カテゴリー「ワーグナー」の記事

2017年8月15日 (火)

ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 バイロイト2017

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7月25日より、今年もバイロイト音楽祭、始まっております。

グーグルで、バイエルン州のバイロイトの周辺をいろいろ俯瞰してみましたよ。

バイロイトは、地図で見ると、ニュルンベルクやバンベルクに近く(それでもそこそこ距離ありそう)、チェコとの国境も近い。

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こんな位置関係を頭に置きながらバイロイトからの演奏を聴くのもまた一興。

人口約7万人の町の北方面にあるのが、ワーグナーが辺境伯劇場に目をつけてから、自分の作品専用の劇場を築くにいたったバイロイト祝祭劇場。

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劇場の周辺の通りは、ご覧のとおり、ワーグナー作品の登場人物たちの名前で埋め尽くされてる。

トリスタン通りとか、ウォータン通りとかね!もうたまらんです。

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   ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

    ザックス:・ミヒャエルフォレ         
    ポーグナー:ギュンター・グロイスベック

    フォゲルゲザンク:タンセル・アクツィベク 
    ナハティガル:アルミン・コラチェク

    ベックメッサー:ヨハンニス・マルティン・クレンツィル 
    コートナー:ダニエル・シュムッツハルト
 
    ツォルン:パウル・カウフマン  
    アイスリンガー:クリストファー・カプラン

    モーザー:ステファン・ヘイバッハ   
    オルテル:ライムント・ノルテ

    シュヴァルツ:アンドレアス・ヘール    
    フォルツ:ティモ・リッホネン

    ヴァルター:クラウス・フローリアン・フォークト  
    ダーヴィット:ダニエル・ベーレ

    エヴァ:アンネ・シュヴァンネウィルムス   
     マグダレーネ:ヴィーケ・レームクル

    夜警:ゲオルク・ゼッペンフェルト

   フィリップ・ジョルダン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                     バイロイト祝祭合唱団
                                            エーベルハルトト・フリードリヒ:合唱指揮

                演出:バリー・コスキー

                  (2017.7.25 @バイロイト祝祭劇場)

2017年のバイロイトは、マイスタージンガーがプリミエ。

演出は、オーストラリア出身のバリー・コスキーで、現在、ホモキのあとを継いでベルリン・コミュッシュ・オーパーの芸術監督。
楽しそうな「魔笛」は、どんな演出をする方だろうと、コスキーの名前が発表されたときから、ダイジェストを見ていたが、ベルリンの舞台のトレイラーをいくつかをこの際いくつも確認して、ともかく普通のことはしない、情報過多の舞台に目が回る思いだった。

ともかく細かくて、舞台の人々が主人公以外にも、いろんな動きをしていて、目が離せない。ダンス的な面白い動きを、それこそ音楽に合わせて登場人物たちに取らせるところも、ユニークだ。

オーストラリア出身ではあるが、ネットで調べたら、ヨーロッパのユダヤ系の出自で、同性愛者でもあるという。

まず、バイエルン放送のネット配信を録音し、音楽だけ一度聴いた。

 パルシファルを1年だけ指揮したジョルダンの指揮、前奏曲から明るく軽めの歩調。
やや前のめりになりがちの始めのほうだったけど、だんだんと調子をあげて、豊かな音楽を紡ぎだすようになったのは、さすがジョルダン。
 しかし、なんか変。
そう、パウゼ、間がそこここにあるのである。
ティーレマンと対局にある音楽造りだが、そのティーレマンが当初多用したパウゼともまた違う。

あと、多彩な顔触れの歌手たち、聴いていて、みんなとても上手いし、完璧な歌唱。
そして、誰も、軽妙な歌い口を感じるし、重厚な歌声はどこか排除されているようにも感じた。

BR放送では、動画ストリーミング配信をしているが、日本では観る事ができない。
しかし、探しまくったら、ネット上で、なかなかの高画質で全曲を楽しむことができた。
昔では、冬まで正規音源は待たねばならなかったのに、ほんとに隔世の感ありです。

で、全幕観劇しました。

まったく予想外の舞台に驚きと笑い。

そして、音楽だけ聴いていて、ちょっと気づいた点が、舞台を観て納得。
そう、パウゼの多用は舞台の必然からだし、歌手たちの軽さは、よりいっそうデフォルメ化された動作によって理解できた。

ニュルンベルクのないマイスタージンガーは、今年生誕100年のヴィーラント・ワーグナーの斬新な演出に始まったわけだが、コスキーもニュルンベルクの伝統的な教会や丘はなし。
あったのは、なんとニュルンベルク裁判の法廷だ。
連合軍のMPまでそこには詰めている按配。

この舞台を、最初から事細かに書き始めると、まったくもってキリがないから、おもしろ部分だけチョイスして残しておきます。

画像はいずれも、BR放送局のサイトから拝借しております。
毎年、いち早く、バイロイトの様子をお伝えいただき、感謝に堪えません。

Ich borgte das Bild von der Stelle vom BR, die Station ausstrahlt.

Ich lasse dich sofort einen Staat von Bayreuth vermitteln und danke dir jedes Jahr sehr.

コジマの日記から、ヴァンフリート荘1875年8月13日の出来事が忠実に再現。
前奏曲からもうそれは始まっていて、これじゃぁ、壮麗な前奏曲の演奏なんて、できっこないわな、と思った。

Levilistziwagner  

日記記載のとおりに、ヘルマン・レヴィ、フランツ・リストが訪ねてくる。
ザックスは、最初から3幕の最後まで、ずっと登場しっぱなしで、ワーグナーそのもの。

Bayreutherfestspielediemeistersinge

さらに、ワルターもワーグナーだし、エヴァは、まるきりコジマ。
ダーヴィットもワーグナーで、ピアノのなかから、ミニワーグナーがたくさん出てきて、レヴィやリストの膝のうえに乗っちゃったりしてる。
 親方たちは、なんとピアノのなかから続々と登場。
レヴィは、ベックメッサーに変身し、リストはポーグナーに成り変わる。
音源では、チーン、チーンという音が何だろうと、気になっていたが、それは、親方たちが点呼に応じて、手持ちのティーカップをお互いに乾杯しあってのものだった。
親方たちは、まるで中世の絵画から抜け出してきたようななりをしていて、一番片隅では、ベックメッサーがユダヤ人的な雰囲気の衣装で、ミルクを飲み、種なしパンのサンドを頬張っている。

 ワーグナーやコジマの自画像で囲んだコーナーに隠れ、裁判官の持つ小槌(ガベル)を額縁に叩きつけるベックメッサー。その後ろで、ワルターは、ピアノの上に立ち、資格を問われた歌を披露するが、親方たちは、ばかみたいに首をふったりしているし、ワルターの歌に興奮と動揺を隠せない。なかには、ワルターに惚れてしまったオネエ系の親方がいて笑える。
そんななか、ザックスとポーグナーは喜びを隠せない。

1870年11月27日、月のようにしつらえられ満月のように光る時計は、9:30。
ワーグナーとコジマが芝生で、ピクニック。
そこへレヴィが出てくるが、リュートを渡され追い出される。
ワーグナーはザックスにかわり、コジマ(エヴァ)は、リスト(ポーグナー)に家に戻される。
ザックスの感動的なモノローグのあと、エヴァがワルターのことを探りにくるが、見た目、まるでコジマ。
 ワルターとエヴァとの逢瀬と、親方たちへの怒りの場面では、フォークトはバリトンの声を響かせ驚かせ、さらにいろんな楽器を吹き鳴らしながら背景に人々があらわれ、ワーグナー批判をデフォルメしてみせる。
 パウゼや歌い崩しの加減は、この場面や、続くザックスとベックメッサーの掛け合いの無類の面白さの背景にある。
演出に合わせ、音楽を一体化させている。
 舞台は喧騒に陥り、人々が出てきて、時計は逆回りに。
芝生は片づけられ、連合軍MPがワーグナー像を持ってくる。
ワーグナー批判のベックメッサーは、ダーヴィットを中心にして痛めつけられ、リュートも壊され、ワーグナーの肖像ではがいじめにされる。

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そして、ハンスリックか?いや、ワーグナーか、のデフォルメされたかぶり物を被せられ、ユーモラスなダンスを。でかい、同じ顔の風船がふくらみ、そしてまた徐々にしぼんで行くが、ベックメッサーの頭のてっぺんと、風船のてっぺんには、ユダヤ民族の象徴たる、ダビデの星の印が見てとれる。
のちのパルシファル初演者レヴィもワーグナーが作り出したこと、ユダヤとワーグナーの切ってもきれないことを例えたのだろうか。れそともワーグナーが、ベックメッサーに例えた批判の最先鋒ハンスリックの萎む姿だったのだろうか・・・・・

前奏曲が始まる前、舞台にはテロップで、1945年1月4日、ロイヤルエアフォースとか、メッサーシュミットとか、ドイツ青年とか、暗号「奇妙な音楽」(たぶんドイツ軍の機銃掃射?)とか、単語しか抽出できない自分には、こんなものしか判明しないドイツ語の文章が流れた。。。。。ちゃんとした識者の解説を待ちたい。

幕が開くと、舞台は裁判所のようである。

3幕の深々とした前奏曲の間中、ザックスは、ずっともの想いに沈んでいて、その前にはワイングラスに赤ワインに、籠のなかには食事が。
モノローグのあと、ダーヴィットが出て、戸書きでは、聖書を思いきり閉じてびっくりするのであるが、ザックスは、テーブルのものを思い切り弾き飛ばすというちゃぶ台返しをする。

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ちなみに「聖ヨハネの日」は、6月24日。
ニュルンベルク裁判は、1945.11.20~1946.10.1

ワルターが起きてきて、ザックスと曲作りでは、まっとうな運びだけれど、やはり大きな休止がからむし、ふたりは顔近すぎだし、表情がとても豊かで、ワルターの曲がどんどん進化してゆく様子が映像ではよくわかる仕組みだ。
ザックスは、ものすごい勢いで詞を書きとめるんだ。
 次は、ベックメッサーのお忍び。舞台の奥には、米英仏ソの連合国の旗。
怪我を負ったベックメッサーは音楽に合わせ踊るが、証言台で、ミニユダヤ人たちに取り囲まれ、まるでダメじゃないかと、非難される様子。
 あとはザックスとの滑稽なやりとり。このふたりは、名優だ。

エヴァ登場し、ザックスへの感謝も件の証言台で。
トリスタンからメルケへと、音楽も、心情の演出描写もなかなか。
麗しい五重唱も、5人の配置がよろしく、フレンドリーな雰囲気もいい。

場面転換の場では紗幕が降りて、またメッセージ。
今度は、ザックスの劇中の台詞で、ベックメッサーが失敗した歌の責任を訴えられ、自らの証言者を紹介するところ。

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さぁ、祭りの場面だが、裁判所で行われ、空は見えない。MP立ってる。
群衆が思いきりストップモーションをかける。時計は思い切り逆流。ジャンプ激しい。
もうむちゃくちゃ。
ダーヴィットのワーグナーが、コジマの肖像の前で踊り、ミニワーグナーが出てきて、コジマに敬意を表する・・・子供たちか。(ジークフリートとふたりの孫かな)
音源のときは、意味不明だったぶつ切れの拍手は、親方たちの入城ごとに起きるものだった。だが可愛そうなことに、ベックメッサーのときは拍手なし。。。

まるきりワーグナーのザックス登場で、逆流時計は11:40で止まり、ザックス=ワーグナーは称賛を受けまくる。
 ガラスに映る無機質な蛍光灯、黒電話、マイク・・・みんな裁判所の再現

小槌の一打で、一同飛びはね、ベックメッサーは、連合国風の女性の奏でるハープにのって、証言台で荒唐無稽に歌う。
親方たちは、ヘッドホンで不怪訝そうに怪しみながら聴く。
やがて、ぐちゃぐちゃになってしまい、みんななにもかも、ザックスのせいとしたあげく、つまみだされてドアをビシャっと閉められちゃった。

証言台で責められるザックスにかわり、証言台の下から上がってきたのは、これまた完璧なワーグナと化したワルター。喜ぶ親方たちと、ことにオネエ親方。
ワルターの歌唱は、親方、群衆を異様なまでに魅惑しつくし、大いなる称賛を得る。
 連合国の旗は折れるようにして消え、ザックスの差配はこれでよかったですか?となる。

ワルターが親方を否定したあとは、全員があっという間に舞台から消え、時計も暗くなり、ザックスひとりが証言台に立ちつくす。
「親方たちをさげすんではならぬ・・・」感動のザックスの最後の証言は、最初はやたらと説明的に、どうしようもなかったんです的な必死の訴えかけに見えるし、ともかくフォレの歌と共に、やたらと説明的。

Diemeistersingervonnuernbergbayre_3  

そして、舞台奥から、オーケストラと合唱がせり出てくる。
よくみると、エヴァ=コジマも片隅に座っている。
ザックス=ワーグナーは、観客に思いきり背を向け、渾身の指揮で、オケと合唱を導き
、最後は大きく手を広げて幕となる。

                   

メモを取りながら見ていたけれど、途中から力が入って、すいません長文となってしまった。
不愉快に思われましたら、読まないでくださいまし。

しかし、どうでしょう、コスキーの「ワーグナーだらけのマイスタージンガー」。
反ユダヤのワーグナーが、その音楽で人々を魅了し、戦時にはプロパガンダにも利用され、ワーグナー一族もその波をうまく乗りこなした。

ユダヤ系たるコスキーの見た、「ワーグナーの夢と、自己弁護」って感じかな。

識者の見解を読んでみたいものです。

このコスキー演出に、歌手も指揮者も完全によりそい、音だけでは誤解を生みかねない、CDになりにくい上演となった。

指揮者ジョルダンに、一部ブーが飛んだのもそんなことだろう。
コスキーにも盛大なブーが飛んでいたが、歌手で唯一ブーされた、シュヴァンネウィリムズはちょっと気の毒だった。
彼女の声はエヴァ向きじゃないし、コジマの見た目もトウがたっていて、あんまり若々しい歌を聴かせることができなかったのでは、と。

技巧を駆使し、自在な歌い回しを見せたフォレのザックスは、それこそ音源だけでは、歌い崩し的に聴こえてしまうかも。
しかし映像で見て、その細やかな表情をともなった演技に付随した歌と見ると、それは称賛に値するし、昨今の映像化を想定した演出優位の舞台では、こういった巧みな歌唱が主流となっているのだろう。
 そういう意味で、完璧で火の打ちようのなかったフォークトのワルター。
あと、びっくりするほど歌も演技も面白かったクレンツィルのベックメッサーが最高!
カーテンコールでは、ザックスに次ぐ2番手でした。

あ~、面白かった。
賛否両論のコスキー・マイスタージンガー、年を追って定着することでしょう。
あと、ジョルダンの指揮も、もっとよくなると。

今年のバイロイトは、あと、「リング」「トリスタン」「パルシファル」でした。
いずれもこれからゆっくり楽しみます。

そして、来年、2018年は、「ローエングリン」が新演出。
ロサンゼルスオペラのユーヴァル・シャローンの演出、ティーレマンの指揮に、なんと、アラーニャのタイトルロールに、ハルテロスのエルザ、マイアーのオルトルート。
「マイスタージンガー」「トリスタン」「オランダ人(再演)」、そしてなんと、「ワルキューレ」のみの上演で、指揮は、ドミンゴ!

まだまだ、世界は、バイロイト、そしてワーグナーに呪縛されっぱなしだ。
あっ、なんたって、自分も!

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2017年7月 8日 (土)

ワーグナー 「ローエングリン」 ベーム指揮

Kanda

1874年創建、1928年再建の神田教会。

ロマネスク様式の壮麗なる堂内は、東京の喧騒のなかにいることを忘れさせてしまうほどに、静謐な雰囲気。

そして、こうした教会の神聖なるイメージと、その舞台が結びついてるワーグナー作品はというと、「ローエングリン」と「パルジファル」、あと、市民が主役の市井の楽劇「マイスタージンガー」でしょうか。

タイトルロールが、親子で、聖杯守護の騎士であることでの「ローエングリン」と「パルジファル」。
パルジファルでは、聖体拝領の儀が堂内で行われ、まさに堂内が現場となるが、ローエングリンでは、2幕での教会の外側での出来事が描かれる。
教会に向かう幸せな二人に、ちょっかいをかける闇の側の住人。
オルトルートは異教徒だから、教会には入れません。

ということで、「ローエングリン」を。

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 ワーグナー 「ローエングリン」

   ハインリヒ:マルティ・タルヴェラ   ローエングリン:ジェス・トーマス
   エルザ   :クレア・ワトソン       テルラムント :ワルター・ベリー
   オルトルート:クリスタ・ルートヴィヒ 伝令士 :エーベルハルト・ヴェヒター 
   4人の貴族:クルト・エクヴィルツ、フリッツ・シュペルバウアー
           ヘルベルト・ラクナー、リュボミール・パントチェフ

     カール・ベーム指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
                   ウィーン国立歌劇場合唱団
                           演出:ヴィーラント・ワーグナー

                         (1965.5.16 @ウィーン国立歌劇場)


オルフェオが正規復刻してくれた「ベームのローエングリン」をようやく視聴。

音のあまりよくなかった放送音源からの板起こし盤と比べて、音の揺れも少なくなり、音にも芯が出て、明瞭なサウンドがモノラルながら楽しめるようになった。

バイロイトのように、正規録音スタッフがライブ収録してくれていたらと考えると、欲が沸いてくるが、それでもこの活気あふれる演奏が、ちゃんと聴けることを喜ばなくてはなるまい。

ベームは生前、ローエングリンなんてずっと4拍子で降ってりゃいいんだ、とのたまっていたが、まさに、そうしたシンプルなとらえ方をしつつ、ここでのベームの指揮は、音楽に抜群の生気を注ぎこんでいるように思う。
 ライブで燃えるベーム、ここでも本領発揮。
65年といえば、この夏、ベームは、バイロイトでヴィーラントのリング新演出を指揮。
その前、62年から、バイロイトでトリスタンやマイスタージンガーを指揮して、ヴィーラントと組んできた。
その延長上にあった、ウィーンでのローエングリンでもあった。

この時期に残されたベームのワーグナーのライブ録音と同じく、音楽は緊迫感を保ち、凝縮されたドラマ表現に寄与するように、大いに劇性に富んでいる。
それと、要所要所で見せる、たたみかけるような迫真の推進力をもっていて、1幕の後半と3幕の後半のドラマティックなシーンは、ほんとに素晴らしい。
ほかの指揮者では味わえない、熱いベームのワーグナーの醍醐味がここにある。

歌手たちも豪華。

60年代最高のローエングリン上演の布陣ではなかろうか。

気品あふれるトーマスのローエングリンは、数年前のケンペとの録音より、力強さが増した。
ルートヴィヒとベリーの暗黒面夫婦は、悪かろうはずがない。
実夫婦でもあるこの二人の共演は、数多くあるが、ちょっと弱気な旦那を、きつく締めあげるおっかないカミさんって感じで、「このハ〇ーー!」とか、「違うだろーーー」って聞こえてくるようだ・・・・・・ガクガク、ブルブル。。。。

タルヴェラのハインリヒも、いまとなっては懐かしい歌声で、とてもマイルドでいいし、ヴェヒターの伝令士のカッコよさは、のちのヴァイクルを思わせる。

クレア・ワトソンは美声で、ちょっとお人形さんだけど、この役は、これでいい。

1970年の大阪万博で来日したベルリン・ドイツ・オペラが、7つのオペラを持ってきたけれど、そのなかのひとつが、ヴィーラント演出の「ローエングリン」で、マゼールとヨッフムが交代で指揮をした。
私は、NHKが放送したものをテレビで見た記憶が、かすかにあって、指揮はマゼールだった。
とても神秘的で、きれいな音楽だなぁ~程度の印象で、暗闇で指揮をするマゼールを見つめていて、オペラ本編をそのあと観たかとうかは記憶にない・・・。
 しかし、この時の上演の写真を、数年後にワーグナー狂いとなって、見直して、ローエングリンという作品の視覚的な刷り込みが生じることとなったわけだ。

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ウィーンでの、このライブ録音の舞台も、これと似た雰囲気のものではないかと推量し、このCDを聴くのも楽しいものだった。

そして、いまのウィーンでのローエングリンは、ホモキの演出で、指揮は、ネゼ=セガン、タイトルロールはフォークト。
劇場のサイトで、映像が少し見れるが、一瞬、魔弾の射手かと思ったし、建物内で行われる閉鎖空間が息苦しい・・・でも才人、ホモキのことだから、どんな仕掛けがあるのか!

あと、プラハの歌劇場で、カタリーナ・ワーグナーが、父ウォルフガンクが1967年にバイロイトで演出したローエングリンを、6月に、リヴァイバル上演したとの報を見つけた!!


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(プラハ放送局のサイトより)

詳しい情報は、こちらと こちら

ヴィーラントは、バイロイトでは、1度しかローエングリンを演出しておらず、マイスタージンガーとともに、バイロイトで好評だったのが、ウォルフガンクのローエングリン。

情報過多、読み込み過多の演出優位のオペラ上演界にあって、50年前の演出の復刻の試みは何を意味するのだろうか。
自身が、マイスタージンガーで風刺の効いた、当時少し過激な演出をしたカタリーナ。
次のトリスタンでは少し控えめとなり、そして、この復刻。
外部招聘の演出では、今年はポップなコスキーが登場して、大いに騒ぎとなりそう。

揺れ動く、バイロイトの当主だが、実験劇場たる存在で、古きも新しきも、おおいに玉石混合であって欲しい、というのが、いまのワタクシの思いだ。
本物の音楽さえ、保たれていればいい。
音楽の邪魔をしない演出ならいい。
こんな感じです。

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2017年6月14日 (水)

ビエロフラーヴェクとJ・テイトを偲んで

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梅雨入りはしたけれど、なんだか、シトシトとはいかない風情のなくなってしまった、近年の日本の6月。

そんな梅雨入りまえ、現役で活躍していたいぶし銀的な指揮者が、相次いで亡くなった。

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チェコの指揮者、イルジー・ビェロフラーヴェク、享年71歳。

5月31日に亡くなりました。

例年、ロンドンのプロムスに出ていたのに、昨年と今年はなしということで、どうしたのかな、と思っていた。
でも、今年秋には、チェコフィルと来日が予定されていたので、さほど気にはしていなかったところへの、訃報。

すぐさま、海外のニュースや、チェコフィルのサイトを見てびっくりした。
別人と思うような、スキンヘッドの姿がそこにあって、闘病後の復活の指揮姿だったのだ。
それにしても若い。

チェコフィルの首席に若くしてなったあと、やむなく短期で、アルブレヒトに交代。
そのあと、20年ぶりにチェコフィルに復帰、ついに、両者一体化した、稀なるコンビが完成したのに・・・。

ビエロフラーヴェクが躍進したのは、1度目のチェコフィルのあと、BBC響との関係を築いてからだと思う。
広大なレパートリーと、豊富なオペラ経験が、マルチなロンドンでの活動に活かされた。
チェコ音楽の専門家と思われる向きもあるかもしれないが、プロムスではお祭り騒ぎのラストナイトを何度も指揮していたし、当然に、英国音楽も多く指揮したし、マーラーやショスタコーヴィチ、さらに、グラインドボーンでは、素晴らしいトリスタンの映像も残してくれた。

日フィルとN響とも関係が深く、何度も来日してます。
日フィルとの「わが祖国」のチケットを手にしながら、仕事で行けなくなってしまったことも、いまや痛恨の出来事です。

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ドヴォルザーク  交響曲第9番「新世界より」

   イルジー・ビェロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

                         (1989.9 @プラハ)


1度目の新世界。
最近出た新しいものはまだ未聴なので、なんとしても全曲が欲しいところ。
若々しい、そして、注目したいのが、この録音の年月。

同年秋に起こる、ビロード革命直前。
東ヨーロッパの共産主義崩壊の前夜ともいうべき頃合い。
いったい、どのような気持ちで「新世界」交響曲を演奏していたのでありましょうか。
 が、しかし、この演奏は、清新でさわやかでさえある。
純粋に音楽に打ち込む、指揮者の姿が目に浮かぶようだ。
若き日のビエロフラーヴェクを思いつつ、ラルゴを聴いてたら、ジーンとしてきた。

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 ブリテン 「ピーター・グライムズ」 4つの海の前奏曲

  イルジー・ビエロフラーヴェク指揮 BBC交響楽団

                        (2007.7 ロンドン)


BBC響とのプロムス・ライブより。
クールで、シャープだけれども、優しい目線を感じるブリテンの音楽を、違和感なく柔軟に仕上げています。
錯綜する音が、キレイに聴こえるのも、ビエロフラーヴェクの耳の良さで、BBCのオケの巧さも抜群。
このコンビの相性は、ほんとよかったと思う。

それにしても、チェコ楽壇にとっては、とてつもなく大きなビエロフラーヴェクの逝去。
チェコフィルは、どうなる・・・・

 

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イギリスの指揮者、サー・ジェフリー・テイト、享年74歳。

こちらは、6月2日に亡くなってしまいました。

医学専攻から、音楽家へ転身、オペラハウスから叩き上げの、オペラ指揮者であり、モーツァルト指揮者でもあった。
テイトの名前を知ったのは、シェロー&ブーレーズのバイロイト・リングで、副指揮者を務めていたことから。
メイキングビデオにも映っていた。
 そのテイトが、イギリス室内管の指揮者となり、交響曲を手始めに、内田光子との協奏曲など、モーツァルト指揮者として80年代以降活躍し始めたときは、ワーグナーやオペラ指揮者との認識があっただけに驚いたものだ。

その後、ロッテルダムフィルの指揮者もつとめ、亡くなるまでは、ハンブルク響。
あと、オペラの指揮者としては、コヴェントガーデンに、ナポリ・サンカルロにポストを持ち、メトやドレスデンなど、大活躍をしたテイト。
生まれながらの二分脊椎症というハンデを追いながら、そんなことはもろともせず、常に集中力と、音の透明さを引き出すことに心がけ、クリーンな音楽を作り出す名指揮者だったと思う。

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   モーツァルト  交響曲第40番 ト短調

    サー・ジェフリー・テイト指揮 イギリス室内管弦楽団

                        (1984 @ロンドン)


最初に手にしたテイトのモーツァルト。
もう何度も聴きました。
モダン楽器の室内オケで聴くブリテッシュ・モーツァルト。
清潔で、明るく、さらりとしていながら、歌心はたっぷり。
ともかく美しく、無垢で、その嫌味のない音楽は、当時も今も変わらず、飽きのこない、私の理想のモーツァルト演奏のひとつ。


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  ワーグナー 「パルジファル」 前奏曲

    サー・ジェフリー・テイト指揮 バイエルン放送交響楽団

                        (1987 @ミュンヘン)


ハンブルク響との「黄昏」抜粋は、未聴。
いまのところ唯一の、テイトのワーグナー。
バイエルン放送響という名器を得て、おおらかかつ、悠然としたワーグナーとなった。
しかし、そこはテイト。
これも、オーケストラの明るさを生かしつつ、明晰で、濁りのない、美しいワーグナーなのだ。
おまけに、「コロンブス」と「ファウスト」という、珍しい序曲が、一級の演奏で聴けるという喜び。
この1枚を聴くと、なにゆえに、レコード会社は、テイトによるワーグナー全曲録音を残してくれなかったのか、と怒りたくなる。

その変わり、テイトには、シュトラウスやベルク、フンパーディンクのオペラ録音があります・・・・・。
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       エルガー  「ソスピリ」

    サー・ジェフリー・テイト指揮 ロンドン交響楽団

                   (1990 @ロンドン)


最後は、この曲で。

エルガーの哀しみのいっぱいつまった音楽で。

ふたりの名指揮者の追悼にかえさせていただきます。

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2017年4月16日 (日)

ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」 クーベリック指揮

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花咲き乱れる春がやってきた。

野辺の花々も、喜ばしく咲いている。

そう、今日は、復活祭、イースター。

クリスマスと並ぶ、キリスト教社会最大のお祝い事の日。

この日をピークに、イースター週間は、お休みになったりする。

クリスマスをばか騒ぎしてしまう日本は、イースターは完全にスルー。
せいぜい、イースター・エッグぐらいで、それはもう、商業主義に則ったものにすぎず、バレンタインもハローウィンもみんなそう。

ひとつの宗教にしばられない、なんでもあり、八百万神の国、そんなこだわりのない日本が、島国でもありつつ、いいのかもしれない。
世界的にも、こんな国はないかも。

まだ記事にはしていないが、映画化された「沈黙」を観ても、そんな想いを持った次第だ。

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クリングゾルに踊らされる花の乙女たち、その彼女たちは、聖金曜日の奇蹟により、美しく咲く野辺の花となって、パルシファルを迎える・・・・

そんな絵のように、美しい情景を、その音楽を聴くたびに思い描いてきた。

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   ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル グルネマンツ:クルト・モル
  ティトゥレル:マッティ・サルミネン   パルジファル:ジェイムズ・キング
  クリングゾール:フランツ・マツーラ  クンドリー:イヴォンヌ・ミントン
  聖杯守護の第の騎士:ノルベルト・オルト、ローラント・ブラハト
  花の乙女:ルチア・ポップ、カルメン・レッペル、スザンネ・ゾンネンシャイン
    〃   :マリアンネ・ザイベル、ドリス・ゾッフェル
  小姓   :レギーナ・マルハイネッケ、クラウディア・ヘルマン
    〃   :ヘルムート・ホルツァプフェール、カール・ハインツ・アイヒラー
  アルト  :ユリア・ファルク

     ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団
                       バイエルン放送合唱団
                       テルツ少年合唱団
            合唱指揮:ハインツ・メンデ
                   ゲアハルト・シュミット・ガーデン

                   (1980.5 @ミュンヘン、ヘルクレスザール)

記事にして、もう何度も自分の浅い思いながら、書き尽くしてきた「パルジファル」。

キリスト教社会の源にもある「原罪」。

アダムとイヴが、蛇にそそのかされて、禁じられた木の実を、まずイヴが食べてしまい、ついで、アダムも口にする。
そう、禁制を破った罪を、人間は、悔い改めなくてはならない・・・という根源にある発想。
人間はつねに、罪深いと。

その蛇を悪魔に例え、それに対峙したのが、イエス・キリストであるという、のが、大まかなキリスト教という宗教の根源か。

「パルジファル」には、原罪からの解放者という観念が織り込まれている。
アンフォルタス、クンドリー、クリングゾール、そしてパルジファルがそれぞれに役割分担されている。
物語の語り部、目撃者としてのグルネマンツは、さながらエヴァンゲリスト。
そして、パルジファルが行った行為は、1幕でアルトにより歌われる予言のような言葉、「同情による救済」である。

パルジファルが行う最初の救いは、クンドリーへの洗礼。
そこで、パルジファルの膝元にあるクンドリーが、はらはらと涙をこぼし、静かに泣きくずれる場面は、いくつか観た舞台や、映像でも、わたくしの落涙箇所のひとつ・・・

ワーグナーが、舞台神聖祭典劇とタイトルしたことは、だいそれたことでもなく、この作品の根底を端的にあらわしたものだ。

この「パルジファル」を編み出すまでに、ワーグナーは、キリスト教劇「ナザレのイエス」や、仏教劇「勝利者たち」という台本のスケッチを残していて、それらを統合しつつ、この「パルジファル」になった。
それらのスケッチをぜひ知りたいものだ。
ワーグナーによる、ブッタの仏教劇なんて、いったいどのようなものになったであろうか・・・・・。

ワーグナー好きは、このようにして、ワーグナーが残したそれぞれの作品について、あれこれ妄想や思索にふけるのであり、ずっとずっと、そんなことをしながら、その音楽の魔力に囚われ続けているわけである。

           ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「マイスタージンガー」のときもびっくりしたが、クーベリックによる「パルジファル」が、忽然と登場したときは、ほんとうにびっくりし、狂喜したものだ。
しかも極上のデジタル、スタジオ録音で!
さらに、超豪華なキャスト。

1年ほど前に、ブログ継続を断念すべく、大好きなオペラとして「パルジファル」のレビューを行ったとき、このクーベリック盤については言及しなかった。
古いものばかりの音源(クナ、ショルティ、ブーレーズ、レヴァイン)との思い出が勝ったからだけれども、このクーベリック盤の完成度の高さは決して忘れてはならない。
突然あらわれたクーベリック盤は、わたくしには、最近登場した新譜のような感覚なので、「パルジファル」の思い出から抜け落ちてしまった。

いまや、ベルリンフィルやウィーンフィルとならぶ、人気と実力のバイエルン放送響の礎を築いたクーベリック。
明るく、明晰、そして温もりのある南ドイツサウンドが、ここでも、素晴らしい録音によって、たっぷりと聴くことができる。
幾多ある場面展開における音色の、ときに緩やか、かつ、鮮やかな変転が実に見事で、根っからのオペラ指揮者であるクーベリックの手腕と、オーケストラの機能性の高さを感じさせる。
3幕での、聖金曜日の奇蹟における、神々しくも厳かな高揚感には、誰しもしびれるような感銘を受けるに違いない。

豪華な歌手の名前を何度ながめても懐かしい思いとともに、耳になじんだその歌声が脳裏に木霊するのを感じる。
いまだ現役の歌手もいるが、ほとんどが物故してしまった。

グルネマンツとザラストロは、この人をおいてほかにいないとまで思ってたクルト・モルも先ごろ亡くなってしまった。
絶頂期にあったモルは、ここでも含蓄あるグルネマンツを聴かせてくれる。
 若々しく美声のヴァイクルのアンフォルタスや、朗々としたサルミネンのティトゥレル。
ナイトリンガーのあと、バイロイトのザ・クリングゾールだったマツーラ。
過度にドラマティックにならない女性的なクンドリーのミントン。
それから、花の乙女たちのなかに、ひときわ懐かしい声を聴けるのは、とてもうれしい、そう、ルチア・ポップ。ショルティ盤でも、キリ・テ・カナワなどとともに歌っていた・・・・

タイトル・ロールのジェイムズ・キング。
亡くなって、もう11年もたつけれど、この歌手の陰りある声が大好きで、何を歌っても悲劇のジークムントに聴こえてしまうが、このパルジファルは、70年代のバイロイト放送のエアチェックや、ブーレーズ盤で、ずっと聴いてきたから、ことさらに懐かしく聴くことができる。
全盛期をやや過ぎた時分での録音ながら、風格と味わいは格別。
2幕での劇的な覚醒と、3幕の神々しさはキングならではであります。

これを書きながら、復活祭の日曜に、もう2度も聴いてる。
いま、ちょうど、聖杯が輝き、鳩が舞い降りる清らかなる終結部を迎えております・・・・。

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春は来たれり、そして、平安であれ。

  ✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

パルシファル 過去記事

「飯守泰次郎 東京シティフィル オーケストラルオペラ」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1958」

「バイロイト2005 FM放送を聴いて ブーレーズ」

「アバド ベリリンフィル オーケストラ抜粋」

「エッシェンバッハ パルシファル第3幕」

「ショルティ ウィーン・フィル」

「バイロイト2006 FM放送を聴いて ブーレーズ」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1956」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1960」

「クナッパーツブッシュ  バイロイト1962」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1964」

「レヴァイン バイロイト1985」

「バイロイト2008の上演をネットで確認 ガッティ」

「ホルスト・シュタインを偲んで」

「エド・デ・ワールト オーケストラ版」

「あらかわバイロイト2009」

「ハイティンク チューリヒ」

「シルマー NHK交響楽団 2010」

「ヨッフム バイロイト1971」

「アバド ベルリンフィル 2001」

「トスカニーニ 聖金曜日の音楽」

「パルシファル 大好きなオペラ」

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2017年3月12日 (日)

ワーグナー ニーベルングの指環 抜粋 P・ジョルダン指揮

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銀座の顔のひとつ、ソニービル。

築51年の老舗ビルは、2017年3月末を持って閉館し、解体される。

待ち合わせや、ビル前での催し、飲食店など、私にとっても懐かしい思い出がたくさんある。

2018年から2020年にかけて、この場所はイベントスペースとして活用され、その後にビルとなる。

このビル前の、数寄屋橋阪急もいまはリニューアルされたし、松坂屋は、いまギンザシックスという巨大な複合ビルとして、開業間近。

思えば、街も、人間と同じで、新陳代謝や新旧交代がなされて、あらたに生まれ変わって、成長していく。
都会ばかりでなく、どの街も、人が係われば、大なり小なり同じことだと思う。

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春は近いよ!

そして、今日は、血肉と化したワーグナーを。

前記事に続いて、次世代大物指揮者を。

さらに、こちらは、二代目サラブレット。

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  ワーグナー ニーベルングの指環 抜粋

   フィリップ・ジョルダン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

     ブリュンヒルデ:ニーナ・シュティンメ

                 (2013.6 @パリ、バスティーユ)


スイスの名指揮者、アルミン・ジョルダン(1932~2006)の息子、フィリップ・ジョルダンは、42歳の、指揮者にとっては若手中堅筋。

しかし、そのオペラにおける豊富な実績からして、もうオペラ界の重鎮的な存在といってもいいかもしれない。
 バレンボイムのもとで、ベルリンで活動し、2009年より、パリのオペラ座の音楽監督になってる逸材。
しかも、2014年から、ウィーン交響楽団の首席指揮者に登用され、オペラとコンサート、両方の確たるポジションを築きつつある。

オペラを極めた親父ジョルダンと、そっくりの道のりを歩むフィリップ。

父ジョルダンは、ルツェルン出身で、チューリヒに没し、フィリップは、そのチューリヒが出身。
多国籍的なスイスにあって、ドイツ語圏だから、親子ともに、ドイツ・オーストリア音楽に近しい。
さらに、スイスの国柄から、フランスとイタリアにも境があって、当然にフランス系の音楽や、イタリアオペラにも精通してる。
そんな親子ともどもの共通点のDNAを高レベルでもって引き継いでるジョルダン氏。

 バイロイトには、2012年に、パルシファルで登場し、今年のマイスタージンガーのプリミエを任された!

そんなフィリップ・ジョルダンのワーグナーを確認できる音盤が、パリのオペラオケを指揮したリングだ。

これが実に、素敵なワーグナーなんだ。

重厚でオーソドックスな、師バレンボイムと、明晰で透明感あるブーレーズの解析度、ともに譲り受けたようなスタイリッシュなワーグナー。

そう、ドイツの本格派を引継ぎながら、ラテン的な目線も持つクリアなワーグナー。
ヴィーラント・ワーグナーが聴いたらな、とても喜びそうな曇りない音楽で、クラウディオ・アバドのワーグナーにも通じると聴いた。
 聴かせどころで、私の基準からすると、ちょっとスルーしてしまうところもあるが、どうしてどうして、本物のクリア系ワーグナーですよ。

クリュイタンス以来の、パリ・オペラ座のワーグナー録音。
思えば、バスティーユ・オペラと呼ばれていた時分の初代指揮者は、バレンボイムだった。
そして、数年前、ビシュコフの指揮で東京で聴いた「トリスタン」も、フレンチでありつつ、明快なワーグナーだった。

ティーレマンとドレスデンのワーグナーと、対極にありつつ、ともにワーグナーの真髄を聴かせてくれる、そんなジョルダン&オペラ座でありました。

「ブリュンヒルデの自己犠牲」では、シュティンメが、ぜい肉をそぎ落としたような、まったくもって、赤身肉のような、脂身ゼロの、超ウマい美声でもって、リングのハイライトを締めくくっております!!

さぁ、次の有望指揮者は、誰にしましょうね。

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2016年12月31日 (土)

ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ショルティ指揮

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今年の冬の六本木ヒルズ、欅坂。

毎年同じようで、少しずつ違う。

LEDも年々進化し、電気使用量も減少しつつ、輝かしさも増している。

2016年は、あっという間だったけれど、自分にも、内外含めて世間にも、親しい人にも、ともかくいろんなことがあった年だった。
 いろんなものを失い、また失いつつあり、そして得るところ、学ぶところもまたたくさん。

人生は苦しいけれど、またこれも楽し。

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ファルスタッフは、「世の中、すべて冗談だ!」と歌って、そのヴェルディのオペラの最後を締めるけれど、同じオペラ大家、ワーグナーの「マイスタージンガー」の最後では、ザックスは、「神聖ローマ帝国は滅びても、ドイツの芸術は決して滅びない!」と歌い、民衆もそれに唱和し、ドイツの芸術とその名匠をたたえる。

同じシリアス系の作曲家が書いた喜劇でも、ヴェルディにシェイクスピア原作があるにしても、こうも違う。

ファルスタッフのように笑い飛ばしてしまう、先々、かくありたいと思うけれど、いまは歳とともに、ザックスの心境の域に達しつつある自分も感じるし。

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   ワーグナー  楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

 ザックス:ノーマン・ベイリー         ポーグナー:クルト・モル
 フォゲルゲザンク:アダルベルト・クラウス ナハティガル:マルティン・エーゲル
 ベックメッサー:ベルント・ヴァイクル     コートナー:ゲルト・ニーンシュテット
 ツォルン:マリティン・ションベルク  アイスリンガー:ヴォルフガンク・アッペル
 モーザー:ミシェル・シェネシャル   オルテル:ヘルムート・ベルガー・トゥーナ
 シュヴァルツ:クルト・リドゥル     フォルツ:ルドルフ・ハルトマン
 ヴァルター:ルネ・コロ         ダーヴィット:アドルフ・ダラポッツァ
 エヴァ:ハンネローレ・ボーデ     マグダレーネ:ユリア・ハマリ
 夜警:ヴェルナール・クルムリックボルト

   サー・ゲオルク・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                      ウィーン国立歌劇場合唱団
                                            ウィーン国立歌劇場少年少女合唱団
                      ノルベルト・ヴァラッチュ:合唱指揮

                  (1975.10@ウィーン・ゾフィエンザール)

久方ぶりに全曲を聴く「マイスタージンガー」。
ワーグナーの作品のなかでも、黄昏やパルシファルと並んで長いものだから、最近ではよほどでないと聴く機会を持てない作品となってしまった。

このショルティ盤で、Ⅰ:85分、Ⅱ:61分、Ⅲ:123分。
合計4時間29分。
思えば、黄昏やパルジファルよりも長いかも・・・・

さて、ふたつあるショルティ盤の最初の方、なんといってもウィーンフィルの豊穣なる響きが魅力的だ。
シカゴ盤は、実は未聴で、ショルティ&シカゴということで、だいたい想像できるので、いまだに聴くことがなく、いまに至ってしまった。
ショルテイの剛直な指揮は、ウィーンフィルの柔らかな音色でもって、相当に中和され、同時期の録音である、シカゴとの「オランダ人」と比べるとかなりの違いがある。
ショルティは、おそらくワーグナーの主要オペラをすべて録音した最初の指揮者だと思うが、オランダ人を除いてそのすべてがウィーンフィルとなされたこと、そして、録音がデッカであったこと、それらが本当にありがたいことだ。

70年代、まだウィーンフィルがオペラのオーケストラであり、その丸っこい響きが独特の味わいを醸し出していた時期で、いまの国際的な存在となったマルチな響きとは違うような気がする。
柔らかなホルンの音色、ウィーンならではのオーボエ、木質の弦。
ことに、3幕の前奏曲や、五重唱の麗しさに陶酔境の想いで浸りきってしまった。
ショルティの切るような指揮ぶりも、ここではまったく想像できない。
ほんとうに、幸せなマイスタージンガーなのだ。

同じ時期に録音された、ヨッフム盤が、主役級を豪華メンバーで固め、ほかはベルリン・ドイツ・オペラの常設メンバーたちを配したのに比べ、こちらは、デッカならではの豪華版で、当時欧米で活躍していた理想的なキャストとなっている。

カラヤン盤から数年がたち、舞台を何度も経たルネ・コロの美声と余裕の安定感は最高の出来栄えのヴァルターだ。
シャープで紳士的なノーマン・ベイリーは普通すぎるけれど、そのブリテッシュな歌声は悪くない。
しかし、このザックスには、男の悲しい背中は感じさせてくれないかも。

あと、ステキなのは、ボーデのエヴァ。この役のスペシャリストの彼女、同時期のバイロイトでもエヴァやジークリンデで大活躍、美人さんだし。

クルト・モルのポーグナーも耳におなじみ、この深い声のポーグナーを聴いちゃうと、この人以外のポーグナーは考えにくくなるから不思議だ。同様の役が、ザラストロかな。
そして、いいんだけど、最初から最後まで自分には違和感のある、ヴァイクルのベックメッサー。
ザックスとのやりとりを聴いていると、どっちがどっちだかわからなくなる。
後年の名ザックスとしてのヴァイクルを聴いてしまっているからか・・・・。

しかし、配役をひとりひとりながめ、そしてその歌声を聴いてると、素晴らしい配役だし、当時は本当によかったなぁ、と思う。
こんなメンバーと大オーケストラをスタジオにあつめて録音できた時代。
いまではライブしかありえないオペラの贅沢な収録。
 そのデッカのゾフィエンザールでの優秀な録音は、ため息がでるほどに素晴らしい。
鮮やかな分離と、一方で溶けあう音の美しさ。
ウィーンフィルの魅力を、こうして録音でも引き立てているし、合唱が加わったときの豊かな広がりも見事。

これを聴いてる大晦日の午前。
いろいろあった2016年を送るに相応しい、そんな晴れやかな「マイスタージンガー」。
ハ調の、調和あふれる響きが、いまわたくしを包み込み、見上げる澄んだ青空も高揚感を増してくれるようです♪

みなさまよいお年を。

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2016年8月27日 (土)

バイロイト2016 妄想聴き

Azuma

今年のお盆は、曇天続きで、どうもすっきりないまま明け、そして台風が襲来した関東。

そしてまた、次の台風がやってきそうだ。

異常な天候続きと、不気味な動きを見せる近くの国々が気になって、オリンピックロスもさほどに感じなかった。

そんな夏も、もう終盤。

海外の音楽祭も次々に終了。

ネットでリアルタイムで聴ける幸せだけど、今年は、ばたばたしてて、気もそぞろのながら聴き。
全部PC録音しましたよ。

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(以下画像はバイエルン放送局のサイトから拝借してます)

バイロイトでは、「パルシファル」がプリミエ。

演出は、危なそうだったヨナタン・ミーゼに替わり、安全そうなラウフェンベルクに変更。

ラウフェンベルクの舞台は、数年前、ドレスデンの来演で、「ばらの騎士」を観たけれど、時代の移し替え以外は、穏当な演出だった。

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今回の「パルシファル」は、画像を拝見すると、アンフォルタスはイエスのようだし、当然、現場は、中近東風。
花の乙女たちは、ヒシャブをまとっているわけで、米軍の戦闘服を着たように見えるパルシファルは素顔の彼女たちとお風呂入っちゃってる。

クリングゾルは、武器商人かな?グルネマンツは、アラブの解放戦線の指導者風。
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想像と勝手な妄想は止まらないけれど、映像の放映を期待したい。

こんな演出だから、テロが続発したドイツ当局も、かなり警備に力をいれたそうだ。

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音楽面でも、大きな話題を呼んだのが、直前のネルソンスの降板。
ティーレマンとの不仲説や、演出の問題などなど囁かれているけれど。。。。

急遽、指揮台に立ったのは、ハルトムート・ヘンヒェン。
ドレスデン生まれの、叩き上げのオペラ指揮者の登場は意外な感じもしたけれど、その音楽は安定していて、聴いていて、大きな驚きはないものの、まったく自然かつ豊かなものでした。

フォークトのパルシファルは文句なく素晴らしくクリアな声は存在感抜群。
ゼッペンフェルトのグルネマンツは、もう少し深みと重さが欲しいけど、これから変わっていくかも。
音だけ聴けば、無難なプリミエを迎えたパルシファル。

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4年目のカストルフの「リング」

石油争いと、社会主義と資本主義のせめぎ合いをからめた、ごった煮的演出も、これまでの5年のリング暦にあわせると、あと1年。
次のリングの指揮には、ネルソンスと言われていたけれど、難しいことになったね。

ペトレンコ、ヘンゲルブロックも含め、バイロイトから去った実力者が抜けたあとは、小粒化が否めない指揮者陣。

そんななかで、ヤノフスキの初登場、しかもリング全3サイクルを完璧に仕上げた実力はさすがとしか言いようがないと思う。
速めのテンポで、聞かせどころのツボを、しっかりと押さえ、メリハリの効いた力強い指揮は、ワーグナーの音楽に安心して身を委ねることができるものかもしれない。
ただ、ペトレンコの指揮にあった、いろんな発見は、ここでは少なめ。
そして、サラっと通り過ぎてしまうところが、意外なところにあったりするのも、職人ヤノフスキらしいとこかも・・・・・

 歌手も年々替わるのも、このリングサイクルの特徴かも。
しかも、一進一退か。

ウォータンがひとりで全部歌わずに、ラインと、ワルキューレ・ジークフリートとでふたり。
若々しいウォータンであるはずのラインゴールドだから、それは一理あるけれど、なんとなく統一感がないね。
 ワルキューレとさすらい人を歌ったのが、ルントグレン。
どこかで聴いた名前、聴いた声だと思ったら、以前に新国でスカルピア役を観ていた。
ちょっとアクの強い声質で、ばかでかい声だけど、これは今後よくなりそうなウォータンに感じましたよ。
 歌手たちのなかで、一番よかったのが、フォスターのブリュンヒルデで、優しさと気品を見事に持ち合わせた歌唱かと。
あと2年目の、フィンケのジークフリートも、とてもよかった。
この人も、よくよく調べたら手持ちの「死の都」のDVDでパウルを歌っていた人だった。
よいヘルデンテノールになってきたね。
あと舞台を引き締めていたのは、ベテラン、ドーメンのアルベリヒ。

しかし、ジークフリートと黄昏が終わったあとのブーイングはすごいものがあった。
やはり、カラシニコフをぶっぱなす共産かぶれのジークフリートとかウォール街には我慢がならんのか。。。。

このリングは、映像化されるのだろうか。
スケジュールを見てたら、3サイクル上演だったけど、神々の黄昏だけ、4度上演してんのね。これだけ録画したのかしら・・・・
観てはみたいけれど、どっちでもいいや(笑)

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あとは、まだやってる「さまよえるオランダ人」。

テレビで何度も観たけれど、扇風機工場がわけわからんし、全体のムードが陳腐な感じで好きじゃない。
なんか使いまわしをされている、便利な存在になりつつあるA・コバーのキビキビした指揮はよい。
メルベートのゼンタはとても好きだけど、新国お馴染みのトマス・マイヤーがついにオランダ人として登場したけれど、声の威力がいまひとつ、でも美声です。

このオランダ人は、今年で終わり(たぶん)。

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2年目のカタリーナとティーレマンのトリスタン。

映像化もされ、まだ全部を見てはいないが、ブルーな雰囲気と無限ループのような無機質な舞台は、悪くない感じ。

ティーレマンは、あいかわらず、どっしり、がっしりやってるけど、もすこし、しなやかに柔らかな響きも聴きたい感じもする。

グールトのトリスタンは文句なし。
問題はイゾルデが、このプロダクションでは定まらないところか。
アニヤ・カンペが昨年は最初から降りてしまい、ヘルツィウスが歌ったが、今年は、ペトラ・ラングで、彼女はもともとメゾの音域のひと。
ブランゲーネとオルトルートのイメージが強い彼女だけど、ちょっとキツかったかも。
不安な歌い回しも散見されたが、来年も彼女の名前がノミネートされているので、いろんなものを克服して登場することでしょう。

演出も、歌手も指揮者も、年々よくなっていくのが、だいたい5年サイクルのバイロイトの上演。
そうならなかった演目もいくつかあって打ち切りの刑に処せられたものもあったけれど。。

 来年は、「マイスタージンガー」が新演出上演。

ベルリン・コーミシュオーパーのバリー・コスキーの演出。
こんな「魔笛」の舞台を作っちゃうひとで、おもしろそう。


指揮は、フィリップ・ジョルダンに、ザックスは、フォレ。

なんだかんで、バイロイトは気になるし、面白いのだ。

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2016年3月30日 (水)

大好きなオペラ総集編

Tokyo_tower

桜は足踏みしたけれど、また暖かさが戻って、一気に咲きそう。

まだ寒い時に、芝公園にて撮った1枚。

すてきでしょ。

大好きなオペラ。

3月も終わりなので、一気にまとめにはいります。

Tristan

  ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」

ワーグナーの魔力をたっぷりと含んだ、そう魅惑の媚薬のような音楽。
この作品に、古来多くの作曲家や芸術家たちが魅かれてきたし、いまもそれは同じ。
我が日本でも、トリスタンは多くの人に愛され、近時は、歌手の進化と、オーケストラの技量のアップもあって、全曲が舞台や、コンサート形式にと、多く取り上げられるようになった。

わたくしも、これまで、9度の舞台(演奏会形式も含む)体験があります。

そして、何度も書いたかもしれませんが、初めて買ったオペラのレコードがこのトリスタンなのであります。
レコード店の奥に鎮座していた、ずしりと重いベームの5枚組を手に取って、レジに向かった中学生を、驚きの眼差しでもって迎えた店員さんの顔はいまでも覚えてますよ。

ですから、指揮も歌手も、バイロイトの響きを捉えた、そう右から第1ヴァイオリンが響いてくる素晴らしい録音も、このベーム盤がいまでも、わたくしのナンバーワンなんです。

次に聴いた、カラヤンのうねりと美感が巧みに両立したトリスタンにも魅惑された。
あとは、スッキリしすぎか、カルロスならバイロイトかスカラ座のライブの方が熱いと思わせたクライバー盤。ここでは、コロの素晴らしいトリスタンが残されたことが大きい。
 それと、いまでは、ちょっと胃にもたれるバーンスタイン盤だけど、集中力がすごいのと、ホフマンがいい。
フルトヴェングラーは、世評通りの名盤とは思うが、いまではちょっと辛いところ。

あと、病後来日し、空前絶後の壮絶な演奏を聴かせてくれたアバド。
あの舞台は、生涯忘れることなない。
1幕は前奏曲のみ、ほかの2幕はバラバラながら聴くことができる。
透明感あふれ、明晰な響きに心が解放されるような「アバドのトリスタン」。
いつかは、完全盤が登場して欲しい。

Ring_full_2

  ワーグナー 「ニーベルングの指環」

わたくしの大好きなオペラ、ナンバーワンかもしれない・・・

興にまかせて、こんな画像を作っちゃいました。

オペラ界の大河ドラマとも呼ぶべきこの4部作は、その壮大さもさることながら、時代に応じて、いろんな視点でみることで、さまざまな演出解釈を施すことができるから、常に新しく、革新的でもある。
 そして、長大な音楽は、極めて緻密に書かれているため、演奏解釈の方も、まだまださまざまな可能性を秘めていて、かつては欧米でしか上演・録音されなかったリングが、アジアや南半球からも登場するようになり、世界の潮流ともなった。

まだまだ進化し続けるであろう、そんなリングの演奏史。

でも、わたくしは、古めです。
バイロイトの放送は、シュタインの指揮から入った。

Bohm_ring1

そして、初めて買ってもらったリングは、73年に忽然と出現したベームのバイロイトライブ。
明けても覚めても、日々、このレコードばかり聴いたし、分厚い解説書と対訳に首っ引きだった。
ライブで燃えるベームの熱い指揮と、当時最高の歌手たち。
ニルソンとヴィントガッセンを筆頭に、その歌声たちは、わたくしの脳裏にしっかりと刻み付けられている。
なんといっても、ベームのリングが一番。

そして、ベーム盤と同時に、4部作がセットで発売されたカラヤン盤も大いに気になった。
でも、こちらと、定盤ショルティは、ちょっと遅れて、CD時代になって即買い求めた。
歌手にでこぼこがあるカラヤンより、総合点ではショルティの方が優れているが、それにしても、カラヤンとベルリンフィルの作り上げた精緻で美しい、でも雄弁な演奏は魅力的。

あと、忘れがたいのが、ブーレーズ盤。
シェローの演出があって成り立ったクリアーで、すみずみに光があたり、曖昧さのないラテン的な演奏だった。歌手も、いまや懐かしいな。
 歌手といえば、ルネ・コロのジークフリートが素晴らしい、そしてドレスデンの木質の渋い響きが味わえたヤノフスキ。

舞台で初めて味わったのが日本初演だったベルリン・ドイツ・オペラ公演。
G・フリードリヒのトンネルリングは、実に面白かったし、なんといっても、コロとリゲンツァが聴けたことが、これまた忘れえぬ思い出だ。

舞台ではあと、若杉さんのチクルスと、新国の2度のK・ウォーナー演出。
あと、朝比奈さんのコンサート全部。
みんな、懐かしいな。。。

以下、各国別にまとめてドン。

ドイツ

 モーツァルト   「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」

 
 ワーグナー   「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」 「ローエングリン」
           「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
            「ニーベルングの指環」「パルシファル」

 ダルベール   「低地」

 R・シュトラウス 「ばらの騎士」「ナクソスのアリアドネ」「影のない女」「アラベラ」
            「ダフネ」「ダナエの愛」「カプリッチョ」

 ツェムリンスキー 「フィレンツェの悲劇」 (昔々あるとき、夢見るゾルゲ2作は練習中)

 ベルク      「ヴォツェック」「ルル」

 シュレーカー   「はるかな響き」 「烙印された人々」「宝探し」

 コルンゴルト  「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」「カトリーン」

 ブラウンフェルス 「鳥たち」

 レハール    「メリー・ウィドウ」「微笑みの国」

イタリア

 ロッシーニ   「セビリアの理髪師」「チェネレントラ」

 ヴェルディ   「マクベス」「リゴレット」「シモン・ボッカネグラ」「仮面舞踏会」
           「ドン・カルロ」「オテロ」「ファルスタッフ」

 カタラーニ   「ワリー」

 マスカーニ   「イリス」

 レオンカヴァッロ  「パリアッチ」「ラ・ボエーム」

 プッチーニ   「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「三部作」
           「ラ・ロンディーヌ」「トゥーランドット」

 チレーア    「アドリアーナ・ルクヴルール」

 ジョルダーノ  「アンドレア・シェニエ」「フェドーラ」

 モンテメッツィ 「三王の愛」

 ザンドナーイ  「フランチェスカ・ダ・リミニ」

 アルファーノ  「シラノ・ド・ベルジュラック」「復活」

 レスピーギ   「セミラーナ」「ベルファゴール」「炎」

フランス

 オッフェンバック 「ホフマン物語」

 ビゼー      「カルメン」

 グノー      「ファウスト」

 マスネ      「ウェルテル」

 ドビュッシー   「ペレアスとメリザンド」

イギリス
 

 パーセル   「ダイドーとエネアス」

 スマイス    「難破船掠奪者」

 ディーリアス  「コアンガ」「村のロメオとジュリエット」「フェニモアとゲルダ」

 R・V・ウィリアムズ  「毒の口づけ」「恋するサージョン」「天路歴程」

 バントック   「オマール・ハイヤーム」

 ブリテン    「ピーター・グライムズ」「アルバート・ヘリング」「ビリー・バッド」
          「グロリアーナ」「ねじの回転」「真夏の夜の夢」「カーリュー・リバー」
          「ヴェニスに死す」

ロシア・東欧

 ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」

 チャイコフスキー 「エフゲニ・オネーギン」「スペードの女王」「イオランタ」

 ラフマニノフ    「アレコ」

 ショスタコーヴィチ 「ムチェンスクのマクベス夫人」「鼻」

 ドヴォルザーク   「ルサルカ」

 ヤナーチェク    「カーチャ・カヴァノヴァ」「イエヌーファ」「死者の家より」
             「利口な女狐の物語」「マクロプロス家のこと」

 バルトーク     「青髭公の城」

以上、ハッキリ言って、偏ってます。

イタリア・ベルカント系はありませんし、バロックも、フランス・ロシアも手薄。

新しい、未知のオペラ、しいては、未知の作曲家にチャレンジし、じっくりと開拓してきた部分もある、わたくしのオペラ道。
そんななかで、お気に入りの作品を見つけたときの喜びといったらありません。

それをブログに残すことによって、より自分の理解も深まるという相乗効果もありました。

そして、CD棚には、まだまだ完全に把握できていない未知オペラがたくさん。

これまで、さんざん聴いてきた、ことに、長大なワーグナー作品たちを、今後もどれだけ聴き続けることができるかと思うと同時に、まだ未開の分野もあるということへの、不安と焦り。
もう若くないから、残された時間も悠久ではない。
さらに、忙しくも不安な日々の連続で、ゆったりのんびりとオペラを楽しむ余裕もなくなっている。
それがまた、焦燥感を呼ぶわけだ。

でも、こうして、総決算のようなことをして、少しはスッキリしましたよ。

リングをいろんな演奏でツマミ聴きしながら。。。。
 

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2016年3月25日 (金)

ワーグナー 「パルシファル」 大好きなオペラ

Zoujyouji_3

また寒くなって、ほころび始めた桜も足踏みか。

でも春はやってきた。

そして、今日は聖金曜日。

今年の復活祭は27日です。

これに合わせて、好きなオペラ、「パルシファル」

Parisfal3

  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルシファル」

この深淵な作品との出会いは、中学生の頃。

ワーグナーに目覚め、年末のバイロイト放送に熱狂し、当時は、イースターに合わせて、春に放送されていた「パルシファル」を、初めて聴いて、あまりにも静的な音楽に最初は戸惑いを覚えた。

でも、作品の筋を理解し、前奏曲や聖金曜日の音楽を何度も聴くうちに、全体を把握できるようになり、これは本当に美しい作品なのだと思うようになった。

最初に聴いたバイロイト放送は、ヨッフムの指揮によるもの。

でも、この作品には、クナッパーツブッシュという偉大な演奏があるということを、レコ芸やワーグナーの書評で知ることとなり、いつしかそのレコードが欲しいと、クナの演奏を妄信するようになった。
だがしかし、おこずかいは限られ、ベームのリングも買ってもらっちゃったものだから、クナのパルシファルは、大学生になるまで全曲盤を入手することができなかった。
 それまでは、抜粋盤で我慢ということで。

その間は、エアチェックしたショルティ盤。
これは、バイロイトのライブ以外での初スタジオ録音で、デッカの目覚ましいサウンドがFMごしでもよくわかった。
あとは、毎年録音したバイロイトの放送。
シュタイン、レヴァイン、バレンボイム、シノーポリなどなど・・・。

聖と邪。
同情によって、智をえた鈍き愚者によって、救われる魂ふたつ。
ひとりは、キリストを笑ったクンドリーと、邪に染まった男によって罪に溺れたアンフォルタス。

宗教の奥儀と、ヨーロッパ社会発想の根源がここにあり、オペラという枠をリングにもまして、大きく踏み出した。

ワーグナーの音楽も、ドビュッシーやウェーベルンに繋がる精緻さと透明感がある。
もしかしたら室内オーケストラでもいいかもしれないくらい。

Parsifal

戦後のバイロイト、いわゆる新バイロイトを象徴するヴィーラント・ワーグナーの演出には、クナッパーツブッシュの大河の流れのような雄大・深淵な演奏があってこそ、映えるもの。
映像が残ってないのが本当に残念だが、クナの永年の演奏は、いくつもの音源があって、それぞれに楽しめる。
しかし、最良の状態で残された62年のフィリップスライブは、その録音も、歌手たちの歌唱も神々しいほどに素晴らしい。
クナが築くゆるやかな音楽の流れは、場面場面、しいては言葉の一言一言に反応を起こし、オーケストラは驚くほどに雄弁なのである。
 ホッターの含蓄あふれるグルネマンツと、J・トーマスの凛々しいタイトルロールも完璧。

そのクナッパーツブッシュの後は、誰しも驚いたブーレーズ
ゆったりした前任者のテンポを、大幅に早めて、快速パルシファルを達成してしまった。
でも、その速さを感じさせないのは、ブーレーズの音楽の明晰さと、音符のすべてがクッキリとはっきりと聴こえる鮮やかさがあったから。
後年、パルシファルを指揮しにバイロイトに復帰したブーレーズは、クソみたいな演出にもかかわらず、30年以上前とほぼ同じ切り口の演奏を聴かせたのには驚いた。
F・クラス、デイム・ジョーンズ、J・キング、マッキンタイアなど、70年代の若手歌手も見事。

そして、70年代の若手と、その前の大ベテランを配した豪華な歌手をずらりとそろえたデッカならではのショルティ盤。
剛力をちょっと押さえつつ、ウィーンフィルの柔らかな響きを大切にしたショルティの円熟の指揮と、素晴らしい録音。
ルネ・コロのパルシファルとルートヴィヒのクンドリーが大好き。

ワーグナー家の手を離れたパルシファル演出だった、G・フリードリヒのもの。
指揮はジェイムズ・レヴァインが起用され、クナより遅いテンポと、豊穣なまでにオペラティックな演奏が、年を追うごとに充実していった。
あと、P・ホフマンの鋼鉄のような声がここでは感銘を誘う。
もちろん、フィリップスの録音も最高によろしい。
後年、レヴァインは、あんなひどい演出で指揮するのは耐え難かったと語ったというが・・・・

最後に、正規録音を残さなかったアバドのパルシファルの清新さを、自分的には、最良のパルシファルとして記憶しておきたい。

Photo
  
      (ザルツブルクでの舞台 アバド&BPO)

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2015年8月30日 (日)

バイロイト2015、勝手に総括

Bayreuth_1

海のはるか向こうのバイロイト音楽祭も、今年も終了しました。

この年まで、異母姉妹の、エヴァとカタリーナのワーグナーの曾孫姉妹の運営は終了し、来年からは、演出家も兼ねるカタリーナのひとりのバイロイトとなります。

その試金石は、今後も次々に厳しく辛い局面となって訪れるでしょうが、大リヒャルトの血族として、その伝統を守り抜いて行って欲しいと思います。

そんななかで、大きな力添えとなるのが、指揮者ティーレマンで、バイロイト始まって以来の、音楽監督的なポストにも就任しましたね。

今年は、今後、いつくもあるだろう、その二人の共作ともなる「トリスタンとイゾルデ」が、プリミエ公演となりました。

かの地もきっと、暑かったでありましょう、ことしの夏。
歌手も、観客も、相当の覚悟のいる聖地バイロイトであります。

この夏の終わりに、ネット収録した音源を聴きつつ、同じくネットから拾い集めた画像を見ながら、あれこれ妄想しつつ、自分だけの総括をここに残しておきます。

画像は、バイエルン放送局のサイトから、ありがたくも拝借しております。

Bayreuth_2

パッと見、よく見る、こんな舞台。

パラスト的な、上下左右の空間演出は、多層的に見せ場を造るのに最適でしょう。
批評では、これらが時として動いて、行き場をふさいだり、進路が見えなくなったりするんだようで。
登場人物たちの心理を描きだすのに、まことに相応しい。
けれど、よくあるやり方ゆえに、安直の感もぬぐえません。

Bayreuth_3

マルケ王のご一行に、トリスタンは、こんなことされちゃってます。

Bayreuth_4

シンプルな舞台なんだけど、全体像はどうだったのでしょうか。

いずれ登場する、映像作品でもって判断したいと思いますが、いくつか拝見した画像から推定するかぎり、なんだか霊感不足は否めないですな。

バイロイトにおける、「初トリスタン」だった、ティーレマン。
ウィーンとのCDよりも早く、全体にみなぎる活力という点でも勝っているように感じました。
筆厚が強いです。
しかし、あざとさと言おうか、入り込み方と言おうか、その思い入れが、ときに尋常でなく感じるヶ所もありました。
その代表は、第2幕の終結部で、伸ばしすぎだ。
急転直下感が薄れすぎ。
 でも、これは、実際の舞台で観て聴けば、もっと別のインパクトを与えるはずなのでして、ティーレマンのあざとさと、大胆さは、やはり生・ライブでないと体得できないのかもしれない。

 アニヤ・カンペが降りてしまい、お馴染みの、ヘルリツィウスがイゾルデを歌った。
ミレニアムリングでのブリュンヒルデは、実に素晴らしかったし、ドレスデンとの来日公演などでも、身近に接した彼女ですが、最初は、安定感あっていいと思いましたが、声の疲弊やアラが目立ちました。
絶叫のように聴こえるフォルテは、正直、辛いかも。
 その一方、新国でも、完璧なトリスタンを聴かせてくれた、グールドのトリスタンは、ここでもいやとうほど完璧でした。
軽やかさも備えた、明るさと重厚さを併せ持つヘルデンヴォイスを堪能できましたね。
あと、ブランゲーネの、クリスタ・マイヤーが、これはまた素敵すぎ。
彼女のクンドリーを、ハイティンクのパルシファルで拝見して以来、大好きな歌手のひとりとなってますっ!

Bayreuth_5

アンネッテ・ダッシュが、エヴァとして帰ってきましたが、この画像を見る限り、かなりふくよかに。
お母さんになったのではなかったかな。
その彼女のエヴァは、やはり強さも備えていて、極めて素敵なのでした。
 そして、相方のフォークトは、ローエングリンの名人として、いまや自在さも加えて、完全完璧な歌唱でしたよ。
 フォークトの歌声を、華奢で頼りないといった10年前の自分が恥ずかしい。
この方で聴くコルンゴルトは、もう、桃源郷のような美的世界です。

フランス人指揮者のアルティノグリューが、バイロイトデビュー。
この若いフランス指揮も、実によかったです。
明るく活気も備えつつ、新鮮さも。
エンディングのカッコよさは、前任のネルソンスに迫るものあり。
いい指揮者じゃないかしら!

ノイエンフェルスの、ねずみローエングリン。
音楽面でも、今年、一番、まともかもね。

Bayreuth_6

3年目の、カストルフ・リングは、ことし、ジークフリート役の入れ替えがあり、そして、なんといっても、ベルリンフィルの時期首席指揮者のペトレンコに、注目が集まりました。
ティーレマンとの直接対決も。

2年分とあわせ、ハイライト的に聴き直してみて、ペトレンコの指揮は、さらによくなった感もありつつ、一方で、ちょっと雑な感じも受けまして、ここで、もっと。。。。という場面がなくはなかったです。

丹念に、楽譜を読み解き、まるで聴いたことのないフレーズが、ぽんぽん出てくるサマは、初年度より楽しみでしたが、ことしも、いくつもありました。
 4部作の、あまり表面化しない、ちょっとしたところで、いろんな楽器が浮き上がったりしてきたりして面白い。
根っからのオペラ指揮者として、この長大な連作を研究しながらの指揮は、きっとペトレンコとしても、途上の解釈なのでしょう。
舞台で行われる出来事も、指揮には反映されますし。
そんなこんなで、カストルフの妙な演出も、その解釈には反映されてしまっていると思います。
 
 黄昏の大団円の、急ぎすぎ、かつ音を被せすぎの解釈には、この場面を神聖な思いでもって、なん百回も聴いてきた自分にとっては、許しがたい浅薄なものでした。
どうなんだろう、キリル君。

3年で降りたがった理由も、いろいろ考えつつ、自身の心情と折り合わなかった舞台だったのかなと思ったりもしてます。
ラインとワルキューレは素晴らしく、ジークフリートと黄昏は、アレレです。

Bayreuth_7

エロいラインの乙女に囲まれるジークフリートさん。

ジークフリートは、フィンケに代わり、より力強い歌唱となりましたが、少々不安定。
一方、相方のブリュンヒルデのフォスターは、しなやかさに、馬力も増して、相当いい感じ。
 しかし、カラニコフのバリバリ連射は、何度聴いてもいかん!

銃を手離さない、英雄ジークフリートなんて。

Bayreuth_8

上海発の株価暴落が世界にすぐさま多様な影響を与える、そんな現実も直結してしまう、みょうちくりんな演出ながら、でも、そんな問題提起も、社会性の表出も、たまたま当たっただけかもしれないけれど、不思議とありかもしれないと思わせるカストルフ演出。

いろんな評論や、レポートが目に入ってきた3年目だけど、映像化されても、ご勘弁願いたいカス演出だな。
 ペトレンコは、ティーレマンが君臨してしまうと、今後、その登場が厳しいかもしれないけれど、どんな俗世間にも毒されず、カペルマイスター職人として3年後を迎えて欲しい。

 今年のバイロイトは、もうひとつ「さまよえるオランダ人」。
この演出もテレビで観て、まったく好きになれず、歌手たちもうわべだけで終始した耳当たりのいい感じは、今年も同じ。
ただ、アクセル・コバーのきびきびした指揮はよかった。

 2016年のバイロイトは、「パルシファル」がネルソンスの指揮とフォークトのタイトルロールで、演出も、奇抜すぎる野郎が降りたので、きっと無難なスタート。
4年目の「リング」は、指揮がペトレンコに変わって、なんと、大御所、ヤノフスキ。
ついにバイロイト初登場となるヤノフスキの、ザッハリヒだけれど、詩情豊かな指揮が、アコーステックなあの劇場のサウンドで聴ける。
どうなるんだろ。
ウォータンが、3人の歌手に割り当てられたのは、カス演出の整合性のなさを逆手にとったゆえか。
 「トリスタン」では、P・ラングがイゾルデ!
実演で何度か接してますが、ブランゲーネからイゾルデに昇格です!
あとは、「オランダ人」の再演。
タイトルロールがルントグレンというスェーデンのバリトン。
ワルキューレのウォータンも担当しますが、たしか軽めのバリトンでアクも強かった印象がありますが、どうなるんでしょう。

 なんだかんだいって、文句もいいつつも、ネットでタダの音源を拝聴しつつ、大いに楽しむことのできるバイロイト音楽祭。
数年前には、暮れのNHKFMでしか、その音楽の全貌を確認できなかったのに、いまでは、リアルタイムにに聴いて、画像も確認できて、文句も言える世の中に。

これだけでも、感謝しなくてはなりませんね。

今年の夏も終わり、そしてまた、通常運転の月日が続くわけです。

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