カテゴリー「ハイティンク」の記事

2017年10月 9日 (月)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲 ブレンデルの古い盤

Shibaura

日の出直前の竹芝桟橋から。

日の出スポットは、もうちょっと左側だけど、倉庫やマンションが立ち並び、見えません。

あの豊洲も見えましたよ。

Beethoven_p1_brendel

     ベートーヴェン  ピアノ協奏曲全曲

       Pf:アルフレート・ブレンデル

    ヴィルフレット・ベッチャー指揮 シュトゥットガルト・フィルハーモニー(1番)

    ハインツ・ワルベルク指揮 ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団(2番)
                     ウィーン交響楽団(3、4番)

    ズビン・メータ指揮 ウィーン交響楽団(5番)

                    (1961、66、67年 ウィーン)


私の、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の初聴きは、この1枚。
1970年のベートーヴェン生誕200年の年に出た、ダイアモンド1000のベートーヴェン・シリーズ。
当時はまだ、そんなに有名じゃなかったブレンデルの協奏曲が4枚の廉価盤で登場した。
小学生のこづかいからの千円は、とても痛かったので、ラジオで聴いて、印象的だった1番のみを購入し、すでにスター指揮者だったメータが、なんと廉価盤になっていた5番は、どうしても買えなかった(というか、皇帝をまともに聴いたことがなかった)

ともかく1番の初々しさと、豊富なメロディが好きだった。
ブレンデルの若やいだピアノも、いまもって色あせてなくて、もう48年も前の記憶のまま。
 ずっと後年、この全集を揃えたのは、社会人になってから、VOXからCD化されたもので。

目玉だったメータ指揮する5番に、ちょっとがっかり。
いまも変わらないブレンデルの豊かなピアノに、メータ指揮するオーケストラは、せかせかとハイスピードと、音圧の強さでもってがんがん進める。
まさに若気の至り、かと思いきや、2楽章はとても神妙で美しく、そして3楽章は、威勢よく終了、と。

それにしても、この一番古い、いまから半世紀も前の録音に聴くブレンデルのピアノの妙技はいかがなものだろう。
誠実に、一音一音を弾き進めながら、そこに柔和さと、デリケートさ、そして、歯切れのよさも十分。
音が、丸っこく感じるのは、録音のせいもあるが、やわらかい。

オーケストラでは、ワルベルクの指揮するものが、際立った特徴はないが、やはり安定感と、安心感がある。
ウィーン響とあるが、かつてのレコード時代は、ウィーン・プロムジカ管弦楽団とか表記されていたもんだ。

たまに聴くと、懐かしい響きに包まれていて、ホッとする、一番古いブレンデルのベートーヴェンでした。


Beethoven_brendel_haitink

   ベートーヴェン  ピアノ協奏曲全曲

         Pf:アルフレート・ブレンデル

   ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                     (1975、76、77 ロンドン)


前回は30代半ば、そして10年後、押しも押されぬ中堅ピアニストとなったブレンデル、2度目のベートーヴェンは、専属となったフィリップスレーベルから、ハイティンクとの共演で。
数あるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集で、全体として一番好きなのはこれ。
ソリストと指揮者、それぞれの思いや音楽が完全に一致していて、スタイルが統一されていて、とても凛々しい。

若やいだ1番と2番から、中期の深淵さと、壮麗さのスタイルへと移ってゆく、3、4、5番と聴き進めてゆくと、この演奏の必然性がとてもよくわかる。
それぞれの番号ごとに、とてもいい演奏なのだけれど、全体としてとらえると、こうしたベートーヴェンの音楽の神髄を導き出してやまない感じがする。

とりわけ、素敵なのが、いずれの曲も、その緩徐楽章。

ギャラントだけど、美しい旋律に満ち溢れた1番と2番のそれ。
よりロマンティックに傾いた3番は、オーケストラもほんと美しい。
で、バックハウスが「神への祈り」と呼んだ4番のそれは、神妙なる調和の世界で、深みも。
華麗な楽章に挟まれた「皇帝」の2楽章もまた、神妙なる静的な世界。

ブレンデルの柔らかいピアノの音色で聴く、これらは、ほんとに素晴らしくって、秋の夜長にぴったりです。
2番なんて、もう、泣きたくなるようなピアノに、音楽であります。

もちろん、アレグロやフォルテの楽章もとても魅力的だし、いい音楽に、万全の演奏ですよ。
でも、年を経ると、こんなベートーヴェンの聴き方も、いいなぁと心から思います。

しかし、ブレンデルのピアノって、音が豊かです。
中庸の美でありながら、じっくりと聴くと、音が弾み、輝き、優しく語りかけてくる。
でもそれ以上に主張してこないから、安心して聴いていられる。

それとまったく同じことがハイティンクとロンドンフィルの、いぶし銀でありつつ、ちょっとくすんだ渋さのオーケストラと、ふくよかで、恰幅もほどよいハイティンクの作り出すサウンドがとても素晴らしい。
 ハイティンクとロンドン・フィルは、この時期にロンドンで、これら協奏曲も含めた交響曲チクルスをやっていて、そちらもコンセルトヘボウとはまた、一味違った名演になっていることはもう、みなさま、ご存じのとおりです。
 そして、「皇帝」におけるスケールの大きさは、若きメータのものと比べると、まるで大人と子供くらいに感じます。

そして、アナログ最盛期のフィリップスの深みのある名録音も、わたくしには最良のものでありました。

秋の夜、暮れ行く空を眺めながら、二日間にわたり、ブレンデルのベートーヴェンを堪能しました。

ちなみに、ブレンデルのあとふたつ(レヴァインとラトル)は、聴いたことがありません。
あと、ハイティンクの指揮では、アラウ、アシュケナージ(映像)、ペライア、シフがありますが、いずれも未聴・・・・。
ともかく、この歳になっても、あれこれ気になるもの、欲しいものが尽きませぬ・・・・
聴く時間は有限なのに。。。。
 

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2017年8月30日 (水)

ブリテン 戦争レクイエム ハイティンク指揮

Ninomiya_galas_1

この画像を、ここに載せるのは、もう何度になるでしょうか。

ガラスのうさぎ。

夏には、多くの千羽鶴が寄せられるようになり、平和祈願の発祥地のようにもなってます。
私の育った神奈川の小さな町。
終戦直前、近くの平塚市には、軍需工場があり、すさまじい空襲を受けたが、この町には何もない。
にもかかわらず、駅に停車していた貨物車を狙い機銃掃射。
疎開していた親子に着弾し、お父さんが亡くなった。
 いまは、建て替えられたけど、子供の頃の駅舎には、銃痕が残っていました。

ともかく、戦争忌避の思いは誰もあり、そして過去を反省する思いは、人類がみな共用すべきものと思います。
そのうえで、日々緊迫する世界情勢に対応するための施策を、施政者は批判を恐れずになして欲しい。

毎夏に聴く音楽。

そして、年とともに、この音楽への共感が増し、その都度の感銘を深めていく。

画像は、コンセルトヘボウらしいものとして拾いました。

Haitink

   ブリテン  戦争レクイエム

     S:フェイ・ロビンソン    T:アンソニー・ロルフ=ジョンソン
     Br:ベンジャミン・ラクソン

   ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
                      アムステルダム・コンセルトヘボウ合唱団
                       オランダ少年合唱団

                    (1985.10.27@コンセルトヘボウ)

カセットテープに残した、NHKFMの放送音源。

山ほどある段ボールのなかのカセットテープとVHS。

この先の人生も考え、取捨選択をするように心がけ、がんがん処分、そしていかにして、自らのライブラリーに残すか。

音源については簡単だった。
ヤマハのCDライターが壊れてしまい、超シンプルな、USBカセットテープ再生マシーンを導入できて、さくさくPCへ取り込み中。

真っ先に取り込んだのが、「ハイティンクの戦争レクイエム」だ。

これがまた、実に素晴らしい演奏だったのだから!

ともかく美しい。
ハイティンクとコンセルトヘボウが、もっとも蜜月に結ばれていて、指揮者の個性も、オーケストラの音色も、そしてコンセルトヘボウというホールの響きも、完全に一体化している時期のものゆえの美しさ。

ふっくらした音を、入念に醸し出すハイティンクとコンセルトヘボウが、ブリテンの緻密に書かれた音楽の、優しさと、デリケートな繊細さを素晴らしく描きつくすのだ。
ディエス・イレでの強烈な咆哮は、録音のせいもあるが控えめ。
そう、この曲に、痛切さや、壮大さ、そして、強いメッセージ性を求める向きには、このハイティンクとコンセルトヘボウの柔らかな響きは、もの足りなく思えるかもしれない。

でも徹底した平和主義者で、弱者のことに目線を多く向けたブリテンの優しさを、この演奏には感じることができるかもしれない。
カセットテープから起こした音源だから、音に芯が少なく、もっといい録音状態であったら、いますこし印象はかわるのかもしれないが。

3人のイギリス人歌手たちは、それはもう素晴らしく、完璧。
ことに、ロルフ・ジョンソンの鬼気迫る歌と、ラクソンの美声は聴きものだった。

オランダ放送協会のデジタル録音でした、とのアナウンスまで入っている、このNHKFM音源。本家での正規音源化はならぬものだろうか。
東ベルリン時代にベルリン響に客演した、A・ギブソンの録音ももってます。
あと、サヴァリッシュとN響、シュライヤー、FD夫妻のものなんかも。

60年代は、作曲者本人の自演盤のみしかなく、それが絶対とされた「戦争レクイエム」。
いまいくつのCDが出てることだろうか。
作者の手を離れて、多くの演奏家たちによって、この作品が、どんどん名曲として確立してゆき、聴き手の心を世界中で揺さぶるようになった。

平和を唱えていても、相手があることだから、一方的に事を起こされる不条理もある。
でも、戦争はご免だ。
この曲、あの大きな国で演奏されちゃったりするんだろうか??

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2017年6月20日 (火)

ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲 ハイティンク指揮

Sodegaura

セピア色の海と雲。

以前撮った写真を、ちょっと加工してみました。

曖昧な水平線。

ぼんやりと浮かぶ雲に、夕日があたり、はっきりしないままに、このまま暗くなっていった海辺。

ここは、自分の育った町の海で、小学生くらいまでは、それこそ海鳴りの聴こえるくらいの場所に住んでいて、遊び場はいつも海辺だった。

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  ドビュッシー 「牧神の午後への前奏曲」

   ベルナルト・ハイティンク指揮

       アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

               (1976.12 @アムステルダム)


わたくしの持つこの曲のイメージは、先の写真みたいな感じでも一面あって、そういう意味で、このハイティンクの演奏は、ぴたりとくる。

ハイティンクらしく、柔らかく、ふっくらとした音楽造りに、オーケストラのシルキーな音色、それとフィリップスの豊穣なる素晴らしき録音。

これらが相まって、フランドル調の、いくぶんくすんだ渋い牧神となったのだ。

ともかく美しい。

陶酔感は少なめだけれども、安心して、この絹織の音色たちに身をゆだねることができる。

 真夏の白日、すべてが光によって映し出されるようなブーレーズの演奏も、濃密なばるバルビローリも、ビューティフルなデュトワも、そして、オーケストラの音色が往年のフランス色をとどめながらも、割と先鋭なマルティノン、あと、地中海的な瞬きにあふれたアバド。
これら、みんな好きだけど。

いまの気分は、最高にハイティンク。

牧神ばかりでなく、「海」や「夜想曲」、「映像」もすばらしくステキなハイティンクとコンセルトヘボウなのでした。

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2016年2月18日 (木)

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ジャンドロン

Suisen

立ち姿も、その芳しい香りも美しい水仙。

いろんな花言葉がありますが、その学名「ナルシサス」は、ギリシア神話に出てくる、ナルキッソスに由来することは、以前にもここで書いたとおり。

そう、ナルシストです。

自分の美しい姿を小川の水面に見て、恋してしまうという、あれです。

ですから、自己愛とか、うぬぼれ、といった花言葉もあるみたいです。
別に、自分が一番好きなのは、あたりまえだと思いますけど、加減はありますな。

Dovrak

    ドヴォルザーク  チェロ協奏曲 ロ短調

        チェロ:モーリス・ジャンドロン

   ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                         (1969.11 ロンドン)


懐かしいイメージの常にある、ドヴォルザークのチェロ協奏曲。

そして、自分にとって、いつか聴いてみたいと、子供のときから思っていた演奏。

その想いをずっと抱きながらも、40年の年月を経て、聴いたのが数年前。

音楽鑑賞の遍歴って、わたしのような世代の人間には、もしかしたら、きっとそんなものだろうと思う。

ともかく、レコードが高かったし、貴重な時代。
情報源は、レコ芸かステ芸、ステレオサウンドの活字しかなかったし、音楽をレコードと生演奏以外から享受するには、ラジオ放送とNHKしかなかった。

いまの若いリスナーには、信じられないほどに不自由だったから、常に、音楽に飢えていた。
あの頃の情熱たるや、いまでは、言葉にできないくらいの熱いもので、ああした想いを、いま、若い人たちが理解できるとはとうてい思えない。

おっさんのたわいごとです。

でも、心配することはないね。

さりげなく、スマホやPCで音楽を、どんなシテュエーションでに聴くことができるって、音楽が日常になくてはならない証しでしょう。
クラシック音楽も、まさに、そんな享受の仕方のなかあって、もしかしたら、ワタクシのようなおじさん世代よりも、より大衆化しているのかもしれない・・・

 前置きが長くなりましたが、フランスの名チェリスト、モーリス・ジャンドロンの弾くドヴォコン。
1971年、ハイティンクの音盤のカタログを入手して、マーラーやブルックナーといった未知のレコードばかりが載ってるなか、このジャンドロンをソリストとするドヴォコンのジャケットがあって、当時、かねてより、定盤のロストロ・カラヤンの例の音盤を、擦り切れるほどに聴いていたものだから、そうじゃない演奏って、どんなんだろうと、興味深々だった。

その後に訪れた、ハイティンク・フェイバリットに押され、ともかく聴きたかったけれど、機会のなかったこの演奏。

 がっかりと、なっとくの双方を味わいましたが、何度も聴きこむうちに、魅惑的な演奏に思えるようになりました。

まず、がっかりが、修正できない部分は、ハイティンクの指揮。
フレーズの最後のあっけないぶった切り。
この時期の、コンセルトヘボウとの録音でも、ときおり感じる淡泊さは、ふくよかなオケの音色で助けられていたけれど、ロンドンフィルは、ノーマルで反応が良すぎるものだから、その印象は性急に感じられることもしばし。
 ハイティンクが、LPOを、RCO化してしまうのは、もう少しして後。

 そして、肝心のジャンドロンのチェロ。

ともかく、明るくて明晰。
誰をも惹き付けてしまう、オープンな表情付けのなかに、南フランス風の情熱と、爽やかさの両輪を聴くことができる。
ともかく流れがよろしくって、ジャンドロンのチェロは、流線形を描くがごとく、ゆるやかに、でも、情熱的に響くのでした。

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2015年8月 1日 (土)

ストラヴィンスキー 「火の鳥」 ハイティンク指揮

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真夏の、芝増上寺。

盆踊り祭りが行われてまして、散歩がてら、東京タワーと夕焼けの見物に行きましたら遭遇しました。

境内には、所せましと、出店が。
石焼きピザの店は、本物の窯があって焼いてるし、浜松町にある日本酒センターも出店して、効き酒セットなるものもやらかしてるし、お隣のプリンスホテルも、美味しそうなケータリングしているぐらいだから、ともかくグルメなのでした。

しかし、暑い、しかも湿度高い!

Firebird

 ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」

   ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                       (1973.11 @ロンドン)


暑いから、先週のハルサイに続いて、ストラヴィンスキーのバレエ音楽を聴く。

なぜ、暑いからか・・・

わかりませんが、ストラヴィンスキーの、とくに三大バレエは、夏向きの音楽に感じます。
とくに、ハルサイとペトルーシカはね。
「火の鳥」は、夏と冬かな。。
あくまで、わたくしのイメージにすぎませんがね。

そして、今宵は、先だっての「メータのハルサイ」に続きまして、70年代ものを。

最新の演奏の音盤は、ほとんど聴かなくなってしまった、哀しみのノスタルジーおやじです。
かつて、慣れ・聴き親しんだ演奏ばかりを聴き、そして、購入してます。

新しい演奏は、ネットで、世界中のそれこそ、イマの演奏を確認できます。

そして、一番大きいのは、アバドを見守り続けてきた自分にとって、アバドが召されてしまったあと、現存指揮者では、ハイティンクとマリナー、プレヴィンぐらいしか、ファイヴァリットの対象がいなくなってしまったこと・・・・・

新しい録音が、ライブでしか成し得ず、しかも新録が編成の大きなものでは激減してしまった。
かねての、レコードヲタクは、CDの復刻ものと、生の演奏会にしか、楽しみの活路を見いだせなくなってしまっているんです。
あぁ、悲しい~

そんななかでの、大いなる喜びのひとつが、「ハイティンクの火の鳥」。

ようやく入手しました、ロンドンフィルとの旧盤。

ハイティンクの「ストラヴィンスキー三大バレエ」は、70年代のロンドンフィルとのものと、ほぼ90年頃の、ベルリンフィルとのもの、ふたつが録音として残されてます。
レパートリーが広く、どんな曲でも器用にこなすことができるハイティンクにとって、ストラヴィンスキーは、若い時から、お手の物で、コンセルトヘボウでも、30代の若き「火の鳥」の組曲版が残されてます。

40代にあったハイティンクと、当時の手兵のひとつロンドンフィルの、こちらの演奏は、かねてより聴いてきた、思わぬほどの若々しさと俊敏さにあふれた「ハルサイ」と同じくして、ダイナミックで、表現力の幅が大きく、細かなところにも、目線が行き届き、仕上がりの美しい、完璧な演奏になってます。
LPOのノーブルなサウンドは、コンセルトヘボウと同質な厚みと暖かさを持っていて、ハイティンクとの幸せなコンビの絶頂期と思わせます。
 フィリップスの相変わらずの、録音の素晴らしさも手伝って、まるで、コンセルトヘボウです。
これこそが、ハイティンクの指揮者としての個性になっていったのでしょうね。
豊かな弦の馥郁たる音色と、オケ全体の分厚さと高貴な味わい。
マイルドな木管と金管。
全体の色調は、渋色暖色系。

切れ味は、昨今の技量高き演奏からすると物足りないかもしれませんが、先に書いたとおり、味わいある「火の鳥」として、存在感ある1枚かと思います。
それでもって、カスチェイの踊りにおける、疾走感とリズムの取り方の鮮やかさは、なかなかのものだし、場面場面の移り変わりも絶妙。
終曲の晴れやかさも、素晴らしくって、心の底から、感動できたし、爽快なエンディングの典型を、なにげに描きあげているところが、さすがにハイティンクと実感しましたよ。
 ベルリン盤は、未聴です。いつかまた。

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2015年7月19日 (日)

ドヴォルザーク スラヴ舞曲 ハイティンク指揮

Yasukuni

靖国神社の御霊祭に行ってきました。

東京地区のお盆は、7月のこの時期。

それに合わせて、行われる都会の夏祭りなのですが、本来は、靖国に眠る英霊への慰霊を込めた、いわゆる慰霊祭。
このたくさんの提灯にも、個人や、戦没者の遺族、同期の会などの名前が刻まれてます。

今年から、境内・参道には、出店もなくなり、より慰霊の念の強まる厳かな雰囲気が。

もちろん、遅い時間に行ったので、このような感じでしたが、もう少し早いと、盆踊りが、写真の先にある、大村益次郎さんの像の下の特設ステージで行われてましたし、日によっては、青森ねぶたとか、歌謡ショーとかもにぎやかに行われています。

前にも書きましたが、社会人1年生のとき、当時の会社が、九段下にあったものですから、当時は、よくこのお祭りに行ったものでした。
当時は、おどろおどろしい見世物小屋とか、お化け屋敷なんかも出てて、完全なお祭り状態。
祭、本来の意味を考えるうえでも、今回の出店中止の処置やよかったのではないかと。

浴衣を着た若者や、欧米中心の外国人など、ほんとに多かったですし、わたくしも何人ものシャッターを押しましたよ。

Yasukuni_dovo

  ドヴォルザーク  スラヴ舞曲第1集 第1番~8番 op46

   ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                        (1959~68 @アムステルダム)


ハイティンクの若き頃の録音。

ハイティンクはドヴォルザークには、そんなに積極的ではなくて、交響曲は7番と8番、その折りのカップリングとして作品46のスラヴ舞曲。
あとは、ジャンドロンとチェロ協奏曲。
これぐらいしかないです。
「新世界」を振らない~ハイティンクの七不思議のひとつです。

以下、過去記事より~
「先輩ブラームスの勧めもあって、ドヴォルザークは、ピアノ連弾用のボヘミアの舞曲集を作曲することとなるが、それは同時に、ブラームスのハンガリー舞曲でひと儲けした楽譜商ジムロック社にとって、二匹目柳の下のドジョウなのでした。
 8曲の作品46のこちらのスラヴ舞曲集は大成功をえて、文字通りドヴォルザークの本格出世作となり、即座にオーケストレーションもされました。

8年後には、作品72の二番目の曲集も作曲され、全16曲のスラヴ舞曲は、ボヘミアの息吹きを感じさせるばかりでなく、スロヴァキア、ウクライナ、ポーランドなどのスラヴ諸国の民族音楽の集大成のような舞曲集となっております。

コンサートのアンコール曲でも、この曲集のなかの多くが定番となってます。」

全曲録音も多くて、セルやクーベリック、ノイマンらの往年の東欧系指揮者によるものを聴く機会がどうしても多いです。
そんな中で、妙に好きだったのが、この堂々たるハイティンクの演奏。
高校時代に、ハイティンクのファンになりましたが、その時の来日を機に発売されたいくつかのレコード。
その中にあったのが、ハイティンクとコンセルトヘボウの管弦楽曲名演集で、全部で8曲。
スラブ舞曲の第1番が、そこには収録されてまして、正直重々しくて、当時効き慣れてたセルのリズム感あふれる演奏との違いに驚いたものでした。

そして、後年、ハンガリー舞曲とカップリングされて、まとめられた作品46の8曲の廉価CDを入手し、その年代の違いによる録音の質感の違いはあるものの、当初の1番を聴いた重厚感あふれるイメージに包まれていて、さすがはこのコンビと唸らせるものでした。
 さらに聴き重ねるごとに、このオーケストラの持つ、独特の色気のようなものも感じるようになりました。
 ことに4番ヘ長調あたりであらわれる、各種楽器のソロの色香に。
独奏ヴァイオリンは名手、クレバースでしょうか。
 6番ニ長調の軽やかさと、思わぬ自在さは、当時、ぼんくらのように批評していた評論家諸氏は、何を聴いていたのでしょうか。
 やはり、ブルックナーやマーラーなどの大曲ばかりを、60年代から録音しまくっていたハイティンクは、それらがまだ完全認知されていない時代に先行していたために、まともに聴く人がいなかったから、その評価が遅きに失したのでしょう。
後年、スケールが大きくなり、オーケストラの結びつきも強まり、他のオーケストラでも、遜色なく名演を残すようになったハイティンクは、若いころから変わりなく、ハイティンクでした。

8番のダンス音楽として熱気をはらんだ雰囲気と、恰幅のいい悠然たる響きを伴った演奏を聴いて、つくづくそう思います。
ともかく立派でありつつ、洗練された軽やかさも。
そんな印象が、この曲集の最初から最後まで貫いてまし、毎度の褒め言葉は、フィリップス録音の素晴らしさ。

廉価CDのカップリングのブラームスのハンガリー舞曲は、後年、80年に10曲録音されたもので、こちらも最高ですよ、立派すぎるのが難点(笑)。

ともに、民族的であるよりは、ヨーロピアンな香りの舞曲集の演奏でありました。

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2015年6月 6日 (土)

プロコフィエフ 「ピーターと狼」 ハイティンク指揮

Shibaneko_1

呼べばやってくる、某公園のおなじみの、にゃんにゃん。

親しみもありつつ、ツンデレで、逞しい一面も。

いろんな人に可愛がられる公園のにゃんこでした。

Peter

   プロコフィエフ   「ピーターと狼」

       語り:ヘルマン・プライ

 ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1969.9 @アムステルダム)


プロコフィエフ(1891~1953)の生没年を見ると、そんなに昔の人じゃないですね。
帝政ロシア時代に生まれ、26歳のときに、ロシア革命を経験し、一時亡命はするも、ソ連邦時代には、同邦を代表する作曲家としていろんな縛りの中に生きた人だし、一方で、世界各地を巡って、ソ連邦の作曲家としての顔を売り込むという、ある意味、自由な日々も送れた、そんなプロコフィエフさん。

ちなみに、日本の明治・大正・昭和をも全部、きっと知っていたはずのプロコフィエフさん。
日清戦争(1894)、日露戦争(1894)を経て、列強の仲間入りしてゆく日本との関係も深いですな。
日本滞在中に、和のリズムや旋律に感化されていることも、嬉しい出来事です。

そして、われわれ日本人が、学校の音楽の授業で、必ず聴いた音楽を書きました。
「ピーターと狼」。

いまは、どうかわかりませんが、わたくしは、習いましたよ。

日本語のナレーションは、坂本九。
演奏は、カラヤンのフィルハーモニア盤だったような記憶がありますよ。
なんたって、小学生だったから、もう半世紀くらい前ですよ。

作風が色々変化したプロコフィエフ、1936年、「ロメオとジュリエット」と同じ年の作品。
モダニズムや、激烈な音楽造りから脱して、メロディもしっかりあって、抒情と鋭さも兼ね備えたシャープな作風を取るようになりました。
 親しみやすさと、平易さ、そして、たくみな描写でもって、ナレーションの語るその場面が目に浮かぶほどのリアリティさ。

子供のときは、狼が出てきて、ヒヤヒヤしたし、こずるいネコが憎らしく思い、そして、狼が捕まって、みんなで行進する場面では、晴れやかな気持ちになったものです。

 でも、プチクラヲタ・チャイルドだった自分、廉価盤時代でも、こうした曲には手を出しませんでしたが、フォンタナから出てた、ハイティンク盤が、ハイティンク好きとしては、気になってましたね。

そして、CDを最近購入。
国内レコードでは、ナレーションは、樫山文江さん。
そして、外盤では、なんと、バリトンのヘルマン・プライなのでした。

この、深くて暖かみのあるバリトン声によるナレーションが、とても包容力と親しみに溢れていて、素敵なのですよ。
 そして、それに、完璧なまでに符合しているのが、ハイティンク指揮するコンセルトヘボウの、いつものあの、あったかサウンドに、フィリップスの明晰ウォームトーン。
ことに、この手の曲は、分離がよくなくては話しにならないが、ここでは、ごく自然な、ソロ楽器の捉え方と、劇に合わせたステレオサンドが、とても素晴らしいのですよ。

こうした曲の場合、指揮者が素晴らしいとか、解釈がどうの、とははなはだそぐわないのですが、ここでは、ハイティンクとコンセルトヘボウならでは、ということと、プライの声が、いつものプライらしいですよ、ということにとどめておきましょうかね。

ねこさんも、ピーターの飼い猫として、登場しますが、楽器はクラリネットということで、そのイメージは、そろり、そろりとした動きが、いかにも、ですな。

カラヤン、バーンスタイン、ベーム、小澤、アバド・・・、幾多の大指揮者も録音してきた、「ピーターと狼」。
みなさまも、たまには、いかがですか?
その際は、ナレーターで演奏を選ぶのもひと手ですよ。

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2015年4月18日 (土)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番 ブレンデル&ハイティンク

Tokyotower201503

落日間もない東京タワー。

まだこの時期は、オレンジ色のライトアップ。

初夏から、白色のライトアップに切り替わります。

何度見ても、このタワーはバランス的にも、とても美しい。

スカイツリーより、数等好きですね。

そして、この暖かなカラーがいい。

暖色系の曲に、演奏。ブラームスを聴きます。

Brendel_2

   ブラームス  ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

        Pf:アルフレート・ブレンデル

   ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1973.12 @コンセルトヘボウ)


ブラームス最充実期のピアノ協奏曲。
1番から22年を経てのシンフォニックな力作ですが、イタリア旅行を挟んでいるところから、かの地の陽光も、この作品の隅々には射していて、第2交響曲と通じるところもあり、わたくには、春の陽気のいい頃に聴く音楽のひとつとなっているんです。

もちろん、3楽章のチェロの独奏を伴う、実に魅力的な場面では、多分に内省的に聴くこともできて、秋の気配も感じることもできます。

そう、ブラームスって、「春と秋」がお似合いnote

ホルンソロで開始される伸びやかで、かつ雄大な第1楽章。
緊迫のなかにも、晴れやかなトリオを持つスケルツォ。
協奏曲に、スケルツォですから、これはもう交響曲の形態です。
そして、チェロのソロが、やたら暖かくて、朗々としていて、そこにピアノとオーボエが加わって、ほんと、ずっとずっと浸っていたくなる絶美の世界、そんな第3楽章。
 うってかわって、軽快で、うきうきと弾むような終楽章。

個性的なピアノ協奏曲です。
いかつく、悩み多き1番より、この2番の方が、数等好きであります。

今日は、これまた、この曲のイメージにぴったりの演奏と録音で。

ソフトで柔和なブレンデルが、ブラームスの柔の部分を思いきり引きだして聴かせてくれる。
ブレンデルの中庸なピアノが、ブラームスにはぴったりだと思います。
後年、アバドとも再録音をしてますが、あちらの円熟のピアノもよいですが、こちらには、春の華やぎのような若さもあります。
 そして、それ以上に素晴らしいのが、ハイティンク&コンセルトヘボウ
73年といえば、日本にやってきた年で、そこでの演奏や、マーラーやブルックナー、ロンドンフィルとのストラヴィンスキーなどが徐々に好評価を得るようになっていた時分です。
 この両者の個性が、渾然一体となったこの名コンビによるブラームスは、まろやかで、響きもたっぷりとしていて、まことに申し分がありません。
少し前の記事で、交響曲第2番を取り上げ、激賞しましたが、こちらもブラームスの理想的な演奏のひとつになっております。
 各ソロもうまくて、味わいがあり、ちょっと鄙びた音色を出してるところなんかたまりません。
録音も、もちろんフィリップスならではの、鮮明さと、重厚さ、そして温もり感たっぷり。

73年12月の録音ですが、この年の5月に、ブレンデルは、ハンス・シュミット=イッセルシュテットと1番を録音しました。
そして、その後に2番ということでしたが、その録音のあと、イッセルシュテットは急逝してしまい、ハイティンクにまわってきたものです。
1番は、たいそうな評判になりましたが、この2番は、静かに出て、いまに至るまで目立たぬ存在に甘んじてます。。。。
1番とともに、リマスターして、再発されんこと、強く望みます。

ハイティンクは、アラウ、ブレンデル、アシュケナージ、アックスと4度もこの協奏曲を録音してます。
そして、アバドも、ポリーニで2回と、ブレンデルで録音しました。
ソリストたちに好まれる指揮者、ということができるでしょうね。

 ちなみに、この曲で一番好きな演奏が、ポリーニ&アバドの旧盤。
そして、今日のこちらに、アシュケナージ&ハイティンク、バックハウス&ベームといったところでしょうか。
 今秋は、神奈川フィルで、オピッツ&ゲッツエルという夢のような演奏が予定されてますnote

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2015年4月 2日 (木)

ブラームス 交響曲第2番 ハイティンク指揮

Shiba_a

一足先に、満開だった、芝増上寺のしだれ桜。

もう、いまは、散ってしまい、寂しい感じになってます。

Shiba_b

ソメイヨシノは、満開で、週の終わりには、雨も降り、きっと散ってしまいます。

本格的な春の訪れは、桜の開花でもって急に始まり、散ってしまうと、初夏への準備に入ります。

うららかな、時候に、ブラ2。

Brahms_sym2_haitink

   ブラームス  交響曲第2番 ニ長調

  ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1973.6 @アムステルダム)


春の陽気に相応しい音楽のひとつが、ブラームスの2番。

明るい長調が基調の、喜びと暖かさにあふれたこの交響曲。

1番と4番よりは、2番と3番の方が、好き。

それは、北と南って感じかな。

でも4曲ともに、等しく名曲ですね、なんだかんだで、しょっちゅう耳にすることになってます。

 ハイティンクは、ブラームスの全集を、コンセルトヘボウ、ボストン、ロンドンと、3度録音してます。
ドレスデンやウィーンとも残して欲しかったところですが、これら3つのブラームス全集は、わたくしには、とても大切なセットです。

ロンドンのものは、録音が、ちょっといまひとつに感じ、ボストンは完璧ですが、どこか余所ゆきな感じで、ほんとのハイティンクの姿じゃない感が、わずかにあり。
そして、コンセルトヘボウのものが、一番に思えるのは、指揮者とオーケストラの均一なまでの関係が、それぞれに補完しあって、見事に結びついているからなのです。

4曲の録音で、一番古い3番は、旋律の扱いに、やや、そっけないところがありますが、オケの暖かなの響きでもって、包まれるようにして救われてます。
1,4番と経て、その音にも気合と充実ぶりを込めるようになったあと、最後に録音された2番にいたって、指揮者とオーケストラが、完全に、渾然一体となり、それがおのずと音楽を語るようになった。

どこがどうの、といった特徴は、取り立ててありません。

でも、この演奏のそこかしこ、隅々にみなぎる親密感は、今日明日で造られたものでなく、まして、優秀な指揮者が、瞬間風速的にいっときの名演を造り上げたようなものでもありません。
 同じ血の流れるもの同士が、長きにわたって育んできた関係の、最良の美しい結実とも呼ぶべきもので、指揮者とオーケストラとの幸せな結びつきが、ここに完結したのでした。

 高校生だったわたくしが、ハイティンク好きになったのは、それより少しまえで、いつも、ぼろくそに批評されてういたこの指揮者のことを、応援し始めたのは、3番の交響曲のレコードを買い、おりから来日した、このコンビの演奏をテレビで観てからでした!

 この2番と、チャイコフスキーの5番のレコードでもって、辛口だった、レコ芸の大木正興さんの評論が、絶賛に切り替わった。
それもまた、当時、喜ばしかったこと。
氏は、アバドのマーラーでも、高評価を下し、わたくしの溜飲を下げていただいたものでした・・・・。

 ともかく、この2番の演奏は、ほんと、素晴らしい。
言うことないから、なにも書きません。
録音もフィリップスのアナログ時代の、最盛期の素晴らしさ。

目をつぶって聴くと、行ったことはないけど、赤い絨毯に敷き詰められた、木質のコンセルトヘボウのあのホールの画像が、脳裏によみがえります。
 そして、同時に、日本の美しい、春と秋の景色にも、ぴたりとくるようです。

ブラ2の、わたくしのマイベストは、アバド&ベルリンフィルの旧盤と、こちらのハイティンク&ACO。そして、非正規ですが、クレー&フランクフルト放送。
ライブでは、なんといっても、シュナイト&神奈川フィルです♪
  

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2014年10月 2日 (木)

ブリテン 「真夏の夜の夢」 ハイティンク指揮


Rosetokyotower_1


真夏の夕暮れの東京タワー。

ついこの前までの暑い夏は、涼しい秋にとってかわりました。

冬から春も劇的だけど、夏から秋も、いつのまにか風が変わってしまい、朝晩に急に季節が進行したことを痛感します。

懐かしいな、夏。

Brittem_midsummer_night

    ブリテン 歌劇「真夏の夜の夢」

 オベロン :ジェイムス・バウマン   ティターニア:イレアナ・コトルバス
 パック   :ダミエン・ナッシュ     テセウス :リーヴェ・ヴィッサー
 ヒッポリタ :クレイエ・パウエル     ライサンダー:ライランド・デイヴィス
 ディミトリアス:デイル・ディージング ハーミア:シンシア・ブキャナン
 ヘレナ  :フェリシティ・ロット       ボトム:クルト・アッペルグレン
 クィンス :ロバート・ブリソン        フルート:パトリック・パワー
 スナッグ :アンドリュー・ギャラガー スナウト:アドリアン・トンプソン
 スターヴリング:ドナルド・ベル
 妖精:蜘蛛の巣、豆の花、からしの種、我・・・・ボーイ・ソプラノ

        演出:サー・ピーター・ホール

     ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                        
                         (81.@グラインドボーン)

   
シェイクスピア原作の「真夏の夜の夢」。
「真夏」とありますが、本来のこの物語の季節は、夏至の頃。

そして、夏もすっかり終わった秋のいま、こうして記事にしてます。
というか、真夏に鑑賞してたのに、今頃の記事。
最近の週末は、忙しくて、以前のようにオペラ記事を書く時間がないのです。

音楽での、「真夏の夜の夢」の代表作は、メンデルスゾーンの同名の劇音楽でありましょう。
あと、古くは、パーセルの「妖精の女王」で、原作から半世紀後。
そして、英国からは、ずっと下って、ブリテンのこちらのオペラとなります。
あと、変わったところでは、コルンゴルトがメンデルスゾーンの作品を映画様にオマージュした同名の劇作品もあります。

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ブリテンのオペラは、1960年の作品。
そして、原作のシェイクスピアの戯曲は、1596年。
ほぼ400年を経て、ブリテンと朋友のピアーズは、原作にほぼ忠実に従い、幻想・ロマン・笑い・風刺・夫婦愛といった妖精を介した人間のドラマが、楽しく美しくここに描かれることとなりました。

保守的な作風だったブリテンですから、1960年という年の作品にしては、メロディも豊かで、とても聴きやすいオペラで、しかも全3幕、2時間30分という長さながら、ドラマの運びと、巧みな音楽とで、楽しみつつ、あっという間に終わってしまう。

過去に2度記事にしてますが、簡単な、あらすじ・・・。

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妖精の王オベロンと妃のティターニアが、愛しい少年をめぐって喧嘩をして、頭にきたオベロンは、遊び心で、寝て起きて最初に見た人に恋してしまうという薬草を、妖精パックに探しにいかせる。

 人間の男女4人が、それぞれ、たがいに違う相手と出てきて、恋の悩みをぶつけ合う。

それを観察するオベロンは、気を効かせて、うまく恋が成就するように、パックに、かの惚れ薬を塗るように命じるが、そそかっしいパックは、違う相手の瞼に塗ってしまい、本来の恋人希望でない女性に起こされた彼は、彼女をひと目で好きになってしまう。

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 一方、森には、演芸の出し物を練習しにきた職人たち数人。

かたわらでは、妃ティターニアが休みにつくが、パックは職人のひとりを誘い出して、その姿をロバにしてしまう。

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 翌朝、目を覚ました妃は、ロバを見て、即、恋に落ちる。

妖精たちもまじえて、平和かつ滑稽な情景が続くが、一方、ひとりの女性を巡り、大げんかとなった4人の男女の喧騒もすさまじい。

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 パックに、ひと違いをしたことに、激怒して、お仕置きをするオベロン。

パックは、4人をばらばらに呼び出し、ふたたび、惚れ薬を処方。 

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さらに、妃の魔法も解き、妖精の王夫妻と4人は、仲直りの美しい朝を迎える。

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そして、その晩は、領主の婚礼。

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合わせて、4人の祝福も同時に行い、宴の出し物は、職人たちの抱腹絶倒の寸劇。

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やがて、劇も終わり、皆が去ったあと、妖精夫妻も仲良く歌い、最後に一人になったパックが狂言回しとして、舞台の幕を締める。


 登場人物が多くて、一見、ばたばた騒ぎに見えるけれど、舞台や映像に接すれば、その思いは霧消してしまいます。

 3幕の滑稽な劇中劇も、1幕で行われる職人たちの練習風景と巧みに結びついていて、もやもやが晴れるし、なによりも、全体に巧みなライトモティーフの使用による効果があふれ出てます。
 1幕と3幕は、それぞれ夢想的な前奏曲から始まり、そこから次々に、その幕の出来事も含めて音楽が派生して、大きくドラマを築いて行くさまが聴きこむとよくわかる。
さらに、中間の第2幕は、長大なパッサカリア形式ともとれるそうです。
 そう、全体をシンフォニックに捉えることも可能なオペラなのです。

 また、原作に妖精たちとして、少年がたくさん出てくることも、ブリテンの好む素材でありましたでしょう。
オペラでも、妖精たち=少年合唱は、3つの幕でそれぞれに大活躍で、古雅なまでのコーラスを披露して、3つの幕を結びつける効果も生んでいるように思われます。

あと、狂言回しのパックちゃんですが、語りに重点を置いたシュプレヒティンメのような存在で、歌いません。
わたしの持つデイヴィス盤では青年が、観劇した舞台では女性が、そしてこちらの映像のハイティンク盤では少年が、これまた、まったく達者に機敏に演じております。

ブリテンのオペラ16作中、10番めのものですが、このオペラよりあと、旋律的なオペラに別れを告げ、東洋風な音楽も取り入れ、よりミステリアスでユニークな、ある意味感覚的な音楽の方向へと向かうのでした。

 さて、グラインドボーン時代、1980年代のハイティンクは、ロンドンフィルの指揮者という立場でもって、オペラを本格的に指揮し始めた頃で、必死にレパートリーの開拓に努めていた頃。
モーツァルトのダ・ポンテオペラや、ストラヴィンスキー、ブリテンなどの名演をこうして残してくれました。
いずれもふくよかで、穏健な解釈ながら、音楽はときに生真面目すぎたりもしましたね。
でも、シンフォニックなアプローチが、ブリテンには、ピタリと決まって、とてもスッキリしてます。
カーテンコールに出てくるその姿も、頭は一緒ですが、まだ50代だから、とても若い。
グラインドボーンのあと、デイヴィスの後を受けて、コヴェントガーデンの音楽監督となり、オペラ指揮者としての立場も完成させることになるハイティンクでした。

歌手では、お馴染みのコトルバスが素晴らしいですね。
バウマンのオベロンも見栄えもよく、完璧な歌です。

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そして、4人の人間の恋人たちの素晴らしさ。
とりわけ、若きロットとR・ディヴィス。

 最後に、演出は、ピーター・ホール。
王立シェイクスピア劇団やナショナル・シアターの監督をつとめたピーター・ホールは、劇や映画に加え、オペラ演出でもかなりの舞台を残しております。
英国で、数々実績をあげていたホールに、バイロイトが声をかけたのは、シェロー&ブーレーズの革新的な「リング」のあと。

 ショルティとともに、バイロイトに乗り込み、それまでの「フレンチ・リング」に対し、「ブリテッシュ・リング」と呼ばれたのが1983年のこと。
このブリテンの映像の頃は、もう構想・準備に入っていたものと思われます。
 具象的で、ロマンティックだったバイロイトの「リング」は、ある意味賛否両論で、前が凄すぎたのと、ショルティが、劇場の音響にうまく自分の想いを合わすことができず、1年で降板してしまったことが気の毒な評価となってしまいました。

 ですが、その後を受けたペーター・シュナイダーの指揮が素晴らしくて、歌手もベーレンスを中心に安定して、このプロダクションは成功裏に終了することとなりました。
こちらの映像は残されませんでしたが、ほんのちょっとだけ、ビデオで持ってますよ。

話が飛んでしまいましたが、ホールの造りだす舞台はとても美しくて、あらゆる人の想像の中に出てくるものと同じ感じでもって展開するので、幻想と現実の狭間をただようこの舞台を理想的な演出として評価してもいいと思います。
 リングでは、「リアルなメルヘン」と評されましたが、ここでも、まさにそう。
ある意味、原作に忠実であることの美しさです。
 もちろん、解釈により生まれる美しさや、刺激を否定するものでなく、大いに双方を受け入れたい心情に変わりはありません。

いまや、いろんな演出や演奏が登場していると思われますが、ひとつのスタンダートとして大切な映像に演奏だと思います。

それにしても、ブリテンのオペラのエンディングは、急転直下かっこいい

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「妖精さんのしでかす出来事は、いつでも、ありまぁす

by パックさん



 
過去記事

 「デイヴィス&ロンドン響」

 「名古屋二期会公演 阪 哲朗 指揮」
  

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