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2019年3月10日 (日)

アンドレ・プレヴィンを偲んで ②

Shirogane

サー・アンドレ・プレヴィン(1929~2019)を偲んで。

ベルリンで、ユダヤ系の両親の元に生まれたが、音楽の素養は、弁護士で会った父親譲りのもので、5歳からピアノを学びはじめたことによる。
ナチス台頭で、パリに逃れ、そこから家族でアメリカへ。
そして作曲家の伯父のいるカリフォルニアのビヴァリーヒルズに住み、そこでピアノと作曲をさらに学び、学業がてらMGM映画の音楽の仕事も始め、19歳で映画音楽も担当するなど、めきめきと才能を開花させていった。。。

1948年頃、ハリウッドで活躍を始めたプレヴィンだが、ちょうどその頃は、コルンゴルトが映画音楽から、再度、本格クラシックの作曲に戻り、ウィーンで再起しようとしたものの、すでに時代に取り残されたことを悟り、ふたたび、ハリウッドに戻らんとしていたころ。

プレヴィンとコルンゴルト、このふたりの接点をこうして思うのもまた楽しいものです。

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   コルンゴルト  交響曲 嬰ヘ長調 
    
 J・ウィリアムズにも通じるコルンゴルトの本格シンフォニー。
プレヴィンは、ゴージャスでありながら、重厚かつしなやかな響きをLSOから引き出してます。

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さて、プレヴィンの初期のころの話、ジャズピアニストとして、一気にブレイク。
さらにモントゥーに師事して、1962年セントルイス響で指揮デビュー。
指揮者としてのレコーディングも同時に開始、指揮者、ピアニスト、ジャズピアニスト、作曲家としてのマルチな音楽家、アンドレ・プレヴィンの本格的なキャリアがスタートします。

アメリカばかりでなく、英国を中心にヨーロッパでの活動も盛んになり、ロイヤルフィルとロンドン交響楽団との録音もRCAレーベルに始まります。
1967年には、ヒューストン交響楽団の音楽監督に就任。
さらに、ケルテスの後任として、1968年、ロンドン響から、首席指揮者としての就任を乞われるます。
アメリカとイギリス、ふたつのオーケストラでの活動が始まったものの、妻がありながら、女優のミア・ファーローと同居していたことが保守的なヒューストンでゴシップとなり、プレヴィンはヒューストン響を3年で辞任することになり、この先、長年の蜜月となるロンドン響に専念することとなるわけです。

1968~79年に首席指揮者を務め、その後、85年にロイヤルフィルの音楽監督になったこともあり、ロンドン響とは、ちょっと疎遠になるものの、後に桂冠指揮者、そして最後には、名誉指揮者となりました。

ロンドン交響楽団とは、ほんとに多くの録音が残されてます。
首席指揮者時代は、EMIに、名誉指揮者時代はDGに。

ロンドン響との録音で、このコンビの多様な魅力が味わえる2つ音源。

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プレヴィンは、バーンスタインのように、語りも巧みで、BBCで、一般向けのクラシック番組解説付きで放映し、それが大ブレイクして、そのカジュアルな雰囲気も相まって、大人気となりました。

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その番組「ミュージック・ナイト」で取り上げた曲を集めた2枚。

自作の番組テーマ曲、ウォルトンの「戴冠式行進曲」、「魔法使いの弟子」、アルビノーニのアダージョ、「ヘンゼルとグレーテル」序曲、ラ・ヴァルス、スラヴ舞曲、「ルスランとリュドミラ」序曲、バーバー「弦楽のためのアダージョ」、ファリャ「三角帽子」、ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」、バターワース「青柳の堤」、J・シュトラウス「皇帝円舞曲」

このあと、何度かの再録音もある、プレヴィンのレパートリーの根幹がここにあります。
いずれも爽やかに、親しみやすく、音楽を聴かせてくれます。
今回は、ことさらに、バーバーのアダージョと、バターワースの作品が、とても心に沁みました・・・・

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ロンドン響との、大きな功績のひとつは、ラフマニノフと並んで、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集を手掛けたこと。

レコード時代に、ことさらにパノラマティックな作品の「海」と「南極」を入手し、ボールとのレコードとともに擦り切れるくらいに聴いた。

こういう大きな作品をわかりやすく聴かせることにかけても。プレヴィンは名人だった。
CD化され、ほかの番号も、さらに、ロイヤルフィルとの再録もすべて聴いたが、さまざまな作風のV・ウィリアムズの多彩さと抒情性を、これまたよく描いていて、RVW作品の自分にとっての、ひとつの道標ともなりました。

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プレヴィンは、ロシア系の音楽も広範に取り上げ、大いに得意にしてました。

ロンドン響とは、チャイコフスキーの3大バレエを録音し、そのビューティフルな演奏に虜となりました。
またプロコフィエフは、交響曲とバレエ音楽を幾度も録音。
切れ味のよさと、憂愁とを巧みに表出。
そして、ショスタコーヴィチも多く取り上げ、残した番号は、4、5、6、8、10、13番。
プレヴィンの持つ音楽性は、案外、低域を重たく表現することが多く、ショスタコの暗い響きをよくつかんでいました。

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プレヴィンとロンドン響との英国音楽もたくさん。
もちろん、ロイヤルフィルともありますが。
そのRPOとともに、エルガーの主要な管弦楽作品を残してくれました。
1番よりも、ノーブルさと憂愁さのまさる2番の方が、プレヴィンには合ってました。
N響では、取り上げてくれませんでしたが、コンセルトヘボウとのライブもFMで聴きました。
ホルストの「惑星」も、「エグドン・ヒース」も忘れ難いですが、親交のあったブリテンの「春の交響曲」が曲の内容とともに、そして爆発的な春の訪れを描くプレヴィンの指揮が素晴らしい1枚です。

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ロンドン響とは、オケのフレキシビリティも加わって、協奏曲の録音も数多いです。
合わせものが、とてもうまかったプレヴィン。
協調性と優しさ、ソリストを立てる巧さにおいて、みんなが共演を望んだ指揮者がプレヴィンです。
オーマンディ、マリナー、ハイティンク、アバドなども、みんな協奏曲の達人だと思います。
ルプとの、シューマン・グリーグ、アシュケナージとのラフマニノフにプロコフィエフなどが、その代表格でしょう。

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1976~84年には、ロンドン響と一次兼任で、ピッツバーグ交響楽団の音楽監督となります。

ピッツバーグは、ケチャップのハインツがオーケストラを支える資本のメインで、そのメインホールもハインツホールと言うくらい。
プレヴィンは企業の資本家筋とも実にうまくやって、さらに、レコーディングの檜舞台から遠ざかっていたオーケストラを、メジャーレーベルに復活させました。
ピッツバーグ時代のわたくしの思う代表作ふたつ。

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ロンドン響とのガーシュインが、実にナイスなんですが、あえてピッツバーグで。
ちょっと重心が低い感もありますが、フィリップスの見事な録音もあいまって、歌い心地満点のジャジーなガーシュイン
発売当時、ニッサンのブルーバードのCMに使われてました。
やりそうでやらなかったチャイコフスキーの後期交響曲を、ようやくピッツバーグで録音。
あせらず騒がず、堂々たるチャイコフスキーでした。

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ピッツバーグのあとは、ロンドンに戻り、ロイヤル・フィルハーモニー(RPO)の音楽監督に迎えいれられます。

ロンドンの5大オケのなかでは、やや低迷していたRPOを、これまたメジャーレーベルに再び登場させたのです。
EMI,フィリップス、テラークという幅広いレーベルに、かつてLSOと入れたレパートリーを再録音。
でも、LSOの旧録音の方が、よかったりもした部分もありました。
しかし、本格的なドイツ音楽を録音し始めたのもRPO時代であります。

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ブラームスの交響曲は、3番と4番しか指揮しなかった(はず)。
N響でも素晴らしかったけれど、このRPO盤は、意外なほどに渋く、かっちりとまとまっており、しなやかなロマンティシズムを感じさせます。
好きな4番のひとつです。
 そして、全曲は完成しなかったが、ベートーヴェンの交響曲をRPOで残しました。
こちらも至極オーソドックスで、クリアーな、もやもや感ゼロのベートーヴェン。
RPOの無色透明なサウンドがお似合いで、深みはないが、曲の良さし感じさせない演奏。
アックスとピアノ協奏曲全集を入れているので、交響曲の再発とともに、望んでおきたい。

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ロイヤルフィルと兼ねるように、再びアメリカへ。

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ロサンゼルス・フィルハーモニックには、1986~89年に音楽監督として、ジュリーニがヨーロッパへ帰ったあとの空席を救います。
ロス時代の録音は、フィリップスとテラークへ。

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テラークへのドヴォルザークの後期3大交響曲。
一番得意にしていた、8番。
ジャケットとともに、懐かしさと人なっこさを感じさせるハートウォームな佳演。
ちょっと乾き気味の録音のせいもあるけれど、カラッとしたロスフィルのカリフォルニアサウンドが実によろしい。
 同様に、明るめなプロコフィエフも機能性高いロスフィルあってのもので、ばっちり決まってる。5番よりも、6番の方がいい。
あと、アレクサンドルネフスキーもLSO以来、LAPOで再録しました。

アメリカのオーケストラとは、シカゴとフィラデルフィアでも録音を行いました。
終焉の地もアメリカでした。
ロスフィルを卒業しましたが、プレヴィンは、アメリカではバーンスタインに次ぐ、自国の巨星となったのでした。

プレヴィン最後の指揮者としてのポストは、オスロ・フィルハーモニーで、2002~06年。
ヤンソンスの後を継いだ訳ですが、さしたる録音は残しませんでした。
FMで放送された、ラフマニノフの2番を録音しましたが、相変わらずのプレヴィンらしい、聴かでどころのツボを押さえた見事な演奏でした。
ほかの録音も、今後、どこからか出てこないものでしょうか。

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プレヴィンは、ウィーンフィルとも相思相愛の仲でした。
ウィーンフィルとは、ザルツブルク音楽祭の来演のかたちで、一度来日し、モーツァルトだけの演奏会を行いましたが、これは聴きもらしました。
でも、この時行われた、キュッヘルを中心とするウィーンフィル四重奏団と、2曲のピアノ四重奏曲を演奏しました。
これを聴くことができましたが、それこそ至福のひととき。
ホール中が、まろやかなウィーンのモーツァルトの響きに包まれてしまいました。
CDでも、彼らの演奏は、とても大好きで、大切に聴いてます。

グローバル化しつつあったウィーンフィルの本来の響きや音色を、無理なく自然に引き出すことができたのが、プレヴィンだったのです。

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プレヴィンの軽やかなピアノも、ウィーンフィルのまろやかな響きも、ともに楽しめるのが、モーツァルトのピアノ協奏曲の17番と24番。
EMIにボールトの指揮でも、録音しておりましたが、ここでは、フィリップスの素晴らしい録音もあいまって、ほんとに素敵な、ステキすぎるモーツァルトが、一杯つまってます。
 そして、R・シュトラウス!
オーケストラ作品と協奏曲を、ほぼこのコンビで録音してくれました。
主だった作品はテラークレーベルに入れましたが、とりわけ、「アルプス交響曲」と「ドン・キホーテ」や「死と変容」、さらにフィリップスへの「メタモルフォーゼン」、DGへの「家庭交響曲」は素晴らしいと思います。
 でも、ここでは、オペラからの管弦楽作品を集めた珠玉の1枚を。
芳醇な「ばらの騎士」にうっとりとしてしまいますが、「インテルメッツォ」の軽やかさと、舞曲の心躍る楽しさ、そして、枯淡のような「カプリッチョ」、月光の音楽のしたたるような美音。
プレヴィンの音盤のなかで、シュトラウスのオペラ好きとしても、一番好きな1枚かもしれません。

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オペラといえば、プレヴィンの指揮したオペラ作品は、ラヴェルの2作と、「こうもり」ぐらいしかないかもしれません。
イタリアオペラやワーグナーとも無縁。
R・シュトラウスのオペラを録音するような話もたしかありましたが、実現はしませんでした。
 むしろ、オペラは自ら作曲をする方でありました。
「欲望という名の電車」は、映像で一度観たのみで、詳細はあまり覚えておらず、語れません。
いつか音源も入手したいところです。
自作では、「ハニー・アンド・ルー」がCDも実演も、両方聴いてますので、好きな作品です。

ジャズの分野は、またいずれ、日を改めたいと思いますが、あんまり聴いてません。

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さて、われわれ日本人にとってうれしかったのは。NHK交響楽団の首席客演指揮者となっていただいたこと。
もしかしたら、後期のことゆえ、賞味期限切れとも思われたりもしました。
元来、首が悪く、猫背の症状もさらに悪化していた2007年以降、常に来日して、プレヴィンの元来のレパートリーを数々、披露していただきました。

ここぞとばかり、その、ほぼすべての演目を貪るように聴きました。
お得意の、弾き語りのモーツァルト、ラフマニノフの2番や、ショスタコ、プロコフィエフのいずれも5番、ブラームスに、R・シュトラウス・・・、ともかく、プレヴィンの、これまでの集大成ともいえる音楽を、N響にて聴くことができたのです。

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老いて、背中も曲がり、かつての、スマートで、しゃきーーんとしたプレヴィンとは大違いの、好々爺的な指揮姿でしたが、N響から引き出す、その音楽は、まさにプレヴィンの音楽そのものでした。

プレヴィンの音楽を、ずっと聴いてきて、最終的に、老いたりとはいえ、日本のN響で、最後の輝きを残してくれたことに感謝したいと思います。


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  3月10日の、芝公園の梅

あとね、この3CD。
コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。

この作品に、3つの録音を残したのも、プレヴィンならではで、ほかにはいません。

ソロに合わせつつ、コルンゴルトのほろ苦い、甘味な世界を描きつくしている、プレヴィンの指揮でした。

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オケごとに、プレヴィンの音楽を振り返りたいとも思いましたが、更新も遅れがち、書けるときに一気に書きました。
長文失礼しました。

サー・アンドレ・プレヴィンの魂が永遠でありますことを♰

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2019年3月 1日 (金)

アンドレ・プレヴィンを偲んで ①

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愛すべき音楽家、そして、日本にもおなじみの音楽家、アンドレ・プレヴィンが、2月28日、亡くなりました。

享年89歳、あと少しで90歳を前にして。(1929~2019)

ロンドン交響楽団の黄金時代を築いたプレヴィン、その死を悼むページがどこのオーケストラのサイトよりも先に出てました。

このブログで、何度も書いてるかもしれませんが、わたくしの敬愛する指揮者は4名、音源も多数聴いてきたし、実演も、記事数も多いマエストロたち。
アバド、ハイティンク、プレヴィン、マリナー。

次々に物故してしまう。
自分もどんどん歳を重ねるとともに。

彼らの演奏を、常に新しいものを聴きつつ楽しんできたけれど、それが止まってしまうことの悲しさよ。

アメリカにとどまって、ローカルなオケを楽しみながら指揮したり、作曲活動も、ゆったりと行っていた、ここ数年。
でも、その活動の報が、まったくキャッチできなくなっていた、この2年ぐらい。

来るべきものが来た、そんな感じです・・・

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今宵は、まず、プレヴィンがあってこそ、世に広まり、いまやコンサートの人気曲のひとつとなったラフマニノフの交響曲を聴いて、プレヴィンを偲んでみました。
ほんとに美しい演奏です。

時間が許せば、ここしばらく、プレヴィンの音楽をたどってみたいと思います。

サー・アンドレ・プレヴィンの魂が、常しえに安らかにありますことを♰

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2018年12月24日 (月)

チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」    プレヴィン指揮

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六本木ヒルズのけやき坂のイルミネーション。

この冬はシルバーブルーの1色で、これが強弱をつけてゆっくりと点滅。

ヴィトンのお店の鮮やかさと、その間に東京タワー。

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      チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」

      アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

             (1972.5 @キングスウェイホール)


クリスマスの音楽のひとつといえばこれ。
そして、みんな大好きチャイコフスキーの「くるみ割り人形」。

おそらく、多くの方が、小学校の音楽の授業で聴いたことでしょう。
わたくしも、小学5年か6年に組曲版で聴きました。
もちろん、その時はバレエ音楽から抜き出した組曲とかいう認識や知識はありません。
 大いに気に入った小学生のワタクシは、町のレコード屋さんに飛んで行って、毎度お世話になったコロンビアのダイアモンド1000シリーズのなかの1枚、「白鳥の湖&くるみ割り人形」を買い求めたのでした。
ハンス・ユイゲン・ワルター指揮のプロ・ムジカ交響楽団の演奏。
いまや聴けなくなってしまい、どんな演奏だったか覚えてもませんが、この隠れた名指揮者の演奏は、ほかの盤もいくつか聴きましたが、平凡だけど外れがなく、優しいものであったとの思いがあります。
 その後、カラヤンとウィーンフィルのレコードを手に入れて、J・ワルターの廉価盤は、まったく聴かなくなってしまったけれど、同時に、全曲版が視野に入るようになり、その一番手がプレヴィンとロンドン響によるものでした。

これまで、いくつもの「くるみ割り人形」を聴いてきましたが、ジャケットも含めて、これが一番というのが自分の結論です。
 最近出たデゥダメル&LAPOは、ジャケット含めよさそうですが、でも何となくその演奏はだいたい予想がつき、自分には合いそうもなさそう。
これから録音されそうなものとしては、ネルソンスとボストン響、セガンとフィラデルフィアあたりに期待です。
しかしまぁ、今後の人生もそんなに長くないから、自分の「くるみ割り」は、プレヴィンの旧盤ということでとどめ置きましょう。

プレヴィンは、このあと86年にも、ロイヤルフィルと再録音をしてます。
その演奏も聴いてますが、ステレオからデジタルになったように、演奏もデジタル化したみたいな気がして、14年前のロンドン響のほうが、懐かしく、暖かいもののように感じました。

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53歳で没してしまったチャイコフスキーの晩年の傑作群のひとつ。
有名どころでは、「眠れる森」とともに、5番や「スペードの女王」と、「イオランタ」「悲愴」に挟まれた時期である1891年の作曲。

舞台音楽としてバレエ上演した場合、初演当時は、ファンタジー感が再現されにくかったり、さらには、主役の持っていきかたが難しかったりで、なかなか苦心したらしいが、舞台美術や装置、テクノロジーの発達した現代では、誠に美しい舞台が再現でき、大人から子供まで、みんなが楽しめるバレエ上演が世界中でなされている。

そして一方、コンサートでも全曲版が、一夜のプログラムとして乗ることが近年多くなりました。
また、コンサート後半の演目に、第2幕だけを演奏するのもあり。
いずれも、シンフォニックな演奏でも、十分に楽しめ、聴きごたえがあるからです。

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私の好きなシーンをいくつか。

       第1幕

①おなじみの序曲とそれに続くワクワク感満載の「クリスマスツリー」の情景。

②祖父ドロッセルマイヤの踊り。こんな楽しいお爺ちゃんになりたい。

③お客さんが帰り、夜。そしていよいよの高揚感。

④冬の松林~チャイコフスキーならではの情景描写

⑤雪片の踊り~こ洒落たワルツ、女声(児童)合唱を入れたところ、天才的

       第2幕

⑥お菓子の国と魔法の城~城を見渡せる高台にいるかのような気分でわくわく

⑦クララと王子~さあさあ、主人公たちの登場ですよって感じ

⑧ディヴェルティスマン~各国のダンスが勢ぞろい、いずれの筆致も神がかり

⑨花のワルツこそ、チャイコフスキーの代名詞か。
  ステキすぎるだろ、このワルツ。

⑩パ・ド・ドゥ~ロマンティックなアダージョで夢見る少女な気分になれるよ、
         こんなオジサンでも。
         そしてタランテラときて、金平糖さんは可愛いチェレスタ
         でもって、急転直下のコーダ
         この展開好き♡

⑪終幕のワルツにアポテオーズ~ドラマチックになりすぎない可愛い終幕
         夢から覚めた夢を見た感じ

こんな感じで、オヤジでも、何度でも夢をみることができます、そんな愛らしいバレエ音楽が「くるみ割り人形」。
この作品の2年後に、53歳で亡くなってしまうチャイコフスキー。
もう少し、長命だったらば・・・・
交響曲を9曲まで、オペラをあと3つ、バレエをあといくつか・・・・

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プレヴィンとロンドン響の名コンビは、この作品一のビューティフルな演奏だと思う。
心憎いほどのメロディの歌いまわしのよさで、テンポも順当なので、穏やかな安心感に包まれます。
冬の一夜、部屋を暖かくして、そしてちょっと暗くして、ツリーでも眺めながら聴くと、ほっこりすること間違いない演奏です。

このところ、プレヴィンの名前を聴かなくなった。
去年の秋の海外ニュースで、オレゴン響への客演が体調不良でキャンセルとの報を見たのと、同時期の作曲活動にこと、離婚したオッターとの良好な友達関係などを語ったインタビューのニュースを見て、その後1年。
89歳という年齢もあって、事実上の引退状態にあって、ちょっと心配。
いろんな思いでを残してくれた音楽家だけに、お元気で安泰であってほしいです。

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よきクリスマスを🎄

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2014年12月10日 (水)

R・シュトラウス ニ重小協奏曲 プレヴィン指揮

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まるで、ヨーロッパの王宮かなにかを思わせる雰囲気ざましょう?

恵比寿ガーデンプレイスの奥にあるレストラン。

ジョエル・ロブションにございます。

いくつかのレストランの形態が入ってますが、そのうちガストロノミーは、ミュシュランガイドの三つ星を取っておりますそうな。

まったく無縁の世界ですが、こうして、うっとりさせてくれる写真でも眺めながら、緑茶ハイをすするのもオツなもんです。

ちなみに、カジュアルな方のレストランのメニューはこんな感じ。

Robuchon

モダン・フレンチだそうです。

食べたくもあり、いや、歳取ってくると、和食で、最後はお茶漬けかなにかでさらっとしたいねぇ・・・・

Strauss_previn

 R・シュトラウス  クラリネットとファゴットのためのニ重小協奏曲

     Cl:ペーター・シュミードル Fg:ミヒャエル・ウェルバ

   アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                       (1996.11 @ウィーン)


R・シュトラウス(1864~1949)の生誕150年は、思ったほどに盛り上がらずに、静かに終わりそうです。

かといって、演奏されなかった訳じゃなくて、むしろ、コンサートやオペラのプログラムとして、シュトラウスの音楽は、世界的に完全に定着してしまっていて、日常に聴ける作曲家のひとりとなっているわけですね。

オーケストラの技能の向上や、録音技術の目覚ましい進化なども、マーラーなどとともに、人気作曲家へと押し上げる要因のひとつです。

そんなシュトラウスでも、まだオペラはその一部しか親しまれておりませんし、室内作品も、まだまだ素敵な作品がたくさん。
そして、今日は、最晩年のユニークな協奏作品を。

20分程度の、可愛いくもステキな作品で、これは、まさにオペラの世界です。

弦楽とハープは、文字通り伴奏する存在にとどまり、クラリネットとファゴットという、きらびやかさとは無縁の中音の楽器ふたつが、まるで、言葉の多い多弁なシュトラウスのオペラの登場人物のようにして、語りまくり、歌いまくるのです。

3つの楽章を成してはいますが、連続して演奏され、最初の楽章では、クラリネットが主役で、朗々と清々しいソロをたくさん聴かせます。
2楽章は逆に、ファゴットが楚々と緩やかなソロでなごませてくれます。
 そして、3楽章にいたって、ふたつの楽器の明るくも、語り口の滑らかかつ多弁な競演となります♪

1947年、イタリアのルガーノの、スイス・イタリア語放送局からの委嘱を受けて、12月クリスマス明けに完成させました。

 こうした曲は、オーケストラの首席たちをソロにしてこそ、ファミリーな感じで、その妙意が味わえるものです。
そうした意味で、ウィーンフィルであります。
ウィーンの管楽器の、まろやかな丸みを帯びた響きが、シュトラウスの清朗な世界にぴったりときます。
先日、60~70年代のウィーンフィルの木管の代名詞のような存在だった、アルフレート・プリンツ氏が亡くなってしまいましたが、そのあとがシュミードル。
ウェルバのファゴットとともに、代々、永々と続く、ウィーンフィルの伝統をその血脈とともに語り継ぐ名手たちです。
 その伝統も、時代の変遷とともに、楽器の変化も伴いながら変わりゆくのも、それは宿命で致し方がないことですね。
わたくしが名前を思いだせるのも、その音色が脳裏に浮かぶのも、彼らの世代までかもです。

ホルン、オーボエ、そして、このニ重協奏曲を録音しているのは、あとは、ドレスデン。
ベルリンには、この曲がありませんでしたね。

シュトラウス晩年の澄み切った心境を感じさせる桂曲にございます。

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2014年8月 2日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 プレヴィン指揮

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芝浦から浜松町方面を望む。

休日ですので、オフィスビルの明かりは、ほとんどなく、マンションの明かりはちらほらあります。

江戸時代までは、ここは海。
運河がその名残であります。

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    ドヴォルザーク  交響曲第9番「新世界より」

   アンドレ・プレヴィン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1990.4.30 @ロイスホール、UCLA)


いわゆる「新世界」であります。

Fromが付いているから、「新世界より」とか、「から」とかになります。

そして、俗に言う、第9と呼ぶ方はまずはおりません。

とかなんとか書いてますが、これほどの有名曲になると、もうなにも書くことはありません。

 この曲は、自分には、年末から正月にかけてのイメージがあって、何故かというと、小学生のときの、初レコードがこの曲でありまして、それは、親からのありがたいクリスマスプレゼントだったのです。

ケルテスとウィーンフィルの「新世界」と、カラヤンの「田園」、この2枚。

毎日毎日、その2枚のレコードしかありませんから、飽くことなく聴き続けた少年のワタクシ。
各種溢れかえる、音源は、いまやネットからのものも加わり、一度流しておしまい。
レコードをあれほど、大切に聴いた自分が、遠い存在のように感じます。

そんな思いもふまえて、ブログをやることの効能は、1枚のCDをじっくりと聴くという行為、そのものにも直結するということです。

さてさて、真夏の新世界、今宵は、アンドレ・プレヴィンのロスフィル時代の演奏で。

ジュリーニという大物がヨーロッパに去ったあとのロスフィルには、プレヴィンがやってきました。
1985年から89年の4年間ですが、ロスフィルの明るいサウンドには、プレヴィンはまさにお似合いで、ジュリーニ退任のあと、士気の落ちたこのオーケストラを、プレヴィンは見事立ち直らせて、フィリップスやテラークに多くの録音を残し、日本にもやってきました。

1楽章の繰り返しはなしで、演奏タイムは約41分。
そのわりに、テンポがゆったりめに感じるのは、プレヴィンらしく、丁寧にやさしく、音楽の隅々にいたるまで目を光らせているからでして、どこにも急いたところはなく、おっとりとした温和な演奏なのです。

懐かしさや、かっこいい旋律満載の超名曲ですが、こんな風な普通の温厚新世界があってもいいと思います。
 旋律の歌わせ方も、いかにも優しいプレヴィンですよ。
聴き慣れた旋律の数々も、どこか新鮮に聴こえます。
埋もれてしまう各声部も、浮かび上がってきて、そちらも新鮮。
 そして、第2楽章ラルゴのしみじみ演奏には泣かされました。
ことに、中間部の哀切あふれる歌い回しは、そうくるかって感じでたまりません。

聴き古した名曲も、いろんな発見を与えてくれる演奏で聴くのもまたいいことであります。

最近、プレヴィンの活動が聞かれないけど、もう85歳。
いつまでも元気にいて欲しいと思いますね。

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2014年5月20日 (火)

ウォルトン ヴァイオリン協奏曲 ケネディ&プレヴィン

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日差しの中は、暑いくらいですね、5月の陽光。

でも、木蔭へ入ると、ほんとに気持ちがいい。

夏は、どこもかしこも暑くてまいるけど、4、5月は、実に過ごしやすくてよろしい。

10,11月も同じく好きでありますな。

どちらも、英国音楽がお似合い。

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  ウォルトン  ヴァイオリン協奏曲

       Vn:ナイジェル・ケネディ

  アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

           (1987.7 @アビーロードスタジオ、ロンドン)


ウィリアム・ウォルトン(1902~1983)。

イングランド北西部マンチェスター州のオールダム生まれ、晩年はイタリアに居を構え、ナポリ湾に浮かぶイスキア島に80歳で没するのですが、その死は83年のことですから、いまだに記憶に残ってます。

その作品数は、作曲に慎重で筆が遅かったこともありますが、決して多くはないものの、広範なジャンルに渡っていて、交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽、器楽、オペラ、声楽、吹奏楽と、ほぼすべてに残しておりますし、映画音楽もあるんです。

有名どころでは、交響曲第1番と、スペクタクルな声楽曲「ペルシャザールの饗宴」があげられるほか、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのそれぞれ1曲づつの協奏曲も演奏頻度が高いです。

その作風は、時代を考えるとティペットなどにくらべると保守的で、大胆でカッコいいブリテンのシャープな音楽造りと、抒情的でメロディアス、そしてときに大胆な和声を聴かせるR・V=ウィリアムズなどのエッセンスをそれぞれ併せ持ったような感じです。
その響きは、ときにミステリアスで、陰りをおびることもあり、ときには、神々しいくらいに眩しく輝かしいこともありなんです。

一度ハマると、聴けばすぐウォルトンとわかるくらいに特徴がありますが、わたくしが聴いたウォルトンは、まだ半分もありませんので、今後、録音も増えていくことも合わせて期待したいところです。

ヴァイオリン協奏曲は、1939年の作。
ヤッシャ・ハイフェッツの委嘱により書かれ、ロジンスキーとクリーヴランド管との共演で初演。
さらに初レコードィングも、ハイフェッツによって、シンシナシティで行われてますが、ハイフェッツは、1943年にオーケストラ、ことに打楽器に手ををくわえた版も、作曲者自身の指揮により録音しております(1950)。
いまでは、一般に改訂版が演奏されております。

3つの楽章からなり、全曲は約30分。
アンダンテ・トランクィロの抒情的な第1楽章は、ふたつの主要な主題に泣かされます。
どちらも哀感と、クールなひんやり感あふれる忘れがたい旋律であります。
ヴァイオリンの技巧的なカデンツァにも引き込まれますね。
さすがは、ハイフェッツを前提に書かれた作品であります。

さてここで、この曲全体を覆う雰囲気なのですが、20年代後半から繁茂に訪れるようになったイタリアの陽光。それを感じることができるのです。
そのイタリアのまばゆい日の光と地中海の輝きとを愛したウォルトンは、のちに56年になって、イタリアに居を構えることとなります。

憂いに満ちた1楽章ではありますが、そのクールながらも透明感を感じますし、なんといっても、第2楽章のスケルツォが、ナポリターナ・カンツォネッタなのです。
陽気なわけではなく、そのリズムをたくみにモダンに処理しておりますし、ヴァイオリンの超絶ぶりも楽しいです。

3楽章は、ヴィヴァーチェで、オーケストラは、明るく開始。でも、ヴァイオリンソロは、リリカルな歌で応じます。
陽気さと、抒情的な歌とが交差しながら曲は進行し、耳が離せないほどに魅力的なのですが、最後のエンディングに近く、第1楽章の最初の哀愁に満ちた旋律が感動的にヴァイオリンによって奏され、聴く側はえもいわれぬ至福の結末感を味わうこととなります。

若かった頃のケネディと、まだ背中がピシっとしていたプレヴィンとの演奏は、悪かろうはずがありません。
ケネディさんには、当然ながら、妙にはじけたところもなく、いたく真摯に、この素敵な協奏曲に取り組んでいて、暖かな抒情が、プレヴィンのマイルドなオーケストラとともに魅力的でありました。
ほんというと、もっと鋭角にビシッとした切れ味も効かせて欲しかったりもしましたが・・・。

このケネディ盤と、ヘンデル、ベルを持ってますが、最近出たT・リトルも聴いてみたいですし、なんといっても、本家ハイフェッツを聴いたことがないのは、いけませんね。

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2014年1月 1日 (水)

R・シュトラウス 「ばらの騎士」組曲

Jpg

年 今年もよろしくお願いいたします。

さっき、ご挨拶をしたとおもったら、もうこれだ。

この終いをつけ、あらたな始まりを祝う風習や、その感情の醸成は、島国の日本人ならでは。

わたくしも、日ごろの鬱憤を忘れて、新春を寿ぎましょう。

今年の、アニヴァーサリー作曲家は、キリのいい年周りでいうと、R・シュトラウス(1864~1949)ぐらいで、あとは小粒です。
強いていえば、ラモー(没後250)、C・H・E・バッハ(生誕300)、グルック(生誕300)、リャードフ(生誕100)、あと、アルマ・マーラー(没後50)なんてのもあります。

ですから、わたくし的には、R・シュトラウス・イヤーなのです。

これまで、全オペラを聴いてきましたが、またいくつか取り上げたいと思います。

そんな楽しみもある2014年の始まりは、「ばらの騎士」。

「ばらキシ」でございます。

Strauss_previn

   R・シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」 組曲

    アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                 (1992.10 @ムジークフェライン、ウィーン)


15作あるR・シュトラウスのオペラの中で、一番上演回数も多く、人気がある作品が、「ばらの騎士」です。

前作「サロメ」までの、尖鋭的で、血なまぐさい音楽とドラマは影をひそめ、耳当たりのいい、ワルツを中心に据え、細やかな感情の機微を、ホフマンスタールの名台本を得て描き尽した名作です。

そのなかから、管弦楽曲を編み出して、組曲としたものが、約22分ぐらいのこちら。

さらに、一番有名なワルツは、コンサートのアンコールピースとしてもよく演奏されます。

「ばらの騎士」は、あらゆるオペラの中で、5指に入るくらいに好きで、その舞台もたくさん見ております。
少し年を経てしまった女性の、揺れ動く気持ちと、自分を見つめ、時間の経過に気付く、自戒と諦念、そして、あらたな道へと踏み出す勇気。

そんな儚いドラマを、シュトラウスは音楽で完璧に描き出してやみません。

今月の神奈川フィルの定期演奏会と、翌日のミューザ特別演奏会では、この曲がメインとなります。

親子でウィーンフィル出身のゲッツェルさんの、主席客演指揮者就任披露公演となります。

年初めから、とろけるような魅惑的な演奏会に出会うこととなってます。

そちらで、お会いできれば、幸いです。

本年もみなさまにとって、よき1年でありますように。

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2013年12月31日 (火)

R・シュトラウス 「4つの最後の歌」 ローテンベルガー

Minatomirai20131224

今年も、大晦日を迎えることになりました。

と思って、去年の記事みたら、おんなじ出だしだった。

でもほかに書きようがない今日。

今年も、ほぼ毎日、たくさん音楽を聴きました。

何度も書きますが、ワーグナー、ヴェルディ、ブリテンのアニヴァーサーリーだったから、大忙し。
かなりの分量を占めてます。

それから、佐村河内守さんのコンサートに2度行けました。
CDで聴くのと、全然違う空気感と、聴者全体の一体感。
素晴らしい体験でした。
しかし、台風のおかげで、ピアノソナタの初演には立ち会うことができませんでした。
そのCDは、ただいま格闘中で、近く記事にできると思います。

そして、なんといっても、今年一番の喜びは、神奈川フィルの新公益法人化が決定したこと。
オーケストラと楽団のみなさま、関係者のご努力の賜物ですし、われわれリスナーの熱い思いも後押ししての成果だったと思います。
ともかく、うれしー。
加えて、神奈川フィル監修の本も発刊。
ちょっとだけ、お手伝いできたことも、今年の喜びのひとつとなりました。

というわけで、来年も、神奈川フィルを思いきり楽しめそうで、なによりなのです。

Strauss_vier_letzte_lieder

   R・シュトラウス  「最後の4つの歌」

        S:アンネリーゼ・ローテンベルガー

      アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

            (1974.12 @アビーロード・スタジオ、ロンドン)


毎年、この日に聴くことにしてます。

シュトラウス、絶美の音楽。

1864年生まれ、1949年没。
来年、生誕150年、没後65年のシュトラウス。

死の前年、1948年、人生のすべてを達観し、作曲された、黄昏に満ちた素晴らしい4つのオーケストラつきの歌曲。

ヘッセの詩による「春」、「9月」、「眠りにつくとき」、アイフェンドルフの詩による「夕映えに」。

85歳のシュトラウス、達観したとはいえ、まだまだ若々しく、朗らかな心情を失ってなかったから、これで最後とは思ってはいなかったのですが、ミューザを司る神は、もうシュトラウスに、最後のオペラを作る余力を残さなかったので、いくつかの歌曲を除けば、この曲集が事実上、シュトラウスのまとまった最終作といえます。

ともかく美しい。

数日前に、ブリテンのオペラでも触れましたが、人間は、美しい物を常に求め、心に留めておきます。
音楽における、「美」という言葉があれば、きっと、シュトラウスの「最後の4つの歌」こそ、相応しいものと思えます。
 それが、シュトラウスの場合、人によっては、人工的な美と捉えられても、わたくしはいっこうに構わないのです。
ともかく美しいものは、美しい。

これまで、幾種類の演奏をライブも含めて聴いてきたことでしょうか。

初めて、この曲を聴いて、知ったのは、75年のウィーン音楽祭のライブ。
エリザベス・ハーウッドのソプラノ、シュタインとウィーン交響楽団のFMライブでした。
もう亡くなってしまた英国の名歌手は、カラヤンのボエームのムゼッタでデビューした美声の持ち主でした。
ウィーンのオケの、独特の管楽器の音色も、この曲にぴったりで、カセットテープに残して聴きまくりました。

そして、近時では、松田奈緒美さんの歌、シュナイト&神奈川フィルの超絶的な名演奏。
言葉を失うほどの美しさと、襟を正したくなるほどの厳しい音の選び方。
美の裏腹にあった、極度の緊張感が、快感を呼ぶ、素晴らしい演奏でした。

前置きが長くなりましたが、今年の「最後の4つの歌」は、ドイツの名花、アンネリーゼ・ローテンベルガーとアンドレ・プレヴィンの共演盤。

高校の時に発売されたものの、すぐに廃盤になって久しかったもので、ずっと探していたし、待ちわびていた1枚。
精度高い完璧な歌唱や、オーケストラを聴きなれた、いまの耳からすると、ややぬるく感じるし、ローテンベルガーの声にも陰りがうかがえる。

少しあとの、ルチア・ポップと同様に、誰にも愛されるチャーミングな声と、その愛らしい人柄が偲ばれるローテンベルガーの歌声は、それでも、さすがに往年の美しい高音を聴かせてくれます。
もともと低い方は苦しかったけれど、ドイツ語の美感を感じさせる、とても味わいに富んだ歌いぶりは、聴いていて涙が出そうになりました。

プレヴィンの指揮も、美に奉仕してます。
ソフィスティケイトされすぎなところも、このころの、ロンドン響とのコンビならでは。

何度聴いても、いつ聴いても、「夕映えに」の最後の場面は涙がでます。
赤く染まった夕空が、藍色に変わりつつあり、そこに鳥がかなたに羽ばたいて、やがて見えなくなって、景色もぼやけてゆく・・・・・。

      はるかな、静かな、平安よ

      かくも深く夕映えのなかに

      私たちはなんとさすらいに疲れたことだろう

      これがあるいは死なのだろうか

               (夕映えに、より)


新年を迎えるにあたって、死への旅路を感じさせるなんて・・・、と思われるむきもございましょう。
わたくしは、毎年、年の最後には、こうして「終り」という、観念を大切に思いたいと思ってます。

そして、また始まるのですから。

あと数時間後には、またあらたにご挨拶もうしあげたく存じます。

本年も、ご照覧、ありがとうございました。

Minatomirai20131224_12


 2007「シュティンメ&パッパーノ」

 2008「ステューダー&シノーポリ」

 2009「ポップ&テンシュテット」

 2010「フレミング&ティーレマン」

 2011「デラ・カーザ&ベーム」

 2012「マッティラ&アバド」

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2013年10月 8日 (火)

ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 プレヴィン指揮

Yasukuni201310_2

この大きな鳥居は、靖国神社の第一鳥居で、高さは25mだそうです。

先日、市ヶ谷に用事がありまして、そのあと神保町に向かって靖国通りを歩きました。

なにかとよからぬことをする輩もいるものですから、警察の方々もそこここに。

それでも都会のど真ん中にある神社ですから、外国の観光客もそこそこいらっしゃいましたね。

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  ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 ハ短調

   アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

              (1992.10 @オール・セインツ教会、ロンドン)


交響曲でいう「第8番」は、ベートーヴェンが規模的には短め・軽めの作品を残し、第9との対比で交響曲史上稀にみる前例を残したが、それとは逆のパターンをやってしまったのがショスタコーヴィチ。

7番、8番と第二次世界大戦中の大作を書き、勝利に終わった戦後、だれしもが壮大な規模と感動をもたらす巨篇としての第9を期待していたところに発表されたのは、軽快で小ぶりな9番だった。
こうした軽い裏切りともとれる肩すかしを、ショスタコーヴィチは意図的にやるところがあって、それは、例の証言にもあるような隠された秘密などとは程遠い、悪戯のような、遊びの境地ではなかったのではと思ったりもします。

死人に口なし、早々に死んじゃったから真相はわからないけれど、ショスタコーヴィチの音楽はあれこれ詮索せずに、その音楽を純粋に聴き親しむの限ると思ってる。
もちろん、いろんなニュアンスが満載の多面的な顔を持ったその音楽だから、時には、時代背景や、当時のソ連のことなども考えて、想像をたくましくして聴くのもよし、です。

この8番は、67分という長さを持ってますが、全体の色調はともかく暗くて憂鬱。

過去記事から以下引用します。

>全5楽章、そのうちを、演奏時間で40%近くを第1楽章が占めるといういびつなバランス。
しかも、その1楽章は中間部に強烈なアレグロ部分を有するアダージョ楽章であって、その冒頭部分とともに第5交響曲を連想させる。
 この楽章は、今や聴き古して表層的に思えてきてしまった第5の1楽章と異なり、聴くほどに深く激しく孤高な音楽として迫ってくるものがある。

同じように深みある音楽が第4楽章のラルゴ。
パッサカリア形式の人類への葬送行進曲のような、何とも言えず内面的な音楽で、前楽章の大音響から休みなく始まり、皮相的な終楽章にそのまま連結している。

 リズミカルな動きが妙に楽しく、そして虚しくもあっけないスケルツォの第2楽章。
こちらもリズミカルだが、もっと強烈かつ行進曲的で激しい第3楽章。

先のラルゴをはさんで、妙に楽天的かつ捉えどころのない終楽章は、途中驚くべき悲劇への逆戻りのカタルシス大音響が待ち受けているものの、すぐさま妙な明るさを取り戻し、最後のピチカートを伴った消えゆくようなエンディングに収斂していく。

この満たされない終わり方。

ここに明るいきたるべき未来を見るか、戦争や悲劇はまだ続く、と見るか・・・・。
私には、どちらかわからない。<

なんだか今夜はよく眠れそうにないな・・・・。

だからムラヴィンスキーの演奏はまったくすごいし、コンドラシンもキッレキレだけど、わたしには、このプレヴィンやハイティンクの、ある意味優しい演奏の方が好きだな。
静かな場面に、プレヴィンのマイルドさがとてもよく出ているし、LSOの優秀さもばっちり受け取れる録音の良さも特筆もの。
EMI旧盤も最近復刻されたので、聴いてみたい。

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2013年6月13日 (木)

ラヴェル 「ボレロ」 プレヴィン指揮 

Sagar_2

眩しい海辺で食べるカレーです。

鬱陶しいお天気が続くもんだから、5月の陽光を懐かしんで実家近くのカレー屋さんの画像を。

Sagar_3

晩ご飯済ましたのに、こうして画像を見てたらまたお腹がすいてきてしまった。

カレーは別腹か?

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   ラヴェル  ボレロ

    アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

             (1979.6 @キングスウエイホール、ロンドン)


急にボレロが聴きたくなったから、ボレロ。

カレーみたいに、急に聴きたくなるのがボレロ。

その顛末がわかっちゃいるけど、だまされて興奮するのがボレロ。

音楽史上もっともシンプルな造りだけど、その反復感が人を刺激しまくるのがボレロ。

小太鼓奏者の方にブラボーが集まるのがボレロ。

そのオリジナルバレエは、いまやフラッシュモブとも呼べる集団効果がボレロ。

誰が演奏しても、そこそこウマくいくのがボレロ。

チョー~長~いクレッシェンドともいえるのがボレロ。

あぁボレロ、されどボレロ、しかしボレロ、何故におまえはボレロ、人を惑わすのか。

まだまだ、どしどし書けそうなボレロ。

ディアギレフのバレエ・リュスのところにいた、イダ・ルビンステイン夫人の独立に伴い彼女のために書かれたバレエ音楽。

CDでも、ライブでも、もう知り尽くしたと思って聴いてると、いつの間にか、思わぬ興奮状態に高められてしまう、ルーティン化の常習性あるアブナイ音楽の一つといっていいかも。

オケの名技性よりも、ここは指揮者の腕の見せ所だ。

ライブで聴いた1番は、小澤さんと新日。
指揮棒を持たず、最初は指揮もせず、体を揺らすのみで各奏者を目で率いて行く小澤マジック。
拍子をとりだしたのは弦が出てきてから。
あとはもう魔法がかけられたみたいに、小澤さんのしなやかな指揮姿に見とれるのみで、そこから独特の熱いうねりが生まれて、いつしか熱狂の域に達していったのを覚えている。もう30年以上前だ。

CDでは、格式高く味わい深いアンセルメ、全体を熱い弧のようにひと筆に描ききったミュンシュ、エレガントでスマートなクリュイタンス、オケを夢中にさせ熱狂の淵に落とし込んだアバド。
そして今宵、久々に聴いたプレヴィン盤は、おそらく最長に近い、全編17分13秒をかけたジックリ型のインテンポ演奏。
プレヴィンという人は、元来、腰の重たい演奏をする人で、そこにスタイリッシュ感と、優しい眼差しの貫かれた柔らかな歌い回しが加味される訳で、決してポップで軟な指揮者じゃないのです。
そんな、ときに粘りさえも感じるこのボレロは、ロンドン響のめちゃくちゃウマいのと、レスポンスの豊かさでもって極めてユニークな演奏に思います。
お約束の終盤の盛り上がり感は、これまた尋常でないほどですが、クール感も残したところがまたプレヴィンらしいところ。

面白かった。

と思って聴いてたら、NHKで佐村河内さんが出てました。

すかさず、「みなとみらい」でのピアノソナタ演奏会をプレオーダーしましたがいかに。

Sagar_4

静かな海はいい。

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