カテゴリー「アバド」の記事

2019年4月 6日 (土)

バッハ ブランデンブルク協奏曲第5番 アバド指揮

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満開の桜、あとは散るだけとなりましたこの週末。

桜の名所には驚くほどの外国の方が。

日本人のわれわれと同じように、桜を愛で、写真を撮り、その下で楽しんでいる。

桜の咲く日本が誇らしい。

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そして、今週は、5月1日からの新年号「令和」の発表に日本中が沸いた。

清々しく、涼やかでもあり、また美しい語感も伴った年号だと思います。

なによりも、万葉集を由来とする点も、とても麗しい。

富める者も、そうでないものも、聖も貧も等しく万人の歌を集めた1300年以上前の歌集。

来たる新年号を思いつつ、そして30年の平成の時代、今上天皇の残りのご在位のことなどを考えつつ、爽やかな晴天のもと、桜と東京タワーを愛でつつ逍遥いたしました。

そんな気分に、バッハのブランデンブルク協奏曲、それも第5番が晴れやかでぴったり。
しかも、ちょっとギャランとな雰囲気だし。

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  バッハ  ブランデンブルク協奏曲第5番 

   クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団

          (1975.5 1976.11 @ミラノ)

   Vl:ジュリアーノ・カルミニョーラ

   Fl:ジャック・ズーン

   Cemb:オッタヴィオ・タシトーン

  クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

         (2007.4.21 レッジオ・エミーリア)

スカラ座の音楽監督だったころに、なぜか録音されたアバドのブランデンブルク協奏曲の全曲。
親しい仲間のようだった、スカラ座の面々との、和気あいあいとも感じ取れる親密なアンサンブル。
この頃、「マクベス」や「シモン」といった深刻なドラマを伴うオペラを日々上演していたコンビの、このバッハの演奏は一種の解放感のような「歌」あふれた雅さを感じ取ることができる。

スカラ座フィルハーモニーを創設し、定期演奏会も充実させたアバド。
スカラ座フィルとも、マーラーを録音して欲しかった。
2012年に奇跡のカンバックを遂げたときの「6番」の録音など、残ってないものかな・・・

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スカラ座との録音の32年後、孤高の境地の境地に到達したアバドが、自ら創設したオーケストラ・モーツァルトとブランデンブルク協奏曲をライブにて再録音した。
ソロやメンバーに、ルツェルンの仲間たちを交え、若い奏者とベテランが等しく、アバドのもとに集った、こちらは凝縮された緊密なアンサンブル。
古楽奏法で、奏者も刈り込んで、透明感と弾むようなリズム感あふれる若々しい演奏。
スカラ座とのコンサートスタイルの、いわゆる当時の演奏は、あれがオーソドックなものだった。
試みに、愛聴するシューリヒトや、リヒターの演奏を聴いても、タイムの上でも、だいたい同じスタイル。
押しも押されぬ大家となっても、積極的に演奏の在り方を追い求めたアバド。
ベルリンで取り上げた、マタイやロ短調も、その晩年に指揮をしたかったかもしれません。

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門の向こうに見事な桜🌸

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増上寺の桜🌸

ココログが全面リニューアルして、使い勝手がいまだにわかりにくく、いまいちな週末。

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2019年3月18日 (月)

ベルク ヴァイオリン協奏曲 

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先週の河津桜と東京タワー。

芝公園の一角で、四季折々の花がきれいに整備され、美しく咲きます。

寒暖の差も大きく、その歩みは一進一退なれど、春はそこまで。

年中聴いてますが、とりわけ桜の季節に、そして沈丁花の香りが漂いだすころに聴きたくなるのがベルクの音楽。

何度かしか経験はないが、ベルクのオペラを観劇したあとは、歩く足元もふわつき、どこか割り切れない不条理さにさいなまれ、そして周辺の空気が甘く感じたりして、官能的な思いに浸りながら帰宅した思いが何度かある。

もう、33年前に初めて観た二期会の若杉さん指揮する「ヴォツェック」の帰り、モクレンの香りだったか。
そして、10年前に琵琶湖まで飛んで行った、「ルル」。
その時の帰りは、湖畔を散策しながら、ほてった頬を冷ましながら、怪しいまでに美しい湖面に浮かぶ月を眺めたものだ。

かようにして、わたくしのベルクへの想いは、香りや、光といった五感の一部とともに印象付けられているのだ。

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    ベルク  ヴァイオリン協奏曲

           ~ある天使の思い出に~


        Vn:ギドン・クレーメル

    サー・コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団


             (1984.3 ミュンヘン)

初めて買ったベルクのヴァイオリン協奏曲の音源が、クレーメル盤。
外盤で出て即、買った。
何度も、何度も聴いた。
とりわけ、日曜の晩、床に就く前に、グラスを傾けながら聴くと、より切ない感じになってたまらなかった。。

クレーメルの硬質な、ちょっと神経質な音色もいいが、ほんとは、も少し色が欲しいところ。
でも、デイヴィスとバイエルンの暖かな音色はいい。


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              Vn:ヘンリク・シェリング

    ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団


             (1968.5 ミュンヘン)

そして、その次に買ったのが、LP時代の名演、シェリングとクーベリックのもの。
気品ある端正なヴァイオリンに、クーベリックとバイエルンのこれまたマーラー仕込みの柔らかな響き、この融合にヨーロッパの音楽の流れと歴史を感じる。
この1枚は、ほんとうに気に入った。いまでも大好き。

そして、ベルクのヴァイオリン協奏曲を次々に入手、エアチェックも多数。

ちょいと羅列すると、渡辺玲子、パイネマン、ズッカーマン、スピヴァコフ、スターン、ブラッヒャー、ファウスト、アラベラ・シュタインバッハ、ツィンマーマン、テツラフ、ムローヴァ、堀、アモイヤル・・・・まだあるかも。

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        Vn:イザベル・ファウスト

    クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

               (2010.12@マンツォーニ劇場、ボローニャ)


アバドの指揮する3つの音源。
ソリストも、オーケストラも、いずれも違う。
ムローヴァ(ベルリンフィル、エアチェック音源)、ブラッヒャー(マーラー・チェンバー)、ファウスト(オーケストラ・モーツァルト)。
豊饒さと激性、でも豊富な歌いまわしのムローヴァ盤、気脈の通じた、元コンサートマスターとの自在かつ、緻密なブラッヒャー盤、そして、いまのところ、ベルクのヴァイオリン協奏曲で、一番と思っているのが、イザベル・ファウスト盤。
がっつりと音楽の本質に切り込むファウストのヴァイオリンと、モーツァルトを中心に古典系の音楽をピリオドで演奏することで、透明感を高めていったアバドとモーツァルト管の描き出すベルクは、生と死を通じたバッハの世界へと誘ってくれるような演奏に思う。

過去記事より、曲についてのこと。

1935年、オペラ「ルル」の作曲中、ヴァイオリニストのクラスナーから協奏曲作曲の依嘱を受け、そして、その2カ月後のアルマ・マーラーとグロピウスの娘マノンの19歳の死がきっかけで、生まれた協奏曲。

「ある天使の思い出に」と題されたこの曲がベルク自身の白鳥の歌となった。

第1楽章では、ケルンテン地方の民謡「一羽の鳥がすももの木の上でわたしを起こす・・・」が主要なモティーフとなっていて、晩年、といっても40代中年の恋や、若き日々、夏の別荘で働いていた女性との恋なども織り込まれているとされる。

こうしてみると、可愛がっていたマノンの死への想いばかりでなく、明らかに自身の生涯への決裂と追憶の想いが、この協奏曲にあったとされる。

その二重写しのレクイエムとしてのベルクのヴァイオリン協奏曲の甘味さと、バッハへの回帰と傾倒を示した終末浄化思想は、この曲の魅力をまるで、オペラのような雄弁さでもって伝えてやまないものと思う。

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     バッハ     カンタータ第60番「おお、永遠、そは雷のことば」

        A:ヘルタ・テッパー
        T:エルンスト・ヘフリガー
        Bs:キート・エンゲン

     カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
                   ミュンヘン・バッハ合唱団

                  (1964 ミュンヘン)


ベルクが、引用したバッハのカンタータ。
1723年の作曲で、イエスの行った奇跡を著した福音書をもとに、「恐怖と希望の対話」をえがいたもの。(解説書より)

死に怯える「恐怖」と、一方で、奇跡が起こる強い信仰を持つ「希望」との対話。
やがて、お互いが寄り添い、希望の喜びを歌う。

このカンタータの最後におかれたコラールが、ベルクがその旋律を引用したもの。
ここに聴くバッハの原曲も、憧れとどこか、終末観を感じさせるもので、リヒターのアナログ的な演奏も懐かしく、甘いものがある。
信仰とは、ときに、甘味なるものなのだ。

 「足れり、主よ、み旨にかなわば、割れを解き放ちたまえ!
  わがイエス来たりたもう。いざさらば、おお、世よ!

  われは天なる家に往くなり。われは平安をもて確かに往くなり。
  わが大いなる苦しみは地に葬られる。 足れり」  (訳:杉山 好)

ふたつの作品を聴きつつ過ごした日曜。

朝晩はまだ寒いが、日中は、暖かさに、鼻腔をくすぐる芳香を感じる。

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2019年2月24日 (日)

ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」 アバド指揮

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数年目に訪れた、函館の聖ハリストス教会。

ロシア正教会の庇護下にあるハリストス正教会。

1859年が起源といいます。

ロシア・ビザンチン様式のこの教会建築は、見慣れたカトリックのそれとは、まったく違います。

函館山の中腹にある3つの教会、元町教会、聖ヨハネ教会とともに、3つの宗派の異なる建築物としても楽しめます、わたくしの大好きな場所です。

もう何年も行ってませんが。

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   ムソルグスキー  「ボリス・ゴドゥノフ」

    ボリス・ゴドゥノフ:ニコライ・ギャウロウ
    フョードル:ヘルガ・ミュラー・モリナーリ
    クセーニヤ:アリダ・フェラーリニ
    乳母:エレノーラ・ヤンコヴィック
    シュイスキー公:フィリップ・ラングリッジ
    シチェルカーロフ:ルイジ・デ・コラート
    ピーメン:ニコラ・ギュゼーレフ
    グリゴリー:ミハーイ・スヴェトレーフ
    マリーナ:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
    ランゴーニ:ジョン・シャーリー・クワーク
    ワルラアーム:ルッジェーロ・ライモンディ
    ミサイール:フォロリンド・アンドレオーリ
    旅籠屋のおかみ:フェドーラ・バルビエーリ
    聖愚者:カルロ・ガイファ
    ニキーチキ:アルフレード・ジャコモッティ
    ミチューハ:ジョヴァンニ・サヴォイアルド 他

     クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                     ミラノ・スカラ座合唱団
             合唱指揮:ロマーノ・ガンドルフィ

              (1978.7.12 ミラノ)


よくいわれるように、アバドのムソルグスキーへの入れ込みようは、執念ともいえるくらいのものでした。

ボリス・ゴドゥノフ」は、ロンドン、スカラ座、ウィーン、ザルツブルクでまんべんなく上演し、「ホヴァンシチナ」も、スカラ座とウィーンでそれぞれ上演。
レコーディングでも、そのふたつのオペラに、「展覧会」は2度、原典版「はげ山」は4回、その「はげ山」を含む管弦楽曲集は2回。
しかも、「展覧会」の余白には、めったに演奏されないオペラの場面がカップリングされるという凝りようで、1回目のロンドン響とのものは、ラヴェルがカップリングされながら、渋いムソルグスキー色の「展覧会」に仕上がっていたし、2度目のベルリンフィルとのものは、オケの音色が明るくなったものの、カップリング曲も含めて、ムソルグスキー色満載。
 チャイコフスキーの交響曲の余白にも、死の色の濃い歌曲も。

こんな風に、アバドはムソルグスキーがほんとに好きだった。

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42歳で亡くなってしまった、ムソルグスキー(1839~1881)のその時代。
ブラームスやブルックナーとかぶる世代。
マーラーは、ボリス作曲のころ、まだ11歳。

 そして、ロシアの国情は、帝政ロマノフ朝の最後期にあり、ニコライ1世からアレクサンドル2世へと治世が変わった頃。
権力者、貴族、地主が潤い、農奴制があったため、民衆=農民は、つねに虐げられていた。
そんななかで起きたクリミア戦争で、武器や戦力に欧州勢との違いを見せつけられ敗北し、社会改革の必要性をアレクサンドル2世も痛感。
 農奴解放令を出し、上からの指令での改革に乗り出すも、反権力者・人民主義者(ナロードニキ)たちの皇帝などの権力者打倒の動きに押され、皇帝は暗殺されてしまう。
その暗殺の年、1881年は、ムソルグスキーが亡くなった年でもあります。

ロシアは、その後、日露戦争、第一次世界大戦でどんどん国力を弱めて行き、1917年のロシア革命と、1922年のソ連の誕生を迎えるわけです。

こんな歴史を念頭に、ムソルグスキーの、とくに人の手が入っていない原典の作品を聴くと、そのほの暗さに、ロシアの民たちの声が聴こえてくるような気もする。
まったく違う曲に思える「はげ山の一夜」や、「ボリス・ゴドゥノフ」などがその典型かと。

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一方で、実在の「ボリス・ゴドゥノフ(1551~1605)」は、ロマノフ王朝前、モスクワ大公国の時代にあり、ここでのロシアは周辺国を次々に呑み込み大国化。
国の基盤も整備したものの、内戦や周辺国との闘いが多く、やはり民衆は疲弊した。

その晩年が独裁的な強帝であった、イワン4世、すなわちイワン雷帝(プロコフィエフの作品にあります)は、家族にも暴力的で、3人の息子のうち、長男を殺めてしまう。

ボリスは、このイワン雷帝の顧問官という立場にあり、雷帝の方針で、貴族を迫害し、ボリスのような新興士族を重用するということもあって、政務に携わることとなった。
 ちなみに、貴族として登場しているのがシュイスキー公で、この公がこのオペラの影のキーマンでもあったりします。
 さて、イワン雷帝が亡くなると、次の皇帝には、次男のフョードル1世が即位するが、彼は知的障害もあって、実の政務はまさにボリスが行うこととなった。
さらに自身の妹をフョードルに嫁がせ、皇帝の縁戚としての立場を着々と築いていった。
独裁的な前帝のあと、心優しいフョードルは、国民に人気で、すなわちボリスの政治は悪くはなかったということになる。

このオペラの肝のひとつは、「聖愚者=ユロージヴィ」の存在で、愚かななかに、聖なるものを見出すという考えです。
これは、フョードル1世にもいえて、さらに考えると「パルジファル」にもつながりますね。

そして、フョードル治世下、イワン雷帝の三男ドミトリーが変死。
跡継ぎのいなかったフョードル帝もなくなり、ここで、モスクワ公国の血筋が途絶え、ボリスが選定されることとなるわけです。
ちなみに、この頃の日本は、秀吉の天下です。

 このボリス・ゴドゥノフの皇帝就任から、その死までの7年間が、このオペラの時間軸。

さらに知っておきたいのは、宗教のこと。
東西教会の分裂でできたキリスト教の二つの派、カトリックと正教会。
正教会の総本山は、なんといってもコンスタンティノープルだったが、イワン雷帝の頃、モスクワが総教主府になり、ロシアが正教会の総本山との意識に立つこととなり、カトリックは異端として弾圧された。
 ところが、ポーランドで旗揚げした偽ドミトリーが、ゴドゥノフ一族を滅ぼし、皇帝を宣言し、今度はカトリックを導入しようとしたところ、民衆の反発に会い、クーデターで滅ぼされる。
その後は、シュイスキー公が皇帝になったり、またもや偽ドミトリー2号が出てくるなど、ロシアは混迷を深め、やがてロマノフ王朝が開かれるわけです。
ほんと、ややこしい。

このあたりまでを頭に置いておくと、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」は、とてもよく書けてるし、R=コルサコフが改訂し、ボリスの死で終わる版が、ムソルグスキーの意図と異なることがわかります。
すなわち、ボリスはタイトルロールでありますが、このオペラで描かれているのは、ロシアという国そのものだと思います。
 皇帝・貴族・民衆と農民、この3者がロシアの大地で織りなす、それぞれの対立軸。
何度も繰り返されるその権力者と民衆の栄枯盛衰は、ソ連になってからも、さらにソ連崩壊後の現在のロシアにあっても、その役柄こそ変化しても、ずっと不透明感があふれているんだろうと思います。

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罪に苛まされて、苦悩のうちに死ぬ権力者の悲劇。
それから、お上が変わっても、いつも貧困や悲しみに苦しむ民衆の悲劇。
このふたつ悲劇が織り込まれたのが、このロシアのオペラの本質であります。

聖愚者=ユロージヴィは歌います。

 「流れよ、流れよ、苦い涙 泣け、泣くがよい、正教徒の民よ
  すぐに敵がやってきて、また闇が訪れるよ
  漆黒の闇、何も見えない暗闇
  苦しみだ、これがロシアの苦悩
  泣け、泣くがいい、ロシアの民よ、飢えたる民!」


ロシアの作曲家が、その作品を多くオペラにした原作者プーシキンの1825年の作。
発禁処分を受けたりと、権力側とも闘争のあったプーシキンならではの、ロシアの悲劇の描き方。
この原作をあまねく活かしたのがムソルグスキーの音楽で、このほの暗いなかに、原色の世界を、見事に描くのがアバドの指揮なのでした。

よく言われますが、ムソルグスキーの音楽には歌があって、そして、旋律線とロシア語という言葉が連動し合う巧みさがあります。
そして、のちの表現主義的な要素もあり、アバドはこうしたあたりにも共感して、ヴェルディを指揮するように、そして、ベルクやシェーンベルク、マーラーを指揮するかのように、ムソルグスキーを指揮していたんだろうと思います。

今回、メインに聴いたスカラ座でのライブは、まさにアバドの真骨頂で、スカラ座のオーケストラから、渋い色調の音色と、一方で開放的な明晰な音色とを引き出しています。
ライブならではの熱気にもあふれていて、聴衆の興奮が、ものすごいブラボーとともに収録されているんです。

93年のベルリンフィルとの録音は、ちゃんとしたレコーディングなので、すべてが完璧極まりなく、精度も高く、オケも歌手もべらぼうに巧いです。
しかし、完璧のベルリン盤もいいが、このスカラ座の熱気に満ちた演奏も実に素晴らしいものがあります。
さらに、わたくしは、自慢じゃないけど、NHKで放送された91年のウィーン国立歌劇場でのライブ音源も所蔵していて、ウィーンフィルの音色も楽しめつつ、やはりムソルグスキーの原色の音楽がここにあります。

そしてさらに、94年9月、NHKホールで観劇したウィーン国立歌劇場との来日上演に、最上の席で立ち会えました。
暗譜で指揮するアバドの指揮に、歌手も合唱も、オーケストラも、そしてわれわれ観劇者も集中しつくし、一体となってしまいました。

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このときの演出が、ロシアの映画監督のタルコフスキーのもので、そもそも、タルコフスキー唯一のオペラ演出が、このボリスで、亡命中のタルコフスキーに、83年にアバドが依頼してロンドンで上演したものなのです。
タルコフスキーは、86年に亡くなってしまうのですが、アバドは、この演出を91年のウィーンでも取り上げ、そして、日本にもこのプロダクションを持ってきたのです。
ごくごく明快で、時代設定も動かさず、わかりやすい舞台でした。
印象的だったのが、舞台のどこかに、少年ドミトリーのような姿が始終あらわれていて、ボリスの心理を圧迫してゆく影武者のようになっていたことです。
 このタルコフスキー演出は、83年、91年、94年(東京)で取り上げてます。
そして、ベルリンフィルとのレコーディングのものは、ベルリンでのコンサートと、ザルツブルクでの上演に関わるもので、こちらの演出は、ヴェルニケとなりました。
94年4月ザルツブルク・イースター、8月にザルツブルクで、ベルリンフィルとウィーンフィルが、それぞれピットに入りました。
そして、その年の9月に東京にやってきたわけです。

集中的にボリスを指揮し続けた1994年、その年以来、アバドはボリスを取り上げる機会がありませんでした。
ボリスを、ムソルグスキーを愛したアバドです。

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 ザルツブルクのアバド

このスカラ座盤のいいところは、もうひとつ、ニコライ・ギャウロウのタイトルロールです。
絶頂期にあった、この深くて神々しいまでの美声は、ほんと魅力的です。
ほかの、スカラ座のイタリア歌手たちや、ロシア、ドイツの歌手、みんなアバドの元に素晴らしい歌です。

録音もちゃんとしたステレオで、視聴にはまったく問題ありません。

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ヴェルニケ演出での戴冠式の場。
全然違います。

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長文失礼いたしました。

いつかまた、今度は、「ホヴァンシチナ」を記事にしようと思います。

過去記事

 「ボリス・ゴドゥノフ アバド&ベルリンフィル」

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2019年1月20日 (日)

アバドのプロコフィエフ

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日の入り直後、浮かんだ雲が夕日を浴びて美しかった。

そして、クラウディオ・アバドが天に召されて早くも5年。

あの日の朝、ネットで海外ニュースをぼんやりと見ていて、飛び込んできたアバドの訃報。

呆然として、しばらく何も手につかなかった。

でも、ときおり思い出したように出てくる発掘音源が、心から楽しみだし、残された豊富な音源や映像に囲まれているのも、思えばファンとしては幸せなことなのかもしれない。

この日に、アバドの得意としたプロコフィエフをいろいろ聴いてみた。

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「ロメオとジュリエット」「道化師」 抜粋  ロンドン交響楽団 66年

ピアノ協奏曲第3番 マルタ・アルゲリッチ ベルリンフィル  67年

「古典交響曲」、交響曲第3番       ロンドン交響楽団 69年

「キージェ中尉」「スキタイ組曲」      シカゴ交響楽団  77年

「アレクサンドル・ネフスキー」        ロンドン交響楽団 79年

タイボルトの死               ECユースオケ  79年

ヴァイオリン協奏曲第1番・2番  ミンツ シカゴ交響楽団  83年

「ピーターと狼」「古典交響曲」ほか    ヨーロッパ室内管  86年

ピアノ協奏曲第1番・3番   キーシン  ベルリンフィル    93年

「ロメオとジュリエット」抜粋      ベルリンフィル    96年

 (あと映像として、シモン・ボリバルとのスキタイ、ピーターと狼
    ワンとルツェルンでピアノ協奏曲第3番)

アバドの録音したプロコフィエフは、以上だと思います。

こうしてみると、やはり、「ロミオ」が一番お得意で、あとは協奏曲。

でも、本当にアバドらしいのは、「アレクサンドル・ネフスキー」と交響曲第3番。

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「アレクサンドル・ネフスキー」、もともとは、エイゼンシュタインの依頼による映画音楽からチョイスした壮大な声楽作品。
ダイナミックで写実的な場面は、迫力満点で、アバドは、気脈の通じ合ったロンドン響と緻密かつ明快盛大な音楽を作り出している。
 しかし、この作品のもうひとつの一面、圧制に苦しむ民衆と、その開放、このあたりをよく描いていて、ムソルグスキーを愛したアバドの着眼点は、ここにあると思わせる、そんな「ネフスキー」の演奏になってます。
そして、録音が抜群によろしい。
 
 そして、ユニークなのが、交響曲第3番
若い頃から、プロコフィエフの交響曲ならこの3番のみを演奏してきたアバド。
西側の指揮者で、この3番に刮目した初の指揮者ではないでしょうか。
 2番とともに、アヴァンギャルドな作風も有しつつ、ロシアの憂愁や、甘味な旋律もあふれる、何気に素晴らしい作品で、バレエ音楽にも近い。
これをアバドは、イタリア人の明るい目線でもって、歌でもって答え、快活に演奏してしまった。
プロコフィエフの特徴である、クールなリリシズムを、アバドほど巧みに描きだす指揮者ないなかった。

Prokofiev

画像は借り物ですが、アバドのDGデビュー盤は、朋友アルゲリッチとの、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番とラヴェル。
ともに、両曲一番の名演だと、いまもって思ってます。
67年の録音ですが、この年、さらにベルリンフィルとは、ブラームスのセレナーデ2番などを入れてまして、カラヤン以外の録音は当時はとても珍しかったはず。
当の名器ベルリンフィルも嬉々として演奏している感があり、ノリノリです。
そしてアバドのスマートな指揮に、アルゲリッチの情熱的なピアノが見事な反応を起こして、チョーかっこいいプロコの3番が仕上がりました。
のちの慎重すぎのキーシンとのもの、さらには、アクロバティックな空疎なY・ワンのものより、ソリストとの組み合わせで、この一番古いものが好きです。

協奏曲で、シェロモ・ミンツとのヴァイオリン協奏曲
こちらも、今度は曲が、とくに2番が深いだけに、さらにシカゴがオケなだけに、演奏の充実度が高いです。アバドの緻密なバックがあって、ミンツの美音が光っている印象。
受ける印象は、冷たい空に浮かぶ怜悧な三日月みたいな感じの美しさ。

さらにシカゴの高性能ぶりをまざまざと見せつけてくれる見本のような、「キージェとスキタイ」。
このふたつの組曲の理想的な演奏がアバド盤でしょう。
切れ味するどく、どこもかしこもエッジが効いていて、リズム感も抜群、聴いていて、爽快かつ胸のすくような快感を覚えます。
さらに、この1枚もまた、録音がよい!

「ピーターと狼」は、各国の著名人たちがそれぞれに声を担当して各地で発売されたが、日本では、アバド自身が選んだ坂東玉三郎。
しかし、私の持っている外盤は、カレーラスで、スペイン語だったりします。
鋭敏な演奏で、面白いのですが、この音盤でステキなのは、その余白に収められた「ヘブライ序曲」と「軍隊行進曲」だったりします。
アバドらしい凝った企画です。

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アバドのメジャーレーベルデビューが、デッカへの「ロミオとジュリエット」
組曲から、9曲を抜き出したロンドン響との演奏。
デッカの生々しい録音が今でも鮮度高いですし、アバドの堂々としてゆるぎない指揮ぶりもデビュー盤とは思えない充実ぶりを感じさせます。
音色は明るく、地中海的ですらあります。
そして、ここでも抜群のリズム感が光ります。

79年に、ザルツブルク音楽祭で、若いECのオケとの演奏会のアンコールに「タイボルトの死」を演奏。
この鮮烈かつ、血の出るような熱気あふれる演奏はライブで燃えるアバドならでは。

そして、デビュー盤から30年後、お互いにベストコンビとなったベルリンフィルとの録音は、今度は組曲からではなく、全曲版全52曲から、アバドが選び出し、曲順も変えた20曲の抜粋版。
以前に書いたこの音盤の記事と、今聴いても思いは変わらないで、ここに再褐しておきます。

<繊細な歌う絶妙のピアニシモから、分厚いフォルティッシモまで、広大なダイナミックレンジを持つ鮮烈な演奏。
威圧的にならず、明るいまでのオーケストラの鳴りっぷりのよさが味わえるのも、見通しいい音楽造りをするアバドならでは。
 有名な「モンタギュー家とキャピレット家」や「決闘」「タイボルトの死」などでは、オーケストラの目のさめるようなものすごいアンサンブルと、アバドの弾けるようなリズムさばきに興奮を覚える。
 一方、恋人たちの場面での明るいロマンティシズム、ジュリエットの葬式~死の場面での荘重で静謐極まりないレクイエムのような透明感、それぞれにアバドの持ち味。>

最後におかれた2曲~悲痛極まりないジュリエットの葬儀、それから、リリシズムをたたえたジュリエットの死をふたたび聴いて、5年目の想い出をここに閉じることといたしましょう。

Ume_2

波立つ相模湾と、遠く、箱根の山に沈む夕日。

「ジュリエットの死」、美しすぎて泣けてきた。

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2019年1月 1日 (火)

シューベルト 交響曲第5番・第8番「未完成」   アバド指揮

2019

2019年、平成31年の始まりに。

今年は、御代替わりの年で、自分とほぼ同世代の天皇陛下がご即位される。

自分にとっても、こうして年を重ねてきて、感慨深い1年となりそうです。

かつて停止したこともありました。

いまでは自分の音楽の体験録ともいえるようなこのブログですが、14年目となる今年も、ゆっくりとですが、稚拙ながらの言葉を連ねてまいりたいと思います。

今年の1枚目は、まさかの新譜登場、アバドの若き日のシューベルトです。

Schubert_abbado_1

   シューベルト 交響曲第8番「未完成」

            交響曲第5番


   クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1971.5.31 @ムジークフェラインザール、ウィーン)


2018年に、突然登場したアバドの新譜ですが、実はこれ、わたくしはかつての昔に聴いていたのです。

音楽にひたすらのめり込んでいた高校時代。
FM放送の番組表をメインとするFMファンや、週刊FMを購読してましたが、NHKFMの番組表のなかに、アバドとウィーンフィルの「未完成」がプログラムのひとつにのってました。

「あれ? アバドとウィーンには、未完成のレコードはないはず?」
73年か74年だったかと思う。
完全なアバドファンだった自分は、アバドの録音のすべてを把握していたから、その当時、「アバドの未完成」の録音はない、というのが、当たり前の前提でした。

平日の昼時のレコードでのクラシック番組でしたが、運よく、テスト週間で早帰りで、疑心暗鬼で聴くことができました。
しっかり「アバドとウィーンフィルの演奏で」と放送されました。
 でも、当時より、アバドの全てを知っていたつもりのわたくしは、これは間違いだ、ベートーヴェンの8番とデータを取り違えているんだと思いつつ聴き、聴き終え、クリップスとウィーンフィルの演奏であろうということで、納得させた当時の自分でした。

でも、こうして、71年のオーストリア放送協会での録音の復刻を聴いてみると、時代的な裏付けもふまえても、きっとあのNHK放送は、この音源であったろうということを確信したのが、これを聴いた昨秋のことなどでありました。
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そう、ウィーン情緒を感じ取れる、まさにクリップス風の柔らかなシューベルト。

でも、ここにある歌心は、アバドの知的ななかにもあるイタリア心とも裏返しにあり、柔らかな中にも、劇的な局面も聴いてとれます。

「未完成」においては、遠い昔の自らの懐かしの記憶でありますミュンシュとクリップス、その間にあるような演奏だと、このアバド盤を聴いて思ったりもしました。

「第5」は、もう、ウィーンフィルのウィーンフィルである音色が満載。
CDのリブレットに、当時のオーケストラメンバーの一覧が掲載されてますが、をれを見ても懐かしいウィーンフィル。
いまや絶滅危惧種的と化した、オーケストラの個性的な味わいがここにあると聴いてとれました。
グローバル化したオーケストラの世界。
ウィーンフィルも例外でなく、70年代は、まだまだかつてのウィーンの音色を保ってました。
鄙びたオーボエ、柔和なフルート、甘味なクラリネット、もっこりしたファゴット。
ホルンも丸くて耳に美味。
そして琥珀の弦楽器は、ムジークフェラインの響きそのもの。
そして、歌、また歌のアバドの指揮。
あぁ、なんて美しいんだろう。

正月1日の朝から、耳のご馳走をたらふくいただきました。

もう帰ってこない組み合わせのシューベルトでした。
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本年もよろしくお願いいたします。

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2018年6月26日 (火)

「スカラ座のアバド」 ヴェルディ・オペラ合唱曲集 アバド指揮

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 6月26日は、クラウディオ・アバドの誕生の日。

1933年ミラノ生まれ。

父も兄も、ミラノ・ヴェルディ音楽院の院長を務める名門の出自で、幼くして指揮者を夢見たナイーブな少年は、長じて、なるべくしてスカラ座の指揮者となりました。

ちなみに、兄マルチェロの息子、ロベルトも指揮者で、そのお顔も指揮姿も叔父クラウディオにそっくり。
クラウディオの息子ダニエーレは演出家で、生前、「魔笛」にて親子共演を果たしてます。

アバドの誕生日に、録音上のアバド&スカラ座の原点の1枚を聴きます。

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  ヴェルディ オペラ合唱曲集

 「ナブッコ」~祭りの飾りを
         行け、我が思いよ、金色の翼に乗って

 「トロヴァトーレ」~アンヴィル・コーラス

 「オテロ」~喜びの炎を

 「エルナーニ」~謀反人たちの合唱

 「アイーダ」~凱旋の合唱

 「マクベス」~しいたげられた祖国

 「十字軍のロンバルディア人」~エルサレムへ、エルサレムへ
                     おお、主よ、ふるさとの家々を

 「ドン・カルロ」~ここに明けた、輝かしき喜びの日が

    クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                     ミラノ・スカラ座合唱団
             合唱指揮:ロマーノ・ガンドルフィ

                  (1974.11 ミラノ)


当ブログでは、この音盤について記事にするのは2度目。

アバドの誕生日に、何を聴こうか考えたときに、レコード時代、一番頻繁に聴いたものは何かなと考えたときに、この1枚がそれだった。

ちなみに、聴いた頻度の高いものを列挙すると、あとは、ウィーンでの悲愴、ベルリンとの1回目のブラームス2番、春の祭典、ショパンのピアノ協奏曲1番、ボストンとのスクリャービンとチャイコフスキー・・・・、こんな感じで、CDより、レコードの方が多く聴いてる。
すなわち、レコードが高価なものだったから、そうたくさん買えなかったし、買うならアバドだったから、こんな風になる。

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1968年にスカラ座の音楽監督に就任したアバド。
アバドのファンになってから、イタリアでのアバドの活動は、レコ芸の海外レポートを通じてしか知ることができなくて、ロンドン響とのロッシーニしかなかったオペラ録音に、いつ、スカラ座とヴェルディをやってくれるのか、それこそ首を長くして待ち望んだ、そんな高校生でした。
そこに登場したのが、この合唱曲集。
オペラ全曲盤ではないが、アバド&スカラ座のヴェルディへの渇望を満たすには充分すぎるほどの1枚で、私は喜々として、日々この1枚を何度も何度もターンテーブルの上に乗せたものです。

オペラ録音の主役はコストの関係もあって、ロンドンが中心となっていたなかでの本場イタリアの純正ヴェルディサウンド。
60年代初頭から毎年続いたDGへのスカラ座の録音も、65年のカラヤンとのカヴァ・パリ以来途絶えていただけに、74年のこの録音は、スカラ座としても久々のレコードとなり、楽員も合唱団も、気合十分。

そんなはちきれんばかりの意欲的な音が、冒頭のナブッコから満載。
みなぎる迫力と、輝かしいばかりの明るさと煌めき。
貧弱なレコード再生装置から、こんな音たちが、滔々とあふれ出してきたのです。
いまでも、あの高揚感をよく覚えてますよ。

いま聴いても、その想いは同じ。
ことに、男声合唱の力強さと、女声も含めた、声の明瞭さは、スカラ座合唱団ならではのもの。
オーケストラの精度も高く、アバドの統率のもと、一糸乱れぬアンサンブルであり、ほんのちょっとしたフレーズでも、雰囲気豊かで、アバドの指揮ゆえに、歌心もたっぷり。
オケも合唱も、ピアノ・ピアニシモの美しさは耳のご馳走でもある。

アバドは、マーラーを通じ、その音楽の高みを晩年には、自在さと透明感の頂点に持っていったけれども、一方で、ヴェルディの演奏を聴くと、生来のアバドの根源のひとつをも感じ取らせてくれるように思います。
 アバドのスカラ座との関係は、1986年に終止符を打ってしまいましたが、スカラ座からすると、ムソルグスキーやベルクばっかりに偏重する音楽監督は、芸術性の高さとは別に、大衆受けからは遠く、アバドからしたら、より自分の好きな作品を上演したいし、マーラーを主体としたシンフォニー作品をより探求したかったから、やむを得ない結末だったかもしれません。
 しかし、ファンとすると、こんなに素晴らしいヴェルディ演奏、このあと数年にわたり録音されたものを今もって聴くと、本当に残念なコンビの解消だと思います。
いまは残された、アバド&スカラ座のヴェルディに、ヴェルディ演奏の本物の神髄を味わうことができることに感謝しなくてはなりませんね。

心からありがとうございます、マエストロ・アバド。

Fl_2

CDでは、オペラ全曲盤からのものを含めた1枚が出ておりますが、それらは素晴らしい演奏ながら、全曲録音からの切り抜き。
本来のオリジナル盤の方が求心力高いです!

アイーダで、凱旋行進曲のトランペットが、右と左で、しっかり分かれて録音されているのも、この時代ならでは。
そんなシーンでも興奮しまくりの、若きわたくしでした♪

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2018年2月24日 (土)

高崎保男先生を偲んで

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最後まで残っていた冬のイルミネーションですが、バレンタインの終わった週末を限りに、こちらも終了してしまいました。

このあたりは、旧薩摩藩の敷地で、幕末の出来事と所縁のある場所。
ビルの立ち並ぶエリアに、ぽつんと、勝海舟と西郷隆盛の会ったところ、などの表示があったりします。

Abbado_requiem

音楽評論家の高崎保男先生が、12月にお亡くなりなっていたそうです。

レコード芸術で、目立たぬように静かに記事になっていました。

故人のご遺志とのこと。

近年、ただでさえ、オペラの新譜が、ことに国内盤ではまったく発売されなくなり、レコ芸オペラ担当の、高崎さんの名評論がまったく読むことができなくなっていた。
しかし、ときおり出るソロCDなどで、今度は高崎先生の名前が見られなくなっていたので、ちょっと心配をしておりました。

そして、この訃報。

静かに去られた高崎先生。

わたくしが生まれて間もないころからずっとレコ芸のオペラ担当をされていらっしゃいました。
わたくしがオペラが好きになったのも、それから、クラウディオ・アバドが大好きになったのも、高崎先生の数々の文章があってのもの。

心に残るいくつかの記事を思いおこすと、今後活躍する指揮者の特集での「アバド」の記事。
オペラ評論での、「アバドのチェネレントラ」「カラヤンのトリスタン」「ベームのリング」「ヴェルデイ、オペラ合唱曲、アバド・スカラ座」「アバドのマクベス」「アバドのシモンボッカネグラ」・・・・数限りなくあります。

オールドファンの域に達しつつあるわたくし。
音楽を活字と共に味わう世代だったかもしれません。
今のように、あふれかえる音源を自由自在に受け止めることのできる時代とはまったく違う世の中だった。
高額だった1枚のレコードを擦り減るように聴き、そしてそれを買うにも、大切な指標となったのが評論家の先生の記事。
自分の想いと、波長のあう方のご意見なら間違いないと思う先生の存在がうれしかった。

そんな高崎先生でした。

同じレコ芸の、今度は巻末の訃報欄に、同じく音楽評論家の岩井宏之さんがお亡くなりなった記事が出てました。
岩井さんも、好きな音楽評論家でした。
やはり、アバドのことを高く評価し、さらには、神奈川フィルの役員もつとめられた方。

時の流れを大きく感じます。

高崎、岩井、両先生に感謝をいたしますとともに、その魂の安らかならんことをお祈りいたします。

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2018年1月28日 (日)

マーラー 交響曲第2番「復活」 アバド指揮1965年

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2018年1月2日の日の出。

相模湾を赤く染める朝焼けは、今年も、健勝に、そして明るく過ごしたいと、切に手を合わせたくなる神々しい美しさでした。

そんな1月も、もうじき終わってしまいます。
ほんと、毎日があっという間に過ぎてしまう。

今日は、時間をずっとさかのぼって、クラウディオ・アバドが世界のひのき舞台に躍り出るきっかけとなった演奏を聴きました。

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   マーラー 交響曲第2番 「復活」

      S:ステファニア・ヴェイツォヴィッツ
      A:ルクレツィア・ウェスト

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                     ウィーン国立歌劇場合唱団

                   (1965.8.14 ザルツブルク)


伝説的な32歳のアバドのウィーンフィルとザルツブルク音楽祭デビューの熱演。

1959年指揮者デビュー、イタリアを中心にヨーロッパで活動、1963年、ニューヨークでミトロプーロス国際指揮者コンクールで1位となり、バーンスタインの助手となる。
 バーンスタインのヤングピープルズコンサートでラヴェルを振る映像が残されていて、youtubeでも見ることができます。
その後、ベルリン放送響へ客演し、カラヤンの目にとまることとなり、1965年のザルツブルクデビューとなります。
バーンスタインにもきっとマーラーの薫陶は得たであろうアバドは、同年7月に、スカラ座でまず、「復活」を指揮して、ウィーンフィルに臨んだ。
ちなみに、67年には、ウィーン響と6番を指揮。

2番と6番は、アバドにとって勝負曲のような作品であり、マーラー指揮者としての存在を確立させた2曲だと思う。

今回視聴のCDは、放送音源からのもので、当然にモノラル。
しかし、音に芯があって、聴きやすいもので、後半に行くにしたがって音楽が熱を帯びてゆく様や、緩徐楽章の美しさや、この頃、思い切り音楽を歌わせていたアバドならではのしなやかさも十分に楽しめるものです。

アバドは、このあと3種類の録音と、1つの映像(音源と同一)を残しています。

         Ⅰ   Ⅱ   Ⅲ   Ⅳ   Ⅴ   TTL

1965 ウィーン  20:55   10:18   10:40   4:42   32:28    79'05"

1976 シカゴ       20:47   10:03   10:33   5:28   34:51    81'11"

1992 ウィーン    21:20   10:34   11:48  5:28  36:16    86'32"

2003 ルツェルン 20:45    9:23    11:22  5:04   33:51     80'02"


4つの演奏の演奏時間。
なにも、演奏タイムが、その演奏の優劣に結びつくものではありませんが、その特徴をあらわしていることも確か。

トータルタイムが一番速いのが、ザルツブルクライブで、その次がルツェルン。
ルツェルンの一連のマーラー演奏が、明るく、透明感に満ちており、アバドの行き着いた境地を表しているところが、このタイムの変遷だけみてもわかります。
1~3楽章に、あまり変化は見られず、歌の入る楽章で、タイムの違いが出ている。
ことに、92年のウィーンライブの5楽章は、タイムをみると、ずいぶん念入りに感じますが、聴いていると決してそんな風には聴こえません。
ムジークフェラインの響きが影響した可能性はあります。

そして32歳のアバドと70歳のアバド、このふたつの演奏時間がとても近いところが、本当に興味深いし、アバドらしい。
 カラヤンに後押しされ、マーラーはまだ聴衆がついてこれないから危険だ、との周囲の声を跳ね返して、2番を選択した若きアバド。
この演奏の大成功で、ウィーンフィルとのレコーディングも始まり、世界のオーケストラから引っ張りだこになった、その記念すべき第一歩。
 ベルリンでのポストを終えて、ルツェルンで得た自分のオーケストラと、いろんな重圧から解かれて踏み出した開放的なさらなる第一歩。

もちろん、シカゴとの演奏には、このレコードが、メータやレヴァインらとともに、マーラー演奏に新しい風を呼び込んだという意味合いがあり、ウィーンライブには、アバドとウィーンとの決裂の時期的な意味合いも、それぞれ私にはあります。

さて、ザルツブルクの演奏に関し、アバドは後年語っています。
「自分を殺してやりたくなりました。本当です。終わって、後からテープを聴いて、初めて悪くなかったことに気づきました。もちろん変更すべき箇所は数多くありましたが、より自然発生的であることから、いくつかの部分は1976年の(シカゴ)の録音より優れています。不思議ではありますが、私のキャリアを通じて、その時点では不当に悪いというものの、いわゆる『スペシャル』な夜があるものです」

その自然発生的なるものが、終楽章にむかってじわじわと音から立ち上がってくる熱気に感じられます。ティンパニの強打や、猛烈なアッチェランドなど、スタジオでの冷静なアバドには出てこないような表現であります。
一方で、静かな場面での緻密な音の響かせ方などは、後年のものとそん色なく素晴らしい。

この演奏のラジオ放送を聴いていたアルフレート・ブレンデルは、見知らぬ指揮者ながら、「巨大な情熱と確信と支配力があって、それがオーケストラと聴衆に伝播させていた」と語ってます。

モノラル録音ながら、これを聴きながら、ダイナミックな大振りで、マーラーの音楽に没頭的になっているアバドの指揮姿や表情が思い浮かんできました。

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こうしてみると、ベルリンでの2番が残されなかったのが惜しい。

96年のベルリンフィルとの来日公演で、この曲を取り上げたとき、わたくしは、90年代のほぼ10年間、多忙な仕事や、子供らが生まれたことなどから、コンサートから遠ざかっていた時期にあたり、アバドの来日公演をことごとく聴き逃していました。
NHKの放送をビデオ収録してありますが、いまやそれも見れません。
いつかはDVDに復刻してやろうとは思ってますが・・・

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ここまで日が昇ると、少し温もりも出てきます。

マーラーの2番の終楽章の圧倒的なフィナーレにふさわしい輝かしさ。

アバドを偲んで何度も聴きました。

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2018年1月20日 (土)

ロッシーニ 「セビリアの理髪師」 アバド指揮 プライ

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菜の花と富士。

毎正月に、実家に帰るとこの景色が望める幸せ。

今年は、晴れの日が続いたので、富士がくっきり、すっきり。

おまけに、今年、ちょっと不安視した駅伝も、見事に完勝。

ありがたき正月になりました。

そして、1月も後半に至ると思い起こすのが、クラウディオ・アバドの命日。

あれから4年です。

今年のアバドの命日には、ことし2018年に、没後10年のアバドの朋友、ヘルマン・プライとの共演を。

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   ロッシーニ 歌劇「セビリアの理髪師」

 アルマヴィーヴァ伯爵:ルイジ・アルヴァ  バルトロ:エンツォ・ダーラ
 ロジーナ:テレサ・ベルガンサ        フィガロ:ヘルマン・プライ
 バジリオ:パオロ・モンタルソロ        フィオレロ:レナート・チェザーリ
 ベルタ:ステファニア・マラグー        士官:ルイジ・ローニ

      クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団
                      アンブロージアン・オペラコーラス
              合唱指揮:ジョン・マッカーシー
              チェンバロ:テオドール・グシュルバウアー
              ギター:バルナ・コヴァーツ

               (1971.9 @ワトフォードタウンホール、ロンドン)


初めて買ったアバドのオペラのレコード。

その前には、「チェネレントラ」が出てはいたけれど、すぐには手が出ず、より有名なセビリアの登場を待ち、飛びつきました。
それでも、ちょっと半年ほど遅れて、横浜駅西口にあったヤマハで、お正月に購入。
川崎大師の帰りでした。
3枚組のズシリと重いカートンボックスに入った豪華なオペラのレコード。
所有する喜びにあふれてました。

アバドは、昨年亡くなったゼッダの改定版を前面に押し立てて、ロッシーニ演奏に革新をもたらせた指揮者のひとりでありました。
過剰な装飾や、オーケストラに慣習的に追加された楽器や誇張を取り除いたスッキリとした軽やかなロッシーニ。

ブッファ的な側面ばかりで語られたロッシーニには、セリアもグランドオペラもあったと見直された60年代半ば。
その流れで、フィルターを取り除いたロッシーニの音楽を体現させたのはアバドだと思う。

オモシロ可笑しいロッシーニのブッファに、生真面目に取り組み、端役に至るまで、すべての登場人物たちの歌に等しく目を配らせ、お笑いドラマを人間ドラマにまで昇華してしまった。
アバドが、ヴェルディのオペラに取り組む、その同じ姿勢がロッシーニの演奏にもあると思う。
だから、アバドのロッシーニは、セビリアよりは、チェネレントラ、そしてさらにランスの旅の方がより素晴らしい。
ベルリンフィルでロッシーニのオペラをやってしまったところが、これまたアバドらしいところ。

Rossini
   1981年のスカラ座の引っ越し公演での「セビリア」は、薄給を「シモン」のS席に振り当ててしまったので、テレビ観劇となりましたが、終始、このレコードより、テンポも速めにとり、ダイナミズムも緩急も自在で、より劇場的な指揮ぶりでした。
そして、ポネルの回り舞台の面白さと、ヌッチ、アライサ、V・テッラーニと新鮮な歌手たちの鮮やかさも、いまや伝説級の名舞台と言えます。

もう46年も前のころ録音。
当時、ロンドン交響楽団は、アバドの意思にもっとも俊敏に反応することのできたオーケストラであったと思う。
オペラのオーケストラではないが、ゆえに新しい響きも紡ぎだすことができたし、そこはアバドの歌心もそっくり反映させることができている。
いまでも充分に、その鮮度を保っているロッシーニ演奏です。

当時、最高のロッシーニ歌いをずらりと揃えた配役。
ただ、昨今のよりスタイリッシュで、高度な技量を備えた歌唱からすると、やや古めかしさも感じたりもするのは贅沢な想いかもしれない。
そのなかで、燦然と輝いているのはベルガンサのロジーナ。
清潔さただよう麗しくも正しき歌。
チェネレントラでの歌唱とともに、しっかりと耳に残しておきたい歌唱です。

ヘルマン・プライの当たり役フィガロ、うますぎの感もなくはないが、そして、思いのほか声の威力も気になるところだが、その人懐こい歌声は、こうしたイタリアものでも魅力的。
プライの明朗快活な歌は、モーツァルトの同役とともに、フィガロが当たり前のように同一人物であることを強く感じさせます。
そして、わたしたちは、ここに聴くプライの声で、彼の歌うパパゲーノやグリエルモ、果ては、ベックメッサーやヴォルフラムなどをも思い起こすことができる。
それほどに、ヘルマン・プライの声は、自分にとって馴染みの声なのです。
アバドは、プライとの共同作業を多く行っていて、スカラ座のフィガロの結婚では、伯爵までも歌っているし、ずっと後年、ウィーンフィルとの第9ではバリトンソロもつとめている。
そして以前にも書いたけれど、アバドのヴォツェックにもチャレンジする予定もあった。
アバドが病に倒れる前は、ワーグナーへの挑戦として、マイスタージンガーやタンホイザーの名前もあがっていたので、もしそれが実現していれば、プライのザックスなんてのもあり得たのかもしれません・・・。

ヘルマン・プライは、1998年7月22日に69歳で亡くなりました。
そして、クラウディオ・アバドは、2014年1月20日に。

アバドの命日に、偉大な歌手と指揮者を偲んで。

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過去記事

 「チェネレントラ」 アバド LSO

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2017年6月28日 (水)

ロッシーニ 序曲集 アバド指揮

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どんより梅雨空東京タワー。

蒸すし、すっきりしませんな。

こんな時には・・・・

Abbado_rossini

      ロッシーニ 歌劇序曲集

     ①「セビリアの理髪師」      ②「ラ・チェネレントラ」
   
     ③「どうぼうかささぎ」       ④「アルジェのイタリア女」

     ⑤「ブルスキーノ氏」        ⑥「コリントの包囲」

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

                 (1971、1975 @ロンドン、エディンバラ)


これで、すっきり!

朝から、気分爽快になるこの1枚。

こちらも11年前に記事に残してます。

アバドといえば、忘れちゃいけないロッシーニ演奏。

ベルリン時代にも、当団とオペラ上演してしまったくらい。

そのアバドのロッシーニの原点が、この1枚。

いや正確には、アバドのオペラ録音デビューにあたる、「チェネレントラ」と「セビリア」のふたつで、1971年のもの。
そのふたつの録音から、このCDの①と②は転用されている。

「セビリア」の全曲盤は、すぐさま購入しました。
そして、それより前に出た「チェネレントラ」のすばらしさは、後年味わうことになるのでしたが、当時、それが発売されたときの、日本の音楽界の驚き!

「これが噂のアバドのロッシーニ」とか、「アバドのオペラ」とか、大いに宣伝された。

そう、いまではあたりまえとなった、A・ゼッダの考証版を用いての、すっきり軽快、透明感あふれるロッシーニサウンドを世に知らしめたのだ。

数年後に、4つの序曲を新録音して出されたのがこの1枚。

しなやかに歌いまくる、どこまでも明晰かつ、軽やかなロッシーニ演奏がここに。
後年の再録音では取り上げられたグランドオペラの華やかな序曲、「ウィリアムテル」や「セミラーミデ」は、ここでは、意識したかのようにスルーして、ブッファの軽快な序曲ばかりとしたことも、アバドの意識の表れかも。
そこに唯一セリアもあるとこがまた、アバドらしい。

塵と埃を洗い落とし、スコアの音符が、躍動して見えるかのような生き生き感。
ピアニシモを美しく歌うことにかけてはアバドの右に出る指揮者は、当時からいなかった。
だから、ロッシーニクレッシェンドは、耳をそばだててしまうほどに完璧かつ躍動的。

RCAに入れ直した2度目のロッシーニも素晴らしいが、スケールは大きくなった。
そして、ヨーロッパ室内管との3度目のものは、小回りの効く室内オケを駆使し、さらに若い楽員たちの笑顔が見えるような楽しい演奏。

でも、自分は、この1回のものが好き。
ロンドン響のスッキリサウンドも大いにプラスしてる。

さぁ、梅雨に負けず、今日も元気に
 

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