カテゴリー「テノール」の記事

2021年8月25日 (水)

ワーグナー・テノールをいっぱい聴く

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お盆の前、オリンピック閉会式の日の東京タワー。

ひまわりたくさん、夜でもきれいに撮れました。

デジカメより、スマホの方が簡単にキレイに撮れるという、なんともいえない気分ですが。。。

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自分の愛用するデジカメがもう古いな・・と思う、今日この頃。

でも、古きものにも、良きことあり。

そう、戦後以降からにしますが、ワーグナーを歌うテノールを聴きまくりました。
そっくり、バイロイトで活躍した歌手たちを振り返ることとなりました。
キャラクター・テノールは除外させていただき、主役級を歌う歌手ということで。

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まずは、なんといってもウォルフガンク・ヴィントガッセン
ベームのトリスタンとリングで、ワーグナーにのめりこんでいった私にとって、ヒーロー役はみんなヴィントガッセンだった。
戦前の重ったるい古めかしい歌唱とは、一線を画した気品あふれる歌、ずば抜けた底力あふれる声に、ワーグナーの音楽とはなんたるかを、私の耳に刻み付けてくれた。
ゆえに不器用なところもあり、そこを活かしたオルロフスキー公やローゲなど、味のあるところもみせてくれました。
50~60年代のトリスタンやリングの音源は、ほとんどがヴィントガッセンで、あとはニルソンやヴァルナイだったりします。

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ラモン・ヴィナイは、バリトン→テノール→バリトンと声域を変えて活躍した稀有の存在。
しかも、オテロとイァーゴの両役を持ち役にしていたというマルチぶりで、まさにオオタニサン状態。
トリスタン、タンホイザー、パルジファルなどの音源を聴いてますが、ほの暗い声に帯びる高貴さは素晴らしく、ワーグナー諸役にうってつけ。チリ出身というのも信じられないところ。

ハンス・バイラーハンス・ホップ、ふたりのハンスさんもここに記すべきヘルデンテノールですが、いまの耳で聴くとやや古めかしく感じるかもしれません。

・シャーンドル・コンヤは、ローエングリン、ヴァルター、パルジファルを得意にしたほか、ヴェルデイとプッチーニも持ち役にした、明るめな色調の、いまでも通じる歌唱力を持った歌手だった。
ラインスドルフとのローエングリンは完全全曲盤だし、ボストン響のワーグナーということで貴重な録音。

・ジェス・トーマス、アメリカ出身のヘルデンテノールとして大成功した先人。
アメリカで、大学時代には心理学を専攻していて、その声の良さを認められて歌手の勉強をしたというキャリアの持ち主で、ドイツに渡ってからもイタリアものばかりだったという。クナッパーツブッシュの61年パルジファルでバイロイトデビューしてから、ワーグナー歌手として活躍を始めた。
60年代のトーマスの輝かしさ・神々しい歌声は、いまでもほんと魅力的。

・ジェームズ・キング、トーマスと同じくアメリカが輩出した傑出したテノール。
わたしにとって、P・ホフマンと並ぶ、最高のジークムントで、最高の影のない女の皇帝役。
バリトンからスタートしたこともあるように、やや暗めの声に情熱的な歌唱は、悲劇的な役柄にぴったりだった。
不思議とカラヤンとの共演が音源含めないように思えますが、ジークフリートやトリスタンには挑戦しなかったのもキングらしいところ。
バーンスタインとジークフリートにチャレンジした音源を持ってますが、やはり、キングはジークムントだな。

・ジョン・ヴィッカース、カナダ出身で、最初は医学生を目指した、こちらも変わり種。
強靭な声ではないが、カラヤンに愛され、「完璧なフォルティシモとピアニッシモを兼備したテノール」と絶賛されていたという。
ちょっと褒めすぎとも思うけど、カラヤンやショルティにとって、ワーグナーやヴェルディには絶対になくてはならないドラマテックテノールだった。
バイロイトには、パルジファルとジークムントで、2年しか登場しなかった。
ちょっとクセのある声。

・ルネ・コロ、ヴィントガッセン後、ドイツの生んだ最高のテノールと確信。
オペレッタやポップスからスタートして、トリスタンやジークフリートを歌うヘルデンテノールになった、広大なレパートリーを持つ、知性あふれる美声の持ち主。
ジークムントとローゲを除いて、リエンチまで入れてワーグナーの主要テノールの役を全部録音した唯一のテノール。
コロも、カラヤン、ショルティに多く器用されることで、多くの全曲盤が残されることとなりましたが、私が好きなのは72年にスウィトナーと録音した2枚のCDで、ほぼすべてのワーグナー諸役をここで聴けます。
まだまだ若々しく、やや生硬な感じも残るフレッシュな歌唱は、いまでも素晴らしい。
同じころだと思うが、プッチーニやイタリアオペラのアリアも録音していて、日本では一度も発売されたことがなく、復刻して欲しい。
自慢としては、日本を愛してくれて、多くの実演に接することができた。
タンホイザー、ヴァルター、ジークフリート、パルジファル、ソロで詩人の恋、引退コンサートなど。
トリスタンだけ逃したのが無念なり。

フリッツ・ウール、ヘルミン・エッサー、ヘルゲ・ブリリオート、ジェイムス・マックラッケン、ローベルト・シェンクなどなど、まだたくさん。

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ジーン・コックス、アメリカ出身で、空軍のパイロットで世界大戦にも参戦してたらしい。
ヴィントガッセンのあとの70年代のバイロイトを支えたテノールで、マンハイム歌劇場をずっとホームにして、ミュンヘンでも活躍。
ホルスト・シュタインのリングで、ずっとジークフリートを歌い、唯一の録音であるヴァルターや、パルジファル、ローエングリンも歌っている。
ヴィントガッセンのあと、コックスのジークフリートばかりを聴いて、ワーグナーファンになっていったので、コックスは今でもとても好きです。
厳しい評論筋には、けちょんけちょんにされてしまうけれど、コックスの健康的なジークフリートはクセもなく、明るく爽快で。
最期は、バイロイトで亡くなったというのも、この歌手らしいところです。

・ペーター・ホフマン、スキャンダル的な大騒ぎとなった76年のシェロー・ブーレーズ、フレンチリングで、唯一といっていいくらいに喝采をあびた、ホフマンのジークムント。
バイロイトデビューのホフマンは、陸上競技のアスリート出身で、鍛え抜かれた身体と身体能力の高さも、舞台映えする容姿とともに、その張り詰めたピンとはったストレートボイスは、われわれワーグナー好きを虜にしてしまいました。
ジークムント、ローエングリン、パルジファル、トリスタン、ヴァルターを歌い、タンホイザーはバイロイトでも記録がありません。
実演は聴けなかったけれど、コロとともに、私の大好きなワーグナー歌手です。
パルジファルで、実際の槍をを手で受け止めたのは、ホフマンならでは!

・スパス・ヴェンコフ、法律家、ヴァイオリニスト、スポーツ選手などの多彩な顔を持つブルガリア出身のテノール。
東側だったこともあり、西側へのデビューはやや遅れ、なんといっても、カルロス・クライバーのトリスタンの3年目を救ったヴェンコフ。
突如現れたヴェンコフの力強い声に、当時大いにしびれたものです。
日本にも何度か来日してますが、ブロムシュテットとN響のワーグナーコンサートを聴いた覚えがありますが、ごく少しの登場で、トリスタンとタンホイザーのほんのさわりみたいに記憶します。席が遠く、記憶もちょっと曖昧なのが残念。
ウィーン国立歌劇場のトリスタンで登場を予告されながら、降りてしまったのも残念な思い出です。
やや陰りを帯びた銀色のような声のヴェンコフのトリスタンは、やはりいまでも素晴らしいと思います、特に3幕。

・マンフレート・ユンク、地味ですが、ジーン・コックスと同じように、この歌手もバイロイトのジークフリート役を長く担当し、急場を救った人です。
ブーレーズのリングの2年目から、ショルティ、シュナイダーのリング、パルジファル、さらにはローゲにミーメまで、長らく活躍。
親しみやすいほっこりした声は、健康的なジークフリートだったし、無垢のパルジファル、さらには味わい深いミーメなど、忘れがたい歌手のひとりです。

・ライナー・ゴールドベルク、本番に弱いとかさんざん言われ、実際、大きな舞台でやらかしてる。
ショルティのバイロイトリングでも降りちゃったし、マゼールのウィーン国立歌劇場音楽監督就任のタンホイザーでも不調だった(と読んだ記憶あり)。でもレコーディングには恵まれ、レヴァインやハイティンクのリングにも登場。
やや、喉に詰まったような硬質な声だけど、力強さとハリのある高音はなかなか魅力的で、私はスウィトナーのマイスタージンガーでのヴァルターを観劇してます。(そのときの、アダムとシュライヤーが最高だった)

・ジークフリート・イエルサレム、ファゴット奏者からヘルデンへ。
フローや水夫などの軽い役からスタートし、ローエングリン、パルジファル、ジークムント、そしてその名の通り、ジークフリートやトリスタンへとステップアップしていく様子を、バイロイト放送や多くの録音を通じて、つぶさに体感できた歌手で、この人も自分には親しい存在。
ソロアルバムは、デビュー時に1枚あるのみかもしれないが、CD化されてない。
この人は舞台で燃えるタイプだと思います。丸みを帯びた力強い声は、ハマるとしびれるような興奮を聴き手にもたらしてくれる。
ベルリン・ドイツ・オペラのリングでは、ジークムントを聴いてますが、ともかく凄い熱演・熱唱でした。
降り番のときに、ロビーで談笑するその真横に立ちましたが、ともかく背が高い!
あともう一度、ジークムントは、リザネックとの共演で、ガラコンサートで経験。いい思い出です。

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・ヨハン・ボータ、90年代に突如あらわれた南アフリカ出身の歌手。
イタリアオペラも全般歌い、シュトラウス、ワーグナーも等しく歌い、レコーディングも多い。
クリアボイスで抜けのよい高音域は魅力的だったが、早逝が悔やまれる。

・パウル・フライ、アイスホッケー選手だった変わり種。
ヘルツォーク演出の冬のローエングリンをずっと担当し、その時期はレコーディングもそこそこあり。
この歌手もクリアボイスで、やや頼りなく感じるナイーブなローエングリンだった。

・トレステン・ケルル、ドイツ出身で、死の都のパウルのスペシャリスト(と思ってる)
ややこもった声ながら、バリトンがかった中音域から低域の暗めな響きが魅力的。
そこから、エイっと引き上げる高音域が特徴で、かつてのジーン・コックスを思わせる。
タンホイザーもあたり役。死の都、カルメン、グレの歌などを実演体験済。

・ジョン・トレレーヴェン、英国産のヘルデン。
ラニクルズのトリスタンのみが全曲録音で、なかなか聴かせる中音域は、3幕での破壊力が最強だった。
新国のイドメネオで実演体験済み。
戦前のテノールがよみがえったような感じ、でも悪くない。
新国でジークフリートを歌ってる。

・ポール・エルミング、デンマーク出身。
バリトンからスタートしただけあって、余裕のある低中音域をベースに、輝かしい高音域はとても魅力的だった。
ジークムントとパルジファルでバイロイトを支えた。
私も、両方のタイトルロールを実演で聴けました、とても好きな歌手です。
アンフォールーーターースの雄たけびは最高に素晴らしい!
アルブレヒト指揮のパルジファル(クルト・モルのグルネマンツ!)、シュタイン最後のN響パルジファル、バレンボイムのワルキューレでいずれも感銘を受けました。

・プラシド・ドミンゴ、このスーパー・テノールも、当然ながらワーグナーもレパートリーにした。
全曲盤がない役柄もあるが、ワーグナーのすべてのテノール役を録音している。
ヨッフムのマイスタージンガーが初ワーグナーだったと思うが、どうもわたしには、ドミンゴのテカテカした声と分別くさいほどの知的歌唱がワーグナーにおいては、あまり好きではないです。
それでも、メトの来演で、ジークムントを聴いて満足の極みだったというげんきんの極みの自分。
余芸でバイロイトでもワルキューレを指揮したけど失敗に終わった。

・ロバート・ディーン・スミス、アメリカ産、リリカルな役柄でスタートして、ついには有能なトリスタンとなった。
ヴァルター、ローエングリンにジークムント、トリスタンとバイロイトでは大活躍。
日本にも何度か来日してたけど、新国でジークムントを聴いてまして、そのときのフンディングがマッキンタイアだったのもいい思い出です。
キリリとした、すっきり系のテノール。
最初はスリムで舞台映えもよかったけど、だんだんとお腹ぽっこりに。

・ベン・ヘップナー、カナダ生まれのヘルデン。
90年代に大いに活躍し、高貴さ漂う声は安定していて、大柄な割にスマートで凛々しい歌唱だった。
日本には来てないかもしれないが、多くの巨匠から愛用されて、レコーディングはたくさん。
自分的にな、アバドのトリスタンがヘップナーだったので、何度も書いてますが、正規発売を熱望。
ヘップナーは2015年に引退してしまいました。

エンドリヒ・ヴォトリヒ(早逝してしまいましたが、新国でジークムント観劇)、アルフォンソ・エーベルツ、ウィリアム・ペルなどもバイロイトで活躍。

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・ペーター・ザイフェルト、ルチア・ポップの旦那さんだった歌手。
モーツァルト歌手的なイメージからスタートして、やはり、軽めの役柄から入り、ヴァルター、ローエングリン、パルジファル、ジークムントとたどって、ついにはトリスタンも立派に歌うようになった。
トリスタン役、どうだろうと思ったが、これがまた実に立派で、リリカルななかに、独特の高貴さがあり、一方で甘く優しい中音域も素晴らしい~ウィーン国立歌劇場のストリーミングを視聴。
ザイフェルトは、バイエルン来演のときにヴァルターとエリックを観劇。

・トマス・モーザー、アメリカ生まれでその後ウィーンへ。
最初はモーツァルト歌手だったと思うが、90年代にヘルデンの声域まで歌うようになり、主にウィーンで活躍。
バイロイトには出ていないはずだが、ティーレマンのトリスタンがCD化されて、そのブリリアントな声に驚いたものだ。

・ロバート・ギャンビル。こちらもアメリカ生まれの歌手。
モーザーと同じく、モーツァルトやロッシーニ歌手としてスタート。
実は、ワタクシ、もうかれこれ30年以上まえ、唯一のウィーン訪問でフォルクスオーパーで魔笛を観劇。
そのときのタミーノがギャンビルだった。ぴか一の美声でひとり目立ってました。
その後、驚くべきことに、タンホイザー歌手としてギャンビルの名前とドレスデン国立歌劇場の来演でその声を聴いたときに驚いたものです。
モーザーと同じく、トリスタンまでレパートリーを広げました。

・ウォルフガンク・シュミット、バイロイトで18年にもわたり活躍した歌手で忘れてはならない存在。
レヴァインとシノーポリのリングでずっとジークフリートを歌い、タンホイザーとトリスタンも歌った。
さらに、ユンクと同じく、ミーメ役としても帰ってきた。
ちょっとクセのある声だが、破壊力とパワーは抜群だし、小回りも効く器用なヘルデン。
わたしのシュミット実演は、ドレスデン来演でのジークムント、キャラクターテノールとしての体験は、新国サロメのヘロデとミーメ。
当時のblogを読み返してみたが、ヒッヒッヒのミーメでなく、ウッヒッヒッヒのミーメと書いてあり笑えた。

・クリスティアン・フランツ、われわれ日本人にとってお馴染みの歌手のひとりだろう。
バイロイトでは、ティーレマンのリングのときのジークフリートで、ほかの劇場でもジークフリートのスペシャリストみたいな存在。
クリアな声で明晰、明るめな天真爛漫のジークフリートは、スタミナも十分で最後まで元気。
新国でジークフリートを2サイクルと、バレンボイムのトリスタンなどを観劇、いずれも文句なし。
息の長い歌手で、来年のびわ湖ではパルジファルを歌う予定。

・ヨナス・カウフマン、ミュンヘン生まれのいまやスーパー・スター。
経歴を見てみたら、ホッターとキングに学んでいるとのことで、カウフマンの言葉にのせる歌唱力の高さとバリトンがかった厳しい声が、なるほど、という思いがしました。
役柄への挑戦も慎重かつクレヴァーで、徐々に重い役柄に挑戦し、ローエングリンから、ついに今年はトリスタンを歌う歌手になった。
ドイツもの以外でもひっぱりだこで、ラダメス、オテロ、カヴァラドッシ、ホセなど映像もCDもたくさんだけど、バイロイトは1年のみ。
人気がありすぎて、ちょっとワタクシは引き気味だったけれど、今年のトリスタンを視聴して、やはりカウフマンは凄いな、ということになりました。

・ステファン・グールド、アメリカ生まれのヘルデンで、いまやバイロイトはおろか、世界のワーグナー上演に欠かせない歌手。
大柄で舞台映えもするが、スマートなカウフマンやフォークトに比べると、ちょっとデカすぎ。
その体格どおりに、声のパワーは抜群だが、繊細な歌いまわしや心理描写もうまく、知的な歌手でもある。
バイロイトでは、タンホイザー、ジークフリート、トリスタンを歌っていて、日本でも数多く舞台に立ってます。
わたしは、新国で、フロレスタン、オテロ、トリスタンを観劇、いずれもとんでもなく素晴らしかったが、ジークフリートは観ることができなかったのが残念。

・クラウス・フローリアン・フォークト、北ドイツ出身で、ハンブルクのオケでホルン奏者だった経歴を持ち、そのあたりイェルサレムに似てる。同時に歌もはじめ、最初はモーツァルトやドイツロマンティックオペラの軽めな役柄からスタートし、なんといっても2007年、カタリーナ・ワーグナー演出のマイスタージンガーでヴァルターを歌ってバイロイトデビューして、脚光を浴びた。
そのデビューをFMで聴いた自分は、その軽めな声に、ずいぶんと頼りない声だな、なんて不遜なことをつぶやいてました。
しかし、その後フォークトを次々に聴いて、どんな役柄でも、フォークトならではの声と歌い口で自分のものにしてしまう、その実力と歌唱の力に感服するようになりました。
ともかく美しい声で、そのしなやかさはヴィロードのよう。馬力もあってオケや合唱、ほかの歌手のなかにあっても、しっかりとその声を響かせ聴き手に届けることができる。
今年のジークムントもスマートかつ明晰な歌で、悲劇臭は薄いものの、実に新鮮なジークムントとなりました。
フォークトがトリスタンやジークフリートを歌うことはまずないと思いますが、2枚のソロアルバムでは少し聴けます。
ハンサムで子煩悩なところも、フォークトさん好印象です。

・アンドレアス・シャガー、オーストリア出身のヘルデンで、バレンボイムに多く起用されるようになって、メキメキと成長し、バイロイトの次期ジークフリートを担うようになった。
ちょっと楽天的な声なところも感じるけど、声に厳しさが増せばさらによくなる歌手だと思います。
今後に注目のシャガーさん、実演で早く聴いてみたい。

カウフマン、グールト、フォークトが、今現在の3大ワーグナー・テノールだと思います。

ここでは、書けなかったけれど、ランス・ライアン、クリストファー・ヴェントリス、ステファン・フィンケ、サイモン・オニール、ステュワート・スケルトンなど、いままでも、これからも私たちを魅了してくれることでしょう。

日本人歌手については、またの機会に取り上げたいです、なんたってお世話になりましたし、心強かった!

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もうひとつのタワー、スカイツリー。
竹芝桟橋から撮りましたので遠いですが、これはこれで美しい。

ずいぶんと長文を書いてしまいました・・・・

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2019年12月27日 (金)

ペーター・シュライアーを偲んで

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ペーター・シュライアーが亡くなりました。

ドレスデンにて、享年84歳。

こうしてまた、ずっと親しんできた歌手の一人が去ってしまいました。

親しみやすい、そして朗らかでそのリリックな声は、完全に自分の脳裏に刻まれております。
そんな思いを共にする聞き手も多いのではないでしょうか。

1935年、マイセンの生まれ。(2020.03.03訂正)
オペラ歌手、リート歌手、宗教音楽歌手、いずれにもシュライアーの功績は、舞台にステージに、そして数々の録音に深々と刻まれております

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バイエルン放送局の追悼ページには、「福音史家とワーグナー」とあります。
そう、ミュンヘンでは、リヒターやサヴァリッシュのバッハとワーグナーの演奏には、シュライアーはかかせませんでした。

ことしの1月には、テオ・アダムが亡くなってます。
シュライアーよりも年上のアダムでしたが、ふたりともドレスデン聖十字架協会の聖歌隊に所属。
ともにバッハの音楽で育ったところもあります。
そして、ふたりの共演も多かった。

福音史家としての録音はいくつかありますが、「マタイ」でいえば、リヒターとの録音は未聴のまま。
歌いすぎなところの批評を読んでから手を出せずに今日に至る。
抑制の効いたシュライアーらしいマタイといえば、マウエスベルガー盤です。
あとは、リヒターとのカンタータの数々。

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わたしには、シュライアーは、「タミーノとダーヴィッド」です。
初めてのシュライアーのレコードは、「ベームのトリスタン」の若い水夫です。
これは正直、この役のすりこみです。
シュライアーの歌が終わると、切迫したオケがきて、ニルソンのイゾルデの一声、そしてルートヴィヒのブランゲーネがきます。
もう、完全に脳内再生できるくらいに聴きこんでる。

 そして、シュライアーは、「ザ・タミーノ」といっても過言ではなかった存在です。

Zauberflote

手持ちの「魔笛」でもスウィトナー、サヴァリッシュ、デイヴィスの3種のものがあります。
思えば、みんな亡くなってしまった指揮者たち。
指揮者の声は残らないけれど、演奏全体として残る。
でも歌手たちの声はずっと耳に、その人の声として残るので寂しさもひとしお。

 シュライアーのダーヴィットは2回聴くことができました。
ここでも、指揮はスウィトナーとサヴァリッシュ。
ベルリン国立歌劇場とバイエルン国立歌劇場の来演におけるものです。
舞台を飛び回る若々しいシュライアーのダーヴィッドは、その芸達者ぶりでもって、マイスタージンガーのステージを引き締めました。
ヴァルターにレクチャーする長丁場の歌、喧嘩に飛び込む無鉄砲ぶり、ザックスとの軽妙なやりとり、歌合戦での見事なダンス・・・
いまでも覚えてます。
そして、ワーグナーが書いたもっとも美しいシーンのひとつ、5重唱の場面。

Meistersinger
             (バイエルン国立歌劇場の来日公演)

日本には何度も訪問してましたが、リートでシュライアーの歌声を聴くことはできませんでした。

「美しき水車屋の娘」は、これもシュライアーの得意な歌曲集でした。
この作品も思えば、シュライアーの歌声が自分にはすりこみ。
レコード時代のオルベルツ盤で親しみましたがCDで探してみたいと思います。
ギター伴奏による水車屋も、シュライアーならではのものでした・・・

Schubert-schreier

歌がいっぱい詰まった、シュライアーのシューベルト、ゲーテ歌曲集を今夜は取り出して聴いてみることとしよう。

年末の朝。目覚めたら一番に接した訃報に、急ぎ思いを残しました。

悲しい逝去の報が続きます。

ペーター・シュライアーさんの魂が、安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2017年12月23日 (土)

ルネ・コロ 80歳記念アルバム

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12月22日の横浜みなとみらいは、毎年恒例の全館点灯。

この日は、遅くに浜入りして、まず、野毛のバーで一杯ひっかけて、そのあと神奈フィル応援仲間と久しぶりの忘年会。
土曜の予定のやりくりが出来なくなって、またお仕事も大変になって、演奏会も遠ざかってしまったけれど、徐々に自分のペースを作りつつあります。
ちなみに、神奈川フィルの第9は、見事な演奏会となったようですよ。
そのお話しを肴に、盃を傾けるのもまた一興にございました。

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   ルネ・コロ  From Mary Lou To Meistersinnger 

①フィデリオ、魔弾の射手、リナルド、タンホイザー、マイスタージンガー
  トリスタン、パルジファル、大地の歌

②三文オペラ、伯爵令嬢マリツァ、ウィーン気質、こうもり、微笑みの国
  美しきエレーヌ、民謡「Ach , we ist's moglich dann」
  民謡「0 Taler weit, o hohen」
  ボーナストラック~「Hello , Mary Lou」

1937年生まれのテノール歌手、ルネ・コロが今年11月に80歳を迎えました。
11月20日生まれですから、実は、わたくしと1日違い。

ルネ・コロとの付き合いは、それこそ、ワーグナーの視聴歴とほぼ同じくして長いです。
70年代初頭から、コロが気鋭のヘルデン・テノールとして頭角をあらわしてきた頃から。
カラヤンのマイスタージンガー、ショルテイのパルジファルに始まります。
と同時に、スウィトナーの指揮でワーグナーの全作品を歌った2枚のレコード。
当時はCBSソニーから出ました。
あと外盤では、プッチーニなど、イタリアものを歌った1枚も出たのですが、日本ではついに発売されないまま。

それ以降、ずっと聴いてきました。
親日家でもあったコロは、オペラの引っ越し公演でもよく来演してました。
私が、実際に聴くことができたのは、ベルリン・ドイツ・オペラの「リング」でのジークフリート、ウィーン国立歌劇場での「パルジファル」、バイエルン国立歌劇場の「マイスタージンガー」、ハンブルク国立歌劇場との「タンホイザー」、リサイタルで「詩人の恋」。
ウィーン国立歌劇場の「トリスタン」で、登場が予告されながら来日できず、その後のベルリン・ドイツ・オペラでのものを聴き逃したのはいまや痛恨です。

ワーグナーばかりでなく、得意のオペレッタなどの音盤もかなり揃えて、CDラックの中で、特別な場所に置いてます。

こんな風に、その声も姿も、もう何十年も脳裏に焼き付け、刻んでしまっている歌手って、自分の中では、ほかにはいないと思います。

その経歴は有名ですから、いまさらここに記す必要もないですが、オペレッタ作曲家であり、アクターだった祖父・父からはぐくまれた舞台表現と、エンターテイナーとしてのたぐいまれな才能。
ポップスからスタートし、オペレッタ歌手、それからオペラ歌手、そして、ワーグナーの初役を歌いこなすヘルデンテノールへ。
甘い美声でありながら、それを知的にセーブしつつ、巧みなスタミナ配分でもって、慎重にジャンルとレパートリーを広げていった。
50~60年代前半は、ヴィントガッセンに代表される肉太でロブストなヘルデンが主流で、私もそれを否定することなく、大いに好きなのであるが、アメリカからトーマスやキングがドイツで成功し、そして、ルネ・コロが出現した。

息の長いルネ・コロの歌手生活も、3年前の日本でのお別れ公演でもって最後の演奏会となりました。
その時のタンホイザーの力強さと、悔恨にじます味わい深い歌唱は、忘れることができません。

この2枚のCDには、DGとデッカに残されたオペラの初役と、オペレッタや民謡などが、それぞれ収められてます。
普段は全曲盤で聴いてるそれらの初役を、こうして抜き出して連続して聴いてみるのもいいものです。とくにやはりワーグナーは圧巻。
リエンツィからパルジファルまで、ワーグナーの主要な作品すべてに、その歌声が残されたことは、本当にありがたいことで、コロの存在がワーグナーにとって、かけがえのないものであったと、心から思います。

もう1枚は、うって変わって甘い声を次々に堪能することができるもの。
なかでもやはりレハールが、そのきらきらした音楽からして、コロの声にはぴったり。
民謡も、ほんのりとして、ドイツの村の楽しい様子がうかがえるみたいだ。
ボーナストラックには、ポップスがひとつ。
全然、コロとは思えない感じの軽~いノリの曲でした(笑)

 リブレットの中ほどに、ルネ・コロの言葉が大きく書かれてました。

「ローエングリンは、聖杯を見守り続けることだけを望まず、人間としてあることを望んだのです。私も、もっぱらドイツ芸術の聖杯のみを守りことだけに集中するものではないのです。」

あらゆる芸術をリスペクトするコロらしい想いと言葉であります。

そんなルネ・コロさんが、これからもお元気で、健勝でありますようお祈りします。

最後に、コロのクリスマス・アルバムを聴きました。

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ドイツの暖かい、ほのぼととしたクリスマスを歌った、わたくしの大好きな1枚。

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みなとみらい、マークイズのクリスマスツリー。

過去記事

「ルネ・コロ さよならコンサート」

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2017年9月30日 (土)

フラヴィアーノ・ラボー イタリアン・テノール

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9月23日、お彼岸の東京タワー。

ブルーです。

で、どこか、テノールな気分。

往年のテノール聴きました、そして、クールに熱くなりました。


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なんだかなぁ、すぎるジャケットで、いろんなものに見えてくる・・・
お口直しに、別バージョンを拾いました。
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    ヴェルディ    「運命の力」

  ポンキエッリ  「ラ・ジョコンダ」

  プッチーニ   「ラ・ボエーム」 「トスカ」 「トゥーランドット」

  ジョルダーノ  「フェドーラ」

       T:フラヴィアーノ・ラボー

 フェルナンド・プレヴィターリ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

                             (1954 ローマ)


フラヴィアーノ・ラボーの名を知る方は、だいたい、私より上の世代ぐらいでしょうか。
NHKが招聘した「イタリア・オペラ団」は、1956年より1976年まで、8回にわたって来日し、日本に本物のオペラを根付かせる原動力ともなった。
伝説級の公演の数々。

私が記憶にあるのは、1971年の第6次のものからで、そのあと73年は、NHKホールのこけら落とし、さらに76年は、実際にその舞台に立ち会うことができた。
その71年に、カラフ。73年に、カヴァラドッシとラダメスを歌ったのが、ラボーでありました。

小柄で、おっさん体系だけれども、その声は野暮ったさの一切ないスマートで洗練されたもので、かつ、力強さと輝かしさにもかけてはいない。
ベルゴンツィや、後輩のカレーラス系の声のイメージといえばよいかな。

正規録音としては、DGのスカラ座の「ドン・カルロ」ぐらいしか、ちゃんとしたものでは出ていなかったので、このアリア集の復活はとてもうれしい思いをしました。

モノラルながら、実に明晰な録音で、ラボーの素晴らしい歌声を楽しむことができます。

ラボーは、1927年生まれ、ロマーニャ州ピアチェンツァ県の出身で、イタリアでもどちらかというと、北西に位置する場所。
イタリアの北と南、その気質も大きく異なる。
そんなことも思いながら、イタリアの地図を眺めたりしながらラボーの声を聴くのも楽しい。
1991年に、交通事故で亡くなった新聞報道を見たときは、ちょっと驚き、寂しい思いをしたものだ。

73年の「トスカ」は、テレビを通じて何度も観劇しました。
赤いドレスの美しいカヴァイヴァンスカのトスカと、小柄なおじさん、ラボーのカヴァラドッシは、伝統的で、ゴージャスな舞台と演出とともに、ほぼ初「トスカ」だった自分のトスカ体験の刷り込みとなりました。

Tosca_1_2   Tosca_2

ラスト、ローマの早朝の朝焼けのなかの処刑シーンでは、その空の色の美しさも、これまた刷り込み。
この頃に出た、メータ盤のジャケットが、たぶん、この舞台のものだったはずで、レコ芸にその盤の書評を書いていた桜井センリさんが、体験されたローマの朝のことに触れていて、私も、まだ見ぬローマのことを憧れでもって想像したものだ。

Tosca_3

懐かしい思い出ばかりのフラヴィアーノ・ラボーの歌声。

最近は、ワーグナーとシュトラウス中心のドイツ・オペラぐらいしか、新しい演奏は聴かないので、イタリアものの最近の歌手は、名前すらわからなくなってしまった・・・。
古いのしか知らない、聴かないイタリア・オペラなのでした。

 ヴェルディは、ここでは、ドン・アルヴァーロのアリア1曲だけだが、この耳洗われるような正統歌唱に、居住まいを正したくなる想いがする。
残りのプッチーニにも、涙が出そうなくらいに、こころが熱くなった・・・・

どれ、爽やかなイタリア産の白ワインでも開けて、もう一度聴こう。

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2015年2月26日 (木)

チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」~マウリツィオのアリア カレーラス

Collete

不届きなやからが、ハートにいたずらの缶を置いちゃってますが、桜木町のコレットマーレのエントランス。

クリスマス・バレンタイン・ホワイトデーと、ハートマークが活躍しますな。

寒い冬も、もうじきおしまい。

 わたくしの、好きなイタリアオペラでも、1,2をあらそう、チレーアの「アドリアーナ・ルクヴルール」から、テノールのアリアをツマミ聴き。

Adriana_1

 チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」から

     マウリツィオのアリア

        「あなたの中に母の優しさと微笑みを」

        「心、疲れて」

        「ロシアの将軍の命令は!」

      マウリツィオ:ホセ・カレーラス

       ジャン・フランコ・マシーニ指揮 NHK交響楽団

                            (1976)


このオペラ大好きで、映像はまだ少ないですが、音源は、そこそこ集めて聴いてます。

プッチーニと同じころのイタリアオペラ界のヴェリスモの潮流に乗りつつも、抒情派として、旋律重視の優しくも儚いオペラを数々残したチレーア。

当時、まださほど知られていなかったチレーアのこのオペラを世界最高のキャストでもって上演したNHKのイタリア・オペラ団。

1976年のこと、わたくしは、高校生ながらに、銀座のどこだかのチケットセンターに並び、このオペラと、「シモン・ボッカネグラ」のチケットをなけなしのお小遣いでゲットしたのでした。
前にも書きましたが、カウンターのチケット売りのおばさまは、「え?ドミンゴはいいの?」と聞いてきたものでした。

そう、このときの、もうひと演目は、ドミンゴが、二役やった「カヴァ・パリ」で、並んだ大方のお客さんは、そちらが狙い。

 そして、巨大なNHKホールの隅々にこだました、カヴァリエのピアニシモと、コソットとの丁々発止の迫真のやりとり。
 彼女たち、存在感ばりばりのお姉さまたちに挟まれ、翻弄される憂国の志士を歌ったカレーラス。

おっきなカバリエに愛を告白するカレーラスは、健気で、その一途さが、男のわたくしにも、とても好ましかったものです。


ほかのふたつのアリアも、さらのあのときの全幕も、youtubeにあるとこがすごいものです。


このアリアの、盛り上がりの途中で、フライング拍手があったのですが、そこは巧みに編集されてました。


マウリツィオ役は、多くのテノールが歌ってますが、わたくしには、カレーラスがいちばん。
デル・モナコは強すぎてヒロイックだし、コレルリは重たい。
ドミンゴは、ワケ知りすぎて面白くないし、ベルゴンツィは、おっさんにすぎる。
ちょっと真面目すぎのカレーラスが、この悩める愛する男にはぴったり。


そして、N響が、こんなに柔らかく、雰囲気豊かなのは、フランコ・マシーニの素晴らしい指揮があってのものでした。

チレーアのオペラは、いくつあるかまだ勉強中ですが、4作ほど揃えて、ちょびちょび聴いてます。
いつか、しっかり記事にできればと思ってます。

 過去記事

 「アドリアーナ・ルクヴルール」NHKイタリアオペラ

 「アドリアーナ・ルクヴルール」 テバルディ、シミオナート、デル・モナコ

 「アルルの女」

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2015年2月11日 (水)

マリオ・デル・モナコ ヴェリスモアリア

Tokyotower20150129

真夜中の東京タワー。

先日、アバド会のあと、歩いて帰還。

人っ子ひとりいない寒い街に、このタワーのオレンジの灯は、とても暖かく、心強いのでした。

途中あった、熊野神社から1枚。

Del_monaco

  マリオ・デル・モナコ  ヴェリスモ・オペラから

  ジョルダーノ 「フェドーラ」(56エレーデ)
           「アンドレア・シェニエ」(48,51クワドリ)

  ボイート    「メフィストフェーレ」(58セラフィン)

  ザンドナイ  「ロメオとジュリエット」(56エレーデ)

  カタラーニ  「ワリー」(56エレーデ)

  チレーア   「アドリアーナ・ルクヴルール」(48ネグリア)

  プッチーニ  「蝶々夫人」(56エレーデ)、「西部の娘」(58カプアーナ)
           「トスカ」(抜粋、59プラデッリ、テバルディ)


ヴェルディもいいけど、デル・モナコの魅力は、ヴェリスモ系のオペラにあると思います。

激情的なドラマに、音楽だから、デル・モナコの直情径行的な真っすぐの情熱的な歌唱は、まさにぴたりときます。

「カヴァ・パリ」と、「トゥーランドット」は、別なCDに収録されてますが、こちらは10枚組の激安アンソロジー集からとなります。

1915年生まれ、1982年没。
そう、今年は、デル・モナコの生誕100年なんです。
67歳での心臓発作によるその死も早かったですが、デル・モナコの全盛時代も意外と短くて、それでも、たくさんの録音が残されたのは、デッカレコード専属であったことが大きいですね。

63年に自動車事故に会い、その後は、声も少し後退してしまった。
40年代後半から50年代がそのピークで、62年のカラヤンとの「オテロ」は、確かに素晴らしいものの、声の威力では、54年の旧録音、そして、なんたって、NHKイタリアオペラの来日上演が無敵にすごい。
あの声の威力を維持するのはたいへんなことだったろうけれども、喉を酷使しても、歌に、演技にと全力投球するその姿は、まさにプロ中のプロであったと痛感します。

69年の単身来日では、子供時代の記憶に、N響と共演したリサイタルのテレビ放送が、うっすらとですが残ってます。
オペラに目覚めた中高生は、イタリアオペラは、もうなんでもデル・モナコしかなかった。
ステファーノも好きだったけれど、破滅的なまでの一期一会の感情移入と、聴く側へ没頭感と快感をもたらすのは、デル・モナコをおいて、ほかにいなかった。。。

そして、テノール歌手のありかたは、その後、スタイリッシュで危なげのない、スマート歌唱が主体となりました。
まさに、不世出の大歌手と呼ぶに相応しい、マリオ・デル・モナコさまです。

この1枚の中では、やはり、アンドレア・シェニエが素晴らしい。
祖国を思い、ギンギンに熱くなるシェニエは、わたくしには、このデル・モナコが一番。
そして次に好きなシェニエは、以外にもカレーラスとコレッリだったりします。
 あと、「トスカ」が、デッカの正規全曲盤のものだけに、録音も素晴らしくよくて、デル・モナコの情熱のカヴァラドッシは、新鮮さすら感じるテバルディとともに、ローマの輝かしいオケも含め、とても魅力的でした。

休日の午前、デル・モナコの声に力を与えられ、やたらと元気もいただきました

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2014年7月29日 (火)

カルロ・ベルゴンツィを偲んで

Bergonzi

またひとり、忘れえぬ音楽家の訃報が届きました。

イタリアの純正テノール、カルロ・ベルゴンツィさん。

1924年7月13日生まれ、2014年7月25日没。

ミラノの病院にての逝去とのこと。

ちょうど90歳。

万全の自己管理と、長命を保ったその声も、90歳という年波には勝てなかったということでしょうか。

いよいよ寂しい。

引退して久しい、でも、80歳ぐらいまで歌い続けたし、CD録音もデジタル時代になっても盛んだった、この生粋のイタリアの大テノールの死をもって、イタリア・オペラのテノールの黄金時代は、完全に幕を閉じたと言ってもいい。

それほどの大歌手でした。

オペラに親しんだ若き日々、デル・モナコの交通事故後の日本公演をテレビで見て、フランコ・コレルリとテバルディの来日デュオもテレビで観劇。
そして、NHKイタリアオペラで飾ったNHKホールのオープニング記念の「アイーダ」で、ベルゴンツィをテレビ観劇。

この3人こそ、わたくしのイタリアオペラのテノール御三家です。

 ですから、ラダメスは、いまもって、ベルゴンツィが一番。

Tosca_callas

それと、カヴァラドッシです。

テレビで観た「アイーダ」とともに、仔細に観た「トスカ」にも心奪われました。

プッチーニの音楽に目覚めたのも、1973年のこのNHKイタリアオペラでのこと。

この時は、美しい伝説的なカヴァイバンスカのトスカに、フラビアーノ・ラボーのカヴァラドッシ。
このラボーが、とてもよくって、その風貌もどこかベルゴンツィに似ている。

そして、そのとき買ったのが、カラスの「トスカ」。
ベルゴンツィがカヴァラドッシなのでした。
このレコードも擦り切れるほどに聴きまくりました。
後に気付いたのは、カラスの声の荒れ具合で、絶頂期をすでに過ぎていたこの録音なのでしたが、ベルゴンツィと、スカルピアのゴッピは、最高潮の歌いぶりで、いつもレコードに合わせて、カヴァラドッシとスカルピアの二役を、歌っていたものです。

このようにして、ベルゴンツィの歌を聴き始めたのですが、レコードにCDに、彼の出演する音源を、いったいどれだけ持っていることかわかりません。
 あらゆる指揮者、レーベルに重宝され、常にテノールの主役はベルゴンツィとなることが多かった。
デル・モナコとコレルリが、早くに声を亡くし、引退してしまったことも大きいですが、ベルゴンツィの声の特質が、リリカルなベルカントから、スピントの聴いたドラマティコまでをカヴァーする広大なレパートリーをものにしていたことが大きいです。

そして、その歌いぶりは、危なげがなく、常にフォルムがしっかりとしていて崩れず、知的かつスタイリッシュなもの。
ですから、破滅的な役柄や、暴走系、悪人系には、まったく向いていません。
カヴァ・パリの二役を歌ったのは、カラヤンのコントロール下にあったからにすぎません。

でも、ヴェルディならば、突進型や甘い色口系でも、ベルゴンツィの抑制の聴いた歌唱であるならば、ヴェルディの音楽の持つ本来の魅力を巧みに、多面的に引き出すことができて、どのタイトルロールも、まったくもって素晴らしいのでした。

ですから、ベルゴンツィは、真正なるヴェルディ歌いなのです。

そんな中から、わたくしの愛聴久しいヴェルディは、「カラヤンのアイーダ」「セラフィンのトロヴァトーレ」「クレーヴァのルイザ・ミラー」「ショルティのドン・カルロ」「クーベリックのリゴレット」「ガルデッリの群盗」「ガルデッリの運命の力」・・・・、あぁ、枚挙にいとまがありません。

Bergonzi_cd

後進を指導することにかけても、なみなみならなかったから、日本の歌手の方でも、ベルゴンツィに教えを仰いだ人が多いのではないでしょうか。

何度も来日していながら、ついぞ実演に接することはありませんでした。

今宵は、以前も取り上げたソロCDを聴きながら、哀悼の念を捧げたいと存じます。

ヴェルディ、マイアベーア、プッチーニ、チレーア、プッチーニの名品が、ガヴァッツーニの指揮によっておさめられた1枚です。

ビンビン響くベルゴンツィの声は、一点の曇りもなく、空は真っ青に突き抜けてます。

心も、耳も洗われるというのは、こういうことなのでしょうね。

カルロ・ベルゴンツィさんの、魂が安らかならんこと、お祈りいたします。

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2013年12月12日 (木)

ペーター・ホフマン Monuments

Yurakucho

有楽町のとあるビルにちゃっかり入り込んで、パシャリ

赤いバラのゴージャスなツリー。

Yurakucho2

近寄ってパシャリ

あらやだ、ワタクシの姿が、オーナメントにまる映り。

そうとわからないように、モザイク入りましたが、まるで犯人だわ、これ。

しかし、外の有楽町駅のグリーンとの対比が、それは美しいものでしたよ。

今日は、亡き名テノール、ペーター・ホフマンの歌声を。

Peter_hofmann

 
  「Monuments」  ペーター・ホフマン

   1.ホルスト 「惑星」 快楽の神

   2.All by myself ~ラフマニノフbyエリック・カルメン

   3.プッチーニ 「トスカ」~「星はきらめき」

   4.ヴェルディ 「リゴレット」~「風の中の羽のように」

   5.「歓喜の歌」 ベートーヴェン

   6.グノー 「アヴェ・マリア」~バッハ

   7.Could It be Magic ~ショパン 前奏曲第20番

   
   8.バーンスタイン 「ウエストサイドストーリー」 Somewhere

       アンドリュー・プライス・ジャクソン、アンドリュー・ポーウェル指揮

                            ロンドン交響楽団


                              (1987 @ロンドン)

ペーター・ホフマンが亡くなって、もう3年が経つ。

1944年生まれ、2010年11月30日没の闘病の末の早すぎる死。

あのときの衝撃と悲しみは、いまでも覚えてます・・・・。

おおよそ、ワーグナー好きにとっては、タイトルロールを歌うヘルデンテノールという存在は、憧れであり、素晴らしければ素晴らしいほど、神的な存在に高められるのだ。
そんなひとりが、ペーター・ホフマン。
名前もしらなかったとき、水星のようにあらわれ、76年の大スキャンダルとなった、これもまた、今年亡くなった、パトリス・シェローの「リング」のジークムント役で颯爽と登場した。
演出も指揮も、歌手も、みんな激しいブーイングを浴びたなか、それは先輩、ジェス・トーマスやルネ・コロさえ例外でなかったのに、ひとり、ペーター・ホフマンの神々しく、輝かしい声と、その悲劇的な抜群のルックスでもって、大喝采を浴びたのだ。
そのときのことは、FM放送で聴いて、いまだに記憶があります。

そして、以来、ワーグナー歌いとして、ヴィントガッセンの後を継いだ、キングやトーマスのあとの世代の、三大ヘルデンとして、コロ、イエルザレムとともに70~80年代に最も輝いた存在なのです。

同時にその経歴が明らかになって知ることとなった、本来のロック・ミュージシャンとしての側面。
学生時代は、ロックバンドを組んで活動していたというし、同時にスポーツの万能選手として陸上競技にも通じていた俊敏で強靱な肉体を持っていました。

天は2物を与えず、とかいうのは、ホフマンの場合、まったくあてはまりません。

「パルシファル」の上演で、2幕で、クリングゾルが槍をパルシファルに投げつけるクライマックスシーンがあるのですが、それを実際に投じて、しかと受け止めることができたのは、槍投げが得意だったフランツ・マツーラ(クリングゾル役、シェーン博士のスペシャリスト)と、このペーター・ホフマンのコンビだけ!

どう考えたって、憎らしいほどにカッコいい。

で、クラシック以外のポップス・ロックアルバムもドイツでは多数、発売されていたようです。

今日のCBS録音の1枚は、ホフマンのオペラ界での絶頂期の録音で、クラシカルな音楽のポップスバージョンを、オペラ歌手であり、ロック歌手であるシンガーが歌うというユニークなもの。

編曲も、原曲の形は残しながらも、完全にロックポップス。
ロンドン響だから、そのあたりの順応性も抜群だし、分厚いオーケストラサウンドも聴けるし、パーカッションも効いてます。

そしてホフマンの、伸びのある突き抜けた声は、こうした曲たちでも、抜群の破壊力パワーを展開してくれます!
一方で、陰りある、バリトン系の声もここではとても魅力的です。
根っからの悲劇的ヒーローの姿を背負った歌い手なのです。
こんなバリバリ系なのに、すっきりともたれない透明感と軽さも併せ持ってるから、それは、鍛練された肉体の賜物でもありましょう。

ジュピターが流行るずっと前の「火星」。粋でかっこいいですよ。
エリック・カルメンより、ずっとずっとラフマニノフな、オールバイマイセルフ。

この音盤の中で、一番面白いし感銘を受けるのが、カヴァラドッシ。
あまりに異質なプッチーニではあるけれど、その悲壮感あふれる孤独と力感。
まるで、ジークムントのようなカヴァラドッシに、有無を言わせずに気持ちを持っていかれます。

ほかの曲も、ここでは触れませんが、どこをとっても、どこを聴いても、われらが「ジークムント」だったペーター・ホフマンの歌声です。
泣けました・・・・・。

天は与え、そして、天は奪ったのです。

ホフマンの早すぎた、病による歌手生活の引退と、その後の死でした。


   

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2013年3月15日 (金)

ブリテン 「冬の言葉」 辻裕久&なかにしあかね

Roppongi_hills_20132_2

都会の冬。

2月の六本木ヒルズ。

暦は春になったいま、イルミネーションは春の夜には映えません。

でも、わたしはしばれる冬の夜が好きです。

命がけの極寒にある方々には申し訳ありません。

Britten_tsuji_2

  ブリテン  「冬の言葉」

      テノール:辻 裕久

      ピアノ:  なかにし あかね

              (2001.8 滋賀 高島)


ブリテン(1913~1976)の残したもっとも有名で素晴らしい歌曲集「冬の言葉」。

ブリテンの音楽や生涯に少しでも興味がおありの方なら、ご察しのとおり、ブリテンの歌曲のジャンルはほとんどがテノールを前提として書かれました。
これをもって、レッテル貼りをされ、遠のかれる方はさようなら。
歌の分野に、ブリテンの残した足跡は、オペラのそれと並んで、大きなものがあります。
それらを聴かずして、ブリテンを語れません。
「冬の言葉」という8曲からなる歌曲集も、そのカテゴリーに入り、ブリテンは、朋友ピアーズとともにテキストを精査し、その彼の声や音域を意識し前提とした作曲を行いました。
その当時者たちがもうずっと昔に亡く、わたくしたちは、音符として残されたあらたなブリテンの音楽の解釈をごく普通に受容できるようになったのです。

戦争批判の「シンフォニア・ダ・レクイエム」が軍事国家の日本に受け入れられなかった。
それとは同質でないにしても、ブリテンの嗜好が災いしているとしたら大間違い。
彼ほどに、人間の本質を見つめ、どこまでも純心に愛した作曲家はいないのではと思う。

  1.「11月の黄昏に」
  2.「旅する少年」
  3.「セキレイお赤ん坊」
  4.「小さな古いテーブル」
  5.「コワイヤマスターの葬式」
  6.「誇り高き歌手たち」
  7.「駅舎にて」
  8.「命の芽生えの前と後」


トマス・ハーディの詩集「冬の言葉」によるものですが、この晩年の詩集からは、6曲目の「誇り高き歌手たち」のみを取り上げ、ハーディの他の自在で色彩的な詩からアットランダムに選ばれ構成さえたのがこの歌曲集です。

このCDの解説によりますれば、ブリテンの「冬の旅」とも称せられる曲集とありますが、聴きこんでくると、そのようにも、まさに孤高の歌とも思われてくるソング・サイクルなのです。

辻さんと、なかにしさんの毎年行われる英国歌曲コンサートの一連で聴きました。

そのときの印象をそのまま引用いたします。

>私は、R・ティアーのCDを持っているが、本日、辻さんの歌で聴いて、ティアーの歌は心理的な歌いこみが勝りすぎてちょっと厳しく聴こえてしまうようになった。
辻さんは、さりげなく、そしてブリテンの優しさにを巧まずして歌いあげたように聴かれた。
汽車を模倣する独特のピアノのリズムに乗って歌う「旅する少年」のブリテン特有のミステリアスな不可思議さ。
オペラのひと場面のように曲想が変転する「コワイヤマスターの葬式」。
劇的な「駅舎にて」は、これもオペラの一節のようなテノールの独白。ピアノがつかず離れずにまとわりつく。
そして、終曲「生命の芽生えの前と後」は、最後を飾る明快な旋律線が戻ってくる。
辻さんの心のこもった歌唱。なかにしさんの弾くピアノも感動的だ。
しかし、どこかふっきれない疑問を投げかけるのがブリテン。<

いまこうしてCD音源として聴いても変わらない思い。

とくにブリテンの目線の優しさは、ほかの社会派オペラ聴くにつれ革新と共感を持つようになってきました。

 誰にもおそらく想像がつくように そして地上のさまざまな証拠が示すように

 
 意識というものが生まれる前 万事はうまくいっていた・・・・・

 しかし、感じるという病がおこった 

 そして原始の正しさは間違った色に染まり始めた

 いったい無知が再認識されるのは あとどれくらいの時間がかかるのだろうか


終曲の意味深い歌詞を読んで、ブリテンの研ぎ澄まされたこれまでの問題意識への完結感とも思われるすっきりした音楽を聴くにつれ、ここには英語もふくめ、あらゆる言語を失語的に封じてしまうディープなものがありました。

イングリッシュ・テノールの世界的な第一人者辻さんと、あかねさんの、おふたりの演奏はもう完璧で、アーティキュレーションも含め、歌いこみの豊かさにおいて、わたしのもう一方の愛聴盤、ティアー&レッジャーの音盤を凌駕しておりました!

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2013年1月18日 (金)

シューベルト 「冬の旅」 プレガルディエン

2013114

今週14日の雪景色。

自宅からのぞんだ景色は、雪国のようでした。

午前中は激しい雨と風。

午後から雪となりかなり積もりました。

降雪時は完全にモノトーンの世界。

一夜明けての晴天では、眩しい白と青空が美しかった。

雪に慣れた方々には申し訳ないくらいに高揚感がありました・・・・。

Schubert_witerreise_pregardien

  シューベルト 歌曲集「冬の旅」

      T:クリストフ・プレガルディエン

      Fp:アンドレアス・シュタイアー

               (1996.3 @ケルン)


真冬のいまに「冬の旅」。

今年の冬はともかく寒くて、心身ともに堪えます。

少し前までは、暑いのが苦手で、寒さは全然平気だったけれど、昨年くらいから、暑さばかりか、寒さにもダメになってきて、ガクガクして体が縮こまってしまい、肩が凝ってならない。
この寒さには細心の注意を払ってます。
急にバタンは困りますからね。

でも、寒い時期ほど、寒い方向へと旅がしたくなります。
東へ、北へです。
かつて仕事柄、東北・北海道への出張が多かったから、そのときは、旅気分も半分でした。
野辺地方面に電車で移動したとき、吹雪いて景色はすべて真っ白。
駅に着いて、地元の高校生がドアをプシュ~と空けて外へ出てゆくと、雪が風とともに車内に巻き込んでくる。そんな外へ、もちろん彼らは自宅へと帰ってゆく姿に、毎日晴天の地域から来た私は、逞しさと一抹の旅情を感じたものです。

あぁ、自分も、こんな雪の中に足を踏み入れ、なんのしがらみのない白い世界に入り込んでしまいたい・・・・・・、そう思ったのは現実からの逃避ばかりでなく、見知らぬ場所への「旅」の憧れからだったと思うのです。

シューベルト(1797~1828)の晩年、といってもまだ30歳の時分に作曲された傑作「冬の旅」。
つねに死と背中合わせのような陰りをその音符の裏側に感じさせるシューベルトの作品の数々。
その中でも、もっとも絶望的で、死とそして希望への憧れに満ちた陶酔的なまでの歌曲集。
歳とともに、この作品集が好きになってきた。
若い頃は、それこそ若者の気持ちを代弁するかのようなナイーヴな「美しき水車屋の娘」が、「春から秋」の青春の情景のように感じて好みだった。
でもいまは、それ以上に、人生「冬の旅」状態となり、こちらの歌曲集にこそ共感の度合いが強まってきている。

水車屋と同じくして、ミューラーの詩による全24曲の歌曲集。
そのすべてに味わいと含蓄が、その詩とともにあり、どこがどうということはおこがましくて私には言及できませんが、有名な「菩提樹:Der Lindenbaum」を例えると、その歌の美しい素晴らしさは当然として、ピアノ伴奏の主人公によりそうようにして、長調と短調を行きつ戻りつ、連音を奏でる鮮やかにして深遠なる運び。
時に伴奏に着目して聴いていると、思わずはっと、するときがあるのもシューベルトならでは。
この曲集の半ばで歌われる第16曲「最後の希望」
 

  とうとう葉は、地に落ちた
  それとともに、希望も尽きた
  ぼくは地面に膝をつき、たおれて
  落ちた葉の上で、泣き伏せた・・・・・・


ここを機に、主人公は希望もついえ、絶望を友にさすらうのですが、ここのフレーズのほんの一節の壮絶なる素晴らしさ。
シューベルトの最高の音楽は、ロマン主義の完璧なる発露であるかと思います。
歴代の歌手たちが、ここに熱き思いを込めて歌っているような気がします。

すなわち、F=ディ-スカウ、プライやホッターで聴くことの多い「冬の旅」。
でも、最近、テノールでの、シュライアーやヘフリガーで聴くことでも、あらたな「冬の旅」の素顔を見るような思いがしてます。
遅ればせながら、昨冬以来、しみじみと聴く機会のおおかったのが、今宵のプレガルティエン盤。
思えば、先にあげたテノールは、名エヴァンゲリストで、そのあとを継いだのがプレガルティエンなのです。
レオンハルトの禁欲的かつ暖かなマタイでの福音士家は、プレガルティエンです。
あのときのエヴァンゲリストの印象そのままに、主人公に同質化してしまって感じるプレガルティエンの歌唱は、最初の「おやすみ」からして、わたしの心と耳をとらえて離しませんでした。
ドイツ語の発声が美感に感じるほどの美しさ。
テノールの域にとどまらず、時に感じるバリトン的な深み。
そして、なによりも誠実で生真面目な歌い回しが、淡々としたなかに、ロマンと自在な思い入れを爽やかに載せていて、シューベルトの描いた主人公の苦渋をしっかりと捉えているように思います。
 加えて、シュタイアーのピアノがグランドピアノほどに語りもせず、とはいえ、シンプルななかにも明確な語り口があって、ほんのちょっとした語り口の中にも、切なくも素敵なのでした。

やはりこの季節は、求心的なシューベルトの音楽、「冬の旅」がお似合いです。
久しぶりに泣けました。

 過去記事

  「ハンス・ホッター&エリック・ウェルバ」

 「ルネ・コロ&オリヴァー・ポウル」

 「ヘルマン・プライ&ウォルフガンク・サヴァリッシュ」 

 

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