ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 ベーム指揮
夏の到来とともに、ドイツでは「バイロイト音楽祭」が始まる。
毎年日本にいて、この時期いてもたってもいられなくなる私である。
そんな訳で、真夏はワーグナー。
暮れは、NHK様が四半世紀に渡ってFMで放送してくれているので、真冬もワーグナー。
春も秋も、季節がいいから心置きなくワーグナー。
そして、年中ワーグナーなわたしである。
今年のバイロイトは、7月25日に、新演出の「パルシファル」で幕を開ける。
若いヘルンハイムの演出(過激派らしいが・・)、ガッティの指揮、我らが藤村さんのクンドリー、ユンのグルネマンツというアジア組が主役級。楽しみなことだ。
バイロイトのサイトが大幅にリニューアルされ、すっきりしたけど、過去舞台画像がまったく消え去ってしまった。そのかわり、ビデオが充実していて、ティーレマンのリング姿や、ガッテイやパルシファルを演出するヘルンハイムがちょこっと見れる。
こうしたビデオも、時おり更新されるといいし、画像は遠い極東で、バイロイトを偲ぶよすがであるから、是非とも載せて欲しい!
ひさしぶりの「さまよえるオランダ人」。
長大なワーグナー作品の中にあって、短いこのロマンテックオペラは、CD2枚で2時間20分くらい。
劇場上演でも、19時開演でも余裕の作品。
かといって、のちの作品ほどに積極的に聴くこともなく、CDは5種類しかないし、舞台経験も3回のみ。
ワーグナーの色濃い音楽ではあるが、まだ番号付きの伝統的なオペラの域から脱することが出来ず、素材は斬新ながらドイツオペラの因習から完全に抜け出すことが出来ずにいた作品。
でも、題材の背景にある暗いさや、バスバリトンを主役におき、ヒロインも夢み、病的なまでの存在で、登場人物がいずれも暗く自己の世界を持っている。唯一ダーラントだけが俗物だが、彼も最愛の娘を失う結末があり、このオペラ後は悲しい運命が待ち受けている。
こんな伝説的な題材を選択し、思うままに音楽を付けたということ自体が、若きワーグナーの革新なのであろう。
「妖精」でお伽話(ある意味ジングシュピール)を、「恋愛禁制」でイタリア的な喜劇を、「リエンチ」で歴史劇的グランド・オペラを。
これらの後に選んだ「オランダ人」は、伝説の世界に素材を求め、のちのち、伝説や神話を題材にしてゆくことの先駆けとなった。
音楽もライトモティーフの活用がより明瞭となり、番号付きなれど、音楽はよどみなく連続性があって、緊張感も増すこととんった。
ワーグナーの作品を、作曲順に聴いてゆく楽しみは、その筆と素材の新化を実感することにもある。
1966年のヴィーラント・ワーグナー亡きあと、運営を任されたウォルフガンクは、演出も継続するかたわら、劇場の運営の責任も負わなくてはならなくなった。
必然として、兄弟以外の第三者を演出家として招かなくてはならなくなった。
その最初の人物が、アウグスト・エヴァーディンク。
1969年に、「オランダ人」の演出で登場し74年に、カルロスとの伝説的な「トリスタン」の演出を受け持った。
69年と70年は、スイスの名匠ヴァルヴィーゾが指揮したが、71年はベームとワラットが指揮した。ヴァルヴィーゾは、シュタインとともにこの後、バイロイトで活躍することとなるが、長年ヴィーラントと組んだベームは、71年が最後のバイロイトとなった。
その後に、バイロイト100年の記念でマイスタージンガーの一部を指揮している・・・・。
DGがすかさず録音したこのライブは、ベームのあの「トリスタン」や「リング」の延長線上にある演奏で、早いテンポで、熱気とライブの高揚感に満ち溢れた熱すぎるオーケストラピットが舞台をリードしている。
金管の咆哮、ティンパニの激打、うなりをあげる低弦、凄まじい。
宿命を感じさせる運命の主題なども、必然的な切羽詰まった後戻りできない悲しみも感じさせる。一般人と幽霊船の船乗りたちの合唱のやり取りも、足踏みの威勢良さとともに、これまた迫力満点。
ワーグナーの若書きと、出発点を1幕形式の凝縮されたドラマとして息も切らさずに描こうとしたベームの意図は明らか。
トリスタンと同等に自己主張するベームのオランダ人。
オランダ人:トマス・ステュワート ゼンタ :グィネス・ジョーンズ
ダーラント:カール・リッダーブッシュ エリック:ヘルミン・エッサー
マリー:ジークリンデ・ワーグナー 舵取り:ハラルト・エク
カール・ベーム指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
合唱指揮:ウィルヘルム・ピッツ
(1971年バイロイト)
70年代を代表する素晴らしいキャストは強力で、主役級3人は文句なし。
亡きステュワートは美声に、悲劇性と気品を織り込んだ名唱だし、これも亡きリッダーブッシュの暖かい声も相変わらず好きだな。
そして今回あらためて驚きと感銘を与えてくれたのが、デイム・ジョーンズの輝くばかりの中音域の素晴らしさ。人によってはヴィブラートが気になるかもしれないが、私は本ブログで何度も書いているように、彼女のその音域のふるいつきたくなるような美しさが好きなのだ。そしてその存在感は、並ではないと思う。
あと、エッサーも私は何故か好きで、ジーン・コックスと似たような声は憎めず気になる。
エイッと高音を引き出す歌い方が古風と言われようが、この人のタンホイザーやトリスタンの悲劇的・壊滅的な歌いぶりはなかなかのものと思っている。
その活動の最後の頃のピッツに指導された合唱の強靭さは文句なし。
悲劇的な別れと、その後の清らかな救済。
見事なまでの演奏に、聴き手はかなり感動することとなります。
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