、おっかないです。
ヴィブラートを巧みに用いて、亭主の尻をたたき、とエルザをたらしこみますが、ちょっと何度も聴くとくどい印象を受けるかもです。
お馴染みのマイヤーのテルラムントも聴きなれた声だけに、私には安心感がありますが、フォークトのような完璧感はちょっとないです。
バイロイトと同じく、ここでもゼッペンフェルト。

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さて、写真で妄想。
オールデンの実際の舞台は観たことがないけれど、社会性のあるテーマをぶっこんでくる演出家。
ここでは、20世紀に時代設定をもってきて、爆撃後の焼け跡復興が舞台っぽい。
2幕の婚礼シーンには、白鳥の彫像がナチスを思わせるし、3幕(死体が右に転がっているので)のローエングリンの告別の場面では、それらしき旗が。
国王は、顔色悪く、ダーティなイメージだし、ダークサイド組と聖なる組とでは、黒と白で対比。労働者たち、市民は表情が暗く硬い。

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戦後の暗い社会に現れた救世主に、ナチスの申し子を重ね合わせようと皆が願望したが、エルザの一言で、その白い戦士は帰って行く。
 こんなことを想像しましたぞ。
勝手な妄想ですので、お許しください。

短期間に、ふたつの優秀なローエングリンの上演の様子を聴くことができました。
ネットとはかくもありがたいものです。

さぁ、この夏も各地の音楽祭聴き、いそがしーーー。

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2018年3月31日 (土)

ワーグナー 「パルジファル」 レヴァイン指揮

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わがふるさとの麗しき季節の1枚。

先週の1枚ですので、桜はまだ三分咲きぐらい。

いまごろ、ピンク色に染まっていることでしょう。

花ひらく春。

今年の復活節は、少し早めで、聖金曜日が30日、イースターは、4月1日。

ということで、年中聴いているけれど、とりわけ、春のこの時期にふさわしい「パルジファル」。

けがれなき愚者が、目覚め、放浪をした末にたどり着く荒廃した聖杯の地。
聖なる槍が戻り、聖金曜日の奇跡が起こる。
まずは罪深き女に洗礼を施し、女ははらはらと涙する。
ワーグナーの書いたなかで、もっとも美しい音楽のひとつ。

バイロイトの戦後のパルジファルの演出は、7演目あり、伝統に根差した静謐なものから、2000年代になると、わたくし的には、激化、いや劣化も見受けられる内容になってしまった。(と思う)

聖金曜日のシーン(一部、そうと思われるシーン)。

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 ヴィーラント・ワーグナー 1951~1973

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 ウォルフガンク・ワーグナー 1975~1981

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 ゲッツ・フリードリヒ  1982~1988

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 ウォルフガンク・ワーグナー 1989~2001

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 クリストフ・シュルゲンジーフ  2004~2007

Herheim

 シュテファン・ヘアハイム  2008~2012

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 ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク 2016~

こうしてみると、緑系の色柄が多い。
春は、芽吹く季節だし、冬が終わり、春がやってくることは、信仰でも救いの証ともなる。

それを感じさせるのは、ワーグナー兄弟のものぐらいで、ほかはさっぱりで、情報過多の目まぐるしい演出の果て、疲れ切った聖金曜日の場面みたいに感じる。
そして、ワーグナー兄弟のときのパルジファルは、いずれも長く上演され、恒例行事のような、ひとつの儀式化した意味合いをも持つものだったが、不評すぎて打ち切られたシュルゲンジーフのもの以降、5年のサイクルになったようだ。
パルジファルに特別な意味合いをことさらに持たせることなく、リングも含めたほかの諸作品と同等の位置づけとなったとみてよい。

でも、自分は、古いものほど好きだな、パルジファルは。
静的・神的であって欲しい。
中東を舞台になんてしてほしくないし、政治色を入れると、すぐに色あせちゃうし。。。

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戦後バイロイトでのパルジファル上演を指揮者でみてみると、ダントツでクナッパーツブッシュ。

  クナッパーツブッシュ  13年
  レヴァイン         10年
  シュタイン          8年
  シノーポリ          6年
  ブーレーズ          5年
  ガッティ           4年
  ヨッフム           3年


あとは、2年以下、単年の指揮者も。
ティーレマンは、まだ1年度しかパルジファルを振っていないが、録音した2001年の演奏は実に素晴らしい。

クナに次いで、G・フリードリヒとウォルフガンク・ワーグナーの演出の指揮を受け持ったレヴァインの登場年度が10ということで、これはバイロイトのパルジファル史上でも画期的なこと。

手元には、1985年のバイロイト正規録音、1990年と1991年のバイロイト放送録音、1991、92年のメット・スタジオ録音があり、1週間かけて、そのすべてを聴き直してみた。

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  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:サイモン・エステス  ティトゥレル:マッティ・サルミネン 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ペーター・ホフマン
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (85年7月バイロイト)

 
アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル

 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:ギュンター・フォン・カイネン

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (90年8月2日バイロイト)

 アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年7月26日バイロイト)

 
アンフォルタス:ジェイムス・モリス  ティトゥレル:ヘンドリク・ロータリング
 グルネマンツ:クルト・モル      パルシファル:プラシド・ドミンゴ
 クンドリー:ジェシー・ノーマン     クリングゾル:エッケハルト・ウラシハ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 メトロポリタンオペラ管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年4、92年6月NYC)

それぞれ、ジェイムズ・レヴァインの41歳から48歳にかけての演奏に録音。
ほぼ4作均一、高度に練られた、そして音楽の初々しさと、ゆったりと流れる川に身を任せることのできる安心感を伴った演奏。
演奏時間の長短は、演奏の良し悪しには結びつかないが、レヴァインのワーグナーはテンポがゆったり。

    トスカニーニ                       4時間48分
    グッドール                         4時間46分
    レヴァイン(85年)               4時間38分
    レヴァイン(メット)         4時間32分
    クナッパーツブッシュ(62年) 4時間10分
    クナッパーツブッシュ(56年) 4時間19分
    ブーレーズ(70年)       3時間48分
    ブーレーズ(2005年)     3時間35分

均一といいながらも、当然にメットのオーケストラは機能的に完璧なれど、劇場空間もひとつの楽器のようになったバイロイトの雰囲気豊かなオーケストラの音色には遠くかなわない。
ひとりひとりの奏者の音色が明るく、技量的にも万全なれど、やはりドイツのオーケストラ奏者の奏でるちょっとしたフレーズにもかなわない。
 そして、ここでもバラッチュの合唱指揮はあるものの、メットの合唱団の言葉ひとつひとつはきれいすぎる発声で、さらりとしすぎている。
あと、なんたって、ドミンゴのパルジファルは、その彼のヴァルターと並んで、わたくしには異質で、テカテカと輝かし過ぎるし、ひっかかりの少ない滑らかな独語がどうも・・・・
あと、ノーマンの立派にすぎるクンドリーもおっかなすぎる。
モリスもウォータンみたいなアンフォルタスだし。。
 って、メット盤をけなしすぎるのは、やはり、バイロイトの録音が素晴らしいから。

レヴァインの明快で、よどみのない指揮は、バイロイトの劇場あってのものだと思う。
リングにおいても、シネマティックなメットの演奏よりも、ずっと大叙事詩然としていて勇壮なものだった。
 ホフマンのヒロイックかつ剛毅なパルジファルに、硬質な声で二面性を見事にうたったマイヤーに、年とともに深みを増していったゾーティンのグルネマンツなどは耳に馴染みとなりすぎて、安心の極み。
ザ・クリングゾルともいうべき歌手、マツーラもファンタスティックだし、早くに亡くなってしまったアメリカのヘルデン、ペルの91年盤は素晴らしい声だと思う。

ということで、現役指揮者で、もしかしたらもっともパルジファルを指揮している人、レヴァインのものをまとめて聴いてみた次第。

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というのも、去年暮れから音楽界に衝撃を走らせたレヴァイン・スキャンダルのことがあったから。
こんなに豊かな音楽を作り出していた人が何故?

デュトワの女性に対するセクハラ、レヴァインの同性に対するセクハラ。
アメリカ発のセクハラ訴訟パンデミック。
時効もなく、大昔のことまで掘り起こされる。
行き過ぎた問題意識の掘り起こしは、ときにいかがかと思うが、誰もが聖人君子のようにふるまわらなくてはならないのだろうか。
ことに、映画監督や音楽家、とくに指揮者のように多くの人を統率する立場の芸術家は、今後ますます萎縮せず、正々堂々と音楽に向き合っていって欲しいと思う。
ほんと、ややこしいことになったもんだ。

で、バーンスタインに次ぐアメリカ音楽界のヒーロー、レヴァインも告発を受け、メットからもその職を解雇され、一転ダークな存在へと化してしまった。
日本と同じように、アメリカのマスコミの報道も容赦なく、レヴァインが、メット解雇を不服として損害賠償を起こしているが、悪の親玉のような写真を使用されているし、告発者を取材し、卑劣な出来事を詳細に報道している。

告発の内容は、1965年から70年代初めへとさかのぼる。
告発者は、ヴァイオリン、ピアノ、ベース、チェロのそれぞれ男性の演奏者4人。
ジョージ・セルから、指揮者としての才能を認められ、その後クリーヴランド音楽院の学生だったなかから、20人ほどがそのレヴァイン(当時20~30代)のもとにアンサンブルオケとして集められた。(なかには、クリーヴランド管の首席チェリストL・H氏も)
そこでは、レヴァイン・ナイトと称する閉ざされた関係のなかで、音楽に対する献身と決意を求められた。
衣食住もともにし、暴力的な性的関係も求められたと証言している。
なかには、母親とどちらを選ぶかなど、極端な選択も強いられたと・・・・
もっとあるけど、ここでは書けない・・・・。

70年代初めと言えば、レヴァインがマーラーやヴェルデイのオペラで鮮烈なデビューを果たしたころだ。
80~90年代をピークに、その後、体調も悪くし、ミュンヘンフィルやボストン響の指揮者でもパッとせず、病気がちだったレヴァイン。
今回の件で、音楽界からは、完全に抹殺されてしまうことだろう。
メットのHPでは、レヴァインは名前だけで、その経歴など一切消されているし、同様に、デュトワもロイヤルフィルを首になり、HPから名前すら消えている・・・・

彼らの音源だけは残るわけだが、その残された音楽たちには罪はない。
でも、わたし、レヴァイン・ファンなの、デュトワ・ファンなのとは、言いにくいことになってしまった。
NHKも忖度して、彼らのCDは放送できないのだろうか?
レコード会社も、彼らのCDはもう販売しないのだろうか・・・うーーむ。
つくづく、ややこしいことになってしまったものだ。

今回のレヴァインのパルジファルのなかで、一番充実していて、気合の入っていたのが、91年の上演の第2幕だ。
酒池肉林のクリングゾル城の花の乙女たちの怪しさとクンドリーの悩ましさ、それは、新ウィーン楽派を先取りするような斬新さがあるが、その描き方が明快で、その後のパルジファルの神性への目覚めも鮮やかな演奏に感じるのだ。

今年の復活節は、誰もが持つ人間の内面に存在する罪の深さ、そしてその人間の営みの光と影、なんてことも考えたりもしました。

「マタイ」とともに、「パルジファル」、その内容と音楽の存在も大きいです。

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2018年2月24日 (土)

高崎保男先生を偲んで

Tamachi_2

最後まで残っていた冬のイルミネーションですが、バレンタインの終わった週末を限りに、こちらも終了してしまいました。

このあたりは、旧薩摩藩の敷地で、幕末の出来事と所縁のある場所。
ビルの立ち並ぶエリアに、ぽつんと、勝海舟と西郷隆盛の会ったところ、などの表示があったりします。

Abbado_requiem

音楽評論家の高崎保男先生が、12月にお亡くなりなっていたそうです。

レコード芸術で、目立たぬように静かに記事になっていました。

故人のご遺志とのこと。

近年、ただでさえ、オペラの新譜が、ことに国内盤ではまったく発売されなくなり、レコ芸オペラ担当の、高崎さんの名評論がまったく読むことができなくなっていた。
しかし、ときおり出るソロCDなどで、今度は高崎先生の名前が見られなくなっていたので、ちょっと心配をしておりました。

そして、この訃報。

静かに去られた高崎先生。

わたくしが生まれて間もないころからずっとレコ芸のオペラ担当をされていらっしゃいました。
わたくしがオペラが好きになったのも、それから、クラウディオ・アバドが大好きになったのも、高崎先生の数々の文章があってのもの。

心に残るいくつかの記事を思いおこすと、今後活躍する指揮者の特集での「アバド」の記事。
オペラ評論での、「アバドのチェネレントラ」「カラヤンのトリスタン」「ベームのリング」「ヴェルデイ、オペラ合唱曲、アバド・スカラ座」「アバドのマクベス」「アバドのシモンボッカネグラ」・・・・数限りなくあります。

オールドファンの域に達しつつあるわたくし。
音楽を活字と共に味わう世代だったかもしれません。
今のように、あふれかえる音源を自由自在に受け止めることのできる時代とはまったく違う世の中だった。
高額だった1枚のレコードを擦り減るように聴き、そしてそれを買うにも、大切な指標となったのが評論家の先生の記事。
自分の想いと、波長のあう方のご意見なら間違いないと思う先生の存在がうれしかった。

そんな高崎先生でした。

同じレコ芸の、今度は巻末の訃報欄に、同じく音楽評論家の岩井宏之さんがお亡くなりなった記事が出てました。
岩井さんも、好きな音楽評論家でした。
やはり、アバドのことを高く評価し、さらには、神奈川フィルの役員もつとめられた方。

時の流れを大きく感じます。

高崎、岩井、両先生に感謝をいたしますとともに、その魂の安らかならんことをお祈りいたします。

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2018年1月 1日 (月)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ティーレマン

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2018年が始まりました。

本年もよろしくお願いいたします。

ゆっくりのペースで、今年も「さまよえるクラヲタ人」を書き連ねてまいりたいと存じます。

新年、のっけから、超大曲を。

これまでにないことをしてやろうと思いまして。
まだ全部聴いてなかったこのBOX。

で、なにも、正月早々にこれを聴いたわけでなく、年末の夜間に、日々、少しづづ聴き進め、大晦日に大団円を迎えた聴き方をしたものです。

かつての昔の、レコード時代の豪華な装丁と重量感がウソのような紙製のBOXに、少し陳腐なジャケット画像。リブレットは文字だけで、舞台写真のひとつもありゃしない。

でも、この音盤に収録された演奏は、はなはだ、重厚で壮麗なものでございます。

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   ワーグナー 舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」

      クリスティアン・ティーレマン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                        バイロイト祝祭合唱団
            合唱指揮:エバーハルト・フリードリヒ
            演出 :タンクレート・ドロスト

                 (2008年 バイロイト音楽祭)



Rheingold_2008

ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」

 ウォータン:アルベルト・ドーメン   ドンナー:ラルフ・ルーカス
 フロー :クレメンス・ビーバー    ローゲ:アルノルト・ベズィエン
 フリッカ:ミッケーレ・ブリート     フライア:エデット・ハラー
 エルダ :クリスタ・マイヤー      ファゾルト:クワンチュル・ユン
 ファフナー:ハンス・ペーター・ケーニヒ アルベリヒ:アンドリュー・ショア
 ミーメ :ゲルハルト・シーゲル    ウォークリンデ:フィオヌーラ・マッカーシー
 ウェルグンデ:ウルリケ・ヘルツェ フロースヒルデ:シモーネ・シュレーダー

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ワーグナー   楽劇「ワルキューレ

 ジークムント:エンドリヒ・ヴォトリヒ   
 ジークリンデ:エヴァ・マリア・ウェストブロック
 フンディンク:クワンチュル・ユン     ウォータン:アルベルト・ドーメン
 フリッカ:ミッケーレ・ブリート       ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン
 ゲルヒルデ:ソーニャ・ミューレック    オルトリンデ:アンナ・ゲーバー
 ワルトラウテ:マッティーナ・ディーケ 
  シュヴェルトライテ:シモーネ・シュレーダー

 ヘルムヴィーゲ:エデット・ハラー
  ジークルーネ:ヴィルケ・テ・ブルメルシュトーレ

 グリムゲルデ:アンネッテ・キューテンバウム  ロスワイセ:マヌエラ・ブレス

Sigfried_2008

ワーグナー  「ジークフリート」

   ジークフリート:ステファン・グールド    ミーメ:ゲルハルト・シーゲル
   さすらい人:アルベルト・ドーメン      アルベリヒ:アンドリュー・ショワァ
   ファフナー:ハンス・ペーター・ケーニヒ  エルダ:クリスタ・マイヤー
   ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン      森の小鳥:ロビン・ヨハンソン

Gottergemarung_2008


ワーグナー  「神々の黄昏」

 ジークフリート:ステファン・グールド  ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン
 グンター:ラルフ・ルーカス         ハーゲン:ハンス・ペーター・ケーニヒ
 アルベリヒ:アンドリュー・ショアー    グルトルーネ:エデット・ハラー       
 ワルトラウテ:クリスタ・マイヤー     第1のノルン:シモーネ・シュレーダー      
 第2のノルン:マルティナ・ディケ     第3のノルン:エデット・ハラー   
 ウォークリンデ:フィオヌーラ・マッカーシ ウエルグンデ:ウルリケ・ヘルツェ       
 フロースヒルデ:シモーネ・シュレーダー

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2006年から2010年までの5年間の「リング」は、ティーレマンとドルスト演出による上演。

少し、戦後のバイロイトのリングを振り返ってみよう。

 1951~1958   ヴィーラント・ワーグナー クナッパーツブッシュ
                              カラヤン
                              カイルベルト
                              クラウス

 1960~1964   ヴォルフガンク・ワーグナー ケンペ
                             クロブチャール

 1965~1969   ヴィーラント・ワーグナー   ベーム
                             スウィトナー
                             マゼール

 1970~1975   ヴォルフガンク・ワーグナー  シュタイン

 1976~1980   パトリス・シェロー        ブーレーズ

 1983~1986   ピーター・ホール         ショルティ
                              シュナイダー

 1988~1992   ハリー・クプファー        バレンボイム

 1994~1998   アルフレート・キルヒナー    レヴァイン

 2000~2004   ユルゲン・フリム         シノーポリ
                              A・フィッシャー

 2006~2010   タンクレート・ドロスト      ティーレマン

 2013~2017   フランク・カストロフ       ペトレンコ
                               ヤノフスキ

66年間にわたる、バイロイトのリングの系譜をこうして一望してみると感慨深い。

演出上のメルクマール的な存在は、51年の新バイロイト様式のスタートだったヴィーラントのものと、さらにそれを色彩的にも進化させた65年のもの。
 そして、76年のシェロー演出。血族以外の演出家が、バイロイトに革新をもたらし、実験劇場たる存在をならしめた。
 あとは、さらに社会性を付加し、演出に人類の問題さえも語らせた88年のクプファー。
それ以降は、完全に観たわけではないが、バイロイトのリングは、世界のなかの劇場のひとつみたいな存在のそれに、なってしまったような気がする。

音楽面でいえば、クナッパーツブッシュとカラヤンで始まって、そのどのサイクルも、その指揮者の力量と成長を垣間見ることのできる素晴らしいものといえると思う。
しいてあげると、雄大な叙事詩をえがいたクナッパーツブッシュ。
凝縮した熱いドラマを聴かせるベーム、鋭い目線でライトモティーフをクリアに聴かせたブーレーズ、巨大な造りで、ぐいぐい引っ張る一方で、とても繊細な場面も作り出すティーレマン。
あとは、ペトレンコで、5年を全うしていたら、さらに完成度が上がったであろうと思わせるが、とても新鮮な切り口を見せてくれた。
シノーポリも同じく、ミレニアムの年の1年で急逝してしまったものだから、その後の熟成を知ることができなかった。でも、あとを継いだフィッシャーが何気に素晴らしい。
同じく、投げ出したショルティのあとのシュナイダーもよかった。
さらにシュタインの安定感とベームを思わせる熱さも懐かしい。

音楽の方は、音源がかなり復刻していて、バイエルン放送局の質の高い録音に感謝しなくてはなるまい。

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Rheingold1

このサイクルの演出は、演劇・映画系の出身のドロスト。
FM放送時の解説も聞いてるはずだが覚えてない。
海外紙の評論を遡って見てみたが、あまりない。
わずかにみつけたものを読んでみたら、「SF」とか、「スターウォーズ」とかの言葉が見受けられた。
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そんな認識のもと、舞台画像をあれこれ検索してみたら、なるほどのもので、ただし神々は ホワイト軍団で、正しき正統派。
アルベリヒたち、ニーベルング族は、異星人で、ダークサイド。
巨人さんも、同じく、正統派への対抗勢力。
ジークムントとジークリンデ、フンディングたち、ギービヒ家は、人間界。
ラインの娘、ノルンたちは、異界。
で、何故か、ジークフリートは、毛深い荒人。
なんだかよくわからんが、属腫を見た目でも際立たせようとしたのだろうか。
神と異界と人間界。
いずれにしよ、あまりファンタジーを感じない、そしてワーグナーの音楽と結びつくとも思えない感じだけど・・・・

舞台は想像の域を脱しないが、音楽面は、非のうちどころのない完璧さ。
全4部作を通して聴くと、ティーレマンのワーグナーの音楽に対するぶれのない取組みかたがよくわかる。
ライトモティーフは、そのモティーフの意味や存在が本来持ってる意味合いのまま、ちゃんとしっかり鳴る。いろんなところに絡み合って出てくるそれらのモティーフも、ちゃんと意味を持ちながら聴こえ、なおざりに鳴らされているようには聴こえない。
 凡庸な演奏だと、ただ単に主要なモティーフだけを、それこそ気持ちよくなぞっただけで、通り過ぎてしまうけれど、ティーレマンは、そうした表面的なワーグナーの音楽の快楽から遠いところにいる。
 ティーレマンが登場したころは、その音楽への取り組み方が執拗であったりして、無暗にパウゼを入れて見たり、タメが大時代めいていたりで、効果取りに聴こえてしまうことが多かったが、バイロイトで指揮をするようになり、そのスケールの大きな音楽造りは、より自然になってきて、先に述べたように、ワーグナーのドラマを音で、しっかりと語るようになったと思う。
 そういう意味で、舞台上でどんな演出が行われていても、音楽はワーグナーの本質をしっかりと表出しているから安心なのだ。
 4つの楽劇が、それぞれの特質のあるがままに、聴かれることのうれしさ。
とりわけ、ワーグナーの作曲技法がより高度に達した「神々の黄昏」は、長大な物語を、全4部作の終結として、ひとつひとつ紐解いてゆく面白さと充実感にあふれてる。
 さらに、このティーレマン・リングは、普段、退屈しがちな地味な対話の場面も、息を抜かせることなく聴かせてくれる。
「ワルキューレ」のヴォータン夫妻の会話、(わたしは大好きな場面の)ヴォータンの独白。
「ジークフリート」のミーメとヴォータン、エルダとヴォータン、「神々の黄昏」の3人のノルン。そんな場面たち。

5年間のティーレマン・リング、一部欠落もあるが、エアチェックしたもので、毎年聴いたけれど、スタート時のものより、こちらの2008年がよりよくて、さらに最終の2010年は歌手の按配も含めて、もっと充実していた。

ほの暗い声を活かし、悩めるヴォータンとなったドーメン。
いまでも現役ばりばり、同じみの明快かつ力強いグールドのジークフリート。
シーゲルの芸達者なミーメと、ベヅィイエンの狡猾そうなローゲ、美声のケーニヒのハーゲン。
あと感慨深く聴いたのが、ヴォトリヒのジークムント。以前より、喉の奥の詰まったような声で窮屈な思いを抱くことが多かったが、今回、良い録音のせいか、その暗めの声質が、とても悲劇臭を醸し出していて何とも味わい深く聴いたものだ。
そのヴォトリヒも2017年、急逝してしまった。新国で何度か聴いたのも思い出のひとつ。

好調な男声陣にくらべ、女声陣はやや弱いか。
リンダ・ワトソンは力演だけれど、馬力に頼り過ぎた感じ。
ウェストブロックは、ビジュアルはいいが、ちょっと大味。
でも、クリスタ・マイヤーのヴァルトラウテがとてもよかった。

以上、ともかく、ティーレマンの指揮につきる、2008年リング・ライブでした。
もう10年前。
ことし、リングはお休みで、次は4人の女性演出家による共作になるとか。

元旦に、黄昏の3幕後半を聴き直し。

今年も、元気で、ワーグナーを中心に、大好きな音楽が聴けますように。

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2017年12月23日 (土)

ルネ・コロ 80歳記念アルバム

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12月22日の横浜みなとみらいは、毎年恒例の全館点灯。

この日は、遅くに浜入りして、まず、野毛のバーで一杯ひっかけて、そのあと神奈フィル応援仲間と久しぶりの忘年会。
土曜の予定のやりくりが出来なくなって、またお仕事も大変になって、演奏会も遠ざかってしまったけれど、徐々に自分のペースを作りつつあります。
ちなみに、神奈川フィルの第9は、見事な演奏会となったようですよ。
そのお話しを肴に、盃を傾けるのもまた一興にございました。

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   ルネ・コロ  From Mary Lou To Meistersinnger 

①フィデリオ、魔弾の射手、リナルド、タンホイザー、マイスタージンガー
  トリスタン、パルジファル、大地の歌

②三文オペラ、伯爵令嬢マリツァ、ウィーン気質、こうもり、微笑みの国
  美しきエレーヌ、民謡「Ach , we ist's moglich dann」
  民謡「0 Taler weit, o hohen」
  ボーナストラック~「Hello , Mary Lou」

1937年生まれのテノール歌手、ルネ・コロが今年11月に80歳を迎えました。
11月20日生まれですから、実は、わたくしと1日違い。

ルネ・コロとの付き合いは、それこそ、ワーグナーの視聴歴とほぼ同じくして長いです。
70年代初頭から、コロが気鋭のヘルデン・テノールとして頭角をあらわしてきた頃から。
カラヤンのマイスタージンガー、ショルテイのパルジファルに始まります。
と同時に、スウィトナーの指揮でワーグナーの全作品を歌った2枚のレコード。
当時はCBSソニーから出ました。
あと外盤では、プッチーニなど、イタリアものを歌った1枚も出たのですが、日本ではついに発売されないまま。

それ以降、ずっと聴いてきました。
親日家でもあったコロは、オペラの引っ越し公演でもよく来演してました。
私が、実際に聴くことができたのは、ベルリン・ドイツ・オペラの「リング」でのジークフリート、ウィーン国立歌劇場での「パルジファル」、バイエルン国立歌劇場の「マイスタージンガー」、ハンブルク国立歌劇場との「タンホイザー」、リサイタルで「詩人の恋」。
ウィーン国立歌劇場の「トリスタン」で、登場が予告されながら来日できず、その後のベルリン・ドイツ・オペラでのものを聴き逃したのはいまや痛恨です。

ワーグナーばかりでなく、得意のオペレッタなどの音盤もかなり揃えて、CDラックの中で、特別な場所に置いてます。

こんな風に、その声も姿も、もう何十年も脳裏に焼き付け、刻んでしまっている歌手って、自分の中では、ほかにはいないと思います。

その経歴は有名ですから、いまさらここに記す必要もないですが、オペレッタ作曲家であり、アクターだった祖父・父からはぐくまれた舞台表現と、エンターテイナーとしてのたぐいまれな才能。
ポップスからスタートし、オペレッタ歌手、それからオペラ歌手、そして、ワーグナーの初役を歌いこなすヘルデンテノールへ。
甘い美声でありながら、それを知的にセーブしつつ、巧みなスタミナ配分でもって、慎重にジャンルとレパートリーを広げていった。
50~60年代前半は、ヴィントガッセンに代表される肉太でロブストなヘルデンが主流で、私もそれを否定することなく、大いに好きなのであるが、アメリカからトーマスやキングがドイツで成功し、そして、ルネ・コロが出現した。

息の長いルネ・コロの歌手生活も、3年前の日本でのお別れ公演でもって最後の演奏会となりました。
その時のタンホイザーの力強さと、悔恨にじます味わい深い歌唱は、忘れることができません。

この2枚のCDには、DGとデッカに残されたオペラの初役と、オペレッタや民謡などが、それぞれ収められてます。
普段は全曲盤で聴いてるそれらの初役を、こうして抜き出して連続して聴いてみるのもいいものです。とくにやはりワーグナーは圧巻。
リエンツィからパルジファルまで、ワーグナーの主要な作品すべてに、その歌声が残されたことは、本当にありがたいことで、コロの存在がワーグナーにとって、かけがえのないものであったと、心から思います。

もう1枚は、うって変わって甘い声を次々に堪能することができるもの。
なかでもやはりレハールが、そのきらきらした音楽からして、コロの声にはぴったり。
民謡も、ほんのりとして、ドイツの村の楽しい様子がうかがえるみたいだ。
ボーナストラックには、ポップスがひとつ。
全然、コロとは思えない感じの軽~いノリの曲でした(笑)

 リブレットの中ほどに、ルネ・コロの言葉が大きく書かれてました。

「ローエングリンは、聖杯を見守り続けることだけを望まず、人間としてあることを望んだのです。私も、もっぱらドイツ芸術の聖杯のみを守りことだけに集中するものではないのです。」

あらゆる芸術をリスペクトするコロらしい想いと言葉であります。

そんなルネ・コロさんが、これからもお元気で、健勝でありますようお祈りします。

最後に、コロのクリスマス・アルバムを聴きました。

Kollo_christomas

ドイツの暖かい、ほのぼととしたクリスマスを歌った、わたくしの大好きな1枚。

Mirai_1

みなとみらい、マークイズのクリスマスツリー。

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「ルネ・コロ さよならコンサート」

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