カテゴリー「ヤンソンス」の記事

2019年12月 5日 (木)

ヤンソンスを偲んで ①レニングラード

Jansons-stpetersbrug

マリス・ヤンソンス(1943~2019)の逝去を悼んで、同氏の音源を聴きつつ、その歩みを偲びます。

現在のラトヴィアのリガ生まれのマリス・ヤンソンスは、その父が、親日家だったアルヴィド・ヤンソンス。
母はユダヤの出自のオペラ歌手で、ラトヴィアの地政上、母の親族は、ナチスからもその親族が追われるという境遇であったという。

マリス・ヤンソンスの音盤からのみ判断すると、映像以外のオペラ録音が大きく欠落している印象を受けるが、ヤンソンスは母の舞台やオペラの現場を幼少より体験しており、その音楽や舞台が自身に血肉化していると自ら語ってます。

心臓の病に早くから罹患したことから、オペラの指揮もなかなか厳しかったかもしれないし、コンサートオーケストラからのオファーがひきも切らなかったので、ハウスの指揮者としての時間が取れなかったのかもしれません。
 タラレバですが、キーロフかドイツのどこかのオペラハウスが、若い頃のヤンソンスを射止めていたら、ヤンソンスの活動領域はまた違ったものになっていたかもしれません。
コンセルトヘボウ時代、そのシチュエーションに恵まれ、オペラ指揮にも心血を注いだのも、ヤンソンスのオペラ指揮者の姿のあらわれだと思います。

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 二世指揮者ヤンソンスは、父に伴われてのレニングラードでの勉学と、ウィーン留学。
スワロフスキー門下でもありますが、指揮者と活動の原点はカラヤン・コンクールでの入賞。
そこから、父のいたレニングラードフィルへのデビューとつながり、当時のムラヴィンスキーとの出会いにもつながります。
 ソ連時代のレニングラードフィルの最盛期に、ムラヴィンスキーの元で副指揮者となり、70年代以降、テミルカーノフ時代の90年代後半まで、ずっとこのオーケストラを指揮し続けました。

レニングラードフィル=サンクトペテルブルクフィルとの正規録音は、そう多くはなくて、そのなかでも一番の演奏は、ショスタコーヴィチの7番です。

  ショスタコーヴィチ 交響曲第7番「レニングラード」

   マリス・ヤンソンス指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

             (1988.4 @レニングラード)

まだ、ソビエト連邦崩壊前にEMIが乗り込んでの録音。
シャンドスにもレニングラード時代の録音はありますが、それは未聴。
のちに、コンセルトヘボウ、バイエルンでも再録してますが、おとなな演奏の後のものにくらべ、血管が浮き出たような熱くて、濃密な感じで、随所に聴かせどころを設けて、聴き手を飽きさせない巧さも感じます。
でも、全体の構成がしっかりしていて、最後には堂々たるフィナーレを迎えます。
カラヤンがこの作品を指揮したら、かくや、とも思わせるじょうずな演奏でもあります。

この録音の2年前。
1986年に、ヤンソンスは、本来同行者であった来日公演で、急病で来日が出来なかったムラヴィンスキーに替わって、すべてのプログラムを日本で指揮しました。
ちなみに、急遽、あの幻指揮者のガヒッゼも呼ばれて少し分担しました。
 このときの演奏会がNHKで放送され、このエアチェックテープを最良の状態で、自己音源化してます。

  ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

  チャイコフスキー  交響曲第4番

   マリス・ヤンソンス指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

            (1986.10.16 @サントリーホール)

自分のヤンソンス体験は、この放送録音が原点でありまして、演目は、ショスタコーヴィチの5番とチャイコフスキーの4番という、ヘヴィーな2曲で、当時、90分のカセットテープに、片面に1曲ずつ収まる快演でした。
文字通り、血わき、肉躍る、躍動感と力感、生命力にあふれる演奏で、あの完璧なレニングラードフィルも、あたふたとするくらいに、ひっくり返っているか所も見受けられます。
チャイコ4番など、もう、もう、すさまじいばかりの猛進ぶりで、そこではさすがの鉄壁のレニングラード魂が発揮され、恐ろしいアッチェランドと段階を完璧にふんだ幾重もあるフォルテの威力に圧倒されます。
 ヤンソンスのオーケストラドライブの見事さと、統率力の確かさを、このライブに感じ、マリスの名前がわたくしの脳裏に刻まれることとなりました!

レニングラードフィルとは、1977年にムラヴィンスキーとともにやってきたのが初来日。
このときのNHKホールでのムラヴィンスキーを、学生時代に聴いております。→過去記事
もしかしたら、若きヤンソンスもその会場にいたかもしれません。

その後も、都合、5回、レニングラードフィルとサンクトペテルブルクフィルとで来日しております。

ちなみに、ムラヴィンスキーは、何度も来る、来るいいながらやってこなかった巨人で、そのたびに、父アルヴィドが代わって来日しており、その父も東京交響楽団にも何度もやってきて、親日ヤンソンス家ができあがりました。
父アルヴィドは、NHKテレビで何度も見てまして、指揮棒を持たない自在ぶりと、汗だくの夢中の指揮姿をいまでも覚えてます。

ムラヴィンスキーは、自由度の高いテミルカーノフよりも、マリスの直截かつ完璧な楽譜の再現という意味での指揮の方を評価していたといいます。
情熱的な、ちょっと爆演系の若きマリス・ヤンソンスが、それに加え、知情意、バランス感覚の優れた名指揮者になることを、ムラヴィンスキーは見越していたのだと思います。

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 ヤンソンスと、ソ連崩壊後のサンクトペテルブルクフィルは、EMIにラフマニノフの交響曲とピアノ協奏曲全集を録音しました。

これは、実にビューティフルな演奏で、でもロシアのオーケストラがここで必要なのか?と思うような、洗練されたスマートな演奏に、ロシアの憂愁や歌を求めた自分には、ちょっと違うと思わせるものでした。
EMIの録音の角の取れすぎたのっぺりした響きにも、その不満はあります。
ほかのレーベルだったら・・・という思いがあります。

ヤンソンスのラフマニノフは、ほかのオーケストラとのものがよく、違う記事で取り上げましょう。

 サンクトペテルブルクフィルは、ヤンソンスを悼んで、今日10月5日に偲ぶ会を催したようです。

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       (サンクトペツルスブルクでの追悼会 BR放送より拝借)

最後のサンクトペテルブルクフィルへの客演は、今年2019年2月。

そのときの画像を、同フィルのHPから拝借いたしました。
サンクトペテルブルクフィルは、テミルカーノフを統領に、いま、デュトワを客演指揮者に指名し、ロシアとヨーロッパの結合点としての存在をヤンソンス親子以来の伝統としつつあるようです。

Jansons-stpetersbrug-2019

ヤンソンス、次はオスロへ。

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2019年12月 2日 (月)

マリス・ヤンソンス

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マリス・ヤンソンスが、亡くなりました・・・・・

1943~2019

76歳という、指揮者としては、早すぎる死。

もう何年も前から、心臓を患っていて、11月30日、サンクトペテルブルクの自宅での死は、心不全とのこと。
手兵バイエルン放送交響楽団とのツアーやコンサートでも、最近までキャンセルが相次いでいて、正直、心配しておりました。

好きな指揮者のひとりとして、多くの実演にも接し、身近な存在だっただけに、悲しみは大きいです。

氏の業績を偲んで、多くの音源を聴きつつ、記事を残しつつ、しばらく過ごしたいと思います。

クリスマス仕様に変えたばかりですが、秋モードに、また戻します。

ヤンソンスの魂が安からでありますこと、心よりお祈り申し上げます。

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2016年2月 3日 (水)

ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやってくる

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少し前ですが、応募した試写会があたり、少人数の濃密な空間で、この素晴らしい映画を観てまいりました。

そう、われわれ日本人が、もっとも好きなオーケストラのひとつ。
わたくしなどは、昔の名前、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団という名前で、さんざんに親しんできたものですから、RCO、すなわち、ロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラと呼ばれるようになった昨今、ちょっと違和感を感じてるんです。

それはともかく、この映画。
2013年、楽団創立125周年のワールドツアーの模様を主軸に展開します。

ネタバレしちゃうとこもありますので、要注意。

このワールドツアーでは、わが日本にも、ヤンソンスとともにやってきて、英雄の生涯や火の鳥、チャイコフスキー5番などのプログラムでした。
 映画では、アルゼンチン(ブエノスアイレス)、南アフリカ(ソウェト)、ロシア(サンクトペテルブルク)の3ヵ国を訪れた様子が、現地の音楽を愛する人々と、コンセルトヘボウの楽員たちのエピソードや、自身の楽器の紹介などを交えながら描かれております。

ブエノスアイレスでは、クラシック好きのタクシーの運転手が、仲間の間では、お高くとまってしまい浮いてしまうので、クラシックのことは絶対に口にしない。
でも、一人、運転しているときは、クラシックを大音量でかけているのさ・・・・。
 夜のブエノスアイレスの様子や、美味しそうな肉(!)を食べながら音楽談義をする楽員なども興味深いものでした。
 チャイ5のリハーサルでは、ヤンソンスの耳の良さとマジックが!

そして、飛んで飛んで、南アフリカ。
街は、その土壌ゆえに赤っぽい。
そしてあふれるエネルギーと強烈なリズム感の持ち主の子供たち。
音楽を心から愛し、将来の目標なども目を輝かせて語る一方、常に犯罪と隣り合わせの危険な街に怯える姿も。。。。
でも、彼ら、彼女ら、ピーターと狼の演奏会には、からだじゅう、目いっぱい、よろこびを爆発させてますよ。
 人種差別と戦いつつ、ヴァイオリンを学んだ老人は、いまは、高名な音楽教師となって、南アフリカの子供たちに楽器を教えてます。
ここでも、子供たちの真摯な眼差しが心に残ります。

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最後の地は、ロシア。
悲惨な過去を背負う生き証人のような老人が語ります。
サンクトペテルブルクにマーラーがやってきて、千人の交響曲を指揮したとき、それを祖母が聴いていたと。
その後、父は、スターリンの粛清に会い、さらにナチスが進攻してきたときに、ユダヤ人ゆえに囚われとなり、ポーランドの強制収容所に送られた。
幸いに戦争終結で、命は助かったと。

愛する妻もなくなり、いまでは一人ぼっちと、寂しそうに語るその姿は、今度は、コンセルトヘボウの演奏会場にありました。
演目は、マーラーの「復活」で、映画では、終楽章、静かに「復活せよ・・・」と、感動的に合唱が歌い始めるところから、最後の輝かしいエンディングまで、しっかり観ることができます。
大きな拍手のなか、先の老人の眼から涙が流れます。。。。。

この場面には、ワタクシもうるんでしまったし、近くにいた紳士も泣いてましたな・・・・

オーケストラのことはあまり触れませんでしたが、映画では、大規模な移動の模様と、そのハードさ。
驚きの移動ツールや旅慣れした楽員さんたちの行動などなど、音楽好きなら、目を離すことができない場面がたくさん。
 もちろん演奏風景や、楽器紹介のおもしろさ、ヤンソンスの指揮ぶりなどもたっぷり。

演奏する方々の音楽への想い、そして、それを受けとめる聴き手の音楽への想い。
その愛し方にはまったく違いがなくて、生きる糧でもあり、心の支えでもあるのだな、と痛感した次第です。

都内から順次公開。
春のかけて、全国各地でも上演予定ですよ。

http://rco-movie.com/

最近は映画をたくさん観てます。

「さまよえるシネマ人」化してる。
そっち系のブログでも起こそうかしら。

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2014年12月18日 (木)

幻想&チャイ5 ヤンソンス

Hamamastucho1

はいはい、お約束の小便小僧サンタさん。

12月は、必ずサンタになりますね。

それでも、このコスプレをされているボランティアの皆さんは、手を抜きません。
毎年違うんです。

Hamamatsuchou201012  Hamamatsucho_201112_c

    2010年                    2011年

Hamamastucho201212  Hamamatsucho201312_a

   2012年                     2013年

ずっと毎月、撮り続けてる小便小僧クン。

そして、毎月、幻想に始まり、いまは、チャイ5も加えて聴いております。

継続は、ときに正直、厳しいときもあり、でも楽しいです。

こうして楽しませていただいているのも、小僧クンに毎月衣裳を合わせていらっしゃる方々あってのこと。

ありがとうございます。

そして、今月は、特別に、「幻想」&「チャイ5」でまいります。

それも、先ごろ来日して、安定の熱くも音楽的な演奏を繰り広げたヤンソンスとバイエルン放送響の録音で。

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  ベルリオーズ  幻想交響曲

   マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

            (2003.10ライブ@ガスタイク・ホール、ミュンヘン)


ヤンソンスの幻想は、全部で4つ。

コンセルトヘボウとのEMIスタジオ録音盤(91年48歳)、ベルリン・フィルとのヨーロッパコンサートライブ映像(2001年58歳)、バイエルンとの一般発売なしライブ盤(2003年60歳)、バイエルンとの最新ライブ(2013年70歳)。

4つめのBRクラシックから出た演奏は、まだ聴いてませんで、その存在を最近知ったばかり。
今日、あらためて聴いた2003年盤が素晴らしいものだから、もういいかな、と思って、今回はスルーしましたが、やはり聴いてみたいな。
いずれの機会に。

今回のCDは、以前にもご紹介しましたが、2007年の彼らの来日公演で入手しました。
そしてその前、2005年のこのコンビでの来日では、幻想の実演を聴いております。
 そのときのライブは、凄かった。
オケがノリにのって、ヤンソンスの指揮に、まさにのせられてイケイケどんどんの幻想。
それでも、音楽性は失われずに、磨きぬかれた洗練された音は輝いてました。

その印象とほぼ一緒、そして、少し荒削りにしたような力強さと、一気呵成の若さも感じるのが、2003年のライブ。
ミュンヘンのオケに特有の暖かさをたたえつつも、機能的かつ克明なアンサンブルは、聴いていて爽快そのもの。
 野の情景など、惚れぼれとしてしまう抒情と、半面の急展開の激しさの鮮やかな対比。
興奮すべき、終楽章のエンディングは、もっと激しくやって欲しいという聴き手の気持ちと裏腹に、じっくり鮮明・克明な描き方。
シンフォニーとしての容を巧みに描きだした「幻想」なのです。

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 チャイコフスキー 交響曲第5番

   マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

             (2009.10ライブ@ガスタイクホール、ミュンヘン)


84年(41歳)の、オスロフィルとの全曲録音の一環と、このバイエルン盤の2種。

レニングラード・フィルとのいくつかの来日公演で、86年に指揮していますが、ヤンソンスのチャイコフスキーで、録音に残されているものは、いずれも、ヨーロッパ仕様のチャイコフスキーだと思います。

ワタクシのエアチェックライブラリーのなかにある、唯一の、ヤンソンス&レニングラードフィルの音源は、ショスタコの5番とチャイコの4番です。
ソ連邦崩壊前の、86年の演奏ですが、これがまたスピーディで、パワフルで、凄まじい。
一度聴いたら、お腹いっぱいの高カロリー演奏ですが、それより前のオスロとの演奏は、もっとあっさり感があるところが面白いです。

親父も指揮したレニングラードだけど、ムラヴィンスキーは来日不能となったものの、当時はまだ健在だったオーケストラ。
やはり、若いヤンソンスは、勢いで行くしかなかったのか。

 その後の、オスロや、ピッツバーグでの度重なる来日を、いずれも聴くことはできませんでしたし、おそらく、チャイ5も指揮したものと思いますが、ロシア的な濃密さとは遠い、機能性に富んだ、そして、ヤンソンスならではの、輝かしく熱い演奏が繰り広げられたはずです。

円熟のヤンソンスが手にした、ふたつの、もっともヨーロッパ的なオーケストラ、コンセルトヘボウとバイエルンは、いずれも、その黄金時代を築き、築きつつありますが、ラトヴィア生まれのヤンソンスが、脱ロシア志向であることは見逃せません。

バルト三国は、一時はソ連でしたが、やはり、ヨーロッパなのだな、と強く認識。

そんなヤンソンスとバイエルンとのチャイコフスキーは、後期の3つの交響曲がライブ録音として残されてますが、それらがいずれも、堂々としつつ、新鮮かつクリアーな明確な演奏なのです。
 オーケストラの優秀さも、随所に感じつつ、ここでは、チャイコフスキーの音楽の歌い回しが、ヤンソンスの感じたまま、奔流のようにして流れでております。
ちょっとしたフレーズにも、ほかの演奏にない、わずかな違いや、個性が、よく聴くとあわらわれまして、45分間、この作品が好きな人間には、飽くことなく、かつ新鮮に感じられる演奏です。
 1楽章が、こんなに素敵に、かっこよく響くのもヤンソンスならではだし、バイエルンの澄み切ったかっこいいサウンドが実に心地よく耳に届きます。
2楽章も、カラヤンのような美意識とは遠いところで、ナチュラルな美しさを保ちつつ、かつ熱いです。
 優美なワルツに、スマート極まりない終楽章。
思わず、指揮棒が欲しくなるような、乗せられちゃうチャイ5に、後半に行くにしたがってなってまいりまして、かつてのように、突っ走ることもなく、堂々と、ごく自然なフィナーレを築きあげることとなります。

普通に、いいなぁ、という名演です。
個性的ではありませんが、高度な名演です。

コンセルトヘボウとも、バイエルンとも、チャイコフスキーの全曲は残して欲しいものです。

ちなみに、次期を更新しなかったコンセルトヘボウは、次はガッティ。
うーーむ。
また、シャイーみたいになるのかなぁ・・・・

オランダの音楽界は、どうも、わかりません。
でも、ハイティンクのあと、コンセルトヘボウは、もう違うオーケストラとなってしまったといっていいかもしれません。

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2014年8月16日 (土)

ブリテン 戦争レクイエム ヤンソンス指揮

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この夏の、暮れる前の頃の東京湾。

竹芝桟橋あたりからの眺めです。

台風の襲来も多く、このところの夏空は、雲がウロコだったり、流したようなスジだったりで、美しいけれど、ちょっと不安を感じる模様ばかり。

あの、わたくしたちの知る夏空は、どこへ行ってしまったのでしょう。

真っ青な空に、もくもくとした入道雲。

夕方には、雷雲となり、ひと雨ざっと降って、そのあとは、またスッキリと晴れて、空が染まって、日暮らしが鳴いて、夏の1日が終わってゆく。
宿題はたくさん抱えながらも、明日もまたあるさ、との思いで、夏休みを喜々として過ごした子供時代。

日本の夏って、みなさん、そんな風に過ごしてなかった?

ここ数年、ゲリラ雷雨に、台風直撃、猛暑。

地球全体が熱帯性になりつつあり、日本の季節のメリハリある情緒も、かつてのものとなりつつあります。

でも、かつてのもの、過去のものにしてはならない記憶。

それは、戦争、そして、いくつもの震災で失われた命と、それを起こしてはなならいという気持ちと、予防の準備。

ヴェルデイとともに、真夏に毎年聴く、ブリテンの戦争レクイエムに、恒久平和の思いを託したいと思います。

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   ブリテン  戦争レクイエム

      S:エミリー・マギー

      T:マーク・パドモア

      Br:クリスティアン・ゲルハーヘル

   マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団
                   バイエルン放送合唱団
                   テルツ少年合唱団

          (2013.3.13~15 @ガスタイクホール、ミュンヘン)


 ブリテン(1913~1976)の「戦争レクイエム」は、伝統的な「死者のためのミサ曲」の典礼文に基づく部分と、ウィルフレット・オーエンの詩による独唱による部分。
 このふたつを巧みにつなぎ合わせて、ひとつの、いわば「反戦」と「平和希求」をモティーフとする、独自の「レクイエム」を作り上げた。

ふたつの世界大戦の前にあっては、戦争は国同士のいさかいや、第三国への侵略などであって、局所的な戦いであり、作曲家や音楽たちへの影響も限定的でした。

しかし、武器の威力も増した、世界規模の戦争となると、いろんな影響を音楽家たちに与えることとなりました。
 世界大戦前と、戦中・戦後においては、作曲家たちは、芸術家としても、戦争そのもに向き合わざるを得なくなりました。

そんななかにあって、ブリテンほど、戦争を心から憎み、その音楽にもその思いを熾烈なまでに反映させた作曲家はいないのではないでしょうか。
イギリスの伝統としての制度、「良心的兵役忌避者」の申告をして、そのかわりに、ボランティアとして、音楽を演奏することで戦争ですさんだ人々への慰問をし続けた。

そして、戦後、二度と戦争など引き起こしてはならない、そんな思いから、この「戦争レクイエム」が、書かれ、同時に戦没者への悼みの意味合いも、ここに込められることとなりました。

と、毎年、同じことを書いてますが、ですが、暑いこの季節に、そして終戦の日に、この音楽の持つ意義なども思いながらこの名作を聴くことに、大きな意義を感じているのです。

作曲者自身の指揮による記念碑的な演奏の呪縛から何年も抜け出すことができなかったけれど、若いラトルのチャレンジから本格化し、いまや、この作品は、不朽の名作として、世界中で取り上げられ、録音もされるようになりました。

そんななか、昨年のブリテンの生誕100年には、予想外のヤンソンス盤が登場。

体調不良もときおり報じられ、バイエルンを中心にして、仕事の量も絞りつつあるヤンソンスは、ここでも、ものすごい集中力でもって、迫真の「戦争レクイエム」を一気に聴かせる。
最近のヤンソンスは、ミュンヘンでもアムステルダムでも、合唱作品を取り上げることが多くて、そのいずれもが完成度が高くて、こんなに一生懸命な演奏ばかり繰り広げて、大丈夫かいな、と思わせるものばかり。
 
 内面への切り込みが深くなり、効果のための音というものが一切見当たらない。
かつての若き頃は、音楽を生き生きと、面白く聴かせることに長けたヤンソンスでしたが、いまは、それに加えて、内省的な充実度をさらに増して、ここでも、音楽のスケールがさらに大きくなってます。

Jansons

アメリカ人、イギリス人、ドイツ人という独唱3人は、それぞれに実績のある方たちで、贅沢な組み合わせ。
オペラ歌手としてのイメージの濃い、エミリー・マギーは抑制を効かせた思いのほか無垢の歌唱。
そして、パドモアのシリアスで、読み込みの深い歌いぶりは、もしかしたら、初演者ピアーズに迫る名唱に思います。
ゲルハーヘルは、それこそ、F=ディースカウを思わせる言葉ひとつひとつへの傾倒ぶり。
この3人の歌のレベルの高さは、実に特筆ものでした。

バイエルンのオーケストラの高性能ぶりと輝かしさは、ベルリンフィルと双璧でしょう。
そして、どちらも音の基調は明るめ。
多彩な音色のベルリンに対し、バイエルンは、南ドイツ的な暖かさを持っている。
ブリテンのような、クールな音楽に、バイエルンの機能美と、明晰な明るさは、ぴったりと思います。
最終章リベラ・メにおける緊迫感と、ミステリアスな様相から徐々に立ち込める浄化ムード。
このあたりの劇的だけど、緻密な描き方は、ふたりの男声歌唱の素晴らしさもあって、ヤンソンス率いるバイエルンの真骨頂。

過去記事からコピペで、曲の概要を再び記しておきます。

「重々しく不安な感情を誘う1曲目「レクイエム」。
戦争のきな臭い惨禍を表現するテノール。
曲の締めは、第2曲、そして音楽の最後にあらわれる祈りのフレーズ。
 第2曲は長大な「ディエス・イレ」。
戦いのラッパが鳴り響き、激しい咆哮に包まれるが、後半の「ラクリモーサ」は、悲壮感あふれる素晴らしいヶ所で、曲の最後は、ここでも祈り。
 第3曲目「オッフェルトリウム」、男声ソロ二人と、合唱、二重フ―ガのような典礼文とアブラハムの旧約の物語をかけ合わせた見事な技法。
 第4曲「サンクトゥス」、ピアノや打楽器の連打は天上の響きを連想させ、神秘的なソプラノ独唱は東欧風、そして呪文のような○△※ムニャムニャ的な出だしを経て輝かしいサンクトゥスが始まる。
 第5曲は「アニュス・デイ」。
テノール独唱と合唱典礼文とが交互に歌う、虚しさ募る場面。
 第6曲目「リベラ・メ」。
打楽器と低弦による不気味な出だしと、その次ぎ訪れる戦場の緊迫感。
やがて、敵同士まみえるふたりの男声ソロによる邂逅と許し合い、「ともに、眠ろう・・・・」。
ここに至って、戦争の痛ましさは平和の願いにとって替わられ、「彼らを平和の中に憩わせたまえ、アーメン」と調和の中にこの大作は結ばれる。」

最後に至って、通常レクイエムとオーエン詩の、それぞれの創作ヶ所が、一体化・融合して、浄化されゆく場面では、聴く者誰しもを感動させずにはいない。
敵同士の許し合いと、安息への導き、天国はあらゆる人に開けて、清らかなソプラノと少年合唱が誘う。
このずっと続くかとも思われる繰り返しによる永遠の安息。
最後は、宗教的な結び、「Requiescant in pace.Amen」~彼らに平和のなかに憩わせ給え、アーメンで終結。

 このCDのジャケットは、焼失したコヴェントリーの教会。
この教会の再築に合わせて、作曲されたのが「戦争レクイエム」。
いろいろな演奏が、いまや聴けるようになりましたが、日本人の手によるものも小澤さん、大野さんと出ております。
広島や長崎をジャケットに使用した、そんなあらたな日本人による演奏を、世界に発信していただきたいと思っておりますが、いかがでしょうか。


過去記事

 「ブリテン&ロンドン交響楽団」

 「アルミンク&新日本フィル ライブ」

 「ジュリーニ&ニュー・フィルハーモニア」

 「ヒコックス&ロンドン響」

 「ガーディナー&北ドイツ放送響」

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2013年7月16日 (火)

ショスタコーヴィチ 交響曲第6番 ヤンソンス指揮

Narita

成田山新勝寺の境内。

数週間前の日曜。

週末は千葉にいるので、成田のイオンに買い物のついでに行ってきました。

電車でも車でも、いま住むところから、成田はそんなに遠くない。

成田山の噴水公園の周りを囲むようにして、易者が数十人も連なって構えておりまして、それはなかなか当たると、昔から有名です。

わたくしは、そういった系は天の邪鬼なもので、まったく気にしてないのですが、カミサン方は関西系だし、なにかにつけ行っていたみたいで、子供二人の名付けのときも、見てもらうことになりました。
ついでに、親まで占われちゃうし、2度も行くと辟易(ダシャレじゃないですよ)としてましたが、いざその時となると夢中になっちゃうのが人間の心理なのでしょうな。

その後、当然に、わたしには縁のないことなのでしたが、なにげに、10年以上前、わたくしが会社を辞めて独立すると言いだしたときに、カミサンは両親と、こっそり占いに行っていたみたいなのです。
その詳細は、ここに記すまでもないですが、いまはきっと、それ見たことか!的な様相を呈しておりまして、いろんな要因はもう吹っ飛んでしまっているから恐ろしいことです。
しょうがないですね、結果がすべてですからして・・・・・。

いつになく、私的なことを書いてます。

今日は、ショスタコーヴィチが無性に恋しくなって、聴いてます。

Schostakovich_sym69_jansons

  ショスタコーヴィチ 交響曲第6番 ロ短調

   マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

                        (1991.1 @オスロ)


何かを隠している面倒くさい強度の近視のオジサン、というレッテルがすっかりお馴染みとなったショスタコーヴィチ。
体制への皮肉や反骨、ときに同調などが複雑に、その音楽の中には刷り込まれ、姿を隠している・・・・。
という定説も、一部は真実であると思う。
 もう一方で、このオジサンのしたたかであるという実態は、実はなにもそこまでは音楽は語っていなくて、意の赴くまま、自身の感じた音だけを正直に紡いでいただけにすぎないのではないか、という思い。
 そのどちらもがショスタコーヴィチの姿であり、音楽であるような気がしてならない。

第5交響曲が、ベートーヴェン以来の伝統でもある、陰から陽、暗から明、勝利で終わる終結を鮮やかに導きだしていたように、ショスタコーヴィチの音楽には、その対局同士が、曲の中に易々と混在し、いま泣いて、悲しんで、すぐに笑って、怒って、爆笑する・・・そんな多面的な感情のパレードが、どの曲でも開陳される。
5番は、一見、4つのしっかりした構成の楽章に封じこめられているけれど、各楽章は幻想的なまでに自由で、かつ感情の諸所ありさまも多面的に思う。
4番などは、そのもっともたる例で、マーラーをはるかに超えたややこしく、しちめんどくさい泣き笑いのオンパレードだ。

6番も負けていないが、もっと集約的で、長大で深遠なラルゴが第1楽章という冒頭に、しかも16分もかけて延々と虚しさと明日への希望のなさを募らせるように存在する。
いったい何が言いたいのか不明。
そいて2楽章は、スケルツォ的なとりとめもなく、聴きようによってはお下品な音楽。
なんで、あの1楽章のあとに、こんな軽妙・底浅な顔をできるんだろ。
そして、無窮動なリズムがどこまでも勝手に暴走してひた走るような興奮著しい3楽章。
ショスタコーヴィチの曲にいつもよくあるように、このハチャムチャな終結部の展開に、聴く人は誰も、興奮の坩堝に追いやられ、それまでの哀しみや謎を放棄してしまい、一気呵成の乱痴気騒ぎに万歳となって終わってしまうのです。

こんな風に騙されてしまうのがショスタコーヴィチの音楽の本質の一面ではないかと。

だからあまり深読みせずに、音楽本来の面白さを素直に受け止めて入り込むのもいいのではと。

ともかく、ショスタコの音楽は面白いのですから。

13番や14番の超シリアス音楽をいかに面白く聴くか、それがまた難題ではありますが。

ヤンソンスの生真面目でかつ、オーケストラドライブの巧みな演奏には、さほどの深刻さもなく、素直に、スコアがあるがままに鳴っている様子を聴くことができる。
オケも含めて、フレッシュかつ弾力のあるサウンドです。
後年のバイエルンとの放送録音は、1楽章の彫りがもっと深く、終楽章はもっとダイナミックなのだが、オスロの明るさもまた捨てがたい。
 しかし、この曲はなんといっても、ムラヴィンスキーの冷酷かつ一糸乱れぬ狂乱ぶりが忘れがたい。
でもあの演奏に何を読みとるか、それもまたわからない謎の演奏で、ヤンソンスやハイティンク、プレヴィンのようなスコア重視の素直な演奏の方が、何度も聴くにはよろしいようで。

過去記事

 「ムラヴィンスキー&レニングラード」

 「プレヴィン&ロンドン響」

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2013年5月28日 (火)

チャイコフスキー 交響曲第4番 ヤンソンス指揮

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横浜中華街の「関帝廟」。
關聖帝君という、三国時代の武将を中心に諸々祀っているそうですが、不勉強なわたくしには、それ以上ご説明できません。
ただひとつ、日本のそれもそうですが、あれこれ盛り過ぎだろ、ということ・・・。

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門をくぐり本殿は、このとおり、シンメトリーな中華なお姿。

しかも、屋根の上の細工物は、技巧のかぎりを尽した微細な彫刻物が。

ちょいとアップにしてみましょうかね。

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一部ガラス細工のようですが、本場で造ってもらったようです。

なんだかんだ言いがちですが、かの地はピンキリということでしょう。

練達の職人芸がしっかりとあるんですねぇ。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調

    マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

               (2005.11.10@ヘラクレスザール、ミュンヘン)


チャイコフスキー(1840~1893)の交響曲シリーズ。
よくみたら没後120年という地味アニヴァーサリーじゃね。

第4番は、1878年、作者37歳の作品。
交響曲に加え、白鳥の湖、オペラ3つを完成させ、ロシア音楽界の期待の若手として注目を浴びていたチャイコフスキーですが、よくあるように、その実態は生活的に困窮していて、日々苦しいばかり。
 そのチャイコフスキーを、このとき救ったのが有名なメック夫人との交流。

ナジェージュダ・フロロフスカヤあらため、ナジェージュダ・フォン・メックさんは、16歳で交通省の役人のカルルの妻となり、子沢山の家計貧乏の生活に明け暮れておりました。
しかし、夫婦でチャレンジした民間鉄道への事業転換が大当たりして、ロシアや近隣へも不動産を持つほどの財をなすほどになるのでした。
しかし、旦那カルルは45歳の夫人を残して他界。
商才あったメック夫人は、すべてを継承し、商売は順調、しかし心には寒風が吹く寂しい日々。
 それを救ったのが、かねて幼少時代に親しんだピアノと音楽。
そして売り出し中のチャイコフスキーの音楽の素晴らしさにも着目し、しかもその彼が困っている・・・・。施しと取られる本人の意志を憂慮しつつも、多額の援助を申し出るのでありました。

これがチャイコフスキーとメック夫人、14年間続く手紙だけの交際の始まりでした。

そのメック夫人に献呈した感謝のしるしが、交響曲第4番。

援助の見返りを、素晴らしい音楽創作と孤児や弱者への再援助へと惜しまなかったチャイコフスキーの真面目さと優しさ。
でも夫を亡くした熟女は、チャイコフスキーへの本当の愛を伝えつつも、相方の反応は薄く、控えざるを得なかった。
これもまたいじらしい史実であります。
受ける側が、違う方向に心がありつつの、ところがビックリ若い女性と結婚して、即破綻。

まぁ、そんなことは気にせずに、チャイコフスキーの音楽はいつ聴いても、心に迫り、鼓舞するものばかりなんですからね。

この交響曲は、夫人にあてた手紙で、それぞれの楽章に注釈があります。

①運命の旋律! これが中間部のメランコリックな雰囲気に浸っていても、人間を現実に戻してしまう。

②仕事に疲労困憊。夜中に過去を想う。

③酒を飲んだときのとりとめない観念。

④生きるには素朴な喜びが必要。どんなに苦しくても、その存在を認め、悲しみを克服するために生き続ける・・・・・。

なんだかいいこと言うねぇ~

④楽章のむちゃくちゃぶりは、わたくしには酒を飲んだ勢いに過ぎないと思えるのですが。
そして次の日にはもう後悔してしまうってヤツ。
でもまた、①楽章から、また始めるんだな、人間ってのは・・・・。

ヤンソンスとバイエルンのライブは、4~6番が揃ってます。

気質的に、若い頃から4番が得意だったヤンソンス。
じっくりと取り組みつつ、アゴーギグ豊かに、ときおり立ち止ったように振りかえってみせたり。
でも、終楽章コーダの疾風怒涛ぶりには、誰しも度肝を抜かれチャイます。
早い、激しい、おいしい。

この曲はこれでいいのでしょう。

1986年、ムラヴィンスキーの来日が病気で不可能になり、同行のヤンソンスが大半を指揮したレニングラード・フィルとの公演。
ヤンソンスは、ショスタコーヴィチの5番とチャイコフスキーの4番という、とてつもない情熱プログラムを指揮した。
NHKFMで放送されたその演奏は、まさに爆演と呼ぶに相応しい凄まじいもので、いまでもわたくしの愛聴CDRです。
このバイエルン盤をさらに若くしたストレートな演奏でありました。

そして、こんな画像作ってみました。

Kanagawa_phil_book_1

神奈川フィル監修の「神奈川フィルの名曲案内」。

早ければ明日あたりから、順次、全国書店に並びます。

ありそうでなかったオーケストラ監修の本。

是非、お手に取ってみてください。

わたくしもほんの微力ながら遠巻きにお手伝いしました。

どうしてもお手に入りにくい場合はご案内申し上げます。

コメントやメールでお知らせください。

そして、このご本を手に、首都圏の方は神奈川フィルに会いに横浜までいらっしゃってください

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2013年1月 3日 (木)

ブリテン 青少年のための管弦楽入門 ヤンソンス指揮

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箱根駅伝の復路を観戦。

他の学校はうまく撮影できているのに、母校は失敗。

ついつい叫んじゃうもんですからね。

このところずっと出場していて、お正月の大いなる楽しみになってます。

ありがたいことです。選手・関係者の皆さんには感謝です。

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白バイのお巡りさんもご苦労さまです。

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撮影クルーもご苦労さん。

そして、音楽。

今年、生誕100年のブリテン聴きます。

オペラ全曲制覇まであと少し。

没年は、1976年で、多作だったブリテンの63歳での早過ぎる死。

もうあと、10年存命だったら、次のオペラが数作、デジタル録音のブリテン自作、ブリテン指揮の過去の大作曲家の数々の録音が、ここに残されていたことでしょう。

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 ブリテン パーセルの主題による変奏曲とフーガ

        ~「青少年のための音楽入門」~

    マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

                      (2003.10 @ミュンヘン)


あまりに有名、学校時代に、だれしも聴いた音楽。

ふたつの名前を持つ、ふたつの顔を持つ曲とのちに認識しました。

音楽を啓蒙する大衆的な作品として、1946年、大戦後に生まれたこの曲。

昨2012年、新国での感動的な上演「ピーター・グライムズ」のあと、「ルクレツィアの凌辱」と同じころに書かれた。

過去の英国の大作曲家のアンソロジーとしても脳裏にあったこの音楽、そのタイトルのとおり、自国の大先輩への尊敬と愛情にあふれております。

英国政府、そして放送局の委嘱により「オーケストラの楽器」という教育用の映画のために作曲された啓蒙的な音楽の姿がその本来の姿。

いまさらナレーター付きの説明的な聴き方は聴き方はできませんから、上記ふたつの要素を思いつつ、音楽のみをシンプルに聴くとします。

学校での聴き方を脱し、オーケストラピースとしてCDとして真剣に聴いても、クローズアップされる各楽器の演奏ぶりを思い浮かべながら聴くことも、映像でオーケストラの奏する状況を各種を見慣れた私たちには、容易に演奏者たちのその姿が頭に浮かびます。

ビジュアルが発達し、飼いならされ、むしろ想像力が補われるより、奪われ欠如し始めた私たちにこそ、こうしたリアルな音楽は必要なのかもしれません。
ブリテンの音楽の素晴らしいところは、作者がまだ生きてれば100歳だけに、そのリアリティが迫真をついていることと、社会性を大きく備えていて、いまでもまだ世の中に通用する問題意識をしっかりとらえ内胞していることです。

そんな意識で、この「青少年=パーセル」を聴くとしましょう。

ブリテンの最高の筆致は、最後の大二重フーガのゴブラン織りのような重厚かつ鮮やかさでありましょう。

ヤンソンスとバイエルンの、いまある演奏水準の最高基準値に達した高度かつ、イキのいい演奏は、快感をすら呼び起こすものでした。

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2011年11月24日 (木)

チャイコフスキー 交響曲第3番「ポーランド」 ヤンソンス指揮

Imperial_palace2

前にも出しました、皇居の和田倉堀。(ジュリーニの悲愴)

今度は、違う方角からで、ここにも一羽の白鳥が佇んでおりました。

都会のど真ん中の静謐な光景。

Imperial_palace3

場所柄、外人さんが多い。
わたしが、写真を撮っていたら、みなさん足を止めて写真を撮りだしてしまい、外人さんに囲まれてしまったのでした。

Tchaikovsky_sym3_jansons 

チャイコフスキー 交響曲第3番ニ長調「ポーランド」

今日も、チャイコフスキーを聴いてしまう。

1875年、35歳の作品。もうすでに、「白鳥の湖」「ピアノ協奏曲第1番」「エフゲニ・オネーギン」などの名作を書いていた。
チャイコフスキーの交響曲の中で、唯一の長調で、そんなに明るいわけではないけれど、舞曲風の伸びやかな音楽にあふれた素敵な作品であります。
「ポーランド」の名前も、終楽章のポロネーズのリズムからきているそうな。

この交響曲、わたしには、バレエ音楽のように思えてならない。
明るさ、しなやかさ、そしてリズム。
楽章も5つあって、ほかの交響曲のような起承転結的なまとまりに欠けるように思うし。
恥ずかしいお話をひとつ。
この曲をレコードで初めて聴いたとき。ハイティンクの演奏だった。
盤面を確かめることなく聴き始め、全曲聴き通したら、どうも完結感がない。
そうです、B面→A面と聴いてしまったのでした。
くそっ、ともう一回、今度はちゃんと聴いたのです。
そんだけ、5つの楽章のメリハリが均一に感じて違和感なく聴いてしまった訳です。
いまなら、そんな思いは解消してますがね。

4~6番はともかくとして、ロシアの大地と民族色も匂わせる1~3番の魅力もチャイコフスキーの交響曲を聴く楽しみ。
深刻ぶらずに、適度にメルヘンを感じさせ、冬に聴くに相応しい交響曲。
構成感よりは、旋律重視のメロディアス・シンフォニーたち。
幻想的でロマンティックな1番、ロシア国民楽派的存在の2番、バレエ音楽のような3番。
そんな風な印象を持ってます。

ヤンソンスオスロフィル時代に録音した全集から。
1886年、43歳の若さあふれる指揮ぶりは、早めのテンポのなかに、リズム感あふれ弾みまくる音楽づくりと、思い切り旋律を歌わせた恰幅のよさに、この頃のヤンソンスの姿をみてとれる。
86年レニングラードフィルと来日したとき、一晩でショスタコの5番とチャイコの4番を演奏し、それがFM放送で流された。
いまでも大切なCDR化音源ですが、このスピード感あふれる情熱のかたまり的な演奏はすさまじいものでした。
片面45分づつの90分テープに余裕で収まる2曲。さらに、80分のCDRにも、ぴたりとおさまったこの2曲。

そんなヤンソンスの、いまの円熟ぶりを聴くと、瑞々しさと疾走感がとても眩しいチャイコフスキーでした。
オスロフィルの高域の澄んだ、北欧風の音色もまたうれしい。

なんだかんだで、チャイコフスキーはいいもんです。

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2011年9月 3日 (土)

ショスタコーヴィチ 交響曲第15番 ヤンソンス指揮

Yasukuni_2

夕方に客先帰りに立ち寄った日本庭園。

ここ、実は靖国神社の中なのですよ。

九段下から靖国通り沿いに縦長の神社の一番奥にあります。

Yasukuni_3

こんな静謐な庭園があるんです。

誰もいなかったので、わたくし、思索にふけってしまいました。

え? 何をって?

今日の晩ご飯はなんだろう?
酒は何にしよう?  ってね。

世俗的なワタクシでした。

Shostakovich_sym15_jansons

ショスタコーヴィチ(1906~1975)の交響曲シリーズ。

ようやく最後の交響曲第15番
ばらばらと聴き、記事に残したという意味では、とっくに終わっているけれど、連続CD聴きの記事の一環としてはこれは最終回。

1971年の作曲で、初演は息子マキシムによる1972年。
海外初演は、ロジェストヴェンスキーがモスクワ放送響と来日して大阪で行った大阪フェッスィバルの一環。
東京でも演奏された。
そのどちらか不明だが、NHKが放送して、わたくしはその模様を、ロジェヴェンさんのおもろい指揮ぶりとともに視聴して、ショスタコの5番以外の交響曲に触れることができた。
放送を録音して何度も聴いたが、その引用の多いパロデイ交響曲に魅力を感じることができなかった。
 そう、「へんなのっ!」でおしまい。
わかったようで、わからないまま、この曲はそこで世間から埋没していった気がする。
息子初演盤と、ソ連系のロジェヴェンとコンドラシン、そして新しもの好きのオーマンディ。
このくらいが70年代に出て、あとはほったらかし。

この曲を純粋な、そして真摯な交響曲として大真面目に捉えたのがハイティンクとザンデルリンク。
このあたりから、わたしのこの曲の聴き方も変わってきて、シリアスで透明感ある独特の作品との見方を強めていった。

そう、ウィリアムテルに惑わされてはいけない。
あの軽薄にみえる第1楽章もよく聴けばシニカルな半面、寂しさもひとしおの感あり。
 そして、終楽章とならぶこの曲の白眉は、第2楽章。
荒涼とした寒々しいロシアの大地をゆったりと沈鬱に進む葬送の行進。
それがじわりじわりと進むなか、突如として痛切きわまりない大咆哮となるところは、いかにもショスタコらしく、シロフォンを伴っていて切り裂くようなクライマックスとなる。
その後は、死に絶えたような陰鬱さ・・・・
 休みなく続くスケルツォ的な3楽章は、1楽章と同じく軽薄な様相を呈しつつも、どこか厳しい雰囲気。
そして、これまた引用の多い終楽章は、「リング」全体を覆うライトモティーフ「運命の動機」そのもので始まる。「ワルキューレ」の死の告知の場面や「ジークフリートの葬送行進曲」を思わせる。
「リング」は、世界を意のままに出来る黄金から指環を造り出したアルベリヒが、その指環を略奪され、それを持つものに死の呪いをかけた。その指環の争奪戦の長大なドラマ。
あらがいがたい運命が全編に付きまとうわけ。
その運命の動機を、結果として最後になった交響曲の終楽章に持ってきたショスタコーヴィチ。
解き明かすことのできないその意図は魅力を持った謎であります。
 その運命的な主題や、「トリスタン」的な半音階、ムツェンスクマクベスなどよりの引用もちらほら。
中間部では、第7交響曲の主題を用いながらこれまた強烈なクライマックスを築くが、全体を覆う沈滞ムードは侵しがたく、力を失ったあとは明滅するような彼岸めいた雰囲気となる。
マーラーの第9みたいに。
打楽器が多様される15番。最後は、チェレスタに誘導されて自身の第4交響曲やチェロ協奏曲などの終結部分と同じように各種打楽器が虚無的な雰囲気を醸し出しながら静かに終わる。

不思議な魅力の第15番。

ヤンソンスの全集のなかの97年のこの録音は、ロンドン・フィルを起用した。
順応性高く、そしてハイティンクとも録音済みのLPOは渋いサウンドで、ヤンソンスの真摯でほどよく聴かせ上手な指揮に応えている。
妙にデフォルメされたところもなく、引用部分が浮き上がってしまうことのない仕上がりのいい演奏に感じます。
この録音から10年以上たったいま、バイエルン放送あたりともう一度録音してみて欲しいものです。
 かつては考えられないくらいに、この曲のCDも出てますし、演奏会でもよく取り上げられるいまであります。

ショスタコーヴィチの連続シリーズ、ようやくおしまい。
ロシア系の専売特許だった時代を経て、西側ヨーロッパ圏。
そしていまや、われわれアジア圏も含めた世界潮流でもってショスタコは聴かれ、録音されている。
ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチが人気交響曲作曲家の現在です。

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