ヴェルディ 「ファルスタッフ」 アバド指揮
毎年の梅雨の時期には、小田原城で紫陽花と菖蒲を楽しみます。
そして、6月26日は、クラウディオ・アバドの90回目の誕生日。
90越えで現役のブロムシュテットとドホナーニが眩しい存在です。
2005年秋にblogを開設以来、2006年のアバドの誕生日を祝福しつつアバドの記事を書くこと、今年で17回目となりました。
さらに1972年にアバドの大ファンになって以来、今年はもう51年が経過。
つくづく永く、アバドを聴いてきたものです。
今年の生誕日には、アバドの演奏のなかでも、間違いなくトップ10に入るだろう大傑作録音、「ファルスタッフ」を取り上げました。
ヴェルディ 「ファルスタッフ」
ファルスタッフ:ブリン・ターフェル
フォード:トマス・ハンプソン
フェントン:ダニエル・シュトゥーダ
カイユス:エンリコ・ファチーニ
バルドルフォ:アンソニー・ミー
ピストーラ:アナトゥーリ・コチュルガ
フォード夫人アリーチェ:アドリアンネ・ピエチョンカ
ナンネッタ:ドロテア・レシュマン
クイックリー夫人:・ラリッサ・ディアドコヴァ
ページ夫人メグ:ステラ・ドゥフェクシス
クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン放送合唱団
(2001.4 @フィルハーモニー、ベルリン)
2000年の春に胃癌のため活動を停止し、その年の10月から11月にかけて、日本にやってきてくれた。
そのときの瘦せ細った姿と裏腹に、鬼気迫る指揮ぶりは今でも脳裏に焼き付いています。
その翌年2001年からフル活動のアバドは、いまDVDに残るベートーヴェンのチクルスを敢行し、そのあとザルツブルクのイースター祭で「ファルスタッフ」を上演します。
それに合わせて録音されたのが、このCD。
病後のベルリンフィル退任前の2年間は、アバドとしても、ベルリンフィルとのコンビとしても、豊穣のとき、長いコンビが相思相愛、完全に結びついた時期だったかと思います。
ベルリンフィルにカラヤン後の新たな風を吹かせた、そんなアバドの理想のヴェルディがここに完結した感がある。
一聴してわかる、音の輝かしさと明るさ伴う若々しさ。
カラヤンとは違う意味で雄弁極まりないオーケストラは、アンサンブルオペラ的なこの作品において、歌手たちの歌と言葉に、完璧に寄り添い、緻密にヴェルディの書いた音符を完璧に再現。
オーケストラも歌手も、完全にアンサンブルとして機能し、その生気たるや、いま生まれたての瑞々しさにあふれてる。
ヴェルディの音楽におけるオーケストラの完成度という意味では、アバドのファルスタッフは私にはNo.1だと思う。
カラヤンのドン・カルロもすごいけれど、あそこまで嵩にかかったオーケストラにはひれ伏すのみだが、アバドのヴェルディにおけるベルリンフィルは、しなやかさと俊敏さがあり、何度も聴いても耳に優しい。
若い恋人たちの美しいシーンはほんとうに美しいし、2幕最後の洗濯籠のシーンもオーケストラは抜群のアンサンブルを聴かせ、ワクワク感がハンパない。
各幕のエンディングの切れ味と爽快感もこのうえなし。
さらには、3幕後半の月明りのシーンの清涼感とブルー系のオケの響きも無類に美しく、そのあとのドタバタとの対比感も鮮やか!
ファルスタッフのオーケストラでいえば、カラヤンのウィーンフィルは雄弁かつオペラティックで面白いし、うまいもんだ。
同じウィーンフィルでも、バーンスタインはヴェルディを自分の方に引き寄せすぎ、でも面白い。
トスカニーニのNBCは鉄壁かつ、でも歌心満載。案外アバドの目指した境地かも・・・
ジュリーニのロスフィルは、これがあのメータのロスフィルかと思えるくらいに、落ち着きと紳士的な雰囲気。
スカラ座時代にアバドがファルスタッフを取り上げていたらどうだったろうか。
と空想にふけるのもまたファンの楽しみです。
病気あがりで、ザルツブルクでの上演前にみっちり練習を兼ねたレコーディング。
ファルスタッフのターフェルがレコ芸のインタビューで、そのときの様子を語ってました。
「彼はかなり痩せてしまい、皆とても心配していた。すると彼は音楽をすることによってエネルギーを得て、本当に元気になってしまいました。録音中、彼の瞳はきらきらと輝き、指揮をしながら飛び上がっていたのです。彼はこのオペラの生気、朗らかさを心の底から愛しているのだと思います。それが彼の健康に素晴らしい効力を発揮したのでした」
その音楽に明確な意見を持ちながら、若い歌手や演奏家たちに、完璧主義者でありながらフレンドリーで暖かく指導することで、レコーディング自体がすばらしいレッスンだったとも語ってました。
アバドの人柄と、あの大病を克服した音楽への愛を強く感じるエピソードです。
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ターフェルが36歳のときの録音で、その頃、すでにファルスタッフを持ち役にしていただけあって、その歌唱には抜群の巧さと切れ味がある。
初演の練習にずっと立ち会ったヴェルディは、歌手たちに細かい指示を出し、それはリコルディ社は書き取り記録したそうだ。
その細かな指示を歌手は反映させなくてはならず、ファルスタッフの多彩な性格の登場人物たちは、そのあたりでも役柄の描き分けが必要なわけ。
ターフェルは若い威力あふれる声を抑制しつつ、緻密な歌いぶりで、きっとアバドとの連携もしっかり生きていることでしょう。
ハンプソンのフォードも若々しく、ターフェルとの巧みなやりとりも聴きがいがある。
若すぎな雰囲気から、娘に対する頑迷な雰囲気はあまり出ないが、この歌手ならではの知的なスタイルはアバドの指揮にもよく合っている。
女声陣の中では、ナンネッタのレシュマンが断然ステキで、軽やかな美声を堪能できる。
ピエチョンカを筆頭とする夫人たちの、声のバランスもいいし、なかでは、クイックリー夫人が楽しい。
2000年当時の実力派若手歌手の組み合わせは、いまでも新鮮につきます。
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シェイクスピアと台本のボイート、そしてヴェルディの三位一体で極められた最高のオペラがファルスタッフ。
昔の栄光をいまだに忘れられない没落の士、ファルスタッフは、経済的な打開策としても、夫人たちに声をかけた。
それがしっぺ返しを食らうわけだが、思えば可哀想なファルスタッフ。
喜劇と悲劇を混在させたかのような見事なドラマと音楽に乾杯。
「世の中すべて冗談だ。
人間すべて道化師、誠実なんてひょうろく玉よ、知性なんてあてにはならぬ。
人間全部いかさま師!みんな他人を笑うけど、最後に笑うものだけが、ほんとうに笑う者なのだ」
(手持ちの対訳シリーズ、永竹由幸氏訳)
皮肉に見つつも、真実を見極めた言葉に、屈託のないヴェルディの輝きあふれる音楽。
でも真摯極まりないアバドの演奏は、もしかしたら遊びの部分が少なめかも。
シェイクスピアに素材を求めたヴェルデイのオペラは、「マクベス」「オテロ」そして「ファルスタッフ」。
いずれもアバドは指揮しましたが、残念ながら「オテロ」は95~97年に3年連続でベルリンフィルと演奏してますが、録音としては残されませんでした。
オテロ役が3年で全部ことなり、レーベルのライセンスの問題もあるかもしれないし、おそらくアバドは理想のオテロ歌手に出会えなかったのかもしれません。
台本に内在する人間ドラマにもこだわる、そんなアバドが好き。
そんなアバドの高貴なヴェルディ演奏が好きなんです。
「ファルスタッフ過去記事」
「新国立劇場公演 2007」
「ジュリーニ&LAPO」
小澤征爾と二期会のファルスタッフを観劇したのが1982年。
国内上演4度目のものを体験。
先ごろ亡くなった栗山昌良さんの演出、タイトルロールは栗林義信さんだった。
日本語による上演で、今思えば悠長なものでしたが、でもわかりやすく、舞台に普通に釘付けとなりましたね。
「わっかい頃は、この俺だって・・・」とファルスタッフが自慢げに歌う場面は、日本語で歌えるくらいに覚えちゃったし、クィクリー夫人登場の挨拶は、「よろし~~く」で、もう出てくるたびに会場は笑いに包まれたものだ。
きびきびと楽しそうに指揮していた小澤さんも若かったなぁ。
6月のアバドの誕生祭は、毎年、紫陽花が多め。
忙しかったので、記事は遅れ、バックデートして投稿してます。
アバド生誕祭 過去記事一覧
「ロメオと法悦の詩 ボストン響」2006
「ジルヴェスターのワーグナー」2007
「ペレアスとメリザンド 組曲」2008
「マーラー 1番 シカゴ響」2009
「ブラームス 交響曲全集」2010
「グレの歌」2011
「エレクトラ」2012
「ワーグナー&ヴェルディ ガラ」2013
「マーラー 復活 3種」2014
「シューベルト ザ・グレート」2015
「新ウィーン楽派の音楽」2016
「メンデルスゾーン スコットランド」2017
「スカラ座のアバド ヴェルディ合唱曲」2018
「ヤナーチェク シンフォニエッタ」2019
「スカラ座 その黄金時代DVD」2020
「ランスへの旅」2021
「アバド&アルゲリッチ」2022
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