カテゴリー「テノール」の記事

2017年12月23日 (土)

ルネ・コロ 80歳記念アルバム

Mm21

12月22日の横浜みなとみらいは、毎年恒例の全館点灯。

この日は、遅くに浜入りして、まず、野毛のバーで一杯ひっかけて、そのあと神奈フィル応援仲間と久しぶりの忘年会。
土曜の予定のやりくりが出来なくなって、またお仕事も大変になって、演奏会も遠ざかってしまったけれど、徐々に自分のペースを作りつつあります。
ちなみに、神奈川フィルの第9は、見事な演奏会となったようですよ。
そのお話しを肴に、盃を傾けるのもまた一興にございました。

Rene_kollo

   ルネ・コロ  From Mary Lou To Meistersinnger 

①フィデリオ、魔弾の射手、リナルド、タンホイザー、マイスタージンガー
  トリスタン、パルジファル、大地の歌

②三文オペラ、伯爵令嬢マリツァ、ウィーン気質、こうもり、微笑みの国
  美しきエレーヌ、民謡「Ach , we ist's moglich dann」
  民謡「0 Taler weit, o hohen」
  ボーナストラック~「Hello , Mary Lou」

1937年生まれのテノール歌手、ルネ・コロが今年11月に80歳を迎えました。
11月20日生まれですから、実は、わたくしと1日違い。

ルネ・コロとの付き合いは、それこそ、ワーグナーの視聴歴とほぼ同じくして長いです。
70年代初頭から、コロが気鋭のヘルデン・テノールとして頭角をあらわしてきた頃から。
カラヤンのマイスタージンガー、ショルテイのパルジファルに始まります。
と同時に、スウィトナーの指揮でワーグナーの全作品を歌った2枚のレコード。
当時はCBSソニーから出ました。
あと外盤では、プッチーニなど、イタリアものを歌った1枚も出たのですが、日本ではついに発売されないまま。

それ以降、ずっと聴いてきました。
親日家でもあったコロは、オペラの引っ越し公演でもよく来演してました。
私が、実際に聴くことができたのは、ベルリン・ドイツ・オペラの「リング」でのジークフリート、ウィーン国立歌劇場での「パルジファル」、バイエルン国立歌劇場の「マイスタージンガー」、ハンブルク国立歌劇場との「タンホイザー」、リサイタルで「詩人の恋」。
ウィーン国立歌劇場の「トリスタン」で、登場が予告されながら来日できず、その後のベルリン・ドイツ・オペラでのものを聴き逃したのはいまや痛恨です。

ワーグナーばかりでなく、得意のオペレッタなどの音盤もかなり揃えて、CDラックの中で、特別な場所に置いてます。

こんな風に、その声も姿も、もう何十年も脳裏に焼き付け、刻んでしまっている歌手って、自分の中では、ほかにはいないと思います。

その経歴は有名ですから、いまさらここに記す必要もないですが、オペレッタ作曲家であり、アクターだった祖父・父からはぐくまれた舞台表現と、エンターテイナーとしてのたぐいまれな才能。
ポップスからスタートし、オペレッタ歌手、それからオペラ歌手、そして、ワーグナーの初役を歌いこなすヘルデンテノールへ。
甘い美声でありながら、それを知的にセーブしつつ、巧みなスタミナ配分でもって、慎重にジャンルとレパートリーを広げていった。
50~60年代前半は、ヴィントガッセンに代表される肉太でロブストなヘルデンが主流で、私もそれを否定することなく、大いに好きなのであるが、アメリカからトーマスやキングがドイツで成功し、そして、ルネ・コロが出現した。

息の長いルネ・コロの歌手生活も、3年前の日本でのお別れ公演でもって最後の演奏会となりました。
その時のタンホイザーの力強さと、悔恨にじます味わい深い歌唱は、忘れることができません。

この2枚のCDには、DGとデッカに残されたオペラの初役と、オペレッタや民謡などが、それぞれ収められてます。
普段は全曲盤で聴いてるそれらの初役を、こうして抜き出して連続して聴いてみるのもいいものです。とくにやはりワーグナーは圧巻。
リエンツィからパルジファルまで、ワーグナーの主要な作品すべてに、その歌声が残されたことは、本当にありがたいことで、コロの存在がワーグナーにとって、かけがえのないものであったと、心から思います。

もう1枚は、うって変わって甘い声を次々に堪能することができるもの。
なかでもやはりレハールが、そのきらきらした音楽からして、コロの声にはぴったり。
民謡も、ほんのりとして、ドイツの村の楽しい様子がうかがえるみたいだ。
ボーナストラックには、ポップスがひとつ。
全然、コロとは思えない感じの軽~いノリの曲でした(笑)

 リブレットの中ほどに、ルネ・コロの言葉が大きく書かれてました。

「ローエングリンは、聖杯を見守り続けることだけを望まず、人間としてあることを望んだのです。私も、もっぱらドイツ芸術の聖杯のみを守りことだけに集中するものではないのです。」

あらゆる芸術をリスペクトするコロらしい想いと言葉であります。

そんなルネ・コロさんが、これからもお元気で、健勝でありますようお祈りします。

最後に、コロのクリスマス・アルバムを聴きました。

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ドイツの暖かい、ほのぼととしたクリスマスを歌った、わたくしの大好きな1枚。

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みなとみらい、マークイズのクリスマスツリー。

過去記事

「ルネ・コロ さよならコンサート」

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2017年9月30日 (土)

フラヴィアーノ・ラボー イタリアン・テノール

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9月23日、お彼岸の東京タワー。

ブルーです。

で、どこか、テノールな気分。

往年のテノール聴きました、そして、クールに熱くなりました。


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なんだかなぁ、すぎるジャケットで、いろんなものに見えてくる・・・
お口直しに、別バージョンを拾いました。
Labo

    ヴェルディ    「運命の力」

  ポンキエッリ  「ラ・ジョコンダ」

  プッチーニ   「ラ・ボエーム」 「トスカ」 「トゥーランドット」

  ジョルダーノ  「フェドーラ」

       T:フラヴィアーノ・ラボー

 フェルナンド・プレヴィターリ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

                             (1954 ローマ)


フラヴィアーノ・ラボーの名を知る方は、だいたい、私より上の世代ぐらいでしょうか。
NHKが招聘した「イタリア・オペラ団」は、1956年より1976年まで、8回にわたって来日し、日本に本物のオペラを根付かせる原動力ともなった。
伝説級の公演の数々。

私が記憶にあるのは、1971年の第6次のものからで、そのあと73年は、NHKホールのこけら落とし、さらに76年は、実際にその舞台に立ち会うことができた。
その71年に、カラフ。73年に、カヴァラドッシとラダメスを歌ったのが、ラボーでありました。

小柄で、おっさん体系だけれども、その声は野暮ったさの一切ないスマートで洗練されたもので、かつ、力強さと輝かしさにもかけてはいない。
ベルゴンツィや、後輩のカレーラス系の声のイメージといえばよいかな。

正規録音としては、DGのスカラ座の「ドン・カルロ」ぐらいしか、ちゃんとしたものでは出ていなかったので、このアリア集の復活はとてもうれしい思いをしました。

モノラルながら、実に明晰な録音で、ラボーの素晴らしい歌声を楽しむことができます。

ラボーは、1927年生まれ、ロマーニャ州ピアチェンツァ県の出身で、イタリアでもどちらかというと、北西に位置する場所。
イタリアの北と南、その気質も大きく異なる。
そんなことも思いながら、イタリアの地図を眺めたりしながらラボーの声を聴くのも楽しい。
1991年に、交通事故で亡くなった新聞報道を見たときは、ちょっと驚き、寂しい思いをしたものだ。

73年の「トスカ」は、テレビを通じて何度も観劇しました。
赤いドレスの美しいカヴァイヴァンスカのトスカと、小柄なおじさん、ラボーのカヴァラドッシは、伝統的で、ゴージャスな舞台と演出とともに、ほぼ初「トスカ」だった自分のトスカ体験の刷り込みとなりました。

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ラスト、ローマの早朝の朝焼けのなかの処刑シーンでは、その空の色の美しさも、これまた刷り込み。
この頃に出た、メータ盤のジャケットが、たぶん、この舞台のものだったはずで、レコ芸にその盤の書評を書いていた桜井センリさんが、体験されたローマの朝のことに触れていて、私も、まだ見ぬローマのことを憧れでもって想像したものだ。

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懐かしい思い出ばかりのフラヴィアーノ・ラボーの歌声。

最近は、ワーグナーとシュトラウス中心のドイツ・オペラぐらいしか、新しい演奏は聴かないので、イタリアものの最近の歌手は、名前すらわからなくなってしまった・・・。
古いのしか知らない、聴かないイタリア・オペラなのでした。

 ヴェルディは、ここでは、ドン・アルヴァーロのアリア1曲だけだが、この耳洗われるような正統歌唱に、居住まいを正したくなる想いがする。
残りのプッチーニにも、涙が出そうなくらいに、こころが熱くなった・・・・

どれ、爽やかなイタリア産の白ワインでも開けて、もう一度聴こう。

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2015年2月26日 (木)

チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」~マウリツィオのアリア カレーラス

Collete

不届きなやからが、ハートにいたずらの缶を置いちゃってますが、桜木町のコレットマーレのエントランス。

クリスマス・バレンタイン・ホワイトデーと、ハートマークが活躍しますな。

寒い冬も、もうじきおしまい。

 わたくしの、好きなイタリアオペラでも、1,2をあらそう、チレーアの「アドリアーナ・ルクヴルール」から、テノールのアリアをツマミ聴き。

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 チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」から

     マウリツィオのアリア

        「あなたの中に母の優しさと微笑みを」

        「心、疲れて」

        「ロシアの将軍の命令は!」

      マウリツィオ:ホセ・カレーラス

       ジャン・フランコ・マシーニ指揮 NHK交響楽団

                            (1976)


このオペラ大好きで、映像はまだ少ないですが、音源は、そこそこ集めて聴いてます。

プッチーニと同じころのイタリアオペラ界のヴェリスモの潮流に乗りつつも、抒情派として、旋律重視の優しくも儚いオペラを数々残したチレーア。

当時、まださほど知られていなかったチレーアのこのオペラを世界最高のキャストでもって上演したNHKのイタリア・オペラ団。

1976年のこと、わたくしは、高校生ながらに、銀座のどこだかのチケットセンターに並び、このオペラと、「シモン・ボッカネグラ」のチケットをなけなしのお小遣いでゲットしたのでした。
前にも書きましたが、カウンターのチケット売りのおばさまは、「え?ドミンゴはいいの?」と聞いてきたものでした。

そう、このときの、もうひと演目は、ドミンゴが、二役やった「カヴァ・パリ」で、並んだ大方のお客さんは、そちらが狙い。

 そして、巨大なNHKホールの隅々にこだました、カヴァリエのピアニシモと、コソットとの丁々発止の迫真のやりとり。
 彼女たち、存在感ばりばりのお姉さまたちに挟まれ、翻弄される憂国の志士を歌ったカレーラス。

おっきなカバリエに愛を告白するカレーラスは、健気で、その一途さが、男のわたくしにも、とても好ましかったものです。


ほかのふたつのアリアも、さらのあのときの全幕も、youtubeにあるとこがすごいものです。


このアリアの、盛り上がりの途中で、フライング拍手があったのですが、そこは巧みに編集されてました。


マウリツィオ役は、多くのテノールが歌ってますが、わたくしには、カレーラスがいちばん。
デル・モナコは強すぎてヒロイックだし、コレルリは重たい。
ドミンゴは、ワケ知りすぎて面白くないし、ベルゴンツィは、おっさんにすぎる。
ちょっと真面目すぎのカレーラスが、この悩める愛する男にはぴったり。


そして、N響が、こんなに柔らかく、雰囲気豊かなのは、フランコ・マシーニの素晴らしい指揮があってのものでした。

チレーアのオペラは、いくつあるかまだ勉強中ですが、4作ほど揃えて、ちょびちょび聴いてます。
いつか、しっかり記事にできればと思ってます。

 過去記事

 「アドリアーナ・ルクヴルール」NHKイタリアオペラ

 「アドリアーナ・ルクヴルール」 テバルディ、シミオナート、デル・モナコ

 「アルルの女」

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2015年2月11日 (水)

マリオ・デル・モナコ ヴェリスモアリア

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真夜中の東京タワー。

先日、アバド会のあと、歩いて帰還。

人っ子ひとりいない寒い街に、このタワーのオレンジの灯は、とても暖かく、心強いのでした。

途中あった、熊野神社から1枚。

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  マリオ・デル・モナコ  ヴェリスモ・オペラから

  ジョルダーノ 「フェドーラ」(56エレーデ)
           「アンドレア・シェニエ」(48,51クワドリ)

  ボイート    「メフィストフェーレ」(58セラフィン)

  ザンドナイ  「ロメオとジュリエット」(56エレーデ)

  カタラーニ  「ワリー」(56エレーデ)

  チレーア   「アドリアーナ・ルクヴルール」(48ネグリア)

  プッチーニ  「蝶々夫人」(56エレーデ)、「西部の娘」(58カプアーナ)
           「トスカ」(抜粋、59プラデッリ、テバルディ)


ヴェルディもいいけど、デル・モナコの魅力は、ヴェリスモ系のオペラにあると思います。

激情的なドラマに、音楽だから、デル・モナコの直情径行的な真っすぐの情熱的な歌唱は、まさにぴたりときます。

「カヴァ・パリ」と、「トゥーランドット」は、別なCDに収録されてますが、こちらは10枚組の激安アンソロジー集からとなります。

1915年生まれ、1982年没。
そう、今年は、デル・モナコの生誕100年なんです。
67歳での心臓発作によるその死も早かったですが、デル・モナコの全盛時代も意外と短くて、それでも、たくさんの録音が残されたのは、デッカレコード専属であったことが大きいですね。

63年に自動車事故に会い、その後は、声も少し後退してしまった。
40年代後半から50年代がそのピークで、62年のカラヤンとの「オテロ」は、確かに素晴らしいものの、声の威力では、54年の旧録音、そして、なんたって、NHKイタリアオペラの来日上演が無敵にすごい。
あの声の威力を維持するのはたいへんなことだったろうけれども、喉を酷使しても、歌に、演技にと全力投球するその姿は、まさにプロ中のプロであったと痛感します。

69年の単身来日では、子供時代の記憶に、N響と共演したリサイタルのテレビ放送が、うっすらとですが残ってます。
オペラに目覚めた中高生は、イタリアオペラは、もうなんでもデル・モナコしかなかった。
ステファーノも好きだったけれど、破滅的なまでの一期一会の感情移入と、聴く側へ没頭感と快感をもたらすのは、デル・モナコをおいて、ほかにいなかった。。。

そして、テノール歌手のありかたは、その後、スタイリッシュで危なげのない、スマート歌唱が主体となりました。
まさに、不世出の大歌手と呼ぶに相応しい、マリオ・デル・モナコさまです。

この1枚の中では、やはり、アンドレア・シェニエが素晴らしい。
祖国を思い、ギンギンに熱くなるシェニエは、わたくしには、このデル・モナコが一番。
そして次に好きなシェニエは、以外にもカレーラスとコレッリだったりします。
 あと、「トスカ」が、デッカの正規全曲盤のものだけに、録音も素晴らしくよくて、デル・モナコの情熱のカヴァラドッシは、新鮮さすら感じるテバルディとともに、ローマの輝かしいオケも含め、とても魅力的でした。

休日の午前、デル・モナコの声に力を与えられ、やたらと元気もいただきました

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2014年7月29日 (火)

カルロ・ベルゴンツィを偲んで

Bergonzi

またひとり、忘れえぬ音楽家の訃報が届きました。

イタリアの純正テノール、カルロ・ベルゴンツィさん。

1924年7月13日生まれ、2014年7月25日没。

ミラノの病院にての逝去とのこと。

ちょうど90歳。

万全の自己管理と、長命を保ったその声も、90歳という年波には勝てなかったということでしょうか。

いよいよ寂しい。

引退して久しい、でも、80歳ぐらいまで歌い続けたし、CD録音もデジタル時代になっても盛んだった、この生粋のイタリアの大テノールの死をもって、イタリア・オペラのテノールの黄金時代は、完全に幕を閉じたと言ってもいい。

それほどの大歌手でした。

オペラに親しんだ若き日々、デル・モナコの交通事故後の日本公演をテレビで見て、フランコ・コレルリとテバルディの来日デュオもテレビで観劇。
そして、NHKイタリアオペラで飾ったNHKホールのオープニング記念の「アイーダ」で、ベルゴンツィをテレビ観劇。

この3人こそ、わたくしのイタリアオペラのテノール御三家です。

 ですから、ラダメスは、いまもって、ベルゴンツィが一番。

Tosca_callas

それと、カヴァラドッシです。

テレビで観た「アイーダ」とともに、仔細に観た「トスカ」にも心奪われました。

プッチーニの音楽に目覚めたのも、1973年のこのNHKイタリアオペラでのこと。

この時は、美しい伝説的なカヴァイバンスカのトスカに、フラビアーノ・ラボーのカヴァラドッシ。
このラボーが、とてもよくって、その風貌もどこかベルゴンツィに似ている。

そして、そのとき買ったのが、カラスの「トスカ」。
ベルゴンツィがカヴァラドッシなのでした。
このレコードも擦り切れるほどに聴きまくりました。
後に気付いたのは、カラスの声の荒れ具合で、絶頂期をすでに過ぎていたこの録音なのでしたが、ベルゴンツィと、スカルピアのゴッピは、最高潮の歌いぶりで、いつもレコードに合わせて、カヴァラドッシとスカルピアの二役を、歌っていたものです。

このようにして、ベルゴンツィの歌を聴き始めたのですが、レコードにCDに、彼の出演する音源を、いったいどれだけ持っていることかわかりません。
 あらゆる指揮者、レーベルに重宝され、常にテノールの主役はベルゴンツィとなることが多かった。
デル・モナコとコレルリが、早くに声を亡くし、引退してしまったことも大きいですが、ベルゴンツィの声の特質が、リリカルなベルカントから、スピントの聴いたドラマティコまでをカヴァーする広大なレパートリーをものにしていたことが大きいです。

そして、その歌いぶりは、危なげがなく、常にフォルムがしっかりとしていて崩れず、知的かつスタイリッシュなもの。
ですから、破滅的な役柄や、暴走系、悪人系には、まったく向いていません。
カヴァ・パリの二役を歌ったのは、カラヤンのコントロール下にあったからにすぎません。

でも、ヴェルディならば、突進型や甘い色口系でも、ベルゴンツィの抑制の聴いた歌唱であるならば、ヴェルディの音楽の持つ本来の魅力を巧みに、多面的に引き出すことができて、どのタイトルロールも、まったくもって素晴らしいのでした。

ですから、ベルゴンツィは、真正なるヴェルディ歌いなのです。

そんな中から、わたくしの愛聴久しいヴェルディは、「カラヤンのアイーダ」「セラフィンのトロヴァトーレ」「クレーヴァのルイザ・ミラー」「ショルティのドン・カルロ」「クーベリックのリゴレット」「ガルデッリの群盗」「ガルデッリの運命の力」・・・・、あぁ、枚挙にいとまがありません。

Bergonzi_cd

後進を指導することにかけても、なみなみならなかったから、日本の歌手の方でも、ベルゴンツィに教えを仰いだ人が多いのではないでしょうか。

何度も来日していながら、ついぞ実演に接することはありませんでした。

今宵は、以前も取り上げたソロCDを聴きながら、哀悼の念を捧げたいと存じます。

ヴェルディ、マイアベーア、プッチーニ、チレーア、プッチーニの名品が、ガヴァッツーニの指揮によっておさめられた1枚です。

ビンビン響くベルゴンツィの声は、一点の曇りもなく、空は真っ青に突き抜けてます。

心も、耳も洗われるというのは、こういうことなのでしょうね。

カルロ・ベルゴンツィさんの、魂が安らかならんこと、お祈りいたします。

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2013年12月12日 (木)

ペーター・ホフマン Monuments

Yurakucho

有楽町のとあるビルにちゃっかり入り込んで、パシャリ

赤いバラのゴージャスなツリー。

Yurakucho2

近寄ってパシャリ

あらやだ、ワタクシの姿が、オーナメントにまる映り。

そうとわからないように、モザイク入りましたが、まるで犯人だわ、これ。

しかし、外の有楽町駅のグリーンとの対比が、それは美しいものでしたよ。

今日は、亡き名テノール、ペーター・ホフマンの歌声を。

Peter_hofmann

 
  「Monuments」  ペーター・ホフマン

   1.ホルスト 「惑星」 快楽の神

   2.All by myself ~ラフマニノフbyエリック・カルメン

   3.プッチーニ 「トスカ」~「星はきらめき」

   4.ヴェルディ 「リゴレット」~「風の中の羽のように」

   5.「歓喜の歌」 ベートーヴェン

   6.グノー 「アヴェ・マリア」~バッハ

   7.Could It be Magic ~ショパン 前奏曲第20番

   
   8.バーンスタイン 「ウエストサイドストーリー」 Somewhere

       アンドリュー・プライス・ジャクソン、アンドリュー・ポーウェル指揮

                            ロンドン交響楽団


                              (1987 @ロンドン)

ペーター・ホフマンが亡くなって、もう3年が経つ。

1944年生まれ、2010年11月30日没の闘病の末の早すぎる死。

あのときの衝撃と悲しみは、いまでも覚えてます・・・・。

おおよそ、ワーグナー好きにとっては、タイトルロールを歌うヘルデンテノールという存在は、憧れであり、素晴らしければ素晴らしいほど、神的な存在に高められるのだ。
そんなひとりが、ペーター・ホフマン。
名前もしらなかったとき、水星のようにあらわれ、76年の大スキャンダルとなった、これもまた、今年亡くなった、パトリス・シェローの「リング」のジークムント役で颯爽と登場した。
演出も指揮も、歌手も、みんな激しいブーイングを浴びたなか、それは先輩、ジェス・トーマスやルネ・コロさえ例外でなかったのに、ひとり、ペーター・ホフマンの神々しく、輝かしい声と、その悲劇的な抜群のルックスでもって、大喝采を浴びたのだ。
そのときのことは、FM放送で聴いて、いまだに記憶があります。

そして、以来、ワーグナー歌いとして、ヴィントガッセンの後を継いだ、キングやトーマスのあとの世代の、三大ヘルデンとして、コロ、イエルザレムとともに70~80年代に最も輝いた存在なのです。

同時にその経歴が明らかになって知ることとなった、本来のロック・ミュージシャンとしての側面。
学生時代は、ロックバンドを組んで活動していたというし、同時にスポーツの万能選手として陸上競技にも通じていた俊敏で強靱な肉体を持っていました。

天は2物を与えず、とかいうのは、ホフマンの場合、まったくあてはまりません。

「パルシファル」の上演で、2幕で、クリングゾルが槍をパルシファルに投げつけるクライマックスシーンがあるのですが、それを実際に投じて、しかと受け止めることができたのは、槍投げが得意だったフランツ・マツーラ(クリングゾル役、シェーン博士のスペシャリスト)と、このペーター・ホフマンのコンビだけ!

どう考えたって、憎らしいほどにカッコいい。

で、クラシック以外のポップス・ロックアルバムもドイツでは多数、発売されていたようです。

今日のCBS録音の1枚は、ホフマンのオペラ界での絶頂期の録音で、クラシカルな音楽のポップスバージョンを、オペラ歌手であり、ロック歌手であるシンガーが歌うというユニークなもの。

編曲も、原曲の形は残しながらも、完全にロックポップス。
ロンドン響だから、そのあたりの順応性も抜群だし、分厚いオーケストラサウンドも聴けるし、パーカッションも効いてます。

そしてホフマンの、伸びのある突き抜けた声は、こうした曲たちでも、抜群の破壊力パワーを展開してくれます!
一方で、陰りある、バリトン系の声もここではとても魅力的です。
根っからの悲劇的ヒーローの姿を背負った歌い手なのです。
こんなバリバリ系なのに、すっきりともたれない透明感と軽さも併せ持ってるから、それは、鍛練された肉体の賜物でもありましょう。

ジュピターが流行るずっと前の「火星」。粋でかっこいいですよ。
エリック・カルメンより、ずっとずっとラフマニノフな、オールバイマイセルフ。

この音盤の中で、一番面白いし感銘を受けるのが、カヴァラドッシ。
あまりに異質なプッチーニではあるけれど、その悲壮感あふれる孤独と力感。
まるで、ジークムントのようなカヴァラドッシに、有無を言わせずに気持ちを持っていかれます。

ほかの曲も、ここでは触れませんが、どこをとっても、どこを聴いても、われらが「ジークムント」だったペーター・ホフマンの歌声です。
泣けました・・・・・。

天は与え、そして、天は奪ったのです。

ホフマンの早すぎた、病による歌手生活の引退と、その後の死でした。


   

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2013年3月15日 (金)

ブリテン 「冬の言葉」 辻裕久&なかにしあかね

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都会の冬。

2月の六本木ヒルズ。

暦は春になったいま、イルミネーションは春の夜には映えません。

でも、わたしはしばれる冬の夜が好きです。

命がけの極寒にある方々には申し訳ありません。

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  ブリテン  「冬の言葉」

      テノール:辻 裕久

      ピアノ:  なかにし あかね

              (2001.8 滋賀 高島)


ブリテン(1913~1976)の残したもっとも有名で素晴らしい歌曲集「冬の言葉」。

ブリテンの音楽や生涯に少しでも興味がおありの方なら、ご察しのとおり、ブリテンの歌曲のジャンルはほとんどがテノールを前提として書かれました。
これをもって、レッテル貼りをされ、遠のかれる方はさようなら。
歌の分野に、ブリテンの残した足跡は、オペラのそれと並んで、大きなものがあります。
それらを聴かずして、ブリテンを語れません。
「冬の言葉」という8曲からなる歌曲集も、そのカテゴリーに入り、ブリテンは、朋友ピアーズとともにテキストを精査し、その彼の声や音域を意識し前提とした作曲を行いました。
その当時者たちがもうずっと昔に亡く、わたくしたちは、音符として残されたあらたなブリテンの音楽の解釈をごく普通に受容できるようになったのです。

戦争批判の「シンフォニア・ダ・レクイエム」が軍事国家の日本に受け入れられなかった。
それとは同質でないにしても、ブリテンの嗜好が災いしているとしたら大間違い。
彼ほどに、人間の本質を見つめ、どこまでも純心に愛した作曲家はいないのではと思う。

  1.「11月の黄昏に」
  2.「旅する少年」
  3.「セキレイお赤ん坊」
  4.「小さな古いテーブル」
  5.「コワイヤマスターの葬式」
  6.「誇り高き歌手たち」
  7.「駅舎にて」
  8.「命の芽生えの前と後」


トマス・ハーディの詩集「冬の言葉」によるものですが、この晩年の詩集からは、6曲目の「誇り高き歌手たち」のみを取り上げ、ハーディの他の自在で色彩的な詩からアットランダムに選ばれ構成さえたのがこの歌曲集です。

このCDの解説によりますれば、ブリテンの「冬の旅」とも称せられる曲集とありますが、聴きこんでくると、そのようにも、まさに孤高の歌とも思われてくるソング・サイクルなのです。

辻さんと、なかにしさんの毎年行われる英国歌曲コンサートの一連で聴きました。

そのときの印象をそのまま引用いたします。

>私は、R・ティアーのCDを持っているが、本日、辻さんの歌で聴いて、ティアーの歌は心理的な歌いこみが勝りすぎてちょっと厳しく聴こえてしまうようになった。
辻さんは、さりげなく、そしてブリテンの優しさにを巧まずして歌いあげたように聴かれた。
汽車を模倣する独特のピアノのリズムに乗って歌う「旅する少年」のブリテン特有のミステリアスな不可思議さ。
オペラのひと場面のように曲想が変転する「コワイヤマスターの葬式」。
劇的な「駅舎にて」は、これもオペラの一節のようなテノールの独白。ピアノがつかず離れずにまとわりつく。
そして、終曲「生命の芽生えの前と後」は、最後を飾る明快な旋律線が戻ってくる。
辻さんの心のこもった歌唱。なかにしさんの弾くピアノも感動的だ。
しかし、どこかふっきれない疑問を投げかけるのがブリテン。<

いまこうしてCD音源として聴いても変わらない思い。

とくにブリテンの目線の優しさは、ほかの社会派オペラ聴くにつれ革新と共感を持つようになってきました。

 誰にもおそらく想像がつくように そして地上のさまざまな証拠が示すように

 
 意識というものが生まれる前 万事はうまくいっていた・・・・・

 しかし、感じるという病がおこった 

 そして原始の正しさは間違った色に染まり始めた

 いったい無知が再認識されるのは あとどれくらいの時間がかかるのだろうか


終曲の意味深い歌詞を読んで、ブリテンの研ぎ澄まされたこれまでの問題意識への完結感とも思われるすっきりした音楽を聴くにつれ、ここには英語もふくめ、あらゆる言語を失語的に封じてしまうディープなものがありました。

イングリッシュ・テノールの世界的な第一人者辻さんと、あかねさんの、おふたりの演奏はもう完璧で、アーティキュレーションも含め、歌いこみの豊かさにおいて、わたしのもう一方の愛聴盤、ティアー&レッジャーの音盤を凌駕しておりました!

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2013年1月18日 (金)

シューベルト 「冬の旅」 プレガルディエン

2013114

今週14日の雪景色。

自宅からのぞんだ景色は、雪国のようでした。

午前中は激しい雨と風。

午後から雪となりかなり積もりました。

降雪時は完全にモノトーンの世界。

一夜明けての晴天では、眩しい白と青空が美しかった。

雪に慣れた方々には申し訳ないくらいに高揚感がありました・・・・。

Schubert_witerreise_pregardien

  シューベルト 歌曲集「冬の旅」

      T:クリストフ・プレガルディエン

      Fp:アンドレアス・シュタイアー

               (1996.3 @ケルン)


真冬のいまに「冬の旅」。

今年の冬はともかく寒くて、心身ともに堪えます。

少し前までは、暑いのが苦手で、寒さは全然平気だったけれど、昨年くらいから、暑さばかりか、寒さにもダメになってきて、ガクガクして体が縮こまってしまい、肩が凝ってならない。
この寒さには細心の注意を払ってます。
急にバタンは困りますからね。

でも、寒い時期ほど、寒い方向へと旅がしたくなります。
東へ、北へです。
かつて仕事柄、東北・北海道への出張が多かったから、そのときは、旅気分も半分でした。
野辺地方面に電車で移動したとき、吹雪いて景色はすべて真っ白。
駅に着いて、地元の高校生がドアをプシュ~と空けて外へ出てゆくと、雪が風とともに車内に巻き込んでくる。そんな外へ、もちろん彼らは自宅へと帰ってゆく姿に、毎日晴天の地域から来た私は、逞しさと一抹の旅情を感じたものです。

あぁ、自分も、こんな雪の中に足を踏み入れ、なんのしがらみのない白い世界に入り込んでしまいたい・・・・・・、そう思ったのは現実からの逃避ばかりでなく、見知らぬ場所への「旅」の憧れからだったと思うのです。

シューベルト(1797~1828)の晩年、といってもまだ30歳の時分に作曲された傑作「冬の旅」。
つねに死と背中合わせのような陰りをその音符の裏側に感じさせるシューベルトの作品の数々。
その中でも、もっとも絶望的で、死とそして希望への憧れに満ちた陶酔的なまでの歌曲集。
歳とともに、この作品集が好きになってきた。
若い頃は、それこそ若者の気持ちを代弁するかのようなナイーヴな「美しき水車屋の娘」が、「春から秋」の青春の情景のように感じて好みだった。
でもいまは、それ以上に、人生「冬の旅」状態となり、こちらの歌曲集にこそ共感の度合いが強まってきている。

水車屋と同じくして、ミューラーの詩による全24曲の歌曲集。
そのすべてに味わいと含蓄が、その詩とともにあり、どこがどうということはおこがましくて私には言及できませんが、有名な「菩提樹:Der Lindenbaum」を例えると、その歌の美しい素晴らしさは当然として、ピアノ伴奏の主人公によりそうようにして、長調と短調を行きつ戻りつ、連音を奏でる鮮やかにして深遠なる運び。
時に伴奏に着目して聴いていると、思わずはっと、するときがあるのもシューベルトならでは。
この曲集の半ばで歌われる第16曲「最後の希望」
 

  とうとう葉は、地に落ちた
  それとともに、希望も尽きた
  ぼくは地面に膝をつき、たおれて
  落ちた葉の上で、泣き伏せた・・・・・・


ここを機に、主人公は希望もついえ、絶望を友にさすらうのですが、ここのフレーズのほんの一節の壮絶なる素晴らしさ。
シューベルトの最高の音楽は、ロマン主義の完璧なる発露であるかと思います。
歴代の歌手たちが、ここに熱き思いを込めて歌っているような気がします。

すなわち、F=ディ-スカウ、プライやホッターで聴くことの多い「冬の旅」。
でも、最近、テノールでの、シュライアーやヘフリガーで聴くことでも、あらたな「冬の旅」の素顔を見るような思いがしてます。
遅ればせながら、昨冬以来、しみじみと聴く機会のおおかったのが、今宵のプレガルティエン盤。
思えば、先にあげたテノールは、名エヴァンゲリストで、そのあとを継いだのがプレガルティエンなのです。
レオンハルトの禁欲的かつ暖かなマタイでの福音士家は、プレガルティエンです。
あのときのエヴァンゲリストの印象そのままに、主人公に同質化してしまって感じるプレガルティエンの歌唱は、最初の「おやすみ」からして、わたしの心と耳をとらえて離しませんでした。
ドイツ語の発声が美感に感じるほどの美しさ。
テノールの域にとどまらず、時に感じるバリトン的な深み。
そして、なによりも誠実で生真面目な歌い回しが、淡々としたなかに、ロマンと自在な思い入れを爽やかに載せていて、シューベルトの描いた主人公の苦渋をしっかりと捉えているように思います。
 加えて、シュタイアーのピアノがグランドピアノほどに語りもせず、とはいえ、シンプルななかにも明確な語り口があって、ほんのちょっとした語り口の中にも、切なくも素敵なのでした。

やはりこの季節は、求心的なシューベルトの音楽、「冬の旅」がお似合いです。
久しぶりに泣けました。

 過去記事

  「ハンス・ホッター&エリック・ウェルバ」

 「ルネ・コロ&オリヴァー・ポウル」

 「ヘルマン・プライ&ウォルフガンク・サヴァリッシュ」 

 

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2012年12月25日 (火)

ルネ・コロ クリスマス

Hills_1

今年、いろんな街で見たなかで、等身大で捨てがたい魅力を持ったツリーです。

ツリー評論家(?)としては、大きくなくとも、少々華美で輝かしいものが好き。

そして色合いは、近年のブルーやグリーン系のものもいいが、暖かな暖色系がいい。

こちらは、その背景がエルサレムの土や壁を思わせる茶系で、照明も白昼暖色。

Hills_3

さらにもう一枚。

ツリーと並んで、リースも美しいですね。

意外と気づかないかもしれませんが、リースは年中飾られてます。

でも、この冬のシーズンの夢見るような美しさは随一でして、商業施設でのこれらの飾りの行方ってどうなるんだろうと、いつも思ってますよ。

そう、欲しいんですよ!

Kollo_christomas

  ルネ・コロ ヨーロッパのクリスマスを歌う

      テノール:ルネ・コロ

    ジークフリート・ケラー指揮ダラウンケ交響楽団
     
                      (1978.6 @ミュンヘン)


不世出のヘルデン・テノールのひとり、「ルネ・コロ」。

ワーグナー好きは、必ずそのタイトルロールが英雄的テノールなものだから、それらを歌えるテノール歌手が好きになるんだ。

毎度、自身の年代を基準に申しますが、わたしのワーグナー・テノールは、ヴィントガッセンに始まり、やはりヴィイントガッセンに終るわけなのですが、その後継者の数人までが、恥ずかしながら今にいたるまでのヘルデンの需要歴なのです。

それは、J・キング、J・トーマス、J・コックスの先輩J軍団。
コロを筆頭として、P・ホフマン、J・イェルザレムの次世代巨頭。

80年代後半以降の、彼らの次の世代たちは、正直いって、個々にはすぐに名前が思い浮かびません。

実際に、実演もCDもDVDも経験してても、その名前が脳裡に残らないのです。

それに比して、ルネ・コロの強烈な個性といったらどうでしょう。

祖父・父がベルリンのオペレッタの作曲家。
ウィーンとも違う、少し硬派な甘味でシニカルなベルリン・オペレッタ。

オペレッタまで、硬軟巧みに歌いまくるR・コロの背景には、そんな環境があるのでした。

トリスタンやジークフリートを歌うテノールが、クリスマスにまつわる伝統的な音楽や、オペラの音楽シーンを軽やかに、そして豊饒な歌声で歌いまくるこの1枚。
1987年に発売以来15年間、クリスマスには必ず聴くCDとなっております。

ドイツのクリスマスは、どこか素朴で、暖炉ばたで、ろうそくの火を家族みんなで囲む、そんな暖かいイメージがあります。
アドベントは、クリスマス4週間前の日曜から、1本ずつ、ろうそくをともしてゆき、クリスマスの日に4本目が灯る。
そしてモミの木のツリーの風習も、ドイツから広まっていった。
きっと、クリスマスを祝う人々は、音楽や歌でもって厳粛かつ親密な雰囲気を楽しんだのでしょう。
数々のクリスマスの歌がドイツやオーストリアから生まれてます。
その代表は近世では「清しこの夜」ですよ。

そのグルーバー作の名曲も、ここではコロの暖かな歌声でもって味わえます。
CDの冒頭は、ミュンヘンのフラウエン教会の鐘の音が鳴り響きます。
次いで、古謡「こよなく美しく鐘は鳴る」が、静かに心に沁みるように歌われます。

全19曲をここでは紹介できませんが、ビゼーの「神の子羊」、プッチーニ「ラ・ボエーム」、モーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、バッハ=グノー「アヴェ・マリア」などの本格クラシカルから、古謡や有名どころのクリスマスソングがたっぷりと、R・コロの美声でもって味わえるわけです。
おまけに、コロの自作のポップな作品までチョイスされてます。
最後には、こんどはベルリンのグリューネバルト教会の鐘でもって厳かにこのCDは終わります。

テノール歌手のなかで、R・コロが一番好きであります。
来日のたび、ほとんどを聴くことができました。
タンホイザー、ヴァルター、ジークフリート、パルシファル、詩人の恋。
惜しむらくはトリスタンを聴きもらしたこと。

今宵は葡萄酒も効きます。
ほどよい酩酊で、甘くて真摯なR・コロの歌声がとても気持ち良く響いております。

みなさま、メリー・クリスマスです

Hills_4

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2012年9月19日 (水)

ワーグナー 「ローエングリン」〜はるかな国に デル・モナコ

Kiyomotoya1

このお弁当ふくれてます。

そして重たかった。

Kiyomotoya2

横からチラリ。唐揚げ弁当。

Kiyomotoya3

この冗談みたいに大きな唐揚げ。子供の拳大だ。

4つも入って550円。しかし、お昼に半分でお腹一杯に・・・・・。

芝にあるちょっと有名なお弁当屋さん「清本屋」です。ふぅ〜。

このお昼ご飯は数週間前のものですがね、本日は、バタバタしていて、音楽を聴く時間も、そして疲れちゃって気力もありまへん。

よって、わたしの知り合いの、おもろいオジサンの話を3題。

①再登場ですが、どう考えてもおかしい話

  そのオジサンから、わたしの携帯に電話がありました。

  「あの〜、いま電車の中ですから後で電話します。」
 
  ・・・・・・・・・・、はぁ?

②某カフェで待ち合わせして、久しぶりに打ち合わせをしました。

  「やっぱり、あれですか、いま売ってらっしゃるのはLSDが多いのですか?」

  「は?」

  
  「ひとつあたりいくらぐらいするんですか、LSDは?」

  「LEDです!」

  「これからは、もうLSDですよね」

   周囲の目が怖かった・・・・・・

③オジサンから電話がありました。

  「Yさん、申し訳ないんですが、インターネットで、会社を調べて欲しいんですが」

  「はい構いませんよ」

  「渋谷にあるサディストっていう会社なんですが」

  「えへ?」

  「サ デ ィ ス ト!」

  「サディスト?? ほんとですか? すごい名前ですね? なんの会社ですか?」

  「マンションディベロッパーなんですよ」

  「はぁ」

  このあと、むちゃくちゃに調べたけれど、ヤバい店ばっか・・・・。

  知り合いの建築事務所に聞いたら、大笑いされて、それはもしかしたら
  「サジェスト」じゃないの?とのことでした・・・・

まったく油断できないオジサン。
しかしネタの宝庫で、愉快なのでした。

Del_monaco

   ワーグナー 「ローエングリン」〜「はるかな国に」

       マリオ・デル・モナコ  (アルジオ・クワドリ指揮)


デル・モナコさまの剛毅で、気品あふれるローエングリン。
イタリア語の歌唱で、違和感ありありのオテロ状態。
でもしかし、どこまでもデル・モナコであるところがいい。
誰でもない、モナコさまでしかない。
歌いまわしや発声は、ドミンゴのワーグナーを思い起こしてしまった。

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