カテゴリー「ディーヴァ」の記事

2020年2月11日 (火)

ミレッラ・フレーニを偲んで ②

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ミレッラ・フレーニ(1935~2020)の逝去を悼み、2本目の記事は、彼女の音源をいろいろ聴いて偲びます。

始めて買ったフレーニのレコードが、これも初めての「ラ・ボエーム」です。
中学生のとき、発売早々に買いました。 
たしか、舞台設定と同じ頃の季節は冬でした。
来る日も来る日も、ミミとロドルフォのアリアと、ふたりの二重唱を聴いてました。
でも、4幕はミミの死が辛すぎてたどり着かなかったです。。。

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  プッチーニ 「ラ・ボエーム」

ベルリンフィル初のイタリアオペラ録音。
そしてDGではなく、デッカ録音というところが当時は話題になりました。
そう、確かにオーケストラの威力は強力で、録音もソニックステージで、分離が鮮やか、かつ擬音もたっぷり入って雰囲気豊かなものでした。

当時好きな子もいたりして、その子をミミにあてはめたりしていた中坊でした。
だから、このフレーニの愛らしいミミが、今に至るまで、私の「ザ・ミミ」なのです。
フレーニのミミは、かけがえのない唯一無二の存在です。
ミミの死は、ほんとうに泣いちゃいます。

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 プッチーニ 「マノン・レスコー」
       「蝶々夫人」

フレーニには、いずれも他に録音がありますが、シノーポリとのこちらが好きです。
いろんな女性の姿を描き続けたプッチーニの各タイトルロールへの想いが、フレーニによって、そのまま歌い込まれてます。
いずれも最後には、命を落としてしまう、気の毒な役柄ばかりだけれども、それゆえに、フレーニの優しくも暖かい歌声が胸にしみます。

あとは、「トゥーランドット」のリュウと、「ジャンニ・スキッキ」のラウレッタがフレーニらしい可愛さを味わえますね。

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 モーツァルト 「フィガロの結婚」

フィガロのスザンナと、「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナもフレーニの得意のレパートリーでした。

コリン・デイヴィス指揮するBBC響とのフィリップス録音は、活気あふれる快速テンポにのって、快活で元気なスザンナを生き生きと歌ってます。
ベームのフィガロの映像盤では、プライのフィガロとともに、抜群のコンビを組んでますが、そちらは以前にビデオ収録したもののいまや見れませんし、正規盤をいつか欲しいと思ってます。
 そして、アバドがスカラ座時代に上演したフィガロでは、このふたりが入れ替わって、プライが伯爵、フレーニが伯爵夫人ロジーナを歌ってます。
以前にも、こちらのブログでも取り上げましたが、フレーニの伯爵夫人は、あたりを打ち払うような穏やかさと気品にあふれた歌唱で、とても落ち着きがあります。
でも、わたくしたちには、フレーニはスザンナですね。

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 ビゼー 「カルメン」

フレーニといえば、ミカエラも忘れちゃいけませんね。
ファムファタールのカルメンに対して、切なさ一杯の待つ女性、ミカエラをこれまた愛らしく歌ってます。
自分なら、おっかないカルメンなんかから逃げて、こんなかわいいミカエラちゃんを、ちゃんと選びますね。

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 マスカニーニ 「友人フリッツ」

血なまぐさいカヴァレリアのあとに書いたマスカニーニの牧歌的オペラといわれる、ハートウォーミングな愛すべきオペラ。
まだブログで取り上げてませんが、マスカーニのオペラは、レオンカヴァッロ、ジョルダーノとともに、着々とそろえています。
 同郷のパヴァロッティとの共演では、ボエームのそれとともに、抜群の声のコンビネーションです。
他愛もないドラマですが、ここにたくさん散りばめられたアリアの数々は、とても素敵なものばかりで、なおかつ優しいフレーニの声向きのものですから、若きフレーニの瑞々しい、フルーティーな歌声が大いに楽しめます。
こういう歌を聴くと、いまやこんな歌声の歌手はいないな、とつくづく彼女の存在がありがたく感じられるものです。
それは同じく若いパヴァロッティにも言えることです。

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  チャイコフスキー 「エウゲニ・オネーギン」
           「スペードの女王」

チャイコフスキーのこのふたつのオペラもフレーニは得意にしておりました。
スーブレットから、徐々に声に力感も増して、リリコ・スピントの役柄までを幅広く歌うようになったフレーニ。
そんな一環としてのチャイコフスキーのオペラ。
夫君のギャウロウの指導などもあったかもしれません。

タチャーナも、リーザもどちらも、私には理想的な歌唱でして、ロシア風のほの暗さやたくましい歌いまわしとは、まったく隔絶した、透明感あふれるクリーンでクリアな歌です。
西欧側のチャイコフスキーとして、最高の歌であり、指揮者もオーケストラも同様の響きを感じます。
大好きな「手紙の場」を何度もここだけ聴きましたし、いまも聴いてます。
不安と焦燥、そしてそれが情熱へと変わっていくタチャーナの心情をフレーニは見事に歌い込んでます。

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 ヴェルディ 「シモン・ボッカネグラ」
       「ドン・カルロ」
       「エルナーニ」
       「オテロ」

やっぱりヴェルディ。
フレーニの歌うヴェルディは、正統派ソプラノの理想のヴェルディという言葉しかない。
数々の録音あれど、非正規のものもここにあげてしまうほど、そのライブが素晴らしい。
マリア、エリザベッタ、ドンナ・エルヴィーラ、デスデモーナ。

アバドのシモンは、わたくしの生涯の思い出の日本での上演と、完成度の極めて高いイタリアオペラのレコードの最高峰のふたつでフレーニが歌ってます。
父と恋人を愛する純なマリアです。

スカラ座のライブのドン・カルロは貴重な音源で、録音もステレオでよいです。
いつも上演していたメンバーをカラヤンにかっさわれて録音もそちらで行われてしまったので、フレーニ、カレーラス、カプッチルリ、ギャウロウ、オブラスツォワとそろった超豪華キャストは捨てがたいものがありますし、しかも5幕版です。
 ここでのエリザベッタは、気品と悲劇性とが見事に溶け合った名唱であります。
アバドとのドン・カルロでは、あとウィーン国立歌劇場でのFMライブも持ってまして、フレーニがここでも最高、聴衆の喝采が止みません。

 初期オペラに特有の荒唐無稽ぶりが満載の「エルナーニ」でも、夫君のギャウロウと共演。
3人の男性に愛されてしまうという悩み多き女性ですが、初期ゆえにふんだんなアリアと歌の数々がここにあふれてます。
しかも、まだスカラ座就任前のムーティの強靭なカンタービレに乗ってうたうフレーニの歌声は素晴らしいです。

デスデモーナは、カラヤンの正規録音もいいですが、やはりカルロス・クライバーの情熱ほとばしる指揮と、カプッチルリのイヤーゴが聴けるライブ盤でのフレーニがよい。
運命と夫の妄想にもてあそばれる、この悲劇的な役柄も、やはりフレーニ向きで、実に素晴らしい。
終幕の「柳の歌~アヴェマリア」を聴きましょう。
その清らかなフレーニの歌声に、在りし日の、わたしたちの名歌手フレーニを偲びます。

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           スカラ座来日公演 クライバー指揮

フレーニを偲ぶ特集。

最後はミミ。

「わたしの名はミミ」そして、最後の場面を聴いて涙をひとしずく・・・・・

ミレッラ・フレーニさん、たくさんの歌をとどけていただいて、ほんとうにありがとうございました。
これからも、ずっとずっと、あなたの歌声を聴いてまいります。

その魂が安らかならんこと、心よりお祈り申し上げます♰

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ミレッラ・フレーニを偲んで ①

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ミレッラ・フレーニが、2月8日、故郷のモデナの自宅で亡くなりました。
享年84歳。
2月27日の誕生日まで、あと少しでしたが、このところ療養中だったとのことです。
モデナの地元紙の逝去の報です。

こうして、またひとり、わたしにとって思い出深い、いえ、世界のオペラファンにとってもっとも愛すべき歌手が去ってしまいました。

歌手が亡くなるたびに思い、そして書くことですが、その歌声が聴き手の脳裏に完全に刻まれるものですから、引退して久しくとも、現役で活躍していた指揮者や奏者の死去と同等といえるくらいに悲しみは大きいものです。

活躍の名前を見なくなってしまった歌手たちが、いままだ健在かな?どうしてるかな?などと、ときおり検索したりしてます。
そんななかのひとりが、フレーニでした。
わたしを導いてくれた、まだちょっと気になる歌手たちが何人も思い浮かびます。

フレーニは、多くの舞台、指揮者たちにひっぱりだこだったので、その音源もたくさんあります。
そのオペラの代表的な演奏にもなっているので、私もたくさん持ってます。
そして、何度かその舞台にも接することができ、小柄で、チャーミングな所作も、その歌声とともに、しっかりと記憶にとどめてます。

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こちらは、モデナのオペラハウス、パヴァロッティ・モデナのフェイスブック。
同郷の幼馴染みのパヴァロッティの名前を冠したハウスです。
Ciaoは、こんにちはの挨拶ばかりでなく、バイバイとか、さよなら、とか親しみを込めたお別れの挨拶にも使われます。

往年のカラスやテヴァルディが大歌手と呼ばれ、スターダムにあり、ゴシップも噂されたりしたのに比べ、フレーニは、常に親しみやすい存在として、わたしたちのお姉さんてきな存在で、大歌手と呼ぶよりは、親しみを込めて「名歌手」と呼ぶに相応しい存在でした。

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こちらは、スカラ座のFacebook。

お宝画像のような1枚。
これは、ヴェルディのレクイエムの演奏後のものでしょうか。
ご主人のギャウロウ、パヴァロッティ、オブラスツォワ、そしてアバドも、みんないまごろ天上で楽しくしていらっしゃるのでしょうか・・・・

アバド、フレーニ、ギャウロウ、カプッチルリ、パヴァロッティは、みんな仲良しでファミリーのようでした。

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世界中のオペラハウスが、フレーニの逝去を偲んで続々と報じております。
こちらは、ウィーン国立歌劇場。
エリザベッタを歌うお姿でしょうか。

ヴェルディとプッチーニを軸に、モーツァルト、ベルリーニ、ドニゼッテイ、グノー、そしてチャイコフスキー。
ドン・カルロのエリザベッタにおける気品と悲劇性は、いまもって、フレーニを超える歌唱はありません。
もちろん、ミミも!

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1981年のスカラ座の来日における「シモン・ボッカネグラ」のマリア。

アバドの指揮にドキドキしながら釘付けでしたが、この作品を、その5年前のNHKイタリアオペラでも接し、熟知していた若きワタクシです。
カプッチルリ、ギャウロウの強力男声陣に、ひと際咲いたフレーニのひたむきな歌唱にしびれました。
ストレーレルの名舞台、船の前で歌うこのフレーニのアリア、忘れられない1シーンであり、彼女の歌声です。

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ウィーン国立歌劇場の1986年の来日公演。
鮮烈だったシノーポリの指揮。
巨大なNHKホール、小柄なのに、その魅力的な声ですみずみにまで満たしてしまう、その声量と真っ直ぐなストレートヴォイスに驚きだった。
奔放さと、明るい無邪気さ、そして薄幸のマノンを見事に歌い込んだフレーニでした。

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擦り切れるほど聴いた、フレーニの参加したヴェルディのレクイエム。
カラヤンとアバド、ふたりの指揮者に愛され、多くの共演があります。
カラヤンの1度目の録音は、派手さはなく、意外と渋いですが、さすがはベルリンフィルという威力があります。
アバドのこれも1度目は、なんといってもスカラ座のオケと合唱のすばらしさと、アバドの求心力の強さ。
そして、いずれも真摯なフレーニの歌には、癒しさえ感じます。
彼女の最後の言葉、Libera me がしみます。。。

追悼第1の記事は、このあたりで筆をおきます♰

Chaio Mirrela Freni !

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2018年10月20日 (土)

ベルリーニ 「ノルマ」 カバリエを偲んで

大歌手のひとり、モンセラ・カバリエさんが、10月6日になくなりました。
享年85歳。生まれ故郷のバルセロナにて。

引退して久しいが、その全盛期の数々の名唱を聴いてきたわたくしのような世代には、寂しさもひとしおです。

歌手が亡くなるたびに思い、ここで記することですが、指揮者や器楽奏者の場合、現役を全うしつつ亡くなるというケースが多く、突然の悲しみにみまわれる訳ですが、歌手たちの場合は、一線を退いたのち、かなりの年月を経ての訃報を受け取ることが多いので、その喪失感は、耳に馴染んだその歌声とともに、じわじわとくることとなります。

人間の声は、聞く人の脳裏に記憶としてしっかりと刻まれるので、歌手たちの声もそれぞれに、人々の耳に残り続けることとなります。
そんな風に親しんだ声のひとつが、カバリエの声。

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 ベルリーニ 歌劇「ノルマ」

ノルマ: モンセラ・カバリエ  アダルジーザ:フィオレンツァ・コソット
ポルリオーネ:プラシド・ドミンゴ オロヴェーソ:ルッジェロ・ライモンディ
クロティルデ:エリザベス・ベインブリッジ フラヴィオ:ケネス・コリンズ

 カルロ・フェリーチェ・チラーリオ指揮 ロンドン・フィルハーモニック
                アンブロジアン・オペラ・シンガーズ

             (1972.9 ロンドン、ウォルサムストウ)


ベルカント系のオペラをふだん、まったくといっていいほどに聴かないわたくし。
オペラ聞き始めのころは、なんでも貪欲に聴いたものだから、ベルリーニもドニゼッティもまんべんなく聴いたものですが。

 そして、カバリエの訃報を受けて、まず取りだしたのが「ノルマ」。
美しい旋律と歌にあふれたベルリーニのノルマ。
70年代前半のカバリエの絶頂期をむかえた頃の歌声は、ともかく優しく、美しく、そして、このオペラのアリアのように清らか。
もともと、ドラマテックな声も充分に持っていたカバリエだけど、愛する男を信じる優しい女性から、不実な男と知り、怒りに燃えてゆき変貌してゆく主人公を見ごとに歌っている。
カラスの強烈なまでののめり込み具合はここにはないけれど、カバリエのノルマの方が、普段聴きできる親しみやすさがある。
 そして、この演奏でのさらなる魅力は、コソットとの黄金コンビが聴けること。
コソットのアダルジーザは、同役での最高の歌唱に思います。
水もしたたるような素晴らしい歌声、声のディクションも純正そのもので、まさに本物!
その二人の歌う素敵な二重唱は、すてきなこと、このうえなし。
 ドミンゴの声は若く、輝かしい。
苦手意識はぬぐえないが、カバリエの歌で久々に聴くベルリーニのオペラ、美しいものでした。

そして、思い出のカバリエとコソットの名コンビといえば、これ。
  

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チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」

NHKが招聘した、1976年のイタリア・オペラ団。
このあと、この企画は終了してしまったけれど、その最後に相応しい名舞台だった。
何度も、このブログで自慢してますが、高校生だったワタクシ、この舞台にくぎ付けとなりました。
カバリエとコソットの、ひとりの男(若かったカレーラス)をめぐる、恋のさや当て。
お互いに、その素性を隠しながら、はじめは静かなやりとりが、だんだんと激昂してゆくさまが、ほんと、手に汗ものでした。
こんな、おっかない女性たちの板挟みになる小柄なカレーラスが、ほんと気の毒に思えたのでした。

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思い出のすみれの花を送り返され、哀しみに暮れるアドリアーナ。
この儚く美しいアリアを、カバリエは、あの絶妙のピアニシモでもって歌い、巨大なNHKホールの隅々に、耳を澄ます人々の耳に、響かせたのでした。
このあと、駆けつけたカレーラスのマウリツィオと、ドラーツィのミショネ、この3人によるセンチメンタルな幕切れに、わたくしは落涙したのです。
いまでも、忘れられない。

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  プッチーニ 「トスカ} 

そして、「トスカ」のカバリエも思い出深い。
アドリアーナを聴いたその年、同じくカレーラスとの共演に、イタリアオペラに初登場のコリン・デイヴィスの指揮によるレコード。

これがまた、フィリップス録音の奥行き豊かな素晴らしい録音とともに、シンフォニックな、かっちりした「トスカ」だった。
ドラマティコとしての、存在感を、その前の「アイーダ」での歌唱で、普遍的にしたカバリエのスケール豊かで、かつ、絶妙の音域の上下を、オペラの歌唱に導入した見事な歌。

カラス&プレートルと並ぶ、「トスカ」の本流とも呼べるCDのひとつと、自分では思ってます。

 わたくしが、カバリエのアドリアーナを体験する前年。

カラスが、ステファーノとコンビを組んで、日本で限定復活という「トスカ」上演計画がありました。

残念ながら、ほんとの直前で、カラスはキャンセルし、その代役の白羽は、カバリエにあたりました。
横浜の県民ホールでの上演で、NHKは、FMで生放送。
わたくしは、必死にカセットでエアチェック。
ピアノ伴奏もする、ヴェントーラというピアニスト兼指揮者と、新日フィルのバック。
このオケは、あまり冴えないものでしたが、そこそこの年齢に達してたステファーノのいまだに最高水準のカヴァラドッシは驚きだった。
それ以上に、例の弱音から、強い声まで、振幅の幅の大きい素晴らしい歌唱。
「恋に生き、歌に生き」のアリアでは、またも県民ホールを、ソットヴォーチェで満たしたのでした。

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 ヴェルディ 「アイーダ」

これが、実はカバリエの初レコード。
若獅子と呼ばれたムーティのデビュー間もないころの1974年の録音で、アバドがスカラ座で取り上げたそのキャストを、アイーダ役以外そのまま使って録音したことで、EMIに怒りを覚えたけれど、そんな思いは、この鮮烈なレコードを聴いて吹っ飛んだ。
 「わが故郷」では、また絶妙のピアニシモが。
んでもって、アイーダとアムネリスの対決は、ここでもコソットとの最高コンビでした。
ドミンゴもピカピカしてますし、カプッチルリにギャウロウ、ローニと超豪華な布陣です。

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 ヴェルディ 「群盗」

ドラマは、むちゃくちゃだけど、ヴェルディ初期~中期の歌の宝庫のようなオペラ。
ガルデッリによるヴェルディの初期シリーズにも、カバリエは登場して、その鮮度の高い声を聴かせてました。


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ワーグナーもあり。
正規音源では、メータとニューヨークフィルと、あとロンバールともアリア集を録音しています。
この音源は、一部未入手なのですが、メータのリング抜粋に、「ブリュンヒルデの自己犠牲」が挿入されてまして、ドイツ系の歌手にない、サラっとしたクセの一切ない歌唱は、新鮮ではありましたが、耳当たりばかりが良すぎて、あまり残るものもなかったのも事実でした。
イゾルデを歌った若い頃の音源を目にしたことがあります。
予想される内容ですが、全曲なら一度聴いてみたいです。

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 R・シュトラウス 「サロメ」

1968年の録音。
若い頃は、ドイツ物をかなり歌っていて、なかでもシュトラウスは、マルシャリンやアラベラなど、各タイトルロールを演じていました。
そんなシュトラウスへの適性を感じさせるこの「サロメ」。
少女であるサロメが、ヨカナーンを知ることで、怪しい女に変貌していく、そんなシュトラウスの狙いを、このカバリエの歌唱は見事に歌いだしていると思う。
ともかくキレイで、後に怪しい。
マッチョのミルンズのヨカナーンに、バリッとしたキングのナラボートも面白い。

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シュトラウスを録音したバーンスタインとのワンショット。

フランス国立管との、サロメと歌曲。
このDGの1枚もカバリエらしい美しい1枚。
そして生き生きとしたバーンスタインの指揮に、フランスのオケの明るさも。

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     R・シュトラウス  4つの最後の歌

   アラン・ロンバール指揮 ストラスブール・フィルハーモニー

1977年頃の録音。
ロンバールとは、このほか、タンホイザーとトリスタンの一部を録音している。
多分にムーディに聴こえるカバリエのシュトラウスだけれど、言葉への思いは、そこそこに、シュトラウスの音符をこれほどまでに美しく歌い上げた歌唱は少ない。

カバリエの美声を聴くのに相応しい音楽、そしてその逝去を偲ぶにこの美しい音楽は相応しい。

わが若き日々に、オペラの奥行き深い楽しみを教えてくれたカバリエさんの数々の歌声。

カバリエさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2018年2月25日 (日)

モーツァルト 「ラウラに寄せる夕べの想い」 マティス

Kokyo

ある晩の皇居周辺の夕べの様子。

ビルの間から東京タワーが見えました。

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     モーツァルト 歌曲「ラウラに寄せる夕べの想い」 K.523

       ソプラノ:エデット・マティス

       ピアノ :ベルンハルト・クレー

                                    (1972)


スイス、ルツェルン生まれのソプラノ歌手、エデット・マティス。

この2月に80歳の誕生日を迎えたそうです。

わたくしにとってスザンヌを代表とする永遠のモーツァルト歌いのひとり。

リリカルなその声質は、とても清潔で、無垢。
可愛いらしいその風貌とともに、そのチャーミングな歌声は、いつも聴いていたい歌手。
まだまだ健在で、ルツェルン音楽祭で、歌ではなく、「詩人の恋」のバリトンリサイタルで、詩の朗読を歌の合間に合わせるというコンサートに出演するみたいです。

バッハからマーラーまで、オペラからリートまで、たくさんあるマティスの音源をこれからも大切に聴いていきたいものです。

 さて、モーツァルトの数ある歌曲から、一番好きな作品を。
自身がそう記したことから、「夕べの想い」とも略されるけれど、一番スケールが大きく、深みのある一品。
1787年の作。
原詩の作者は不詳ですが、夕暮れと人生の黄昏時を重ね合わせた彼岸の淵にあるような内容に、モーツァルトは優しく、穏やかななかに、深い悲しみも織り込んだ素晴らしい音楽をつけた。

5分ぐらいの作品だけど、夜、床に就く前のささやかな心のなぐさめに最適の歌曲です。

マティスの優しく、少し生真面目だけど暖かい歌声と、ご主人のクレーのクリーンなピアノは素敵です。
いろんな歌手で聴いているモーツァルトの歌曲だけれど、レコード時代、初めて聴いたこのマティス盤が一番好きです。

   夕暮れだ、太陽は沈み
   月が銀の輝きを放っている
   こうして人生の素晴らしいときが消えてゆく
   輪舞の列のように通り過ぎてゆくのだ!


  ~第1節目 : 石井不二雄訳~

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2018年2月12日 (月)

「Oh,Boy!」 マリアンヌ・クレバッサ

Shiba

梅もほころび、立春も過ぎて、春への歩みも一歩一歩と。

と、思いきや、先だっては日本海側で大雪、わたしのいる関東も雪もちらつき寒波も。

この写真は、まだ雪が残っていたときに撮ったものですので、いまはもっと開いて、梅の香りもただよわせていることでしょう。

休日に、美しいメゾの歌声を。

Crebassa

     
   「Oh,Boy! マリアンヌ・クレバッサ

 1.グルック(ベルリオーズ編) 「オルフェとユリディス」から
 2.モーツァルト 「ルーチョ・シッラ」~いとしい瞳よ
 3.マイアーベア 「ユグノー教徒」~高貴な殿方
 4.オッフェンバック 「ホフマン物語」~見たまえ、わななく弓の下で
 5.モーツァルト 「ルーチョ・シッラ」~あふれる愛の報いの
 6.モーツァルト 「フィガロの結婚」~恋とはどんなものかしら
 7.トマ      「プシケ」~眠りのロマンス
 8.グノー     「ロメオとジュリエット」~昨日からご主人はどこへ
 9.マスネ     「サンドリヨン」~行け、僕をひとりにさせる・・・
10.オッフェンバック 「ファンタジオ」~ごらん、黄昏時の
11.グノー     「ファウスト」~君の哀しみを僕の魂にそそいで
12.モーツァルト 「偽の女庭師」
                          ~あなたが私を見捨てても私の心は変わらない
13.シュブリエ   「エトワール」~運命を司どる小さな星よ
14.モーツァルト 「フィガロの結婚」~自分で自分がわからない
15.アーン    「モーツァルト」~それでは、行く
16.モーツァルト 「皇帝ティトゥスの仁慈」
            ~私は行く、でもいとしいあなたよ

        Ms:マリアンヌ・クレバッサ

  マルク・ミンコフスキ指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

                (2016.1.4~8 @ザルツブルク)


いまブレイク中のメゾ、クレバッサ。
昨年のプロムスのネット放送で聴いたのが初。
サロネンとフィルハーモニア菅のコンサートで、ラヴェルのシェヘラザード。
フランス語の美しさは、当たり前ながらにして、そのクリアーボイスは、精緻なラヴェルの音楽にぴったりだった。
そしてなによりも、BBCのサイトに載っていたポートレート写真のキュートさ。

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86年、南フランス、モンペリエの西、ベジェの生まれ。
モンペリエ音楽院で学んで、同地のオペラ団でデビュー、パリ・オペラ座をへて、2012年にザルツブルク音楽祭へ、ヘンデルのオペラ「タメルラーノ」でデビュー。
以降、ザルツブルクの常連となり、欧米各地のハウスへの出演続出中。
昨年のザルツブルクでは、クルレンツィウスの指揮で「ティトゥスの仁慈」に登場し、大成功。

そのレパートリーは、バロックオペラから、モーツァルトを中心とする古典オペラ、そしてフランスもの全般というところに懸命にも絞り込んでいるようで、イタリアベルカント系やドイツ物にはいまのところ慎重にうかがえる。

そして、その歌声は、ヴィブラートの少ないまっすぐのクリアボイスで、高域もきれいに聴かせてくれるほか、一方の低域も嫌味のないほどにきれいに伸びる美しさ。
一発でお気に入りのメゾになりました。
デビューしたての頃の、フォン・シュターデを思い起こしました。

その彼女の1枚目のソロアルバムが、「Oh,Boy!」。
そう、オペラのなかから、ズボン役だけを抜き出したユニークな1枚。

フィガロのケルビーノを中心に、モーツァルトの初役、オッフェンバック、グノーらのフランスものなど。
オーケストラは、モーツァルトを歌うのに申し分のないバック、モーツァルテウム管に、古楽とフランスものの手練れ、ミンコフスキ。
最初にオーケストラを誉めちゃうと、ヴィブラートを排した清潔で生き生きとしたモーツァルトから、透明感あふれるフランスものまで、実に素敵でかつ、オペラティックな感興あふれたものだ。

そこに乗って歌うクレバッサも気持ちよさそう。
ベルリオーズ編曲で、フレンチテイストが加味されたグルックに始まり、意外や、私的にめったに聴くことのないマイヤーベアのアリアがとても気に入った。

2曲あるケルビーノは、早めのテンポで、淡々と、むしろ感情を殺したように歌うところが無垢な青年を歌いだしていてよかった。歌い過ぎないところがいい。
あと全体の流れのなかで、モーツァルトに挟まれたようにあるフランスオペラのいくつか。
ことに、トマ、マスネ、シャブリエ、アーンが、それぞれ煌めくようで、言葉の美感も含めて、実に美しい。
なかでも、初めて聴いた、アーンの音楽劇「モーツァルト」は、極めて美しく切ない音楽で、ここだけ、もう何度聴いたかわからない。
パリ滞在時代のモーツァルトが、浮名を流し、そしてパリを去るときに後ろ髪をひかれつつ歌うラストシーンの一節のアリア。
モーツァルトの役柄がメゾである。
フランス語の美しさもこのクレバッサの歌唱では堪能できる。

クレバッサのクリスタルボイスは、こうした近世フランスものに活きるように思う。
繰り返しだが、プロムスでのラヴェルは絶品だった(録音して何度も聴いてます)。

そして、最後におさめられたのは、アーンのモーツァルトに対比したかのような、ティトスの中から最も有名なアリア。
クラリネットのソロとともに、凛としたクレバッサのセストは素敵です。

クレバッサの2枚目のソロCDは、ファジル・サイと組んだ、フランス歌曲集。
そう、ラヴェルも入ってます。
聴かなくちゃ。

Shiodome

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2017年9月16日 (土)

ザビーヌ・ドゥヴィエル モーツァルト・歌曲アリア集 「ウエーバー三姉妹」

Shiba_tokyo

秋の気配の増す東京。

台風が冷たい風を送ってくる。

夕暮れの空も不穏だが、雲の流れは美しいものだ。

Devieilhe_mozart

    モーツァルト 「ウェーバー姉妹のための歌曲・アリア集」

        ザビーヌ・ドゥヴィエル

   ラファエル・ピション指揮 アンサンブル・ピグマリオン
     
        ピアノ:アルノー・ディ・パスカル

         (2015.1.12~18 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会)


1777年、21歳のモーツァルトは、マンハイムに向かい、かの地で劇場主・バス歌手・教育者・写譜家のウェーバーに会い、父が教育した4人の姉妹歌手、ヨゼーファ、アロイジア、コンスタンツェ、ゾフィーとも出会うこととなる。

モーツァルトは、アロイジアに恋をしてしまい、彼女のために多くのアリアを作ることとなるが、その恋はあたわず、職を求めて母と共にパリに向かい、あげくには、職もなく、母も失ってしまうモーツァルト。

そんなウェーバー家の娘、三人に係わる作品を集めた1枚。

【プロローグ】

①バレエ音楽「レ・プティ・リアン」序曲
②「ああ、お母さん聞いて」
③「寂しい森のなかで」K.388
④「パントマイム「アルカンドロよ、私は告白しよう」K.294
【アロイジア】

⑤アリア「ああ、できるならあなた様にお教えしたいものです」K.418
⑥レシタティーボとアリア
  「テッサリアの民よ、‥私は求めはしません、不滅の神よ永遠なる神よ」K.316
⑦アリア「わが感謝をうけたまえ、やさしい保護者よ」K.383

【ヨゼーファ】

⑧アダージョK.410
⑨アリア「すでにやさしき春は微笑み」
⑩「魔笛」~「復讐の炎は地獄のようにわが心に燃え」
⑪英雄劇「エジプトの王タモス」間奏曲

【コンスタンツェ】

⑫「魔笛」~僧たちの行進
⑬ソルフェージョ K.393 第2番
⑭ミサ曲 ハ短調 K.427~精霊によりて

まさに、序の快活に始まるプロローグ部分。
パリを目指す途中で立ち寄ったマンハイムでの作品たち。
パリに着いたのち、「きらきら星変奏曲」となる「ああ、お母さん聞いて」は、透き通るようなドゥヴィエルの声が、聴く者の耳をとらえて離さない。

3人への作品のなかでは、おそらく歌い手としての才能と実力、そしてその力量にもモーツァルトは惚れていたアロイジアへのものが一番充実している。
ベルカントの歌い口を、モーツァルトは、彼女をオペラ歌手に仕立てるために教え、見事なコロラトゥーラとなった。

コロラトゥーラといえば、技術的にさらに高度なものがったのが、ヨゼーファ。
なんたって、夜の女王を歌ったのだから。
でも、モーツァルトは、ヨゼーファが苦手だったらしい。

そして、アロイジアに結婚されてしまい、残ったのがコンスタンツェ。
伝えられるものは、常に悪妻として名前が知られるが、実際はどうだったのだろうか。
歌い手としての力量は、姉ふたりからは、かなり劣るとされ、事実、彼女を想定してかかれた大ミサ曲のソプラノパートの1曲は、平易なもの。
しかし、そのシンプルながら、メロディアスな美しさは、モーツァルトの愛情のこもった愛らしさをたっぷり感じるし、その原曲ともなっている、ソルフェージュも美しい。
 こんな曲と、ドゥヴィエルの素敵な歌声を聴いていると、コンスタンツェは、モーツァルトにとって、可愛い妻だったのでは、と想えてきました。
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フランスの美人なソプラノ、ザビーヌ・ドゥヴィエル。

まだデビュー、5~6年ながら、ヨーロッパでは大活躍の彼女。
チェロと音楽学を学んで、同時に歌手も目指した。
フランスの同系統のソプラノ歌手としては、ナタリー・デセイとパトリシア・プティボンのあとを継ぐタイプです。

ちなみに、プティボンの新譜がこのところ途絶えていて、毎年出ていたコンピレーションアルバムももう何年も出てないし、日本では発売もされなかったものもある。
そのアルバムも渋い内容になって、レパートリーも本格化したゆえにだろうか・・・
DGから、ソニーへの移籍もこの前発表されてたし・・・・

それはともかく、ドゥヴィエルのレパートリーも、先輩のそれをしっかり歩みつつあり、ともの、夜の女王を歌っても、その復讐に燃えるアリアは、ちっともおっかいないところはなく、先鋭さはあるものの、ピュアな歌声で押したようなユニークなものだ。

そして、彼女の声の美しさを堪能できるのが、きらきら星の曲と、K.316のアリア。
透明感あふれる歌声と、感性の豊かさを、そのまま歌に乗せることができる、そんなしなやかさと、歌い口のうまさにもあふれてる。
技巧の凄さも目をみはるものがあるが、それはごく自然な雰囲気なところもいい。
 この歌声に、ずっとひたっていたいと思わせる素敵なザビーヌさまなのでありました。

ネット上で、たくさん彼女の歌が聴けますよ。

あと、指揮をとるピションとピグマリオン・アンサンブルの先鋭ながらも、躍動するような生き生きとした演奏が思わぬ聴きものだ。
ピションはカウンターテノールであり、指揮者でもあり、学究者でもあって、ネットで調べたら、実に新鮮で清冽なバッハの演奏を聴くことが出来た。
この人にも注目をしたいところ。

若い演奏家がどんどん出てきますね。

それでは最後に、ザビーヌさまの「キャンディード」を。

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2014年12月23日 (火)

La Belle Excentrique~パトリシア・プティボン~フランス歌曲集

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この冬も始まってます。

六本木けやき坂のイルミネーション。

シルバーにブルーが少し入って、とてもクールできれいです。

Hills_c

そして、今年は、レッドにも切り替え。

知らずにいたものですから、急に消えて暗くなったと思ったら、すぐさま赤の世界に。

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反対側の坂の向こう。

こちらも美しいですな。

Hills_d

そして反対側の赤。

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 La Belle Excentrique ~ 風変わりな美女

   フランス歌曲集

      ソプラノ:パトリシア・プティボン

      ピアノ :スーザン・マノフ

       〃  :デイヴィット・レヴィ(3,14)   ヴォーカル:オリヴィエ・ピィ

      チェロ :クリスチャン=ピエール・ラ・マルカ

      ヴァイオリン:ネマーニャ・ラドゥロヴィチ 

     アコーディオン:デヴィッド・ヴェニトゥチ

      パーカッション:フランソワ・ヴァレリー

                 (2013.9 @ベルリン テルデックススタジオ)


 1.サティ 「競馬」         2.フェレ:ジョリ・モーム

 2.サティ 「風変わりな女」より「大リトルネッロ」 ピアノ連弾のための

 3.プーランク 「祭りに出かける若者たちは」 「パリへの旅」 「昨日」

 4.ロザンタール 「夢」 「月を釣る者」

 5.サティ   「ブロンズの銅像」    6.プーランク 「ルネ少年の悲しい物語」

 7.サティ   「スポーツと気晴らし」より「ピクニック」 

          「そうしようショショット(Allons-y Chochotte)」

          「ジェ・トゥ・ヴ(Je te veux)」 「風変わりな女」より「カンカン踊り」

 8.フェレ   「愛するとき」       9.サティ 「快い絶望」

10.フォーレ  「憂鬱」          11.アーン 「フォロエ」 「クロリスに」

12.フォーレ  「ひそやかに」      13.プーランク 「バ、ベ、ビ、ボ、ビュ」

14.ロザンタール 「パリ植物園のゾウ」「フィドフィド」「動物園の年寄りサラダ」

15.プーランク 「オルクニーズの歌」 「白衣の天使様」 「ホテル」

16.フランシーヌ・コッケンポット 「原野のクロッカス」

17.フォーレ  「ゆりかご」


     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「風変わりな美女」って・・・・、この邦題なんとかならないかな、って思って、「La Belle Excentrique」をフランス語翻訳マシンにのせてみた。

そうしたら、「素敵な変人」とか、「美しいエキセントリック」とか出てきちゃって、さらに奇妙なことになってしまいました。

もともとは、サティのピアノ連弾ないしは、オーケストラ作品の組曲のタイトルだそうで、そちらを調べたら、邦題は、「風変わりな女」となっておりました。
このCDの中に、2曲そちらからピアノ連弾曲として演奏されておりまして、そちらをイメージしたのでありましょう。

ですから、この際、わたくしの大好きなパトリシア・プティボンさまということで、「美女」ということにしておきましょう。

長い序文でしたね。

プティボン2年ぶりのソロアルバムなんです。

その間、パリ管とのプーランクは出てますが、毎年コンスタントに、ユニークで考え抜かれたプログラムで、その都度テーマを定めて凝ったCDを出してきたプティボンでしたから、結構渇望していたんですよ。

プティボンのタグをクリックして、過去記事をご参照いただきたいのですが、大ブレイクしたのに、来日はずっとないし、国内盤もずっと出てなくて、ユニバーサルは、アイドル路線が引けない本格派歌手なので、国内発売にビビってるんじゃないかと推察してるんですよ。

でも、昨年の録音ではありますが、ここに鮮度バツグンのイキイキとしたパトリーの声が相変わらず健在なのを確認できて、とても嬉しいです。

今回のテーマは、自国もの、近代フレンチ・ソング集です。
ちなみに、これまでのアルバム・テーマは、「恋人たち」「イタリア・バロック」「メランコリー」「新世界」、、こんな風になってました。

全部で29曲。

そのうち5曲は、サティのピアノ作品で、伴奏とともに、プティボンの長くの相棒、スーザン・マノフ女史が極めて雰囲気豊かに、そして明るく楽しく弾いておりますよ。
先にあげたサティの「風変わりな女」から2曲と、「ピクニック」、冒頭の短い序のような「競馬」。それぞれ、元気で楽しい曲に、「快い絶望」は、ちょっとムードが変わって、アンニュイムードたっぷりで、これはステキな曲。

 さて、プティボンです。
千変万化、多彩な歌への適応力と、その表情の豊かさは、まいど聴いてきて舌を巻いてしまう彼女の本領でありましょう。
大きく分けて、元気で快活、はっちゃけてるのが前半で、後半は、しっとりとした女らしさと、憂愁の横顔を垣間見せてくれる。

 前半・後半のターニングポイント的な曲が、有名なサティの「ジュ・デ・ヴ」です。
チェロとピアノに伴われて、ゆったりと、そして色気も含みながら、しなやかに歌われる「ジュ・デ・ヴ」に、わたくしはとろけてしまいそうになりました。
チェロとピアノの伴奏もお洒落すぎていけませんよ、まったく。
この曲、1曲で、お酒が何倍も飲めちゃうじゃないの。

個々の曲について書こうと思えば書けちゃうくらいになってますが、そこは、みなさま、実際にお聴きになって、パトリーちゃんの歌声に感じちゃってくさだい。
あれこれ、言葉は不要、彼女の個性と、はじける才能を、とくと拝聴してくださいませ。

途中何回か、歌なしで、間奏曲のように、さらりと挿入されるインターバルの一瞬のフレーズは、「風変わりな女」や「競馬」の曲をもじってまして、この音盤の大きな流れに寄与してます。

そう、これ一枚が、一夜のコンサートのように仕立てあげられているように思います。

このあたりが、プティボンのクレバーなところで、彼女ばかりか、きっと、マノフ女史も、ほかのスタッフも含めて、いいチームが出来上がっているんだと実感します。

彼女のライブコンサートは、ほんとに楽しくて、エンターテイメント満載です。
その雰囲気が、このCDからも伝わってくるところが、毎度素晴らしいです。
 これまで、3回、その来日公演を聴きましたが、そこで歌われた曲もいくつか。
コンサートでは、自ら、小道具みたいに、楽器をさらっと奏でて歌いましたが、そんな曲も、あの時の歌声そのままにおさめられてます。

ときに、効果音的な声を出して、ニンマリさせたり、ふくろうの声だしたり、おきゃんな娘声になったり、シャウトしてみたりで、ともかくいろんなお顔を見せてくれます。

でも、クリスティーと共演してた頃の、古楽の軽やかなイメージから、いまは、声も重くなり、色合いも濃厚さも出すことが出来るようになりました。
 ですから、全体のイメージでは、ちょっと味わいが深くなり、その分、声が重たくなったような気もしなくもないです。
もともと声量もたっぷりで、技巧派でもある彼女ですから、「ルル」を歌うことで、声質が少し変化したのかもしれません。

ともかく、ステキな1枚。

パトリシア・プティボン、最高ざます、最高に好き

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 プティボンの記事一覧→
 
 
 
 

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2014年12月 2日 (火)

グィネス・ジョーンズ オペラ・リサイタル

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12月になりました。

街は、集中しすぎの感はありますが、都会を中心に明るく着飾っております。

そして、昭和はますます遠ざかる思いをいだかせる著名人たちの訃報。
一方で、選挙も始まり、かまびすしく、流行語大賞も、レコードアカデミー賞もはやくも決まり、なんだかんだで、慌ただしいのであります。

そんななかで、暗くなると、そわそわしてきて、街を徘徊するオジサンひとり。

そうです、ワタクシ、イルミネーション大好きおじさんです。
そんなルミ男がワクワクしながら訪れたのは、恵比寿のガーデンプレイス。

ここは素晴らしい。

いまのところ、今年のイルミ大賞候補ですわ。

バカラのシャンデリアをいくつか組み合わせた、超ゴージャスなもの。
そして、ここへのアプローチは、イルミ並木に、ツリーが。

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 グィネス・ジョーンズ オペラティック・リサイタル

   ベートーヴェン 「フィデリオ」

      〃      コンサート・アリア「ああ、不実な人よ」

    ケルビーニ   「メディア」

   ワーグナー   「さまよえるオランダ人」

    ヴェルディ    「イル・トロヴァトーレ」

      〃     「運命の力」

      ソプラノ:デイム・グィネス・ジョーンズ

    アルジョ・クアドリ 指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団

                       (1966.11@ウィーン)


ウェールズ生まれの名歌手、グィネス・ジョーンズ、30歳のときの録音。

一般に、ギネス・ジョーンズと呼んでますが、Gwyneth Jonesなので、グゥィネスとか読んだ方が正しい。
ビールのギネスは、Guinnessで、こちらも微妙。
ジョーンズさん本人も、若い頃は、ギネスと呼ばれるので、その都度、「グゥイネス」と、正していたそうな。

70~80年代を代表するワーグナー歌手で、そのレパートリーは、ワーグナーにとどまらず広大で、R・シュトラウス、ヴェルディ、プッチーニまで。
そう、ビルギット・ニルソンに近い存在です。

でも、デイム・グィネスのその声は、人によっては賛否両論。
高音が強いので、耳にきつく響きます。
そのあたりが時として、声の威力に頼って、大味な印象にも結び付くからでしょうね。

しかし、わたくしは、昔から好きですよ彼女の声。

なんどか書いてますが、そのキンキンの高音と裏腹に、彼女の低音のグローリアスなまでの美しさは、極めて魅力的なんです。
だから、声のレンジが広い役柄が、もっとも素敵。
ブリュンヒルデ、ゼンタ、クンドリー、マルシャリン、バラクの妻、エジプトのヘレナ、トゥーランドットなどです。

わたくしは、彼女のイゾルデ、バラクの妻で、その舞台に接してますが、圧倒的なその声は、豊かな声量もさることながら、細やかでかつ体当たり的な迫真の演技とともに、いまでも忘れえぬ経験として、この身に刻まれております。
さすがは演劇の国、彼女の演技がまた素晴らしいのでした。
いくつも残された、DVDでそのあたりは確認できると思います。

そんな充実期の体験なのですが、この音盤は、まだ彼女が売りだしの頃で、コヴェントガーデンを中心に活躍し、ウィーンやベルリンでも歌いはじめたころ。
またバイロイトへの登場も、この年で、いきなりジークリンデでデビューしてます。
 ちなみに、翌67年には、NHKのイタリア・オペラ団の一員として来日して、「ドン・カルロ」でもって、日本デビューしてます。

 輝き始めのこちらの、彼女の声は、その魅惑の中低音域は、この頃からその片鱗がうかがえます。
静かな場面での、その歌声は、やはり、とても素敵なものでした。
しかし、強い箇所では、その強音が絶叫のように感じられ、まだそのあまりある声とパワーをコントロールできていないように感じます。
でも、30歳のビンビンの声は、それはそれで魅力で、ピチピチしてますよ。
ことに、ヴェルディがことのほか素晴らしかったです。
それと歌いなれた、フィデリオの迫真性と優しさ。
ゼンタのいっちゃってる感も素敵。

 それとこの音盤の魅力は、ウィーンのオケと、それを指揮する懐かしい名前、クアドリさん。
日本によくオペラを振りに来てましたね。
東京フィルにも再三登場。
雰囲気豊かなオーケストラは、やはり、オケピットの響きがしますし、この頃のデッカの強力録音陣は、豪華な音がします。
そう、エリック・スミスとゴードン・パリーの名前がクレジットされてますよ。
ショルティのリングの頃ですからね。

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         (バイロイトでのエヴァ:1968)

デイム・グィネス・ジョーンズの声に、若い力をいただいたような思いです。
78歳を迎える彼女、いつまでも元気でいて欲しいです!

最後に、ゴージャス恵比寿を1枚。

Ebisu_2

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2014年5月 1日 (木)

プッチーニ 「わたしのお父さん」 ネトレプコ&アバド

Tsubaki

雨にぬれた、椿の花。

先週のことですが、まだ頑張って、咲いてました。

この花が、ぼとん、と落ちてしまうのも、儚いですな。

「椿姫」を思うのは、オペラ好き、クラシック好きなわけですが、何度も書きますが、そもそも、「椿姫」なんて名前は日本だけ。
そうした方が、通名のようになっているから、いいのだけれども。

原題の「ラ・トラヴィアータ」という意味は、「道を踏み外した女」ということで、まさに、イタイ女、ということになって、日本語にすると、ちょっと議論を呼んでしまうことになる訳で、わたくしは、「椿姫」でなく、その意も不明にさせる語感の良さがある、「トラヴィアータ」と呼ぶようにしてますよ。

イタイ女性が、純なる愛に目覚め、幸福をつかむけれど、しかし、愛するがゆえに、自ら身を引いて、やがて病魔に倒れる・・・・。

そんな儚く、けなげな女性の物語なのだから、「椿姫」でよかったのかもしれないのに、原題が痛々しすぎる・・・。

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  プッチーニ 「ジャンニ・スキッキ」~わたしのお父さん

      ラウレッタ:アンナ・ネトレプコ

   クラウディオ・アバド指揮 マーラー・チェンバー・オーケストラ

                         (2004.2・3 @フェラーラ)


こちらは、イタイ女性じゃなくて、恋人も大好き、お父さんも大好きの可愛い娘。

トラヴィアータのヴィオレッタは、もっと大人で、気配りも豊か、超おバカな義父の説得を配慮して自らが、埃をかぶった。

ジャンニ・スキッキのひとり娘、ラウレッタは、もっと娘々していて、思いきり、お父さんに甘えて、甘えまくって、恋人を公認させてしまう。

もう恋人世代じゃ、とっくになくなったワタクシは、どっちの父親にもなりうる存在であり、立場となりました。

父親は、トラヴィアータのジェルモンにも、ジャンニ・スキッキにも、なりうる、そんな単純な存在なんです。
母親の、絶対性には、父は常になれないものなのですな・・・。

前置き長すぎの、本日のこの愛らしいプッチーニのアリアは、ほんの3分くらいの曲ですが、シンプルでかつ、この短いなかに、思いきり娘の思いが詰まっていて、いつでも泣かせてくれます。

そして、本日のこの演奏は、クラウディオ・アバドが正規に残した、唯一のプッチーニなのです。
パヴァロッティと「トスカ」の一節をライブで演奏した記録がありますし、わたくしもその音源は持ってますが、DGのちゃんとした録音はこれが唯一かもです。(たぶん)

ネトレプコの声は、ちょっとおネイサン入りすぎで、カワユサや、蠱惑感は薄目。
でも生真面目ななかの一図さが、とてもよろしくて、アバドのかっちりした指揮にも合ってます。

アバドが、ヴェルディはさかんに指揮したけれど、プッチーニだけは、指揮しようとしなかった。
インタビュー記事で読んだことがあるエピソードですが、「マノン・レスコー」を指揮する寸前にまでなったことがあると。
 その時は、同時に「ペレアスとメリザンド」が、舞いこんできて、そちらを優先させたとのこと。
ヴェルディは、きっと、イタリア人として血のたぎるところがあったけれど、プッチーニには、マーラーに共感はできても、コスモポリタンとしての、イタリアの魂に火を着けてくれる存在ではなかったのでありましょう。

いいんです、マエストロ・クラウディオ。
ワタクシが、その分、プッチーニが大好きで、そのすべてを聴き倒してますから。
この、「私のお父さん」だけでも、残してくれたことに、感謝です。

娘が、数年のうちに結婚することがあれば、わたくしは、自ら、この演奏を流したいと思います。
きっと、泣いちゃうんだろな。

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過去記事

 「アンナ・ネトレプコ アリア集 アバド指揮」

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2013年12月26日 (木)

スウェーデン歌曲集 フォン・オッター

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日本のクリスマスは、終わってしまいましたが、わたしの中では、新年を迎えるまでは、その気分。
あんなに街をキラキラと飾ったツリーも、昨日の夜中から朝ににかけて、みんな撤去。
電飾屋さんや、装飾屋さんは、さぞかし大変であったことでしょう。

せっかくなのに、もったいない。

ツリーはともかく、冬の間中だけでも飾って欲しいな。

新宿のこちらは、まだしばらく見れますよ。

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 「Wings in the Night」 ~スウェーデン歌曲集

         Ms:アンネ・ゾフィー・オッター

         Pf:ベンクト・フォシュベリ

                (1995.9 @ストックホルム)


 
 スウェーデンの西欧でいうところの、後期ロマン派から世紀末にあたる頃の、作曲家たちの歌曲。

  
 ショグレン        (1953~1918)

 
 
 ペッタション=ペリエル(1867~1942)

 ステンハンマル     (1871~1927)

  アルヴェーン      (1872~1960)

 コック           (1879~1919)

 ラングストレム     (1884~1947)


ちょうど、マーラーの晩年、シェーンベルクやR・シュトラウス、プッチーニたちの時代。

スウェーデンには、メジャーな大物作曲家はおりませんが、かの国は歌の国でもあります。

優秀な合唱団があるし、大歌手たちもたくさん輩出、ビョルリンク、スヴァンホルム、ゲッタ、ニルソン、リゲンツァ、シュティメ等々。
なんといっても、ドラマティック・ソプラノを輩出。

あと、歌でいえば、アバですね!

そして、いま、最も充実している、スェーデン出身の歌手といえば、アンネ・ゾフィー・オッター。
ストックホルム生まれのメゾソプラノです。

1980年頃から、ずっと第一線で活躍。オペラもリートも、古楽から現代音楽まで、その活躍の場もレパートリーも広大です。

柔軟で、クセのない歌声は、常に嫌味がなく、クリアにすぎる場面もあって、さらりとしすぎた淡泊感じも与えることがかつてはあったように思う。
いまは、声に艶と深みが出てきて、昨年のアバドとの「大地の歌」では、情のこもった、とても味わい深い名唱となっておりました。
これからの彼女、バッハを多く歌って欲しいものです。

95年に地元で録音された、このスウェーデン歌曲集では、まさにすっきりと、おいしい天然水のような、穢れない純白の歌唱を数々聴かせてくれます。

加えて、これら31曲のリートたちが、いずれも北欧らしい、しっくりと爽やかな歌ばかりなので、オッターのクリアボイスがよけいに引き立ちます。

いずれも、いい曲、素敵な歌ばかりなのですが、6人の歌の中から、自分的に気に入った曲は、ペッタション=ペリエルの「天の星のように」~静かに淡々と夜空の星を歌う美しい音楽、同じペリエルの楽しい「ボリエビー=ワルツ」、ラングストレムの神秘的な「パーン神」、美しい「夜への祈り」。
初聴きの名前の作曲家コックの「春宵の雨」はピアノがまるでドビュッシーのようでした。
メロディスト、アルヴェーンの「森は眠る」は、かなりロマンティック。
いかにも北欧のムード漂う、ショグレンの「谷や丘の上を飛んでみたい」。

厳しい冬を終え、束の間の春や夏を思う詩が多いのも、北欧の国、スウェーデンならでは。

スウェーデンといえば、家具の世界チェーン、IKEAだけど、北欧家具ということでお洒落なわけだけど、工場は中国だもんね。
あとは、H&Mもそう。
こうした世界チェーンを造り上げるのも、スウェーデンはお得意。
IKEAとは、ちょっとお付き合いがあるけれど、本国の指示が厳しくて、なかなか頑固なものです。日本流に染まろうとしないところが逆に魅力なのかも。
昔、日本上陸して失敗して撤退。
2度目の正直は、いまのところ成功のようですね。
レストラン部門の売上がなんでも日本は他国に比べて高いらしいですよ。

今年もあと5日。
都心は、心なしか、人が少なくなってきた感じです。

Shinjuku_terrace_5

こちらも新宿で発見。

まさに北欧の歌姫みたいでしょ。

 

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