カテゴリー「アバド」の記事

2021年7月 3日 (土)

モーツァルト 交響曲第40番 アバド指揮

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ピークは過ぎましたが、日本の梅雨は、紫陽花。

小田原城の下には、紫陽花がたくさん咲いてました。

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幼稚園の遠足は、小田原城でした。

城内には、動物園があり、そう、日本最高齢のゾウとして平成21年に亡くなった「ウメ子」がまだまだ若かったころ。

なにもかも、セピア色の思い出です。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K.550

 クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

        (2009.6 @マンツォーニ劇場、ボローニャ)

アバド2度目の40番。
2004年にアバドによって創設された、オーケストラ・モーツァルト。
アバドは、この若いオーケストラと精力的にモーツァルトを中心に録音をしました。
交響曲とヴァイオリン協奏曲、管楽の協奏曲、ピアノ協奏曲と。
交響曲は、あと36番が録音されれば後期のものが完成したのですが、29番と33番が録音されたのはうれしい。

1990年代には、ベルリンフィルと、23,25,28,29,31.35.36番です。
1980年代は、ロンドン響で、40,41番、あとゼルキンとのピアノ協奏曲。
1970年代は、ウィーンフィルとあのグルダとのピアノ協奏曲。
この70年代に、ウィーンフィルと交響曲を録音して欲しかったものですが、デッカでケルテスが録音してましたし、DGはベームの晩年の記録を残すのに全力をあげてましたね。

年代によって、アバドのモーツァルトの演奏スタイルも大きく変わっていきました。
2000年以降、マーラー・チェンバーやモーツァルト管とバロックや古典を演奏するときは、ヴィブラートを極力排した古楽奏法を用いるようになりました。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K.550

 クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

      (1980.1.31 @聖ジョーンズ・スミス・スクエア)

26年の開きのある、ふたつのモーツァルトを聴いて、これが同じ指揮者によるものか?と思えるくらいに別物の演奏に聴こえます。

テンポは新盤の方が古楽奏法とあって早いが、2楽章と終楽章のくり返しを入念に行っているので、演奏時間は新盤の方がずっと長い。

 LSO(28'51"       Ⅰ.8'38"    Ⅱ.8'37"     Ⅲ.4'39"    Ⅳ.6'55")

   MO (35'05"       Ⅰ.7'48"    Ⅱ.13'34"   Ⅲ.3'57"    Ⅳ.9'46")

デジタル時代に入ったのに、ロンドン響との録音はアナログです。
その柔らかな音が、デジタル初期の堅い音でなかったのが本当にありがたい。
久しぶりに聴いて、即買い求めたレコードの印象でうけたキリリち引き締まった演奏であるとの思いはかわりません。
また数年前のblog記事とも、印象は同じ。
 <極めて、楽譜重視。それを真っ直ぐ見つめて、余計な観念や思いを一切はさまずに素直に音にしたような演奏
甘い歌いまわしや、悲しさの強調、熱さなどとはまったく無縁。
こんなに素直な演奏をすっきりしなやかにやられたら、聴く我々の心も緩やかな気持ちにならざるを得ない。
深刻な短調のモーツァルトを、胸かき乱して聴く方からすれば、この冷静な演奏には歯がゆい思いをするであろう。>

素直で自然体の演奏が、みずから語りだす音楽のすばらしさ。
凛々しくもみずみずしい、この頃から始まったマーラー演奏も、みんなそんな指揮ぶりだった。

しかし、モーツァルト管との演奏のあとに、ロンドン響を聴くと、そちらの方が細かなニュアンスが豊かで、繊細さもより感じたりもしたのだ。
客観的な演奏だと思い込んでいたロンドン響の録音。

モーツァルト管との演奏は、ほどよいピリオド奏法をとりながら、先鋭さは一切なく、しかもト短調という悲壮感や哀感はさらにまったくなし。
さりげなく、すぅーっと始まり、風が通り抜けるくらいにさらりと終えてしまう。
40番という曲に求めるイメージと大違いで、人によってはこちらの方が物足りなさを感じてしまうかもしれない。
全体に軽く、羽毛のように、ひらりと飛翔する感じなんです。
若いメンバーの感性に委ねてしまい、逆にメンバーたちは、アバドの無為ともいえる指揮に導かれて、おのずと若々しくも透明感あふれる音楽が出来上がることとなった。
ロンドンとの第2楽章も美しいが、モーツァルト管との長い第2楽章は、歌にもあふれ、楚々とした趣きがまったく素晴らしく、さざめくような弦の上に、管が愛らしく載っかって曲を紡いでゆくさまが、ほんとステキ。
ここ数日、寝る前に、この楽章を静かに聴いてから休むようにしてました。
アバドの作り出す音楽、2013年8月のルツェルンが最後となりましたが、そのあと、アバドが何を指揮し、どんな演奏を聴かせてくれただろうか?

さて、このふたつの40番、どちらが好きかというと、わたしはやはりロンドン盤でしょうか。
壮年期のアバドが、ロンドン、ウィーン、ミラノ、シカゴと世界をまたにかけて活躍していたころ、おごることなくたかぶることなく、こんな素直なモーツァルトを演奏していた。
あとなんたって、このレコードを愛おしく聴いていた自分も懐かしいから。
モーツァルト管の演奏は愛着という点でロンドン響に勝らなかった・・・・

これからもアバドのいろんな演奏は繰り返し聴いていきます。

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今年のアバド生誕週間は、ロッシーニとモーツァルトでした。

ことに、あんまり聴いてなかった、「ランスへの旅」はほんとうに面白かったし、自分にとっての新たな「アバドのロッシーニ」の発見でした。
願わくは、いろんな放送音源をいずこかで正規に音源化して欲しいものです。

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2021年6月27日 (日)

ロッシーニ 「ランスへの旅」 アバド指揮

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梅雨の狭間の晴れ間に皇居。

二重橋です。

ほんとに美しい、緑と青。

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こちらは桜田門。

後ろ手に警視庁があり半蔵門、左手奥は国会議事堂があります。

こうした都心散歩も天気に恵まれると清々しいものです。

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6月26日は、クラウディオ・アバド、68回目の誕生日です。

アバドの十八番ともいえるロッシーニ。

実は「ランスへの旅」は、この作品が蘇演され、そのライブがCD化されてすぐに買い求めて聴いてから、実に35年ぶりに聴きました。
ベルリン盤は、持ってたけど、実は初めて聴いた。。。
なんども恐縮ですが、いまさらながらロッシーニが好きになりましたもので、喜々としてこのふたつの録音をとっかえひっかえ聴きまくり満悦の日々をこのところ送ってました。

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  ロッシーニ 歌劇「ランスへの旅」

   コリンナ:チェチーリア・ガスティア
   メリベーア侯爵夫人:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
   フォルヴィルの伯爵夫人:レラ・クヴェッリ
   コルテーゼ夫人:カーティア・リッチェレッリ
   騎士ベルフィオール:エドアルド・ヒメネス
   リーベンスコフ伯爵:フランシスコ・アライサ
   シドニー卿:サミュエル・ラミー
   ドン・プロフォンド:ルッジェーロ・ライモンディ
   トロムボノク男爵:エンツォ・ダーラ
   ドン・アルヴァロ:レオ・ヌッチ
   ドン・プルデンツィオ:ジョルジョ・サルヤン
   ドン・ルイジーノ:オスラヴィオ・ディ・クレディーコ
   マッダレーナ:ラクェル・ピエロッティ
   デリア:アントネッラ・バンデッリ
   モデスティーナ:ベルナデッティ・マンカ・ディ・ニーサ
   アントニオ:ルイージ・デ・コラート
   ゼフィリーノ:エルネスト・ガヴァッツィ
   ジェルソミーノ:ウィリアム・マテウッツィ

    クラウディオ・アバド指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団
               プラハ・フィルハーモニー合唱団

         演出:ルカ・ロンコーニ

  (1984.8.16~26 @ペ-ザロ、ロッシーニ音楽院、ペドロッティホール)

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   コリンナ:シルヴィア・マクネアー
   メリベーア侯爵夫人:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
   フォルヴィルの伯爵夫人:ルチアーナ・セッラ
   コルテーゼ夫人:チェリル・ステューダー
   騎士ベルフィオール:ラウル・ヒメネス
   リーベンスコフ伯爵:ウィリアム・マテウィツィ
   シドニー卿:サミュエル・ラミー
   ドン・プロフォンド:ルッジェーロ・ライモンディ
   トロムボノク男爵:エンツォ・ダーラ
   ドン・アルヴァロ:ルチオ・ガッロ
   ドン・プルデンツィオ:ジョルジョ・サルヤン
   ドン・ルイジーノ:グリエルモ・マッティ
   マッダレーナ:ニコレッタ・クリエル
   デリア:バーバラ・フリットーリ
   モデスティーナ:バーバラ・フリットーリ
   アントニオ:クラウディオ・オテッリ
   ゼフィリーノ:ポージダール・ニコロフ
   ジェルソミーノ:ポージダール・ニコロフ

    クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
               ベルリン放送合唱団
         Fl:アンドレアス・ブラウ
         Hp:シャルロッテ・スプレンケレス

        演出:ドラナ・キーンアスト

      (1992.10.13~19 @ベルリン・フィルハーモニー)

このふたつの上演のほかに、アバドはスカラ座とウィーン国立歌劇場でも上演してます。
スカラ座:1985年9月~ キャストはペーザロのものとほぼ同じ
ウィーン国立歌劇場:1988年1月~ ペーザロのメンバーに、コルテーゼ夫人がカバリエに変わってます。
          1989年10月  東京文化会館で5回上演 カバリエ

こうしてみると、アバドはポストが変わるごとに、思い入れのある作品をことごとく取り上げてます。
ミラノ→ウィーン→ベルリン。
アバドの足跡をたどってみると、こうした勝負作品が絞られてきます。
オペラで言うと、シモン・ボッカネグラ、ドン・カルロ、チェネレントラ、ヴォツェック、ボリス・ゴドゥノフ、ここにランスへの旅も加えてもいいかもしれません。

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「バレーを伴う舞台カンタータ」というカテゴライズをされ、ロッシーニの作品目録にはオペラ扱いもされておらず、1970年代までは、まったく未知の作品だった「ランスへの旅」は、「ランスの旅、または金の百合亭」という長いサブタイトルもあります。
イタリアに別れを告げ、フランスで活動をしていた1825年、シャルル大帝の戴冠式に、ということでその祝賀式記念オペラを委嘱され作曲された。
このシャルル大帝の戴冠式が最後となってしまったが、フランスの歴代皇帝は、戴冠式の聖油を授かるのはランスで、という伝統があり、パリでは同時に祝祭行事が行われていた。
この事実をまさに扱ったのが、この作品で、「各国の時間を持て余したお金持ちがランスに向け、旅をしようと、金の百合亭という温泉地旅館に滞在していたが、馬車や馬といった交通手段を得ることができなくなり、大騒ぎになるが、シャルル大帝がパリに戻るということで、定期便を利用してパリに行くぞー、そのまえに宴会だぁ~」というのが概略。

結局、4度ほど上演され、ロッシーニはこうした特別な機会オペラなので、今後の上演にもこだわらず、出版もされず、フランス語オペラ「オリー伯爵」に改訂を加えて転用し、そのままになってしまい、自筆譜は各処にバラバラに消失。
 1970年代終わりの頃から、この作品の発見の旅が始まり、まずは、パリの国立図書館でパート譜の多くが発見。
次に、自筆譜の一部がローマのチェチーリア音楽院の図書館で見つかるが、自筆譜の多くは、オリー伯爵に転用後捨てられてしまっていたことも判明。
それからウィーンの国立図書館では、第三者による改作譜の一部も見つかり、調査の範囲も広がり、復元が苦心惨憺なされた。
それらの楽譜の一部が、ロッシーニ協会からアバドの元に送られ、興味を示したアバドは、復元の立役者ロッシーニ研究科のゴセット教授とともに、本格的な上演に向けて検討を積み重ねました。

こうして、1984年8月にペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで歴史的ともいえる蘇演がなされたわけです。

初演時が、ともかく祝祭的な国家事業規模のものだったので、ロッシーニは当時の名歌手たちを想定して、10人もの主役級の歌手と難易度の高いアリアや重唱、名人芸を披露するソロを含むオーケストラパートなど、ある意味金に糸目をつけない贅沢品のような作品に仕上がってのです。
このあたりも、もう上演されないかも、的な思いを抱いた理由かもしれません。

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劇の内容は、ばからしく他愛もないけれど、ややこしいのは各国の登場人物たちの名前と身分をあらわすタイトルで、彼らが次々と登場しては歌いまくるので、その都度、解説書の配役表に戻ってにらめっこすることとなる。
それでも1度や2度ではわからない。
しかし、今回、貴重な映像を発見したので、それも全部見ることで、ほぼ作品理解につながりました。
ということで、ペーザロでの出演者をアイコンにして、みなさんのお立場や、このオペラで何をするかをまとめてみました。

Corinna コリンナ:有名なローマの女流即興詩人
            実はシドニー卿と相思相愛の精神的恋愛中
            しかし、女好きのベルフォーレに言い寄られる

Melibea メリベーア侯爵夫人:ポーランド出身、イタリア人将軍の未亡人
          リーベンスコフと恋仲だけど、ドン・アルヴァロも好意

Follevilleフォルヴィル伯爵夫人:若い未亡人、パリっ子で常に流行に敏感
              最後はすけこましのベルフォールとしっぽり 
  
Corteseコルテーゼ夫人:チロル生まれ、金の百合亭のオーナー
        とてもいい人、多くの使用人からも慕われてる

Belfiore騎士ベルフィオール:フランスの仕官、女性を口説くことが趣味
          日曜画家でもあったりする

Libenskofリーベンスコフ伯爵:ロシアの将軍、頑固で嫉妬深い
          メリベーア侯爵婦人のことが好き         

Sidneyシドニー卿:イギリスの軍人、コリンナを愛してる
      固い人物で、コリンナへの愛情表明も慎み深い

Don-profondドン・プロフォンド:学者、コリンナの友人
          熱狂的ともいえる骨董品・歴史物マニア
          ほかの人物たちをよく観察している

Trombonokトロムボノク男爵:ドイツの陸軍少佐、熱烈な音楽愛好家
         後半で、歌合戦の司会を務めるなど狂言回し的存在

Don-alvaroドン・アルヴァロ:スペインの提督、堅物風だが熱い男
         メリベーア侯爵夫人のことが好きで、リーベンスコフと喧嘩

ほかの登場人物は、宿の就業者や、各金持ちさんのお付きの方々ですが、レシタティーヴォだけだけど、重要な伝達役だったりで、役回りとしてそれなりの存在を求められます。
ペーザロ盤では、マッテウッツィがそうした端役を歌いながら、ベルリンではロシアの伯爵に昇級。
またおなじみのフリットーリがベルリン盤では端役として出てます。
ちょい役だけど、ちゃんとフリットーリのお声でした。

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「ランスでの戴冠式に備えて、金の百合亭で出発を待つ各国の諸氏。オーナーのコルテーゼ夫人がスタッフたちに激励。
おしゃれ好きのフォルヴィル伯爵夫人は、せっかくの衣装が届かずイライラしていて、しまいには気絶してしまう。
みんなで介抱するうち、荷物のなかから、ステキな帽子が見つかり、すっかり上機嫌な伯爵夫人。
メリベーア侯爵夫人をめぐって、リーベンスコフとドン・アルヴァロが喧噪を起こす、ほかのメンバーも加わって大騒ぎとなるが、そこにハープを伴って、コリンナが涼やかな歌を披露し、一同は聞き惚れ平和な思いをかみしめる。
 場は変わり、シドニー卿が登場し、フルートを伴ってコリンナへの愛を歌う。
ドン・プロフォンドは、シドニー卿にアーサー王の甲冑とかなんとかはどこで見れるの?と問い、とんちんかんなやり取りがある。
ついでは、女好きのベルフィオールがコリンナを歯も浮くようなセリフでナンパをするが、コリンナは冷たくあしらう。
そんなやりとりを、ニヤニヤしながら見ていたドン・プロフォンドは、参加した諸氏のお国のお宝や骨董を、ものすごい勢いで賛美する。
 さてしかし、一同のもとに、馬車の用意ができない、馬もまったく手当てできないという報告が届く。
<あーーーー!>ものすごい全員の声による落胆!

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 またまたさてしかし、お手紙到着、数日のうちに国王がパリに帰還し、そこでお祝いの行事が行われると判明。
一転して狂喜乱舞、パリなら定期便があるので必ず行ける、まずはここでパーティを、残ったお金は寄付しようということになり、14人の大コンチェルティーノとなる(ここはすごい!!)
 (全曲通しの1幕ものだけど、上演ではここで一休み)
メリベーア侯爵夫人とリーベンスコフは、仲直りして愛の二重唱。
めでたし、ということでこれよりフィナーレ。
トロムボノクの司会で、メンバーが次々に、自国の歌やダンスを披露、ここがまた楽しい、まるでガラ・パフォーマンスだ。
最後は、コリンナに、ということで何をテーマに歌うかということで投票が行われ、フランス国王シャルル10世が選ばれ、彼女はオオトリに、ハープを伴い、これもまた素晴らしく玲凛としたアリアを披露。
国王を全員で賛美し、幕となる」  

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しかし、華麗でありつつ、ユーモアたっぷり、皮肉や引用も巧みで、最高のエンターテインメント魂に富んだロッシーニの筆は冴えわたってます。
聴いていると、体も動きだすみたいで、中毒性もあります(笑)

①コルテーゼ夫人のアリア~ものすごい技量が要求される
②フォルヴィル伯爵夫人のアリア~コロラトゥーラの難易度の高いアリア
③6重唱~嫉妬と混乱
④コリンナのアリア~ハープソロにより美しい曲
⑤シドニー卿のシェーナとアリア~フルートソロを伴う長大な曲、フルートは超難しい
⑥ベルフィオールとコリンナの二重唱~恥ずかしくなるくらいのナンパ曲
⑦ドン・プロフォンドのアリア~カタログの歌、私は町の何でも屋にも通じる早口アリア
⑧14声によるコンチェルタート~もう楽しくてしょうがない、アバドはここをアンコール
⑨メリベーア侯爵夫人とリーベンスコフの二重唱~どちらも難解な歌
⑩リトルネッロ~古風なバレエ音楽
⑪フィナーレ~ドイツ賛歌・ポロネーズ・ロシア賛歌:スペイン民謡・イギリス国歌・フランス民謡・ヨーデル
⑫即興曲~コリンナのアリア

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これが発売されたとき、高崎先生は「満漢全席」と評されました。

まさにそう、音楽もそうだし、この2つのCDのアバドの指揮のもとに集まった歌手たちのメンバーの豪華さもそう。
ペーザロの蘇演では、フレーニも候補としてノミネートされていたらしいから、そこもまた聴きたかった。
アバドとして最後のランスのベルリンまで、ずっと変わらぬメンバーのテッラーニがまず素晴らしい。
つくづく早逝が惜しまれますが、真のロッシーニ歌手かと思う。
 あと重複組では、凛々しいラミー、あきれ返るくらいにウマいライモンディ、余人をもって耐え難いエンツォ・ダーラの面白さ。
マクネアーも無垢でよろしいが、ガスティアの常人的でないくらいの美声によるコリンナが可愛い。
ふたりのフランス夫人は、クヴェッリの透明感あふれる歌唱、セッラの驚きの軽やかさ、どちらも捨てがたく好き。
館のオーナーは、リッチャレッリに軍配。ステューダーはちょっと不安定かな、声は好きだけどね。
アライサ完璧、大好き。
アバドファミリーのふたり、ヌッチとガッロもうまくて芸達者だ。
ふたりのヒメネスは、技量がすごい、でも空虚感も感じるのはロッシーニが描いたこの人物ゆえかww

最後にアバドの指揮。
映像で確認すると、完全暗譜。
その指揮姿も、聴かれる音楽も、まるで出会ったばかりの作品とはこれっぽちも感じさせない。
それだけ、自分のものになってるし、緻密に書かれたロッシーニの音符が自然体で、新鮮さをともなっていることに驚き!
指揮者とともに、初の演奏体験をしたヨーロッパ室内管の方が、鮮度のうえではかなり上回る。
演奏することの喜びを、アバドの指揮の下で爆発させている感じだ。
 一方、海千山千のベルリンフィル。
カラヤン時代は考えられなかったロッシーニのオペラに、全力投入。
世界一のオーケストラがロッシーニのオペラを演奏したらこうなる、という見本みないな、逆な意味で模範解答みたいな上質の演奏。
ブラウのフルートソロを始め、各奏者の腕前も引き立つ。
映像でも確認できる、手抜きなしの全力演奏ぶりに感心します。
両方のオケともに素晴らしいが、オペラとしては、ヨーロッパ室内管の方が相応しいかもしれません。
また、初演時の機会音楽としての祝祭性は、ベルリンフィルのきらびやかさが似合うのかもしれません。
こうなると、スカラ座、ウィーン、どちらも聴いてみたいもの。

で、そのウィーンでの上演の様子が、ネットで探すと全幕見れる。
画質は悪いが、カバリエの思わぬ芸達者ぶりもわかるし、最後に14重唱をアンコールしてる!!
さらに、ベルリンフィルとのステージ上演もネットにはありますよ。
こちらも低画質だけど、全員ノリノリで、観客も熱狂。アンコールもあり。
我が家には当時日本での放送のVHSビデオがあるはずなんだけど、行方不明中。
そしてさらに、ペーザロでの歴史的な蘇演もネットで、これがまた思わぬ高画質で見れました!!
これはまったく素晴らしい。
ということで、3つの映像も今回視聴。
頭のなか、ランスだらけだよ・・・・

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1989年のウィーン国立歌劇場の来日上演は、残念ながら、ランスとヴォツェックのアバドが指揮したふたつは行くことができなかった。

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パルジファルのS席に薄給を全力投球してしまったもので。
結婚したばかりで、そんな環境にもなかった時期でした。
しかし、時代はバブル真っ最中でしたねぇ・・・

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  (ペーザロでカーテンコールに応えるアバド)


長文となりましたが、アバドの音楽にかける思いは、ほんとうに熱く、多くの残された成果をこうして見聞きするにつけ、偉大な存在だったと思わざるをえません。

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大手町のビル群とお堀、そして城壁。

皇居の周りは、こうしてビルばかりとなってしまい、ほんとうはどうかと思われるのですが、考え抜かれた設計に基づいてのことだとは思います。
風も皇居から抜けて通るようになってるのが清々しいです。

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2021年1月29日 (金)

プロコフィエフ スキタイ組曲「アラとロリー」アバド指揮

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こう見えても「牛」さんです。

今年ほど、その年の干支が何であるか?あまり意識しない年はないと思う。

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なにもかも、世界中がおかしくなってしまった。

それでも、4丁目交差点の和光は、こうして2021年を演出してくれました。

プロコフィエフシリーズ、そして今日は怒りを込めて野卑に。

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プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

①の時代から。

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  プロコフィエフ 「スキタイ組曲」~アラとロリー op.20

    クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

        (1977.2.22 @シンフォニーホール、シカゴ)

1914年、音楽院を卒業したプロコフィエフは、ロンドンでディアギレフに出会い、新作の委嘱を受け、手掛けるべく準備していたオペラ「賭博者」を提案するが断られる。
第2のストラヴィンスキーとして期待していたディアギレフは、「ロシアのおとぎ話か、原始的なものを」という提案をし、バレエ「アラとロリー」に取り掛かり、仕上げたピアノスコアで、ディアギレフに聞かせたものの、お気にめさず、別な素材にしてほしいとされる。
ディアギレフのバレエ・リュスでの作品は、こうして流れてしまい、プロコフィエフは出来た「アラとロリー」のなかから気に入った素材を集めてオーケストレーションし、1915年「スキタイ組曲」として完成させた。
 バレエ・リュスのために同時に書いたバレエ作品は、「道化師」op21で、1916年に完成。
しかし、その後、ロシア革命やアメリカ亡命などで、「道化師」の初演は1921年まで待たねばならなかったようだ。

  →「アバドの道化師」

 1.ヴェレスとアラの崇拝
 2.邪教の神、そして悪の精の踊り
 3.夜
 4.ローリーの輝かしい出発と日の出

スキタイ人は、有史以前に黒海周辺に暮らしていた世界史上初の遊牧騎馬民族で、その歴史を紐解くと世界を股にかけていて、なかなかに面白い。
この物語は、
「スキタイ人の偶像崇拝神、太陽神ヴェレスの姫アラ。
彼女に邪な愛を抱き、さまざまな霊をしかけたりと、ちょっかいを出し、脅かす続ける邪教神チュジボーグ。
そして、若い戦士ローリーは、彼女を苦境から救いだし、やがてアラと愛し合い結ばれる」という古きスラヴの伝説に基づくもの。

「春の祭典」を聴いて、自分もそれっぽい作風のものを書いてみようという思いが念頭にあったプロコフィエフ。
立派に、バーバリステックしてます!
1916年1月29日のマリンスキー劇場での初演は大騒ぎになったとか。

1.冒頭から激しく荒れまくる狂暴極まりない音楽。
ヴェレスへの帰依、憑依といいますか、もう狂っとるで。
静まると、なんとも怪しげなミステリアスな世界へ、こちらはアラを表すものだそうな。

2.そして来ますよ、キターっ!
邪教の神さんが、地下より悪霊召喚だ!
原始的でもあり、暴力的でもあり、かつまた超かっちょええ!
短いけど、ハルサイも真っ青の世界で、禍々しい世界にひたりましょうぞ!

3.一転、静かな夜想曲タッチの「夜」の音楽。
こちらも負けじおとらじの怪しげタッチな音楽。
夜陰にまぎれて、アラーを襲う邪教神チュジボーグだが、涼しげなチェレスタやハープによって表される月光を浴びて退散。

4.今度は、月の光から、日の出の明るい光景で、妙に明るくもあり、なんだか飄々としても感じるクルクル回るような音楽だ。
邪教神の成敗に向かうロリーと、闘いの様子。
そして、なんだかあっけないくらいに打ち負かしたようで、あたりを眩しい光線が徐々に照らしていくさまは、怪しさも満載。
光線のような輝かしい唐突な盛り上がりとエンディングは、スクリャービンの「法悦の詩」の終結に似たり。

ということで、にぎやかな22分間です。
夜中には絶対聴けない、ある程度音量を上げないと、ダイナミックレンジの幅が大きすぎて聴き取れない。

こんな音楽を、アバドは喜々として指揮しているように感じる。
全然、刺激的な音楽には聴こえない。
羽毛のように軽やかかつ、ナイフのように鋭利で、でもしっかり歌うスタイル。
あのスタイリッシュな一連のストラヴィンスキーシリーズにも通じる。
おまけに、ここではシカゴの強靭なアンサンブルが最高潮に寄与していて、オケはべらぼうにうまい。
ホールの乾いた響きをうまくとらえたDGの録音も、レコード時代から最高によかった。

この年の2月、同時期に、アバドとシカゴは、ポリーニを迎えて、あの名盤、バルトークの協奏曲を録音してます。
70年代から90年初期まで続いたアバドとシカゴの蜜月関係。
先ごろ、ハイドンのコンチェルタンテのライブが復刻されたが、シカゴ響のライブラリーに音源があれば、どんどん出して欲しいな。

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荒ぶるプロコフィエフの初期の音楽を、スタイリッシュなアバドの指揮で聴きました。

次のプロコフィエフは、ピアノ協奏曲2番か、「賭博者」であります。

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2021年1月23日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番 ゼルキン&アバド

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 昨年初冬に行った京都、南禅寺。

数年ぶりの京都は、娘のご縁が元で、今年の初夏にも訪問予定。

静かな京都は、やはりいい。

モーツァルトが聴きたくなって。

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 モーツァルト ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482

            Pf:ルドルフ・ゼルキン

  クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

      (1984.10 @セント・ジョンズ、スミス・スクエア)

22番の協奏曲が好きです。
スケール大きく始まるが、おおらかな第1楽章。
愉悦感あふれ、チャーミングな3楽章は、まるで、モーツァルトのオペラの一節を聴いているかのよう。
エンディングの瞬間も、ピアノのつぶやきが素敵すぎる。
そして、その間に挟まれた第2楽章は、ハ短調。
涙に濡れたような哀しみと嘆きのアリアです。

K488の23番の協奏曲と姉妹作となっていて、ともに、オーボエを外してクラリネットを起用していて、そのあたりが優美さとウェット感を醸し出している。
1785年、この頃のモーツァルトは、ハイドンセットを完成させ、翌年はフィガロと充実の日々の29歳でした。

ルドルフ・ゼルキン、このとき、81歳。
指揮するアバドは52歳。

明鏡止水なり。

枯淡ななかにも、瞬く愉悦感。

ゼルキンとアバド&LSOのモーツァルトは、レコード時代末期にスタートし、CDで買いなおし、1枚1枚揃えましたが、全部で7枚、14曲です。
しかし唯一、ヨーロッパ室内管に変えた16番は、単独ではCD化されず、15曲目のそちらは、なんとワタクシ持ってません。
組物セットには入ってるという不条理さ・・・・

ゼルキンのゆったりとしたなかに、モーツァルトの歌の本質を聞かせるピアノは、枯れていながら輝いてる。
アバドの慎ましさと、流麗かつ誠実な一音たりとも揺るがせにしないオーケストラは、ニュートラルなロンドン響のサウンドを得て、素晴らしいモーツァルトになってます。

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「和」な雰囲気。

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2021年1月20日 (水)

シューベルト ミサ曲第6番 アバド指揮

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真冬の水仙は、鮮やかな花がないこの時期にあって、その甘い香りとともに癒しです。

そして、今年もめぐってきました、クラウディオ・アバドの旅立ちの日。

2014年1月20日から、もう7年が経ちました。

あの日の衝撃と悲しみ、自分のブログをよく読み返して思いでをなぞることがよくありますが、そのときの記事ほど、悲しいものはありません。

「さよなら、アバド」

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 シューベルト ミサ曲第6番 変ホ長調 D.950

  S:カリタ・マッティラ Ms:マリアナ・リポヴシェク
  T:ジェリー・ハドレー T:ヨルゲ・ピタ
  Bs:ローベルト・ホル

 クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
              ウィーン国立歌劇場合唱団
        合唱指揮:ワルター・ハーゲン-グロル

         (1986.11.1 @ムジークフェライン)  

アバドはシューベルトが大好きでした。
ご存じのとおり、交響曲全集、いくつかの交響曲録音、ロザムンデ、ミサ曲を数度、オペラにオーケストラ伴奏付き歌曲まで、多くの録音があります。
そんななかから、これまでブログで取り上げてなかったミサ曲第6番を。

ウィーンとの蜜月時代、86年に「万霊節(オールセインツ・諸聖人)」コンサートで取り上げた演目のライブで、このときは、モーツァルトの宗教作品も演奏してます。
同じ演奏が映像化されていて、さらに2012年のザルツブルク音楽祭でも演奏していて、こちらも映像化されてます。
こちらもモーツァルト作品と組み合わせていて「孤児院ミサ」です。
 1986年の頃は、アバドとウィーンフィルはベートーヴェンチクルスに取り組んでいた、まさにその年です。

6曲あるシューベルトのミサ曲。
なかでも、5番と6番は後期ミサ曲として規模も大きく、内容も深いため、昨今人気のある作品。
早逝のシューベルト、最後の年1828年の作で、生前は演奏されず、翌年に初演されたとのこと。
歌曲の人、シューベルトにとって典礼文のあるミサ曲・宗教曲は、きっと手ごわいカテゴリーだったと思いますが、そのためにも、対位法をしっかり身につけようと、この時期のシューベルトは懸命に勉強していたとのこと。
グロリアの最後におかれたフーガ形式の部分など、壮大な伽藍をのようで感銘を受けます。
そんな真摯なシューベルトの孤高の作品として、最後の3つのピアノソナタに通じるものもありまして、時間が許せばその3作を後で聴いてみたいと思ってます。
シューベルトが、もっと生きていたら、そのあとどんな作品を生んでくれたでしょうか?音楽史はまったく変わっていたかもしれません。

ベートーヴェンに取り組んでいたこの時期のアバドとウィーンフィルの演奏。
やはりベートーヴェンに近づいたシューベルトになっていると思います。
アバドらしく、流麗で歌にあふれた音楽ですが、フーガの部分など、かなり克明に描いていてスケールの大きさも感じさせるのがそうしたところです。
そう、シューベルトの晩年のスタイルに沿うような演奏がアバドの指揮なのです。
ほかの演奏を多くは聴いてませんが、もっとシューベルトらしい緩やかさや素朴さを感じさせるものはあるかもしれませんが、アバドのシューベルトのミサ曲は、シューベルトが次に向かおうとしていた世界を感じさせるような、そんな演奏でした。
オペラ歌手でそろえた独唱者もそんな意向がうかがえますが、ちょっと立派すぎたかも・・・。
同じことは、重厚な国立歌劇場の合唱団にもいえます。
 しかし、こともあろうに、2012年のザルツブルクライブはまだ未視聴であることは痛恨です。(買わねば!)
若いモーツァルト・オーケストラに、俊敏なシェーンベルク合唱団、大物のいないソロとのシューベルトは、きっとアバドがやりたかった、また別のシューベルト像の演奏かもしれません。
そちらはいずれ視聴して記事に残したいと思います。

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このCDと同じ演奏がDVDになってまして、そちらも併せて聴いております。
若々しいアバドの指揮姿は、颯爽としていて気持ちがいいものです。
前半のモーツァルトの宗教作品も含めて、アバドは全部、暗譜。
譜面を置いて、見ながらの指揮よりも、演奏者側は常に指揮者に見られてるいるという意識もあるので、逆に集中力も上がるし、緊張感も増すとは思いますが、でもアバドの柔らかな流れるような指揮にはなんらの威圧感もなく、出てくる音楽はいつもしなやかです。
もちろん、譜面に顔を突っ込んでいたと思うと、時にギロっと睨まれると、それに備えて奏者たちも常に緊張しますから、おっかない指揮者の場合は効果抜群です(笑)

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 あとは懐かしいウィーンフィルの面々。
そして、年齢層高めな国立歌劇場の合唱団の皆様(笑)。
女性陣の髪型は、この時代ならではで、カーリーヘアとかソバージュみたいなヘアスタイルがみられて、なんだか懐かしくもあり。
そして、日本はこの頃はバブルの真っただ中でございました。

いまでは、いろんな指揮者が取り上げるミサ曲6番ですが、アバドが録音した頃は、まだそんなにメジャー作品ではなかったです。
確か、記憶では、ジョルダン&スイス・ロマンドも同時期に発売され、珍しい曲が同時に、なんて話題になった記憶があります。

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アバドの旅立ちの日に、すてきなシューベルトをじっくりと聴きました。
あらためて、クラウディオ・アバドは素晴らしい指揮者です♬

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2021年1月 2日 (土)

ヨゼフ・シュトラウス 「水彩画」

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「迎春」

2021年、関東地方は晴天のお正月を迎えましたが、寒さ厳しく早朝の山は例年にもまして、登るのに気力が必要でしたが、小高い山頂についてみれば、そこはもう爽快さの極みでして、新春を迎え清らかな気分に満たされました。

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多難な年であった昨年。
今年は、普通の1年であって欲しいものです。

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  ヨゼフ・シュトラウス ワルツ「水彩画」 op.258

   クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

        (1991.1.1 @ウィーン)

アバドのニュー・イヤーコンサートは、1989年と1991年の2年だけ。
ベルリンフィルの指揮者になってからは、ジルヴェスターコンサートがあるし、ウィーンとの関係も疎遠となってしまったので、貴重な2度の記録なんです。

その2年、2回のコンサートのなかから、これまでいくつかの曲をブログにしましたが、2021年最初の記事は、ヨゼフ・シュトラウスで。

ヨゼフ・シュトラウスは、父ヨハン・シュトラウス1世の次男、ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の弟で、工学技師から音楽家に転向した鬼才の持ち主で、280の作品や多くの編曲、指揮活動をその42年の短い生涯に行ってます。
生没年は、1827~1870年で、思えば昨年2020年は、没後150年にあたりました。
その激動の人生は、Wikiに詳細が書かれてますので、是非ご覧下さい。
わたくしもびっくりしました。

ワルツ「天体の音楽」が好きで、むかしから、この曲ばかりを聴いてましたが、その印象は、抒情・詩情を感じさせるすっきり派というものでした。
そんなヨゼフ・シュトラウスにぴったりの指揮がアバドの個性だと思います。

多彩な才能に恵まれたヨゼフは、画才も豊かだったようで、数々の作品があるそうです。
水彩画の持つ淡いタッチや柔らかさをワルツで表出したかったそうで、そうした柔和で優しい部分と、決然としたきっぱり感をあらわす場面との5つのワルツがメインになってます。

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 アバドの流れるような指揮に乗ったウィーンフィルのやわらかなサウンドが魅力的。
古いVHSを復元しましたが、にこやかに笑みを浮かべながら指揮するアバド。
そして、この頃は、メンバーのひとりひとりの顔をそらんじていたくらいにお馴染みのウィーンフィルの面々。
豪華な主席級の奏者たちの顔ぶれ。
この頃のウィーンフィルのメンバーに慣れてますので、昨今のすっかり若返った顔ぶれは、映像で見せられても、私にはウィーンフィルとわかりません。

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ムジークフェラインの似合う指揮者アバド。

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1991年、58歳のにこやかなアバド。

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青きドナウの前のお決まりのしきたり。

「Frohes neues Jahr!」

ここ数十年、ニューイヤーコンサートは見なくなってしまったからかもしれません。
ファンの方には叱られるかもしれませんが、厳しい顔して指揮をするニュー・イヤーはちょっと苦手なもので。
わたくしのニュー・イヤーは、アバドとクライバーで止まってしまってます、古い人間ですなぁ・・・・・

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今年も自分のペースで、聴きたいものを聴き、視聴し、書きたいように書きます。

ともかく、心も身体も健康第一、よろしくお願いいたします。

 

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2020年12月31日 (木)

ベートーヴェン 交響曲第9番 アバド指揮

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冬の六本木、けやき坂。

今年もきれいに輝いてました。

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コンサートから遠ざかって久しいですが、さすがに日本の年末は第9大国であります。
各オーケストラは、対策を万全に施しつつ、第9をこぞって演奏。
海外指揮者組も来日してくれたのも心強い限りです。
演奏側も、聴き手側も、今年の第9、歓喜の歌は、万感の思いでありましたことでしょう。

わたくしの方は、今年最後の記事を兼ねつつ、敬愛するアバドの指揮で第9を。

 ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 op.125

Beethoven-sym-9-abbado

 クリムトのベートーヴェン・フリーズをジャケットにあしらった、アバド1回目の第9は、85年のライブ録音。
そのまえ、1981年に毎年恒例のウィーン交響楽団の第9に登場して指揮したものがアバドの第9、1号です。

  S:マーガレット・プライス     MS:ヘルガ・デルネッシュ
  T:ジークフリート・イェルサレム B:ゴットフリート・ホルニク

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン交響楽団
                  ウィーン・ジンクアカデミー
              (19811.1 @ウィーン


ウィーンフィルでないウィーンのオケを指揮した他流試合ですが、より自在を感じるし、思い切った表情付けもあり、そして劇的な高まりも素晴らしい。
あとワーグナー歌手を揃えた豪華な歌手陣も!

  S:ガブリエラ・ヴェニャチコヴァ Ms:マリアナ・リポヴシェク
  T:エスタ・ウィンベルイ     Br:ヘルマン・プライ

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                 ウィーン国立歌劇場合唱団
               (1986.5 @ウィーン)

長年聴きなじんだ安心感すら感じる自分にとって安心のアバドの第9はこれ。
やはり、ウィーンフィルの音色、ムジークフェラインの響きは魅力的だし、アバドの歌心も活きてる。

  S:カリタ・マッテラ     Ms:マルフレーダ・ホジソン
  T:ウォーレン・エルスワース  Br:ハルトムート・ウェルカー

     クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                  日本プロ合唱連盟
                 (1987.5.28  @サントリーホール)

わたくしのお宝の秘蔵ライブ。
87年5月に、ニューヨークと東京で、アバドとウィーンフィルは、ベートーヴェンチクルスを行いました。
サントリーホールでのその演奏は、NHKFMですべて生放送され、全部録音できました。
自家製CDRにして、大切に保管してますが、久しぶりに第9だけ聴いてみたら、これが実に素晴らしい。
ウィーンでのDG盤より、燃え盛っていて、アメリカと日本のツアー最後という意気込みも入って、ライブで熱くなるアバドの指揮ぶりをまともにとらえてます。
この時のベートーヴェンチクルス、正規音源化したら、世界遺産級のものになると思いますね。

Roppongi-11

Beethoven-sym9-abbado-bpo-salz

  S:ジェーン・イーグレン   Ms:ワルトラウト・マイヤー
  T:ベン・ヘップナー      Br:ブリン・ターフェル

     クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                  スウェーデン放送合唱団
                  エリック・エリクソン室内合唱団

                 (1996.4.2  @ザルツブルク)

ウィーンでの録音から10年後。
ザルツブルクイースター音楽祭での演奏会に合わせて、会場で録音したのでライブではありませんが、演奏会の前なので、やや慎重さはあるものの、盛り上がりは十分。
なによりも、ベーレンライター版を参照しており、流れるようなテンポで流麗さも感じる解釈。
ロマン派のベートーヴェンだったウィーンとくらべ、やや古典に傾いた感じのベルリン盤。
スウェーデンから連れてきた合唱団の精度が高く、ピリリとしており、ここでもソロ歌手たちの声が光るが、ターフェル君、歌いすぎ。

Abbado-beetohoven-bpo1Abbado-beetohoven-bpo2

  S:カリタ・マッテラ   Ms:ヴィオレタ・ウルマーナ
  T:トマス・モーザー    Br:トマス・クヴァストフ

     クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                  スウェーデン放送合唱団
                  エリック・エリクソン室内合唱団

                 (2000.5.4  @ベルリン)

4年前のザルツブルク録音より、ベーレンライター版をより徹底している演奏。
ベルリンフィルとの全集をライブ録音するという一貫なので、それはさらにそうした意気込みも感じる。
この全集が出たとき、即購入して聴いてみたが、自分にとって初のベーレンライター版ベートーヴェン全集で、その速いテンポと切り詰めた響きにショックを受け、アバドよお前もか・・・・的に思った当時の自分。
いまきけば、そんな思いはまったくなく、ピリオド奏法になれた今の自分の耳からしたら、全然普通に聴こえるのも時代の流れか。
フル編成でない第9は、とてもすっきりしてて、ぜい肉が完全にそぎ落とされスリムだ。
このベルリン盤を聴くと、96年のザルツブルク盤は、まだまだ手ぬるいと感じるくらいに、集中力と緊張感は増し、ベートーヴェンの厳しさ優しさもともに完全表出。
同時にアバドならではの淡麗さと、しなやかさ、そして速い中にも優美な歌を聴かせる3楽章が美しい。
終楽章のスウェーデンの合唱団の透徹した歌声も素晴らしい。
そして、ベルリンフィルはベルリンフィルだ、機能性と分厚さ、そして音色の明るさも!
 病で倒れる前のベルリンでのライブ録音、そして、その病を克服して2001年2月にローマでも全曲チクルスを映像収録。
この映像の音声をCD化した全集も出ましたが、第9のみは、同じベルリンでのライブが採用されました。
ローマでの演奏も聴いてはみたいですね。
合唱がローマの聖チェチーリアのものだったので、そのあたりに、アバドの思いがあったのかもしれません・・・・
映像でのローマの全集でも、第9は、DGライブと違う日、ヨーロッパコンサートで演奏されたものが収録されていて、バリトン歌手のみウィレム・シュルテに代わってます。

2000年の5月の第9演奏、その頃、私は秋にやってくるアバドの「トリスタン」のチケット争奪戦に参戦してまして、その発売日が子供の運動会の当日だったものですから、大きな声援のなか、シートの上で携帯でヒソヒソ電話してめでたくチケットゲットしたものでした。
ところが、そのあと6月に、アバドは病気療養のため静養します、との報が舞い込み大ショックを受けました。
トリスタンはともかく、アバドの無事を祈るばかり。
そして、11月の末に、アバドは痩せこけた姿でしたが、日本のわれわれの前に帰ってきてくれました!
文化会館のピットに現れたアバドを見て、わたしは泣きました・・・・・

Beethovensymphonyno9

  S:メラニー・ディーナー   Ms:アンナ・ラーソン
  T:ヨナス・カウフマン    Br:ラインハルト・ハーゲン

     クラウディオ・アバド指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
                                                マーラー・チェンバー・オーケストラ

                  バイエルン放送合団
                 (2007.8.10  @ルツェルン)  

ベルリンフィルを退任して、アバドの元に集まった名手たちとルツェルンで毎夏コンサートを開くようになりました。
2003年から始まった、ルツェルン音楽祭でのマーラーシリーズ。
2007年には、3番と併せて、ベートーヴェンの第9を取り上げました。
この前年、アバドとルツェルンは、日本にやってきて、マーラー6番とブルックナー4番を演奏。
そのどちらも聴きましたが、これがアバドとのお別れになろうとは、その時は思いもしなかった。

そしてこちらの第9は、DVDにもならず、正規には発売されませんでしたが、さる方のご厚意で聴くことができてます。
ベルリンでベーレンライター版での解釈の到達点を達成したアバド、ここでは、厳しさは柔和さにとってかわり、全曲にわたって微笑むようにして指揮する、笑顔のアバドが感じられます。
タイム的には、ウィーンの頃に戻ったように感じますが、音楽の表情はより多彩で、かつ自然。
このナチュラルさが、ルツェルン時代のアバドだったように感じます。
余計な解釈は施さずに、以心伝心の気の合う仲間と無垢なまでに音楽そのものに向き合う姿。
そこには透明感や無の世界を感じます。
ことさらに3楽章は絶品でありました。
ウィーンの日本ライブのような熱狂は最後ありませんが、それでも堂々とした着実な歩みを感じさせる終楽章に、アバドの到達した高みを感じ取ることができます。

Abbado-9
   ※ウィーン87は、古いカセットテープが音源ですので、回転速度がやや早いとも思われます・・・

アバドの第9を聴くこと6種。
版を変えたことも大きいですが、アバドの音楽の歩みを感じとることもできたその変化に驚きでした。
常に進化をやまなかったアバドに敬意を表したい思いでいっぱいです。

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今年は、たいへんな年となってしまいました。
でもおかげで室内で過ごすことが多くなり、海外のネットストリーミングで数多くのオペラを見ることもでき、見聞がまた広まりました。
観劇したオペラの数、数えること200あまり!
どんだけ見てんだよ、2日にひとつはオペラ見てるって・・・
音楽はやめられない、そのためにも、心も身体も健康で元気にいることが命題です。

良い年になりますように。

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2020年10月28日 (水)

プロコフィエフ ピアノソナタ/ピアノ協奏曲第1番

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浅草ビュー。

もう何年になるだろう、このビールを模したビルと、となりのう〇〇的なモニュメント。
そこに8年前にスカイツリーが加わって、隅田川と浅草のビュースポットとなりました。

このまえ、久方ぶりに浅草散歩をしてきました。
そう、ほぼ日本人で、混雑もなくゆったりの浅草でした。

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プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ。

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918)
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者」など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922)
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933)
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「火の天使」
  バレエ数作

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953)
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

今日は、①から、それも作品番号の初期のピアノ作品から。
母親にピアノを仕込まれ、幼少期から作曲をするようになり、その母が譜面に起こした作品は、プロコフィエフ5歳のとき!

ピアノの練習をするときに、2オクターブ上げて対旋律を加えて引くように母から教えられたことが、プロコフィエフはピアノによる音楽表現の原点。
音楽院時代以降の作品番号1(18歳)の前に、2つの交響曲、未完も含む4つのオペラ、複数のピアノ作品を手掛けているという早熟さ。
これらの作品は、ほとんど聴くことができないけれど、気になる存在です。

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  プロコフィエフ ピアノソナタ第1番 ヘ短調 op.1

      イェフム・ブロンフマン

        (1991.9.17 @BMGスタジオ、ニューヨーク)

1907年、18歳のときの作品で、これまでに手掛けたピアノ作品からの引用などで作曲。
2年後に単一楽章にスリム化して8分ぐらいの作品とした。
メロディアスで情熱的でもあり、まだロマン派的な装いもある。
スクリャービンの初期の頃のようなショパンな感じもするし、ラフマニノフのような濃厚な歌いまわしも感じる。
しかし、情熱的ななかにも覚めた眼差しを感じるのは、やはりプロコフィエフらしいところ。
 5年後の2番目のソナタでは、別人のようなリズム感あふれたプロコフィエフが登場するのが驚き。

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  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 変ニ長調 op.10

      エウゲニー・キーシン

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1993.9 @フィルハーモニー、ベルリン)

1912年、2番目のソナタの前、サンクトペテルスブルク音楽院在学中の作曲で、同年に初演。
1914年の卒業試験で、協奏曲を1曲弾くという規定に対し、自分の作品、この1番の協奏曲を大胆にも披露して、院長だったグラズノフを呆れさせてしまったエピソードがある。
この1番、適度に短くて(17分ぐらいで、連続して演奏される3つの部分を持つ単一楽章形式)、スタイリッシュな感じが好きで、以前よりよく聴いていた。
それというのも、ここにあげたキーシンとアバドのCDをもう何年も前から聴いてきたもので。
3番ばかりが聴かれるプロコフィエフの協奏曲にあって、その3番と1番をカップリングにしたアバドのプロコフィエフ愛を感じるから。
キーシンの技巧の冴えと輝かしい音色もさることながら、アバド指揮するベルリンフィルの圧倒的なうまさ。
切れ味鋭く、クールでブルーな響きがプロコフィエフにぴったり。
もう完全に後年のプロコフィエフの顔をしている、このカッコいい1番の協奏曲を、こんなにスリリングに聴かせる演奏はないです。
同じ年、1993年にアバドはベルリンで、ソリストにガブリロフを迎えて演奏会で取り上げてます。
こちらのライブもエアチェック音源として持ってますが、そちらの方がさらにすごい。
ガブリロフのソロも、最後のクライマックスの超メカニカルぶりがすんばらしいし、アバドの追い込みぶりもすごい。
 ほかの演奏もいくつか聴いてますが、ピアノはともかく、アバドで慣れちゃうとオーケストラがいずれも、もっさりしていて感度不足に感じるんです。。。

この1番の協奏曲、プロコフィエフの一大特徴である「トッカータ調」も聴かれる佳作。
好き。

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隅田川とスカイツリー。
かっこいい水上船もパシャリと写りました。

若いサラリーマン時代、ここから出るお座敷船で、顧客を招いてよく宴会をやりました。
お相手は、お客様だから、ご接待のつもりが、逆に飲まされることおびただしい。
逃げ場のない船上、いまの若い方々には想像もできない苦行。
酒に弱い連中は死んでました・・・・・

でも楽しかった昭和の浅草なのでありました。
プロコフィエフも最高!
次はオペラ行きます。

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2020年10月 4日 (日)

ロッシーニ 「アルジェのイタリア女」 アバド指揮

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10月1日は、中秋の名月で見事な満月でした。

そして、東京タワーは都民の日とGoToキャンペーンの東京解禁を祝して、グリーンカラーでライトアップ。

秋桜と書いてコスモス。
すっかり秋です。

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音楽のシーズンも真っ盛りと言いたいところですが、コロナの蔓延状況で、各国でオペラやコンサートの開催状況がまったく異なります。
日本は、クラシックは聴衆が熱狂しないたぐいの音楽なので、観客はほぼ従来通りに入れることが可能に。
しかし、予防対策は事細かに取り決められ、この部分では開催側も聴く側も、そして何よりも演奏者側も細心の対応が引き続き必要。
ガイドラインを読むと、細かすぎて、文字が多すぎて、頭が痛くなる。
外来演奏家が来日はできても、2週間の待機があるので、実質無理・・・
ウィーンフィルの11月の来日はどうなるんだろう。

ウィーンの国立歌劇場をはじめ欧州各地の歌劇場は再開したが、メトロポリタンオペラは今シーズンは閉館を決定した。
感染率の高かったニューヨークではあるが、徐々に経済活動も再開してます。
しかし、再び陽性率が上昇との報もあるし、BLM運動などで治安も悪い。
なによりも、世界のスター歌手によって成り立つMETの舞台は、そのスター級歌手たちが渡米できないので、ウリである豪華な舞台が成立しない。
ヨーロッパは専属歌手たちがスター級も含めてしっかり根付いているし、日本も海外勢が来なくてもやっていけるし、観客も超一流を求めていない。
METや他民族国家アメリカの宿命をなんやら感じます。

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  ロッシーニ 歌劇「アルジェのイタリア女」 

    ムスタファ:ルッジェーロ・ライモンディ
    エルヴィラ:パトリシア・パーチェ
             ズルマ  :アンナ・ゴンダ
    ハーリー :アレッサンドロ・コルベッリ
             リンドーロ:フランク・ロパード
    イザベッラ:アグネス・バルツァ
    タッディオ:エンツォ・ダーラ

  クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
               ウィーン国立歌劇場合唱団
            合唱指揮:ヘルムート・フロシャウアー
            チェンバロ:ロナルド・シュナイダー
            音楽助手:イオン・マリン

       (1987.9~10 @ウィーン・コンツェルトハウス)

コロナ期間にネット配信で視聴したロッシーニのオペラは10作。
何度も書くことで恐縮ですが、ベルカント系が苦手だったので、あまり聴いて来なかったロッシーニやドニゼッテイにベルリーニ。
しかし、コロナで見事克服(笑)

「セビリア」と「チェネレントラ」しかこれまで記事にしてなかったロッシーニですが、これからこちらもシリーズ化します。
手始めに、当然にアバド好きとしては、初出時のときから所蔵していた「アルジェのイタリア女」で、1度しか聴いてなかった(汗)

ロッシーニ覚醒一回目なので、ロッシーニのオペラを俯瞰します。

17~18世紀のイタリアオペラの系譜を引き継いだロッシーニ。
その生涯(1792~1868)で、自作の流用も含めて42作のオペラを残したが、オペラ作曲活動においては1808年~1829年まで、16歳から37歳までの期間となっていることは有名なおはなし。
驚くべきは、このほぼ20年間で、若いとも言える作曲家が、オペラセリアからスタートし、オペラブッファも極めて、同時にセリアもさらに深化させ、最後にはグランド・オペラの領域に踏み入れたこと。
ドニゼッテイ、ベルリーニ、そしてヴェルデイへと繋がるイタリアのオペラの流れの19世紀における源流がロッシーニ。

16歳の初オペラはセリアで「デメトリオとポリビオ」。
こちらが初演される前、18歳でのブッファ「婚約手形」が初めての上演された作品となり、その後3作を経て、「絹のはしご」「試金石」といういずれもブッファの快作を発表し、一方でセリアの傑作「タンクレディ」が作曲された。
このとき、ロッシーニは21歳。
オペラ作曲家として、その名声を確立させることになる「アルジェのイタリア女」が同じ年、1813年にヴェネチアで初演される。
「アルジェのイタリア女」と逆のパターンの物語、「イタリアのトルコ人」もこの1年後に続きます。
しかし、ロッシーニはオペラ・ブッファを1810年から1817年までの7年間でしか作曲していない。

1980年代から続いたロッシーニ・ルネッサンスで、いまでは多くのロッシーニのオペラが上演、録音されるようになりましたが、かつての昔は、ロッシーニの3大オペラは、3大ブッファで、「セビリア」「チェネレントラ」「アルジェ」の3作でありました。
 要は18歳から25歳までのあいだに、ロッシーニはオペラ・ブッファを極めつくしたこととなり、オペラから早々に足を洗い、人生の最後にあたって、自分は「オペラ・ブッファのために生まれてきた人間だった」としみじみ語ったというが、たしかにブッファ3作は、作者をしてそう語らせるにたる傑作であります。
 でも繰り返しとなりますが、それ以外の数多くあるロッシーニオペラの魅力、少しづつ観て聴いて、味わってみたいと思います。
(しかし、この歳になって、困ったもんです・・・・)

「アルジェのイタリア女」の作曲は、経営不振に陥っていたヴェネツィアのサン・ベネデット劇場のために、その義侠心から書かれたもので、わずか27日間で仕上げられたというから驚きであります。
初演は1813年5月22日で、その日は奇遇にも、ワーグナーの生まれた日でもありまして、実に興味深い符合です。
当時の東洋趣味からして、モーツァルトの「後宮」やウェーバーの「アブハッサン」にも通じる仕立て。
ともかくナンセンス極まりないドラマで、ありえないくらいのクレヴァーなイタリア女性に、間抜けな太守がメロメロとなり、まんまと騙されてしまうというもので、観る側は何も考えることもなく、ただただ才気煥発なイキイキとしたロッシーニの音楽に酔いしれればいいだけ。

初演以来、ずっと変わらず上演され続けてきたオペラともいえるが、いまの現在、あきらかにイスラムの太守であり、トルコ系でもあるやられ役を、そのままに描くことは演出上なかなか厳しいものと思われます。



ジャン・ピエール・ポネルの演出によるウィーンの舞台。
1990年の上演と思われます。

アバドのプリミエ舞台は、87年と88年で、そのときのアシスタント指揮者、イオン・マリンが90年には指揮してます。
エルヴィラを佐々木典子さんが演じてます。

太守の漆黒の色は、現在ではもっと薄くなり肉襦袢を着るようになってます。

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「セビリア」と「チェネレントラ」はずっと早くから手掛けていたアバドは、スカラ座時代に73年、75年、83年に取り上げてます。
ロンドン響と録音することは、エディンバラで上演しなかったことから実現はしなかったのですが、スカラ座での録音がなされなかったのは、ちょっと残念。
ウィーンフィルのロッシーニは、当時は珍しいことで、歌劇場では始終ロッシーニは演奏していても、それは従来の手垢にまみれたスコアであったはずで、アバドはゼッタ校訂の「セビリア」と「チェネレントラ」と同じく、アツィオ・コルギによる校訂版を使用していて、リハーサルもかなり入念に行われたそうです。
トロンボーンとテインパニを廃し、かわりにピッコロを加えて、軽やかさをより増して、アバドならではの爽やかで透明感あふれるサウンドに一新させました。
ほんとは、ただでさえ味わいのあるウィーンの音色より、ロンドン響のほうが、このあたりよりスッキリ感が出たのではないかと思ったりもしますが、そこはやはりウィーンフィル、色彩感がまぶしく感じられる。
75年のロンドン響との序曲集と、87年のこちらのウィーンフィルとの序曲のみを聴き比べると、味わいの濃いウィーンと、よりニュートラルなロンドン、オーケストラの音色の違いとともに、アバドの音楽造りにスケール感が増しているのもわかるし、クレッシェンドの幅がより広大化しているのも聴いてとれる。
 オペラ本編の方でも、アバドならではのロッシーニ・クレッシェンドの巧みさを満喫することができる。
登場人物たちが、びっくりしたとき、密やかな秘密を持ち語るとき、最弱の繊細なピアニッシモで緊張感すら漂わせる。
そこから巧みにクレッシェンドを導いていっては、寄せては返す波のような見事なロッシーニサウンドを引き出すアバドの手腕。
劇場での経験値を重ねたアバドの進化を、かつてのロンドンでの録音とくらべ感じ取れます。
(一方で、若々しい70年代のアバドのロッシーニにも、愛着を感じ、ブッファのロッシーニの真の姿を聴くことができると思ったりしてます)

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清潔でピュアなイメージのベルガンサにくらべ、バルツァの切れ味も鋭く、テクニックも抜群な歌唱は、このオペラの強い女性イザベッラを見事に歌い演じてます。
一瞬、カルメンっぽくて、ちょっと濃すぎる印象を受けるかもしれないけど、これはこれ、すごいもんです。
イタリア人に愛国を訴える名アリアもまったく見事。
当時、デビューしたてのアメリカのテナー、ロパードも若々しく最高音もしっかり出してる。
ライモンデイもこうしたコミカルな役柄は実にうまくて、むしろ気の毒にさえ思えるイイひとぶりを表出。
アバドのロッシーニになくてはならないブッファ・バリトン、エンツォ・ダーラも相変わらず素晴らしいし、若きコルベッリやP・パーチェも可愛くてよろし。
歌手のレヴェルの高さは、アバドの録音ならではです。

ウィーンでの舞台を、このコロナ禍に、2015年の上演で視聴することができました。
指揮は、故ロペス・コボスで、アブドゥラザコフのムスタファがあきれ返るくらいに素晴らしかった。
これもアバド時代から続くポネル演出のリバイバルで、誇張された人物表現が、現実世界と乖離していることをあえて強調していて、これまたポネルの天才性を感じた次第、ともかく面白かった。

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第1幕
 アルジェの太守ムスタファの宮殿。
妻のエルヴィラをもう飽きたとして、彼女とその待女ズルマを悲しませる。
太守はエルヴィラをお払い箱にして、奴隷として捕まえていたイタリア人リンドーロと結婚させようとする。
そして、配下のハーリーに命じ、イカしたイタリア女を探してこいとする。
 海賊に捕まえられたイザベッラと彼女を密かに好きなタッディオ。
ムスタファは一目見てイザベッラを好きになり、彼女は、これはうまくやらねばと、巧みに取り入ることとなる。
串刺しにしてしまえ、と言われたタッディオを伯父と言って助ける彼女、そして宮殿に行方知れずとなった恋人リンドーロがいることを発見し、お互いにびっくり。
イザベッラはすかさず、頭を働かせて、正妻を追い出して自分を後釜にすえるとは何たること、と非難し、リンドーロを自分の奴隷として差し出すようにムスタファに命じる。
混乱する一同。

第2幕
 イザベッラの機嫌をとるために、タッディオにカイマカンという資格を与えることにするムスタファ。
イザベッラと二人きりになってコーヒーを飲みたいムスタファは、自分が咳をしたら退席せよとタッディオに命じるが、タッディオはそれを無視したあげく、リンドーロも妻エルヴィラもそこにいて、楽しい5重唱となる。
リンドーロとタッディオは、ムスタファにイタリア男の粋な嗜み、秘密結社の儀式を教えるからと、計略にまんまとのせる。
「パッパターチ」と唱えながら、ともかく食って飲んで、快楽にふける、その間になにが起きようと気にしない、ともかく飲んで食って「パッパターチ」。
そうした間に、イザベッラとリンドーロ、ふたりが恋人同士だったと知ってがっかりのタッディオと、囚われのイタリア人たちは、船をしたてて出港することに。
ここに至って、騙されたとしったムスタファ。
もうイタリア女はこりごり・・・・とやっぱりエルヴィラがいい、と仲を取り戻した二人、そして全員でイタリア女の勇気をたたえ、幕。

このオペラを聴くと、しばらく「パッパターチ」が耳から離れなくなります(笑)
ポネルの舞台では、うまそうなパスタをほんとに、もりもり食べてました。

全員の最後の合唱
 「美しいイタリア女がアルジェにやってきて、嫉妬深い男とうぬぼれの強い男に教訓を与えた
  女はその気になれば、誰でもたぶらかしてしまう」
いまどき、問題になりそうな歌詞ではあります・・・・・(笑)

面白いぞロッシーニ🎵

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2020年6月27日 (土)

アバド 「スカラ座 その黄金時代」

Shibapark-10

6月26日は、アバドの87回目の誕生日。

ブログ開設以来毎年、アバド特集をこの日に行ってます。

この生誕祭に、6年前から、まさかの追悼祭が加わってしまうとは・・・・・

アバド生誕祭 過去記事一覧

「ロメオと法悦の詩 ボストン響」2006

「ジルヴェスターのワーグナー」2007

「ペレアスとメリザンド 組曲」2008

「マーラー 1番 シカゴ響」2009

「ブラームス 交響曲全集」2010

「グレの歌」2011

「エレクトラ」2012

「ワーグナー&ヴェルディ ガラ」2013

「マーラー 復活 3種」2014

「シューベルト ザ・グレート」2015

「新ウィーン楽派の音楽」2016

「メンデルスゾーン スコットランド」2017

「スカラ座のアバド ヴェルディ合唱曲」2018

「ヤナーチェク シンフォニエッタ」2019

今年はこの映像を。

懐かしくて涙が出ました。

La-scala

 「スカラ座 その黄金時代」

私も体験できた1981年のスカラ座の引っ越し公演。
そのときの模様や、イタリアから来同したジャーナリストのインタビュー集です。
アバド、フレーニ、カプッチッリ、ドミンゴの日本での貴重なインタビューと、シモン・ボッカネグラとレクイエムの舞台の様子、さらには、オテロとクライバーも出てきます。

ソフトフォーカスな画像ですが、日本語字幕もあり、NHKホール、文化会館、銀座や新宿など東京のあの頃の街並みなど、もうほんとに懐かしい映像の宝庫なのであります。

Simon-02

あのジャケットと同じ場面が、東京文化会館の舞台に再現されました。
私には、初アバド、初フレーニ、であたりまえに初スカラ座でした。
カプッチッリ、ギャウロウにはこの5年前のNHKイタリアオペラで、同じシモンを観てます。
このステキなアリアのシーンがこの映像では見れるんです。

Simon-01

父と娘であることが、わかった瞬間の感動的な場面。
この時、オーケストラはフォルテの瞬間を築くのですが、このときのアバドは指揮棒を両手で持って、思い切り振り下ろし、そして広げました。
その出てきた音の輝かしさと、ある意味陶酔的ともいえる音は、幾多も聴いてきたアバドの演奏のなかでも、もっとも脳裏に残るもののひとつです。

Simon-04

カーテンコールに出て行くふたり。
フレーニも今年、亡くなってしまいました・・・・

「シモン・ボッカネグラ」はヴェルデイのオペラのなかでも、もっとも好きな作品だし、あらゆるオペラのなかでも、自分的に上位にくるものです。
それもこれもアバドのこのときの上演と、DGのレコードがあってのもの。
アバドのシモンは、フィレンツェでのDVDも、ウィーンライブも、非正規スカラ座ライブもたくさん持ってますが、ほかはアバド以前の、ガヴァッツェーニとサンティーニのみ。
アバド以降のほかの指揮者のものは一切所有せず、実際、聴いたこともありません。
唯一、今月、ウィーン国立歌劇場のネットストリーミングで観たのが、アバド以外の初シモンでした。
でも、カプッチッリ、ギャウロウ、フレーニ、リッチャレッリ以外の歌手のシモンは、耳が受け入れることはできませんでしたし、それ以上にアバドの指揮でないと、やはりダメという、ある意味、哀しい結果となったのでした。

Requiem-03

文化会館で行われた2度のヴェルデイ「レクイエム」のうち、フレーニが歌った回の映像も観れます。
ここでは、アバドの大きな指揮ぶりと、4人の名歌手たちの歌いぶりが、少しだけど楽しめます。
このときの、NHKFM録音は、自分でも状態よく保存出来ていて、お宝的になってますが、ちゃんとした映像も残してほしかったものです。

ヴェルデイのレクイエムは、カラヤンとアバドが自分では無二の存在。
合唱団の素晴らしさでは、スカラ座に敵うものはありません。
ドミンゴが、この映像のインタビューで語ってますが、メゾソプラノが素晴らしい合唱団はなかなかなくて、このスカラ座は文句なく素晴らしいとしてました。
そう、男声もまったくすごいです。

オケも合唱も、スカラ座の全盛期は、アバド時代だと信じてます。

Requiem-02

ギャウロウもレクイエムにおいては無二の存在。
ルケッティもよかった。

Requiem-04

アバドも、ギャウロウ、カプッチッリ、テッラーニ、ルケッティ、フレーニ、みんな旅立ってしまいました。

このスカラ座来日の1981年、私は新入社員として、社会人1年目の年でした。
薄給だったので、シモンのS席のみに資金を注ぐのみでした。
今思えば、どんなことしても、クライバー含めて全部観て、聴いておくんだった。
でもね、新人1年生が、そそくさと定時上がりをできるような環境は、当時の社会や会社生活ではありえなかったな・・・

Abbado

アバドらしい、いやアバドにしか語れないインタビュー。
人によっては優等生的と思うかもしれない。
でも、アバドがこのあと、ロンドン、ウィーン、ベルリン、ルツェルンと登りつめ、指揮者として大きな存在になっても、ここで語るアバドの謙虚な姿勢はひとつも変わらなかった。

簡単に紹介します。

「演奏家や歌手たちと音楽的な交流を大事にします。見えやすいいよう、指揮台に立つだけで、上から横柄に指図するためではありませんよ。」

「内気な方? そうですね。私はあまり目立ちたくはないですね。指揮者の仕事は、作曲家の音楽をいかに伝えるかなので、指揮者が目立つ必要はないと、私は思ってます。楽譜をしっかり研究して、偉大な作曲家が残した音楽を披露するだけですよ。」
「ただ情熱に任せて音楽を続けるだけですよ。やればやるほど発見があって、満足することは決してありません。より深く学んでいけば、また新たな挑戦に行き着く、それが音楽の魅力です。」

あと、フルトヴェングラーを偉大な指揮者であり、彼のドイツ音楽は見事だと話します。
さらに、現在の指揮者では、クライバーを優れた芸術家としてあげてます。

ムーティとライバルとされてますね、と問われると、「ばかげてますよ、いろんな指揮者がいて当然、彼のように
世界中で活躍する指揮者がいることは喜ばしい、同じイタリアの指揮者でも、ジュリーニ、チェッカート、あと若いところではシャイーとシノーポリも出てきてますよ」、と大人の対応。

あと、新聞ではあなたは左派と書かれてますが・・に対しては、きっぱりと「勝手なレッテル貼りですよ!」とぴしゃり。
それから、海外で住みたい町は、ロンドンと答えてます。
地元ミラノは窮屈だったのでしょうか。
ロンドンはヨーロッパの芸術の中心であり、そこでひとり静かに読書や楽譜の研究をしたいと。
休日は、演劇をみたり、山歩き、スポーツなどとのお答えで、アバドらしい生真面目ぶりです。

アバドは居をロンドン、そのあとウィーン、そしてベルリン、最後はスイスに住まうことになります。
この若き日のインタビューどおり、静かに過ごすことが、一番の願いだったにかもしれません。

Freni

フレーニのインタビューも興味深かったです。
いずれは若い人を指導したいと、この頃から語っていて、その思いはアバドにも通じるものがあります。

幼馴染のパヴァロッティとは、乳母までおんなじで、すべてが同じと懐かしそうに語ってます。

そして、自分にとって偉大な指揮者は、カラヤンとしてます。
自分がアイーダを歌うなんて思いもしなかったけど、カラヤンのおかげと。
あと親しい仲間としてのアバドの名前をあげてます。

Simon-03

文化会館でカーテンコールに応えるアバド。

この数十年あと、トリスタンの上演で同じ文化会館で舞台で出てきたアバドの痩せ細った姿、そして最後のルツェルンとの来日で、オーケストラが去ったあと一人出てきたにこやかなアバド、いずれもともに、自分にとって忘れえぬ残像ですの数々です。

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