カテゴリー「ワーグナー」の記事

2018年7月28日 (土)

ワーグナー 「ローエングリン」 バイロイト2018&コヴェントガーデン

Yasukuni_10

もう日は経ちますが、今年も、靖国神社のみたままつりに行ってきました。

猛暑のなか、今年から屋台も復活し、老若男女・日本人も外人さんも、ほんとにたくさんの人出で、おおいに賑わいました。

そして、同じ時期、本格的な夏の到来とともに、海外では夏の音楽祭の始まりとなります。

ここ数年、ネットで同時配信され、遠い異国の地にあってもすぐさま視聴することができる。

Proms、ザルツブルク、そしてバイロイトが、わたくしの夏の楽しみです。

今年のバイロイトのプリミエは、「ローエングリン」。

Bayreutherfestspielewagnerlohengrin

     ワーグナー  歌劇「ローエングリン」

 ローエングリン:ピョートル・ベチャーラ エルザ:アニヤ・ハルテロス
 テルラムント : トマス・コニュチニー オルトルート:ヴァルトラウト・マイヤー
 ハインリヒ :ゲオルク・ゼッペンフェルト 伝令:エギルス・シリンス
 
  クリスティアン・ティーレマン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                       バイロイト祝祭合唱団
           合唱指揮:エーベルハルト・フリードリヒ
           演出:ユーヴァル・シャロン
           舞台・衣装:ネオ・ラウヒ&ローザ・ロイ

                   (2018.07.25 バイロイト)   


当初、発表されていたロベルト・アラーニャが降りてしまい、代わりに起用されたベチャーラ。
ドレスデンでティーレマンとも共演していて、実績もあり、このところ売れっ子テノール。
あと、18年ぶりにバイロイトに帰ってきたマイヤーも注目。
そして、このローエングリンを指揮することで、バイロイトで上演される主要作すべてを手掛けたことになるティーレマン。
もしかしたら、戦後バイロイトで全作コンプリート指揮者は初かも。

こんな風に、なんだかんだいって、バイロイトは毎年、話題にことかかない。

そして耳で聴いた演奏は、なかなか素晴らしいものだった。

まず、ベチャ-ラのタイトルロール。

10年ほど前に、チューリヒ・オペラの来日公演で、ばらの騎士でのテノール歌手を聴いているが、その時の印象ではきれいな声、ぐらいのもので、今回のローエングリンを聴いて、スピンとする、その力強い声とともに、あふれる気品に、かつてのジェス・トーマスを思い起こしてしまった。これからも楽しみな歌手。
 あと、久々のマイヤーさん。
相変わらずの魅力的な中音域に、やや硬質なキリリとした声。
凄みはあるが、憎々しさを覚えないのは、イゾルデの声で聴きなれたせいか。
でも四半世紀前のアバド盤でのマイヤーに比べると、味わいは増しものの、さすがに声の威力は減じた感じだ。
 ハルテロスのエルザは、まずまず。1幕は、ちょっと不調ぎみで、苦しかった。
あとになるほどよかった。
ドイツも猛暑らしくて、歌手たちは体調管理が大変だ。
ハルテロスも、もう13年も前だけど、新国でエヴァを聴いていたが、当時の日記を見てみたら大きな体で、よく声が出ている、なんて書いてて何とも言えない。
来年のエルザは、ネトレプコとの報もあるけど、どうなんだろう。
 テルラムントのコニュチニーと、ゼッペンフェルトのハインリヒは万全の歌いぶり!

ティーレマンの指揮は、快速。
いつも重厚長大なワーグナーを、ゆったりめのテンポで堂々と推し進めるのに。
1幕の前奏曲からしてそう感じるし、3幕の前奏も早い。
演奏タイムは、全幕で3時間22分。
あとで取り上げるネルソンスは、3時間30分、ペーター・シュナイダーが3時間38分。
なにもテンポの速い、遅いが演奏の良し悪しを決めるものではないが、オペラの場合演出や舞台の流れに即した解釈ともなることもありうるから、このあたりは、いずれ観ることができるであろう舞台映像で判断したい。
 ということで、ティーレマンにしては、全体に軽く感じたわけだが、それでも要所要所で、タメを設けたりするところが見事に決まったりするところは、彼らしいところではあります。

Bayreutherfestspielewagnerlohengr_2

 で、演出。
「青=ブルー」の世界。
青の舞台の画像のいくつかを見て思ったのは、ヴィーラント・ワーグナーのローエングリン。バイロイトを始め、ウィーン、ベルリンでも、東京でもおなじみのあの青。
生誕101年のヴィーラントへのリスペクトか?

 過去記事 →ヴィーラントの青

この舞台のコンセプトは、装置・衣装のラウヒ夫妻が長らく準備してきたものとのことで、演出のロサンゼルス・オペラのシャロンの起用の決定は、その準備以降のこととのことなので、この舞台と演出は3者の完全共作ということのようだ。

画像を見て、毎度想像をめぐらすわけだが、変電所が舞台で、ローエングリンは送り込まれた電気技師。貴族・豪族たちは、ディズニーのお伽の国の人物のようで、羽根が生えてる。それに対し、民衆たちは、バロック調のリアルな衣装で、それぞれが三者三様。
舞台背景もよく見ると絵画的。

Bayreutherfestspielewagnerlohengr_3

 せっかく電気をもたらしたのに、追われてしまう寂しいローエングリン。
それを見送るエルザの背には、サバイバル電源のようなバックパックが。
う~む、想像はこのあたりまでにして、映像を待ちたいと思います。
 聴衆のブーがほとんどなかったので、穏健な落としどころがあったのでしょうね。

   -------------------------

Lh_roh

ワーグナー  歌劇「ローエングリン」

 ローエングリン:クラウス・フローリアン・フォークト
 エルザ:ジェニファー・デイヴィス  テルラムント: トマス・ヨハンネス・マイヤー 
 オルトルート:クリスティン・ゴアーク ハインリヒ :ゲオルク・ゼッペンフェルト 
 伝令:コスタス・スモリギナ
 
  アンドリス・ネルソンス指揮 コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
                     コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団
           演出:デイヴィッド・オールデン

                   (2018.07.01 ロンドン)   


6月から、ロンドンでは、オールデン演出によるプロダクションが上演。
指揮は、バイロイトで実験ネズミのローエングリンを指揮したネルソンス。
そして、いまや世界一ローエングリンを歌っているであろうフォークトを迎え、エルザには、当初、ネルソンスの奥さんのオポライスが予定されていたが、こちらも降板し、アイルランド出身のジェニファー・デイヴィスという若い歌手が起用され、その彼女が一躍スターとなった(らしい)。
そんな上演の様子、音源だけは、BBCのサイトで期間限定ネット配信されてました。

P06d1y0g_2

まず、ここでは、ネルソンスの安定感のある指揮ぶりを称えたい。
ティーレマンよりいいかも。オケの雰囲気は、バイロイトの方が劇場の鳴りも含めて上に感じますが、全体のとらえ方のバランスのよさと個々の場面の緻密な描き分けが、とても見事。歌手も、オーケストラもこんな指揮ならとてもやりやすいのではないでしょうか。
2幕のダークサイドチームたちの暗黒の緊迫感ある場面は見事。
そして、3幕の禁断の問いの場面での切迫感と無常感。
で、最後の大団円は、思いっ切り引っ張って、とてつもない効果を引き出してました。

歌手では、フォークトが完璧。いうことない。
若いジェニファーさん、どちらかというとリリックな声で、エルザやエヴァがお似合いの感じですが、ここぞという場面では、けっこう頑張ってます。
ゴアークというアメリカ人メゾによるオルトルートは、おっかないです。
ヴィブラートを巧みに用いて、亭主の尻をたたき、とエルザをたらしこみますが、ちょっと何度も聴くとくどい印象を受けるかもです。
お馴染みのマイヤーのテルラムントも聴きなれた声だけに、私には安心感がありますが、フォークトのような完璧感はちょっとないです。
バイロイトと同じく、ここでもゼッペンフェルト。

P06d1x0w

さて、写真で妄想。
オールデンの実際の舞台は観たことがないけれど、社会性のあるテーマをぶっこんでくる演出家。
ここでは、20世紀に時代設定をもってきて、爆撃後の焼け跡復興が舞台っぽい。
2幕の婚礼シーンには、白鳥の彫像がナチスを思わせるし、3幕(死体が右に転がっているので)のローエングリンの告別の場面では、それらしき旗が。
国王は、顔色悪く、ダーティなイメージだし、ダークサイド組と聖なる組とでは、黒と白で対比。労働者たち、市民は表情が暗く硬い。

P06d1x0m

戦後の暗い社会に現れた救世主に、ナチスの申し子を重ね合わせようと皆が願望したが、エルザの一言で、その白い戦士は帰って行く。
 こんなことを想像しましたぞ。
勝手な妄想ですので、お許しください。

短期間に、ふたつの優秀なローエングリンの上演の様子を聴くことができました。
ネットとはかくもありがたいものです。

さぁ、この夏も各地の音楽祭聴き、いそがしーーー。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2018年3月31日 (土)

ワーグナー 「パルジファル」 レヴァイン指揮

Azumayama_1

わがふるさとの麗しき季節の1枚。

先週の1枚ですので、桜はまだ三分咲きぐらい。

いまごろ、ピンク色に染まっていることでしょう。

花ひらく春。

今年の復活節は、少し早めで、聖金曜日が30日、イースターは、4月1日。

ということで、年中聴いているけれど、とりわけ、春のこの時期にふさわしい「パルジファル」。

けがれなき愚者が、目覚め、放浪をした末にたどり着く荒廃した聖杯の地。
聖なる槍が戻り、聖金曜日の奇跡が起こる。
まずは罪深き女に洗礼を施し、女ははらはらと涙する。
ワーグナーの書いたなかで、もっとも美しい音楽のひとつ。

バイロイトの戦後のパルジファルの演出は、7演目あり、伝統に根差した静謐なものから、2000年代になると、わたくし的には、激化、いや劣化も見受けられる内容になってしまった。(と思う)

聖金曜日のシーン(一部、そうと思われるシーン)。

Parsifal_3a

 ヴィーラント・ワーグナー 1951~1973

Wolfgang_1

 ウォルフガンク・ワーグナー 1975~1981

Friedrich

 ゲッツ・フリードリヒ  1982~1988

Wolfgang_2

 ウォルフガンク・ワーグナー 1989~2001

Shurugen

 クリストフ・シュルゲンジーフ  2004~2007

Herheim

 シュテファン・ヘアハイム  2008~2012

Laufenberg

 ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク 2016~

こうしてみると、緑系の色柄が多い。
春は、芽吹く季節だし、冬が終わり、春がやってくることは、信仰でも救いの証ともなる。

それを感じさせるのは、ワーグナー兄弟のものぐらいで、ほかはさっぱりで、情報過多の目まぐるしい演出の果て、疲れ切った聖金曜日の場面みたいに感じる。
そして、ワーグナー兄弟のときのパルジファルは、いずれも長く上演され、恒例行事のような、ひとつの儀式化した意味合いをも持つものだったが、不評すぎて打ち切られたシュルゲンジーフのもの以降、5年のサイクルになったようだ。
パルジファルに特別な意味合いをことさらに持たせることなく、リングも含めたほかの諸作品と同等の位置づけとなったとみてよい。

でも、自分は、古いものほど好きだな、パルジファルは。
静的・神的であって欲しい。
中東を舞台になんてしてほしくないし、政治色を入れると、すぐに色あせちゃうし。。。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

戦後バイロイトでのパルジファル上演を指揮者でみてみると、ダントツでクナッパーツブッシュ。

  クナッパーツブッシュ  13年
  レヴァイン         10年
  シュタイン          8年
  シノーポリ          6年
  ブーレーズ          5年
  ガッティ           4年
  ヨッフム           3年


あとは、2年以下、単年の指揮者も。
ティーレマンは、まだ1年度しかパルジファルを振っていないが、録音した2001年の演奏は実に素晴らしい。

クナに次いで、G・フリードリヒとウォルフガンク・ワーグナーの演出の指揮を受け持ったレヴァインの登場年度が10ということで、これはバイロイトのパルジファル史上でも画期的なこと。

手元には、1985年のバイロイト正規録音、1990年と1991年のバイロイト放送録音、1991、92年のメット・スタジオ録音があり、1週間かけて、そのすべてを聴き直してみた。

Parsifal_1985_3  Wagner_parsifal_levine_1

  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:サイモン・エステス  ティトゥレル:マッティ・サルミネン 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ペーター・ホフマン
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (85年7月バイロイト)

 
アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル

 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:ギュンター・フォン・カイネン

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (90年8月2日バイロイト)

 アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年7月26日バイロイト)

 
アンフォルタス:ジェイムス・モリス  ティトゥレル:ヘンドリク・ロータリング
 グルネマンツ:クルト・モル      パルシファル:プラシド・ドミンゴ
 クンドリー:ジェシー・ノーマン     クリングゾル:エッケハルト・ウラシハ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 メトロポリタンオペラ管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年4、92年6月NYC)

それぞれ、ジェイムズ・レヴァインの41歳から48歳にかけての演奏に録音。
ほぼ4作均一、高度に練られた、そして音楽の初々しさと、ゆったりと流れる川に身を任せることのできる安心感を伴った演奏。
演奏時間の長短は、演奏の良し悪しには結びつかないが、レヴァインのワーグナーはテンポがゆったり。

    トスカニーニ                       4時間48分
    グッドール                         4時間46分
    レヴァイン(85年)               4時間38分
    レヴァイン(メット)         4時間32分
    クナッパーツブッシュ(62年) 4時間10分
    クナッパーツブッシュ(56年) 4時間19分
    ブーレーズ(70年)       3時間48分
    ブーレーズ(2005年)     3時間35分

均一といいながらも、当然にメットのオーケストラは機能的に完璧なれど、劇場空間もひとつの楽器のようになったバイロイトの雰囲気豊かなオーケストラの音色には遠くかなわない。
ひとりひとりの奏者の音色が明るく、技量的にも万全なれど、やはりドイツのオーケストラ奏者の奏でるちょっとしたフレーズにもかなわない。
 そして、ここでもバラッチュの合唱指揮はあるものの、メットの合唱団の言葉ひとつひとつはきれいすぎる発声で、さらりとしすぎている。
あと、なんたって、ドミンゴのパルジファルは、その彼のヴァルターと並んで、わたくしには異質で、テカテカと輝かし過ぎるし、ひっかかりの少ない滑らかな独語がどうも・・・・
あと、ノーマンの立派にすぎるクンドリーもおっかなすぎる。
モリスもウォータンみたいなアンフォルタスだし。。
 って、メット盤をけなしすぎるのは、やはり、バイロイトの録音が素晴らしいから。

レヴァインの明快で、よどみのない指揮は、バイロイトの劇場あってのものだと思う。
リングにおいても、シネマティックなメットの演奏よりも、ずっと大叙事詩然としていて勇壮なものだった。
 ホフマンのヒロイックかつ剛毅なパルジファルに、硬質な声で二面性を見事にうたったマイヤーに、年とともに深みを増していったゾーティンのグルネマンツなどは耳に馴染みとなりすぎて、安心の極み。
ザ・クリングゾルともいうべき歌手、マツーラもファンタスティックだし、早くに亡くなってしまったアメリカのヘルデン、ペルの91年盤は素晴らしい声だと思う。

ということで、現役指揮者で、もしかしたらもっともパルジファルを指揮している人、レヴァインのものをまとめて聴いてみた次第。

  ---------------------

というのも、去年暮れから音楽界に衝撃を走らせたレヴァイン・スキャンダルのことがあったから。
こんなに豊かな音楽を作り出していた人が何故?

デュトワの女性に対するセクハラ、レヴァインの同性に対するセクハラ。
アメリカ発のセクハラ訴訟パンデミック。
時効もなく、大昔のことまで掘り起こされる。
行き過ぎた問題意識の掘り起こしは、ときにいかがかと思うが、誰もが聖人君子のようにふるまわらなくてはならないのだろうか。
ことに、映画監督や音楽家、とくに指揮者のように多くの人を統率する立場の芸術家は、今後ますます萎縮せず、正々堂々と音楽に向き合っていって欲しいと思う。
ほんと、ややこしいことになったもんだ。

で、バーンスタインに次ぐアメリカ音楽界のヒーロー、レヴァインも告発を受け、メットからもその職を解雇され、一転ダークな存在へと化してしまった。
日本と同じように、アメリカのマスコミの報道も容赦なく、レヴァインが、メット解雇を不服として損害賠償を起こしているが、悪の親玉のような写真を使用されているし、告発者を取材し、卑劣な出来事を詳細に報道している。

告発の内容は、1965年から70年代初めへとさかのぼる。
告発者は、ヴァイオリン、ピアノ、ベース、チェロのそれぞれ男性の演奏者4人。
ジョージ・セルから、指揮者としての才能を認められ、その後クリーヴランド音楽院の学生だったなかから、20人ほどがそのレヴァイン(当時20~30代)のもとにアンサンブルオケとして集められた。(なかには、クリーヴランド管の首席チェリストL・H氏も)
そこでは、レヴァイン・ナイトと称する閉ざされた関係のなかで、音楽に対する献身と決意を求められた。
衣食住もともにし、暴力的な性的関係も求められたと証言している。
なかには、母親とどちらを選ぶかなど、極端な選択も強いられたと・・・・
もっとあるけど、ここでは書けない・・・・。

70年代初めと言えば、レヴァインがマーラーやヴェルデイのオペラで鮮烈なデビューを果たしたころだ。
80~90年代をピークに、その後、体調も悪くし、ミュンヘンフィルやボストン響の指揮者でもパッとせず、病気がちだったレヴァイン。
今回の件で、音楽界からは、完全に抹殺されてしまうことだろう。
メットのHPでは、レヴァインは名前だけで、その経歴など一切消されているし、同様に、デュトワもロイヤルフィルを首になり、HPから名前すら消えている・・・・

彼らの音源だけは残るわけだが、その残された音楽たちには罪はない。
でも、わたし、レヴァイン・ファンなの、デュトワ・ファンなのとは、言いにくいことになってしまった。
NHKも忖度して、彼らのCDは放送できないのだろうか?
レコード会社も、彼らのCDはもう販売しないのだろうか・・・うーーむ。
つくづく、ややこしいことになってしまったものだ。

今回のレヴァインのパルジファルのなかで、一番充実していて、気合の入っていたのが、91年の上演の第2幕だ。
酒池肉林のクリングゾル城の花の乙女たちの怪しさとクンドリーの悩ましさ、それは、新ウィーン楽派を先取りするような斬新さがあるが、その描き方が明快で、その後のパルジファルの神性への目覚めも鮮やかな演奏に感じるのだ。

今年の復活節は、誰もが持つ人間の内面に存在する罪の深さ、そしてその人間の営みの光と影、なんてことも考えたりもしました。

「マタイ」とともに、「パルジファル」、その内容と音楽の存在も大きいです。

Azumayama_9

| | コメント (5) | トラックバック (0)
|

2018年2月24日 (土)

高崎保男先生を偲んで

Tamachi_2

最後まで残っていた冬のイルミネーションですが、バレンタインの終わった週末を限りに、こちらも終了してしまいました。

このあたりは、旧薩摩藩の敷地で、幕末の出来事と所縁のある場所。
ビルの立ち並ぶエリアに、ぽつんと、勝海舟と西郷隆盛の会ったところ、などの表示があったりします。

Abbado_requiem

音楽評論家の高崎保男先生が、12月にお亡くなりなっていたそうです。

レコード芸術で、目立たぬように静かに記事になっていました。

故人のご遺志とのこと。

近年、ただでさえ、オペラの新譜が、ことに国内盤ではまったく発売されなくなり、レコ芸オペラ担当の、高崎さんの名評論がまったく読むことができなくなっていた。
しかし、ときおり出るソロCDなどで、今度は高崎先生の名前が見られなくなっていたので、ちょっと心配をしておりました。

そして、この訃報。

静かに去られた高崎先生。

わたくしが生まれて間もないころからずっとレコ芸のオペラ担当をされていらっしゃいました。
わたくしがオペラが好きになったのも、それから、クラウディオ・アバドが大好きになったのも、高崎先生の数々の文章があってのもの。

心に残るいくつかの記事を思いおこすと、今後活躍する指揮者の特集での「アバド」の記事。
オペラ評論での、「アバドのチェネレントラ」「カラヤンのトリスタン」「ベームのリング」「ヴェルデイ、オペラ合唱曲、アバド・スカラ座」「アバドのマクベス」「アバドのシモンボッカネグラ」・・・・数限りなくあります。

オールドファンの域に達しつつあるわたくし。
音楽を活字と共に味わう世代だったかもしれません。
今のように、あふれかえる音源を自由自在に受け止めることのできる時代とはまったく違う世の中だった。
高額だった1枚のレコードを擦り減るように聴き、そしてそれを買うにも、大切な指標となったのが評論家の先生の記事。
自分の想いと、波長のあう方のご意見なら間違いないと思う先生の存在がうれしかった。

そんな高崎先生でした。

同じレコ芸の、今度は巻末の訃報欄に、同じく音楽評論家の岩井宏之さんがお亡くなりなった記事が出てました。
岩井さんも、好きな音楽評論家でした。
やはり、アバドのことを高く評価し、さらには、神奈川フィルの役員もつとめられた方。

時の流れを大きく感じます。

高崎、岩井、両先生に感謝をいたしますとともに、その魂の安らかならんことをお祈りいたします。

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

2018年1月 1日 (月)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ティーレマン

New_year

2018年が始まりました。

本年もよろしくお願いいたします。

ゆっくりのペースで、今年も「さまよえるクラヲタ人」を書き連ねてまいりたいと存じます。

新年、のっけから、超大曲を。

これまでにないことをしてやろうと思いまして。
まだ全部聴いてなかったこのBOX。

で、なにも、正月早々にこれを聴いたわけでなく、年末の夜間に、日々、少しづづ聴き進め、大晦日に大団円を迎えた聴き方をしたものです。

かつての昔の、レコード時代の豪華な装丁と重量感がウソのような紙製のBOXに、少し陳腐なジャケット画像。リブレットは文字だけで、舞台写真のひとつもありゃしない。

でも、この音盤に収録された演奏は、はなはだ、重厚で壮麗なものでございます。

Ccf20171229_00002

   ワーグナー 舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」

      クリスティアン・ティーレマン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                        バイロイト祝祭合唱団
            合唱指揮:エバーハルト・フリードリヒ
            演出 :タンクレート・ドロスト

                 (2008年 バイロイト音楽祭)



Rheingold_2008

ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」

 ウォータン:アルベルト・ドーメン   ドンナー:ラルフ・ルーカス
 フロー :クレメンス・ビーバー    ローゲ:アルノルト・ベズィエン
 フリッカ:ミッケーレ・ブリート     フライア:エデット・ハラー
 エルダ :クリスタ・マイヤー      ファゾルト:クワンチュル・ユン
 ファフナー:ハンス・ペーター・ケーニヒ アルベリヒ:アンドリュー・ショア
 ミーメ :ゲルハルト・シーゲル    ウォークリンデ:フィオヌーラ・マッカーシー
 ウェルグンデ:ウルリケ・ヘルツェ フロースヒルデ:シモーネ・シュレーダー

Walkure_2008

ワーグナー   楽劇「ワルキューレ

 ジークムント:エンドリヒ・ヴォトリヒ   
 ジークリンデ:エヴァ・マリア・ウェストブロック
 フンディンク:クワンチュル・ユン     ウォータン:アルベルト・ドーメン
 フリッカ:ミッケーレ・ブリート       ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン
 ゲルヒルデ:ソーニャ・ミューレック    オルトリンデ:アンナ・ゲーバー
 ワルトラウテ:マッティーナ・ディーケ 
  シュヴェルトライテ:シモーネ・シュレーダー

 ヘルムヴィーゲ:エデット・ハラー
  ジークルーネ:ヴィルケ・テ・ブルメルシュトーレ

 グリムゲルデ:アンネッテ・キューテンバウム  ロスワイセ:マヌエラ・ブレス

Sigfried_2008

ワーグナー  「ジークフリート」

   ジークフリート:ステファン・グールド    ミーメ:ゲルハルト・シーゲル
   さすらい人:アルベルト・ドーメン      アルベリヒ:アンドリュー・ショワァ
   ファフナー:ハンス・ペーター・ケーニヒ  エルダ:クリスタ・マイヤー
   ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン      森の小鳥:ロビン・ヨハンソン

Gottergemarung_2008


ワーグナー  「神々の黄昏」

 ジークフリート:ステファン・グールド  ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン
 グンター:ラルフ・ルーカス         ハーゲン:ハンス・ペーター・ケーニヒ
 アルベリヒ:アンドリュー・ショアー    グルトルーネ:エデット・ハラー       
 ワルトラウテ:クリスタ・マイヤー     第1のノルン:シモーネ・シュレーダー      
 第2のノルン:マルティナ・ディケ     第3のノルン:エデット・ハラー   
 ウォークリンデ:フィオヌーラ・マッカーシ ウエルグンデ:ウルリケ・ヘルツェ       
 フロースヒルデ:シモーネ・シュレーダー

  ---------------------------

2006年から2010年までの5年間の「リング」は、ティーレマンとドルスト演出による上演。

少し、戦後のバイロイトのリングを振り返ってみよう。

 1951~1958   ヴィーラント・ワーグナー クナッパーツブッシュ
                              カラヤン
                              カイルベルト
                              クラウス

 1960~1964   ヴォルフガンク・ワーグナー ケンペ
                             クロブチャール

 1965~1969   ヴィーラント・ワーグナー   ベーム
                             スウィトナー
                             マゼール

 1970~1975   ヴォルフガンク・ワーグナー  シュタイン

 1976~1980   パトリス・シェロー        ブーレーズ

 1983~1986   ピーター・ホール         ショルティ
                              シュナイダー

 1988~1992   ハリー・クプファー        バレンボイム

 1994~1998   アルフレート・キルヒナー    レヴァイン

 2000~2004   ユルゲン・フリム         シノーポリ
                              A・フィッシャー

 2006~2010   タンクレート・ドロスト      ティーレマン

 2013~2017   フランク・カストロフ       ペトレンコ
                               ヤノフスキ

66年間にわたる、バイロイトのリングの系譜をこうして一望してみると感慨深い。

演出上のメルクマール的な存在は、51年の新バイロイト様式のスタートだったヴィーラントのものと、さらにそれを色彩的にも進化させた65年のもの。
 そして、76年のシェロー演出。血族以外の演出家が、バイロイトに革新をもたらし、実験劇場たる存在をならしめた。
 あとは、さらに社会性を付加し、演出に人類の問題さえも語らせた88年のクプファー。
それ以降は、完全に観たわけではないが、バイロイトのリングは、世界のなかの劇場のひとつみたいな存在のそれに、なってしまったような気がする。

音楽面でいえば、クナッパーツブッシュとカラヤンで始まって、そのどのサイクルも、その指揮者の力量と成長を垣間見ることのできる素晴らしいものといえると思う。
しいてあげると、雄大な叙事詩をえがいたクナッパーツブッシュ。
凝縮した熱いドラマを聴かせるベーム、鋭い目線でライトモティーフをクリアに聴かせたブーレーズ、巨大な造りで、ぐいぐい引っ張る一方で、とても繊細な場面も作り出すティーレマン。
あとは、ペトレンコで、5年を全うしていたら、さらに完成度が上がったであろうと思わせるが、とても新鮮な切り口を見せてくれた。
シノーポリも同じく、ミレニアムの年の1年で急逝してしまったものだから、その後の熟成を知ることができなかった。でも、あとを継いだフィッシャーが何気に素晴らしい。
同じく、投げ出したショルティのあとのシュナイダーもよかった。
さらにシュタインの安定感とベームを思わせる熱さも懐かしい。

音楽の方は、音源がかなり復刻していて、バイエルン放送局の質の高い録音に感謝しなくてはなるまい。

  ---------------------------
Rheingold1

このサイクルの演出は、演劇・映画系の出身のドロスト。
FM放送時の解説も聞いてるはずだが覚えてない。
海外紙の評論を遡って見てみたが、あまりない。
わずかにみつけたものを読んでみたら、「SF」とか、「スターウォーズ」とかの言葉が見受けられた。
Ring1dwkulturbayreuthjpg_2

そんな認識のもと、舞台画像をあれこれ検索してみたら、なるほどのもので、ただし神々は ホワイト軍団で、正しき正統派。
アルベリヒたち、ニーベルング族は、異星人で、ダークサイド。
巨人さんも、同じく、正統派への対抗勢力。
ジークムントとジークリンデ、フンディングたち、ギービヒ家は、人間界。
ラインの娘、ノルンたちは、異界。
で、何故か、ジークフリートは、毛深い荒人。
なんだかよくわからんが、属腫を見た目でも際立たせようとしたのだろうか。
神と異界と人間界。
いずれにしよ、あまりファンタジーを感じない、そしてワーグナーの音楽と結びつくとも思えない感じだけど・・・・

舞台は想像の域を脱しないが、音楽面は、非のうちどころのない完璧さ。
全4部作を通して聴くと、ティーレマンのワーグナーの音楽に対するぶれのない取組みかたがよくわかる。
ライトモティーフは、そのモティーフの意味や存在が本来持ってる意味合いのまま、ちゃんとしっかり鳴る。いろんなところに絡み合って出てくるそれらのモティーフも、ちゃんと意味を持ちながら聴こえ、なおざりに鳴らされているようには聴こえない。
 凡庸な演奏だと、ただ単に主要なモティーフだけを、それこそ気持ちよくなぞっただけで、通り過ぎてしまうけれど、ティーレマンは、そうした表面的なワーグナーの音楽の快楽から遠いところにいる。
 ティーレマンが登場したころは、その音楽への取り組み方が執拗であったりして、無暗にパウゼを入れて見たり、タメが大時代めいていたりで、効果取りに聴こえてしまうことが多かったが、バイロイトで指揮をするようになり、そのスケールの大きな音楽造りは、より自然になってきて、先に述べたように、ワーグナーのドラマを音で、しっかりと語るようになったと思う。
 そういう意味で、舞台上でどんな演出が行われていても、音楽はワーグナーの本質をしっかりと表出しているから安心なのだ。
 4つの楽劇が、それぞれの特質のあるがままに、聴かれることのうれしさ。
とりわけ、ワーグナーの作曲技法がより高度に達した「神々の黄昏」は、長大な物語を、全4部作の終結として、ひとつひとつ紐解いてゆく面白さと充実感にあふれてる。
 さらに、このティーレマン・リングは、普段、退屈しがちな地味な対話の場面も、息を抜かせることなく聴かせてくれる。
「ワルキューレ」のヴォータン夫妻の会話、(わたしは大好きな場面の)ヴォータンの独白。
「ジークフリート」のミーメとヴォータン、エルダとヴォータン、「神々の黄昏」の3人のノルン。そんな場面たち。

5年間のティーレマン・リング、一部欠落もあるが、エアチェックしたもので、毎年聴いたけれど、スタート時のものより、こちらの2008年がよりよくて、さらに最終の2010年は歌手の按配も含めて、もっと充実していた。

ほの暗い声を活かし、悩めるヴォータンとなったドーメン。
いまでも現役ばりばり、同じみの明快かつ力強いグールドのジークフリート。
シーゲルの芸達者なミーメと、ベヅィイエンの狡猾そうなローゲ、美声のケーニヒのハーゲン。
あと感慨深く聴いたのが、ヴォトリヒのジークムント。以前より、喉の奥の詰まったような声で窮屈な思いを抱くことが多かったが、今回、良い録音のせいか、その暗めの声質が、とても悲劇臭を醸し出していて何とも味わい深く聴いたものだ。
そのヴォトリヒも2017年、急逝してしまった。新国で何度か聴いたのも思い出のひとつ。

好調な男声陣にくらべ、女声陣はやや弱いか。
リンダ・ワトソンは力演だけれど、馬力に頼り過ぎた感じ。
ウェストブロックは、ビジュアルはいいが、ちょっと大味。
でも、クリスタ・マイヤーのヴァルトラウテがとてもよかった。

以上、ともかく、ティーレマンの指揮につきる、2008年リング・ライブでした。
もう10年前。
ことし、リングはお休みで、次は4人の女性演出家による共作になるとか。

元旦に、黄昏の3幕後半を聴き直し。

今年も、元気で、ワーグナーを中心に、大好きな音楽が聴けますように。

New_year_1

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2017年12月23日 (土)

ルネ・コロ 80歳記念アルバム

Mm21

12月22日の横浜みなとみらいは、毎年恒例の全館点灯。

この日は、遅くに浜入りして、まず、野毛のバーで一杯ひっかけて、そのあと神奈フィル応援仲間と久しぶりの忘年会。
土曜の予定のやりくりが出来なくなって、またお仕事も大変になって、演奏会も遠ざかってしまったけれど、徐々に自分のペースを作りつつあります。
ちなみに、神奈川フィルの第9は、見事な演奏会となったようですよ。
そのお話しを肴に、盃を傾けるのもまた一興にございました。

Rene_kollo

   ルネ・コロ  From Mary Lou To Meistersinnger 

①フィデリオ、魔弾の射手、リナルド、タンホイザー、マイスタージンガー
  トリスタン、パルジファル、大地の歌

②三文オペラ、伯爵令嬢マリツァ、ウィーン気質、こうもり、微笑みの国
  美しきエレーヌ、民謡「Ach , we ist's moglich dann」
  民謡「0 Taler weit, o hohen」
  ボーナストラック~「Hello , Mary Lou」

1937年生まれのテノール歌手、ルネ・コロが今年11月に80歳を迎えました。
11月20日生まれですから、実は、わたくしと1日違い。

ルネ・コロとの付き合いは、それこそ、ワーグナーの視聴歴とほぼ同じくして長いです。
70年代初頭から、コロが気鋭のヘルデン・テノールとして頭角をあらわしてきた頃から。
カラヤンのマイスタージンガー、ショルテイのパルジファルに始まります。
と同時に、スウィトナーの指揮でワーグナーの全作品を歌った2枚のレコード。
当時はCBSソニーから出ました。
あと外盤では、プッチーニなど、イタリアものを歌った1枚も出たのですが、日本ではついに発売されないまま。

それ以降、ずっと聴いてきました。
親日家でもあったコロは、オペラの引っ越し公演でもよく来演してました。
私が、実際に聴くことができたのは、ベルリン・ドイツ・オペラの「リング」でのジークフリート、ウィーン国立歌劇場での「パルジファル」、バイエルン国立歌劇場の「マイスタージンガー」、ハンブルク国立歌劇場との「タンホイザー」、リサイタルで「詩人の恋」。
ウィーン国立歌劇場の「トリスタン」で、登場が予告されながら来日できず、その後のベルリン・ドイツ・オペラでのものを聴き逃したのはいまや痛恨です。

ワーグナーばかりでなく、得意のオペレッタなどの音盤もかなり揃えて、CDラックの中で、特別な場所に置いてます。

こんな風に、その声も姿も、もう何十年も脳裏に焼き付け、刻んでしまっている歌手って、自分の中では、ほかにはいないと思います。

その経歴は有名ですから、いまさらここに記す必要もないですが、オペレッタ作曲家であり、アクターだった祖父・父からはぐくまれた舞台表現と、エンターテイナーとしてのたぐいまれな才能。
ポップスからスタートし、オペレッタ歌手、それからオペラ歌手、そして、ワーグナーの初役を歌いこなすヘルデンテノールへ。
甘い美声でありながら、それを知的にセーブしつつ、巧みなスタミナ配分でもって、慎重にジャンルとレパートリーを広げていった。
50~60年代前半は、ヴィントガッセンに代表される肉太でロブストなヘルデンが主流で、私もそれを否定することなく、大いに好きなのであるが、アメリカからトーマスやキングがドイツで成功し、そして、ルネ・コロが出現した。

息の長いルネ・コロの歌手生活も、3年前の日本でのお別れ公演でもって最後の演奏会となりました。
その時のタンホイザーの力強さと、悔恨にじます味わい深い歌唱は、忘れることができません。

この2枚のCDには、DGとデッカに残されたオペラの初役と、オペレッタや民謡などが、それぞれ収められてます。
普段は全曲盤で聴いてるそれらの初役を、こうして抜き出して連続して聴いてみるのもいいものです。とくにやはりワーグナーは圧巻。
リエンツィからパルジファルまで、ワーグナーの主要な作品すべてに、その歌声が残されたことは、本当にありがたいことで、コロの存在がワーグナーにとって、かけがえのないものであったと、心から思います。

もう1枚は、うって変わって甘い声を次々に堪能することができるもの。
なかでもやはりレハールが、そのきらきらした音楽からして、コロの声にはぴったり。
民謡も、ほんのりとして、ドイツの村の楽しい様子がうかがえるみたいだ。
ボーナストラックには、ポップスがひとつ。
全然、コロとは思えない感じの軽~いノリの曲でした(笑)

 リブレットの中ほどに、ルネ・コロの言葉が大きく書かれてました。

「ローエングリンは、聖杯を見守り続けることだけを望まず、人間としてあることを望んだのです。私も、もっぱらドイツ芸術の聖杯のみを守りことだけに集中するものではないのです。」

あらゆる芸術をリスペクトするコロらしい想いと言葉であります。

そんなルネ・コロさんが、これからもお元気で、健勝でありますようお祈りします。

最後に、コロのクリスマス・アルバムを聴きました。

Kollo_christomas

ドイツの暖かい、ほのぼととしたクリスマスを歌った、わたくしの大好きな1枚。

Mirai_1

みなとみらい、マークイズのクリスマスツリー。

過去記事

「ルネ・コロ さよならコンサート」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年8月26日 (土)

ワーグナー 「ラインの黄金」 ネルソンス指揮

15

盛夏の頃の、靖国のみたま祭。

光の具合が、かっこよくて、あの楽劇の神々の入場のシーンを思い浮かべることもできる。

毎日の生活、日々、脳内には音楽がそのシーンに応じて流れているんだ。

Tanglewwod
 
 ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」

 ウォータン:トーマス・マイヤー         フリッカ:ステファニー・ブライズ
 ローゲ   :キム・ベグリー           ドンナー:ライアン・マッキンリー
 フロー    :デイヴィット・ブット・フィリップ  フライア:マリン・クリステンスセン
 アルベリヒ:ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー ミーメ :デイヴィット・カンゲロッシ
 ファゾルト:モリス・ロビンソン          ファフナー:アイン・アンガ            ウォークリンデ:ジャックリーン・エコールス   ウェルグンデ:キャスリーン・マーティン
 フロースヒルデ:レネー・タトゥーム       エルダ  :パトリシア・バードン 

    アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

                    (2017.07.27 @タングルウッド)


世界の夏の音楽祭巡り。

こんな驚愕の上演をネットで、しかも高音質にて楽しめました。

ボストン響は、ありがたくも、ネットストリーミングで、シンフォニーホールでの定期も、かなりの数をUPしてくれていて、たくさんの音源をPC録音することができてます。

音楽監督のネルソンスの、マーラー、ブルックナー、ベルリオーズ、ばらの騎士全曲、アイーダなどなど、あと、客演常連の、ハイティンク、デュトワ、ドホナーニ。

さて、「ネルソンスのラインゴールド」、オーケストラの充実ぶりが、腕っ扱きのボストン響だけに、いやでも引き立ちます!
ともかく、うまいし、音色に欧州風のコクと、響きの美しさがある。
シンフォニーオーケストラで聴くワーグナーならではの面白さは、鳴らし上手のネルソンスの指揮もあって、無類の楽しさ。
 ライトモティーフの扱い方が、リアルで、かつアメリカの聴衆にもわかりやすく、と聴かせている(と勝手に想像)ものだから、次々に舞台や、登場人物の動きが音を通じて、脳裏に浮かぶくらい。
 だからだろうか、いくぶんじっくりと指揮したものだから、演奏時間は2時間30分と長め。
職人ヤノフスキの今年のバイロイトにおけるラインの黄金は、2時間21分くらい。

ネルソンスは、ワーグナーに積極的に取り組んでいるが、バイロイトでのねずみローエングリンも、実に堂々たるワーグナーを聴かせた。
ティーレマンの重厚ヘビー級のワーグナーとも違う。
持前の音楽への集中力と、推進力は、聴き手を引っ張っていく積極性にあふれていて、一方で、じっくりと音を掘り下げるシーンもいくつも見受けられた。
 ラインの黄金の場合、ライトモティーフの扱いは、まだまだシンプルだが、それらが多層的に絡むところや、フライア=女性への憧れのモティーフでの透明感など、ネルソンスの指揮に新鮮なものを多く感じた。

ネルソンスとボストン響は、来シーズン、トリスタンの第2幕を取り上げる。
歌手は、なんとカウフマンがついにトリスタン。
ニールント、藤村美穂子、ゼッペンフェルトという豪華版だ。

主役級は定評ある歌手たちで、聴きごたえあり、なかでもマイヤーの若々しく、知能犯的なウォータンは素晴らしい。
ベグリーのローゲもベテラン。
あとの歌手たちは、よくも悪くも、アメリカンな感じで、明るくて、それはそれでよろしい。

タングルウッドの情報をネットで調べたら、ネルソンス氏、ずいぶんと肥えてしまった!
髭ヅラだし、黒服で腹出なので、怪しい雰囲気漂ってるよ。
カリスマ性が出てきたといえば、そうかもしらんが・・・。
日本公演は、チケット高いし、買っても行けない危険性あるしで、どなたか見て、聴いてきてくださいまし。

いずれにせよ、バレンボイムやティーレマンばかりでなく、新世代のワーグナー指揮者が次々にあらわれるのは、うれしい限りであります。
ペトレンコ、ジョルダン、ネルソンス、ネゼ=セガンたちのワーグナーに注目。
5

まだまだ暑いけど、夏も終盤。



| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2017年8月15日 (火)

ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 バイロイト2017

Bay_5

7月25日より、今年もバイロイト音楽祭、始まっております。

グーグルで、バイエルン州のバイロイトの周辺をいろいろ俯瞰してみましたよ。

バイロイトは、地図で見ると、ニュルンベルクやバンベルクに近く(それでもそこそこ距離ありそう)、チェコとの国境も近い。

Bay_1

こんな位置関係を頭に置きながらバイロイトからの演奏を聴くのもまた一興。

人口約7万人の町の北方面にあるのが、ワーグナーが辺境伯劇場に目をつけてから、自分の作品専用の劇場を築くにいたったバイロイト祝祭劇場。

Bay_3

劇場の周辺の通りは、ご覧のとおり、ワーグナー作品の登場人物たちの名前で埋め尽くされてる。

トリスタン通りとか、ウォータン通りとかね!もうたまらんです。

1

   ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

    ザックス:・ミヒャエルフォレ         
    ポーグナー:ギュンター・グロイスベック

    フォゲルゲザンク:タンセル・アクツィベク 
    ナハティガル:アルミン・コラチェク

    ベックメッサー:ヨハンニス・マルティン・クレンツィル 
    コートナー:ダニエル・シュムッツハルト
 
    ツォルン:パウル・カウフマン  
    アイスリンガー:クリストファー・カプラン

    モーザー:ステファン・ヘイバッハ   
    オルテル:ライムント・ノルテ

    シュヴァルツ:アンドレアス・ヘール    
    フォルツ:ティモ・リッホネン

    ヴァルター:クラウス・フローリアン・フォークト  
    ダーヴィット:ダニエル・ベーレ

    エヴァ:アンネ・シュヴァンネウィルムス   
     マグダレーネ:ヴィーケ・レームクル

    夜警:ゲオルク・ゼッペンフェルト

   フィリップ・ジョルダン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                     バイロイト祝祭合唱団
                                            エーベルハルトト・フリードリヒ:合唱指揮

                演出:バリー・コスキー

                  (2017.7.25 @バイロイト祝祭劇場)

2017年のバイロイトは、マイスタージンガーがプリミエ。

演出は、オーストラリア出身のバリー・コスキーで、現在、ホモキのあとを継いでベルリン・コミュッシュ・オーパーの芸術監督。
楽しそうな「魔笛」は、どんな演出をする方だろうと、コスキーの名前が発表されたときから、ダイジェストを見ていたが、ベルリンの舞台のトレイラーをいくつかをこの際いくつも確認して、ともかく普通のことはしない、情報過多の舞台に目が回る思いだった。

ともかく細かくて、舞台の人々が主人公以外にも、いろんな動きをしていて、目が離せない。ダンス的な面白い動きを、それこそ音楽に合わせて登場人物たちに取らせるところも、ユニークだ。

オーストラリア出身ではあるが、ネットで調べたら、ヨーロッパのユダヤ系の出自で、同性愛者でもあるという。

まず、バイエルン放送のネット配信を録音し、音楽だけ一度聴いた。

 パルシファルを1年だけ指揮したジョルダンの指揮、前奏曲から明るく軽めの歩調。
やや前のめりになりがちの始めのほうだったけど、だんだんと調子をあげて、豊かな音楽を紡ぎだすようになったのは、さすがジョルダン。
 しかし、なんか変。
そう、パウゼ、間がそこここにあるのである。
ティーレマンと対局にある音楽造りだが、そのティーレマンが当初多用したパウゼともまた違う。

あと、多彩な顔触れの歌手たち、聴いていて、みんなとても上手いし、完璧な歌唱。
そして、誰も、軽妙な歌い口を感じるし、重厚な歌声はどこか排除されているようにも感じた。

BR放送では、動画ストリーミング配信をしているが、日本では観る事ができない。
しかし、探しまくったら、ネット上で、なかなかの高画質で全曲を楽しむことができた。
昔では、冬まで正規音源は待たねばならなかったのに、ほんとに隔世の感ありです。

で、全幕観劇しました。

まったく予想外の舞台に驚きと笑い。

そして、音楽だけ聴いていて、ちょっと気づいた点が、舞台を観て納得。
そう、パウゼの多用は舞台の必然からだし、歌手たちの軽さは、よりいっそうデフォルメ化された動作によって理解できた。

ニュルンベルクのないマイスタージンガーは、今年生誕100年のヴィーラント・ワーグナーの斬新な演出に始まったわけだが、コスキーもニュルンベルクの伝統的な教会や丘はなし。
あったのは、なんとニュルンベルク裁判の法廷だ。
連合軍のMPまでそこには詰めている按配。

この舞台を、最初から事細かに書き始めると、まったくもってキリがないから、おもしろ部分だけチョイスして残しておきます。

画像はいずれも、BR放送局のサイトから拝借しております。
毎年、いち早く、バイロイトの様子をお伝えいただき、感謝に堪えません。

Ich borgte das Bild von der Stelle vom BR, die Station ausstrahlt.

Ich lasse dich sofort einen Staat von Bayreuth vermitteln und danke dir jedes Jahr sehr.

コジマの日記から、ヴァンフリート荘1875年8月13日の出来事が忠実に再現。
前奏曲からもうそれは始まっていて、これじゃぁ、壮麗な前奏曲の演奏なんて、できっこないわな、と思った。

Levilistziwagner  

日記記載のとおりに、ヘルマン・レヴィ、フランツ・リストが訪ねてくる。
ザックスは、最初から3幕の最後まで、ずっと登場しっぱなしで、ワーグナーそのもの。

Bayreutherfestspielediemeistersinge

さらに、ワルターもワーグナーだし、エヴァは、まるきりコジマ。
ダーヴィットもワーグナーで、ピアノのなかから、ミニワーグナーがたくさん出てきて、レヴィやリストの膝のうえに乗っちゃったりしてる。
 親方たちは、なんとピアノのなかから続々と登場。
レヴィは、ベックメッサーに変身し、リストはポーグナーに成り変わる。
音源では、チーン、チーンという音が何だろうと、気になっていたが、それは、親方たちが点呼に応じて、手持ちのティーカップをお互いに乾杯しあってのものだった。
親方たちは、まるで中世の絵画から抜け出してきたようななりをしていて、一番片隅では、ベックメッサーがユダヤ人的な雰囲気の衣装で、ミルクを飲み、種なしパンのサンドを頬張っている。

 ワーグナーやコジマの自画像で囲んだコーナーに隠れ、裁判官の持つ小槌(ガベル)を額縁に叩きつけるベックメッサー。その後ろで、ワルターは、ピアノの上に立ち、資格を問われた歌を披露するが、親方たちは、ばかみたいに首をふったりしているし、ワルターの歌に興奮と動揺を隠せない。なかには、ワルターに惚れてしまったオネエ系の親方がいて笑える。
そんななか、ザックスとポーグナーは喜びを隠せない。

1870年11月27日、月のようにしつらえられ満月のように光る時計は、9:30。
ワーグナーとコジマが芝生で、ピクニック。
そこへレヴィが出てくるが、リュートを渡され追い出される。
ワーグナーはザックスにかわり、コジマ(エヴァ)は、リスト(ポーグナー)に家に戻される。
ザックスの感動的なモノローグのあと、エヴァがワルターのことを探りにくるが、見た目、まるでコジマ。
 ワルターとエヴァとの逢瀬と、親方たちへの怒りの場面では、フォークトはバリトンの声を響かせ驚かせ、さらにいろんな楽器を吹き鳴らしながら背景に人々があらわれ、ワーグナー批判をデフォルメしてみせる。
 パウゼや歌い崩しの加減は、この場面や、続くザックスとベックメッサーの掛け合いの無類の面白さの背景にある。
演出に合わせ、音楽を一体化させている。
 舞台は喧騒に陥り、人々が出てきて、時計は逆回りに。
芝生は片づけられ、連合軍MPがワーグナー像を持ってくる。
ワーグナー批判のベックメッサーは、ダーヴィットを中心にして痛めつけられ、リュートも壊され、ワーグナーの肖像ではがいじめにされる。

Diemeistersingervonnuernbergbayreut

そして、ハンスリックか?いや、ワーグナーか、のデフォルメされたかぶり物を被せられ、ユーモラスなダンスを。でかい、同じ顔の風船がふくらみ、そしてまた徐々にしぼんで行くが、ベックメッサーの頭のてっぺんと、風船のてっぺんには、ユダヤ民族の象徴たる、ダビデの星の印が見てとれる。
のちのパルシファル初演者レヴィもワーグナーが作り出したこと、ユダヤとワーグナーの切ってもきれないことを例えたのだろうか。れそともワーグナーが、ベックメッサーに例えた批判の最先鋒ハンスリックの萎む姿だったのだろうか・・・・・

前奏曲が始まる前、舞台にはテロップで、1945年1月4日、ロイヤルエアフォースとか、メッサーシュミットとか、ドイツ青年とか、暗号「奇妙な音楽」(たぶんドイツ軍の機銃掃射?)とか、単語しか抽出できない自分には、こんなものしか判明しないドイツ語の文章が流れた。。。。。ちゃんとした識者の解説を待ちたい。

幕が開くと、舞台は裁判所のようである。

3幕の深々とした前奏曲の間中、ザックスは、ずっともの想いに沈んでいて、その前にはワイングラスに赤ワインに、籠のなかには食事が。
モノローグのあと、ダーヴィットが出て、戸書きでは、聖書を思いきり閉じてびっくりするのであるが、ザックスは、テーブルのものを思い切り弾き飛ばすというちゃぶ台返しをする。

Diemeistersingervonnuernbergbayre_2

ちなみに「聖ヨハネの日」は、6月24日。
ニュルンベルク裁判は、1945.11.20~1946.10.1

ワルターが起きてきて、ザックスと曲作りでは、まっとうな運びだけれど、やはり大きな休止がからむし、ふたりは顔近すぎだし、表情がとても豊かで、ワルターの曲がどんどん進化してゆく様子が映像ではよくわかる仕組みだ。
ザックスは、ものすごい勢いで詞を書きとめるんだ。
 次は、ベックメッサーのお忍び。舞台の奥には、米英仏ソの連合国の旗。
怪我を負ったベックメッサーは音楽に合わせ踊るが、証言台で、ミニユダヤ人たちに取り囲まれ、まるでダメじゃないかと、非難される様子。
 あとはザックスとの滑稽なやりとり。このふたりは、名優だ。

エヴァ登場し、ザックスへの感謝も件の証言台で。
トリスタンからメルケへと、音楽も、心情の演出描写もなかなか。
麗しい五重唱も、5人の配置がよろしく、フレンドリーな雰囲気もいい。

場面転換の場では紗幕が降りて、またメッセージ。
今度は、ザックスの劇中の台詞で、ベックメッサーが失敗した歌の責任を訴えられ、自らの証言者を紹介するところ。

Diemeistersingervonnuernbergbayre_5

さぁ、祭りの場面だが、裁判所で行われ、空は見えない。MP立ってる。
群衆が思いきりストップモーションをかける。時計は思い切り逆流。ジャンプ激しい。
もうむちゃくちゃ。
ダーヴィットのワーグナーが、コジマの肖像の前で踊り、ミニワーグナーが出てきて、コジマに敬意を表する・・・子供たちか。(ジークフリートとふたりの孫かな)
音源のときは、意味不明だったぶつ切れの拍手は、親方たちの入城ごとに起きるものだった。だが可愛そうなことに、ベックメッサーのときは拍手なし。。。

まるきりワーグナーのザックス登場で、逆流時計は11:40で止まり、ザックス=ワーグナーは称賛を受けまくる。
 ガラスに映る無機質な蛍光灯、黒電話、マイク・・・みんな裁判所の再現

小槌の一打で、一同飛びはね、ベックメッサーは、連合国風の女性の奏でるハープにのって、証言台で荒唐無稽に歌う。
親方たちは、ヘッドホンで不怪訝そうに怪しみながら聴く。
やがて、ぐちゃぐちゃになってしまい、みんななにもかも、ザックスのせいとしたあげく、つまみだされてドアをビシャっと閉められちゃった。

証言台で責められるザックスにかわり、証言台の下から上がってきたのは、これまた完璧なワーグナと化したワルター。喜ぶ親方たちと、ことにオネエ親方。
ワルターの歌唱は、親方、群衆を異様なまでに魅惑しつくし、大いなる称賛を得る。
 連合国の旗は折れるようにして消え、ザックスの差配はこれでよかったですか?となる。

ワルターが親方を否定したあとは、全員があっという間に舞台から消え、時計も暗くなり、ザックスひとりが証言台に立ちつくす。
「親方たちをさげすんではならぬ・・・」感動のザックスの最後の証言は、最初はやたらと説明的に、どうしようもなかったんです的な必死の訴えかけに見えるし、ともかくフォレの歌と共に、やたらと説明的。

Diemeistersingervonnuernbergbayre_3  

そして、舞台奥から、オーケストラと合唱がせり出てくる。
よくみると、エヴァ=コジマも片隅に座っている。
ザックス=ワーグナーは、観客に思いきり背を向け、渾身の指揮で、オケと合唱を導き
、最後は大きく手を広げて幕となる。

                   

メモを取りながら見ていたけれど、途中から力が入って、すいません長文となってしまった。
不愉快に思われましたら、読まないでくださいまし。

しかし、どうでしょう、コスキーの「ワーグナーだらけのマイスタージンガー」。
反ユダヤのワーグナーが、その音楽で人々を魅了し、戦時にはプロパガンダにも利用され、ワーグナー一族もその波をうまく乗りこなした。

ユダヤ系たるコスキーの見た、「ワーグナーの夢と、自己弁護」って感じかな。

識者の見解を読んでみたいものです。

このコスキー演出に、歌手も指揮者も完全によりそい、音だけでは誤解を生みかねない、CDになりにくい上演となった。

指揮者ジョルダンに、一部ブーが飛んだのもそんなことだろう。
コスキーにも盛大なブーが飛んでいたが、歌手で唯一ブーされた、シュヴァンネウィリムズはちょっと気の毒だった。
彼女の声はエヴァ向きじゃないし、コジマの見た目もトウがたっていて、あんまり若々しい歌を聴かせることができなかったのでは、と。

技巧を駆使し、自在な歌い回しを見せたフォレのザックスは、それこそ音源だけでは、歌い崩し的に聴こえてしまうかも。
しかし映像で見て、その細やかな表情をともなった演技に付随した歌と見ると、それは称賛に値するし、昨今の映像化を想定した演出優位の舞台では、こういった巧みな歌唱が主流となっているのだろう。
 そういう意味で、完璧で火の打ちようのなかったフォークトのワルター。
あと、びっくりするほど歌も演技も面白かったクレンツィルのベックメッサーが最高!
カーテンコールでは、ザックスに次ぐ2番手でした。

あ~、面白かった。
賛否両論のコスキー・マイスタージンガー、年を追って定着することでしょう。
あと、ジョルダンの指揮も、もっとよくなると。

今年のバイロイトは、あと、「リング」「トリスタン」「パルシファル」でした。
いずれもこれからゆっくり楽しみます。

そして、来年、2018年は、「ローエングリン」が新演出。
ロサンゼルスオペラのユーヴァル・シャローンの演出、ティーレマンの指揮に、なんと、アラーニャのタイトルロールに、ハルテロスのエルザ、マイアーのオルトルート。
「マイスタージンガー」「トリスタン」「オランダ人(再演)」、そしてなんと、「ワルキューレ」のみの上演で、指揮は、ドミンゴ!

まだまだ、世界は、バイロイト、そしてワーグナーに呪縛されっぱなしだ。
あっ、なんたって、自分も!

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2017年7月 8日 (土)

ワーグナー 「ローエングリン」 ベーム指揮

Kanda

1874年創建、1928年再建の神田教会。

ロマネスク様式の壮麗なる堂内は、東京の喧騒のなかにいることを忘れさせてしまうほどに、静謐な雰囲気。

そして、こうした教会の神聖なるイメージと、その舞台が結びついてるワーグナー作品はというと、「ローエングリン」と「パルジファル」、あと、市民が主役の市井の楽劇「マイスタージンガー」でしょうか。

タイトルロールが、親子で、聖杯守護の騎士であることでの「ローエングリン」と「パルジファル」。
パルジファルでは、聖体拝領の儀が堂内で行われ、まさに堂内が現場となるが、ローエングリンでは、2幕での教会の外側での出来事が描かれる。
教会に向かう幸せな二人に、ちょっかいをかける闇の側の住人。
オルトルートは異教徒だから、教会には入れません。

ということで、「ローエングリン」を。

Wagner_lohengrin

 ワーグナー 「ローエングリン」

   ハインリヒ:マルティ・タルヴェラ   ローエングリン:ジェス・トーマス
   エルザ   :クレア・ワトソン       テルラムント :ワルター・ベリー
   オルトルート:クリスタ・ルートヴィヒ 伝令士 :エーベルハルト・ヴェヒター 
   4人の貴族:クルト・エクヴィルツ、フリッツ・シュペルバウアー
           ヘルベルト・ラクナー、リュボミール・パントチェフ

     カール・ベーム指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
                   ウィーン国立歌劇場合唱団
                           演出:ヴィーラント・ワーグナー

                         (1965.5.16 @ウィーン国立歌劇場)


オルフェオが正規復刻してくれた「ベームのローエングリン」をようやく視聴。

音のあまりよくなかった放送音源からの板起こし盤と比べて、音の揺れも少なくなり、音にも芯が出て、明瞭なサウンドがモノラルながら楽しめるようになった。

バイロイトのように、正規録音スタッフがライブ収録してくれていたらと考えると、欲が沸いてくるが、それでもこの活気あふれる演奏が、ちゃんと聴けることを喜ばなくてはなるまい。

ベームは生前、ローエングリンなんてずっと4拍子で降ってりゃいいんだ、とのたまっていたが、まさに、そうしたシンプルなとらえ方をしつつ、ここでのベームの指揮は、音楽に抜群の生気を注ぎこんでいるように思う。
 ライブで燃えるベーム、ここでも本領発揮。
65年といえば、この夏、ベームは、バイロイトでヴィーラントのリング新演出を指揮。
その前、62年から、バイロイトでトリスタンやマイスタージンガーを指揮して、ヴィーラントと組んできた。
その延長上にあった、ウィーンでのローエングリンでもあった。

この時期に残されたベームのワーグナーのライブ録音と同じく、音楽は緊迫感を保ち、凝縮されたドラマ表現に寄与するように、大いに劇性に富んでいる。
それと、要所要所で見せる、たたみかけるような迫真の推進力をもっていて、1幕の後半と3幕の後半のドラマティックなシーンは、ほんとに素晴らしい。
ほかの指揮者では味わえない、熱いベームのワーグナーの醍醐味がここにある。

歌手たちも豪華。

60年代最高のローエングリン上演の布陣ではなかろうか。

気品あふれるトーマスのローエングリンは、数年前のケンペとの録音より、力強さが増した。
ルートヴィヒとベリーの暗黒面夫婦は、悪かろうはずがない。
実夫婦でもあるこの二人の共演は、数多くあるが、ちょっと弱気な旦那を、きつく締めあげるおっかないカミさんって感じで、「このハ〇ーー!」とか、「違うだろーーー」って聞こえてくるようだ・・・・・・ガクガク、ブルブル。。。。

タルヴェラのハインリヒも、いまとなっては懐かしい歌声で、とてもマイルドでいいし、ヴェヒターの伝令士のカッコよさは、のちのヴァイクルを思わせる。

クレア・ワトソンは美声で、ちょっとお人形さんだけど、この役は、これでいい。

1970年の大阪万博で来日したベルリン・ドイツ・オペラが、7つのオペラを持ってきたけれど、そのなかのひとつが、ヴィーラント演出の「ローエングリン」で、マゼールとヨッフムが交代で指揮をした。
私は、NHKが放送したものをテレビで見た記憶が、かすかにあって、指揮はマゼールだった。
とても神秘的で、きれいな音楽だなぁ~程度の印象で、暗闇で指揮をするマゼールを見つめていて、オペラ本編をそのあと観たかとうかは記憶にない・・・。
 しかし、この時の上演の写真を、数年後にワーグナー狂いとなって、見直して、ローエングリンという作品の視覚的な刷り込みが生じることとなったわけだ。

Lohemgrin_berlin

ウィーンでの、このライブ録音の舞台も、これと似た雰囲気のものではないかと推量し、このCDを聴くのも楽しいものだった。

そして、いまのウィーンでのローエングリンは、ホモキの演出で、指揮は、ネゼ=セガン、タイトルロールはフォークト。
劇場のサイトで、映像が少し見れるが、一瞬、魔弾の射手かと思ったし、建物内で行われる閉鎖空間が息苦しい・・・でも才人、ホモキのことだから、どんな仕掛けがあるのか!

あと、プラハの歌劇場で、カタリーナ・ワーグナーが、父ウォルフガンクが1967年にバイロイトで演出したローエングリンを、6月に、リヴァイバル上演したとの報を見つけた!!


Lohengrin
(プラハ放送局のサイトより)

詳しい情報は、こちらと こちら

ヴィーラントは、バイロイトでは、1度しかローエングリンを演出しておらず、マイスタージンガーとともに、バイロイトで好評だったのが、ウォルフガンクのローエングリン。

情報過多、読み込み過多の演出優位のオペラ上演界にあって、50年前の演出の復刻の試みは何を意味するのだろうか。
自身が、マイスタージンガーで風刺の効いた、当時少し過激な演出をしたカタリーナ。
次のトリスタンでは少し控えめとなり、そして、この復刻。
外部招聘の演出では、今年はポップなコスキーが登場して、大いに騒ぎとなりそう。

揺れ動く、バイロイトの当主だが、実験劇場たる存在で、古きも新しきも、おおいに玉石混合であって欲しい、というのが、いまのワタクシの思いだ。
本物の音楽さえ、保たれていればいい。
音楽の邪魔をしない演出ならいい。
こんな感じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年6月14日 (水)

ビエロフラーヴェクとJ・テイトを偲んで

Ajisai_shiba

梅雨入りはしたけれど、なんだか、シトシトとはいかない風情のなくなってしまった、近年の日本の6月。

そんな梅雨入りまえ、現役で活躍していたいぶし銀的な指揮者が、相次いで亡くなった。

Bandicam_20170614_075618527

チェコの指揮者、イルジー・ビェロフラーヴェク、享年71歳。

5月31日に亡くなりました。

例年、ロンドンのプロムスに出ていたのに、昨年と今年はなしということで、どうしたのかな、と思っていた。
でも、今年秋には、チェコフィルと来日が予定されていたので、さほど気にはしていなかったところへの、訃報。

すぐさま、海外のニュースや、チェコフィルのサイトを見てびっくりした。
別人と思うような、スキンヘッドの姿がそこにあって、闘病後の復活の指揮姿だったのだ。
それにしても若い。

チェコフィルの首席に若くしてなったあと、やむなく短期で、アルブレヒトに交代。
そのあと、20年ぶりにチェコフィルに復帰、ついに、両者一体化した、稀なるコンビが完成したのに・・・。

ビエロフラーヴェクが躍進したのは、1度目のチェコフィルのあと、BBC響との関係を築いてからだと思う。
広大なレパートリーと、豊富なオペラ経験が、マルチなロンドンでの活動に活かされた。
チェコ音楽の専門家と思われる向きもあるかもしれないが、プロムスではお祭り騒ぎのラストナイトを何度も指揮していたし、当然に、英国音楽も多く指揮したし、マーラーやショスタコーヴィチ、さらに、グラインドボーンでは、素晴らしいトリスタンの映像も残してくれた。

日フィルとN響とも関係が深く、何度も来日してます。
日フィルとの「わが祖国」のチケットを手にしながら、仕事で行けなくなってしまったことも、いまや痛恨の出来事です。

Dovrak_sym9_belohlavek_1_2

ドヴォルザーク  交響曲第9番「新世界より」

   イルジー・ビェロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

                         (1989.9 @プラハ)


1度目の新世界。
最近出た新しいものはまだ未聴なので、なんとしても全曲が欲しいところ。
若々しい、そして、注目したいのが、この録音の年月。

同年秋に起こる、ビロード革命直前。
東ヨーロッパの共産主義崩壊の前夜ともいうべき頃合い。
いったい、どのような気持ちで「新世界」交響曲を演奏していたのでありましょうか。
 が、しかし、この演奏は、清新でさわやかでさえある。
純粋に音楽に打ち込む、指揮者の姿が目に浮かぶようだ。
若き日のビエロフラーヴェクを思いつつ、ラルゴを聴いてたら、ジーンとしてきた。

Proms2007_a

 ブリテン 「ピーター・グライムズ」 4つの海の前奏曲

  イルジー・ビエロフラーヴェク指揮 BBC交響楽団

                        (2007.7 ロンドン)


BBC響とのプロムス・ライブより。
クールで、シャープだけれども、優しい目線を感じるブリテンの音楽を、違和感なく柔軟に仕上げています。
錯綜する音が、キレイに聴こえるのも、ビエロフラーヴェクの耳の良さで、BBCのオケの巧さも抜群。
このコンビの相性は、ほんとよかったと思う。

それにしても、チェコ楽壇にとっては、とてつもなく大きなビエロフラーヴェクの逝去。
チェコフィルは、どうなる・・・・

 

Bandicam_20170614_084735874_2

イギリスの指揮者、サー・ジェフリー・テイト、享年74歳。

こちらは、6月2日に亡くなってしまいました。

医学専攻から、音楽家へ転身、オペラハウスから叩き上げの、オペラ指揮者であり、モーツァルト指揮者でもあった。
テイトの名前を知ったのは、シェロー&ブーレーズのバイロイト・リングで、副指揮者を務めていたことから。
メイキングビデオにも映っていた。
 そのテイトが、イギリス室内管の指揮者となり、交響曲を手始めに、内田光子との協奏曲など、モーツァルト指揮者として80年代以降活躍し始めたときは、ワーグナーやオペラ指揮者との認識があっただけに驚いたものだ。

その後、ロッテルダムフィルの指揮者もつとめ、亡くなるまでは、ハンブルク響。
あと、オペラの指揮者としては、コヴェントガーデンに、ナポリ・サンカルロにポストを持ち、メトやドレスデンなど、大活躍をしたテイト。
生まれながらの二分脊椎症というハンデを追いながら、そんなことはもろともせず、常に集中力と、音の透明さを引き出すことに心がけ、クリーンな音楽を作り出す名指揮者だったと思う。

Mozart_sym40_41_tate1_2

   モーツァルト  交響曲第40番 ト短調

    サー・ジェフリー・テイト指揮 イギリス室内管弦楽団

                        (1984 @ロンドン)


最初に手にしたテイトのモーツァルト。
もう何度も聴きました。
モダン楽器の室内オケで聴くブリテッシュ・モーツァルト。
清潔で、明るく、さらりとしていながら、歌心はたっぷり。
ともかく美しく、無垢で、その嫌味のない音楽は、当時も今も変わらず、飽きのこない、私の理想のモーツァルト演奏のひとつ。


Wagner

  ワーグナー 「パルジファル」 前奏曲

    サー・ジェフリー・テイト指揮 バイエルン放送交響楽団

                        (1987 @ミュンヘン)


ハンブルク響との「黄昏」抜粋は、未聴。
いまのところ唯一の、テイトのワーグナー。
バイエルン放送響という名器を得て、おおらかかつ、悠然としたワーグナーとなった。
しかし、そこはテイト。
これも、オーケストラの明るさを生かしつつ、明晰で、濁りのない、美しいワーグナーなのだ。
おまけに、「コロンブス」と「ファウスト」という、珍しい序曲が、一級の演奏で聴けるという喜び。
この1枚を聴くと、なにゆえに、レコード会社は、テイトによるワーグナー全曲録音を残してくれなかったのか、と怒りたくなる。

その変わり、テイトには、シュトラウスやベルク、フンパーディンクのオペラ録音があります・・・・・。
Elgar_sym2_tate_1

       エルガー  「ソスピリ」

    サー・ジェフリー・テイト指揮 ロンドン交響楽団

                   (1990 @ロンドン)


最後は、この曲で。

エルガーの哀しみのいっぱいつまった音楽で。

ふたりの名指揮者の追悼にかえさせていただきます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2017年4月16日 (日)

ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」 クーベリック指揮

Tulip_b

花咲き乱れる春がやってきた。

野辺の花々も、喜ばしく咲いている。

そう、今日は、復活祭、イースター。

クリスマスと並ぶ、キリスト教社会最大のお祝い事の日。

この日をピークに、イースター週間は、お休みになったりする。

クリスマスをばか騒ぎしてしまう日本は、イースターは完全にスルー。
せいぜい、イースター・エッグぐらいで、それはもう、商業主義に則ったものにすぎず、バレンタインもハローウィンもみんなそう。

ひとつの宗教にしばられない、なんでもあり、八百万神の国、そんなこだわりのない日本が、島国でもありつつ、いいのかもしれない。
世界的にも、こんな国はないかも。

まだ記事にはしていないが、映画化された「沈黙」を観ても、そんな想いを持った次第だ。

Tulip_c

クリングゾルに踊らされる花の乙女たち、その彼女たちは、聖金曜日の奇蹟により、美しく咲く野辺の花となって、パルシファルを迎える・・・・

そんな絵のように、美しい情景を、その音楽を聴くたびに思い描いてきた。

Wagner_parsifal_kubelik

   ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル グルネマンツ:クルト・モル
  ティトゥレル:マッティ・サルミネン   パルジファル:ジェイムズ・キング
  クリングゾール:フランツ・マツーラ  クンドリー:イヴォンヌ・ミントン
  聖杯守護の第の騎士:ノルベルト・オルト、ローラント・ブラハト
  花の乙女:ルチア・ポップ、カルメン・レッペル、スザンネ・ゾンネンシャイン
    〃   :マリアンネ・ザイベル、ドリス・ゾッフェル
  小姓   :レギーナ・マルハイネッケ、クラウディア・ヘルマン
    〃   :ヘルムート・ホルツァプフェール、カール・ハインツ・アイヒラー
  アルト  :ユリア・ファルク

     ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団
                       バイエルン放送合唱団
                       テルツ少年合唱団
            合唱指揮:ハインツ・メンデ
                   ゲアハルト・シュミット・ガーデン

                   (1980.5 @ミュンヘン、ヘルクレスザール)

記事にして、もう何度も自分の浅い思いながら、書き尽くしてきた「パルジファル」。

キリスト教社会の源にもある「原罪」。

アダムとイヴが、蛇にそそのかされて、禁じられた木の実を、まずイヴが食べてしまい、ついで、アダムも口にする。
そう、禁制を破った罪を、人間は、悔い改めなくてはならない・・・という根源にある発想。
人間はつねに、罪深いと。

その蛇を悪魔に例え、それに対峙したのが、イエス・キリストであるという、のが、大まかなキリスト教という宗教の根源か。

「パルジファル」には、原罪からの解放者という観念が織り込まれている。
アンフォルタス、クンドリー、クリングゾール、そしてパルジファルがそれぞれに役割分担されている。
物語の語り部、目撃者としてのグルネマンツは、さながらエヴァンゲリスト。
そして、パルジファルが行った行為は、1幕でアルトにより歌われる予言のような言葉、「同情による救済」である。

パルジファルが行う最初の救いは、クンドリーへの洗礼。
そこで、パルジファルの膝元にあるクンドリーが、はらはらと涙をこぼし、静かに泣きくずれる場面は、いくつか観た舞台や、映像でも、わたくしの落涙箇所のひとつ・・・

ワーグナーが、舞台神聖祭典劇とタイトルしたことは、だいそれたことでもなく、この作品の根底を端的にあらわしたものだ。

この「パルジファル」を編み出すまでに、ワーグナーは、キリスト教劇「ナザレのイエス」や、仏教劇「勝利者たち」という台本のスケッチを残していて、それらを統合しつつ、この「パルジファル」になった。
それらのスケッチをぜひ知りたいものだ。
ワーグナーによる、ブッタの仏教劇なんて、いったいどのようなものになったであろうか・・・・・。

ワーグナー好きは、このようにして、ワーグナーが残したそれぞれの作品について、あれこれ妄想や思索にふけるのであり、ずっとずっと、そんなことをしながら、その音楽の魔力に囚われ続けているわけである。

           ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「マイスタージンガー」のときもびっくりしたが、クーベリックによる「パルジファル」が、忽然と登場したときは、ほんとうにびっくりし、狂喜したものだ。
しかも極上のデジタル、スタジオ録音で!
さらに、超豪華なキャスト。

1年ほど前に、ブログ継続を断念すべく、大好きなオペラとして「パルジファル」のレビューを行ったとき、このクーベリック盤については言及しなかった。
古いものばかりの音源(クナ、ショルティ、ブーレーズ、レヴァイン)との思い出が勝ったからだけれども、このクーベリック盤の完成度の高さは決して忘れてはならない。
突然あらわれたクーベリック盤は、わたくしには、最近登場した新譜のような感覚なので、「パルジファル」の思い出から抜け落ちてしまった。

いまや、ベルリンフィルやウィーンフィルとならぶ、人気と実力のバイエルン放送響の礎を築いたクーベリック。
明るく、明晰、そして温もりのある南ドイツサウンドが、ここでも、素晴らしい録音によって、たっぷりと聴くことができる。
幾多ある場面展開における音色の、ときに緩やか、かつ、鮮やかな変転が実に見事で、根っからのオペラ指揮者であるクーベリックの手腕と、オーケストラの機能性の高さを感じさせる。
3幕での、聖金曜日の奇蹟における、神々しくも厳かな高揚感には、誰しもしびれるような感銘を受けるに違いない。

豪華な歌手の名前を何度ながめても懐かしい思いとともに、耳になじんだその歌声が脳裏に木霊するのを感じる。
いまだ現役の歌手もいるが、ほとんどが物故してしまった。

グルネマンツとザラストロは、この人をおいてほかにいないとまで思ってたクルト・モルも先ごろ亡くなってしまった。
絶頂期にあったモルは、ここでも含蓄あるグルネマンツを聴かせてくれる。
 若々しく美声のヴァイクルのアンフォルタスや、朗々としたサルミネンのティトゥレル。
ナイトリンガーのあと、バイロイトのザ・クリングゾールだったマツーラ。
過度にドラマティックにならない女性的なクンドリーのミントン。
それから、花の乙女たちのなかに、ひときわ懐かしい声を聴けるのは、とてもうれしい、そう、ルチア・ポップ。ショルティ盤でも、キリ・テ・カナワなどとともに歌っていた・・・・

タイトル・ロールのジェイムズ・キング。
亡くなって、もう11年もたつけれど、この歌手の陰りある声が大好きで、何を歌っても悲劇のジークムントに聴こえてしまうが、このパルジファルは、70年代のバイロイト放送のエアチェックや、ブーレーズ盤で、ずっと聴いてきたから、ことさらに懐かしく聴くことができる。
全盛期をやや過ぎた時分での録音ながら、風格と味わいは格別。
2幕での劇的な覚醒と、3幕の神々しさはキングならではであります。

これを書きながら、復活祭の日曜に、もう2度も聴いてる。
いま、ちょうど、聖杯が輝き、鳩が舞い降りる清らかなる終結部を迎えております・・・・。

Tulip_d

春は来たれり、そして、平安であれ。

  ✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

パルシファル 過去記事

「飯守泰次郎 東京シティフィル オーケストラルオペラ」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1958」

「バイロイト2005 FM放送を聴いて ブーレーズ」

「アバド ベリリンフィル オーケストラ抜粋」

「エッシェンバッハ パルシファル第3幕」

「ショルティ ウィーン・フィル」

「バイロイト2006 FM放送を聴いて ブーレーズ」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1956」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1960」

「クナッパーツブッシュ  バイロイト1962」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1964」

「レヴァイン バイロイト1985」

「バイロイト2008の上演をネットで確認 ガッティ」

「ホルスト・シュタインを偲んで」

「エド・デ・ワールト オーケストラ版」

「あらかわバイロイト2009」

「ハイティンク チューリヒ」

「シルマー NHK交響楽団 2010」

「ヨッフム バイロイト1971」

「アバド ベルリンフィル 2001」

「トスカニーニ 聖金曜日の音楽」

「パルシファル 大好きなオペラ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

いぬ | ねこ | アイアランド | アバド | アメリカ音楽 | イギリス音楽 | イタリアオペラ | イタリア音楽 | ウェーベルン | エッシェンバッハ | エルガー | オペラ | カラヤン | クラシック音楽以外 | クリスマス | クレー | コルンゴルト | コンサート | シェーンベルク | シベリウス | シュナイト | シュレーカー | シューベルト | シューマン | ショスタコーヴィチ | ショパン | スーク | チャイコフスキー | チャイ5 | ツェムリンスキー | テノール | ディーリアス | ディーヴァ | ドビュッシー | ドヴォルザーク | ハイティンク | ハウェルズ | バス・バリトン | バックス | バッハ | バルビローリ | バレンボイム | バーンスタイン | ヒコックス | ビートルズ | ピアノ | フィンジ | フォーレ | フランス音楽 | ブラームス | ブリテン | ブルックナー | プッチーニ | プティボン | プレヴィン | ベイスターズ | ベネデッティ | ベルク | ベルリオーズ | ベートーヴェン | ベーム | ホルスト | ポップ | マリナー | マーラー | ミンコフスキ | メータ | モーツァルト | ヤナーチェク | ヤンソンス | ラフマニノフ | ランキング | ラヴェル | ルイージ | レクイエム | レスピーギ | ロシア系音楽 | ローエングリン | ワーグナー | ヴェルディ | ヴォーン・ウィリアムズ | 北欧系音楽 | 古楽全般 | 器楽曲 | 小澤征爾 | 尾高忠明 | 幻想交響曲 | 料理 | 新ウィーン楽派とその周辺 | 旅行・地域 | 日本の音楽 | 日記・コラム・つぶやき | 映画 | 書籍・雑誌 | 東欧系音楽 | 歌入り交響曲 | 現田茂夫 | 神奈川フィル | 第5番 | 若杉 弘 | 趣味 | 音楽 | 飯守泰次郎 | R・シュトラウス