カテゴリー「ワーグナー」の記事

2017年3月12日 (日)

ワーグナー ニーベルングの指環 抜粋 P・ジョルダン指揮

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銀座の顔のひとつ、ソニービル。

築51年の老舗ビルは、2017年3月末を持って閉館し、解体される。

待ち合わせや、ビル前での催し、飲食店など、私にとっても懐かしい思い出がたくさんある。

2018年から2020年にかけて、この場所はイベントスペースとして活用され、その後にビルとなる。

このビル前の、数寄屋橋阪急もいまはリニューアルされたし、松坂屋は、いまギンザシックスという巨大な複合ビルとして、開業間近。

思えば、街も、人間と同じで、新陳代謝や新旧交代がなされて、あらたに生まれ変わって、成長していく。
都会ばかりでなく、どの街も、人が係われば、大なり小なり同じことだと思う。

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春は近いよ!

そして、今日は、血肉と化したワーグナーを。

前記事に続いて、次世代大物指揮者を。

さらに、こちらは、二代目サラブレット。

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  ワーグナー ニーベルングの指環 抜粋

   フィリップ・ジョルダン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

     ブリュンヒルデ:ニーナ・シュティンメ

                 (2013.6 @パリ、バスティーユ)


スイスの名指揮者、アルミン・ジョルダン(1932~2006)の息子、フィリップ・ジョルダンは、42歳の、指揮者にとっては若手中堅筋。

しかし、そのオペラにおける豊富な実績からして、もうオペラ界の重鎮的な存在といってもいいかもしれない。
 バレンボイムのもとで、ベルリンで活動し、2009年より、パリのオペラ座の音楽監督になってる逸材。
しかも、2014年から、ウィーン交響楽団の首席指揮者に登用され、オペラとコンサート、両方の確たるポジションを築きつつある。

オペラを極めた親父ジョルダンと、そっくりの道のりを歩むフィリップ。

父ジョルダンは、ルツェルン出身で、チューリヒに没し、フィリップは、そのチューリヒが出身。
多国籍的なスイスにあって、ドイツ語圏だから、親子ともに、ドイツ・オーストリア音楽に近しい。
さらに、スイスの国柄から、フランスとイタリアにも境があって、当然にフランス系の音楽や、イタリアオペラにも精通してる。
そんな親子ともどもの共通点のDNAを高レベルでもって引き継いでるジョルダン氏。

 バイロイトには、2012年に、パルシファルで登場し、今年のマイスタージンガーのプリミエを任された!

そんなフィリップ・ジョルダンのワーグナーを確認できる音盤が、パリのオペラオケを指揮したリングだ。

これが実に、素敵なワーグナーなんだ。

重厚でオーソドックスな、師バレンボイムと、明晰で透明感あるブーレーズの解析度、ともに譲り受けたようなスタイリッシュなワーグナー。

そう、ドイツの本格派を引継ぎながら、ラテン的な目線も持つクリアなワーグナー。
ヴィーラント・ワーグナーが聴いたらな、とても喜びそうな曇りない音楽で、クラウディオ・アバドのワーグナーにも通じると聴いた。
 聴かせどころで、私の基準からすると、ちょっとスルーしてしまうところもあるが、どうしてどうして、本物のクリア系ワーグナーですよ。

クリュイタンス以来の、パリ・オペラ座のワーグナー録音。
思えば、バスティーユ・オペラと呼ばれていた時分の初代指揮者は、バレンボイムだった。
そして、数年前、ビシュコフの指揮で東京で聴いた「トリスタン」も、フレンチでありつつ、明快なワーグナーだった。

ティーレマンとドレスデンのワーグナーと、対極にありつつ、ともにワーグナーの真髄を聴かせてくれる、そんなジョルダン&オペラ座でありました。

「ブリュンヒルデの自己犠牲」では、シュティンメが、ぜい肉をそぎ落としたような、まったくもって、赤身肉のような、脂身ゼロの、超ウマい美声でもって、リングのハイライトを締めくくっております!!

さぁ、次の有望指揮者は、誰にしましょうね。

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2016年12月31日 (土)

ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ショルティ指揮

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今年の冬の六本木ヒルズ、欅坂。

毎年同じようで、少しずつ違う。

LEDも年々進化し、電気使用量も減少しつつ、輝かしさも増している。

2016年は、あっという間だったけれど、自分にも、内外含めて世間にも、親しい人にも、ともかくいろんなことがあった年だった。
 いろんなものを失い、また失いつつあり、そして得るところ、学ぶところもまたたくさん。

人生は苦しいけれど、またこれも楽し。

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ファルスタッフは、「世の中、すべて冗談だ!」と歌って、そのヴェルディのオペラの最後を締めるけれど、同じオペラ大家、ワーグナーの「マイスタージンガー」の最後では、ザックスは、「神聖ローマ帝国は滅びても、ドイツの芸術は決して滅びない!」と歌い、民衆もそれに唱和し、ドイツの芸術とその名匠をたたえる。

同じシリアス系の作曲家が書いた喜劇でも、ヴェルディにシェイクスピア原作があるにしても、こうも違う。

ファルスタッフのように笑い飛ばしてしまう、先々、かくありたいと思うけれど、いまは歳とともに、ザックスの心境の域に達しつつある自分も感じるし。

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   ワーグナー  楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

 ザックス:ノーマン・ベイリー         ポーグナー:クルト・モル
 フォゲルゲザンク:アダルベルト・クラウス ナハティガル:マルティン・エーゲル
 ベックメッサー:ベルント・ヴァイクル     コートナー:ゲルト・ニーンシュテット
 ツォルン:マリティン・ションベルク  アイスリンガー:ヴォルフガンク・アッペル
 モーザー:ミシェル・シェネシャル   オルテル:ヘルムート・ベルガー・トゥーナ
 シュヴァルツ:クルト・リドゥル     フォルツ:ルドルフ・ハルトマン
 ヴァルター:ルネ・コロ         ダーヴィット:アドルフ・ダラポッツァ
 エヴァ:ハンネローレ・ボーデ     マグダレーネ:ユリア・ハマリ
 夜警:ヴェルナール・クルムリックボルト

   サー・ゲオルク・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                      ウィーン国立歌劇場合唱団
                                            ウィーン国立歌劇場少年少女合唱団
                      ノルベルト・ヴァラッチュ:合唱指揮

                  (1975.10@ウィーン・ゾフィエンザール)

久方ぶりに全曲を聴く「マイスタージンガー」。
ワーグナーの作品のなかでも、黄昏やパルシファルと並んで長いものだから、最近ではよほどでないと聴く機会を持てない作品となってしまった。

このショルティ盤で、Ⅰ:85分、Ⅱ:61分、Ⅲ:123分。
合計4時間29分。
思えば、黄昏やパルジファルよりも長いかも・・・・

さて、ふたつあるショルティ盤の最初の方、なんといってもウィーンフィルの豊穣なる響きが魅力的だ。
シカゴ盤は、実は未聴で、ショルティ&シカゴということで、だいたい想像できるので、いまだに聴くことがなく、いまに至ってしまった。
ショルテイの剛直な指揮は、ウィーンフィルの柔らかな音色でもって、相当に中和され、同時期の録音である、シカゴとの「オランダ人」と比べるとかなりの違いがある。
ショルティは、おそらくワーグナーの主要オペラをすべて録音した最初の指揮者だと思うが、オランダ人を除いてそのすべてがウィーンフィルとなされたこと、そして、録音がデッカであったこと、それらが本当にありがたいことだ。

70年代、まだウィーンフィルがオペラのオーケストラであり、その丸っこい響きが独特の味わいを醸し出していた時期で、いまの国際的な存在となったマルチな響きとは違うような気がする。
柔らかなホルンの音色、ウィーンならではのオーボエ、木質の弦。
ことに、3幕の前奏曲や、五重唱の麗しさに陶酔境の想いで浸りきってしまった。
ショルティの切るような指揮ぶりも、ここではまったく想像できない。
ほんとうに、幸せなマイスタージンガーなのだ。

同じ時期に録音された、ヨッフム盤が、主役級を豪華メンバーで固め、ほかはベルリン・ドイツ・オペラの常設メンバーたちを配したのに比べ、こちらは、デッカならではの豪華版で、当時欧米で活躍していた理想的なキャストとなっている。

カラヤン盤から数年がたち、舞台を何度も経たルネ・コロの美声と余裕の安定感は最高の出来栄えのヴァルターだ。
シャープで紳士的なノーマン・ベイリーは普通すぎるけれど、そのブリテッシュな歌声は悪くない。
しかし、このザックスには、男の悲しい背中は感じさせてくれないかも。

あと、ステキなのは、ボーデのエヴァ。この役のスペシャリストの彼女、同時期のバイロイトでもエヴァやジークリンデで大活躍、美人さんだし。

クルト・モルのポーグナーも耳におなじみ、この深い声のポーグナーを聴いちゃうと、この人以外のポーグナーは考えにくくなるから不思議だ。同様の役が、ザラストロかな。
そして、いいんだけど、最初から最後まで自分には違和感のある、ヴァイクルのベックメッサー。
ザックスとのやりとりを聴いていると、どっちがどっちだかわからなくなる。
後年の名ザックスとしてのヴァイクルを聴いてしまっているからか・・・・。

しかし、配役をひとりひとりながめ、そしてその歌声を聴いてると、素晴らしい配役だし、当時は本当によかったなぁ、と思う。
こんなメンバーと大オーケストラをスタジオにあつめて録音できた時代。
いまではライブしかありえないオペラの贅沢な収録。
 そのデッカのゾフィエンザールでの優秀な録音は、ため息がでるほどに素晴らしい。
鮮やかな分離と、一方で溶けあう音の美しさ。
ウィーンフィルの魅力を、こうして録音でも引き立てているし、合唱が加わったときの豊かな広がりも見事。

これを聴いてる大晦日の午前。
いろいろあった2016年を送るに相応しい、そんな晴れやかな「マイスタージンガー」。
ハ調の、調和あふれる響きが、いまわたくしを包み込み、見上げる澄んだ青空も高揚感を増してくれるようです♪

みなさまよいお年を。

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2016年8月27日 (土)

バイロイト2016 妄想聴き

Azuma

今年のお盆は、曇天続きで、どうもすっきりないまま明け、そして台風が襲来した関東。

そしてまた、次の台風がやってきそうだ。

異常な天候続きと、不気味な動きを見せる近くの国々が気になって、オリンピックロスもさほどに感じなかった。

そんな夏も、もう終盤。

海外の音楽祭も次々に終了。

ネットでリアルタイムで聴ける幸せだけど、今年は、ばたばたしてて、気もそぞろのながら聴き。
全部PC録音しましたよ。

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(以下画像はバイエルン放送局のサイトから拝借してます)

バイロイトでは、「パルシファル」がプリミエ。

演出は、危なそうだったヨナタン・ミーゼに替わり、安全そうなラウフェンベルクに変更。

ラウフェンベルクの舞台は、数年前、ドレスデンの来演で、「ばらの騎士」を観たけれど、時代の移し替え以外は、穏当な演出だった。

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今回の「パルシファル」は、画像を拝見すると、アンフォルタスはイエスのようだし、当然、現場は、中近東風。
花の乙女たちは、ヒシャブをまとっているわけで、米軍の戦闘服を着たように見えるパルシファルは素顔の彼女たちとお風呂入っちゃってる。

クリングゾルは、武器商人かな?グルネマンツは、アラブの解放戦線の指導者風。
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想像と勝手な妄想は止まらないけれど、映像の放映を期待したい。

こんな演出だから、テロが続発したドイツ当局も、かなり警備に力をいれたそうだ。

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音楽面でも、大きな話題を呼んだのが、直前のネルソンスの降板。
ティーレマンとの不仲説や、演出の問題などなど囁かれているけれど。。。。

急遽、指揮台に立ったのは、ハルトムート・ヘンヒェン。
ドレスデン生まれの、叩き上げのオペラ指揮者の登場は意外な感じもしたけれど、その音楽は安定していて、聴いていて、大きな驚きはないものの、まったく自然かつ豊かなものでした。

フォークトのパルシファルは文句なく素晴らしくクリアな声は存在感抜群。
ゼッペンフェルトのグルネマンツは、もう少し深みと重さが欲しいけど、これから変わっていくかも。
音だけ聴けば、無難なプリミエを迎えたパルシファル。

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4年目のカストルフの「リング」

石油争いと、社会主義と資本主義のせめぎ合いをからめた、ごった煮的演出も、これまでの5年のリング暦にあわせると、あと1年。
次のリングの指揮には、ネルソンスと言われていたけれど、難しいことになったね。

ペトレンコ、ヘンゲルブロックも含め、バイロイトから去った実力者が抜けたあとは、小粒化が否めない指揮者陣。

そんななかで、ヤノフスキの初登場、しかもリング全3サイクルを完璧に仕上げた実力はさすがとしか言いようがないと思う。
速めのテンポで、聞かせどころのツボを、しっかりと押さえ、メリハリの効いた力強い指揮は、ワーグナーの音楽に安心して身を委ねることができるものかもしれない。
ただ、ペトレンコの指揮にあった、いろんな発見は、ここでは少なめ。
そして、サラっと通り過ぎてしまうところが、意外なところにあったりするのも、職人ヤノフスキらしいとこかも・・・・・

 歌手も年々替わるのも、このリングサイクルの特徴かも。
しかも、一進一退か。

ウォータンがひとりで全部歌わずに、ラインと、ワルキューレ・ジークフリートとでふたり。
若々しいウォータンであるはずのラインゴールドだから、それは一理あるけれど、なんとなく統一感がないね。
 ワルキューレとさすらい人を歌ったのが、ルントグレン。
どこかで聴いた名前、聴いた声だと思ったら、以前に新国でスカルピア役を観ていた。
ちょっとアクの強い声質で、ばかでかい声だけど、これは今後よくなりそうなウォータンに感じましたよ。
 歌手たちのなかで、一番よかったのが、フォスターのブリュンヒルデで、優しさと気品を見事に持ち合わせた歌唱かと。
あと2年目の、フィンケのジークフリートも、とてもよかった。
この人も、よくよく調べたら手持ちの「死の都」のDVDでパウルを歌っていた人だった。
よいヘルデンテノールになってきたね。
あと舞台を引き締めていたのは、ベテラン、ドーメンのアルベリヒ。

しかし、ジークフリートと黄昏が終わったあとのブーイングはすごいものがあった。
やはり、カラシニコフをぶっぱなす共産かぶれのジークフリートとかウォール街には我慢がならんのか。。。。

このリングは、映像化されるのだろうか。
スケジュールを見てたら、3サイクル上演だったけど、神々の黄昏だけ、4度上演してんのね。これだけ録画したのかしら・・・・
観てはみたいけれど、どっちでもいいや(笑)

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あとは、まだやってる「さまよえるオランダ人」。

テレビで何度も観たけれど、扇風機工場がわけわからんし、全体のムードが陳腐な感じで好きじゃない。
なんか使いまわしをされている、便利な存在になりつつあるA・コバーのキビキビした指揮はよい。
メルベートのゼンタはとても好きだけど、新国お馴染みのトマス・マイヤーがついにオランダ人として登場したけれど、声の威力がいまひとつ、でも美声です。

このオランダ人は、今年で終わり(たぶん)。

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2年目のカタリーナとティーレマンのトリスタン。

映像化もされ、まだ全部を見てはいないが、ブルーな雰囲気と無限ループのような無機質な舞台は、悪くない感じ。

ティーレマンは、あいかわらず、どっしり、がっしりやってるけど、もすこし、しなやかに柔らかな響きも聴きたい感じもする。

グールトのトリスタンは文句なし。
問題はイゾルデが、このプロダクションでは定まらないところか。
アニヤ・カンペが昨年は最初から降りてしまい、ヘルツィウスが歌ったが、今年は、ペトラ・ラングで、彼女はもともとメゾの音域のひと。
ブランゲーネとオルトルートのイメージが強い彼女だけど、ちょっとキツかったかも。
不安な歌い回しも散見されたが、来年も彼女の名前がノミネートされているので、いろんなものを克服して登場することでしょう。

演出も、歌手も指揮者も、年々よくなっていくのが、だいたい5年サイクルのバイロイトの上演。
そうならなかった演目もいくつかあって打ち切りの刑に処せられたものもあったけれど。。

 来年は、「マイスタージンガー」が新演出上演。

ベルリン・コーミシュオーパーのバリー・コスキーの演出。
こんな「魔笛」の舞台を作っちゃうひとで、おもしろそう。


指揮は、フィリップ・ジョルダンに、ザックスは、フォレ。

なんだかんで、バイロイトは気になるし、面白いのだ。

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2016年3月30日 (水)

大好きなオペラ総集編

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桜は足踏みしたけれど、また暖かさが戻って、一気に咲きそう。

まだ寒い時に、芝公園にて撮った1枚。

すてきでしょ。

大好きなオペラ。

3月も終わりなので、一気にまとめにはいります。

Tristan

  ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」

ワーグナーの魔力をたっぷりと含んだ、そう魅惑の媚薬のような音楽。
この作品に、古来多くの作曲家や芸術家たちが魅かれてきたし、いまもそれは同じ。
我が日本でも、トリスタンは多くの人に愛され、近時は、歌手の進化と、オーケストラの技量のアップもあって、全曲が舞台や、コンサート形式にと、多く取り上げられるようになった。

わたくしも、これまで、9度の舞台(演奏会形式も含む)体験があります。

そして、何度も書いたかもしれませんが、初めて買ったオペラのレコードがこのトリスタンなのであります。
レコード店の奥に鎮座していた、ずしりと重いベームの5枚組を手に取って、レジに向かった中学生を、驚きの眼差しでもって迎えた店員さんの顔はいまでも覚えてますよ。

ですから、指揮も歌手も、バイロイトの響きを捉えた、そう右から第1ヴァイオリンが響いてくる素晴らしい録音も、このベーム盤がいまでも、わたくしのナンバーワンなんです。

次に聴いた、カラヤンのうねりと美感が巧みに両立したトリスタンにも魅惑された。
あとは、スッキリしすぎか、カルロスならバイロイトかスカラ座のライブの方が熱いと思わせたクライバー盤。ここでは、コロの素晴らしいトリスタンが残されたことが大きい。
 それと、いまでは、ちょっと胃にもたれるバーンスタイン盤だけど、集中力がすごいのと、ホフマンがいい。
フルトヴェングラーは、世評通りの名盤とは思うが、いまではちょっと辛いところ。

あと、病後来日し、空前絶後の壮絶な演奏を聴かせてくれたアバド。
あの舞台は、生涯忘れることなない。
1幕は前奏曲のみ、ほかの2幕はバラバラながら聴くことができる。
透明感あふれ、明晰な響きに心が解放されるような「アバドのトリスタン」。
いつかは、完全盤が登場して欲しい。

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  ワーグナー 「ニーベルングの指環」

わたくしの大好きなオペラ、ナンバーワンかもしれない・・・

興にまかせて、こんな画像を作っちゃいました。

オペラ界の大河ドラマとも呼ぶべきこの4部作は、その壮大さもさることながら、時代に応じて、いろんな視点でみることで、さまざまな演出解釈を施すことができるから、常に新しく、革新的でもある。
 そして、長大な音楽は、極めて緻密に書かれているため、演奏解釈の方も、まだまださまざまな可能性を秘めていて、かつては欧米でしか上演・録音されなかったリングが、アジアや南半球からも登場するようになり、世界の潮流ともなった。

まだまだ進化し続けるであろう、そんなリングの演奏史。

でも、わたくしは、古めです。
バイロイトの放送は、シュタインの指揮から入った。

Bohm_ring1

そして、初めて買ってもらったリングは、73年に忽然と出現したベームのバイロイトライブ。
明けても覚めても、日々、このレコードばかり聴いたし、分厚い解説書と対訳に首っ引きだった。
ライブで燃えるベームの熱い指揮と、当時最高の歌手たち。
ニルソンとヴィントガッセンを筆頭に、その歌声たちは、わたくしの脳裏にしっかりと刻み付けられている。
なんといっても、ベームのリングが一番。

そして、ベーム盤と同時に、4部作がセットで発売されたカラヤン盤も大いに気になった。
でも、こちらと、定盤ショルティは、ちょっと遅れて、CD時代になって即買い求めた。
歌手にでこぼこがあるカラヤンより、総合点ではショルティの方が優れているが、それにしても、カラヤンとベルリンフィルの作り上げた精緻で美しい、でも雄弁な演奏は魅力的。

あと、忘れがたいのが、ブーレーズ盤。
シェローの演出があって成り立ったクリアーで、すみずみに光があたり、曖昧さのないラテン的な演奏だった。歌手も、いまや懐かしいな。
 歌手といえば、ルネ・コロのジークフリートが素晴らしい、そしてドレスデンの木質の渋い響きが味わえたヤノフスキ。

舞台で初めて味わったのが日本初演だったベルリン・ドイツ・オペラ公演。
G・フリードリヒのトンネルリングは、実に面白かったし、なんといっても、コロとリゲンツァが聴けたことが、これまた忘れえぬ思い出だ。

舞台ではあと、若杉さんのチクルスと、新国の2度のK・ウォーナー演出。
あと、朝比奈さんのコンサート全部。
みんな、懐かしいな。。。

以下、各国別にまとめてドン。

ドイツ

 モーツァルト   「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」

 
 ワーグナー   「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」 「ローエングリン」
           「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
            「ニーベルングの指環」「パルシファル」

 ダルベール   「低地」

 R・シュトラウス 「ばらの騎士」「ナクソスのアリアドネ」「影のない女」「アラベラ」
            「ダフネ」「ダナエの愛」「カプリッチョ」

 ツェムリンスキー 「フィレンツェの悲劇」 (昔々あるとき、夢見るゾルゲ2作は練習中)

 ベルク      「ヴォツェック」「ルル」

 シュレーカー   「はるかな響き」 「烙印された人々」「宝探し」

 コルンゴルト  「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」「カトリーン」

 ブラウンフェルス 「鳥たち」

 レハール    「メリー・ウィドウ」「微笑みの国」

イタリア

 ロッシーニ   「セビリアの理髪師」「チェネレントラ」

 ヴェルディ   「マクベス」「リゴレット」「シモン・ボッカネグラ」「仮面舞踏会」
           「ドン・カルロ」「オテロ」「ファルスタッフ」

 カタラーニ   「ワリー」

 マスカーニ   「イリス」

 レオンカヴァッロ  「パリアッチ」「ラ・ボエーム」

 プッチーニ   「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「三部作」
           「ラ・ロンディーヌ」「トゥーランドット」

 チレーア    「アドリアーナ・ルクヴルール」

 ジョルダーノ  「アンドレア・シェニエ」「フェドーラ」

 モンテメッツィ 「三王の愛」

 ザンドナーイ  「フランチェスカ・ダ・リミニ」

 アルファーノ  「シラノ・ド・ベルジュラック」「復活」

 レスピーギ   「セミラーナ」「ベルファゴール」「炎」

フランス

 オッフェンバック 「ホフマン物語」

 ビゼー      「カルメン」

 グノー      「ファウスト」

 マスネ      「ウェルテル」

 ドビュッシー   「ペレアスとメリザンド」

イギリス
 

 パーセル   「ダイドーとエネアス」

 スマイス    「難破船掠奪者」

 ディーリアス  「コアンガ」「村のロメオとジュリエット」「フェニモアとゲルダ」

 R・V・ウィリアムズ  「毒の口づけ」「恋するサージョン」「天路歴程」

 バントック   「オマール・ハイヤーム」

 ブリテン    「ピーター・グライムズ」「アルバート・ヘリング」「ビリー・バッド」
          「グロリアーナ」「ねじの回転」「真夏の夜の夢」「カーリュー・リバー」
          「ヴェニスに死す」

ロシア・東欧

 ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」

 チャイコフスキー 「エフゲニ・オネーギン」「スペードの女王」「イオランタ」

 ラフマニノフ    「アレコ」

 ショスタコーヴィチ 「ムチェンスクのマクベス夫人」「鼻」

 ドヴォルザーク   「ルサルカ」

 ヤナーチェク    「カーチャ・カヴァノヴァ」「イエヌーファ」「死者の家より」
             「利口な女狐の物語」「マクロプロス家のこと」

 バルトーク     「青髭公の城」

以上、ハッキリ言って、偏ってます。

イタリア・ベルカント系はありませんし、バロックも、フランス・ロシアも手薄。

新しい、未知のオペラ、しいては、未知の作曲家にチャレンジし、じっくりと開拓してきた部分もある、わたくしのオペラ道。
そんななかで、お気に入りの作品を見つけたときの喜びといったらありません。

それをブログに残すことによって、より自分の理解も深まるという相乗効果もありました。

そして、CD棚には、まだまだ完全に把握できていない未知オペラがたくさん。

これまで、さんざん聴いてきた、ことに、長大なワーグナー作品たちを、今後もどれだけ聴き続けることができるかと思うと同時に、まだ未開の分野もあるということへの、不安と焦り。
もう若くないから、残された時間も悠久ではない。
さらに、忙しくも不安な日々の連続で、ゆったりのんびりとオペラを楽しむ余裕もなくなっている。
それがまた、焦燥感を呼ぶわけだ。

でも、こうして、総決算のようなことをして、少しはスッキリしましたよ。

リングをいろんな演奏でツマミ聴きしながら。。。。
 

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2016年3月25日 (金)

ワーグナー 「パルシファル」 大好きなオペラ

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また寒くなって、ほころび始めた桜も足踏みか。

でも春はやってきた。

そして、今日は聖金曜日。

今年の復活祭は27日です。

これに合わせて、好きなオペラ、「パルシファル」

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  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルシファル」

この深淵な作品との出会いは、中学生の頃。

ワーグナーに目覚め、年末のバイロイト放送に熱狂し、当時は、イースターに合わせて、春に放送されていた「パルシファル」を、初めて聴いて、あまりにも静的な音楽に最初は戸惑いを覚えた。

でも、作品の筋を理解し、前奏曲や聖金曜日の音楽を何度も聴くうちに、全体を把握できるようになり、これは本当に美しい作品なのだと思うようになった。

最初に聴いたバイロイト放送は、ヨッフムの指揮によるもの。

でも、この作品には、クナッパーツブッシュという偉大な演奏があるということを、レコ芸やワーグナーの書評で知ることとなり、いつしかそのレコードが欲しいと、クナの演奏を妄信するようになった。
だがしかし、おこずかいは限られ、ベームのリングも買ってもらっちゃったものだから、クナのパルシファルは、大学生になるまで全曲盤を入手することができなかった。
 それまでは、抜粋盤で我慢ということで。

その間は、エアチェックしたショルティ盤。
これは、バイロイトのライブ以外での初スタジオ録音で、デッカの目覚ましいサウンドがFMごしでもよくわかった。
あとは、毎年録音したバイロイトの放送。
シュタイン、レヴァイン、バレンボイム、シノーポリなどなど・・・。

聖と邪。
同情によって、智をえた鈍き愚者によって、救われる魂ふたつ。
ひとりは、キリストを笑ったクンドリーと、邪に染まった男によって罪に溺れたアンフォルタス。

宗教の奥儀と、ヨーロッパ社会発想の根源がここにあり、オペラという枠をリングにもまして、大きく踏み出した。

ワーグナーの音楽も、ドビュッシーやウェーベルンに繋がる精緻さと透明感がある。
もしかしたら室内オーケストラでもいいかもしれないくらい。

Parsifal

戦後のバイロイト、いわゆる新バイロイトを象徴するヴィーラント・ワーグナーの演出には、クナッパーツブッシュの大河の流れのような雄大・深淵な演奏があってこそ、映えるもの。
映像が残ってないのが本当に残念だが、クナの永年の演奏は、いくつもの音源があって、それぞれに楽しめる。
しかし、最良の状態で残された62年のフィリップスライブは、その録音も、歌手たちの歌唱も神々しいほどに素晴らしい。
クナが築くゆるやかな音楽の流れは、場面場面、しいては言葉の一言一言に反応を起こし、オーケストラは驚くほどに雄弁なのである。
 ホッターの含蓄あふれるグルネマンツと、J・トーマスの凛々しいタイトルロールも完璧。

そのクナッパーツブッシュの後は、誰しも驚いたブーレーズ
ゆったりした前任者のテンポを、大幅に早めて、快速パルシファルを達成してしまった。
でも、その速さを感じさせないのは、ブーレーズの音楽の明晰さと、音符のすべてがクッキリとはっきりと聴こえる鮮やかさがあったから。
後年、パルシファルを指揮しにバイロイトに復帰したブーレーズは、クソみたいな演出にもかかわらず、30年以上前とほぼ同じ切り口の演奏を聴かせたのには驚いた。
F・クラス、デイム・ジョーンズ、J・キング、マッキンタイアなど、70年代の若手歌手も見事。

そして、70年代の若手と、その前の大ベテランを配した豪華な歌手をずらりとそろえたデッカならではのショルティ盤。
剛力をちょっと押さえつつ、ウィーンフィルの柔らかな響きを大切にしたショルティの円熟の指揮と、素晴らしい録音。
ルネ・コロのパルシファルとルートヴィヒのクンドリーが大好き。

ワーグナー家の手を離れたパルシファル演出だった、G・フリードリヒのもの。
指揮はジェイムズ・レヴァインが起用され、クナより遅いテンポと、豊穣なまでにオペラティックな演奏が、年を追うごとに充実していった。
あと、P・ホフマンの鋼鉄のような声がここでは感銘を誘う。
もちろん、フィリップスの録音も最高によろしい。
後年、レヴァインは、あんなひどい演出で指揮するのは耐え難かったと語ったというが・・・・

最後に、正規録音を残さなかったアバドのパルシファルの清新さを、自分的には、最良のパルシファルとして記憶しておきたい。

Photo
  
      (ザルツブルクでの舞台 アバド&BPO)

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2015年8月30日 (日)

バイロイト2015、勝手に総括

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海のはるか向こうのバイロイト音楽祭も、今年も終了しました。

この年まで、異母姉妹の、エヴァとカタリーナのワーグナーの曾孫姉妹の運営は終了し、来年からは、演出家も兼ねるカタリーナのひとりのバイロイトとなります。

その試金石は、今後も次々に厳しく辛い局面となって訪れるでしょうが、大リヒャルトの血族として、その伝統を守り抜いて行って欲しいと思います。

そんななかで、大きな力添えとなるのが、指揮者ティーレマンで、バイロイト始まって以来の、音楽監督的なポストにも就任しましたね。

今年は、今後、いつくもあるだろう、その二人の共作ともなる「トリスタンとイゾルデ」が、プリミエ公演となりました。

かの地もきっと、暑かったでありましょう、ことしの夏。
歌手も、観客も、相当の覚悟のいる聖地バイロイトであります。

この夏の終わりに、ネット収録した音源を聴きつつ、同じくネットから拾い集めた画像を見ながら、あれこれ妄想しつつ、自分だけの総括をここに残しておきます。

画像は、バイエルン放送局のサイトから、ありがたくも拝借しております。

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パッと見、よく見る、こんな舞台。

パラスト的な、上下左右の空間演出は、多層的に見せ場を造るのに最適でしょう。
批評では、これらが時として動いて、行き場をふさいだり、進路が見えなくなったりするんだようで。
登場人物たちの心理を描きだすのに、まことに相応しい。
けれど、よくあるやり方ゆえに、安直の感もぬぐえません。

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マルケ王のご一行に、トリスタンは、こんなことされちゃってます。

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シンプルな舞台なんだけど、全体像はどうだったのでしょうか。

いずれ登場する、映像作品でもって判断したいと思いますが、いくつか拝見した画像から推定するかぎり、なんだか霊感不足は否めないですな。

バイロイトにおける、「初トリスタン」だった、ティーレマン。
ウィーンとのCDよりも早く、全体にみなぎる活力という点でも勝っているように感じました。
筆厚が強いです。
しかし、あざとさと言おうか、入り込み方と言おうか、その思い入れが、ときに尋常でなく感じるヶ所もありました。
その代表は、第2幕の終結部で、伸ばしすぎだ。
急転直下感が薄れすぎ。
 でも、これは、実際の舞台で観て聴けば、もっと別のインパクトを与えるはずなのでして、ティーレマンのあざとさと、大胆さは、やはり生・ライブでないと体得できないのかもしれない。

 アニヤ・カンペが降りてしまい、お馴染みの、ヘルリツィウスがイゾルデを歌った。
ミレニアムリングでのブリュンヒルデは、実に素晴らしかったし、ドレスデンとの来日公演などでも、身近に接した彼女ですが、最初は、安定感あっていいと思いましたが、声の疲弊やアラが目立ちました。
絶叫のように聴こえるフォルテは、正直、辛いかも。
 その一方、新国でも、完璧なトリスタンを聴かせてくれた、グールドのトリスタンは、ここでもいやとうほど完璧でした。
軽やかさも備えた、明るさと重厚さを併せ持つヘルデンヴォイスを堪能できましたね。
あと、ブランゲーネの、クリスタ・マイヤーが、これはまた素敵すぎ。
彼女のクンドリーを、ハイティンクのパルシファルで拝見して以来、大好きな歌手のひとりとなってますっ!

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アンネッテ・ダッシュが、エヴァとして帰ってきましたが、この画像を見る限り、かなりふくよかに。
お母さんになったのではなかったかな。
その彼女のエヴァは、やはり強さも備えていて、極めて素敵なのでした。
 そして、相方のフォークトは、ローエングリンの名人として、いまや自在さも加えて、完全完璧な歌唱でしたよ。
 フォークトの歌声を、華奢で頼りないといった10年前の自分が恥ずかしい。
この方で聴くコルンゴルトは、もう、桃源郷のような美的世界です。

フランス人指揮者のアルティノグリューが、バイロイトデビュー。
この若いフランス指揮も、実によかったです。
明るく活気も備えつつ、新鮮さも。
エンディングのカッコよさは、前任のネルソンスに迫るものあり。
いい指揮者じゃないかしら!

ノイエンフェルスの、ねずみローエングリン。
音楽面でも、今年、一番、まともかもね。

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3年目の、カストルフ・リングは、ことし、ジークフリート役の入れ替えがあり、そして、なんといっても、ベルリンフィルの時期首席指揮者のペトレンコに、注目が集まりました。
ティーレマンとの直接対決も。

2年分とあわせ、ハイライト的に聴き直してみて、ペトレンコの指揮は、さらによくなった感もありつつ、一方で、ちょっと雑な感じも受けまして、ここで、もっと。。。。という場面がなくはなかったです。

丹念に、楽譜を読み解き、まるで聴いたことのないフレーズが、ぽんぽん出てくるサマは、初年度より楽しみでしたが、ことしも、いくつもありました。
 4部作の、あまり表面化しない、ちょっとしたところで、いろんな楽器が浮き上がったりしてきたりして面白い。
根っからのオペラ指揮者として、この長大な連作を研究しながらの指揮は、きっとペトレンコとしても、途上の解釈なのでしょう。
舞台で行われる出来事も、指揮には反映されますし。
そんなこんなで、カストルフの妙な演出も、その解釈には反映されてしまっていると思います。
 
 黄昏の大団円の、急ぎすぎ、かつ音を被せすぎの解釈には、この場面を神聖な思いでもって、なん百回も聴いてきた自分にとっては、許しがたい浅薄なものでした。
どうなんだろう、キリル君。

3年で降りたがった理由も、いろいろ考えつつ、自身の心情と折り合わなかった舞台だったのかなと思ったりもしてます。
ラインとワルキューレは素晴らしく、ジークフリートと黄昏は、アレレです。

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エロいラインの乙女に囲まれるジークフリートさん。

ジークフリートは、フィンケに代わり、より力強い歌唱となりましたが、少々不安定。
一方、相方のブリュンヒルデのフォスターは、しなやかさに、馬力も増して、相当いい感じ。
 しかし、カラニコフのバリバリ連射は、何度聴いてもいかん!

銃を手離さない、英雄ジークフリートなんて。

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上海発の株価暴落が世界にすぐさま多様な影響を与える、そんな現実も直結してしまう、みょうちくりんな演出ながら、でも、そんな問題提起も、社会性の表出も、たまたま当たっただけかもしれないけれど、不思議とありかもしれないと思わせるカストルフ演出。

いろんな評論や、レポートが目に入ってきた3年目だけど、映像化されても、ご勘弁願いたいカス演出だな。
 ペトレンコは、ティーレマンが君臨してしまうと、今後、その登場が厳しいかもしれないけれど、どんな俗世間にも毒されず、カペルマイスター職人として3年後を迎えて欲しい。

 今年のバイロイトは、もうひとつ「さまよえるオランダ人」。
この演出もテレビで観て、まったく好きになれず、歌手たちもうわべだけで終始した耳当たりのいい感じは、今年も同じ。
ただ、アクセル・コバーのきびきびした指揮はよかった。

 2016年のバイロイトは、「パルシファル」がネルソンスの指揮とフォークトのタイトルロールで、演出も、奇抜すぎる野郎が降りたので、きっと無難なスタート。
4年目の「リング」は、指揮がペトレンコに変わって、なんと、大御所、ヤノフスキ。
ついにバイロイト初登場となるヤノフスキの、ザッハリヒだけれど、詩情豊かな指揮が、アコーステックなあの劇場のサウンドで聴ける。
どうなるんだろ。
ウォータンが、3人の歌手に割り当てられたのは、カス演出の整合性のなさを逆手にとったゆえか。
 「トリスタン」では、P・ラングがイゾルデ!
実演で何度か接してますが、ブランゲーネからイゾルデに昇格です!
あとは、「オランダ人」の再演。
タイトルロールがルントグレンというスェーデンのバリトン。
ワルキューレのウォータンも担当しますが、たしか軽めのバリトンでアクも強かった印象がありますが、どうなるんでしょう。

 なんだかんだいって、文句もいいつつも、ネットでタダの音源を拝聴しつつ、大いに楽しむことのできるバイロイト音楽祭。
数年前には、暮れのNHKFMでしか、その音楽の全貌を確認できなかったのに、いまでは、リアルタイムにに聴いて、画像も確認できて、文句も言える世の中に。

これだけでも、感謝しなくてはなりませんね。

今年の夏も終わり、そしてまた、通常運転の月日が続くわけです。

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2015年8月 2日 (日)

ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 クレンペラー指揮

Sodegaura_1

どんよりと、雲が立ち込めた相模湾。

海は、晴れの日と、荒天の日では、その顔つきが全然違う。

北欧や北ヨーロッパの海、ことに冬の海は、きっともっと厳しく、こんなもんじゃないんだろうな。

日本海も北海道の海もしかり。

以前に、真冬で吹雪吹き荒れる根室の納沙布岬へ行ったことあるけど、道内の案内人がいたから行けたけど、途中、車がはまってしまい、地元の人から死にたいのかと怒られましたよ。。。

そして、海を呪って、死にたくても死ねない男の物語を。

Holander

  ワーグナー   さまよえるオランダ人

   オランダ人:テオ・アダム         ダーラント :マッティ・タルヴェラ
   エリック:ジェイムズ・キング        ゼンタ:アニヤ・シリヤ
   マリー:アンネリース・ブルマイスター  舵取り:ケネス・マクドナルド

    オットー・クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
                    BBCコーラス

                        (1968.3.19 @RFH ロンドン)


夏になると、ワーグナー熱が疼きます。

9,000キロ以上離れたドイツの聖地、バイロイト音楽祭が真夏のいま、真っ盛りだからなのです。
ネットが、いまのように興隆していなかった時代は、9月にならないと、現地の様子すら報じられなかったけれど、いまや、リアルタイムで、舞台の様子に加え、その音源すら耳にすることができる。

何度も書きますが、かつては、冬休みに、NHK様がFMで白昼から、その年のバイロイト音楽祭を全部、放送してまして、日曜の「オペラ・アワー」で開幕。
その後は、平日の昼の放送で、「パルシファル」だけは、翌年のイースターの時期の日曜の放送が、お決まりでしたね。

その後、年末の放送は、夜間に移動し、21時スタートとなりまして、「パルシファル」も含めた、年末夜の一挙放送になりました。
ですから、かねては、冬の方がワーグナー熱に取りつかれることが多かったです。

音質と安定性を考えれば、FM放送ということになるのでしょうが、リアルに聴けるネット放送もストリームも含め、高音質化していて、いまのワタクシには、夏のバイロイトがすぐさま聴ける「イマ」に方が、ワーグナーの熱中時期ということになりますね。

今年のバイロイトでも上演されている「さまよえるオランダ人」。

映像ですでに確認済みですが、あの演出は、どうにも好きじゃない。
北の海の厳しさや、港町の市井の人々の生活と、そこに起こった、伝説の具現化というロマンが、まったく活かされていなくて、陳腐な手漕ぎボートと、サラリーマン的な集団生活と姑息な街の人々、そして、ただひとり浮かび上がるゼンタの普通の人としての問題意識。
オランダ人なんて、存在そのものが希薄だったし、韓国人歌手のきれいごとだけの麗し歌唱も、深みがまったくなし。。。

あぁ、また叱られそうなこと書いちゃった。

今年の演奏は、まだ聴いてませんが、ティーレマンが指揮しても、浅薄な内容はとどめようがなかった。

で、今夜は、最近聴いた「オランダ人」のなかでも、強烈な印象と、「これだ!」と膝を打つことになった凄演を。

オットー・クレンペラーのEMIへのアビーロード・スタジオ録音(2月19日~3月14日)の直後に、ロイヤル・フェスティバル・ホールにて演奏されたライブ録音。
 何度も綿密な演奏を経て録音完成されたあとの、実演は、さぞや、きっと、演奏家たちの手の内におさめた、そして、客席を前にした興奮と充実の完成度の高さを刻んだものでしょう。
 聴いていて、その場に居合わせた観客のみなさんが、羨ましくてなりませんでした。
3幕版による演奏ながら、幕を重ねるごとに、その熱気が高まっていくのがわかります。
そして、何よりも、英国のオーケストラである、ニュー・フィルハーモニア管が、まるで、ドイツの楽団であるかのように、オペラのオーケストラであるかのように、咆哮し、迫力にあふれ、歌手や合唱たちとともに、感情移入し、歌いまくっていること。それが一番の驚きです。

筆厚の強さ、高さを、オペラティックな感情表現の機微を、クレンペラーの指揮に感じ、それがイギリスのオーケストラを、ドイツのオーケストラ以上の存在に変貌させてしまってます。
 ありきたりな表現ですが、ワーグナー音楽に必須の、ある種の「うねり」をここに、完全に感じます。
ベームや、カラヤンの明晰さとは、大きく異なりますが、楽譜を白日のもとにさらけ出したかのような、リアルさがここにはあって、そこから生まれるドラマのリアリティは、オケと優れた歌手たちを巻き込んで、ど迫力のオペラ再現となっているのでした。

スタジオ録音では、エリックが、ショルティのリングで、もしかしたらジークフリートを歌ったかもしれない、コツーブ。
舵手が、ウンガーでした。
 こちらのライブでは、エリックは、なんと、ジェイムズ・キングで、舵手は英人のマクドナルドに変わってます。
ヘルデンが、エリックを歌うと、こうなる。
ヒロイックで、愛する人を必死に踏みとどまらせようとする夢中さが、強引さとなって逆手に出てくる。
そんな、エリックの役柄を、完璧に感じさせます。
ヴィントガッセンも、コロも、ホフマンも、エリックを歌うと、そんな風だった。
まるで、ジークムントのような、キングのエリックに痺れました!

アダムのオランダ人は、アクのある声はともかくとして、ドイツ語の美しさと、感情表現の豊かさでもって、昨今のバイロイトのオランダ人が、素人のように感じさせる本質的な歌唱です。
最新のオランダ人の録音のひとつ、ミンコフスキ盤を聴いてますが、オケはともかく、歌唱が、軽過ぎて、かねての歴史的な歌声を聴いてしまうと、虚しくなります。
昨今の歌手たちは、声だけで勝負でなく、ビジュアルや、詳細までも見られてしまう映像の世界に生きているものだから、声以外での演技にも注力せねばならず、ほんとに大変だなと思うのですが、声の表現力の軽重は、ますます、かねてと開きが生まれております。

アニア・シリアの迫真の歌唱もも素晴らしくって、61年のサヴァリッシュ盤の初々しさと違って、憑かれたようなエネルギーすら感じる、すさまじいものでした。

わたくしの持つ音源は、モノラルですが、BBC音源を復刻させたテスタメント盤は、ステレオ録音らしいですよ。
そちらも、聴いてみたいですが、この盤も、音は鮮明で、迫力満点。

演奏も録音も、すべてが克明な、クレンペラーのオランダ人でした。

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2015年7月24日 (金)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死 ティーレマン指揮

Shiba_a

連日、暑い日が続き、その合間に台風の影響もあってか、驟雨にみまわれる首都圏。

風が強くて、雲も勢いよく流れます。

夕方には、ドラマティックな夕焼けの光景が展開されます。

そんな日に、ビルの屋上で東京タワーと一緒の夕焼け風景を撮ることができました。

Thielemann_wagner

  ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

    クリスティアン・ティーレマン指揮 フィラデルフィア管弦楽団

              (1997.4 @コーリングスウッド、ニュージャージー州)

                         ウィーン国立歌劇場

           イゾルデ:デボラ・ヴォイト

              (2003.5 @ウィーン国立歌劇場ライブ)


今年も、始まりますよ、バイロイト音楽祭。

ここのところ、画像だけで、けちょんけちょんにして、がっかりしているものだから、中学時代からの積年の夢であります、聖地訪問の志しは、年々、衰えている最中であります。
 ドイツの劇場は、意外と画像の放出に寛大なものだから、先に、画像ニュースが飛び込んできて、映像作品として味わうよりも前に、だいたいのところが想像できて、辛口の言葉を紡いでしまうのです。
 個人のつぶやきですので、そのあたりは、今年も、寛大なお心をお持ちになって、どうかお許しください。

 今年のバイロイトの演目 7月25日が初日。

「トリスタンとイゾルデ」 新演出 カタリーナ・ワーグナー ティーレマン指揮

   S・グールド、ヘルリツィウス、ツェッペンフェルト、ペーテルソン、C・マイヤー

「ローエングリン」    ノイエンフェルス演出  アラン・アルティノグリュ指揮

   フォークト、ダッシュ、ラシライネン、P・ラング

「さまよえるオランダ人」  グローガー演出   アクセル・コバー指揮

   サミュエルとクワンチュルのユン韓国コンビ、メルベート、ムツェーク

「ニーベルンクの指環」   カストルフ演出   キリル・ペトレンコ指揮

   コッホ、ドーメン、マーンケ、ボータ、カンペ、フォスター、フィンケ、コンラッド
   ブルメイスター、ミリング・・・・

以上のリング+3演目。

パルシファルは、今年もお休みで、来年、恐怖の奇抜演出家による新演出(笑)で、そちらの指揮は、ネルソンス。

異母姉妹のエヴァが共同監督から降りる前の、妹、カタリーナの新演出による「トリスタン」。
バイロイトでの演出は、マイスタージンガーに続いて2作目で、相棒は、いまのバイロイトの音楽監督とも呼ぶべきティーレマン。

待望の新演出ですが、大植英次がプリミエを指揮したマルターラーの長く続いた演出以来、10年ぶりの新トリスタンです。
 当初、イゾルデは、アニヤ・カンペが予定されましたが、ジークリンデ役で、ずっとバイロイトで高評価を得ていた彼女は、イゾルデへの挑戦を断念し、降りてしまいました。
変わりに、といっては失礼なくらいに、きっと立派なイゾルデを演じ歌うでありましょう、ヘルリツィウスに、今回も、きっと救われることとなるでしょう。
 トリスタンは、お馴染みのグールド。
新国でも、熱き名唱は、忘れえぬものですからして、他の諸役も充実の顔ぶれだし、ティーレマンだから、音楽面での成功は約束されたようなものです。
 カタリーナの、思いつきではない、シンプルな演出を期待したいです!

ずっと続いたノイエンフェルスによる、ねずみローエングリンは、ヘンテコなキモイ演出の「タンホイザー」が打ち切りになったため、延長。
ゆえに、指揮は、ネルソンスに変わって、フランスのオペラ指揮者、今後、大注目のアルティノグリュ。
なにげに、おなじみ、ラシライネンが初テルラムント。

へっぽこ演出ゆえか、降りたタンホイザーのヘンゲルブロック、そのあとを指揮したアクセル・コバーが、今度は、ティーレマンに変わって「オランダ人」。
実務的な指揮ながら、ドイツのオペラハウス叩きあげの典型のような、いわば、シュタイン的な存在のひとに思います。
おそらく、最後の出し物になって欲しい、その扇風機工場オランダ人は、韓国系歌手ふたりが主役級。

そして、「リング」は、ペトレンコ。

このバイロイトで、ベルリンフィルの指揮者を期せずして争うこととなった、ティーレマンとペトレンコが、同じ時期に、その指揮台に立ちます!

今年の、バイロイトの最大のトピックは、申し訳ないけど、カタリーナのトリスタン演出じゃなくて、今後の指揮界をしょってたつ、ティーレマンとペトレンコのふたりが、聴けるという点にあるのではないでしょうか!

ちなみに、ペトレンコのリングの指揮は、今年まで。
後は、降りてしまいましたが、アルティノグリュか、コバー、もしかしたら、P・シュナイダーの復活も・・・・、そんな風なことを思いめぐらすのも、ワーグナー好きの楽しみです。

 さてさて、今年の新演出の「トリスタン」。
ティーレマンは、DGとの録音の早い時期にフィラデルフィアと管弦楽曲として。
その後に、ウィーン国立歌劇場でのライブを、それぞれ、録音しました。

フィラ管とのコンビは、いまや貴重な組み合わせですが、長く、サヴァリッシュが指揮し、そして愛された土壌を、このドイツ的な重厚でありつつ、音色の豊かな演奏に感じます。
念入りに、じっくりと、タメもたっぷりに演奏された、この「前奏曲と愛の死」は、演奏時間19分40秒。
あらためて、スコアを見ながら聴いてみましたが、一音一音、ほんとにたっぷり弾かせているし、休止も完全にしっかり取ってる。
流れに任せたようなところは一切なく、ティーレマンの思う通りの完璧な音符の再現をなした演奏です。
 そこには、トリスタンの持つ、情念やうねりは、逆に感じることがないのも事実。
面白いものですね。
コンサートオーケストラを指揮したゆえかもしれません。
ただ、これを、ワーグナーのオーケストラ曲として、単品で楽しみならば、完璧な演奏です。
 

Thielemann

一方、6年後の、ウィーンでの劇場ライブで、この「前奏曲と愛の死」だけをチョイスしてみると、その演奏時間は、18分42秒。
ほぼ1分、早くなってます。
オペラのオーケストラとしてのウィーンフィルとともに、ピットに入ったティーレマンの指揮には、ライブ感にあふれた自在さを感じ、ドラマの起承転結の、最初と最後を切り取ったかのような思いをいだきます。
前奏曲では、焦燥感を描きつつも、まだ燃焼不足ですが、愛の死では、大きな物語を集結させる大河の流れのような安堵感と集結感があります。
 これぞ、オペラ指揮者ティーレマンの本領なのでしょう。
このように、切り取って聴くべきじゃない、全曲録音と、最初から20分のドラマに集約しようとした管弦楽曲録音との違いをまざまざと感じました。

違ってあたりまえですが、その点、カラヤンは、スタジオ録音では、どちらも均一だったように思います。
でも、ライブでは凄かった!

 さて、明日開幕の、バイロイト・トリスタンの画像をドイツ紙から拝借。
ブルーな感じですな・・・

Tristan2015

3幕の牧童とクルヴェナールでしょうかね・・・・・

 過去記事

「トリスタンとイゾルデ」 ティーレマン&ウィーン国立歌劇場

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2014年12月29日 (月)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 ヤノフスキ指揮

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 六本木ヒルズ空中庭園より。

事務所から歩いて25分ぐらい。

いまは、冬のイルミネーション撮影ぐらいにしか来なくなりましたが、必ず、この場所で1枚。

背の高い赤いバラのモニュメントに、あずまや越しの東京タワー、そして、おぼろな月。

冬の澄んだ空ですが、カメラの精度上、こんな感じです。

 庭園にある、このような、あずまやは、ヨーロッパのよき時代の、逢瀬・密会の場所みたいな感じに思えます。

目立ちすぎで、まるわかりなんですが、よく映画や演劇では登場しますな。

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上階から下へ降りると、毛利庭園があります。

いまから360年ほど遡った徳川将軍3~4代ぐらいの時代に、この地に屋敷を構えたのが、毛利家。
元禄期には、赤穂浪士が本懐を遂げたあと、分割されて切腹までの期間、お預けになった場所です。

いまは、テレビ朝日の所有する敷地となっております・・・・・。

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この庭園のイルミネーションも、毎年、いろんなオマージュが飾られ、趣向がこらされてますが、この冬は、ハートです。

けやき坂のイルミにも、赤い隠れハートがありました。

「幻想」と「愛」。

そんなテーマの音楽といえば、たくさんありますが、無理やりこじつけて、「トリスタン」。

 もう何度聴いてきたことでしょう。

でも全曲聴くのは10カ月ぶりです。

そして、この楽劇の成り立ちや、内容、自分との出会い、思いなど、もうさんざんっぱら書いてきましたので、もう書くことありません。

「トリスタン」の記事だけで、これまで22本。
それ以外にも、管弦楽曲としても、いくつか扱っているはず。
ワーグナー記事にすると、数えてないけど、きっと300本は書いてると思います。
ばかですよね。

「トリスタン」の舞台体験は、9回。
残りの人生、あと、何回、舞台を見る事ができるでしょうか。
ワーグナーの後期作品は、とりわけ、そんな焦燥を思うようになる年代ともなりましたね。
若いころには、思いもしなかったことです。。

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  ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」

 トリスタン:ステファン・グールド   イゾルデ:ニナ・シュテンメ
 マルケ王:クワンチュル・ユン    ブランゲーネ:ミシェル・ブリート
 クルヴェナール:ヨハン・ロイター  メロート:サイモン・パウリー
 牧童:クレメンス・ビーバー      舵取り:アルトゥ・カタヤ
 若い水夫:ティモシー・ファロン

  マレク・ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団
                 ベルリン放送合唱団
                 合唱指揮:エバーハルト・フリードリヒ

                 (2012.3.27@ベルリン・フィルハーモニー)


今回の「トリスタン」は、目下のところの最新音源であります、ヤノフスキのベルリンライブで。
2013年のワーグナー・イヤーを目指して、オランダ人以降の主要作品すべてを、ベルリンでコンサート形式で演奏し、ライブ録音を遂げたヤノフスキと手兵のベルリン放送響ですが、全10作〈リング1なら7)すべての精度が均一に高くて、なによりも、録音が素晴らしくよくて、解像度抜群。

ワーグナー作品の場合、ことに後期のものほど、録音がよろしくないといけませんが、このシリーズにおいては、オーケストラの細部にわたるまで、すべての音が実によく聴こえ、よくブレンドし、微細な部分も、まるで、虫めがねで音のひとつひとつを眺めることができるような気がします。

もちろん、古い歴史的な録音や、これまで、ずっと聴いているステレオ録音も含む音盤たちも、わたくしには大切なものばかりですが、このヤノフスキのシリーズは、一皮むけてしまったかのような、ワーグナーの音楽の「輝き」を感じるのです。

賛否はともあれ、ワーグナー演奏という歴史のなかで、いまわれわれがたどり着いた、再現という意味での、ひとつの到達点ではないかと思われます。

まだこのシリーズは半分しか聴いてはおりませんが、そんな印象を聴き進むにしたがって持ってまいりました。
それは、一部、録音のすごさも手伝ってのことではありますし、最良のものは、舞台での経験であることはいうまでもありませんが、こちらの意にそぐわない演出を見せられるよりは、音だけでワーグナーのすごさを楽しむ方がいい場合がありますしね。

 すべて賛辞で言葉を尽くすわけにもいけませんが、この「ヤノフスキのトリスタン」についての印象を。

・緻密な瑕疵のない完璧なオーケストラ演奏。

・旧東ドイツの克明だが地味なオケだった、旧ベルリン放送管をさらに磨きあげて、機能性も高め、新しいドイツ的なオーケストラに育てあげたが、まさに、その実力が隅々までわかる。

・ワーグナー演奏のツボをすべてわきまえたヤノフスキの指揮に、可不足はなく、決めて欲しいところは、すべてそうなるし、全体の流れと、個々の場面の展開に祖語がなく、緊張感を保ちつつ、集中力の高い演奏を聴かせる。

・ただ、ときに、感興に乗り過ぎて、たたみかける場面もあり、ライブ感もあって、それは実に効果的だけれど、少しいきすぎかも。
インテンポにすぎる場合もちょっとあり、「トリスタン」の場合には、もう少しのしなやかさと、歌が欲しいかもしれない。
そう、アバドが聴かせてくれたようなクリスタルな精緻さとともに。

・シュティンメのイゾルデは、トリスタン役が?だったパッパーノ盤に続いて2つめ。
バイロイトの放送でも、何度か聴いてる。
全部聴いてるけど、今回が一番。
北欧系のドラマティックソプラノの先達は、錚々たる顔ぶれがいるけど、共通のクリアボイスであるところは、同じくして、高音・強音での絶叫感はなく、暖かみのある声はとても魅力的であります。
いま、最高の、イゾルデだと思います。そして、マルシャリンも素敵に歌える彼女です。

・新国の舞台でも接することができたグールドもいい。
大男だけど、その歌い声は、硬軟巧みな柔軟なヘルデン。
一本調子が多い、昨今のトリスタンに、ユニークな解釈が、今後生まれるかもしれない。
最近の成功作の、ディーン・スミスに次ぐ正解。

・ブリートのブランゲーネと、ロイターのクルヴェナール。
ふたりとも、いま、バイロイトをはじめ、各劇場で出演頻度の高い歌手たちで、その歌唱は新鮮で、初々しさとともに、極度な役柄へののめり込みのない、清潔な歌唱は、今風だと思いました。

・クワンチュル・ユンのマルケは、美声でかつ、その滑らかな歌い口は、耳に心地よく、歌を聴くという行為での、最高の快感を呼び覚まします。
でも、それ以上でなく、マルケの単純だけど、複雑さや、許しと嫉妬の二重性が、まったく感じられない。
でも、歌の精度、音としてのありかたは、よいのでしょう。

・歌を楽器のように捉えてしまう機能的な歌手が多くなってきたと思う。
この音盤のなかにも、何人かいると聴きました。

・カラヤンは、自身の嗜好にあう歌手たちを集めて、オーケストラともども、歌手たちをも同じ一列で扱い、指揮者の強烈な個性のもとに、オペラを作成した。
「カラヤンのトリスタン」であり、歌手名が先行する「トリスタン」や、ほかの諸オペラではなかった。
 ヤノフスキのトリスタンは、「ワーグナー・チクルスを全部やったヤノフスキのトリスタンで、かつ、シュティンメとグールドのトリスタン」と呼ぶことができるかもしれません。

 いろいろ思うこともあり、勝手なこと言ったけれど、やはり、「トリスタンとイゾルデ」は、ワーグナーの偉大な作品であり、あとにも、さきにも、こんなに個性的な音楽劇はないと、毎度ながら、確信する次第です。

 なんだか、とりとめのない記事となりましたが、「ヤノフスキのワーグナー」、録音とともに、絶対的とは呼べませんが、現在のスタンダードといえるかもしれません。

Hills_5

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2014年12月 2日 (火)

グィネス・ジョーンズ オペラ・リサイタル

Ebisu_1

12月になりました。

街は、集中しすぎの感はありますが、都会を中心に明るく着飾っております。

そして、昭和はますます遠ざかる思いをいだかせる著名人たちの訃報。
一方で、選挙も始まり、かまびすしく、流行語大賞も、レコードアカデミー賞もはやくも決まり、なんだかんだで、慌ただしいのであります。

そんななかで、暗くなると、そわそわしてきて、街を徘徊するオジサンひとり。

そうです、ワタクシ、イルミネーション大好きおじさんです。
そんなルミ男がワクワクしながら訪れたのは、恵比寿のガーデンプレイス。

ここは素晴らしい。

いまのところ、今年のイルミ大賞候補ですわ。

バカラのシャンデリアをいくつか組み合わせた、超ゴージャスなもの。
そして、ここへのアプローチは、イルミ並木に、ツリーが。

Gwyneth_jones

 グィネス・ジョーンズ オペラティック・リサイタル

   ベートーヴェン 「フィデリオ」

      〃      コンサート・アリア「ああ、不実な人よ」

    ケルビーニ   「メディア」

   ワーグナー   「さまよえるオランダ人」

    ヴェルディ    「イル・トロヴァトーレ」

      〃     「運命の力」

      ソプラノ:デイム・グィネス・ジョーンズ

    アルジョ・クアドリ 指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団

                       (1966.11@ウィーン)


ウェールズ生まれの名歌手、グィネス・ジョーンズ、30歳のときの録音。

一般に、ギネス・ジョーンズと呼んでますが、Gwyneth Jonesなので、グゥィネスとか読んだ方が正しい。
ビールのギネスは、Guinnessで、こちらも微妙。
ジョーンズさん本人も、若い頃は、ギネスと呼ばれるので、その都度、「グゥイネス」と、正していたそうな。

70~80年代を代表するワーグナー歌手で、そのレパートリーは、ワーグナーにとどまらず広大で、R・シュトラウス、ヴェルディ、プッチーニまで。
そう、ビルギット・ニルソンに近い存在です。

でも、デイム・グィネスのその声は、人によっては賛否両論。
高音が強いので、耳にきつく響きます。
そのあたりが時として、声の威力に頼って、大味な印象にも結び付くからでしょうね。

しかし、わたくしは、昔から好きですよ彼女の声。

なんどか書いてますが、そのキンキンの高音と裏腹に、彼女の低音のグローリアスなまでの美しさは、極めて魅力的なんです。
だから、声のレンジが広い役柄が、もっとも素敵。
ブリュンヒルデ、ゼンタ、クンドリー、マルシャリン、バラクの妻、エジプトのヘレナ、トゥーランドットなどです。

わたくしは、彼女のイゾルデ、バラクの妻で、その舞台に接してますが、圧倒的なその声は、豊かな声量もさることながら、細やかでかつ体当たり的な迫真の演技とともに、いまでも忘れえぬ経験として、この身に刻まれております。
さすがは演劇の国、彼女の演技がまた素晴らしいのでした。
いくつも残された、DVDでそのあたりは確認できると思います。

そんな充実期の体験なのですが、この音盤は、まだ彼女が売りだしの頃で、コヴェントガーデンを中心に活躍し、ウィーンやベルリンでも歌いはじめたころ。
またバイロイトへの登場も、この年で、いきなりジークリンデでデビューしてます。
 ちなみに、翌67年には、NHKのイタリア・オペラ団の一員として来日して、「ドン・カルロ」でもって、日本デビューしてます。

 輝き始めのこちらの、彼女の声は、その魅惑の中低音域は、この頃からその片鱗がうかがえます。
静かな場面での、その歌声は、やはり、とても素敵なものでした。
しかし、強い箇所では、その強音が絶叫のように感じられ、まだそのあまりある声とパワーをコントロールできていないように感じます。
でも、30歳のビンビンの声は、それはそれで魅力で、ピチピチしてますよ。
ことに、ヴェルディがことのほか素晴らしかったです。
それと歌いなれた、フィデリオの迫真性と優しさ。
ゼンタのいっちゃってる感も素敵。

 それとこの音盤の魅力は、ウィーンのオケと、それを指揮する懐かしい名前、クアドリさん。
日本によくオペラを振りに来てましたね。
東京フィルにも再三登場。
雰囲気豊かなオーケストラは、やはり、オケピットの響きがしますし、この頃のデッカの強力録音陣は、豪華な音がします。
そう、エリック・スミスとゴードン・パリーの名前がクレジットされてますよ。
ショルティのリングの頃ですからね。

Meist8

         (バイロイトでのエヴァ:1968)

デイム・グィネス・ジョーンズの声に、若い力をいただいたような思いです。
78歳を迎える彼女、いつまでも元気でいて欲しいです!

最後に、ゴージャス恵比寿を1枚。

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